もしも、もしもの高野ミウのお話。

序章 そのいち 

  第一話 「ミウちゃんは美術部に入りたいんでしょ?」

タイトルの内容を親友の井上マリカに言われるが、ミウはまだ迷っていた。
大好きな太盛君と同じ部活に入れば、近づけるチャンスなのに。

「で、でも私、絵が美味くないし」

「最初は誰だって下手じゃない」

「そうだけど」

「ミウちゃんって本当にうじうじしてるっていうか、
 後ろ向きな性格してるよね。
 昨日電話で絶対美術部に入るって言ってたじゃない」

「あれは!! 深夜のテンションだったから……。
 今になって思うと、ちょっと変かなって。
 だって今高校2年生の二学期だし、この時期に入部するのって
 みんなに変だと思われるじゃない」

「堀君狙いの事がばれるのが恥ずかしいの?
 堀君が好きな女子なんてたくさんいるんだから、
 気にしなくていいと思うけどな」

ミウの前の席にマリカが座っている。
マリカは椅子ごとミウの方に向けながら話をしていた。
現在は帰りのホームルームが終わっており、教室に残っている生徒は少ない。

「や、やっぱり恥ずかしいよ」

「またそうやって遠慮する。
 ミウちゃんは美人なんだから、もっと自信持ちなって」

「私、ブスだよ」

「いやいや。1年の時に話したこともない男子から連絡先聞かれてたじゃない。
 それにミウちゃんのこと綺麗だって言う人たくさんいるけど」

「あれは、たぶんお世辞だよ」

「ふーん、もしその中に、堀太盛君も含まれているとしたら、どうする?」

「え? 堀君がって……つまり」

「うん。案外あなたに気があるかもしれないよ?」

「な、ないない!! そんなの、絶対にないって!!」

マリカはわざとらしく大きくため息をついた。
親友の機嫌が急に悪くなったのをミウは察し、委縮してしまう。

「……さすが自意識の低さにおいては学内トップの女王様。
 今のあなたには何を言っても通じないだろうから、
 そういうことにしておけば?」

マリカはそろそろ時間だから、と言って席を立った。
マリカには付き合っている男子がいて、同じ学年の高倉ナツキという。
ナツキはボリシェビキの中枢の人間で、組織委員部の代表を務めていた。

マリカは決してボリシェビキには参加しないが、
好きな男がたまたまボリシェビキだったから
という理由で、彼に会うために組織委員部の部屋に毎日遊びに行く。

繁忙な時は書類の作成を手伝うこともある。
これは彼女にとって2重のメリットがあった。

生徒会長である橘アキラの圧政が続く学園内においては、
非ボリシェビキというだけで常に反革命容容疑がかかる。
アキラの時代に逮捕、監禁、粛清された生徒は相当な数に上る。

マリカはそんな彼らのやり方を嫌っていたが、一年生の時からナツキのことが
大好きだったから、彼と懇意の仲であることを学内に公表すれば、
粛清の手がそうそう伸びることはない。カップル申請書も提出済みだ。

大学進学のために学業に専念したいたからボリシェビキには所属しないし、
恋人がボリシェビキの幹部のため、ボリシェビキの今後の活動には一切の
邪魔をするつもりはないことを、各委員部の代表に伝えてある。

法律家を父に持つマリカは、そういった政治的なやり取りには抜かりはない。


「ど、どうしよう」

教室に残されたミウ。セミロングの茶色の髪(地毛が茶色い)を、おさげ風に
耳の高さでまとめている。まとめた部分に可愛いリボンをしていて今風の髪型だ。
遠目からは、普通のロングヘアーに見えないこともない。

パチン、と電気が消された。

すぐに「あっ やべ!!」

と男子の声が聞こえる。

「ごめんね!! 誰もいないのかと思って電気を消してしまった!!
 高野さんがまだいたんだね。本当にごめんね。今付けるから!!」

太盛だった。彼は放課後に各教室の見回りをしていて、たまたま自分の
クラスに誰もいないと勘違いして蛍光灯のスイッチを切ってしまったのだ。

「高野さん、ごめんねぇ。読書の邪魔しちゃったね」

「い、いえ!! そんな、全然!! 私は全然気にしてませんから!!」

「おや? 君が持っているのって、入部届の書類かな?」

「こ、これはですね!! その……」

「へえ。美術部かぁ。はは……実は俺って美術部なんだよね」

(もちろん知ってます)とミウは思ったが、間違っても口にはできない。

「君、美術に興味があったのか?」

「ええ……それなりに……」

「じゃあ入部しなよ」

「いいんですか!?」

「うわっ、びっくりした」

「ごめんなさい……つい声が大きくなってしまって」

「いや、こっちこそごめん。俺が馴れ馴れしく話しかけたから
 高野さんがびっくりするのも無理はないよ」

「いえいえ、堀君は全然悪くないですよ!!」

「はは……。なんか君は面白い子なんだね。
 さすが英国育ちって感じで、他の女子とは全然雰囲気が違う。
 英語とかペラペラなのに鼻にかけた感じもしないし」

「英語なんて……話せたところで学校の勉強には役に立ちませんから」

「そうかな? 俺はすごいことだと思うけどな」

ミウは、意中の彼とこんなにも会話ができたことで、
もう心臓が破裂しそうないほどに緊張し、高揚していた。
彼の瞳は琥珀色をしていて、透き通るようにきれいだった。

窓から差し込む夕日が、彼の姿をスポットライトで照らしてるかのように
感じられて、この世のものとは思えないほどだった。

実はそれは太盛も同じで、2学年でもトップと評判であるミウの美貌を
近くで堪能したのはこれが初めてだった。彼はカンで分かったことがあった。
ミウは、たぶん自分のことを嫌ってない。むしろ仲良くなりたいと思っている。ならば……。

「美術部に入りたいなら入部届を出そうよ。
 俺今暇だからさ、一緒に職員室に行ってあげるよ」

「いいんですか? 私なんかが同じ部で」

「むしろ大歓迎かな……。だって可愛い人が同じ部にいた方が、
 や、やる気が出るじゃないか」

ミウはもしICレコーダーでも持っていれば、彼のセリフを一生
記録しておきたいと思うほどにはうれしかった。一番うれしかったのは、
入部させてくれることじゃない。彼に容姿を褒められたことだ。

彼は照れながら、顔を背けながらも確かにこう言った。ミウが可愛いと。

「高野さんってさ、き、綺麗だよね……綺麗って言うか、可愛いよね。
 今年になって同じクラスになってからずっと気になってたんだよ」

もはや告白とも取れる文句を彼は平気で言った。
そっぽを向き、無雑作に後ろ髪をかき、両手をズボンのポケットにつっこんだりと、
実に世話しない状態だが、彼なりに一生懸命に言葉を繋いだのだ。

ミウは3秒間だけ気絶した後、またすぐに意識を戻し、息を大きく吸った。

「あ、あのわたし、実はですね!!」

「うわっ……心臓が止まるかと思った」

「堀君のことがずっと前から好きだったんです!!」

そのあと、堀太盛が気を失い、1分ほどして起き上がってミウの言葉を飲み込んだ。

そしてこう返した。

「じゃあ付き合おうぜ」

「はい……」

太盛がそっと手を差し出すと、ミウには宝物に思えたのか大切そうに触れた。
彼の手は冷たく、ミウの手は異常なくらいに暖かい。

こうしてミウは、美術部に入ることなく彼と付き合うことに成功してしまう。

もはや美術部に入る意味はないに等しいのだが、太盛がせっかくだと言うので
入部することにした。そしてそのことが、彼女を新たな運命へと導くことになるのだ。

序章 そのに

第ニ話 「付き合ってるんだからさ、下の名前で呼んでくれないか?」


ミウが「太盛」と気安く呼べるようになったのは、
美術部に入部した翌日からだった。

最初は太盛君と呼んでいたが、太盛は呼び捨てでいいと言った。
そのため「太盛」だ。太盛も「ミウ」と呼ぶ。
人前でも同じだ。そのため、この呼び方に突っ込みを入れる人物がいた。

「ねえねえ。先輩達ってもしかして」

一年生の後輩、斎藤マリエが人懐っこい笑みを浮かべながら続ける。

「カップルなんですか?」

「そうだよ」

太盛が応えると、マリエは筆(アートブラシ)を落とした。
画材筆についた絵具で床が汚れるが、拾おうともせずに言葉を続ける。

「いつからですか?」

「え?」

「いつから付き合ってたんですか」

「正確には三日前からかな」

「へえ……そうですか。三日前……。で、彼女さんを
 みんなに見せびらかすために入部させたんですか?」

「そんなつもりはないよ。ただミウが絵が旨くなりたいからって」

「今からってちょっと遅くないですかぁ?
 言っちゃ悪いですけど高野さんの書いた絵って、
 絵のレベルにはなってないですよね?」

マリエが、ミウの書いたデッサンを指さす。
ミウは、練習用の題材としてレモンやリンゴなどの果物をえんぴつで描いていた。

それはいいのだが、人体画(テーブル上の自分の左手)の練習を始めると、
実にカクカクした感じの絵で、曲線らしい曲線や立体感が全く描けない。
素人なら誰でもこうなるのだが、
太盛に恋をしているマリー(マリエの愛称)は、小姑っぽくミウの文句を言う。

「あれ、なんですか?
 高野さんの目には小指が人差し指より長く見えるんですか?
 指以前に手の骨の形とか理解してなさそうですけど」

「おい。その言い方はないんじゃないのか?
 ミウはまだ練習中なんだぞ」

すると、部の女子の中から失笑が漏れる。
美術部員の8割が女子だ。一年生の女の子たちは太盛のファンが多く、
斎藤マリエの悪口に乗り気なのだ。

ミウは下級生だが部の先輩たちに明らかな敵意を向けられ、完全に縮こまっていた。
彼女は元々いじめられっ子の気質があるので、こうなってしまっては
もう言われるがままのサンドバックと化していた。

マリエが調子に乗って続ける。

「あっ。もしかして高野さんはシュールな画家を目指してるんですか?
 ピカソとかダリとか……。
 ぷっ。ちょっと笑えますよね。まだ基礎もできてない段階なのに」

「マリー。いい加減にしろって言ってんだよ」

「ちなみにこれ、私だけの意見じゃないですからね?
 周りの皆も言ってるじゃないですか。この時期に2年生の素人を
 入部させたら部の空気が悪くなるって」

一年生の女子たちが「うんうん」「男狙いで入部するなら他所に行けばいいのに」
「てゆーか、なんで伊達眼鏡かけてんの?」「堀先輩の彼女アピールうざっ。まじうざっ」

などと悪口を言う。この部は不思議なことに太盛とミウ以外には1年生しかいなかった。
理由は、太盛の友達であり部員の橘エリカのせいだ。エリカは、女王様気質の性格から
部の先輩たちと度々衝突し、やがて3年生は全員辞めた。
そのあと、同学年の女子とも喧嘩をし、2年生も全員退部した。

この部に残っているのは、太盛を含めたわずかな男子生徒(太盛以外は1年)を
除けば、女子が大半である。1年生では斎藤マリーが女王の地位で、
その友人(ほとんど下僕)として他の生徒がいた。

そしてこの部は、文化部の中ではいじめが横行する部として学内でも有名なのだが、
友達の少ないミウはそのことを知らずに入部を希望していた。そして入部したら
案の定この結果だったので、ついに耐え切れずに席を立ち、大きな声を出した。

「す、すみませんっ。私のせいで皆さんに迷惑かけちゃって。
 わたし、今日でこの部を辞めますから」

ミウは涙を拭きながら廊下へ駆けだした。

「ちいっ」

太盛も駆けだそうとするが、マリーに腕をつかまれる。

「まだ部活中なのにどこ行くんですか。
 先輩の絵はまだ色を塗ってる最中じゃないですか」

「おまえ……邪魔するつもりか!?」

「はい。邪魔するつもりです。私だけじゃないですよ?
 他の皆も、ほら」

女子らは殺気立ち、出入り口に施錠し、また簡単に出られないように
テーブルやイスで塞いでしまう。
みなマリーの言いなりで動く機械仕掛けの人形のようだった。

「おまえら……なんの真似だよ!! 
 俺が上級生だってこと分かってるんだろうな!!」

後輩の女子たちは口々に言う。

「まあまあ先輩。お茶でも飲みましょうよ。
 エリカ先輩が用意してくれた紅茶セットがありますから」

「高野先輩が自分から辞めるって言ってたじゃないですか。
 なら止める必要はないと思いますけど」

「絵を描いている最中に席を立つのは良くないことだって
 部長(エリカ)も言ってましたよ~」

「おいおい。こんなにいじめじゃねえか。
 なに平気な顔で勝手なこと言ってんだよ。
 ふざけんじゃ……」

「あっ、ちょっと待ってもらってもいいですか。
 もし騒ぐようでしたら、エリカ先輩に言っちゃいますけど」

とマリーが真顔で言う。この一言で、太盛は急に静かになった。

――エリカ先輩に言う。
これは、美術部の中では太盛を黙らせるための決まり文句となっていた。

現在二学期の最中であり、日付は9月4日。夏休み明けの部活動再開ということで、
どこの部活もそれはもうにぎわっている。校庭からは野球部らの練習する声が良く響く。

現生徒会は、エリカの家族である橘一族が仕切っている。
エリカの兄、アキラが三年生にして現生徒会長。
副会長は粛清済みのため、彼が両方を兼ねていた。典型的な独裁者である。

アキラの双子の妹であるアナスタシア。
こちらも三年生で諜報広報委員部の代表を務める。
つまりエリカの兄と姉が、生徒会の中枢にいた。

分かりやすく言うと、エリカを怒らせることがあれば、生徒会すなわち
ボリシェビキを怒らせることになり、端的に言って彼は収容所行きになり、
最悪粛清される可能性が高い。

「は。はは……みんな。ごめんな。急に騒いだりして。
 お茶をいただけるかな……?」

「はい。ただいま持ってきますわ」

後輩の一人で眼鏡をかけた子が、ハーブティを淹れてくれた。
太盛は熱々のカップに口を付けても、味が全くしない。
これだけ香り立っているのに不思議なものだ。

女子たちは、普通にイスに座り、雑談をしていた。
ミウのことなど、初めから何もなかったかのように。
1年の男子達は実に気まずそうに絵を描いている。

残酷なことに彼らには茶が用意されておらず、
太盛の周りにだけ女子が集まる、いつもの光景が広がっていた。

太盛は容姿端麗で学業優秀、絵の才能もあり、
同じ部活の女子には大変に人気があった。
おまけに面倒見が良いから年下の子には特に好かれた。

だがその中で空気の読めない1人が、こう言った。

「もしかして堀先輩って眼鏡をかけた女子が好みだったりします?」

「え、どうしてそんなこと聞くの?」

「さっきまでこの教室にいた女子に眼鏡をかけさせていたじゃないですか」

ミウのことを、『さっきまでこの教室にいた女子』と呼ぶことに寒気を覚えた。

「伊達眼鏡のことね。あれは……ただのファッションだって言ってたよ。
 美術部っぽく見えるために少しイメチェンしてみたって……」

「なにそれバカみたい。あの女の頭の中では
 美術部って眼鏡をかけてるイメージだったのかしら」

「それって美術部を馬鹿にしてない?」

「感じわるっ。どうせ性格悪いんでしょ」

「やっぱ辞めて正解だよね」

と後輩の女子たちが畳みかける。明らかにミウの彼氏を前にして、
堂々と悪口を言う彼女らにやはり太盛は寒気がした。

長いツインテールで、大きな丸眼鏡をかけた美少女の後輩が、
わざとらしく甘えた口調でこう言った。

「せんぱーい。なんであんな人連れてきたんですかぁ」

「ご、ごめん」

と謝るしかない。この部ではいつもこうなのだ。
太盛が怒ることがあっても、橘エリカの名前を出されてしまうと
やがて後輩の数の暴力に屈し、まるで妻に浮気が見つかった夫のように責められる。

――先輩は、部の皆のものだから。
とマリーはよく言っていた。抜け駆けは厳禁。独り占めはもってのほか。

だけど、一緒におしゃべりしたり、お茶を飲むのは許してあげる。
2年生にして部長のエリカが、そう認めてくれた。

ただし、部の中では、と言う条件付きだ。
一度彼がこの部室を出れば、彼はエリカの所有物となる。

橘エリカは、彼のことが好きすぎて、もう彼と結婚する予定まで
立てているから、太盛に悪い女が近づこうとしたら容赦はしない。

「ちょっと、このドア、どうなってるのよ。開かないじゃない」

件の、エリカ嬢がやって来た。一年生が急いで扉を解除して女王を迎える。

「先輩、すみません。ちょっと色々ありまして」

「いろいろねぇ。ええ。これからいろいろ聞かせてもらうわ。私の旦那にね」

太盛は、一部始終をエリカに説明した。

エリカは新学期早々に多忙だったため、今日初めて部室に来たのだ。
姉のアナスタシアの仕事(諜報広報委員部)を手伝っていたためだ。
太盛はそのすきをついて、ミウを入部させ、さらにカップルとなることで
エリカと別れるつもりでいた。だが失敗してしまった。

最後はこうなることが分からないほど彼も馬鹿ではなかったが、
どこかに希望を見出そうとしたのだ。
あの高野さんとカップルになれたら、奇跡が起きるかもしれないと。

「バッカじゃないの」

とエリカは吐き捨てる。

序章 そのさん

  第三話 「あの女は強制収容所行きが決定したわ」


翌日の金曜日だった。

太盛がいつも通り登校する。
始業の鐘が鳴ってもミウが教室にいない。
よく見ると彼女の席が消えていた。

朝のホームルームが始まる。
大学を出たばかりの担任の横田リエが宣言する。

「みなさんには、残念なお知らせがあります」

ざわっ、と教室内に緊張が走る。

「出席番号12番の高野さんですが、昨夜、生徒会の皆さんの
 調べによって、資本主義日本のスパイであることが判明しました。 
 そのため今日から特別教室で授業を受けることが決定しました」

ミウは昨日の夜のうちに諜報広報委員部によって起訴された。
電話で罪状が告げられたのだ。
罪は、自宅で母親相手に社会主義の悪口を言ったことだとされている。

本日(0700)尋問室に出頭させられ、
自らが「日本のスパイです」と認めた。

彼女は美しい顔こそ傷つけられなかったが、お腹と背中を金属バットで
何度も叩かれ、大きなあざができてしまった。
人を殴ったこともない内気なミウには過酷が過ぎ、ついに嘘の自白を強要されたのだ。

「なんであの子がスパイなんだよ!!
 ふざけんじゃねえぞおおお!!」

太盛が椅子を倒しながらイキリ起ち、そのあまりの迫力に担任の横田はひるむ。

「なんですか堀君。あなたは、まさか生徒会の皆さんの決定に不服なのですか?」

「いや、だっておかしいだろ!?
 ミウがスパイって!! ミウは政治には全く興味がないし、
 それに生徒会の活動にも全く関心がねえんだよ!!
 つい昨日まで美術部で画をかいてた人が、なんで反革命容疑者なんだよ!!」

太盛はどんどん教卓へと進み、仕舞には横田理恵の胸ぐらをつかみあげる。
さすがにまずいので男子のクラス委員であるマサヤが止めに入る。

「おい太盛!! 教師閣下に対してその態度はどうかと思うぞ!!」

「止めてくれるなよマサヤ!! おまえだって今回の件は
 おかしいって思ってるんじゃねえのか!!」

「今回の件は諜報広報委員部の皆さんの決定なんだぞ。
 彼らははるか高みにいらっしゃる方々だ。
 我々の考えなど、とうてい及ばないのだよ。さあ、おとなしくしろ。
 今すぐクラス全員に謝罪するならば、反省文程度で許してもらえるぞ」

クラス委員には、生徒会から一部の権力を託されている。
それは、クラス内で反革命容疑者と思われる生徒がいた場合に
彼らの裁量で処罰しても良いと言うことだ。

本来なら、生徒会の判断を批判した時点で太盛は尋問室行きが決定している。
だが太盛はマサヤの友人だし、
まして女子のクラス委員である橘エリカの婚約者とあれば、
罪を軽くしてやるのが妥当だ。

「マサヤ君は何を言っているのかしら」

エリカが座席で足を組みながら言う。

「彼はクラスメイトが突然、特別教室行きになってびっくりしているのよ。
 ええ。分かるわ。誰だって取り乱すことくらいあるわ。人間だもの。
 ねえマサヤくん。だからってそんなささいなことで、
 太盛君がわざわざ反省文を書く理由になるのかしら?」

「う、うむ。確かに多少取り乱しただけで反省文はなかったかもしれん!!
 よし!! これでこの件は解決だな!! 
 今朝のことは何でもなかったのだよ!! さあ同志クラスメイト達よ!! 
 悪の生徒を摘発した諜報広報委員部のすばらしさ、
 そして我がクラスの橘委員の寛容さに拍手をしなさい!!」

教室から拍手の渦が起きる。
この学園では、いつもこうなのだ。2年A組。進学文系コース。

みんな学園の決定には逆らわず、荒波を立てることを恐れ、そして何より
自分が収容所行きになり、粛清されることを誰よりも恐れる。典型的な日本人だ。

共産主義(社会主義)制度とは、日本国においては今日まで適用されることのなかった
社会制度だが、もともと奴隷気質を内に秘めた日本人にとって、これほど
都合の良い制度はないだろう。なぜなら、日本人とは上の命令(国家機関、政治家、会社)
にはどこまでも従順であり、逆らうことをしない。

たとえば株式会社でみると、日本人の労働者にとって会社組織や直属の上司は
神に等しい存在であり、在職し続ける限りは絶対に逆らわない。軍隊に近い。

政治の視点でも、経団連と政府が国民の税金を搾取し続けても、
若者を中心にたとえ貧困になっても政治には関心がなく、
仮に政治に不満があったとしても全国レベルのデモまでは発生しない。

「こういう世の中だから仕方ない」
「我慢するしかない」
「そんなことを考えるより、まじめに働くしかない」
「政治家の偉い人がやっても駄目なんだよ」
「政治は難しい。俺には分からん」

平成が終わり令和になっても自民党一党独裁政権に変わりはなく、
(民主党に代わった時期も3年半ほど存在したが、あえて無視する)
先進各国を見渡しても一つの政権だけが普通選挙によって
これだけ議席数を維持できるのは日本だけだろう。

一度この国が共産化をしてしまえば、実際はほとんど反乱らしい反乱もないまま、
100年単位で共産化を維持することも不可能ではないだろう。
共産化とは全国民の自発的奴隷化を進める制度に過ぎないのだが、
私の住むこの国においては、すでにその前段階が完了していると言えるのではないのだろうか。

(2021/11/23 執筆の内容です)

今般のコロナ化における各国の市民の動向を見ても、政府のロックダウンに対する大規模なデモを
おそらく一度も行わなかったのは、世界広しと言えども日本国だけである。
英国をはじめ西洋列強国でさえ市民たちがロックダウンに反対して「市民の権利を守れ」と
警察隊を相手に派手に暴動を起こしていた。最近ではベルギーで放水と催涙弾で暴徒が鎮圧された。

ニュースで催涙弾とはよく聞くだろうが、催涙弾とは正式にはガス兵器の一種である。
元をたどれば、第一次大戦で使用された毒ガスを改良して
致死性と後遺症を限りなく軽減したものだ。そう考えたら恐ろしい兵器である。

また放水車による攻撃も、威力は半端ではなく、
当たり所が悪いと、頭と顎骨の脱臼の恐れがあるそうだ。

日本国ではコロナ拡大イベントと恐れられた東京五輪が終わった。
五輪のブラックボランティアと称された奴隷労働も進んでやる人が実際にいたわけで、
筆者は驚いた。近代化された西洋一等国の国民だったら、とうてい納得ができないだろう。
開催者側の称するボランティアとは、古代エジプトの奴隷と大差がないからである。

また五輪開催に関して全国規模での五輪反対の暴動が発生しなかったが、
(日本医師会による書面での中止の訴えなどはあったが、極めて平和的手段である)
民主主義国家の大先輩のフランスでこんなことをやったら、
市民の大反対によって政府が転覆してもおかしくはない。

時代をさかのぼる。江戸の末、戊辰戦争の果てに明治維新が成り立つ。
その後の西南戦争を除けば、反乱らしい反乱もないまま(各地で小規模な反乱はあった)
明治30余年の月日を経て日清日露の戦役で勝利する。

我が国の勝利の最大の要因は、国民としての民族意識の高さも当然にはあるが、
国民が政府や軍の方針に逆らわず、兵も国民も過酷な生活(飢えや貧困)
に耐え、国力を高める努力をしたからである。この全体主義的な強さが、日本の強さの源である。

全体主義的な団結力から、やがては太平洋戦争時の南雲機動艦隊のような、
世界最高の練度を誇る艦隊を保有するに至る。この時代の日本帝国は
ソ連を始めとした敵国からは「全体主義的ファシズム国家」として恐れられていた。

またドイツや日本は兵隊の練度が異常に高く、また好戦的なことも脅威とされていた。
世界の国々では、この二国が中心となって世界征服の野望を秘めているとさえ信じていた。

当時のソ連の認識では、ソ連が戦争しても勝てる見込みのない5つの国のひとつに
日本帝国が入っていた。具体的には米英独仏日である。

ソ連の軍首脳から国防人民委員部に対して、これらの国と交戦した場合に大規模な
消耗戦になるのは確実として、その際に必要な戦力として、最低でも常備兵300万以上、
戦車5万両、軍用機1万機とした案まで提出された。
スターリンは勝てる見込みのない国との戦争は、外交努力によって避けるようにしていた。

ソ連外務省はこれらの国との交戦を裂けるために交渉を続け、
やがては日ソ不可侵条約、独ソ不可侵条約を結ぶに至る。

日本人の奴隷的気質の件に戻るが、他にも決定的な例がある。

戦争で散った英霊の皆さんを侮辱する意図は断じてないのだが、
神風特別攻撃隊、回天特別攻撃隊など、軍が組織的に
大規模な自殺攻撃を実施した国は、世界の歴史をどれだけ調べても日本帝国だけである。

回天を知らない人が多いだろう。回天とは、「人間魚雷」のことである。
超大型魚雷の中に人間が入り、操縦して敵に突撃するのだ。
航空特攻も十二分に非人道的だが、回天の悲惨さは、そのさらに上を行く。
この話で興味を持った読者諸兄らは、ぜひネットで検索してほしい。

1944年の6月のマリアナ沖海戦で日本の空母艦隊の主戦力は壊滅し、
大局的には敗北が決定した。そのことは、政府と軍が一番よく分かっている。
だが、天皇制を維持するために少しでも有利な条件で講和する。
そのためだけに特攻兵器が使用されることとなった。

『国のために、死ね』

上にそう言われたから、死ぬ。

『一億総特攻だ。最後は俺も死ぬ。だから最初に死んでくれ』

そう言われたから、最初に死ぬ。

日本人の本質は、不幸にも散ってしまった英霊の皆様が証明されてしまった。

繰り返すが、死んだ人を悪く言うつもりは毛頭ない。
この内容を不愉快に感じる人は、今すぐページを閉じて欲しい。

だが、

『過労死』『過労による自殺』

これらがニュースで当たり前に報じられる国があるなら、私に教えて欲しい。
わが国では日本国憲法により「職業選択の自由」が認められ、
その憲法によって制約を受ける各種法律、特に民法(各労働法)では
何時自由に辞めても、処罰されないこととされている。

労働契約とは、法律的には諾成契約(口約束)で成立するのだから、
極端な話「今日で会社辞めます。さよなら」と電話で伝えたところで、
労働者を罰するいかなる法律もこの国には存在しない。ただ彼がいなくなったことで
会社が困るだけだ。もっといえば、そんな働き方をさせた会社に問題があるのだ。

一見すると労働契約書に署名が必要になるからこちらに法的拘束力が
あるのだと勘違いされるだろうが、あくまで労働は「諾成契約」を優先する。
つまり契約書は、内容を文字に起こしただけの紙切れであり、法的には意味がない。

たとえば正社員として雇用されても、会社側は労働契約書と異なる
条件で労働をさせても平気な顔をしている。
派遣労働では、実際に労働者が働き始めてから書面を渡し、
一週間以内に返信してくださいと伝える。

これらも、実際の労働をする際に書面の内容には意味がないことを意味している。
コンビニやスーパーのアルバイトでは「ばっくれ」が頻発しているそうだが、
実際に彼らが処罰されたという内容を筆者は聞いたことがない。そんなものはないからだ。

雇用契約書には「退職の2週間以上に辞意を……」と書いてあるが、
やはり紙切れなので何の拘束力もない。
また、いかなる罰金を払う理由もない。その必要もない。
つまり早期の辞意表明は「努力義務」のレベルであり、
自治体の出す「条令」に近いだろうか。

しかし、それでもなお、

『会社のために全てを投げうつ』
『日付が変わるまで残業するのが当たり前』
『月100時間程度の残業は普通』
『俺がいないと会社が回らない。会社が会社が……』

このようなことを言う人が、実際に大手企業にはいる。
なにも大手企業だけではない。マクドナルドやコンビニの店長など、
いわゆる「ワンオペ」で酷使され、過労死した例もある。

「辞めたら食べていけない」
「金がないんだよ金が」
「転職するのは大変なんだぞ」

分かる。だが、悪いのは労働者ではない。
労働者は勤勉で努力家である。
ふざけているのは、日本の国家制度と労働の環境なのである。

なぜか、日本人は自分が悪いと思い込み、社会制度(政治)に対しては攻撃をしない。
理由は、『直属の上司』『上の立場の人間、あるいは組織』には逆らわないからだ。

平成にあった秋葉原の連続殺傷事件の加藤容疑者をみてみよう。
彼は「派遣先で何らかのトラブルがあった」として、派遣先の仕事を
突然やめ、秋葉原の歩道にトラックで突っ込み、手当たり次第に人を殺傷した。

彼の犯行の一番の動機となったのは、派遣先、すなわち企業である。
なのに、なにゆえ派遣元の上司や、派遣会社の営業に文句すら言わずに、
関係ない人を刺すのか。

また日本軍を例にしても、上官に媚を売る一方で、新兵をいじめるのは大好きである。
会社組織の新人いじめ、学校の運動部による下級生へのしごきも、似た風潮がある。

日本人の本質がここにもある。「弱い者いじめが好き」なのである。
自らのうっぷんを晴らすには「弱者」をいじめることを選択するのだ。

執筆時点から数年前に、日大のラグビー部のタックル問題があった。
ウチダ監督に命じられた部員が、しかたなく相手選手に反則行為をしてしまったのだ。
調べて見れば、実は当該選手のスタメン器用の件で脅していた監督側に
非があることが明らかになったではないか。
しかしながら、その選手もまた「上司には絶対に逆らえない」日本人の気質を証明してしまった。



筆者は思う。

労働の対価は『金』である。

やりがいなど、理想を口にする人もいるだろう。
だが仮にそれが無償のボランティアだとして、
一日8時間以上も労働に費やす人がいるだろうか?

『生きるために』働く。

『妻のために子供のために、老いた両親のために。
 車や住宅のローンを返すために』

なんでもいい。いずれにしても生存のための行動に変わりはない。

だが「過労死」とは、その真逆を行かないだろうか。
結果的に死ぬために働くのなら、
もはや生物が持ちうる生存の欲求すら放棄したに等しい愚行である。

それは、労働ではなく自殺である。
本質的には特別攻撃隊で不幸にも散った皆様と同じことをしており、
戦時においても平和においても日本人の本質が変わらないことを意味しているのだ。

同じことを何度も繰り返して読者諸兄らは不快だろうが、それでも言わせてほしい。
この国ほど「全体主義的思想」が浸透しやすそうな国が存在するだろうか?

「学園生活」シリーズでは、共産化された足利市という小さな世界での
主人公たちのもがき苦しむ姿を描き続ける。彼らにとって一番の不幸は、
強大な権力に決して逆らおうとしない愚直さゆえに、卒業までボリシェビキの
奴隷として過ごすことにある。登場人物は高校生なので幼さゆえの未熟さもあるだろう。

しかし大人になると、保身からますます権力に逆らうことはできなくなるのだ。

以上で序章を終える。

本編 1 強制収容所2号室で囚人として生活する高野ミウ 

序章で描いたあらすじを説明する。

・高2の二学期、太盛とミウがカップルになった。
・だがエリカの嫉妬でミウが2号室行きになる。
・太盛が怒る。

これだけである。その内容を序章でダラダラと書いたに過ぎない。

ここから本文では序章の一話から継続した話数を入れる。
分かりにくいが勘弁してほしい。


  第四話  「私は美人なんかじゃないですよ。普通です」

強制収容所2号室は、全部で3クラスからなる教室で、
それぞれ1.2.3組に別れていた。ミウが入ったのは2組だった。

どんな恐ろしい環境なのだろうと思ったら、見た目は普通の教室と変わらなかった。
ミウの席は最悪なことに教卓の前の席だった。ど真ん中の一番前である。

この時点でいじめの匂いがしたが、
すでに囚人となったミウにはどんな自由も認められない。

ミウがこの教室に入っておかしいと思ったことは別にある。

(誰も……私と目を合わせてくれないんだ……)

ここにいるのは、生徒ではなく囚人だ。

朝のホームルームの直前になっても
座席の半分程度しか埋まらず、みな雑談することもなく、
ただおとなしく椅子に座っていた。

ミウは、斜め後ろの席にいる女子に話しかけた。

「あ、あの。このクラスって定員割れしてるんですか?」

「は?」

「いえ、だからその、全体的に人数少なくないですか?」

「は?」

と言ったきり、女子は目を合わせてくれなくなった。
話がしたくないのだろう。目の下に濃いクマができていて、
長い黒髪は手入れされておらず、寝起きのようにボサボサだ。

「さあ同志諸君。朝礼の時間であるぞ」

先生の代わりにボリシェビキの生徒が入って来た。
保安委員部のバッチを付けている三年生の男子だった。
スポーツ刈りで小さなフチなしの眼鏡をしている。

「本日の日程は、予定表に書かれている通りだ。
 今日は入ったばかりの囚人もいるようだが、すまないが
 予定表の予備がないのでくばることはできない。予定が分からない者は
 先輩の囚人に教えてもらうと言い。それでは所定の時間までに
 校庭に集合したまえ。以上だ」

ボリシェビキは去って行き、囚人たちは急いで作業着に着替え始める。
男子も女子も関係なく、同じ教室で着替えを始めた。資本主義日本では
考えられない風習だった。そして誰も人の着替えなど気にしてない。

死んだ魚の目をして、ただ事務的に衣服を変えているだけだ。
困ったことにミウは事前に何も聞かされてないので、作業着など用意してない。
それに今日の予定も知らない。そこで、着替えを終えて廊下へ出ようとする
女子の一人を捕まえて「あの……」と聞くと、舌打ちの後に返事が来た。

「9時半までに校庭に集合するんだよ。今日の予定は夕方まで山登りだから」

「そ、そうなんですか。教えていただいてありがとうございます。
 ところで私は作業着を持っていないのですが、どうすれば」

「そんなの、私が知るわけないだろうが!!」

先輩の態度は、あまりにも冷たかった。ミウは泣きそうになるが、ぐっと堪える。

「おい、邪魔だよ。出入り口の近くでつっ立ってんじゃねえ」

「あ、ごめんなさいっ」

後ろからガタイの良い男子が肩でミウを突き飛ばしたのだった。
他の囚人たちもミウを粗末に扱う。収容所でも最悪の囚人が集まるとされた
2号室はさすがに人間関係が悪い。

ミウは夏服の制服(Yシャツにスカート)のまま、校庭に集まった。
そこにはジープとしか思ない軍用車両がいくつも並んでいて、囚人たちは
分乗した。ミウが乗ったのは一番最後の車両だった。

囚人たちは、重苦しい雰囲気の中で言葉を発する者はいない。
ミウも誰とも目を合わさず、足利市の山の景色だけを見つめていた。
いつもなら、退屈な田舎としか思えないこの景色が、妙に懐かしく美しいものに思えた。

トラックから降ろされた囚人が整列し、点呼を取る。
ミウは勝手がわからず、戸惑っていると怒号が取んできだ。
急いで自分の番号を読み上げ、首を左から右へ降る。

「諸君らには職業訓練の一環として、森林伐採をしてもらう」

森林の伐採とは、林業の仕事である。
力仕事なのは言うまでもないが、
特に大木を扱う場合には倒木によって死亡するリスクもある危険な仕事である。

囚人たちは配られたヘルメット、手袋、長靴を装着する。
ミウは制服の上にそれらを付けたので明らかに不自然だった。

「チェーンソーの使用は認めん。貴様らの腐った根性を叩き直すためにも、
 斧やのこぎりを使って人力で伐採せよ。伐採した木は、そちらに用意した
 トラックの荷台に積むこと。本日は一日かけて職業訓練に励むように。以上だ」

(そもそもチェーンソー自体が重量物であると同時に、電源部(コード)の取り回しの
 複雑さ、さらに大量の粉塵がまうこともあり、素人には適してない)

そこには、見渡す限りの杉があった。

囚人たちは慣れたもので、二人一組になり、二人用の大きなのこぎりを手に、
作業を始める。杉は大木が多く、ミウの胴ほどの太さがある。これを伐採しろと言うのだ。

おまけにボリシェビキ側からはこれと言って指導もなく、ただやれと言う。
ラグビー部や野球部と思われる、強力な肉体をした男子のペアでさえ、
作業を始めて5分もしないうちに玉汗をかいて息を切らしている。

肉体労働で必要なのは、筋肉の持久力。スポーツで使う瞬発筋とは全然違うのだ。
誰と点数を競うわけでもなく、決められた目標を達成するために
コツコツと作業する忍耐力が必要だ。また大自然の中で働く頑丈な体も必要になる。

まだ9月の蒸し暑さの中のため、山の中でも十分に蒸し暑く体力を奪う。
囚人らは次々にペアを組み、作業を始めていく。

「こら。貴様。なにをボーっとしておるのか」

「すみません……。今日が初めてなので誰もペアを組んでくれないんです」

「ふむ……確かに3組のメンバーは貴様が入ったことにより奇数のようだな。
 よろしい。ならば私がペアを組んでやる」

「あ、ありがとうございます」

あまりうれしくもなかった。ペアを申し出たボリシェビキは、外国人だった。
半袖からむき出しになった腕の筋肉量が半端ではなく、
いかにもムエタイでもやっていそうな、タイ系を思わせるソ連人である。

「掛け声に合わせて、リズムよく、のこぎりを動かすのだよ。
 よいか。さあ。引け。どうした。早く引かんか」

最初は簡単だった。だが、幹の根元に近づくにつれて、どんどん硬くなっていく。
反対側の人と同じ力とタイミングで刃を動かさないと、逆に自分が
刃に引っ張られてしまい、余計に疲れてしまう。

そもそも男子と女子では腕力に差がありすぎる。
ミウは運動部でもないので基礎体力もないのだ。

15分ほど作業をしても、まだ三分の一も切り終えてない。
それだけ杉の木は太い。この先はもっと固くなるのだ。

ミウは少しだけ休憩させてくださいと頼むと、優しいことに認めてくれた。
近くに集められた丸太の近くに腰かけ、汗をハンカチでぬぐうと、
いまいましいことに蚊が寄って来た。はたいてもはたいても、次々に
蚊が寄ってくる。ボリシェビキの人たちは、
虫よけスプレーなんて気が利いたものは寄こしてくれない。

これも罰なのだと思うと、ミウはどこまでも悲しくなった。
罪なき罪によって収容所送りになり、大好きな太盛と美術の練習を
することもできず、なぜこんなところで肉体労働を……。

「うっ……うーーっ……うーーっ……」

ハンカチを口元に押し当てながら、泣いた。
泣いてどうにかなるわけでもない、誰に慰められるわけでもない。
むしろ怠惰として体罰の対象にさえなるだろう。

それでも泣いた。
泣かずにはいられなかった。

「お、おい……。大丈夫か」

「すみません……なんでもないです。すぐに仕事を再開しますから」

ミウの姿はみじめだった。制服のスカートはところどころ擦り切れており、
木屑で汚れている。筋力がないためか、すでに腕が小刻みに震えている。
生足でひざをついて作業をしたため、出血している。

こんな時でもミウの顔は美しかった。
安いドラマや演劇で下手な芝居をする女優とは違う本物の涙だった。
そんな彼女の横顔は、このソ連人の看守を同情させるには十分だった。

「待て待て。いったんノコギリを置きなさい。貴様はどうやら顔色が悪いようだな。
 なるほど。微熱があるのか。ならば、本日は休憩していてよろしい」

「え……」

「二度同じことは言わんぞ。テントエリアで休憩せんか。これは命令だぞ!!」

テントエリアと言われても、ミウにはどこか分からない。
森林伐採上からは、山道を少し下った場所にあるというが、ミウが適当に
道を降りていくと、確かにタープ式のテントが建てられた休憩場があった。

救護スペースと思われるテントの中に、タンカがあった。
事情を聞いたボリシェビキの指示で、ミウはそこで寝ることになった。

「反革命容疑者……」

「は、はい?」

「あなたって反革命容疑者って感じの顔をしていないのよね」

そう言ったのは、アナスタシア・タチバナだった。

本編 2 強制収容所2号室で囚人として生活する高野ミウ

  第五話「高野さんの家は、お金持ちらしいわね」

ミウに声をかけた人物は、諜報広報委員部の代表の女子だった。
エリカの姉。現会長とは二卵性双生児の双子。
アナスタシアとは、ロシア系ソビエト連邦人では一般的な女性名である。

長男のアキラ、次女のエリカと違い、このアナスタシアだけは
明らかに異国人の名前を親が名付けた。
その理由は、グルジア系ソビエトのダウシヴィリ家に行きつく。

かつてソ連政府内での政治闘争に敗れ、祖国を追われたダウシヴィリ家の男が、
日本の神戸に住み着き、やがては日本の女性と結婚する。呉服店を営む名家の娘だった。
そして、恐るべきことにその呉服商の党首は、当時の日本では危険思想とされた
革命思想(共産主義)に毒された、第一級の危険人物だった。

アナスタシアの祖父、ヴィーチリー・ダウシヴィリは、呉服店を妻と切り盛りする傍ら、
神戸の地下組織「プロレタリアートの集い」に属し、地下で活動を続けた。
表向きには、異国からやって来た店主である。会計の分野が得意であり、
日本の文化によくなじみ、言葉の訛りも少なかった。
とにかく真の共産主義者は自分の正体を隠すのが旨い。

戦時中は銃後の生活に耐え、夫43、妻31の時に子供を身ごもる。
その子供が、アナスタシアたちの母だった。母は、ソ連人と日本人のハーフだった。
名をマリという。大変に父親好きの子であった。顔立ちに明らかにカフカース人特有の
濃さがあり、学校では孤立することが多く、読書の時間が自然と増える。

やがて日本人の民族意識の高さを疑問に思い、
憎み、父からプロレタリア思想を植え付けられた。

彼女が中学を卒業する頃には、
反帝国主義、反民主主義、反軍国主義を是正とし、
やがて天皇や貴族のような特権階級を憎むようになった。

マリは、晩婚だった。29歳で結婚した。お見合いだった。
31歳でアキラとアナスタシアの双子を生み、翌年にエリカを出産。

アキラとエリカの名は、マリが付けた。
アナスタシアの名は、夫が付けた。

橘の家系は、伝統的に女系である。
この200年も続く呉服店は、常に優れた女性が家を管理しつつ、
優れた婿を外部からもらい、発展してきた。世襲制によって
愚図の男子が家を継ぐことで家が衰退することを避けたためだ。

その橘家の伝統として、最も優れた女子として長女のアナスタシアが選ばれていた。
これは、彼女が生まれる前から決定していることだった。彼女の名前が
ロシア系の名前を冠した一番の理由は、子孫の中で一人にでもいいから、
偉大なるロシア系ソビエト人の遺伝子を受け継いでほしいと夫の方が願ったからだ。

夫はレーニンの信望者だったから、
妻の父方の家系であるグルジアよりもロシアを愛していた。
彼は世界で初めて社会主義革命を起こしたロシア人が、
世界で一番優れていると信じて疑わなかった。

次女のエリカに用意されていた名前は、「カチェリーナ」だった。
そんな名前だと、きっと学校で差別されるとして妻は反対した。
それならせめて長女にだけでもと、夫はこだわった。
その夫の名前は、日本人の名前で「ヒロミ」といった。生粋の共産主義者だった。

だがその夫、アナスタシアの父親は、
アナスタシアが12歳の時に家を出て行ってしまった。
その部分は後述することにする。


      ~第四話の会話の続きに戻る~


「反革命容疑者の顔と言われましても……」

「それはそうよね。だって高野さんは何も悪くないのに2号室に収容されたんだもの」

「え。で、でも私は……」

ボリシェビキの目の前で無実の罪を主張したところで何になる。

ここはボリシェビキのテントスペース。
アナスタシア(ミウにとっては初対面の女性)の他にも、
たくさんのボリシェビキが偉そうにパイプ椅子に座って書類を眺めたり、
水筒の水を飲んで何かを話し合っている。

ミウはタンカに寝ている状態だが、首だけを持ち上げ、その女子を恐る恐る見た。

「うふふ。脅えているのね。あなたって考えていることがなんでも
 顔に出ちゃう人なのね。昔からそうだったわ」

「失礼でなければ、どこかでお会いしたことがあるのですか?
 申し訳ありませんが、私はあなた様を知らないものでして……。
 あの、失礼でしたら、本当に申し訳ありません」

「3年のアナスタシア・タチバナ。諜報広報委員部の代表を務めているわ」

「諜報広報委員部の代表様だったのですか。
 何も知らず無知で申し訳ありません。
 私は3年生の先輩のことは良く知りません。
 あいにく部活にも所属してませんので先輩の知り合いがいないのです」

「そんなに頭を下げなくていいのよ。私はあなたを痛めつけたりする
 気はないの。むしろあなたとはこれから仲良くしていきたいと思っているのよ。
 ねえ、高野さん?」

その言葉とは裏腹に、彼女の瞳はあまりにも冷たく、
明らかに高みからミウを見下ろしていた。殺気さえ感じる。

ミウは下手な口を聞いたら殺されると思い、それ以上は何も言わないようにした。

男子のボリシェビキが、アナスタシアのところにやってきて、書類を片手に
あれこれと相談事をする。アナスタシアが席を立ち、いなくなったので
ホッとした。だが3分もしないうちにアナスタシアは戻ってきてしまった。

