甘くない友達と甘い親友たち
僕佐藤梓希は高校の同窓会に来ている。ドレスコードのため、着慣れない格式高い服装に僕は緊張していた。彼女は似合っていると言ってくれたけどやっぱりなれない服装に不安しかない。そんな不安感を抱きながら会場に入る。すると運よくすぐに親友たちに出会えた。そこからはさっきまでの緊張が嘘のように消え失せ、いつも通りの僕、むしろ高校生の時に戻ったような感覚になった。
その後、僕は親友たちと思い出話に花を咲かせていた。特に盛り上がったのはあの冬の時期のことだった、言い換えるのならば僕たちの関係が一変したあの時期である。
10年前の二月
「かわいいなぁ」
僕はクラスメイトの古庄千里を見ながらそう言った。
僕は現在恋をしている。その相手はいうまでもなく古庄さんだ。
「よぉ、アズキ。おはよう」
隣の席の塩見凛が声をかけてくる。
「おはよう、凛ちゃん」
僕は体の向きを凛ちゃんの方に向ける。
「なんだ朝から、古庄の観察か。一歩間違えばストーカーだな」
凛ちゃんは流れる口調で僕の行動の陰気っぷりをディスってくる。
「ひどいなぁ、凛ちゃん。いいじゃん、見るだけなら何の害もないんだから」
僕は少しムキになって凛ちゃんに言う。
「まぁ、悪くはないけどよ。何で古庄なんだ?」
凛ちゃんは少し疑問そうに言った。
「うーん、それはね」
僕は勝手に回想に入った。
これは一週間前のことだった。
「今日の放課後、図書委員会の仕事なんだけど、少し用があるから一人でやってくれないかしら?」
クラスメイトで一緒に図書委員会を務めている黒須夏目に教室で頼まれた。
「うん、大丈夫だよ」
僕は指でOKのサインを作りに鞄を背負う。
「ありがと」
少しドライな返事で黒須さんは教室を後にした。
「はぁー、きつい」
僕はため息交じりにそう言いながら本を棚に戻す。今日に限って運ぶ本の冊数が多い、普段の3倍否4倍ぐらい多い気がする。まぁ学内の読書量が増えているのはよい傾向なのかな?
「931.6っと、ここだな。あれっ、入らないな」
番号の通りのはずなのだが、なぜか収納できない。僕は半ば強引に本を押し込む。
「ガタガタガタ」
無理におした反動で本が飛び出す。強引に入れた仕返しとばかりに周りの本が雪崩のようになって僕に襲い掛かった。
「ぎゃあー」
図書館ではアウト確定の声をあげる。
「何やってんの?佐藤」
本の山に埋もれた僕に一筋の光が差した。同じクラスの古庄さんが本を片手に倒れ込んだ僕を見ながら言った。
「図書委員会の仕事をしてたんだ。」
僕はゆっくりと起き上がりながら言った。
「へぇー、そっか。一人で?」
古庄さんは心配そうに人差し指をあごにあてながら言う。
「うん、黒須さんが今日は用事があるみたいでさ」
僕は地面に散らばった本を拾い集めながら言った。
「そうなの、手伝おうか?」
古庄さんはそう言って本を拾い始める。
「ありがとう、古庄さん」
そう言って古庄さんと作業を再開した。その後は作業スピードがギア1から4ぐらいに変化した。
「これで終わり?佐藤」
古庄さんが最後のほこりをかぶった洋書をしまいながら言う。
「うん、本当にありがとう」
僕は少し深く礼をした。
「うん、大丈夫よ。このくらい、じゃあね」
そう言って満面の笑みで古庄さんは去っていった。
「ってな感じでさ、手伝ってくれてんだ。あの時の古庄さんの笑顔が凄くかわいかったんだよ」
僕は少し顔を上にあげて言う。
「ちょろ!チョロいな、おい。電波シナリオのラブコメヒロインレベルだな」
凛ちゃんは少し笑いながらそう言った。
「確かに古庄さんはアニメのヒロインみたいに可愛いよね」
古庄さんはゲームで出てきても驚かない程のかわいらしい容姿の持ち主だ。
「そういうことじゃねぇわ。今のはお前のチョロさに対するたとえだよ」
「えっ!僕がメインヒロイン?」
「だから、そういうことじゃあねぇわ」
凛ちゃんは頭を抑える。
「しかし、お前少しは気をつけろよ。やさしさを真に受けすぎると後悔するぜ。」
そう言って凛ちゃんの顔が急に真面目になる。
「どゆこと?」
僕は首を傾げた。
「優しさも優しく振る舞っている自分に酔ってるだけで相手のことなんか一切考えてないこともあるってこと。まぁ偽善ってやつだな」
凛ちゃんはゆっくりと僕の目をしっかりと見て言う。
「古庄さんに限って、そんなことは……ないよね」
僕は少し不安になった。でもあの笑顔はすごく純粋なものだったと思う、多分違う……はず。
「まぁ、ないとは言い切れないな。誰だって人は悪魔みたいなもんを心に少しは飼っているもんさ。聖人君子はこの世にはなかなか居ねぇってことだよ。よく言うだろ、きれいな薔薇には棘があるってさ」
凛ちゃんは僕に忠告するように言った。
「そっかぁ。ねぇ、凛ちゃん。どっちかというと古庄さんって薔薇というよりも、チューリップな気がするよ」
「おいおい」
僕がそう言った瞬間、凛ちゃんは大きなため息をついた。
「おい、お前たち。朝礼だ、席につけ」
担任の先生の声で皆が一斉に教卓の方を見る。
「今日の日直は……古庄か。じゃあ、千里、号令」
「起立、気を付け、礼。校歌斉唱」
古庄さんの元気な声が教室中に響く。かわいいなぁ。
「桜舞う……」
僕たちの学校は毎日朝礼時に校歌を歌う、そのため卒業しても口ずさむ人が多いらしい。
今日も特に大きな出来事もなく終礼を迎えた。
「最近、痴漢の被害や不審者の目撃情報が多いので、登下校。特に部活生は気を付けてくれ、あと学級日誌の提出がここ数日滞っているので今日必ず出すように、以上。号令」
