ヒトリシズカの花香る里

秋邑 茨


   (1)運命(うんめい)なんて変えられる


 運命って残こくだと思う。どんな家に生まれて、どんな環境で育ったかで人生と言うか、将来というか、自分の生き方や性格まで操作されてしまうのだから。残こくとしか言いようがない。
 朝の忙しい時間くらいしか顔をあわせない母親と一週間顔を見ないのが珍しくもない父親のことを考えると、最近のシュウヤは 「運命」 という言葉の意味を考えずにはいられなかった。

【運命】
 人の意思とは関係なく、人に幸不幸をあたえる力。
 めぐり合わせ。運。
 すべては運命の支配下にあり、努力ではどうにもならないとする考え。
 
 今つめ終えただばかりの、学習塾の教材が入ったショルダーバッグを見つめながら、さっき国語辞典でひいた言葉の意味をふたたび考えたシュウヤは、小学六年生の体には大きすぎる薄茶色のデイパックに、貯金のすべてが入ったスチール缶の貯金箱とパーカーを丸めてつめ込めこんだ。
 母親が買ってきたダウンコートを着てくか迷う。フードは邪魔だし、濃紺色もどうかと思うし、誕生日プレゼントにコレ。あり得ないし、 (どうして訊いてくれないんだよ。 「何がいい?」 って)。 そもそも、自分だったらダウンなんか選ばない。でも、福島は神奈川とは寒さが違う。小さくなったハーフコートは機(のう)的とは言えない。 「実用性」 と、大袈裟に 「信念」 という言葉をおでこの上に思い描いてみる。頭の左に浮かんだのは実用性だった。シュウヤはダウンを着、階段を下り玄関を出た。
「あら、シュウちゃん。お正月なのに塾? えらいわねえ」
 暮れなのに塾? 一週間前に聞いたのと似た言葉をかける隣りのおばさんは、黒いベンチコート姿で、中綿入りのショートブーツをはいて、右手に竹ぼうきを持っている。立ち姿まで同じだとシュウヤ思う。ひたいに汗していないところだけが違って見えた。
 シュウヤは、
「遅刻しそうなんです、ごめんなさい」
 目を合わせないように言い、アプローチの飛び石を一つとばしで駆けぬけ道路に出、駅の方向へ走った。
 人どおりの少ない用水路沿いでバッグをおろし、カラカラと音がなっていた貯金箱をパーカーでつつみ直して、バッグをかつぎ直すと、ドキドキが引いていくのがわかった。足取りも軽くなった気がする。
 小型の巡回バスがのんびり走る通りに出るとあの日の、
 ――この町から日本を変えます! あなたの一票でわたくしたちの暮らしは変わるんです、変えられるんです、変えるんです! 変えましょう。
 選挙カーと鉢合わせになった光景が思い出された。確か、市議会議員をえらぶ選挙で、 (小六のぼくに訴えても仕方ないじゃん。) (しゃがれた声なんか出してさ。) そう思うのにちょっと遅れて、対照的に口数の少ない両親の顔が浮かんだんだ。
 母さんと父さんがぼくに求めるのは人より勝れた人になること。人の先を行くこと、前を歩くこと、人の上に立つこと。一流とか特別とか別格が好きだからな、あの二人は。とにかく平凡がイヤなんだ。だから中学受験に合格したら都会の高層マンションに引っ越すなんてどうでもいいことを言い出すんだ。行っても行かなくても変わらない有名進学塾に通わせ、英会話を習わせて、もうやめちゃったけどピアノ教室まで行かせたりして。
 あの日と同じように、卒園した幼稚園の裏手をまわり、いっそう寒気を感じさせる沼沢(しょうたく)地に出たシュウヤは 「そもそも義務教育で中学受験って何だよ」 声に出していた。
 砂利で整備された遊歩道をしばらく行くと、(やぶ)の茂みの隅から尾っぽが体くらい長く黒い目出し帽をかぶったようなオナガが四羽、林にむかって飛びたった。
「なあんだ。ここにいたの」
 親子のようなツグミとジョウビタキが湿地の地面をつついている。
(見送りにきてくれたのかい? ぼくのことを。)
 じっと見ていたせいか 「違うよ。」 という意思表示なのか。ツグミが先に羽ばたいた。春から秋の終わる頃まですごすというシベリアでは、人を見かける機会が少ないのかもしれない。愛らしいが警戒心の強い鳥だ。
 湿地の端の冬鳥たちのねぐらであろう藪にむかって、
「また会おうね」 きっと。どこかで。
 声をかけて歩き出す。
 旅立ちのスタート地点の駅まで、あと十分。ぼくは変わる。変えてやる。大丈夫、じっちゃんがいるんだから。 