制服のスカート姿なのに、ミウのタンカの横(土の上)に
足を整えて座り、ミウにこう語りかけた。

「私のことを覚えてないってことは、記憶がないのね。
 高野ミウさん。あなたはかつて生徒会の副会長さんだったのに」

「私が生徒会の副会長ですか……?
 とんでもないですよ。私みたいなバカでいくじなしの根暗が、どうやったら
 生徒会のようなエリート組織に入れるんですか。想像すらできません」

「あなたのお父様のお名前は、ナルヒトさん。立派な証券マンなんですってね。
 株式の分析がご専門。東京市場を担当していてるんですってね」

「は、はい……。
 さすが諜報広報委員部の皆さんは生徒の事情におくわしいですね。
 でも父は、その、あんまり優秀じゃないみたいですよ。
 現に娘の私がバカじゃないですか」

「娘は父親から優秀な遺伝子を受け継ぐものよ。特に科学者とかがそうでしょう?
 エリートな父を持つことは誇っていいことなのよ。それを否定することは、
 親を侮辱するのと同じよ。私はそういう後ろ向きな考えは好きじゃないんだけど」

「すみませんでした同志様!! 私の愚かな発言を訂正いたします!!」

「んふふ。別に怒ってるわけじゃないんだけどね。つい真面目な話を
 すると説教臭くなっちゃうのよ。私の悪い癖ね」

「いえ。同志様の貴重なアドバイスでございますから、
 私は本日聞いたお話を肝に銘じながら、今後の学園生活を送ろうと思っています」

「ふ……。また心にもないことを。
 かつて私を拷問した女の発言とは終えないわね」

急にアナスタシアの機嫌が悪くなっている。
ミウはまさか自分が失言をしたのかと思い、緊張した。

副会長や拷問の件は、この時のミウにとって知りえない情報
だったから余計に混乱してしまう。

「私ね、どうしても納得できないことがあるのよ。
 父親から生粋の資本主義者の遺伝子を受け継いでいる上に、
 家が裕福で一生ニートでも食べていける高野さんが、どうして
 この学園に入学して、生徒会の実質的なトップの権力まで手にすることになったのか。
 神様の運命のいたずらにしても、ひどすぎると思わない?」

「処罰を覚悟で申し上げます。同志様のおっしゃっている意味が、
 愚図な私には理解できませんでした。よろしければ、
 愚図な私にも理解できるように説明していただけると助かります」

「その口調が腹立つって言ってんのよ!!」

アナスタシアが、ミウの前髪を持ち上げた。
ブチブチ、と髪の根元が悲鳴を上げるが、人間の毛は簡単には抜けない。
ミウは寝た状態で頭だけを持ち上げる苦しい姿勢となった。

「私はさっきから囚人のあんたに気安く声をかけてあげてるのよ!!
 まるで小学校からの友人のようにね!! 変に私に気に入られようと
 作った口調で話すのやめなさいよ!! そういうの、ムカつくのよ!!」

「申し訳ありません!! 申し訳ありません!! 同志様!!」

「この!! 私を同志様って呼ばないでちょうだい!! 
 アナスタシアと呼びなさい!!
 おまえは正真正銘、高野ミウなんでしょうが!!」

「分かりました!! アナスタシア様とお呼びさせていただきます!!」

パシン、パシンと、アナスタシアと平手が飛び、ミウの顔が左右に激しく揺れる。
何事かと、ボリシェビキ(保安委員部)の幹部たちが集まってきた。

「騒がせてしまってごめんね。同志たち」

「い、いえ。そこの囚人が粗相をしたのでございますか?」

「説明するのがめんどくさいから、想像に任せるわ。
 この囚人だけど、実は私の古い知り合いなのよ。
 しばらく諜報広報委員部で私の奴隷として使役したいのだけど、
 保安委員部からお借りしてもいいかしら?」

「し、しかし!! ご存じの通り2号室の囚人は保安委員部の管理下にありまして、
 イワノフ代表の許可もなく他の部に移動させるのは……」

「それなら問題ないわ。同志イワノフには私からあとで伝えておくから。
 なんなら会長閣下に私がお願いしてもいいのよ。
 ね? 分かったのなら分かったって言いなさい」

「……かしこまりました。同志アナスタシアよ」

ミウはその日付けで、諜報広報委員部に移動となった。
囚人の身にある人間が、収容所から別の場所へ移動になることは異例のことで、
このことはやがてボリシェビキ内に衝撃を走らせるのだった。

本編 3 執務室で召使いとして生活する高野ミウ

  第六話 「私にも慈悲の心がないわけでもない」


ミウはアナスタシアの執務室に案内された。

校長室を少し小さくした感じの部屋で、
調度品、ガラステーブル、ソファーを中心とした全体的な間取りが、
いかにも学園の偉い人のいる部屋だ。

「これがホウキとチリトリよ。
 バケツとぞうきんは廊下にある掃除用具に入っているわ。
 さっそく部屋の掃除をしてもらおうかしら」

「かしこまりました。アナスタシア様」

ミウは深くお辞儀をし、支給された赤のエプロン(中央にソ連国旗あり)
を着て部屋の隅々まで掃除をした。アナスタシアは、偉そうに腕組をして
壁に寄りかかりながら、彼女の仕事ぶりを見ていた。

アナスタシアが驚いたのは、箱入り娘で世間のことなど何も知らないであろう
ミウが、てきぱきと掃除をしていることだった。
掃除しにくい本棚の裏、窓枠の四隅まできっちりと綺麗にしてくれる。
書類がたまっていたゴミ箱もすぐに片づけてくれて、
彼女が20分も掃除すれば、中はピカピカになった。

「ふぅん。なかなかやるわね」

「恐縮でございます。ですが」

「ん? なにか?」

「あそこの蛍光灯の電気が、切れかかっております。
 ほらあそこです。一番奥の。見えますか?
 備品の予備があれば、交換しようと思いまして」

「ああ、あれね。確かに、はじっこが黒ずんでいるわね。
 あんなの男子にでも任せればいいのよ。
 あなたって細かいところまで気が利くのね」

「恐れ入ります」

「ふっ……。お辞儀する動作まで品があるのだから驚きだわ。
 作ったにしても出来すぎているわ。あなた、メイドの経験でもあるのかしら?」

「さあ、どうでしょう。なんとなく、メイド服を着て屋敷の清掃を
 している自分を夢で見ることがあるのですが」

アナスタシアは一瞬だけ固まるが、ミウに悟られるのが嫌なので言葉をつづけた。

「ほらこれ」

「なんでしょう?」

「アメよ。アメ。ボリシェビキの間では褒美として囚人たちに
 あげる習慣になっているのよ。ミルキーだけど、嫌い?」

「いえいえ!! いただけるなら、喜んで!!」

アナスタシアは執務用の机の椅子に座り、ノートパソコンを起動させた。

彼女は大きな組織の代表だが女子高生らしく小物を好むようで、
パソコンの脇には可愛らしい熊らしき姿のぬいぐるみが置いてある。

チェラブーシカ。ロシアの児童文学家エドゥアルド・ウスペンスキーの
絵本『ワニのゲーナ』に登場するキャラクターだ。

他にはスワロフスキー(オーストラリアの宝石メーカー)のクリスタルが置かれてある。
白鳥とハリネズミだ。職人が厳選したガラスを削り出して加工したもので、見る角度や
時間帯(陽光)によって異なる輝きを提供する嗜好品だ。

ちなみにオーストリアもドイツ系民族の国家のため(帝国時代はハンガリー
との二重帝国だったが)ボリシェビキの規則ではスワロフスキー製品など
認められないが、彼女の兄が会長のため、部下たちは見て見ぬふりをした。

「ふー」

と言いながら、アナスタシアはメールに没頭していた。中央委員部から
次々に送られてくる案件に、彼女がいちいち対応しなければならないのだ。
中央委員部は校長が代表を務めるのだが、彼は本来の校長業務も兼任するため、
ボリシェビキの活動にばかり時間を割けない。そのため、本来なら彼の権限で
処理する案件まで、アナスタシアに投げてしまう。

アナスタシアはイライラしながらも、冷静に中央委員部からの色々な
注文を受け付けては、適切に処理していた。

多忙な時に法律(校則)の改正案に関る会議や予算委員会にまで出頭を
命じられた時は、さすがに会議場で怒鳴り散らしたこともある。
アナスタシアは実質的に中央委員部の代表的な仕事までしていたのだ。

ミウは、アナスタシアの後ろで立ってなさいと命じられた。
だからその通りにした。ミルキーの飴は好きに舐めなさいと
言われたので、できるだけ音を立てないようにして舐めている。

生真面目なミウは、つい考えてしまう。
本来だったら自分が所属するはずだった2号室の囚人たちは、
今頃また職業訓練と称した罰を受けているのだろうか。
あるいは、この時期ならばあの悪名高い地獄の登山をさせられているのか。

そして愛する太盛は、いまごろA組で授業を受けているのだろうか。
今でも彼女は太盛のことが好きだったが、もう彼と結ばれることなど
決してないのだとあきらめた。自分はすでに囚人の身だから、いつ死ぬか分からない。

せめて彼だけが生きてこの学園を卒業できればいいと、本気でそう思っていた。
幼い頃から英国正教会の文化圏で育ったものだから、
自己犠牲の精神が自然と彼女には備わっていた。

「ふー!!」

とアナスタシアがまた息を吐いた。このソ連人を祖先に持つ女性は、
仕事中はよくため息を吐く。ミウはさすがに不快に思うが、慣れるしかない。

「喉が渇いたわ」

「はっ? お茶でございますね!! ただいま用意します……
 すみません。ティーセットはどこにあるのでしょうか」

「実はこの部屋には用意してないのよ。
 私って常に忙しいじゃない? いちいち洗ったりするのめんどくさくてさ。
 お金あげるから、その辺の自販機で紅茶でも買ってきてよ」

「紅茶の種類は、ミルクティーでよろしいですか?」

「そうね。ミルクティーでいいわ」

アナスタシアは眼鏡をかけてPC画面と向き合い、
メール文をタイプし続けていたが、ふと顔を上げる。

「あなた、よくわかったわね」

「なにがですか?」

「私がミルクティー好きだってこと」

「なんとなく、いわゆるカンですよ」

「あらそう」

と言ったきり、アナスタシアは仕事に没頭した。

ミウが廊下に出ると、昇降口の方が多くの生徒でにぎわっていた。
アナスタシアの執務部屋は、校長室の隣で、昇降口付近にあるのだ。

気まずいことに、2年A組の生徒たちが、体育の時間を終えて教室に戻る最中だった。
一度囚人の身に落ちてしまうと、ものすごく気まずい。
普通の生徒として学園生活を送れる皆がまぶしすぎて、また泣いてしまいそうになる。

「あ……」

その中の男子の一人が立ち止まり、ミウを見ている。太盛だ。

「あ……」

ミウも立ちくしてしまった。

雑踏の中でここだけ静寂に包まれているような不思議な感じがした。

太盛はミウに話し掛けたくて近寄ろうか迷っていたが、周囲の女子連中から
すごい嫌な視線を受けていた。クラスの人気者の太盛が
囚人となったミウに声をかけようものなら、あとで悪い噂となり
正しくない生徒(反革命容疑者)とされる恐れがある。 

(彼と話をしては駄目よ)

ミウは振り返り、食堂の自販機を目指した。

「ちょ、待ってくれよ!!」

と背中に声がかけられるが、たぶん気のせいだろう。
あるいは、自分以外の人にかけられた声だろうと思い込む。

「ごくろうさま」

執務室に戻ると、アナスタシアは来客用のソファにドカっと腰かけ、
テーブルの上に足を乗せて楽にしていた。
旧ソ連系の令嬢にしては底辺階級の米国人女性のような粗暴な振る舞いだった。

「みっともない格好だけど気にしないでね。校長がいい加減すぎて
 ストレスたまってるのよ。誰か私の代わりに代表やってくれないかしら」

棚の引き出しから、チョコチップクッキーを取り出して、ミウにも分け与えた。
ミウは当然断るわけにもいかず、深くお辞儀をして受け取った。
アナスタシアと同じようにボリボリと遠慮なく食べる。

(この人は、エリカと姉妹だけど……やっぱり性格が全然違う。
 どっちも性格は悪そうだけど、この人の方がオープンっていうか、
 嘘がないからまだ付き合いやすいのかも。それに仕草とか言動が庶民っぽい感じがする)

「高野さん。あなたの分の飲み物がないじゃない」

「私の分……?」

「お金を余分に渡したでしょうが。
 あなたの分も買ってきていいって意味だったんだけど」

「そ、そうだったのですか!!
 お気遣いに気づかず、申し訳ありません」

「別にいいけどね。ずっと立っていて疲れたでしょう。
 そこに座りなさいな」

アナスタシアは自分の隣を指して言った。

「わかりました。失礼します」

「監視カメラでモニターしてたんだけど、
 さっき廊下で愛しの彼と見つめ合っていたじゃない。
 どうして声をかけなかったの」

監視カメラと言われてミウはギョッとしたが、
この学園中の生徒を監視しているのが諜報広報委員部。
そしてアナスタシアはその代表だから当然だ。

「私と話をしたら堀君に迷惑がかかるかと」

「彼が一般生徒で、あなたが囚人だから?」

「この学園では囚人と一般生徒の間の不必要な接触を禁じています」

「確かにルールではそうなっているわね。兄さんが中央の人間に
 命じてそう作らせたから。私が一年の頃に比べたら細かい規則がたくさん
 できてしまって、規則を取り締まる側の身にもなってほしいものだわ」

「あの、アナスタシア様は私と堀君が話をしても許していただけるのですか?」

「それはそうよ。だって恋愛は個人の自由じゃない。
 所属とか階級とか、そんなの関係ない。
 二学期が始まってからエリカが荒れてたから部下に調べさせたんだけど、
 あなた、堀太盛君をエリカから奪っちゃったんでしょ?」

「奪った……と言われると、まあ、結果的にはそうなってしまったのかな……?」

「A組に仕掛けてある盗聴器の音声も確認させてもらった。
 どう解釈しても太盛君からあなたに告白してる。あなたもそれに応じた。
 ならあなたたちはカップルなのよ」

「カップル……。そう言っていただけるだけで、もったいないくらいです。
 彼にとっては私なんて迷惑なだけでしょうけど。
 美術部も勝手に抜け出してしまったばかりですから」

「ここにカップル申請書があるのよ」

「これは……!!」

生徒会が発行する、正式な書類である。
まず中央委員部に提出して、最終的に会長に認められたら、
正式なカップルとなり、特別な理由のない限りは別れることは許されない。
浮気や不倫などの「資本主義的」な恋愛は禁止とされる。

「あなた達、付き合っちゃいなさいよ」

「し、しかし!!」

「彼のこと好きなんでしょ?」

「私が良くても、彼が学内で孤立してしまうかもしれません」

「むしろ早くした方がいいわよ。
 エリカの彼に対するアプローチも病的な感じだけど、
 最近では一年生のアイドルの斎藤さんもすごい勢いだから」

斎藤マリー。ミウの大嫌いな後輩の女の子だった。
ミウは、美術部に入ってからあの子に嫌味を
言われたことを今でも根に持っている。

「逆にこうは考えないの?
 あなたがせっかく彼と付き合えるチャンスを棒に振ったら、
 もう卒業するまで付き合える機会はないわよ。あなたが
 反革命容疑者として罪を自白したことをもう忘れたの?
 この学園ではよほどのことがない限り一度囚人になったら
 一般生徒に戻ることはできない」

「うぅ」

「どう?」

「わ、わかりました!! 申請書に名前を書かせてください!!」

まず、ミウの名前が書かれその日のうちに太盛も半強制的に記入させられた。
こうして愛し合う若い二人は、
アナスタシアの権力によってカップルとなることに成功した。

本編 4 執務室で召使いとして生活する高野ミウ

  第七話 「交換条件になるのだけど」

あれから数日が経過した。ミウは、毎日アナスタシアの執務室で小間使いをしていた。
掃除をしてもすぐに終わる。アナスタシアはよく部屋を開けるので、
その間は固定電話を使って電話対応をし、メモを残したり、PCのメールボックスの中身を
フォルダごとに小分けしたり、文章をプリンタで印刷したりなど、命じられた通りの雑務をする。

(これって明らかに重要文章だと思うんだけど……)

アナスタシアはミウにはどんなデータでも構わず見せてしまった。

諜報広報委員部の中でスパイを取り締まるのに必要な、
全校生徒および職員の個人情報管理システム、
資産運用部の取り扱い残高(昨日の時点の時価)、
翌年に入学してくる生徒に向けたオープンスクールの冊子の原文など、
とても召使いの人間が見て良い代物じゃない。爆発物や毒ガスを製造するのに
必要な原材料の取り寄せに使う予算表まであった。

「ふー。ただいまぁ」

アナスタシアがイライラしてるのか、扉を下品にも足で押し開けた。

「ったく、保安委員部の石頭どもめ。
 同じことを何度説明したらわかるのかしら。
 囚人の脱走者が多いことを会議のたびにうちの部のせいにしようとしてさ!!
 あいつらの管理がゆるゆるだからでしょうが!!」

「そう言うなよターシャ。彼らが有能か無能かはともかく、
 職務に対しては忠実ではないか。ボリシェビキとしては
 党と学園の方針に忠実なことが一番なのだぞ」

ミウは思わず椅子から立ち上がった。今日アナスタシアが連れてきたのは、
彼女の双子の兄であり、現学園の最高権力者であるアキラだ。
坊主頭に黒縁の眼鏡をかけている、いかにも極道面の男だ。

「おいターシャ。そこにいる女性は誰だ?
 新人のボリシェビキか?」

「うーん、分かりやすく言うと……私の召使い」

「召使いだと……? どうやら彼女は囚人のバッチを付けてるようだが。
 秘書が欲しいのなら中央から優秀な二年生を派遣すると言っているだろうが」

「ボリシェビキには能力が優秀な人はたくさんいるけど、
 堅い人ばっかりで私の性格とは合う人ってあんまりいないでしょ。
 私が代わり者なのがいけないんだろうけどさ」

タチバナの兄妹は、ソファに隣通しで座り込んだ。

時刻は11時半。ずっと休憩なしで働いていたので一息つきたいのだろうと
ミウは思い、アナスタシアに何か言われる前にティーポットで紅茶を
淹れることにした。このポットは、ミウが自宅から持ってきたものだ。

「ど、どうぞ。会長様。アナスタシア様」

「ふむ、すまないね。この香りは……ダージリンか。うまいな」

「ね? この娘ったら茶葉で入れてくれるから本格的なのよ。
 これ、安物の味じゃないわよね」

「確かに。我々高校生が飲むにしては本格的すぎるな。
 君、名前は高野君か」

「は、はい!! 同志・会長様!!」

「君はターシャに気に入られているようだな」

「私なんかが……アナスタシア様に気に入られるなど」

「室内がピカピカだ。細かいところまでよく掃除の手が行き届いているようだな。
 高野君はずぼらなアナスタシアとは対照的だな……ふふ。ははは」

「恐縮でございます!!」

「高野……高野……聞いたことがあるな。君は2年生の女子だろう?」

「はいそうです」

「あぁ、そういえば2年生の女子で高野と言えば、
 有名な帰国子女の娘がいるという話を聞いたことがある。
 高野……下の名前はユイさんだったか?」

妹から、ミウよ、と小声で突っ込まれた。
アキラは咳払いをする。

「我がボリシェビキの留学生は旧ソ連系が過半を占める。
 英国育ちの人間とは初めて話すな。
 どうだ君。今から言う日本語を英語に直してくれないか」

お題は「共産主義とは資本主義に対する政治思想である」だった。
ミウはうるさすぎるくらいの声でハキハキと英語で発音した。

「実に素晴らしい発音だ。ネイティヴではないか」
「私も初めて聞いたけど、噂通りね。BBCのアナウンサーと全く同じ発音だわ」

アキラは「ハラショー、囚人にしておくにはもったいない存在だ」と言い、
「外国の文化を知ってる人間はボリシェビキにふさわしいものね」とターシャも返す。

アキラが紅茶を飲み干す。ミウがお代わりをすぐに
注いでくれたのでますます機嫌が良くなった。

「高野君。うまい紅茶の礼がしたい。何か望みがあるなら言ってみなさい。
 私の権力の及ぶ範囲であれば、何でも叶えてあげよう。ただし、ひとつだけだ」

ミウは真剣に悩んだ。まさか会長にまで気に入られるとは思ってなかったが、
チャンスはチャンスだ。彼女の本心で一番望んでいるのは、2年A組の生徒に
戻してもらうことだ。だが、そんなことを望んだら、
アナスタシアの小間使いではなくなるので論外だ。
そもそも会長は明らかにミウをボリシェビキに勧誘したがっている。

出会った頃のアナスタシアは乱暴だったが、それが嘘のように優しくなっていき、
太盛との交際まで認めてくれた。ミウにとって不満だったのが、その交際が
書面上のものにすぎず、太盛とは結局学園内で話す機会もないことである。

アナスタシアは、休み時間などにA組に遊びに行きなさいと軽く言うが、
囚人の身の自分が行けるわけがない。休みの日に会うにしても、足利市全域に
諜報広報委員部の監視網が広がっていて、どうやっても噂になってしまう。

そもそも今回の交際の件はアナスタシアの独断であり、各部の人間に周知されていないのだ。
ミウが公に交際をアピールすることで、多くのボリシェビキの反感を買うことになる。

「わ、私には一般生徒に彼氏がいるのですが、彼氏と話をする機会がありません」

「ほう? 交際相手と話もできないのはさみしいな」

「はい。ですから、彼と話をする機会を作っていただきたいのです」

ミウは、ポロポロと涙を流していた。

「お、おい君!?」

アキラの声がうわずる。妹のアナスタシアからしても、
この尊大すぎる独裁者がこんなにも慌てているのを見ることはまずない。

アキラが妹から詳しい事情を聞く。すぐになるほど、と言ってミウに愛想笑いをする。

「彼氏彼女になったのに一度も彼に会えてなかったのか。
 それでは不満も溜まると言うものだな。よろしい。
 その堀君とやらを緊急に呼び出そうではないか」

アキラは携帯で保安委員部の部下に連絡をする。
堀太盛がこの執務室にやって来たのはその6分後だった。
ちょうどA組の教室がこの塔(A棟)の2階だったこともあるが、
それにしてもあまりにも早かった。

「同志閣下!! 堀太盛を連れてまいりました!!」

「よろしい。下がりなさい」

「ダー!! パニャートナ!!」

屈強な中央アジア系の保安委員部員の二名が去り、堀太盛が残された。
会長が気を使ってアナスタシアと一緒に部屋を出たので、完全に二人きりだ。
昼休みのチャイムが鳴るまで好きにしていいとまで言った。まだお昼まで15分もある。

「太盛君……久しぶりだね」

「ああ。ミウと話すの、本当に久しぶりだ。
 で、なんで俺は呼び出されたのかな?
 恐怖で心臓がはち切れそうになってるんだけど」

ミウが事情を話すと、太盛は声をあげて笑った。

「会長閣下は本当にお優しい方なんだな。
 俺達に話す機会を与えてくれるなて」

「本当だよね。私もすっごく感謝している」

「俺もボリシェビキになれば、ミウと逢える機会が増えるかな」

「太盛君、ボリシェビキになりたいの?」

「普通の生徒として3年間をただ過ごすよりも、
 もっと世の中のためになることをした方が有意義だと思ってね」

そうは言っても、彼の顔まではそう言ってなかった。
この学園内にはくまなく監視カメラと盗聴器が仕掛けられている。
その膨大な量のデータを、常に諜報部の人間が管理している。

太盛は、2学年に上がった時からミウに一目ぼれしていた。
そしてやっと付き合い始めたと思ったら、斎藤やエリカの妨害にあい、草々に破局に
近い状況となってしまった。太盛は、自分の恋の邪魔をした二人のことを
本気で嫌っていた。その反動でミウに対する恋心がますます強くなっていく。

(ああ、こんなかわいい子が自分の彼女だったらなぁ)

一学期の頃からそう思わない日はなかった。
内気な彼女とはたまに目が合う程度で、どちらから話しかけることもなかった。
太盛は男性的な欲望から、彼女の髪に触れたい、肩を抱きたい、近くで匂いを嗅ぎたい、
なにより美しい彼女を連れて街を歩き回りたいと思っていた。

「諜報広報委員部の選抜試験を受けてみようかと考えているんだ」

「ボリシェビキの皆さんは、忙しそうで大変みたいだよ。
 太盛君は進学を目指しているんだから、普通にクラスで授業を受けた方が」

「ボリシェビキとしてしっかり活動すれば、推薦枠がもらえるんだよ。
 進学のことは心配しなくてもいいんじゃないのか?」

「よく簡単にそんなことが言えるね……」

「ミウ? 君は俺にボリシェビキになってほしくないみたいだね」

「ボリシェビキは危険な仕事だよ。定期的に思想チェックとかされるんだよ?
 ボリシェビキの内部にもスパイが潜んでいるんだから、太盛君が
 私みたいにいわれのない理由で逮捕される可能性だってある」

「それこそ今さらだよ。この学園の生徒は、
 誰だって半革命容疑がかかるんだから。
 もっとも俺には他の目的もあるんだがね」

「目的って?」

「俺がボリシェビキになれば、斎藤マリーやエリカが近寄ってこなくなるだろ?
 あいつら、いい加減しつこいんだよ!! 俺なんか行きたくもないのに美術部に
 毎日行かされるし!! 教室ではエリカがイチャイチャしてくるし、俺あいつらに
 全然興味ないのに、クラス中で変な噂立てられて迷惑してるんよ!!
 俺は普通に学園生活が送りたいのに、なんでこうなるんだよ!!」

「わ、分かったよ太盛君。イライラしてるのは分かったから静かにして。
 執務室で大きな声出したら、いろいろな人に迷惑かけちゃうじゃない」

昼休みのチャイムが鳴った。

小間使いのミウは食堂の使用を禁止されているので
この部屋で食事をすることになるのだが(お弁当持参)、
太盛は教室に戻らないといけない。しかしまだまだ話し足りない。

太盛がどうしようか迷っていると、
廊下で保安委員部の人と女子がもめていた。

「き、君、執務室に代表閣下の許可なく入ることは……」

「何馬鹿なことを言ってるのよ。私はアナスタシアの妹なんだからフリーパスよ。
 少しは融通を利かせなさいよ。あなたみたいな凡俗は、
 頭が悪いから規則通りのことしか話せないんでしょ」

「貴様!! ボリシェビキでもないのにその口に聞き方は無礼ではないか!!」

「うるさい黙りなさい!! 私の彼が今そこの部屋にいるのよ。
 文句があるならあとで私の兄に言いな!! 入るからそこどいて!!」

「くっ……勝手にしろ!! 私はもう知らんぞ」

太盛は窓から逃げ出そうとしたが、遅かった。
エリカは来客用の黒いソファーで向かい合うカップルを見て、みるみるうちに
凶悪な表情になる。まさに鬼だった。よく高校生でここまでの顔を、と太盛は思った。

「急にあなたが呼び出されたからおかしいと思ったのよ。
 ねえ太盛君? こんなところで囚人とおしゃべりしてたの?」

「いちいち説明するのがめんどくさいから、だいたい察してくれよ」

「何を話していたの?」

「おまえに言う必要があるのか?」

「質問に答えてよ。私は、そいつと何を話していたのかって訊いてるんだけど」

「そっちこそ質問に答えろよ。言う必要があるかってこっちは訊いてるんだ」

エリカが拳を固く握った。小刻みに震えている。

「じゃあそっちの人に聞くわ。ねえそこの女子。太盛君と何を話していたの?」

そこの女子と言われた瞬間、美術部での不快な思い出がよみがえる。
ミウは冷静さを失っていた。

「そこの女子とは、誰の事でしょうか?」

「あなたに決まってるでしょうが。
 あらごめんなさい。もしかして耳、ついてないのかしら」

「さきほど太盛君が言った通りですよ。特に話す必要ありませんね」

「喧嘩売ってるの?」

「そうでしょうか? 私は思った通りのことを口にしてるだけですから」

エリカはミウの胸のリボンをつかんで持ち上げ、壁際まで追い詰めた。

「囚人のくせに、何様のつもり?」

「苦しいですよ……暴力はよくないと思いますけど」

さすがに太盛が仲裁に入ろうとしたが、それより先にアナスタシアが戻って来た。

「はいはーい。そこまでぇ!!」

エリカを引きはがす。

「お昼時に一人の男を巡って喧嘩って、まさに昼ドラって感じよねー」

「ターシャ姉さん!! ふざけないでよ!!
 なんで二号室の囚人がここにいるのよ!!」

「それにはふかーいわけ(事情)があったのよ。
 あとで全部説明してあげるから、今日のところは教室に戻りなさい」

「ふざけないでって言ってるでしょう!! 
 どうして今日太盛君を執務室に呼び出したのよ!!
 あの時、教室中がざわついて大変だったんだからね!!」

「エリカ。早く戻らないとお昼を食べる時間が無くなっちゃうわよ。
 この学園ではお昼を規定時間通りに食べない生徒も処罰の対象なんだけど。
 お昼の時間によからぬ実験をしてる輩もいるようだしね……。
 まさかあなた、校則も守れないような生徒なんじゃないでしょうね?」

「くっ……都合が悪くなると、そうやって私を脅すんだから。
 やっぱり私はボリシェビキは好きになれないわ」

「情けない子ね。そんなんだから兄さんから軽く見られるのよ」

「だから何? 今兄さんの話はしてないわよ。
 そんなに戻れ戻れってしつこく言うなら、
 お望み通り戻ってあげるわよ。ただし太盛君を連れてね」

エリカが太盛の手を引くが、太盛はソファの上で石のように硬くなっている。
太平洋中部のイースター島にあるモアイ像のような顔をしていた。

「エリカのお姉さん……じゃなくてアナスタシアさん。
 あなたの妹がしつこくて困っています。なんとかしてください」

「ほらエリカ。言われちゃってるよ。彼のことは諦めて別の男を」

「……もういい!! 一人で教室に行くわ!!」

シーンと静まった。

太盛も廊下へ出るが、階段の前で立ったまま頭を抱えていた。
そこへアナスタシアがニコニコしながらやって来たのだった。

「はは……さすがに教室に戻りづらくなりましたね……」

「うちの妹ったら、嫉妬深くてごめんなさいねぇ。
 あんなのを見せられたら結婚を前提としたお付き合いなんて
 したくないわよね。うふふふ。太盛君ったら落ち込んじゃって、可愛い~」

「からかわないでくださいよ。最近はあいつと一緒にいると頭痛がするように
 なったんですよ。見てくださいよ俺の髪。白髪が混じっているでしょ」

「ええっ。白髪なんて見えないよ。綺麗な黒髪じゃない。どこどこ?」

「ほら。耳の上とか」

「見えないなぁ~。どこかな?」

「このあたりですよ」

太盛が仕方ないので膝立ちになり、アナスタシアが彼の頭を
抱きかかえるようにしながら、白髪をチェックしたが、わずかに
2,3本生えているだけで特にこれといって指摘するようなこともない。

「ちょっとアナスタシアさん。さっきから髪の毛触り過ぎですよ。
 もう白髪は分かったでしょう」

「太盛君の髪の毛ってさらさらだから、つい触りたくなるのよね……ん?」

アナスタシアでさえ恐怖を感じるほどの怒気が背中に刺さった。
廊下の隅に身を隠し、じっとこちらを見つめているのは、ミウだった。
彼女は太盛が心配になり廊下へ出たのだ。
ミウが何か言ったわけではない。だが彼女の恨みのこもった瞳が、
確かにこう告げていた。私の彼に気安く触れるなと。

「あらあら高野さん。これは違うのよ~~。太盛君がちょっと
 落ち込んでたからフォローしようと思っただけでね」

そのすきに太盛は階段を駆け上って消えてしまった。

「いえ、私には何も申し上げる権利がございませんから」

「そんな怖い顔しないでよ。謝ってるじゃない。
 エリカが一年の時から太盛君を狙っていたから、
 たまに彼を足利の自宅に招待したりして顔見知りになっていたのよ」

「彼を自宅に呼んでいたんですか!?」

「そ、そうよ。そんなに驚くこと?」

「さっきアナスタシア様が言っていた結婚を前提にしたお付き合いって……
 まさかお互いのご両親も関係を認めているってことですか!!」

「あれはエリカがそう言っているだけで実際は違うわよ。
 うちは家庭の事情で父親がいないし、母は神戸に住んでいるから
 めったにこっちの宅にまで来ないもの。
 母はまだ太盛君と会ったことないわよ」

「じゃあ太盛君のご両親は!?」

「さあ? あちらの家系のことはわたしにはさっぱり。
 そんなこと気にしてどうするのよ。太盛君はエリカの事
 嫌ってるの見ればわかるでしょ。束縛が大好きな奥さん候補なんて
 普通の男の人は嫌がるもんじゃないの?」

「で、でも私不安なんですよ。私はエリカと違って美人でもないし、
 背も小さいし、それに囚人だから太盛君と同じ教室にいられないし、
 その間にエリカと何を話しているのか気になるじゃないですか」

「へーあなたって美人じゃなかったんだ。
 てっきり自分の容姿を鼻にかけてるタイプだと思っていたから意外ね
 身内びいきをしてもエリカに負けないくらい美人さんだと思うけど」

「なんですかそれ!! こんな時にお世辞を言わなくていいですから!!」

「あーはいはい。それより自分で言ってて気づいてる?  
 彼が自分の見てないところで何してるか気になるって、
 エリカと全く同じ発想なのよ。あなたも束縛体質のようね」

「束縛体質だなんて、そんな言い方あんまりじゃないですか!!
 恋をしている女の子なら、たぶん普通ですよ!!」

「ごめんごめん」

「はっきり言いますけど、私はあなたの妹さんが嫌いです!!」

「うん。そうでしょうね」

「お姉さんだったら、妹さんの行動を注意してあげてくださいよ!!
 彼が嫌がってるじゃないですか!!」

「実は何度も注意してるんだけど聞いてくれないのよ。
 あの子が家でヒステリー起こすと使用人に八つ当たりするから
 困ってるんだけどね。高2にしては精神年齢が低すぎじゃない?」

「どうにかならないんですか、あの女!!」

「好きにさせてあげるのが一番だと思うわよ。
 兄さんもエリカのことは苦手みたいだから家で話しかけることもないし。
 それよりあなたにはカップル申請書があるでしょうが。もっと自信を持ちなさい」

「カップル申請書……」

「ボリシェビキの権力があなた達の交際を認めているのよ。
 エリカが勝手なことをしたって規則の前では通らないでしょう」

「そ、そうでしたね。すみませんでしたアナスタシア様。
 私はアナスタシア様に拾っていただいた身で、失礼なことをたくさん
 言ってしまいました。どうか許してください」

ミウは腰を折って日本風のお辞儀をした。
誠意が伝わる謝罪の仕方だったのでアナスタシアは微笑んでしまう。

「感情が表に出やすいってことは、それだけ素直な証拠ね。
 きちんと自分が悪いって謝ることもできるし、わがままで
 恩知らずってわけでもない。規則には従うし、権力欲があるわけでもない。
 あなたみたいな人はボリシェビキに向いている思うわ」

一般生徒がボリシェビキに暴言を吐くこと自体が規則に違反しているのだが、
アナスタシアは、ミウを処罰するなど考えてもいなかった。
実妹のエリカと違って、どこまでも素直なこの子のことが憎めなかったのだ。

歴史の話 1 ボリシェビキとは何か

   『ウラジーミル・イリイチ・レーニン』

・同志レーニン
・革命家レーニン
・ソ連の建国の父。

レーニンの呼び方は色々あるが、この作品の『学園』でも党の最高指導者として
今でも崇拝されている。レーニンのやった仕事は、人類史上初の社会主義国家の建設である。
ドイツ帝国に敗戦した後の混乱の中で、国内の反乱分子と戦いながら内政を行い、
ボリシェビキの権力を維持し付けたことは奇跡に等しく、彼のやった一番の功績は
『第二次大戦までボリシェビキを存続させる基盤を作ったこと』であると考えられる。

レーニンが社会主義者に目覚めたきっかけは、いくつもある。
まず帝政ロシアの政治的腐敗だ。

当時のロシアでの政治や軍の上層部は、貴族の特権階級によって占められており、
労働者や兵は貴族の所有物であり、どのように使役して殺しても構わないとされていた。
農民は富農(クラーク)の所有物であり、やはり家畜の延長だった。言葉を話す家畜である。
ロシア帝国において、もっとも大きな権力を持つのは皇帝である。

明治の国民国家の日本ならともかく、帝政末期の日本では帝国人民は
天皇陛下の所有物であるかのように宣伝され、実際に大規模な特攻作戦、
太平洋の各島での玉砕戦までして多くの兵隊や国民が死んだ。

この二つの国において、明らかな共通点がある。

『国民とは、国家の奴隷であり、家畜であり、人権がない』

そんなものは近代以前、たとえば中世封建社会の典型例で別にめずらしくない。
今の北朝鮮の朝鮮労働党や、中国共産党も似たようなものと
言われたら否定はしない。だがそれでも日本帝国とソ連は、ゆがんだ国だと筆者は思う。

そして両国に共通することは、国民に重税を課して軍備を増強し、
領土拡大を目指したが、やがては強国によって滅ぼされてしまうことである。
ロシア皇帝と天皇陛下に忠誠を無理やり誓わされ、死んだ人は、無駄死にだったのか。

レーニンがボリシェビキに目覚める重大なきっかけは、兄の死だった。
兄のアレクサンドルは、反帝政派の組織に属し、皇帝を暗殺するための爆弾の
製造を任されていた。やがて秘密警察によって逮捕され絞首刑となる。

この兄の死によってレーニンは皇帝を深く憎むようになり、
暴動に参加し、政治集会を開き、やがては革命家となり、国家の最高指導者になる。


レーニン達ボリシェビキは、すべての貧しいソ連人を救うために、
特権階級から人権を奪うことにした。

資本主義の観点では資本家連中が生産手段を独占し、労働者を好きなように
使役して生かさず殺さずの生活を送らせている。資本主義では
景気変動の波によって多くの失業者が生存する権利を奪われ、
今次コロナ災厄では貧しい者から順番に自殺する一方、裕福な老人たちは
消費が落ち込む分、家計の貯蓄残高を増やすだけという、明らかな「階級差」が生じた。

米国ではエリザベス・ウォーレン率いる民主党の左派が拡大の兆しを見せている。
その主張は『金持ちは死ね』と高らかに宣言しているも同様であるのだが、
同国においては年々確実に社会主義勢力の影響力が増している。

またフランスやスウェーデンでは「極右」民族主義政党が幅を利かせ初め、
かつてのトランプ大統領やブラジルの現大統領のように
『外国人は死ね』という、かつての帝国主義時代の価値観が復活しつつあるのだ。
経済においてはグローバル経済がひと段落し、保護貿易がそれに代わってもおかしくはない。

かつて社会学者のマルクスやエンゲルスが予想した、『階級差』によって
いずれ人類は次のステップへ進化すると言う考えも、人類の歴史を
200年とか300年単位の長い期間で考えれば、決して妄想とも言い切れないのだ。


レーニン達が救おうとしたのは、未来に絶望して死んでしまう貧乏人たちだ。
だが、ある者を救おうとするには、ある者を殺さねばならない。
貧乏人から衣食住の自由を奪っているのは金持ちなのだ。
資本家連中は、自分の特権である資本、土地、建物、会社、
その他の権利を手放したくない。だから逮捕し、追放し、粛清し、抹殺するのだ。

ソビエト社会主義共和国連邦とは、国旗に金色の鎌とハンマーが描かれている。
これは、ソ連が「労働者」と「農民」のための国家であることを意味している。
筆者が知る限り、このような国旗を採用したのはソ連が初めてである。
そもそもソビエトとは「評議会」を意味し、地理名ですらない。これも特異な例である。

筆者の作品では○○系ソ連人とよく表記するが、これはそもそも建国の理念からして
例えばドイツ人という地理的な表記が、他の民族にとって民族主義的差別にあたるために、
究極の平等国家(表向きは)であるソ連では、
みながひとしくソビエト人として表記されるのが適切であると考えたからだ。

話をタイトルに戻すが、ボリシェビキとは少数派を意味する。
革命の動乱期、ロシア社会民主労働党が分裂して多数派である(メンシェギキ)が
形成される一方、レーニン率いる勢力が少数派だったためにこの名前が付けられた。
『少数精鋭のエリート集団』の意味も多少は込められているらしい。


ソ連は確かに崩壊したが、社会主義者、共産主義者がこの地球上から消え去ったわけでもない。
現在でも中国、北朝鮮、ラオス、キューバ、ベトナム、などが存在する。
国の第一党でなくとも、フランスやイタリアなどの旧列強国にも当然共産党は存在する。

そしてそういった革命の同志たちが、たまたま栃木県足足利市にある学園に集い、
小さな敷地の中で「共産主義ごっこ」を繰り広げる。物語の核は「恋愛」であるが、
このシリーズでは非共産圏での恋愛は認めない。

いつ自分が反革命容疑者として摘発されるか分からない恐怖と戦いながら
恋愛をすることになる。なぜこのような環境にするのかというと、
主人公たちの「死への恐怖」を欠いた作品には緊張感がないからだ。

人間、遠い国で火事が起きてもそ知らぬ顔をするが、
自分の隣家から火が燃え上がっていたら他人事では済まない。

学園ボリシェビキの中枢の人間は、厳しい選抜試験に合格しただけでなく
学内政治で実績を残している「少数のエリート集団」である。
彼らの監視網を潜り抜けながら無事に卒業するのは困難であり、まさに出る杭は打たれる。
はっきりいって恋愛など、学内で話題になることは避けることが理想とされる。

過去作『学園生活』のミウは、囚人となった太盛を救うために
生徒会の人間になるから性格が冷酷になってしまうが、
本作では逆に彼女が囚人となり、太盛がボリシェビキになろうとしている。

たったこれだけの違いに思えるが、このように発想を逆転させるだけでも
物語の内容は大きく異なるのだ。

本編 5 体育祭の準備

     第八話 「変な夢を見るのよねぇ」


学園では、9月末に体育祭が行われる。
運動会とも呼ぶが、校則ではどちらの呼び方でも許可されている。

ミウは、今時の生徒にしては珍しく運動会を楽しみにしていた。

この学園はソビエトの文化が推奨されるため、外国人ボリシェビキによる集団体操が
名物とされていた。革命的コサックダンスである。他にもモンゴル風ステップ、
ウクライナ風のダンスなどある。実はコサックダンスの本流はウクライナにあるとされる。

「ふむ。アキラ君。例年以上に偏ったプログラムとなっていますな。
 実質的な競技種目はクラス対抗リレーと玉入れのみですか。
 他は軍事パレードを模倣した行進種目が大半を占めるとはね」

校長が禿げ頭をなでる。

その日のボリシェビキの幹部会議では、2週間先に迫った運動会の
プログラムの具体案が検討されていた。実はこの日までに案を具体化させないと
間に合わない。彼らエリート集団にとって学園の行事など興味なく
粗末に扱いたいところだが、世界各国から幅広く新入生を募集する手前、
学校行事は完璧に行わないといけない。

そのため会議はいつもギリギリのタイミングで行う。秋に控えた生徒会総選挙に
比べたら、本当にどうでもいいと委員の全員が思っていた。
ここにいるのは、会長の他には
諜報広報委員部、中央委員部、保安委員部、組織委員部の代表である。
ボリシェビキでは決まりごとは最良の最小限の人数で行うことがベストとされていた。

アキラ会長がふんぞり返りながら発言する。

「日本のゆとり教育を模倣するわけではないが、共産主義とは競争の否定から始まる。
 競争種目で生徒間で優劣をつけるよりも、団結力を意識した集団体操を
 披露した方がわが校の理念には適しているのではないのかと思ってね」

「ふむ。確かに君の意見は一理ある。私が気がかりなのは、
 集団行動の一部に、収容所の囚人を使った行進とあるのだが……」

「奴らも生徒であることに変わりはない。それに体育祭と言う目標に向かって
 練習をするのも腐った根性を叩き直すのにちょうどいい」

「しかし、会長閣下」

と保安委員部のイワノフがアキラに向かって手を挙げる。
校長が彼に発言許可を出した。

「収容所2号室の囚人の人数は、各収容所の中でも最大の規模ですが、
 彼らが真面目に練習に取り込むかは不安が残りますな。今までの
 脱走や反乱の経過を考えると、かなりの手間がかかるかと」

「だからとって奴らを体育祭当日に教室に缶詰めにしておくわけにもいくまい。
 私はこれでも囚人に対して慈悲の心を持っているつもりなのだよ。きゃつらも
 生徒なのだから、イベントの時くらいは生徒らしく振舞えるチャンスを与えなければな」

と言いながら、アキラは妹のアナスタシアを見た。

(どうせ私に保安部の手伝いをしろって言いたいんでしょ)

アナスタシアは仕方なく発言をした。

「保安委員部のみなさんは、集団体操の披露の練習があるからすごく忙しいわよね。
 よかったらうちの部の人間を回しますわ。ぜひお手伝いをさせてくださいな」

「同志アナスタシア。いつも世話になり恐縮である」

「いいのよ。イワノフ君。お兄様の決定なんだから変に反対しないでそのまま進めた方が」

「アナスタシア。ここでは私が会長なのだぞ。それに兄に対してその態度は……」

「まあまあ!!」

とナツキが両手を大きく広げて制する。
ナツキは2年生のボリシェビキ男子。組織委員部の代表だった。

「組織委員部は設営の手伝い以外は暇ですから、こちらからも人数を裂きますよ。
 困ったときはお互い様。部同士でいがみあっても敵を利するだけだと、
 会長閣下がよくおっしゃっていたではないですか」

アキラが腕を組みながら、

「うむ。助かるよナツキ君。保安委員部の手伝いの件は、君達の裁量に任せる。
 それで今回のプログラムだが、特にこれ以上話し合う必要もあるまい。
 今は時間が惜しいのだ。各クラスで明日からでも集団行動の練習をさせようではないか」

校長が拍手すると、他の委員も拍手をする。これで満場一致でプログラムは決定された。
実際は高校の体育祭らしい内容ではないが、それがいかにもボリシェビキらしい。


9月の第二週の終わりころから、各学年ごとに体育祭の練習が始まった。
体育祭は来客の入場は禁止しているが、
一部の演目をビデオ撮影をしてホームページに
載せるため、真剣に行わなければならい。

ソビエトといえば、まずは「生産体操」である。
労農国家の国民の基礎体力向上、労働後の疲労回復を目的としたもので、
日本ではラジオ体操に限りなく近いものだが、ソ連ではこれを朝一と夕方に分けて行う。

