僕は 彼女の彼氏だったはずなんだ 第二部

第十三章

13-⑴
 9月になって、営業終了間際に、私は、晋さんとオープンの眼玉のメニューを相談していた。

「単純にね、何割引きっていっても、シャルダンと同じ事やられちゃうと、インパクトないから、私は、あんまり、効果ないなぁーって思っているのよ」

「ですね じゃぁ ステーキお代わりOKってのは?」

「それも良いんだけど 若い人にはね ウチはご年配の人も多いのよ 必要?」

「うーん 有難くないですね」

「あのさー 3割引きで、来店していただいた方には、次回も3割引きの券をだすっていうのは?」

「それじゃぁ 赤字を引きづることになりませんか?」

「うん 辛いよね 大赤字になるかも・・ 記念粗品はもう手配しているの ナカミチの名前入りのテーブル拭きにした 500枚」

「えぇー テーブル拭き ですか 有難いのかなー」

「でも 質のいいやつよ 消耗品だけど長持ちするから テーブルを拭く度にウチの名前見てもらえるし」

「そうですか 主婦目線なのかな」

「そう 主婦目線 ウフッ」

「そうだ お子様無料は? これも、ダメですね お子さん居ない人とかは・・」

「晋さん 又 記念特別メニューは? クリスマスの時みたいに」

「そうか それをお安く提供できるようにすれば、お腹あんまり痛まないですよね うーん」

「なんか ある?」

「思い付きですけど、ウチはランプステーキないんですよ 仕入安くしてもらえれば、今までのサーロインとか、フィレより格段に安く提供できるかも・・」

「そうかー でも、ランプも売れ筋なんでしょ 安く、してもらえるかなぁー 量の問題もあるかも 卸会社のほうに聞いてみるね」

「あと ハンバーグなら問題なく、考えられると思います ハンバーグっていうのじゃぁなくミートローフ調にして 魚を使うのも手ですね 普段無いですから それとか、卵を使ったキッシュとか」

「そうか この前ね お父さんが 鯛のポワレ作ってくれた おいしかったわ」

「そうですか オーナーは魚料理 得意なんですよ 松永さんも、時々お店で出していました あの人、淡路島の漁師と仲良いんですよ」

「そう わかった 私は、お肉の仕入と松永さんにお魚の仕入 聞いてみる 晋さん 悪いんだけどミートローフと玉子のほう考えてくれる? 今週中には、チラシ印刷しなきゃあなんないんだ」

「わかりました いよいよ 勝負の時ですね 店長」

「うん きっと 勝てると思う あそこに・・」

13-⑵
 再生オープン記念セールが始まった。金土日の3日間限定。メインは、ランプステーキと明石紅葉鯛のポワレ、それに子供向けには、卵と生クリームのキッシュ、ご年配の方には、ふわふわミートローフ。私達にしては、渾身のメニューだった。それも、格安の料金を設定出来た。ステーキと鯛は\900でミートローフとキッシュは\600の設定だった。それに、ご来店のお客様には、後日2割引きの券をお渡しするつもりだった。だけど、シャルダンは今回は何のチラシも入れていなかったのだ。

 舞依ちゃんから、店長、冒険し過ぎじゃぁないですか、と、言われたが

「大丈夫 晋さんとも蒼とも充分計算したから」と、私には、自信があった。きっと、評判になって今後につながると・・。

 新規オープンの花輪も沢山いただいて、取引先以外に、以前ホテルの時にお世話になった、食品会社と東京のレストランチェーンの社長さんからと思われるもの、地元の老人会、俳句の会、婦人会、そして、何故か最後に、明璃軍団というものまであった。堤さんが、立てるとこないぜって言ってきたので、昔の待合所に並べて、立てることになった。そして、店内には、松永さんのビストロナカミチとホテルの総支配人の名前の生花の盛花があった。

 金曜日、10時オープン初日に年配の方が大勢駆けつけてくれた。勿論、田中さんの姿もあった。その日は、清音も明璃ちゃんも手伝いに来てくれていたのだ。結局、時間前に受け入れて、満席になった。その後も、来てくれた人には、待合室でスープで対応した。清音が応対してくれて、サービスしていたのだ。

 お客さまは、それ以降も途絶えることなく、12時頃になると、待合室もいっぱいで帰る人も出てきたので、私は、せめて割引券をお渡しするように清音にも伝えておいた。結局、お昼の休みも無くて、夜の8時頃まで満席状態が続いた。皆が、働き詰めだったのだ。ようやく

「舞依ちゃんごめんね もう あがって 明日は朝営業開始だから 武君も 本当に、ごめんね 休憩も取れなくて」と、言うことができた。

「店長 いいの こんなに、お客様来てくれて、良かった 明日も、頑張ります」と言う舞依ちゃんと武君は無理やり帰らした。

「清音 ありがとう 明日 仕事でしょ もう あがって 助かったわ」と、声を掛けたが

「いいの 最後まで居るわ でも、明日、あっち行かなあかんので、来れへんねわ ごめん」

「いいの 明日は、光瑠が来てくれるって言ってたし 大丈夫よ」

 その時、蒼が顔を出した。その後ろから堤さんも

「大繁盛だね 昼間 通り掛かった時 すごい人だったね 明日は、ファミリーも多いだろー せめて、俺、駐車場の整理に来るよ」

「堤さん そんなことまで・・ 申し訳ないですよ」

「いいんだ 少しでも、手助けになれば」と、言って帰って行った。

「蒼 ごめん ご飯の用意できていないんだ」

「いいよ 忙しかったんだろう 明日 休みだし 焼きそばでも作って待っているよ」

「まぁ 優しい だんな様ね いいわね お姉ちやん」と、側で聞いていた清音ちゃんが言ってきた。

「清音 明璃ちゃんも 本当に もう あがってよ ありがとう 助かったわ」

「ハーイ 店長殿」と、二人は、顔を見合わせて、言いながら、新しい更衣室に消えて行った。

 そして、しばらくして、帰り際に、又、ふたりが顔を見せて、清音が

「あのね 明日は お姉ちゃんのとこに 泊っても良い? 明璃と」

「えぇー 何言ってんの まだ お布団もないし・・」

「いいの 毛布持って来るし ウチ等 大丈夫だよ 慣れているし お願い お姉様 私は向こう終わったらお手伝いに来るからさー 夜だって、大変でしょ」

「うー 泊るのは 良いんだけど・・」

「じゃぁね 新婚さんのお邪魔するの 悪いんだけど そうするね」と、言って帰って行った。

 あの子、そんなじゃぁなかったと思っていたんだけど、明璃ちゃんの影響なんかな・・。

13-⑶
 翌日も朝は、通常メニューだったが、こころなしかお客様は多かった。堤さんが9時半頃、来て、コーヒーを飲んでそのまま、駐車場の整理をすると言ってくれていた。10時を過ぎると、続々とお客様が増えてきた。今日は、バイトの子も朝から来てくれているので、私、舞依ちゃんと明璃ちゃんとで4人で注文を聞いたりで、光瑠には、調理場の方に入ってもらっていた。

 お弁当の方は、3日間は止めていたので、何とか、切り盛り出来ているが、すぐに、戦争状態になってきていた。12時頃には、待合所の方に案内するのも、満員状態になってしまって、整理券を配って、表で待ってもらうという状態になってしまった。私は、その応対に追われてしまって、入口で頭を下げっぱなしだったのだ。そのうち、駐車場にも入りきれない車も出てきて、私は、堤さんと蒼にあきらめる人に配ってと割引券と記念品を渡しておいた。

 今日も、3時の休憩時間をまわって、4時近くになっていた。武君が簡単なホットドッグをみんなに用意してくれていたので、私は、調理場で立って頬張りながら、晋さんに

「私 読みが甘かったね こんなに来て下さるなんて ごめんなさい」と、謝ると

「なに言ってるんですか 反応が良くて、バンバンザイですよ 忙しいのは、当たり前です」と、晋さんもホットドッグに手を出しながら言ってくれた。

「ミートローフもね、夜の分、少し足りないかなって思っているんです。追加で少し、仕込んでおきますわー。僕も、読み甘かったみたいです 意外と、お子さんと女の人がみんな流れてしまつて、卵のキッシュは、もうひとつだったみたい」

「そう、じゃぁ 注文を聞くときに そっちをお勧めしようか?」

「いいえ それは、無理しないで、お客様に選んでもらってください 好みの傾向も掴めますし、卵のキッシュのほうが手間かかるんです べつに、材料は無駄になりませんから 余っても」

「そう 晋さん 本当に頼りになるわ 助かる」と、お礼を言っておいた。その時、お父さんが、休憩から戻ってきて

「美鈴 鯛は、あと、15食で終わりな 夜は肉が多いので大丈夫だと思うが、昼は年配のご婦人が多かったので、思ったより、出てしまった」

「わかったわ みんなに言っておく お父さん 大丈夫? 疲れてない?」

「バカヤロウ 年寄扱いするな 厨房に立ったら、武に負けていられるかー」と、元気よく返ってきた。

 再オープンの5時になって直ぐに、外車の立派な車が停まった。出てこられたのは、森下さんだった。以前勤めていたホテルのクラブで、とてもご贔屓にしてくださっていた。奥様らしき人と一緒だった。

「しずかさん 立派なお店だね 進藤君から、聞き出してな やってきたよ こっちは、ウチの恐妻君だ」

「森下様 ありがとうございます 花輪までいただきまして・・」

「なんの あんたが頑張っていると聞いてな 心配していたんだよ あのクラブから、なんにも、ワシに言わないで消えてしまったものだから 最初はな、あの進藤のバカヤロウ、何にもしゃべってくれないもんだから・・ そーしたら、お店を大きくするわ 結婚するわってな」

「ご心配おかけしてすみません ホテルに迷惑掛けるのも悪いなって 私なんて、突然居なくなる方がいいのかと・・」

「なんで しずかさんが居なくなって、あそこに行くのも、楽しみが消えたよ あぁ こちらが、ワシが大好きだって言って居た、しずかさんだ いい娘なんだよ」と、奥様に紹介してくれていた。

「初めまして 森下の家内です あの当時は主人が、帰ってくると、いつも、しずかさんに会ってきたと言いましてね 美人で、気が利いて、頭も良くてって 息子が居たら、絶対に嫁にもらうんだが・・って あそこでは、席に座ってはダメなんだけど、ワシにだけは、向かいに座ってくれて、話をちゃんと聞いてくれるんだと自慢してましたわ お会いしてみたら、やっぱりお綺麗で、お上品ですわね」

 その時、清音がバイクで来てくれたのが、見えた。明璃ちゃんに書いてもらったのか、ヘルメットに派手に何かの絵が描いてあった。あの子・・。

「いいえ とんでもございません でも、森下様 わざわざ来てくださって、本当にありがとうございます どうぞ、ご案内いたします」

 森下さんは鯛のポワレ、ミートローフ、卵のキッシュ、ハンバーグ、そしてクリームコロッケをオーダーしてくれたのだ。私は、そんなに・・と、思っていたのだが

「しずかさん すまんが、これを持って帰えれるか? 酒を飲みながら、食べたいんじゃ この太刀魚のカルパッチョなんか、たまらんのー」

「承知いたしました お包みいたします でも、飲み過ぎは、お身体に・・ダメですよー ほどほどにお願いしますね」

 森下さんは、鯛のポワレ以外は、一口召し上がっただけだった。

「いゃぁ どれも、おいしかったよ 旨い! 家でゆっくり、味わうよ 店も順調そうだね お客さんがどんどん来るね ワシも宣伝しておくよ この味なら、太鼓判押せるしな」

「ありがとう ございます 本当にわざわざ来てくださって、それに、久々にお会いできて、嬉しかったです」

「美鈴さん 主人が褒めていたのわかりました 素敵ね これからも、がんばってね」と、奥様も言ってくださっていた。私は、車が出て見えなくなるまで、見送っていた。

 その後からは、続々とお客様が来店されて・・。一息ついたのは、9時をまわっていた。最後のお客様が帰られたのは、10時半になっていた。

「みんな、ごめんね 遅くまで、でも、皆さん喜んでくださったわ 有難う 明日も、お願い」と、私は、頭を深々と下げていた。

「美鈴ネェさん アッシ等のことは気にせんでくやんでくだせぇー いっぱい入ったんで、やりがいありんすよ」と、明璃ちゃんが言って、みんなを笑わせてくれた。

 光瑠が明璃ちゃんをひっぱっていって

「明璃 なんよ その言い方 もっと もう少し、 女の子らしい言い方あるでしょ」と、小言、言っていたが、私は、有難かった。

「美鈴 ごめんね 今夜 この子 無理言って・・」

「光瑠さん ウチが明璃をむりやり誘ったの ごめんなさい」と、清音が言ったが

「清音 ウチが言い出したんだよ お姉ちゃん」と、明璃ちゃんが・・

「どっちからでも いいの! 泊まらせてもらうんだから、おとなしくしてなさいよ 本当に、あんた達は・・」と、光瑠は、少し、イライラしていたみたい。多分、明璃ちゃんの思いついたら、そのまま表現するということに嫉妬みたいなものを感じているのかも知れない。

 その日、ふたりは、お風呂で騒いでいた後、あがってきたら、ふたりとも揃いのタオル地のホームウェアを着て出てきた。そして、フードを被って見せた。

「ニャン ニャン」と・・・猫の耳が付いていた。

「わかったわよ 早く、寝て頂戴 明日も、あるんだから・・」と、私は、あきれていた。こんなに、仲良くなるもんだろうかと、だけど、2階に行っても、ふたりで騒いでいる様子だった。