 新宿に出てJRを乗り継ぎ常磐線に乗ったのは、午後二時近く。駅近の自転車屋の隣りにある 「アカ本屋」 と呼ばれる、古本屋に立ち寄ったせいだ。
 入口の床に積み上げられた本は表紙まで黄ばんでいて、せまい店内を体を横にそろそろ進むと、灯油とたばことカビっぽい臭いが入りまじった異臭が空気を汚していて、天井はまっ黄色、たぶん壁紙も同じなんだと思う。本棚にかくれて見えなかったけど。アカ本屋と呼ばれる理由がわかった気がした、手垢の ”アカ” を茶化(ちゃか)して言っているのだと。
 下を向き、眠っているように見えた店主のおじさんは、どの本を選ぶか迷っているぼくに、 「何をさがしているのか」 「どんな本を読みたいのか」、 いちいちいろいろ訊いてきた。早く出て行ってほしかったわけでなく、世話を焼きたかったんだと思う。
 なるべくキレイな本という言葉を飲み込み 「昔の本で、おじさんがぼくに読ませたいと思う本」 と伝えると、年齢と趣味と性格を訊かれて、夏目漱石や武者小路、太宰などの本の内容を一冊一冊説明して、けっきょくこれ。山本有三という作家の 「表紙の男の子が君に似ている」 と言われた 「路傍(ろぼう)の石」 と、 「これも入れておくよ」 と紙袋に入れてくれた 「真実一路(しんじついちろ)」 の文庫本。二冊で150円。一冊サービスしてくれたのに気づいたのは常磐線の電車の中。夢中で読んだ。厚みのある、路傍の石から。
 でも、1/3くらいまで読んだところで。

あづき煮て やぶ入り待つや 母ひとり

 吾一を待つ母親 「おれんさん」 の気もちを考えていたら、もっとていねいに読まないと悪いような気がして、219ページ目で本を閉じてじっちゃんのことを考えはじめた。
 何を話せばいいんだろう。死んじゃったおばあちゃんってどんな人だったの? さほど興味はないのだけど子どもの頃の母さんってどんな子だった? いやあ、やさしいじっちゃんのことだ、じっちゃんの方から話し掛けてくれるに決まってる。
 ただ、竹とんぼや竹の筒で作った水テッポウに、コップ、コウリとか言ったっけ、竹をあんで作った小型の衣装ケースみたいな入れ物の作り方を教えてもらおう。それに釣り、ねずみ花火と線香花火も……真冬は無理か。
 くもっていた窓ガラスがいつの間にかに晴れ、田舎らしい風景がながれ始めると、心地のよい陽気がシュウヤを眠りにさそった。
 ――お前のお母さんはそれはそれはやさしい……じっちゃんやばっちゃんの肩をもんでくれたり……よく手つだいをする……親思いのすなおな子……。
 


   (2)岐路(きろ)