生徒の中には、生産体操をいい加減にやる人が実に多かった。
ボリシェビキは意外と体育の授業には肝要であり、体操だけでなく
マラソンのフォームがめちゃくちゃであったり、途中で息を切らして休んでいても
最後まで走る気があれば、これといって注意されることがない。
ただ仮病だけは反革命容疑がかかった。

今回は体育祭の最初の集団科目として全校生徒が一堂に生産体操を
するため、一糸乱れぬ動きを求められた。体操をきちんとプログラム通りに
踊るには、それなりの柔軟性や筋力が必要になる。なによりピアノに合わせて
動く必要があるので協調性が磨かれる。

たかが6分の体操を、保安良い部の指導の下、全員が繰り返し練習していると
すぐに汗をかき始めた。運動が苦手な人が多い2年A組の生徒は辛そうにしていた。

その中にミウも含まれていた。

(なんか、すごい気まずい。すごい視線を感じる)

イベント事なので、ミウは特別にクラスへの復帰が許されていた。
収容所の囚人も、体育祭の練習では各クラスへの復帰が一時的に許されていた。

そのあとは、集団行進の練習(駆け足も含む)、
エアロビクスダンスの練習をしてから、その日の練習は終わりとなった。
午前中いっぱいを使ったハードな練習だった。

ダンスの内容が多少複雑だったので、
あとで自宅で練習できるように内容を図に描いた冊子がくばられる。
その冊子では懸垂台やケトルベルを使用した筋トレ法も紹介される。

その冊子は広報部が作ったものだが、原文にはこう書いてある。

 『学園では、誰か一人が突出した運動機能を有するよりも、
  生徒皆が強調し合い、弱きものがいたら皆で補う、助け合いの精神が
  重要視されているのです。そのため集団種目が多いのです』

家に帰りビラを読むと、そんな発想もあるのかとミウは思った。
彼女は筋力でも足の速さでも一般の女子より劣っていたが、これなら
誰かと比べて落ち込む心配もなさそうだ。決められた内容を決められた通りに
できるように練習すればいいのだから。

毎月恒例の偉人たちのコーナーには、こう書かれている。

 『ソ連の勲章制度は、ファシスト諸国とは違いました。
  ドイツや日本と違って敵を多く殺した人にではなく、
  味方をより多く助けた人に勲章が配られました。そのため
  学園では誰よりも優しく献身性のある生徒が理想とされているのです』

言っていることは立派だとミウは思った。彼女はボリシェビキの思想など
腐りきっていると心から思っているが、まがりなりにも一つの国家の
社会思想にまでなったのだから、参考になる箇所がないわけでもない。

「ミウちゃん?」

ミウは振り返った。部屋の扉が開けられていて、
母親のカコは少し困った顔をして立っていた。

「夕飯ができたのよ。さっきから呼んでいるんだけど、全然反応がなかったから」

「あ、ごめん。集中してたから」

「また彼氏とテレビ電話でおしゃべりでもしてたの?」

「まあそんなとこ!! それよりお腹すいたな。早く食べよう!!」

ミウの家は街中にあるライオンズマンションだった。
父は東京に単身赴任しているから、マンションでは母親と二人で暮らしている。
母は専業主婦だが、旦那の仕送りが十分すぎるほど送られており、
また母親も余ったお金を資産運用して順調に増やしている。

日本株の優待品が送られた時は、娘に小遣い代わりとしてプレゼントしていた。
たまに父から郵送されることもある。外食チェーンや小売店の割引券が多かった。

高野家はまさに資本主義をうまく生きている。お金に不自由することのない家庭だった。

「この新聞を読んでみなさい。つい二日前にね、米国のFRBの議長の任期が来たんだけど、
 続投が決まったのよ。彼はハト派で有名な人だから、当分金利の引き上げは先延ばしに
 なるのよ。ミウちゃん、米国の長期金利って言うのはね……」

ミウは、食事のたびに母親の金融講座を聞かされていた。
高校生のミウには全然わからない内容だったが、母がかみ砕いて
債券と金利のことを教えてくれるから、ある程度は理解できるようになった。

「つまりママは今の円安は一年くらい続くかもしれないってことを言いたいのね?」

「そう!! そうなのよ!! じゃあその理由を言ってみてくれる?」

「えっと、物価の差であってる? アメリカは日本よりも物価が上がりやすい。
 でも日本は平成からずっと上がらなかった。だからアメリカの方が
 金利が上がりやすくて、結果的にドルを持ってる人の方が金利で儲けられる。
 だから円は売られる。その最大の理由は日本の政治がバカだから」

「満点よ!! さっすがミウちゃん。やっぱりあなたはお父さんの血を引いているわ。
 来月のお小遣いを増やしてあげますからね。大学は絶対に経済学部を選びなさいね」

「う、うん。ありがと」

こんなことを知ったところで、とミウは思っていた。
学校の成績はA組の中で30番目以下。落ちこぼれだ。
帰国子女なのに英語はせいぜい70点。国語は漢字が苦手なので赤点ギリギリ。
金融のことはこの時点のミウにとっては雑学であり、
学園の勉強で役に立たないので嫌いだった。

母は栄養のつくものを食べなさいと、時間をたっぷりかけて
夕飯を作ってくれる。朝ごはんも手を抜いたことはなく、どちらも
一時間以上調理の時間を使ってるから、皿数が実に多い。

今日はスパゲティが主食だが、コーンのサラダ、豆腐、納豆、
野菜スープ、鶏肉のガーリック炒めにウインナーなど食べきれないほどだ。

ミウは見た目は細めだが、実は着やせするタイプで、少しお腹が出ていた。

だがそれでも食べるように母は言った。
脳に栄養が足りない人間と、読書をしない人間は馬鹿になると、
ミウが幼い頃から言い続けていたのだ。
後で分かったことだが、実は夫のナルヒトの考えだったそうだ。

「ミウちゃん。ママはね、最近悪い夢を見るのよ」

「え?」

ミウがスパゲティをからめたフォークを止めてしまう。
ママは熱々のお茶の入った湯呑を両手で持ちながら、

「ミウちゃんが生徒会の偉い人になっていてね、学園内で
 悪いことを考えている人たちを取り締まっているのよ。
 その時のミウちゃんは見たこともないくらい冷たい顔をしていて、
 なんだか生徒を虐待するのを楽しんでいるみたいだったわ」

「なにそれ意味わかんないよ。
 ママ、株のやり過ぎでおかしくなったんじゃない?」

「その夢を見るのは一度や二度じゃないのよ。
 悪夢なのかしらねぇ。ミウちゃんはおとなしい女の子のはずなんだけど、
 どこか危うさがある気がして……うーん、自分の娘の事なのに、
 どうしてこんなふうに思ってしまうのかしら。本当に株のやり過ぎなのかしらね」

「あのさ、学校の先輩にも同じことを言われたんだよ。私が生徒会の
 副会長になってた?……ってあれは夢の話なのかな? よくわからないけど、
 そんな記憶があるとかないとか。私ってただの一般生徒なんだけど、
 人の上に立つ人の貫禄とかあるのかな?」

「ミウちゃんは人前に立つのは嫌いよね?」

「うん。大っ嫌い。お金をもらってもやりたくない」

「そうよねぇ。たぶん。ママの思い過ごしだと思うわ。そんな事実は
 ないわけだし、うーん、でもどうしてあんな夢を見るのかしらねぇ。
 どうも夢とは思えないほどの迫力だったのよね……」

その瞬間だった。

「うっ……!!」

ミウの体中に電流が走ったかのように痛みが走り、謎の光景が脳裏に浮かんだ。
副会長のバッジを付けたミウが、アナスタシアを取り締まっているシーンだった。
抵抗し泣き叫ぶアナスタシアを、保安委員部の部下に命じて
こん棒で叩きのめし、後ろ手に縛って自由を奪う。
必死の形相で泣きはらしたアナスタシアの顔は、どうにも忘れることができない。

「ミウちゃん?」

「な、なんでもないよ。なんでも……」

「頭痛でもするの? 頭痛薬なら常備薬があるから、食後に飲みなさい」

「ありがと。いただくね」

この時、カンの良いミウには、何かの可能性を感じた。
すなわち、もしかたしたら、こことは違う世界での自分がいたのかもしれないという、
まるでオカルトのような話が。彼女には確かに二つの記憶が存在した。

ひとつめは、孤島でメイドをやっていた頃の自分。
もうひとつは、生徒会で副会長に地位にいた時分。

アナスタシアと、母の言っている副会長の件は、きっと嘘でも幻でもないと、
この日寝る頃には確信することができた。
だが、それが分かったことでどうにもならないのだが。

本編 6 体育祭の準備

 第九話 「ちょっと話があるんだ」

あれから体育祭の準備は順調に進んだ。一般生徒たちの
クラスではクラス対抗リレーの練習と、玉入れの予行練習、
それから前述の集団種目の練習など、決して難しい内容ではないので
高校生の若い頭と身体ならすんなりと習得できた。

ミウはアナスタシアの執務室と、グラウンドを往復する毎日が続いた。
もう自分はA組の生徒ではないが、皆と同じく汗を流せる時間があることに
喜びを感じていた。ミウは今から体育祭の本番を楽しみにしていた。

9月中でも日中は殺人光線のような日差しが注ぐため、練習は
夕方の一番最後の時間に変更となった。6時間目の授業が終われば
みんなはそのまま帰宅することになる。だからミウも太盛と校庭の隅で話をする機会があった。

「太盛君、話って何?」

「ああ、そのさ。昨日はメールの返事が出来なくてごめん」

「別にいいよ。でも前も同じようなことあったよね。
 確か4日前も返してくれなかった」

「うん。すまん」

「終わったことだから謝らなくていいよ。
 それで話したいことって、まさかそのことじゃないんでしょ?」

「こんなことここで言うのもちょっとあれなんだけど、
 やっぱりメールでは言いにくいし、はっきり言わせてもらうよ。
 俺と別れてくれないか?」

「え、いまなんて?」

「ごめん。別れてくれないか……」

ドクン……ミウの心に冷たい影が降りた。

「な……んで……? わたし、太盛君に何かした?
 嫌われるようなこと、何もしてないよね……?」

「君は悪くない。俺が悪いんだよ」

「せめて訳をちゃんと説明してよ。
 じゃないと納得できないよ。ねえ太盛君」

「もうすぐ帰りのHRが始まっちまう。またあとで話を」

「ちょっ……待ってよ!!
 私はA組の生徒じゃないから、
 いつでも太盛君と話ができるわけじゃないんだよ!!」

「あとで……電話するから。ごめん。急いで戻らないと
 俺が処罰されちまうんだ。許してくれ!!」

太盛は全力で校舎へと駆ける。素早い動作で靴を脱ぎ変え、階段を登って行った。
男女の差があるのでミウでは追いつくことはできなかった。

その日の夜、今か今かと待ち続けていたミウの携帯には連絡はなく、
不安とストレスで睡眠不足になる。翌日、太盛はなぜか学校を休んだ。
その次の日も休んだ。いよいよ体育祭の当日となった。

目の下に濃いクマをつけた太盛が登校してきた。
さすがに当日を下手な理由で休んだら逮捕される恐れがあるから当然だ。
だがミウにとって楽しみだった体育祭がすでに台無しだ。

選手宣誓の挨拶も、党のスローガンの斉唱も、ハンマーと鎌のマークの国旗が
掲げられた時も、何一つミウの耳には入らず、男子の列で整列している太盛の
姿だけをにらみつけていた。

午前中の集団行動のプログラムを問題なくこなし、お昼の休憩になる。
待ちに待ったイベントなのに、ここまで早く午前中が過ぎたのは生まれて初めてだった。
午後以降はボリシェビキによる集団演技の時間が大半なので、
休憩時間を含めて2時間近く暇ができる。

太盛はエリカと肩を並べてピクニックシートの上に座ってお昼を食べてたが、
そこへミウが突撃した。太盛はだし巻き卵をつかんでいた箸を丁寧に置いた。

「ミウか……」

「ミウかじゃないよ。なんで嫌そうな顔するの。
 早くこの前の事、説明してよ」

「いやぁ、食事時にするような話でもないんだよな。
 ほら。今は昼休みだから皆にぎわってるだろ」

「じゃあこっちに来て」

「うわっ」

無理やり林の方に連れて行こうとすると、エリカが立ち上がる。

「ちょっと高野さん。人の旦那の食事の邪魔しないでくれるかしら」

「私の彼氏なんですけど」

「前はそうだったわね」

「え?」

「今は違うみたいよ。彼から直接聞いてみたら」

太盛は重苦しい顔をしながら、こう答えた。

「俺はエリカと付き合うことにしたんだ。
 だから君とは付き合えないだよ。ごめんね」

「は?」

「ごめん」

「は……?」

「いや、だから、ごめんって」

「は? まじで意味わかんないから」

「君が怒るのは分かっていた。だから中々言い出せなかったんだよ。
 メールをたまに無視したのは、つまりそういうことだったんだよ。
 あれで察しろって方が無理だろうけどさ」

「……いつからエリカと付き合ってたの?」

「もともと一年の春から付き合ってはいたんだよ。
 途中で少し関係がこじれちゃったけど、
 やっぱりもう一度やり直そうってことになって」

「なによそれ!! ほんとに意味不明なんですけど!!
 じゃあなんで私と付き合おうと思ったの?
 私の事からってたの?」

「からかってなんか……」

「からかってるじゃない!! 教室で初めて話した時、
 私の事、綺麗だって、可愛いって言ってくれた!!
 全部嘘だったってことなんでしょ!!」

「違うよ。ミウ。違うんだよ……」

すごい勢いでまくし立てられ、太盛が委縮してしまう。
ミウの声があまりにも大きいものだから、近くにいた女子生徒が
ボリシェビキ(本部席)に通報しようとしていた。
エリカが慌ててそいつに何事かを耳打ちして黙らせる。

エリカは、太盛に罵声を浴びせるミウの前に立ちはだかる。
自分の彼氏を守るように。

「みっともない真似をするのはよしなさい。
 平和なお昼休みが台無しじゃない」

「誰のせいだと思ってるのよ!!
 私だって好きで怒鳴ってるわけじゃないよ!!」

「恋愛は個人の自由意志によって行われるべきなのよ。
 好きでもない人といつまでも一緒にいたところで時間の無駄よ」

「人の彼氏を奪っておいて!! 何勝手なこと言ってるの!!」

ミウがエリカにつかみかかる。武道のたしなみのあるエリカなら、
その気になれば簡単に彼女を投げ飛ばすこともできるのだが、
本気で怒ったミウの迫力は想像を絶し、エリカをひるませていた。

そもそも女子のクラス委員でありボリシェビキの最高権力者を
兄に持つエリカに対して乱暴ができるのはミウくらいであった。

「いたいわっ……髪の毛をひっぱらないでちょうだい……抜けちゃうわ……。
 彼がはっきり分かれるって言ったのだから、認めて頂戴」

「あんたが無理やり言わせてるだけでしょうが!!」

「カップル申請書が……」

「カップル申請書……? そうか!! 申請書に私の名前が書いてある!!
 あなたのお姉さんのアナスタシア様が私にくれたんだもの!!
 ボリシェビキは私と太盛君の交際を認めてくれたんだよ!! 
 だったら、あんたは今すぐ彼から離れなさいよ!!」

「申請書は、上書きすることもできるのよ」

エリカは、勢いのなくなったミウの手をいなし、
伸びてしまった体操服の首筋を元に戻しながら言う。

「生徒会の中央委員部に新しいカップル申請書を受理してもらったわ。
 嘘だと思うなら組織委員部に問い合わせて見なさいよ」

※組織委員部には、生徒からの問い合わせ専門の番号が用意されている。
アキラ政権時代の「反革命容疑者・密告制度」を実行する際にも
この番号に連絡することになっている。そして組織委員部から、
専門の各部に連絡が行きわたり、容疑者の取り調べが開始される。

なお、学園生活の過去作において、生徒会総選挙でアキラが暗殺され、
ミウやナツキの代に代わると組織委員部は廃止され、中央委員部に統合される。

ちなみに問い合わせ先の番号は、学内ではイズベスチヤ(通信)と呼ばれた。
この番号に生徒がかける場合は、密告をおいて他にありえない。

「ミウ。ごめん。エリカの言ってることは本当なんだよ。
 君には申し訳ないと思ってる。どうか分かってくれないか……」

「君は本当に……エリカのことが好きなの……?」

「ああ、好きだよ」

実は嘘だった。

太盛はもし本音を言えるなら、今すぐにでもミウと縁を戻したいと思っていた。
彼がなぜエリカとよりを戻したかと言うと、エリカがクラス委員なのをいいことに
クラスの世論を巻き込んで彼を『少数派』に追い込もうと企んだからだ。

アキラ政権では、各クラスごとに前述の「密告制度」が導入されており、
各クラス委員の管理のもと、常にクラスごとに生徒を監視し、思想的に
正しくなさそうな学生がいた場合は、放課後などに教室で会議(裁判)を
行って反革命容疑者をさらし者にする。

クラスで有罪となったものは、最低でも保安委員部の「尋問室」に送られてしまい、
物語冒頭のミウのように自白を強要されるのは言うまでもない。

ボリシェビキとは、意外に思えるかもしれないが民主主義の多数派の原理を絶対重視する。

太盛は、エリカにこう脅された。

『高野さんは2号室奥になった囚人よね。今は姉さんのところで
 拾ってもらったようだけど、ボリシェビキでも一般生徒でもない、ただの囚人。
 そんな悪い人と、どうして交際を続けるのかしら? アキラ兄さんが家でよく言ってるのよ。
 アナスタシアが勝手にやったこととはいえ、やはり囚人と一般生徒の恋愛など許すべきじゃなかったって。
 あなたとミウさんが付き合ってるのって、保安委員部や諜報広報委員部でも有名になってるみたいよ?
 太盛君。保安部の執行部員のみなさんに目を付けられちゃったら、今後の学園生活はどうるのかしらね?』

さらに、エリカはこうも言った。

『うちのクラスでは太盛君の評判がどんどん悪くなってるそうよ。特に女子から。   
 だってそうよね。ボリシェビキから一部の権力を譲られているクラス委員ともあろう人が、
 元2号室の囚人さんと恋仲なんだもの。ねえ。これってどれだけ危険な状態か分かる? 
 今後、反太盛君派が大半を占めてしまったら、クラス裁判を開く条件を満たしてしまう』

太盛はすでに血の気が引いているが、エリカはまだ耳打ちする。

『もちろん私は太盛君を愛しているわ。でもクラス裁判に発展してしまったら、
 あとは多数決の原理で全てが決まってしまう。ちなみにクラス裁判で有罪になった人は
 2号室行きが確定してしまうのだけど、太盛君は2号室に行くの、嫌よね?
 私だって愛する人がそんなところで生活するのは嫌よ。
 だからね、私は太盛君のためを思っているの』

エリカは、生徒会から受け取ったカップル申請書を机に置いた。
エリカの名前は記入済み、判も押してある。

『太盛君は一年生の時にこう言っていたわ、絶対に生きてこの学園を卒業しよう。
 生徒会の皆さんに正しくない生徒だと思われないように、品行方正に、
 逆にクラスの皆をまとめあげるくらいの気持ちで頑張ろうって。
 だから私もあなたと一緒にクラス委員をやっている。ねえ太盛君?
 今自分が何をするべきなのか、自分が何をするのが自分の命を
 守るために最善の策なのか、太盛君なら分かるはずよね?』

エリカは、太盛にボールペンを握らせた。太盛は速やかに名前を記入したが、
ハンコがないことに気が付いた。エリカは、いっそ判子などいらないと言う。

『組織委員部の代表のナツキ君は、私の知り合いなのよ。
 判子はあとで構わないわ。とりあえずこの紙を
 もって組織委員部に行きましょうか』

『ああ……そ、そうだね!!』

『うふふ。顔が引きっつっているわよ。こっちを向いて。汗を拭いてあげる。
 怖がらなくても大丈夫よ。私がクラスの悪意のある奴らから太盛君を救ってあげる。
 太盛君が私と付き合ってくれたら、それですべてがうまくいく。
 無事に学園を卒業できるわ』

つまり、太盛は保身のためにミウを捨てた。
捨てざるを得なかったのだ。

組織委員部経由で中央委員会に提出された新しいカップル申請書は、
一般生徒間の恋愛であり、また互いの意志が認められることから、受理された。

秋の体育祭、文化祭、そして生徒会総選挙で頭がいっぱいなアキラ会長に
とって細かいことなど気にしている余裕などなく。
人手不足で毎日仕事に追われている
アナスタシアも、そこまでは気が回らなかった。

本編7 ミウが科学部に興味を示す。

 第十話  「アナスタシアさんを恨んではいませんから」


10時過ぎ。晴天だが、風が強く校庭では砂嵐が吹き荒れている日だった。
アナスタシアの執務室でミウは自分の今後について相談をしていた。

「ボリシェビキになりたいですって?」

「はい。もしアナスタシア様が許していただけるのでしたら、
 諜報広報委員部の仕事に興味があるのです」

「あー、うちかぁ。んー。こう言っちゃうとあれなんだけど、
 諜報広報委員部の仕事は難しいよ? 中央委員部もエリートが多いけど、
 こっちはもっと頭使うから知恵熱出る。ほんと飴舐めないとやってけない。
 ちなみに保安委員部は最高のバカだけどね」

とアナスタシアは吐き捨てる。彼女が保安委員部嫌いなのはミウもよく知っていた。

「ミウちゃんが太盛君と破局したことでヤケになっちゃうのも
 分かるのよ。あの件は本当にごめんね。まさかボリシェビキが
 体育祭の準備で忙しい時に、あんな裏工作をしてくるとは思ってなくてさ」

アナスタシアは、ミウからエリカの件で苦情を言われたので、
さっそく諜報部の監視カメラを使って一部始終を把握した。
そして真相をミウにも教えてあげた。その時のミウは
怒り狂い、猛烈な勢いで毒(エリカの悪口)を吐き続けたが、
やがて感情の糸が切れてしまい、アナスタシアの胸の中でわんわん泣いた。

アナスタシアは「私はあなた達をカップルにしてあげたかったんだけど、
残念な結果になっちゃって、本当にごめんねぇ」と言い続けた。  

ミウは一通り泣いた後、「アナスタシア様は悪くないのに、八つ当たりして
しまってすみませんでした」と頭を下げた。アナスタシアは気を良くして、
その日から「ミウちゃん」と呼ぶようになった。自分のことは「アーニャ」でも
「ターシャ」でも好きなように呼んでいいと言った。

ミウは太盛とは疎遠になり、エリカを深く憎むようになったが、
逆にアナスタシアとは親密になったのだった。

「あっそうですよね……。私クラスでも成績が下の方ですし、
 やっぱり諜報広報委員部でやっていくのは難しいですよね」

「いえいえ。そんなことないわよ。ミウちゃんは英語がネイティブだったり、
 金融の事に詳しかったり、頭は良い方だと思うわよ。
 むしろ諜報のサイバー部からオファーがあってもおかしくない人材よ。
 でもねぇ……」

「でも、なんですか?」

アナスタシアが喉元まででかかっているが、言えないことがあった。
ミウは別の世界では生徒会の副会長だった。橘の双子の兄妹を訴えて殺害し、
自らが実権を奪い取った。会長のナツキが優柔不断でミウに惚れていることを
うまく利用し、学園史上まれにみるほどの恐怖政治を実行した。

強制収容所6号室、7号室は彼女の時代に作られたものである。

高野ミウは、見た目はおとなしそうに見えるが、生粋の革命家なのである。
アナスタシアは彼女の恐ろしさを良く知っていたから、
彼女が諜報広報委員部に入ってボリシェビキに目覚め、
万が一にでも頭角を現してしまう未来を考えているのだ。

「アーニャさん。具合悪いんですか?」

「い、いえ。大丈夫よ」

「アーニャさんのお仕事のお手伝いをして知ったんですけど、
 諜報部には科学部ってのがあるんですね」

「か、科学部……」

またアナスタシアは胃がキリキリと痛めつけられた。

前作・ママエル・クルガンでは主人公のミキオが諜報広報委員部に入り、
諜報部のサイバー部(資産運用、サイバーテロリスト)に所属した。
実は諜報部には、他にも科学の実験をしている科学部が存在する。

簡単に説明すると、科学部はBC兵器の開発をしている。
化学兵器(爆発物)と生物兵器(細菌、ウイルス)である。

「科学部は女子が9割で眼鏡率高いわよ。
 引きこもりの人が多いし、何かと理屈っぽくて付き合いづらいわ。
 部屋は常に散らかってて、変な薬品とかたくさんあって気味悪いわよ。
 裏山で定期的に行われる爆破実験で負傷する人も後を絶たないし、
 おそらく保安部以上に危険な仕事かなぁって」

「部室が散らかってるなら、私がお掃除してあげますよ。
 私は見ての通りお掃除が得意ですから。自称メイドですよ」

「ミウちゃん……文系よね?
 元素記号とか薬品の知識とか、いちから勉強するの大変じゃない?」

「実は科学のことは興味ないんです」

「え? じゃあなんで入ろうと思ったの?」

「勧誘のビラにこう書かれているじゃないですか。
 英語または外国語の翻訳ができる方、募集って。
 主に爆発物の設計図って、例えばネットのページは警察庁が
 検挙しちゃうから日本語ではヒットしませんよね。
 でも英語ならすごいたくさんの国の人が裏でやり取りしてるから、
 いつでもアクセスできる」

(そうきたか……)

と思い、アナスタシアはミルクティーのカップを一気に飲み干した。

「それと備品の整理整頓ができる人(主に女子)を
 募集って書いてありますよ。
 むしろ男子は来ないでほしいって感じの書き方ですよね」

「実質女子だけの部だからね。むしろ男子がいないのが不思議なんだけど、
 噂によるとかなり人間関係悪いわよ。だったらまだサイバー部の方が
 アットホームでやりやすいって評判だけど」

「実はこの前サイバー部の人に声をかけられて……」

「えっ、なになに。ナンパでもされた?」

ミウは首を縦に振った。

「なんか私のことが気になるみたいで、連絡先を交換しないかって言われたんです。
 もちろん断りましたけど。私が太盛君と別れたことって学園中に
 知られてるみたいですね。なんで私なんかに声かけたのか知りませんけど」

「ミウちゃんのことが好きだったからに決まってるでしょ」

「え。だって話したこともないのに?」

「男なんてそんなもんでしょ。ミウちゃんみたいに顔が良ければ
 そりゃ男が寄ってくるわよ。代表の私のところでお手伝いさんをやっるから、
 諜報部の方で噂になってたんでしょうね」

「きっと物好きな人だったんですね」

「あくまで自分が美人なことは認めないのね……。
 こんなに自意識が低い女子は始めて見たわ」

「ちなみに声をかけてきた人ですけど、
 三年生で名前は高木さんって人でした」

「高木君か……。恋愛には全然興味のなさそうな、
 典型的な仕事人間なのに積極的なことしたわね」

「今頃私の事サイバー部で相当噂になってるでしょうし、
 こうなってしまっては入るのは無理ですよ」

「あっちは男女半々だから、確かにね。それに入部後もしつこくナンパとか
 されたら、ミウちゃんも嫌になるわよね。あそこの連中は、言っちゃ悪いけど
 顔が悪い人が多いから。その中に美女を入れたら、もめるでしょうね。
 仮に高嶺の花でお姫様扱いされるにしても、女子からの嫉妬が怖いわね」

「はい。ですから科学部に。とりあえず見学だけでもと思いまして」

アナスタシアは、また背筋が冷たくなる思いがした。

科学部は伝統的に爆発物を作るのが得意だが、最近ではガス兵器の
開発に熱心である。兄のアキラは、さらなる恐怖政治の実行のために、
ガス室の設置まで検討していたから、アナスタシアは必至で止めていた。

将来、日本政府を転覆させるためのBC兵器の開発をしているのに、
未来ある学生をみじめに殺すためにガスまで使うなど、
アナスタシアはそこまで残酷な考えは持っていなかった。

仮に……
仮にである。

ミウが科学部でみるみるうちに科学の知識を身に着け、やがては
そのカリスマを発揮させてその部のリーダーにまでなってしまったら?

そして、アナスタシアが卒業した後、生徒会の代が変わり、
保安委員部がやっている拷問や銃殺刑に変わって、
生物化学兵器の実験台として囚人が使われてしまったら?

副会長時代のミウが、仮に生物化学兵器の知識があったとしたら、
ためらいなく囚人に使っていたことだろう。それも、本来の反革命容疑者を
取り締まるためではなく、私欲を満たすためだけに。
彼女が本来内に秘めている、冷酷な欲望を満たすためだけに。

「アーニャさん、さっきから様子が変ですよ。
 私がボリシェビキになりたいって言った時から、ずっと青白い顔してます」

「私は……あなたが怖い」

「えっ、どういうことですか?」

「今のミウちゃんは気づいてないでしょうけど、あなたには
 恐るべきカリスマが秘められている。その気になれば、
 全校生徒を屈服させられるくらいの」

「なんですかそれ。私は普通の生徒ですけど」

「いいえ。あなたは只者ではないわ。兄さんも言ってたでしょ。
 囚人にしておくには惜しい存在だって。だからこそ、
 あなたは私のそばに置いておきたかった。あなたが私の目の
 届かないところに行ってしまったら、何をするか分からないもの」

「ちょ、ちょっと待ってください。アーニャさんの中で
 私はとんでもない存在になってませんか?」

「白状するわ。太盛君とあなたをカップルにしたかったのも、実は打算だったの。
 あなたは大好きな恋人といられないとすぐ情緒不安定になって、
 すぐに冷酷になってしまうから。あなたは覚えてないでしょうけど、
 あの時のあなたは、恐ろしい女だったわ。
 罪のない人間を殺すことに何のためらいもなかった。ねえ知ってる? 
 拷問したり銃殺したりするのって、頭のネジが飛んでないとできないのよ。 
 だって人間には良心が備わっている。
 良心の呵責に打ち勝つのって、実はすごく難しい」


保安委員部の執行委員は離職率が高いことで知られる。

執行委員で特に過酷なのが、『銃殺』の仕事だ。
誇り高いボリシェビキとして悪を裁くと、
勇んで任務に望む若者たちだが、実際に無抵抗の学生を、
自分の指先一つで殺してしまうのだ。

銃殺は八人以上の委員が同時に発砲する決まりだから、
打たれた囚人は、体中から血が噴き出て、内臓が飛び散る。骨が見える。

死に様は、脳裏に残る。
その後も罪の意識に耐えきれず、ストレスからその場で吐き出す者、
三日間眠れない者、食事が喉を通らず嘔吐を繰り返す者、反応は様々だ。

日本人の執行委員は、半年以内に8割が脱落する。
だから、外国人ボリシェビキを多数雇い入れることでしか、
執行委員は維持できないのだ。 この仕事が勤まるのは、先ほどの
アナスタシアが言うように本物の冷酷な殺人気か、共産主義の理想のために
自分の感情一切を殺すことのできる「真のボリシェビキ」だけだ。
ミウの本性が前者であったことは言うまでもない。


「ちょっと待ってくださいよ!! さっきから何を言ってるか全然分かりません!!」

「分からなくてもいいの。お願いよミウちゃん。
 諜報広報委員部に入るのは考え直してほしいの。
 今後は私の秘書ってことにしてもいいわ。私のそばにいるなら、
 あなたは身の安全が保障されるのよ。それなら悪い話じゃないでしょ?」

「確かに秘書も悪くはありませんし、アーニャさんのことは好きです。
 なぜか私を怖がってるようですけど、そもそも私がアーニャさんに
 感謝してるくらいなのに、なんで怖がる必要があるんですか」

「でもあなたが力を手に入れたら、エリカを殺すでしょう」

「……それは」

実は科学部の最大の志望理由がこれだった。
ミウは図星を悟られないように言葉を続ける。

「エリカは橘家の人間ですよ。
 そんなことしたらアーニャさん達に恨まれちゃいますよ」

「私と兄は、今年で卒業よ。秋の生徒会総選挙で生徒会は代替わりするわ。
 私とアキラがいなくなった次の年はどうなの?」

「……」

「ほら。何も言えないでしょ。エリカのことは、本当に悪かったと思ってるのよ。
 私自身もね、かつてあなたに殺された身だけど、今のあなたのことは恨んでないわ。
 むしろ友達だと思っている。エリカはあんな性格でも私の大切な肉親。
 お願いよミウちゃん。エリカを殺さないで頂戴」

「……エリカを殺したりしたら、心優しい太盛君はきっと悲しんじゃいますからね。
 そんなことしないから大丈夫ですよ」

「どうして私の目を見て言えないの?」

「うっ……」

「私はこれでも諜報と防諜の責任者なのよ。
 嘘つきなんて一目で見破る訓練を受けているわ。
 あなたは、もう止まれないのよ。太盛君を奪ってしまったエリカを殺すために……
 生物化学兵器を作ろうとしている……人間を殺すなんて簡単よ。注射でもいい、
 飲み物に毒を仕込んでもいい。そしてあなたの場合は、一番エリカが苦しむ方法を
 考える。じわじわと体を蝕んで、後遺症に苦しみながら数年かけて殺す方法を」

「だって……エリカが悪いんじゃないですか」

ミウの瞳に怒りの炎が宿り、すーっと息を吸った。

「彼にクラス裁判のことをちらつかせて、無理やり太盛君を私から奪って!!
 しかも体育祭の当日にそれを言ってくるんて!! 本当にどうかしてますよ!!
 あれってクラスの女子に悪い噂を振りまいたのはエリカなんでしょう!!
 男子だって、橘家のエリカが怖いから、事なかれ主義で勝手に賛同して!!
 みんなして太盛君を追い込んで!! そもそも私だって好きで収容所行きに
 なったわけじゃない!! あの美術部の女たちも同罪だ!! 
 私をこんな目に合わせておいて、今頃のんきな顔して生活してるんでしょう!! 
 絶対に絶対に!! 絶対に許さないから!!」

アナスタシアの脳裏に、学園の支配者となったミウの姿が浮かんだ。
クラスごと収容所6号室行きとなった旧2年A組の生徒が、
健康診断と称した人体実験に参加させられる。

生きた人間でしかサンプルを得られることのない実験の材料にされる。
人体に有害な様々な薬品を投与されるのは序の口だ。
冷凍庫の中に数時間、閉じ込められ、凍った腕や足を斧で切断されたり、
炭素ガスを致死量まで吸い込ませて、どの程度で死ぬのかを計測したり、
新型爆弾の実験台となるため、裸にされて丸太に縛り付けれる被検体。

ミウの殺意が太盛に向かないとも限らない。かつてのミウは「ゴキブリ風呂」
と呼ばれた、ゴキブリの満載されたプラスチック製の箱の中に太盛を
閉じ込めたこともある。

太盛が200を超えるゴキブリの群れのために気が狂い、やがては生きたままの
ゴキブリをむしゃむしゃと食べ始めた。それをミウはニコニコしながら見守っていた。
側近の保安委員部の幹部たちが、戦慄していたのにも知らずに。

「あ、ごめんなさい。アーニャさんが悪いわけじゃないのに、怒鳴ってしまって」

「これで……あなたの気が済むわけじゃないでしょうけど、
 せめて美術部の子達だけでも叱っておこうか?」

「え?」

「うちのエリカも悪いことしたけど、
 ミウちゃんに嫌がらせしてたあいつらは、私も個人的にムカついてるのよ。
 どう? せっかく諜報部代表の私の権力があるんだから、
 あとであいつらをこの部屋に呼び出してして叱ってみない?」

「叱るって、わたしがですか?」

「そうよ。面と向かってあいつらに説教してやれば?
 化学薬品を使って殺すのも一つの手段だけど、
 案外口で言うだけでもストレス解消になるかもしれないよ」

本編8 ミウが科学部に興味を示す。

  第十一話 「久しぶりだね斎藤さん」


美術部の部員(一年生の女子でミウに嫌がらせをした人)が、
呼び出しを食らったのはその翌日だった。

出頭命令に従ったのは、全7名のうちの5名。残りの2名は恐怖のあまり
脱走をしようとしたため、校門の直前で保安部の人間に捕まり、
警棒で背中を出血するほど叩きのめされた。

今回の逮捕の名目は、盗聴器によって部活動中に反革命的な言動
(生徒会の悪口)をしていた生徒らを発見したためとしている。
訴えたのはアナスタシア本人。出頭場所は、彼女の執務室である。

反革命容疑者かどうかを見極めるため、
口頭での尋問をすると、中央委員部には報告してある。
口頭とは、穏健なアナスタシアらしいと校長は鼻で笑った。

「まず氏名を確認させてもらうわ。今から名前を呼ばれた者は手を上げなさい」

アナスタシアが、逮捕者を壁一列に並ばせていた。
執務室内のソファーを廊下に移動させてスペースを作っていたから、
多少手狭ではあるが7人並ぶことはできる。何よりアナスタシアの執務室に
直接呼ばれたことが彼女達に強烈なプレッシャーを与えていた。

「前川さん。田淵さん。そしてあなたが、斎藤さんね?」

「は、はいっ。同志閣下!!」

マリーは恐怖のあまり奥歯のかみ合わせが合わなかった。

アナスタシアはその後、質疑を繰り返し、このグループのリーダー的な
存在が斎藤マリエであることを確認した。生徒会の規則では、反革命容疑の
集団がいた場合、その先導者に最も重い罪が適用されることを説明した。

「うっ……ううっ……」
「ひぐっ……殺されるっ……」
「もう……何もかも終わりだっ……」

一年生の幼い女子たちは、嗚咽していた。
生徒会に尋問されることは、すなわち拷問であることを知っている。
現に脱走しようとした2名は、立っているのがやっとなほど
衰弱しており、制服は泥と血で汚れている。

「まず、基本的なことからあなた方に教えてあげましょう。
 わが校では、反革命容疑者を密告する制度が設けられているが、
 その場合は細心の注意を払い、多数派の意見のもとに訴えることになっている。
 私の調べでは、高野ミウさんは罪なき罪によって2号室送りになっているのだけど、
 この件についてあなた達はどう思うのか訊いてみたいものね。ねえ?」

一年生たちは、アナスタシアが怖くてうつむいて、目も合わせられない。

「どう思うかって、訊いているのよ!!」

さすがは部の代表であり、アナスタシアの怒号はすさまじい。
隣にいるミウでさえ、肩が上下に震えた。

「密告制度は、私の兄であるアキラ会長が作り出した制度である!!
 この制度は一見すると生徒会の手間を省く合理的なシステムに思えるが!!
 この半年間の容疑者の大量増加を見ると、実はいい加減な理由で密告が
 増えていることが明らかになっている!!」

実際にそうだった。

クラス裁判制度などは取り締まる側の手間を省く一方で、
無駄に囚人の数を増やしている。さらに保安委員部の連中が、
共産主義の理想のために不正を取り締まるためでなく、
ただ楽しみのために囚人を虐待するようになっているから、
組織としては腐敗している。

執行部員(実際に拷問する人)は性根が腐ってるとアナスタシアは吐き捨てた。
アナスタシアと、のちの会長になるナツキは似ているところがあって、
ふたりとも人を傷つけることを心から喜ぶことはなく、革命を遂行するためには
資本家階級と思想の敵の抹殺がどうしても必要だから取り締まりをしているだけの事。

「我々諜報広報委員部は、諜報の誇りにかけて正確に容疑者を特定して
 取り締まりを行っている!! だが美術部員の多数決によって
 ミウさんを通報した件は、まったくボリシェビキのやり方として
 正しくない!! あなた達は正しい生徒ではない!! もはやスパイだ!!」

うんうん、とミウが頷く。
泣きべそをかいている一年生たちを見て楽しくて仕方なかった。

ちなみにミウの起訴の件は、美術部全員の多数決によって決まっていた。
エリカと斎藤真理恵が先導して、他の者を従わせたけ結果である。
ここでも男子は立場が弱く、女子の言いなりであった。

「本当なら直ちに保安委員部に身柄を引き渡すところを、無知、無教養な
 一年生の君達に私がわざわざ時間を割いてまで教育をしてあげているのよ!!」

すると女子の一人が、アナスタシアに頭を下げてきた。

「申し訳りません、同志閣下……。深く深く反省しております」

「謝る相手が違うようだけど」

「え?」

「私じゃなくて、ミウさんに謝るべきじゃないの!?
 あなた達がバカなせいで被害にあったのは彼女なのよ!?
 ほら。なにボサッとしてるの。早く高野先輩に頭を下げなさいよ!!」

「も、申し訳ありませんでした!! 高野先輩!!」

全員が腰を折り、精いっぱい声を張り上げる。

だが、そんな上っ面だけの謝罪でミウが満足するわけもなく、
憎らしい後輩の面々を前にして、ついに怒りが限界を突破しようとしていた。

「ミ、ミウちゃん……?」

「ふふふふ。It's a lovely things. thank you, Anstasia.
I'm very grateful for such a wonderful oppoAtunity.」
 
「え? ごめんねぇ。早口だから聞き取れないよ。
 私は外国語はロシア語じゃないと分からないんだけど……」

アナスタシアは、ミウが感情的になると英語を話す癖があることを
エリカから聞かされていたから、立場上自分が上なのにも関わらず
本気でおびえてしまっていた。

「こいつらを私が叱っていいんだよね?
 少しなら体罰をしても構わないよね?」

「そ、そうね!! あなたの気が済むなら、好きなようにしていいわ。
 ただし、殺すのだけは勘弁して頂戴ね。おけ?」

「オぅケイ!! ジャスト どぅ ナウ!!」

ミウは、歯を食いしばれ、と言ってから、列の左側から順番にビンタしていった。
手加減などなく、全力だ。二番目、三番目の人が頬を真っ赤にしているのを見て、
恐ろしくなった女子の一人が手で顔をガードしてしまう。

「ちょっとあなた、なにしてるの?
 私は歯を食いしばれって言ったんだよ」

「す、すみま」

「このぐずっ!!」

「ごっ……」

みぞおちに膝を入れられ、呼吸ができなくなったその女子は、うずくまった。
ミウはそいつの前髪をつかみ、後ろの壁に何度も叩きつけてやった。
女子の顔は、涙と鼻水でひどい状態になっているが、その彼女に対して
気を付けの姿勢で立て、と命じ、全身全霊の力を込めてビンタした。

「次」

順番に頬を叩いていく、最後に斎藤の番になった。

「久しぶりだね斎藤さん。あなた、美術部で私にさんざんひどいこと
 言ってくれたよね? 絵の才能ないとか、物を物として見れてないとか。
 私はあなたに言われたこと全部覚えているよ。あなたはどうなの?
 自分で言った暴言を全部忘れちゃった?」

「そ、それはその……」

「言ってみなよ。あの時みたいにさ。私になんて言った?」

「すみません……」

「質問に答えてくれる? なんて言ったかって訊いてるんだよ」

「す、すみません……すみませんでした高野先輩。もう……許してください……」

「質問に答えろよこの愚図がぁ!!」

ミウのグーパンが、マリエの鼻を直撃した。
マリエは目に涙を浮かべ、鼻からボタボタと落ちる血を両手で受け止めていた。

「うっ……ううっ……うっ……」

ミウが腕を振りかぶってまた殴ろうとしてきたので、斎藤はしゃがみ、
ミウの足元にすがりついて謝り続けた。ミウが斎藤の頭を足で踏みつけながら
周りを見渡すと、女子たちが涙を流しながら脅えていた。だがその中には、
明らかに自分でなくてよかったと安堵している者もいたのでミウが指摘する。

「そこのあなた、何自分だけが助かるみたいに思ってるの?」

「い、いえ、そんなことは」

「思ってるでしょうが!! 
 自分がリーダーじゃなくてよかったと思ってるんでしょうが。
 私はそんなに甘くないよ。あんたらは全員が連帯責任でこいつと
 同じ目に合ってもらう。 二度とあんた達みたいなクズがこの学園で
 調子に乗らないようにね!! 二度と!! もう二度と
 ふざけたまねができないように!! その体に刻み込んでやる!!」

ミウは、全員に服を脱いで下着だけの姿に成れと命じた。
若き乙女に対しては非常すぎる命令だったが、斎藤が先導を切って
Yシャツを脱ぎ始めたので、他の皆も続いた。

彼女らが脱いでいる間に、ミウが廊下の掃除用具入れから水を満載にした
バケツを持ってきた。そして全員に正座させ、頭からバケツを逆さまにして、
全員均等にかけてあげた。それだけでは気が済まず、さらにスマホで彼女らの
醜態を写真に収めてしまう。

一年生たちは水で下着が透けてしまっており、ほとんど裸に近い状態だった。

「アーニャ。このデータ、諜報部で保存しておけば?
 見ての通りブスばっかりだけど、女子の裸だったら
 物好きな男子が喜ぶんじゃない?」

「なるほど。面白いアイデアね……。グッライディア?
 そろそろ満足したかしら? あの子達も一般生徒なわけだし、
 女子相手にこれはちょっとやりすぎかもしれないわよ」

「うーん、そうかなぁ? 私はまだ物足りないけど、
 アーニャがそう言うなら終わりにしようか」

と言った時であった。
ここで女子の一人が明らかな失言をしてしまう。

嵐のような体罰が終わったことによる安心感からか、
あるいはミウに対する恨みからか、こう言ってしまった。

「やっと解放される……」

蚊の鳴くような、声だった。だがミウは二か国語話者なだけあり、
耳が良く、かすれた母音の音でさえ逃さない。

「今、なんて言った?」

ミウは再び怒り狂った。

「解放されるって!! 誰が言ったの!! ねえ!! ねえ!!
 おかしいでしょう!! 私がお説教を終わりにしてあげようって、
 慈悲の心で言ってあげてるのに!! 解放されるって!!
 それって嫌なことから逃げる時に使う言葉だよね!! 
 私の日本語が間違ってるの!? ねえ違うの!!
 解放されるってことは、全然反省してないってことになるよね!!」

実際に発言したのは、小太りだが、目がぱっちりしたショートカットの
美少女だった。彼女が「私が言いました」と素直に手を挙げると、
ミウは花瓶を持ってきて、彼女の頭の上で逆さまにして水をかけた後、
今度は花瓶で彼女の頭を強く叩いた。花瓶が割れてしまい、破片の一部が
彼女の頭に刺さってしまい、出血する事態となってしまった。

「いったぁ……い、痛いです……ごめんなさい。本当に痛いです……
 許してください……高野様……」

「謝るくらいなら、初めから人を怒らせるようなことを言うな!!
 ほらほら。どうしたの!! あんたみたいなクズは、
 生きてる価値もない生徒なんだよ!! 人間以下の家畜なんだよ!! 
 ほら!! 何とか言ってみないさよ!!」