13-⑷
 日曜の朝は、そんなにお客様は多くなかったのだが、11時頃には、満席になって、12時近くになって、待ってもらう人も出てきていた。その日は、結局、休みなしでぶっ通しで営業したのだ。でも、夕方には、駐車場のほうも落ち着いてきたので、堤さんには、お礼を言って帰ってもらった。夜8時近くになって、ようやく途切れてきたので、武君と舞依ちゃん、光瑠、明璃ちゃんに、もう、大丈夫だからあがってと言って、まだ大丈夫と言うのを無理やり帰らせた。

「清音も もう、あがってちょうだいよ 助かったわ ありがとうね」

「うぅん 楽しかった お姉ちゃんはすごいね このお店、みんなから、愛されているって感じたわ この3日間」

「うん 助けてくれる人が多いからね」

「あ姉ちやん あのさー 私、野菜作ってるから、お店で使ってくれないかなぁー」

「勿論 大歓迎よ 今はね、レタスと玉ねぎは近くの農家さんと契約しているの だけど、他にも必要なものあるから、何が良いのか、晋さんと相談して・・」

「わかった そうすれば、ウチのお客様で上手な人にも声掛けれるしね」

 蒼が駐車場の方がメドがついたようで、店に入ってきた。

「蒼 ありがとうね お休みなのにね」

「いいんだよ 手伝うの当たり前だろう」

「今日ね 晩御飯の用意できなかったんだ 後で、何か持っていくね もう、お父さんも、向こうにいったから、蒼もゆっくりしてちょうだいな」

「うん わかった あんまり、野菜は要らないよ」と、ウチのほうに向かっていった。

 私は、晋さんにお願いして、ミートローフの端っことお肉を少し焼いてもらって、持って行った。蒼はもうビールを飲んでいた。お父さんも、相変わらず冷酒を飲んでいたので、

「蒼 お願い もう少ししたら、お風呂してー お父さんに入ってもらわないと 明日も早いし・・」

「了解 美鈴も 頑張ってな 悪い ひとり、働かせて・・」と、お父さんの見えないところで、キスをしてくれた。

 そして、私が、お店を閉めて、家に戻ると、お父さんは、お風呂に入って寝たよって言って居た。私も簡単に食事して、ふたりでお風呂に入ったのだ。結婚して以来、ずーと、そんな調子で、お店の休みの水曜日だけは、お父さんより先に入ることになっていた。

 その夜は、私、このところ3日間、してなかったので、蒼に抱き着いていって、愛し合ったのだ。もう、私は、とっても快感を・・感じるようになっていたんだ。

13-⑸
 オープンセールは成功に終わった。しばらくして、私は、募集した人の面接をしていた。朝の時間に、舞依ちゃんが忙しくしているのが、わかっていたからだ。でも、なかなか、土曜も日曜もって言うと、働いてもらえる人が居なかったのだ。

「舞依ちゃん ごめんね なかなか、良い人こないのよ」

「いいんですよ 私 頑張りますから 無理に雇わないでも」

「だけど あんまり、舞依ちゃんに負担掛けるのもね・・ でも、3時には、絶対にあがるようにしてね」

 そして、数日後、今年高校を卒業したという女の子が面接に来た。卒業して、料理学校に行ったんだけど、学費も続かないからと、言っていたのだ。

「私 母親と高校生の妹と3人で暮らしているんです。バイトしながら学校に行って居たんですけど、続かなくて・・先日、ここのオープンセールをやっているのを見まして、評判良いみたいだし、ひとから従業員を募集しているって聞きまして・・厨房でも良いし、表でも良いですし、雇っていただけないかと思いまして」

「そうなの 1か月の間は、試用期間ということでも、いいかしら それと、朝、8時からでいい?」と、聞いたら、それでも良いと言うので、とりあえず、返事すると言って、その日は、帰ってもらった。

 彼女の住んでいるアパートの管理会社はここと一緒のはずだからと、何か知っているかと問い合わせてみたのだ。川上佳乃<<かわかみ かの>> と言う名前。

 もう、そのアパートに移り住んで10年近くになると言う。最初の数年は、何度か、家賃が滞ったことがあったらしいが、近所とのトラブルも無く、母親は、スーパーでパートをしているらしい。親子の関係も仲良くやっているみたいだとのことだった。

 私は、晋さんとも相談して、都合のいい時からでいいから、来てくださいねと返事をしておいたのだが、翌日、8時前にやってきたのだ。武君から、女の人が来ているって、連絡をもらって・・。私、洗濯していたのをそのままにして、あわてて行ってみると、彼女だった。

「ごめんなさいね いきなりって、思ってなかったから」

「あっ すみません 早い方がいいかなって・・ ご迷惑でしたか?」

「ううん いいの いいの でも、ちょっと 待ってね 私 洗濯しているの 今 こっちに一緒に来て・・」

 と、私は、家のほうに案内して、洗濯の終えるの待ってもらって、それから、制服を用意して着替えてもらった。私も着替えて、お店に連れて行った。お父さんと、武君に紹介して、舞依ちゃんのもとに連れて行った。

「舞依ちゃん 今日から、来てもらうことになったの 川上佳乃さん えーと 佳乃ちゃんって 呼んでもいいかしら」

「ええ かの でお願いします」と、丁寧にお辞儀をしていた。

「舞依ちゃん 今日は、私がついて教えるから・・ 明日から、お願いね」

「わかりました あしたから、ビシビシ 鍛えます」と、舞依ちゃんは笑っていた。

 私は、ホテルの進藤さんから、教え込まれた接客の仕方を教えていったが、高校の時イタリァンのレストランでバイトしていたという彼女は、飲み込みが早かったのだが、やっぱり、私なりのやり方は違うからと、そこのところは、丁寧に説明していたつもりだ。

 そして、今日は、お弁当の予約も15ケ入っていたのだが、私と、佳乃ちゃんで仕上げた。意外と手際の良い子で、この子ならすぐに慣れてくれると私は、思っていた。30分程で仕上げて、その後は、お父さんに付かせた。調理のほうも、少し、期待していたのだ。

13-⑹
 それから、又、数日後、面接にやってくる人がいたのだ。今度は、他のレストランで働いている30才少し手前の女の人だった。今のお店が移転することになったので、今度は遠くなるから、通えなくなるのでという理由だった。一方的に、辞めてくれと言われたらしい。

 私は、そんな事情には興味なかったのだが、見た目、上品そうなのでウチの店には、いいかなって思って面接していた。
星田京子(ほしだきょうこ)さんという人だ。

「勤務時間は、8時から午後の2時までお願いしたいのですが、10時に途中15分の休憩ありますが・・ほぼ、ぶっ通しなんです。大丈夫ですか?」と、聞いたのだが

「8時ですかー 15分前位に入らなきゃあダメですよねー」と、しばらく考え込んでいた。今までは、9時半から5時まで働いていたらしいかった。

「あのー 子供たちが7時半に、家を出るんです。せめて、送り出してやりたいんで、それからだと、ここまで20分かかると思うんです。だから、ギリギリで、雨の日なんかだと、ご迷惑お掛けすると思って・・」

「いいんです それくらいなら・・ お子さんおられるんでしたら、大変ですものね でも、学校のお休みの時は、大丈夫なんですか?」

「はい 年寄りも一緒に住んでいるので・・ それは、今までと同じですから・・」

「わかりました 基本的には、8時からですが、多少の遅れは構わないです」

 私は、なんか、この人には来て欲しいと感じていたのだ。雰囲気的にも、真面目で丁寧な人だと伝わってきていた。

「それで いつから、来れますか?」

「えぇ 今のシャルダンが9月 いっぱいでお店を閉めるんで できましたら、10月からじゃぁダメでしょうか」

「えー シャルダンにお勤めですかー」私は、しばらく、声が出なかった。閉めるんだー あそこが・・。頭の中を・・昔のこととか、あの上野のこととか、もちろんお父さんとか高井さんの顔も浮かんでいた・・一気に、思いが駆け巡っていた。

「あのー ダメでしたら・・ 出来るだけ、早く、来られるようにしますが・・」

「あっ ごめんなさい いいんです 10月からで・・ シャルダンは今のお店を閉めるって言っているんですか?」

「はい だから、パートの私達には、辞めてもらうって」

「そうですか 私ね 星田さん お会いしてて ウチにとても、来て欲しいって思ったんです だから、お待ちしています 10月からでも、いいんですよ」

「そうですか 良かった ナカミチは評判いいので、私、本当は、早くから移りたかったんです 店長さんが、とっても優しくて、気の付く人だって聞いていましたから」

「そんなことないですよー でも、おそらく、接客のやり方が他とは少し違うので、最初は、戸惑うかもしれませんけど、一からのつもりで、お願いしますね」

「わかりました 教えてください 頑張ります」

 その日の夕方5時のオープン早々、堤さんがやってきた。

「堤さん いらっしゃい お仕事帰りですか? この時間珍しいですね 私ね・・」

「店長 伝えたいことがあってな」と、堤さんは、私が何か言おうとしているのを遮って・・

「シャルダンのこと」私が先に聞いた。

「そう そのこと 店長も、何か聞いたのか?」

「うん 昼間 シャルダンに勤めている人が面接に来た」

「そうか 俺も、少し前に聞いたけど、確かなんか 情報集めていたんだ 公式的には、店舗移転ということなんだけど、移転先が離れているから、実質、撤退だよね 納めているお絞り屋に言わすと、この1年以上、ずーと数が減る一方だって言ってから、売り上げも減るばかりで、もう、回復出来ないって、見切りつけたんだろう」

「さすが 堤さん 顔が広いですね 情報屋みたい」

「しがない工務店だよ みすずファンのな でも、やったな 夢叶ったな 頑張ったものな」

「堤さん それは、秘密 他では、言わないでよ でも、堤さんのお陰 感謝してます あのね 私 堤さんだから言うけど さっきから ヤッターって叫びたい気分なの」

「だろうな あっちに向かって 叫べば良いじゃぁ無いか 今までの苦労考えたら それぐらい許されるんじゃあないか」

「うふっ 堤さん 奥さんいなかったら 私 今、抱き着いていたかも知れない えへっ 何か、食べていく?」

「おいっ からかうなよー 嫁さんが、夕飯用意してるから、このまま帰るよ 又、今度食べに来る」

「そうだよね 愛妻が待ってるから 本当に、いつもありがとうね 助けてくれて 奥様にも、よろしく お待ちしてますので、ごゆっくり来てくださいって」

 堤さんが帰った後、私は、晋さんにそのこと伝えて、松永さんとホテルの進藤さんに報告していた。冷静なつもりだったんだけど、少し浮かれているのかも知れなかった。清音にも、そのこと伝えたんだけど、その時清音は

「お姉ちゃん 良かったね 目標だったんでしょ・・ でもね なんか、悲しいよね 昔のウチ等の家庭・・戻らないし・・ それと、ウチなぁー お父さんの世話を何にもしてなくて、偉そうなこと言えたもんちゃうねんけど・・ お父さんの夢って、そのことちゃうと思うねん ごめんね、お姉ちゃん 偉そうなこと・・」

 電話を切ったあと、清音の言っていたとおりだと・・。私、意地になっていたので、勝手に目標決めてしまっていた。あの子の方が大人になっているのかも・・。

 だけど、私は、一応、区切りだからと思って、少し、夕ご飯を豪華にしておいた。そして、その夜も、白いナイトウェァを着て

「もう、私 全て 蒼のものになったわ」と、蒼の胸に飛び込んでいった。

 清音はああ言っていたけれど、わたしの中では、もう、中道美鈴は居ないの、三倉美鈴なのよと・・

13-⑺
 9月も、残り1週間になった時、シャルダンが店頭に移転・閉店のことを店頭に貼り出したらしかった。そして、朝の時間に突然、松永さんがやってきた。

「なんとか、抜け出せたので、オープン祝いを兼ねてね」

「わざわざ、有難うございます。お陰様で、いいお店になりました。」

「頑張ったね お嬢さん」と、言って、調理場のほうを覗いて、お父さんと晋さんに挨拶をしていた。

「シャルダンのこと聞いたよ。望み叶って良かったね」

「えぇ でも、まだまだです。叱られたんです。清音から・・ お父さんの夢は、そんなんじゃぁないって そうですよね 「ナカミチ」は地域のお客様から、誰からも、愛されるようなお店になっていかなきゃなんないです それが、「ナカミチ」の目指すところなんですよね 私、見失っていました。清音に教えられたんです」

「そうか 清音ちゃんがなぁー 「ナカミチ」のことは、忘れていなかったんだ」

「ええ セールの時も、自分の仕事終わってから、手伝いにきてくれたんです」

「そうか 姉妹で頑張ってくれているのを見ると中道さんも嬉しいだろうなぁー」と、少し、寄っただけだからと、又、お父さんに声を掛けて帰って行った。

「オーナー 元気でやってくれよな 店も大きくなって、いい後継者もできて、楽しみだろうー」

 
 そして、佳乃ちゃんも、ウチにきて、1週間が過ぎていたのだが、相談があると言ってきた。

「店長 私 舞依さんから、毎日 叱られて・・ 辛いんです お客様の名前 覚えられなくて あと、来られた時に、必ず、一言声をお掛けするんですよって その人の身になってって でも、私 なかなか出来なくて・・」と、少し、涙ぐんでいた。

「そう それで、お客様の注文はちゃんと聞けて、笑顔で接してくれている?」

「ええ それは、間違ったことはないんですけど・・」

「あのね 舞依ちゃんて 素晴らしいの だから、あなたにも、早く慣れて欲しいって、思っているのよ 多分 だから、言い方、きついかも知れないけど それに、負けちゃぁ駄目よ あなたなら、わかるよね」