先生は力強く号令を呼び掛ける。
「気を付け、礼。」
「ありがとうございました」
「ふぅー」
今日も図書委員会の仕事だ。先週よりは整理する冊数が少ないし、黒須さんもいるからかなり楽に感じた。
「黒須さん、終わった?」
僕は最後の一冊を棚に入れて、黒須さんに尋ねる。
「うん、終わったわ」
黒須さんはクールに頷いた。
「よし、じゃあ終わろうか?」
僕はそう言って図書室を去ろうとした。
「待って、あなたたちの教室にこれをもっていってくれないかしら」
司書の先生が急いで僕たちを呼び止める。その手には学級日誌のようなものが握られていた。
「なぜかあなたたちのクラスの学級日誌が落ちてたのよ」
司書の先生は首をかしげながら言った。
「わかりました、僕が届けておきます」
僕はそう言って日誌を受け取った。
「一緒に行こうか?」
黒須さんは申し訳なさそうに聞いてくる。
「大丈夫だよ。このぐらい、黒須さんは先に帰ってていいよ」
僕は一週間前と同じようにOKのサインを見せる。
「そう、ありがとう」
黒須さんは少し顔を曇らせ僕と逆方向に去った。
何で図書室に学級日誌?と軽い疑問を抱きながら僕は教室に向かった。
「ガラガラガラ」
僕が教室のドアを開ける。するとポツンと一人で古庄さんがいた。
「うわっ!なんだ佐藤か」
古庄さんは少し安堵と悲しさが混じった表情する。何かを探している風だった。
「もしかして、これ?」
そう言えば今週は古庄さんが日直だから学級日誌を書かないといけないはずだ。
「えっ!どこにあったの?」
古庄さんはびっくりした表情を浮かべる。
「なんか図書室にあったみたいだよ」
僕は日誌を古庄さんにわたす。
「そっか、あの時……いや、何でもない」
古庄さんは少し考え込んだのちに何かをごまかしたような反応をした。
「それよりも、ありがとう。佐藤」
古庄さんのスマイルが僕の心を射抜く。
僕は周りを見る、もう放課後で且つみんな帰っている。いわば古庄さんと僕のタイマン状態。これはもしかして……
「ねぇ、古庄さんって、彼氏とかいる?」
状況を把握した僕の口が勝手に動く、何言ってんの?と僕の理性が心の中で口に説教をした。
「ふぇっ?何をいきなり?」
唐突な質問に驚く古庄さん。
「いやぁ、実は……」
理性の説教をものともせず突き進む僕の口先。
「えっ!もしかして……」
古庄さんも感づいている。
「……」
変なところでパーキングにシフトする僕の口。
「僕……古庄さんのことが好きなんだ。付き合ってくれないかな」
ついに僕の口はドライブにシフトするや否やアクセルをベタふみした、ただこれは僕の本心だ。
「……」
古庄さんは時が止まったかように静止する、完全に古庄さんの思考回路がショートしたのかもしれない。まぁ急な告白なんだもんね。
「……嬉しい、でも……私好きな人がいるのごめんね、佐藤」
古庄さんは僕の大好きなけがれてない笑顔で僕の告白を断った。
「でも、お友達になら……なっていいかも。佐藤なら私の悩み分かってくれそうだし、それにちょっとおかしいところも面白いし」
古庄さんは笑いながらスマホを取り出す。
「えっ!いいの」
確かに今僕はフラれた。でもそのショック以上に古庄さんとお友達になれることのうれしさが勝っているようで、僕の気持ちは晴れ晴れとしていた。
「はい、QR」
そう言ってスマホを差し出す、古庄さん。
「ありがとう」
僕は涙を拭きながら、スマホにQRをかざす。
「よし、登録完了。これからもよろしくね、シュガー」
古庄さんは少し意地悪な笑顔でそう言った。
「うん、よろしく、古庄さん」
「ちりでいいよ、友達なんだし」
古庄さんは間、髪入れずそう言った。
「うん、じゃあ、よろしく。ちりちゃん」
僕はフラれた、でも新しいお友達が出来た。不幸中の大きな幸い?むしろただの幸いな気がする。まぁ何事もチャレンジするものだ。
そして帰り道でもお友達が出来た喜びの余韻は続いた。よく考えてみたら小学生もドン引きレベルの事象かもしれない、友人が出来たというだけでこれだけはしゃぐのは。
帰宅しても喜の感情はやむことは無く、にやにやが止まらなかった。
「ねぇ、ずっちゃん。なんかいいことでもあった?」
妹の希美が一緒に皿洗いをしながら尋ねてくる。
「うん、あったよ、のんちゃん。僕、お友達が出来たんだ」
僕はなまじ高校生とは思えない内容とテンションでそう言った。
「よかったね」
のんちゃんは純粋無垢な笑顔でそう言った。
「ねぇ、今日はお風呂どうする?」
僕はのんちゃんに尋ねる。
「じゃあ今日は私が先に入ろうかな」
そう言ってのんちゃんは僕の御下がりのエプロンを脱ぎながら浴室に向かった。
翌日、学校にて。
「へぇー、古庄に告白したの?いったねぇー」
少し煽るように凛ちゃんはそう言った。
「それで、それで」
僕から続きを聞き出そうする凛ちゃん。
「まぁ、フラれたんだけど。お友達になれたよ」
僕は笑顔でそう言った。
「やっぱり失敗したかぁ、それで友達どまりねぇ。まぁ当たり前っちゃっ当たり前か」
凛ちゃんは少し残念そうに言った。
「でもなんかうれしかったなぁ、お友達になれたから」
なぜか僕は凛ちゃんと対照的の態度をとる。
「アズキ、やっぱりお前は純粋というか天然というかなんというか幸せ者だよな」
凛ちゃんはため息交じりにそう言った。
「うん?どゆこと?」
僕は首を傾げた。
「ねぇ、シュガー」
「うわっ!」
僕の後ろからちりちゃんが声をかけてきたので思わず驚き、席を立った。
