雑貨屋IWONISの不思議な出来事(脚本)/高西和佐 作 

〈登場人物〉
翔太(しょうた)  大学生。他の二人の幼馴染。
明日香(あすか)  大学生。他の二人の幼馴染。
篠美(しのみ)(少女)    他の二人の幼馴染。小学生の時、交通事故で死去。


見通しの悪い交差点。信号はない。飛び出し注意の看板。止まれと書かれた道路標識。
小学生の頃の翔太・篠美・明日香の三人が道路を並んで歩いている。学校帰りで、三人ともランドセルを背負っている。

篠美 翔太君、大丈夫?
翔太 これくらい平気だって。
明日香 いやでも翔太ってやっぱりドジだよね。犬にびっくりして電柱にぶつかるなんて。
翔太 びっくりしたんだからしょうがないよ、あ痛て!
篠美 本当に大丈夫? 翔太君。明日香、ドジはひどいよ。
翔太 大丈夫、大丈夫。ちょっと傷に触っちゃっただけだから。
篠美 もう、気をつけてね。あ、そうだ、翔太君、はいこれ。もし気に入ってくれるなら、あげるね。
翔太 え、何これ、綺麗だね。手作り?
篠美 ミサンガって言ってね、腕や足に結んで着けるアクセサリーだよ。翔太君って結構ドジだからさ、お守りだよ! 私が自分で作ったの!
明日香 ちょっと見せてよ。へえ、お洒落(しゃれ)だね。
翔太 明日香、返してよ。俺が篠美からもらったんだ。
明日香 ああ、ごめんごめん。
翔太 篠美、ありがとう。凄く嬉(うれ)しいよ! 絶対大事にするからね。
篠美 どういたしまして……。
明日香 いいなあ、翔太。私も欲しい。
篠美 そう⁉ 実は、明日香の分もあるんだ。
明日香 え、ほんとに!
篠美 本当だよ。二人にあげようと思って、色々と作ってたんだ。はい、どうぞ。
明日香 わあ、可愛い! ありがとう、篠美!
篠美 嬉しいなあ、二人とも喜んでくれて。本当はね、ちょっと不安だったんだ。
翔太 どうして?
篠美 二人ともこういうのあんまり好きじゃないかもしれないと思ってたから。
明日香 そんなことないし、篠美からのプレゼントだったらなんでも嬉しいよ。
篠美 そう言ってくれると頑張って作って良かった。
翔太 篠美って、こういうの作るの得意なの?
明日香 ああ、確かにこんな綺麗なの作れるなんて(うらや)ましい。
篠美 そんなでもないよ。私の叔母さんがこういうの作るのが好きで、教えてくれるから作れるだけで。
明日香 それでも凄いよー。篠美ってほんと器用だよね。
篠美 そうかなー? 実はね、将来私、その叔母さんと一緒にね、雑貨屋さんを開くのが夢なんだ。それでね、私がオーナーになるの!
翔太 そうなの? 絶対できるよ!
篠美 ふふ、ありがとう、翔太君。あ、そうだ! もしよかったら、ミサンガ作るの、今度二人もやってみない? 教えてあげるから。
翔太 本当⁉ やってみたい!
篠美 明日香は?
明日香 うーん、考えとく。
篠美 そう、やっぱり明日香はあんまり興味ない……?
明日香 そういう訳じゃないけど……。
篠美 良いよ、気にしないで。
翔太 篠美、深く考えることないよ。明日香は不器用がばれたくないだけだから。
明日香 翔太、変なこと言わないの。
翔太 嘘じゃない。本当のことじゃん。
篠美 明日香、別に不器用でも大丈夫だよ。そういうのも含めて楽しいから。
明日香 不器用じゃないもん。
翔太 じゃあ大丈夫じゃん。本当はやりたいんでしょ?
明日香 まあ、ね。
篠美 じゃあ決まりだね! ちょっとまた叔母さんに()いてみるね。
明日香 うん、ありがと。ごめんね、ちょっと迷っちゃって。
篠美 全然!
翔太 ねえ、篠美は着けないの? ミサンガ。
篠美 え?
明日香 そうだよ。篠美も着けようよ、ミサンガ。折角だし、三人でお(そろ)いにしない?
篠美 え、うん! 良いね、お揃い。
明日香 何か良いね、こういうのって。
翔太 こういうのって?
明日香 何か、お揃いにするのって親友って感じで良いじゃない?
(篠美、ミサンガを着け終わって)
篠美 これで良し!
明日香 篠美、早いね。
篠美 二人にも着けてほしいな!
翔太 勿論だよ。ちょっと待ってて。
(翔太・明日香、ミサンガを自分の手首に着けようとする)
篠美 あ、何かね、お母さんが言ってたんだけど、ミサンガを着けるときは願い事をするんだって。
明日香 そうなの?
篠美 そうそう。叔母さんが中学生の時、友達とね、十年経って大人になってもまた会えるように、友情を忘れないように、って願ったら、ミサンガは切れちゃったけど、ちゃんと(かな)ったらしいの。
翔太 へえ、そうなんだ。
篠美 だから私も、二人と十年後もずっと仲良くできて、もしみんな今日のことを忘れたくないって思ってたら、大切な思い出として残るようにって願い事をしながら着けたんだ。
明日香 篠美、そんなの当たり前じゃない。願うほどでもないよ。
翔太 そうだよ。三人での思い出はいつのだって大事だよ。勿論今日だって!