「はい でも、私 どんくさいから」

「そんなことないわよ ちゃんと接客出来ているじゃぁない ひとつひとつ やっていけば、いいのよ あのね 馴染みのお客様 何人か覚えたでしょ 向こうからも佳乃ちゃんに声掛けられたら うれしいんじゃぁないかしら だから、こっちからも、先にお声掛けをする その繰り返しよ だんだんと積み重ねていけばいいのよ ダメよ 自分を見失っちゃぁ あなた 自分を犠牲にして、お母さんと妹さん 助けるって決めたんでしょ」

「店長さん 私 頑張ります」と、なんとか、元気になったみたいだった。   

第十四章

14-⑴
 10月になって、新生「ナカミチ」として、新しいメンバーを加えて、出発した。星田さんが、8時から来てくれることになったので、佳乃ちゃんを晋さんに付かせて、調理場を主として、忙しい時は、ホールにも回ってもらうようにした。料理人になると言う本人の希望に沿ったものだった。

 私は、舞依ちゃんを呼んで

「今度は、星田さんを指導する訳だけどね。あのね、この店をオープンした時、舞依ちゃんが面接したのは、私の親友の光瑠だったの。何人か面接にきた中で、絶対に舞依ちゃんが良いって言って居たの。経験が無いんだけど、機転の利いて頭の良い子だから、直ぐに慣れるし、あの子ヤルわよって。確かに、直ぐに戦力になつて、私も頼りにしているわ。だけど、星田さんは年上だし、シャルダンでの経験もあるし、プライドもあるかも知れないわ。だから、このことは、考えて話してあげてね」

「わかりました。でも、私 直ぐに口に出しちゃうからなぁー」

「言ってもいいのよ でも、フォローが大切でしょ あなたが、お客様に接しているような でもね、舞依ちゃんは、確かに出来る子よ 他の人も同じように、出来るかというと そんなことないの そこを考えてね」

「ハイ! 店長の言うことには、逆らえないですよー それにね、光瑠さんに面接してもらったの覚えています。前の会社で挫折していた私を、このお店に入った時も色々と後押ししてくれて・・だから、頑張って来れた。店長のお話、頭に入れておきます」

 その日、蒼が帰ってきた時

「友野さんがね 妊娠したらしいんだよ それでね、後を僕がやることになったんだよ」

「そうなん 愛さんの方が、先輩なんでしよう?」

「うん でもね 僕の方が歳上だしね 一応、男と女ってこともあるんじゃぁないかな」

「そうなん 女って、よっぽど頑張んないとダメだね でも、蒼、頑張ってね」

「まあな 今まで、以上にな あのさー、うちも、そろそろ考えないとな―」

「うー なんのこと?」と、私は、ベービーのことだとわかったが、とぼけた。

「赤ちゃんのことだよ そろそろ 早い方がいいだろう?」

「うーん もう、少し、待って お店が落ち着いて・・ 来年ぐらいネ」

「美鈴の子供って 可愛いんだろうなって」

「バカね ふたりの子供なんだよ」

14-⑵
 その年のクリスマス、炭焼きローストビーフとスペアリブは、去年も好評だったので、今年もメニューに加えた。そして、舞依ちゃんの提案で、500g位のミートローフで周りをヒイラギとかで飾り、小さな花火を立てて提供して、お客様に切り分けていただくといった少し趣向を凝らしたものも用意していた。

 そして、明璃ちゃんが「みんなでサンタさんの恰好にしようよ」と、言ってきたが、みんなは、恥ずかしいと言って反対していた。結局、明璃ちゃんがひとり、その恰好をして、子供さんにプレゼントを配るということになったが、せめて、女の子だけサンタ帽で対応すると言うことに落ち着いたのだ。

 清音はまだ少し、小さいんだけどと、辛み大根を持ち込んできて、晋さんに見てもらって、ローストビーフの付け合わせに使うと言ってもらっていた。そして、農園を借りている人が作った野菜も持ち込んで、ちゃっかり売り込んでいたのだ。

「お姉ちゃん あのね 頼みあんだけど・・」

「なぁに・・ 珍しいこと、言うねー」

「あの、前の待合所にしていた所 うちの農園している人に、貸してくれないかなぁー クリスマス期間の3日間だけでいいのよー」

「なんなのー じゃぁ 野菜売るの―?」

「そう 出来た野菜 余している人が多いのよ だから、安くても良いからって」

「うーん お客様 買うかなぁー でも、どうせ、清音のことだから、もう、借りるてみんなに行ってしまったんでシヨ 売れなくても、知らないからね」

「ありがとう お姉ちゃん みんな喜ぶと思う」

 私は、清音が張り切って働いているから、少しでも力になれるんならと、思っていた。私も、そうやって色んな人に助けてもらって来たから・・。

 その話を何処から聞いたのか。ウチでお願いしているパン屋さんが訪ねてきて

「お店の前の所で野菜を売るという話を聞いたんですが、その時、ウチもパンとかケーキを売らせてもらえないですかね」

「あのー 素人の人が作った野菜ですよ 売れるかどうかも、どうなるのかも・・」

「いいんです 野菜だけよりも、賑やかになるじゃぁ無いですか」

「でも お宅には、プレゼント用のフィナンシェもお願いしているし、作る方、大丈夫ですか 去年より、バケットも出ますよ」

「もちろん そっちも、ちゃんと納めさしてもらいます。学校給食が止まるんで、余裕あるんですよ」

「ウチは構いませんけど、私 そっちは、タッチしてないんで、妹と打ち合わせしていただけますか」

 そして、5日前と3日前に「ナカミチ」のクリスマスフェアのチラシを新聞に折り込みで入れていたのだが、3日前、新聞を見ていたら、驚いた。お店の前でやる出店の宣伝のチラシも入っているのだった。農園の野菜と、パン屋さん、お煎餅屋さんが割れとかのお徳用を販売するといった内容だった。そして、下半分には、堤工務店の家屋、塀とかの補修をお手軽にお手伝いしますと言った内容の広告。

「清音 なによー あのチラシ 堤さんまで巻き込んで・・」

「えへー チラシのスポンサーなんだ パン屋さんとお煎餅屋さんにも、出してもらったし 宣伝しなきゃぁね だって、お姉ちゃんのとこも、少しは、お客さん増えるかなって思ったんだ」

「ウチは そんなつもりで・・使ってもいいよって言ったんじゃぁー 知らないよ こんな大袈裟なことになって・・」

「うん お姉ちゃんに 迷惑かけないって 明璃にも、相談したんだ あいつ、サンタさんになるんだってー? 表にも、出れたら、応援するからって・・ だから、ウチもサンタの恰好するんだー 又、ふたりで歌しようかなー」

「好きなように して・・ くれぐれも、お店に迷惑かけちゃぁだめよ ウチの食事が楽しみで来て下さる人も居るんだからね」と、言いながら、私は、清音が生き生きしているようで、嬉しかったのだ。

14-⑶
 友野さんが早い目に産休に入ったので僕が、社内会議に出ていたのだ。社長が売り上げを伸ばす為に、営業にハッパをかけたのだが、新製品の開発をもっと、進めて欲しいと、営業の方からは、痛い所を突いてきていた。僕は

「新製品も何ですが、偉そうなこと言ってすみません。今までの取引先に、新製品を売り込んでも、そんなに売り上げは伸びないと思います。やっぱり、新規開拓じゃぁ無いと、全体を押し上げないと思うます。それと、そろそろ業務向けだけじゃぁなくて、一般向けのことも考える必要があるんじゃぁないかと・・」

「君は、簡単に新規開拓って言うけどなぁ よそに比べて、いい商品じゃぁ無いと、なかなか入り込めないんじゃ みんな、頑張っているんだよ 開発は、新製品だけじゃぁ無くて、コストを下げて、今までよりも旨いものを作るんも仕事だろー」と、営業部長の中林さんが言ってきた。どうも、僕は、この営業部長とぶつかることが多いのだ。

「ですけど、原料は上がっていますし、製造のほうにも協力してもらって、代替え品とか歩留とかをあげて何とか、今の原価を抑えているんです。他社が値上げをしてきても、ウチは値上げをしないでもいいように頑張ってます。だけど、それは、一時しのぎなんです。将来を見据えるんだったら、もっと違う方向を考えるのも必要じゃぁないですか」

「君は、営業が努力してないと、言って居るんか」

「三倉君の言っていることも、なんとなくわかる。このままの形態を続けていても、営業も苦しいだろうな。将来を考えて、営業からも、良い意見を出してもらって、みんなで考えようじゃぁないか」
と、製造部長の相馬さんが、中に入ってくれた。相馬さんは、部長クラスの中でも会社の経験年数も長く、この会議の中でも、比較的、意見が通るのだ。

「三倉君 さっき、一般向けにと言って居たが、何か、思うところあるのかね」と、社長が口を開いた。

「えぇ カレーのご飯とセットにした個食タイプです。レトルトでいきたいんですけど、ご飯とセットは難しい。だから、冷凍の会社とタイアップして、開発します。そうしたら、中華丼とかオムレツまで可能かと・・。あんかけうどんなんかも出来ると思います。これから、個食のニーズは増えるとおもいます。独身層が増えてきますから。そうしたら、今、増えてきている激安スーパーに入り込めるきっかけになるかもと」

「うーん やってみる価値はあるかもな」と、社長はしばらく考えていたが

「中林くん どう思う?」と、営業部長の意見を聞いた。

「うーん 実現できれば、営業の連中も頑張りますよ」

「よし とりあえず 挑戦しようじゃぁないか 三倉くん 道筋考えてくれ 中林君も出来るだけ、協力してやってくれ 友野君が居なくって大変だろうから」と、社長の一声だった。僕と、中林部長のことも気づかってくれたみたいだった。

「わかりました」と、営業部長もそう返事するしかなかったのだ。

 僕は、会議が終わった後、相馬部長に

「有難うございます 助けてくださって」と、お礼を言うと、お尻をポンと叩かれて、

「がんばれよ」と、一言だけ言われた。 

14-⑷
 フェアが始まった日、朝早くから、清音がやってきて「着替えさしてね」と、言って出てきたのは、サンタの衣装で短いスカートだった。

「清音 そんなで、外にいると寒いでしょ 風ひくよ」

「大丈夫 毛糸のパンツ穿いているから」と、スカートを巻くって見せていた。そして、表で石油缶に火をおこしていたのだ。そのうち、パン屋さんが机を運んできて、設営していた。

 10時前に明璃ちゃんもやってきて、清音と同じ格好で着替えてきた。

「明璃ちゃん 寒くない? そんなで・・」

「うん 大丈夫 可愛い?」

「可愛いけどね やっぱり 毛糸のパンツ?」って聞くと

「やだー そんなのダサイよー トラのシマシマだよ」と・・

 私は、こんなの着るはめになっていたのかと思うと、ほっとしていたのだ。だけど、それを進んでやってくれている明璃ちゃんに感謝していた。

 10時頃になって、お店にもお客様が入るようになってきたけど、表の方が人が集まっていた。私が予想していたよりも、評判が良かったみたいだった。清音もサンタ衣装のまま、呼び込みをしたりして、小さな子供さんに何かを配ったりしていた。

「店長 清音 張り切っているね ウチも頑張るよ」と、明璃ちゃんも気合を入れていた。子供さんには、お菓子を2ツ入れたものを配る予定だ。お店の裏では、武君と佳乃ちゃんが、今は、スペアリブを焼き始めていて、その匂いが漂い始めていた。それにつられてか、ようやく、お店の方にも客足が向き始めていたのだ。

 舞依ちゃんは、今年の目玉のミートローフを勧めていて、あちこちで歓声があがり始めていたのだ。お昼の間は、年配の方が多く、ステーキの方はあまり出なくて、スペアリブも売れ行きはもうひとつ良くなかった。だけど、私は、夜になれば、若い方も増えて来るし、心配はしてなかった。

 表の方は、野菜が午後の2時までには、無くなってしまって、パン屋さんもお煎餅屋さんも残り少なかった。3時までなんだけど、それまで持たない様子だった。

「お姉様 野菜売り切りました あと2日分 あるかなー こんなに、順調にいくって思ってなかったから・・」と、清音が機嫌良く報告してきた。

「良かったわね 清音 頑張ったから・・ でも、寒かったんじゃぁ無いのー」

「うん 最初はね でも、お客さんが来出したら、忘れちゃった 夜は、こっち手伝うね」

「清音 ちょっと 相談 こっち来て」と、明璃ちゃんが呼び寄せていた。又、ふたりで何か企んでいるんだろうと、私は、スペアリブの味を確かめていた。

14-⑸
 次の日、土曜日、朝から、清音は軽トラックで誰かの運転でやってきた。荷台には、たくさんの野菜が積んであった。

「お姉ちゃん シャワー浴びさせて・・ 土まみれになってしまったんだ」

「別に、良いけど そんなことしたら、風邪ひくんじゃあない?」

「でも こんなで、お客さんの相手するわけいかないやん 大丈夫だよ ウチ バカだから風ひかないもん」と、言って、家ン中に入って行ってしまった。

 10時のフェア開始時間になると、表のほうにお客様が込み始めて、お店のほうにも入り始めた。今日は、家族連れも多く、明璃ちゃんも子供さんの対応に追われ始めていた。久々に光瑠も裏方に入っていてくれた。そして、案の定、ローストビーフの注文をミートローフと一緒に注文する人も増えてきて、帰りには、お持ち帰りのスペアリブも出だした。