 三が日が明けて二日、まだ松の内だというのに。あんなに大勢の参列者が来てくださるとは、思ってもみなかった。
 母妙子(たえこ)の火葬を終え莞恩寺にもどった信恵(のぶえ)は、二日間の葬儀の忙しさと、十日間におよぶ妙子の看病で疲れ果てていた。
 皆さん、本日は暮れの御多忙の折にもかかわらず、母妙子のために――私は町民のみなさまが笑顔で暮らせえるように、皆さまを代表して、皆さんの声を国政に届ける所存――。
 マイクロバスで火葬場から戻ってきた兄善行(よしゆき)は、身振り手振りをまじえて “聴衆” に訴える。花輪花(かご)(たぐい)はすでに片づけられ、人の数はまばらである。まだ噂でしかない国政選挙は春、兄の予想では四月中旬から下旬の間。本人は確実というけど、まだ三か月以上ある。だから頭にくる。
 お通夜には来ない、入院中病院にきたのはたったの二日、三十分もいなかったくせに。わたしはお母さんが倒れてから本葬の今日までクリスマスも年末もなく睡眠もまともに取れず、麻衣ちゃんに点滴を勧められるくらい忙しかったのに喪主(もしゅ)はわたしに押しつけて、俺は選挙があるからって何よ。悲しむ(いとま)もなかったのはお互いそうかもしれないけれど、兄貴にとっては実母の葬儀も選挙活動、票集めの絶好機、わたしは絶対にあなたには投票しませんから!
 ――では、私はこれにておいとまを……。
「いろいろとご苦労さんだったね。つかれただろ」
 高校を卒業するまでは話し掛けようともしなかった父であり、莞恩寺住職(しゃく)庸道(ようどう)が語りかける。
「お父さんこそ……」 住持として最も多忙な年末年始。お寺と病院の往復で寝る間もなく、お別れにも立ち会えず。辛かったと思う。
「足は大丈夫かい。痛みのほうは?」
「大丈夫。何ともないわ」
 三年前。大学一年の夏。競泳のウエイトトレーニング中にアキレス(ケン)を断裂し、二か月間ギプスをつけた不自由な生活がつづいた時期から、釈庸道から父坂部義道に変わることが多くなった、と信恵は思う。
「信望が厚かったからな。母さんは」
 境内を見わたす顔が、十一年前まで行っていた “お花まつり” が終わった後と同じに見える。
「正しくて、やさしくて、尊敬できる人だった……」
 怒った顔など見たことがない。朗らかで心のきれいな女性だったと思う。ただ一度だけ、父に訴えたことがあるという。
 母の法名(ほうみょう)は釈妙清(みょうせい)。妙の字は妙子からとり、もう一字はその人となりを表す字をあてるのが、法名を決める上で慣例らしいが、その 「清」 という漢字のことでもめたらしい。結婚してまだ間もない頃――。
 清いはいい言葉だと思うし、そう思ってくれるのは嬉しいわ。でも同じ意味なら聖いのほう、 「せい」 の字にして。妙聖に。
 聖はキリスト教を連想させるからね……。なら 「しょう」 ならいいでしょう? 問題ある?――。親鸞聖人(しんらんしょうにん)と同じ読みになる……。それだけ親鸞さんを慕っているという事になると思いますけど――。たしかに同じ 「きよい」 だが、清には汚れのないという意味があり、聖は尊いという意味を含む。僕の君に対する印象は 「清」 なんだよ。汚れのないほうの清……。
 それで納得というか、お母さんが折れたらしい。 
「準備はできているのかい、就職のほう。いろいろあるだろう」
 会話をしたいのか、母の話題は避けたいのか。父は話題をかえた。
「それどころじゃなかったし、いまは考えたくないわ」
「大学を卒業したから就職せねばならない、という法はないんだからね。要は人生とどう向き合い、どのように生きるかだ。迷い悩む者ほど、御仏(みほとけ)は心に留め、愛してくださる」
 不動産取引業への就職が信恵の本意でないことは庸道にもわかっていた。進むべき道がわからないでいる、信恵の胸中も。
 票になりそうな参列者と話していた善行が、
「信恵お前、ほんとうにアノ会社で働くつもりか。苦労して教員免許とったんだ学校に勤めればいいだろ、学校に。なんならウチの事務所で雇ってやってもいいぞ。毎日顔を付き合わせるってわけじゃないんだしよ。じゃ父さん、俺行くから」 一方的に喋って踵を返す。
 アノ会社があんな(ろく)でもない会社に聞こえた。そうかもしれないし、そうだとしても、兄貴の事務所で働くなんて教員になるのと同じくらい嫌だ。保護者いや、有力者にはペコペコヘコヘコ。スタッフには上から目線かつ横柄。村議会議員時代から、町議会議員になった今でさえふんずりかえっているのに、衆議院議員になんてなったらどうなるんだろう。
「すすんで悩むことはないぞ。いまのお前のままご縁を待てばいい。阿弥陀仏(あみだぶつ)は必ず救ってくださるのだから」
 浄土真宗(じょうどしんしゅう)の神髄というか本質というか、父の口癖というか決めゼリフ。今のあなたのまま――。
 そんなに甘くない。興味も関心もない会社しか内定を貰えなかったのは自業自得とはいえ、大学で行われた面接対策セミナーの講師の 「ありのままのあなたを企業は見たいのです」 という言葉を真に受けたのが敗北のいちばんの原因だ。
「これほど盛況な葬儀を執り行えたのは久しぶりだが、町の過疎(かそ)化は加速するいっぽうで、檀家も門徒宗(もんとしゅう)も減るばかりだ。母さんがいなくなってしまった今後は、尚更かもしれないな」
 父が住持のお勤めにまい進できたのは、陰の実務や来訪者の相手などを一手に(にな)ったお母さんのおかげ。あ。
 もしかしたらお父さん、わたしにお母さんの代りをしてほしいと思っているんじゃ……。
「志望する会社でなくても良いところはある。悪いところも。だからこそ、自分らしさを失わんように」
 お父さんが強調したいのは後ろにくる言葉。檀家さんのもとに歩みよる背中が小さく見えた。
 庸道の願いを信恵は理解した。