「ちょっと、びっくりしすぎだよ、話しかけただけじゃん」
意地悪な笑顔を見せるちりちゃん。やっぱりかわいいなぁ。
「どうした古庄?」
凛ちゃんはちりちゃんの来訪に疑問をぶつける。
「別に何にもないよ、友達なんだから、話しかけるぐらい普通でしょ」
ちりちゃんは首をかしげながら答える。
「そうかい」
少し不機嫌そうに凛ちゃんは言った。
「もうそんなぶすっとした表情しないでよ、ちゃんこ」
ちりちゃんは凛ちゃんの体をたたく。
「ちゃんこ?」
凛ちゃんは自らを指さしながら驚いた表情で言う。
「うん、シュガーの友達ってことは、友達の友達ってことで友達じゃん。だからよろしく、ちゃんこ」
そう言ってちりちゃんは凛ちゃんに握手を求める。
「えっ?」
少し腑に落ちない表情を見せながらも少し押し切られるような形で握手に応じる凛ちゃん。
「ガラガラガラ」
教室のドアが開く音がする。担任のお出ましである。
「あっ!先生きた。またあとでね」
ちりちゃんは急いで席に戻る。
「なんで俺はちゃんこなんだ?」
凛ちゃんは自らのあだ名に疑問を残し、困惑の表情のまま前を向いた。確かになぜちゃんこなんだろう?僕はさとうだからシュガーというあだ名は理解できるけど。凛ちゃんは別にお相撲さんのような体型ではない、むしろスレンダーの類にファイリングされる体つきでちゃんこ鍋好きというキャラでもない、部活動もバレー部でお相撲さん要素は皆無。ちゃんこというあだ名はどこからやってきたのだろうか?まぁ、どうでもいいか。所詮は他人事だからか、そんな疑問は校歌を歌っている時には漂白されたように消え去っていた。
「よし、以上。号令」
「起立、気を付け、礼」
「ありがとうございました」
終礼が終わり、各々が散っていく。僕は席に着き、徐に体を伸ばした。
「疲れたー」
僕は帰宅部だけど、部活生って本当にここからさらに頑張るんだよね、すごいなぁ。と自分の体力のなさを軽く自虐する。
「ねぇ、シュガー?放課後なんか用事ある?」
「うわぁ!」
朝の再現の様に飛び上がる僕。
「驚きすぎだよー、シュガー。本当に面白いなぁ」
ちりちゃんは朝と同じように小悪魔のような笑顔を浮かべる。
「どうしたの?ちりちゃん」
僕は尋ねる。
「いやぁ、放課後は暇かなぁって思ってさ」
ちりちゃんはにやにやしたまま聞いてくる。
「うん、基本的に暇だよ。僕帰宅部だし」
僕はちりちゃんの問いに即答する。
「じゃあさ、少し買い物に付き合ってくれない」
ちりちゃんは僕の腕をつかみながらそう言った。
「えっ?いいけど」
僕は少し驚きながらちりちゃんの注文を受け入れる。これって放課後デート?
僕とちりちゃんは手をつないだ状態で街を闊歩していた。歩くたびに心拍数は上がっていく、僕の口からは白い吐息が舞う程寒いのになぜか僕の体は床暖房の様に温まっていく。
「本当にありがとね、シュガー」
満面の笑みで僕を見るちりちゃん。笑顔の眩さで僕は思わず顔を逸してしまった。
「大丈夫?目にゴミでも入ったの?」
ちりちゃんは心配そうに聞いてくる。
「いや、大丈夫だよ」
僕は平静をよそいながら答える。
「そう、よかった」
ちりちゃんに笑顔が戻る。本当に僕たち友達同士だよね?
「ここだ、ここだ」
ちりちゃんは指を指しながらショッピングセンターの中に入っていく。
「ねぇねぇ、シュガー的にはどれがいい?」
バレンタイン直前のチョコフェアの会場でちりちゃんは僕にチョコレートの二択を迫ってくる。
「うーん?僕的にはこっちかな?」
僕は少し悩みながら指さす。
「へぇー、そうなんだ。」
少し首をかしげるちりちゃん。
「えっ?だめだった?」
僕はちりちゃんの機嫌に障ったのかと思い焦る。
「ううん、別に大丈夫」
ちりちゃんはごまかすように笑った。その後もちりちゃんと多くの店を回った。
「ねぇ、これとこれどっちが似合ってる?」
僕がアクセサリーを物色中にちりちゃんは少しエレガントな髪飾りと少しキュートなリボンを持って僕にまた二択を迫る。僕は髪飾りをつけたちりちゃんとりぼんをつけたちりちゃんを頭の中で想像する。どっちもかわいい、似合っているなぁ。
「どっちも似合うと思うなぁ、ちりちゃんなら」
思わず口から本音が漏れだした。
「えっ!本当」
少しあざとさが残る笑顔でちりちゃんは言った。
「じゃあ、どっちも買っちゃおう」
ちりちゃんは少し跳ねながらレジに向かった。
帰り道、雪が降りだした。それに日はもう沈み、辺りは闇に包まれ夜といった感じだ。
「今日はありがとうね、こんな遅くまで付き合ってもらって」
帰り道にちりちゃんは僕を見ながら言った。
「……」
手をつないでいることとちりちゃんのスマイルを至近距離でくらったことで思考回路が軽くショートし脳がパンクしそうだ。
「明日には積もってるかも」
ちりちゃんは掌に雪を受けながら言った。
「ねぇ、ちりちゃん。これって僕たちって周りの人から見たらカップルみたいに見えているのかな?」
僕の口から唐突に飛び出す言葉、何を言っているんだと思ったけどもう発せられた言葉にデリート機能はない。勿論その言葉は直接ちりちゃんの耳、脳に伝わったはずだ。
「ふふふ、そんなわけないじゃん。面白いなぁ、シュガーは」
ちりちゃんは笑いながら僕をはたく。
「そうだよね」
僕は何とかごまかそうしたけど、心の中に少し黒い影のようなものがかかった。
「今日はありがと、また明日ね」
そう言って手を振りながら僕とちりちゃんは二手に分かれて言った。去っていくちりちゃんの背中。
「はぁー」
