【長編】ヒトとして生まれて・第8巻

万田 竜人(まんだ りゅうじん)

ヒトとして生まれて・第8巻

古事記に魅せられて

【はじめに】

高千穂峡に脚を運んでみたいと強く意識するようになったのは「古事記」を深く
読込んでからの話である。

兼好の「徒然草」を一貫して読み通すと云う楽しみを教えてくれたのは放送大学
の島内裕子教授であったが、島内教授が 「日本文学の名作を読む」と、題した
講座を開講されて受講、その文中で「古事記」についても読み通すことの面白さ
を述べられていたので巻頭から読み通すことにした。

幸いにも家内の蔵書の日本の古典(現代語訳版)シリーズの第1巻に「古事記」
が在り、巻頭には高千穂峡の峰の風景写真や重要文化財の紹介写真などが掲載
されていて、文面も現代語訳で描かれているため読み易く、比較的スムーズに
物語にのめり込んで行った。

読後感としては、すぐにも、高千穂峡の地に出向いてみたい気持ちが高まって
いったが、何度か機会を得ては行けず、三度目の思いで現地を訪問出来た。

そこで現地に出掛けてみて、実際の風景に触れて、関心をもったことは、我々
ひとり一人の国民がもっと政治に関心を向けて、それが為政者に届こうと届く
まいと強い意志をもって発信して行くことの必要性に目覚めた。

企業人としての現役の時代には、政治に向けて強い関心や為政者に向けて発信
をすることは、身の処し方として、ためらうことを行動の目安としてきた。

しかし既に現役を退き、国民の一人として、なんの利益関係もない人間関係に
おいて、為政者への発言を報道機関だけに任せて、それを鵜呑みにしても良い
ものかと考える知見が老成の中で芽生えてきた。

そのような思考の変化の過程を、自分自身を啓介と云う架空の人物に置き換え、
物語の進行に合わせて自分自身の思考を振り返ってみることにした。



第1章

(1)高千穂峡のきらめく光

遠景の峡谷の滝の流れから、きらめく光が目に入ってきた。その光は天に向かって
駆け登り、天空につながった。まるで凧を揚げたときの糸のようである。

啓介は、高千穂峡の真名井の滝を初めて目にした。

この地方に伝わる神話では、次のようなことが云われている・・・

「天村雲命(あめのむらくものみこと)の神が天孫降臨として表現される天の神様
のご命令によって、天から地上に降り立たれた時に、この地には水源がないことに
気付かれて、天村雲命の神のご意思により、この地に水系を移して天真名井として
湧水、溢れるような滝となって流れ出したのだという」

高千穂峡の川幅が狭まった部分に流れ落ちる滝であるだけに、落差は17メートル
とはいいながら迫力満点である。また、その姿は周囲の景観の静けさの中にあって
躍動的な存在感を示している。

まるで、糸のように天空の光が自分の目とつながる体験は、啓介にとって三度目の
ことである。

一度目は、ニュージーランドのマウントクック村への入り口となるトンネルの手前
でバスを停めてみんなで休憩時間を楽しんでいる時のことであった。あの時、道路
の脇には小川が流れていて、手を浸すと冷たくて気持ちが良かった。

「あっ虹よ」という声に反応して空を見上げると、大きな虹がアーチを描いて大地
に跨るような光景であった。その虹の頂上に目をやった時に、天空の光が啓介の目
に糸のようにつながった。

今にして思えば、あれはマウントクック村で遭遇した、まるで異次元の世界に飛び
込むことになる前触れであったのかもしれない。神崎さんと名乗る紳士のご案内で
訪問した異空間は、現在も、存在するのだろうか、それとも夢か幻の世界であった
のか、いまだに確かめる術はない。



二度目は、自宅の書斎における体験であった。冬の朝日とはいいながら午前九時頃
ともなれば太陽からの陽射しの温もりは、パソコンに向かっている啓介の顔面にも、
ほんのりとだが微妙な感覚で伝わってくる。

太陽の方向に顔を向けると、啓介の目に天空からの光が糸のようにつながった。

啓介の書斎は、家族の総意によって、二階に設けられた。西向きに座るように机と
椅子を配置したので、午前九時頃の陽光は左の頬に当たってくる。この書斎からは
夕刻になると金星が見える。

ときおり、この金星のそばに、月が並んで、天界のツーショットを演じてくれる。

「月をこそ眺め慣れしか星の夜の深きあわれを今宵知りぬる」という和歌がある。

この和歌は愛する人と死別した女性の闇の深さを表した絶唱として知られている。
昔、NHKの大河ドラマで放映したことのある主人公:平清盛の長男である重盛
の息子(次男)平資盛と恋愛関係にあった女性がその悲しみを詠んだものである。