明日香 翔太の言う通りだよ。……でも、篠美がそう言う風に思ってくれるのは嬉しいな。
篠美 そっかぁ、良かった。でも、大事にしないとなあ。ミサンガって、切れたときに願い事が叶うんじゃなくて、気づいたら切れてて願い事が叶ってるってものらしいからさ。十年後の話だったらそれまで切れないようにしないとね。
明日香 へえ、そうなんだ……。
篠美 って、二人とも、どれだけミサンガつけるのに時間かかってるの⁉
翔太 俺たちの不器用さを()めないで……。
明日香 意外と難しいの!
篠美 もう、二人とも、想像以上だよ……。ミサンガ作り、ちょっと不安になってきたなぁ。あ、忘れてた。
明日香 どうしたの、急に?
篠美 今日、お母さんに早く帰ってくるよう言われてたんだった。急いで帰らないと。
明日香 ええ、一緒に帰ろうよ。少しくらい遅くなっても大丈夫でしょ。
篠美 でも……。ごめん二人とも。じゃあね、また明日!
(篠美、舞台裏へと走り去る)
翔太 篠美、ちょっと。あ、危ない!
明日香 篠美!
(暗転。車のエンジン音と、急ブレーキの音。衝突音)
(明転)
同じ交差点に雑貨屋がある。翔太が店の前に立ち、明日香が店の奥に座っている。店の前に「IWONIS」と書かれた看板が置かれている。

翔太 生活を彩る雑貨は要りませんか~! あなたの気に入る逸品が、必ずございます。当店自慢の粒ぞ
ろいの雑貨、いかがですかー。
(翔太、徐々に声が小さくなっていき、最後には黙る。その
後、二人とも、しばらくの間、沈黙)
翔太 客来ねぇー。
(明日香、いらいらした風に翔太を見る)
翔太 客来ねぇー!
(明日香、立ち上がり、ゆっくりと翔太に近づく)
翔太 客来ねぇー‼
(明日香、持っている雑誌で翔太を軽く(たた)く)
翔太 痛っ、何すんのさ!
明日香 うるさい! そんなこと言ってたら余計お客さん来なくなるでしょ!
翔太 いやだって暇なんだよ。昼からシフト入って、ずーっと立ってるけどさあ、お客さん一人も来ないじゃん!
明日香 何もせずにバイト代出るんだから願ったり叶ったりじゃない。翔太が誘ってきたとき、私がこのバイト受けた理由の一つがこの緩さだし。
翔太 いや、昨日までは俺もそう思ってたんだけどさ、そういうわけでもないらしいんだよね。
明日香 何、どういうこと?
翔太 今日バイトに来た時、これが置いてあったんだよ。
(翔太、ポケットから紙を取り出す)
明日香 何?
(明日香、翔太から紙を奪い取る)
明日香 うわ、ぐしゃぐしゃじゃん。えっと、アルバイトのお二人へ。近頃売り上げがほとんどないようですが、お店の方はどのようになっているのでしょうか? 私も色々とあってあまりお店の方に顔を出せていない状況ですし、もしこのままお客さんがほとんど来ないのであれば、お店を続ける意味もあまりないのかなと思い始めました。そこで、三月末までに売り上げが無かった場合、オーナーには申し訳ないですが従業員権限であなたたちにはアルバイトを辞めてもらいたいと思います。
……翔太、先月の給料日から売り上げいくらくらい?
翔太 マイナス百九十八円。
明日香 百九十八円しかないの?
翔太 違うよ。だからマイナス百九十八円だって。
明日香 なんで売り上げがマイナスになったりするの。
翔太 労災。昨日、ここに来る途中で転んで足を擦りむいたから、絆創膏(ばんそうこう)を買ってきたんだ。だからマイナス百九十八円。
明日香 ただのいつものドジじゃん。流石(さすが)にそれは問題だよ。後でちゃんと返さないと怒るよ。
翔太 ……はーい。
明日香 何で不服そうなの!
翔太 ……もう怒ってるじゃん。
明日香 何か言った? ……あーあ、こんな楽なバイトないのになあ。もうすぐ終わりか。
翔太 明日香、まだ続きあるよ。
明日香 あ、ほんとだ。えーと、追記、辞めてもらうことになった場合、あなたたちの今月分のバイト代は出せません? 何これ法律違反じゃん!
翔太 だろ? だから俺はこうやって、頑張って客を呼び込もうと。
明日香 もう私、オーナーに掛け合ってくる。というか、そもそも、なんでオーナー来てないのよ。
翔太 知らないよ。そもそも俺オーナーに会ったことないし。
明日香 はあ? 何それ。 雇ってもらうときに会ったあの女の人じゃないの? 名前は確か……思い出せないけれど。
翔太 何かあの人はただの従業員で、オーナーは別にいるらしいよ。
明日香 えぇ。てかさあ、別にお客さん来なくても私たちの責任じゃなくない?
翔太 でもさあ、一応お店を任せてもらってるわけだし……。
明日香 お客さんを呼ぶ工夫を考えるのはオーナーとか従業員の仕事でしょ? 私達にそこまで求められても!