僕の口からため息が出る。まるで心の中の何かがなくなったみたいに。吐息の白さがぐっと濃くなったように感じた。
「おかえり、ずっちゃん。」
のんちゃんが笑顔で出迎えてくれた。
「ただいま、ママたちは?」
僕はのんちゃんに尋ねる。
「まだ帰ってきてないね」
のんちゃんは僕のバックを持つ、その表情は暗かった。
「そう」
僕は返事をして、靴をそろえる。玄関には黒のローファーと純白のローファーがぽつんと寂しそうにおかれている。
「もう夕食出来てるよ、一緒に食べよう」
そう言ってのんちゃんは居間にスキップしながら向かった。
「わかった、すぐ行く」
僕は自分の頬を二、三発叩き。居間に向かった。
「明日はバレンタインです。ということで『今回の調べてみたよじゃんけんポン』はチョコレート特集です」
テレビジョンの中のタレントが今流行りのチョコレートの特集をしている。
「ねぇ、のんちゃんは明日どうするの?」
僕は一緒のソファに座っているのんちゃんに尋ねる。
「特に予定はないかな」
のんちゃんはガトーショコラをほおばりながら答えた。
「そう」
僕はルビーチョコを食べながら、テレビに目を向けた。
「このハート形のチョコ、まさに本命チョコにぴったりですね」
このチョコレートって今日ちりちゃんが買ってたなぁと思いながら、僕は温かい紅茶を飲み干した。
翌日2月14日。教室はフワフワとしたようなざわざわした何とも名状しがたい雰囲気が漂っていた。まさにバレンタインがなせる業といったところか。外の白銀の世界に触れるものが全然いない。とってもきれいな景色なのにと僕は思った。
「今日はバレンタインだね」
僕は例外的に外の景色を見つめる凛ちゃんに言った。
「そうだな」
まさに関心ゼロといった表情を浮かべる凛ちゃん。
「はいこれ」
「ありがとう、んじゃあ、私も」
教室中ではチョコの交換会が行われている。いつも騒がしい教室がより一段と騒がしい。隣教室からも僕のクラスのような騒がしい声が流れてくる。
「凛ちゃんはチョコ欲しくないの?」
僕は尋ねる。チョコの交換会に一切目を向けず、白銀の景色となった校庭を見つめる凛ちゃんに。
「まぁ、そんなにいらないな。俺、あんまり甘いもの好きじゃないし」
凛ちゃんの言葉に全く温度がない。
「シュガー。これあげる。」
ちりちゃんが僕と凛ちゃんの静寂を裂くように現れる。
「えっ?ありがとう」
僕は軽く面を喰らいながら答える。中身は昨日僕が二択でセレクトした奴だ。
「よかったな」
凛ちゃんは僕を睨むように言った。
「ガラガラガラ」
ドアの音に反応するように教室中の生徒がいつも以上にあわただしく席に戻る。
「バレンタインだからと言って浮かれるなよ、まぁおまえらにはあんまり関係ないだろうがな。はい、号令」
少し笑いながら先生は言った。そんな先生の薬指が僕には少し寂しそうに見えた。
「いたただきます」
僕は昼休みいつも通り一人で誰も使っていない少人数教室でお手製の弁当を食そうとした。
「ねぇ、隣いい?」
そんな時イレギュラーな事象が発生する、ちりちゃんである。
「うわっ!いいけど、どうして?」
僕の喉に一時的に白米が突き刺さった。
「いいじゃん、私も一人だし。シュガーっていつもここで食べてるの?」
ちりちゃんは僕に尋ねる。
「うん、まぁここは誰もいない穴場だからね」
この教室は授業ですら使ったことを僕は見たことがない。
「へぇー」
ちりちゃんは妙に感心したような表情でそう言った。
「んじゃ、遠慮なく座らせてもーらお」
ちりちゃんは僕の隣にそっと座った。
「シュガー、それって自分で作ったの?」
ちりちゃんは座るや否や僕の弁当箱を見て尋ねる。
「うん、僕の手作りだよ」
僕は即答した。
「へぇー意外。」
ちりちゃんは妙に感心したように言う。
「そう?」
僕は少し首をかしげる。
「結構、シュガーって抜けてるイメージだったからさ、こういうしっかりした料理が出来るんだと思って」
ちりちゃんはいつものように意地悪な笑顔でそう言った。
「それって、どういう意味?」
僕は少し頬を膨らませてちりちゃんに言った。
「ごめん、ごめん。でもすごいおいしそう。ちょっともらっていい?私の鶏肉のミソ醤油焼きあげるからさ」
ちりちゃんはそう言って僕の弁当箱にミソ醤油の鶏肉を入れる。
「ありがと、じゃあ僕は」
僕がおかずを選ぼうとした。
「じゃあこれで」
ちりちゃんは優柔不断な僕を尻目に僕の弁当箱からナツメグをしっかりいれた黒酢ソースのハンバーグをセレクトした。
「いただきまーす」
ちりちゃんは一口でほおばった。
「おいしーい、今度、作り方教えてよ。」
ちりちゃんはほっぺたが落ちるという表現をそのまま表したような表情を浮かべる。
「ありがとう、そんなにおいしいと言ってくれるなんて嬉しいな」
僕は思わず笑顔になった。ここまで僕の料理をほめてくれるのはのんちゃん以外で初めてだ。
「ごちそうさま」
僕とちりちゃんはほぼ同時に手を合わせる。
「ありがと、シュガー。とっても楽しかったぁ。」
満足そうに体を伸ばすちりちゃん。
「うん、僕も楽しかったよ。ありがとう、ちりちゃん」
僕も笑顔でちりちゃんの方を見た。
「これで、頑張れそうかなぁ」
少し小声でちりちゃんは呟く。
「どうしたの?」
僕は思わず尋ねた。
「いや……なんでもない」
ちりちゃんはごまかすように笑った。僕も深くは詮索しなかった、なんとなく第六感が悪い雰囲気を察したのかもしれない。
「キンコーン、カンコーン」
チャイムが鳴りはじめた。もう終わったの昼休み!僕は驚いた。まぁいつもより楽しかったからかな?