ミウは彼女を土下座させ、頭を何度も踏みつけていた。
他の女子にも土下座を命じると、皆が一斉にその通りにした。

殺さないでください……殺さないでください……。
女子たちは嗚咽し、うわごとのようにつぶやき続けた。

ミウは、アーニャが買ってきくてくれた紅茶のペットボトルを渡され、
半分くらいを一気に飲むと、ようやく気分が落ち着いてきた。

「ねえアーニャ。こいつらこのあと、どうするの?」

「嘘の密告をした人は連帯責任で全員が2号室行きになるんだけど、
 現に被害者のミウちゃんがこうして無事なわけだし、
 今回は大目に見てあげようかと思っているのよ」

「それって一般生徒として生活させてあげるってこと?」

「……保安委員部がね、2号室の囚人が特に脱走や反乱が多くて
 手を焼いているのよ。あっちは人手不足なうえにバカが多いから、
 これ以上囚人を増やしたくないってのが我々の本音なの。秋の総選挙も控えてるし、
 基本的にイベント事が多い2学期は取り締まりを緩くする暗黙の了解があるのよ」

「へーそうなんだ。ごめんね。
 私はボリシェビキに詳しくないから、
 そんな裏の事情まで気が回らなかった」

「いえいえ。本来ならミウちゃんが気にすることじゃないから。
 じゃあ私も仕事が溜まってるし、この馬鹿どもは開放してあげましょうか」

優しいアナスタシアは、人数分のタオルを用意してあげた。
身体を拭き終えても下着は濡れてしまっているが、下着の予備はないので、
そこは我慢してもらうしかない。まだ午後の授業が残っているが、
精神的な疲労を考慮して全員帰宅していいことになった。

そして一週間以内に、今回の件の反省文を諜報広報委員部に
提出するようにと厳しく命じた。

「最後にこれだけは言っておくわ。高野ミウはね、アキラ会長からも
 一目置かれるほどの存在なのよ。あなた達みたいなザコとはレベルが違う。
 だから私が2号室から真っ先に彼女を引き抜いたのよ。
 今回は私が多めに見てあげたから、こんなもので済んだけど、
 次はないわよ。そのことを肝に銘じておきなさい!!」

「はいっ!! 申し訳ありませんでした同志閣下!! そして高野様も!!」

急いで服を着て出て行く一年生たち。アナスタシアは
これでミウの気持ちがどれだけ晴れたかと思っていた。
今回の件はただのガス抜きだが、彼女が一番恨んでいるのは
エリカとそのクラスメイト達だ。最悪、クラス全員を始動する機会でも
儲けるべきかと考えていたが、全てはミウの気持ち次第だ。

本編 9 タチバナ

第十二話 「総選挙では近藤サヤカさんに票を入れます」

足利市の山のふもとにある橘邸は、明治に建造された古風な洋館だった。
白を基調とした小さなお城のようなデザインで、
お日様の日差しを浴びられるバルコニーでお茶を飲むことをエリカは好んだ。

実はこの家は元々橘家の所有ではなく、党内の権力闘争によって国外追放された
栃木ボリシェビキの人間の家を、党の承認のもと、橘家が無償で引き取ったものだった。
きちんと手入れをしたら、じつに300年近く住むことが可能な、
しっかりとしたつくりの家であり古城だった。

住宅のある丘を降りると、農家の田園が広がる。
そこからしばらく歩くと、県道に差し掛かるが、橘邸の周りには人通りはほとんどない。
学園と同様に、この家も外界から隔離された特殊な空間なのであった。


「エリカ。あんた、いつかミウちゃんに殺されるわよ」

「またその話? やめてよ。食事がまずくなるじゃない」

この家には家政婦さんがいて、食事は彼女らが作ってくれる。
エリカが学校に持ってくるお弁当は作ってもっているから、
実はエリカが自分で作ったことは一度もない。

今日の夕食はビーフシチュー、豆腐ハンバーグ、スパゲッティサラダ、コーンスープだ。

普段のメニューは栄養バランスをしっかりと考えた洋食が比較的多いが、
うちの使用人は中華の方が得意だとアナスタシアがよく言っていた。

「私と太盛君の関係は生徒会に受理されてるのに、
 またその件を蒸し返さないでよ」

「太盛君とは仲良くやれてるの?」

「やれてるってば。しつこいな」

「あんたが生徒会の権力を利用して好き勝手出来るのも、
 私と兄さんがいる間だけなのよ。
 私たちが卒業した後はどうするつもりなの? 
 きっとミウちゃんが復讐しに来るわよ。
 ミウちゃんはがボリシェビキになってしまったらやっかいよ。
 あの子がどれだけ怖い子か、あんたは全然分かってない」

「ミウが狂暴なことは斎藤たちの一件でみんな知ってるわよ!!
 姉さんは毎日私に同じ話をしてくるけど、何が言いたのよ!!
 私に太盛君と別れろって言いたいの!?」

「太盛君とは付き合ってていいわよ。
 可愛い妹の恋愛だもの。応援はしてあげるわ。
 でもせめて、けじめをつけなさいよ。ミウちゃんに一言謝りなさい」

「私があの女に謝るですって? 絶対に嫌!!
 そもそも最初に彼を横取りししたのは、あの泥棒猫の方じゃない。
 私は奪われたものを取り返しただけよ。
 それにクラス内で反太盛派閥が不穏な動きを見せていたのは事実よ!! 
 高野は私が先導したと思ってるんでしょうけど、
 あれは太盛君が好きな女どもが勝手に引き起こしたもので、
 結果的に私は彼を救ってあげたのよ!!」

エリカがテーブルを拳で何度も叩くが、姉が何も言い返してこないので
食堂は静かになってしまった。給仕係の家政婦さんたちは例によって
厨房奥に引きこもってしまったのか、姿が見えない。

「……ふー」

「また、ため息……。姉さんのその癖。やめたほうがいいわよ。下品だわ」

「ごめんなさいね。これでも学校では責任者の立場だから疲れてるのよ」

「姉さん、最近顔色悪いし、食欲もないわよ。
 そのハンバーグ、全然手を付けてないじゃない」

「胃腸の調子が悪いから、油物はちょっとね。エリカにあげるわよ」

「いいの?」

「育ち盛りなんだから、遠慮せず食べなさい。
 太盛君もよく食べる女性の方が好みだって言ってたんでしょ?」

「姉さんったら、一歳しか年が違わないのに、私の母みたいな態度を取るのね」

と言いつつも、エリカはハンバーグの乗せられた皿をいただいた。

この橘邸では、炊事洗濯掃除、庭の管理をする使用人の他には大人がいない。
橘の三兄妹が、足利にある拠点「学園」に通うためのに用意された住居なのである。

父は娘たちが幼い頃に失踪したが、母親は実家の神戸に今でも住んでいる。
このご時世で呉服屋では食べていけないので、現在はマンションなどの物件を
扱う不動産業を営んでいる。もっとも不動産業なのは表向きであり、地下で活動する
政治団体(神戸ソビエト。別名、インターナショナル日本支部)の幹部なのであるが。

「おかえりなさいませ。アキラおぼっちゃま。すぐにお食事の用意をいたします」

「うむ。すまないね。ゆっくりでかまわんよ」

会長クラスの人間は、学園に宿泊用の施設が用意されているので、
泊まり込みが多いが、アキラは金曜日だけは家に帰るようにしていた。
彼はこの家では家長であり、母からは妹達の面倒を見てあげるようにと頼まれていた。

特に学年の違う、末の妹のエリカは、普段の学園では顔を合わせることもないため、
こうして夕食の席では、親心(兄だが)からか、つい小言を言ってしまうことがある。

時刻は7時40分を過ぎていた。

「お兄様。おかえりなさい。今日も遅くまでお疲れさまでした」

「うむ。楽にしなさいエリカ」

とアキラは言い、席に着く。とても高校生とは思えぬ迫力であり、
明らかに支配者のオーラが全身からただよう。

わがままなエリカが今まで学園で好きかってやってこれたのも、
兄の権力によって守られていたからであり、
また橘家では年長者は敬うものだと教えられて育っている。
だからこそ、兄に逆らうことはできなかった。

アナスタシアにとっては、普段は強きなエリカがへこへこしてるのを
見るのがささやかな楽しみでもあった。

「体育祭が終わったと思ったら、次は文化祭か。
 全く主催する側としては休む暇もないな。
 前会長はこれを涼しい顔でやり遂げていたのだから立派だよ。
 ただの軟弱ものだとばかり思っていたが、伊達に会長職の人間ではなかったのだな」

「お兄様も本当にお忙しい時期に会長をやられて、
 大変な苦労をされているのですね。心中お察しいたします」

「っと、妹相手に愚痴ることでもなかったな。
 ところでエリカ。さきほどアーニャと口論してなかったか。
 お前の怒鳴り声が玄関先まで響いていたぞ」

「え、ええ……。少々、声を荒げてしまいまして」

「ただの姉妹喧嘩にも思えんが、また例の彼の件か?」

「その通りでございます……。お騒がせしてしまい、すみません」

「頭を上げなさい。私はおまえを説教したいわけではないのだよ。
 ターシャ。どんなことで喧嘩になったのか具体的に教えてくれるかな?」

アナスタシアが、一部始終を丁寧に教えてくれた。

「ふむ……そんなことがあったとは。確かに例の書類は
 中央で受理されているようだな。まったく……お前と言う奴は。
 エリカ。権力の乱用はいかんといつも言っているだろうが」

「はい。申し訳ありません」

「おまえは私の可愛い妹の一人だ。おまえが、どうしても
 一人の男が欲しいと言うのなら、応援してやらんわけでもない。
 だが今回の件で高野君から恨みを買ったのは事実だぞ」

「はい……」

「気になったので高野ミウ君の経歴を調べさせてもらったが、
 彼女は中学卒業まではロンドンのインターナショナルスクールに
 通っていたようだな。そこでの成績は上位だったぞ。
 今の学園では日本語の文章の読み書きに難があるため、
 クラスでも成績は下位の方だが、決して頭は悪くない」

「はい」

「おまけに高野君には英語の翻訳という特殊技能がある。
 科学部にはいつでも入部できる状態だな。
 理系の人間は外国が不自由なものが多い。
 向こうからしたら、喉から手が出るほど欲しい人材だろう」

「はい……」

「ターシャが心配しているのはな、我々が卒業した後も
 お前を守ってやれる保証がないと言うことなのだよ。
 生徒会はお前が思っている以上に危うい組織なのだ。
 一度代が変わるごとに、組織が一変してもおかしくない。
 ボリシェビキの歴史が証明しているのだよ」

アキラは、ソ連の歴史を例に挙げた。
最高指導者のレーニンが死んだ後、政敵のトロツキーを暗殺した
スターリンが実権を握る。レーニンの意志を真に継いだのはトロツキーの方であり、
全世界同時革命を提唱したが、スターリンはソ連一国での社会主義革命は可能だと言った。

また、スターリンは晩年のレーニンから嫌われており、国家の最高指導者たる
資格はないとまで言われていた。レーニン政権下でスターリンは民族人民委員と言う、
全体から見たら格下の地位にいたわけだが、彼はアジア人的退屈さと辛抱強さにより、
自らが所属している「書記局」の勢力をじわじわと拡大させ、対立していた「政治局」を
やがてしのぐようになり、ついには最高権力者の地位を手に入れることに成功した。

ソ連の歴代政治権力のトップが、なぜ「書記長」と呼ばれるかと言うと、
本来なら政治局の一つ下の地位だったはずの書記局から、
スターリン率いる勢力が台頭し、いつの間にか多数派となり、
トロツキー派を国内から一掃することに成功したからだ。

そして、死者累計7000万人とも数えられる、「スターリンの大粛清」が行われるのだ。
副会・長高野ミウの姿は、そのスターリンに酷似しているとアナスタシアは思っていた。

ちなみに世界の歴史上、一国の最高指導者の指示のもと、組織的に自国民を
これほど多く粛清した国家は、ソ連以外に存在しない。今後もまずないだろう。

「お兄様のおっしゃってることが正論なのはよく分かります。
 でも私は太盛君のことを愛しています。私は高野さんに殺されるリスクよりも、
 太盛君に捨てられてしまうことの方が恐ろしいのです」

エリカはさめざめと泣いた。昔から好いた惚れたは人の自由と言うが、
今回の恋のライバルは高野ミウであるから、エリカにとって相手が悪い。

「そうか。お前の気持ちはよく分かった。私の方でも考えがないわけでもない。
 今から話すことは極秘事項だから他言無用だぞ。よく聞きなさい」

「は、はい」

「11月の生徒会総選挙だが、会長候補は現在のところ二名いる。
 組織部の高倉ナツキ、中央部の近藤サヤカだ。
 エリカはナツキ君とは顔見知りだが、サヤカ君を知っているかね?」

「いいえ、知りませんわ」

「中央委員部で勤務している二年生の女子だ。所属クラスはB組らしいが、
 多忙なので通常授業に参加する暇などないだろう。代表の校長が不在の時は
 代表代理を務めているほどには優秀で……」

そういえば、体育の合同授業の時に、体操服に近藤と書かれた女子を
見たことがあるかも、とエリカは思っていたが、今は真剣に話を聞く。

「分かりやすくまとめると、思想的に私に近いのがサヤカ君。
 アナスタシアに近いのがナツキ君だな。厳格主義と穏健派と
 言い換えてもいい。すでに選挙前の事前の人気投票を実施しているのだが、
 次の選挙はこの両名の争いになるとみて間違いない」

「今のところ、どちらが優勢なのですか?」

「半々と言ったところだな。
 中央委員部は示し合わせたかのように近藤君を押している。
 ナツキ君は諜報広報委員部から人気が高い。
 一部でボリシェビキ女子のファンもいるようだ」

ここでアナスタシアが口をはさむ。

「兄さん、保安委員部ではナツキ君の人気が高かったじゃない」

「そうだったか? ならばナツキ君の方が今のところ有利だな」

「エリカ。今のうちにナツキ君に媚でも売っておきなさいよ。
 そういう政治的な根回しは得意な方だったでしょ」

「いや……それはまずいかもしれんぞ」

「えっ、どうしてよ兄さん?」

「ナツキ君には交際相手がいるそうだが、その女、どうやら高野ミウ君の
 親友らしい。名前は、井上マユミ……」

「井上マリカですね!! 私は同じクラスなので知っていますわ」

「そう、その女、どうも頭が良く回る女みたいでな。うちの近藤サヤカ君とは
 また違う種類の切れ者らしい。ミウの親友なら当然エリカに敵対するはずだから、
 ナツキ君も今頃何を吹き込まれているか分かったものではないぞ」

「こわっ!! そんな奴、絶対に敵に回したくないわね。
 エリカが来年も生き延びるためには、
 サヤカさんが生徒会長になってくれた方がいいわね」

「うむ。そういうことだ」

「分かりました。総選挙では近藤サヤカさんに票を入れます」

「私もそうするわ」

「うむ。お前たちがそこまで気に病むこともない。
 私の方でも、可能な限りエリカの身の安全が保障されるように
 取り計らっておく」

熱いお茶を飲み干したアキラは、風呂に入ると言って席を立った。
エリカは恐縮して席を立ち頭を下げ、兄が食堂から出るまでそうしていた。

「お兄様が妹思いの人で良かったわね。エリカ」

「な、なによニヤニヤして」

「兄さんは、取り計らうって言ってくれたでしょ」

「それがどうしたの?」

「取り計らうってのはね、
 あとはこっちで上手にやっておくって意味なのよ。
 つまり近藤さんの当選は確実ね」

「え?」

「会長の権限にはね、普通の選挙と不正選挙の
 二種類が選択できるのよ。もちろん学園のためを思うなら普通に投票して
 決めるべきだし、最初は兄さんもそのつもりだったんだろうけど、
 今回は妹のために特別に権力を使ってくれるってことよ」

「そうだったの。お兄様……。私のためにそこまで。あとでお礼の言葉を言わないと」

「あの人は面と向かって感謝されると照れちゃう人だからよしなさい。
 それより次期会長の近藤サヤカさんと仲良しになった方がいいわね」

「うん。私もそう思うわ。でも接点がなさすぎるわね。
 今度、中央部のお仕事のお手伝いにでも行こうかしら」

「あっ、それなら文化祭前だから臨時派遣制度があるじゃない。
 各クラス委員は強制的に派遣される決まりになってるから、
 その時に中央委員部の幹部の人たちに挨拶でもしておきなさいな」

「そうね」

「私からも妹のことをよろしくって言っておくわよ」

「ありがとう。ターシャ姉さん」

本編 10 文化祭

第一三話 「王子様だにゃ……!!」


保安委員部や中央委員部には臨時派遣制度がある。
人手不足を補うために、ボリシェビキや有志の一般生徒
(クラス委員は強制)を対象に、期間限定で働いてもらう制度だ。

(前作斎藤マリー・ストーリーで登場した制度である)

ちなみに仕事内容が専門的で秘密事項の
多い諜報広報委員部には派遣されない決まりになっている。
逆に諜報広報委員部から人員の派遣は可能だ。

エリカが働く期間は、10月半ばに行われる文化祭までの三週間。
この時期は体育祭が終わったばかりであり、
主催者のボリシェビキが多忙を極める時期だ。

学校行事を仕切るのは中央委員部であり、
あらゆる事務的作業を期日通りにこなす能力が求められる。

体育祭から文化祭にかけての繁忙を乗り切れる人なら
中央委員部は絶対に勤まるとまで言わるほどだ。


「2年A組の橘エリカです。よろしくお願います」

「よろしくね。橘さん。私達は同じ学年だから緊張しないで大丈夫よ」

冷酷だと聞いてた割にはサヤカは笑顔の絶えない、人当たりの良い女性だった。
少し早口なのが特徴で、声が高すぎてアニメ声だ。三つ編みで、常に眼鏡をしている。

「忙しい時期だから、ほんとに助かるわ。
 割と体を使う雑用ばかりになっちゃうけど、よろしくね」

「はい!!」

学園の文化祭は、体育祭同様に他の高校と大きく異なり、
学生の若い感性や自由な創作意欲を完全に否定した、
ロシア・アヴァンギャルド(ソビエト風芸術)に限定されていた。

各クラスごとの出し物は禁止されており、
音楽の演奏と絵画の展示会がメインとなっている。
各文化部及び、芸術総合コースの生徒が腕を発揮するイベントである。

音楽は管弦楽部や合奏部が行う。
絵画は油絵が基本の社会主義リアリスムが推奨される。

文化部には他にも部活はいくつもあり、
文芸部、手芸部、工作部、サイエンス部、漫画研究部、イラスト部、
パソコン部、映画研究部、歴史研究部、家庭科調理部、製菓部などだ。
総生徒数が2000名を超えるため、
同好会クラスの部は無数にあるが、文化祭では除外される。

これらの作品に共通することは、少しでも資本主義的な文化を発信した者は
ただちに文化祭実行委員(中央部より選出)に検閲され、逮捕されることである。

学園の文化祭とは、別名、資本主義者あぶり出しの刑と言われている。

音楽では有志による自由演奏の時間が設けられているのだが、
何も知らない新入生がエレキギターを使ったロックの演奏を申し込んだ場合は
英米文化に染まった正しくない生徒として逮捕される。

イラストや漫画においても、ブルジョア的であったり、西洋キリスト教的な
価値観がわずかでも認められる作品はまっさきにNGとされる。
例えば漫画研究部では歴史系漫画(ソ連)や恋愛作品が推奨されてるが、
仮に少女漫画の場合にヒーロー役の男性が
典型的な金持ちだった場合はブルジョアになるので作者が逮捕される。

イラスト部が秋葉原系のアニメキャラを描いた場合は
日本のスパイとして厳しい指導を受けることになる。
アラベスク模様で背景を埋めた場合もムスリムのスパイとして
摘発されるため、斬新な社会主義っぽいデザインを考えないといけなかった。

太盛の所属する美術部では無難な風景画を描くのが伝統となっていた。

もっとも文化祭準備期間中は、ボリシェビキも多少は寛容になる。
逮捕、連行された生徒は反省文だけで済ませられる。

今は世界から消えつつある、ソビエトの伝統文化を受け継いでいくための、
貴重なイベントが文化祭なのだ。ボリシェビキたちは忙しい日々を
送りながらも、誰もが笑顔が絶えないのだった。

「えっとね。管弦楽部の練習の付き添いをしてほしいの。
 橘さんには練習に使うビデオカメラと
 収音マイクの設置をお願いしてもいいかしら」

「はい。お任せください。とりあえず音楽室に行けばよろしいですか?」

「ごめん。先に機材準備室の方に行ってくれる? 
 すでに向こうの責任者に話は通ってるから。
 あとこのバッチも忘れずにつけてね」

臨時委員のバッチだった。エリカは襟にしっかりとバッチを付けた。

機材の設置は、同じく派遣されている男子の委員が中心となってやってくれたので、
エリカはあまり忙しくなかった。エリカたちの仕事は、彼らの練習に付き添い、
ビデオやマイクなどの機材に異常がないか監視することだ。
今のうちに照明の位置も工夫して、できるだけ彼らが目立つようにしないといけない。

ぞろぞろとこの体育館へ管弦楽部の面々がやって来て、
楽器のチューニングを始める。みな表情が暗かった。

演奏する曲はソ連の生んだ稀代の天才、
ドミトリー・ショスタコーヴィチの第七番「レニングラード」だった。
他の候補には第10番「革命」もあったが、部内の投票でわずかに第七番が多かった。

(余談になるが、ショスタコーヴィチのオーケストラを聞いたことがない限り、
 クラシックファンを名乗ることは不可能だと思う。これほどの天才作曲家は、
 筆者が死ぬまでこの世に現れることはないだろうと本気で思っている)

第一楽章の演奏が始まる。式台に立つ男子生徒は、長身で前髪が長い、中々の男前だった。
序盤の提示部。第一部、第二部は戦争前の平和過ぎる風景を音の世界が描く。
いっそ寝てしまいそうなほど、視聴者を十分に退屈にさせておきながら、
小太鼓のしつこい連続から戦争へと舞台が移る。ドイツ軍の大進撃を、
全合奏による音の暴力で表現し、圧倒しておきながら、金管楽器群による
重圧な合奏が開始される。ソ連軍の反撃なのだ。その後、静寂の後に
再現部へとなり、戦死者へのレクイエムとなる。

27分で演奏が終わる。初回なので通しでやってみたのだ。
エリカはプロの演奏を何度も聞いているから耳が肥えているが、
高校生のレベルにしてこれは十分すぎると思っていた。だが……。

「貴様らは、この半年間、いったいなにをやってきたんだ!!」

指揮者が指揮棒を床に叩きつける。

「この学園ではショスタコーヴィチのオーケストラは花形なのだぞ!!
 今のは練習だが、本番では録画した映像がホームページでも公開される。
 分かっているのか諸君!! まるでやる気が感じられないよ!! 
 2週間前に君達に言っておいた注意事項が、なぜ守れないのか説明してくれよ!! 
 なあ!! まずトロンボーンから。そこの三名。立ちなさい!!」

エリカら臨時派遣委員が見守る中でも、指揮者の説教は容赦がなかった。
金管楽器は、ほぼ全員が怒られたし、散々ダメ出しをされた小太鼓や
コントラバスの人に至っては泣き出している人もいた。

彼は『三流管弦楽』『無能者のオーケストラ』『中学生の方がマシ』など
暴言を吐き続けた。そして部員の誰も彼に言い返さないのが不気味でもあった。
あとで分かったことだが、この指揮者は吹奏楽部の部員だが、実際は広報部の
委員だった。彼は内外からの評価を気にするあまり、鬼の指導になってしまい、
かえって部員たちを委縮させて演奏のレベルを落としてしまっている。

エリカから見て、三流なのは指揮者だった。
だが自分は部外者なので見てる事しかできないのだ。

今日の時点では全体練習の意味はないとして、いったん解散となった。
機材などはそのまま置いていいと言うので、エリカも立ち去る。

(私って、いる意味あったのかな?)

と思い、隣にいる派遣委員の男子二人も同じような顔をしていた。

エリカがたまたま美術部の部室の前を通ると、愛する太盛の姿があった。
水道の蛇口で画材筆についた汚れを落としている。筆についた汚れは、
せっけんを使ってひたすら濯ぐ。彼は、信じられないことに
隣にいる女子に優しくその方法を教えていた。

面倒見の良い太盛らしく、一見すると微笑ましいエピソードなのだが、
エリカを激怒させたのは、その隣にいる女が高野ミウだったからである。

「やあエリカ。暇そうだね。もう生徒会のお手伝いは終わったのかい?」

「な、なんでその女と一緒にいるの? てゆーか何してるの?」

太盛は、美術部の活動に専念するために臨時派遣委員の仕事は辞退している。

「君も知っての通り、前の一件で美術部員の女子が全員休学しちゃったからね。
 ここではわずかな男子生徒だけしかいないから、
 少しでも部員が増えればいいなと思っていたんだけど、
 そんな時にミウがぜひ参加したいって言ってくれたんだよ」

「えへへ。私も太盛君のお手伝いが出来てうれしいよ」

と言い、ミウは太盛にぴったりとくっつき、平気でイチャイチャしている。

「ふざけてんじゃないわよ。
 私が必至で生徒会のお手伝いをしてるときに、なんで二人で遊んでるのよ」

「これが遊んでるように見えるか? 確かに今は筆の洗い方をミウに教えているが、
 俺たちは真剣に文化祭の展示に向けてネタを考えているんだぞ」

「念のため確認させてもらうわね。太盛君は私の彼氏よね?」

「そうだな。俺は君の彼氏だ。間違いないよ」

「じゃあ、どうしてその女と身体を密着させてるのか説明してくれる?」

「ミウは割と人との距離が近いタイプだから、たまたまこうなったんだろ。
 外国育ちの人はこんなもんだろ」

「あらそう。英国の人って疑い深くて人と
 すごい距離を取るって聞いたことがあるけど、
 太盛君の言う外国ってどこの国のこと?」

「まあそう言うなって。楽しい文化祭の準備期間なんだから喧嘩はよそうぜ。
 俺は美術部員だからマジでテンション上がってるんだよ。
 今回は部員が少ないから俺の絵が無条件で展示される決まりになってるからな」

「でもその女、部員じゃないはずよ」

「部員だよ? 退部届を出したわけじゃないしな。
 組織委員部に問い合わせ(イズベスチヤ)したら、
 今も美術部員のままだって。だから問題はないんだよ」

「でもその女は囚人だし、一年生たちを拷問した危険人物だって
 学内で評判になってるのよ!!」

「は?」

とミウが高圧的な態度を取る。
太盛の一歩前へ出て、腕を組み、エリカと至近距離で向かい合った。

「今私はアーニャの許可を得て秘書ってことになってるんだけど。
 だから囚人じゃないよ。それに部活動の参加も自由。むしろ文化部の活動は
 ボリシェビキの皆から推奨されているでしょ。私が美術部の活動をして
 あんたに文句言われる筋合いないんだけど?」

「全部言わないと分からないの? 人様の彼氏にベタベタしてることが
 気に食わないのよ。あなたは彼に一度振られてるのよ。
 ねえ分かる? 事実を認めれないほど馬鹿なの?」

「太盛君がエリカの彼氏ってことは認めてあげるよ。生徒会に申請書が
 送られてしまったんだから仕方ないよね。でもさ、男女の関係ではなくても
 友達同士で仲良くしても校則には違反しないと思うんだよ」

「十分に違反してるわよ!! カップル申請書にも書いてあったでしょうが!!
 不誠実な恋愛をした人は処罰されるって!!」

「不誠実って何? まず不誠実の定義を教えてよ」

「今あなたがやってることよ!!」

「いやいや。意味わかんないから。太盛君とエリカさんは互いがカップルであることを
 きちんと認めてるじゃない。だったら友達の私と部活動をしたところで
 浮気にはならないし、そもそも人間関係を定める校則第11条には、
 生徒間の恋愛について書かれた項目があるけど、そこの第一頁から
 第三頁には以下の内容が書かれているんだよね。長いけどちゃんと聞いてね?」

この学園では、共産主義の理念から、あらゆる生徒間での階級差を排している。
それを基本的な概念とし、生徒間の友情や恋愛は団結力を高めるためのものとして
常に推奨される。友情とは、男女間においても成立する。

後述のカップル申請書は、生徒間の恋愛関係の確認をするために用意されたものである。
カップルが破局するのにはいくつかの条件が必要であるが、その中の一つ、
不誠実な恋愛の定義とは、明らかに浮気と分かる行動、すなわち、
学外問わず、キス、抱擁、逢引、性行為など身体的接触を伴うものである。

(う……この女、よく勉強しているわ。空で言えるってことは丸暗記してるのね。 
 私もクラス委員だから生徒手帳はそれなりに読んでいるけど、
 ここまで詳しくないわ……)

エリカはそう思ったが、悔しさから苦し紛れに言い返してしまう。

「彼と肩をくっつけて筆を洗っていたわ!!」

「なにかおかしいの? だって私は洗い方が分からないから、
 教えてもらっていたんだよ。 
 教えてもらう側って自然と身体が近くなるよね?
 多分どこの職場でも同じことだと思うんだけど、そんなに不自然だった?」

「く……屁理屈ばっかり並べて」

「エリカ……。いったん引け。
 ミウは校則に相当詳しいぞ。美術部の活動の再開もきちんと
 生徒会に許可をもらってるみたいだし、争うだけ無駄だ」

「太盛君まで……。あっ良いこと考えたわ。
 高野さんの屁理屈だと、カップル同士なら
 身体的接触が人前でも許可されているのよね?」

「お、おい。エリカ? 何を言い出すつもりだ」

「私と手を繋ぎながら、キスしましょうか?」

「……ちょっと待ってくれ。今は文化祭の準備期間中だぜ?」

「みんな浮かれモードよね。生徒会の取り締まりも一番緩くなる時期でもあるわ」

「ミウの見てる前でするのはちょっと……」

「遠慮することなんてないわよ。だってその女から言いだしたことじゃない。
 校則に違反しないなら何をしてもいいんだって。だから私は今たまたま、
 あなたとキスしたくなったからするのよ。さあ、おとなしく目を閉じて」

エリカが太盛に近づいて、いよいよ本当にキスをする流れになるが、
ミウの横眼があまりにも冷たく、明らかに殺意を秘めたものだったから
今すぐ逃げ出したくなった。そのことは太盛にとって誇りでもあったのだが。

(まさか、ミウが俺をそこまで好きでいてくれるなんて)

太盛から見てエリカは高校生離れした色気を持つ美人だが、
ミウはとんでもなく可愛らしく、話しているだけで胸の奥が
温まってくるような、不思議な魅力を持っていた。
だからどちらが好きかと言われたら、迷いなくミウを選ぶところだ。

エリカと太盛の唇が、あと少しで重なる瞬間だった。

「あーー、お姫様がいるにゃああああ!!」
「ふにゃにゃにゃ~~~~!! ネコ軍団、参上!!」
「美術部の前に行ったら、ほんとにいたっぺよ!!」
「おひめ様方~~、なにしとりゃーす!!」

突然現れた騒がしすぎる女子の集団!!
太盛とエリカは『!?』←こう反応し、すぐに距離を取った。

ミウはニコニコしながら彼女達の相手をした。

「こんにちわ。科学部のネコちゃん軍団たち。
 今日はどうしたの? 美術部に遊びに来てくれたの?」

「そうだにゃあ!!」
「科学部は文化祭で展示する者がないから暇だっぺ!!」
「いつも人様に見せられにゃー代物を作っとるからにょおお!!」
「人手が足りない美術部のお手伝いをしにきたのにゃ!!」

太盛とエリカは衝撃を受けていた。

(か、科学部だと…?)
(この子たちが、あの悪名高い科学部のメンバー?)
(決して人前に出てこない引きこもり集団だと聞いたが……)
(明るいし、人懐っこそうな性格をしてるのね……)

口調も常軌を逸しているが、何よりその見た目だ。
なぜか科学部のメンバーは身長が140センチから150の小柄な人が多く、
明らかに小学生としか思えない超童顔の人もいた。

おまけに服装も自由だ。白衣を着る者は普通だが、猫の着ぐるみを着る者、
レーニンの顔がでっかくプリントされた真っ赤なトレーナーを着きたり、
猫耳カチューシャを付けたりと、もはや校則も何もあったものではない。
そして4人全員が大きな丸眼鏡をかけていた。

「太盛君。紹介するね。彼女たちは諜報広報委員部所属、
 科学部のメンバーです。飛び級の子が多いから年下の子ばっかりなんだけど、
 みんな優しくていい子だよ。私が何度か職場見学をして、
 すっかり仲良しになっちゃってさ」

最初はこうではなかった。
科学のメンバーは県外から天才児が集められており、将来BC兵器の設計図を
校内に残すことを目的に、研究以外のことではかなりの自由が認められていた。

彼女達のノルマは、定期的に実験結果と論文を諜報部に提出すること。
論文は中央委員部にも送る決まりとなっている。
もっとも送ったところで、中央委員部はガチガチの文系(法律系)が多く、
内容を理解できる人がいないのだが。

科学部のメンバーは通常の勉学からは完全に開放され、
好きなことだけをしていいために自由奔放で変わり者が多く集まる。
人間嫌いな人が多く、必要がなければ人と
永遠に関わる必要がないと本気で思っている子さえいた。

また前述の実験結果の報告義務が満たせるならば、
コロナ化でのリモートのように自宅での研究も許可されており、
総員24名に対し、実際の学校に来ているのはたったの4名だった。

その中に、ミウが突然職場見学を申し出た。
ちなみにアナスタシアがいじわるをして推薦文を書いてくれなかったので、
科学部側にはミウの正体がわからない。そのためみんなは部外者の美少女を色眼鏡で見た。

ミウが最初にしたことは、職場を綺麗にすることだった。
科学の実験室は、所定のゴミ箱からペットボトルやお弁当のゴミがあふれ出しており、
その辺に脱ぎ捨てた衣服も落ちていた。床も埃だらけである。

ミウは服を綺麗にたたみ、ゴミを片付けてあげた。掃除用具入れの中には、
きちんとゴミ出し用の袋が用意されていたので、やるのは簡単だった。
それから、改めて彼女らの実験の様子を眺めることにした。

ビーカーをにらみながら謎の液体を投入したり、
リトマス試験紙を用意したりと、ミウには何をしてるか分からない

ある女子部員が、イギリスのネイチャー誌(日本語訳)を読んでいたので、
ミウが声をかけると、話が弾んだ。ミウはロンドンで育ったから、
総合科学雑誌、ネイチャー誌の世界的な権威の高さはよく知っている。
英国民はみなこの雑誌を誇りに思っているものだ。

その女子部員は、飛び級の中二の女の子なのだが、
英会話に興味があり、多少は話せるようだった。

「んふふ~。実はネイチャーを原語で
 読めるようになるのが、密かな夢なんだにゃ」

「You are a young girl now.
If you practice with me, you'll get better」

「え? なんて言ってるの?」

「My English is well. because I lived in London for many years.
you know? when I was a child, my father transferred from Tokyo to London.」

「ふにゃああ!! 英語ペラペラすぎて聞き取れないにゃあ!!
 イングリッシュとロンドンって単語しか分からなかったにゃあ!!」

英文の翻訳もできることから、ミウの英語はすぐに評判となった。
そしてすぐに入部してほしいと言われたが、その前にミウは
自分を取り巻く不幸な環境のことを、彼女達にじっくりと時間をかけて説明してあげた。

「高野さんは罪のでっち上げで2号室送りにされたんだっぺ。不幸だげなぁ~」
「私やったら逮捕された時点で自殺しとるげー……薬一杯で楽に死ねるぜよ」
「うぐっ……ぐすっ……こんなに綺麗なのに、なんて不幸なお方なんだにゃ……」
「それなのに、にゃー達の実験室の掃除までしてくれて、なんて優しい方なのにゃ……」

普段から外界との接触がない彼女らは、典型的な世間知らずである。
天才にありがちな皮肉だ。そのためミウを不幸なヒロインとして認識してからは、
ミウをお姫様と呼んで慕うようになる。そして部への入部はいつでも大歓迎となっている。


「へ、へえ。なるほどね。とりあえず挨拶させてもらうかな。
 俺は堀太盛。ミウと同じクラスで、ミウの友達です。よろしく」

太盛は一人一人の目をしっかり見ながら、優しく微笑んで握手をしていった。
まるで男性アイドルの握手会のようだったので、男性に免疫のない
科学部の女の子たちはすっかり舞い上がってしまった。

「ふにぁあああ!! イケメンと握手できたにゃあ!!」
「諜報広報委員部に、こんなイケメンおらんげ!!」
「王子様にゃあ!!」
「ミウさんはお姫様!! 堀太盛さんは王子様!!」

この反応に太盛も心の中で舞い上がっていた。

(年下の子にまで人気があるってことは、
 俺って実はかなりイケてる男子ってことだよな?
 そういえば後輩の女子にもプリンスって言われたことあった……!!)

顔をだらしなくさせている旦那を見て、
怒りに燃え上がる人がいた。橘エリカ嬢である。

「こら。そこの子供たち。
 私の夫は安っぽいアイドルとは違うのよ。
 気安く彼と触れ合わないでくれるかしら」

「こ、こわ~~。目がマジだにゃぁあああ!!」
「みぎやぁぁああぁあ!! 典型的な束縛系の奥さんだでね!!」
「触らぬ神に祟りなしでねえがああ!!」
「おそがいがや!!」

彼女らはミウの背中に隠れてしまう。あまりにも子供っぽい演技だと
太盛は思っていたが、もちろん半分以上は演技だった。
また来ると言い、科学部のメンバーは走って帰って行った。

「あんな子供がうちの学園にいたなんて……知らなかったわ」

エリカにとって衝撃だったのは、すでにミウが科学部にまで
影響を及ぼしていることだった。実戦で使えるレベルの化学兵器を
極秘に所有していると噂の、あの科学部をである。

本編 11 文化祭

第十四話 「ボリシェビキの芸術には失敗が許されない」


エリカは文化祭の直前まで派遣委員の仕事を続けた。

この時期は多忙なうえに季節を先取りした寒い日が何日も
続いたこともあり、中央委員部で風邪が流行り出すと
次々に欠勤者が出て人手不足となる。

彼らは、エリカが働き物なのを良いことに、取るに足らない雑務から
経験を要する仕事まで、あらゆる仕事を押し付けてきのだ

文化祭実行委員(サヤカが委員長、恋人のモチオが副委員長を務める)が
各部の進捗状況を確認するための定例会議をする際は、
記録係が欠勤していたので、エリカが代わりにパソコンを叩く。

途中まで書かれていた帳簿(会計簿)があったので、その続きを
書いてくれるように頼まれたこともある。ひな形通りに書けばいいと
教わったが、情報コースでもないエリカには簿記の知識がなく
内容がよく分からなかったが、とにかく言われたとおりにやった。

まだ文化祭の準備期間中なのに、突然理事長が視察に来る日が決まったので、
その前日は校内での一斉清掃と、資本主義的なあらゆる作品を
撤去する作業に取り掛かった。エリカも駆り出されて校内中を歩き回った。

手芸部の部室の引き出しにミッキーマウスとミニーマウス(敵勢文化)の
ビーズ手芸を発見。犯人の女子は、実はディズニーファンだったので、
こっそり作っていたのだと言う。エリカは直ちに没収してしまう。
他にはなぜかジャニーズジュニアの顔写真が
プリントされたうちわも隠し持っていた女子がいたので没収した。

ちなみにアイドルやねずみを使ったキャラグッズで不当に高い商品を販売し、
金もうけする文化は大変に資本主義的であり、理事長が嫌っているのは有名だ。
それにしても光り輝くビーズ手芸は見事だった。
エリカはどさくさに紛れてミッキーとミニーの作品を家に持ち帰るのだった。

その間、実行委員のサヤカは、理事長閣下からいろいろな質問をされていた。
今回の文化祭は予算の範囲で実行できているか。
文化部の用意は順調か。
思想的に問題のある展示や出し物は存在しないか。
生徒たちがマルクス・レーニン主義をしっかりと理解してイベントに参加できているか。

サヤカは、持ち前の頭の回転の速さと言語能力を生かしてテキパキと回答した。
大企業の圧迫面接を受けている大学生のように焦っていたので
少し早口過ぎるくらいだった。半日かけて準備中の校内を案内して回った。
車イスに乗る年寄りの理事長の他は、側近の兵隊(ロシア系)が6名ほど付き添っていた。

理事長が難しい顔をしたのは、管弦楽部の練習に立ち寄った時だった。

「そこの指揮者の君、大きな声を上げて指導しているようだが、
 それでは演奏者たちが怖がってしまって演奏に集中できないのではないだろうか」

「は……? り、理事長閣下!? いらしていたのですか……!!」

この部は中央の許可を得て部員に授業を放棄させ、
各部員に自宅や部室での猛訓練(個人ごとのパート練習)を実施させていた。
そして今日久しぶりに学校に集まっていた。そのため普段から学校にいたわけではなく
情報が不足していたため理事長の来訪を当日まで知らなかった。

この指揮者は、指導の仕方に問題があるとして理事長の命令で解任が決定した。
第一ヴァイオリン奏者を指揮者にするのが適切だろうと理事長は言い捨てて
去ったが、これには問題があった。

第一ヴァイオリン奏者は全国レベルと誉れの高い才女(2年生)だったが、
おとなしすぎて指揮には向いてない。試しに指揮台に立たせてみたら、
目元を長い前髪で隠し、足ががくがくと震えてしまい、まったく演奏者の方を見れない。

実力者なんだから、もっと自信を持ってみろと男子達から檄が飛ぶが、
ついにポロポロと泣き出してしまい、すぐに降壇となった。
彼女はその日はなんと帰ってしまい、部は騒然となった。

ついにサヤカ委員長が練習場に呼ばれてしまい、指揮者をどうするかで大問題に発展した。
サヤカは立候補制にすると宣言し、まず立候補者を募ったが、誰も手をあげない。
ならば推薦制にしようと言い、推薦したい人の名前を聞いたが、誰も何も言わない。

サヤカは、静かに激怒した。

「ちょっと、みなさーん? 
 もしかして私が怖いから手を上げない……ってわけではないですよね。
 今から指揮者を変えるわけですから、
 もう当日まで時間がないことは全員が理解しているはずです。
 分かってますか? 死活問題ですよ? 
 どうしても手をあげたくないのでしたら、
 私の方から適当な人を任命することも可能なのですが……」

部員の何人か控えめに手を上げ、震えながらこう漏らした。

「ボリシェビキの芸術には失敗が許されない。それに指揮は難易度が高すぎる」
「(レニングラード交響曲)第七番は自分達には難しすぎたのだ」
「本番が録画されるのかと思うと、プレッシャーに打ち勝てる自信がない」

実はこの部でボリシェビキだったのは、例の指揮者だけだった。
あの男は口が悪く、皆から嫌われていたが、指揮ができる貴重な人材だった。
なによりやる気はあった。しかし理事長命令で指揮者を首にしてしまった。

そこで中央委員部で最高の頭脳を持つサヤカは機転を利かせ、
指揮者を女装させることに決めた。彼はもともと背が低く、
母親似の顔立ちだったから不可能ではないと判断したからだ。

(彼女が女装を思い付いたのは、ロシア革命の際に社会革命党の
 ケレンスキーが女装して冬宮を脱走したことを知っているからだ。
 マルクス主義的教養のあるサヤカならではの発想である)

指揮者は中央委員部の女子によって奥の部屋に連れていかれ、
無理やり化粧をさせられ、ロングヘアーのウィッグをかぶせられた。

サヤカ委員長は、書類上も架空の人名で登録しておいたから、
本番が終わるまで練習中はこの格好で過ごすようにと命令した。
服装は白のブラウスと黒のロングスカートで足はしっかりと隠した。

『なんだこの格好は!! まるでオカマではないか!! 
 私は誇り高きボリシェビキなんだぞ!!
 こんな姿になるくらいだったら当日は欠席してやる!!』

彼は激しく抵抗したが、最悪2号室行きにすると脅すと、すっかり良いになった。
女装してからの彼は指揮者としての威厳がすっかり失われ、暴言が極端に減る。
そのおかげか、練習はスムーズにいき、少なくとも素人のサヤカ委員長から見て
問題ないレベルで演奏ができるようになった。
意外にも彼の女装は似合っていたのであとで校内で有名になるのだった。


少し話がさかのぼるが、理事長は、太盛のところにも立ち寄っていた。
ここでも理事長は難しい顔をした。

「美術部はこれで全員かね? ずいぶんと人数が少ないようだね」

「は、はい!! それはですね!! 
 女子のメンバーが7名も休学しておりまして、
 現在はこれしかいないのであります!!」

そう答えたのは副部長の太盛だ。隣にいるミウは愛想笑いを浮かべている。
他にいるのは一年生の男子の部員が3名。つまりたったの5名だ。
部長のエリカは臨時派遣されているし、もはや部ではなく同好会のレベルである。

「我々ボリシェビキは古典的文化を好む。その筆頭が管弦楽部と美術部である。
 管弦楽部は大規模オーケストラを編成しても、まだ予備の部員がいるほどの
 大所帯だったが、ここはあまりにも人数が足りないのではないか?」

「も、申し訳ありません。今までに部の人間関係が悪かったため、
 部を辞める者が後を絶たず、このような結果になっております!!」

この作品の序章部で述べた内容の繰り返しになるが、
エリカの性格の悪さが原因で、2年と3年の人がみんな辞めてしまったのだ。
そのため全部員の8割を失ったことになる。

「部の人間関係とは何だね……? 具体的に説明したまえ同志よ」

「うっ……」

太盛は初老の理事長の鷹のごとき鋭い目を見た時、少しでも嘘をついたら
護衛のロシア兵に打ち殺されることを覚悟したほどだ。
こんな肝心な時に、正直に話す勇気が彼にはなかった。

「恐れながら!! 私が代わりに申し上げます!!」

ミウが元気よく発言した。

この部では一年前から女子の間でいじめが横行していた。
無意味な派閥を作って勢力争いを続けた結果、
嫌になった人が辞めてしまい、こうなったと。
重要な事実を省いた端的な説明だが、嘘ではない。

「休学している生徒たちも、その派閥争いが原因かね?」

「はい!! 左様でございます!!」

「女子の精神的な争いが多いことは、日本もソ連も変わらんな。
 私には日本の方が陰湿に感じるな。しかし近藤委員長。
 君はこの美術部の惨状を知っていて、今まで放置していたのかね?」

「はい。すみません……」

「中央委員部は、各部活を取りまとめるための委員会でもある。
 君は今まで遊んでいたわけではないだろうな。
 美術部員がこの少ない人数でどうやって
 期日までにノルマを達成するつもりなのか説明してみなさい」

