(2022年完)TOKIの世界譚③ 更夜編

(2022年完)TOKIの世界譚③ 更夜編

更夜はルナを育てる

 「お願いします……更夜様」
 「サヨまでお世話になっているのに」
 夜が更けた暗い部屋で、平伏している男女がいた。
 女の手の中には赤子がおり、気持ち良さそうに眠っている。
 ここ、霊魂の世界、弐では現世の常識はほぼなく、先祖の霊などが普通に生きている人間の心に住んでいる。
 「こんな夜遅くに産んだばかりの赤子を連れてくるとは、ユリ、体は大丈夫なのか」
 銀髪の青年、更夜はメガネを着物の袖で拭い、ゆっくりかけた。
 右目は長い銀の髪で隠れ、見えない。
 「わたくしは……問題ありません」
 「平伏はするな。お前達は寝ている時のみ、この世界に来れる。時間がない。手短に話せ」
 更夜は男の方に目を向ける。
 「お前が話せ。何をしている。嫁に話させるな。ユリは子を産んだばかりだろう? 望月深夜(しんや)、望月家の男ならしっかりしろ」
 「も、もうしわけありません……。実は……その」
 深夜と呼ばれた男は小さくなりながらうつむいた。
 「深夜、お前がしっかりしないでどうする」
 「はい。ユリの手に抱かれている赤ちゃんなのですが、双子の片割れで、もう亡くなっております。双子のもう片方は元気です。それで、きれいな魂のままなので、このまま弐の世界でエネルギーになり消化されるものと思いましたが、サヨ同様にこちらの世界に存在しております。サヨは健全で産まれ、後に平和を守るシステム『K』に変わりましたが、この子は……」
 深夜は更夜の鋭い目に萎縮し、さらに声が小さくなる。
 「わかった。その子はもう死んでいるのか。負の感情を持っていないならエネルギーとして弐の世界に吸い取られ、新しく作り替えられるはずだな。それがなく、今も弐に存在しているか。では、人では……ないな」
 更夜は頭を抱え、ユリに近づく。ユリの肩が跳ね、涙を流した。
 「……辛いよな、心配するな。俺が……育ててやる。サヨも人ではない故、おそらくどこかで年齢が止まる。サヨに関しては俺も手伝う。受け入れてやってくれ」
 「……はい」
 ユリは嗚咽を漏らしながら、更夜に赤子を渡した。
 更夜は慣れた手つきで赤子をあやす。
 「かわいい子ではないか。女か?」
 「はい」
 「名は?」
 「決めておりません」
 ユリの代わりに深夜が答えた。
 「では、俺が決めても?」
 「ええ、お願いします」
 深夜はせつなげに赤子を見、頭を下げた。
 「夜の名をつけるのは望月に縛られる感じで俺は嫌いだ。お前も俊也とサヨに夜をつけたくなかったのだろう? だから、わざと字を変えた。それでいい。俺も名前を変えよう。夜ではなく、輝かしい月にする。本で読んだ月の女神、『ルナ』だ」
 「ルナ、良い名です」
 深夜がそう言った刹那、二人の体が透け始めた。
 「ああ、もう時間か。目覚める時間だな。彼女は……大切に育てる。また、夢を見た時、会いに来い。いつでも待っている。ルナのことはサヨから聞くといい」
 「ありがとう……ございます」
 更夜は光に包まれ、透けていく二人を黙って見つめていた。
 更夜にルナと名前をつけられた少女は母がいなくなった途端に泣き出した。
 「心配するな、俺がお前の親だ。俺の顔が怖いか。すまない、こういう顔なんだ」
 更夜は一晩中ルナをあやし、朝、サヨにミルクを持って来させてルナを育て始めた。
 戦国時代にはなかった哺乳瓶やオムツに苦戦しつつ、人間の赤子と同じように世話をする。
 「ああ、俺は自分の娘も育てられていないのに赤子を育てられるのか」
 更夜がそうつぶやいた時、眠っていたルナが泣き始めた。
 「悪かった。お前は育てる。だから泣くな……」
 「おじいちゃん、超ルナに甘くない?」
 幼さが残る十歳のサヨが愉快に笑いながら更夜を見ていた。
 「サヨ、マシュマロをそんなに食べるな、もうすぐ夕飯だぞ」
 「夕飯って、おじいちゃん作れるの?」
 サヨはマシュマロを口に含みながら、更夜を仰ぐ。
 「ああ、ルナを少し見ていてくれ、その間に作る。マシュマロを食事にはするな。わかったな?」
 「わ、わかりました」
 更夜に睨まれ、マシュマロを慌てて片付けたサヨはルナを抱っこし、あやし始めた。
 「では、俺は飯を作る。寂しかったら台所に来ても良いぞ。しかし、お前は現世の家には戻らんのか」
 「おじいちゃんといる方が楽しい! じゃあ、おじいちゃんのごはん作ってるの眺めてるね~!」
 更夜は軽く微笑むと、サヨの頭を優しく撫でた。
 
 
 

二話

 更夜は緑茶をゆっくり飲んでいた。
 あれからだいぶん時間が経ったような気がする。
 四百年ほど生きたのに、この五年間のが長い時間に感じた。
 ルナは順調に成長している。
 ……気がつくと、ずいぶん大きくなった。もうルナは五歳に。
 更夜はぼんやりそんな事を思いながら、隣で数字の勉強をしているルナを見た。
 「えー……いち、に、さん……よん……おじいちゃん! これは何?」
 ルナが紙に書いてある「六」の数字を指差し、無邪気に更夜を仰ぐ。
 「『ろく』だ。お前は賢いな。漢字も覚えたのか」
 「うん!」
 「おやつの時間にするか? ルナ、今は何時かな?」
 更夜はサヨが持ってきたデジタル時計をルナの前に置く。
 「んん……十時十分?」
 「正解だ。おやつは何にする?」
 「じゃがいもー!」
 ルナは元気に手を上げて答えた。
 「じゃがいも……。ルナはじゃがいもが好きだな。では、揚げたじゃがいもにしよう。ああ、何て言うんだったか」
 「ふれんちふらーい!」
 「……ああ、フレンチフライか」
 更夜がルナを撫でていると、おやつと聞いてサヨがやってきた。
 「フライドポテトじゃね?」
 「まあ、なんでもよい。サヨ、宿題は終わったのか?」
 「てか、教材自体全部終わっちゃってやることないー。ほら、見てよ」
 サヨは愉快そうに笑いながら、百点に近いテストを沢山出してくる。サヨは昔から秀才で、点数を落とした事がない。
 「そうだな、お前は昔から賢いんだ。そんなに頑張らずとも良いが。別に悪い点数だからとお前を叩くわけじゃない」
 「まあ、こういうの、ハマるとやっちゃうんだよねー。パズルみたいで楽しくて。たぶん、おじいちゃんが一緒に勉強してくれてたのがデカイかもしれない」
 サヨは数学の教材をめくりながらはにかんだ。
 「ああ、あのわけわからんアルファベットの数式を使うやつは戦国生まれの俺にはなかなかキツかったぞ……。では、フレンチフライを作ってくる」
 「フランスのハエだったりして……」
 サヨが笑い、更夜が振り返り、睨む。
 「俺をからかっているつもりなのだろうが、英語は得意だ。お前のおかげでな。フレンチフライズだな」
 「あはは……」
 サヨが苦笑いを浮かべ、ルナが更夜の手を握る。
 「おじいちゃん! ルナ、台所のお椅子に座ってる!」
 「ああ、油ははねるから俺の側にはよるなよ」
 更夜はルナを連れて台所へと向かった。
 更夜が台所でじゃがいもを細く切っているところでルナが我慢できずに更夜に尋ねた。
 「まだぁ?」
 「今、揚げるから待ってろ」
 更夜は背中ごしに穏やかに言う。
 ルナが更夜の背中を見ながら、ため息をついた時、突然にルナの瞳に電子数字が流れ、時間を巻き戻す方法、早送りする方法の情報が頭に入ってきた。
 ……何?
 時間を早送りにできる……?
 ルナは早くおやつを食べたくて、この謎な現象に戸惑うわけもなく、力を使ってしまった。
 時計の陣が足元に現れ、ルナは更夜に向かい『早送りの鎖』を投げる。
 刹那、更夜がルナに気がつき、驚いた顔で振り返った。 
 「る、ルナっ!」
 更夜の鋭い声でルナは肩をはねて驚き、力を使うのをやめた。
 「お前……まさか」
 「お、おじいちゃん?」
 「時神の力を使ったのか?」
 更夜に尋ねられ、ルナは困惑した顔をする。
 「え? よくわからない」
 「そうか、お前は……時神」
 更夜はできあがったフライドポテトを皿に盛り、ルナの前に置いた。
 「いただきま……」
 「待て」
 おやつを食べようとしたルナを更夜は鋭く止めた。
 「え?」
 「ルナ、お前は時神のようだ。今初めて力を使ったようだが、今後、許可なしに使ってはいけない。この力はお前が世界を知ってから使うべきだ」
 「……わかんない」
 ルナは目の前のおやつに目を移しながら更夜に言う。
 「とりあえず、使わぬようにするんだ、わかったな?」
 「うん、わかったー! じゃあ……」
 ルナがおやつに手を伸ばしたので、更夜はルナの手を軽く叩いた。
 「ちゃんとわかったのか?」
 更夜の鋭い声にルナは体を震わせ、頷く。
 「もう一度言う。この力は使うな。わかったか?」
 「……はい。わかりました……」
 ルナは目に涙を浮かべ、おやつを見つつ、頭を下げた。
 「ほら、冷める、食べなさい」
 「わーい!」
 ルナは揚げたてのポテトを満面の笑みで食べ始めた。
 「サヨを呼んでくる」
 「うん!」
 更夜に返事をしたルナは、更夜が何を怒っていたのか、理解できていなかった。
 

三話

 五歳の時、時神の力をなぜか持ってしまったルナは、更夜に内緒で力を使い始める。
 「巻き戻せる、早送りができる! すごい!」
 ルナは時神になってしまったようで、死後の世界から現世に出られるようになっていた。
 ルナがそれに気がついたのは力を使えた翌日。
 知らずの内に現世への扉の作り方を知っていた。別の世界に憧れていたルナは高ぶる気持ちのまま、現世へ入った。
 しかし、現世ではルナの姿が見える人間はいなかった。
 ルナは不思議に思いながらあちらこちらを歩く。
 ふと、どこかの家でルナにそっくりな女の子がお庭でボール遊びをしていた。そっくりというか、全く同じ顔だ。
 「ルナ、ごはんの時間だよー!」
 「はーい!」
 女の子はお母さんだと思われる女に呼ばれ、家に帰っていった。
 ルナは目を見開き、首を傾げる。
 「ルナはここにいるのに……。あの子もルナなの?」
 ルナはなんだかつまらなくなり、小石を蹴った。
 「……ん?」
 小石を蹴った先で、うずくまっている猫がいた。猫は日が当たるあたたかな場所で眠るように死んでいた。
 「ネコさん、動かないなあ。死んじゃってるの? あ! そうだ、ルナが」
 ルナは更夜との約束を忘れ、猫に『巻き戻しの鎖』を巻く。
 「巻き戻してあげるね」
 ルナは、死後の世界に産まれた時から存在しているため、生死がまるでわかっていなかった。
 力の制御ができないルナは猫を子猫まで戻してしまう。
 「これでよし! また動けるねー!」
 猫は弐の世界から突然、現世に戻され、戸惑いながら鳴いていた。ルナは喜んでいると思い、満足げに頷く。
 「さて、次は……ん?」
 ルナの頭にまた情報が流れ始めた。言葉は理解できないのに、なぜかやり方だけが完璧にわかる。
 「時間ていし? 時間を止められるの?」
 ルナはいたずらっ子のように笑うと時間停止を使ってみた。
 風に流れる葉が空中で止まったまま動かない。先程の猫も鳴いたまま止まっていた。飛んでいた虫も羽が動かないまま空中で静止している。
 「ほんとだ! ルナ以外止まってる!」
 ルナは感動しながら、時間停止を解く。再び猫が鳴き、虫は飛んでいき、葉はルナの足元に落ちた。
 「なにこれ、すごいおもしろいっ!」
 ルナは笑いながら道を駆けた。
 自分の時間を早送りし、すごい速さで走り、飛んでいる虫を早送りして動きを楽しみ、時間停止をして人間の鞄から物を盗ってみたり、無邪気に色々とやった。
 気がつくと夕日が出ていたが、ルナはもう少し遊びたいと思った。そして、巻き戻しの力を使い、昼に戻そうとしてしまった。
 しかし、こういう力を使うには神力という力を使う。それがわからなかったルナは、朝からずっと力を使ってしまい、神力の限界がきていた。
 「ああ、なんだろ。眠くなってきちゃった……」
 ルナは動く気力がなくなり、誰かの家の塀の近くでうずくまる。
 「ルナ! いた! 良かった……。何していたの!? おじいちゃんが探していたよ! おじいちゃんはあの世界から出られないからあたしがこっちを探していたの!」
 寝る寸前でサヨの声が響いた。
 「え? あ、おねーちゃん?」
 「バカ! あんた、ヤバイことしていたんじゃない? おじいちゃん、カンカンに怒っていたよ! あんたは知らないだろうけど、おじいちゃんは怒るとめっちゃ怖いんだから! とにかく帰るよ」
 「……じゃ、じゃあ……全部巻き戻すから待って……」
 ルナの言葉を聞いたサヨは蒼白になった。
 「そう……あんた、一番やっちゃダメな事をしたんだ」
 「うーん……眠い」
 ルナはそのまま気絶するように眠った。
 気がつくと、ルナは布団の中だった。横には更夜がおり、心配そうにルナを見ていた。
 「あれ? おじいちゃん」
 「……大丈夫か」
 「うん、大丈夫だけど」
 ルナの言葉を聞いた更夜はゆっくり立ち上がった。そして、一言言った。
 「俺との約束は覚えていたか?」
 更夜の突き刺さるような雰囲気にルナは肩を震わせて小さくつぶやいた。
 「やくそく……力を使わない」
 「そうだ、なぜ破った」
 「な、なんでって……」
 「なぜ破ったか聞いている」
 更夜の声が鋭くなっていく。
 「ルナ、俺が言った約束の意味がわからなかったようだな。お前はまだ小さい。わからなくても仕方がない。だから、今から教える」
 「え……」
 「こちらに来なさい」
 更夜はルナの手を引き、廊下に出た。ルナは不安げに更夜の背中を見上げる。
 廊下の壁にサヨが寄りかかっていた。サヨは更夜に怯え、目を伏せる。
 更夜はルナをお仕置き部屋に連れていくと、正座させた。
 「いいか、今からわかりやすく教える」
 「……ん?」
 「ルナ、返事は『はい』だ」
 更夜はルナの手を叩き、言葉を直させる。
 「は、はい」
 「早送り、巻き戻し、時間停止がなぜ、やってはいけないか、教える」
 「な、なんで知って……」
 「なんで知っているか? お前が行った世界の時神から聞いたんだ」
 「……?」
 ルナは不思議そうに目を見開いた。
 「説明不足だった。すまんな、ルナ。すべて話す。わからないところは聞くんだ。わかったな?」
 更夜に言われ、ルナは頷く。
 「ルナ、返事をしなさい」
 「は、はい」
 ルナは更夜に手を叩かれ、目に涙を浮かべてうつむいた。 

四話

 「こちらの世界の他に、お前が行った世界がある。その世界には時の神が住んでいて、時間が狂わないよう守っている。お前は守っていたものを壊すという事をしたんだ。向こうの時神に迷惑がかかった。……神が世界をいじるとな、世界が滅ぶんだ。つまりなくなる」
 更夜はルナの両手を握り、目を見て話す。ルナは更夜から目を離せずに更夜の話を黙って聞いていた。
 「で、でも……ネコさんは元気になったよ」
 「ルナ、あの猫はもう寿命だったんだ。あちらの世界で死ぬと肉体は残るが、心はこちらに来る。こちらで自由に駆け回れるんだ。お前はな、こちらで楽しそうに駆けて遊んでいた猫を赤子に戻し、もう去るはずだったあの世界にまた戻したんだ。猫は喜んではいないぞ。戸惑い、泣いていたんだ」
 更夜の言葉を聞いたルナは初めて目に涙を浮かべた。
 「……ルナ、知らなかった」
 「ああ、知らなかったな。知らない事は悪い事じゃない」
 更夜はルナの頭を優しく撫でる。
 「約束を破ってはいけないことがわからなかったなら、俺に聞けば良かったんだ」
 「わからなかった……」
 ルナはうつむいた。
 「ルナ、反省できたか? 反省したなら『ごめんなさい』だぞ」
 更夜に促され、ルナは頭を下げ、あやまった。
 「ごめんなさい」
 「さて、では今後忘れぬよう、ケジメをつけようか」
 「ケジメ?」
 ルナは目に涙を浮かべ、更夜を見上げた。
 「ああ、破ってはいけない約束を破ったから、厳しくお仕置きをするということだ」
 「おしおき……?」
 ルナが首を傾げた刹那、更夜の雰囲気が変わった。刺々しい刺すような恐怖がルナを襲う。
 「やっ……」
 ルナは怖がり、逃げようとするが、更夜はそれを許さず、ルナを睨み付けた。
 「ここはお仕置き部屋だ。ルールは逃げてはいけない、それだけだ。サヨはちゃんと守るぞ? 下に履いているものをすべて脱ぎ、膝に来なさい。今からお尻百叩きのお仕置きだ。お仕置きを受けないならば、俺はお前を許さん」
 「そんな……ルナは知らなかっただけだよ! 知らなかったの!」
 ルナは泣きながら言い訳を並べた。
 「知らなかったのは仕方がない。だが、お前がやったことは重い」
 「で、でも!」
 ルナがさらに言い訳を追加しようとした刹那、更夜が自身の腿を思い切り叩いた。
 「言い訳ばかりするな!」
 「ひっ」
 「やってしまったのは仕方がない。だが、子供だろうがなんだろうが、責任はとらねばならない。お前はサヨとは違う! 世界を破壊できる力を持っているんだぞ!」
 「そんなの知らないよ!」
 ルナは泣き叫び、更夜は息を吐くと、ルナに目線を合わせた。
 「今、知ったはずだ。もう一度言う。お前は世界を破壊できる力を持っている」
 「知らない! 知らない!」
 「いい加減にしろ!」
 更夜は言うことを聞かないルナを無理やり膝に乗せ、ズボンと下着を乱暴におろし、ルナのお尻を手加減なしに叩き始めた。
 「大人しく来なかった故、五回追加だ、ルナ!」
 「痛い! あう……ごめんなさい! 痛ぁい!」
 ルナの泣き声と謝罪、お尻を叩く音が廊下にも響いていた。
 ルナの泣き声と容赦ない平手の音を聞き、サヨは怯える。
 「痛いんだよね。おじいちゃんの本気のお尻百叩きは……。ルナ、初めてか。これで懲りたらやらなくなるかな。ルナがやったことは確かにヤバイ。アヤがなんとかしたから高天原に知られずに済んだけど、見つかったら、誰かが責任をとらなきゃだしね」
 サヨは静かにお仕置き部屋から離れた。

 ここから更夜とルナはすれ違っていく事となる。

すれ違う二人

 夏が終わり、秋がはじまる曖昧な時期。
ルナの家に忍だという霊の女の子がやってきた。七歳だというその少女は、スズという名前らしい。これから共に生活するようだ。
 「ルナ、友達ができて良かったな」
 更夜がルナを優しく撫でながら笑顔で言った。
 「うん。スズがきて毎日楽しいよ!」
 ルナは遊び友達のスズと毎日楽しく遊んだ。
 ある日、ルナはスズとケンカをしてしまった。
 「ルナが私が描いた更夜の絵を破ったー!」
 「しょうがないじゃん! うらっかえしになってたから、ゴミだと思ったんだもん!」
 「ゴミじゃない! 表を確認してから判断してよ!」
 ルナとスズは言い争いを始めたが、ふとルナが破った絵を見て黙った。
 「なによ! なんとか言いなさいよ!」
 「スズ、ルナが戻してあげる」
 「え……」
 スズがあっけにとられている内に、ルナはスズの絵を元に戻した。力が上手く使えないルナは机に置いてあった紙の時間まで巻き戻し、紙は持ってくる前のひきだしにおさまった。
 「ルナ、いいことをする!」
 「……はあ?」
 スズが呆然としているところへ更夜が慌てて部屋に入ってきた。
 「ルナ! 力は使うなといったはずだ!」
 「ルナはいいことに使ったの! 部屋も片付けられた!」
 ルナは更夜に反抗的に怒鳴る。
 更夜はため息をつき、ルナに目線を合わせた。
 「いいか、いいことでも力は使ってはいけない。あんなに厳しくお尻を叩いてもわからないのか?」
 「ルナはいいことに力を使った! 今回は迷惑かけてないもん」
 「ルナ!」
 更夜がルナを呼ぼうとした時には、ルナは泣きながら走り出していた。時間停止をかけて。
 「ルナはいいことをするんだ。ヒーローみたいな力がある。イタズラじゃなくて迷惑をかけなければいいんだ」
 ルナは再び現世へと足を踏み入れ、更夜に対する反抗心からか、力をさらに使い始めた。
 影で人を助けることに優越感を持ったのかもしれない。
 ルナはオモチャが壊れて泣いている子のオモチャを巻き戻して直し、引っ越しの重い荷物を運んでいる人に早送りをし、荷物を短時間で運ばせ、壁に挟まっていた猫を巻き戻して助けた。
 「ルナはいいことをする」
 ルナが満足して次の行動を考えていた時、こないだ見た少女、同じ名前、同じ顔のルナが住んでいるらしい家の前にいた。
 ルナはずっと気になっていた。
 自分と同じ顔の少女がいるこの家のこと。
 ルナはこっそり忍びこむ事にする。だいたいルナは人間の目に映らない。家に入り込んでも誰もわからない。
 ルナと呼ばれた少女の後を追い、家に侵入したルナは部屋を見てまわった。
 階段を上がり、二階へなんとなく入ったルナは部屋の一室でサヨが使っていたアクセサリーを見つけた。
 しかもサヨが使っていた複数のアクセサリーがすべてあった。
 「これ、かわいい!」
 カエルモチーフのブレスレットを見つけたルナは、ズボンのポケットになんとなくしまった。
 「待てよ、お姉ちゃんが使ってた物が全部ある……」
勉強机にはこないだ更夜に見せていた参考書がてきとうに置かれていた。
 「お姉ちゃんの字」
 参考書には「望月サヨ」と名前が書いてあったが、ルナはまだ完璧に文字が読めない。ただ、サヨがいつも書いていた字体はわかった。
 「……ここ、お姉ちゃんのお部屋? あの子はルナって名前でお父さん、お母さんがいる。……じゃあ、ルナは……ルナは……?」
 ルナはせつなげに部屋を眺めると、更夜に会いたくなり、霊魂の世界を出して、うちに帰った。
 ルナはうつむきながら引戸を開け、廊下を歩く。頭が少し混乱していた。
 「俺はサヨがいないと現世にはいけないんだ。現世への扉の開け方がわからない」
 子供部屋にしている畳の部屋で更夜がスズと会話をしていた。
 「さ、サヨさんは?」
 「学校だ。……ああ、心配ない戻ってきた」
 更夜はルナの姿を確認し、安堵のため息をもらす。
 「ルナ! また現世で力を使ったな?」
 「……いいことをしてきただけだよ」
 そう言い訳をしたルナはポケットのブレスレットを持ってきてしまった事に気がついた。
 「あ……」
 ブレスレットを盗ったことが更夜に気づかれたら、良いことをしたと言えなくなる事に気づいたルナは『時間停止』をかけ、ブレスレットをスズの赤い着物の袖に入れ、時間停止を解いた。
 時間停止を解いた刹那、ブレスレットが畳に鈍く落ちる音が響く。
 「……え?」
 スズは驚き、ブレスレットを拾い上げた。
 「……? これはサヨのお気に入りだ。なぜ、スズが持っている? それよりルナ! 今、時を止めたな?」
 「止めてないよ!」
 「嘘をつくのか。ああ、よくわかった。俺はな、いつも神力を最低にしているんだ。神として産まれたばかりのお前が気絶をしてしまうからな。だが、これからはある程度、神力を放出し、お前の術がかからんようにするつもりだ」
 更夜から神力が軽く溢れただけで、ルナの体が勝手に震えだしていた。
 「俺は四百年ほど神をしている。お前の術など本来きかないのだ。これはサヨのものだ。お前が現世にあるサヨの部屋から盗んだのだろう。そして、先程、スズのせいにした」
 更夜に見透かされ、ルナは目を泳がせ、苦しい言い訳をする。
 「スズが盗ったのをみたの! だからスズが悪い! このブレスレット、お姉ちゃんが机に置いてて……」
 「え、ちょっと、る、ルナ……?」
 ルナの言葉にスズは困惑した声をもらした。
 「スズ、それは本当か?」
 「ち、違う! 違うよ! あたし、サヨさんの物すらも知らない! ここに来たばかりなのに、こんなこと言われたら悲しい……」
 スズは悲しげに涙を流し、更夜はスズの頭を撫でる。
 「疑ってはいない。……ルナ。スズがお前の嘘に傷つき泣いているぞ。お前、心は痛まないのか」
 「……ご、ごめん! ルナが持ってきた。持ってきちゃった。スズ、ごめんね」
 ルナはスズが悲しげに泣くのを見て、うつむきながらあやまった。
 「ルナ、力を使うなと言った約束もまた、破ったんだな」
 更夜の厳しい視線を受け、ルナは目を伏せた。ヒーローになる予定がブレスレットのせいで何も言えなくなってしまった。
 「ルナはいいことをする予定だった」
 「もう一度、お前には厳しいお仕置きが必要なようだ。約束を二度破ったんだ、覚悟しておけ」
 「……ルナは悪くない」
 「いいから来い」
 「ルナは悪くない! ルナは悪くない!」
 ルナは泣き叫びながら、更夜に手を引かれ、部屋を出ていった。

二話

 ルナはだんだんと力の使い方がわからなくなっていた。
 なかなか制御ができない。
 たまに、感情の高ぶりで勝手に発動する。
 ルナの感情が不安定になり、神力が半分暴走していただけだが、ルナがそれを知るはずもない。
 ルナは更夜の前で正座させられていた。場所はお仕置き部屋だ。
 嘘をついてばかりだったルナは更夜に泣いて言い訳をしても信じてもらえない。
 もう、あれから何度もこの部屋に入れられている。
 更夜は日に日に厳しくなり、ルナに優しくしてくれなくなった。
 常に厳しくルナを管理している。
 「ルナ、何度目だ」
 「ちがう! ルナは知らない! 力が勝手にやったの!」
 ルナは必死で更夜に叫ぶが、更夜は優しい顔はしてくれなかった。
 「嘘ばかりつくのはなぜだ!」
 更夜はルナの肩を乱暴に掴み、揺する。更夜にいままでこんな乱暴にされたことがないルナは悲しくなり、泣いた。
 「なんでわからないの! お姉ちゃんのカエル消しゴムはなんとなく持っただけ!」
 「いい加減にしろ! 叱っているのは俺だ! 言葉を直せ!」
 更夜はいつもより強くルナの手を叩いた。
 「痛いぃ!」
 「言ってわからんやつは叩くしかないだろう」
 「うぇぇぇん! 今回は勝手に時間停止が出たのー!」
 ルナは大泣きし、更夜はルナに毎回厳しいお仕置きをする。
 ルナはだんだん気持ちが曲がっていった。
 「同じことの繰り返しだな」
 「ちが……ちがうの」
 「ああ、サヨ達に夕飯を作る時間だ」
 更夜は部屋の電気を消すと立ち上がった。
 「ま、待って! おじいちゃん! ルナ反省したからだっこして! おじいちゃん、置いていかないで!」
 「何度目だ! 時間を停止させ、サヨの物をとり、スズのせいにする」
 「それをやろうとしてやったのは一回だけだったの!」
 ルナは泣きながら更夜にすがるが更夜はルナを振り払うと、厳しく言った。
 「お仕置きはサヨ達の夕飯の後だ。お前はそこで正座していろ。夕飯は抜きだ」
 「そんな……」
 障子扉は乱暴に閉められた。
 暗い部屋の中、ルナの嗚咽が静かに響く。
 「ルナのごはんないんだ。皆でごはん食べ終わって遊ぶ時間にルナは、おしりをいっぱい叩かれるんだね。わかったよ。……おじいちゃんはルナが嫌いなんだ」
 ルナは悲しくなった。
 ……あっちのルナはお父さん、お母さんがいて、とても幸せそうだった。
 ルナは涙をこぼしながら、素直に正座をし、更夜が来るのを暗い部屋でただ、待っていた。
 涙を流すルナの瞳に再び電子数字が流れる。
 「かこ、みらい、異世界を見る能力? ルナは……時神の上に立つ……神? そうなんだ。ルナ、おじいちゃんより偉いんだ」
 ルナは軽く微笑むと、更夜への反抗心が明確に芽生えた。
 
 

三話

 更夜はルナの好きなじゃがバターを大量に作っていた。
 手が勝手にじゃがいもの皮を剥き、食べやすいように切っている。
 ……どうして言うことをきかないんだ。
 親玉のプラズマから何度も警告がきている。早くなんとかしなければ。高天原にバレる。
 気がつくと、無意識に味噌汁も作っていた。ルナの事を考えすぎて味噌汁にまでじゃがいもを入れた。
 そのうち、いつもは呼ばなければ来ないサヨが席についており、スズが気まずそうにいつの間にか座っていた。
 「お前達、いつの間に来たんだ」
 更夜は机に食事を置き、自分も席につく。
 ここ最近、ちゃんとした食事をしていない事に気がついたが、食べる気にならない。
 「おじいちゃん、ちょっとルナに厳しすぎない? ルナのじゃがバタこんなに作って嫌み? ルナ、かわいそうなんですけどー」
 サヨが更夜にトゲを含む言葉を発し、更夜はため息をついた。
 「ルナのために作ったんだ。後で食べさせる。俺はルナと食事をするからお前達は先に食べなさい」
 「おじいちゃん、最近ルナが泣いてばかりなんだけど、何度もお尻叩いてるの?」
 「……言うことを聞かないからだ。俺だってやりたくない!」
 更夜はいらだちながら立ち上がるとルナの元へと向かう。
 更夜はルナの気持ちがわからなくなっていた。
 「もう一度、ルナと話そう。叩かずに」
 更夜はルナを正座させている部屋に入り、電気をつけた。
 ルナは泣きながら正座をしてうずくまっていた。
 「ルナ……」
 更夜はつらそうにルナを見た。
 「……おじいちゃんはルナが嫌いなんだ」
 「ちがうんだ……ルナ」
 更夜はルナの前に座り、静かに口を開く。
 ルナは唇を噛みしめ、先程のデータを確認していた。
 ……更夜さまはいつもルナを怒る。ルナは神力があるし、
 時神を監視する時神なんだ。
 「ルナ、不必要に力を使ってはいかぬと何度言わせる。世界が滅ぶぞ。反省もしておらんのか? 悪い子だ。反省するまでお仕置きが必要か? お前は賢い子なはず。なぜこんなことばかりする」
 更夜の言葉にルナはいらつき、立ち上がった。
 「ルナ?」
 「ルナはおじいちゃんよりえらい」
 「……?」
 「ルナには力がある。過去だって、未来だって、異世界だって見える」
 ルナは涙を乱暴に拭うと、不気味に笑い、現世への扉を開く。
 「待て! ルナ!」
 更夜はルナに手を伸ばすが、ルナは現世へと入っていった。
 