「行こう、シュガー」
ちりちゃんと僕は急いで教室を出た。
「気をつけ、礼」
終礼が終わり、部活生は部活に、そのほかの学生は帰宅の準備を始める。
「よし、帰ろうかな」
僕は帰ろうと鞄を持つ。
「おい、梓希。ちょっと手伝ってくれないか?」
先生が僕を呼び止める。
「何ですか?」
僕は呼び出されるようなことをしたかなぁとここ数日のダイジェストを脳内に流す。ちりちゃんへの告白?帰りにショッピングセンターに行ったこと?
「あぁ、別に悪いことで呼び出すわけじゃないんだ。ちょっと運んでほしいものがあってな」
先生はそう言って僕について来いと指で支持する。
「はい、わかりました」
僕は従順なチワワの様に先生のもとに向かった。
私はまた一人になるんだ。そんな恐怖が私を襲った。私は今日、好きな人に告白をした。結果は大失敗、返答は愚か何も言わずその場を去っていった。「当たり前だよ」と自らを蔑んだ。その瞬間、私の中であいつの顔が浮かんだ。私は何て無神経なんだ。フラッシュバックする中学時代、勇気を出して告白をしたあの日、私は一人ぼっちになった。私は古庄千里としての自分を表に出しただけなのに、皆が私から離れて言った。そして私は自分を押し殺すことにした。苦しかったけど、これでいいんだと思った。高校時代、私はある人に恋をした。でも過去の過ちを繰り返さないように私は毎日必死にその心を押し殺した。これはタブーなんだと私の心に言い聞かせて頑丈な鎖で縛りつけた。そんなある日、あいつは私の前に現れた。まさか告白されるなんて、その時私があの日勝手に縛った禁忌の鎖が解き放たれた。そう今は理解者がいる。だからあの日と同じ結末にはならないはずだ。勝手にそう思っていた、あいつが穴場と言っていた少人数教室に呼び出して、私は告白した。私は本当に馬鹿だ、うまくいくはずがないのに。この行動であいつはどう思うだろうか?ざまぁと思うか、何にも感じないか、軽蔑するのか、それとももう私の前から……そんなことかんがえたところで私に文句を言う権利はない。少なくとももう味方になってくれないだろう。また私は一人になるのだ。私は脱力し、机に突っ伏した。
「よいしょ」
僕は先生と協力しながらゆっくりと段ボールを置く。
「すまないな、いつも手伝ってもらって」
先生は自分の袖で汗を拭う。
「大丈夫です。」
僕は少し体を伸ばす。
「梓希、これを」
先生がラッピングされた何かを僕に渡す。
「えっ?」
僕は素直に驚いた。
「早く受け取らんか」
先生は恥ずかしそうに早口で言う。
「はい」
僕は少し動揺しながら受け取る。
「これって、チョコですよね。もしかして……」
「馬鹿者、そんなわけあるか。手伝ってもらったお礼だ、深い意味はない。」
先生は僕の頭を軽くチョップする。
「すいませんでした」
僕は頭を下げる。
「まぁ、仮にも教師という立場だからな、このことは皆には伏せておくように、分かったな」
少し僕から顔をそらしながら先生はそう言った。
「はい、わかりました」
僕は首を縦に振った。
「失礼しました」
そう言って僕は先生のもとを後にした。
「もうこんな時間かぁ」
この時期の夕暮れは改めて早いなぁと廊下の窓から外を見ながら僕は思った。
「いけない、いけない」
僕は我に返ったように教室に向かうことにした。さすがにもう誰もいないなぁと思いながら、放課後の廊下を闊歩する僕。
勿論教室にも誰もいない。
「忘れ物はないかな?」
僕が机の中をのぞくと先程先生からいただいたものとは別物のチョコレートらしきラッピングが発見される。
「えっ?誰から?」
僕は思わず辺りを見渡す。人の気配はない、僕はラッピングと数秒間にらめっこをした。
「もらっていいのかな?」
僕は少し首を傾げた。まさかこれはどっきりのためのもので激辛なものが練り込まれているとか?いやそれどころか僕を憎いと思っている人物がこのチョコに毒が盛ったとか?バカみたいな妄想をしたけど、そんなわけないかもらっておこうと僕は鞄に入れた。
「よし、これでオッケーと」
僕は先生からもらったチョコレートを鞄に入れて、鞄を担ぐ。
「今日の夕食は何だろうなぁ」
僕は暢気に今日の夕食のことを妄想していた。
「タタタタ」
何かから逃げるように走る生徒とすれ違った。あれっ?何か見たことのあるような?ただ突然すぎて誰かだと判別はできなかった。僕はどことなく気持ち悪い感情を残し廊下を歩いていた。すると不自然なまでに明かりがともっている教室が視界に入る。
「ちりちゃん?」
机に突っ伏しているちりちゃんの姿が見えた。
「大丈夫?」
僕はちりちゃんのもとに向かった。
「……」
ちりちゃんから反応はない。寝ているのだろうか?僕は一瞬そう思ったが、机と彼女の制服の袖が濡れているを見て、その可能性を捨てた。