翔太 それはそうかもしれないけど……。
明日香 何でか知らないけど、バイトに全部任せて来ないオーナーや従業員の人が悪いよ。そもそも前から思ってたけど、この雑貨屋、あんまり(もう)けようとしてないよね。
翔太 ここ結構人通り多いし、立地は悪くないと思うんだけどな。
明日香 そこだよ。立地が良いからって、それに甘えてるだけじゃん!
翔太 それは明日香が勝手に思ってるだけじゃない?
明日香 お客さん来てないんだから別に間違ってないよ。この看板だってさ、何か立て掛けてあるだけだし。……あれ、この店ってこんな名前だったっけ。
翔太 うーん、多分。変わってないと思うけど。
明日香 多分って何なの。でも変な名前。何なの? この店名何て読むの? イウォニス? イウォニーズ? 意味分かんない。
翔太 はあ。
明日香 何か、洒落たのにしようとして空回ってる感じするよね。
翔太 そんなこと、俺に言われても。
明日香 分かってるけど怒りが収まらないの! はあ、名前もだけどさ、店の前に雑貨並べたりしてないし、こんなの絶対、雑貨屋って思わないでしょ。
翔太 それは、まあ。俺もここでバイト始めるまで雑貨屋って知らなかった。
明日香 ほらね、それに。
(車のエンジン音とクラクション音)
明日香 ここ、ほんと車通り多いよね。小さい交差点の癖して。歩道の幅も何となく狭い気がするし。
翔太 これでもましになった方だけどね。
明日香 そうなの? 今はバイトでいつも来るから慣れたけど、ちょっと前までは車が近くて怖かったくらいなんだけど。
翔太 昔はガードレールなかったんだよね、ここ。小学校四年生くらいのときかな? 工事があるまではただ線が引いてあるだけだったよ。ここ、小学生の頃、近道だからってよく通ってたよね。
明日香 あれ、そうだっけ。
翔太 明日香、忘れてる? その時はガードレールがなかったから、車が歩道に入ってきて、あんな事故が起きたんじゃん。
明日香 事故?
翔太 あれじゃん。女の子が一人亡くなった、脇見運転の車が突っ込んできた……あれ?
明日香 そんな事故あった? 私、全然覚えてないと思う。
翔太 何か俺も記憶が確かじゃない気がする。うーん、何か結構大事なことだったと思うんだけど。
明日香 まあいいよ、ああーでもどうしよ。もう帰ろうかな。どうせバイト代でないしさ。
翔太 さすがにそれは駄目だと思う……。それよりお客さん探さないと。
明日香 探す?
翔太 取り()えず今月中にある程度の売り上げがあれば良いんだよね。だったら、今からでもお客さんを呼んで買ってもらえれば。
明日香 一応問題なしって訳か。でも、今月終わるまであと何日あるの?
翔太 えっと、今日入れてあと二日だね。
明日香 あと二日か。……普通にきつくない?
翔太 やってみないと分からないじゃないか。
明日香 だって、今まで今月中売り上げゼロなんでしょ?
やっぱり難しいと思うな。
翔太 つべこべ言ってても始まらないよ。色々と方法もないこともないしさ。例えば、営業時間を延ばして売るとか。
明日香 いやいや、そんなことしてもただ働きの時間が増えるだけじゃないの。
翔太 バイト辞めなきゃいけないよりはましじゃないか。今、閉店は五時でしょ。二時間延ばせばちょっとは売れるって。
明日香 売れないと思うけどなぁ。それに、もしオーナーとかにばれたらやばいよ。
翔太 今月終わるまでの二日だけだって。
明日香 そういう問題じゃないと思うし……。それに今日は私達、バイトの後に予定あるでしょ。
翔太 予定……?
明日香 まさか忘れてる? 毎年のことじゃない。ねえ翔太、ちゃんとこれ、持ってきたよね?
(明日香、前の場面で篠美から受け取ったものと同じミサンガ
を鞄から取り出す)
翔太 ミサンガ? えっと。
(翔太、鞄の中を探して篠美から受け取ったものと同じミサン
ガを取り出す)
翔太 あれ、何かあるけど、何でだろう。
明日香 何でだろうって……決まってるじゃない。これ持って、会いに行くでしょ? 翔太も。
翔太 会いに行くって、誰に?
明日香 そりゃあ……あれ? 誰だっけ。ちょっと待って。……駄目だ。思い出せない。
翔太 自分で言っておいて明日香も忘れてるんじゃないか。
明日香 いや、でも確かに誰かに会う予定だったはず。ほら、この後電車に乗って行かないと。
翔太 どこに?
明日香 うーん、分からない。
翔太 分からないんじゃどうしようもないよ。
明日香 でも、今思い出さないといけない気がする。
翔太 そうかもしれないけど、また思い出すかもしれないじゃないか。それより、売り上げのことを考えよう。
明日香 翔太も気になるでしょう?
翔太 そりゃ、何か自分でも分かんないうちにミサンガ持って来てるし、気になるよ。でもさ、それより今は売り上げの方が大事だろ?
明日香 何か、思い出すことも、バイトに負けないくらい大事なことな気がする。
翔太 しつこいなあ。
明日香 翔太も売り上げ、売り上げうるさい。うーん。誰に会う予定だったんだろう。
翔太 そんなことよりお客さん呼び込まないと。
明日香 何かもうやる気なくなっちゃった。どうせ無理だよ。雑貨って、突然呼び込みされて買うもの?