   (3)ともしびは消え灯るもの


 目指すはじっちゃんのいる天馬(てんま)村。福島県の南端だ。植田駅で下車して、稲見川沿いをしばらく歩く。何とか富士とかいう山が見えさせすれば、辿(たど)り着ける自信はあった。
 何の不安もない。道を覚えるのは得意だし、何とか富士を右手に見て 「あとは北上あるのみだ」。 父さんの言うとおりに行けば、明るいうちにはじっちゃんに会える。
 二人はまだぼくの家出に気づいていないだろう。母さんは年明けのせいか最近遅いし、父さんは毎日遅いから。気がつくのは明朝だ。
 県道から稲見川が徐々に離れて行く。片田舎らしい風景にシュウヤは、気持が落ち着いていくのと同時に、この辺りに地蔵(じぞう)が多いことに気づいた。しかもどの地蔵にも、真新しい供え物が置いてあり、地蔵の赤い前かけはアイロンをかけたばかりのようにパリッとしている。湯のみ茶碗は洗ったばかりみたいだ。
「またあるぞ」
 山に向かう登り坂のカーブ付近にある地蔵を見、シュウヤは学校のそばにある六地蔵を思い出した――。

 ――いいかよく聞けよ。お地蔵さんとかお地蔵様とか親しみをこめてそう呼ぶがな、ほんとうは地蔵菩薩(ぼさつ)といって観世音菩薩、つまり観音様(かんのんさま)と同じ地位にある菩薩様なんだぞ。では、なぜ六体あるか。それは六道といい 「地獄」「餓鬼(がき)」「畜生(ちくしょう)」「修羅(しゅら)」「人間」「天上」 の六つの世界にそれぞれ配されていてな、仏様にかわって我々生ある者を良い方向へ教え導いて下さるから……。
 