当時、資盛は(推定であるが)まだ二十五歳の若さであった。源氏に追われ都落
ちした後に壇ノ浦において入水して果てた。彼女の悲しみの深さは、まさにこの
和歌に凝縮されている。

かつて2011年3月11日に発生した東日本大震災では多くの人々が亡くなり、
多くの人々がいまだに行方不明である。残された人々は家族や友人を看取ること
も出来ず、津波という容赦のない自然災害によって、一瞬のうちに愛する人々を
失ってしまった。

そのような悲しみの中にあって政治の無策やスピード感のなさは、日々のテレビ
や新聞報道のなかで、次々と明らかにされていった。

高千穂峡に天孫降臨した時の天村雲命の神のような、即座に水系をもってくると
いう偉大な力までは期待していないが、与野党を問わず日本の国政を預かる国会
議員の働きには、もっと多くを期待するものがある。

当時の世情では新党結成の動きなども俄かに浮上してきていた。そのような時に
こそ、我々・日本国民の一人ひとりが国会議員の選挙において貴重な一票を投じ
ることだけでなく・・・

「ワイワイガヤガヤ」の精神で「健全な意見」を交換して少しでも日本の暮らし
を良くすることを考え、考えたことを声にして発信して行く時代になってきたと
啓介は強風荒れ狂う日曜日の午後にあって、当時、痛感した。

日本は、三権分立の確立された民主主義国家であり、治安も維持されている。

そのような中で 「第四の権力」と、して、マスコミの社会も成熟してきており
国家権力が暴走して、大きな戦争に突入するような危機についての危惧はないが
今、日本国家が抱えている・・・

◯ 莫大な借金問題
◯ 財政の課題
◯ 少子高齢化の問題
◯ 未来に向けた年金制度の課題
◯ そして中長期的な対策が求められている東日本の復興の課題など

いずれも、問題の真相の見極めと対策の遅れを来たせば、日本という国家が内側
から崩壊しかねない状況にあると云える。

戦後の平穏で平和な時代に馴れすぎて「必ず明日が来る」と信じ続けている我々
日本国民の一人ひとりがインターネットという情報機器を手にした、今、お互い
の健全な意見を発進・交流することにより「第五の権力」を創造して行かないと
国政そのものの閉塞した状況は、脱して行けないと啓介は考えている。

この記事は、自民党が下野して、新政権に移行した時代に書いたものである。

いよいよ、日本もアメリカ社会のように健全な二大政党の時代が来たかと思った
のも束の間、2011年3月11日に発生した東日本大震災により、平家物語の
遷都による混乱を思わせるような混乱に陥ってしまった。

結果、当時 「決められない政府」と、云うレッテルを貼られることになった。

一方で、啓介は、政治による中途半端な決断によって、手持ちの日本航空の株式
が紙くずになると云う痛恨の経験をすることになる。啓介の場合は、航空ファン
としての立場から株式を保有していたので 「株主責任による紙くず化」と云う
説明は直接的には肌身に伝わってこなかった。

冒頭で前述したところの・・・

「天村雲命(あめのむらくものみこと)の神が天孫降臨といわれる、天の神様の
ご命令によって、天から地上に降り立たれた時に、この地には水源がないことに
気付かれて、天村雲命の神のご意思により、この地に、水系を移して天真名井と
して湧水。溢れるような滝となって流れ出した」
と、云う伝説をあらためて吟味した時に・・・

この記事に示された事柄は「何を意味するのか?」と考えた時に、その意味する
ところは、計り知れなく大きいと云える。

心理学の権威である 「ユング博士」は、フロイトと並び称される双璧的な存在
であり、ユングはフロイトと共に心理学の研究を進める間柄であったが、やがて
学問的・心理療法観的・人間観的相違からフロイトとは訣別することとなった。

ここに、ユング心理学の際立った特徴として、神話的世界からの学びがある。

「日常的な観点から見れば、とても耳を傾けることが出来ないことでも、神話的
な視点から見れば、人類的にも起こり得ることとして、耳を傾けることが出来る
かもしれない」と云うイメージから理解を重ねて行くと云う考え方である。

前述の神話から学ぶところは・・・・

「施政を成す者の在り方として民意を的確に推し量り・感じ取り、俊敏にそれを
実行に移したとき為政者の存在も民意も共に救われる」と云うことだろうか?