 そして、1時頃になる待合所もいっぱいになり出して、外でも待ってもらう人も出てきていた。同時に表のお店を物色する人達も居て、混雑していた。そんな時

「店長 私 15分程 抜けさせてください」と、明璃ちゃんが言ってきた。

「いいけど なぁにー」

「うん 待っている人に 美鈴クラブのショーをしまーぁす」と、外に飛び出していった。「やっぱり、あの子達、これを打ち合わせしていたんだ」と・・

 そして、いつの間にか用意していたアンプスピーカーを通して、ふたりはマイクを持って並んでいた。そうだ、あの子達、私達の結婚式の時、歌ってくれていたように・・。
 そして、「美鈴クラブのふたり でーす」と、言って子供向けのクリスマスソングを歌いだした。子供達も段々近くに寄って行って、喜んでしまって、一緒に歌い出していた。そのうち、大人も交えて、人だかりも出来てしまって、お店の待合所の人達も出て行くといった始末だったのだ。

 明璃ちやんが、お店に戻ってきたとき、食事中のお客様からも大喝采を受けていた。嬉しかったのか、明璃ちゃんに抱き着いて来る子供も居たのだ。私と舞依ちゃんは、顔を見合わせて、あきれていたのだが・・。

 その日は、夜の10時まで客足が途絶えることがなかった。今日も、従業員のみんなを引っ張ってしまった。私は、申し訳ないと思いながらも、こんなに「ナカミチ」に来てくれるお客様に感謝をしていて、喜びをかみしめていた。

 お店を閉める頃、蒼が帰ってきた。何だか、会社の事業計画のことで、今日も休日出勤をしていたのだ。食事もあんまり、食べなくなっていて、最近お酒の量が増えたみたい。

「今日もさー お客様がいっぱい来てくれてね みんなが定時であがれなくて・・ 私 こんなでいいのかなって・・」

「うーん 仕方ないんじゃぁ無いか― まだ、個人商店なんだし そんなに、何回もあることじゃぁないし みんなも納得していると思うし その分、見返りを考えれば、成功報酬というか、それは、仕方ないことだよ 僕だって、実際、特別だと思って、今日も会社に行っているんだから、自分なりに納得しているよ でも、清音ちゃんもすごいね さすが、美鈴の妹だね」

「うーん 私も びっくりすることばかりでね 明璃ちやんの影響も大きいのかなぁー」

14-⑹
 次の日も、清音は朝からやってきたが、様子がおかしいと感じた。

「清音 ちょっと来なさい 眼のまわりが落ち込んで黒いじゃぁ無い」と、私が、清音の額に手を当てると、すごく熱ぼかった。

「何よ 熱がひどいんじゃぁない 風ひいてるんじゃあないのー 何してんのよー ダメよ こんなことしてちゃー」

「うん でも ウチ 頑張らなきゃ― 今日一日だから」

「ダメ とりあえず ウチで暖かくして寝てなさい 後は私が、みんなに手伝ってもらってやっとくから」と、言って居ると、周りの人も「そうしたほうが良いよ」言ってくれて、私は、清音を家の中に連れて行ったのだ。蒼に「とりあえず、お父さんのベッドに寝かして、熱冷ましの薬を飲ませて」と頼んで。

「あのね 絶対、起きてきちゃぁ駄目よ 絶対に寝てなさい すごい熱あんだから よく、動けていたわね」

 無理やり寝かしつけて、店に戻ると、佳乃ちゃんが

「店長 私 サンタさん やります」と、言ってきた。

「いいわよー 気にしないで あの子が勝手に楽しんでいたんだから」

「じゃぁ 私も 楽しみます」と、すると、明璃ちゃんが

「じゃぁ ウチ 外に行くね 佳乃ちゃん お店のお客様 お願い」と、もう、決めていた。

 お昼前になって、清音が気になっていたところに、田中さんが

「清音ちゃん 大丈夫かね 様子見に来たのよ 着替えも持ってきたわ 少し、お台所も借りるわね」

「すみません 私、お店離れられなくって・・」と、案内だけして、田中さんにお任せした。今日も家族連れが多く来ていて、12時半頃には、お待ちいただく人が増えていた。蒼も車の整理に追われていた。もう、慣れたもんだったのだが。

 そして、明璃ちゃんが、一人で・・「赤鼻のトナカイ」が聞こえて来た。そして、子供も巻き込んで輪をつくっていったのだ。お店の中で待っている子供も何人かは、喜んで、出て行ってしまっていた。

 3時を過ぎて、ようやく私は、清音の様子を見に行けた。そーしたら、清音は起きていて、田中さんとふたりで、おかゆを食べていた。

「あっ すみません お任せしてしまって・・」

「いいのよ おかゆなら 何とか食べられるって言うからね 熱は少し、下がったみたい 清音ちゃん 梅干しって食べたこと無いんだって だから、卵も入れてあげたら、おいしいって」

「うん お姉ちやん ウチ 初めて食べたかも・・ 迷惑かけてしまって・・ ごめんなさい 明璃にも・・」

「清音ちゃんね 明璃ちゃんの歌声聞こえてきたら、私も行くって聞かなかったんだから・・ でも、親友が頑張っているんだから、甘えなさいって、ようやく、なだめたのよっ」って田中さんが清音の額に手を当てながら話してくれた。

「そうよ 清音 無理したら、治らないわよ」

「ウン ベッドね お父さんの匂いがする 何だか、幸せだった でも、少しお酒臭いけどね」

「そう ごめんね 急いでいたから・・ 我慢して」

「みすずさん 今日は、清音ちゃん このまま、泊めてあげて 後で、私の特製の風邪の特効薬 飲ませておくから、もう、治ると思うしね」

「そうですね じっくり、休んだ方がいいですよね 清音 張り切るのはいいんだけど、無理しすぎ」

 私は、お店を閉めるのを晋さんに任せて、少し早い目に上がらせてもらった。家に戻ると、光瑠と明璃ちやんが、リビングに居た。蒼とお父さんとでお酒飲んでいたみたい。そして、清音も毛布を肩から掛けて・・。

「あら 光瑠 もう、帰ったと思ってた、明璃ちやんも・・早く、あがってもらったじゃあない」

「うん 蒼君と久し振りだしね クリスマスじゃぁない 武君に焼いてもらったんだ コレ でも、ちゃんとお金払ったよ」と、光瑠も珍しく飲んでいた。机には、スペアリブの残骸の骨が乗っていた。

「そりゃ いいんだけど、清音 まだ、スペアリブはきついんじゃぁない?」

「食べてないよ お父さんが オムレツ作ってくれたんだもの もう、元気になった」

 その後、二人は、帰って行ったが、私は、清音の額に手をやって

「うん 熱はもう無いみたいだね」

「もう 楽になったよ おばぁちゃんが、帰る時、作ってくれたの 効いたんかなぁー ねぇ お父さん 山椒の黒焼きってあるの? おばぁちゃんが、りんごのすりおろしと私市のハチミツに栃木の山椒の黒焼きの粉って言ってたよ」

「うー 栃木って言っていたのか?」

「うん 栃木の鬼怒川の奥の方だって 確か」

「清音 それはな 多分 山椒魚の聞き間違いじゃぁ無いか」

「お父さん? 山椒魚って・・ヤモリみたいな奴?」

「うん 似ているかもな」

「山椒魚って 天然記念物なんでしょ そんなの手に入るの?」て、私、思わず聞いてしまった。

「大きなものはな あの地方では、昔から、黒焼きにして、強壮とか疲労回復の薬としているというのを聞いたことがある。もっとも、小さいものだろうけど・・粉末とか、そのまま酒に漬けたりして食べるそうな」

「ゲェー あの粒の山椒じゃぁないのー そういえば、少し嫌な臭いがした ゲェー お姉ちゃん 今晩 又 熱が出るかも・・」

「何言ってんの 良かったじゃぁ無い 元気になったんだから それに、普通じゃぁないもの、お召し上がりになられたんだからね」

「お姉ちゃん 妹がゲテモノ喰いだって ウワサになったら困るでしょ」

「バカ 薬だよ ワシはそろそろ風呂に入って、二階で寝るよ」と、お父さんが言いだした。

「お父さん ごめんね 占領しちゃって」と、清音が言っていたが

「いいよ それとも、久々に 一緒に寝るか?」

「やーよー お酒臭いし・・」

 その後、清音は

「お父さん 元気で良かった お姉ちゃん ありがとう 私、シャワーして着替えたから、もう、寝るね 明日は、元気に農園に行くから」

「うん もう、一度 薬飲んでね」

「あのさー ウチ しっぽ 生えてきてない?」

「うん そーいえば お尻から何か出てきているかも・・」

「もう お姉ちやん!」と、毛布を私に、被せて部屋に消えて行った。

 私の望んでいた幸せがここに戻ってきていると感じながら、蒼に寄り添っていったのだ。

14-⑺
 もう、年末の休みも迫っていたが、中林部長から、飲みに行かないかと誘いを受けた。僕は、少し、戸惑ったが、快く受けた。事情を知っている愛ちゃんも行きますと言って来たのだが

「それは、中林部長に了解もらってこいよ 僕は、なんとも・・」

 結局、仕事終わりに、梅田の焼肉屋に3人で居た。

「二人は、良く、飲みにいくの?」と、部長が第一声、言ってきたが

「全然なんですよー 三倉君 すごーい愛妻派なんですよー 真っ直ぐ、家に帰るし・・ もっとも、会社出るのも遅いんですけど」と、言っていたが、僕は、「それも、あるけど、今は、遊んでいられないんだよ」と、言いたかった。

「部長 お嬢さん 来年 受験なんですよね」と、愛ちゃんがつないでくれた。

「そうなんよ 芸大受けるんだ だけど、あいつ、下の子もいるから、気使ってくれてな 落ちたら、信楽に弟子入りするって 陶芸志望なんだけどな」

「親思いなんですね でも、可愛いんでしょう?」

「うん 女の子だからな でも、茶碗を目指されてもなぁー もっと 実のあるもんならな」

 世間話ばっかりで、なかなか誘ってくれた本当の目的を掴めないでいたが、

「ワシは、相馬部長に、入社した時、お世話になってな あの人には、逆らえないんだよ 社長にも勿論なんだけど だから、今回、ふたりに言われたもんだから・・ でもな 確かに、三倉君の言うように 転機なんだなって あの後思った。だから、今度は、ワシも思い切ってやるよ ふたりとも、頼むぞ あー もっと食べろよ 若いんだから・・ 社長からも会議費で落としてもいいぞと言ってもらったから、遠慮するなよ」

「ハイ! じゃぁ、遠慮なしにいただきます」と、愛ちゃんは、追加注文をしていた。

「ところで、何か、構想みたいなの固まってきたか?」と、僕に聞いてきた。

「えぇ ぼんやりと・・やっぱり、営業の立場としては、冷凍よりレトルトの方がやりやすいんでしょうね?」

「そうだなぁー 冷凍の場合 ケースの枠があるから、実績がないと入り込むのは、制限されるだろうな」

「レトルトになると、ご飯との兼ね合いが、処理時間の調整が難しいなって思っているんです それにレトルトだと、ご飯のふっくら感が・・」

「三倉君は、社内製造と考えているのか? 外注も考えているのか?」

「できれば、社内で・・ でも、まだ、そこのところは・・」

「そうか 外注も考えてみても、ワシはいいと思う 第一に ウチよりもノウハウを持っている所もある 第二に コスト的に安くすむかも知れない そのときになれば、2.3 紹介してもいいところもあるから、言ってくれ 協力できると思う」

「ありがとうございます 専門な会社のほうが、技術力あるでしょうからね」

「うん ウチの協力会社だから、力になると思うよ」

14-⑻
 その年の大晦日、恒例のおせち料理の製造が始まった。今年は、2人前のお重も作ると、美鈴が言って居た。7寸大の一段重らしい。いつものお重は、150セット、2人前のは、70セット。そのうちの30セットは美鈴を後押ししてくれている食品会社の森下社長からの注文らしい。

 昇二も昨日帰って来たみたいで、朝早いが来てくれていた、それに、光瑠も・・いつものメンバーに加えて、ナカミチのメンバーも増えていたし・・だけど、僕は、受取の時間までに出来上がるんだろうかと、不安だった。前日に

「美鈴 大丈夫かな 去年より、だいぶ増えているけど」

「うん、パン屋さんとか、お煎餅屋さんも、宣伝してくれたし、森下さんも買ってくれたからね でも、大丈夫 人も多いし、広くなったから効率も良くなるから」と、言っていた。

 美鈴の言う通り、11時過ぎには、2/3が終わっていた。休憩タイムをしようとなって、武君がサンドイッチを用意していてくれたのだ。

「清音 少し、手が遅い」と、明璃ちゃんが、言っていたが

「しょうがないじゃん 初めて、なんだから」と、清音も言い返していたが

「えーそうだったっけー 何か、昔から、一緒のような気がしてた」

「そうだね ウチ 中学の時、もっと、明璃と仲良くなってたら良かった」

「まぁ ええやん これからも、仲好しなんだから・・」

「このふたり 明日 初詣に行くんだって・・ 俺がボディガードで付いて行ってやるって言ってんのに、二人だけが良いんだってさ」と、昇二がグチでもないんだろうがバラしていた。

 それから、残りを予定の2時すぎに仕上がっていた。みんなは、順次、帰って行った。清音ちゃんは、帰って、田中さんとお正月の料理を教えてもらいながら、作ると早々に帰って行った。彼女は、2日の日に遊びに来るねと言っていた。僕は、昇二に

「いつ、東京に・・」

「4日の切符取ってあるんだ」

「じゃぁ、3日の日にうちに来ないか? みんなで、集まろうよ どうだ? 光瑠も」

「そうだな もう、あんまり、集まる機会も無いかも知れないしな」

「そうね お昼頃ね でも、あんまり、お料理要らないわよ 普段、働き通しなんだから、美鈴を休ませてあげてね」と、光瑠は気を使っていた。

 その間に、美鈴は、佳乃ちゃんを呼んで、特別に裏で寸志と言う形で渡していたみたい。後で、美鈴が打ち明けてくれたが、佳乃ちゃんは、他の人には、内緒ということなので、受取を断っていたそうだが、美鈴は、慣れないのを頑張ってくれたしクリスマスの時もサンタさんをやってくれたから、妹さんに何か買ってあげなさいと無理やり、押し付けたと言う事だった。