 人間がこの世で行った報い(むく)として行かねばならない 「六つの世界」 を六道という。 そんなことが図書館の仏教の本に書かれていたことを思い出す。
 シュウヤは地蔵菩薩の前で立ち止まって目をつぶり、手を合わせて、弓のように曲がったゆるやかな坂道をふたたび歩きだす。点在する地蔵菩薩といい坂道の勾配や長さといい、どちらも記憶になかった。道を間違えたのだろうか。そもそも降車駅を間違えたのかもしれない。 
 いやあ、何とか富士は右に見えるし、大丈夫。心配ない。父さんの車で来るのと違って見えて当然だ。歩きなんだから。
 黒い枝木が雪のかぶった斜面から伸び出る何とか富士の向こう、太陽が傾いたように見えた。すぐに日は落ち、かなりの間隔を置いて立つ細く頼りない外灯がつくはず。左右を覆うようにして枝を伸ばす喬木(きょうぼく)が暗く見せているのかもしれない。
 何気なくやりすごした似たような平屋の民家はすっかり見なくなった。石垣の上の民家の庭から聞こえたおばあさんと思われる女性の笑い声が、なつかしくあたたかく思えた。
 引き返そうか。通年そこにあるような霜柱を見てシュウヤの不安が増した。車が通れば無理してでも止め事情を話して、じっちゃんの家に連れて行ってくれるように頼もう。山を下ってくる車とすれ違ったのがずいぶん前のことに思えた。野宿という言葉がよぎる。寒さは何とかなると思うけど、山の中で一人一夜を明かすのは正直不安だ。
 やっぱり引き返そう、いや。道は合っているのだから、今さら後もどりなんてしたくない。早く点けよ。シュウヤは点在する外灯を目標に歩きつづけた。
 人に会いたい人間の姿を見たい、私鉄で常磐線のホームで見た振り袖姿の女の人が懐かしい。それはともかく民家が見たい、屋根とベンチがある公園みたいなところで休みたい。家のそばのきづき公園みたいなところで。それが贅沢ならば……夜通し歩くしかない。いや夜通し歩けばいいだけのことだ。
 やっぱりこの道じゃない。道を間違えたんだ。背の高い木々の数が減り、何となくだけど、明るくなった気がする。木々の根元にあった霜柱が消えた。民家がありそうな、人が居そうな気配。
 道が二手に分かれる。父さんのクラウンが一台通れるくらいの道幅のほうは、アスファルトとは異なるがいちおう舗装路(ほそうろ)。クラウンが余裕ですれ違える太めの道は黄色っぽい粘土質の路で、遠近法の写真みたいに伸びて明るい。
 どうしよう。確率の問題だ。未舗装の道は利用者が少なく舗装する必要性がないからと考えられる。運転席の父さんの独り言を思い出す。 「道が悪いのは相変わらずだな――」 車に酔わないようにギュッと目を閉じていたシュウヤは、フワッとした感覚のあとのゴツンという衝撃をくり返す、やっかいな道を恨んだ事を思い出す。
 確かあの時、父さんが言ったんだ。 「ここからはハネるからジュース飲み干しておけよ。シートにこぼしたら落すのに厄介……」 とか。山道に入ってからは景色を見る余裕などなかったから確信はもてないけど、仮に舗装路の先に集落なりがあったとしても、そこにじっちゃんの家があるとは限らない。
 シュウヤは父光太郎の言葉を信じることにした。左手。堅そうな粘土質の道を選んだ。気もちと足取りが明らかに軽くなった。
 運命。すべては運命の支配下にあり努力ではどうにもならないとする考え――。じゃあ、努力して変えられるものは、運命とは言わないことになるぞ。じゃあ世の中の大半の出来事は運命とは言わないのかもしれない。雨つぶが顔に落ちた。
 雨降りは運命だろうか。運が良いと思う時と悪いと思う時がある。雨で遠足が中止になったら運が良いと思う。塾の帰りに傘がないのに雨に降られたら、運が悪いと思う。みぞれに変われば不運と言い、雪になったら幸運、大雪は不幸。天変地異は努力ではどうにもならない、受け入れるしかない自然現象。努力するもしないもないから……幸運、不運、悪運、強運、開運、運気運勢、くじ運、運まかせ。ばかばかしい、 「どうでもいいや」
 北西の山にからだを向けると、いつの間にかに何とか富士のてっぺんに灰色の雲が走っていた。中腹の枝木が風で騒いでいる。
「あっ」
 家だ、明かりだ。誰かいる! シュウヤはうす暗くなった視界をかき分けるように腕をふって走り出す。バラックとかあばら家とか言うんだっけ、そんなことはどうでもいい。暖かそうな黄色い明かりがともる廃屋(はいおく)みたいな建物の中に向かって、
「こんにちは、こんにちはっ」
「誰かいませんか!」
「こんばんは開けてください!」
 くり返し叫んでも引き戸をたたいても応答がない、戸に手をかけても開かない 「窓だ!」、 窓もだ。
 すりガラスの窓から中をのぞき込んだ。外観とは違い意想外にきれいだ。作業台と思しき大きなテーブルの端に、天然木で作られた牛が横向きで整列している。これから色付けするのだろう。ここは工芸品を制作する工房みたいだ。
 建物の横にまわってみる。と、骨組みにトタンを載せたサビついた屋根に、壁のかわりにベニヤ板で三つの面を囲っただけの頼りない物置きがあり、中には直径20センチほどの丸木が、シュウヤの胸元くらいの高さに積み上げられている。その横には一輪車とリヤカーが。
「なんだよ、もお」
 トタン屋根を打つ雨音が急に激しくなった。したたり落ちる雨は神奈川で見るのより清んで見える。雪にはならないだろう。シュウヤはこの場所で一夜を過ごすことに決めた。
 パーカーをデイパックの中から取り出しダウンの中に着、フードを二重にかぶる。丸木の上部を覆ったトラックのホロみたいな厚手のシートを借りて、思いのほかきれいなリヤカーの荷台に乗りこんだ。シートをかぶって横になると、学校や家とは違う孤独と、安らぎを感じられた。
 ぼくは信じないぞ。運なんか。
 ぼくは逃げない、運なんて言葉をつかって。
 単調な雨音が眠気を誘い、(まぶた)が重い。 「靴、履いたままだ」 った。
 どうでもいいや。



