一件の新しいメッセージがあります。/雪六華 作

「もしもし。はい、私、経理課の──と申します。──さんはいらっしゃいますでしょうか。はい、はい。では、よろしくお願いします」
 電話の向こう側にいる見えない女性社員に軽く会釈すると、受話器から電子音のメロディが流れてきた。電子音というとポップというかテクニカルというか、軽やかで明るいイメージがあるけれど、『保留中』を知らせるためだけに紡がれる機械的な音色は、息が詰まりそうな重苦しさを(はら)んでいた。
 取り次ぎ相手は中々出てくれない。はぁ、と相変わらず流れる旋律相手にため息を()いた。何だっけ、この曲。前にも何処かの保留音で聞いたことがあって、何となくタイトルを調べたことがあった。とっくに忘れ去ってしまったくらいどうでもいい情報なのに、一度気付くと気になって仕方ない。
 ついでに調べた日本語訳の歌詞が、おぼろげに頭の中を駆け巡る。

 あぁ、愛する人よ 残酷な人
 あなたはつれなく私を捨てた

 最初の一節以外は単語程度しか覚えてなかったけど、この後は『あなたが大好き! でもあなたは私を捨てるのね』みたいな、恨みと愛の詰まった言葉が並んでいた気がする。
 この歌詞を書いた人も、私と同じ気持ちだったのかな。
 ひと月前、結構な振られ方をした。同じ会社に居る年上の上司で、妻子のある人。要するに、禁断の恋ってやつ。
 優しい人だった。雰囲気の良いレストランで手を取ってエスコートしてくれた。一度ぽろっと零しただけの誕生日を覚えていてくれた。ラブホテルの真っ白なベッドの上で、何度も愛を(ささや)いてくれた。奥さんとお子さんを何よりも大事に思っていた。だから妊娠中の奥さんへ負担をかけたくなくて、外の適当な女に手を出した。待望の第二子が生まれたところで、幸せな家庭を壊さないように女を捨てた。とてもとても、優しい人だった。
 それに比べて、私は(ひど)い女だから。家族想いな彼の事情なんて知ったこっちゃない。彼の居る営業課からうちの課に『むやみに内線をかけてくるな』ってクレームが入ってきたことも、メッセージアプリに『迷惑だ』って内容の通知が届いていることも、知らないふり。だってほら、私、酷い女だから。

 あぁ、愛する人よ 残酷な人
 あなたはつれなく私を捨てた

 ──そうだ。確か、
 グリーンスリーブス、っていうんだっけ。この曲。
 そう思い至ると同時に、何の前触れもなく旋律が終わりを告げる。私は愛想よく応答するべく、誰に見せるでもない口元を緩やかに微笑(ほほえ)ませた。

『もしもし、』

一件の新しいメッセージがあります。/雪六華 作

一件の新しいメッセージがあります。/雪六華 作

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-12-31

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