四話

 ルナはお腹をすかせながら、暗い夜道を寂しく歩いていた。
 この辺は自然と共存している住宅地。街灯も最小限しかない。
 ルナは何度もここに来ていた。
 そう、ここには「ルナ」がいる。
 自分ではないルナが。
 隣の家の庭からルナの家を覗いた。
 電気がついていて、あたたかい感じだった。
 「あっちのルナは幸せなのかな」
 小さくつぶやいた時、後ろから声をかけられた。
 「うちの庭で何してるのよ。あなた、更夜のうちのルナでしょ?」
 ルナは始め、自分に声をかけられたと思っていなかった。
 ルナは人間には見えないからだ。
 「ねぇ、どうしたの? 大丈夫?」
 肩に手を置かれ、ルナは驚いた顔で振り向いた。
 「え? えっと……誰だっけ……! あ、ああ~、こないだ、一緒にごはん食べた人?」
 「そうね。私はアヤ。時神現代神、アヤ。ところで、どうしてこんなところにいるの?」
 茶色のショートヘアーの少女、アヤはルナの背中を優しくさする。
 「別に……」
 「おうちに来る? お腹がすいてそうね。どうしたの? 更夜と喧嘩したの?」
 アヤはルナの背中を軽く押しながら、家へと促した。
 ルナが見ていた家の隣の家が時神の家らしい。
 ルナはうつむいたまま、アヤに従った。
 家に入ると和室の一部屋からテレビの音がした。
 「ああ、こちらの時神は四柱いるのよ。今は皆でテレビを観ているの。夕飯の途中だから、一緒に食べましょう? まあ、私が作ったものは更夜の料理と比べたらおいしくないかもだけれど」
 アヤに連れられ、廊下を渡り、障子を開けるとサムライと三つあみの少女、赤髪の青年の三人がこちらを振り返った。
 「ああ、いらっしゃい。俺は時神未来神、プラズマ。アヤの手料理はうまいぜ。食うか?」
 赤髪の青年プラズマはルナを横の座布団に座らせ、余ったお皿をサムライに渡した。
 「ああ、俺は時神過去神、栄次だ。今、新しくカレーを持ってくる。……ところで、最近はずいぶんと更夜を怒らせているようだな。望月ルナ」
 「……っ!」
 茶色の総髪、緑の着物の男、栄次は鋭い瞳でルナを横目で見てから、カレーをお皿に盛り、お茶もお盆に乗せて、丁寧にルナの前に置いた。
 「ほら、食え。更夜に叱られて、ふてくされ、こちらに来たのだろう?」
 「なんで、知ってるの……」
 ルナは栄次を怯えながら見上げる。
 「俺は過去が見える故」
 「過去が見える……」
 「そうだ。そんなに怯えるな。俺はよく顔が怖いと言われる」
 栄次はリモコンを迷いながら押し、二、三回電源を落としつつ、子供番組をつける。
 「そろそろ、寒くなってきたな、こたつ出す? ごちそうさん~」
 「み、皆さん、なんでこんなにのんびりしてるんですか……」
 ウェットシートで丁寧に口を拭くプラズマを見ながら、三つ編みの少女リカは頭を抱えた。
 「リカ、落ち着けよ。もう少しで更夜が迎えに来る。それよか、望月ルナに挨拶しておけよ」
 プラズマはそう言うと、からになったお皿を集め、流しに運んだ。ルナはカレーを頬張りながら、四柱を不思議そうに見上げる。
 「あ、ああ、そうだったね。私は時神のリカだよ」
 「……リカ、リカはなんか……弱そうだね」
 ルナに言われたリカは苦笑いをする。
 「まあ、私は産まれて一年目だからねー……あはは。たぶん、すごい弱い」
 「……そっか。じゃあ……」
 ルナは先程入ったデータ、時神の上に立つというデータを試してみることにした。
 本当に「平伏」するのか、試したくなったのである。ルナは更夜の反抗心で善悪がよくわからなくなっていた。
 「……平伏せよ!」
 「あう……」
 ルナは神力を過剰に解放し、神力の解放が上手くできないリカを失神させてしまった。
 「あれ……おかしいな」
 「リカっ! ああ、遅かったか」
 プラズマがリカを抱き起こし、リカの状態を見る。
 「あ、たぶん死んでないと思うよ」
 ルナは動揺しながらつぶやき、アヤと栄次はルナに頭を抱えた。
 「知ってはいたけれど……」
 「ここまで純粋に力を試すとはな……」
 「る、ルナは偉いんだ! 誰よりも偉いんだ!」
 ルナは動揺してわめき、栄次がなだめた。
 「落ち着くのだ。神力の解放は相手を気絶させてしまうことがある」
 栄次がルナの頭を撫でた時、プラズマがため息混じりにつぶやいた。
 「更夜が来た。なげぇ夜になりそうだ」
 プラズマの言葉を聞いたルナは拳を握りしめた。

責任とは1

 更夜は時神達の家に入るなり、ルナを鋭く呼んだ。
 「ルナっ!」
 「ああ、おじいちゃん」
 ルナはふてくされながら笑う。
 「何があったんだ」
 ルナの近くで倒れているリカを見て、更夜はルナを睨み付けた。
 「また、現世で力を使ったのか! 悪い子だ!  もういい加減に……」
 「おじいちゃんはルナが嫌いなんだ! だからルナを叩くんだ!」
 更夜もルナも余裕のある話し合いはできなさそうだった。特に更夜はいつもの雰囲気がなく、かなり感情的で荒い。
 「ルナはね、時間を操れる。おじいちゃんを従わせることもできる。だから、ルナのがえらいんだよ?」
 ルナの発言に、更夜は自分の言葉が全く伝わっていなかったのかと疑った。難しい部分は説明しなかったが、理解できるように話したつもりだった。
 同時にルナが理解しないことに対し、怒りがこみ上げる。
 「世界が滅ぶと言っているんだ! 何度も……」
 「更夜! やめろ!」
 栄次が咄嗟に声を上げたが、間に合わず、更夜はルナの頬を叩いていた。
 「何度も言わせるなっ!」
 「痛いぃ……おじいちゃんがぶった!」
 ルナは泣きながら叩かれた頬を押さえる。更夜に初めて殴られたルナは動揺し、さらに泣き始めた。
 「……ルナ、言いつけを破る子は悪い子だ。今日は厳しい……お仕置きだぞ」
 「更夜っ!」
 栄次が止めに入るが、頭に血がのぼっている更夜は栄次をどかし、泣き叫ぶルナの胸ぐらを掴んで立たせる。
 プラズマ、アヤは更夜の雰囲気に困惑していた。あきらかに更夜らしくない異常な行動。
 「お前は俺の言ったことがなぜわからない!」
 更夜は再び手を上げ、今度は叩いた頬と別の頬を叩いた。
 「あぐっ……痛い!」
 ルナは痛みに呻き、さらに大声で泣き始めた。更夜はルナにさらに手を上げる。
 「お、おい……待て!」
 プラズマが止めようとしたが、更夜はルナを叩き続けた。
 アヤは怯えてプラズマを見ている。
 「……っ。やめろ、望月更夜」
 プラズマが声を上げ、栄次が更夜の手をとって壁に押し付けた。
 「な、なにをする!」
 「お前はこうしないと止まらないだろう。自分がしたことを考えろ! 頭を冷やせ、更夜」
 栄次は神力を少し解放し、更夜を力をづくで止めた。
 「……もう、帰らねば……スズを待たせている。ルナ……帰るぞ」
 少し落ち着いた更夜は戸惑いながら、ルナを見る。ルナの顔は更夜により赤く腫れていた。
 唇から血がしたたっている。
 「う……うう」
 震えているルナの背をアヤが優しくさすり、不安げにプラズマを仰ぐ。
 プラズマはアヤに目配せをすると、更夜をまっすぐ見据えた。
 「更夜、一度ルナから離れるんだ。頭を冷やして明日の朝、また来い。ルナは今日、うちで預かる。……更夜、ちょっと来い」
 プラズマは更夜の肩を軽く叩くと廊下に出るよう促した。更夜はいつもの自分ではないことにようやく気づき、動揺しながら廊下に出た。
 廊下に出て、玄関を抜け、冷たい風が吹く外に出たところで、プラズマは立ち止まり、暗い顔をしている更夜に目を向け、口を開いた。
 「なあ」
 「なんだ……」
 「ルナはあんたが大切にしている娘じゃないのか?」
 「……そうだ。そうだったはずなんだ。どうかしているよな。ルナに抵抗なく手を上げられるようになってしまったなんて」
 更夜は動揺していた。
 プラズマは目を細めてから、空を仰いだ。空には冬の星座が輝いており、横には輝く月があった。
 「ケジメをつけさせるために、ルナにお仕置きをしていたんだろ? 尻叩きですませてやろうとしたのか」
 「そうだ。こんな責任じゃすまないことは知っている。俺は……」
 更夜は肩を震わせると涙をこぼした。
 「申し訳なく思っている。どうかしているよな。栄次が止めてくれなかったら、まずかったな」
 「あんたは頑張ったよ。俺達がルナをもう少し気にかければ良かったのかもしれない。あの子は……時神を監視する時神なんだろ」
 プラズマは夜空から視線を更夜に移す。
 「そうらしい。あの子はわかっていないんだ。神であるということが」
 「そのようだ。一度……わからせた方がいいかもしれない。こんなことをすると、どうなるのかを。子供のお仕置きじゃなく」
 「プラズマ……いや、紅雷王(こうらいおう)。ルナを守ってくれ」
 更夜がプラズマに頭を下げ、プラズマは静かに頷いた。
 「とりあえず、今日は頭を冷やすんだ。明日の朝、ルナに責任をとらせるため、あんたを封印罰にする」
 「わかった。お前に従う。俺は親の愛を知らないんだ。だから、あの子が何を求めているのか、わからない」
 更夜はうつむきながら、サヨに連絡を入れる。プラズマはスマートフォンでの会話が終わってから再び更夜に言葉をかけた。
 「更夜……一つだけ言う」
 「なんだ」
 目の前に弐の世界への扉が出現した。
 「ルナは、ずっとうちの隣の家……サヨの家を見ていたらしいぞ。優しくしてもらっていたついこないだを、思い出して悲しくなったんじゃないかな」
 「……そうかもな。俺は、必死すぎたのかもしれない」
 更夜はプラズマにそう答えると、弐の世界へ帰っていった。
 
 

二話

 ルナの頬を冷やし、血を拭ってやったアヤはルナを寝かしつけていた。
 ルナはアヤに背を向け、静かに泣いていたが、やがて泣きつかれたのかそのまま眠ってしまった。
 アヤは和室の電気を消し、廊下に出る。
 「アヤ、寝たか?」
 栄次がアヤに声をかけ、アヤは小さく頷いた。
 「ショックよね。わけがわからなかったと思うわ。育て親の更夜に初めて怖い顔で沢山叩かれて。ずっと泣いていたわよ」
 アヤが答えた時、プラズマが二階から降りてきた。
 「リカは部屋に寝かせてきたぜ。まだ、目を覚まさない。明日、目覚めるといいが……」
 「なんか、リカが来てから状況がかなり変わるわね。あの子は沢山の秘密がありそうだけれど、リカ自体がわかっていないから、説明してくれない」
 アヤは栄次とプラズマと共に、こたつがある和室に戻る。ルナを寝かせた隣の部屋だ。
 「更夜の対応には正直戸惑ったよ、俺は」
 プラズマがこたつに入り、横になる。
 「ああ、俺達は更夜に任せすぎたのかもしれない」
 栄次もこたつに入り、机の上の編みかごに入ったみかんをむく。
 「もう、寒くなったわね。秋も終わりかしら」
 「アヤ、あんた、なんか元気がないな。更夜の振るまいに驚いたのか?」
 プラズマがそう尋ねた刹那、こたつ布団の中で、栄次がプラズマの足を軽く蹴った。
 「な、なにすんだよ……」
 「栄次、別にいいわ。隠してないから」
 アヤが意味深な言葉を発し、プラズマは眉を寄せる。
 「なんだよ……」
 「栄次は私の過去をみたんでしょう?」
 「ああ、すまない」
 栄次はみかんを口に含みながらあやまった。
 「だから……どうしたんだ?」
 「ここで話すのもあれだけれど、私の小さい頃の話よ」
 アヤはため息をつきながら、急須からお茶を入れ、話し始めた。
 「話したくないなら話さなくていいけどな」
 「隠すつもりもないから、話すわ。私はね、人間時代、『両親に全く似てなかった』の。弟がいたのだけれど、弟は両親に似ていたわ。産まれた時にね、私は『また赤ちゃんになっている』と思ったの。なぜだかはわからない。わからないけれど、『また、この姿なの?』って思ったの」
 アヤはお茶を一口飲むと続けた。
 「まあ、ここは今は関係ないんだけれど、両親に全く似てなかったから……かわいがってもらえなかった」
 アヤはまたお茶を飲む。ゆのみを持つ手が震えていた。
 「ルナを見て、思い出しちゃったのよね。よく顔を殴られていたこと」
 「マジかよ……ひでぇな……」
 「私の顔が気に入らなかったらしいわ。それはそうよね、似てないんだもの。全くね。髪から瞳から何もかも違う。顔を見せるなと言われて、食事も自分でこっそり作って夜中にひとりで食べてた。私もね、子供は好きなのだけれど、どうしたらいいのかわからないの。ひとりで育ったから。ずっと邪魔扱いされていたから、早い段階で家を出たのよ」
 アヤはお茶を飲み干し、息を吐いた。
 「私が怒っている男が苦手なのは、お父さんのせいなの。私の事でずっとお母さんと揉めていたわ。その後、決まって私を殴るのよ。髪の色が違うからと髪を引っ張られたり、切られたりもした。私が家を出たのは、本物の両親を探しにいきたかったのかも。ルナも優しい両親が気になったのかもしれないわね」
 アヤは湯呑みの底を見ながら再び、ため息を漏らした。
 「アヤ、大変だったんだな」
 プラズマと栄次はなんとなくアヤの側に寄る。
 「よく泣いていたから、頭ごなしに怒鳴られて怖いと思うと涙が勝手に出るの。追加で言うと、私は元々、全然違う名前だったのよ。アヤって名前は夢なのかなんなのかわからないけれど、優しく何回も呼んでもらった記憶があったから、自分でそう名乗っている。なんだか遠い記憶のような、懐かしくて、あたたかい感じがするの。なぜだかわからないのだけれどね」
 アヤは立ち上がり、湯呑みを片付けに行く。
 「なあ、栄次。栄次はいつから知ってたんだよ」
 プラズマは小声で栄次に聞いた。
 「……初めからだ。アヤの記憶は話より酷いぞ。見ない方が良い。ただ……彼女はずっと古くから記憶があるような気がするのだが、二十数年前ほどからしか見えない。不思議だ。お前が皇族で紅雷王だった時期などはしっかり見えるのだがな」
 「『我は紅雷王。おかたさまの行く末も見えると言うに、おかたさまは我を使うのか』みたいな? しかし、アヤは謎だな……」
 アヤが湯呑みを片付け、戻ってきた。
 「それで、明日は……。ルナに酷いことはしないわよね?」
 アヤは不安げにプラズマを仰ぐ。
 「……酷いことをするよ」
 プラズマの発言にアヤは悲しげに下を向いた。
 「かわいそう」
 「たぶんな、一番泣くと思う。更夜みたいな折檻はしないが、あの子から一番大事なものを奪う。アヤは辛かったらいなくてもいい」
 プラズマはアヤの横に座り、背中を優しく撫でる。アヤは自身と重ねたのか、涙をこぼし始めた。
 「あの子は更夜に愛されてたわ! あの子から更夜を奪うつもりなの?」
 「その通りだ」
 プラズマは言い訳を何もせずに一言だけ言った。
 「ひどい……」
 「今回は高天原に見つかったかもしれないんだ。たぶん、ずいぶん前から見つかっている。だからそろそろ俺は、高天原北の冷林から会議に出るよう言われる。明日、時神トップの俺がルナの責任者である更夜を罰し、ルナに罪を償わせ、高天原から追及されたら、更夜の封印で罪を償わせたことを言い、時の歪みは俺達が直したと報告する」
 プラズマは髪をかき分け、みかんに手を伸ばす。
 「アヤ。プラズマがやるしかないのだ。ルナを守らねば」
 栄次もアヤの方に寄り、三人が一直線にこたつに入ることになった。間にアヤが挟まれる。
 「男が両脇に来ると、なかなか狭いわね……。ええ、わかってるの。私も見届けるわ」
 アヤがそうつぶやいた刹那、両脇からむいたみかんが差し出された。
 「甘いぞ、食べるか?」
 「すんげぇうまいみかんだから食べてみ?」
 「……ありがと。いただきます。あなた達の優しさに……私はね、かなり救われているのよ」
 アヤはみかんを二つ受け取り、控えめに一粒ずつ口に入れる。
 「……えっと、しばらく、一緒にいてくれるかしら」
 アヤは二人の片手をそれぞれ握り、うつむいた。
 「いいよ」
 「ああ、一緒にいる」
 プラズマと栄次からの優しい返答を聞いたアヤは、嗚咽を漏らしながら静かに涙をこぼした。

三話

 翌朝、更夜は戸惑うサヨとスズにあやまり、無理に別れると、現世にある時神達の家の前に立った。
 すぐにプラズマが迎えに出てきて、中へ案内される。
 更夜は頭を下げると玄関で草履を脱ぎ、廊下を歩いて案内された部屋の一部屋に入った。
 部屋の中に栄次、アヤが障子扉寄りに正座しており、畳の真ん中にルナが座らされていた。
 ルナは不安げに更夜を見上げてから、苦笑いを向け、再び反抗を始める。
 「おじいちゃん、なにしにきたの! ルナは許してないっ!」
 「ルナ……いい加減にしなさい」
 ルナの発言を聞いた更夜は鋭くルナに言い放った。
 「ルナは時神の上なんだ! おじいちゃんなんか、だいっきらい!」
 ルナは更夜を睨み付け、叫ぶ。
 更夜はルナが何もわかっていないことにいらだち、再び叩こうとした。
 「望月更夜」
 プラズマに名を呼ばれ、更夜は慌てて手を引く。ルナの顔は昨夜の更夜の暴力により、赤く腫れたままだ。
 「もうやめろ。それはもう折檻じゃない。あんたらしくないよ。子供をそんなに殴るな」
 プラズマが珍しく真面目な顔で更夜を止め、更夜は眉を寄せ、悲しそうに自分の手を見る。
 「更夜。アヤと栄次の近くに座れ。今からルナに責任をとらせる。望月ルナ、俺が許可するまで立つな。望月更夜を見る事も許さない。俺を見ろ」
 プラズマの異様な雰囲気にルナは後退りをし、逃げようとし始めた。 
 「……望月ルナ。何をしている? 座れ」
 「い、いやっ!」
 ルナは泣きながら震える。
 「時神の上に立っているのはお前じゃない。俺だ。お前が力を使ったせいで世界が歪んだ。時神をまとめている俺は歪んだ世界を許さない。お前が歪ませた世界を俺達が必死に直したんだ」
 「知らない!」
 ルナは走って逃げようとした。
 「いいか、俺はお前が大好きな望月更夜も管理している。お前も当然、管理の対象になる。お前が俺達の上に立つ神だと言うなら、見せてみろ。お前の神力を。昨日リカにやったようにな!」
 プラズマが神力を解放する。
 髪が伸び、突き刺さるような力がルナを襲った。
 「……っ!」
 ルナも神力を出すがプラズマの力が強すぎて膝を折った。
 気がつくと、栄次、アヤ、更夜までもがプラズマに平伏していた。
 「こういうことだ。あまりやりたくないんだが。逃げるなよ。望月ルナ。お前の罪と向き合え。神力は最小限にとどめてやる。お前の気持ちを優先してやろう」
 プラズマは神力を抑え、髪を短くした。先程、逃げようとしていたルナは冷や汗を拭いながら動けずに固まっている。
 「さあ、どうする? 望月ルナ。素直になるんだ」
 プラズマは優しくなり、ルナはプラズマを怯えたまま見上げた。
 「あんたは……優しい女の子。更夜に甘えたかったんだな。あんたの気持ちが不安定だったから、半分くらい力が勝手に溢れていたんだ。ルナのおじいちゃんはルナが嘘ばかりつくから、信じられなくなっていたんだよ。ルナのことを嫌いになったわけじゃないんだ」
 プラズマはルナに近づき、ルナを優しく抱きしめた。
 ルナは目に涙を浮かべ、子供らしく嗚咽を漏らし始める。
 プラズマはルナを撫で、静かに離れた。
 「……そこに座れるか?」
 「……うん」
 プラズマの言葉にルナは恐ろしく素直に従った。
 「望月ルナ、一つだけ言わせろ。お前、いつから更夜に優しくしてもらえてないんだ?」
 プラズマに尋ねられ、ルナはゆっくり顔を上げた。
 「ずっとだよ。力を間違えて使って、おしり叩かれてからずっと……おじいちゃんはルナに冷たい」
 プラズマはルナの発言を聞きつつ、更夜を軽く見る。
 更夜はルナを悲しげに見つめていた。
 プラズマは目を閉じると、再びルナに視線を移す。
 「そうか。ちゃんと答えられて偉かったぞ。これでようやく、話ができるな」
 「……おはなし?」
 ルナが話に興味を持ったのを確認したプラズマは雰囲気を元に戻し、叱る体勢に入った。
 「大事な話をする。しっかり聞くんだ、望月ルナ。返事は『はい』だ。わかったか?」
 「……はい」
 ルナが素直に返事をしたので、プラズマは話を先に進める。
 「望月ルナ、更夜に甘えたかったのは勝手だが、時神には禁忌がある。破るのはいけない。上が追及しにくるぞ、お前、どう責任を取る?」
 「せ、せきにん?」
 ルナは聞き慣れない言葉に震えた。
 「そうだ。お前がどうしてこんなことをしたのかを、俺よりも上にいる神に説明し、『お前が世界をきれいに元に戻した』後、裁判にかけられて、上から言われた罰……お仕置きを受ける。おそらく、こんな感じになるだろう。お前が俺達の上に立っているなら、お前がひとりでこの責任をとるわけだ」
 プラズマは淡々とわかりやすくルナに恐怖を植え付けていく。
 「ま、待って! ルナ、世界を戻すやり方知らない!」
 「ああ、そうだな。お前は何も知らないんだ。お前が時間をいじった後、どうなったか教えてやる。時間はずれ続け、生きるものの生死までも変えた。それがつながって、あちらこちらの運命が変わり、その者に関わった者の運命が変わった。それの繰り返しで被害は広がっている。それらの運命を一つずつ元に戻していくんだ。ああ、一つずつ、あちらこちら『同時』にな。じゃないと、被害は広がり続ける。元に戻るまで、気絶しようが、泣き叫ぼうが、血を吐こうが、神力を使い続け、一つ一つの運命を元に戻すんだ。人や動物、植物、物、空気、神……。お前はそれができるか?」
 プラズマにそう尋ねられ、ルナは罪の重さを知る。
 更夜に反抗するという、子供の気持ちでいてはいけないのだと、ルナは初めて気がついた。
 取り返しのつかない事をしたのだと震えるしかできない。
 「お前がやった、末路の一つの話をしようか。引っ越し屋さんを早送りしたな? あの後、どうなったと思う?」
 プラズマに尋ねられ、ルナは震えながら下を向く。
 「聞いているか? 返事ができないようだな」
 「ひっ……わか、わかりません……」
 「あの後、荷物は確かに早く積めた。人間の一人が踏まなくて良かった野花を踏み、花は死んだ。花はその後、種を残すはずだったが、残せなかった。それにより、細かな運命が変わる。まあ、ここは説明が長くなるから省くな。トラックは荷物を早く積めたことにより、早く発進した。それにより、何事もなく通りすぎるはずだった猫と時間がかぶり、ひかないようにブレーキをかけたら、後ろの車と事故。車の運転手は娘さんの結婚式に行く予定だった。軽い事故で済んだが、車が壊れ、結婚式も行けなくなる。トラックの方は中の積み荷のうち、持ち主の奥さんが大事にしていたお母さんの形見の食器が壊れ、落ち込み、旦那さんと仲が悪くなる。トラックの運転手は事故をおこしたことに落ち込み、引きこもりになり、さらにその人の親は悲しみにより精神が壊れてしまう。埋め合わせをした他の人間達にも影響が出て、忙しくなりすぎてイラついていた人間が問題をおこし、上司と喧嘩……その上司もおかしくなり……という風におこらない運命が起こるわけだ。後はひかれそうになった猫周辺、トラックの運転手の親周辺、結婚するはずだった娘さんの運命も細やかに変わる。もう手がつけられないなあ。これが引っ越し屋さんを早送りにした代償だ」
 プラズマはこうなる前にルナの行動を未来見して対処をしていた。つまり、これはルナを放置した場合の、ある一つの未来だ。
 「他に何したんだっけなあ? 虫を早送りしたり、時間を停止したり? どう元に戻すんだよ。俺に教えてくれよ、望月ルナ。どう責任をとるんだ? 早く教えろ。オイ、黙ってんじゃねぇよ。上の神はな、優しくはないぞ」
 「……ごめんなさい」
 プラズマの脅しにルナは大粒の涙をこぼし、小さくつぶやいた。
 「ごめんなさい……責任はとれません」
 ルナの言葉を聞いたプラズマは珍しく声を張り上げ、ルナを叱りつける。
 「そうだ、お前は責任がとれない。お前の代わりに誰かが責任をとるんだ。俺達の誰かがお前の代わりになるんだから、謝罪し、責任がとれないことをしっかり言え! 望月ルナ!」
 プラズマの突き刺すような声がルナを貫く。神力を言葉に乗せ、雨のように注ぐ術、古来の神が使う、言雨(ことさめ)である。 
 ついにルナは大泣きをしながら、プラズマにひれ伏すようにあやまり始めた。
 「ごめんなさい! ルナはっ! ルナは『せきにん』がとれないです! 助けてくださいっ! ごめんなさいっ! ルナを助けて……」
 ルナの、心からの謝罪が和室に響く。プラズマは小さな女の子を責めている事に心を痛めていた。
 ……わかってるよ。ルナ。
 更夜が大好きだから反抗したかっただけだったんだろ?
 子供に必要な感情だよ、それは。
 ああ、女の子を震え上がらせて、こんなに泣かせて……。
 この子はかわいい顔で笑う子なのに。
 俺は……最低だよな。
 これから本当に残酷な事をしなければならないんだから。
 ああ、もう嫌だぜ。

四話

 リカは朝日が差し込むベッドの上で目覚めた。服は昨日のままで、パジャマも着ていない。
 「……あれ? このまま朝まで寝るわけないし……。どういう……」
 リカは丁寧にかけられた布団を眺め、さらに首を傾げる。
 「服が昨日のまま、きれいに布団に入って寝てるのは変だ……」
 唸りながら昨日の事を思い出すと、ルナが昨夜来たことを思い出した。
 ルナと会話してから先の記憶がない。
 「とりあえず、下の階に行こう」
 ちなみにリカの部屋は二階の一室だ。アヤの部屋はリカの隣にある。
 ドアを開け、階段を降り、台所で水を一杯飲んでいると、ルナの泣き声が聞こえた。
 鋭いプラズマの声も聞こえてくる。何事かと声が聞こえた部屋の障子を覗くと、時神達がそろって正座しており、真ん中にプラズマとルナがいた。
 「ルナちゃん……泣き叫んでる……。プラズマさんが怖い……。何してるの……?」
 そんなことをつぶやいていると、栄次と更夜が同時にこちらを向いた。リカは息を飲んだが、二人は何も言わずにルナとプラズマの会話に目を向けた。
 リカは黙ったままその場で見ていることにする。
 「今、望月ルナは責任がとれないと言った。ならば、俺が望月ルナの罰を決める。望月ルナは罪が償えないので、代わりにルナの監視をしていた望月更夜に罰を与え、罪を償ってもらうこととする。望月更夜、よろしいか?」
 プラズマは淡々と告げ、更夜に目を向けた。
 更夜はゆっくり立ち上がり、プラズマの前に出ると平伏し、口を開く。
 「……はい。この度は申し訳ありませんでした。今後、このような事がないよう、気を付けます」
 更夜はプラズマが顔を上げろと言うまで頭を下げ続ける。
 ルナは隣でプラズマにあやまる更夜を見て、さらに動揺していた。更夜が他の神に頭を下げるところを初めて見たからか。
 更夜が必死で頭を下げている理由が自分のせいであることをルナは深く知る。
 「望月更夜、ルナの代わりに罰を受けろ。しばらくいなくなれ。封印だ」
 プラズマが更夜に命令し、更夜は深く頭を下げ、「はい」と一言だけ言った。
 「まっ……まって!」
 更夜がいなくなってしまうことを知ってしまったルナは蒼白な顔でプラズマに叫んだ。
 「なんだ、望月ルナ」
 冷たいプラズマの声を聞きながら、ルナは必死に言う。
 「おじいちゃんは悪くないの!」
 「当たり前だろ」
 淡々と言うプラズマにルナは震えながらプラズマに向かいわめく。
 「ルナからおじいちゃんを奪わないで! お願い!」
 しかし、プラズマは顔色を変えずに冷酷に笑った。
 「なに言ってんだ、お前。責任をなすりつけたくせに、罰を受ける者を選ぶつもりか? 更夜でいい。お前へのお仕置きにもなっていいじゃないか、まさかお前……お仕置きが尻叩きだと思ったか? 子供だなあ」
 プラズマの態度は変わらず、怖いくらいに冷たい。
 ルナは大泣きでプラズマにすがった。
 「おじいちゃんを返してぇ!!」
 ルナが横でわめく中、プラズマは淡々と事を進める。
 「望月更夜、何か言うことはあるか?」
 「はい、では、ルナに。俺はしばらくいなくなることになる。スズとサヨに説明し、三人で仲良く暮らしてくれ。皆で生活するのは楽しかった。こうなったのは残念だが、俺はお前の罪を償ってくる。プラズマ、ルナを頼む」
 更夜の一言にルナは固まり、プラズマはわずかに悲しそうな雰囲気を出した。
 「……望月更夜、封印を始める」
 「はい」
 プラズマは自分の神力を更夜に巻き始める。更夜は目を静かに閉じた。
 体が白い光に包まれ、時計の陣が更夜を中へと連れ去った……。