翔太 それは分からないけど。雑貨買ったことないし。
明日香 ないの? じゃあ何で、雑貨屋さんでバイトしてるの。
翔太 何でって、友達のお母さんから紹介されたんだよ。是非にって言われて。明日香もその時誘ったよね。
明日香 あれ、そうだったっけ。
翔太 今日ちょっとおかしいよ。もしかして疲れてる?
明日香 いやいや翔太だって人のこと言えないと思うよ。結局覚えてないし。ってあれ?
翔太 どうした?
明日香 いやね、買ったことないなら何で翔太はミサンガ持ってるのかなって思って。
翔太 ああ、これはもらったものだよ。明日香ももらったでしょ? それ。
明日香 あ、そうだね、これもらったんだ。
翔太 明日香、本当に大丈夫?
明日香 ちょっと待って。もらったんだったら、あれ、誰からもらったんだろう。
翔太 それは、えっと、あれ?
明日香 翔太、私ちょっと怖いかも。
翔太 確かに何か、今日は変な感じがする。思い出せないことが多すぎる。
明日香 何なんだろう、ほんと。えっと、ミサンガ、ミサンガ……あ、思い出した。
翔太 本当に! 誰?
明日香 それはまだ。だけど、このミサンガをもらうとき、その人からこんな話を聞いた気がする。
翔太 どんな話?
明日香 何かね、ミサンガを着けて、願い事を真剣に祈るるの。その後、肌身離さずミサンガを着けて過ごして、自然にミサンガが切れたとき、その願い事が叶うって言われてるんだって。
翔太 え、そんな話?
明日香 そんな話ってどういうこと?
翔太 真面目に言う割にはオカルトチックな話だなと思って。その話なら俺も聞いたことあるし。
明日香 思い出したから言っただけじゃない。
翔太 まあ、面白いとは思うけど。
明日香 でも、正直つながる感じはしないね。
翔太 願い事……。そうだ。
明日香 何⁉ 思い出した?
翔太 いや、そうじゃなくて、もし本当に願い事が叶うなら、ちょっとやってみるのもありかなと思って。
明日香 何を?
翔太 このバイト続けられるように願ってみるのはどう?
明日香 本気? 自分で言い出しておいてだけど、ただの言い伝えだよ?
翔太 それは分かってるけど、今は(わら)にもすがりたい状況じゃん。明日香だって辞めたくないでしょ?
明日香 そうだけど、叶う訳ないし、それに、もし現実になったとして、そんなに即効性あるものじゃないと思うよ?
翔太 このミサンガ、結構古いものだから、案外すぐに切れるかも。
明日香 そうかな……?
翔太 それに、俺の聞いた話だと、ミサンガって切れてから願い事が叶うものじゃなくて、願い事が叶ったときに気づいたら切れてるものだったはず。
明日香 そうなの?
翔太 そうそう。だったら、別に切れる必要もないんだからそんなに時間かからないでしょ。
明日香 でも……。
翔太 やるだけなら損もないし、それにさ、ミサンガつけることで、もしかしたら誰からもらったか思い出せるかも。
明日香 ええ……。まあそういうことなら。
翔太 よっしそれじゃ。
(翔太・明日香、それぞれのミサンガを手首に着ける)
明日香 思ったんだけど、別に二人とも同じ願い事である必要もないんじゃない?
翔太 効き目が二つ分になるんじゃないかな。
明日香 二つが切れる必要があるから、余計時間がかかりそうな気もするんだけど。
翔太 うーん、じゃあ明日香は何て願い事にするのさ。
明日香 何か気になって仕方がないから、ミサンガくれた人のことを思い出せるように、ってのにしようかと思って。
翔太 なるほど。確かに気にはなるね。
明日香 あ、でもそうだね。ミサンガくれた人にもう一回会えるように、っていうのの方が良いか。
翔太 ああ、元々会う予定だったらしいもんね。
明日香 そういえば翔太、今何時か分かる?
翔太 もうすぐ四時だよ。あと一時間で閉店か。
明日香 まずいね。結局、一ミリも問題解決してないし。
(少女、舞台袖に現れる。手首を確認し、そこに着けていたミサンガが切れていることに気づく。ミサンガを仕舞い、歩き出して雑貨屋を発見する。この間、翔太・明日香は雑貨を並べ直したりなどしている)
少女 すみません。
明日香 はーい。
少女 えっと、こちらは何のお店ですか。
明日香 雑貨屋です。うーんと。すみません、店名はちょっと分からないんですけど……。
少女 えっと、お店の方ですよね……?
明日香 そうですよ。すみません、ちょっと読めなくて。
少女 読めない?
明日香 えっと、これなんですけど。
(明日香、看板を示す)
少女 ……うーん。
明日香 あ、えっと、何か見ていかれますか?
少女 あ、そうですね、見ていきたいです。良いですか?
翔太 是非どうぞ!
少女 絆創膏、ドジ……。
翔太 え、どうかされましたか?
少女 いえいえ、なんでもないです。
明日香 ごゆっくりどうぞ。
(明日香・翔太、少女から離れる。少女、二人をしばらく放
心したように見つめた後、雑貨に目を向ける)
明日香 お客さん来たね!
