春風ポロネーズ

 死にたい。ずっとそう願ってきた。
 理由は単純。私は罪人だから。だから、そんな最低な性格の自分が嫌いで仕方なくて、私はひとつの長いものを書いた。決して文章を書くことが得意というわけではないけど、あれに関わることならいくらでも書けてしまう。
 いつかは全てを忘れて自由になりたい。そう願っているけど、でも忘れるということは放棄することのような気がして、できない。とらわれ続けることしか、それはただの自己満足だと分かってはいるけど、できることは思いつかなかった。
「スマホばっかり見てるんじゃないわよ」
 母が言った。ちょうど私があの事件についての記事を読み漁っているときだった。私は怠けているわけじゃない。こうして自責の念に苦しまされることで贖罪しているんだ。
「また三日月のこと調べてるんでしょ? そんな時間、あんたにはないはずよ。」
 うるせえ、うるせえ、うるせえ。違うんだよ。三日月について調べて、娯楽なんかに浸っているんじゃなくて、私は過去の自分が犯したいじめという罪と向き合っているんだ。
 三日月とは、私の大好きなバンド。三人グループで、今はもう解散してしまったけど、過去の尊い三人の姿を見ることで私は楽しみを感じている。
 でも、私は疑問に思う。普通に高校に通って、三日月という娯楽を当たり前のように消費している生活。これは私に許されているのだろうか。私は罪人だから、私は罪を犯したから、普通の生活を送る権利はないと思う。
「毎日毎日だらだらしてて、本当に大丈夫なの? 五月になったらテストがあるでしょ。ちゃんといい点とれるんでしょうね? 余裕こいてる場合じゃないんじゃないの?」
 母のいう事は正論だ。私は勉強しないでスマホをいじっている。確かにそれは無駄な時間だし、でも私はずっと贖罪をしなければならない。スマホを見るということは、それをしているということを意味している場合もあるのだ。
 私はスマートフォン一つを手に部屋を飛び出した。そして二階に駆け上がり、いつも通学で使っている黒い巨大なリュックに丁寧にしまった。リュックの中には、出かける際に必要なものはいつ何時でも揃っている。リュックを背負い、抜き足差し足一階に降り、そして寝室の窓から外に出た。
 後から怒られることは承知の上だ。でも私はこの家が嫌だ。私のことを何も知らない両親。知ろうともしない両親そして私。私は一人っ子で、いつも二人の愛情を感じてはいるけど、常に彼らのことを好きでいられるわけじゃない。
 外は雨が降っていた。私はリュックから折り畳み傘を取り出すと、それを手際よく広げ、雨をしのいだ。走って地下鉄の最寄り駅まで到着するとすぐ電車に飛び乗り、やがて地元で一番大きい駅に着いた。

 都市圏と言われるだけのことはあって、人でごった返していた。春の暖かさを感じにくい夕暮れ時に露出の多いミニスカートを履いた女性たちの集団、髪の毛を赤や青など派手な色に染めた男性たちの集団。大学の卒業式の帰りなのだろうか、袴姿の集団もいる。
 決まっているのは、人はみんな集団で動いているということ。私はこの集団の中でたった独り、家を飛び出してきてたった独り。
 当然のように視界に入ってくるビル群。ああ、あそこから飛び降りたら死ねるな。想像力を搔き立てられる窓が大量にある。
 私は楽しそうな人々を見ながらカラオケ店に向かった。その店は駅前にあった。
 私が一人で店に入ると、いきなり注目されている感じがした。「なんで?」と一瞬思ったけど、すぐに合点した。私、一人だし。それに、オシャレじゃないし。この場にそぐわない見た目をしていることは明白だと思った。
 でも、だから何?
 決めた。ビル群を見ながら、人間特有の想像力を駆使して。私はこのカラオケで一番好きな歌を歌ったらすぐ、窓から舞い降りる。

 私は部屋に入り、マイクを手に取った。
 私の一番好きな曲は、大好きな三日月の曲でもある。
 
「君を手放してしまったから

 私の日常は青色で

 からっぽの鞄を引きずり

 夕焼けの田舎道歩いてく

 光になったんだよ 君は

 私は大丈夫だからね

 君色の涙をこの世界に

 届け続けて」

 私は今日、この世界に別れを告げて、閻魔様の元に行く。きっと私は地獄に振り分けられるだろう。
 私は伴奏を止めた。そしてスマホを起動して、家族LINEをチェックして、両親が私に電話をかけまくっていることを知った。
 やっぱり帰ろう。
 スマホで贖罪していたら怒られて、罪を償うことが出来なくて、だからものすごく苦しくて、私は死のうとしたんだって、言おう。告白しよう。そうすればきっと、私の苦しみは三分の一になるから。家族三人で私の苦しみを分け合えば、私の分は三分の一になるから。
 私は号泣した。結局泣いただけで終わってしまった。

 家に帰ろう。そう思って電車を待っている間も、私のスマホは鳴り続ける。まるで両親の叫び声が聞こえてくるみたいだ。
 最寄りの駅につくと、私は両親の叫び声を聞き流しながら、走り出した。百段以上ある階段を駆け上がり、地上に出ると、雨はもうやんでいた。
 家に着く。玄関のドアを開ける。
「どこ行ってたのよ!」
 母が問いかけた。
「地獄。」
「どういうこと?」
「死のうと思った。」
「なんで?」
「……」
「死んだらお母さん、嫌だよ」
「……」
「わかる?」
「……」
 風に乗って、隣家の奥さんが演奏する舞曲が聞こえてきた。上手くないのに、なぜか耳に響いた。

春風ポロネーズ

春風ポロネーズ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-05-01

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