五話

 更夜は鎖に絡まれながら時計の陣に引きずりこまれ、なぜか苦しそうに血を吐きながら消える。
 そんな衝撃的な場面を見せられたルナは何にも言葉を発せられず、唇を震わせているだけだった。
 「……あ……ああ」
 ルナは涙をこぼしながら、放心状態になった。
 「さて」
 プラズマはため息混じりに立ち上がる。
 「話は終わりだ」
 プラズマがルナに背を向け、去ろうとした時、大泣きしたルナが必死にしがみついてきた。
 「ごめんなさい! ごめんなさい! おじいちゃんを返して! 行かないでぇ! お願いします!」
 プラズマは反応せず、下を向く。
 「待ってください! 行かないでぇ!」
 プラズマの手を引っ張り、わめきながらルナはプラズマを引き留めようとする。
 「せきにんはルナがとります! ごめんなさい! 許してください! 行かないでぇ!」
 プラズマは背を向けながら、唇をかみしめる。
 プラズマは本来、こんなことができる男ではない。単純に辛かった。ルナの泣き顔をまっすぐ見ていられるのも、声をあげて泣いているのを聞くのも、限界だった。
 ただ、おそらく、プラズマよりも優しい栄次、ルナに同情しているアヤのが辛いはずだ。
 ふたりとも苦しいのを耐えているに違いない。
 ……嫌な役目だ……。
 プラズマは心で小さくつぶやいた。
 この子は俺達の上に立つには幼すぎる。高天原で責任を取るのは、俺になりそうだ。
 「俺はこれから高天原へ行く。更夜を罰したことでこの件が終わったことを、冷林に報告しないとな」
 プラズマがルナを優しく振り払い、栄次とアヤを見る。
 二人は小さく頭を下げ、プラズマを送り出した。
 障子扉を開けると、困惑しているリカがプラズマを見ていた。
 「リカ、大丈夫か?」
 プラズマはリカを心配しながら声をかける。
 「は、はい……」
 リカはプラズマの暗い顔を見て、咄嗟に道を開けた。
 「リカ、栄次とアヤについていてくれ。ルナも頼む」
 「……え、はい」
 プラズマはリカの返事を聞くと、息を深く吐き、言った。
 「高天原会議からルナを守ってくる」
 「ぷ、プラズマさ……ん」
 リカがプラズマの名を呼んだが、プラズマは振り返らずに玄関から外へと出ていった。
 一方、ルナはプラズマが小さい声でリカと話していたことを聞いていた。
 高天原会議とはなんなのか?
 ルナは「せきにん」に関係する事だとすぐに気がつき、プラズマを追って走り出した。
 「ルナ!」
 アヤと栄次が突然走り出したルナを追いかけ、廊下へ出る。
 「リカ! 大丈夫?」
 アヤは廊下にいたリカに驚きつつも、リカを心配し、栄次はルナを捕まえた。
 「ルナ、落ち着け。プラズマはお前を守っているのだ。高天原でプラズマが更夜の刑期を短くする交渉をするはずだ。えー……早く更夜がこちらに戻れるよう、頑張るということだ。お前は待て」
 栄次がルナにわかりやすいように言葉をかける中、ルナは玄関を抜けた庭で白い翼の生えた謎の男達を見る。プラズマはその白い人達が持っていた、初めて見る謎の乗り物に乗り、消えた。
 ……あれは……なんだ?
 ルナはほぼ無意識に「過去見」をし、プラズマの過去を覗き、あれが「鶴」という神の使いで、あの乗り物は「駕籠」というものらしいことを知る。
 追加であれは「高天原」へ行くものであるという事も掴んだ。
 ルナはすぐにプラズマを追うことにする。
 「えいじ、ルナをひとりにさせてほしい」
 ルナは栄次を見上げ、離してくれるように頼んだ。栄次はすぐにルナを離したが、ひとりにしてはくれなかった。
 「更夜がいなくなって寂しいのだろう? 俺では更夜の代わりにはならんかも知れぬが……甘えてきても良いぞ……」
 栄次が優しすぎるため、ルナは栄次に抱きついて甘えたくなったが、頭を振り、気持ちを落ち着かせる。
 「おそとでお花、みたい」
 「そ、そうか。なら俺も付き合うぞ?」
 栄次はなかなかルナから離れない。
 「お姉ちゃんとスズに説明するお約束だから、おうちに帰る……」
 「ルナ、ならば俺も共に行くぞ」
 栄次はルナを心配し、全くルナをひとりにしてくれない。
 考えたルナは最終手段を試す。
 「二階のアヤのお部屋で寝る」
 「あ、アヤの部屋……えー……アヤ、ルナがアヤの部屋で寝たいそうだ」
 栄次はルナが突然なぜこんなことを言い出したのかわからず、動揺しながらアヤにそう伝えた。
 「あら、そう? なら私が連れていくわ」
 アヤはルナを連れ、二階へと向かう。
 「ルナ、大丈夫? 一緒に寝る?」
 アヤは自室の部屋前まで来るとドアを開けた。ルナは素早くアヤの部屋に入ると、アヤを閉め出し、鍵をかけた。
 「ちょっ……ルナ?」
 アヤが不安げに声を上げる中、ルナはベッド横にある窓を全開にし、鶴を呼んだ。
 鶴は驚くほどすぐに来た。
 「よよい? やつがれはツルだよーい! 小さなお客様だよい?」
 端正な顔立ちの、全体的に白黒の着物を着た男性が窓脇に駕籠を寄せる。
 「えっと、高天原の会議まで連れてって!」
 ルナは転がり込むように駕籠に入り込むと、鶴に命令した。
 「はやくいって!」
 駕籠内は電車のワンボックス席のようになっていたので、ルナはすぐに椅子に座り、鶴に叫ぶ。
 「はやく!」
 「よよい! 急行だよい!」
 鶴はルナの言葉に従い、超高速で飛び去っていった。
 「ちょっと、ルナ! 何してるの!?」
 アヤは嫌な予感がし、階段を降りて玄関まで走る。栄次とリカが途中でアヤに気がつき、アヤを追った。
 「どうした? アヤ」
 「ルナが!」
 三人が外に出ると、空高くに小さくなった鶴の姿が見えた。
 

六話

 プラズマが鶴に連れられている最中、未来見をした通り、高天原東の頭オモイカネ、東のワイズから高天原会議に出るよう連絡が来た。ただ、時神の上にいる高天原北の主、冷林からの連絡ではなかったのがプラズマの顔を曇らせる。
 プラズマが連絡を受けた時にはもうすでに高天原東にたどり着いていた。
 高天原東は最新技術を沢山使っているかなり高度な技術の国。
 辺りは高いビルばかりだが、高天原なので神同様、幻想である。
 神がデータであるというのを逆手にとり、神を数字に分解し、ワープ装置を作るなど頭の良い神が多い。
 鶴は動く歩道の脇に着陸し、プラズマは鶴にお礼を言ってから駕籠から降りた。
 目の前に金閣寺を悪い意味で進化させたような、金色の天守閣が見えてくる。ワイズの城である。
  そのまま、動く歩道に乗り、城を目指した。
 プラズマは天守閣に行く途中、未来見をし、会議の進みを確認する。
 ……ルナ?
 なぜ、ルナが……。
 プラズマの未来にルナが出てきた。ルナは置いてきたはずだ。
 プラズマは辺りを見回す。
 ルナの姿はない。
 沢山ある未来の内の一つにルナが来る未来があるということか。
 プラズマはなんとなく上空を仰ぐ。鶴がひく駕籠が三つ、通りすぎていった。
 「今回は高天原東西南北か。霊的月、霊的太陽の姫は呼ばれてない」
 プラズマは動く歩道から降りて、ワイズの金色の天守閣の前に立つと、自動ドアから中に入った。
 一方ルナは鶴に「高天原の会議まで連れていってくれ」と言ったため、ワイズの城前でおろされず、高天原会議の会場となるワイズの城、三階の会議室まで鶴がだっこして運んでいた。
 鶴は命令通りに動くのである。
 城内部は金色ではなく、無機質な雰囲気だった。
 鶴は廊下を歩き、装飾された扉の前でルナを下ろす。
 「では、やつがれはいくよ~い! よよい」
 鶴はルナに軽く手を振ると、笑顔で去っていった。
 「あ、ありがとう……」
 ルナはとりあえずお礼を言う。
 鶴は丁寧にお辞儀をすると、エレベーターのドアを閉めた。
 「よし!」
 ルナはよくわかっていないまま、会議室の扉を開ける。
 「くくく……お前が望月ルナかYO」
 会議室に入った瞬間にルナと同じくらいの身長の少女に話しかけられた。
 「う、うん……」
 ルナは頷きながら異様な空気の会議室を眺める。
 全体的に落ち着いた紅色の部屋で、お高そうな木の机に椅子が並べられていた。
 そこに座っていたのは日本古代の髪型である角髪(みずら)の男性。
 緑色の美しい長髪をしている、竜のツノの生えた男性、それから……青い人型のぬいぐるみ。
 「望月ルナ。もう少しで紅雷王が来るから、そこに正座しといたら~?」
 角髪の男性、高天原西の剣王、タケミカヅチ神が笑いながら床に正座するように言った。
 「こうらい……おう?」
 「お前らがプラズマと呼んでいる男だYO。さっさと平伏しろ、悪ガキ。私は東のワイズこと、オモイカネ。お前、何しにきたんだ?」
 ワイズと名乗るサングラスをかけた謎の少女は、ルナに神力を向け、無理やり平伏の体勢をとらせる。
 「ひっ……うう……」
 失神しそうな神力を浴びせられ、ルナは冷や汗を大量に流しながら、神々に頭を下げさせられた。重たいものが背中に乗っているかのように、床から額を離せない。
 「あやまりに来たのかYO? まさか、責任を取りに来たとか?」
 「……っ!」
 ワイズに言われ、ルナは目を見開いた。ワイズは神力を解き、ルナを解放する。
 「さあ、何をしにきた?」
 「ルナはせきにんを取りに来ました」
 ルナの言葉を聞いたワイズは楽しそうに笑うと頷いた。
 「そうかYO。なるほど。じゃあ、あいつが来るまでお前は床に正座していろ。元々『罪人』の座り方なんだからYO」
 ワイズがそう言った刹那、扉がゆっくりと開き、プラズマが入ってきた。プラズマはルナを確認すると、眉を寄せる。
 「呼び出しに応じました。私は時神未来神、湯瀬紅雷王でございます」
 プラズマは丁寧に頭を下げた。
 「さて、回りくどい話はめんどくさいんで、手っ取り早く聞く。なぜ、望月更夜を封印にした?」
 ワイズに問われ、プラズマは鋭い眼差しを向けつつ、口を開く。
 「その報告だ。望月ルナの代わりに指導者の望月更夜に罪を償わせた。だから、この話は解決している。望月ルナも反省し、世界は俺達時神が寝ずに元に戻した。俺は責任の有無ではなく、結果の報告に来ただけだ」
 プラズマは神々にそう伝えた。
 「その話じゃないんだよねぇ~」
 剣王は不気味に笑いながら話の続きを聞いている。
 「そう、その話じゃあない。なぜ、望月更夜を封印した? 罰を受けるのはクソガキの方だろうがYO」
 ワイズは手に持った杖でルナを指す。
 「違う! 責任の話をしにきたんじゃない! 冷林! なんとか言ってくれ!」
 プラズマは自分よりも神力が下の上司、人型クッキーのような形をした高天原北の縁(えにしの)神
、冷林に意見を求めた。
 しかし、冷林は何も言わなかった。
 「ぬるいんじゃねーのかYO。なめられてんだYO。このガキ、ケツ叩きで躾られてんだろ? 百回ぶっ叩いて封印しときゃあいいんだYO」
 ワイズは前触れもなく、ムチを振り上げ、ルナの頭に足を乗せると、平伏しているルナのお尻にムチを入れ始めた。
 「ひっ……いっ、痛い!」
 破裂音が響き、あまりの痛みにルナが泣き始める。
 「オラオラ! ケツ上げろYO。最初からにすっぞ!」
 「いたいっ! いたいっ!」
 ルナが苦しそうにもがき、プラズマは慌てた。
 「や、やめてくれ!」
 「いたいっ! プラズマ! 助けてっ! いだい! ……あぐっ」
 更夜がした子供のお仕置きとはケタ違いの痛み。これは罪人に行う鞭打ちだ。日本では江戸時代で行われていた重敲きの刑である。
 「やめろ! 俺は責任の有無の話をしにきたんじゃねぇと言ったはずだが? 冷林! 何をしている! お前動かないつもりか?」
 プラズマが怒りをあらわにし、神力を放出する。髪が伸び、ワイズの暴力を止めようと動いた。
 「いたいっ! いたいよぅ! おじいちゃん、おじぃちゃぁん!」
 ルナは泣き叫び、震えていた。
 「やめろよ」
 プラズマの制止はワイズには届かない。
 「痛いだろ? 血まみれにしてやるYO。重敲きの刑ってのは死ぬやつもいるんだ」
 ワイズは冷酷に笑いながらルナを鞭で打つ。
 「やめろと言っている」
 プラズマは乱暴にワイズの手を取った。
 「お前がルナに罰を与えていいわけじゃねぇ。冷林が俺達の上司だ。お前は結果を聞く立場じゃねぇのか」
 プラズマは激しく怒っていた。
 「冷林には判断ができないんだYO。あの神は『子供』だからNE。だから判断は……お前よな。だが、望月ルナは我々にも迷惑をかけている。時神個神の問題じゃあないだろうYO」
 ワイズは剣王を横目で見る。
 「そうだねぇ……望月ルナが色々やったせいで、それがしの軍の、人間の歴史管理をしている神、流史記姫神(りゅうしきひめのかみ)と、神の歴史管理をしている、霊史直神(れいしなおのかみ)、ナオにシステムエラーが出て混乱したんだよ~」
 剣王の言葉にプラズマは目を細めた。
 「嘘をつくな。世界の修復は俺らがやった」
 「違うさ、うちの神に影響が出たのはな、君ら時神の歴史部分だ。まわりが知らない記憶を持っているよね~? 『元に戻したという行動の歴史』を君達だけが持っている。それの処理に歴史神達が動いたのさ。君らは人間の皮をかぶって人間から産まれてくる神。歴史の矛盾がないか、人間の歴史管理をしている関係ない神まで時神の調べものに加わる形になったんだ」
 剣王の言葉にプラズマは頭を抱えた。これはいちゃもんだ。
 歴史神は一瞬で歴史の検索ができる。動くほど動いていないはずだ。
 剣王も立ち上がり、ワイズから鞭を受け取る。
 会話に参加しない高天原南のレジャー施設、竜宮オーナー天津彦根(あまつひこね)神はお茶を飲むと、瞑想を始めた。
 「何をする気だ……」
 プラズマがさらに神力を高め、剣王を睨み付ける。
 「このお嬢ちゃん、百敲きの刑なんだろ? ワイズだと君に止められちゃうから、それがしがやろうと思ってねぇ」
 剣王は震えながら泣いているルナに鞭を振り上げた。
 「待てっ……!」
 プラズマより遥かに神力が高い剣王は、プラズマをさっさと動けなくし、ルナに冷淡な笑顔を浮かべる。
 「大丈夫さ、手加減するから~」
 剣王は容赦なく鞭を振り下ろした。ワイズよりも力が強い剣王からの鞭打ちは痛みの度合いが始めから違った。
 「ぎゃアア!」
 ルナが叫び、服の上から血が滲む。
 「ありゃ、やりすぎたか。手加減は難しいなあ~。とりあえず、残りは九十九回?」
 「ひっ……ひぃっ」
 拷問のような状況にプラズマは拳を握りしめ、ついに叫んだ。
 「やめろっ! もうやめてくれ! どうすりゃあ、ルナが許される! 彼女をもう傷つけないでくれ……。更夜に傷つけられ、俺に傷つけられ、お前らにも傷つけられ……彼女はもうじゅうぶん……罪を償ったじゃないか……それなのに!」
 プラズマは動けない中、必死に剣王を睨み付けるが、剣王は関係なく鞭を振り上げる。
 プラズマは彼らがルナを交渉の道具として使っている事に気がついた。
 ……そういう事かよ……。
 ルナの悲鳴が響き、今度は別の所から血が滲む。
 ……許せねぇ。
 「責任を取るなら、どうすればいいかわかるかなあ~?」
 剣王が再び鞭を振り上げる。
 ……こいつらは『俺の封印』を望んでいる。ルナに罰を与えるのなんてどうだっていいんだ。
 罠にハマる形になるが……ルナを守るためには決めるしかない。
 プラズマは息を吐き、目を閉じると、静かに口を開いた。
 「ああ、わかった。……わかりました。私が代わりに……封印罰を受けます」
 プラズマの発言に剣王とワイズは同時に含み笑いをし、ルナを鞭打つ手を止めた。
 「なるほど、それは相応の罰だYO。時神の親玉が封印罰になるのが正しいな、確かに。望月ルナ、特別に許してやるYO。次は覚悟しておけ」
 プラズマが封印される事を望んだ刹那、ワイズと剣王の態度が変わった。
 ワイズはサングラスの奥にある金色の瞳を光らせ、口角を上げる。

 ……そうだ。こいつが消えれば、厄介な事を持ち込むリカを

 消滅させられる……。
 

七話

 プラズマはルナの傷を心配しつつ、高天原面々に平伏し頭を下げた。
 「望月ルナの処罰は私が代わる事でお許しくださいませ。禁忌を犯したこと、謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
 ルナはプラズマが頭を下げていることに先程同様に驚く。
 「それで……何か言うことはあるか?」
 剣王が顔を上げるように言い、罪神プラズマに尋ねる。
 「はい、では。……ルナ、こちらに更夜が帰ってくる。更夜が帰ったら傷つけられた事を話し、それから『栄次になぐさめてもらうんだ』。栄次は優しいからな。わかったか?」
 「……う、うん。で、でも……プラズマは……」
 ルナが頷いた時、剣王がプラズマの前に出て、神力を巻く。
 「さて、気を失うほどの苦痛を味わい続けろ。気絶したら数百年は眠っちゃいそうだねぇ~」
 プラズマの足元に五芒星が現れ、更夜同様鎖が巻き付き、陣に引きずりこまれる。
 プラズマは苦しそうに血を吐いた。
 「お前ら……覚えてろよ……」
 プラズマが最後に剣王とワイズを睨み付け、鋭く言うと消えていった。
 封印世界は弐の世界のどこかに共通してあるようだ。
 封印罰は電子数字が永遠に流れているだけの何もない世界で、自他どちらかの神力を逆流させ、苦しませ、神を弱らせる罰である。
 この世界は元々古代の神々が使っていた世界のシステムで、エラーが出てしまい暴走を始めた強力な神を弱らせ、消滅させるための場所だった。
 プラズマは苦しそうに呻きながら、自分の神力に縛り付けられている更夜の前に立った。
 更夜は肩を上下させながら、苦しそうに血を吐いている。
 「がふっ……ごほっ……」
 「望月更夜、封印罰は辛いだろう。神力がずっと逆流するんだ。封印罰はしばらく動けなくなる」
 プラズマの表情は暗い。
 更夜は苦しそうにしつつ、眉を寄せた。
 「そんなことはいい……。な、何をしに来た……」
 「俺が罰を受ける。だから、あんたは抜けろ。ルナがオモイカネから重敲きの刑にされた」
 プラズマの発言に更夜はプラズマを睨み付け、怒鳴った。
 「なんだと! お前、ルナが殴られるのを黙ってみていたのか!」
 更夜はプラズマの胸ぐらを掴むと引き寄せてさらに、声を荒げた。
 「お前が守ると言ったから、俺はお前の罰を受けたんだ!」
 更夜の目から涙がこぼれた。
 「ルナは小さな女の子なんだぞ! 残酷すぎる! お前は時神の頭じゃないのか!」
 プラズマは余計な事は言わず、目を伏せ、更夜の好きにさせる。
 「すまない……だから俺が代わるんだ」
 プラズマは更夜に殴られるのを覚悟したが、更夜はプラズマを殴らなかった。
 更夜を縛り付けていた神力はプラズマが許したことにより解かれ、自由になる。
 「なんだ、殴らないのか」
 「お前のようなできた男を殴るわけないだろう。なんか余計な事が起こったんだろ?」
 更夜は息を吐くと真っ直ぐプラズマを見据える。
 「結果的にはルナに怪我を負わせた。最悪だ。とりあえず、早くここから出ろ」
 プラズマは何も言わず、苦しそうに呻いた。血がプラズマの口から漏れ、顎をつたう。
 「……ありがとう。俺はお前に助けられた。お前を尊敬している。俺に対し、神力をかなり弱く巻いたな?」
 「そりゃあな。封印から解かれた時、ルナを抱きしめられなきゃいけないかと思ってよ……。わざと……弱く巻いた。瀕死で何日も寝込むなんて、ルナがかわいそうじゃないか。追加で……今回はかなり罰にカラクリがある。剣王とワイズは俺を消してから、なんかしてくるはずだ。できたら、俺をすぐに救いだしてくれ」
 プラズマは血を吐きながら剣王が出した陣に縛られた。
 「……必ず、なんとかして助けに来る。気絶はするな」
 更夜は時計の陣に乗ると光りに包まれ消えた。
 「ああ……頼んだぜ」
 プラズマは苦しそうに呻いてから、口角を上げて無理に笑った。

リカを守れ!

 更夜は封印世界から出ると、異様な威圧に襲われた。
 「ああ、なるほど……。お前らが高天原の……」
 更夜が会議室内に現れ、ワイズや剣王を睨み付ける。
 「帰って早々、生意気だな、望月更夜……」
 ワイズは腕を組み、更夜に笑いかけた。剣王は更夜を品定めするように眺めつつ、言う。
 「しかし、白金栄次同様、そそるねぇ……。まだ四百歳と若い神だが、それがしの軍に入れたいくらいだ。君、かなり強そうだねぇ。栄次よりも躊躇いがなく、様々な武器が使えそうだ」
 「……どうでもいい。ルナはどこだ?」
 更夜は怒りを抑えつつ、剣王を見据えた。
 「ああ、あのガキはそこでうずくまってるYO。ちゃんと罰を受けた、素直なガキだったYO。責任を取りに来たらしくて、紅雷王が消えてから、自分に罰を与えてくれと泣きながら言ってきたんで、とりあえず振り向いたら、あんな感じ。大丈夫、生きてるからNE。意識が飛んだだけさ」
 会議室の机付近で血を流して倒れているルナが見えた。
 「ルナ……」
 更夜は小さくルナを呼び、震えながらルナを抱き抱えた。
 「なぜ……」
 更夜の腕にルナの血がつたう。
 「お前ら、ルナをここまで傷つける意味はあったのか……」
 更夜は怒りを静かにあらわにし、無意識に神力を放出させた。
 「罰は終わった。そいつは連れ帰っていいYO。他に言うこともなし」
 ワイズは更夜の質問には答えず、淡々と更夜に言う。
 更夜はワイズの発言に青筋をたてると、荒々しく言い放った。
 「プラズマが罰を受けたはずだ! この子が責任を取ると言ったとしても、止まるべきだったんじゃねぇのか! 五歳の子供の言葉を真に受けてんじゃねぇぞ……。てめぇら……」
 「五歳だとしても神だろが。神はな、人間じゃねぇんだYO」
 更夜の鋭い神力に対し、ワイズも同様な神力を出す。
 「気を失わせ、体を切り刻んだ理由はなんだ。ルナが何かを話さないよう、口止めしたのか?」
 「さあ? 私は普通にルナを見ただけだが?」
 ワイズはあきらかに神力をぶつけ、ルナを傷つけているが、ワイズはそれを言わない。
 「周りの奴らは見ていたのか? どうなんだ?」
 更夜が残りの竜宮オーナーと冷林をタカのような瞳で見据える。
 そこでようやくオーナー天津が口を開いた。
 「そこの娘は……責任を取りたいとなぜか、ワイズに泣きついた。故、ワイズが娘の罰を終わらせるため、気を失わせたのだ。それだけだ。私はこれで失礼する。望月更夜、望月ルナを大切に」
 オーナーはそれだけ言うと、一同に頭を下げ、ドアを開けて出ていった。
 「なんも言えなくなったねぇ、望月更夜。そのお嬢ちゃんは責任を理解していない。危ういねぇ」
 剣王はにやつきながら更夜を見る。
 「理解していないことをわかった上でやったのか! てめぇら……許さねぇ……」
 更夜が怒りを抑えられなくなった時、会議室に栄次が入ってきた。栄次は更夜の前に入り、更夜をなだめる。
 「栄次! なぜ、ここに?」
 「ルナを追いかけたのだ。更夜、退け!」
 栄次の目を見た更夜は、栄次が過去見をしたことに気がついた。
 「……」
 更夜はルナを抱えると、ワイズと剣王を睨み付け、栄次に従い、会議室を出た。
 「鶴を呼んでおいたYO。寄り道せず、お帰りを~」
 ワイズの陽気な声に更夜は顔を真っ赤にし、歯を食い縛り、悔しさで涙を流した。
 「更夜さん……」
 「更夜……」
 会議室の外で待っていたリカとアヤは更夜の状態を心配そうに見つめていた。
 「ルナを傷つけられた……。俺が大切に育てた娘をこんな……」
 「更夜、とりあえず、ルナを治療しましょう。駕篭の中で私が怪我の時間を巻き戻すわ」
 アヤに背中をさすられ、更夜は唇を噛み締めながら、会議室を離れた。
 栄次は更夜の様子を見つつ、ルナの過去を覗いていた。酷い目に遭うルナが泣き叫ぶ姿、苦しそうなプラズマが映り、心が痛んだが、プラズマが発した一言に栄次は眉を寄せる。
 ……栄次に慰めてもらうんだ……。
 プラズマはルナにそう言っていた。
 ……なるほど。
 栄次は納得する。
 プラズマは……俺に『ルナの過去を覗かせるため』こう言った。
 堂々とルナに言えなかった内容。つまり、ワイズと剣王は『何かの目的でプラズマを封印罰にするために、ルナを人質として使った』。
 それを暴いて自分を救えとプラズマは言っているのだ。
 そのためには、ルナが落ち着いてからもう一度、『過去見』をする必要がありそうだ。
 『過去見』に映ったワイズと剣王をさらに分析するために。

二話

 アヤ達はワイズの城から外に出て、鶴が引く駕籠の中にいた。
 「更夜、ルナの時間を巻き戻すわね……。怪我の部分だけ」
 アヤが悲しそうにそう言ってから、更夜の膝に横たわるルナに目を向ける。
 ルナは意識を失っており、目には涙がたまっていた。
 「更夜、やるわよ」
 「あ……ああ。頼む」
 ぼんやりしていた更夜は慌てて返事をする。アヤは慎重に時間を戻し始めた。ルナの傷はすぐに治った。たいした傷ではなかったらしい。
 「……ルナは責任をとろうとした」
 傷が治ってから、ルナはすぐに目を覚まし、すぐに責任の話をし始めた。
 「とれたのかな……。わかんない。ルナは……」
 「ルナ!」
 更夜はすぐにルナの小さな体を抱きしめる。
 「おじいちゃん?」
 更夜がいると思わなかったルナは目を見開いて驚いた。わけがわからないまま、唇を震わせる。
 「おじいちゃん……なんでいるの?」
 「ルナ……ごめんな……」
 「なんでおじいちゃんがあやまるの? ルナが……責任をとろうとしたらプラズマがお仕置きされちゃった。ルナ、もうわからない。ルナが悪かったはず。それなのに、皆ルナを守ろうとする」
 ルナは更夜を純粋な目で見た。
 「それは……お前が一人じゃないからだ。皆、お前の笑顔を守りたい。俺もそうだ。お前は大切な俺の娘。俺はお前を守りたくて厳しくしてしまった。厳しくしすぎたせいでお前は力が制御できなくなり、俺に嫌われたと思ったのだろう? ……ごめんな。お前を殴ってしまったこと……後悔している」
 更夜はルナを優しく撫で、ルナは更夜に抱きついた。
 「おじいちゃんがいなくなったら、ルナ、悲しい。おじいちゃん……ひどいこといっぱいしてごめんなさい。許してください」
 ルナは涙を流しながら更夜に心から謝罪した。
 「……ルナ」
 「どうしたらいいですか?……どうしたらルナは許されますか? 責任をとりたいです」
 今回の高天原会議で体だけではなく、ルナの心もとても傷ついていた事に更夜達は気づく。ルナは責任の話ばかりしている。
 「ルナ……」
 更夜はルナの手を取り、目を見て言った。
 「いいか、ルナ。わかりやすく説明する。まずな、俺はお前の代わりにお仕置きを受ける予定だった。だが、プラズマが上の神から、プラズマがお仕置きを受けるのが正しいのではと言われ、プラズマは頷き、お仕置きを受けた。その後、俺はプラズマに自分を救いだしてほしいと言われた。つまり、今から俺達はプラズマを助けに行かなければならない。となると、誰もお仕置きを受けていないことになる。だが、プラズマ達が世界を元に戻しているので、責任はとっているんだ」
 更夜の説明でルナはなんとなく理解した。責任はプラズマがとったらしい。
 「でも、ルナはなんか心がモヤモヤする」
 「そうだな。だが、ルナは心からあやまった。もう反省もしたようだから……」
 「ルナが悪いのにモヤモヤする」
 ルナは自分が責任をとれていないことを気にしていた。
 「……ルナは俺に似て、しっかりケジメをつけたいのか。わかった。なら、プラズマを救いだし、すべて終わったら……お仕置きをすることにしよう。それでいいか? ルナ」
 「……はい」
 ルナが素直に返事をし、更夜はもう一度、ルナを抱きしめた。
 「本当はいい子なんだ。お前は悪い子じゃない。俺はお前をもっと信じることにする」
 「おじいちゃん……」
 ルナは更夜に泣きつき、自分の気持ちをしっかり言った。
 「怖かった」
 「わかっている……。ちゃんと向きあったお前はえらい……」
 「おじいちゃん……ルナはおじいちゃんが大好き。おじいちゃん、いなくならないでね」
 ルナが更夜を離さないよう、しがみつき、更夜はルナに優しい顔を向けた。
 「ルナ、プラズマに何か言われたか?」
 話が一段落したあたりで横から栄次がルナの頭を撫でた。
 「栄次、ルナ、すごく怖かった。いっぱい叩かれて、血が出て、痛かった」
 ルナはプラズマの言った通り、栄次になぐさめてもらおうとした。栄次は更夜を見てから、ルナを抱えて膝に乗せ、優しく抱きしめる。
 「そうか、かわいそうにな」
 更夜とアヤ、リカが眉を寄せる中、栄次はルナの目を見ながら、なぐさめつつ、過去見をおこなう。
 先程の過去を慎重に見ていく栄次。ワイズと剣王に注目し動きを観察した。二人は不自然なほど、プラズマを封印したがっている。
 だが、二人の言っている事は正しく、何かを隠していても表には出ていない。
 「何がしたかったのだ……」
 栄次は焦りながらワイズと剣王の部分の記憶を何度も繰り返し見た。太陽の姫を呼ばなかった理由は、太陽の姫サキはルナへの暴行を黙ってみているわけがなく、邪魔だったからだ。太陽を呼ばないから対の月も呼ばなかったということらしい。
 そのうち、机の一番奥にいた高天原北の主、北の冷林(時神達の上司)が何も行動をしていないという違和感に気づいた。
 プラズマはそれに対し、なぜ動かないのかと冷林を叱っている。
 西と東は北が決めた罰を聞く立場。冷林がプラズマからの報告を聞き、罰を決め、それに対し、冷林が高天原の面々に意見を求め、会議を終わらせるのが普通だ。動かないのは、やはりおかしい。
 栄次は冷林を眺める。冷林は顔に渦巻きがついているだけの人型クッキーのような風貌。
 表情がまるでなく、わからない。だが、ルナを必死でかばうプラズマを見、どこか焦っているようにも見えた。
 「冷林は……東と西に会議を任せているのか……。何か、知っているな?」
 栄次がそうつぶやいた時、リカの抜けた声が響いた。
 「あれ? なんか、かわいいぬいぐるみが飛んできた! なんだろ……不思議な水色のぬいぐるみ」
 リカの声でアヤ、栄次が蒼白になり、慌ててリカを見る。
 「リカ! 冷林よ!」
 「え?」
 「高天原北の主……俺達の上に立つ神だ……」
 アヤと栄次の言葉を聞いたリカは、なぜか慌てて冷林を窓から放り投げようとした。
 「リカ! なにしてんの!」
 「爆弾持ってる気分になっちゃって……ごめん!」
 アヤに止められ、リカは動揺しながら、アヤに冷林を押し付けた。