「シュガー」
いつもより明らかに力のない声でちりちゃんはそう言った。
「ちりちゃん、どうしたの?」
ちりちゃんが僕の方を見る。僕は困惑することしかできなかった。
真っ赤に充血した眼に、可哀想なぐらいにしわくちゃな顔、僕の制服の袖をつかむ力もいつもより弱い。いつものちりちゃんと全然違う。
「フラれちゃった……当たり前だよね」
ちりちゃんはごまかすように自嘲気味な笑いを浮かべる。
「……」
僕はどう声を掛けたらいいかわからなかった。ここで気のきいたことを一つも口から出ない自分を心の中で責めた。
「ごめんね、シュガー」
ちりちゃんは枯れた声で僕に謝罪をした。
「私がシュガーにしたことって、こんなにつらいことなんだね」
ちりちゃんは僕に懺悔するようにそう言った。
「どうしたの?」
僕はちりちゃんの身に起こったことを理解することが出来なかった。
「私って、最低だよ。シュガーを傷つけておいて、友達になろうだなんて」
ちりちゃんは急に立ち上がり僕から逃げるようにこの場を去ろうとした。
「えっ?待って」
僕は去ろうとするちりちゃんの腕を僕は反射的につかんでいた。
「離して、どうせ怒ってるんでしょ、ざまぁとか思ってるんでしょ」
ちりちゃんは僕の手を振りほどき、教室の外へ出た。
「ちょっと待って、ちりちゃん」
僕はちりちゃんの後を追った。
久しぶりの全力疾走、僕の心臓が名人のような連打で脈を打っている。しかしちりちゃんに追いつけない。僕が遅いだけなのか、ちりちゃんが速いのかはわからないけど、どんどんちりちゃんは遠ざかっている。このままでは、ちりちゃんを見失ってしまう。
「待ってよ、ちりちゃん」
僕はなけなしの肺活量でちりちゃんに叫ぶ。
「……」
聞こえてないのか、ちりちゃんに反応はない。ちりちゃんとの距離が離れていく。このままだとちりちゃんが消えていく、物理的にも精神的にもそんな恐怖が僕の中で渦巻いた。その恐怖が少しずつ僕の体を侵食していく。ここでちりちゃんを逃したら、僕もちりちゃんも後悔すると僕の中の感覚が訴えている。
「ちりちゃん、悲しいのなら。僕を頼ってよ、トモダチじゃないか」
僕は力の限り叫んだ、喉が痛い、日常生活で出すことのない声量に僕の声帯は耐えられなかったらしい。多分人生で一番大きい声だったと思う。
「えっ?」
ちりちゃんの足が止まる。僕の喉の致命的なダメージと引き換えにちりちゃんとの短い追いかけっこは終了した。奇しくも僕たちの教室の前で。
「はぁー、はぁー」
僕は息を切らしながらちりちゃんに追いついた。インドア派の僕にとって何年ぶりの全力疾走だっただろう。普段味わうことのないタイプの頭痛に襲われている。
「大丈夫?ごめんね、シュガー」
ちりちゃんは僕の体たらくを心配し駆け寄ってきた。
「はぁー、はぁー」
まだ整わない僕の呼吸。しゃべりたくても頭にまだ十分な酸素がいきわたっていないのか話したい単語が全く思いつかない。
「本当にごめんね、シュガー。」
ちりちゃんは先程の謝罪と違い笑顔で僕に言ってくる。
「ふぅー」
少しずつ僕の呼吸も落ち着いてきた。
「なんで謝るのさ?」
僕は謝るちりちゃんに尋ねる。
「だって私、本当にシュガーにひどいことをしちゃったし」
ちりちゃんの顔がまた曇る。
「ひどいことって?僕はそんなことされた覚えないけど」
僕はそう言って少し笑ってみせた。その時僕の中の悪魔と天使が手を取り合い小躍りしていた。
「本当に優しいね、シュガーは」
ちりちゃんの笑顔が平常運転に戻る。
「そうかな?」
僕は少し首を傾げた。僕の中の悪魔が少し笑った。
「気づいてるくせに、人たらしめ」
ちりちゃんは少し意地悪な笑顔で僕のおでこを指で軽くはじいた。
「あのさ、私ね……」
そう言ってちりちゃんは語り始めた、中学時代のことを。
ちりちゃんは中学時代、好きな子に告白をしたらしい。ただ結果は悲しい方向に向かったようで、その光景をクラスの上位カーストの人たちに見られたらしく、いじめに発展したという。それ以来彼女は自分の思いに自信を持てなくなり、隠すようになったらしい。
「でも、シュガー。あなたに出会たから、私はもう一回頑張ってみようて思えたんだ」
ちりちゃんは僕を見ながらそう言った。
「まぁ、告白した瞬間に逃げられちゃったけどね」
少し自嘲気味な笑いを浮かべながらちりちゃんは言った。
ちりちゃんは中学時代、そしてさっきの告白についてのことを語り終えたと同時に徐に立ち上がった。
「ねぇ、シュガー。改めて聞くけど、こんな自分勝手で性格が悪くて少しおかしな私と友達……否、親友でいてくれる?」
ちりちゃんは星が瞬く真っ暗な外を背景にしてそう言った。
「勿論、いいに決まってるじゃん。僕はいつだってちりちゃんの味方だよ」