 僕は、希望していた学校も辞めて、家族の為に働いている佳乃ちゃんに、自分の昔と重なる部分があると思っていたのだろう。

「私も いろんな人に助けてもらったから、今がある」と、言って居た。

第十五章

15-⑴
 年が明けて、元旦の朝。食卓には、海老の塩焼き、鰤の照焼と数の子の小鉢が並んでいるだけだった。僕は、今までと違って、少し戸惑っていた。そして、お雑煮のお椀を並べながら、美鈴が

「ゴメンね 蒼 いつもと、違うでしょ 少なくて・・」

「いや そんな・・」

「私達ね 毎年、こんなものなのよ それでも、今年は、鰤を足したのよ お雑煮だけの年もあったわ だから、いきなり、贅沢すると申し訳なくて・・」

「そうかー 良いよ 上出来 美鈴とお父さんと 健康で こうやって、居られるだけで幸せだよ」

 僕達は、3人で新年を祝った。この後、美鈴と僕の実家に行く予定だった。

「ワシは 銭湯に行くから、ゆっくりして来いよ 向こうのご両親も楽しみにしているだろうから 夜もワシはローストビーフあるから、チビチビやるから、心配するな」と、お父さんが言ってくれた。

「お父さん それが、心配なのよ あんまり、飲み過ぎないでね」と、美鈴は、いつも釘をさすのだが・・。

 実家に行くと、お母さんが待っていたかのように迎えてくれた。

「お父さんと二人だけだと、張り合いが無くてね 待っていたのよー」

「すみません お母さん 遅くなってしまって・・」と、美鈴が謝っていたが

「いいの いいの 気にしないで 入ってちょうだい」

 食卓の上には、お重が並んでいて、お父さんはTVを見ていたのだが

「美鈴ちゃん あのね 小紋の着物 用意したんだけど・・ いえね 着なくても、いいのよ だけど、着付けも教えるから、持って帰って そーしたら、必要な時、自分でも、着れるでしょ どう?」

「そんなー すみません じゃぁ お願いします」と、美鈴だって断れないじゃぁないか、でも、僕は、知らんぷりして聞いていた。

 ふたりで、和室にいって、しばらくして、出て来た時、美鈴は着物姿だった、白地の小紋で、化粧も少し変えていたみたいだった。

「ウン 美鈴は、着物の方が似合うのかも知れないな」と、僕は、お父さんが言う前に言っておいた。

「お出掛けしても良いようにって 履物なんかも用意してくださったんです ありがとうございます」

「いいの 娘なんだから、楽しみなんよ それに、それは私のお下がりで申し訳ないんだけど、美鈴ちゃんに着てもらえたら、うれしいわよー」

「私は、着物って 自分がキリツてする感じで好きなんですよ」

「そう でも、もう、あの振袖も卒業よね 美鈴ちやんに着てもらえて、良かったわ」

「あのー お母さん 良ければ、私・・ 着てもらいたい娘居るんです 譲ってもらえませんか?」

「別に 良いわよ 美鈴ちゃんにと、思ったものだから 思うようにして まだ、役立つんだったら」

 その後、僕は、1時間程寝てしまったんだが、その間に、美鈴はもう着物を着換えていて、お母さんと、ちらし寿司を作っていたみたいで、キザミ穴子を混ぜ込んだ僕の好物だ。

「おいしい 去年はこれ無かったからな」と、僕はうなったら

「去年は、なんだか、せわしなかったからね でも、ちゃんと美鈴ちゃんに教えておいたから、いつでも、作ってもらいなさい」

「お母さん 私 まだ、同じもの作れるかどうか・・」

「大丈夫 そんなに難しいもんじゃぁないから・・」

 もう8時になろうかという時に、僕達は戻ってきたんだが、お父さんは、まだ、起きていた。美鈴が貰ってきた、ちらし寿司を頬張りながら

「明日 清音が来るんだろう? 豚バラの角煮をつくっておいたんだよ 食べさせてやろうと思ってな」

「お父さん 昼からよ 午前中は3人で、お稲荷さんにお詣りに行くんだからね」

「あー そうだったな ワシも行かんとダメかー?」

「そうよー みんなで行くんだからね とぼけないでよ」と、美鈴は念押ししていた。

15-⑵
 次の日の朝、3人でお稲荷さんに出掛けた。私は、昨日お母さんから貰った小紋の着物を何とか独りで着付けした。
 参道は混んでいて、私は、お父さんと腕を組んで歩いた。蒼のほうを見ると、頷いていたように思えたからだ。私達は、お詣りを終えた後

「なんか、食べて行く?」って、私が聞いたら、お父さんは

「いや 清音が来るから、早く帰ろう」と、言ったので、早々に帰ってきた。清音には、帰る時間を知らせたので、私達が家に着くと間もなくやってきた。

「あけましておめでとうございます」と、やってきた清音は振袖姿だった。

「清音 きれいね びっくりしたわ」

「えへー おばぁちやんがね 買ってくれたの 昨日も、明璃と一緒に着物着て八坂さんに行ったんだよー これお土産」と、ベビーカステラを差し出した。

「そう 田中さんがー 清音のことが可愛いんだねー」

「うん ウチの孫だからお正月くらいは着飾ってほしいんだって きれい でしょ」

「清音ちゃん きれいだよ さすがだね」と、蒼も出てきて言って居た。

「お父さん あけましておめでとうございます」と、清音が挨拶すると

「なにを 他人行儀なこと言ってんだよ ほおー 京友禅か 立派なもんだわー 良かった 清音」と、私には、お父さんがどういう心境なのか解らなかった。

 そして、私は、角煮を温めて、出して

「これ お父さんが、清音に食べさせたいって、作ったのよ」

「お父さんが・・ おいしそう いい匂いするね」と、清音が言って食べだした。

「ウー とろとろ お父さん、おいしいー」と、言ったかと思うと、少し涙ぐんでいた。お父さんは、ニコニコしながら、コップに冷酒を注いでいた。

「清音 田中さんはお元気なの?」

「ウン 朝ね 近くを、二人で歩いてきたんだ。用も無いんだけど、コンビニに寄ったりして、あの人、私を近所の人に見せたかったみたい。会う人には、自慢げにしていたものー」

「そう 嬉しいのよね 田中さん 清音が居てくれて・・今まで、寂しいお正月だったから」

「去年は、お姉ちゃん達が来てくれて、楽しかったって言ってたわよ お姉ちゃんと仲良くしなさいねって、説教されたわ」

「うふっ 本当のおばぁちゃんみたい」

「昨日ね 明璃ったら ひどいのよー お詣り済んで帰るときね、ベビーカステラ 売っている露店あったの 割と、夫婦らしき年取った人がふたりでやっていたの あんまり、売れていないみたいだったんだけど、うさぎとカメとかニャンコとか色んな動物の顔の形していたのね だから、明璃たら おもしろいー とか言っちゃって・・ その人達に話掛け始めてね そしたらさー 急に わぁー ニャンちゃんだ 可愛い― おいしそう とか大きな声で、言い始めて・・ ウチにも、声を出せと言ってね そうしたらさー 何人かの子供達が寄ってきてね 売れ出したのー 急に忙しくなったのよ」

「そう らしいと言えばね 明璃ちゃんのやりそうなことだよね」

「あいつ それだけじゃぁないんだよ 襷借りてさー 自分でも、焼きたいって、やり出したんだよね ウチには、呼び込みをしっかりしろよって・・なんか、ひどくない?」

「うふふー 振袖のままねぇー」

「でもね ウチも声を張り上げていたから、いつも、2.3人並んでいてさー とんでもないよー 帰る時に、そのおじいさんに、えらいことお礼を言われちゃってさー いっぱい、カステラ持たされちゃったー」

「それが さっきの カステラなのね」

「うん 形がくずれたやつだって だけど、明璃ってすごいね なんか あいつと、やった後、スカーっとするんだ」

「うん 不思議な娘ね でも、あんた達 仲良くしてて、安心したわ いつも、なんだかんだ言って楽しそうだもの」

「そうだね 明璃には感謝している それからね、京極の天満宮に行って、仲好しお守り買ってね、あいつは青、ウチは赤を分けて持っているんだぁー」

「ねぇ 清音 あいつって呼び方 良くないんじゃぁない?」

15-⑶
 明けて4日の営業日初日、舞依ちゃんと武君は、早くから、店を開けていてくれた。お父さんは、もう店に出ていた。蒼も、今日から出勤なので、私と朝食を済ませた後、出て行って、私は洗濯を済ませてから、店に出て行った。

 舞依ちゃんが、待っていたかのように、私にスマホを見せてきたのだ。

 《人気レストランの美人店長の妹が暴走族の情婦!その姉の美人店長も元ナイトクラブのホステスでパトロンを掴まえて、独立してレストランを経営!?》

 SNSに載せられているらしい。それを舞依ちゃんは私に知らせてきたのだ。

「なによー コレッ」私は、何だか理解できなかった。そして、モザイクが掛かっているが、私らしき人物がお店の入り口で手を振っている写真も載っていた。

 誰が、こんなことを・・清音のことを知っている人間なんて、何人もいないはずなのに・・そして、私がホテルで働いていたことも知っているなんて・・でも、ひどい中傷・・悪意がある人の仕業なの・・誰?

「店長 ひどいよね こんなのって どうしようか」と、舞依ちゃんは気に掛けてくれたけど

「舞依ちゃん これだけじゃぁ うちの事って、わからないじゃぁないわ 放っておけば」

「でも 見る人が見れば うちのお店の外観だって・・店長だって・・あのー 清音ちゃんって暴走族の・・なんですか?」

「舞依ちゃん 清音は、農園で皆に慕われて、働いているじゃぁない だから、このことは、清音には黙っていてね」

「わかりました そうですよね 清音ちゃんがそんな訳ないですよね」

 私は、自分なりに犯人を想定してみた。堤さん?でも、あの人には、私がホテルで働いていたことは話してないはず。私と、清音のことを知っているのは、蒼・昇二・光瑠と晋さん。松永さんには、清音のことはチェーン店のパートをしていたとしか言って無いはずだし・・。それに、SNSをするとは思えないし・・あと、明璃ちゃんが光瑠から聞いていれば・・だけど。でも、みんな、そんなことするはずがないし・・。

 3時の休憩時間の時に、舞依ちゃんが、又、スマホ片手に

「見て 店長 又、書き込みしているよ」と

 《人気レストランの美人店長は、姉妹で独り暮らしのお年寄り婦人をたらしこんで、遺産をだまし取ろうとしている!》

「よく 私達のことを知っているのね この人 でもね 舞依ちゃん 信じて 私達、何にも、ここに書かれているようなことしてないわ ちゃんと、一生懸命、働いているのよ 誰からも、後ろ指さされるようなこともして無いし・・ こんなの関係ないわよ」

「ええ でも、私 店長にちゃんと付いて行きますから」と、舞いちやんは言ってくれた。

「ありがとう 私も、舞依ちゃんを裏切るようなことはしないわよ 頼りにしてるわね」

 そして、その日の夜、光瑠からも連絡があった。

「美鈴 知ってる あんたのこと、拡散されているようよ」

「うん 知っている あんなの、どうってことないよ」

「でもさー そうとう、書き込み増えてきているよ どこの店だとか 美人を武器に姉妹でやり手なんだねとか もっと、卑猥なのもあるよ ひどいよ」

「だってさー 事実と違うものー 相手もわかんないしね」

「ほおっておけないわよー そうな、恨まれるような人居る?」

「ううん わかんないー 私達のこと、よく知っているよねー でも、そんなことして、何の得があるのかしら?」

「うん ただの嫌がらせだよね 私 いろいろ、やってみるね 美鈴の幸せを邪魔する奴 許せないの」

「ありがとうね 光瑠 でも、無理しないでよ 司法試験も控えているんでしょ」

「美鈴のことも 大事だよ 任せとけって なんか、対策考える」

15-⑷
 次の日、清音が店にやってきて

「お姉ちゃん ウチ しばらく お店に来るの止めるわー」

「なに言い出すのー もしかして、あのこと気にしてるの? だったら、あんなこと関係ないわよー 気にする必要ないよ」

「だけどなー お店に迷惑かけられないしー まるっきし、ウソちゃうしなー 確かに、ウチって、情婦だったんだなぁーって・・」

「清音 今は、ちゃんと働いているじゃぁ無い 誰からも、文句言われることないわ 昔のこと、気にしちゃぁだめよ しっかり しよー 普段どおり、やってればいいのよ あんなの一時のことだから」

「ウン でもなー しばらく、寄らないようにするわー もしかしたら、あいつが追いかけてきたんかもしれへんしなー だったら、そのうち、店に迷惑かかるよー」

 と言い残して、清音は帰って行った。私は、あの清音をまとわりついていた奴かーと、思ったが、その男は私がホテルで働いていたことなんか知らないはずだし、ここに居ることもわからないはずだから、あの書き込みの人物じゃぁない、他の人物がいると考え直したのだ。

 3時の休憩の時に、又、舞依ちゃんが

「店長 あの書き込み、レーザービーム明さんとか、あちこちから攻撃されて、炎上してしまったみたいよ」と、スマホを見せて来た。そして、星田さんが

「店長 ここに書かれていた従業員って、多分、私のことですわ ご迷惑かけてしまって・・」

 確かに、私も《以前からあるレストランの顧客に自分の店の割引券を渡して愛想を振りまいて、女を武器に客を増やしていった若い女店長は、他社レストランの優秀な従業員を引き抜いたりするといったやり方もしている》という書き込みも見た。