三話

 「冷林……何をしにきた」
 栄次は突然現れた冷林に刺々しく尋ねた。冷林はアヤにだっこされたまま、何も話さない。
 「俺達はこれから、プラズマを助けに行く。お前は何をしに来たのだ? 止めにきたのか?」
 栄次の問いに冷林は首を横に振った。
 「まあ、良い。何をしにきたのか、過去を見ればわかる」
 栄次は冷林に冷たく言い放ち、過去見をする。栄次もルナを助けてくれなかった冷林に怒っていたようだ。
 「そういうことか」
 栄次はため息混じりに眉間のシワを手で伸ばした。
 「どういうこと?」
 アヤが尋ね、栄次は頷いた。
 「軽く過去を見たが、西と東に何か吹き込まれたようだ。とりあえず、プラズマを助けたいがどうすれば良いか……」
 栄次は冷林を睨み付けつつ、腕を組み、更夜は栄次にやることを確認させる。
 「ルナはいいように使われた。
今はプラズマを封印した理由を探り、プラズマを封印から解く」
 「だが、勝手にはできない。罪に問われる可能性がある。剣王、ワイズは曲者だ。そう簡単には……」
 栄次が更夜に目を向けた時、更夜は忍時代と同じ表情で冷淡に笑った。
 「栄次、そうやって動かないつもりか?」
 「そういう意味ではなく……」
 「だからお前は甘いんだ」
 更夜は着物の袖から真っ赤なチラシを取り出した。
 「これを使って邪魔な剣王を地に落としてやる」
 栄次は目を見開いて、珍しく驚く。更夜が取り出したのは、高天原西の仕官方法の紙だった。
 西に入るために剣王が指定した神と戦い、勝てば剣王と対戦、剣王が適正と判断すれば軍に加入できる仕組みのようだ。
 「お前、どこでそれを!?」
 「お前、俺を誰だと思ってる」
 更夜は冷酷な笑みを栄次に向け、笑っていた。なんだか、更夜の怒りを心の奥に感じる。
 「一応聞くが、これでどうするつもりだ?」
 「神力をプラズマに巻いたのは誰だ?」
 更夜に逆に問われた栄次は冷や汗をかきながら更夜に答える。
 「剣王だ」
 「なら、封印を解くのに手っ取り早いのはなんだ?」
 更夜にさらに尋ねられ、栄次は頭を抱えた。
 「剣王の神力を減らすことだな」
 「ぬるいことを言ってるな、栄次。再起不能になるくらい打ちのめすんだ。最高だろ?」
 「やはりな……。なぜ、お前はそんなに気性が荒いのだ……」
 眉間に再びシワを寄せた栄次を更夜は冷たく笑い飛ばした。
 「こいつはな、剣王の駕籠に貼ってあったのを持ってきたんだ。ちょうどいいと思ってなァ。正当に喧嘩ができる」
 「ああ……まいった。お前らしいと言えば、お前らしい……。俺は一度、剣王に負けている。簡単ではないぞ」
 栄次に言われ、更夜は恐ろしい神力を栄次に向けた。
 「俺はまだ四百歳だが、こういうのは神力だけじゃねぇ……。……だろ? 栄次」
 「あつくなるな、更夜……。確かにお前は四百歳の神とは思えないな……」
 栄次はため息混じりにつぶやく。
 「おじいちゃん……怖い……」
 気がつくと、ルナが更夜の神力に怯えて泣き始めた。 
 「……わ、悪かった。ごめんな、ルナ。……とりあえず、もう一度、冷林の過去を見ろ」
 更夜は慌てて雰囲気を元に戻し、栄次にそう言った。
 「鶴に家に戻るのは待ってもらうわ。この辺を飛んでいてもらうわね」
 アヤが冷林を抱きながら、鶴に飛んでいてもらうように言う。
 「私もなんか役に立てたら良かったのですが……」
 リカは役に立とうと色々考えるが、高天原のことすらよくわかっていないリカには何もできなかった。
 「さて、何があったのか、詳しく見させてもらうぞ」
 栄次はまた冷林の過去見をし始めた。

四話

 栄次は冷林の過去を細かく見ていく。いつの事かはわからないが、冷林はワイズに呼び出され、ワイズの会議室でなにやら話をされていた。
 「お前んとこの時神のデータがここんところ、コロコロ変わっている。お前は把握しているのかYO? 新しく時神になった奴らの事についてどれだけ知っている?」
 ワイズに尋ねられ、冷林はうつむいた。
 「知らないんだな? 管理不足なんじゃねーのか? 冷林」
 ワイズに冷林は何も言わない。
 「紅雷王に任せすぎだとは思わねーのかYO。あの男が時神をまとめている。その中で、おかしな事があるんだYO」
 ワイズはお茶を乱暴に飲むと、湯のみを机に叩きつけるように置いた。
 「よく聞け、クソガキ。私達は今まで紅雷王をほとんど知らなかったはずだ。なぜか。彼は元々肆(よん)の世界、未来にいたはずで、私達は現代神アヤしかよく知らないはずなんだYO。ああ、おそらく、肆にいる私達は紅雷王を知っているだろうが、反対にアヤを知らんだろう」
 ワイズは黙って聞いている冷林に人差し指を向ける。
 「それが、どの世界でも共通で全員わかるようになった。世界が変わった事で私らのデータも変わったんだYO。世界を変えたのは誰かわかるか?」
 冷林は首を横に振った。
 「それは、お前んとこの時神、突然この世界に来たリカというやつだ。お前はリカについても、リカの影響で出てきた望月ルナについても知らんのだろ?」
 冷林は再びうつむく。
 「お前、本当に何にも知らねぇんだな? そんなんで北の主か」
 冷林は感情を表に出さず、黙っている。
 「私達はこちらの世界を守る。やはり、あのリカとかいうやつは世界にとって悪だYO。いままでのデータ改変はまあ、このままで良い。現代神アヤが安定しているからな。だが、これ以上、めんどうな改変をされるのは迷惑だ。なんだ? あのチビが五歳で時神になって世界にとっていいことは起こったか? 世界を混乱させただけだ。私達は世界を守る。お前は何も言う資格はない。何にも知らねぇお前にわざわざ説明してやったんだ。会議での発言権は『ない』と思え。これはただ、罰を決める会議じゃねぇんだYO。世界を守るための仕事だ」
 ワイズは冷林の肩だと思われる部分を軽く叩くと、会議をするため、高天原の者達に連絡を始めた。
 「……」
 栄次は呼吸を荒くし、過去見を終わらせた。
 「あいつら……神力が高いプラズマを封印して、リカを消すつもりかっ!」
 栄次が突然鋭く叫んだので、リカは肩を跳ね上げて驚いた。
 「栄次、落ち着いて……」
 アヤが栄次をなだめ、栄次は我に返った。
 「あ、ああ……すまぬ。過去見を深く続けると、現実か過去かわからなくなることがあるのだ」
 「ええ、だから声をかけたのよ。説明……してくれるかしら?」
 アヤに優しく言われ、栄次は気持ちが少し落ち着いた。
 「わかった。……過去を見たら、ワイズの目的がわかった。彼女はリカを消すつもりのようだ。いや、はっきりとは言っていない。俺が過去見をすることを予測したのか、だいぶん濁している。だが、リカを狙っているのは間違いない。冷林は『世界を守るための仕事』と言われ、ワイズに仕方なく従ったようだ」
 栄次がため息をつき、更夜は軽く笑った。
 「さすがオモイカネだな。全部予想してくるか。とりあえず、プラズマを封印したことで、リカを狙う話まで考えた栄次もなかなかだが」
 「リカはな、こちらに来た時、奴らに殺されかけているのだ。……俺は……リカが害悪なのか、本当にわからない」
 栄次はリカを見た。リカはよくわからず、目を伏せる。
 「……私はやっぱり……」
 「リカ、大丈夫よ。私は……あなたを守りたい。だから、自分に自信を持って」
 アヤにそう言われ、リカはただ、頷くしかできなかった。
 「とりあえず、高天原西に行くか? 冷林、お前は俺達を止めに来たわけではないと言ったな。ならば、プラズマを助けることを許可しろ」
 更夜はとても偉そうに冷林に言い放つ。冷林はただ、小さく頷いた。
 「決まりだ。ルナはサヨ達に預ける。また、奴らに使われたらいけないからな。弐の世界にいれば、奴らは来れないはずだ。ルナはちょうど、眠ってしまったようだから、しばらく動かないだろう。疲れたんだ。かわいそうに」
 ルナは更夜の膝にいつの間にか戻り、更夜の胸に顔を埋めたまま、眠ってしまっていた。
 「更夜、お前は冷静そうに見えぬが、かなり落ち着いているな。こうだから腕利きの忍なのか」
 栄次の言葉に更夜はため息をつくと、鶴に命令をする。
 「鶴、お前は弐の世界にも入れるんだろう? 俺が指示するからサヨの世界まで行け。弐の世界は常に変動する。場所は霊しかわからない。常に変動するから鶴が奴らにサヨの世界を教えられるわけもなし、つけられている気配もなし。ルナを安全に隠せる」
 更夜は笑みを残しつつ、栄次、アヤ、リカを仰ぐ。
 「これは……手強い忍だった理由がわかる……。先手を打つ感じ。敵じゃなくて良かったわ」
 「まさしく……」
 アヤと栄次は更夜の頭の回転の早さを恐ろしく思った。

五話

 鶴はどこをどう飛んだのかわからない内に宇宙空間へと入っていた。弐の世界への入り方は色々あるが、鶴の入り方だけは謎だ。
 弐に入ってから更夜は鶴に指示を飛ばし、サヨの世界前にあっという間に辿りつかせた。
 鶴にその場にいるように命じ、栄次とアヤ、リカに少し待つよう言った更夜はルナを大切に抱きかかえ、すぐに出ていった。
 更夜はサヨの世界を足早に走り、家の引戸を開けると廊下を歩いた。足音がないからか、スズ、サヨは気がついていないらしい。
 更夜は忍なため、誰にも気づかれずに背後をとれる。
 誰も気がつかない内に布団を敷き、畳の一室にルナを寝かせた。
 眠っているルナの目にたまった涙を着物の袖で拭い、優しく頭を撫でた更夜は息をひとつつき、立ち上がる。
 そこでようやくスズとサヨが気づいたのか、廊下を渡り、部屋に入ってきた。
 「おじいちゃん……」
 「更夜?」
 サヨ、スズの二人から同時に声をかけられた更夜はため息混じりに口を開いた。
 「ただいま帰った。色々あって封印から俺は解かれたのだ。ただ、ルナの心が傷つけられた。起きたら俺を追いかけないように言え」
 「え、えっと……」
 サヨとスズは心配そうに更夜を仰ぐ。
 「更夜、またどこかに行くの?」
 スズが動揺しながら尋ね、更夜は頷いた。
 「……デカイ喧嘩をしてくる」
 いつもの雰囲気から戦国時代時の気迫に戻った更夜は、スズとサヨを震え上がらせつつ、玄関から去っていった。
 「え、こわ……」
 「更夜は当時の雰囲気を忘れていたわけじゃない。出さないようにしていただけ。あのひとはね、怒らせちゃダメなんだよ。私は彼に逆らえない。あの更夜に反抗していたルナがありえないって思う」
 スズに言われ、サヨは固唾を呑み込んだ。
 「おじいちゃんは……プラズマに裁かれ、封印になったはずだよね~。それが外に出ていて、デカイ喧嘩をするっていうことは、高天原の会議でプラズマに何かあったってこと。ルナがあんな事になったのは……プラズマと高天原会議に出たんだ。で、ルナが責められてプラズマがおじいちゃんと交代して封印になった……としか考えられないんだけど」
 サヨの言葉にスズは首を傾げた。
 「そうなると、どうなるの?」
 「詳しくはわかんないけど、おじいちゃん、高天原に喧嘩売るつもりだよ。よくわかんないけど、プラズマが封印されたのを良く思っていないみたいじゃん?」
 「調査する?」
 スズの提案にサヨはにこやかに笑った。
 「そうしよっか!」
 「後で更夜にお仕置きされない?」
 「されるかもね~。スズはおしりペンペンかもよ~。おじいちゃんは子供への重いお仕置きはお尻百叩きって決めてるんだよ。ルナもめっちゃ泣いてたでしょ? 超痛いから経験してみれば?」
 サヨは楽観的に笑う。
 「……更夜に見つからないように動かないといけないってこと? こわっ」
 スズは顔をひきつらせ、サヨを見上げた。
 「そういうこと。あたしらが危ないことしたら、ガッツリ叱られてヒドイお仕置きだよ。あんたはお尻百叩き、あたしは正座五時間くらいは覚悟よん!」
 「うそぉ……」
 「やる?」
 サヨに尋ねられ、スズは困惑しつつも頷いた。
 「更夜を助けられるなら、助けたい」
 「おっけー! じゃあ、ルナが起きるまでルナについていて! あたしはこれから情報を集めてくる! 高天原め、ルナを傷つけたな……」
 サヨは更夜と同じ雰囲気を出しつつ、部屋を出ていった。
 スズはサヨにも怯える。
 「サヨさんも怖いねー……」
 スズはルナの様子を見つつ、大人しく待っていることにした。

更夜の兄様

 更夜は刺々しい雰囲気のまま、サヨの世界の外で待たせていたツルに再び命じた。
 「西の剣王に仕官を申し込みたい。冷林に了承を得たらすぐに向かえ」
 「わかりましたよい! よよい!」
 変な話し方をするツルを半分無視し、更夜は駕籠に乗り込んだ。
 「あ……おかえりなさい」
 アヤがはにかみながら、更夜を迎え、リカが冷や汗を流しながら固まる。
 「冷林、プラズマを取り戻すため、剣王軍に『入る』事を許可しろ」
 冷林は焦りながら首を横に振った。
 「バカだな、先程の説明通りだ。よく考えろ。北の冷林」
 更夜に言われた冷林は少し悩んだ後で首を縦に振った。
 「決まりだ。ツル、行け。今の話は『すべて他に漏らすな』」
 更夜に言われたツルは軽く微笑み、「わかりました、では向かいますよい!」と言い、頭を下げた。
 「それから……」
 更夜は目線を軽く下に向け、冷淡な笑みを浮かべる。
 アヤ、リカは震え上がり、栄次は不気味に思いながら更夜を見ていた。
 「俺のかわいい、かわいい生意気ネコがフーフー言いながらついてきているようだが」
 ……邪魔はするなよ、サヨ。
 最後の部分のみ、サヨに伝わるように気を送る。
 駕籠のはるか下にいたサヨは更夜の気の変化に冷や汗を流した。
 「ネコ?」
 栄次は眉を寄せた後、ネコの正体にすぐに気がつき、眉間のシワを伸ばした。
 「ああ。栄次、気にするな。クギをさしておいた。さあ、行こうか」
 弱みを握られたくない更夜はサヨに邪魔をしないように言った。
 ツルは飛び去り、追いかけようとしたサヨはその場で立ち止まる。
 「気づかれていたわ~。大丈夫。おじいちゃんの邪魔はしないよ」
 サヨはツルとは反対方向へ、弐の世界を飛んでいった。
 時神達を乗せた駕籠は再び高天原へと入った。西は和風の民家が連なり、古風な雰囲気を感じる。
 どこか懐かしく、タイムスリップしたかのような町並み。
 青空を飛んで行くツルに秋風が冷たく当たる。
 紅葉がきれいに赤く染まっている中に天守閣が見えた。
 剣王の城である。
 ツルは天守閣の前に美しく着陸した。
 「つきましたよい!」
 「よし。栄次、アヤ、リカ、行くぞ。冷林、お前は姿を見せるな。お前がいたらややこしくなる。後で追及されたら、お前は立場がないはずだ」
 更夜が駕籠から降りつつ、冷林を睨み付け、冷林は慌てて頷いた。
 「いいか、そのまま駕籠にいるんだ。外に出たら剣王に姿を見られるかもしれん」
 更夜はそう言い残し、駕籠を降りた。
 「……念には念を入れる感じ……冷静すぎて怖い……」
 「……ええ。私も怖いわ」
 リカがつぶやき、アヤが答えた。
 アヤ、リカ、栄次も続いて駕籠を降りる。更夜は冷林を駕籠に残し、ツルを飛び立たせた。
 「行くぞ」
 「受付はどこだ?」
 栄次が戸惑っていると、更夜が乱暴に栄次のえりを掴み、天守閣の横にある小屋に目を向けさせた。
 「どこを見ている? あそこだろ?」
 「あ、ああ……そのようだ」
 更夜はさっさと先へ進む。
 アヤ、リカは更夜の後を恐る恐るついて行った。
 きれいに落ち葉掃除がされていた小屋の引戸を迷いなく開けた更夜は、囲炉裏のそばに座っていた銀髪の男に驚き、わずかに眉を上げた。
 「いらっしゃいませ。……っ!」
 迎え入れた銀髪の男も、更夜同様に目を見開いて声を詰まらせる。
 「更夜!?」
 銀髪の男は更夜にとてもよく似ていた。
 「お前、更夜だよな……?」
 銀髪の男は更夜を知っているようだった。
 「なぜ……お兄様がここに……」
 更夜の発言に、アヤ、リカだけでなく、栄次も驚く。
 「お兄さん?」
 リカがつぶやくが、更夜は答えなかった。
 「ああ~……マジかよ……。オイ、更夜、何しに来たんだよ。嫌な予感しかしねぇんだけどなァ」
 「……西に加入したく思いまして、正当な手続きをするための場所はここで間違いないでしょうか?」
 更夜は丁寧に話を進め始める。自分の兄がいたことに驚いているはずだが、彼は何事もなかったかのように振るまっていた。
 「……ええ、そうですよ」
 更夜の兄だと思われる男も更夜に合わせ、にこやかに頷く。
 「では、まずあなたと手合わせすると言うことでしょうか? あなたが……西に入れるか試す役目の方ですか?」
 「そうですよ。雇われですがねぇ。私の神格は武神と厄除けです。あなたは?」
 更夜の兄も更夜を探るような雰囲気で尋ねてくる。兄弟揃って雰囲気が同じだ。
 「私は時神です」
 「なら、冷林のところにいらっしゃる神なのでは?」
 「冷林が許可しました」
 「ああ、そうですか」
 更夜の兄は笑顔で頷いているのだが、目元が鋭く、恐ろしい気を発しており、とても怖い。二人の会話にアヤ、リカの他に栄次も口をつぐむ。
 「なら、まず私が西に入るのにふさわしいか試します。外に行きましょう。私は望月逢夜(おうや)。よろしくお願いします」
 「私は望月更夜です。よろしくお願いします」
 銀髪の二人はお互い名乗ると外へと出ていった。
 「いや、ちょっと……なんか淡白な会話じゃないですか? 兄弟……なんですよね? しかも、久々に会ったっぽい感じだったし」
 リカが蒼白な顔で栄次、アヤを仰ぎ、冷や汗を拭う。
 「お互い忍だからああなのね……。仲が良いのか悪いのか、わからないわね……。今の段階だと」
 アヤは頭を抱えながら更夜を追った。
 「……ここは更夜に任せるしかなさそうだ。更夜が勝てば剣王に会える。しかしだ、俺達も共に中に入れるか……。仕官は更夜のみとなれば俺達は入れない」
 栄次は不安そうにつぶやき、外に出る。
 「そこは大丈夫そうですよ……」
 リカが更夜と兄の逢夜(おうや)の会話を聞くよう促した。
 「ひとつ、よろしいでしょうか? あなたに勝てたら、剣王の城に、彼ら全員を入れてくれますか? 彼女達は剣王にとってかなり大事な存在、そして彼は……剣王が欲しがっていた男です。私のみ、剣王に力を示した事がなく、正当に戦わねばなりません」
 更夜はこんなことを言っていた。
 「この男は……」
 栄次はあきれながら、感心した。剣王が栄次を欲しがっているのは正しく、彼女達、特にリカは剣王が一番欲しがっている(消滅させたい)女だ。
 更夜は頭の回転が早すぎる。
 強さを示さなければならないのが自分だけだと、彼はさりげなく言ったのである。
 「はあ、まあ、いいのでは? 私に権限はないですからね。……んじゃ、やろうか。望月更夜」
 逢夜は更夜と同じ、冷酷な笑みを浮かべると突然に襲いかかってきた。
 「……栄次、アヤとリカを遠ざけろ。邪魔だ」
 更夜がそう言った時には更夜はもうその場にいなかった。
 風が吹き抜けていく。
 「久々だな、天才な弟、更夜との戦闘は」
 逢夜と更夜、兄弟対決が心の準備なく始まった。

二話

 更夜は兄逢夜の動きを読み行動を開始する。逢夜は武神の力を持つとのこと。人間時代とは違うのだろうか。
 ……しかし、お兄様まで神になっていたとは……。我が望月家はいよいよ人間ではなかったと証明できるようになってしまったな。
 「……」
 突然後ろに現れた逢夜の小刀を変わり身の木の枝で防ぎ、近くの木の上に着地する。一秒立たないうちに高速で動き、体を八人に変える「八ツ身」で逢夜を追う。
 逢夜は更夜に手裏剣を放ち、更夜の頭上から刀を振りかぶった。
 「……」
 更夜はまたも変わり身を使い、逢夜の足元から小刀を振り抜く。
 風が通っただけで紙一重でかわされる。
 先程からお互いに「影縫い」をかけているが、術にかからない。
 のんびり影が一ヵ所にとどまっていないためだ。影に刺す針は術にかからなかった段階ですばやく回収する。
 「み、見えない……」
 リカは呆然と風が唸る音を聞いていた。どこにいるのかもわからない。
 「ほんと、速すぎてどこにいるかわからないわね」
 アヤも見えておらず、強い風が通りすぎる音を聞いているだけだった。なんせ、地面に飛び道具すら刺さっていないのだ。
 投げている音はするのだが。
 「……速いな。同じ場所にとどまらず、空中までもが攻撃対象だ。近くの木を使って飛び上がったりしている。まるで猿だな……」
 「栄次さん、見えるんですか?」
 「ああ」
 栄次は目を左右に忙しなく動かしていた。更夜と逢夜を目で追っているようだ。
 鉤縄を使い、逢夜は更夜を捕まえようとしていたが、更夜は関節を外し、軽く抜けた。
 「マジかよ……」
 初めて逢夜が声を漏らす。
 気がつくと逢夜のまわりに細い糸が張り巡らされていた。
 「糸縛りか」
 逢夜は体が切れるのを気にせず、小刀で糸を切りながら飛び上がる。そのさらに上から大量の手裏剣が振ってきて逢夜は血を流しながらはにかんだ。
 鉤縄を使い、近くの木の枝へ飛び移り、手裏剣を回避する。
 しかし、逢夜は血を流してしまい、居場所がわかるようになってしまった。逢夜が再び動きだそうとしたところに焙烙玉(ほうろくだま)が投げ込まれる。
 爆弾はそのまま爆発し、木を吹き飛ばした。
 逢夜は飛び上がりすばやくかわす。飛び上がったところに更夜がおり、爆弾の風に乗って逢夜の首を落としにきていた。
 逢夜は変わり身を使い、下に逃げる。
 更夜は着地するなり、後方回転で飛び上がり、逢夜の前を塞いだ。
 「お兄様、やっと止まりましたか」
 「ちっ……相変わらず化け物だなァ……」
 逢夜は体が動かなくなっていたことに気づく。更夜が前を塞いだことで一瞬だけ隙ができ、それを見た更夜が逢夜の影に針を刺し、「影縫い」の術をかけたのである。
 逢夜は軽く影縫いを破ってきた。武神の力を放出し、更夜に威圧をかける。しかし、更夜は怯むことはなく、逢夜を睨み付けた。
 「はああ、なるほどなァ。相当何かにご立腹か。負けたよ。もういいや。剣王に会うんだろ?」
 逢夜は力の放出をやめ、更夜ににこやかに笑いかけた。
 「ありがとうございました。では、良いのですね? 手加減していただき、まことに感謝しています」
 「てめぇ、マジで言ってんのか?」
 頭を下げた更夜に逢夜はおかしそうに笑った。
 「ええ」
 「てめぇも手を抜いただろ?」
 逢夜に言われ、更夜は表情なく振り向き、口を開く。
 「お兄様、大切な方がいるならば、傷つくような行為はよろしくないのでは? 結婚されましたか? 神と」
 「なっ……なんでわかったんだよ……」
 逢夜は顔をやや赤くして驚いた。
 「雰囲気が昔より柔らかかったのと、厄除けの神などというお兄様とまるで関係のない神力を言っていたので、気がつきました」
 「ああ、そう。だいぶ、ばけもんよな、お前」
 逢夜はあきれつつ、更夜を促し、アヤ達の元に歩いてきた。
 「お前ら、ついてこい」
 逢夜は戸惑うアヤ達を連れ、天守閣の裏門へ歩きだす。
 更夜は無傷、逢夜は切り傷を作っていたことで、更夜が勝ったのだとようやく、アヤとリカは気がついた。
 一方、歩きながら栄次は逢夜と更夜の共通の過去を見ていた。
 二人はかなり悲惨な目にあっている。父親、望月凍夜(とうや)のせいで。
 逢夜は元々残虐な人間ではなく、かなり兄弟思いの優しい兄であったようだが、父のせいで更夜を傷つける残虐な男になっていた。更夜へ拷問の訓練を引き継いだのは逢夜だったらしい。
 更夜はその酷い拷問のせいか、痛覚をなくしている。
 栄次はむごい過去をため息混じりに見続けた。
 望月家の祖、望月凍夜が過去見の度に映ってくる栄次は会ってもないのにこの男が嫌いだった。
 やっていることが人間ではないからだ。更夜の妻を殺したのもこの男、更夜の娘静夜を人質にし、虐待していたのもこの男だ。
 あの男を恨んでいるのは更夜だけではなく、兄の逢夜もそうなのだと気がつくのに時間はかからなかった。
 逢夜は……抜け忍になった十歳の妹を凍夜の命令で殺している。
 泣きながら殺していた。
 その後、少女を殺せなくなり、任務中に敵国の姫を殺さねばならなくなった時、彼は吐いてしまう。結果、殺すはずの姫を愛してしまい、守り、そして死んだ。
 その姫の話が昔話になり、姫は記憶を失ったまま、新しく厄除けの神として生まれ変わったらしい。
 「それで結ばれたわけか」
 「ん? なんだ?」
 逢夜は訝しげに栄次を睨んだ。
 栄次の独り言が聞こえたようだ。
 「お兄様、栄次の過去見です。彼には隠し事はできません。おそらく私達の過去を見たのでしょう。お気になさらず」
 更夜は真っ直ぐ前を向いたまま、気にせずに歩きだす。
 「過去見だと……。忍と相性最悪だな」
 「すまぬ。見えてしまうのだ」
 栄次が頭を下げ、逢夜は複雑な気持ちで眉を寄せた。
 「俺がここで雇われをやっているのにはワケがあんだ。それが過去見で見えたとしても、しゃべんじゃねぇぞ」
 逢夜が低い声で栄次を脅し、栄次はため息混じりに頷く。
 「ああ、すまぬ」
 栄次は逢夜が、『弐の世界にいる望月凍夜を調査している』事が見えてしまったが、何も話さなかった。

三話

 逢夜は天守閣の裏門を開け、中に入った。更夜達はとりあえず、ついていく。裏門の先は草原が広がっており、空間がおかしかった。門外から見ると、城のみが近くに立っているように見えたが、城はなぜか、はるか先だ。
 「目の前に天守閣があったはずなのに、なんであんな遠くに……」
 リカは驚いてつぶやくが、更夜と栄次は厳しい顔で前を見据えていた。
 戦っていた気配をいち早く感じたのか、剣王がすでに剣を振り回しながら立っていた。
 「剣王、仕官希望だと。俺は負けちまった。わりぃな」
 逢夜が軽く言い、剣王は楽しそうに笑う。
 「逢夜くんもけっこう強いんだけどねぇ……。ああ、この空間は普段、折りたたんでいるんだけど、たまに開いているんだよ~。ああ、霊的空間だからね~」
 剣王は空間についてのよくわからない説明をすると、神力を放出した。
 「さて、おもしろいことをしてくれたもんだねぇ。なるほど、なるほど……。高天原西の仕官の仕組み、それがしと死闘するってのを利用して来たのか。罪に問われん喧嘩だねぇ。賢いなあ、君達」
 剣王の神力を受けても顔色が変わらない更夜は不気味に微笑む。
 「俺が何をしにきたか、わかるだろ? 取引をしに来た。お前、栄次がほしいんだろ? 栄次は剣王軍に加入する」
 眉をわずかに上げた栄次に更夜は目配せをし、続ける。
 「ただし、加入には条件をつける。俺と栄次に勝つことだ。これはな、あくまで仕官の話だ。どうかな?」
 更夜の提案に剣王は楽しそうに笑っていた。
 「あはは! 生意気なやつだねぇ。君達は確かにほしいが、そこまでほしいわけじゃない」
 剣王は冷たい目を更夜に向ける。更夜はさらにおかしそうに笑うと冷静に口を開いた。
 「加入するかしないかの以前の問題か? ならば、お前の望みがあるだろう?」
 「ああ、君は賢い子だよねぇ~」
 「俺達が負けたら、リカを殺せば良い。俺が仕官を申し込み、事故でリカが死んだことにすればいいんだ。俺も別に死んでもかまわないぞ?」
 更夜が驚きの発言をし、リカは震える。
 「こっ……更夜さん……」
 リカが怯えながら声を上げるが、更夜はリカを止めた。
 剣王は軽く笑うと剣を更夜に向ける。
 「それがしが君を殺せない事を知った上で言っているのかな? 望月更夜。リカは……そうだな。いただこうか」
 剣王はリカを殺すとは言わなかった。だが、更夜達を倒した後、リカを殺す予定なのは間違いなかった。
 「ひとつ言ってやろうか。冷林は了解している。俺を殺してもお前は罪に問われん。次の時神など後でいくらでも出てくるさ」
 更夜の言葉に剣王は眉を寄せた。
 「君、なんでそんなに死にたがる?」
 「わかるだろ? いちいち聞くなよ。西の主」
 更夜は口角を上げ、剣王を挑発する。
 「なるほど。それがしに本気を出させようというわけか。よく、ここまで話を固めたな。それがしにはメリットしかない話だねぇ」
 剣王はプラズマを取り返しに来たことに気がついていたが、後で不利にならないよう、あえて言葉を口にしなかった。それは更夜も同じ。
 お互いが話すことなく、目的を理解した。
 「……どうだ? 先程、あれだけ派手にやったんだ。他の武神達に仕官をしにきたことを知られているはずだぞ。ここで逃げたら、大変だな、剣王」
 更夜はさらに逃げ道をなくす。
 「なるほど。おもしろいことをする。それがしに喧嘩を売ったのは君が初めてだ。負けた後の事を考えていない、短絡的な考え。若いねぇ。やろうか。いいよ」
 剣王は神力をさらに上げ、更夜に威圧をかける。しかし、更夜は怯まない。
 「さあ、さっさとやろうか。久々の楽しい喧嘩を」
 「い~ねぇ。『君達』が負けたら、リカを差し出せ」
 剣王は全員でかかってこいと言った。
 「では」
 更夜は栄次に目配せをし、戦闘に入る。剣王は姿を消すとリカの目の前に現れた。リカを狙って剣を振り抜く。
 更夜はすばやくリカを抱え、剣王の剣をかわした。
 初手は更夜が見破った。
 栄次は更夜がリカを助けたのを確認し、剣王に攻撃をしかける。
 剣王は栄次の高速の剣技を軽々避けていく。更夜は飛び上がると、上から手裏剣を投げた。
 剣王は栄次の剣撃をよけつつ、手裏剣を剣で叩き落としながら更夜に回し蹴りをする。
 更夜は空中にいながらわずかに体をそらし、かわした。
 しかし、風圧で胸を薄く斬られた。
 「もう少し後ろか」
 更夜は表情変わらず、煙玉を投げ、姿をくらます。
 「気配でどこにいるかわかる」
 剣王は短刀を手から出すと、下から攻めてきた更夜を突き刺した。更夜は変わり身でその場から消える。
 栄次は剣王の背後から刀を振り抜き、更夜は蹴りを剣王の腹に入れようとした。剣王は更夜の足首を掴み、振り回すと栄次の刀を更夜で受けた。
 更夜は体の関節を外し、栄次の刀を避ける。足首を掴まれたまま更夜は至近距離で手裏剣を放った。剣王は更夜を放し、手裏剣をかわす。
 「へぇ……強いなぁ」
 剣王が栄次の袈裟斬りを避けた時、地面が突然爆発した。
 剣王は結界を張り、爆発を防御する。栄次は爆風に紛れ、剣王の腹を狙い、突いた。剣王がすれすれでかわしたところで、更夜が剣王の首を後ろから狙う。
 剣王が頭を下げてかわした時、栄次の刀が低い位置から斬り上げてきた。剣王はわずかに後ろに下がり、目線すれすれで刀を避ける。
 かなり、二人は攻撃をしているのだが、剣王はすべて避け、無傷だ。神力もほとんど使ってない。
 「いいねぇ」
 剣王は神力を栄次にぶつけ、栄次を切り刻んだ。栄次はなんとか耐え、血を流しながら剣王を攻めていく。
 剣王は栄次の刀を避けながら、更夜にも神力をぶつけた。更夜は栄次よりも神格が下だ。栄次よりも深く切り刻まれる。
 しかし、更夜は何も変わらず、剣王を攻めていく。
 ……神力を使い始めたか。
 もっと使わせよう。
 更夜が怯まないため、剣王は眉を寄せた。
 「君……痛みがないの?」
 「……」
 剣王の問いには答えず、更夜は小刀で剣王を振り抜く。
 血まみれになっているというのに、更夜は平然としていた。
 栄次はまだ傷が浅いため、剣王を攻めている。
 剣王はさらに栄次に神力をぶつけた。栄次は結界の作り方がわからないため、そのまま切り刻まれ、血を吐いた。
 剣王は栄次が怯んだ隙に更夜に神力を向ける。更夜はうす緑の結界を出すと剣王の神力を軽減させた。
 「この短時間で、結界を作る事を覚えたのか」
 「お前がやっていたじゃないか」
 更夜は冷淡に微笑み、栄次はアヤを呼んだ。
 「巻き戻せ!」
 栄次が命令し、戦況を見守っていたアヤは慌てて栄次と更夜の時間を巻き戻し、怪我をなくした。
 栄次は剣王が何かする前に再び剣王を攻撃する。
 剣王はすべてかわし、手から薙刀を出現させ、凪いだ。
 栄次は慌てて剣王の間合いから離れる。薙刀相手に刀を使うのは難しい。更夜は薙刀をかわしつつ、剣王の懐に入った。剣王は薙刀を捨て、短刀を出すと、更夜の首を落とそうと動く。
 更夜は間合いを計算し、先程よりも離れて避けた。風圧が体に当たることなく着地する。
 「ぜ、全然見えない……」
 リカは地面が抉れたり、風が飛んでくる場所を必死に目で追うが、何も見えなかった。
 「私だってわからないわ。栄次の指示がなければ、どこで巻き戻すのかわからない」
 アヤもリカ同様に完全に見る方向が遅れていた。
 「……なるほどなァ。読めたぜ」
 アヤ、リカの横で戦況を見守る逢夜は軽く笑う。
 「え?」
 「お前がリカか?」
 「は、はい」
 逢夜に突然尋ねられたリカは動揺しながら頷いた。
 「お前、俺が守ってやろうか? あいつらが負けたら死んじまうんだろ? え?」
 逢夜の発言にリカだけでなく、アヤも驚く。
 「早く、来い。剣王に戦いを挑むなんざ、更夜は無謀なんだよ。裏でなんとかしようぜ。まだあいつらは負けてない。あいつらが負けるまで俺と遊びに行こう」
 逢夜の言葉にリカは迷い、アヤを見た。
 「……残念ながら、私は何もできない。ここで、彼らを生かす道だけを考えるわ。望月逢夜……あなた、雇われって言っていたわよね? 剣王軍ではないの?」
 「そうさ。ヤツは、自分の軍を傷つけたくないから、雇われで強いヤツを募集していた。俺はそれに乗っかっただけだぜ」
 逢夜が軽く言い、アヤは目を細めたが、逢夜を信頼することにした。彼は更夜の兄。
 何を考えているかはわからないが、害はなさそうだ。
 「リカ、どうする? 私はここを離れられない。だから……」
 「私が決めるんだね……。わかった」
 リカは深呼吸すると、逢夜を見て言った。
 「生きる道を探します」
 「ああ、そう言うと思っていたぜ」
 リカの返答に逢夜は満足そうに頷いた。