サヤカは年老いても威圧感のある理事長に脅え切りながらも、
密かに考えていた逆転策を暴露せざるを得なかった。

「絵を描くのは専門的な技能が必要です。そのため文化祭準備期間中に、
 新人を募集しても間に合わないと判断しました。いちおう退部した部員に
 一時的なお手伝いをお願いしましたが、すべて断られました。
 そこで県内にある他の高校や、芸術大の方に制作を手伝っていただくことにしました」

美術部の展示は、相当な枚数を必要としていた。
昇降口の正面の壁に巨大な絵を1枚、喫茶店にも同じ大きさを1枚。
1階の教室3クラス分の全40作品の絵画を展示する。
最悪なことに粘土を使用した彫刻作品のノルマまであり、
もはや美術部は絶望的な状態だったのだ。

「確かに。今の状況では致し方あるまい。
 だが本校の生徒だけの作品にならんとは、
 文化祭らしくはないな。違うかね同志近藤よ?」

「まさにおっしゃる通りでございます。返す言葉もありません」

「美術部だけではない、同じく花形の管弦楽部でも指揮者もあのような
 無能者を選んでいるようではな。君の管理不行き届きの結果だ。
 それで部員の生徒に苦労を強いるようでは、管理者失格だぞ。自覚しなさい」

「はい。すみません」

サヤカは何度も頭を下げながら、
なんで私がここまで……と思わずにはいられなかった。

そもそも理事長はサヤカを中央委員部の代表と勘違いしているようだが、
代表は校長である。校長は本来の職務上、出張が多いため今日も不在だが
(実際は面倒な仕事から逃げる口実にしている)
中央委員部は少数精鋭組織のため選抜試験が厳しく、
多くの志望者が不採用となるため新人が少なく万年人手が不足している

中央委員部では、部活の予算や大まかな活動内容を把握できても、
いちいち人間関係まで気にしている余裕はない。

人手が足りなくて困っているから臨時派遣制度が作られているのだ。
理事長はそのような細かい事情までは理解してくれなかった。
次期会長候補としてアキラ会長から信任を得ていることからも分かるように、
近藤サヤカを無能と思う委員はどこにも居なかった。

そもそも彼女は一年時の選抜試験を首席で合格するほどのエリートだ。
彼女は責任感が強いが、上に叱られると落ち込みやすいタイプだったから、
今日の叱責はかなりのストレスとなった。

そんな彼女に追い打ちをかけるように、理事長がミウを褒め始めたのだ。

「君の名前は高野さんか。ふむ……。美術部員にしては、どうもね。
 不思議と閣僚会議(旧ソ連の閣僚のこと)のメンバーの雰囲気が感じられる……。
 普段はどんな仕事をしているのだね? まさか一般生徒ではないのだろう?」

「はっ。諜報広報委員部の同志アナスタシアの秘書をしております」

最近任命されたばかりだが、嘘ではない。

「ハラショー。彼女のお眼鏡に適う人物などそういないだろうに。
 アナスタシア君に認められているなら、
 当然次の生徒会選挙には立候補するのだろう?」

「そ、そんな、めっそうもありません!!
 私なんかが生徒会長だなんて恐れ多くて!!」

「君なら生徒からの人気もあるのではないか?
 有能な美人なら大抵の男子からは票が得られるだろう。
 そういえば、この前見た映画で君にそっくりの女優がいたのだが、
 名前を忘れてしまったよ。ふはは。私もすっかり衰えてしまったな」

「お、おほほ」

「所属クラスはどこだね?」

「2年A組です」

「ほう。文系の進学コースか。
 この学園のトップを走る集団にいるのなら、
 ますます会長にふさわしい人材だ」

実際のミウの学力はクラス最下位レベルだ。だが、言わなければバレない。

理事長はよほどミウのことが気に入ったのか、30分も立ち話を続けていた。
実は理事長は年甲斐もなくミウの容姿を一目で気に入ってしまったのが一番の理由だ。
年齢関係なく男性を虜にしてしまうほどミウは美しかったのだ。

(元囚人のくせに会長候補って何の冗談なのよ……。 
 これ以上あの子を図に乗らせるわけにはいかないわね)

生真面目で神経質なサヤカは、この日のことを一生根に持つようになる。

本編 12 文化祭 三日前

第十五話 「元気出せよ。サヤカはすぐ落ち込むんだから」

山本モチオは、サヤカの恋人の二年生である。
(二人は『斎藤マリー・ストーリー』で初登場したキャラクター)
中学時代からの付き合い続けているので学生としては熟年カップルだ。

「サヤカ。顔暗いぜ? まだ落ち込んでんのかよ」

「最近仕事するたびに自信がなくなっていくのよ。
 もしかして私って空回りしてるだけでみんなから嫌われてるのかな」

「んなことねえって!!
 ネガティブに考えんのはよそーぜ!!
 サヤカはすげえ真面目だし、校長の代わりに代表代理も
 頑張ってくれてるじゃん!! うちの部の人間はサヤカに感謝してるぜ!!」

「うん。ありがと。もっちーが励ましてくれるから、今日も頑張れる」

文化祭の三日前ともなると、これ以上手続きが必要な
書類も特にない。今までは書類に判を押すことが多かった。

展示物の許可、予算の承認、活動場所の使用許可、
全部活動の作業の進捗状況の確認、

(文化祭の出し物は、学園側から支給される予算の範囲でのみ活動可能。
 生徒がお金を出すことは一部の特例を除いて原則禁止) 

作成が終わっている展示作品の確認、
食の安全を確認するための製菓部と調理部の作った食品の試食、
当日のプログラムの作成、進捗状況を確認するための会議、
放課後の校内の見回り、各部屋の施錠の確認、消灯作業……。

(最後の一週間は、忙しい部活は夜八時までの作業や練習が認められる。
 責任者は一番遅くまで残るのは当然だ)

文化祭終了後は、閉めの挨拶、
期間中に使用された金額の決算等、代表にかかるプレッシャーはすごい。

しかもこれらの仕事内容が学園の理念(ボリシェビキ)に沿っていることを
意識しながらやるわけだから、普通の学校の非ではない。

逆に言うと、これだけの仕事をこなせられないと生徒会長は務まらないのだ。
生徒会長のアキラは、次の生徒会総選挙の準備に入ってしまって忙しい。
妹のアナスタシアもすっかり兄の手伝いに夢中で、文化祭には関心がない。

アナスタシアの態度は薄情だった。確かに生徒会の引継ぎも大切だが、
校長が実質不在で繁忙と分かりきっている中央委員部を助けに来なかったのだ。
それに諜報広報委員部からは臨時派遣を一人も寄こさなかった。
しかしこれにも実は理由がある。中央と諜報はすごく仲が悪いのだ。

どちらもプライドが高くエリート意識丸出しだから、共同作業を
させるといちいち相手のやり方に口を出し、口論に発展しやすい。
だから伝統的にこの学園では両方の部は共同作業をしない決まりとなっていた。
むしろ言われたとおりのことを黙々とこなす、
保安委員部の人間やクラス委員の方が扱いやすかった。

この生徒会実行委員・本部室と
名付けられた会議室の扉を、エリカがノックした。

「ただいま戻りました」

「橘さん。おかえりなさい」

「そろそろお昼時なのでお腹すいてませんか?
 お二人の分しかありませんが、
 家庭科調理部から頂いた、から揚げがありますので」

「まじかよー!! あざーっす!! マジ腹減ってたんで!!
 うおっ。出来立てじゃん!! さいこー!!」

「こらモチオ……。本当はこの部屋での食事は禁止なんだけどね。
 たまにはいいか。ありがとうね橘さん。さっそくいただくわ」

「ええ。どうぞ」

エリカは上品に微笑んでいた。
こうしていると、ヒステリーな少女には到底見えず、
いかにも令嬢と言った風である。

「もぐもぐっ……うちの調理部の腕やばっ。まじうめえっ。
 しかも橘さん、熱々のコーヒーまで淹れてくれるし、やべーまじ神様だわ」

「食べながら話すのやめなさいよ、みっともない。
 本当に橘さんには助けられてるわ。
 ありがとねー。このから揚げ、すごく美味しいわ」

「いえいえ。私なんて、大したことしてませんから」

「おれら、すげー感謝してっから!!
 俺とサヤカは、文化部の訪問者の対応やら
 会議やらでほとんど座りっきりだったからな!!
 ぶっちゃけ校内を見回る余裕なんかねーわ」

「そうね。それに一時期、風邪が流行ったせいで会計と書記の子が
 順番に休んじゃって大変だったわね。橘さんは優秀な人だから
 いつも一番大変な仕事を任せてしまったわ。本当にごめんね」

「とんでもないですよ。むしろ謝るのは私の方ですわ」

「え? どうしてそう思うの?」

「あの、これを言うと近藤さんにとっては楽しい話ではないかもしれませんけど」

「なになに? 気になるわ。橘さんが私を怒らせるようなことしたっけ?」

「俺も全然記憶にねーわ。むしろサヤカが謝っとけって!!
 お前の方こそ実は何をしてたのか分からねえぞ!!」

「うっさいわね!! 少し黙ってなさいよ。で、橘さん。どんな話なの?」

「美術部の件なんですけど……」

「美術部?」

「実は私の彼氏が美術部でして、彼から聞いていた話がありまして……」

前話のラストシーンの件である。
エリカとの喧嘩が原因で、春に美術部員が大勢辞めてしまった。
その後、新入部員が入らず部員の空白ができてしまったことを言っているのだ。

「もともと私のせいなのに、まるで近藤さんが悪かったように
 理事長に勘違いをされてしまったみたいで……。
 あの時は不愉快な思いをさせてしまい、すみませんでした……」

「ちょ!! ちょっと待ってよ。なんで橘さんが謝るのよ!!
 そんなの全然気にしてないよ。だってあれでしょ? ええっと……
 別に美術部が特殊じゃなくない!? 女子同士の人間関係なんてどこも同じよ。
 私は橘さんが悪いとは思わないけどなぁ~」

「サヤカの言う通りだぜ!! 女子の人間関係なら管弦の奴らもやべーって。
 あいつらは人の目てないところで火花散らして修羅場ってるってよ!!
 そこまで仲悪いなら、いっそ辞めろよって男子が漏らしてたぜ!!」

「どこも人間関係悪いわよねぇ。自慢じゃないけど、うちと諜報部も険悪よ!!
 あと保安委員部でも男子の新人が先輩にしょっちゅう殴られてるとか?
 男同士も嫌よねぇ。むしろ人間関係がまともなのって、
 うちの部だけじゃないかしらね!!」

「うちの部は校長がだいぶ変わり者だから皆にイジられてて楽しい部だぜ!!
 つーわけで、俺らは橘さんのこと、すげーお気に入りなんで、
 嫌うわけないってことでおk? それより橘さんが
 俺らのためにここまでしてくれた理由の方が気になるんすけど」

「理由ですか? えっと……」

「あっ。ごめんね!? モチオは別に責めてるわけじゃないのよ。
 ただ純粋に気になっててね。実は私もなんだけど……。
 だって橘さん、一日も休まずにお仕事をしてくれたじゃない。
 普通クラス委員の人って適当な理由を付けて
 一日おきとか、二日おきくらいの頻度で派遣委員をやってくれるもんなのよ。
 別にボリシェビキになりたいわけでもなさそうだし、どうしてかなって」

「分かりました。少し長くなるけど、全部話します。聞いてください」

エリカは、太盛を巡る恋愛関係でミウとライバル関係にあること、
そしてサヤカに次期会長にぜひなってほしいことを説明した。
今回のお手伝いが、実は次期会長候補に媚を売る目的だったことも改めて説明した。
ここまで正直に話すと軽蔑される覚悟はできていた。だが彼らの反応は違った……。

「あはははっ、なんだ!! そんなことだったのね!!」
「わははははっ!! いやー、久しぶりに笑っちまったっす!!」

ふたりは腹を抱えて笑い続けた。

「まず結論から言わせて。私も高野さんが大嫌いよ。
 もし私が会長に選ばれたなら、あなたを全力で守ってあげる」

「ほ、本当ですか!!」

「俺も高野さんってムカつくわー。
 諜報部の代表さんにエコヒイキされたからって調子に乗り過ぎっしょ。
 橘さんの彼氏を奪おうとするなんて許せねーわ」

「あ、ありがとうございます!! 本当にありがとうございます」

「しかも科学部のキチガイたちを味方につけてる時点で、
 もう完全に危険人物じゃない。一年生の美術部員に
 乱暴してる時点でまともじゃないとは思っていたわ」

「ほんとだよなーww 嫌なことがあったからってすぐ暴力に頼るのは
 頭の悪い人間のすることだわ!! 俺らだったら法の手続きに
 乗っ取って解決するのに!! そんなだから諜報の奴らは野蛮って呼ばれんだよ」

「ねww 中央が校規の専門組織だってこと忘れてるんじゃないかしら。
 あっちが勝手に処理する前にさ、まず私達に話を通してくれたら
 正式に裁判の手続きをしてあげるのに。
 橘さん聞いて。実は私とモチオが心配してたのは別のことなのよ」

「俺らはよ、こんなにも優秀な橘さんが、あまりにも俺らの言いなりに
 なって動いてくれるもんだから逆に怪しんでたんだよ。もしかしたら、
 諜報部から派遣されたスパイなんじゃないかってな!!」

「ええ!? そんな私は全然……」

「もちろん違うのは知っているわよ!! 
 そもそもあなたのお姉さんも私が会長になるのを応援してくれてるなら、
 スパイなわけないでしょ。今だから言うけどね、
 実はあなたのお兄さんに頭を下げられたことがあったのよ!!
 今後、妹のことで世話になるかもしれんから、よろしく頼むって」

「ええ!? まじかよー!! 会長から直々にかよ!! サヤカ大物じゃん!!

「会長閣下はそれだけ言って去ってしまったから、
 あの時はポカンっ……ってなっちゃって、
 なんのことか分からなかったけど、今理解しちゃったわ」

「私も兄がそこまでしていたなんて知りませんでした……」

「橘さんは良いお兄さんを持ったわね。
 てゆーかさ、もう敬語使うのやめましょうよ」

「そうだよ橘さん。俺らはもう君を友達だと思ってるからさ!!
 同じ学年なのに敬語なんていらねえっす!!」

「ありがとう……ふたりとも」

まさか一時の臨時派遣の仕事でここまで
心強い味方ができるとは思わなかったので、エリカは涙を流しそうになった。

「何かあった時のために、今から連絡先でも交換しておく?」
「俺も俺も~!!」
「ええ。ぜひ!!」

こうして文化祭を前にして三人は大の仲良しとなった。

心優しい二人は、エリカが一般生徒として卒業を目指しているなら、
その考えを尊重してあげると言った。もちろん中央委員部としては
エリカを試験無しで即採用したいくらいだが、忙しい中、毎日
文化祭実委員の手伝いをしてくれたエリカの意志を無視するような
ことは決してしないと約束してくれた。

また中央委員部の責任者の見解として、現在カップル申請書が提出されている
エリカと太盛が間違いなくカップルであり、両者の合意が得られている限りは、
ミウが太盛を横取りする権利は認められないことも確認してくれた。
それでも邪魔するようなら、最悪、法改正(人間関係に関する)をしてでも妨害すると。

これでミウの問題は解決できるに違いない。
エリカは笑いが止まらなかった。全てがきっとうまくいく。
心強い友達もできたし、あとは文化祭当日を楽しみに待つだけだ。

エリカが高熱を出して倒れたのは、その日の夜だった。

本編 13 文化祭 前日

  第十六話 「お、おいミウ。目上の人に対して失礼な言い方になってるぞ」


文化祭の前日。太盛は空き教室に展示された数々の画を見て、
誇らしく思っていた。他の学校の援助もあり、相当な種類の絵画が揃った。

油絵、水彩画、パステル、切り絵、モザイク画、線描。
身の回りの人物をモデルにした人物画を中心に、地元の人にとって
親しみのある田舎の田園風景などもある。学生の作品とはいえ、
西洋古典のあらゆる絵画技法を駆使した絵が並んでおり、壮観である。

芸大の生徒さん達が本気で描いた作品がいくつもあるので、
素人目にも高校生のレベルを明らかに超えているのだが、
実行委員は気にしないことにした。

昇降口の壁に描かれた巨大な絵画は、
太盛が制作にギリギリまで時間を割いて制作した太陽の画だった。
印象派のゴッホと、叫びで有名なムンクの太陽を足して二で割った画風である。

赤ともオレンジとも取れない色の太陽が画面の半分を占め、さんさんと大地を照らす。
一見するとキリスト教的な太陽崇拝(神による創造)を連想させ、
作者が粛清の対象になってしまいそうだが、
よく見ると大地には鍬(くわ)を持った労働者が畑仕事をしており、
労働(プロレタリアート)を賛美していることが分かる。
なによりタイトルが「汗をかいて働くこと」である。

この絵画は全長が3メートルを超えるため大量の絵の具が必要なだけでなく、
色を塗る作業に難儀する。一人では到底期日まで間に合わないので、
ミウや科学部員の女子も遅くまで残って手伝ってくれた。

食堂に貼られた大絵画は、大学生の作品でタイトルは「マッチョマン」だった。
腕をまくり上げた男性の工場労働者が大きく描かれ、力強くハンマーを振り下ろしている。
顔は石のように硬く、腕は現実離れした太さであり、目が黒く塗りつぶされている。
画面の斜め左には、ソ連の国旗にそっくりのマークがわざとらしく描かれている。


ちょうど前日の最終確認のために
文化祭実行委員のサヤカとモチオが美術部の展示室を訪れていた。

サヤカは太盛に声をかけた。

「堀君。お疲れ様です」

「あ、実行委員殿ですか。お疲れ様です」

「絵画は完璧に揃っているようですね。
 ノルマ通り完璧です。特に言うことはありません」

「きょ、恐縮です!! 実行委員殿が他の学校に応援を頼んでくれたから
 できたことです。本当に俺ら美術部はお世話になりっぱなしです」

「私は特にあなたの絵が素晴らしいと思うわ」

「え? 僕の絵ですか? こんなのは、お見せするのがお恥ずかしいくらいの……」

「この太陽、まじすげーわ。インパクトあり過ぎっしょ。
 老若男女問わず、あらゆる世代の人間にウけること間違いなしだわ。
 色の塗り方もうめー!! さすが美術部の副部長!!」

「え? え? 山本委員殿まで……急にどうしたんですか?」

「俺のことはモチオでいいっすよ太盛君!!」

「なっ……? しかし委員殿を下の名前で呼ぶのはまずいですよ」

「あはは。こいつは誰にでもこんな感じだから、気軽に呼んで大丈夫よ。
 実はこの間、文実の仕事を通じてエリカさんと友達になったのよ。
 それで堀君とも親睦を深めておこうと思ってね」

「ええっ!! 俺なんかが中央の代表さん達とですか? 恐れ多いですよ」

「そんなの気にすることないわよ。私たちは同じ生徒同士じゃない」

「学年も同じだしな。俺的にはこの学園の生徒は
 もっとフレンドリーでいいと思うんだよな。うん」

「あ、ありがとうございます。ふたりともすごく仲良しさんですけど、
 もしかしてカップルとかですか?」

「正解だ。もう4年以上続いてるぜ!!」

「ただの腐れ縁だけどね」

「そんなに長く続いているなんてうらやましいですよ。
 生徒会の人でも恋愛されてる人はいるんですね。
 全然知りませんでした」

「中央委員部で付き合ってる奴は結構いるっすよ!!
 うちは伝統的にカップルが多いんで」

「会長閣下も恋愛を推奨してくれてるんだから、
 若いうちに恋をしておかないと損よね。それにしても、
 恋人って辛い時に頼りになるのよね。心の支えっていうか」

「はは。分かります。愚痴や悩みを聞いてもらえるだけで、すごく楽になりますよね」

三人はしばらく話に花を咲かせていた。サヤモチ・カップルは、いろいろな理由が
あって今日太盛に声をかけていた。まず友達のエリカが愛しいてる
彼がどんな人物か知りたいこと。これには特にサヤカがこだわった。

堀太盛は校内で噂になるほどの美男子と聞いていたが、確かに美形の男子だった。
堀が深く、琥珀色の瞳が綺麗で、俳優の顔立ちをしている。
体つきも筋肉質で肌は浅黒く、健康的だ。
唯一の欠点は背が足りないことだ(167センチ)

話してみると人当たりもいい。他にも彼の魅力はたくさんあるのだろうが、
とりあえず第一印象はすごく良かった。

さて。サヤカとモチオには、重要な目的がもうひとつあった。

「あのぉ」

と自信なさげな低めの声。

(きた!!)

サヤカが、教室の隅でおとなしくしていたミウへにっこり笑う。

「どうかしましたか高野さん?」

「10時過ぎに太盛君と前夜祭の下見に行く予定だったので、
 そろそろ彼を解放してくれると助かるんですけど」

「あら、そうなんですか」

とサヤカは涼しい顔で言いながらも、全く油断していない。

時刻は9時45分。昨日の夕方までに準備は完璧に終わっているから、
今日は午後(13時~17時)の前夜祭で生徒たちは労をねぎらうのだ。
とにかく今日までみんなが大変な思いをした。体育祭からひと月も立たずに
大きな祭りの舞台を用意することに成功したのだ。ここが本当にソ連だったら
大量のヴォトカが振舞われ、キャンプファイヤーを囲って盛大にダンスをするところだ。

「お、おいミウ。目上の人に対して失礼な言い方になってるぞ」

「は? どこが目上なの? 近藤さん達は、さっき言ってたじゃない。
 同じ学年の生徒なんだからフレンドリーとか……。そうですよね?」

「ええ。間違ってはいませんね。確かに言ってましたから」

サヤカの顔から笑みは消えていた。

「それじゃあ私と太盛君は、これで失礼しますね」

「ちょっと待ってもらってもいいでしょうか。高野さん」

「なんですか。何か文句でもあるんですか?」

「はい。あります」

「……は? なんです?」

「さきほど、あなたは私と太盛君で……と言いましたね。
 それは午後は二人だけで前夜祭に参加することを意味してますか?」

「意味してますけど、なにか?」

「聡明な高野さんならご存じだと思いますが、この学園の規則では
 文化祭の前夜祭、後夜祭はカップルが多く参加するイベントです。
 またカップルの誕生も推奨されています。高野さんと堀君が
 二人だけで参加することは周囲の誤解を生むことが
 考えられるため、好ましくありません」

「ふーん。好ましくないですか。で、……だから何ですか? 
 もしかして私をはめて逮捕しようとしてるんですか?
 逆に訊きますけど、うちの校則にはカップルじゃないと
 男女が二人きりで参加してはいけないとか書かれてたりします?」

「そこまでは書いてありません。
 ですが、堀君にはすでに心に決めた女子がいるわけですから、
 良識のある生徒なら遠慮するのが妥当だと思いますよ」

「その言い方だと私が不良みたいですね。初めて話すのに
 ずいぶん高圧的で驚きましたよ。太盛君と私で明らかに
 態度が違いますけど、なんで私をそこまで否定したがるんですか?
 エリカからお金でも貰っているですか? そもそも私がエリカに
 嘘の密告を受けて収容所送りになったことを知らないんですか?
 実は太盛君もエリカと別れたがっていて、私に告白してくれたことも?」

「私は普段から中央委員部の責任者の代理をしてますので、
 カップル申請書は確認してます。規則により
 堀太盛君の彼女は現在エリカさんになってます。
 あなたではありません。また堀君もその件を口頭で認めたはずです」

「あっそうですか!!
 じゃあ収容所送りの件はどう説明するんですか!!
 私は奴に嘘の密告をされたんですよ!!
 私は優しいから、あえてエリカを訴えなかったけど、
 その気になれば今からアナスタシアにお願いすることもできるよ!!」

「……それは」

「どうしたんですか?」

「……」

「都合が悪くなると何も言えなくなるんですか?」

「……」

「ほらね。エリカが悪いことをした件でつっこまれると、言い返せないんだ。
 エリカが悪いってわかってるから、言い返せないんでしょ!!
 それでなんで私が太盛君と前夜祭に参加するのを、部外者である
 中央委員部の人に邪魔されないといけないの!! 意味わかんないんだけど!!」

「いい加減にしてくれよミウ!! おまえ、どうかしてるぞ……。
 今日が文化祭前日だってこと分かってるだろうな。
 すみません、近藤さん。ちょっとミウは怒りっぽいところがあって……」

制止する太盛を振り払い、ミウはまだ怒りをぶつけていた。

「近藤さんさぁ、この前、美術部の部員が減ってヤバイことを
 理事長に怒られていたよね……!! 責任者のくせになっさけない!!
 そんな女が、何を偉そうに私に文句垂れてるのよ!!」

「オイ高野さん。その辺にしておけよ。さすがの俺でも
 彼女が面と向かって馬鹿にされたら黙ってねえぞ」

国際的チャラオとして定評のある、あのモチオが真顔になっていた。
そのモチオに対してもミウは攻撃を仕掛けた。

「黙ってないなら何? 私を逮捕でもするんですか?
 そっちから喧嘩を売って来たから買っただけなのに。
 この部だって、エリカが原因で三年の女子が全員辞めちゃって。
 すごい悲惨な状態だって太盛君が困ってたらしいよ。
 それで文化祭に絵が間に合わないって、どんだけ周りに迷惑かけてんの」

「……結果的に絵のノルマは達成してるんだから問題ねえだろ。
 仮にお前ら部員が全員入院したとしても、
 必要な全作品を暇な大学生が描いてくれただろうよ」

「その理屈だと美術部に部員はいらないんですか?
 生徒無しの文化祭はひどいって理事長が言ってたよ」

「そこまでは言ってねえよ!! 仮の話だよ!!
 いちいちうるせえ女だな。てめえだって一年の女子を
 殴ったり水をかけたりして遊んでたんだろうが。
 自分のことを棚に上げて橘さんを悪く言うんじゃねえよ」

「ボリシェビキの人に暴力を否定されるっておかしくないですか?
 確かに私は一年生を少しきつめにお仕置きしましたけど、
 アナスタシアに許可を得てやったことですから。
 それにあなた達みたいに銃殺刑とかはしてませんから、
 全然ましだと思います」

「俺らは銃殺なんかしてねえよ!! 中央委員部は基本事務職だぞ。
 法の策定と裁判の手続きはするが、生徒を直接手にかけたことはねえ」

「それ、ほんとなんですか?
 ボリシェビキの幹部って人を痛めつけるのが
 大好きな人間の集まりだと思ってましたけど」

「とんだ偏見だな。全然事実じゃねえよ」

「ぷっ」

「……なんで笑った?」

「だって。今もこうして私を逮捕しようと必死じゃない。
 私をこの学園から消してしまいたいんでしょ?
 それなのに自分が手をかけないからって、善人気取り? なにそれ?」

ここでサヤカが口をはさむ。

「勘違しないで。私たちは高野さんを逮捕したいんじゃなくて、
 橘さんから堀君を奪い取ろうとしているのを止めに来ているのよ」

「あっそうですか。質問なんですけど、そこまでしてボリシェビキでもない
 エリカの肩を持つことで、あなたたち二人に何のメリットがあるんですか?
 まさか会長からお願いされてるとか? 高野ミウが科学部と接触を
 図ってるから、来年以降のエリカの身の安全を保障しろとか?
 そういえば文化祭の準備期間中、エリカがずっとそちらのお手伝いを
 していたそうですけど、つまりそういうことであってますよね?」

サヤカは背中に冷や汗が流れた。まさか、こちらの意図がここまで
完璧に読まれているとは。ただの囚人上がりと思いきや、口が良く回る。

「黙ってないで質問に答えてもらってもいいですか?」

「高野さんのご想像にお任せしますよ」

「政治家みたいな言い方だね。ってことは図星だよね。
 あと私の言いたいことはまだあるんだけど」

ミウは生徒手帳を胸ポケットから取り出して早口で朗読を始めた。

「わが校の中央委員部の部員は、明文化された校規に基づき、
 私欲を完全に廃止し、客観的に事実を分析して事態の解決に努めることを常とする。
 立派なことが書いてあるよね。これってあなたの職場の基本的な理念。
 資本主義日本で例えると会社の社訓みたいなものだよね?
 私の邪魔をしてる時点でまず私欲じゃん。なんで人の恋愛にいちいち口を出す訳?」

「……カップル申請書の規定では」

「カップル申請書の話はもういいよ!! 聞き飽きた!!
 さっきの質問に全然答えてくれないのが不満だけど、
 もっと言ってあげようか!! 近藤さん。これは私の想像だけど、
 あなたはエリカのお兄さんに次の生徒会長になってくれって
 お願いされてるでしょ? それでもう立場上、絶対にエリカの
 味方をしないといけなくなった。あなたは実際はエリカの友達じゃなくて
 橘家の奴隷だ!! エリカに利用されてるだけなんだよ!!」

サヤカとモチオはある事実に気づいた。この女はおそらく諜報部の
力を借りて学内をくまなく盗聴している。エリカと友達になった瞬間も、
きっとこの女はどこかでニヤニヤしながら聞いていたのだ。
それに頭の回転も恐ろしく速く、仮にも中央委員部の代表代理と
副代表を相手にして簡単に言い負かしてしまっている。

ミウはA組で成績が下位だと二人は認識していたが、
ミウの頭脳は決して成績で測れるものではなかったのだ。
ならば、もう勝てる見込みのない口論など続けるべきじゃない。

サヤカがモチオとアイコンタクトし撤退を決意した、その時だった。
太盛がミウの前に立ちはだかって怖い顔をした。

「ミウ。もういいだろ。
 俺はこの二人と少し話がしたいから、お前は先に行っててくれ」

「なんで?」

「いいから」

「だからなんで!!」

「もうわがまま言わずに先に行っててくれよ!!
 俺だって今まで文化祭の準備で忙しかったから、色々限界なんだよ!!
 あとで必ず行くから、校庭のどこかで待っててくれ、頼むよ!!」

「……あっそ」

ミウはゆっくり歩きだし、すごい勢いでドアを閉めた。
残されたのは太盛と二人の中央委員だ。

太盛は二人に頭を下げてこう言った。

「ミウに代わって俺が謝ります。
 うちの部員が失礼なことをたくさん言ってしまって、すみませんでした」

「いや……太盛君は何も悪くねーし」

「私達の方こそ……騒がせてしまったわ。ごめんなさい」

「高野ミウは……最初は……あんな子じゃなかったんだよ。
 ただ……一度収容所送りになってから
 性格がだいぶ変わってしまったみたいでね……」

「まっムカついたけど、しゃーねーわな。
 俺らが個人的な事情で奴を引きはがそうとしたことは事実だ」

「堀君はあの女に付きまとわれて迷惑はしてないの?」

「……実は。俺の方からミウに告白したのは本当なんだ」

「え? そうなの!?」

「一目惚れだったんだ……。途中でエリカと別れようとしたら
 色々あって失敗してしまって、今ではエリカとカップルを続けている」

「なんだよそれ。じゃあ堀君はどっちの方が好きなんだ?
 まさかあの女の方が好きなのかよ」

「よしなさいよモチオ。誰を好きになるのかは彼の自由よ。
 で、どうなの堀君?」

「今は……正直どっちも好きじゃない。ミウはあの性格だから
 付き合ったらめんどくさいだろうし、エリカも同じくらい気が強い。
 二人の前では本性を隠してるんだろうけどね」

「そうだったのね……。
 あなたがエリカさんのことも好きじゃないなら……カップル申請書は……」

「あれはそのままでいいよ。俺はもう色々疲れちゃったので、
 卒業するまでエリカとカップルでるつもりだ。もし別れちゃったら
 またミウと戦争に発展しそうだからね。俺はボリシェビキでもないし、
 ただの一般生徒。荒波を立てずに学園生活を送りたい」

「太盛君も辛い立場なんだな……。橘さんの事、好きでもないのに
 カップルでいるのかよ。モテすぎるのも大変なんだな」

「はは……誉め言葉として受け取っておくよ……」

「橘さんにはとても聞かせられない話を聞いてしまったわ……。
 今日も熱を出して休んでるけど、次に会う時が気まずいわね」

「昨夜は39度近い熱が出てたってメールが来てた……。
 かなりヤバそうな状態だ。当日は欠席の流れかな?」

「私の方には、当日は無理そうかもってメールが来てたわ。
 堀君にはギリギリまで秘密にしておいてって言われてるんだけどね……」

「あっ、俺にも欠席メール来てるわ。今気づいた」

「なんで今なのよ。この馬鹿」

「うっせー。朝にスマホの電池切れてたんだよ」

「ちゃんと夜のうちに充電しておきなさいよ。
 あっ、もう残量が12パーしかないじゃない。
 ほら。急速充電貸してあげるから」

「サンキュー……マジ助かるわ。
 んっ……あれ? ちょ……あっ……」

「なに変な声出してんの」

「だめだ。この差込口、俺の携帯に合わねえわ」

「この馬鹿!! なんで合わないのよ!!」

「そんなの知らねえよ!!」

「ぷっ。くくくっ……おもしろい……!!」

太盛はこんなささいなことなのに、爆笑し始めた。

「はははははははっ!! おもしれええっ!!
 差込口が合わないって!! ひーっ!! ははははっ!!」

「え……? え……? 俺なんで笑われてんの?」

「……夫婦漫才にでも見えたのかしらねぇ」

「ご、ごめん。ふぅふぅ。あまりにも二人のやり取りが
 自然だったもので、下手な漫才より面白かったよ」

「これが普通の会話なんだけど、そんなに面白いの?」

「おいおい太盛君。俺なんて理不尽に怒られてるだけだぜ?」

「俺の恋愛経験が浅いからかもしれないけど、俺は恋人とこんなに
 楽しい会話をしたことは一度もなかったよ。なんか俺が付き合う人って
 いつも周りの人を巻き込んで修羅場になっちゃって」

「それは堀がモテるから周りの女子が嫉妬するからじゃないの?」

「罪な男なんだなぁ君は」

「そんなことないって。ただ俺は近藤さんと山本君がうらやましいよ。
 俺も君達みたいな普通のカップルを一度でいいから経験してみたかった。
 俺が理想としてるカップルって、まさに二人のことだと思うんだ。
 本当に仲良しでお似合いだし、校内でベストカップルだと思う」

「おいサヤカ。褒められちまったぞ。早く飴玉用意しねーと」

「キットカットしかないわよ」

「じゃあ、それでいいから」

「あっ……」

「どうした?」

「これ、キットカットじゃなくてボールペンだったわ。
 ポケットの中を探っていたら、
 感触が似てたから間違えてしまったわ」

「どうやったらキットカットとボールペンを間違えるんだよ!!
 全然違うじゃねえか!!」

「う、うるさいわね。たぶん他にも間違える人はいるでしょ!!」

「いねーよ!!」

また太盛は笑い転げてしまう。
サヤカは恥ずかしくて顔を真っ赤にし、モチオも笑っていた。

こうして太盛は二人の中央委員と仲良しになった。

一方でミウとサヤカたちの仲は修復不可能なほど険悪になってしまう。
今回の一件で、ミウは完全に中央委員部及び次期生徒会長を敵に回したのだ。
2000名を超える生徒数を誇るこの学園でも、
これほど怖いもの知らずな生徒もミウくらいであろう。


太盛は当然そのことを気にかけている。
だからこそ、サヤカたちにお願いしたことがある。

「ふたりがあの子を憎んでいるのはよく分かるよ。
 それでも、どうかあの子を処罰するのは勘弁してくれないかな。この通りだ
 もしあの子が将来処罰されたら、俺にとって一生心残りになると思う」

太盛が深く頭を下げるものだから、サヤカとモチオも困ってしまう。

「堀君は好きでもない人のためにそこまで……。
 涙が出てきたわ。あなたはどうしてそんなに優しいの?」

「俺は優しくなんてないよ。ただのクズだ」

「えっなんで? 全然クズじゃないよ!!」

「いやクズだよ。
 俺は中学時代に親が離婚していてね、母親が出て行ってしまったんだ。
 それで情緒不安定になり同級生の男子とよく殴り合いをしてたし、
 年下の女子に手当たり次第に声をかけて遊んでいた時期があった。
 家に帰っても母がいない不安から逃げるためにね。
 高校に上がる頃にようやくまともになってクラス委員もやるようになった」

しばらく太盛の独白が続く。

「それでエリカと出会って付き合い始めたけど、
 あの子は俺に執着するばかりでクラスで一人も友達がいなかった。
 あいつは兄と姉がボリシェビキの幹部だったから
 威張り散らしていた。だからクラスに手下はいたけど、
 対等な友達は一人も居なかったんだ。
 それで山本君がさっき、エリカのために怒ってくれて俺はうれしかった。
 近藤さんもエリカのためにミウと戦ってくれた。
 エリカにもようやく友達と呼べる人ができたんだって思ったよ。
 俺が言うと上から目線みたいになって失礼だと思うけど、礼を言わせてくれ。
 山本君。近藤さん。エリカの友達になってくれてありがとう」

「太盛……」「堀君……」

「ミウのことも説明させてくれ。
 ミウは俺のことが好きで美術部に入ったけど、
 エリカを筆頭とした女子にいじめられて無理やり退部させられそうになり、
 結局収容所送りになったんだ。2号室に行った辛さは、俺には分からない。
 決して遠い世界の出来事とは思ってないよ。
 俺だって明日には2号室行きになるかもしれない」

「その後は諜報部で代表の小間使いにもされたそうだ。
 詳しく話してくれなかったけど、かなり辛かったと思う。
 体育祭の練習の時だけ他の生徒と同じに練習してるミウは楽しそうだったよ。
 でも廊下で元クラスメイトとすれ違った時の顔は今でも忘れられない。
 だから俺は、狂ってしまったミウを哀れんでいる。
 俺と一緒にいることで少しでもミウの気が済むのなら、そうしてあげたい。
 ミウが言ってたけど、友達として触れ合うことで規則に抵触しないなら、
 それでいいじゃないか」

「俺はただのクズだが、これでも一応クラス委員だ。A組の生徒から
 これ以上、一人の犠牲者も出すことなく平和に2学年を終えたいと思っている。
 エリカもミウも俺にとっては大切なクラスメイトなんだよ。
 だから二人に改めてお願いしたいんだ。今日のことは本当にすまなかった。
 ミウを憎む心をどうか沈めてもらえないだろうか。
 もちろんあの子には俺の方からもよく言っておくから」

モチオは彼の話に深く感動し、最後の方は嗚咽しながら聞いてから返事が出来なかった。
こんなにも人の心の痛みを理解してあげられる優しい男子は、
ボリシェビキ中を探しても1人も見たことがなかった。
サヤカは泣くまいと思っていたが、やはり泣いてしまった。

「なんて素晴らしい人なの。
 堀君がクズだとしたら、うちの生徒は全員最低のクズよ……」

ここでサヤカが頭を働かせて妙案を思い付いた。

「頭を上げてちょうだい。私は人に頭を下げられるほど立派な人間じゃないのよ。
 あなたの優しさはよく伝わった。エリカさんが惚れるのも分かる。
 あなたのお願いを聞いてあげる代わりに、私の方からもエリカさんの友人として
 お願いがあるんだけど、交換条件として聞いてくれる?」

今日の放課後、エリカのお見舞いに行ってほしいとのことだった。
エリカの熱は二日以上経っても少しも下がらず、完全にこじらせてしまっている。
文化祭当日は欠席が確実なので、せめて太盛に会わせてあげようと思ったのだ。

「分かったよ近藤さん。エリカの友人の頼みなら断れないね」

「ありがとう。明日が当日だから、少し顔を見せてあげるだけで構わないからね」

「俺からも礼を言うぜ。サンキュー太盛君。我らが友。誇り高き生徒よ」

本編 14 文化祭 エリカのお見舞い

 第十七話「じゃあ、私の風邪が治るまで……」


太盛は放課後など待たず、お昼で切り上げてエリカの家に向かうことにした。
ミウに事情を伝えると、彼女が楽しみにしていた前夜祭が
台無しになり、口論になってしまったが、
「あとで埋め合わせするから」と太盛が真摯に言い、なんとか収めた。

エリカの家に着いたのは13時過ぎだった。
家政婦の女性が丁寧に頭を下げて太盛をエリカの部屋に案内した。
エリカの部屋は二階の一室。エリカは太盛が急に見舞いに来たので仰天していた。

「太盛君……来てくれたのはすごくうれしい。でも私こんな格好だし恥ずかしい」

「はは。俺がエリカを嫌いになったりするわけないから大丈夫だよ。
 俺たちは一年以上も付き合ってるじゃないか」

エリカは熱で三日も風呂に入っておらず、パジャマ姿なのを恥じらっていたのだ。
太盛はエリカのベッドの横にイスを持ってきて座り、容態を聞いた。
エリカはまだ熱が37.8度もあり、回復にはまだかかるとのこと。
寒気の他には強い頭痛の症状がみられる。

慣れない仕事のストレスが溜まった状態で、
実行委員の間で流行っていた風邪をもらってしまったのだ。

「学校の方はどうなってるの?」

「文化祭の準備は昨日までに完璧に終了しているよ。
 今頃みんなは前夜祭で盛り上がってる頃だろうね。
 ロシア民謡のリズムに乗ってダンスをしてるんじゃないかな」

「そう……。ごめんなさいね。
 私のせいで太盛君が前夜祭に出れなくなっちゃって」

「俺はエリカのことが心配だからここに来たんだよ。
 エリカの家に来るのも久しぶりだしな。話はできるようだし、
 思ったよりも元気そうで安心した」

「ありがとう。食欲もあるし、薬もちゃんと飲んでいるから
 そのうち治ると思うわ。ねえ、今日は何時まで家にいてくれるの?」

「別に何時でも。エリカが望むなら、いつまででもいてあげるよ」

「じゃあ、私の風邪が治るまで……」

「え?」

「ううん、なんでもないっ」

「いいよ」

「えっ」

「エリカの風邪が治るまでだな?
 よし。俺はエリカの看病をすると決めたぞ」

「あの……やっぱり今の約束はなかったことにしましょう。
 私は風邪をこじらせてしまっているから、
 文化祭が終わる頃まで安静にしなさいってお医者さんに言われてるの……」

「だったら俺も文化祭に出なければいいだけだ」

「太盛君!? 本気で言ってるの?」

「ん? 文化祭は自由参加だぞ。俺は明日からたまたま
 体調不良になるかもしれんが、風邪が流行ってるんだから仕方ないだろう。
 俺は出席日数も十分足りてるし、何日か休んだところで問題ないぞ。
 それがどうした?」

「……どうしてそんなにも優しいの。私は太盛君にいつ捨てられてしまっても
 仕方のない女なのよ。自分でも性格が良いとは思ってないわ。
 わがままだし、高飛車だし、たまに自分が嫌になる時だってある。
 なのに、こんな私のためにどうしてここまでしてくれるの?」

「俺が人間のクズだからだ」

「え? クズって太盛君が? 太盛君はクズなんかじゃないわ!!
 どうしてそんなこと言うの!! また高野ミウに何か言われたの?」

「俺の中学時代の頃の話を、君と出会ったばかりの頃にしたことあったよな?」

「中学時代って……あの頃は誰だって思春期で反抗期だから仕方ないことじゃない」

「料理人の後藤さんが作ってくれた料理に手を付けず、
 コンビニまで夕食を買いに行って公園で食べていた時期がった。
 あの時の俺は、使用人の手作り料理を食べるのがダサいと思っていたんだ。
 後藤さんは何度も食事を温め直し、俺が帰って食べてくれるのを待っていてくれたのに。
 やがてとんでもないことをしてることに気づき、彼に頭を下げて謝った」

「男子ならそういう時期が誰にでもあるでしょう!!
 太盛君がおかしいわけじゃないわ」

「後藤さんに言われたよ。反省する心があるなら君は悪い人じゃない証拠だ。
 自分にはこれ以上謝らなくていいから、その分他の誰かに優しくしてあげなさい。 
 進路指導の先生にも言われたことがある。今までの素行の悪さを
 反省したいのなら、その分だけ人の苦しみが分かる人になりなさいと。
 だから俺はクラス委員をやっている。君が文化祭に行けず苦しい思いをするなら、
 俺にも苦しみを分けてもらうのさ。そうすれば君の苦しみは半分になるだろう?」

「うぅ……うっ……優しいのね太盛君……ぐすっ……大好きよ……愛しているわ……」

太盛はエリカの風邪が治るまで一緒にいてくれた。
彼が手を握ってくれると、この世の全てから守られている気がした。
彼が隣にいてくれると、嫌なことは全部忘れて眠ることができた。

文化祭の初日は一般公開、二日目は生徒のみ、夜に後夜祭をし、三日目は片付けだ。

美術部の展示は大盛況だったと、友達のサヤカやモチオがメールで教えてくれた。
ミウも太盛にたくさん写真を送ってくれた。管弦楽部の演奏も大成功で
クラシックに全く興味のない一般客からも、たくさん拍手をされた。

薬を飲んだエリカが熟睡している間も、太盛は彼女のベッドの横で
メールを打ち続けた。太盛はスマホの電子画面を通じて、
エリカの部屋の中で文化祭の雰囲気を楽しんだ。

そして、エリカの風邪が完治した。太盛が橘家に泊まる、最後の夜となった。

文化祭初日から学校に泊まり込みで働いていた、
アキラとアナスタシアがようやく帰って来た日でもあった。

「堀太盛君。妹のエリカのために献身的に尽くしてくれたことを
 兄として、生徒会の会長として、心から感謝する」

アキラが、下級生でしかもボリシェビキでもない生徒に
対して頭を下げたのは初めてのことだった。

ぜひとも夕食を食べていきなさいと言われ、その通りにした。
夕食のメニューは、事前にエリカから聞いていた彼の好物で統一した。

「将来の君の大学推薦に影響のないよう、
 担任の横田君には文化祭には出席扱いにしておくよう厳命しておいた。
 また君の作品(太陽の絵)だが、生徒の応募により最優秀作品に決定した。
 すでに学園での授賞式は終了しているが、ここで特別に授賞式を行う」

太盛は、最優秀賞の賞状だけでなく、
模範的な生徒に送られるメダルを三つも送られた。
『文化功労』『社会主義的労働奉仕』『マルクス・レーニン賞』

「あ、あの会長閣下!! これらのメダルはボリシェビキで功績を挙げた人が
 受賞するものではありませんか。僕は一般生徒なのにもらってよろしいのですか」

「君はクラス委員も立派に勤めてるのだから半分ボリシェビキのようなものだ。
 文化祭の準備期間中も人数の少ない美術部を良くまとめ上げ、成功に導いた。
 また人間的にも特に素晴らしいとサヤカ君達からの推薦もあった」