翔太 まさかこんなに早く効き目が現れるなんて。
明日香 え、そういうこと? まさか。
翔太 でもタイミングばっちりじゃない?
明日香 うーん信じられないけど、もしかしたら。
翔太 あとちょっと思ったんだけど。
明日香 あ、私もちょっと思ったかも。
翔太 やっぱり? 何かちょっと馬鹿にされた気がする。
明日香 え? そんなことないと思うけど。
翔太 そうかな……。
明日香 被害妄想だよ、きっと。それより、あのお客さんの顔、どこかで見たことない?
翔太 それ俺も思った! 最初見たとき、何か見覚えあるような気がしたんだよね。
明日香 前に来てたお客さん……とかじゃないよね。
翔太 そこまではちょっと分かんないな。お客さん全員の顔が分かる訳じゃないし。
明日香 それに、誰かと勘違いしてるだけかもしれない。
翔太 そうだね。
少女 すみません、お会計良いですか。
翔太 あ、はい。
(少女、商品のミサンガを一つ差し出す。翔太がそれを受け取
り、(あらた)める。少女、意を決したように口を開く)
少女 あの、翔太君ですか?
翔太 え、ああ確かに俺は翔太ですが。
少女 じゃあ、そちらは明日香?
明日香 そうですけど、どうして私たちの名前を?
少女 やっぱり。私のこと、覚えてる?
翔太 えっと。
明日香 すみません、あんまり確かじゃなくて。
少女 そうですか……。
翔太 あ、いや、何かどこかで会ったことがあるような気がするな、とは思ったんですけど。
少女 本当ですか!
翔太 でもすみません、どこで会ったかまでは……。
少女 あ、そう、そうですよね……。
明日香 すみません……。私も前にあなたに会ったことがあるような気はするんです。もしよかったら名前をお訊きしてもいいですか。
翔太 そうですね、名前が分かれば思い出せるかもしれないので……。
少女 いや、でも。覚えてないってことは、うーん。
明日香 本当にあと少しで思い出せそうな気がするんです。気になるので本当に名前だけでも。
翔太 そうです。あなたは俺たちのことを覚えてるんですよね?
少女 まあ、はい。
翔太 ならなおさら、お願いします。何となく覚えてるのに、分からないのって寂しいです。
少女 うーん。
明日香 何か分からないですけど、あなたは凄く大事な人な気がするんです。だから。
少女 すみません、要領を得なくて。でも、思い出せないのなら、思い出さない方が良いのかな、と思ってしまって。
翔太 もしかして俺たち、前にあなたに何かひどいことをしましたか……?
少女 あ、いえ、そういう訳ではないんです。むしろとても良くしてもらって。お礼を言いたいくらい。
明日香 そうなんですか……? うーん、でもそれなら、何か思い出して欲しくない理由があるんですか?
少女 思い出して欲しくない訳でもないんですけど……。思い出したら多分、二人の負担になっちゃかもしれないから……。
翔太 負担?
明日香 そんな、思い出すことが負担になるなんて、そんなはずないです。
少女 でも、やっぱり……。
明日香 あの、じゃあこういうのはどうですか。名前は教えてくれなくて良いです。その代わり、いくつかヒントを下さい。それで思い出して見せます。
少女 はあ。
明日香 もし、それで思い出せなかったら、その、思い出すことが負担……でしたっけ。
少女 負担というか、思い出さない方が良いことだというか。
明日香 そうですね、あなたの言うように、思い出さない方が良かったことだ、ということで、諦めます。そんなことはないと私は思いますが。
少女 ……でも。
翔太 俺からもお願いします。思い出したいんです。
少女 うーん。……分かりました。そこまで言うなら。
明日香 ありがとうございます!
少女 あ、もし良かったら、敬語は止めて欲しいです。……じゃなくて、欲しいな。
明日香 ああ、はい。じゃなくて、うん。
少女 だけど、ヒントって言っても、どうすればいいんだろう……。
翔太 こういうのはどうですか?
少女 翔太君……。
明 あ、じゃなくて、こういうのはどうかな? 俺たちが君にいくつか質問していくから、それに答えてもらえる? そこから思い出すから。
少女 あ、なるほど……。それなら確かに、まだやりやすいかも。
明日香 じゃあ決まりね。
少女 あ、でもそうだね……。うーん、三つまで。三つヒントを出しても思い出せなかったら、そこまでにした方が良いと思う。
翔太 分かった。じゃあ最初の質問だけど、明日香、良い?
明日香 え、何質問するつもり?
(翔太、明日香に耳打ちし、明日香は(うなず)く)
翔太 最初の質問は、俺たちが最後に会ったのはいつ?
少女 あ、なるほど、そんな感じなんだね。最後に会ったのは……。そうだね、丁度、十年前くらいかな。春だったと思う。
翔太 十年前! 思ったより前だね。
明日香 確かに、(さかのぼ)っても三年くらいだと思ってた。
少女 まあね。
翔太 十年前というと、俺たちは小学三年生か。
明日香 正確に言うと、三年生から四年生に上がる直前、ってときだね。
翔太 なるほど……じゃあ、転校とかで離ればなれになった線が濃厚かも。
明日香 でもさ、そんな転校したような子っていたっけ?