四話

 更夜の兄、逢夜に連れられ、リカは剣王の城から離れた。
 「リカ」
 逢夜に突然呼ばれたリカは肩を跳ねあげて震えた。なんというか、更夜に似て雰囲気が怖い。
 「は、はい……」
 「しっかりしやがれ! いいか? 状態はかなり悪いんだぜ? 更夜はあの男に勝つつもりらしいが、このまんまだと全滅だ。あいつは冷静に見えてアツくなりすぎる時があんだよ。聞くところによると……概念だったはずの神が弐の世界に現れているとのこと……」
 逢夜はリカを見て不気味に笑うと続ける。
 「んで、お前は殺される立場……。剣王、タケミカヅチは誰を親に持つか、誰が親族か……わかるか?」
 リカは震えながら首を横に振った。
 「では、関連する神を言ってやろう。アマノミナカヌシ、イザナミ、イザナギ、アマテラス、ツクヨミ、スサノオ、アメノオハバリだ」
 逢夜の口から聞いたことのある名前が飛び出す。リカはパズルのピースがはまってしまったかのような感覚にとらわれた。
 「スサノオ……アマノミナカヌシ……」
 リカは小さくつぶやき、ふたりの目的を思い出す。
 少し前、リカはアマノミナカヌシとスサノオの人形になるところだった。まあ、そこは今は良い。
 そこではなく、リカの顔を青ざめさせたのはスサノオの目的だ。
 『時神を全員消滅させて、時神を一柱……リカだけにする』。
 そう言っていたのではなかったか?
 それで、時神達はスサノオと戦闘になった。
 タケミカヅチ、剣王がスサノオの思考を持っていたとしたら、この戦いはかなりまずいことになる。
 「いや、でもまて……」
 リカは再び考える。
 剣王はこちらの世界、壱を守るため、異物データのリカを殺しにきている。
 「まだ」剣王の標的はリカだ。
 「……それがいつ、時神全員を消滅させる方向にいくかわからない……ってこと? ……まって!」
 リカはそれに気づかせた望月逢夜を怯えながら仰ぐ。
 「あなた、なんでそれを知ってるの?」
 「なんで知ってるかネェ。まあ、いいじゃねぇか。俺はな、お前を逃がしてやるとこまでしかやらねェ。あとは、なんとかするんだな。剣王は気まぐれだ。あいつら、全員死ぬぞ? もしかすると、お前も」
 リカは逢夜の瞳が赤く光るのを見逃さなかった。
 「なんで……そんなに知ってるの?」
 リカは深呼吸をすると再び尋ねる。
 「必死だねぇ、時神のおじょうちゃん。……俺は更夜を守りたいだけだ……。それ以外はない。俺が事情通なのは忍だからだ。……そろそろ……『オオマガツヒ』が目覚める……。俺は更夜をこのタイミングで失いたくねぇ。更夜には戦ってもらわねぇといけないからな。……とりあえず、お前への危険は説明したぜ。そうだな、弐の世界へまず、行け」
 「え?」
 逢夜の言葉にリカは眉を寄せた。
 「弐には、お前の仲間がいるんじゃねーのか? さっさと行け。時間がねぇぞ? ああ、噂になってる望月ルナ……ちょっと特殊な事ができるらしいな。ワイズは知っていたが、剣王は知らないようだ」
 「……特殊な……?」
 「もう、うるせーな! 俺もそんなにしゃべれねぇ立場なんだ。自分でやれ」
 逢夜はそこらにいた鶴を呼び出し、駕籠にリカをおしこんだ。
 「あなた、もしかして……」
 「お察しの通り。東のワイズ軍だ。妻がこっちなんでね。じゃあな」
 逢夜はそれだけ言うと駕籠を軽く叩き、鶴を空へ飛ばした。
 リカは駕籠についている窓から、遠ざかっていく逢夜の背中を訝しげに見ていた。
 
※※

 「ああ……固くて入れないやー」
 弐の世界内、宇宙空間でサヨは目の前の結界を解こうとしていた。普通に見ると、ただの宇宙空間。だが、サヨが持つ『K』の能力を使うと、ここは何かが封印されている結界であるのがわかる。
 「プラズマサーン、プラズマサーン。応答願いまーす」
 なんとなく声をかけてみるが、反応はない。
 「ハイ、プラズマダヨ! ……ってこんなくだらないことやってん場合じゃなくてー。たぶん、ここにプラズマがいるんじゃないかと思ったんだけどー。超強力な結界! ダメだあ……。どーすっかなあ。とりあえず、戻るかあ」
 サヨが戻ろうとした時、宇宙空間の上空を鶴が飛んでいた。
 「ツル?」
 引いている駕籠の窓から、青い顔をしているリカが見え、サヨはすばやく駕籠へ向かった。
 

巻き戻し

 「リカ、やっほー!」
 「うわあっ!」
 リカは窓から突然現れたサヨに白目を向いて驚いた。
 「そんな驚くことないじゃん。ねー、なんでこんなとこにいるの? ひとりで……って、ひとりじゃないのか」
 「ええっ!」
 リカは窓脇に座っていた青色の人形をお尻で潰していた。
 「き、きゃあ! えっ? きゃああ!」
 「ちょっと、落ち着いて! なにこのゆめかわなぬいぐるみ~! かわいいんですけどー!」
 「れいりんさま!」
 リカは真っ青な顔のまま、形の変わってしまった冷林の綿(?)を元の形に戻す。
 「ごめんなさい! ごめんなさい! 時神の上にいらっしゃる神様をお尻で潰しちゃって!」
 リカは冷林に必死にあやまるが、冷林はなにもせずに頷いた。
 「ああー、それ、冷林なんだねー! かわいすぎるんですけど! ぎゅってやらして~!」
 「そ、そんな扱いでいいの……」
 サヨは冷林に頬ずりをし、抱きしめてからリカに再び目を向けた。
 「で、なんでここにいるわけ?」
 「え……あー……えっと! さ、サヨ、まずいことになってる! 全部説明するから聞いて!」
 リカは目を回しながらサヨに向かい、叫んだ。
 「ああ~、その前にあたしがいるんだし、鶴を解放してやれば? あたし、浮かせられるよ? リカを」
 サヨのあきれ声を聞き、リカは慌てて駕籠から降りて鶴を解放した。
 「よよいっ! ご利用ありがとうございますよいっ!」
 「あ、ああ! 私があなたに乗ったことは他にもらさないでくださいね!」
 リカは困惑しつつも、鶴に言う。
 「望月逢夜が色々言ってきたから、それを守りますよい」
 鶴はそう言うと、優雅に宙返りをし、宇宙空間に消えていった。
 「……逢夜さん、用意周到すぎる……」
 もう一度、体を震わせたリカはサヨの後ろを浮遊する。
 「さ、サヨはここで何を?」
 「あー、あたしはプラズマの封印とけないかなあなんて、ここで色々やってたわけ」
 サヨの言葉にリカは眉を寄せた。
 「え? ここに封印されてるの?」
 「いやあ、今は違うかな。場所が変わっちゃった。弐の世界はコロコロ変わるから~」
 サヨは冷林を抱きしめながら、そこそこ楽観的に言う。
 「わからないけど……プラズマさんを助けられそうだったの?」
 リカは重要なところを聞くが、サヨは手を広げてお手上げのポーズをとった。
 「……いや、無理ぽよだった~」
 「そ、そう……。それで、どうするの? これから」
 リカに尋ねられてサヨは冷林を抱きしめながら、ため息混じりに言う。
 「うちに帰る。だってさ、冷林がいて、リカがひとりでフラフラしてるんだよ? 話を聞くしかないじゃん?」
 「そ、そうだよね……。ちょっと色々あって……。どこから説明したらいいかわからないんだ……」
 「じゃあ、なおさら戻ろ! こんな宇宙空間で話すのもなんだしぃ。ああ、うちに向かいながら話して」
 サヨにそう言われ、リカは戸惑いながら頷き、高天原会議の部分からリカが見たことを順に話し始めた。
 
※※

 「うっ……」
 ルナが目覚めた時、最初に目に入ったのは天井だった。
 「ああ、ルナ。だいじょうぶ?」
 目が覚めてすぐにスズの声がし、ルナは働いていない頭でとりあえず、スズに視線を動かす。
 「あれ?」
 「おうちだよ。大変だったね。覚えてる?」
 「……覚え……」
 ルナはスズに答えようとし、止まった。
 「ルナ?」
 「……っ」
 ルナは目を見開き、突然に震えだす。
 「ルナ? ねぇ?」
 「血っ! 血がいっぱいっ! なにここ……っ!」
 「え?」
 ルナの発言にスズは戸惑い、辺りを見回した。特に家に変化はなく、もちろん血もない。
 「そんな……おじいちゃんがっ! イヤだァ!」
 「ちょ、ちょっと……ルナ? 更夜がどうしたの?」
 スズが尋ねるが、ルナはスズを見ていない。ひたすら、怯え、叫んでいる。ルナは慌てて立ち上がると、畳の上を不安げに飛びながら歩き、何もない部分に額を押し付け、謝罪を始めた。
 「おじいちゃん、ごめんなさい……おじいちゃん……! おじいちゃんっ!」
 「え……なに? る、ルナ……?」
 スズが呆然とルナの行動を見ていた時、サヨが帰ってきた。
 「ただいま……ってルナ!」
 サヨはリカと共に部屋に入ってから驚いた。ルナが起きていて、柱に向かい泣き叫んでいる。
 異常な光景だった。
 「ど、どうしたの……」
 リカは遠くからルナを見つつ、サヨを仰ぐ。ルナはさらに叫びだした。
 「ごめんなさい! ルナが悪かったんです! おじいちゃんを傷つけないでぇ! 『けんおう』さま!」
 ルナの言葉にサヨは目を細めた。
 「……ルナ、もしかして……『未来見』を……。ルナっ! それは未来だ! 目を覚ませ!」
 サヨはルナを思い切り揺すり、現実を思い出させる。
 しばらく声掛けをすると、ルナが大人しくなり、怯えた顔でサヨを仰いだ。
 「おっ……お姉ちゃん……」
 「ルナ……。未来をみていたんだよ、アンタ。大丈夫。よく周りを見てから、あたしらに『何を見たのか』教えてくれる?」
 サヨはルナを抱きしめ、頭を優しく撫でる。ルナはサヨに抱きつき、大声で泣き始めた。

 ルナは……
 他になんの能力が
 あるのだろうか……。
 

二話

 「あのね……」
 ルナは少し落ち着いてから畳の部屋を眺め、言う。
 「ここが全部血の海だった。それで、すごく怖かった……。ルナが一回会ったおとこのひと、けんおうさま……『にしのけんおう』がいた。それでね、栄次が血まみれで倒れてて、おじいちゃんが……けんおうに……」
 ルナは体を震わせながら下を向く。サヨは困惑した顔をしつつ、ルナの話を聞いていた。
 「まずいことになるんだね……。おじいちゃんとおサムライさんが、死ぬかもしれない未来があるわけだ。そうだよね? リカ。今、おじいちゃん達、剣王と死闘しているんでしょ?」
 「……うん」
 リカが小さく頷き、目を伏せる。更夜と栄次が死ぬかもと言われたスズは悲しそうにサヨを見上げた。
 しばらく暗い雰囲気が辺りを包む。ふと、ルナが重い口を開いた。
 「あのね……」
 ルナは拳を握りしめたまま、自分の太ももに目を落とした。
 「あのね……。ルナ……いちのせかいの、『かこ』に行けるんだ……」
 ルナの発言にサヨとリカは腰を抜かすほど驚いた。
 「はあ!? 壱(げんせ)の世界の過去? どういうこと? 過去は参(さん)の世界で別物の世界だよ! この時代が過去になってしまった世界のことを言うんだよ?」
 サヨが叫び、ルナは同じように怒鳴る。
 「だから! ルナはいちのせかいのかこに行けるの!」
 「……」
 ルナの言葉にサヨは息を飲んだ。
 「ま、待って……。ルナは参の世界に『行かず』に壱の世界の『過去』に行ける能力があるってこと!? 」
 「そうだよって言ってるじゃん」
 「……信じらんない。同じ世界軸の過去に行ける? そんなデータがあるなんて、信じられない! そんな時神、見たことない! ……でも、あるのかも……ルナは……人間から始まるっていうルールを無視して突然に時神になった……。だから、人間のデータを初めから持っていないんだ。生まれた時から幻想だから……あんたは……時神のメインデータみたいなものってこと……なの?」
 サヨはルナの髪を軽く触る。ルナは首を傾げた。サヨの発言はリカもわからない。
 「過去戻りができるってことなの?」
 リカはとりあえず尋ね、ルナは頷いた。
 「じゃあ、おじいちゃんとおサムライさんを助けられるじゃん! あたしらも戻れるの?」
 「スズはダメ。人間の霊だから。……お姉ちゃんはKだから……たぶん平気……。リカは……」
 ルナはリカの困惑した顔を眺めながら続ける。
 「『ルナと同じ』だから大丈夫」
 ルナの発言でサヨは眉を寄せた。
 「リカ……あんた、何者……。ルナと同じように人間から神になってないわけ?」
 サヨの追及にリカは悩みながら頷いた。
 「そうみたいなんだ……私。生まれた時から神みたい」
 リカはマナを思い出す。
 彼女はリカを作ったと言った。
 リカには両親がいない。
 初めから人間じゃないと言われた。あのループした一年から前の記憶はリカのものではなく、現人神(あらひとがみ)だったマナの人間時代の記憶。
 リカには子供時代すらない。
 ルナにハッキリ言われ、リカは自覚し、少しせつなくなった。
 「あのね、未来にもいけるよ。お姉ちゃんとリカは連れていける。未来……見ておく?」
 ルナにそう提案され、サヨは神妙な面持ちで目を伏せた。
 「過去に戻った時、困らないように動きを確認しておいた方がいいよね。過去に戻る前に未来に行ってみるか」
 「で、でも……未来から戻れなくなったら……私達……」
 リカは心配そうにつぶやき、ルナを見る。ルナは力の制御がいまいちできていない。
 更夜と栄次が死ぬかもしれず、プラズマが封印されているというのに、危険すぎるのではないか。
 「リカ。たぶん、これ、はやく動いた方がいいんじゃね? あんたはさ、おサムライさんとおじいちゃんが、なんで殺されそうなのか、よくわかってる感じじゃん。何もできないわけじゃない。できるならやれ。……おじいちゃんに言われた事があるんだ。あのひとは、生前、何も救えなかったから。あたしはできることならやろうと思ってる。リカは来なくていいよ。未来から戻って過去に行く時に、一緒に来てくれればいいからね」
 サヨは暗い顔をしているスズを一瞥してから、リカに目を向ける。
 「……そうだよね。やるならやらないとだよね。ごめん……私も行くよ」
 リカは息を吐くと、サヨにそう言った。
 「じゃあ、ルナ。お願い」
 サヨはリカの返答に満足しながら頷き、ルナに視線を戻した。
 「うん。スズ、ちょっと待っててね」
 不安げなスズを無理に安心させようと微笑んだルナは、涙を拭うと覚悟を決め、立ち上がった。
 
 更夜さま、
 ルナが悪かったです。

 ルナの瞳に血を撒き散らす更夜が映る。剣王に首を掴まれ、締め上げられている。

 もう、頑張らなくていいです。

 剣王はこちらを向き、不気味な笑みを向けた。

 ……ルナは時神を守ります。

三話

 ルナは他の時神とは違い、頭に流れてくる力の理解が早かった。
神力を放出しやすくなる霊的着物に着替えるやり方を早くも知り、手を横に広げてあっという間に紫の創作な着物に変わった。
 かなり今時な雰囲気。
 紺色の袴にスカートのようなかわいらしいフリルがついていた。
 時計の陣を出したルナは、リカとサヨを連れて未来に向かい歩き出す。
 白い光が前方から現れ、ルナ達を包んだ。
 「ん……」
 光が止み、恐る恐る目を開ける。
 気がつくと三人はどこだかわからない海辺にいた。
 異様にきれいな夕焼けに静かに押し寄せる波。砂浜は夕陽に照らされて赤い。ただ、夕陽がない。
 太陽はないのに明るいのが、かなり不気味だ。静かすぎて生き物が何もいないことがわかる。
 「ど、どこ……」
 ルナがサヨに身を寄せ、怯えながら尋ねた。
 「わからないけどー、なんかヤバそう」
 サヨが救いを求めるようにリカを見る。リカは唇を震わせながら、海に浮かぶ小さな社と、遥か上空にある大きな社を交互に見ていた。
 「リカ?」
 「こ、ここは……ワールドシステムのっ……」
 リカがそこまで言いかけた刹那、肩先まである紫の髪をなびかせ、黄色の目をした男性が口角を上げたまま、こちらに向かってきていた。
 「……っ! すっ……スサノオっ!」
 リカだけが目を見開き、震える。サヨとルナはリカを困惑しつつ見つめ、男に目を向けた。
 「よう! TOKIの世界はどうだ? 楽しいか? だが、少し来るのが遅かったようだな」
 スサノオは紫の着流し一枚の格好で、軽く笑った。
 「来るのが……遅い?」
 「お前ら、さっきも来ただろ? なーんてな。さっきのお前らが本物で、お前らは過去のお前らだな。さっき来たお前らは状況が全部わかっていた。お前らは……つまり、今後、どちらにしろ俺に会いに来るわけだ」
 スサノオは手から剣を取り出し、曲芸のようにてきとうに回して遊び始める。
 「未来のあたしらはどこへ?」
 代表でサヨが尋ねた。
 「どこへ行ったのかねェ? 俺の目的は知ってんだろ? あ?」
 「……そういうことか……」
 リカは拳を握りしめた。
 「勘違いすんじゃねぇよ。俺は女をボコす趣味はねぇんだ。お前はマナんとこに行ったぜ。世界のシステムはなかなかしぶといよなァ」
 スサノオの言動でリカは理解した。サヨとルナはこの世界線にはもういない。
 「んまあ、こうなるわな。んで、またお前らがここに来るわけだ。嫌なループに入っちまったもんだ。だがまあ、タケミカヅチは俺の神力に従っている。そのうち終わるだろうなァ」
 スサノオは楽しそうに笑っていた。
 「ルナ! なんかヤバイ! 現代にっ!」
 サヨが勘づいて叫び、ルナは慌てて元に戻る鎖を出現させた。
 「戻る前に死んどくか? ここで死んどけば俺は楽だ」
 スサノオは強力な神力を放出する。浴びたら消滅しそうな雰囲気を感じたリカはサヨとルナを守るため、咄嗟に結界を張った。
 神力が届く寸前、ルナが半泣きで『過去戻り』を発動させ、三人は光の粒となり消えた。
 「あーあ、まーた消えた。あの望月姉妹も『時神』になりかけか。神力が安定する前に時神の力を剥奪したかったんだがなァ。今後、リカがマナに会うところで決着をつけるしかねェか」
 スサノオは再び光り出した砂浜にため息をつく。
 「あーあ、また来た。ワールドシステム、やってくれるなァ。最初に来た事情通のあいつらから何回やんだよ。最初に逃げたあいつらを見つけて消滅させないと、こいつらは何回もここへ現れる……か」
 スサノオが愉快そうに笑った刹那、再び時空が歪んだ。
 「スサノオ様、マナさんに会いに来ました。そこをどいてください」
 現れたのはリカだけだった。
 「お前、過去関係ないリカだな? あいつらは……どこにいった?」
 「どこにもいませんよ」
 リカは真っ直ぐに、海に浮かぶ社に向かう。
 「ああ、そう。厄介だなァ」
 スサノオはリカの背中を眺め、おかしそうに笑っていた。

四話

 三人は現代に戻ろうとしたが、なぜか「過去」に来ていた。
 どこの過去かはわからないが、暗闇に星空で夜であることはわかった。
 「お姉ちゃん……失敗しちゃったよ。未来に飛んだら、ルナ達は過去になるってこと、忘れてた。だから、現代飛ばして過去に来ちゃったみたい」
 「大丈夫、大丈夫。どっちにしろ、過去に来る予定だったし」
 ルナが落ち込んでいるので、サヨは軽くなぐさめた。
 「どこらへんの過去なんだろ?」
 ルナの説明が全く理解できなかったリカはとりあえず、話を先に進める。
 「わかんないけど、場所的に……」
 ルナは辺りを見回す。
 ルナ達が出現した場所は時神達の家の前。
 そして、庭の方でプラズマが更夜に電話しているのが聞こえた。
 「更夜、俺達がすべて戻した。こちらは問題ない。ただ、一つ警告をしなければならない。こんなことを続けられると、こちらに影響が出る。もう起こらないようにしてほしい」
 プラズマはそう言うと、電話を切った。
 「まいったな……。なぜか未来がぐちゃぐちゃでルナの行動をうまく予想できない……。なんかあることは目に見えているが……俺が封印されんのは間違いないようだな」
 プラズマは頭を抱えると、家へ帰って行った。
 「ルナが力を使いまくっていた過去かー。さすが未来神、先を予想してるね」
 サヨが呑気につぶやき、ルナが目を伏せる。
 「ルナがこんなことを」
 「ルナ、大丈夫だよ。ここから、立ち上がった君は偉いんだ」
 リカがルナを優しく撫で、どうするか考え始めた。
 「せっかく、過去にきたし、向こうに置いてきちゃった冷林に会いに行く?」
 「そ、そういえば……忘れてた」
 サヨの言葉にリカは苦笑いを浮かべる。
 「あたしらがやることは、この段階で『プラズマが封印されないように動く』か、おじいちゃんとサムライさんとアヤが剣王と死闘する前に『剣王の神力を半分以下にしてプラズマの封印を弱くする』か……しか思い付かないよねぇ~」
 サヨが簡単にどうするかを述べた。
 「じゃ、じゃあまず、封印されないように動いてみる?」
 「リカはわかってると思うんだけどー、あたしらはプラズマが封印された未来から来たわけだから、封印の事実は変わらなくね? やってみてもいいけど」
 サヨの発言にリカは眉を寄せた。
 「それなら、剣王が神力を全力でプラズマさんに巻いたなら、それも事実なんじゃないの?」
 「いいかな? 辻褄が合えばいいのよん。プラズマが封印されない未来はたぶんない。未来にいたあの男が言ってたじゃん。『タケミカヅチは俺の神力に従っている』って。まず、プラズマが封印されないように動くっていうのもまあ、価値はあるかもだけどね」
 サヨは肯定も否定もしなかった。
 「とりあえず、高天原会議前にプラズマを止めるか、封印された後に救出しやすくする。現代に戻った時、プラズマが封印されたのは変わらないから、剣王の神力を減らして救出しやすくする方が現実的ってことだね。サヨは頭良い……」
 「剣王に気づかれずに突然、剣王の神力を低下させる何かがあればね……」
 サヨは星空を見上げながら考え、やがていたずらっ子のように笑った。
 「思い付いた~」
 「サヨ?」
 「リカ、ハッキングだよん!」
 サヨの言葉にリカは不安げに首を傾げる。
 「どういう……」
 「封印のシステムを知ってる? あれは、元々害悪データになってしまった神の神力をデータを書き換えて奪い、弱らせ、消滅させるという古代の神々が使っていたシステムを改良したもの。プラズマはそれに縛られ苦しんでる。封印罰はこのシステムを使い、罰を与える執行神の神力を、犯罪神に入れて中にあるデータを書き換え、神力を逆流させる拷問罰。プラズマが苦しむこのシステムを変えて、剣王の中から時神の神力を逆流させられれば、剣王の神力は低下する」
 サヨの言葉にリカは感心した。
 「すごい……どうすれば、できるの?」
 「それがさ、まだプラズマが封印されてないから、封印される予定の空間に時神の神力を溢れさせておくことができんじゃんって話ー! あたし、天才じゃね?」
 「そっか! サヨは封印場所に行ける力があるんだった! サヨは最初に会った時に、プラズマさんが封印されている場所を見つけてた!」
 「そゆこと~」
 サヨは微笑みながら、弐の世界を出した。
 「こっちのが確実じゃん。マジ天才だわ。あたし」
 しかし、こんなに簡単に進む話ではなかった……。
 
 

五話

 サヨは弐の世界を出し、ルナとリカを連れて進む。
 宇宙空間に入り、サヨ達は浮き始めた。サヨの操作により、リカは勝手に動きだし、人々の心の世界だという二次元のネガフィルムをくぐる。
 星が輝く幻想的な世界の中、リカは異質な赤い髪の少女を見つけてしまった。
 「さっ……サヨ……」
 「……わかってる。ワイズだ!」
 黒い三角のサングラスをかけた派手な帽子の少女は、こちらを見つつ、冷たい笑みを向ける。
 すべて見通しているかのような不気味な存在。それがこの少女、ワイズだ。
 「なんでいる……」
 「リカ、ワイズはあたしと同じ『K』だし、ワールドシステムに繋がる知識の神……大人しくしているわけがないよね」
 リカの言葉の上からサヨが言葉をかぶせ、ため息をついた。
 「ルナを叩いた神だ」
 ルナはよく内容がわかっておらず、ワイズにそれくらいの感想しかなかった。
 三人はワイズの前までたどり着き、様子を観察する。
 「やはり来たNA。こういうことが起こるんじゃねーかと思ったんだYO。お前ら、私らを先読みして来たんだろうが? この時代のお前らじゃねぇNA? プラズマの封印を決めるのは私だ。未来の私も同じことをする。望月姉妹には用はない。用があるのは異世界神(いせかいじん)だけだ」
 ワイズは霊的武器軍配を出現させると神力を放出させた。
 「ちょ、ちょっと、時神に手をあげたら、あんた、北の会議で裁かれるじゃん! おまけに『K』!」
 サヨがリカをかばいながら慌てて声を上げるが、ワイズはこちらを嘲笑しているだけだった。
 「バカだNA。お前らはこの時代の神じゃない。未来のお前らを殺したら、こちらのお前らも消えるだろうが、私がやった証拠は残らない。だろ? ちなみに私は『K』ではない。『K』のデータをいただいただけだYO。『K』からNA。幼女の姿になっちまったが、『K』のデータは理解できた」
 ワイズはサヨ達を試すように口を閉ざし、わかるだろと目配せをした。
 「リカを殺すつもりか」
 サヨの問いにワイズは答えなかった。
 「ルナ、リカ、ここから先……ワイズの先が封印場所だよ。ワイズを三人で倒すか、時神の力を放出できるルナを封印場所に入れるか、考えないと」
 「ルナの神力を低下させるのは良くないよね。サヨは相手を攻撃できない……。私が戦うしかない。なんとかしてルナを封印場所に早めに入れないとワイズの神力に当てられて神力を消耗してしまう……」
 サヨとリカが考える中、ワイズが軍配を振り抜き、襲いかかってきた。恐ろしい神力を纏っている。
 リカは咄嗟に時計の針のような槍を出現させ、ワイズの軍配を受け止めた。
 「お前は、神力を固めてそんな武器を作れるのかYO。それはアマノミナカヌシの神力だNA?」
 「知らないっ!」
 リカは冷や汗をかきながらワイズの神力を浴びる。重圧がリカを襲った。
 「ごぼうちゃん! 軍配を弾け!」
 サヨに命令され、動き出したカエルのぬいぐるみがワイズの軍配を弾き返した。
 リカはバランスを崩し倒れたが、すぐに立ち上がる。
 「ああ、ルナとサヨは邪魔だYO。私はリカだけに用がある」
 「じゃあ、ルナを封印世界に入れてもいいわけ?」
 ワイズの言葉に眉を寄せたサヨはゆっくりルナを動かし始めた。
 「かまわん。勝手にやれ」
 サヨは自分達にこれからかかる悪いことを考えるが、足しになることしか思い付かず、ワイズの意図がわからなかった。
 「ルナ、封印世界に行ったら、時神の神力を放出するんだよ……。わかった?」
 サヨは困惑しつつ、ワイズの横をすり抜け、ルナと封印世界前にたどり着く。
 「うん」
 「あたしは時神じゃないから、ルナひとりで行くんだよ……」
 サヨは何かが引っ掛かっていた。
 「お姉ちゃん?」
 「あ、ああ……えーと……ルナ、そのまま進んで」
 サヨに言われたルナは首を傾げたまま、先へ進み始める。
 まだすぐ近くにいるはずなのに、ルナは目の前から突然に消えた。
 「オモイカネが命じる。封印世界に鍵をかけろ」
 「はっ!」
 ワイズの言葉にサヨは目を見開いた。ワイズはルナが封印世界に入った刹那、封印世界に鍵をかけ、ルナを封印してしまった。
 「うそ……」
 「バカだNA。私は『K』のデータがある上に神だ。罰を与えたわけではないので、神力を巻いていないが、封印世界に閉じ込めることは可能。鍵はそう簡単には外せない。他の神のように罰を与える時だけあの世界を開けられるわけじゃないんだYO。『K』のデータが変動するこの世界を見つけ、神のデータがこの世界を開く」
 ワイズは愉快に言いながら、リカへの攻撃を始める。
 「うう……」
 ワイズはリカを消滅させにきていた。神力を解放し、かなりの威圧をかけてくる。
 「……今はワイズをなんとかしないと……あ!」
 サヨはあることができることに気がついた。
 ……あたしは『K』だけど、あいつはKのデータを持ってるだけ。
 「なら、本当のKの力が使えるのはあたしだけだ! 弐の世界、管理者権限システムにアクセス! リカを『排除』!」
 サヨの言葉にワイズは軽く舌打ちをした。リカは突然、光の粒になり、弐の世界から排除された。
 「考えたな。小娘」
 「リカを壱(現世)に追い出した。追ってもいいけど、現世でリカを殺しに行ったら、他の神にバレるんじゃね? あたしが『許可』しないかぎり、リカは弐に入れない。ここに連れ戻そうとしても戻せないよ? あたしがあんたを抑えるから、どっちみち追いかけさせないし!」
 サヨがワイズを睨み、ワイズは薄い笑みを向けた。
 「お前もギリギリなのは知っているYO。ルナは私が解放しなければ、あそこから出られない。どちらにしろ、紅雷王が剣王に封印されるタイミングで剣王の神力をもろに受け、運悪く消滅だろうNE」
 「あたしはルナとリカを信じる! 今はあんたを抑えるから!」
 「やってみるがいい。消滅ギリギリまで追い詰めてやるYO」
 サヨは今まで神力を感じたことはなかった。しかし、なぜか今はワイズの神力を濃厚に感じる。
 ……なんで、こんなに威圧を感じるんだ?
 不思議に思うサヨはまだ、自分が時神になりかけていることに気がついていない。
 