アナスタシアも兄の隣でにっこり笑ないながら言う。

「ほんとは、もっとあげたかったくらいなのよぉ?
 たったの三つでごめんなさいね。太盛君が文化祭を休んでまで
 エリカの看病をしてくれたこと、姉として一生忘れないからね。
 そのメダルがあれば、太盛君は卒業するまで何があっても逮捕されないと思うわ」

「ありがとうございます。ありがたく頂戴いたします」

「太盛様。さすが私の彼氏様。誇らしいですわ」

「うむ。良い男を見つけたなエリカ。では全員。
 勲章、およびメダルを受賞した太盛君に対し、盛大に拍手するように」

橘の三兄妹が、太盛を大切な家族のように祝福してくれた。
彼らの中では、太盛はすでに家族の一員なのかもしれない。

 歴史の話2  ロシア革命について

wiki の文章を引用する。

ロシア革命とは、1917年にロシア帝国で起きた2度の革命のことを指す名称である。
特に史上初の社会主義国家樹立につながったことに重点を置く場合には、
『十月革命』のことを意味している。また逆に、広義には
1905年のロシア第一革命も含めた長期の諸革命運動を意味する。


十月革命。ユリウス暦の1917年10月25日 (現在のグレゴリオ暦の11月7日)

ロシアの首都ペトログラード
(後のレニングラード、現在のサンクトペテルブルク)で
起きた労働者や兵士らによる武装蜂起を発端として始まった革命である。
多数の労働者や兵士らを扇動した革命家らによるクーデターとも解される。
ソビエト革命あるいはボリシェヴィキ革命とも。

ボリシェヴィキはかねてから暴力による革命を主張しており、
1917年10月12日、
影響下にあったペトログラード・ソビエトに軍事革命委員会
を作らせて武装蜂起の準備を進めた。

軍事革命委員会の指令下にあるボリシェヴィキの軍隊・赤衛隊は、
1917年10月24日にペトログラードの政府施設の占拠を開始し、
10月25日に軍事革命委員会が
「臨時政府は打倒され軍事革命委員会に権力が移った」とする宣言を発表した。

10月26日未明には臨時政府が置かれていた
ペトログラードの冬宮が制圧され臨時政府メンバーは逮捕された。

こうしてボリシェヴィキ主導のソビエト
(労働者・農民・兵士の評議会)へと権力が集中された。

『暴力推奨!! すべての権力をソビエトへ!!』

これに引き続いてロシア内戦(1917年 - 1922年)が起こり、
最終的には1922年にソビエト連邦(ソ連)が成立する。


世界初の社会主義国家の建設は、イエス・キリストが生誕して以来の
衝撃を世界に与えたとされている。人類2000年の歴史の中で
最大の出来事が「ロシア革命」だと言われている。
少なくとも筆者はそう思っている。

共産主義の理念は、ことごとく学者(エリート)の考えた理想
ばかりだったとよく言われる。理想は理想であって現実ではないかもしれない。

ソ連は国境が封鎖され、国民は海外旅行にも行けず、モノは常に不足し、
長い行列を作って日用品を買った。行列なソ連の名物であり、
ソビエト連邦人の貧しさの象徴だった。重化学を重視した強力な軍事国家であるから、
国民の生活に必要な軽工業の発展は、後回しにされたのである。

また街中には常に軍服を着た兵隊や警察がおり、反革命容疑者がいないか
にらみを利かせており、家の中でさえ大きな声で話すと誰に聞かれるか
わからない。そんな緊張感の中で国民は生活していた。

だが、今日までソビエト社会を生きたご老人の皆さんの
インタビューを見聞きした限り、
ソ連時代を懐かしく思う人もいることが分かっている。

『ソ連はアメリカに匹敵する超大国だった。外国に舐められることはなかった』
『祖国の強大な軍事力によって次の戦争に負けることがないと安心できた』
『私たちは国によって守られている気がした』
『失ってみて初めて、ソ連の偉大さに気づくことができた』

ソ連の社会保障制度では、国が提供する共同アパートで生活ができたから
住居費が無料。医療費、学費も無料。食料の配給あり。さらにソ連人にとって
死活問題である暖房費まで、できる限り国が保証した。年金の保証も手厚かったそうだ。

つまり、ソ連では崩壊するその日まで、『人の生きる権利』を守ろうとしてくれた。
人は家畜ではなかった。贅沢はできないが、最低限の生活は保障してくれた。
資本主義日本では会社を首になったり、重病になって自殺する人が後を絶たない。
住居費や医療費が払えない貧民、『金のない奴は死ぬ』からだ。


ソ連では労働は基本ノルマ制。八時間程度の労働で帰宅ができた。
政府が考える計画経済なので、急に需要が増えて朝まで残業など発生しない。
その代わり、永遠に給料が上がらず、仕事にやる気ができない。
また解雇もされないので、緊張感がないから仕事の効率が低下する。

労働に価値を見出せなかった。だが、それでも国民は生きられた。

今の日本には、そんなものは一切ない。
資本家連中がこの国を支配する限り、永遠に日本人は『家畜』だ。

 本編 15 生徒会選挙

   第十八話「一斉蜂起だと……!! バカな!! 完全な反乱ではないか」


学園の生徒会選挙は、最高権力者である会長を決めるための選挙である。

副会長は会長によって任命される。
各委員部の代表も実質的な役員なわけであるが、
こちらも各部内の推薦によって決められる。
部からの要請があれば、会長が決めることもできる。

文化祭が終わると11月が目前となる。
11月7日がグレゴリオ暦におけるロシア革命記念日。
総選挙はその日に実施される。学園で最も重要なイベントである。

この学園の生徒で選挙に興味のない人はいない。
皆がこの圧政を緩和してくれる神様が現れることを願っているからだ。

文化祭終了後、直ちに立候補者の氏名が発表された。

・近藤サヤカ (中央委員部)
・井上マリカ (一般生徒)
・高野ミウ (諜報広報委員部)
・高倉ユウナ (諜報広報委員部)
・ホローディン・チョイバルサン(保安委員部)

以上の五名。
これら候補者のポスターが、全クラスの壁に張り出された。

今回の候補者に生徒たちは仰天させられた。

まずボリシェビキでない人が立候補していることだ。井上マリカ。
確かに規則違反ではない。つまり立候補者が必ずしもボリシェビキで
ある必要はないが、過去にボリシェビキ以外の人が出馬した例はない。
当選する可能性が限りなく低いからだ。

そして現1年生が二名も立候補している。まず高倉ユウナだ。皆が思った。
兄ではないのか。なぜ妹なのだ。兄にして会長からの信頼も厚い、
組織委委員部代表の高倉ナツキは、まさかの不出馬を表明。
彼の女性ファンは投票先を失ってしまい、悲鳴を上げた。

もうひとりはチョイバルサンという蒙古系の男だ。
この男は保安委員部所属なのだが、
普段は教室に顔を見せることがなく謎の男とされていた。

さらに美人の元囚人で有名な高野ミウが立候補してしまっている。
ミウの残虐性は過去作を読んだ人も知っての通り。スターリンの再来となる。

選挙管理委員のアナスタシアが、選挙前の候補者集計でミウの
名前を見た瞬間、気を失いそうになったが、まさか立候補を
取りやめろとも言えず、仕方なく承認した。

エリカやサヤカは彼女の名前を見るだけで
鳥肌が立つほどに過剰反応していた。ミウの背後に科学部の
ガス兵器や細菌兵器が潜んでいるのは間違いないのだ。

だが、どのみち不正選挙が確定している。
気にする必要ないとアキラは笑うが、

「まずいぞアキラ君……」

「どうしたのだ校長? 深刻そうな顔をして」

「候補者どもがな、今回の集計作業を監視カメラ付きで全校生徒の前で
 行うように求めているのだ。不正選挙を防ぐためのものだろう。
 なお、この案には全校生徒の8割の支持があり、万が一生徒会が
 この考えに従わない場合は、一斉蜂起もやむを得ないと脅しをかけているようだ……」

「一斉蜂起だと……!! バカな!! 完全な反乱ではないか!!」

「保安部が先日捕らえた生徒に、VXガスの入手方法についてスマホで
 調べている生徒がいたそうだ。どうやら科学部が裏で生徒たちに
 毒ガス弾を流通させようとしているようだぞ……」

※VXガスとは、猛毒の神経剤の一種である。
 サリンなどと同様、コリンエステラーゼ阻害剤として作用し、
 人類が作った化学物質の中で最も毒性の強い物質の一つといわれる。

「なにぃ!! けしからん!! 科学部の連中を全員反革命容疑で逮捕しろ!!」

「もう間に合わんよ……。科学部は大半が北海道や九州の出身で
 リモートで仕事をしていた。唯一学園に残っていた四名はすでに実家に帰っている。
 家は愛知県周辺の中部から東海地域だそうだ。栃木からじゃ遠すぎる」

「なるほど……。遠方まで保安委員部を手配した場合は、校内の
 防備が手薄になり、一般生徒の暴動が抑えきれなくなると?」

「そういうことだよ……。さすがに君は聡明だね。話が速くて助かるよ」

「つまり今回の選挙は、どうなるのか誰にもわからんと言うことなのか……。
 あの中で明らかな危険人物は高野ミウで間違いない。
 奴を当選させたくないのは学園の総意だと思うが、はたしてどうかな」

「……私は秋から出張の連続だったから、今の学内政治については疎いのだよ。
 高野という曲者がいたこと自体、今はじめて知った」

校長が電子タバコを口にくわえた。最近の校長は中央委員部の仕事を
サヤカにぶん投げていたが、彼も遊んでいたわけではなかった。
栃木評議会(ソビエト)と茨城ソビエト間で
定期的に実施される党大会に参加するため、日立市に出張していたのだ。

校長は栃木評議会の委員でもあるのだが、
ソビエト系の学校としては日本最古の歴史を誇る、足利市の学園の校長と
いうことで、向こうでは大変な人気者だった。

そのため、お偉いさんとのあらゆる会議や会合に参加させられ、
毎日太平洋沿岸のシーサイドホテルに泊まっていたから、
なかなか帰る暇がなかった。どうせなら観光もしてしまえと思い、
有休を半分以上使って日立や大洗の行楽施設でさんざん遊んできた。

「茨城の学園(日立)では、生徒の多くが生徒会選挙に興味を示さんと聞くがね。
 うちはずいぶんと積極的じゃないか。不正選挙を許さんと言うなら、
 それだけ彼らが当選させたい候補者がいることになるのだろうが、
 こんな事例は初めてだ。やはりその高野さんの裏工作と考えるべきだろうか」

「生徒に毒ガスを流通させようとした犯人が、
 間違いなく高野だとされているからな。
 奴は裏で科学部を懐柔することに成功しているらしいぞ」

「その疑いだけで十分に逮捕理由になる。その女を逮捕したまえ。
 わが校の選挙結果に茨城だけでなく全国のボリシェビキが注目しているのだよ。
 わが校の管理システムを、各自治体の学校関係者が参考にしたいと言っている」

「確かに逮捕するべきだろうが……しかし……」

「何か引っかかることでもあるのかね?」

「笑ってくれて構わん。私の一学年下の後輩の男子がいるのだが、
 彼から頼まれていることがあるのだ。どうか高野ミウを粛清しないでくれと」

「なんだそれは。君の個人的な事情じゃないか」

「否定はしない……」

「アキラ君。君はふざけているのかね?
 私は学園の未来のことを真剣に考えているのだよ。
 その友人がどうしたというのだ。
 今すぐに保安部に命じて高野の身を取り押さえなさい」

「ま、まだ待ってくれないか」

「なんだと!?」

「まだ高野を逮捕するだけの根拠がないだろう……。
 よくわからない理由で人を逮捕するのはよくないことだ……」

「きみぃ!? 何を腑抜けたことを言っているのだね!!
 もう生徒会選挙が目前に控えているのだよ!! 
 生徒会長ともあろう人間が、そんなんでどうするんだね!!」

「君の言っていることは正しいだろう。だが、私は時間が欲しいのだ。
 この件については、私の友人としっかりと話をしてから進めたい。
 妹のアナスタシアにも相談したい……。
 すまない校長。最後の最後まで世話をかけてしまうが……」

「アキラ君……。まさか、君……。泣いているのか?
 なぜだ……。なぜ君ほど冷酷なボリシェビキが、 
 そのたった一人の友人とやらのために、涙まで流すのだ……」

アキラは拳を握ったまま震えていた。眼鏡の奥に確かに
涙がこぼれている。こんな彼の姿を校長は始めてみた。

アキラは、太盛がもともとエリカではなくミウを好きなことを知っていた。
彼は愛する妹の看病のために、高校2年生の貴重な文化祭を捨ててくれた。
毎日遅くまで学園に残って美術部の展示作品を完成させたのに。
そんな彼の優しさをアキラはどうしても忘れることができなかった。

「よかろう。アキラ君がそこまで言うのなら、時間をやろう。
 君だって考えあってのことであろうからな。
 それでこの学園の今後百年の詠歌を保証できると言えるなら……だがね」

皮肉屋の校長らしい言葉を吐き捨て、彼は肥えた体を廊下に運ぶ。
会長の執務室にはアキラだけが残される。

アキラは太盛君に個人的な連絡先を教えていたから、
何時でも彼に電話することはできる。しかし会長の立場で
一般の生徒に電話をかけることはさすがに恥ずかしい。

ミウを殺すべきなのはわかる。私情など捨てるべきだ。
だが太盛だけでなくアナスタシアもミウを気にかけていた。
アナスタシアもミウに情があるのだ。
高野ミウを下手に殺してしまったら、科学部の連中だって
何をしでかすか分からない。それにミウは校内にファンクラブもあるそうだ。

考える時間がまだまだほしいが、無情にも時が過ぎる。
彼はその日の午前中、何もせずにそのまま過ごしてしまった。

学園の今後の運命を決めるイベント期間中だというのに、
会長職の人間としては致命的な時間のロスだった。
それほど彼は動揺していたのだ。

昼休みに購買部で買った菓子パンを食べ、10分だけ寝る。
午後も予定が詰まっている。出馬した候補者全員が、
現会長のアキラのところへ所信表明を兼ねた挨拶に来るのだ。
現在は選挙期間中に入っており、アキラは選挙管理委員会の委員も務める。
公平を期すため、管理委員会の責任者は毎年校長が勤めている。

集合予定時間は13時になっているが、最初の来訪者はその17分も前に来てくれた。

「失礼いたします。閣下」

「うむ。そこの椅子に座って楽にしたまえ。
 君は候補者の井上マリカさんで間違いないな?」

「はい。間違いありません。この度は組織部のナツキ委員他、
 周りの多くの学友の支持のもと、立候補させていただきました」

アキラは、カンで分かった。
この伸長が150センチに過ぎない少女は、おそらく凡俗ではない。

本来ならば他の候補者が来るのを待ってから順番に聞いていくのだが、
アキラはすぐにでも彼女と話したかったので、もう話を進めてしまう。

「うむ。ではまず君のやりたいことを話してみてくれ」

「はい。私が目標にしているのは、主に新制度の創設です。
 現状四個の部によって学内は管理運営されておりますが、
 それに加えてさらにもう一つ、クラス委員を連合させた
 新しい部を創立したいと思っています」

「ほう。新しい部とは驚いた。すまん続けてくれ」

「はい。まずクラス委員が半分ボリシェビキのように扱われている現状を
 変更し、いっそクラス委員を正式にボリシェビキに編入するべきだと思います。
 そして学年ごとにクラス委員の連合団体を結成し、法を作り、取り締まります。
 クラスにいる生徒はクラス委員によって完璧に管理することで
 実質全ての授業中での肉眼での監視が可能になり、脱走、反乱、
 学業放棄などを防ぎます。つまりクラス単位で自治を徹底させれば、
 マルクス・レーニン主義者に反対する生徒を激減させることができると思うのです」

「発想は面白いな。だが具体性に欠けるぞ。
 今までの制度では、警察の訓練を受けた保安委員部の力があったから
 反乱を押さえ込めてきたのだ。君の案だと例えば複数のクラスで
 同時多発的な暴動が発生した場合、それを鎮圧するだけの警察力が足りてない。
 よってクラス委員組織だけの自治は不可能ではないかね?」

「いいえ。おそらく可能です」

「どうするんだ?」

「保安委員部の再編をすればいいのです。
 現在まで保安委員部は学内の一拠点に常駐しておりますが、それを廃止します。
 訓練された一定数の兵を、各クラスの間となる教室内に常に武装待機させておき、
 いつでも出動できるとすれば生徒は委縮します。
 クラス委員組織の指示があればすぐに保安委員部が出動できる決まりにします」

「ふむ。それではクラス委員組織は、保安委員部を掌握するような形になるのかね?」

「私の理想では、そうです。保安委員部は、外国人ボリシェビキの数が多いため、
 校内の規則に詳しくなく、いわゆるデスクワークに向かない人種が多いのです。
 そのため彼らを有効に使える組織が、中央委員部や諜報広報委員部の他にも
 必要だと判断しました。反乱の鎮圧をクラス委員組織が担えれば、結果的に
 中央部や諜報部も本来の専門的な仕事に専念できるはずです」

マリカの考えている、クラス委員連合組織は、学年ごと彼らが
独自に校則を考える。クラス内での取り締まりに関しては彼らが決める。
すなわちクラスごとに自治する権利を有したいと言ってきた。

さらに生徒の取り締まりには、原則クラス裁判をかけて公平に裁く。
武装は、最後の手段であり原則使用しないよう努める。
また生徒たちにさらなるマルクス・レーニン主義的教養を高めるため、
政治法律の授業を増やしておくことが大切だと言った。

彼らの教養を高めることに労力を費やした方が、
保安部を訓練させ取り締まりをするより
はるかに効率が良いと言うのがマリカの持論だった。

また彼女の口から出る校則の知識はすさまじく、アキラから見て、
おそらく市販の英単語帳ほどの厚みのある生徒手帳を、
丸暗記してると思われるほどだった。

「君は実に熱意のある生徒だね。
 ボリシェビキでないのが不思議なくらいだ。
 失礼なことを聞くが、お父様は何をしている方かな?」

「父はボリシェビキではありません。ただの法律家です」

「なるほど。法律家か。少し先のことを聞いてしまうのだが、
 もし君が不幸にも落選したとしたら、ボリシェビキに入るつもりはないかね?」

「いいえ。まったくありません。私は、私の考えのもとに
 生徒会に新しい組織を作りたい。ただそれだけのために立候補しました」

「それは残念だな。とにかく君の意志はよく分かった。
 さて……、他の候補者はどうだか……」

マリカの熱弁中に、チョイバルサンとユウナが入ってきていて、
気まずそうに壁際に立っていた。

「そこのふたり。さっきから立たせてしまってすまんね。
 井上マリカ君の説明があまりに立派なもので聞き入ってしまった。
 さあ、長テーブルに順番に座りたまえ」

マリカの隣にバルサン、ユウナの順で座る。まだ空席が二つある。

13時の一分前になった。

「失礼します。会長の執務室はここであってますか?」

「間違いないよ。君もそこに座ってくれ。奥から詰めてな」

ミウだった。どこか憂鬱で暗い顔をしていた。声にも元気がない。
アキラはできるだけ彼女と目を合わせないようにしていた。

「会長!! すみません、遅刻しちゃいました!!」

今度はサヤカだ。走って来たのか息を切らしている。

「たった3分の遅れだ。気にしないでくれサヤカ君。
 真面目な君のことだ。文化祭関係の後始末でもあったのだろう。
 とにかく座ってくれ。テーブルの上に置いてあるペットボトルのお茶は
 各自自由に飲んでくれて結構。さて、順番に君達の考えを聞いていくよ。
 先ほど井上君には聞いたから、次はチョイバルサン君から頼もうか」

「はい!! 同志よ!!」

このチョイバルサンと呼ばれる蒙古人は、まず自分が日立の学園からの
転校生だと言った。転校した理由は、日立よりも足利の方が
効率的なシステムで反逆者を処刑していると思ったからだ。

彼のマニフェスト(選挙公約)は、校内のスパイを大粛清することだった。
学生とは無知であり、一部のエリートを除いて政治に関心を示さない。
そのため伝統的なモンゴルやロシアなど大国で行われてきた恐怖政治の
さらなる推奨、すなわち頭で言うよりも体で教えることを徹底するべきだとした。

これは、井上マリカの知的な考えと真っ向から反対する。
マリカはこの強面のおじさん面のバルサンを、嫌悪感をむき出しにして眺めていた。

なんとも短絡的な発想に、アキラは失望した。

次に高倉ユウナの番になった。

ナツキの妹を始めて見たアキラは、まずその美貌に驚かされた。
ややふくよかな体形だが、ふわりとした長い髪の毛が腰まで伸びる。
つり目だが、強い意志を感じられる瞳と、厚みのある唇が魅力的な美人生徒だった。

「私は今の制度を大々的に改革しようと思ってませんが、
 一部について不満がありました。恋愛に関することです」

「ほう。恋愛とは驚いた。どういうことだね?」

「この学園では恋愛が推奨されていますが、実際のところ恋愛をして
 本当に幸せになっている生徒はごくわずかで、学生ですからだいたい
 ひと月も付き合えば、ほとんどの人が別れてしまうみたいです。
 悲惨なのはそのあとです。学業や仕事に支障をきたし、ボリシェビキを
 途中で辞めてしまう人や、人生に悲観して自殺してしまう囚人もいるそうです」

ユウナの主張は、いっそ恋愛禁止にしようということだった。
実はこれには個人的な感情が込められていて、彼女の愛する兄が
高1の時からずっとマリカに独占されているのが許せなかったのだ。
校則を変えてしまえば、あの二人を引きはがすことができる。ただの私怨だった。

他には雑務の多く、全体と比較して最少人数の部である組織委員部の
権限をもう少し強くすることで学内政治のスムーズ化を図るなど、
兄のナツキに配慮した案も語ってくれた。

本編 16 生徒会選挙

 第十九話「すみません。高野候補者に対して質問してもいいですか?」


アキラは、この一年生のはち切れんばかりの胸ばかり見ていたので、
話の内容はよく聞いてなかった。さて。次の候補だ。

「お久しぶりです会長さん。高野ミウです。さっそく説明を始めますね」

その瞬間、会場にいるすべての人間がミウに注目したので、
ミウはさすがに顔をしかめた。

「なんで私の時だけ皆さんの目がマジなんですか?
 そんなに人の顔を見ないでくださいよ。失礼じゃないですか」

「う、うむ。たまたまそうなったのだろう。気にせず続けてくれ」

「私の公約を言う前に、まず私以外の候補者の否定から入りたいと思います」

「なにぃ!? ここは討論する場所ではないのだぞ!!」

「いえ。結局同じことなんですよ。私の公約内容が、そのまま彼らの
 否定になってしまいますから。早いか遅いかの違ってことで。
 それじゃあ言いますね。まず井上マリカさん」

マリカは、ミウの親友である。だが今は対立候補なので容赦がない。

「あなたのマニフェストは途中から聞いてたから全部は知りませんけど、
 まず現在の各委員部を取り巻く状況を全く分かっていないと思います。
 各委員部はすごく人間関係が悪くて、例えば文実の派遣制度があるのに、
 諜報広報委員部は最後まで誰も派遣しなかった。
 それで中央にすごい恨みを買ってるけど、これはほんの一例。
 生徒を管理する組織が四つもあるから、お互いに対立する。
 その中に、クラス委員連合組織なんて作ったらさらに険悪になるに決まってる」

ミウは次にユウナを見た。

「高倉さんは普段は諜報のサイバー部で勤務されているようですが、
 仕事部屋に引きこもってばかりで見識が不足していると思います。
 まず恋愛の悪い面ばかり見て、良い面の説明をしなかったことが致命的です。
 物事を一面的でしか理解できていません。恋愛をすることで交感神経が
 活発になって仕事の効率が上がることは脳科学でも証明されてますし、
 当時女性兵の比率が多かったソ連軍内でも恋愛はたくさんありました」

ミウは続ける。

「高倉さんはボリシェビキなのをいいことに、
 通常授業に出てないのでないですか?
 私は元一般生徒の経験から、一般生徒たちはごく普通の学生として、
 男女で仲良く話したりイベントに参加して楽しんでいることを知っています。
 むしろ恋愛禁止にしたらますます不良が増えちゃうんじゃないですか。
 保安委員部のデータを見たんですけど、収容所内で
 恋愛をしたことで卒業するまで脱走しなかった囚人もいましたよ」

ユウナが歯がゆそうに、
顔を真っ赤にしてうつむいているが、ミウはさらに続ける。

「そもそもカップル申請書って便利な制度もあるわけですし、
 それを管理する中央委員部がよほどアホな人の集まりでなければ、
 恋人関係の契約、破棄についてはしっかり管理してくれるはず。
 そうですよね近藤さん?」

「……なんで当てつけのように私に言うの?」

「いえ。この部屋に中央委員部出身者が、
 たまたまあなたしかしなかったから。
 別に近藤さんを否定したわけじゃないから」

「してるじゃないのよ!!
 あなたのその態度は何なの? 
 いちいち他人を否定しないと自分の意見も言えないの?」

「待ちなさい君達。ここは討論する場所ではないと説明しただろう」

アキラに制され、立ち上がっていたサヤカが着席する。
ミウは咳払いする。手を顎に当てながら発言した。

「失礼しました。それでは私の公約を述べますね。
 私はチョイバルサン君の考えとだいたい同じです」

全員の視線が、今度はチョイバルサンに集中した。
チョイバルサンは、かつて蒙古のスターリンとして恐れられた
革命家、独裁者の顔とよく似ている男なのだ。

ミウは「ただし」と言い、

「ボリシェビキを粛正します。対象はボリシェビキのみです。
 一般生徒は関係ありません。だって明らかに能力が足りないのに
 ボリシェビキに配属されている人を何人も見かけますよね。
 一般生徒を取り締まる前に、まず内部から綺麗にしておく必要があります」

「高野さん!! それはあなた、独裁者になりたいって言ってるのと同じなのよ!!」

「何を今さら。生徒会の会長は独裁的な権力を代々有しているじゃないですか。
 近藤さんだってどんなお題目を掲げたところで当選すれば独裁者ですよ」

「私はあなたとは違うわ!! 
 弱いものをいじめてなぶり殺すようなことはしない!!」

「そう思っているのは今だけですよ。人は立場が変わると考え方も
 コロッと変わるものですから。さっきの続きですけど、
 皆さんは優先採用制度という単語を聞いたことがありますか。
 そうですね……。高倉さんはどうですか? 
 お兄さんからこういう話を聞いたことはありませんか?」

「くっ……」

「どうしましたか? 私はたまたまあなたと目が合ったから
 質問したんですけど、どうして今目をそらしたんですか?」

ユウナは、何も言えなかった。言えるわけがなかった。
実は自分が兄の推薦枠でサイバー部に入ったことなど。

ミウが両手を肩より高い位置に持ち上げて話すと、
その動きにつられて全員の視線がますますくぎ付けになる。
かつてヒトラーが考案した演説のテクニックだった。

「私はこの前、たまたま諜報部のデータベースにある、個人情報管理システムから、
 各員の経歴に誤りがないかを調べていたのですが、採用試験の
 結果がなぜか未記載になっているボリシェビキが少なからず存在しました。
 これは、明らかにコネ採用があったことを意味していると思いますけど、
 ユウナさんは何か心当たりはありませんか?」

ユウナはまた沈黙してしまう。彼女は学力が高く決してコネなど
必要なかったのだが、兄が妹を心配して使ってくれただけなのだ。
だが不正には違いない。

「それと中央委員部は、先般の文化祭の準備期間においても当日まで
 同好会状態にあった美術部の状況を把握しておらず、理事長に
 御叱りを受けていました。完全に失態です。結果的に文化祭が成功した
 とはいえ、実際の絵画は大学生の展示が大半を占め、管弦楽部では
 指揮者を女装させたりと学園の歴史に残る茶番を披露しました」

「ちょっと待ちなさいよ!! 
 私達は人数不足で校長が不在の中、それでも知恵を絞って文化祭を成功させた!!  
 一人も派遣をよこさなかった諜報側の人間がよくも……!!
 それ以上中央を侮辱するのなら絶対にあんたを許さない!!」

「それだけではありません。彼女たちは法律制定の専門機関だと胸を張りますが、
 実際に生徒の取り締まりをしているのは諜報部と保安部のみ。いずれの
 部からも中央は信頼されておらず、法を通さずに過酷な拷問や銃殺刑が実行されている。
 これはすなわち、一つの可能性を示しています。中央委員部を解体するべきだと」

彼女の目つきは間違いなく本気だった。サヤカと口げんかの末に
思い付いたネタではない。本気で中央委員部をつぶしにかかっていると
全員が理解した時には、室内の空気はシベリアの永久凍土のごとく凍り付いた。

その沈黙を最初に破ったのは、中央の実質的責任者の彼女だった。

「解体……? 解体ですって!! 伝統ある中央委員部を解体!? 
 あははははっ!! もう笑うわ!! こんなバカが出馬してるとは思わなかった!!
 会長!! この女は資本主義日本のスパイです!! 今すぐ逮捕してください!!」

「……気持ちは分かる。だが落ち着くんだサヤカ君。
 君らしくない。相手のペースに乗せられているぞ」

「だって国家を運営するのに国会議員が
 要らないと言ってるのと変わらないじゃないですか!! 
 議員が存在しないなら民主制はない!! 完全な独裁です!! 
 こいつは同志レーニンを否定した悪しきスターリンの末裔です!!
 こいつが当選したら私たちは皆殺しにされます!!」

「むぅ……しかしまだ候補者の段階ではないか」

「会長だって裏でこいつが毒ガスを開発してる情報はつかんでらっしゃるでしょ!?
 あなたの妹、私の友でもあるエリカさんはどうなるんですか!?
 あなたの妹さんは、絶対にこいつに殺されますよ!!
 下手したら堀太盛君にまで被害が及びます。それでもいいんですか!!」

「う……それは困る……。エリカや太盛君に危害を加えられるのは困るよ……」

「でしたら、こいつのさっきの発言内容の録音を、今すぐ校内放送で
 流しましょう!! ボリシェビキなら全会一致でこいつを逮捕するはずです!!」

「あのぉ」

とミウは低い声で言った。

「近藤さんが騒がしすぎて私が話をする暇がないんですけど。
 私の公約はまだ言い終わってませんよ」

「黙れこの悪魔が!! それ以上何も聞く価値がないわ!!
 あなたはもう学園の生徒でもなんでもない、
 私欲を満たすためには平気で人を殺す悪魔だ!!」

「……うるさいけど、続けますね。
 中央委員部の解体後、彼らが持っていた全ての職務と権限を
 諜報広報委員部に移行します。また、保安委員部も管理下に置きます。
 これによって諜報広報委員部による効率的な政治運営が可能となります」

まさかの諜報広報委員部の権力拡大案。実質的な諜報部の独裁体制だ。
ミウはどこまでもスターリンに似ていた。またしても
室内は重苦しい雰囲気に包まれ、現会長のアキラでさえ、頭を抱えてしまう。


「すみません。高野候補者に対して質問してもいいですか?」

と手を挙げたのが井上マリカだった。会長が頷き、どうぞと手を差し出した。

「解雇された中央委員部の人は、そのあとはどうなるんですか?」

「そのまま諜報広報委員部で所定の仕事についてもらうか、
 一般生徒に戻るかの二択かと思います」

「そうですか。次の質問です。
 公約でボリシェビキの大量粛清同然のことを宣言されてましたが、
 そんな公約を掲げたら高野さん自身が暗殺される可能性が高ると思います」

「そうですね。殺された場合は仕方ないので死のうと思っています」

「その割には全く悲壮感が感じられませんけど?
 高野さんみたいに考えの深い人が、そこまで堂々と
 大改革を言いきれるのか不思議に思います。多くのボリシェビキを
 敵に回す以上、少数派に回った人間が粛清されることは知っているでしょうに」

「私は普段から死ぬのが怖くありませんから」

「話が変わりますけど、科学部の人が最近休んでいるそうですね」

「科学部の人は用があって実家に帰ってしまいました。
 選挙期間中は帰ってくれないそうですよ」

「どんな理由で実家に?
 それに貴重な登校組だった四人が一度に帰るのですか?」

「さあ。みんなの家庭の事情ですから。
 親族の冠婚葬祭などが重なったのでしょうか」

「また話を変えます。あなたの公約とは直接関係のない質問ですが、 
 最近堀太盛君とはどうなんですか? 仲良くしているんですか?」

「マリカちゃん……。ほんとにそれ、今聞くことじゃないよね」

ミウの顔が凶悪にゆがむ。会長のアキラでさえ戦慄するほどの恐ろしさだった。

「私も正直に話すよ。ミウちゃんは太盛君にかまってもらえなくて、
 暴走しているだけなんでしょ? 文化祭の時も彼、橘さんの家に
 ずっといたもんね。ミウちゃんはもう……負けたんだよ」

「うるさい!! なんでそれを今言うの!!  
 私達は選挙の所信表明をするために集まってるんだよ!! 
 そんな個人のちっさな恋愛事情なんてどうでもいいでしょうが!!」

「どうでもよくない!!
 あなたの個人的な恨みのせいで、ボリシェビキのみんなが
 虐殺されるかもしれないのに、黙ってられないよ!! 
 もう堀君とあなたの関係は、個人の問題じゃなくて
 学内を巻き込んだ大革命に発展しつつあるんだよ!!」

「じゃあ、どうすればいいの!?
 私がおとなしく一般生徒として授業を受ければそれで満足なの?
 マリカちゃんが彼との仲を応援してくれてたのに!! そんなのないよ!!
 私は収容所送りにされたり、近藤サヤカたちに暴言吐かれたりして
 すごく、すごく、すごく傷付いたんだよ!! 私の気持ちがマリカちゃんに分かるの!!
 マリカちゃんは良いよね!! ナツキ君とラブラブでさ!!」

「私は……友達のミウちゃんが人殺しになるのを阻止したいんだよ。
 私だって本当に会長になりたいわけじゃないの。
 でもあなたの対立候補を一人でも増やした方が学校のためにはなるでしょ」

「学校のために、私は何もせず我慢しろって言うの!? ねえ!?
 ……ええ認めますよ!! 私は今でも彼の事大好きだよ!!
 エリカ、近藤、山本は八つ裂きにしてやりたいくらいに憎いよ!!
 でも私はもう止まれない!! こいつらに復讐を果たすまでは!!」

「ミウちゃん……」

マリカの瞳から、ポタポタと涙がこぼれてきた。

あの時、自分があんなことを言わなければ良かったのだ。
堀君と同じ部活に入ればと、軽い気持ちで言ったのが悪かったのだ。
ミウは太盛と関わるべきではなかった。
実は短気だけど、普段はオドオドした美少女としてA組で過ごしていれば、
こんなことにはならなかった。

ミウは根が悪い子じゃないことを、マリカは知っていた。太盛もそうだ。
ミウにだって彼女を愛してくれている父や母がある。
お金にも恵まれて育ってきたのだ。

だが彼女と付き合いの短い人や恋敵、政敵はそうは思ってくれない。

サヤカとミウがつかみ合いをしながら罵倒合戦をしていた。

「高野!! この悪魔!! おまえなんか、死んじまええええ!!」

「なによ地味眼鏡!! おまえこそ、くたばれ!! くたばれブス!!」

「死ねええ!! この学園からいなくなれ!! 退学しろ!!」

「おまえこそ死ね!! 汚い。つば飛ばすなよクズ!!」

互いに嫌悪感をむき出しにすると、
もはや、小学生レベルの喧嘩になってしまう。

アキラは冷静なサヤカがここまで取り乱すのを始めて見たこともあり、
あ然としていた。他の候補者も同様だ。女同士のすごい迫力に
誰も口がはさめず、彼女らは一時間以上も口げんかを続けていた。

最終的に、チョイバルサンとユウナは自ら立候補を取り消すに至る。
これで候補者は三名に絞られた。

 歴史の話 3 尾崎秀実 (ソ連のスパイ)

この作品では将来国家を転覆させるためのエリートを学生の段階から
教育することを目的にする、『学園』を舞台に話が進んでいる。

例えばエリート育成機関として諜報広報委員部があるわけだが、
その中には敵地(政府内や軍部)に潜入工作をするための
訓練を受けている人もいるわけだ。
こういう生徒は、だいたい成績が上位の者が選ばれる。
実際にスパイとして活躍した人が、どんな人物なのかを示す
分かりやすい例として歴史上の人物に尾崎秀実がいる。


かつて帝国日本の人民を震撼させた、「ゾルゲ事件」の首謀者の一人として有名である。

主にwiki からの引用が中心になる(いつものことだが……)

尾崎秀実
おざき ほつみ

生誕 1901年(明治34年)4月29日
日本・岐阜県加茂郡白川町
死没 1944年11月7日(43歳没)
日本・東京都豊島区巣鴨拘置所
国籍 日本(帝国)
出身校 東京帝国大学法学部
職業 評論家・ジャーナリスト・内閣嘱託・ソ連のスパイ・扇動者
配偶者 尾崎 英子
親 尾崎 秀真(父)

尾崎 秀実は、
日本の評論家・ジャーナリスト・共産主義者、ソビエト連邦のスパイで扇動者。
朝日新聞社記者、内閣嘱託、満鉄調査部嘱託職員を務める。
近衛文麿政権のブレーンとして、政界・言論界に重要な地位を占め、
軍部とも独自の関係を持ち、日中戦争(支那事変)から太平洋戦争(大東亜戦争)
開戦直前まで政治の最上層部・中枢と接触し国政に影響を与えた。

共産主義者であり、革命家としてリヒャルト・ゾルゲが主導する
ソビエト連邦の諜報組織「ゾルゲ諜報団」に参加し、スパイとして活動。

最終的にゾルゲ事件として1941年(昭和16年)発覚し、
首謀者の1人として裁判を経て死刑に処された。
共産主義者としての活動は同僚はもちろん妻にさえ隠し、
自称「もっとも忠実にして実践的な共産主義者」として、
逮捕されるまで正体が知られることはなかった

1927年。大阪朝日新聞の上海支店で勤務する。
彼は現地で外国人のスパイ仲間と交流する際に、相手の目を全く見ず、
背中越しにドイツ語や英語で会話して情報を得ていたそうだ。

1928年(昭和3年)にゾルゲ(コード名:ジョンソン)と知り合い、
彼がコミンテルンのメンバーであることを知る。尾崎は彼と協力関係を結ぶ。

1932年(昭和7年)2月末に大阪本社から帰国命令を受けて日本に戻り、外報部に勤務。
6月初旬にゾルゲと再会、彼から諜報活動に従事するよう要請されて、
全面的な支援を約束、ゾルゲ諜報団の一員として本格的に活動するようになる。
暗号名は「オットー」である。

1937年(昭和12年)東京朝日を退社し、
総理大臣秘書官の牛場友彦の斡旋で第1次近衛内閣の内閣嘱託となる。
同時に、近衛主催の政治勉強会「朝食会」に参加、
この関係は、第2次近衛内閣、第3次近衛内閣まで続いた。

1939年(昭和14年)6月1日、満鉄調査部嘱託職員として
東京支社に勤務。ゾルゲ事件で逮捕されるまで、同社に勤務する。

評論家としては、中国問題に関して『朝日新聞』『中央公論』『改造』で論陣を張った。
彼は世論を対中強硬姿勢へと傾かせ、日中戦争を長期化させることを狙った。

アメリカ国内においてもソ連による反日工作が行われており、
後の対日政策に影響を与えた(「ベノナ文書」も参照)
これら一連の動きは、日中の講和を阻害し、日本軍を中国に張り付け国力の
消耗を狙ったものだった。

ゾルゲ諜報団は独ソ開戦で日本の対ソ参戦の可能性が高まった1941年には
尾崎の提言により対外政策を南進論(南部仏印進駐)に
転じさせる働きかけを積極的におこなったとされている。

ソ連には日本海軍を倒すためのいかなる力も
存在しなかったが、アメリカをけし掛けて日本と戦争させ、
最終的に日本海軍を地球上から消し去ることに成功したのだ。

真珠湾奇襲攻撃に至るまでの裏の事情にソ連のスパイが関与していることを
多くの日本人は知らない。ちなみに当時の米国財務省の財務次官補、
ハリー・デクスター・ホワイトがソ連のスパイだったのは有名な話である。

彼は大統領の様々な提言をしてソ連を助けた。
ソ連への武器貸与法(対独戦を支えたレンドリース)
ハルノートの原文作成(日米交渉決裂の決定打)


・スパイとして処刑。

1941年(昭和16年)10月15日にゾルゲ事件の首謀者の一人として逮捕された。
訊問には積極的に答えたので、28回分の検事・司法警察官訊問調書、
また、28回分の予審判事訊問調書などの、膨大な量の資料を遺した。

この時拘置所で一緒だった伊藤律は、回想録で恰幅の良かった尾崎がやせ衰えていた事、
別件の調査で尾崎に面会した予審判事の小林健治は総白髪になっていたことに
驚いたと記している。また、近衛は尾崎の正体を知った際に驚愕し、
「全く不明の致すところにして何とも申訳無之深く責任を感ずる次第に御座候」
と天皇に謝罪している。

逮捕後の取調べでは、
『我々のグループの目的・任務は、狭義には世界共産主義革命遂行上の最も
 重要な支柱であるソ連を日本帝国主義から守ること』と供述している。

1944年(昭和19年)、ロシア革命記念日にあたる11月7日に、
国防保安法違反、軍機保護法違反、治安維持法違反により
巣鴨拘置所でリヒャルト・ゾルゲと共に絞首刑に処された。

戦前、理想郷を夢見て渡航した多くの日本人コミュニストたちが、
大粛清の渦中に巻き込まれ、利用価値がないとしてソ連当局により
裏切られ残酷に殺害されていったのとは対象に、
ゾルゲ諜報団の面々は稀有な存在であると言える。

彼らはソ連のスパイとして働いた功績からソ連政府から勲章と表彰状を
受けたとされていたが、『近年その存在が確認された』
それを受けて、ロシア政府は親族からの申し出があれば勲章と賞状を
授与すると2010年(平成22年)1月発表している。

また尾崎と共に活動し投獄、獄死した宮城与徳の遺族は、勲章と表彰状を受領した。

尾崎の墓は多磨霊園にある。また、妻宛の遺書が青空文庫に納められている。


筆者は映画『スパイ・ゾルゲ』を大学時代に大学の図書館で視聴した。
尾崎が特別高等警察によって拷問を受けるすさまじい姿は、
当時19歳の若者だった私の脳裏に深く刻まれた。
同時にソ連の歴史に興味を持つ強いきっかけにもなった。

同じく大学で視聴した映画「203高地」では、ロシア帝国の旅順要塞へ
なんども縦隊突撃(縦に並んで順番につっこむ)を繰り返し、
機関銃の連射で皆殺しにされていく日本兵が幾度も描かれていた。

高校を出たばかりの頃の私には、ここまでむごたらしく人が
死ぬ映画を見たことがなかった。当時は衝撃のあまり過呼吸になってしまった。
34歳になった今でも、筆者がここまで涙を流せる映画を他に見つけられなかった。

私はロシアが大嫌いになった。ロシア人など顔も見たくなかった。
日露戦争を引き起こす原因を作ったロシア皇帝を深く憎むようになった。

そして社会人になり資本主義の奴隷として働くうちに、
私は大学時代の図書館で学んだソ連の革命を思い出し、
今では常日頃からロシア革命のことを考えるようになった。

法の話  『日本における死刑』

    日本は死刑を法定刑のひとつとして位置づけている。
      その方法は絞首によると規定されている(刑法11条1項)


法定刑に死刑のある犯罪(未遂も含む)は以下のとおり

刑法(条文番号順)

内乱罪 
(77条1項:首謀者のみ死刑になりうる)

外患誘致罪
(81条:現行刑法上で『唯一法定刑が死刑のみの罪』
 死亡者が生じていない場合や、未遂の場合でも死刑となるが、
 情状により法定減軽・酌量減軽の可能性はある)

外患援助罪(82条)

現住建造物等放火罪(108条:判例上は通常、致死の結果を生じた場合)

激発物破裂罪(117条:判例上は通常、致死の結果を生じた場合)
現住建造物等浸害罪(119条:判例上は通常、致死の結果を生じた場合)
汽車転覆等致死罪(126条3項)
水道毒物等混入致死罪(146条)

殺人罪(199条)
強盗致死罪・強盗殺人罪(240条後段:判例上は通常、故意に殺害した場合)
強盗・強制性交等致死罪(241条3項)
大逆罪(73条)、利敵行為(83〜86条)、尊属殺人(200条)

組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(組織的犯罪処罰法)
組織的な殺人罪(3条、刑法199条)
人質による強要行為等の処罰に関する法律(人質強要行為処罰法)
人質殺害罪(4条)

航空機の強取等の処罰に関する法律(ハイジャック防止法)
航空機強取等致死(2条)
航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律(航空危険行為等処罰法)
航空機墜落等致死(2条3項)

海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律(海賊対処法)

 以下の海賊行為で人を死亡させた場合(4条)
   船舶強取・運行支配(2条1号)
   船舶内の財物強取等(2条2号)
   船舶内にある者の略取(2条3号)

人質強要(2条4号)

爆発物取締罰則
爆発物使用(1条)

日本国憲法施行後に、日本国内での内戦、日本に対する侵略・介入の
軍事力行使は発生していないので、内乱罪、外患罪は適用されたことがない。


・補足説明

上の方にあった外患誘致罪(がいかんゆうちざい)とは、
外国の政府・軍隊などの公的機関と通謀して、日本国に対し武力を行使させる罪である。
行法上、死刑が絶対的法定刑とされている。『内乱罪と並んで絶対に死刑となる』

重要なのは、刑法は革命を絶対に許していないことだ。

以上のことから、学園シリーズのボリシェビキたちは、
資本主義日本では死罪に当たるほどの重罪人に、将来なりうる人の
集まりであることを理解したうえで、この先の生徒会選挙の流れを見て行こう。

余談 学園生活シリーズのキャラの容姿の参考例

『学園生活』シリーズは、2017年ごろから複数の派生作品を連載した。
どれだけの分量を書いたかと言うと、文庫本で換算すると
7冊くらい書いているだろう。(平均20万文字で一冊だとされている)

本作は小説であり筆者に挿絵を描く能力がないことから、
キャラクターの容姿を具体化させることはできなかった。

文字だけのメディアではどんなに工夫しても表現に限界があり
最後は読者の想像に頼るしかないのだ。

そこで、アニメ漫画が中心の例で申し訳ないのだが、
筆者の想像する各キャラクターの顔に
最も近いキャラの名前を、作品名(略称含む)と共に書いていく。
(筆者の身近な人間をモデルにしたため該当なしの場合あり)