この神話の場合は、神によって施政を成すものが選ばれており、そこに間違いが
起こる可能性は少ない。しかし我々の現実社会では為政者は民意によって選ばれ
ることになる(したがって、間違いが、起こってしまう可能性はある)

「間違いが起きてしまったら、どう対応すれば良いのか?」
「間違いを、少なくするには、どうしたら良いのか?」

本稿が、そのようなことを考えてみるところの一助に成ればと考えて、長編もの
を編んでみたのであるが、恐れ多くも、この編が少しでもその役に立てれば幸甚
であると啓介は考えた。

本稿は2012年(今から10年前)に執筆したものであるが約10年間の醸造
期間を経て、啓介には 「どのような心の変化や成長があった」のかも合わせて
考えて行くことで、この長編ものを、はじめから校閲する算段にて、順次、書き
起こすことにする。



(二) 大いなる示唆

冬枯れの中にあっても、常緑樹の生き生きとした存在感からは植物の生命力が確実
に伝わってきてなにかしら元気付けられ、あの夏の暑い季節には緑陰としての涼し
さを届けてくれたことが思い出される。

啓介は、期末試験が終わったばかりの開放感のなかで、まだ真新しい校舎の窓から
校庭を眺めていて、昨年十二月末の面接授業のことを思い出していた。

授業科目は「徒然草を読み通す(1)」と題したもので、放送大学の島内裕子教授
によるものである。募集定員70名に対して申し込み者が大幅に超過したと聞いて
いる。啓介は、この授業のなかで、徒然草の第四十一段に「考えたことを声に出す
ことの大切さ」について、大いなる示唆を感じ取った。

徒然草の兼好は読書などから思索したことを、つれづれなるままに書き連ねること
を無上の喜びとしているが、この第四十一段では、自分の考えたことを 「周囲の
人々に声を出して伝える」ことが、自分で思っていること以上に反響の大きいこと
に気付いて、そのことを書き出している。

授業で使った「徒然草」島内裕子校訂・訳には通称「烏丸本」を用いて原文を掲載
しているが、ここでは分かりやすさを優先させて、第四十一段の訳文を書き出して
みることにしよう。

【徒然草:第四十一段(訳)】 島内裕子教授による訳

五月五日、上賀茂神社の競べ馬を見学に行ったところ、牛車の前には身分の低い者
たちがぎっしりと立ち並んでいて、馬を走らせる馬場がよく見えないので、私たち
は牛車から降りて柵の近くまで近寄ったが、そのあたりはとりわけ人々が混雑して
いて、どうにも分け入る隙間がない。ちょうどその時、向かい側の棟の木に、法師
が登って、木の股に座って、見物しているではないか。彼は木にしっかりとしがみ
つきながらも、ひどく居眠りしていて、木から落ちそうになると目を覚ますという
ことを、さきほどから繰り返しているのである。

これをみた人々が、嘲笑って軽蔑「なんて愚か者なのだろう、あんなに危ない木の
枝の上で、よくまあ安心して眠れるものだ」と、いうので、自分の心にふと思った
ままに「われわれの死の到来だって、今この瞬間かもしれない。それを忘れて見物
などして貴重な今日という日を過ごすのは愚かさの点で、あの法師以上ではないか」
と言うと自分の目の前にいた人々が「まことに、ごもっともなことでございます」

「われわれこそ、もっとも愚かでございます」と、言って、皆が後ろを振り返って、
私を見て「ここに、お入り下さい」と、場所を空けて、呼び入れてくれたのだった。
これくらいの道理は、誰だって思いつかないことではあるまいが折からのこととて、
思いがけない気がして、強く胸を打ったのであろうか。人間というものは、木石の
ように非人情なものではないから、場合によっては、こんな程度の発言にも、感動
することがあるのだ。

この徒然草第四十一段の感動は、単独で読んでも心には、響きにくいものと啓介は
考えている。やはり、島内裕子教授が面接授業で提唱されていたように、徒然草を
通読する過程で、こそ、第四十一段における兼好の感動が伝わってくるのであると
考える。

最近は 「関東にも、四年以内に、確立七十%の割合で大きな地震が来る」という
予報が盛んに報じられていて不安に思うこともあるが、政府は認知していないこと
なので、真偽のほどは定かではない。

しかしながら、真偽は定かでないにしても、兼好が筆で示したところの・・・

「貴重な今日という日をもっとたいせつに過ごそう」という呼びかけは、もっとも
なことである。兼好は、第四十一段で「これくらいの道理は、誰だって思いつかな
いことではあるまいが・・・」と云ってはいるが、われわれには、なかなか気付か
ないことである。

この第四十一段で最も大切なことは、話の繰り返しになるが 「自分で思ったこと
や、考えたこと」を、声に出してみるということである。

現代の日本において生かされている、われわれ国民一人ひとりが、声を出すことの
重要性について、兼好は大いなる示唆を与えてくれているのではないだろうか。

(続 く)

【長編】ヒトとして生まれて・第8巻

【長編】ヒトとして生まれて・第8巻

古事記に魅せられて

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-01-05

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