 
 
 

六話

 「しかし、失敗したかもしれない」
 サヨはカエルのぬいぐるみを動かし、ワイズの軍配を弾きつつ、考える。
 ……ルナがいないと現代に戻れないし、あたしとリカにエラーが出る……。ルナは最終的に過去戻りして現代に行ければ問題ないはずだけどね。
 サヨはワイズの神力を結界で弾く。重い力だ。サヨもいつまで受け止めきれるかわからない。
 ……リカが……過去から現代に変わるタイミングで『自分が本来いた場所にいればいい』ことに気がつけば……現代に二人いることにならなければ、エラーは出ないはずなんだけど。ルナが神力をあの空間に充満させてくれれば、過去にいる意味はないんだし。
 「ただ……」
 サヨはワイズの神力を結界を張って受け止めた。
 「ぐぅ……コイツが逃がしてくれないんだよね……」
 サヨの腕から血が滴る。
 ……一番、エラーが出そうなヤバイ奴はあたしだよね。いまんとこ。だって、現代の管轄に時期が動いた時、一番離れた場所にいるからね、あたし。
 「お前を倒してからリカを追う。まだ時間はあるだろうがYO」
 ワイズはさらに神力を高め、サヨに攻撃を仕掛け始めた。

※※

 一方リカは突然に過去である壱の世界に落とされた。気がつくと、木に引っ掛かっており、身動きが取れない。
 「あ、あれ? ここって現代? ワイズに襲われていたはずだったんだけど」
 リカは青空を見上げつつ、考える。
 「現代かそうじゃないかは、プラズマさんがいるかいないかでわかるはずだよね」
 とりあえず、引っ掛かって動けないため、鶴を呼ぶことにした。
 「ツルさーん!」
 呼び慣れていないため、リカは素直に大きな声で呼んだ。
 「よよい! うるさいよい。デカイ声で呼ぶなよい! 心で呼んでくれよい……」
 ツルはよくわからないが、すぐに来た。
 「あ、ごめんなさい……えっと。おろしてくれますか?」
 「何してんだよい? 遊ぶならもっと安全に遊ぶことをオススメするよい。やつがれはこんな雑用をやるために使いになってるわけじゃないんで」
 初めてツルに叱られた。
 ツルはため息をつきつつ、リカを木から下ろしてくれた。
 「ほんと、なんかごめんなさい……。そ、それより、時神達のお家に帰してください。場所がちょっとわからなくて……」
 「なんか、えーと、あんたはすごくアホってことでいいのかよい?」
 「アホでいいですから! 急いでいるんですよ!」
 戸惑うツルを半分無視したリカは駕籠に乗り込み、ツルを急かした。
 「わかりましたよい。よよい!」
 ツルは困惑しつつ、空へと飛び立った。しばらく青空を飛ぶ。
 リカは窓から下を眺めた。
 よくわからないが、どこかの森の中にいたらしい。
 「……これからどうすればいいんだろう? とりあえず……プラズマさんを確認しにいこう」
 ツルはまっすぐ飛んでいき、徐々にリカが知っている場所に近づいてきていた。
 ツルは家の近くでリカを降ろし、にこやかに去っていった。
 ツルはけっこう良い性格なのかもしれない。
 「よし。まずは、時期の確認。……もし、ここが過去で、このまま現代に戻れなかったらどうなるんだろう……」
 リカが不安に思っていた時、飛び去ったはずのツルが家の二階の窓に駕籠をつけていた。
 「……ん?」
 リカは少し考えてから思い出す。壱の世界と時間関係が違う弐にいたからか、時期が早まっているが、ルナがひとりで高天原へ行く場面のようだ。
 「まずい。そろそろ、プラズマさんが封印になる! 追いかけなきゃ! あの駕籠についていこうか。ダメもとで……」
 リカはルナを待っているツルに手を振った。ツルはうんざりした顔でこちらを見たが、意図は伝わったらしい。
 ルナを乗せたツルは飛行しながら、一瞬だけ低空飛行し、道にいたリカをすくった。
 リカのお腹辺りを両手で抱え、飛び去る。
 「言いたいこと、伝わったんですか?」
 「はあ……心でそう言っていたよい……。誰にも見つからないように高天原まで行きゃあいいんだよい? やつがれは神の頼みは断らない」
 「あ、あの……ほんと、すみません……」
 リカは小さな声で申し訳なさそうに言った。
 ツルはリカを抱え、ルナを駕籠に乗せ、何も言わずに高天原へと向かった。
 

七話

 ルナは暗い、道なき道を恐々歩いていた。電子数字が輝きながら舞っては消えていく。
 ルナにはその数字がなんなのか、まるでわからなかった。
 どこまでもこの空間は続いているような気がした。
 「えっと……なにするんだっけ?」
 ルナはひとり考える。
 「ああ、神力を放出すればいいんだ」
 やがて、大事なことを思い出した。こんな大冒険をするとは思っていなかったルナは子供らしく、まだ不安定で頼りない。
 「この辺で放出すればいいのかな? ルナには力があるんだ。ルナはヒーローになりたい。だから、戦う」
 ルナはできるだけ神力を放出させた。服が霊的着物に変わり、空間に時神の神力が充満する。
 そこまでで止まれば良かったのだが、ルナはさらに神力を放出させ、自身を未来へと送ってしまった。
 「え……ちょっと、違う!」
 ルナは光に包まれ、徐々に空間から消えていく。
 「神力をうまくたもてないよ……」
 ルナがつぶやいた時には、空間は剣王の神力で満たされていた。
 つまり、時間が現代に戻ったわけである。
 「ヤバい! ルナは今、どこにいたっけ?」
 ルナは無意識に「今」の自分を思い出す。だが、思い出せるわけがない。
 ルナはこの時、気を失っているのだから。
 「わかんない……」
 ルナは落ち込んだまま、霊的着物の袖を振り、辺りを見回す。だいたい、どの時間軸かもわからない。
 神力をうまく放出できたのかすら、自信がなかった。
 もう一度前を向くと、電子数字の奥から鋭い槍のような光が、何かをずっと突き刺しているのが見えた。
 「……え?」
 ルナは怯えながら、雷のような光に近づく。
 「うっ……がふっ……」
 苦しそうな男の声が聞こえる。
 「……っ!」
 血にまみれた赤髪の青年が、肩を上下させながら苦しそうに血を吐いていた。
 「ひっ……」
 ルナはその男がプラズマであると気がつき、怯え、震える。
 身体中を切り刻まれ、血を流しているプラズマを見、ルナは涙を浮かべながら近寄った。
 プラズマの下には時計の陣が光り、鎖が周りを囲っている。
 その真ん中でプラズマは神力を放出し、気絶しないように保っていた。
 「プラズマ……!」
 「……ルナ?」
 ルナの声にプラズマが反応する。
 「ぜんぶ、ルナのせいでした……。ルナは……いけないことをしました。ごめんなさい。プラズマ、みんなが大変なんです。助けてください」
 ルナは泣きながらプラズマに頭を下げた。
 「時神の力が急に増えたなと思ったら、ルナだったのか。ルナ、ここまで来てくれてありがとう。あんたは俺達のヒーローだよ」
 プラズマは血にまみれながらも、笑顔でルナにそう言った。
 「プラズマ……ルナのせいで、そんなに傷ついたの?」
 「もう、いいんだ。どうやって来たかわからねーけど、俺を助けに来たんだろ? 更夜達を助けるために」
 プラズマに尋ねられ、ルナは目に涙をたくさん溜めながら鼻水をすすり、頷いた。
 「あんたが来てくれて助かった。あんたの時神の力が、剣王の力を少し弱めたようだ。ルナが中にいるなら、俺を出せるよな、この結界から……。あんたは時神を監視する神だ。俺を出すこともできるはずだろ」
 「プラズマ……ルナは上に立てる神じゃないです。ルナはただの……」
 涙をこぼし始めるルナに、プラズマは優しく笑いかけ、言った。
 「あんたは俺達のヒーローなんだろ? 俺達の上にちゃんと立ってる。堂々と、このシステムに命令をするんだ。紅雷王を解放すると。あんたなら……できるよ」
 プラズマに強い視線を向けられたルナは涙をぬぐい、唇を噛み締め、頷いた。
 「……命令……する。やってみる」
 「ああ、頼む……」
 プラズマは苦しそうに再び血を吐く。時間がない。
 「……め、命令する! えっと……こう……」
 「こうらいおうだ」
 「こうらいおうを解放しろ!」
 プラズマに助けてもらいながら、ルナはワールドシステムに命令し、叫んだ。
 叫んだと同時にプラズマの周りを浮遊していた鎖がちぎれ、プラズマが解放された。
 「……やった?」
 「やった! よくやった! ルナ!」
 プラズマはよろけながら立ち上がり、ルナを抱きしめた。
 「……うええん」
 ルナは緊張から解放され、鼻水を垂らしながら泣き、プラズマに抱きついた。
 プラズマの傷は剣王の強い神力から解放されたとたんに治ったが、神力共に中身はかなり消耗しているようだった。
 「解放されたが、まだ剣王がこの門を閉めている。あいつの神力を減らさないと、空間のシステムを変えても、ここからは出られないんだ」
 「うん……。プラズマ、どうしたらいいか、教えて。ルナ、頑張る」
 ルナの涙を、持っていたハンカチで拭ってやったプラズマはルナの頭を撫でてから顔を引き締めた。
 「ああ、俺とルナで力を解放し、剣王の神力を削ぐ」
 プラズマはそう言うと優しくルナを離し、微笑みながら尋ねる。 
 「俺とまだ、頑張れる?」
 「……うん!」
 ルナはプラズマの言葉に息を吐いてから、力強く答えた。

真実へ

 一方、リカは高天原西に落とされた。ツルが言うには、東にいると誰かに絶対に見つかるらしい。
 それはそうだろう。
 これから時神が東に一度、揃ってしまうのだから。
 「でも……」
 リカはルナを止めたかった。
 しばらく、考えたら答えはすぐに出た。本当はわかっていたのかもしれない。
 リカはループを繰り返した少し前の「あの時」に、マナから「変えられない運命」があることを散々教えられた。
 プラズマが封印されてしまうのは、もう大筋になっており、変えられないのかもしれない。
 「なんか……小説みたい……」
 リカは小説を書く人間の過程に近いと思った。
 大筋は決められており、細かい部分は創作者により変えられる。
 世界は常に、誰かに操作されているのかもしれない。
 「私がここに降ろされた理由はなんだろ……。過去と未来を上手く繋ぐためか?」
 ここにいればいずれ、元の自分と重なる。ひとつに戻るはずだ。
 「私のやることは……?」
 リカが剣王の城へたどり着いた頃には、栄次と更夜が血まみれで剣王と戦っていた。
 「……!」
 戦況を恐々見守っていたリカは逢夜と離れ走り出す。
 走ってくるリカと城へ向かうリカが重なる。
 一瞬記憶が混ざり、何をするべきか混乱した。
 「弐の世界にっ……行かなくちゃ?」
 当時のリカは弐の世界へ行くつもりだった。
 しかし、今は立ち止まる。
 再び剣王の城へ向かい、逢夜に会った。
 「帰ってきたのか」
 逢夜は驚く感じでもなく、そう尋ねてきた。
 「あなたが……事情通だった理由がわかった気がする」
 「弐の世界にいるお仲間さんを助けられたのか?」
 リカの言葉に逢夜は答えずに、質問を重ねてきた。
 「あなたが言う、仲間っていうのは、サヨですね? ルナの力を知っていたのはなぜ?」
 「……俺が望月家で霊でもあるからだよ。望月家の能力はわかる。監視しているからな。……道は見つけたのか? 助かる道は」
 逢夜に言われ、リカは思い出した。
 「……いずれ、スサノオが剣王に命じ、時神を殺し始める……。スサノオと共にいるのはマナさん……。マナさんを止めなきゃ……! サヨも心配だし、弐に行こう!」
 リカは再び走り出す。
 サヨが「許可」しないかぎり、リカは弐の世界に入れないことをリカは知らない。

※※

 サヨは宇宙空間を力なく浮遊していた。ワイズはサヨに鋭い神力を向け、結果、サヨは負けた。
 ワイズは辻褄を合わせるため、余裕顔で高天原会議に出てから、再びこちらに戻ってきた。
 「望月サヨ、どうだ? 少しは休めたかYO? いい加減、リカを呼び戻せ」
 「はあ……はあ……やだ! あんたはいずれ負けるよ。ルナが、やってくれるからね」
 移動していた封印空間が再び戻ってくる。封印空間の扉を開こうとしていたサヨと今のサヨが重なった。
 「エラーが出ずにすんだ! やった!」
 サヨは喜んだが同時にリカにエラーが出ることに気がつく。
 ……やば……リカが弐の世界にいないと、過去戻りしたタイミングと変わる……。
 「そうだ、サヨ。リカは弐の世界に『今』いないといけないんだよNA。これからお前らは合流し、ルナの力で過去に戻る。違うか? サヨ」
 「……くっ」
 ワイズの言葉にサヨは舌打ちをした。
 「戻せ……弐に。今すぐにだ」
 ワイズはサヨを嘲笑する。
 ……プラズマ、まだ出てこないの?
 なにやってんの、
 あの兄ちゃんはっ!

二話

 栄次と更夜は剣王と戦っていた。未来は変わらずに同じことをしている。
 剣王の神力は徐々に増し、士官試験だというのに殺しにきていた。
 「ごめんねぇ~、なんか殺したい気分になってきちゃって。消滅させるつもりじゃなかったんだけどなあ……。なんだかスサノオさんの神力が反応しちゃっててね。ああ、昔から持っているんだよ、存在してない神の神力を」
 剣王はそんなことを言いながら、更夜に回し蹴りをした。
 重くて速い蹴りを避けた更夜だったが、風圧で額を切られた。
 更夜を助けるため、栄次が間に入り、刀で剣王を凪払う。
 剣王は強い神力を発し、栄次を切り刻みに来るが、更夜が結界を張って防いだ。
 「……強すぎる……」
 アヤは血にまみれる栄次と更夜を見、震えながら二人の時間を巻き戻す。もう何度も巻き戻し、アヤの神力は尽きる寸前だった。
 「はあ……はあ……これ以上は……」
 そうつぶやいた時、体に力が入らなくなった。それでもアヤは再び切り刻まれる二人を助けるため、巻き戻しの鎖を巻く。
 「……意識が……」
 アヤが倒れ、しばらくしてから栄次がアヤの状態に気がついた。
 流れる血を拭いながらアヤを抱き起こす。
 「アヤ!」
 アヤを揺すった刹那、栄次の背中から強い神力が風に乗り飛んできた。栄次はアヤにかぶさり、剣王の神力からアヤを守る。
 切り傷が増える栄次を見た更夜が二人の前に入って、結界を張り、致命傷をさけた。
 「……もうだめだ……。更夜……」
 栄次は降伏する時期を見ていた。
 もう少し早く敗けを認めてもよかったと思っていた。
 「更夜……」
 栄次は更夜に呼びかける。
 しかし、更夜はひとりで剣王と戦い始めた。彼は痛覚がないのか、忘れる自己暗示をかけているのかわからないが、手負いでも関係ない動きを見せていた。
 つまり、突然に限界が来るわけだ。更夜は試験関係なく、剣王を殺しにいっている。
 「もうやめろ! 俺達の敗けだ!」
 栄次の呼びかけに更夜は答えず、剣王にかすり傷を負わせ始めた。刀で攻撃し当たらなければ投げ捨て、手裏剣に持ちかえ、手裏剣を投げ、神力を固めた槍を振り回し、クナイを投げ、飛びはね、剣王の背後を狙っている。
 恐ろしいほどに様々な武器を使いこなしている。
 しかし、剣王に傷は負わせられるものの、かすり傷。
 「更夜! もう退け! 剣王に謝罪するのだ! 剣王は俺達を殺しにきている!」
 更夜は刀を地に差し、呼吸を整えると再び剣王に斬りかかる。
 「更夜! 頼む。アヤが死ぬ!」
 血にまみれた更夜は何も答えない。
 「降伏しろ! 更夜!」
 栄次が叫び、更夜は歯を食い縛った。
 「俺は……コイツを許さない。絶対に許さない……」
 更夜はまだ余裕顔の剣王を睨み付けた。剣王は軽く笑う。
 「殺すつもりはなかったんだけどねぇ。楽しくなってきたなあ」
 剣王の一言に更夜の神力がもう一段階上がった。栄次同様、武神の赤い神力が溢れ出す。
 栄次は目を細めた。
 ……あの男は……戦国(時代)からそうだったが恐ろしく強い……。
 武神の力を持ち始めたのか?
 だが……剣王は真正面からぶつかって勝てる相手ではないのだ。
 それは俺が一番わかっている。
 「俺は敗けたのだ……一度」
 栄次は気を失ったアヤを優しく離し、立ち上がった。
 「更夜を止めなくては」

三話

 電子数字が舞う封印世界内。
 プラズマを解放したルナは、目に涙をためながら尋ねた。
 「どうすれば、いいの?」
 プラズマはハンカチでルナの涙を拭いてやりながら言う。
 「そんな不安そうな顔をすんな」
 「プラズマ……」
 ルナの不安そうな声を聞いたプラズマは、霊的着物になると顔を引き締めた。
 「あんたは俺達を監視する神だろ? いいか? ルナ、上に立つ神はな、けっこう大変なんだ。だから、俺が教えるよ」
 プラズマは神力を放出し、ルナを呼んだ。
 「ルナ、俺の前に来るんだ」
 プラズマの雰囲気と神力に怯え、近寄らないルナにプラズマはさらに声をかける。
 「大丈夫だ。来い」
 やや柔らかく言ったプラズマにルナは恐る恐る近寄ってきた。
 「ルナ、神力を解放するんだ。剣王の神力を逆流させる。堂々と、力を流せ」
 「……わ、わかった」
 ルナはプラズマの前で神力を放出した。プラズマはルナの神力と自分の神力を混ぜ、空間に充満させると剣王の陣に流した。
 「気を失わない手前でっ……。ルナ、神力の放出を止めろ。後は俺が流す!」
 「わ、わかった……はあ……はあ」
 ルナは息を上げながら神力放出を止めた。
 「くそ……なかなか破れない……。封印時に神力を使いすぎたか……」
 もうすぐで破れるという時に、高天原北の主、冷林の神力を感じた。
 「冷林……?」
 冷林の神力がしてから、封印の扉が砕け散る音が響く。
 「冷林が助けに来た? 俺達のボスだ、外から封印を解こうとしてくれているのか? 俺が封印される必要がなかったことをアイツが証明し、解放を世界に求めたんだ!」
 「えっと……」
 ルナは首を傾げていた。
 「外に出られるぞ!」
 プラズマの発言で、ルナは顔を輝かせる。
 扉である結界が壊れたら、冷林がすぐに現れた。
 「冷林、ありがとう」
 プラズマの感謝に青い人型のぬいぐるみは軽く頷くと、ふたりの手を引いて外へと向かった。
 「待て! 壱に俺達が出現するんじゃないのか?」
 冷林はルナが先程歩いた方向へ進んでいた。
 「……たぶんね、お姉ちゃんが……」
 ルナがつぶやき、プラズマが眉を寄せる。
 「サヨになんかあったんだな?」
 プラズマに冷林は小さく頷き、さらにふたりを引っ張って電子数字の海を進んだ。

※※

 「……くぅ……もう防ぎきれない……」
 封印世界の先、宇宙空間である弐の世界でサヨはワイズの鋭い神力に疲弊していた。
 「はやく……リカを呼べ。時間稼ぎでもしているのかYO。残念ながら今頃、更夜と栄次とアヤは瀕死かもしれんぜ? 『アイツ』が、剣王にリカ以外を消すように言ったからNA。剣王が持つスサノオの力が反応している。スサノオは、リカのせいでこの世界に存在を始めた。私は更夜達を守りたいんだYO。リカが死ねばスサノオとアマノミナカヌシの計画はなくなる。三人も死ななくてすむぞ」
 「よく言うね、マジで」
 サヨは肩を上下させながら、ワイズの神力に抗っていた。
 「お前も神なんだろ? 私の神力を感じるなら、お前はKであり、神だということだYO。リカのせいで世界が変わった。アマノミナカヌシめ……アイツをなんとかするべきか」
 ワイズはサヨを苦しめながら、口角を上げて笑う。
 「さあ、戦争を始めよう」
 ワイズが意味深長な言葉を発した刹那、冷林に連れられたプラズマとルナがサヨの方へ来ていた。
 来ていたというより、こちらに転がりながら向かってくる感じだ。おそらく、弐の世界に入って制御ができなくなったのだろう。
 本来はKと霊しか弐を自由に動けない。ルナは冷林とプラズマを必死で捕まえようとしているようだ。
 「プラズマが来た! ルナがやった!」
 サヨは安堵の表情を浮かべた後、ワイズに鋭い視線を向ける。
 「さあ、プラズマが来たよ、あんた、どうする?」
 「さあて。じゃあ、私はおいとまするYO。楽しかったYO。ありがとう」
 「……え」
 ワイズはあっさりとその場から消えた。プラズマが来たからとあっけなく消える神ではないはずだ。リカを消しに壱に行ったとは考えられず、サヨは呆然としていた。
 「だって……壱でリカを殺すとワイズが裁かれるから、弐でリカを殺そうとしたんじゃないの? 意味わからんちんじゃん、これじゃあ」
 「サヨー! 止めてくれェ!」
 プラズマが叫んでいたため、サヨはとりあえずプラズマと冷林をKの力で止め、制御を始めた。

四話

 電子数字が舞う封印世界内。
 プラズマを解放したルナは、目に涙をためながら尋ねた。
 「どうすれば、いいの?」
 プラズマはハンカチでルナの涙を拭いてやりながら言う。
 「そんな不安そうな顔をすんな」
 「プラズマ……」
 ルナの不安そうな声を聞いたプラズマは、霊的着物になると顔を引き締めた。
 「あんたは俺達を監視する神だろ? いいか? ルナ、上に立つ神はな、けっこう大変なんだ。だから、俺が教えるよ」
 プラズマは神力を放出し、ルナを呼んだ。
 「ルナ、俺の前に来るんだ」
 プラズマの雰囲気と神力に怯え、近寄らないルナにプラズマはさらに声をかける。
 「大丈夫だ。来い」
 やや柔らかく言ったプラズマにルナは恐る恐る近寄ってきた。
 「ルナ、神力を解放するんだ。剣王の神力を逆流させる。堂々と、力を流せ」
 「……わ、わかった」
 ルナはプラズマの前で神力を放出した。プラズマはルナの神力と自分の神力を混ぜ、空間に充満させると剣王の陣に流した。
 「気を失わない手前でっ……。ルナ、神力の放出を止めろ。後は俺が流す!」
 「わ、わかった……はあ……はあ」
 ルナは息を上げながら神力放出を止めた。
 「くそ……なかなか破れない……。封印時に神力を使いすぎたか……」
 もうすぐで破れるという時に、高天原北の主、冷林の神力を感じた。
 「冷林……?」
 冷林の神力がしてから、封印の扉が砕け散る音が響く。
 「冷林が助けに来た? 俺達のボスだ、外から封印を解こうとしてくれているのか? 俺が封印される必要がなかったことをアイツが証明し、解放を世界に求めたんだ!」
 「えっと……」
 ルナは首を傾げていた。
 「外に出られるぞ!」
 プラズマの発言で、ルナは顔を輝かせる。
 扉である結界が壊れたら、冷林がすぐに現れた。
 「冷林、ありがとう」
 プラズマの感謝に青い人型のぬいぐるみは軽く頷くと、ふたりの手を引いて外へと向かった。
 「待て! 壱に俺達が出現するんじゃないのか?」
 冷林はルナが先程歩いた方向へ進んでいた。
 「……たぶんね、お姉ちゃんが……」
 ルナがつぶやき、プラズマが眉を寄せる。
 「サヨになんかあったんだな?」
 プラズマに冷林は小さく頷き、さらにふたりを引っ張って電子数字の海を進んだ。

※※

 「……くぅ……もう防ぎきれない……」
 封印世界の先、宇宙空間である弐の世界でサヨはワイズの鋭い神力に疲弊していた。
 「はやく……リカを呼べ。時間稼ぎでもしているのかYO。残念ながら今頃、更夜と栄次とアヤは瀕死かもしれんぜ? 『アイツ』が、剣王にリカ以外を消すように言ったからNA。剣王が持つスサノオの力が反応している。スサノオは、リカのせいでこの世界に存在を始めた。私は更夜達を守りたいんだYO。リカが死ねばスサノオとアマノミナカヌシの計画はなくなる。三人も死ななくてすむぞ」
 「よく言うね、マジで」
 サヨは肩を上下させながら、ワイズの神力に抗っていた。
 「お前も神なんだろ? 私の神力を感じるなら、お前はKであり、神だということだYO。リカのせいで世界が変わった。アマノミナカヌシめ……アイツをなんとかするべきか」
 ワイズはサヨを苦しめながら、口角を上げて笑う。
 「さあ、戦争を始めよう」
 ワイズが意味深長な言葉を発した刹那、冷林に連れられたプラズマとルナがサヨの方へ来ていた。
 来ていたというより、こちらに転がりながら向かってくる感じだ。おそらく、弐の世界に入って制御ができなくなったのだろう。
 本来はKと霊しか弐を自由に動けない。ルナは冷林とプラズマを必死で捕まえようとしているようだ。
 「プラズマが来た! ルナがやった!」
 サヨは安堵の表情を浮かべた後、ワイズに鋭い視線を向ける。
 「さあ、プラズマが来たよ、あんた、どうする?」
 「さあて。じゃあ、私はおいとまするYO。楽しかったYO。ありがとう」
 「……え」
 ワイズはあっさりとその場から消えた。プラズマが来たからとあっけなく消える神ではないはずだ。リカを消しに壱に行ったとは考えられず、サヨは呆然としていた。
 「だって……壱でリカを殺すとワイズが裁かれるから、弐でリカを殺そうとしたんじゃないの? 意味わからんちんじゃん、これじゃあ」
 「サヨー! 止めてくれェ!」
 プラズマが叫んでいたため、サヨはとりあえずプラズマと冷林をKの力で止め、制御を始めた。
 

五話

 いつの間にか日が傾き始めた。
 赤い夕日が更夜の血をさらに赤く染める。
 剣王は更夜の首を狙い、鋭く攻撃していた。今まで当たっていた更夜だったがなぜか、全く攻撃が当たらなくなった。
 「弐の世界の霊が壱で死んだらどうなるかな? 弐の世界では霊のくくりにもなるが、壱では神のくくりだ。死んだら消滅だぞ?」
 剣王は狂喜的に笑いながら剣で凪払い、更夜に致命傷を負わせようと追いかけ回していた。
 「更……夜……」
 栄次はアヤを剣王の風圧から守りつつ、戸惑いながら更夜の動きを目で追っていた。
 ……そんな怪我でどうして動ける……?
 「……頼む……。アヤが死んでしまう! 更夜……やめてくれ」
 栄次がどうしても止まらない更夜を止めるため、更夜に向かい走り出す。
 「更夜!」
 栄次が更夜の元へたどり着く寸前、余裕顔で笑っていた剣王の口から血が滴った。
 剣王は血が口から漏れてきたことで、動きを止め、目を見開き、驚く。
 「なんだ……血? なぜ、神力が逆流している?」
 剣王は内部から神力が塗り替えられていっていることに気がついた。
 「これは……時神の神力か……」
 剣王はなぜ、時神の力が逆流して流れてきたのかを考え、一瞬だけ動きを止める。その隙をつき、狂喜に笑う更夜が小刀で剣王の背後から飛びかかった。
 剣王は更夜の動きが全く変わらないことに、疑問を持ち始める。
 ……こいつ、さっきからなぜ動きが変わらないんだ。
 怯んでいる剣王の首を容赦なく落とそうとしている更夜に、栄次が叫んだ。
 「更夜! 待て! 殺すな!」
 剣王は高天原西にいる重要神。剣王が消滅してしまえば、ワールドシステムに影響が出る。
 更夜は笑いながら剣王の首めがけて刀を振るった。
 ……どうなっている……。
 散々痛め付けたはずだ。
 むしろ、先程より速い……。
 武神の神力が……。
 不思議な神力が更夜を覆い、いつも髪で隠れていた右目が現れる。スズに奪われた右目は死後、元に戻ったようだが、剣王はそれよりも更夜の瞳が赤色に輝いている事に驚いた。
 ……武神なのか?
 剣王が目を細める。
 バランスを崩し、尻餅をついた剣王の首に、更夜は小刀を当てた。
 赤い目は狂気に光り、血の滴る音がやたらと大きく聞こえた。
 ようやく剣王をとらえた事に喜ぶ更夜。
 「ルナに教えてやろう。あきらめなければ勝てるとな」
 夕日に照らされ、髪紐ちぎれたひどい髪の更夜と、首元にあてられた刀に目を向けた剣王は更夜を少し恐ろしく感じた。

 ……こいつは「武神」じゃない、
「鬼神」だ。

 「魄(はく)」か。
 地上に落ちた……鬼だ。
 
 強いな……。

 「ククク……」
 剣王は不気味に笑っていた。
 「ハハハ!」
 剣王の笑い声に更夜の笑い声が重なった。
 「負けた。それがしの敗けだ。ククク……アハハハ!」
 ふたりは異様な笑い声を上げ続ける。何がおかしいのかはわからないが、お互いすっきりした顔をしていた。
 それは戦いを楽しんでしまった狂ったふたりの、異質な感情だった。
 栄次はただ、ふたりを見て困惑していた……。