僕は笑顔でこう答えた。
「ありがと、シュガー。これからもよろしく。私、もう一回頑張ってみる」
ちりちゃんは涙を袖で拭った。
「おい、お前たち、もう下校時刻だぞ。」
先生がタイミングを見計らっていたかのように教室の外から声をかける。
「うわっ!」
僕とちりちゃんはシンクロレベルで驚き、帰る準備をする。
「さようなら」
ちりちゃんはどこか恥ずかしそうに急いで教室を後にした。僕もそれに追随するようにあとにしようとした。
「おい、梓希。」
しかし、先生は僕を呼び止める。
「なかなか、よかったぞ」
先生は僕の肩を少し叩いてそう言った。
「ありがとうございます」
何がよかったのか僕はわからなかったけどとりあえず礼を言って、学校を後にした。マズいな、のんちゃん怒ってないかな?大分待たせちゃったな。僕は一抹の不安を胸に泳がしながら家路に向かった。
「ただいま、ごめんね。遅れて」
僕は謝罪しながら玄関の戸を開ける。玄関には白いローファーのみがぽつんと置かれていた。
「おかえり、ずっちゃんって、何その声!」
スウェット姿で髪をタオルで拭きながら、のんちゃんはやってきた。僕の枯れ果てた汚い声に驚いているようだ。とりあえず、そこまで怒っていないことに少し安心した。
「ごめん、ずっちゃん。もう夕食と風呂済ませちゃった」
両手を合わせて謝るのんちゃん。謝らないといけないのはこっちなんだけどなぁ。
「いや、大丈夫だよ。遅れて帰ったのは僕の方だし」
僕はすごく申し訳ない気持ちになった。
「一応、夕食はテーブルに置いてあるから、食べておいてね」
「わかった、ありがとうのんちゃん」
僕は靴をそろえて居間の方に向かった。
『いつも、ありがとう。ずっちゃん』
そう書かれた紙と一緒に夕食と手作り感満載のチョコレートが置かれていた。
「こちらこそ、ありがとう。いただきます」
僕はそう言いながら手を合わせて夕食とチョコレートに手を付けた。
翌日
「おはよう」
凛ちゃんに挨拶をした。
「おはようって、何だその声!」
凛ちゃんも昨日から続く、枯れた声に驚いていた。
「いやぁ、ちょっとね」
僕は枯れた声でごまかした。
「ちょっとって、何だよ。まぁいっか」
凛ちゃんは何かを言おうとしてやめた。
「シュガー、ちゃんこ。おはよう」
ちりちゃんはいつも通りの笑顔で僕たちの所に来た。
「おはよう、ちりちゃん」
僕は笑顔で返した。
「おはようさん」
凛ちゃんは少し顔を背けながら挨拶を返した。
「あっ!今日もぶすっとしてる。ちゃんこ、もっと笑顔を見せないと。」
少し頬を膨らます、ちりちゃん。
「そんなの俺の勝手だろ。ていうか、何で俺はちゃんこなんだよ」
凛ちゃんは僕と共通の疑問をぶつける。
「えぇー?そんなの自分で考えたらいいじゃん」
ちりちゃんはいつもの少し意地悪な笑顔を見せた。
「そうかい」
少し機嫌悪そうに凛ちゃんは外の方に目線を向けた。
「ちょっと、それそれ、そういうところだよちゃんこ」
ちりちゃんは凛ちゃんを指さしながらそう言った。
「まぁまぁ、ちりちゃん」
僕はちりちゃんを静止した。
「ガラガラガラ」
先生登場の効果音に教室の騒がしさが消える。勿論ちりちゃんも例外なく席に戻った。
「おい、お前たち。朝礼だ。今日の号令は佐藤か……じゃあ梓希。よろしく」
「はい、起立」
そう言えば今週は僕の当番だった。僕は少し面食らいながらも号令をかけた。僕の声のせいか教室中に乾いた笑いが飛んだ。
「シュガー、一緒に食べよ」
ちりちゃんが笑顔で僕を待っていた。
「うん、いいよ」
特に拒否の理由がないので僕は少人数教室に向かった。
「あのさ、シュガー。もう一回、私チャレンジしようと思うんだ。やっぱり答えを聞かないと納得できないよ」
ちりちゃんはいつになく真剣な表情で言った。昨日の告白についてのことだろう。
「うん、そうだね。どちらにしてもちりちゃんの選んだ選択肢なら僕は応援するよ」
僕はちりちゃんの背中を押すように笑顔でそう言った。
「ありがと、大丈夫。結果がどうであれ後悔はしない。だって、私には一番の味方がいるんだから」
そう言ってちりちゃんは笑顔を見せる、まさにあざとくてかわいい、ずるい可愛さだと改めて僕は思った。でもそんなちりちゃんが僕は好きなんだ、親友として。
「気を付け、礼」
「ありがとうございました」
今日も終礼が終わり、部活生が散っていく。僕は図書委員会の仕事があるので図書室に向かった。
「よし、これで今日も終わりと」
僕は黒須さんと淡々と仕事を進め、終わらせた。やっぱり黒須さんと一緒だと捗るなぁ。
「ねぇ、梓希。」
黒須さんが珍しく話しかけてくる。
「どうしたの?黒須さん」
僕は少し面食らった、黒須さんが僕の名前を呼んだのって初めてじゃないか?