堀太盛     藤間健司      (スラムダンク)
高野ミウ     プリンツ・オイゲン (艦これ)
橘エリカ   雪ノ下陽乃 (俺ガイル)
アナスタシア   高垣楓       (デレマス)  
橘アキラ     丑嶋馨      (ウシジマくん)

高倉ナツキ   八神月   (デスノート)
高倉ユウナ   一ノ瀬志希 (デレマス)
高倉アユミ   ホンダサラ (芸能人)

斎藤マリエ   佐久間まゆ (デレマス)
井上マリカ   該当なし
川口ミキオ   中尾順太  (Another)
相田トモハル  コニー・スプリンガー (進撃の巨人 第四期)

近藤サヤカ     河嶋桃   (ガルパン)
山本モチオ     DAIGO    (芸能人)
クロエ・デュピィ  白人ユーチューバーの女性
          『Venus Angelic Official』で検索するとページに飛べる。 

ナジェージダ・アリルーエワ  該当なし

校長        校長 (世紀末リーダー伝 たけし)
高野夫妻      該当なし
太盛の父      右代宮金蔵(うみねこのなく頃に)
太盛の母      該当なし
横田リエ(担任)  前川みく (デレマス)

以上の名前と作品名をコピペして画像検索すればヒットする。参考までに。

本編 17 生徒会選挙  マリカの演説。1年6組を訪問。

 第二十話 「そうだよ。変えられるんだよ。君が今、そう思うなら」


10月の最後の週になる。
来月の革命記念日(投票日)まで残すところわずかだ。

各候補者のプロフィールと公約が書かれた用紙一式は、
すでに全校生徒に配布されている。
候補者ごとに政策や理念に差があるため用紙の枚数に差がある。

中でも井上マリカが組織委員部と共同で描いた冊子は、
教科書並みの分厚さとなり、のちに伝説とまでなった。
長くて読むのが大変なので、読む時間のない人のために
要約版の冊子も別に作る徹底ぶりである。

しかし、そのような心配は杞憂であり、この期間となると
今までのお祭り騒ぎだった2学期の雰囲気はすっかり消え去り、
晩秋から冬に向けて選挙に向けての張り詰めた空気が学園中を支配する。

なお、配られた候補者の冊子は自宅に持ち帰って熟読することが
求められている。これを仮にその辺の道端に捨てる、
家族を含む資本主義者に読ませるなどした場合は、逮捕される。

生徒や教師は、8日(開票日)が過ぎるまでは、もはや授業どころではなく、
形だけの授業を行いつつも、皆が一体どの候補に票を投じるつもりなのか、
一体この中で誰が新しい支配者として学園に君臨するのか。
そのことで頭がいっぱいだ。

生徒は、口々に言う。

「お、おい。なんでいつの間にか候補者が二人減ってるんだ……?」
「バっ……。言うなよ!! みんな同じこと思ってるけど口にはできねえんだ」
「今回は候補者が女子しかいないんだね……」
「書いてあることが難しすぎて、誰に投票すればいいのか分からないよ……」

特に一年生には難しすぎる内容だったので、誰に投票するべきか
相談している子が多かった。特に女子。相手は二年生の先輩であり、
面識のない人が多いから、彼女らにとっては遠すぎる存在だ。

もちろん、そんな一年生たちのために、
なんと候補者たちは順番に全クラスを回ることにした。

当初は体育館での一斉演説が予定されていたが、
こちらの方が距離が近いということで、今年は特例で許可された。
アキラの時代までは、体育館の壇上で候補者が
マイクを片手に順番にまくし立てるのが恒例だったのだが。

だが、壇上に立ってしまうと、
候補者は将来の自分たちの生殺与奪の権利を握る
支配者だとの認識が強くなり、やはり生徒を委縮させてしまうのだ。

(ち……どいつに投票しても何も変わらねえよ。
 冊子には耳触りの良いことばっかり書きやがって。
 ぜーんぶ綺麗ごとだ。日本の政治家と同じじゃねえか。
 くたらねえが……投票しねえと粛清されちまうからな)

進学理系コースの1年6組の生徒。彼の名前は川口ミキオ。
前作ママエフ・クルガンでは主人公となった男子生徒だ。

今日の6組では一時間目の授業が中止となり、井上マリカ候補を
迎える予定となっていた。二時間目は近藤サヤカ候補である。

「同志諸君!! 本日のホームルームは省略します!!」

女性の担任が声を張る。気合いが入りすぎて、もはや怒声である。
彼女は27歳の若い女だ。
スーツをきっちり着こなして保険のセールスでもやってそうな感じだ。

「まもなく、井上候補がこの教室にやって来て演説をされる予定ですから、
 同志諸君らは用がない限りは席を立たないように!! 携帯電話の電源は
 今のうちに切っておきなさい!! そ、それから……」

教師は、あせっていた。この学園の教師は形だけの教師であり、
実際はボリシェビキの管理下に置かれており、
生徒と同様に取り締まりの対象ともなっている。

彼女らは社会人だが、学園の人事が適当に採用した資本主義者が大半のために
思想教育が必要とされていた。適当に採用する理由は、
そもそも資本主義日本(現実世界の日本のこと)には
実は共産主義者でありながら教員免許を持っている者がまずいないからだ。

中にはボリシェビキ思想を理解した教師もいるが、そうでない場合は、
彼女らもまた指導の対象となるのである。一度勤務したら最後、
理由もなく退職したり、自宅などプライベートで
共産主義の悪口を言う場合は粛清されるから注意が必要だ。

資本主義者の教師の間では、「転職先がきっとあの世になる」
「そうかい。それなら永久就職が約束されるな」
「自殺したくなったらレーニンの悪口を言おうぜ」
「それなら自殺する方法を考えなくていいから楽だな」
などとブラックジョークが流行るほどだだった。


「失礼します」

「はっ。井上様!!」

「先生。予定より早く着いてしまいましたが、話を始めてもよろしいでしょうか?」

「ど、どうぞ!! こちらは準備が整っておりますので!!」

女教師は、教員用の机(窓際)におとなしく座り、生徒と一緒に
教卓の様子を見守う。教卓の前に立ち、一年生に
無駄な圧力をかけてしまうマリカは、隣にナツキを従えていた。

ナツキは『井上マリカ推薦人』と書かれたタスキをしている。
腕章には組織委員部、制服の襟には代表のバッチ。貫禄は十分である。
候補者の演説には推薦人が最低ひとりはつく決まりとなっていた。

「初めまして一年生の皆さん」

マリカがさっそく自己紹介をし、まずは推薦人に話のバトンを渡す。

「進学理系コースの優秀な生徒の皆さん。
 今回の冊子を読んで驚いたことでしょう。ここにいる井上マリカは、
 生徒会のメンバーではなく、一般生徒。そう。皆さんと同じなのです。
 一般生徒でありながら、なぜ彼女が立候補しようと思ったのか?
 この中で冊子を持っている人がいたら、まず2ページ目を開いて
 内容をご覧になってください。そこにはこう書かれています」

ナツキは口のうまさではボリシェビキ内でナンバーワンとまで呼ばれていた。
推薦人としての仕事ぶりも立派であり、彼が一度話始めると一年生には
難しいはずの、生徒会の仕事内容がすんなりと頭に入ってしまう。
また顔が美形なので女子たちがうっとりしてまい、
すっかり彼の美声のとりこになっている。

ナツキの話が終わると拍手が起き、続いてマリカが話す順番になる。

「今高倉君から話が合った通り、私は生徒の皆さんがより社会主義的
 教養を深めながらも、自分たちのことは自分で管理できる体制に
 移行したいと思っています。クラスのことはクラスで処理する。
 生徒会の手助けを借りることなく、です。
 私達にはその知恵が備わっていると以前から考えていました」

マリカが語り続ける。

「まず教育プログラムを少し改変したいと思っています。
 皆さんは一年生ですから、まだ基礎教養で日本史、社会史、地理の授業を受けて
 いますよね。例えば世界史、ナポレオンがいつの時代に戦争を仕掛けたとか、
 年号の暗記問題があると思います。他には空白の穴埋め問題。
 それでテストで満点を取ったとしましょう。でもこれでは教養的にはゼロ点です。
 なぜなら、ナポレオンがなぜ偉大だったかを説明することできないからです」

確かに、と男子の一部が頷いた。

「この国は敗戦し、GHQによる占領後は左翼教育が行われてきました。
 だから学生は第二次大戦のことを何も知りません。なぜ負けたか、
 なぜ戦ったのか、何も知らずに終戦記念日だけは知っています。
 これが、私の定義する無教養に当たります。本のタイトルだけを覚えて、
 内容は何も知らないのと同様。無知と言い換えてもいい」

ふむふむ、とうなずく人が増えた。

「英語も同じようなもので、東大を出てる人でも日常英会話すら満足に
 できない人がいます。難しい英単語を知ってはいても、それを組み立てて
 言葉にする能力はない。そもそも相手の英語を聞き取れない。
 国際的なビジネスシーンを想定すると、英語で会議に参加できません。
 つまり英語の教養としてはゼロ点です。欧州を見てください。この間、ベルギーで
 地下鉄爆破テロがありましたが、テレビのインタビュアーに対して
 現地のベルギー人は当たり前に英語で今あったことを伝えている」

皆の注目が井上マリカに集まっていた。
川口ミキオでさえ、息をのんで次の言葉を待っている。

「これは、どういうことなのでしょうか?
 東大生は、ベルギー人の主婦やおじいさん達よりも頭が悪いのでしょうか?
 ちなみにオランダでは7割の人が英語を普通に話せるそうです。
 タガログ語を原語とするフィリピン人の労働者も英語を普通に話します。
 ですが、決して東大生が頭が悪いわけではありません。むしろ良いのです。
 間違っているのは、教育プログラムを作る側なのです」

とにかく身近な会話例文の暗記だと、マリカは言った。
そして音読を無限に続けることが、英会話の上達の近道。
断じて聞き流すだけのCDなどを聞いただけで話せるようにはならない。
赤ん坊も母親との会話を通じて言葉を覚えるのだ。

マリカは試しに今の演説内容を一部英語で言い直した。
発音も日本人にしては十分にうまく、しかも日本人特有の
単語と単語におかしな間が開くようなことがなく、そのため母音の繋がり
(イントネーション)と息継ぎのタイミングがネイティブに近い。

「うっそ!! すげえええええ!!」
「英語ペラペラだぞ、このひと!!」
「先生より話すのが早いわ!!」
「こんな人見たことない!!」

生徒達はあまりにも感動したので拍手してしまった。
マリカは拍手が収まるのを待ってから、自分には留学経験も
海外旅行の経験もないことを語った。嘘だろ……と男子から疑問が洩れたが、
本当だよと答えたら、その子は顔を真っ赤にして下を向いた。

「オランダ人やベルギー人は、ほとんどの人が英語圏に行ったこともないのに
 話せるそうです。でも日本人は留学しても話せるようになる人は
 3割程度と言います。これは、『本当の英語の基礎』を学んでない状態だったのに、
 いきなり現地に行けば、話せるようになると勘違いしているからです。
 私の冊子の最後の方には、私が今後実践したい英語の授業が具体的に
 書かれていますから、興味のある人はぜひ…」

と言い終わる前に、みんなが次々に冊子をめくる音が
聞こえてマリカはうれしくなった。

「私の推薦人の高倉ナツキ君、英語とドイツ語でビジネスクラスの会話ができます。
 彼はエジプトのブリティッシュスクールの出身で、多言語話者なのです」

また教室がざわめく。
試しにナツキがドイツ語で先ほどマリカがしゃべった内容を語ってみると、
皆には何を言ってるのか理解できようがないが、英語に似ている発音で
何かを語ったのは分かった。英語に比べたら厳めしく感じられるのがドイツ語だ。

「す、すげえよこの人たち。レベルが違いすぎる」
「先生より頭が良いんじゃねえの……」
「候補者の人って超エリートの集まりだったのね……」
「ドイツ語なんて初めて聞いたよ……」

マリカが咳払いをしてから語る。

「どの言語を話したところで、人間の言語であることに変わりはありません。
 その人が考えている以上のことは話せません。そのため、あらゆる職種と
 携わる翻訳家こそ、あらゆる専門知識が必要な職業と言われています。
 ここで大事なことは、若いみなさんにはしっかりと勉強をして
 教養を身に着けてほしいってことです。英語を話すのはそのあとでもいい」

続ける。

「私の友達であり対立候補に高野ミウさんがいます。
 彼女はロンドン育ちですので英国英語を自在に操りますが、
 学園の英語のテストは常に70点以下です。なぜでしょうか?
 ちなみに彼女の英語力は高倉君より上だとされているのにです。
 それは、そもそも14歳までのロンドン生活で使っていた単語が
 あまりテストに出題されてないこと。文科省が好む文語調の単語や例文は、
 彼女の日常会話では使用していなかったのです。それだけでなく
 高野さん自身に日本語を理解する力がやや欠けていることも原因なのです。
 このように、まず日本語での教養を高めることもまた大切なのです」

一年生たちは聞き入っていた。
だがその中で質問したい女子がいたらしく、
演説の途中なのに手を挙げた。

「あの、お話の途中なのにすみません。質問してもいいですか!!」

「かまいませんよ。どうぞ?」 

マリカは優しく微笑み、その子に手のひらを差し出した。
定例記者会見中の小池百合子都知事が記者にする動作と同じだ。
彼女はまだ高校生の若者だが、やはり只者ではない貫禄を身に着けている。

「ありがとうございます!! え、えーっと!! えっとですね!!
 学校の先生たちは!! さっきの歴史や英語の授業が、
 無駄な内容ばかりで将来役に立たないと知っていながら、
 どうして私たちに教えているんですか?」

「お金です」

「へ!?」

「生きるのにはお金が必要です。極論すれば彼らは決められた通りに
 授業を行えばお給料が手に入ってご飯が食べられる。だから自民党の
 文科省が定めている教育内容や、全国の高校が実施ている教育が
 間違っていても、関係ないんです。しょせんは仕事ですから」

マリカはさらにこう言った。
全ての文系科目は暗記力に最重点が置かれており、効率よく
テスト期日までに勉強内容を記憶した者が最も点が取れる。
その場合、『記憶するためのテクニック』が最重要なのであり、
肝心の内容はテスト終了と同時にすべて忘れる。
そのため高学歴でも仕事のできない馬鹿が普通に卒業する。

教師の大半は無能者であると彼女は断言し、多くの生徒を動揺させた。
そもそも学校を卒業して直ちに学校に就職するような人間は、
民間企業での就職経験がないことから、経済学的には全くの無知で
インテリジェンスの世界では赤ん坊と変わらない。
なぜなら『実学』の概念を知らないからだ。

政治、経済の概念も、大学での学習終了後の
実社会での経験によって始めて見に着くものだと、マリカは
自分の父親によく教えられていたから、他の学生より賢かった。

「そうなんですか……。勉強になりました。
 でも……中には生徒思いで優しい人とか、良い先生もいると思いますけど」

「いるかもしれませんね。少なくとも私はこの学園では見かけませんけど」

女子はありがとうございましたと言って席に座る。
次に手を挙げたのは男子のクラス委員だった。

「すみません。少し失礼なことを聞いてしまいますが」

「どんな内容でもかまいませんよ。どうぞ?」

「あなたのさっきのネイティブ英語を聞いた時、僕はこう思ったんです。
 この人は俺達凡人とは違うんだって。あなたの理想通りに英語教育を
 改変したところで、僕らも同じように話せるとは思いません。
 井上候補は、おそらく小さい頃から英才教育を受けていたエリートだから、
 なんでも簡単に説明できてしまう。言い方が悪くなってしまうけど、
 エリートの理想論のような気がします。どうなんでしょうか?」

「その質問は、わたしが人より勉強ができる人なのか、
 という意味でよろしいですか?」

「はい、かまいません。だいたい同じですから」

マリカは自分は努力の人であり、決して頭は良くないと言った。
おそらく頭なら対立候補のミウの方が上だと言い、みなを驚かせた。

「例えば法と同じです」

「法? 法って法律のことですか?」

「そうです。刑法を例に挙げると、刑法には罪の内容を示す条文が書いてある。
 その条文は明記されているから、国民の誰もが知ることができる。
 人を殺せば、だいたいこうなると。それが目安。教育内容も目安みたいなものですよ。
 もちろん全員が英語を話せるようにはならないでしょう。でも、目標に向かって
 同じ方向にみんなを進ませることはできる。在学中でなくてもいい、卒業後に
 その学問に目覚める人もたくさんいる。そのきっかけを中学や高校は作るんですよ」

「同じ方向にですか……」

「そうだよ。変えられるんだよ。君が今、そう思うなら」

マリカはここで語調を変え、怒鳴りつけるような口調になった。

「6組のみんな!! みんな今の英語の授業、つまらないよね!?
 こんなの勉強したところで未来で役に立たないことは分かりきっている!!
 それに普段の生活はどうなの!? いつ保安部の人が取り締まりに来るかも
 しれないって、みんなが扉の奥をチラ見して授業を送っている!!
 この現状を変えたいと思わないの!? できるんだよ!! 変えられるんだよ!!
 あなた達の一票を、この井上マリカにくれたら、変わるんだよ!!」

すさまじい迫力に、6組の生徒は圧倒されている。

「私の最大のマニフェストは!! クラスで独自の自治を作り出すこと!!
 規律も決める!! 悪い人を取り締まる時は、まず私達が判断する!!
 冤罪は許さない!! 密告する必要なんてない!! だってクラスメイト同士で
 相互に監視するんだから!! もっと学習しやすい環境に代わるんだよ!!
 変えられるんだよ!! みんなには投票権があるんだから!! 
 そうだ!! 変える!! 変える!! 変える!! 今、ここで!!
 今日から!! この6組の教室から!! 今の生徒会の
 厳しすぎる取り締まりから、全校生徒を救い出そう!!」

彼女の父は法律家であり弁舌に長ける。マリカにもその力は受け継がれていた。
無知な人には怒鳴りつけ、インテリには静かに語り掛けるのが演説の基本とされる。
幼い一年生たちは、今まで聞いたこともない圧倒的な演説に感動し、
立ち上がってみんなで盛大に拍手した。拍手は簡単には鳴りやまず、
5分以上は続いた。釣られて担任の先生も拍手をしていた。

その中で、常に疑い深く、
ひときわ冷静だったミキオはこう思っていた。

(確かに奴は勉強のできるお利口さんなんだろうよ。
 だがそういう奴こそ耳障りの良い理想ばかり語るもんだ。
 俺はこのクラスにいる馬鹿どもとは違う。甘い言葉には騙されねえぞ)

冊子を熟読した彼が一番疑問に思ったのは、新たに創設される
クラス委員組織(常設委員部)とやらが、保安委員部を傘下に置くことで、
部の間で軋轢を生む可能性がある点だ。まがりなにも歴史のある
保安委員部が、生まれたばかりの常設委員部に
簡単に従うとは思えず、彼には机上の空論に思えたのだ。

この時点では、ミキオはマリカに投票する気にはなれなかった。
他の皆と逆の行動をするのが好きな彼らしい発想だった。

本編 18 生徒会選挙 サヤカの演説

  第二十一話「さーせん。その根拠を教えてもらってもいいですか?」


6組にマリカに続いてサヤカが来た。

サヤカの推薦人はエリカである。
40人分の視線が彼女らに集まる中、エリカは無難に、
サヤカは努めて上品に演説をしたつもりだった。
だが反応が薄すぎる。なぜか。まず順番が悪かった。

井上マリカの先ほどの演説は衆議院総選挙で通用しそうなほど
ハイレベルだったが、それだけに6組の人たちが、
『一般生徒であれならば、ボリシェビキの人はもっと』
と期待してしまうのも無理はない。

しかもサヤカの公約には斬新さが皆無。恐ろしいくらいに保守的であった。
サヤカの公約内容をまとめると前アキラ政権を
そのまま引き継ぐと言っているも同様であり、6組の生徒を失望させた。

「6組の皆さん、保守は決して悪い考えではありません!!
 生徒会は歴史と伝統があります。私たちがその守り手となるのですよ。
 現にアキラ会長の時代には目立った反乱もなく、ここにいる皆さんも
 平和に学園生活が送れているはずです。私は法を制定する機関におりました。
 皆さんからの不満や要望があれば、何でも聞いてあげたい、
 政策に直ちに反映したいと思ってます。どうでしょうか?」

シーン、と静まり返った。
6組の生徒はサヤカを見るのは初めてではなかった。
文化祭の実行委員でもあった彼女は、壇上の前で立派な挨拶をしていた。
文化祭期間中も彼女が学園の支配的な地位にいたことは有名だ。

だから彼女は、一年生達にとって女王陛下として映ってしまった。
担任の女の先生は、教室の隅で小さくなって愛想笑い。
一般生徒の井上マリカと違い、今度は部の代表を務めるほどの大物だ。
先生は、お願いだから下手なことを言って彼女を刺激しないで、
と教え子たちに目線で訴えているのだった。

「あれれ……、みなさんは静かなんですね。もしかして私が怖いですか?
 今は選挙期間中ですから、こうして自由に話ができる機会が
 学園側から設けられているんですよ。ですから、みなさんの
 自主性や積極性を育む意味でも、ぜひ質問をしてほしいと思っていたのですが……」

この流れだと、黙り込んでいる彼らはマズイのではないかと思い始める。
恐縮しすぎても逆に失礼になる可能性がある。
気を利かせた男子のクラス委員がどうでもいいことを質問し、
サヤカはすらすらと模範解答をする。意味のない問答だった。

(うちのクラスの連中はバカだ……)

ミキオは鼻で笑った。他の皆は近藤サヤカ候補の迫力に委縮している。
この流れでは誰もサヤカに投票しないだろう。ならば俺が
新しい風を吹かしてやるぜ……とミキオが手をまっすぐに上げる。

「おっ。手を挙げてくれる人がいた。そこの君。どうぞ」

「はい」

相手は近藤サヤカ。上級生。
実績のある権力者であり貫禄がある。
ミキオは声が震えそうになるが、深呼吸して恐怖を押し殺す。

「質問じゃねえんですけど……うちのクラスの連中が黙り込んでいる
 理由を教えてあげようかと思いまして……近藤先輩に対して
 無礼なのは重々承知してますが、はっきり言わせてください。
 俺らはやっぱり先輩が怖いんです」

「こ、怖いか……ショックね。私はすごくフレンドリーに
 話しかけてるつもりなんだけど。理由を教えてくれるかしら。
 みんなが怖がるのは、私が生徒会の人間だから……かな?」

「そうっす。俺らは政治の知識がないバカの集まりです。
 法の制定ってなんすか? 生徒会の先輩たちがやってることは
 よく分からないし、実際にうちのクラスからも
 夏休み前に逮捕者がひとり出てる。美術部の斎藤さんは
 ずっと休学してるし、そういうの見せられると怖いっす」

「……この学園には厳しい規則がありますから、規則違反を
 した人はどうしても取り締まらないといけないんですよ。
 でもみんなは違うわよね!? こうして秋の生徒会選挙まで
 普通の生徒として学園生活を送ってこれたんだから!!」

「みんな、こう思ってるんですよ。俺らがここで下手なことを
 言ってしまったら、近藤先輩が生徒会長になった後に
 目を付けられて粛清されるんじゃねえかって」

「ないない!! そんなのないって!!
 今は生徒との対話の時間なのよ!!
 私は何を言われても気にしないから安心してちょうだい!!」

「でも、みんなそう思ってるんですよ。先生を見てくださいよ。
 あの人、普段は結構怒りっぽい人なんですよ。それなのに
 今は借りた猫みたいにおとなしくなっちまってる。
 結局、人間は権力者を前にするとこうなっちま……」

「分かりました!! 私が会長になったら、一般生徒の皆さんと
 生徒会が交流するためのイベントを考案することにします!! 
 立食パーティとかよくないですか!! その他のイベントでも
 必ず何らかの形でこうして対話の場を持ちましょう!!
 そうすればお互いの誤解も晴れるはずですよね!!」

今のは失言だった。この言い方はまさに苦し紛れの言い訳と
取られてしまい、生徒たちの間でさらに重苦しい雰囲気が漂った。
中央委員部きってのエリートのサヤカでさえ、
選挙活動は初めてだから挽回するための奇策が思いつかない。
サヤカはさすがにこれまでかと思った。だが大の友達のエリカが黙ってなかった。

「お話の最中ですが、私が川口君の疑問に答えさせていただきます。
 まず近藤サヤカさんは、ちっとも怖い人ではありません。
 中央委員部のみんなも、人を思いやることのできる優しい人ばかりです」

「さーせん。その根拠を教えてもらってもいいですか?」

「川口君。人を見た目だけで判断してはいけないのよ。
 サヤカさんは確かに中央委員をまとめ上げるほどの人だけど、
 仕事をしてない時の彼女はよく冗談も言うし笑うのよ。
 私も最初は彼女が偉い人だと思って怖がっていたわ。
 でも違った。文実の仕事をお手伝いしてるうちに仲良くなってね……」

エリカは、彼女との馴れ初めを話してから、思いつく限り
サヤカの人間性を褒めちぎった。途中でサヤカが恥ずかしくなるほどだった。
またサヤカには二人の弟と一人の妹がおり、下の子の面倒見も大変に
良いこともアピールした。4年も付き合ってる彼氏も同じ部にいることから、
生徒の恋愛に関しても大変に寛容であり、自分も助けられている。
小さな悩み事の相談に乗ってくれるし、本質的には普通の生徒と何ら変わらないと説明した。

「なるほど。橘先輩がそこまで褒めるなら、良い人なんすね。
 俺だってそこまでひねくれてないから、
 近藤先輩が良い人ってことは信じますよ」

「ありがとう。これで満足したかしら?」

「はい。今までボリシェビキの人を色眼鏡で見てたんで、
 いろいろ勉強になりました。ありがとうございました。
 あと失礼なことたくさん言っちまって、すんませんでした」

彼は頭を下げたが、実はしかめ面をした。
(これで満足なんかしてねーけどな)

彼が不満だったことはこれだ。

(仮に人間性が優れてるにしても、最高権力者のイスに座っちまったら
 同じでいられるかな? 歴史が証明しているんだ。生真面目で
 優しい人間ほど権力を手に入れると暴走するって例をよ……!!)

そもそも保守主義者など誰も求めてなかった。
初めて選挙に参加することで気分が高揚している一年生たちは、
今までの陰鬱で殺伐とした学園の雰囲気を変えてくれるヒロインを望んでいた。

下手に運用を変えて波乱のリスクを産むよりも、保守継続を好むのは
おじさんたちの発想であり、16歳前後の若者にそれを望むのは不可能だった。

今のところサヤカがマリカに勝てる要素はなかった。
褒めるところがあるとしたら、男子の何人かが、
令嬢であるエリカの洗練された話し方や仕草に見惚れていたくらいだ。

一学年しか違わないとはいえ。この学園では一年で、
他の学校での数年分の経験をさせられる。
エリカは身長が163センチと長身でスタイルも抜群であり、
同級生の少女たちよりはるかに大人っぽく見えた。

皮肉屋のミキオでさえ、エリカの美しさだけは強く印象に残った。
やはり選挙において顔は最大の強みとなるのだ。


昼休みとなった。皆はワイワイといつもより楽しそうにお弁当を広げている。
ミキオはその中で一人さみしく自席で食べている。
彼は一人でいるのが好きなので、今では誰も食事に誘わなくなった。

クラスメイトの話題は選挙のことでいっぱいだ。

「澤北。おまえ、よく井上さんに質問できたな」
「まじ勇気あるわー。俺だったらできねー」
「いや話してみると結構明るくて、そんなに緊張しないよ?」

「あの橘さんって先輩、同じ学年に彼氏いるんだって」
「あー、私聞いたことある。二年で有名なイケメンなんだって」
「うちの部活の先輩が彼氏さんと同じクラスだって言ってた」
「橘先輩の彼氏、イケメンなの!? まじ見てみたい!!」

「井上さんの演説、まじすごかったわ。俺の手、今でも震えてるもん」
「俺も同じだよ。もう井上さん以外ありえねえだろ」

「君達。まだもうひとり候補者がいらっしゃるんぞ。口をつつしめよ」
「おまえ何言ってんだよ。言っちゃ悪いが、さっきの近藤さんの演説も
 あれだったじゃねえか……。井上さん以上の猛者なんかいねえだろ」

「ふ……。はたしてそうかな」
「んだよおまえ。なんか訳知り顔じゃん?」
「自称、選挙通ってやつかぁ? おまえ中二病かよ」
「うるさい。まだすごい人がいるんだよ」
「まさか、冊子に乗ってる高野さんって人か?」
「そうだ。彼女は只者ではないぞ」

それには俺も同感だ……。とミキオがニヒルに笑い、
イチゴ牛乳のパックを一気に飲み干す。机の上には
高野ミウのプロフィール表と冊子を広げていた。

(この高野とかいう女、信じられねえほど写真写りが良いんで
 女優かと思ったが、まじで只者じゃなさそうだぞ……)

ミキオは自分たちが一年生の立場でありながら有権者であることを
正しく理解していた。すなわちこの選挙期間中においてはボリシェビキ達が
自分達に高圧的な態度を示せるわけがない。特に中央委員部と諜報広報委員部は
それぞれの部から候補者を出してしまっている。部の総力を挙げても
生徒へイメージアップ作戦を考えていることだろう。

選挙において力関係が上なのは「選ぶ側」である。

「川口君もその女の人が気になるの?」

「あんたは……女子の委員長か。
 まあな。 俺はこの女が当選しちまったら、
 学園がとんでもないことになっちまうと思っている」

「その人、今日の午後にうちのクラスに来るそうだね」

「ああ。予定がずれ込んで夕方になるそうだがな」

「川口君、高野さんだけは止めておいた方がいいよ。
 噂によると斎藤さん達を再起不能にした張本人らしいから」

「な……? そうなのか!! 
 おまえ、なんで知ってんだよそんなこと!!」

「いいから、その人には投票しちゃだめだよ。それじゃあ」

クラス委員長は、さっさと廊下へ消えてしまった。
ミキオは、彼女が消えた後の扉を、何時までも見続けていた。

本編 19 生徒会選挙 ミウの演説

   第二十ニ話「サーセン先輩。ちょっと質問いいっすか?」

ミウが、推薦人のアナスタシアと共に6組の教室にやって来たのは、
15時過ぎだった。夕方であり少し眠くなっていた生徒たちは、
突然現れた2年生と3年生の美女を見て完全に目が覚めてしまった。

「先生。失礼しますね? 時間ないんでさっそく演説始めますよ」

「は、ははは、はいぃ。高野様!! アナスタシア様!!」

候補者の高野ミウ。そして諜報広報委員部の代表、アナスタシア・タチバナ。
アキラ会長の双子の妹であり、実質的な学内の最高権力者の片割れである。

担任の先生は三つ指を突く形で二人を迎え入れ、生徒達の失笑を買っていた。
特にミキオは、権力に屈する先生の情けない姿を
生涯忘れることがないよう、その瞳に焼き付けておいた。

「みなさん。初めましてになるのかな?
 私がアナスタシア・タチバナです。変わった名前でびっくりしたかな?
 何を隠そうお姉さんはソ連系の移民なんです。
 今日は友達のミウちゃんのために推薦人を務めさせていただくわ」

すごい美人だった。妹のエリカをさらにスケールアップした感じだった。
この日のためにアナスタシアとミウは、
アナスタシアの知り合いのメイクさんにお願いして化粧を施した。
髪型も完璧だ。もはや候補者などではなく、
撮影前の女優が二人並んでいる感じだった。

女性に免疫のない男子達は、つい彼女らの美しさに夢中になってしまう。

「今日は、ミウちゃんと対話形式で話を続けていくわ。
 その方が一方的にベラベラ話されるより、
 みんなに伝わりやすいでしょ?」

ニコッとウインクすると、男子達の顔が赤くなる。
女子たちは嫉妬よりも羨望のまなざしで三年の先輩を見ていた。

「それでは、ミウちゃん。あなたが当選したらやりたいことは何かな?」

「粛清です」

「え……。ええっと……?」

「今の生徒会には、不穏分子が多数潜んでいます。
 ですから、そいつらを全員粛清します」

「ちょ……ちょちょちょっ!! いきなりそれ!?
 台本通りに話してくれないと困るじゃない!!」

ふたりは廊下に出て、内緒話を始めた。
いきなり見せつけられた謎のコントに教室内がざわついた。
教師はアホ面して口から泡を吹いている。

美人の先輩達が戻って来た。

「みんな!! ごめんね~。ちょっとミウちゃんの機嫌が悪いみたいで、
 本当に言いたいこととは違うことを話してしまったみたいなの!!
 それでは改めまして、ミウちゃんのやりたいことを聞いてみましょう!!」

「アーニャ。もうそんなことしなくていいよ。
 マリカちゃんがすごい演説をしてるんだから、
 普通の方法でやっても無駄。勝てるわけないよ」

「し、信じられない!! ふつうそんな言い方する!?
 私はあなたのイメージが少しでも良くなって、
 最悪選挙で負けたとしても敵を作らないために
 推薦人をやってあげてるのに!!」

「だかってこの子達に嘘を言ったってしょうがないじゃん。
 この子たちは理系でも一番頭の良い子が集められてるクラスなんだよ。
 下手な嘘をついたってサヤカの時みたいに白けちゃうだけだって」

「なによそれ……なんなのよもう……。はぁ……。もういいわ。
 私は何も言わないから、好きなようにしゃべりなさいよ」

アナスタシアはもう一度深くため息をつき、出入り口付近で
腕組みして壁に背を預けた。完全に傍観の構えだ。

「それでは改めまして。私が高野ミウ。二年生です。
 普通の名前だから覚えやすいと思います。
 ってか候補者が三名しかいないんだから、覚えるのなんて余裕だよね。
 まずみんなが気になっていることの真相を教えてあげます。
 なぜ候補者が最初五人だったのが三人に減ったのか。気になりませんか?」

ミウは真実が知りたい人がいたら遠慮なく手を上げるようにと言った。
この緊張感の中で誰も手をあげなかったが、最初にミキオがあげた。
続いて他の生徒もぽつりぽつりと手があがっていく。

「お答えします。私が辞めさせたからです」

ミウはチョイバルサンと高倉ユウナが
実はザコだったことが判明したからだと説明した。

「ちなみに私以外の候補者もザコです。
 マリカちゃんは精神的に甘いし、生徒会の実務経験がない夢想論者。
 近藤サヤカは人間のクズです。生きてる価値すらありません」

教室内がどよめいた。この女は、なぜ他の候補者の悪口を言い始めたのか。
この時点で、明らかに異端者である。

「マリカちゃんはまだ一般生徒だから許せます。
 私の親友でもありますから。でも近藤はダメですよ。
 みなさん、あの女の話を聞いてどう思いましたか。
 政治家みたいに綺麗ごとを並べるだけで、
 まるで実行力のなさそうな、頭の悪そうな言葉しか
 出てこなかったと思います。それは彼女が無能だからです」

ミウは、両手をゆっくりと左右に広げた。

「なぜ、近藤が無能なのか。
 それは彼女の所属する組織自体が腐っているからです。
 中央委員部。これは明らかに学園に不要な組織だからです。
 いいえ、組織そのものが悪意の塊なのです」

マジかよ……と言っている男子がいたので、
ミウがマジだよと返すと「す、すみません」と脅えた。

「今私に発言したのは田中君かな? 謝んなくていいよ。
 他にも質問とかある人は、どんどんしゃべってくれていいからね。
 特にそこの君。君は緒方さんだよね? さっきから熱心に
 私の方を見てくるけど、何か言いたそうだね。ちょっと立ってくれる?」

「わ、わたしがですか?」

「他に誰がいるのよ。ほらさっさと立つ」

「はいっ!!」

緒方はミウが可愛いのに毒を
吐くからつい凝視としていただけなのだが……。

「あっ、なんで名前を知ってるんだって顔したね?
 私はクラスを訪問する前に生徒の顔と名前を憶えてから
 来るようにしてるから。だからみんなの下の名前まで全部言えるよ。
 これでも一応諜報部の人間だからみんなの個人情報は全部把握してるしね」

ざわざわ……とさすがに教室内がざわめき、恐慌に近い状況となった。
特に指名されてしまった緒方は、もはや失言が許されない。
普通に考えれば選挙では有権者側の方が有利なはずが、全く逆である。

アナスタシアは、「あちゃー」と言いたげに、
両手の指でこめかみを押さえていた。だが約束通り口は挟まない。

「ほら。緒方さん。質問してよ」

「じゃ、じゃあ。どうして中央の人が悪い人だと思ったんですか?」

「中央の人って近藤の事?」

「あっすみません。私が知りたいのは、
 高野先輩が中央委員部が腐っているっておっしゃっていた理由です」

「そもそもね。この学園が一番腐っている原因は、よくわからない理由で生徒が
 逮捕されているからなんだよ。これは資本主義日本で遊んでるだけの
 国会議員がたくさんいて、国を根底から衰退させているのと同じ。
 いい? 中央はね、この学園で校規を作る立場にある人間なんだよ。
 仮にだよ? もし私が明日逮捕されるにしても、
 その何らかの規則に違反していることが必要とされる」

続ける。

「でもね。君はこう考えたことはない?
 実は逮捕される人が悪いんじゃなくて、
 そもそも規則自体が間違っているんだって」

「き、規則自体が間違えているなんて……。
 だってあれは中央委員部のエリートさん達が考えたことで」

「あんな奴ら、クソだよ。全然頭良くない。この前会長室で
 私が近藤と口論したけど、あいつ私に簡単に言い負かされてヒスってただけだよ。
 嘘だと思うでしょう? 証拠にうちの部の監視カメラで録画した映像を
 流してあげるよ。ほら。前の席から順番にこのIPADをまわしてくれる?」

数話前で、アキラ会長の部屋で所信表明の挨拶をした時のことだ。
最後はサヤカがたくさん怒鳴っていた。
実際はミウも怒鳴っていたが、ミウの都合の悪いところは編集で消して、
サヤカの欠点だけが目立つように作られていた。

ミウはさらに、文化祭実行員のサヤカが理事長に
叱られていたことなど、彼女の欠点を思い付く限り暴露してしまった。

「近藤が演説の時に言ってたんでしょ。私達も皆さんと同じ人間だって。
 そう。同じ人間なんだよ。このクラスは理系の頭の良い子が揃ってるんだから、
 きっと近藤より頭の良い人いるよ。もしかしたら私より優秀な人もいるかも
 しれない。だからね。君達がなればいいんだよ。新しい生徒会のメンバーに」

圧倒され何も言えなくなった緒方は、着席を許された。

「改めて私の公約を言います。既存の生徒会を破壊します。
 無能なボリシェビキを全員逮捕して生徒会から追放します。
 中にはコネで採用された愚図もいます。その証拠もあります。
 そして中央委員部を廃止し、その機能を我々諜報広報委員部が
 引き継ぎます。この学園は、諜報広報委員部のもとで管理運営されて
 成り立つようにします。真の少数精鋭のエリート組織を結成するのです」

気まずい沈黙が、室内を支配した。
もう誰も何も言えない。これから大粛清をすると宣言したこのニ年生の
先輩に対し、なんと反応すればいいのか。反応のしようがあるのか。

そんな絶望的な空気の中、常に大衆と真逆の考えを行く勇者が手を挙げる。

「サーセン先輩。ちょっと質問いいっすか?」

「君は……川口ミキオ君だね。いいよ。どうぞ」

「あざっす。マジで名前覚えんてんすね。すげー記憶力っすね。
 ぶっちゃけ井上さん以来の大物が来たって感じで、衝撃受けてます。
 俺明日にでも高野先輩に粛清されるんじゃないかって今足震えてます。
 それでも言わせてもらうっす。中央をつぶすってそれ、
 無理過ぎるのを通り越して、学内で戦争に発展しませんか?」

「君はどうしてそう思うのかな?」

「普通に考えて中央の人たちが簡単に従うわけじゃないじゃないっすか。
 それに高野先輩は無能だって言いますけど、俺この前中央委員部の採用試験の
 過去問を見たんですけど、一目見て諦めたくらいには難易度高かったっすよ。
 あの人たちが無能だって言われても全然納得できねえっす」

「ふぅ……。君みたいな若い子は知らないだろうけど、近藤サヤカの正体は
 アキラ会長の忠実な僕なんだよ。歴代の中央委員もそうだった。
 奴らが考えて作った規則なんて一つもない。歴代会長や副会長の意見を
 尊重して、その人たちの政治に都合の良いように法を制定している。
 仮に勉強ができたとしても、上の人に逆らうだけの勇気がない。
 なぜだと思う? 自分が法律を作る側にいれば安全で、粛清されないからだよ」

ミウは自民党を例にした。衆議院で発案される「政府与党案」の8割が、
自民の最大スポンサーである「経済連合団体」からの発案であり、それを
いかにも自民党が自分で考えた風に原案を国会に提出しているだけである。

その法案を衆議院は自民の賛成多数で通過させ、
参院でも同じことをして制定させる。野党がいくら束になって反対しても
数が足りず、実質自民党による一党独裁のため、よほど問題のある法律を
除けば全てが余裕で通過してしまう。民主制はゼロである。
『この点において、自民党の本質は北朝鮮の朝鮮労働党と大差がない』

日本は三権分立制の民主主義国家だが、行政権と立法権を実質的に
支配しているのは資本家連中と言い換えても差し支えがない。
もっとかみ砕いていうと、「企業にとって都合の良い奴隷」
を作り出すための組織が日本の国会だ。

ミウはこの例を用いて現在の生徒会を批判し、中央委員部とは
生徒会長と副会長の傀儡であると批判した。だからつぶすのだ。

「そうだったんすか……。俺、何も知らなかったっす」

「無知を認められるなら、次はどうすればいいか、
 考えるだけだよ。川口君はどうしたいの?」

「……まだ迷ってるっす。何が正しいのか俺にはちっと……。
 ぶっちゃけ、うちのクラスは井上さん派が大半を占めてるみたいっすよ」

「ふーん。まさか君も井上マリカの考えが正しいと思ってないよね? 
 マリカちゃんのやり方では、常設委員部を作ったところで、
 部間の派閥争いが確実に始まるよ。そもそも
 保安委員部が常設委員部なんて怪しい組織に従うわけない」

「あっ、それは俺も昼休みにずっと思ってました。
 俺は平和に学園生活を送りたいんで、
 戦争になるのはマジ勘弁っす」

「君は今平和を望んでいると言ったね? 実現できるよ。平和」

「え……」

「嘘だと思う? もっと具体的な政策内容を教えてあげるよ。
 この学園から新政権へのあらゆる反対主義者を一瞬で消し去る方法がある。
 それも保安委員部の力を借りずともできる方法が。
 君たちは理系の人だから、何か一つのことを研究するのは好きだよね?
 私の友達が科学部ってところにいるんだけど、すでに実践で使える
 ほどの秘密兵器をたくさん持っているんだ。それが何かはまだ秘密だけど」

もしそれを使えば、200人以上の生徒を、
10分以内に抹殺できると真顔で宣言した。

「う、うそだろ……」
「狂ってる……」
「あの人の目……マジだぞ。マジでやる気だ……」
「たぶん毒ガスのことじゃないかな……。サリンとか」
「まさか教室に爆発物が仕掛けられてるとか……」
「うそでしょ!! 私たち殺されるの!?」

恐怖が伝染していき、6組はパニック寸前となってしまった。
さすがにアナスタシアが止めようとしたが、
その前にミウが静かにしなさいと命じた。生徒は黙り下を向いた。

「別にこの教室は何もしかけられてないから安心しましょうね。
 私は、生徒会の無能者が許せないだけ。みんなはまだ何もしてないでしょ?
 だから大丈夫。ただし、みんなには二つの選択肢がある。私の側について、
 一緒に学校を良くしていくか。もしくは、無能な近藤や、
 夢見てるマリカちゃんの側についてしまい、そのあと一生後悔するか」

一年生達は、今壇上にいる女の人の方が、近藤サヤカの
何倍も恐ろしいことを肌で感じたのだった。見た目の可愛らしさ
とは裏腹に、ミウの内面はどこまでも黒く底が見えなかった。

「断言します。いつの世も、無能な権力者を倒すために革命は
 行われてきました。今がその時なのです。私に力を貸してくれたら、
 諜報広報委員部が主導で確実に生徒会の腐敗を是正できるのです。
 たった一票、君達が私の名前を投票用紙に書くだけでいいのです。
 私の支持者は絶対に逮捕されることはありません。この私が保証します」

ミウが悪魔の顔で続ける。

「君たちは開票日の11月8日以降、どうしたいんですか?
 死にたいんですか……? それとも生きたいんですか……?
 生きたいなら私に票をください。死にたいのなら、他の候補者の
 名前を書いてください。断言します。近藤はあの様ですから、
 落選は確実です。選挙管理委員会による事前の選挙予想でもそうなっています。
 理由はマリカちゃんの方が人気者だからです。となると……私か
 マリカちゃんの二択です。先ほども言いましたが……」

続ける。

「私の支持母体は諜報広報委員部のメンバーと、一部の保安委員部、
 そして生徒会に不満を持つすべての生徒と囚人です。
 囚人達も生徒ですから選挙権はあるのです。
 現在までに囚人は180名ほどいますから、それなりの人数ですよ。
 それと生徒会に苦しめられていた教師の大半の支持も得ています」

まだ続ける。

「マリカちゃんの言葉に騙されてはいけません。
 クラスごとの完璧な自治は、実現可能性が低いです。
 そんなこと、できるならとっくにやってます。
 できないから歴代の生徒が生徒会におびえて生活をしていたのです。
 マリカの進む先は、内乱です。君達も死にますよ。
 自分だけは蚊帳の外? そんなわけにはいかない。だって
 クラス全員を学内政治に参加させるのが彼女の政策なのだから」

で、でもそんなのやってみないと分からないじゃないですか……
と女子の一人が言うが、

「分かるよ。だって大国の歴史が証明している。
 常に大衆を服従させてきたのは強力な軍事力と警察力によってのみ。
 恐怖こそが人を服従させる最大の力なのは必然。
 マリカちゃんみたいな頭でっかちは、話し合いで解決できると思っている。
 お題目だけが立派で細目が雑なのよ。
 つまり実現可能性という点で考えると破滅の道しか用意されていない。
 私達諜報広報委員部には科学部と言う名の秘密兵器がある。
 今すぐにでも、無能なボリシェビキを全員抹殺できるほどの力が」

先輩は人を殺すことに、ためらいがないんですか……。
と言う男子もいた。

「私だって好きでやってるわけじゃないよ。
 でも学園全体の利益を考えた結果、こうなっただけだよ。
 そもそもこの学内においてここは日本ではなくソビエトだよ。
 ソ連で政敵を殺すのがいけませんって、そんな甘い考えは通用しないよね?」