   (4)やさしさにすくわれて


 日の出までまだ時間がある。意外に寒くない。思ったほどでは。雨は雪にかわっていた。
 雨が清ければ、この銀世界は神聖(しんせい)という形容が合っていると思う。気温によって変化することを考えれば、雨もまた神聖なのかもしれない。シュウヤは、父親が “じっちゃん” に向かい 「福島の夜空はきれいですね。プラネタリウムみたいだ――」 と、話していたことを思い出した。どちらにしても、空気がきれいだからだと納得する。
 それにしても、雪がこんなに目にまぶしいとは思わなかった。勉強せずに寝たのも五時間以上眠ったのも、たしか、小学二年生以来だ。だからというわけではないかもしれないけど、かえってからだがだるい。もう少し寝ていたい気もちが、早くじっちゃんに会いたい気もちの邪魔をして、なかなか起き出せない。
「何をしとる」
「……」
「そこで何をしとる、少年」
 しわがれた声が足先から聞こえた。
「起きろ。死んでしまうぞ」
 声の迫力とは違って心配してくれていることに安堵(あんど)したシュウヤは、腰を浮かせて声のする方向に目をやり、
「ごめんなさい。じっちゃんの家を捜していたら暗くなっちゃってそれで、ここで……」 作務衣(さむえ)姿の老人に言った。
 彫刻刀で削ったような深いシワに、仙人(せんにん)みたいな長髪のグレーヘア。鋭い眼光は声から受ける印象と同じで怖い。
「話はあとだ。中に入れ」
 白い息を追うようにがたぴし開いた引き戸をまたぐと、ストーブに火はついておらず、がらんとした室内は表と変わらず、寒い。
「まずは温ったまらんと」
 仙人さんは言うと、牛の工芸品の置かれた作業台をう回し、奥の部屋の扉を開けた。
「わあ」
 天上にはめ込まれた飲食店にあるようなエアコンと、その暖気に驚いたのではない。スチールラックに並べられた朱色(しゅいろ)っぽい赤で塗られた牛たちの数にだ。
「ちと臭うが大丈夫か」
 塗料(とりょう)のにおいだ。帆船(ほせん)づくりが趣味の父親の書斎に入る時に嗅ぐ臭い。だから気にならない。
「牛、ひとりで作ってるんですか」
「まあな。首の動かん赤べこじゃ」
 赤べこはもちろん知っている。家のサイドボードの上に置いてあり、ごはんを食べる時いやでも目に入る。仙人さんの赤べこは太り気味のもいれば、細身のもいて、飼い葉を口にふくんだようなのもいる。目を見開いてビックリしたようなのも。一体一体が表情豊かで、福島県名産の赤べこのように、どこかかわいらしい。
 仙人さんの話によると、別の場所にある仙人さんの家の一室に、物置場にある丸木を運び、電動のこぎりを使って大方の形をきめる、ふたたび隣りの作業台のある部屋に移動し、手彫りとヤスリで形を決めていく。重厚感を出すために色づけをくり返して、仕上げに模様をあしらったら、この部屋で乾燥させ完成にいたるのだそうだ。ちなみに夜中に明かりを点けておくのは、集落の決め事だから。外灯の替わりにも、イノシシから身と農作物を守るのにも有効らしい。そう言えば、じっちゃんの家も明かりは点けていた気がする。
 仙人さんは背なかを向けたまま、
「わしは渡部伊作(いさく)。お前さんは」 手さげバッグの中をごそごそやりながら言った。
「ぼく芳野(よしの)崇哉、十二歳です」
 ダウンを脱ぎながらシュウヤは答える。
「シュウヤか。尾花とシラカシが無ければ、おだ仏じゃったぞ」
「おばな?」
「ススキじゃよ。やつが風よけとなり、シラカシの木が雪から守った」
 物置きの裏手はススキやヤブ草でうっそうとしていて、小屋の上を木の枝がおおっていた。でも枯れたススキと、大木とまでは言えない木の枝葉に、命を守られたとはとても思えない。が、あの場所にシラカシが無く大雪に見舞われたら……名ばかりの物置きなどひとたまりも無いだろう。考えただけでゾッとする。