「夏目でいいわ。それより、少し聞きたいことがあるのだけれど」
黒須さんはいつもの通りのクールな感じで迫ってくる。
「うんいいけど。その聞きたいことって何?黒須……あっ!ナツメ……ちゃん」
僕はナツメちゃんに聞き返す、質問を質問で返すなと言われそうだけど。
「愛って、どんな形をしていると思う」
哲学?ナツメちゃんのプレッシャーも相まって圧迫面接を受けているようなすごい緊張感が僕に走る。
「うーん、わかんないなぁ。まぁ、形ならハートの形かなぁ」
我ながらバカみたいな回答だなぁ、と心の中で自虐しつつ言った。
「言い方を変えるわ、あなたは人を好きになったことはあるかしら?」
ナツメちゃんは少し頬を赤くして僕に尋ねる。
「うん、勿論。あるよ。先日告白もしたし。それがどうしたの?」
僕は即答し、たまらず逆質問を行う。
「それで結果は?」
ナツメちゃんは僕の質問を無視して詰め寄る。
「フラレたけど」
僕は少し気圧されるように言った。
「そう」
少し安心したような表情を見せるナツメちゃん。
「それで、どうしたの?」
僕はナツメちゃんに尋ねる。
「何もないわ、忘れて頂戴」
ナツメちゃんはいつもの冷静さを欠いたトーンでそう言った。
「そうか、じゃあ忘れるね」
僕はナツメちゃんに言われた通りこの問答を忘れることにした。ただ僕とナツメちゃんの間に少し微妙な空気が流れる。
「今日もありがとう、二人とも。私は職員室に行くから、帰っていいわよ」
司書の先生が会話終わりを見計らっていたかのようなタイミングで現れる。
「はい、わかりました。」
僕とナツメちゃんは同時にそう言った。
「そうみたいだから、僕帰るね。さようなら……ナツメちゃん」
僕はなんとなく気まずさのようなものを感じその場から離れることにした。
「ガシッ」
「待って!」
ナツメちゃんが去ろうとした僕の腕をつかむ。
「えっ!何?」
僕がナツメちゃんの方を振り返ると
「チュッ」
僕の唇とナツメちゃんの唇が交わった。
「えっ?ナツメちゃん?これはどういうこと?」
僕の脳が揺さぶられていた、いきなりの出来事に。せっかくのキスの味も全く味わえなかった。
「これが私の答え。さぁ軽蔑しなさい、もう私には後悔はないわ」
ナツメちゃんはなぜか僕を警戒していた。
「もしかして、ナツメちゃん」
これはナツメちゃんの告白だ。僕は脳内の全ての回路が塩水をぶっかけられたように思考が一瞬フリーズした。
「どうせあなたの答えは決まってるんでしょ、早く言ってくれないかしら」
ナツメちゃんは自棄になった風にそう言い放つ。
「僕は……僕は……」
僕の中の悪魔と天使が仲よくダンスしている。こんな状況下で僕が下す決断は……
10年後
同窓会にて……
「あの時はさぁ、本当に困ったよ」
僕は10年前を振り返りこういった。
「何が「困ったよ」よ、答えは決まってたんでしょ」
ナツメちゃんは笑いながらそう言った。
「そうだな、お前は純粋と思ったけど、結構意地の悪いところがあるよな」
凛ちゃんもナツメちゃんに追随するように言った。
「ひどいなぁ、二人とも。ねぇ?ちりちゃん」
僕はちりちゃんに助けを求める。
「まぁまぁ、二人とも。そこのあざとさもシュガーの武器じゃん。」
ちりちゃんは前みたいな意地悪な笑顔でそう言った。あれっ?これフォローになってない気がする。
「別にいいじゃん、ナツメグ。私って言う最高のパートナーがいるんだから。」
そう言って、ちりちゃんはナツメちゃんに抱き着いた。
「ちょっと、ここ一応、公共の場なんだからね。やめてよ千里」
少し頬を赤くしながらナツメちゃんはそう言った。その時の二人の薬指のリングが輝いて見えた。
「イチャイチャすんな、バカップル」
凛ちゃんはビール片手にそう言った。
「おめでとう、二人とも」
僕は改めて素直に二人を祝福した。
「でもまぁ、ビックリしたぜ。古庄と黒須がくっつくとはな」
凛ちゃんは二人を見ながらそう言った。
「それに、アズキ。お前がなぁ」
凛ちゃんがそう言いかけて。
「おいおまえたち、久しぶりだな」
「久しぶりです、先生」
ナツメちゃんはそう言って会釈をした。
「久しぶり、佐藤……曽井先生」
ちりちゃんは少し意地悪な感じでそう言った。
「やめんか」
先生はそう言ってちりちゃんに軽くチョップを入れる。
「まぁ、千里、夏目。本当におめでとう」
先生はそう言って、ちりちゃんとナツメちゃんを祝う。
「ありがとうございます。先生もおめでとうございます」
ナツメちゃんとちりちゃんも先生に対してそう言った。
「おめでとうございます、美空先生」
凛ちゃんも先生にそう言った。
「ありがとう、お前たち」
先生は笑いながらそう言った。その笑顔と一緒に先生の薬指が輝いた。
「皆さん、楽しんでますか?」
同窓会の幹事のアナウンスが会場に響いた。
「それでは行きましょう、何が当たるかな?ビンゴ大会。ドンドンドンパフパフパフ」
そう言って始まるビンゴ大会。ただ僕たちは誰も景品をゲットできなかった。
ビンゴ大会も終わり、同窓会も終結に向かっていった。
「それでは、最後に我が母校の校歌斉唱といきましょう。」
幹事は少しほろ酔い気味にそう言った。まさに締めといったところだろう。
「桜舞う……」
ここでも歌うのかぁと思いつつも口は勝手に動いていた。
「はい、最高です。それでは、同窓会を締めたいと思います。ありがとうございました。」
楽しい同窓会が終わった。
「ふぅー、楽しかったねぇ。美空ちゃん」
僕はマニュアル車を器用に運転する美空ちゃんにそう言った。
「そうだな、梓希。」
美空ちゃんはハンドルを回しながらそう言った。
「プルルル」
僕の携帯が鳴る。
「希美から?」
美空ちゃんは少し笑いながらそう言った。
「そうだね」
僕はそう言って電話に出る。
「もしもし、のんちゃん?」
「ずっちゃん、今は美空義姉ちゃんと一緒?」
「うん、そうだよ。」
「じゃあ、うちに寄ってよ。ちょうど、ママたちもいるしさ。」
「そっかぁ、ちょっと待ってね」
「美空ちゃん、どう……」
僕がそう言い切る前に美空ちゃんは車線変更をした。
「愚問だな」
美空ちゃんは笑顔でそう言って、アクセルを踏み込んだ。その笑顔に呼応するように、僕の薬指の輪が闇夜には眩すぎるぐらい輝いた。
「桜舞う…」
僕は先程歌ったばかりの校歌を無意識のうちに口ずさんでいた。
「また校歌か」
美空ちゃんの口角がくっと上がった。
「美空ちゃんも歌う?」
「あぁ」
僕と美空ちゃんは車内で校歌を歌い出した。
「桜舞う、光指す丘に建つ学び舎、我が母校。誇りを胸に前へと進め。故郷思う、その心、可憐であれ。強き心で社会に挑み、咲きほころう、少女たちよ、妙見女学園♪」
歌いながら僕は楽しかった女子高生時代の思い出を頭の中で回想したのだった。
甘くない友達と甘い親友たち