翔太 でも、いなくなった子はいたじゃん。
明日香 いたかな……いたね。確かにいたよ。何か、結構仲良かった子が四年になる時にいなくなってた気がする。
翔太 でも確かに転校はないかも。送別会みたいなのした覚えがないし。
明日香 じゃあ何だったんだろう。うーん。
翔太 何かあんまり思い出せないよね。次の質問行く?
明日香 その方がいいかも。
翔太 ねえ、次訊いて大丈夫?
(少女、辺りをぼんやり眺めている。翔太の声に反応し、顔を
上げる)
少女 ああ、うん大丈夫。
明日香 あ、もしかしてこの後、予定があったりする?
少女 ごめん、そういう訳じゃないんだけど。……何かだんだんこの状況が虚しくなってきちゃって。
翔太 あ、それは本当にごめん。あともう少しだから。
少女 そう……。いいよ、お願い、次の質問。
翔太 それじゃ、最後に会った場所はどこ?
明日香 ちょっと、そんなこと訊いてどうするの。
翔太 色々分かるかもしれないじゃん。送別会なのかとかさ、本当に学校で仲良くなったのかどうかとかさ。
明日香 なるほど、それはそうかもしれない。
少女 ねえ、良い?
明日香 あ、ごめんごめん。お願い。
少女 最後に会った場所は、そうだね。
(少女、移動して最初の場面で三人で話して立っていた位置で
立ち止まる)
少女 丁度、ここで話したのが最後かな。
翔太 ここ?
少女 うん。
明日香 本当、だよね。
少女 そうだよ。
翔太 うーん。十年前の今日、ここで会ったのが最後ってことか。
明日香 十年前って、ここに何があったんだろ。少なくとも雑貨屋ではないよね。
翔太 そうだね。それに、細かいことだけど、ここが工事される前だね。
明日香 工事?
翔太 今日ちょっと前に言ったじゃん。歩道の幅が広くなって、ガードレールが作られたって。
明日香 あ、あの事故が起きたからってやつか。ん? もしかしてその事故って、十年くらい前だったりしない?
翔太 ……そうかもしれない。いや、そうだ。小四くらいの時に、事故が起こったのを見た気がする。
明日香 見た気がするって……私もそうだ。何か、こう車が突っ込んできてた気がする。
翔太 あー、大体思い出した。下校中だよね。明日香と、誰かもう一人と歩いてたら、脇見運転の車がやってきて。
明日香 翔太、その子ってもしかして、いやまさか。
翔太 事故のことは置いておくとしても、一緒に登下校してた子がもう一人いたのは確かだよね。
明日香 そう、そうだね。ねえちょっと、並んでみて良い?
少女 え、ああうん。
(翔太・明日香、最初の場面のように並ぶ)
翔太 何かしっくりくる気がする。
明日香 だよね。じゃあやっぱりそのもう一人だ。だよね?
少女 う、うん。……え、これが最後の質問?
明日香 あ、いや、違うよ……そういうつもりじゃなかった。
少女 あ、だよね、ちょっとびっくりしちゃった。
明日香 こっちこそびっくりした。もう終わりかと思って。
少女 流石に、ねえ。でも、本当に次の質問が最後だよね……。大丈夫? 思い出せそう……?
翔太 大丈夫、あともう少しだから。
少女 そう……。ちょっと期待してるからね。
明日香 大丈夫! ……翔太、最後の質問はどうしよう。
翔太 さっき俺が勝手に訊いちゃったし、明日香、何かある?
明日香 えっとそれなら、じゃあ、これは、どういうもの?
(明日香、腕を持ち上げてミサンガを顔の前にかざす)
少女 明日香、それ! まだ持ってくれてたんだ。
翔太 あれ、じゃあもしかしてこれも?
(翔太もミサンガを見せる)
少女 翔太君も! 何か、嬉しいなあ。こんなに大事にしてくれてるなんて。
明日香 やっぱりこれ、あなたがくれたんだよね。
少女 そうだよ。まさか、まだ持ってくれてるなんて思ってなかったけど。だって、もう十年も。
明日香 多分だけどね、私と翔太はね、あなたのことをずっと大切に覚えてたんだよ。
翔太 そうだ。君が来る前、ちょっと明日香と話してたんだけど、今日は何か色々と変なことが起こってる。例えば、見たはずの事故を忘れてたり。
明日香 これから誰かに会う予定だったのに、その予定を忘れてたりね。だから、あなたのことを忘れているのもきっと、そのうちの一つなんだよ。
翔太 何かやけに大事なことを忘れる日だものね。
明日香 今忘れているからあまり説得力ないかもだけど、多分昨日まで、いえ今日の朝まではあなたのことを覚えていたはずなの。
少女 そうなの……?
明日香 そう!
少女 でも、私の名前は分からない?
明日香 だから、あともう少し。いたはずなんだよ。ミサンガをくれるような友達が。
翔太 そうだよ。確かにいたんだ。で、あの日、君と話したことも覚えてる。
明日香 あの日?
翔太 事故の日だよ。
明日香 やっぱり事故なの? 私には分からないよ。
翔太 俺もちゃんと覚えてる訳じゃないけどさ。
少女 そうか、分かった。明日香と翔太君が、私のことを大事に思ってくれてたのは間違いないと思う。
だから多分、私の方の問題なんだ。
翔太 え、どういうこと?