「まあいい、腹へったろ。美味くもないが食え」
 昨日は古本屋さんを出て、ドラッグストアで買ったカレーパンを電車の中で食べて以来、何も口にしていなかった。
 三つある丸おにぎりのうち、草色のとろろ昆布を巻いた一つを伊作は手に取り、ぜんたいを海苔で巻いた残りの二つを、弁当入れごとシュウヤに差し出す。
「なしてこんな田舎に一人できた。東京からじゃろ」
「神奈川です。じっちゃんの家に行こうと思って、道に迷って、それで……」 まだ温かいおにぎりの中身は、味のしみた大好きなおかかだ!
「この町はじいさんとばあさんばかりじゃが、誰を訪ねてきた」
「町? 天馬村じゃ、ないの……」
「去年町になったんじゃ。窪谷町(くぼたにまち)という天馬とは正反対のヘンテコな名にの。巡回バスが通るようになったことの外は何一つ変わらん、それより誰を訪ねてきた」
「名まえ、何だっけ……」
「じっちゃんだけでは捜しようもないぞ」
 送ってくれようとしているのか、連絡を取ろうとしてくれているみたい、
「道の右側に何とか富士があって、左の山の下に川が流れていて、あとは……」 山ばかりで手掛かりらしい手掛かりがない。というか思い出せない。
「何とか富士? 聞かん山じゃの。大志山のことかのお。富士の山に似とると言われれば似とるが」
 何とか富士と言っていたのは父さんだけかもしれない。じっちゃんからも母さんからも聞いたことはなかった。何かに(たとえ)えたり形容したり、語呂合わせで覚えると記憶に残ると教えてくれた父さんのことだ、勝手に××富士と呼んでいただけ、母さんと言えば……、
「そう佐藤です、佐藤さんです」
 母さんの旧姓は佐藤だ。
「このあたりは佐藤姓ばかりじゃ。下は。下の名は」
 父さんはおじいさん、母さんはおじいちゃん、ぼくはじっちゃんと呼んできたので名まえはわからない。 「農家さんで、お米とメロンとそれにスイカも作っていて、」
「この辺りの農家はみな似たようなもんじゃ。どんな男だ。家のとくちょうは。覚えておらんか」
 畑の入口のような道からは竹林が見え、隠れるように建つ平屋の母屋は、二階建ての建物と棟つづきになっていて、二階部分は畳の部屋が(ふすま)で仕切られていて二間あり、一階部分は車庫。そうそう、
「ぼくが生まれた年に一人息子さんを脳いっ血で亡くしたって」
「玄さんのところじゃの。佐藤玄造(げんぞう)。農業は廃業して、いまは老人ホームにおるわ」
 驚いた。去年は父さんの海外出張で来られなかったけど、その前の年までのじっちゃんは健康そのものだった。ラオスからきたという技能実習生二人と、三人で農作業に汗をながす合間に竹とんぼを作ってくれたり、ひょうたん池に釣りに連れていってくれたり、お風呂につかう(まき)割りをしたりと。疲れを知らない頑強な人という印象しか、シュウヤにはなかった。
 両親からは、農業をやめてしまったことも、老人ホームにいることも聞かされていない。あらためてシュウヤは思った。どうして何も話してくれないの? こんなことばかりだと。家族なのにどうして。
「連れて行ってやりたいところじゃが、回礼(かいれい)もかねて道の駅をまわらんといかんからのお。正月じゃから」
 両親への思いを抑えて、
「元気なんですか? じっちゃん」 シュウヤは訊いた。
 ああ元気元気。お前さんが行ったらきっと喜ぶ――。
 けっきょくぼくを一人にさせるわけにはいかないという事で、首の動かない赤べこを透明のプチプチシートでくるんで、段ボールに入れ、四角い軽自動車に積み込む作業を手伝って、伊作おじいさんの知り合いの家につれて行ってもらうことになった。
 父さんとは違い、道のデコボを巧みに避けながら、たどり着いたのがここ。
【莞恩寺】
 屋根が伊勢原にある大山みたいな立派なお寺。
「かんおんじと読む。わしは先代と同級で檀家じゃ。息子によっく話しておくからゆっくりすとれ」
 