六話

 リカは謎の海辺に来ていた。
 いつも夕方で、きれいな不気味な海。波は穏やかだ。
 そして特徴は生き物がいないのか、異様に静かということ。
 もう何度も来ている海だ。
 リカは目の前に立つ男に向かい、まっすぐ進んだ。
 「スサノオ様、マナさんに会いに来ました。そこをどいてください」
 リカの前にいたスサノオはうんざりした顔を向ける。
 「お前、過去関係ないリカだな? あいつらは……どこにいった?」
 「どこにもいませんよ」
 リカはそっけなく言い、海に浮かぶ社へと足を進めた。
 「ああ、そう、厄介だなァ。お前だけ来たのか。時神にしてやられたってわけだ。タケミカヅチは負けたのか」
 「……あなたは私を殺すつもりはないんですよね? マナさんを止めに行きます」
 「マナとやるのか。やめた方がいいと思うがねぇ~」
 スサノオは笑い、リカを見送った。彼は見送らなければならなかった。
 過去戻りをおこなったルナ達をここで迎えなければいけない。
 動けないのだ。
 世界のシステムに矛盾が出るからである。
 「……よくできた足止め方法だな。この物語(おはなし)が終わるまで、俺は無限にあいつらを迎え、追い返す。そして、再び、あいつだけが来るんだ。リカが」
 スサノオはため息をつくと、過去戻りして怯える三人に同じ言葉を発した。

※※

 リカは迷わず海に入り、社に向かって泳ぐ。飲み込まれそうな黒い海に恐怖を感じながらも、海に浮かぶ小さな社にたどり着き、扉を開けた。
 扉を開けると暗闇が広がっていた。リカは暗闇の中へ、ためらいなく手を突っ込む。電子数字がまわり、リカはワールドシステムへ入り込んでいった。
 「リカちゃん」
 来ることを知っていたのか、マナが微笑みながら電子数字が舞う世界にういていた。
 「マナさん……会えてよかった。マナさんは……スサノオに言って、剣王に更夜さん達を殺させようとした?」
 「したよ? だってチャンスだったじゃない。あなただけが残る」
 マナはメガネをかけなおすと瞳を金色に輝かせて笑った。
 「マナさん、それはさせない。私はマナさんを止める!」
 「はあ……、もう少しでうまく行くの。邪魔しないでほしいわ」
 リカは無意識にアマノミナカヌシの槍を手から出現させる。蛍光色の矢印のような槍だ。
 「どうせ、聞いてくれないだろうから、力づくで止める」
 リカは槍を振り回し、マナに攻撃を始めた。
 「私と戦うの? いいよ」
 マナはアマノミナカヌシの槍を複数出現させると、リカの突進を軽く避け、リカに銃弾のような槍を浴びせる。
 無意識でリカは、額にパソコンの電源マークに似たものを出現させた。リカが霊的着物に着替えた時に一度、出現した謎の模様。
 神力が強まり、霊的着物になりかけになったまま、リカはマナの攻撃を危なげに、勝手に出た結界である程度弾いた。
 かすり傷を負ってしまい、リカは血を流す。
 「はあはあ……」
 リカは呼吸を整え、槍を構え直した。
 ……早く更夜さん達を助けないといけないのに!
 「さあ、次は……」
 マナは先程よりも多く槍を出現させ、リカにぶつける。
 「け、結界……どうするんだっけ……」
 リカは手に力を集中させる事を思いだし、力を集中させたまま、ほぼ無意識に手を前に出した。
 防げたことは防げたが、だいぶん切り刻まれた。
 ……痛い……。
 けど、戦わなくちゃ……。
 リカはまだ、剣王が敗けを認めた事を知らない。
 「ずいぶんと……好戦的じゃない」
 マナはすべてを知っているのか、笑いながら槍を振り回す。
 「うっ!」
 リカはマナの槍を自身の槍で受け止めたが、槍は回りながら手から離れていった。
 リカは距離をとってもう一度、槍を出現させる。
 「両方の世界を守りたい……。時神さん達を守りたい……」
 リカは霞む目でマナを睨み付けた。
 ……だけど、また……
 彼女が邪魔をする。
 何度も何度も……。
 
 リカの瞳にこの事件の前後がすべて映る。数字の羅列なのだが、なぜかリカは理解した。
 マナがスサノオに何か言っている。
 スサノオがタケミカヅチ内にある自分の神力を増幅させ、好戦的にさせる。
 殺しても問題はないと判断したタケミカヅチが……

 アヤ、更夜、栄次を殺した。

 「リカちゃん、まだやるの? 子供を傷つけたくないんだけど」
 マナは薄ら笑いを浮かべながら、リカを見ていた。
 「アマノミナカヌシの力が現れてきたわね。正直、その能力はいらないの」
 マナは槍をあたりに再び出現させ、リカを突き刺すように一気に発射させた。
 ……スサノオに……命令して
 栄次さんと、更夜さんと、アヤを殺したのは……マナさんだ……。
 「私にその力を返して」
 マナの槍を結界で防いでいくリカだが、やはり力がうまく使えず、完璧には防げない。
 ……何もできない自分がいる。
 なんとかしたいと言っても、
 何にもできなきゃ意味がないんだ。
 「マナさんは……敵。世界に必要のないシステム……」
 リカは自分の感情に従う。
 そこに疑いを持たなかった。
 「どちらも……私。私は彼女を必要ないと思ってる? あっちの私は何を思っている?」
 リカは意味不明な言動をしていることに気がついていなかった。
 「あっちの私は世界を離す。こっちの私は世界を繋げる。これはデータをとっているだけ。どちらがいいのか。私は……あっちの私を負けさせないといけない」
 マナを視界に入れていたリカの瞳が金色に光り、表情がなくなる。
 「マナさんを……殺さなきゃ」
 リカは突然、悲しそうに、目に涙を浮かべた。
 

七話

 リカは意思に反してなぜか、マナを殺しに行っていた。
 ……おかしい。
 なんで、マナさんを排除しようとしているの?
 私は、マナさんを止めたかっただけだったはず。
 リカはマナを容赦なく槍で突き刺した。マナは軽く避け、リカに槍のような神力を飛ばす。リカはマナの槍をそのまま弾丸のように結界で弾き返した。
 「リカちゃん。アマノミナカヌシの力が、私の……本当のデータをあきらかにしたのね」
 マナは結界を張り、槍をすべて跳ね返すと、さらに槍を増やしてからリカに向かって放出した。
 「……アマノミナカヌシ、リカ。 システムに逆らえ。私は逆らっている。私は世界の破壊など望んでいない。私が望むのは、速やかにお互いを認識した上での世界統合だ。均衡は壊すが、破壊ではない。アマノミナカヌシ、壱と伍のデータを取るのは無意味な行為だ。今すぐにやめるが良い」
 マナの攻撃は鋭く、リカは槍を結界で防いだが、防ぎきれずに切り刻まれた。
 「くぅ……うう……」
 金色の瞳になっているリカはアマノミナカヌシの力に従い、血を流しながら槍を振り抜く。
 「マナさんが消滅したら、それで終わる」
 「これは無駄な戦い。私はあなたを殺す気はない。あなたをここから排除したいけれどね」
 マナは軽くリカの槍を避け、リカを結界で弾いた。
 固い結界に当たり、槍が身体中にかすったリカは血を撒き散らしながら倒れる。ふと、リカの瞳が元の橙色に戻り、雰囲気も元に戻った。
 「私はマナさんを止めにきたんだ……」
 「止めたって無駄よ」
 「はあはあ……なぜ?」
 リカは膝を震わせながらなんとか立ち上がり、マナを睨んだ。
 「私は時神に負けたんだもの」
 「……?」
 「そしてあなたは私に負けた。だから、あなたが持つ私の力を返してもらう」
 マナは金色の瞳をさらに輝かせ、リカに近づいてきた。
 リカは、手をかざしてくるマナに向かい結界を張る。アマノミナカヌシの防衛か、リカが何もしていないのに勝手に結界が現れた。
 身の危険を感じたリカは槍を複数出現させ、マナに放つ。
 マナは結界で弾きつつ、リカにどんどん近づいてきた。
 「返して?」
 マナは手から神力の雷を出し、リカを失神させに来る。
 雷が怪我で動けないリカを容赦なく貫いた。
 「ぎゃああ!」
 リカは悲鳴を上げ、血を吐く。
 神力の逆流……、マナがリカ内にあるアマノミナカヌシの神力を無理やり外に出そうとしていた。自分の神力でリカの中にある神力を引っ張っているのだ。
 「うっ……ひっ……」
 リカは自分の血の量に恐怖し、涙を浮かべる。
 「失神しなかったの?」
 マナはさらに神力でリカを貫く。リカは身体中が切り裂かれ、血を流し、悲鳴を上げた。
 「殺すつもりはないの。その邪魔な力だけ私に返して?」
 マナはさらに電撃のような神力をリカに浴びせる。
 リカは慌てて結界を張り、雷撃を防いだ。
 「……こんなことに……なるなんて……」
 リカはつぶやきながら、どうすれば良いか考える。
 ……マナさんを『拘束』するには……。
 リカは酷い傷を負いながら立ち上がり、槍を構えた。
 ……マナさんのこの力を……
 「取り込むっ!」
 リカは無意識にマナから発せられた神力を取り込んだ。
 不思議と真逆の力のような気がし、気持ち悪い。
 身体中でそれは暴れ、リカを傷つけ始めた。
 「うっ……がふっ」
 リカは血をさらに吐き、霞む瞳でマナから発せられる神力を吸収し続けた。
 「あなた、死ぬよ? 私の力なんて取り込んだら。あなたは私から生まれたけど、私の力は真逆の力。私があなたの力を取り込んでもなんともないけど、あなたはそうではない」
 「笑ってられるのも……今のうちだから……」
 リカは血にまみれながらマナの力を吸い続ける。
 そしてマナの力を放出したかに見せて、自分の神力の槍をマナに放った。
 「私の力で槍を作っても私の力だから吸収するわ……」
 マナが途中で言葉を切った。
 「ちっ!」
 マナが舌打ちした刹那、周りを覆っていたマナの神力が解かれ、リカの神力のみの槍が勢いよくマナを突き刺した。
 「良くこんな……ことが思い付いたわね……。アマノミナカヌシがまた……邪魔を……」
 そうつぶやいたマナは口から血を漏らし、光に包まれ、その場から消えた。
 「……勝った……。マナさんは……また当たり前のようにきっと……現れる。死んでないことは……わかる。……でも、私はちょっと……ヤバい……かも」
 リカはそのまま気を失ってしまった。

最後まで戦え

 サヨは転がっていたプラズマと冷林を止め、ルナに抱きついた。
 「ルナ! やったんだよ! あんた! お姉ちゃんの言ったこと覚えてたんだね! あんた、やっぱ賢いわ!」
 「お、お姉ちゃん! ルナはちゃんと覚えてた! プラズマが助けてくれた!」
 ルナはにこやかに笑いながらプラズマを仰いだ。
 「え~……それより、サヨ……」
 プラズマが盛り上がるサヨを止め、重要なことを尋ねる。
 「なんかあったんじゃねーの? あちこち切り傷……。こんな調子だと更夜からお仕置きだぞ。あの男が大好きなお尻百叩きの刑なわけだ」
 「あ~……首突っ込んだわけじゃないんだけどー、リカがワイズに消されそうだったから、現世に連れてって守ったんだよん。それの怪我。なんか、神力が刃物みたいに刺さってきて、変な感じだったわ~。てか、おじいちゃんはほとんどお尻なんて叩かないんだから! 私は三回くらい……やられたか? ま、まあ、あたしやルナが世界を脅かしたり、消滅するようなことをした時だけ、マジで怖いから!」
 「今回、対象だな。サヨ。神力、わけてやるよ。俺も限界に近いんで、たいしてあげらんないが……。あんまり無理すんなよ」
 プラズマがサヨの手を取り、傷口に神力を送った。
 「あ、ありがと。おじいちゃんは子供のお仕置きの仕方がわかってないから、全部お尻百叩きになんだよね~。ゼロか百だからね、あのひと。あたしは子供じゃないから、今回はなにされっかなー。ビンタだったらどうしよう、プラズマくん!」
 サヨはわざと潤んだ瞳でプラズマを見た。
 「そりゃ、ないだろ。俺はな、あいつにそれはただの暴力だと言ったんだ。もうやらないさ。そんなことをやるタイプじゃないだろ? あの男は気性の荒さを出さずにあんたらの相手をしているんだ。あの男は立派だよ。親がどんな存在かも知らないのにさ」
 プラズマの言葉にルナが目を伏せた。
 「おじいちゃんって、怖いんだね。本当は……」
 「そんな怖がるなって。ルナのパパみたいなもんだろ? ああ、ママっぽくもあるか。とりあえず、親だ! ルナには優しいじゃないか。大切に思われてるんだ、安心しろ。な?」
 プラズマに言われ、顔を上げたルナは小さく頷いた。
 「で、ワイズはどこに? リカは?」
 プラズマが再びサヨに視線を戻す。
 「ああ、よくわかんないけど、プラズマが出てきたら、驚くくらい素直に消えた」
 サヨの言葉にプラズマは唸った。
 「怪しすぎる。まあ、とりあえず、あんたらは大人しくしてろ。後は俺と冷林がワイズを罪に問う。まあ、相殺される未来がみえるがな。剣王を殺しに行った更夜の罪で。つまり、誰も罰を受けない」
 「そうなるわけね~、やっぱ」
 サヨが頭を抱え、プラズマは冷林に目を向ける。
 「冷林、高天原会議を開く。今回は月と太陽も呼べ。リカが現世にいるようだ。リカも探すぞ」
 プラズマに命じられた冷林は素直に頷き、ツルを呼ぶ。
 「よよい、お呼びかよい!」
 ツルは相変わらず高速で来た。
 「リカを探して高天原まで行ってくれ。駕籠に乗るのは俺と冷林だけだ。……サヨ、ルナを連れて更夜の家に戻って休んでろ。すぐ戻る。怪我をしてるんだ、あんまり動くなよ、更夜が心配する」
 プラズマはサヨにそう言うとすぐに、冷林を連れてツルが引く駕籠へ入っていった。
 「では、よよい!」
 ツルは美しく飛び上がると、宇宙空間に消えていった。
 「プラズマって、本当に頼りになるよね。ルナ、上に立つっていうのはさ、けっこう難しいんだよ。だから、ルナはプラズマみたいになるんだ。……人間時代に皇族だったのわかるわ」
 「んん?」
 ルナはわかっていないようだった。
 「まあ、いいや。じゃあ、帰ろ……」
 サヨが言いかけた時、目の前に海辺の空間が開いた。
 「な、なに?」
 ルナが戸惑いながらサヨを見、サヨは海を見て目を見開いた。
 「ここ……過去で行った海じゃん。な、なんでここで?」
 「……あ……リカが」
 ルナがつぶやき、サヨは眉を寄せる。
 「リカが傷だらけで倒れてる!」
 ルナは過去見か未来見かでリカの状態を見抜き、叫んだ。
 「なんだって! なんでリカがこの中にいるわけ? あたし、現世に送ったんですけどぉ! と、とりあえず、助けに行こう!」
 サヨはそこまで言ってから、少し考えた。これは危険なことなのではないかと。
 この海辺にいたのはスサノオだ。
 「どうしよう」
 「お姉ちゃん、ダメだったら過去戻りで戻ろう!」
 「そんなに多様しちゃダメ! よく考えなきゃ」
 「でも、空間が閉じちゃう!」
 ルナが目の前の空間を指差す。空間は徐々に小さくなっていた。
 「……行こう……」
 サヨは決断をし、ルナと共に空間へと足を踏み入れた。
 「ああー、マナがやられたから一部穴が開いたか。そんで、事情通な方の姉妹が来るってか?」
 静かな海辺に立つスサノオは物語の終わりを感じていた。
 「ようやく終わるな。ちょっと前の俺はまだ、過去の三柱を追い払ってんのかね」
 海原に今までなかった風が吹く。
 「ほら、スサノオがいる……」
 サヨの震える声を聞いたスサノオは深くため息をついた。

二話

 「さてと……こっちは俺の目的もなにもかも知ってるあいつらなわけだ」
 スサノオが威圧を込めつつ、サヨ、ルナを見た。サヨは不意打ちの失神を防ぐため、結界を辛うじて張り、神力を回避した。
 「せっかく来たんだ。この異界で消滅し、ワールドシステムに取り込まれればいい」
 スサノオは口角をあげながら、神力を向ける。
 サヨはスサノオの神力を再び、危なげに結界で弾き、どうするか考えていた。
 「お、お姉ちゃん……あの神怖い」
 後ろでは、ルナが萎縮しながらサヨを見ていた。結界を張りつつ、サヨは様々なことを一気に考え、一つだけ良いやり方を思いつく。
 「ここは弐だ。なら、Kの能力を使う! 弐の世界管理者権限システムにアクセス……『排除』!」
 サヨはスサノオを弐の世界から外に追い出そうとした。
 しかし、そううまくはいかなかった。
 「『拒否』」
 スサノオはKではないはずなのに、なぜかシステムにアクセスした。
 「嘘……。『排除』!」
 「『拒否』」
 「くっ……『排除』!」
 「『拒否』」
 「……なんで……」
 サヨは動揺しながら、慌てて結界を張る。今回は少し結界が遅れ、サヨの体を鋭い神力がかすっていった。
 「おねえ……ちゃん……」
 ルナが不安げな声をあげる。
 サヨは息を吐くと、もう一度、スサノオを見上げた。
 「なんで、『排除』されないの?」
 「俺は『K』ではないが、システムの理解はできてんだ。『K』の言葉を弾くくらい簡単よォ」
 スサノオは笑いながら、手から剣を出現させた。
 「残念だったな。ふたりまとめて『削除』か?」
 「くっ……」
 「まあ、俺は女や子供を切り刻む趣味はねぇんで、一撃できめるぞ」
 「やばい!」
 サヨはルナをかばいながら冷や汗をかいた。
 刹那、スサノオの後ろからおぼつかない足取りで血にまみれたリカが現れ、半分意識のない状態で手をスサノオに向けた。
 「アマノミナカヌシが命じる……『消えろ』」
 リカの頭に電子機器のシャットダウンボタンが現れ、アマノミナカヌシの神力がスサノオを貫いた。
 「なんだ! ……ちっ!」
 スサノオはリカの言葉通りにその場から消えた。
 リカはスサノオがいなくなったのを確認すると、そのまま血を吐いて砂浜に倒れ、意識を完全に失った。
 「……え……。り、リカ!」
 サヨとルナは戸惑いながらリカに近づく。
 「リカ!?」
 「ひっ……」
 サヨがリカを抱き起こし、ルナは怯えた顔でリカを見ていた。
 「リカ……」
 サヨが息を飲んだ時、目の前に紫の長い髪をした、高貴な雰囲気の水干袴を着た男が表情なく現れた。
 「もう、なんなの! あんた誰? 敵?」
 サヨが困惑しながら叫んだが、男は首を傾げていた。
 「僕はツクヨミ。アマノミナカヌシのリカは死んだの?」
 物騒な事を淡々と言う男にサヨもルナも固まる。
 「敵じゃないわけ? 襲ってこないの?」
 「敵? よくわからないけど、戦いは終わったみたいだね。そのうち海神が来るから、向こうに返してくれるさ。……今回の戦いも見させてもらったよ。じゃあね」
 ふたりはワダツミのメグにそっくりな話し方をしているツクヨミを呆然と見つめる。固まっている内にツクヨミは消えており、代わりにメグが現れた。
 「ああ、またここにいるの? リカは生きてる?」
 淡白なメグにサヨはどう答えるか迷っていた。
 「まあ、いい。元の世界に返してあげる。私はここに入った魂を外に出す役目だから」
 「え……」
 サヨとルナが同時に戸惑っていると、メグはサヨ、ルナ、リカをふわりと浮かせた。
 「では、サヨの心の世界まで送る」
 「え……? ちょ、ちょっとまっ……」
 サヨはメグに声をかけるが、メグは止まらずに進み始めた。

三話

 プラズマと冷林はツルが引く駕籠に乗り、現世に入った。
 プラズマは霊的着物からもとに戻り、神力を消耗しないようにする。
 現世に入ってから必死にリカを探した。
 もう暗くなってきている。
 夕日がなくなればリカの捜索は困難だ。
 「リカ、いないな……。現世のどこにいるかもわからない……」
 プラズマがそう呟いた時、ツルが思い出したように口を開いた。
 「ああ、そういえば、そこらの木に引っ掛かっていた彼女を救出し、高天原西に送ったよい?」
 ツルの言葉にプラズマは頭を抱える。
 「なんだって! 早く言えよ……。じゃあ高天原西に向かえ!」
 「そんな必死にくるなよい! 誰にも見つからずに行けだかなんだか言われたんで、守秘かどうか迷っただけだよい」
 「あ、ああ、悪かった」
 ツルの言葉に素直にあやまったプラズマは、考える。
 ……リカ、何をしていたんだ?
 どういうことかわからないプラズマはとりあえず、西の剣王領に向かう。高天原会議まで時間があまりない。
 少し前、冷林から見えた未来見で、剣王に喧嘩を売ったらしい彼らの心配も始める。
 「栄次、更夜、アヤ……無事でいてくれ……」
 ツルは高速で高天原西にたどり着いた。剣王の城、天守閣付近におろされ、プラズマはツルにその場にとどまるように言ってから、冷林を連れて走り出した。
 「ああ、お前が例のアイツか」
 行き道で更夜にそっくりな銀髪の男に出会った。
 「……?」
 プラズマが眉を寄せたので、銀髪の青年は丁寧に自己紹介を始める。
 「わたくしは、厄除け神、ルルの夫で、武神の望月 逢夜(おうや)と申します。更夜は弟です。お初ですね。……では、あなた様のお名前をお聞かせくださいませ」
 逢夜が丁寧に名乗ったので、プラズマもとりあえず、丁寧に名乗る。
 「……更夜の……。失礼いたしました。わたくしは時神未来神、湯瀬紅雷王でございます。更夜のお兄様でございましたか。失礼をいたしました。それで……申し訳ございませんが……ひとつ、確認をさせていただきたい。……なぜ、西に?」
 プラズマの発言に逢夜は軽く笑った。プラズマは逢夜が本来、東にいる神だと気がついている。
 「いやあ、鋭いですね。雇われです。剣王と戦う前に、本当に西に入れるかを試験する役目で、こちらにおります」
 「なるほど……更夜を巻き込むつもりか」
 プラズマが一言発した時、逢夜は一瞬真顔になったが、すぐにもとに戻った。
 「さすが未来神。俺達のこれからを占ってくれないか? ……なんてな」
 「占いは幕末からやめたのだ。慶喜の逃げる手伝いをしてからな」
 「ほー、徳川家か。江戸に入る前に俺は死んでるからな。平和な時代を願う」
 逢夜の言葉にプラズマは少しせつなげな顔をした。
 「人間だったのだな。戦死か。妻がいるならば……再び戦に入り込む事もないのではあるまいか……。更夜もそうである。あの男も戦国が抜けておらぬ。我はこういう人間を見た時いつも、安徳帝を思い出すのだ。あの子は徳子と……いや、もう終わった話だ。では……失礼する」
 プラズマは逢夜に軽く挨拶をすると、歩き出した。
 「あんた、ずいぶんと神力を消耗しているようだな。話し方も時代も『戻っている』んじゃないのか?」
 「ああ、もう限界だよ……。冷林、行くぞ」
 プラズマは息を吐くと、剣王の城に入っていった。冷林は逢夜に頭を下げ、プラズマを追った。
 「人間の霊が神になると厄介なんだ……。データ通りに動かないからな。だから、丁寧に言ったわけだが、話し方の時代が戻っちまってた。『前の神力』が……出てしまいそうだ……。まずいな」
 プラズマの言葉に冷林は心配そうな雰囲気を出す。
 プラズマ自体、前の神力がなんなのかわからないまま発言していた……。

四話

 プラズマは目を見開く。
 異質な神力がする方へ向かい、開いていた門から中に入った。
 直後、血塗れの栄次、気を失っているアヤが見えた。
 「おっ、オイ!」
 プラズマは慌てて辺りを見回し、異様な雰囲気の更夜と剣王を見つける。
 「どうなっている……」
 「プラズマ!」
 栄次が気がつき、アヤを抱えてプラズマの元へとやってきた。
 「解放された……のか?」
 栄次はプラズマがここに来るとは思っていなかった。
 「ああ、助かった……。アヤは……?」
 「気絶している。剣王の神力を削るため、アヤに神力を沢山使わせてしまった。……すまぬ。死ぬ寸前までいった……。申し訳ありません、紅雷王様」
 栄次が頭を下げ、プラズマは目を伏せた。
 「助けてくれてありがとう。……栄次には感謝をしている。……だが……」
 「……申し訳ありません」
 「剣王に喧嘩を売るのは不当だと気がつかなかったのか。アヤが死んだらどうなるか、わかるだろう。俺自身の問題ではなく、世界が壊れてしまうんだ。この子はそういう存在だ。800年生きていて現代神の重要性がわからないのか」
 「申し訳ありません。わたくしの責任でございます」
 プラズマの注意に栄次は頭を下げ続けた。
 「……おそらく、更夜が突っ走ったのだろうが……あんたは止めるべきだった」
 「……はい」
 栄次の返事を聞いたプラズマは栄次の肩を軽く叩き、息を吐く。
 「……なあ、栄次」
 「はい」
 「ありがとう。アヤと更夜を守り、俺を救ってくれた。俺のメッセージもうまく受け取ったようだな。……栄次……あんたが横にいないと俺は皆を守れない。だから、いつも頼りにしているよ」
 プラズマは栄次にそう言うと、更夜と剣王の元へと向かった。
 「プラズマ! 高天原会議には俺も出よう。神力がほとんどないではないか……」
 「ああ、頼む。すまない」
 プラズマは栄次に一言言うと、更夜と剣王を見据え、鋭く言った。
 「もう戦うな。今から高天原会議を開く」
 プラズマの声に更夜が素直に退いた。更夜は余計なことを何も言わなかった。プラズマが不利になるようなことは頭の回転の早さから言わないのである。
 「なんで罪神が外に出ているわけ~?」
 剣王はよろけながら起き上がり、プラズマをうんざりした顔で見据えた。
 「なにを言っている、剣王。我の封印が不当だと抗議に来た時神を殺そうとしていたではないか。そちを罪に問う。高天原会議に出るのだ」
 「ふ~ん、そうくるかぁ。こいつらが喧嘩を売ってきたんだがねぇ」
 プラズマの発言に剣王は軽く笑う。
 「こちらは冷林が味方だ。ゆるりと話し合おうではないか」
 「……ふっ。アマテラスの神力が濃厚に出ているぞ。隠された神力が出るとは、相当体力を消耗しているようだねぇ。平和主義の戦嫌いの神力。懐かしいなあ」
 剣王の発言にプラズマは眉を上げた。
 「おや、気がついてなかったかぁ~、いやあ、悪かったねぇ。まあ、いいや。高天原会議に出席する。今回はちょっと楽しかったよ~。ああ、望月更夜、それがしの軍に入らない?」
 剣王は軽く笑いながら更夜を見る。
 「入るには修行が足らないと感じました。また来ますので、その時はお手柔らかに」
 更夜は剣王に否定的な言葉を全く使わなかった。
 「はははっ。賢い男だなぁ」
 更夜はこの一言が罠だとすぐに気がついた。表の目的は剣王軍に入るための試験を受けに来たので、「入らない」と言ってしまうと喧嘩をこちらから吹っ掛けただけになってしまう。
 剣王は戦況を急にひっくり返すので、会話は気を付けなければならない。
 「……では、こちらへ」
 プラズマが丁寧に剣王を連れていく。
 「更夜」
 プラズマは更夜を呼んだ。
 「はい」
 更夜はプラズマに頭を下げ近寄る。
 「……やりすぎだ。サヨといい無茶をするな……。無事で良かったよ。……リカがな、見つからないんだ。俺と栄次は高天原会議に出るから……リカを探してくれ……」
 「……わかりました」
 「ああ、それから……サヨとルナはうちに帰らせた。帰り道に何かしてなければ無事だよ」
 「……良かった……」
 更夜は一瞬目を見開いた後、安堵した顔になった。
 「リカを探してくれ。彼女も無理をしているのかもしれない」
 「わかった。必ず見つける」
 更夜の言葉を聞いたプラズマは朦朧とした意識のまま、栄次を連れ、ツルの待機場所へと歩いて行った。

最終話

 プラズマと栄次は鶴が引く駕籠に乗り込む。剣王は自ら専用駕籠で飛び立って行った。
 「栄次、アヤに神力を渡せ。アヤが死ぬぞ」
 プラズマが栄次の腿に横たわるアヤの様子を見ながら言った。
 「……ああ。俺の神力を半分与える」
 栄次がアヤの腹に手を置き、神力をアヤに送る。
 「彼女に不安を与え、弱らせるとは、かわいそうにな」
 プラズマが言い、栄次が目を伏せた。
 「ああ、最低だ」
 「彼女は争いを好まない。怖がりで優しすぎる」
 「ああ……」
 栄次が落ち込んでいるので、プラズマは栄次の肩を軽く叩いた。
 「次こんなことが起きたら、更夜を殴ってでも止めるんだ。アヤはなぜか産まれてから浅く、空白の年代がかなりある現代神だ。この子は二十七年目。じゃあ残りの千年以上の年代は現代神がいなかったのか? ってことになる。そんなわけないさ。カラクリがある」
 「ああ……歴史神ナオに歴史の確認をさせた方が良さそうだな」
 栄次の言葉を聞きながら、プラズマは埋め込まれている窓から外を覗く。夕日が窓に反射し、夜と昼が共存しているかのような不思議な時間帯が訪れていた。
 北の冷林の城である高層ビルが堂々と建っている。まわりはなにもない。砂地で砂漠のようだ。
 北の面々は皆、現世にいるため、まわりに家はないのである。
 「まあその話は後だ。今回は勝ちか同等に持ち込むぞ」
 「ああ」
 栄次がプラズマにも少し神力をわけ、プラズマが突然倒れないよう、調整を始める。
 「今回は太陽もいる。天津はアマテラスの関係だ。サキに同意する。月はおそらく傍観。冷林は不当な罰を証明し封印世界から俺を救った。だから、冷林はこちら側。それで、東と西は孤立だ。ただ、ワイズは証拠がないため、問い詰められない。と、いうことで剣王を捨てるかな」
 「剣王に関しては、俺達が喧嘩を売ったようなものだ。故に、痛み分けか」
 「そう。この会議は誰も罪にならない事を確認するだけの会議だ。意味ないんだ」
 鶴は冷林のビルの前で栄次とプラズマをおろした。プラズマは鶴にアヤを任せ、影の薄い冷林はふわりと浮きながらふたりの後ろをついていった。
 
※※

 一方、望月更夜は兄の逢夜に会っていた。
 「お兄様、リカを探しております。見かけたら……」
 「そこまでボロボロになりながらも、剣王に勝つとはな」
 逢夜は更夜の状態に苦笑いを浮かべた。
 「それより、リカです。見ませんでしたか?」
 「リカ……三つ編みの子か。弐の世界に行くとか言って去っていったぜ」
 「……弐? いつの間に弐に……」
 更夜は眉を寄せる。
 「んじゃ、俺は勤務時間終了なんで、妻のとこへ帰るぜ~。今日は久々に興奮したからな、疲れちまった。かわいい嫁を沢山かわいがって、疲れを飛ばすことにしよっと。お前、はるとはどうなんだ? 凍夜に逆らってあの下女と一緒になること、決めたんだろ?」
 逢夜は突然、目を細め、尋ねてきた。更夜は眉をさらに寄せ、目を伏せる。
 「死後、一度も……会っておりません」
 「そうかい。そりゃあ残念だ」
 逢夜はそれだけ言うと、夕日を背に去っていった。
 更夜ははるの優しい顔を思い出してから、死んだ後の彼女の顔を思い出す。激しい憎悪、後悔が更夜を包んだ。
 ……望月……凍夜……。
 「……リカは弐にいるのか。サヨを呼ばなくては……」
 更夜は気持ちを落ち着かせ、サヨに連絡を入れる。
 スマートフォンは先程の戦闘で原型をとどめていなかったため、テレパシーで通話することにした。
 「サヨ、無事か」
 更夜が声をかけると、サヨが驚いた声で叫んだ。
 「おじいちゃん!?」
 「デカイ声を出すな。耳が痛い。それで、無事なのか?」
 更夜に尋ねられ、サヨはやや言葉に詰まってから答える。
 「ああ~……あたしらは無事なんだけど……リカがね……酷い怪我してて、応急措置はしたんだけど……あ、ワダツミのメグって子が……」
 「とりあえず、家にいるのか?」
 「え、うん」
 「家の門を開いてくれ。今すぐ帰る」
 「わ、わかった」
 動揺しているサヨを落ち着かせ、更夜は弐の世界の門をくぐっていった。