「星田さん 気にしないで 優秀なって 書かれているんだから、良かったじゃあない 笑ってりゃぁいいのよ 私も、こんなでまかせに負けないわよ 相手にしないわ・・」

 と言いながら、私には、書き込みした人物が見当がつき始めていた。ここまで、内情を知っていて、調べることができて、おそらく逆恨みしているだろう人物が。あいつだ。

 夜になって、光瑠から、連絡があった。

「美鈴 徹底的に、やり込めたと思うよ、明璃にも手伝ってもらったけどね。それにね、いろんな人が投稿してくれたのよ 援護射撃みたいにね みんな、美鈴のファンみたい だけど、私、思うんだけど、犯人は、昔、ほらっ・・ナカミチを裏切った人 あの人 なんて名前だっだったけ」

「うん 光瑠 ありがとう もう いいのよ それ以上は ほっておけば・・ 相手したくない あんな奴、自滅するわよ 私 それよりも、清音が心配なの 自分のせいだと思い込んでいるみたいだから・・ 明璃ちゃんにね」

「美鈴 大丈夫 明璃は、清音ちゃんのとこ、行ってくるって、もう、出掛けたよ 泊まってくるって言って居た あの子 早いよ そういうこと」

「そう 明璃ちゃんに、様子見に行ってって、お願いしようと思ってたの」

「うん 明璃は、最初に、清音ちゃんのこと心配してたみたい。親友なんだって」

「光瑠 明璃ちゃんって、光瑠の妹にしては、上出来よね あんなに小学校、中学と変人扱いされていたのに・・」

「あのねー 美鈴 それは・・ネ 姉がちゃんとしているからよ」

「ああ 私は そんなご立派な方を親友に持って幸せでございます ウフッ」

「私も みんなから、慕われている、やり手 経営者を親友に持って幸せでございます ウフッ」 

15-⑸
 次の日、昼前に明璃ちゃんが店に顔を見せた。

「美鈴さん 田中さんが入院したんよ ウチ 病院に付添って行ったんや、診察したら、即、入院だって」

「えぇー 何で どこが悪いの―」

「うーん よく、わかんない あんなぁー 昨日、清音のとこ 泊まったんや 今朝、田中さんが病院行くって言いだしたから、清音は仕事あるやんかー だから、ウチが付添って行ったんよ そしたらね 入院するって・・ なんか、おかしいんよね」

「それで、どこの病院?」

「うん 有沢病院 だけど、元気そうなんやけどなー」

「そう じゃぁ これから、様子見に行くわ」

「美鈴さん ウチ、昨日 清音のこと気になったんで、無理やり泊めてって言ってな そしたら、部屋ん中、なんか、荷物まとめているみたいやってん あいつ 出て行くつもりやったんちゃうかなぁー だけど、飲みながらやったけど、ちゃんと説明したんやで・・ 今回のことは、清音のせいちゃうって みんな、清音が必要って思ってるんやでって あいつに、今、必要なのは、自分の居場所をしっかりと伝えることやと思ってな」

「ありがとう 明璃ちゃん」

「ううん そんなんちゃうねんけど ウチは、あいつのこと本当に大事な友達や思ってんねん なんか、ウチのこと理解してくれているし・・けどなー あいつは、まだ、心の底に 自分対しての、コンプレックスっていうか お姉ちゃん同士のつながりからって思ってるとこあんのんちゃうかなぁー それでな ごめん 叩いてしもたんや ウジウジしとったから でも、お返しに、ウチにも叩き返せって、ゆうてな わかってくれたと思う スッキリしたわ 何のための仲好しお守りよ」

「マァー そういうのって 明璃ちゃんらしいわねー 清音 びっくりしてたでしょ」

「うー どうかなぁー 女に叩かれたのは、初めてって言ってたけど、男には、けっこう・・苦労してたみたい ポツリポツリと話してくれたけど」

「本当に 明璃ちゃんが、居てくれて助かるわ これからも、よろしくね」

 私は、直ぐに、病院に向かった。病室に入ると、田中さんは、隣のベッドの人と話していて、元気な姿だった。

「あぁー 美鈴ちゃん この子、私の一番目の孫」と、言って、隣の人に紹介していた。

 とてもお元気そうだった。病人とは思えなかったのだが

「大丈夫なんですか? 入院されたって、明璃ちゃんが・・ 私、びっくりして」

「ごめんなさいね 驚かしてしまって ちょっと、休養しようと思ってね 検査入院よ 清音ちゃんには、黙っていてね 心臓の検査ってことで」

「田中さん もしかして・・」

「うん まだまだ 清音ちゃんに、面倒みてもらうから、貴方は、気を使わないでちょうだいね」

「すみません そんなに、清音のこと 考えてくださって・・」

「美鈴ちゃん あの子が来てくれてから、私は、本当に生きているのが楽しくなったのよ 毎日がね お風呂に入る時も、気遣ってくれて、滑ったりすると大変だからって、この年寄と一緒に入って、身体洗ってくれたりしてね まわりが何と言おうと、あの子は私の本当の孫なんだよ ありがたいね」

「田中さん あのこと ご存じだったんですか」

「ええ 堤さんがね あの人なりに、調べたんだって 前の男がどうしているかって だけど、今は、物流の会社に行って居て、真面目に働いているそうよ だから、今回のことには、関係してないんじゃぁないかって 安心してって もしかして、清音ちゃんが、気にしているんならって」

「そうですか 堤さんが・・ ありがとうございます 本当に、清音のこと、そんな風に大切にしていただいて」

「なに言ってんのよ あんただって、私を結婚式の時、身内として呼んでくれたじゃぁない うれしかったのよ さぁ 清音が着替え取りに行ってくれたの、もう戻って来るからね、帰ってちょうだいな 私は大丈夫だから あの子には、頼みたいことがあるから・・しばらく、面倒かけなきゃね 居なくなると、私も困るのよ」  

15-⑹
 数日後、清音が野菜を納品に来ていた。佳乃ちゃんが知らせに来てくれたので、行ってみると、もう、帰るとこで、武君が清音を呼び止めて

「お前んとこの、辛み大根は辛いだけで甘味がないし、人参も味がないねん。ドレッシングで何とかしているけどな もっとちゃんとしたん作れよ」と、きついことを言って居た。

「なによー アンタも腕が磨けてええんちゃうのー」

「野菜だってな この店の顔なんだから、そのつもりでな」

「うぅー わかったわよ アンタのまずいドレッシングに負けないようにするわよ アンタもがんばれよ」と、帰ろうとした時、私に

「お姉ちゃん 明日、お休みでしょ 夕方、お家に行って良いかなぁ 一緒に、晩御飯つくろっ」

「いいけど 田中さん、元気?」

「ウン あと、2.3日 入院するって 元気だよ、心配ない」と、ツンツンして帰っていった。

 次の日、夕方近くなって、清音がやってきた。

「これ、小アジ 安いから買ってきた。あと、小芋と・・武の言って居た辛いだけの辛み大根」

「そう アジと小芋はフライにしようか 清音 武君のこと気にしてるの?」

「いいや アイツなりに気を使ってくれたんやと思う 言い方 腹立つけどね」

「そう わかってるんならいいけど・・」

「お姉ちゃん ウチな 田中さんとこも出ようと思っていたんや でもな 明璃にコンコンと言われた。親友以上って感じたの、明璃のこと だから、ウチの前の生活のこと、男のこともね、全部、話した。そしたら、スッキリしたわ それに、お父さんの夢をお姉ちゃんと一緒に叶える義務があるんちゃうのってことも・・説教された。武のバカ野郎にまで、あんなこと言われて・・やっぱり、ここがウチの居場所なんやって・・ だから・・ずーとお世話になるね」

「そう 良かった 清音が変なこと考えなきゃ良いなって思ってたから」

「ねぇ お姉ちゃんの周りって、何で、みんな良い人が集まるんだろうね」

「うーん 清音だって 明璃ちゃんとか、田中さん、木下さんだって、農園の人とか、みんな、あんたが一生懸命だから、助けてくれるんじゃぁない? 武君もそう思うから、あんなこと言ったんだよ みんな、あなたという人間を見てのことなんだよ クリスマスの時のマーケットも大成功だったし、パン屋さんにイチゴ農家の人が、春休みにやる時には加えてくれって言っているそうよ 清音のお陰だって 清音は賢いんだから、まだまだ、やることあるのよ」

「うふっ お姉ちゃんがウチのこと 賢いって言ってくれたの 初めてかも」

「そう? 昔から思ってたわよ 清音は賢い子だって」

 その時、お父さんが戻ってきて

「おぉ 清音 来てたんかー」

「うん お父さん 何かつくってたの?」

「デミソースをな 3日かかるんじゃ 美鈴 先に風呂に入っていいか」

「うん 待って もう洗ってあるから、お湯入れるね」

「お姉ちゃん じゃぁ 小芋 洗っとくね 直ぐに揚げれるように お父さんのおつまみ」

「そうか それは、うまそうじゃのー 清音 持ってきてくれたのか?」

「うん 今日 掘ったんだから」

 お父さんがお風呂から出てきたのと同時に小芋の素揚げを持っていった。

「うん うまい ねっとりとして 清音 うまいよ」

「そう 良かった」と、清音も嬉しそうにしていて、私達は二人で小アジの処理をしていたのだ。

「風呂あがりに、こうやって、酒が飲めて、そうやって、二人で仲良くやっているのを見ていると、ワシは本当に幸せだなって感じるよ」

 私達は、お互いに、顔を見合わせて、肩でこつきあっていた。私も、幸せを感じていたのだ。

15-⑺
 僕は、中林部長の紹介で協力会社に来ていた。自分なりの試作品を持って、相談に来たのだ。会議室で向こうは工場長と言う人と、技術課の課長さんが応対してくれていた。

「製品の3品。イメージとしてお持ちしたのですが、まだまだ商品としては、未完成なので、何とかお力添え願えないかと思いまして・・」

「えぇ 中林部長からも伺っていますし、私どもで参考になるようでしたら・・喜んで」と、
霧降
きりふり
工場長が言ってくれて、早速、事務員に女の子に温めて、持って来るように電話で指示をしていた。

 持参したのは、カレーライス、オムレツ丼と豚の照焼丼の3品だ。待っている間に、僕は

「ターゲットは独身の方は勿論なんですが、キャンプ用品売り場の片隅とかキッチンカーのメニューの1品に加えてもらえないかと、甘いこと考えています」

「そうか キャンプ関係も面白いかもな 一人キャンプも増えてきているからね 唯、あの人たちは、自分で作るのも楽しみの一つと思っているからなぁー どうだろう 最近、過疎地を回るコンビニカーが増えてきている。そんなとこには、良いかもな」と、工場長さんは乗り気になってくれていた。

 そして、僕の持ってきたものを、みんなで、試食したあと

「カレーの味はさすがですね。唯、対象を何処に絞るかです。ご年配とかお子様向けには、少し、スパイシーすぎるかなー。オムレツは、まだまだ改良する必要あります」と、技術課長の向井さんの感想だった。

「そうだなぁー カレーライスは、ターゲットさえ絞れば、すんなりいくだろう。照焼も良いんじゃぁ無いか。オムレツは三倉さんは、餡かけにしたいんだろう、色々と試作必要だな」と、工場長も付け加えた。

「カレーのターゲットは、中林と相談します。照焼も、もう少し香ばしさを残したいんです」

「とりあえず、わかりました。社内でも、どういう風に進めたら、良いのか検討します。後日、連絡しますから、中林部長も含めて、方向性を決めましょう」と、霧降工場長が言ってくれた。

 社内に帰って、中林部長と打ち合わせをすると、豚照焼丼と焼き鳥丼を先に進めてくれないかと、打診があった。販路がそっちの方が開けそうだと言って来た。まだ、わからないが、何かルートの心当たりがあるみたいだった。焼き鳥丼なんて、つもりしてなかったのに・・。

15-⑻
 お店の休みの日、私はお父さんに話があると切り出した。

「お父さん 清音のことなんだけどね あのね 田中さんが、養子にしたいって、相談受けてるの」

「えぇー 養子って 何でそんな必要あるんだ」

「田中さんって、身寄り居ないでしょ 清音のこと、本当の孫みたいに可愛がってくれてるし・・」

「それはそれだろう 何で、今のままじゃぁ駄目なんだ?」

「あのね 清音はね 小野清音って言うのよ 中道じゃぁないの」

「なんだよ それ 小野って」

「清音が貰われていった時、小野に変わったの それから・・」

「そうなんか 何か聞いたことのある名前だけどな」

「今ね 清音は生まれ変わろうと頑張ってるの それに、あの子、おばあちゃんの面倒をずーと見て行くつもりなんよ でも、お父さんの娘には変わりないわよ」

「だからと言ってなぁー なんで、うちの娘じゃぁ駄目なんだ」と、お父さんは、散歩に行くと言い出した。

「お父さん あの子は、ずーと、一人で生きてきたのよ 清音の思ったようにさせてあげて 今、自分の居場所を見つけたのよ あの子 この前、今、幸せだって・・」と、私は、出掛けに声を掛けたけど、言い終わらないうちに、黙ったまま出て行ってしまった。

 夕方になって、お父さんは、焼き鳥を買って戻ってきた。

「美鈴 ビールくれないか」

「あらっ 珍しい いつもの、お酒じゃあないのね 今日は、ずいぶん、散歩長かったね」

「うーん あちこち歩いてきた。美鈴 今、幸せか?」

「どうしたの? とっても、幸せヨ」

「そうか 娘が幸せって言っているのは、親にとってはうれしいことなんだが、反面、もの淋しい気持ちもあるんだ 特に、ワシはお前たちに何にもしてやれないで来たからなぁ」