少女 紛らわしいことしてごめんね。二人が思い出せないのは私のせいなのに。
明日香 いきなりどうしたの?
少女 明日香、翔太君。やっぱりあなたたちは、忘れたままでいた方が良いんだよ。ごめんね。質問も全部終わったし、私、もう行くね。
(少女、舞台外へと走り去る)
明日香 あ、ちょっと!
翔太 何か、何かあるはずなんだ。あともう少しで全部思い出せる気がする。
明日香 翔太、そんなことより、追いかけようよ!
翔太 でも、思い出さないと。
明日香 そうだけど! このままじゃ、また会えなくなっちゃう。
翔太 また?
明日香 知らない! 分からないけど、早く探さないと!
(明日香、舞台外へ向かおうとして、看板を引っ掛けて倒す。咄嗟(とっさ)にそれを戻そうとする)
翔太 明日香、大丈夫?
明日香 いや、ちょっと足が引っかかって。
(看板を戻す→IWONIS)
よし、行くよ。
翔太 あれ、ひょっとしてこれ、逆じゃない?
(看板の上下をひっくり返す→SINOMI)
翔太 もしかしてこれって、シ、ノ……。
明日香 何よ、早く。え、あ、これってまさか。
翔太 そうだよ!
明日香・翔太 SINOMI(篠美)だ!
明日香 そうだ、思い出した。さっきの子。小学生の時いつも一緒に遊んでた。
翔太 俺も思い出した。篠美だよ。というか、本当に今日の朝まで覚えてたはずなんだけどな。何で忘れてたんだろう。
明日香 この雑貨屋の従業員の人って、篠美の叔母さんなんだよね。
翔太 そう。元々篠美の叔母さんだけで開く予定だったお店を、篠美も一緒にできたら楽しいだろうからって。篠美がオーナーやりたがってたから、オーナーは篠美で、私は従業員なんだって言ってた。
明日香 お店を始めるときに私達に声を掛けたのも、篠美と仲が良かったからなんだよね。叔母さん、身体が弱いからあまりお店に出て来られないみたいだったし。
翔太 まあ、篠美のことを思い出すとき、辛そうだったからあまりここに来たくないのも分かるんだけど。
明日香 何というか、運命の悪戯(いたずら)だよね、まさかここでお店を開くことになるなんて。
翔太 バイトの話、二つ返事でOKしたよね。俺たちは、篠美のことを絶対に忘れたくなかったし。
明日香 こんな形で忘れることになるとは思わなかったけど。あ、あと自分たちで引き受けてたんだし、お客さんがほとんど来なかったのは申し訳なかったなぁ。
翔太 あ、今日電車で行く予定って、もしかして篠美の。
明日香 あ、そうか。今日のバイト後の予定ってあれか。お墓参り。
翔太 そうだ。今日は篠美が亡くなった日だから。
明日香 そうだよ。あの日、篠美は事故で……。
翔太 俺たち、丁度見てたのに。
明日香 何でだろうね、何で篠美に関係することだけこんなにきれいさっぱり忘れちゃってたんだろう。
翔太 折角篠美に会えたのに、結局名前すら呼べなかった。
明日香 ちょっと待って。篠美って、亡くなってるよね。
翔太 確かね。でないとお墓参りなんて行かないし。
明日香 じゃあ、さっきのあの子は何だったの? 篠美?
翔太 さあ……。幽霊だったのかな。
明日香 幽霊……! でも、篠美のならまあ。そんなに怖い感じしなかったし。あと、あの子が最後に言ってたのはどういう意味? 元凶は私だとかなんとか。
翔太 さあ……? ねえ、篠美を探そう。もしかしたら、まだ近くにいるかも。
明日香 うん。急ごう。
(翔太、明日香、舞台の外へ)
(篠美、登場)
篠美 あれで良かったんだよね。分かってもらえなかったのは寂しかったけど。でも、二人にとっては忘れたままの方が良いんだよ。
(翔太、明日香登場)
翔太 いた、篠美だ!
明日香 ほんとだ、篠美!
篠美 二人とも! 思い出してくれたんだ。
明日香 やっとだけどね。
翔太 あんなに話してたのにね、本当にごめん。
明日香 そうだね、ごめんなさい。
篠美 良いよ、そんなに謝らなくても。二人の様子見てたら、私との思い出を大切にしてくれてたこと、良く分かったし。それにさ、二人が忘れてたのはほとんど私のせいみたいなものだし。
明日香 どういうこと?
篠美 二人とも、十年前のあの日に私がミサンガにした願い事、覚えてる?
翔太 確か、十年後もずっと三人で仲良くできるように、だったはず。
明日香 あ、あと、忘れたくないと思ってたら、思い出を忘れず大切にできるように?
篠美 そうそう。まさか本当に叶うとは思ってなかったんだけど、全部ちゃんと叶っちゃったんだと思うの。
翔太 でも、それがどうして私たちが篠美を忘れることにつながるんだ?
明日香 あ、もしかして、私達、本当は篠美のことを忘れたいと思っていた……?
篠美 そう、どこかで忘れたいと思ってたから、私のことが分からなかったんだと思う。
翔太 そんな、だって俺、篠美のことを忘れたいと思ったことなんてない。ねえ明日香?