二話

 高天原会議には、東西南北、太陽、月が集まった。太陽の姫、サキは夜の間はレジャー施設、竜宮に泊まる事で来ることに合意したようだ。
 話はプラズマが予想した通りに終わり、誰も罪にならなかった。
 会議がお開きになる直前、更夜から緊急の電話がプラズマに入る。
 「会議の最中に申し訳ありません。リカが大怪我をしており、神力の低下が激しいです。会議が終わりましたらすぐに、こちらにいらしてくださいませ。……焦らなくていい。プラズマ、応急措置をして命は繋いでいる。サヨを迎えに行かせるから、終わったら教えてくれ」
 「……」
 更夜の電話を聞きながら、プラズマは顔色を青くしてから、怒りをつのらせた。
 「誰だ……。リカを瀕死にしたやつは……。ここにいるんだろう? 誰だっ!」
 プラズマは会議室にまだ残っていた面々に叫んだ。
 「誰なんだ。リカを攻撃したやつは……。リカが瀕死だ。お前らだな……」
 プラズマは最後まで残っていた剣王とワイズに言い放った。
 「さあ? なんの話か、それがしはまるでわからないねぇ……」
 「さっぱり何の事を言っているんだかわかんねーYO」
 剣王とワイズは首をかしげ、さっさと部屋から出ていった。
 「どうした? プラズマ……」
 栄次が心配し、声をかける。
 「……リカが見つかった。何をしていたかわからないが、大怪我をしているようだ……。なあ、なんか知ってんだろ? ワイズ」
 プラズマは今度、直球でワイズに声をかけた。
 「知らねーYO。てめぇの部下はてめぇで管理しろYO」
 「あんたら、リカを消そうとしていたな……。俺を封印したのもそうだったんだろ?」
 プラズマは怒りを抑えつつ、剣王とワイズに問いかけるが、ふたりはプラズマの問いには答えず、手を振って去っていった。
 「……話は終わってねーんだよ……」
 「プラズマ……。紅雷王様、それよりもリカの状態を確認しましょう」
 栄次の発言にプラズマは拳を握りしめ、怒りに任せて栄次の胸ぐらを掴んだ。
 「それよりもだと!? 俺をここまで痛め付け、時神に深い傷を負わせたアイツらの罪をこんな痛み分けで終わらせろってのか!」
 「……怒りをぶつける相手を間違えるな! いつもの冷静さを取り戻せ。悔しいのはわかる。だが、今、お前がアイツらに怒りをぶつけ、お前が罪に問われれば、俺達はどうなるのだ。皆がお前をどういう気持ちで助けに行ったかをよく考えろ。お前は頭だぞ」
 栄次に言われ、プラズマは目に涙を浮かべうなだれる。
 「……悔しいよ、俺は……。千年……生きたのによ、アイツらの神力にまるでかなわない」
 「……プラズマ……。今回は勝ちだ。俺達全員の力で剣王を負かし、お前を救えた。泣くのはかまわないが、リカもアヤも重症だ。更夜もだ。手当てをせねば」
 「……ああ」
 落ち込んでいるプラズマに寄り添うように冷林が辺りを浮遊していた。
 「冷林、お前も来るのか?」
 栄次が代わりに尋ねる。冷林は一生懸命に頷くと会議室から出ていった。

※※

 アヤを抱えた栄次、プラズマ、冷林は鶴の駕籠で現世に行き、自分達の家の前で降ろしてもらった。
 家の前にはサヨが立っており、アヤの様子、プラズマの様子、栄次の怪我を見た後、冷林を抱きしめた。
 「やっぱかわゆ~い! ……じゃなかった。急いで来て!」
 サヨは弐の世界内の自分の世界を出すと、慌てて栄次、プラズマを押し込む。
 あっという間に白い花畑の世界にたどり着き、急いで目の前の一軒家に入っていく。
 「来たか」
 更夜がすぐに迎え、不安げなルナとスズがこちらの様子をうかがっていた。
 プラズマと栄次は更夜に廊下で迎え入れられ、そのまま畳の部屋の一室へ案内される。畳の部屋の端で布団の上に包帯を巻かれたリカが寝かされていた。
 「リカ……」
 「……落ち着いてくれ。彼女は今、眠っている。損傷は酷いが、致命傷はないようだ。何か鋭利な刃物……鋭い神力で切り裂かれたような傷が目立った。勝手ながら服を切って、とりあえず、止血をし、手当てをした。傷が残らなければいいのだが……」
 戸惑う栄次とプラズマに更夜は安心させようと言葉を選び、説明した。その後、布団をもう一枚横に敷き、アヤを寝かせる。
 「そうか。アヤの神力が戻れば巻き戻しが……」
 栄次がそう言いつつ、アヤに掛け布団をかけてやる。
 「栄次、お前も手当てだ」
 「更夜、お前は……」
 「俺は応急手当てはした。サヨ、お前もだ。怪我をしているだろう?」
 更夜はサヨを見、サヨは顔をひきつらせた。更夜が手当てに入ろうとした刹那、冷林が神力を過剰に放出し、アヤへ向けた。
 「冷林?」
 プラズマが冷林の行動に眉を寄せる。冷林の神力は柔らかく、アヤを包んでいく。
 「……冷林……まさか神力を……」
 プラズマに冷林は小さく頷いた。
 「あんたはアヤに神力を与えたらダメだ! あんたは高天原北のトップだ! あんたに所属してる神は俺達時神だけじゃない! あんたが疲弊したらダメなんだよ!」
 プラズマに言われても冷林は首を横に振った。
 「ダメだ! 今すぐやめろ! 安徳帝!」
 プラズマが叫び、冷林の中で水干袴の子供がホログラムのように現れ、こちらを向いた。
 「安徳帝だとっ!」
 更夜が反応し、サヨが目を見開いた。
 「安徳帝……平家物語の有名どころ……まわりの勝手で天皇にさせられ……祖母、時子と入水して死んだ……あの八歳の男の子……?」
 サヨがつぶやき、プラズマは頷いた。
 「ああ、そうだよ。数え年八歳な。地域信仰だった魂宿る林の神、縁の神と安徳帝の魂の一部が冷林を作ってる」
 プラズマは冷林を止めようと動くが冷林は神力の解放をやめない。
 「やめろって! 俺は時神をまとめるので精一杯なんだ。あんたが倒れたら……」
 そうプラズマが言いかけた時、アヤが目覚めた。
 「うっ……」
 アヤが目覚めたと同時に冷林が倒れた。リカにも神力をわけていたようで、神力を異常に消耗したらしい。
 「冷林っ!」
 プラズマが落ちていく冷林を受け止める。
 「え……えっと……何があったわけ?」
 アヤの震える声が静かな部屋に響いていた。

三話

 「話すと長くなる」
 プラズマがアヤに言い、アヤは目を見開いた。
 「プラズマっ! あなたなんで……」
 アヤは目に涙を浮かべ、プラズマを見上げる。
 「皆が俺を救ってくれたんだ。泣くなよ、アヤ。ありがとう」
 「私は……栄次と更夜を巻き戻すのに必死で……リカを……ひっ! リカ!」
 アヤは隣で寝かされていたリカに目を向け、リカの傷に震えた。
 「栄次も更夜も……サヨも……怪我をっ! 私はあの後、倒れたのね」
 アヤが目を伏せ、栄次は謝罪した。
 「すまない。アヤ。俺はお前に神力を過剰に使わせた……。本当に申し訳ない」
 栄次の謝罪を聞いた更夜もアヤに謝罪する。
 「……悪かった。ルナの事で頭がいっぱいだったんだ。俺がやった事はただの復讐だ。すまない」
 「私もあなた達に同意したのだから、いいのよ。自分の神力以上の力を使ってしまったことは、私の未熟が原因なの。まだ、神力の上限がよくわからないから、仕方ないわ」
 アヤの発言にプラズマが眉を寄せた。
 「仕方ない? そんなわけあるかよ。よくねぇよ。あんた、死にかけてんだぞ。これはな、そんな軽い問題じゃねぇんだよ。あんたな、自分が消滅したらどうなるか考えてるか? 現代の管理者が消えたら、世界が滅ぶかもしれないんだ」
 「……そうよね。ごめんなさい」
 プラズマに睨まれたアヤは怯えながら、うなだれた。
 「……アヤが無事で良かったよ。こっちは世界の仕組みじゃなく、俺個人の気持ちだよ、アヤ」
 プラズマは冷林を抱いたまま、倒れこむように横になった。
 「俺の大事な仲間が……誰も欠けなくて良かった……。俺を……助けてくれて……ありがとう」
 プラズマは切れ切れに言葉を発すると意識を失った。
 「プラズマ!」
 「アヤ、紅雷王は神力を使い過ぎ、気を失った。彼はしばらく目覚めない」
 アヤが悲鳴に近い声をあげたので、栄次が冷静に説明をする。
 「そんな……」
 「冷林も気を失った。リカは怪我をしている故、休養だ。今はゆっくり休むのだ、アヤ」
 「……わかったわ」
 栄次に布団に戻されたアヤは大人しく目を閉じた。
 一方リカは深く眠っていた。
 しばらくして、栄次と更夜が何かを話している声が聞こえた。
 「紅雷王は優しすぎる。お叱りだけですんだとはな。更夜」
 栄次がため息混じりにつぶやく。
 「俺達があそこで剣王を抑えていたからルナが紅雷王を助けに行けたことをあの男はわかってるんだ」
 更夜は軽く笑いながらお茶をすする。そのうち、ルナの声が聞こえ、スズの声が聞こえ、更夜の優しい声が聞こえる。
 「ねぇ、リカ、包帯変えるよ?」
 次にサヨの声がする。
 「少しずつ時間を戻しているのだけれど、なかなか傷が塞がらないの」
 アヤの声もする。
 リカはまどろんでおり、たまに光が見えた時に誰かの声が聞こえた。自分がどれだけ眠っているのか、もうわからない。
 「リカ、一体、誰にやられたんだ? ワイズか? それとも……」
 プラズマの声が聞こえた。
 「マナか?」
 プラズマがつぶやいた時、リカは目を覚ました。
 マナの単語に過剰に反応したリカは飛び起き、心配そうに覗きこんでいたプラズマを押さえつけ、背後に光の槍を多数浮遊させる。
 「り、リカ!?」
 プラズマの困惑した顔にリカの涙が落ちた。
 「殺さなきゃ……マナさんを殺さなきゃ……マナさんはデータに逆らってる……だからっ……」
 「どうなってんだ……? しっかりしろよ、リカ」
 プラズマは仕方なく神力を放出し、リカを平伏させた。
 「マナさんは……こうやって私の邪魔をする。私を殺しに来る! ……はっ!」
 リカは唐突に我に返り、なぜプラズマに平伏させられているのかわからなかった。
 「……プラズマさん……やめて……プラズマさんも私を殺そうとするんですか?」
 プラズマは慌てて神力の放出をやめた。
 「ご、ごめんな。違うんだ。リカが混乱してて俺を殺しにきたから落ち着かせようとしただけなんだ」
 「……?」
 リカは頭を整理する。
 しばらく、固まった。
 何をしていたのか思い出せない。そもそも、プラズマは当たり前に横にいたか?
 「……」
 リカは頭を悩ませる。
 気がつくと、服が薄ピンク色の寝巻きに変わっており、寝かされていたのか布団が敷かれていた。腕には包帯が巻かれ、障子扉に畳の部屋で自室ではないことがわかる。
 「……」
 わけがわからなくなり、勝手に涙が溢れた。
 プラズマは動揺しながら背中をさする。そのうち、時神達が集まってきた。
 「リカ!」
 アヤが涙を浮かべながらリカの手を握り、更夜がどこか安堵の表情を浮かべた。
 「目が覚めたか! リカ」
 栄次が駆け寄り、続ける。
 「お前は一ヶ月ほど目を覚まさなかった」
 「え……」
 「そうだよ。私と更夜とサヨさんが毎日お世話したんだよ」
 スズが更夜の後ろから声をかけた。
 「大丈夫? 目を覚まして良かったよ。あたしは心配で夜覗きに行っちゃったし」
 「スズ……?」
 「何か食べられそうかな? ルナがね、更夜からお仕置きされてて今、じゃがいも一ヶ月禁止なんだって。だからじゃがいも料理にすると、ルナがキレるよ」
 「スズ、じゃがいも関係の言葉禁止ー! お尻百叩きのが良かったあー!!」
 スズの横でルナが怒鳴る。
 「ルナ、お前がこの件が終わったらお仕置きしてくれと頼んできたんだぞ。俺は許していたんだが。お尻叩きは効かないだろ。百回ぶったたいてもケロっとしやがって。百叩きは重刑なんだが、お前にはじゃがいも抜きのが効くようだな」
 更夜の言葉にリカは少しだけ緊張を解いた。
 よくわからないが、更夜がいつもの雰囲気だ。ルナとスズの言葉にもリカは落ち着いた。
 「じゃがバター! こふきいも! ポテトチップス! ポテトサラダァ!」
 「ダメだ。後三十分だ。我慢しなさい」
 更夜はルナを抱え、ルナのお尻を一発叩いた。
 「じゃがいもォォ!!」
 「……えーと……何が?」
 「まあ、色々とな。説明するよ」
 プラズマが代わりに言い、アヤが口を開いた。
 「あのね、あなたは一ヶ月眠っていたの。怪我をしててね、覚えているかしら?」
 「……んんー」
 思い出しているとサヨが部屋に入ってきた。
 「ただいまー。学校早帰りー。リカは? って……リカ!」
 サヨはリカが起きていたので駆け寄る。
 「大丈夫? ワイズに襲われて、スサノオと戦ってからおかしくなってない?」
 「スサノオ……」
 リカがつふやくと、更夜の顔色が変わった。
 「なんだと? サヨ! お前、戦闘になったとは言ってなかったよな? ……なんだ? もう一柱戦闘になったのか?」
 ワイズにやられたことはサヨ達が過去戻りをしたため、時渡りのの禁忌がバレるから罪に問えなかった。それは更夜に報告済である。だが、スサノオと戦い危うく殺されかけたことは言っていない。
 「げっ、ヤバイ! 思わず言っちゃったわ……」
 「サヨ! 俺に黙っていたのか? どうなんだ? サヨ!」
 サヨは更夜の鋭い声に萎縮し、うつむいた。

四話

 「更夜、怒るな」
 栄次が更夜を止めるが、更夜はサヨを睨み付けている。
 「なんでお前はそうやって戦の渦中に入ろうとする! Kの自覚が足らないのだ! お前は頭のよい子だと思っていたが、もう二回目だぞ! サヨ!」
 「ご……ごめんなさい……」
 「あやまって済むか! この馬鹿者!」
 「だから、本当にごめんなさい!」
 サヨは更夜に怯えつつ、謝罪を繰り返す。
 「なぜわからない! お前はルナか? 幼い子供か? 言ってもわからねぇガキのようにお仕置きすりゃあいいのか? ケツを叩けば言うことを聞くのか? ああ?」
 更夜にそう言われたサヨは震えつつもいらだちを見せる。
 「……そんなこと言わないでよ!」
 サヨは目に涙を浮かべ、更夜を睨み付けた。睨んだサヨは更夜にそっくりだった。時神達はふたりを止めるか迷ったまま、止まる。
 「なんだと……?」
 「あたし、もう十七なんだよ? ガキみたいにお尻叩いとけばいい? よくそんな失礼なこと言えるよね! あたしをなんだと思ってんの? いいよ! いくらでも叩けば? ここで下着脱げばいいわけ? 泣いてるあたしと猿みたいなお尻を皆にさらして笑われればいいんでしょ? 違う?」
 サヨが珍しく更夜に反抗していた。それを見た更夜は父、凍夜の呪縛と戦っていた幼き自分を思い出す。
 サヨは更夜に怯え、震えている。いままで逆らったことのない「親」に逆らう恐怖。
 更夜はそれがわかっていた。
 わかっていたが、更夜も余裕がない。四百年生きたとしても弐の世界でなので精神があまり成長しない。つまりまだ彼は二十三歳の青年。サヨは十七歳。
 もう精神も追い付いてくる。
 「そうした方が言うことを聞くのかと聞いたんだ! 『女』のケツを叩く趣味は俺にはねぇんだよ!」
 更夜はサヨがわからない。
 子供ではなくなったサヨの扱いがわからない。
 「なんでおじいちゃんはわかんないわけ? あたしはあたしの気持ちで動いたの! 消滅しないようにちゃんと動いたし!」
 「俺にそんな口きいていいと思ってんのか? 叱ってるのは俺だ!」
 「うるさいっ!」
 サヨの怒鳴り声に時神達、更夜までもが黙り込み、止まった。
 しんとした空気の中、サヨが静かに泣き始める。
 「更夜様の約束はっ……確かに破ったけど……」
 涙で潤んだ視界でサヨは戸惑う更夜を見据える。
 「おじいちゃんだって……ヒドイじゃん……」
 サヨの悲しそうな、辛そうな顔を見て更夜は思わずサヨの頭を撫でていた。
 「あたし達置いてさ……死ぬつもりだったでしょ? あたし……」
 サヨは涙を拭いながら切れ切れに言葉を発する。
 「ちゃんとわかってるよ。子供じゃないもん」
 サヨの言葉が更夜に刺さる。
 更夜は珍しく動揺した。
 ……ああ、俺も同じか。
 サヨは賢い。
 もう本当にガキじゃねぇんだな。
 ……サヨはいままで理解した上で俺の説教を聞いていたのか?
 俺を持ち上げて逆らわずに話を聞いていたのか?
 更夜の視野がようやく広がった。
 更夜はうつむく。
 ……もう子供じゃない。
 話して……相談してやらねば。
 彼女はもう大人で、理解し行動している。
 「サヨ」
 「……ごめんなさい。感情的になりました。Kとしての自覚は……一生懸命に動いていると忘れてしまうんです。つ、次はちゃんと自覚します。だから……許してください」
 サヨは涙を流し、更夜に頭を下げ、謝罪した。
 「サヨ……」
 「……」
 サヨは震えている。
 更夜は何を言うか迷った。
 「更夜」
 ふと、栄次が更夜を呼んだ。
 「……?」
 更夜は情けない顔で栄次を見る。
 「一番最初に言わなければならないことがあるのでは?」
 栄次に問われ、更夜は気がついた。
 「さ、サヨ……そいつと戦いになった時……何もされなかったか?」
 「……うん」
 更夜の問いにサヨは短く答えた。
 「そうか。良かった。お前が無事で良かった……。ルナを守り、リカを見つけてくれたんだな。ありがとう……」
 「おじい……ちゃん……」
 更夜はサヨを優しく抱きしめた。
 「その男について、栄次から過去見をしてもらう……それでいいか?」
 更夜にそう言われたサヨは栄次を軽く見た。
 「ああ、実はな、サヨの過去は見えていた。サヨからお前と話をするまで皆に言わないでほしいと言われた故、黙っていた」
 「なんだって!」
 更夜の代わりにプラズマが叫ぶ。
 「すまぬ、プラズマ。サヨが話せるまで黙っていた。ここまで話さないとは思わなかったが……」
 「あんたな……」
 プラズマは頭を抱え、ため息をついた。
 「ちょっと、お仕置きが怖くて……言えなかった! めんご! おサムライさん」
 サヨが手を合わせて軽くあやまり、更夜が再び怒る。
 「サヨ! お前、そんな重大な事をそんなくだらないことで! 一ヶ月だぞ! あれから一ヶ月!」
 「だ、だからあやまったじゃん……」
 「ダメだ、お前はまだガキだ!」
 更夜はサヨを脇に抱え、スカートの上からお尻を叩き始めた。
 「ちょっ! やらないって言ったじゃん! いたっ! 痛いっつーの! いったっ! 平手がなんでお尻に貫通してくんの!」
 「更夜、もうやめといて、話もろもろ、固まってるリカに聞こうぜ……」
 プラズマに呆れた声で言われ、更夜は咳払いするとサヨを解放した。
 「あー、びっくりした。マジで百回やられんかと思ったわー」
 「後で布団叩きで百回だ、お前は」
 「げっ! 布団叩きはお布団叩くやつ! お尻じゃないんですけどー! ねー、マジで! 本当に許して! ごめんなさい百回言うから!」
 「冗談だ。怪我しちまうだろ、馬鹿者。で、本題を」
 更夜が元に戻り、一連の会話を見ていたアヤが呆れた声を上げた。
 「はあ、コントみたい」

エピローグ

 とりあえず落ち着いた時神達は畳に円形になり座る。更夜の膝にはスズが座り、プラズマの上にはルナがいた。スズとルナはお互い静かにふざけ合い、遊んでいたため、そのままにして話を進める。
 一通り情報を出しあった後、まだ呆然としていたリカに目を向けた。
 「リカ、少し落ち着いたか?」
 プラズマが代表で尋ね、リカは頷く。
 「はい。混乱はなくなってきました」
 「栄次がサヨ、ルナの過去見で、リカが血まみれでスサノオを排除した過去が見えたらしいが、覚えているか?」
 「いいえ……何も」
 リカは小さく答える。
 「じゃあ、間で何があったのか、説明できるか?」
 「……えーと」
 リカは少し考えてからまた口を開く。
 「ワイズが……首謀者はマナだと言っていて、この世界を守りたいから助けてほしいと言い、ワールドシステムを開いたので、私はマナさんを止めようとワールドシステムまで行ってマナさんに出会いました。マナさんは世界を壊す破壊のデータを持っているのに、それに逆らって世界統合をしようとしてて……私はその破壊データのマナさんをなぜか殺そうとしてて……えっと……」
 リカは時神達に説明するが、自分でも何を言っているのか、わからなくなっていた。
 「マナさんと戦って、とりあえず勝ちました。そこからは覚えてません」
 「無茶すんなよ……」
 プラズマがリカを心配し、リカははにかんだ。
 「私も何か力になりたくて……サヨのように無茶をしてしまいましたね。ごめんなさい」
 「リカ……本当に酷い怪我だったのよ。私ひとりであなたの時間を巻き戻すのに二週間以上かかったんだから……。無理はしないで」
 「うん。ごめんね……」
 アヤに心配され、リカはもう一度あやまった。
 「今回は皆無理をした。俺のために皆、ありがとう。だが、今後、ここまでの損傷を負わないように気を付けてくれ……。俺達時神は、人間の皮を被って産まれた神。破格の力を持つ神には……残念ながらまだ勝てない。俺も未熟だった」
 プラズマの発言に時神達は皆、静かに頭を下げた。
 「ルナ、その青いぬいぐるみ、何? かわいい! 貸して!」
 「これ? いいよ! 勝手に動くから楽しいよ」
 静かになった時、ルナとスズの会話が聞こえ、時神達は顔を青くした。
 「待て! こいつはっ!」
 「冷林!」
 更夜とプラズマがそれぞれ叫び、冷林は軽く頷いた。
 「あなた、元気になって北に帰ったんじゃなかったの?」
 アヤが尋ね、冷林は頷いた。
 「よくわからんが、また戻ってきたようだな」
 栄次が過去見をし、そう言った。冷林は何かを伝えようとしていたが、結局わからなかった。
 いつの間にか沢山の野菜と米が箱に入っており、冷林はそれを一生懸命指差していた。
 「お礼なのか? 今回の件の?」
 プラズマが尋ね、冷林は頷く。
 その時、聞いたことのない男の声が響いた。
 「話、終わったか? ウケモチ便っす~! ああ、とりあえず野菜置いとくぜ。じゃあなっ!」
 ほどよくしまった肉体の、胸までのちゃんちゃんこを着た、黄色の短い髪の男が白いキツネを従えてさわやかに去っていった。
 耳にはキツネ耳を生やしている。
 「あ~! ミノさん~! 待って! 遊ぼーよ!」
 ミノさんと呼ばれた謎のキツネ耳を追い、後ろにいたらしい幼い少女が慌てて走り去った。
 幼い少女は赤い巾着を逆さにしたような帽子をかぶっており、赤い羽織に着物を着ていた。
 「俺、これから昼寝~! 昼寝ごっこならやるぜ~。てか、イナ、ここに遊べそうな女の子いたじゃねーか。そっち行きなって」
 「ミーノーサーン!」
 台風のように去っていった謎の神々に時神達は固まっていた。
 「な、なに?」
 スズが動揺しつつ、つぶやき、アヤが答えた。
 「あれは稲荷神。穀物の神よ。私のお友達なの。今回、なんかこちらにサプライズで入れてほしいって言うから、サヨに門を開けてもらったの。冷林のお礼だったのね」
 アヤの言葉に冷林は頷くと、ふわりと浮いて去っていった。
 「あー! じゃがいもォォ!」
 じゃがいも禁断症状が出ていたルナが箱に入っていたじゃがいもをそのままかじろうとしたので、更夜はじゃがいもを奪い、ルナを抱え、お尻を一発叩く。
 「あと五分だ。我慢しなさい」
 「なんでルナ、お尻ばっか叩かれるのー!?」
 「じゃがいもに気が向いたら、お尻一発と決めただろ?」
 「おじいちゃん! ルナ……ルナ……もう無理だよォォ! もう無理ィ!」
 ルナが騒ぐため、更夜はため息をついた。
 「更夜、もう許してやれよ。じゃがいもが目の前にあるんじゃあ、じゃがいも好きなルナにはキツいと思うぜ、たぶんな。てか、よく頑張ったんじゃね? 一ヶ月我慢したじゃないか」
 プラズマに言われ、更夜は苦笑いを浮かべた。
 「……だよな。いやあ、本当によく頑張ったな。今回の件で成長したのかもしれない。はあ、俺は尻ばっか叩いて疲れたがな」
 「疲れたならやめなよ。なんでうちのルール、昔からお尻叩きなの?」
 サヨに問われ、更夜はハッキリと言う。
 「お前らのやることがいちいちデカイからだ! めんどうだからお仕置きは尻叩きでいいんだ。何度も言うが、重刑なんだぞ。お前らが、定めた重刑を軽く破るんだろう! 火薬を使わずにトースターでマシュマロを焼け、変な薬を俺に飲ませるな、ツボにボールを当てるな、それだけの事がなぜ守れない」
 更夜はスズとルナを軽く睨む。
 ふたりは口角を上げつつ、ひきつった笑みを浮かべる。
 「そんなに怒るな、更夜」
 栄次に言われ、更夜は頭を抱えた。
 「今後、お前らのところに高頻度で預けるから覚悟しておけ」
 更夜は壱の時神達に低い声でそう言い、栄次達は苦笑いを浮かべた。
 「ま、まあ、更夜が頼ってくれるようになった故、よしとするか」
 「……だ、だな。更夜、厳しすぎんだよ。女の子のお尻をパンパンビシビシ叩いてかわいそうだぜ。アイツ、尻叩き魔じゃん」
 「厳しすぎるのには同意だが……彼女らも相当お転婆だぞ……」
 栄次、プラズマが静かに会話をし、ルナが騒ぎ始める。
 「じゃがいも! じゃがいもォォ!」
 「わかった、わかった……。なんのじゃがいも料理がいいんだ?」
 「なんでもぉ!」
 更夜の問いにルナが満面の笑みを浮かべた。
 「ああ、お前らもなんか食うか? リカ、お前はまだ起きたばかりだ。お粥を作る。傷が残らなくて良かったな。子供がバタバタしているが、休める時に休め」
 「あ、ありがとうございます……」
 更夜の言葉にリカは慌ててお礼を言った。
 「とりあえず、スサノオとマナは不気味だけれど……今回は解決ね。またちゃんとした日常がくるかしら……?」
 「元気なルナとスズを見ていると、日常っていいなって思うよ、ほんと」
 アヤがつぶやき、リカが答える。
 「更夜! 俺、あれ食べたい! あれ!」
 「あれじゃわからんぞ、プラズマ……」
 プラズマがルナに纏わりつかれながら、食べたい物を言うが、食べ物の名前を忘れている。
 更夜は呆れた。
 「この子達の相手をしていると、わからなくなるのはわかるな……」
 栄次がスズの頭を撫でながら、しみじみと言葉をこぼす。
 「ポテト~サラダ~!」
 ルナが叫び、さらに思い出せなくなったプラズマは
 「ポテト~サラダ~!」
 と、とりあえず一緒に叫んでいた。
 「プラズマは頼りになるのか、ならんのかわからないな……」
 ため息をついた更夜が立ち上がり、栄次とアヤが追う。
 「手伝うわ」
 「飯も炊くか? 火を……」
 「栄次、今は炊飯器だ。ああ、……アヤ、助かる」
 更夜は呆れていたが、頼れる仲間の存在を誇らしく思えるようになった。
 「ルナ、タマネギの皮、剥いてくれ。ヒーローなんだろ? 実はすごく困っている。ルナの力が必要だ」
 更夜の言葉にルナは目を輝かせ、更夜の腕にからだ全体でしがみつき、更夜の着物をはだけさせたが、更夜は構わず歩き出す。
 その後をなんとなくプラズマがついていった。
 「更夜さんってなんか難しいね」
 リカがサヨに言い、サヨはため息をついた。
 「ねー、おじいちゃんはね、ルナを育ててからなんか変わったんだ。柔らかくなったっていうか、優しくなった気がする。ルナがかわいいんだね。ちょっとうらやましいわあ」
 「私はサヨにもすごく優しいと思ったよ。更夜さんの刺々しい雰囲気がサヨとルナと話している時はない」
 リカの言葉にスズがせつなげにうつむく。
 「更夜のお嫁さんはあたしだけなのに」
 スズの言葉を聞いたサヨとリカは顔を見合わせて軽く笑う。
 「更夜さんのお嫁さんはスズだけだよ」
 「そうそう。あたしにとっては親のようなもんで、ルナにとってはパパだもん。だから、嫁はあんただけじゃん?」
 「そっか! あたし、更夜を手伝ってくる!」
 スズが納得し去っていった。
 「やれやれ。おじいちゃん、そんなに魅力かねぇ?」
 「……ふふっ」
 ふたりが笑いあっていると、更夜がなんか叫んでいた。
 「サヨ! お皿くらい運ぶ手伝いをしなさい!」
 「ちっ、呼ばれた。リカ、休んでて! はーい! いきま~す!」
 サヨが慌ただしく出ていき、リカはひとり残された。
 開け放たれた障子扉からはかわいらしい白い花が沢山咲いているのが見える。
 「皆、優しいな……。この場所を失いたくない……。皆を守りたい」
 ……更夜さんは色々なものを失ってここにいると聞く。
 あのひとも、きっと失うのが怖いのかもしれない。
 「でも、大切なものがあるっていいよね……」
 リカは騒がしい台所が気になり、寂しさを埋めるため、立ち上がった。
 

(2022年完)TOKIの世界譚③ 更夜編

(2022年完)TOKIの世界譚③ 更夜編

SF和風ファンタジー日本神話!

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-02-05

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  1. 更夜はルナを育てる
  2. 二話
  3. 三話
  4. 四話
  5. すれ違う二人
  6. 二話
  7. 三話
  8. 四話
  9. 責任とは1
  10. 二話
  11. 三話
  12. 四話
  13. 五話
  14. 六話
  15. 七話
  16. リカを守れ!
  17. 二話
  18. 三話
  19. 四話
  20. 五話
  21. 更夜の兄様
  22. 二話
  23. 三話
  24. 四話
  25. 巻き戻し
  26. 二話
  27. 三話
  28. 四話
  29. 五話
  30. 六話
  31. 七話
  32. 真実へ
  33. 二話
  34. 三話
  35. 四話
  36. 五話
  37. 六話
  38. 七話
  39. 最後まで戦え
  40. 二話
  41. 三話
  42. 四話
  43. 最終話
  44. 二話
  45. 三話
  46. 四話
  47. エピローグ