「お父さん 違うわ 私達を産んで、育ててくれたじゃない」

「だけどな、幸せに形があるとすれば、子供達の幸せの風船はこれから膨らんでいくんだ。親の風船って、それにつれて萎んでいくのが努めなんかなってな」

「お父さん 何言い出すのよ どうして、風船を分けるのよー 私、親の気持ってわからないけど、家族なんだから、一つの風船でいいじゃぁない 孫が増えれば、もっと大きな風船になっていくのよ」

「美鈴 できたのか?」

「ちがうわよ! 例えばの話よ まだ・・」私、何を言って居るのか・・混乱し始めていた。

「美鈴の言うこと。お前は間違わないと思っている。清音のことも考えてやってのことだろうから、反対しないよ」

第十六章

16-⑴
 3月の初めになって、明璃ちゃんがやってきて

「美鈴さん 昇二がね・・ ウチ 20日すぎから、研修があって、そのまま東京なんよ だから、住むとこ 昇二に一緒に住んでって言ったんだけど・・ ダメだって ウチのこと嫌になったんかなぁー せっかく、東京の会社に就職したのに」

「まぁ 明璃ちゃん そのこと、ご両親に話しているの?」

「ううん お姉ちゃんには、話したよ お姉ちゃん 反対しなかったわよ ウチが良いんならって 親も東京に行くことは知っている だってさー 女の子 一人で生活するより、安心できるし、家賃も半分こできるやん」

「だって 相手が男だっら、そうはいかないわよ そんな、いきなり 昇二だって、わかっているわよ」

「でもね 昇二はウチと一緒に寝ても、何にもしてこないんだよ 昇二の腕ン中で寝るだけ だから、まだ、何にもないの キスだって、今まで、1度っきりだよ」

「だったら 余計じゃぁ無い 昇二は、明璃ちゃんのこと考えて‥ とにかく、昇二の考え聞かないと、私からは、何とも言えないわ」

「ウチな どう考えているんか 聞いたのよ だけど、はっきり言ってくんないの」

「あの人はいい加減なことはしないわ 蒼から、昇二に聞いてもらうけど、明璃ちゃん 昇二のこと信じているんなら 言う通りに、付いて行きなさいよ だから、一緒に住むのはダメって言うんなら、そうなんだから、早く、ひとりで住む場所見つけなさい でないと、どんどん埋まっちゃうわよ」

 と、言ったものの、蒼にこのことを話ししようと思っていたが、このところ毎日帰りが遅くて、忙しいみたいだった。朝の出掛けにこの話をすると

「わかった 会社から、時間をみて、連絡してみるよ 今な、ようやく2アイテムだけ試作販売が決まったんだ。ご飯の部分を器にもなるよう改良したんだよ」と、言って居たが、私には、もうひとつピンときてなかったのだ。

 蒼は今、会社で大変な時なんだ。新製品の色んな問題を抱えて、何とかしようとしている。だけど、私は、何にも知らない。蒼のこと、共有出来てないんだ。蒼はお店のこと、私が相談すると、色々考えてくれたり、一緒になって動いてくれているのに・・。私はダメな奥さんなんだ。好きだ好きだと言って居るだけで・・。なんにも、妻としての役割、果たしていないんだと感じていた。

16-⑵
 私は、蒼の実家に来ていた。前の日に、お母さんにお茶を飲みにお邪魔しますと伝えておいたのだ。

「お母さん 私ね 蒼の会社のことに全然タッチしてなくて・・そんなで、良いんだろうかって思って」

「蒼に何か言われたの?」

「いいえ 逆にあんまり言ってくれなくて・・毎日、帰りが遅いせいもあるんですけど」

「そう 美鈴ちゃんには、お店のことがあるので、余計、言わないようにしてるんかもしれないね」

「だけど、私は、蒼に相談して頼ってしまう時もあるんですけど・・なんか、蒼を支えてないんじゃぁないかなって、考えてしまって 妻としての役割はたしてないですよね」

「蒼のこと愛してくれてるんでしょ」

「ええ とっても 甘えちゃうときもあるんですけど」

「それで、良いのよ 男の人って、仕事のことは、あんまりしゃべんないわよ 側に、愛してくれる人がいるだけで、一生懸命仕事するのよ 話たくなったら、向こうから話してくるわ 言わせるように仕向けちゃダメよ 言い出すようにするの 仕事の内容なんて、女にとっては何にもわかんないし、何にも出来ないわよ だけど、聞いてあげるだけで良いの!」

「そんなもんなんですか」

「そう 今の美鈴ちゃんのままで良いのよ お互い、愛し合っているんだから 行き詰ったら、蒼も頼って来るわよ その時は、聞いてあげて」

「はい ありがとうございます 安心した お母さん」

「ウン それはそうと、振袖の話 何か、考えているの?」

「ええ もし、良かったらなんですけど お店の女の子 今年二十歳なんです お父さん居なくて、調理学校を途中で辞めて、家族の為に働いているって子なんですけど・・私 成人式も出てなくて・・だから」

「そう わかったわ いつでも、言ってちょうだい 前もって、写真も撮った方が良いからね」

「ありがとうございます まだ、本人にも言って無いから、良いのか どうか」

「それより、あなた達 赤ちゃんのこと、考えているの 余計なお世話かもしれないけど、気になるのよー」

「まだー もう、少し、お店が落ち着いたらと思っています ごめんなさい」

「謝らなくても良いのよ 二人の問題だからね」

 そして、私は、家を出て来たけれど、そーいえば、数えてみると、あの日の予定日を過ぎているのに初めて気付いたのだ。 

16-⑶
 「三倉君 売れたぞ」と、開発室に中林部長が飛び込んできた。

「北海道と東北の漁港 港町のスーパーに置いてもらってたんだが、追加注文が入った。どこも、売れ行きが良くって、漁師が大量に買っていくそうだ。ご飯を袋状にしたのも問題ない。ゴミも少なくなるので好評らしい これで、追加生産できるよ 営業の連中も活気づいているよ これを実績に都市部にも売り込みに行く」と、一気にしゃべってきた。

「そうなんですか さすが、部長 最初から、漁港を考えていたんですか」

「いや たまたまな それでな、今度は、カレーとあんかけのうどん 頼むよ 地方のお年寄りに照準合わす」

「それなら 霧降工場長が、お年寄りには、うどんが良いかなって、提案があって、もう、試作品も出来上がってます。社長のゴーが出れば、直ぐに生産に入れます」

「そうか じゃぁ 直ぐに、社長に掛け合うよ 頼むぞ、代理 それと、あんかけオムライスもな あれは、なんとなく面白い 子供にもお年寄りにも受けるかも知れない」

 と、出ていったけど、愛ちゃんが

「どうしたのかしら あんなに開発のこと、敵対してたのに・・最近、変わったね それに、あの人が、あんなに動き良いって知らなかった 見直したわー」

「ウン 接してみればね 部長はさすが部長ってことなんかなぁー」

「ねぇ うどんの話 あれって 蒼君が毎日、遅くまで試作してたやつじゃぁないの?」

「うん 昨日 丁度、なんとか ものになったかなと思う」

「じゃあ 霧降さんじゃぁないんじゃぁない」

「うーん どっちって言う事もないしね」

「そうかー 君はそういう人間なんだよなぁー ねぇ、今日、祝杯あげに行こうよ 一区切りついたんでしょ ふたりでね」

「うーん 愛ちゃん 危険だからな あんまり、飲むなよ」

「わかってるよ 迷惑かけないって それとも、私の魅力に負けてしまうのかー」

「バカ その魅力は独身の男に振りまいてくれよな」
 

16-⑷
 「佳乃ちゃん さしでがましいことだったら、ゆるして あのね、今年二十歳でしょ 来年の成人式の振袖 私の方で用意させてもらえないかしら と言っても、お下がりなんだけどね どうかな」

 佳乃ちゃんは「店長」と言った切り、下を向いていた。

「どうして、そんなに私のことを・・」と、言ってきた顔は泣いていた。

「ごめんなさい 私 おせっかいよね ごめんね」

「違うんです 嬉しいんです いつも、気にかけてもらって・・妹が、小学校の先生になるのが夢なんです だから、大学に行ってほしくて 私 振袖なんて、贅沢だって、あきらめていたから・・でも、そんな厚かましいこと、ご遠慮させてもらいます」

「妹さん 想いなのね」

「あの子 頭いいんです それに、おしゃれもしないし 我慢して・・参考書なんかも、図書館で借りてきて・・せめて、大学くらい、応援しなきゃと思って お母さんと・・」

「うん 頑張ってるもんね でもね 佳乃ちゃん 一生に一度の事ヨ 地元だから、お友達も集まるんでシヨ お願い 私は、そんなこと出来なかったから、佳乃ちゃんには、ちゃんと、振袖で想い出作って欲しいのよ」

 佳乃ちゃんは、しばらく下を向いて考えているようだったけど

「店長 ありがとうございます 甘えさせてもらってもいいですか」

「えぇ よかったわ あのね 私も、着せてもらったんだけど、蒼の実家のお義母さんのものなの だけど、とっても、きれいな柄よ 私は、気に入っているの だから、佳乃ちゃんにも、着てほしくって もちろん、お母さんにも、お話してあるわよ」

「ありがとうございます 私、こちらに雇ってもらえて、本当にラッキーだったと思っているんです。店長にも、よくしてもらえて、晋さんにも親切に教えていただけて・・。料理学校行って居るよりも、いろんなこと教えてもらえるし・・」

「そう 良かったわ 晋さんもね 教えたことは、きちっとやるし、掃除の隅々までやってくれるし助かるって言ったわよ」

「そうなんですか あんまり、話さないですから、気に入られてないんかなって思ってました」

「あの人は、そうなんよ 最低限の必要なことしか話さないの でも、面倒見はいいのよ 武君もちゃんと一人前にしてきたし、佳乃ちゃんも頑張ってね」

 そして、次のお店のお休みの日 私は、産婦人科で受診した。秋に出産の予定だった。あの時、私、今までにないものを感じてしまって、蒼にしがみついて離れなかったんだ。その時の・・。

 何か、とんでもないことしてしまったような・・。でも、思っていたより、少し早いけれども、蒼も望んでいたことだし、私も、喜びが湧いてきていた。

16-⑸
 その日、お義母さんに教わったちらし寿司を作って、串カツをお父さんのために揚げていたら、蒼が帰ってきた。

「美鈴 決まったんだよ 丼2品が都心のスーパーに置いてもらえることになった。漁港の食品スーパーでも好調だし、増産が決まった。それと、新しい、あんかけオムレツと野菜あんかけの方も興味を持ってくれているとこ数社出て来た」と、帰ってくるなり嬉しそうに話し掛けて来た。

 私は、串カツを揚げていたので、

「ごめん 後で、ゆっくり聞かせて ごめんネ」と、言ったら、お父さんと話していた。私も、蒼に報告があるので、落ち着いてじゃぁなければならないのだ。

 そのうち、お父さんが

「ワシは、昼間、銭湯に行ってきたから、もう、寝るよ」と、言って、自分の部屋に行ってしまった。

「私ね、あんかけオムレツ好きなのよ。それにね、ご飯の部分が丼の容器に入っているじゃない。あれって、独り生活には良いんじゃぁ無いかしら」

「そうなんだよ あの形態には、こだわったんだ。それにな、オムレツとあんは別の袋なんだよ。オムレツはレンジでふんわり仕上がるようにしてあるんだ。手間かかるんだけど、その分おいしいと思うけど、売れて欲しいんだ」

「うん 食べてくれたら、きっとおいしいと思うんだけどね でも、私は、あのご飯を丼容器にしたのは、良いと思うわ 照焼と焼き鳥のは、袋だったんでしょ ああいうのは、女の子には、抵抗あるかも だから、売り先を考えて営業している中林さんも、苦労しているんでしょうね」

「そうだよ 今は、地方にうどんの2品を売り込みしている お年寄りには、うどんのほうがいいんだってな」

「順調なのね 良かった 頑張ってたものね」

「うん だけどな、社長から、オムレツの奴 自社生産で考えろって、言われているんだ あれは、協力会社の人からも、色々と試作を重ねてきたから、いまさら、申し訳なくてな 心が痛いんだ」