明日香 ごめん、私は自信ない。あの日のことは、正直思い出したくない。
篠美 明日香は間違ってないと思うよ。例えばの話だけど、もし立場が逆だったら、私だって思い出したくないと思ったはずだもの。翔太君だって、事故を思い出したくなかったから、忘れてたんだよ、きっと。
翔太 そんな。でも、そうか……。
篠美 だから、二人が今日私のことを思い出せなかったのは、私のあんな願い事のせい。
明日香 そんなことないよ。あの願い事があったから私達また会えたんじゃん。
翔太 そうだよ。まさかまた会えるなんて思ってなかった。篠美のお陰だよ。
篠美 そうかな。確かに、まさか叶うと思っていなかったけど、二人とちゃんと話せたし、二人が思ったより私のこと大事に思ってくれてることが分かって嬉しかったな。……でも、そろそろ終わりかも。
明日香 終わりって、またいなくなっちゃうの?
翔太 そんな、篠美。嫌だ。
篠美 本当にごめん……。でも、何となく分かるんだ。もうすぐお別れだって。そもそも、二人に会えたこと自体、奇跡みたいなものだと思うし。私の願い事はもう叶っちゃったから。
翔太 篠美、何言ってんだよ。
明日香 これからもずっと一緒にいようよ!
篠美 ごめん、二人とも。そんな悲しそうな顔しないで……。思い出してくれてありがとう。それじゃあね。
(篠美、舞台から退場しかける)
明日香 篠美!
翔太 待ってよ。まだ俺の願いは叶ってないよ。
(篠美、立ち止まり、振り返る)
篠美 どういうこと……?
翔太 俺たち、このままだとバイト、クビになる。
明日香 何言ってるの、翔太。今それどころじゃないじゃない。篠美が。
翔太 いやだってオーナーって……。
明日香 あ、そうか! このお店のオーナーって篠美だよね?
篠美 そうなの?
翔太 そうなんだよ。だから、篠美が戻ってきて、オーナー権限で俺たちを雇い直してよ。それしかきっと、俺の願いが叶う方法はないんだ。
明日香 そうそう! 三人でこれから雑貨屋SINOMIで働いて、盛り上げていこうよ! それにさ、篠美だって願ってたじゃん。三人でずっと仲良くって!
翔太 そうだよ! 今離ればなれになっちゃったらもう仲良くできないじゃん!
明日香 神様、お願いします!
翔太 神様なの⁉ でも、今はそんなことどうでもいいか。お願いします! ほら、篠美も早く!
篠美 えっ、二人とも。……そうだね。私も二人と一緒にいたい。どうか、お願いします!
(三人、それぞれミサンガに手を当てて思い思いに祈る。暗転。翔太と明日香の二人のみ舞台上に残り、篠美は明転と同時に舞台上に再登場する)
翔太 篠美!
明日香 篠美、待って!
篠美 二人とも、何で道路で騒いでるの。車来たら危ないよ。
翔太 ええ、篠美⁉
明日香 何で篠美が?
篠美 私がどうかした?
明日香 何で篠美が生きてるの?
翔太 そうだよ。小学生の時亡くなったはずじゃ。
篠美 ごめん、何の話……? 私は生きてるけど……。あんまりひどいこと言うのはやめてね。あの時は……あなたたちが助けてくれたから。
明日香 私たちが助けた?
翔太 え、もしかして。
(明日香・翔太顔を見合わせる)
明日香・翔太 やった!
(立ち上がって三人でハイタッチをする。篠美も何か良く分か
らないなりに流されて一緒にハイタッチする)
篠美 なになに、どうしたの、二人とも。それより、早く開店の準備、手伝ってくれると嬉しいな。
翔太 開店?
篠美 雑貨屋SINOMIのだよ。私の夢がついに叶うの。さあ、仕事を始めるよ!
明日香 え、雑貨屋SINOMI?
篠美 何言ってるの。二人とも、一緒に働きたいって言ってくれたじゃない。
(明日香、翔太、それぞれ思い思いに頷く)
篠美 ちょっと、二人ともちゃんとしてよ~。お願いだよ。
明日香 ああ、ごめんね、篠美。
翔太 そうだね、まず何をすればいい?
篠美 そうだね……。まずは早くお店の中を整理してほしいかな、お願いね。
翔太 分かった、篠美。
篠美 オーナーと呼んでくれると嬉しいな! 頑張ろうね、明日香、翔太君!
翔太・明日香 うん!
(篠美、退場。明日香、翔太、再び顔を見合わせて、笑い出
す。ひとしきり笑った後)
明日香 あ、ミサンガが切れてる。
翔太 あ、俺もだ。……まあいいか。またお願いして、篠美に作ってもらえば良いよね!
明日香 そうだね!
(篠美、舞台の外から少しだけ顔を(のぞ)かせる)
篠美 二人とも、おしゃべりは後でね! お願い!
翔太・明日香 はーい、今行く!
(明日香、翔太、ミサンガを丁寧に服にしまって退場)
(暗転)
≪終≫

雑貨屋IWONISの不思議な出来事(脚本)/高西和佐 作 

雑貨屋IWONISの不思議な出来事(脚本)/高西和佐 作 

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-12-31

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