フリーズ31 全知全能だった私へ

　全知と全能は同一だった。そして、それは死とハデスの狭間にあった。あの日、私は飛び降りた。マンションのてっぺんから。自分でもあの時の私が普通ではないことを知っていた。自殺するだなんて……。でも、あの時は死への恐怖は一切なかった。あるのは人生の歓びと昂ぶる脳とやけに軽い体。何かの病気だったんだと思う。

　結果私は生き延びた。気付いたら地面で仰向けに横たわっていたのだ。瞳に映るのは青い空。私はなぜ生きているの？とは思わなかった。《《生きたいと願った》》からだ。

　地面との距離が近づくにつれ、私は死を受け入れた。そして、無の境地に至った瞬間私は全てに通じたのだ。あらゆることが理解できた。時間も過去におき去って、私が手にしたのは全知だった。そしてまた知る。全知こそが全能だと。

　地面に当たる寸前に願った。もう少しだけ生きたいと。ただそれだけのことだった。私の願いは世界に干渉し物理法則を書き換えた。そうして私は助かったのだ。

　私は今病院にいる。流石に飛び降り自殺をしようとした人間を野放しにする訳にはいかないのだろう。

　だが、退屈な病院も今日でおさらば。今日私は病院を退院する。

　そういえば他にも願ったことがある。世界をもう少しだけ平和にしてください。私の人生が平穏でありますように。そして、普通の人間になりたい……と。

　なぜなら理解してしまったからだ。願ったことが即座に叶う世界なんてつまらないと。

　私があの日あの時全知全能だったことを知るのは世界で私一人だけだ。でも、それでいい。私は神の能力よりも幸せな生活を選んだのだから。