「うーん 色々 難しいことあるんだね でも、社長さんが言うんじゃぁしょうがないよ 蒼のせいじゃぁないんだし・・他のは、そっちに廻すんだし」

「そうなんだけど、まぁ そっちの方が、生産が追われるようになって欲しいよ」

「あのさー 落ち着いてね 蒼 聞いて 私 赤ちゃん 出来ちゃった」

「えぇー できたのか やったねー 美鈴 元気なんだろー?」

「うん 順調 いまのところ 秋には産まれるわ」

「そうか でも、店の方 無理すんなよ みんなに任せてな」

「徐々にね 考えて行くわ 私 母親になるなんて 実感ないんだけど・・」

「ダメだよ これからは、赤ちゃん 第一なんだから 嬉しいよ 美鈴 女かな男かなー」

16-⑹
 3月中旬、昇二から連絡がきて、話があるので、泊めてくれと言ってきていた。金曜の夜10時を過ぎてやった来た。お父さんは、もう、早々と寝ていたのだ。

「めし 食ってないんだろう 今、売り込みをかけている、あんかけオムレツ食べてみてくれよ」と、僕は、昇二の意見も聞きたかったのだ。

「蒼が開発したのか? 頑張ってるなぁ もらうよ 横浜のシューマイも買ってきたんだけどな」

「待ってろ レンヂで直ぐだから・・ どうしたんだ、急に 出張で来たのか?」

「うん 俺 4月から、上海だ」

「えぇー あの上海かー?」

「うん あの上海 最低2年は、行くことになると思う」

 僕が、レンヂで出来上がったものを出していると、そんな時、美鈴が家に戻ってきた。

「昇二 来てたんだ ごめんね 私 たいしたもの用意してないの」

「いいんだよ 美鈴 今から、蒼の失敗作を食べるとこなんだよ」

「おい 食べてから、言えよ プロとしての感想をな」

 昇二は黙ったまま、食べていた。僕は、美鈴にシューマイを温めてくれと言って、キッチンに行って、小声で

「あんまり 無理するなよ 大事な身体なんだから」

「うん 気をつけているわよ これ、チンといったら、蒼出してね 私 匂いダメかも」

 シューマイを持っていくと、もう、昇二は食べ終わっていた。

「どうだ なかなか良いだろう?」

「うーん ビールとは合わないな」

「バカヤロウ つまみじゃぁないよ」

「アハー いや、うまいよ それなりなんだろな 思ったより、卵もふっくらしていたのは、びっくりした。でも、俺なら、もっと、餡にボリュームが欲しいな グリーンピースとかエノキが卵に入っていたけど、卵をもっとシンプルにして、もっと小さくても良いからもっと、厚みを持たせて、餡のほうを具沢山にしたほうが豪華に見える。写真映えするしな あと、ご飯のふっくら感は出せないので、餡を多くして、カバー出来るかなと思う まあ 男には、少し、ボリューム感ないかな 女子向け でも、うまかったよ」

「そうか 参考になるよ 検討するよ」

 その間に、美鈴は端っこのほうで、梅干しだけで白ご飯を食べていた。

「美鈴 どうしたんだ? えらい、質素やんか」と、昇二が気にしていた。

「美鈴 もっと、栄養とらんとあかんのちゃうか」と、僕も言ったのだが

「うん 今は、梅干し食べたかってん 食べられるときは、色んなもの食べてるから大丈夫」

「昇二 実は、出来たんよ」

「えぇー 子供 できたんかー? で、いつ?」

「秋に生まれる 今、3ヶ月」

「そうなんか パパになるんだな 良かったなー 蒼 でも、俺 見ることが出来ないんだよなぁー」

「美鈴 昇二、4月から上海だって」

「まぁー やっぱりかー で 明璃ちゃん どうするのー? 話したの?」

「うん 明日、会って、話す 最初からなんて、連れて行けないよ 明璃だって、就職決まったとこだし・・ なんとか、待ってもらうよ 待てないような奴なら、仕方ないよね」

「昇二 だから、東京で一緒に住むこと 渋っていたのね」

「いゃ あの時は、まだ、はっきりしてなかっただけだよ」

「そうかー 明璃ちゃんも、可哀そうね でも、それも試練か 昇二への気持を確かめるのに、良いかもね」

「そうだと思う 本当に、俺なんかで良いのかって・・ だから、明璃には、手も出してないんだよ 俺だって、我慢してこらえているんだよ 光瑠が怖いせいもあるけどな だから、まだ、新品のままおいてあるんだ エヘッ」

「昇二はそういうとこ 以外と真面目なんだよねー 前も、感心したけど でも、明璃ちゃんには、待ってて欲しいんでしょ ちゃんと、気持ち伝えてね あんな良い娘 もう、現れないわよ」

「俺も、そう思ってる 最初は、変人のお転婆な娘だと思ってたけど、とんでもない宝物だったよ」 

16-⑺
 3月も残り1週間程になった時、明璃ちゃんと清音が連れ立った来た。

「美鈴さん ウチ 明日、東京に行きます。挨拶にと思って・・」

「そう 淋しくなるわね 元気でいてね 今まで通りで ちゃんと、ご飯も食べるのよ 自炊でしょ」

「そうですね 何とかなりますよー 明日ね、その足で昇二を見送ります。お姉ちゃんも一緒に」

「そうなんだ 笑顔で見送れるの?」

「しょうがないよね こんなに可愛い娘を置いて、行っちゃうんだから・・ 他の男に掴まえられても、知らないよって言ってあるんだぁー そしたら、その時は絶対に取り返すからって言ってくれた。だから・・おとなしく、待ってる」

「うそ ウチには、社会人になるといい男に巡り合うかなぁーとか言ってたやん」

「清音! 少しくらいは、仕方ないやんか 社会経験よ」

「明璃みたいな お転婆 相手してくれる人がいると良いけどね」

「うん 清音みたいな、お転婆娘 知り合えると良いけどなぁー 寂しいよね」

「ウチな 明璃が親友だって、言ってくれた時 すごく、嬉しかった 離れるの、嫌やけど、明璃が絵の修復士として成長していくんやから、応援しやなあかんねな」と、段々と淋しくなったのか清音は下を向いていた。

「清音 ウチも嫌やでー そやけど、清音も頑張っているし、はよーウチも一人前になるよう頑張るやん 離れても、いつまでも親友のままやし 誰かさんみたいに、外国行くんちゃうから、又、いつでも会えるやん」

「そうだね 又、会ったら・・あんまり、バカすんの嫌やで・・」と、直ぐに、笑顔になっていた。

「そんなん 付き合ってくれるの清音しか居てへんやん」

 その後、明璃ちゃんはお店のみんなにお別れの挨拶をしていた。帰る時、私は就職祝いと言って、買っておいたスカーフと汚れたら捨てていいから仕事で使ってとお店のエプロンをプレゼントしたのだ。

 そして、その日、私は、佳乃ちゃんを呼んで

「佳乃ちゃん 私、これからお店であんまり動けない日もあると思うの、だから、店長勤めて欲しいの 午前は、舞依ちゃんに任せられるけど、昼からお願い」

「えぇ― そんなー 私なんか 勤まりませんよー」

「大丈夫 あなたにやってもらうしかないのよ 私も、しばらくはお店に出れますから、レヂぐらいは だけど、動き回って、バイトの子を動かすってことは、控えようと思うの お願い だけど、調理のほうは離れるんで申し訳ないんだけど」

「店長の助けになるんでしたら、精一杯やりますけど・・あんまり、自信ないなぁー」

「お願いよ あと、もう一人 募集するから・・ね」

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 そして、私は、今のナカミチに足りないもの 感じていた。食後のデザートだ。私は、やっぱり晋さんに相談してみた。

「今はね、出来合いの物が多いと思うのよ なんか、ナカミチオリジナルのスイーツ欲しいのよ 子供さん向けのものは、ちょこちょこあるんだけどね」

「店長 デザートが出るようになると、滞留時間が伸びて、特にお昼時間なんて、回転が悪くなる恐れありますよ」

「そーだよね だけど、お客様には、最後まで満足してお帰りいただきたいわ」

「じゃぁ 比較的余裕のある夜の部だけにしたらどうでしょうかねー 場所的に、ここは、スイーツ目当てのお客様の需要は低いと思いますから」

「そうね だったら、スイーツメインのお食事をメニューに加えるってのは、どうかしら 女性はそれを選ぶかもよ」

「わかりました やってみましょう 提案ですが、武と佳乃ちゃんに試作させるってどうでしょう あの二人は料理学校で基礎は勉強していると思うんです 佳乃ちゃんなんかは若い女性目線があるし・・ 二人とも、若いから、僕なんかより発想が自由だと思いますが」

「うん 二人に話してみるわ」

 そして、私は二人にその話をした。

「最初は、それぞれが考えてちょうだい そして、絞り込んだら協力してお願いね 一つは、スイーツメインの食事メニュー もう一つは、食事のあとのデザート」

 次の日、清音が野菜を持って武君を訪ねてきていた。

「お前んちの、この人参は人参臭さがなくって甘いんだよ だから、これでスイーツを考えようと思ってな」

「これは、木下さんが作ってるんだー 自慢してるよ」

「そうか お前も、早くこんなの作れるようになれよ 使ってやるから」

「大きなお世話よ そのうち、頭下げて使わせてくださいって、言わせるからね」

 それを聞いていた私が、晋さんに

「あの二人 いつも、あんな風に言い合って 仲悪くないはずなのにね」

「ええ そのうち、なるようになるんじゃぁないですか」

「そう なるようにねー 晋さんもなるようになるのー?」

「ええ そっそうですね なるようにならせるようにしてみます」

 ついに、晋さんも光瑠と覚悟したんだと思っていた。そして、しばらくして、二人は試作を重ねながら、協力して絞り込んでいるみたいだった。

 そして、出来上がったので、食べてみてくれと言われた。お店のみんなが集まって、試食会を始めた。

 粗目のドーナツ型のスポンヂケーキの真ん中に向こう半分に苺とキューイが乗っていて生クリームをあしらっていて、手前にはキャロットの生クリームでストライブのリボンの形になっている。食べるともっと、私はびっくりしたのだ。スポンヂケーキの半分は、コクのあるキャラメルシロップを湿らせてあった。そして、もう一つのお皿には、楕円状のミートコロッケで切ると中からチーズが溶け出してきた。

「すごいよ 武君 見た目もいいし、食べて行くといろんな味も楽しめる。良いと思う どう 晋さん」

「うん 良いよ これは、女性 喜ぶと思う ちょっと 手間かかりそうだけどな でも、店長は絶対にこれをやれって言うんでしよ」

「うん お願い 私 絶対良いと思う お客様の嬉しそうな顔が浮かぶわー」

「このリボンの形にしたのは、佳乃ちゃんの提案です。最初は波型にしただけだったんですけど」と、武君が言ってきた。

「そう やっぱり 二人でいろいろ考えてくれて、ありがとう」

「それで ディナーの後のデザートはシンプルに キャロットのチーズケーキと苺のキャラメルケーキを考えたんですが、シンプル過ぎますかねー」

「ううん 私も、そっちは、シンプルのほうが良いと思う とりあえず やってみて、反応みようよ それで、又、考えれば良いんだもの なんか、楽しみだわ」

 そして、早速、翌週からメニューに加えた。そうすると、若いカップルの女性のお客様は必ずといっていいほどオーダーしてきた。そして、インスタにも載せてくれて、それを見た人という人もチラホラと来店してくれる人も増えてきたのだ。

「武君 ありがとうね 清音のところのを、使ってくれて・・」と、お礼を言ったら

「いやー あれは・・うまいと思ったから・・ 別に、意識してないですよ 特別に・・ でも、頑張ってくれれば・・俺も 頑張れます」と、ボソっと返してきた。

 晋さんが言っていたように、なるようになっていくのかなって、その時、感じていたのだ。

最終章

   完

 秋になって、私は男の子  耀(よう)を出産した。明け方、産気づいて、11時頃産まれたのだ。蒼とお母さんが病院に付き添いで居てくれて、安産だった。

 お店のほうも、舞依ちゃんと佳乃ちゃんに任せておいても、順調にお客様も来てくれていた。そして、朝と夜も一人ずつ来てくれる人も増えて、星野さんが朝だったり、夜だったり柔軟にこなしてくれて、お客様へのサービスも不憫なく出来るようになっていた。

 佳乃ちゃんは、毎月新しいメニューも考えてくれて、好評だった。お陰で、私は、しばらく育児に専念できていたのだ。それに、田中さんが、しばらくの間、自分の孫娘の子供だからと言って、泊まり込んでお世話してくれたのだった。

 蒼の方は、友野さんが育児に追われるのでと退職したのだが、蒼が開発した製品の売り上げも伸びていて、社長に認められて、主任に昇格していた。とはいえ、次の開発を言われていたので、相変わらず、帰りは遅いのだが・・。
 
 しばらくして、光瑠が司法試験に最終、合格したと知らせて来ていたのだが、合格したら、晋さんに結婚を前提に付き合うことの許しを両親にもらって欲しいと頼んでいたらしい。そのことを、晋さんに聞くと、結婚するのは、反対されたらしいが、お付き合いすることは、認めると言われたらしい。でも、光瑠に聞くと、来年の春には結婚するよって言っていた。最終的には、地元から離れた所には行かないという条件で両親の許しがあったみたいだった。晋さんは、なるようにならせたみたいだった。

 私は、今、とっても幸せを感じていた。昔、失った家族が、ここに幸せな形で作れている。お店のほうも、お父さんが望んでいたように、家族連れにも愛されて、多くのお客様に来てもらえるようになっている。夢がかなった。だけど私には、まだ、考えていることがあった。光瑠と晋さんの為に、2号店をオープンしようと思案しているのだ。晋さんと光瑠にも、きっと、夢があるだろうから・・。そして、もしかすると、3号店もあの二人のために・・。

 だから、私には、まだまだやることがあった。もっとお客様に来てもらえるように頑張らなきゃって思っていた。

僕は 彼女の彼氏だったはずなんだ 第二部

僕は 彼女の彼氏だったはずなんだ 第二部

僕は、彼女と小学校から、なんとなく付き合っていた。そして同じ高校に揃って進むつもりだったが、中学卒業間際、彼女のお父さんが脳梗塞で倒れて、彼女の人生が変わった。そして、彼女は僕の前から、消えた。彼女は違う道を選ばざるをえなかった。僕は大学生になって、彼女は地元に帰ってきて、レストランを再開と言う形で運営している。

  • 小説
  • 中編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-01-13

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Copyrighted
  1. 第十三章
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 7
  8. 第十四章
  9. 9
  10. 10
  11. 11
  12. 12
  13. 13
  14. 14
  15. 15
  16. 第十五章
  17. 17
  18. 18
  19. 19
  20. 20
  21. 21
  22. 22
  23. 23
  24. 第十六章
  25. 25
  26. 26
  27. 27
  28. 28
  29. 29
  30. 30
  31. 31
  32. 最終章