男子は謝罪し、黙った。すすり泣いていた。

「もうすぐ完全下校時刻になってしまいますね。
 それでは最後にこれだけ。君達は理系の学生であることを誇りに思いなさい。
 いつの世も、世の中を常識を変える力を提供したのが理系の学問。
 戦争で勝つのに必要なのが科学の力。無能な文系の人間は、
 いつだって国を腐敗させてきた元凶だった。もし君達がうちの科学部に
 力を貸してくれるなら、それなりの待遇を約束してあげるよ」

皮肉屋の川口ミキオでさえ、もう何も考える余裕がなかった。
ただただ、目の前の女を恐れることしかできなかった。

本編 20 生徒会選挙 公開討論会

  第二十三話 「クロエです。クロエ・デュピィ。よろしくお願いします」

長かった10月が終わり11月になった。
いよいよ選挙まで残り一週間となり緊張感が高まる中、
ミウ候補の異端性により恐怖と不安をいっそう加速させた。

全ての学校関係者は科学部が有するらしいガス兵器や細菌兵器におびえ、
特に一年生の生徒は将来を悲観して学校を休む人がぞろぞろと出てきた。

毒ガスなど、高野候補の思い付いたくだらん冗談だ、
どうせ嘘に決まってるわと、三年生はどっしり構えていた。
まもなく卒業を迎える三年生でミウを選ぶ人はおらず、
サヤカ派が8割を占めていた。彼らは卒業が目前であるから当然保守的になる。

二年生では聡明で良心的なマリカに期待する声が多かった。
もう一年この学園で生き延びる必要があるのが二年生だ。
彼らには一年間この学園で過ごした経験があるので、
マリカの考える新制度が成功する見込みは十分あると思っていた。

彼らは生徒会が代替わりするごとに政策が全く変わることを
前会長時代から知っていたのだ。(アキラの前の会長は穏健派だった)

そして自分らが生き延びる明確な可能性を
提供してくれた彼女を女神だと慕う人まで出ていた。
そんな下級生の無事を祈る三年生にも、マリカ派の人間は存在する。

卒業すると言っても、弟や妹をこの学園に残す人もいるのだ。
中には来年以降に身内が入学する人もいる。実はマリカの三つ下の
妹も彼女が卒業後に入学する予定となっているから、他人事ではないのだ。

(この学園では身内を入学させることは努力義務とされているが、
 努力とは名ばかりで実際はかなり強制力が強い)

二年生と言えば、太盛とエリカが二年生である。

「太盛様は、誰を支持していらっしゃるのですか?」

「普通に考えて近藤さんになるよな。アキラ会長のお気に入りだし、
 俺も個人的に親しいからな。むしろミウはねーよ。ありえねえよ」

太盛は手に持っていたガスマスクをカバンに仕舞いながら言った。

「俺、ガスマスクなんて初めて触ったよ」
「私もですわ……。ここってやっぱり日本じゃなくてソ連なのね」

中央委員部は、緊急会議の結果、ミウ率いる諜報広報委員部が、
毒ガスや爆弾を所持しているのは確実だとして、万が一の場合に備えて
全校生徒にガスマスクを支給することにした。またガスが発生した場合に備えて
応急処置(濡れた布を口に当てる。目を守る)が書かれたマニュアル(冊子)を配布した。

「あれから規則が増えたんだよな」
「手荷物検査とかですね」
「廊下には銃を持った執行委員の皆さんがうろちょろしてるな」
「朝来たらまずは教室内に爆発物が仕掛けられてないか全員で確認……」
「水道の水を飲むのは禁止……。細菌が含まれている可能性ありか……」

これでもサヤカ達は十分でないとした。
選挙期間中は教員も学内の見回りに動員させ、
不測の事態に備えて最低限の戦闘訓練も施した。

選挙の結果に絶対はないが、現在までの予想では高野ミウは敗北する。
ミウの支持率を落としたのは科学部の件が原因だった。
ボリシェビキの大量粛清には賛同する人が一定数(特に囚人)
存在したのだが、大量破壊兵器を簡単に持ち出そうとする彼女の
存在自体がやはり危険すぎるとして、支持率を大幅に落としてしまった。

しかしミウが予想通り大敗するとしても、それで終わるとは思えない。
選挙で敗北したら次は諜報広報委員部を総動員して暴動を起こす可能性がある。
代表のアナスタシアは、選挙の結果は厳粛に受け止めるし、
科学部の部室を何度見まわってもBC兵器など存在しなかったと
釈明したが、ミウの恐怖を知る生徒は誰も信用してくれなかった。

学園の生徒会選挙は、生徒や囚人だけでなく教師にも投票権がある。
この学園に存在する全ての人に投票権があるのだ。そのため
教師も将来予想されるミウの反乱に今からおびえており、
また教員であるからズル休みすることも許されず、
いよいよ大変なことになったと、教師の間で遺書を書くのがブームになった。

現在謎の風邪が一年生の間ではやっているらしいが、彼らが
そうしていられるのも今だけで、選挙当日は必ず参加させられる。
なお、学園の規則では投票しない人は確実に粛清される。

ただし、意識不明の重傷者、重病者や
精神薄弱者(再起不能)などは対象外とされる。

「エリカ。そろそろ公開討論会の時間だな」
「ええ。出発しましょうか」

太盛がクラス一同を廊下に整列させ、2年A組が
ぞろぞろと移動を開始する。そのあとのクラスも同じようにしている。
集団で移動するときは一列になる決まりとなっていた。
これも校内に仕掛けられた可能性のある爆発物に気を付けるためだ。

各階に臨時の保健室が作られ、重傷者が出た場合は直ちに
手当してくれるよう中央委員部が配慮してくれた。
サヤカの判断は素早く、また生徒を本気で思いやる気持ちが
表れているので彼女の支持率はどんどん上がっていった。

A組のクラス委員の男女の委員である太盛とエリカのコンビ。
エリカは、太盛の三歩後ろを歩いた。太盛に看病してもらってからの
エリカは彼にすっかり従順になり、彼を好きな気持ちが
行き過ぎて崇拝の対象となってしまった。そのため
太盛に対して常に敬語を使い、名前に様をつけて呼ぶようになった。

体育館で手荷物検査と簡単な思想チェック(レーニンのミドルネームは? 
ソ連が建国した年は? 血の日曜日事件はどの国と戦争している時に起きた?)
を受け、入場する。公開討論会は、全校生徒が集まる前で行われる。

体育館内は、大音量で音楽が流れていた。床に備え付けられた
四つのスーパーウーファーが床を振動させ、
重くも心地の良いリズム帯域が気分を嫌でも高揚させる。

ボーカルは、壇上に立つ女子のボリシェビキだ。
CD音源を伴奏にしながらマイクを片手に歌を歌いづけている。
体育館への入場は、彼女の歌を聞きながら行われていた。

各クラスごとに整列し、囚人を含めた全校生徒約2000名が揃った。
それに教員や校務員を含めた約100名が加わる。

女子のボリシェビキは合唱部のエースだけに、もはやマイクなど
いらぬのではないかというレベルの声量で歌い続けた。
彼女が歌っているのはカチューシャなどのロシア民謡ではなく、
誰もが耳にしたことのあるJPOP。いわゆる敵勢文化であった。

慣例ではロシア民謡やクラシックの声楽を中心として
オープニングセレモニーが開催されるのだが、
今回は特例として日本語の歌を会長が許可した。
日本で生まれ育った日本人には日本語の方が
リラックスできるとして中央委員部がポップスを提案したのだ。

女子の歌手は数曲歌い続けたが、生徒に最も印象が強く残ったのは
『あーよかったな 花花』であった。結婚式で流れる曲の定番だけあり、
ポジティブな歌詞が多く並ぶ。選挙前を絶望的な気分で過ごしている
であろう生徒達に配慮し、中央委員部の委員が選曲した。

その委員は、ポジティブ心理学の知識を応用し、
数ある日本の音楽から参考して採用した。中には歌謡曲も含まれていた。

委員の名前はフランス出身のボリシェビキ、クロエ・デュピィ。
二年の女子であり、サヤカの友達である。化粧が大の趣味で、
人形そのものの顔立ちをメイクで再現することでその美しさに定評があった。


「みなさん。おはようございます。私が本日の公開討論会の
 司会を務める、クロエです。クロエ・デュピィ。よろしくお願いします」

と言ってクロエが丁寧にお辞儀をする。長い茶色の髪が肩に垂れる。
音楽でさわやかな気分に浸っていた生徒達に、彼女の人間離れした
可憐さと可愛らしさに多くの生徒がため息をついた。

大きな丸い瞳、長いまつ毛、整った鼻筋、細い輪郭、
そして東アジア人風を装い、わざとのっぺりした風の顔の演出をしている。
そうすると白人特有の犬風の顔立ちは薄れ、完全に人形となる。

彼女が理想とする顔立ちは、韓国人女性の顔であり、
特に透き通った綺麗な肌に憧れていた。

男子は見惚れ、女子は彼女の目元のメイクの仕方を遠目からよく観察していた。

「今年は堅苦しい挨拶はなしにしましょう。まず素晴らしい歌声を披露してくれた
 住吉香織さんに拍手をお願います。ありがとうございます。
 私も彼女の素晴らしい歌声に元気をいただきました。
 これから選挙期間をみんなで頑張って乗り切りましょう!!
 さあ、それでは本日のメインイベントを始めるとしましょうか!!」

クロエの挨拶後に、女子の歌手が壇上を降り、入れ替わりに
三人の候補が上がってくる。マリカ、サヤカ、ミウの順でパイプ椅子に座った。

「公開討論会では、学内に関ることだけでなく社会全体で問題と
 されていることについて、司会の私から各候補に意見を伺います」

まず議題に上がったのは、日本の国防の問題点だった。

マリカとサヤカは米国依存であることを不満としてあげつつも、
それほど突っ込んだ意見は言わなかった。
米国と同盟関係が維持されている限り、核の傘に守られているも同然であり、
大国間の戦争に巻き込まれる可能性はおそらく当面の間ないとした。
その分内政に財を集中するべきだとする典型的な左翼思想である。

だがミウだけは立派な意見を持っていた。

「私は日本が独自の軍事力を持つべきだと思います。
 日本は米国の敗戦国であり政治的には奴隷になっていますが、
 戦前に比べて日本は発展しました。米国の対外債務、
 いわゆる米国債の最大保有国に日本と中国が挙げられます」

スガ政権の際に、オースティン防衛長官と、ブリンケン国務長官が揃って
日本を訪問した。バイデン政権発足後、初の外国訪問先として日本を選んだのだ。
その際にブリンケンら米国政府の権力者は、明らかにスガに媚を売っていた。

本来米国には直接関係ないはずの北朝鮮の拉致被害者の早期帰国、
また日中間の尖閣諸島をめぐる問題について米国政府と海軍が
全面的に協力すると約束し、感染拡大イベントと列強国から
酷評されていた東京五輪についても、米国政府は日本政府の英断を支持するとまで言った。
米国は実質的に『土下座外交』を日本に展開したとミウは説明しした。

スガより身長が20センチ以上高いブリンケン長官は、
両手を前に組み、腰を折ってスガの話に耳を傾けいる写真が残っており、
どうみでも格上の人に対する態度であった。
第二次大戦の戦勝国の政治家の態度ではなかった。

あのトランプ前大統領でさえ、ドイツやイタリアの政府に対して自動車関連の輸出で
儲けていることに関して口汚く罵倒し、さらには英国王室のハリー王子の妻(米国人)に
対してまで暴言を吐いたのは有名だ。それなのに日本に対しては公式記録で
罵倒したことは一度もなく、アベ首相に対しては自分の友達とまで言った。

さらに彼は日米首脳会談での晩餐会の時に、彼が選ぶ7人の
日本の大企業家(社長)を招待し、このように言った。

「君達に覚えておいてほしいのが、君達の会社のせいで、
 我が国が大きな貿易赤字を抱えていることだ。わかったね?
 今日は日本のトップを走る偉大な経営者の顔を見たいと思って
 招待したのだ。そう堅い顔をしないで食事を楽しもうではないか」

ソフトバンクやトヨタの社長は苦笑いをしたことだろう。
外人嫌いのトランプにしては、異例とも言える優しい言い方だった。
中国を外交的圧力でボコボコにしたのとはあまりにも対照的であり、
バイデン政権もその点では本質的には変わらない。

「バイデン政権ではコロナ化で200兆を超える財政支出を決定しました。
 財務長官であり元FRB議長のイエレン氏との相談の上に決定した、
 経済復興と雇用の最大化のための合理的な判断です。
 しかし政府債務はすでに上限に達しつつあり、先の上院での会議で債務上限の
 引き上げを行っています。したがって財政上の問題で米は日本に逆らえません」

続ける。

「日本に国債を売られたら、米が財政破綻してUSドルの信用が失われ、
 世界中の米国債が紙切れになってしまうからです。
 債権国筆頭の中国とも米は深刻な対立をしていますから、日本に頭を下げて
 これからも国債を売らないでくださいと言うしかないんです。
 このように、国際外交の視点でもお金を持っている方が偉いんですよ」

米国債の保有国。2021年のブルームバーグのデータでは、
第一位 中国 1兆680億ドル
第二位 日本 1兆3100億ドル

日本円換算で150兆を余裕で超える。
つまり日中関係を考えると、米国は自分が借金をした相手に
喧嘩を売っているも同然であり、日本の土下座せざるを得ない状態なのだ。

またトランプ政権に見られるように、米国一国で世界を支配し続けることを
嫌う政治家もいて、財政的にも負担が多すぎ、
また中国の台頭によってさらなる軍事力が必要になってくる。
したがって日本は軍国化を進めることも視野に入れるべきだとした。
そして時期を見て日米同盟の枠組みから外れることも不可能ではないとした。

日米同盟の鎖がなければ、日本は大胆な政治転換も容易となることを
ミウは付け足し、将来の革命の余地をわずかに残した。

「なるほど。さすが英国暮らしの経験があり、お父様が
 金融の専門家の高野候補。素晴らしい意見をありがとうございます。
 恐れながら、司会の私には米国債の話に関しては、何を言ってるのか
 さっぱり分かりませんでした!! 勉強不足ですみません!!」

わはは、と生徒の間で笑い声が広がる。
とても高校生で理解できる話でなかったことは事実だし、皆に共感された。
クロエが底抜けに明るいので、討論会は楽しい雰囲気に包まれていた。

「さて。次は日本の労働問題について意見を伺ってみましょうか」

これにはマリカが向きになって発言した。先ほどの米国の債務問題は
さすがのマリカでも理解できない内容だったので、ここで反撃に出るのだ。

厚生労働省が毎年発表している過労死者のリスト、およびハローワークと
協力して作り出す「ブラック企業リスト」を例に出し、
資本主義日本の奴隷的労働の実態を説明。

2018年より実施された特定技能の外国人実習生の
受け入れ制度で、実は底辺労働者(一次産業や二次産業の現場)では、
その年だけで指切断クラスの重傷者が「360名以上」、
労働に耐えきれず寮からの外国人脱走者が「7000人」以上いた
事実が厚生労働委員会で明らかになり、大問題になった。

また日本の実質賃金の伸び率の低さは深刻であり、
平成の失われた30年で、経済の低迷が続き、
日本人の賃金水準は、世界でも30番目以下であることを語った。
例えば韓国よりスロベキアよりも下なのである。
つまり日本人は働いても働いても豊かになることはなく。
それなのに労働時間の長さは世界有数あり、
現役世帯の人間の自殺率も世界でトップクラス。

人口減少の社会で多すぎる老人のために社会保障費はさらに
増え続け、政府のGDP比の財政赤字額(1100兆)はG7で最大。
これからも消費税も含めた各種税金は上がり
続けるしかない『生き地獄』だとマリカは言った。

(さすが井上さん……よく勉強してるわ。
 これほどの見識のある人は生徒会にもいないわ)

サヤカは言いたいことを全部言われただけでなく、
明らかに知識量でマリカに劣っていることを認識していた。

そこでサヤカは女性の貧困化をまず例に出した。
女性の非正規雇用率の高さと、コロナ化で職を失った
独身女性(やもめ)達が貧困から将来を絶望し自殺したこと。
貯蓄ゼロ世帯(あるいは住民税非課税世帯と言い換えてもいい)
は、一度職を失うとアパートを追い出されたり、住宅ローンが払えず
住宅を手放すことになり、職探しに失敗すると自殺に走る。
盗みなどの犯罪に走る人も中に入るだろう。

「現在の社会主義国ではキューバを見てください!!
 ソ連と同じように住居費や医療費を国が保証しますから、
 失職から自殺する人が全然いません!!
 またソ連では食料配給制度も存在しました!!
 今の日本でも自治体レベルの子ども食堂を始めとした
 福祉活動をしておりますが、国家のレベルではやってません!!」

したがって資本主義日本の政治は『金がない奴は死ね』と結論できる。 
この国には基本的人権が憲法によって保障されているが、
それは『ただし、金がある人のみ』という注意書きが必要である。

生活保護の申請は、たとえ子供が三人いるやもめ(離婚した女性のこと)が
困窮から訴えても認められなかった例が多々ある。一方で在日韓国人らを
中心とした特権階級が優先的に認可され、昼はパチンコをして遊んでいる。
(生活保護費は、月の支給額を全額使いきる決まりなのである。)

こういった在日特権を正すために『日本第一党』という
新興政党まで存在するとサヤカは説明した。 

「自民党の国会議員を見てください!!
 みんな自分の暮らしさえ良ければ国民はどうでもいい!!
 彼らは自分たちが法律を作れる立場だから偉いのです!!
 国民の暮らしなんて分かっていないのです!!
 どこの国の議員も金持ちが中心ですから、仕方ないのかもしれませんが、
 最後は気持ちですよ!! 不味しい人を救いたいと言う気持ち!!
 人を哀れむ心!! それがないから日本の政治は腐敗しているんですよ!!」

おおっ、と拍手がわく。
候補者の中でサヤカの声が一番大きく、彼女の声は甲高いアニメ声な
こともあり、館内に音楽のように響いた。実際に彼女はボリシェビキでなければ
合唱部を志望していたこともあり、声量には自信があった。

ミウもクロエ司会に指名されたが、これには控えめに
「私も両候補と同じ考えです。特に言うことはありません」
と言い、周囲を驚かせた。ただ……気になることも言った。

「金持ちを絶対に悪だと決めつけるのもどうかと思いますけどね。
 金持ちは、代々金持ちだし、先祖からの資産を大事に大事に
 受け継いで今がある。もちろん馬鹿じゃできないことだし、
 彼らの全てを悪と決めつけて資産を没収するのもどうかと思う」

と金持ちが言いそうな理屈をこねたので、多くの生徒を失望させた。

「ありがとうございます。三候補ともそれぞれ着眼点が違うので
 聞いている私達も勉強になります。
 それでは、次は学内政治について伺ってみましょう!!」

クロエがにこりと笑う。

本編 21 生徒会選挙 公開討論会2

    第二十四話「あーそれたぶんデマだよ」

生徒達が一番気になるが学内の政治である。

「今回は質問型の討論です。まず井上さんの考える
 常設委員会について、高野候補と近藤候補による質疑を行います」

ミウはさっそく突っかかった。

「失敗するに決まってるよ」

「どうしてそう思うの?」

「前も言ったけどね、マリカちゃんは夢見すぎなんだよ。
 一度もボリシェビキとして働いた経験がないのに、
 いきなりボリシェビキの組織を作り出そうなんて無茶だよ」

「私は組織委員部のお仕事のお手伝いなら一年生の時から
 やってる。まったく働いたことがないわけじゃないよ」

「でも実態が分かってない。私はアナスタシア代表の
 秘書をやった経験があるから、部の実態が分かっている。
 これ以上部を増やしたところで混乱のもとになるだけだって」

「やる前から否定に入るのは悪いことよ。
 確かに失敗する可能性もある。でも一度は試さないと
 意味がない。やってみる価値はあると、
 多くの生徒は思っているから私を支持しているんだと思う」

ミウは黙った。次にサヤカが、常設委員の創設に関して
現在の各クラス委員の賛同が得られているかを質問した。
マリカは出馬前の事前の調査で過半数の支持を得ていると答えた。

とりあえずサヤカは納得し、それ以上の質問をしなかった。

「ありがとうございました!! 
 さあ!! それでは次は、高野候補に質問をしてみましょう!!」

ここでサヤカが声を張り上げる。

「私は全校生徒が一番気になっているであろう疑問を、
 今ここで解消しようと思っています!!
 高野さんに質問します!! 科学部の実態を教えてください!!
 なぜ彼女らは今日も休んでいるのですか?
 また学内で大きな噂になっている化学兵器の正体についてもお願いします!!」

「はぁ……あのさぁ? アナスタシアが何度も話してる通りだよ。
 化学兵器なんて存在しないって。あれは私が演説でみんなを
 脅すためのはったりだよ。高校生の若い人が
 そんな高度な兵器を作れると思ってんの?」

「しかし科学部の人は諜報広報委員部の中でも指折りの
 エリート揃いで、しかも全員が全国から集められた飛び級の生徒です!!
 化学兵器を持ってないと考える方が不自然だと思いませんか!?」

「だから、ないって。そのために科学部の部室をボリシェビキに
 公開したんだよ。保安部の人も何度も立ち入ったけど、
 どこにも怪しげなものなんてなかったはずだよ」

「ではSNSで流行っている毒ガス兵器のことはどう説明するのですか?
 中央委員部が調べたところ、一部生徒が毒ガスをすでに
 保有しているとの情報がありますが!!」

「あーそれたぶんデマだよ。
 だってうちの部で今まで一度も開発に成功しなかったんだから。
 兵器の意味わかってる? 戦争でも使えるレベルの高度な
 技術をもって開発されるものを指すんだよ。
 仮に作れたとして維持管理はどうするの? さっきも言ったけど、
 軍の研究機関でもないのに作れるわけないじゃん」

「では、なぜクラス演説の時には、保安委員部の戦力無しでも
 我々中央委員部を壊滅させられると言ったのですか!!
 あれはどう解釈してもあなた方が秘密兵器を所有しているとしか
 思えない発言でしたよ!?」

「だから、脅しだって。マリカちゃんが強すぎるから、
 普通に演説しても勝てないと思ってみんなの恐怖をあおったの」

「あなたのせいで学校を休む生徒が続出したんですよ!!
 中には心を病んでいる一年生もいるそうです。兵器の真偽はともかくとして、
 生徒の模範となることを目指す人間がこれでは、これは……責任問題ですよ!! 
 選挙に勝つためのはったりだったで済む問題ですか!!」

「うん……そうだね。じゃあみんなの前で謝るよ。嘘ついてごめんなさい」

ミウは席を立ち頭を下げ、生徒がざわつく。
司会のクロエも困っていた。
そのスキを突いてマリカが横から切れ込む。

「あっクロエさん。私からもミウちゃんに質問しますね。
 ミウちゃんは今までに二人を殺したことはあるんですか?」

「ないに決まってるでしょ」

「では今は人を殺すことにためらいはありますか?」

「なにそれ誘導尋問? うざいけど応えてあげるよ。ある」

「あなたの理想のために多くの命が犠牲になったとしても、
 構いませんか? 罪悪感はありませんか?」

「構うし、罪悪感もあるよ。なに?
 君も私が大量破壊兵器を持ってると信じてるの?」

「いいえ。今持ってるかどうかは証明しようがないだろうから
 どうでもいい。私が知りたいのはあなたが潜在的な人殺しか
 どうかってことだよ。本当に人を殺してもなんとも思わないような
 奴だったら、あなたは絶対に人の上に立たない方がいい。
 そんな資格は絶対にない」

「ふーん。全否定するんだね。私のことを」

「生徒が気になっているのは、あなたの人間性なんだよ。
 あなたが仮に大量破壊兵器を持っているとしても、
 使うかどうかはあなたの判断だから。
 あなたに良心が少しでも残っていれば、使用をためらうはず」

「あっそう!! さっきから私の人間性を否定してるだけじゃない!!
 分かりましたよ!! 私が殺人鬼だってことにしておけば!!
 科学部の部室まで公開してるのにまだ疑われてるのは不愉快だけどさ!!」

憤慨するミウをなだめながら、クロエは次の質問先にサヤカを指名した。

まずマリカが手を挙げる。

「近藤さんの思想はずばり保守ですね。
 その考え方で、現在までの密告制度を主因とした
 冤罪の容疑者を減らすことができるのですか?」

「密告制度は今年の春から採用された制度でして、
 まだ実験の段階にあったと言えます。密告制度は中央委員部で
 よく検討してから細かい内容を変更する予定です。また冤罪にあった
 生徒には手厚い保証をすると同時に、本人たちから聞き取りをして
 再発防止のための方法に役立ていますよ」

「なるほど。では各部の仕事の割り振りについて聞きます。
 現在特に中央委員部の負担が大きいと思います。
 体育祭文化祭などの学校行事をすべて担当するだけでなく
 規則の制定や予算の管理、学内設備の保守点検など多岐にわたります。
 20名足らずの人数では多忙でしょう。そのために
 新しい部の創設をすることは意義のあることだと思いませんか?」

「確かに……。常設委員部に各クラスごとに自治をしていただけるなら
 すごく助かります。我々は取り締まる手間が省けるわけですから、
 事務に集中できる。特に諜報部が助かることでしょう」

「私が特に確認しておきたいのが、もちろん仮の話ですが、
 私が当選した場合は、中央委員部の皆さんには私の方針通りの
 新しい規則を作っていただきたいのです」

「もちろん従いますよ。この学園では会長の権限が強く、
 中央委員部を初め、その他の部も会長の意向通りに職務を
 行う決まりとなっていますから。ですから井上さんが
 考えている常設委員部も、中央委員部が正式に許可を出して発足させます。
 業務に必要な人員もしっかりと用意させていただきます」

「ありがとうございます。それを聞いて安心しました。
 逆に私が落選した場合は、そちらに一つだけお願いがあるのですが」

「なんでしょうか?」

「組織委員部の人数の増設をお願いしたいのです。
 囚人の管理に関する権限をもう少し引き上げていただければ、
 保安委員部と中央委員部の負担を減らしてあげることができます」

「それは結構なことですね。むしろこちらからお願いします。
 ところで井上さんは、仮に落選した場合はボリシェビキになる
 つもりで先ほどのお話をされたのですか?」

「いいえ。私は卒業まで一般生徒でいようと思っています。
 ただ、組織委員部には助言役として認められているので、
 たまに顔を出すことはあると思いますが」

「そうですか。井上さんは聡明な方ですし、ぜひボリシェビキに
 なることを進めますよ。もちろんうちの部でも大歓迎です」

「ありがとうございます。恐れ多いことです」

「なんだか質疑って感じがしませんでしたね。
 井上さんからの質問は以上でよろしいですか?」

「はい。ありがとうございました」

「こちらこそ。さて……」

問題はミウだった。先ほどからサヤカに質問したくてうずうずしていた。

「いや、何マリカちゃんと友達みたいなやり取りしてんの?
 見ててすごい腹立ったよ。しかも生徒の前で猫かぶっちゃってさ」

「……それは政策に関する質問なのですか?
 あいにくですが答える必要のない質問には答えませんよ」

「うん。だって私の言いたいことはひとつだよ。あんたの部の
 コネ採用の人間を公表しろってこと。この間、管理システムを
 開いたら中央委員部のデータが読み込めなくなっていた。ロックかけたでしょ?
 あんたは卑怯者だ。都合が悪いことは逃げてばかりのくせに、生徒の代表を目指すな」

「確かに過去にコネ採用があったのは認めます。
 ですが、過ちは当然どの組織にもあるわけですから、
 今後はそういったことのないよう努力します」

「それが政治家の言い方だって言ってんだよ!!
 あんたの父親って衆議院議員なんでしょ?
 私もテレビで見たこと何度もある。親父さんと
 全く同じ言い方してるじゃない。自分で気づいてないの?」

「なぜ私の父の話になるのでしょうか。 
 私の学内政策と何ら関係があるようには思えません」

「嘘つきだって言ってるんだよ!!
 政治家は国民によく嘘つくでしょ。
 あんたの言ってる事なんて、誰も信用してないんだよ」

「毒ガスを流通させた疑いのある高野さんに言われたくありませんね」

「ふん」

とミウは鼻を鳴らす。

「ガスガスってしつこいんだよ。私を攻撃する材料が
 それしかないからってしつこいなぁ。腹立ってきたよ。
 私、あんたの事大嫌いだから」

「今度は私への中傷ですか。
 最終的に私達の評価をしてくれるのは生徒や教師の皆さんですよ。
 あなたが個人が私をどう思おうと選挙の結果には影響ありません。
 そもそも高野さんは質問する気があるのですか?
 ないならこれで終わりにしますが」

「私があんたを一番気に入らない理由はね、親が金持ちだってことだよ。
 ネットで調べたよ。衆議院議員に10期連続当選。地位は政調会長。
 年収5000万とかでしょ? 典型的な金持ち。特権階級。資本家。
 あんた、もうダメじゃん。全然ボリシェビキになる資格ないよ。
 なんでお金に不自由したことのない奴が生徒会長を目指しちゃったの? 
 貧しい女性を救いたい……? 貧困撲滅……?
 ならあんたが今すぐ全財産を捨ててアパートで一人暮らしでもしてみろよ」

サヤカは手を固く握りしめ、小刻みに震えていた。怒りに耐えているのだ。
今すぐに怒鳴り散らしてしまいたいが、ここには全校生徒と教員がいる。
囚人でさえ参加を許され、体育館のすみに集められているのだ。

「ねえ近藤!! あんたもテレビで見る政治家と全く同じだよ!!
 自分の生命も財産も侵害される恐れがなくて、雲の上であぐらを
 かいて、下界を見下ろしてるだけの偽善者!! こんな奴に
 権力を与えてもね、すぐに公約なんて忘れて私欲に走るんだよ!!
 来年度の中央委員部の予算は、こいつの小遣いだ!! 
 学校の組織も、人も、規則も、全部こいつが好き放題にできるんだよ!!」

ここでマリカが口をはさむ。

「それは近藤さんに対する誹謗中傷となりますよ。
 討論会の場でするべき話ではないわ。撤回しなさい」

「いやいや、なんで!? どこが誹謗中傷なの? 真実じゃん!!
 金に困ったこともない、権力もある人間が、どうして弱い人の
 立場に立って物事を考えられるの!! そんなの無理だよ!!
 だって日本の政治が証明している!! 近藤サヤカは根本的に
 ボリシェビキには向いてない存在なんだよ!!」

「黙れえええええ!!」

サヤカが、吠えた。

「私のことはいくら馬鹿にしてもいい。でも父のことを
 金目当ての政治家みたいに言うのだけは許さない!!
 高野さんは衆議院予算委員会を一度でも見たことがあるの!?
 私の父はアベ政権の時から外人奴隷法案(特定技能)への反対!!
 毎月勤労統計の虚偽の証明、裁量労働制(過労死法案)への反対、
 近畿財務局の決済問題(森友学園)についてもすべての党に先立てて、
 いち早く問題を指摘して改善しようとした!!」

さやかが猛然と噛みつくようにまくし立てる。

「自民党の政治が続いて30年間も経済が停滞し、
 多くの国民が生きる権利を失われつつあることをみんなが知っている。
 だから止めようとしたけど、有権者の7割がシルバーだから
 彼らは自分の年金だけもらえれば後はどうでもいい!!
 若者は選挙に参加しないから、どんどん老人有利で若者が 
 賃金奴隷にされる法律ばかりできていく!! それを止めようとしたのよ!!」

続ける。

「でも何をやっても無駄だった!! だって自民党の一党独裁だから!!
 結果的には野党議員なんている意味がないのよ!!
 それでも!! 諦めるわけにはいかないのよ!! 貧しくて死にそうな
 人が確かにそこにいる!! あと少し、あと一か月分の給付金があれば
 生き延びて、無事に就職して今でも元気に働いてくれた可能性があった!!
 でも自民党はそういう人を全部殺そうとしてる!! だから私は許せない!!」

サヤカはまだ続ける。

「高野さん言ったわよね? 私がお金に困ったことがないって。
 ええ。確かにそうよ。でも私はお金の無駄使いなんてしてない!!
 高級品、ブランドものには興味ない!! あなたと違って海外にも行ったことない!!
 私は今の仕事が好きだから。仕事さえしていればそれで満足してる。
 信じてもらえないでしょうけど、毎年のお年玉はほとんど
 使わずに孤児院に寄付してるわ。最近は寄付を名乗った怪しい団体が
 多いから、お金は園長先生に直接手渡しているのよ!!」

ミウは、圧倒されて口がはさめない。

「たまに東京にいる父から電話が来るわ。学校ではうまくやってるかって。
 私は何も問題がないって答えるわ。だって私は誇りをもってやってるもの!!
 私には理念がある!! 誇りがある!! 信念がある!! 父親譲りの
 強い気持ちがある!! その気持ちまでをあんたに否定される筋合いはない!!」

「うん……」

とミウがうなだれる。

「私の父はね、生まれが宇都宮なんだけど、私が小学校を卒業してから
 国会議員になって、ずっと東京に暮らしているわ。私は母親や弟たちと
 宇都宮から引っ越して足利で暮らしている。この学年に入るためにね。
 引っ越しの費用も住居費も、日本で四番目に高い学費も、全部父が
 出してくれてる。昔は家族に顔を見せずお金しかくれない人なんだと
 思っていた時期もあった。でも今では、パパのことを尊敬しているわ!!
 だから私の父のことを否定するのは止めて!!」

「ごめん……。確かに悪かったよ」

とミウは素直に頭を下げた。

サヤカの方も、相手が素直な反応を見せたのでこれ以上は怒鳴れなくなる。
生徒達の方を見ると、やはり呆然としていた。

(やっちゃった……。こんなに多くの人の前で……私……バカだ……)

その時だった。サヤカの視界がぐるりと回転した。
司会のクロエが何かを言い、いよいよ最後の挨拶として
三人の候補が順番に立つことになったのだが、サヤカは立ち上がった瞬間に
肩を前に出した状態で床に倒れ、そのまま意識を失った。

原因は過労とストレスによるものだった。
2学期が始まって以来多忙が続いたサヤカは、ミウとの舌戦がきっかけで
脳の処理能力が限界を超えてしまい、突発性の頭痛で倒れてしまったのだ。

本編 22 生徒会選挙 サヤカの涙(最終回)

 第二十五話「むしろ他の人は考えられねえっす。マジで」


「うーん……頭痛っ……」

「だめだよ。まだ寝てないと」
「太盛様の言う通りですわ。安静にして」

サヤカが目が覚めると、太盛とエリカが簡易ベッドにいた。
サヤカは自分が保健室ではなく副会長室にいることを知った。
会長と副会長には泊まり込みで仕事ができるよう仮眠室が設けられているのだ。

保健室は具合の悪くなった生徒が使っているため、
副会長室の方が適切だろうとアキラが判断してくれたのだ。

「うっ……はぁはぁ。こんなに頭が痛いの初めて……。体に力が入らない」

「辛そうだね……。顔が真っ青だよ。アクエリアスがあるから飲んでくれ」

「ありがとう。いただくわ。喉カラカラだったのよ」

ペットボトルに口を付けながら腕時計をちらりと見る。
すでに3時半。6時間目の授業が終わっている時間だった。
サヤカは力なくベッドに横たわり、壁を見ながら話をした。

「あれから……討論会はどうなったの?」

「最後の挨拶だけして無事に終わったよ。
 あの後は何も変わったことはなかったから安心してくれ」

「そう……」

サヤカは自分の失態を振り返り、布団のすそを握りながら涙を流していた。
涙が彼らに見られないように、壁際を向いていたのだ。

「私……やっぱりダメだなぁ。
 最後に倒れちゃうなんて、体調管理ができてない証拠だ。
 たくさんの人の支持を失っちゃったと思う。
 橘さんには推薦人までやってもらったのに、ごめんね……」

「サヤカさんはダメなんかじゃないわ!! 
 他の誰よりも立派だったわよ!!」

「俺もそう思う!! 君は生徒思いの優しい人じゃないか!!」

「ふふ……ありがとね。でもね、私は結局高野さんに怒鳴り散らしちゃったのよ。
 確かに最初に仕掛けてきたのはあっちだけど、私もムキになって反論しちゃって、
 話す必要もない父の話をしてしまった。なんて感情的。なんて短絡的。
 こんな情けない女、一体誰が支持してくれるのよ」

「あれは高野ミウの誘導尋問みたいなものよ!!」

「そうだそうだ!! ミウも最後は君に謝っていたぞ!!」

「本当はね……私よりも井上さんの方がリーダーに向いているのは分かってる。
 あの子、私より絶対に頭が良いし、周りをまとめる力もある。
 人を引き付ける力を、たぶん生まれつき持っている。むしろ井上さんが
 対立候補で良かったわ。これからの生徒会を安心して任せられる。
 私を今日まで支えてくれた……中央委員部……のみんなにも……あとであやま……」

最後まで言い終わる前に、サヤカは両手で顔を覆い、大泣きした。
気持ちの糸が切れてしまったのだ。
今まで生徒の前で毅然とした態度を取ってきた彼女の
変わり果てた姿を見せられて、エリカはポロポロと涙を流し、
太盛は腕で目頭を押さえて泣いた。

ふたりには、もうサヤカにかけてあげるべき言葉が見つからない。
俺達は絶対に君を支持するから!! と言っても今さら何にになる。
彼女は立派な人だった。ガスマスクの支給や爆発物の確認の徹底など、
あるかどうかも分からない化学兵器のために、
本気で生徒を救おうと努力をしてくれた。

サヤカは病気に伏せたせいで、自分の落選が確実だと思い込んでいる。
早く恋人のモチオが帰ってくればいいのだが、彼は中央委員部の会議に
参加しているから、その間の看病を太盛たちに任せてしまっている。

誰かいればいいのだ。君が本当に立派な人だと伝えてくれる人が。

「……さーせん。失礼します。近藤さんの具合は大丈夫っすか?」

いかにもぶっきらぼうな、だがどこか懐かしい口調だ。

サヤカが、扉を開けて入って来たその人物を見た。

「あ、あなたは一年生の?」

「うす。俺、1年6組のもんです。川口ミキオっす」

ミキオに続いて6組のクラス委員の男女も入って来た。
他にも3名の生徒が入って来た。みんな6組の生徒だった。
その中でミキオが代表して言う。

「近藤先輩が急に倒れたんで俺ら心配してたんす。大丈夫なんすか?」

「え、ええ。少し頭痛がするけど突発的なものだから、
 たぶん寝てれば治ると思う……」

「そすか。変な病気とかじゃなさそうで、よかったっす」

「ありがと……でもどうしてわざわざこの部屋に?」

「あー俺ら、あれっすよ。先輩に謝ろうと思って来たんす。
 あと感謝の言葉を」

「え……?」

「俺ら、近藤先輩のこと、完全に誤解してたっす。まじサーセンした。
 クラス演説の時に、先輩はすごく思いやりがって
 優しい人だって橘先輩が言ってましたよね。あれがマジだったって
 わかったんで、俺は近藤先輩に票を入れることにしました」

「え……え? 私なんかでいいの?」

「むしろ他の人は考えられねえっす。マジで」
 
ミキオは握手がしたいと言ってきたので、サヤカは喜んで応じた。

他の生徒もサヤカを励ましてくれた。

「あの、私達も近藤先輩を応援してます!!」
「先輩の思いはみんなに伝わってますよ!!」
「他の皆も近藤先輩が良いって言ってますよ!!」
「選挙の結果が楽しみですね!! 一緒に頑張りましょうよ!!」

暖かい言葉だった。後輩からの嘘偽りのない励ましの
言葉に、サヤカはまた目頭が熱くなった。

彼らは知っていたのだ。近藤サヤカが、ミウの恐怖で学校を欠席した
生徒一人一人の携帯にわざわざ電話をかけていたことを。
学校では爆発物等がないか厳重に取り締まりをしているから、
体調が良くなったらまた来なさいと。今回は事情が特殊だから、
最悪選挙日に来れなかったとしてもリモートでの投票を許可するとまで言った。

選挙期間中、彼女が職場に出勤して最初に聞くことは、
「今日は欠席者は出ましたか?」だった。欠席者は一年生が
多かったから登校拒否にならないよう心配してくれた。

サヤカは当然のことをしたと思ってるから、電話連絡の件は
関係者以外の誰にも話してない。彼女は普段から自分の功を誇ることはない。
孤児院への寄付の件も、今日初めてみんなの前で話したことだ。

誰かに褒められたいから……名誉のためにやってるわけではない。
ただ困っている人がいたら手を差し伸べてあげたいと思ったのだ。

彼女は幼少の頃から、父から貧しい人の話を聞かされて育った。
貧しい人たちは、国にと企業に意地悪をされて、
どんなに働いても生活に必要な最低限のお金しかもらないのだと。

幼いサヤカは父にこう言った。

『お父さんがお金をたくさん持ってるなら、その人にお金をあげれば?
 そうしたらその人はお金に困らなくなるよ』

『世の中にはお金のない人が、たくさんいるんだよ。
 この国には、お金を一円も持ってない人が三人に一人もいるんだ。
 お父さんがその人たち全員に、お金をあげるわけにはいかないんだよ。
 ひとりの人間にできることなんて、ちっぽけなものさ』

しかし父は、政治の力ならば、富の分配ができると言った。
貧しい人を救う最大の力は、国家権力である政治。税の分配だ。
だからサヤカが今の優しい心を大人になるまで持ち続けられるなら、
政治家を目指しなさいと言い、娘の頭をなでた。

『分かったよお父さん。わたしは、政治家になるね』

サヤカの懐かしい思い出だった。

一年生たちが順番にサヤカと握手してから去って行った。
部屋が静かになった時、太盛が大きな声でこう宣言した。

「サヤカさん!! 俺も絶対に君に投票するからな!! 絶対だ!!」

「私も太盛様と全く同じ気持ちです……。あなたの友であることを誇りに思うわ」

「ありがとう。ふたりとも。本当に……ありがとう……」

その後、副会長室に行けばサヤカ候補と握手できるとうわさが広まり、
色々な生徒が帰り際に訪れてくれた。その中には教師まで含まれていた。
サヤカは今まで生きて、こんなにも人の温かみを感じたことがなかった。


そして選挙当日。ロシア革命記念日の11月7日。

この日はさすがに科学部の面々も登校してきて、彼女らが
科学部だと分かると、生徒達から罵声が浴びせられる。

「な、なんなのにゃ~。さっき廊下で空き缶を投げられたにゃ!!」
「なんでみゃーたちはこんなに嫌われてるのにゃ!?」
「通りかかった先生にまで人殺し集団とか言われちゃったみょ!?」

彼女らが爆弾などを作ってないのは本当だった。

科学部の面々は、学園側からフリーダムでいることが許されているので
研究意欲が失われいき、次第にはネットゲームが流行してみんなが
自宅に引きこもってゲームばかりやるようになってしまった。
論文や研究成果は適当なものをでっちあげて、中央委員部と諜報広報委員部に
提出していた。どうせ誰も理解できないのだからと、ネットでコピペしたのもあった。

さらにはミウに「選挙期間中は来なくていい。投票日だけ
来てくれればいいから」と言われ、素直に従って自宅でゲームをしていた。
ただそれだけなのだ。本当にBC兵器など存在しなかった。

彼女らの容疑が晴れるのは、選挙後の釈明会見を待たないといけない。

いよいよ投票が始まる。
体育館に監視カメラが5つも設置された状態で投票が行われた。
投票所の列に並ぶ生徒達は、言葉を交わさずとも
皆が誰に入れるのか、なんとなく分かっていた。

その後、テレビ中継で開票作業が行われた。
とある候補者の票が途中で過半数を超えた時点で、作業は中止となった。

直ちに校内アナウンスを流し、
近藤サヤカが新しい生徒会長になったことを告げた。
最終的に全校の7割の支持を得ていたことが明らかになった

学園記者クラブの人間が、なぜサヤカさんを選んだのですかと
生徒に聞くと、皆が口をそろえてこう言った。

『僕達は勉強のできるエリートの人じゃなくて、 
  心がエリートの人を選んだからです』


                        終わり。

もしも、もしもの高野ミウのお話。

もしも、もしもの高野ミウのお話。

学園生活シリーズの新作にして、毎度おなじみのサイドストーリーである。 今回は最大のテーマを『原点回帰』としている。 今回の主人公は高校2年生の高野ミウとした。 高2といえば、初代の学園生活ではミウがナツキに 口説かれてボリシェビキに入るのだが、今回はそれがない。 高野ミウには過去作品のような強大な権力がなく、 根暗な美少女として学園生活を送る様を描く。 主要なテーマは、 『恋愛』 『女子のいじめ』 『美術部』 『強制収容所』 であるが、はっきり言って今までの作品と大差ない。 特に『序章 そのいち』~『序章 そのさん』までは、つまらないので読む必要がない。 『本編』と書かれた話数から読んでほしい。

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  • 長編
  • 恋愛
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  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-11-22

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 序章 そのいち 
  2. 序章 そのに
  3. 序章 そのさん
  4. 本編 1 強制収容所2号室で囚人として生活する高野ミウ 
  5. 本編 2 強制収容所2号室で囚人として生活する高野ミウ
  6. 本編 3 執務室で召使いとして生活する高野ミウ
  7. 本編 4 執務室で召使いとして生活する高野ミウ
  8. 歴史の話 1 ボリシェビキとは何か
  9. 本編 5 体育祭の準備
  10. 本編 6 体育祭の準備
  11. 本編7 ミウが科学部に興味を示す。
  12. 本編8 ミウが科学部に興味を示す。
  13. 本編 9 タチバナ
  14. 本編 10 文化祭
  15. 本編 11 文化祭
  16. 本編 12 文化祭 三日前
  17. 本編 13 文化祭 前日
  18. 本編 14 文化祭 エリカのお見舞い
  19.  歴史の話2  ロシア革命について
  20.  本編 15 生徒会選挙
  21. 本編 16 生徒会選挙
  22.  歴史の話 3 尾崎秀実 (ソ連のスパイ)
  23. 法の話  『日本における死刑』
  24. 余談 学園生活シリーズのキャラの容姿の参考例
  25. 本編 17 生徒会選挙  マリカの演説。1年6組を訪問。
  26. 本編 18 生徒会選挙 サヤカの演説
  27. 本編 19 生徒会選挙 ミウの演説
  28. 本編 20 生徒会選挙 公開討論会
  29. 本編 21 生徒会選挙 公開討論会2
  30. 本編 22 生徒会選挙 サヤカの涙(最終回)