 
 
   (5)信恵さんと少女とホト


 軽自動車のエンジン音を聞きつけ、苔むした茅葺(かやぶ)き屋根の山門をくぐって出てきた釈庸道と、二、三分立ち話をした伊作は 「帰りに寄る」 と言い残して、道の駅まわりへ出かけて行った。
 本堂の重厚な板張りの廻り廊下から、教室の半分の広さはある畳の間にシュウヤを案内した庸道は、
「事情は聞いたよ。ま、どかーんと ”大の字” になって何も考えずに休むといい。私は檀家さんと約束があるから」 黒染めの僧衣(そうい)の上ににコートをはおり、原付バイクで行ってしまった。
 仏寺どくとくの空気感のせいか、(かぐわ)しい畳の香りのせいかもしれない、思いもよらぬ出来事が落ち着いた安心感もあるだろう。疲れをおぼえたシュウヤは、庸道の言葉のとおり横になり大の字になる。が、老人ホームにいるという祖父玄造や、おろおろしているであろう両親の顔が浮かんで落ち着けない。
 顔を横に向ける。庭園みたいな庭にメジロがつぎつぎ飛んできて、ツバキの赤い花弁をつつき始めた。甘党のメジロにとって、冬の貴重な食事なんだろう。うっすらと雪をまとった木に、草色の小さなからだが映える。
 小さな池の燈籠の奥、木の下の雪のないところにいるのは間違いない、ツグミだ。
「やあ」 こんなに早く会えるなんて思ってもみなかったよ。
 シュウヤは(たかぶ)ったままの神経を収めたくて、
「シベリアに帰るまでに体力つけてさ、友だちたくさん作るんだよ」 片肘をついた姿勢で声をかけた。
 木月か築きか城を意味するのかもしれない近所の、 「きづき公園」 で見かけるツグミより線が細い。持久力のある子がより遠くを目指すのだろうか。どちらにしても、大人の手の平大の体でシベリアから海を越えて渡来することを考えると、神奈川から福島の旅など何でもないことのように思えた。家を出て、古本屋に立ち寄り、電車を乗り継いで、読書に夢中になり、福島の地で野宿した昨日のことを順を追って考えていると、
「ごはんできたわよ」
 女の人の声でシュウヤは飛び起きた。
「母がいたら、ちゃんとしたお斎(とき)を食べさせてあげられたんだけど」
 ごはんのことをおトキと言うらしい。ぼくよりはるか、178センチある父さんより明らかに背の高い細身の女性は、声まで細くどことなく淋し気だ。
「玄造さんを訪ねてきたんですって?」
「あ……はい」
「一人で? よく出してくれたわね。お父さんとお母さん」
 何のために存在しているのか分からなくなってそれで、じっちゃんを頼りに家出して来た……。初めて会う人、しかも淋しそうにしている人に話すことではない。 
「どうする? 午後からでよかったら連れて行ってあげるけど」
 返事をしなくても何も訊こうとしない信恵を、シュウヤはいい人だと思った。 
 ニスを塗ったような焦茶の廊下を信恵のあとにつづいて、寺の端にある別棟の家に入る目前だった、
「たすけてください」
 小型の乗用車のかげから女の子が、
「え?」
「たすけて……」
 声が潤み消え入りそうだ。
「ワンちゃんどうかしたの?」
 紺色のピーコートでくるむように抱かれた仔犬に何かあったのか。シュウヤも同じことを思ったが、少女ははげしく首をふって否定する。と、声を上げて泣きだしてしまった。くつ脱ぎのサンダルをつっかけ信恵はかけ寄り、
「とにかく中にお入りなさい」 少女の肩に手を置いて家にみちびく。
 雪とマルチーズのからだは少女と同じくらい白いのに、笑ったような顔を向ける犬とむせび泣く少女の赤く染まった色白の顔が対照的で靴の汚れや、ズボンと背中の泥ハネが異常事態、 「助けて下さい」 を物語っている。
 テーブルにつくと信恵は、食事をとるようシュウヤに促し、少女の隣りにしゃがんで 「どこからきたの?」 「一人で来たの?」 お母さんはいっしょじゃないの? おなか空いてない? 間を置きながらやさしく訊くのだけれど、少女はしゃべれる状態ではない。混乱と安心が入り混じっているのだ。
「シュウヤくん食べなさい」
 言われたとおり箸をとる。が、泣き声が聞きながら食べる気になんてなれない。
「わたしは坂部信恵。あなたは?」
 女の子はしぼり出すように 「きたはらよしこ」 と口にし、シュウヤは二人の名まえを知った。
 母がいたら、ちゃんとしたお斎を食べさせてあげられた……何が理由か分からないけど、何かを抱える中で作ってくれたおトキ。ブリの煮つけに口をつける。 (おいしい!) 味が沁み込んでいて声をあげたくなるほど。
「わたしもさっき会ったばかりなんだけど、紹介するね」
 少女は泣きながらもコクリとうなずき、シュウヤは箸を休め慌ててごはんを飲みこむ。
「シュウヤくんよ。苗字は?」
「よしの、芳野崇哉。小六」
「お寺の小僧さんなの」
「こぞうさんって?」 ぼくが聞きたいことを少女は口にした。
「お寺で生活しながら修行をする、お坊さんのタマゴかな」
「ええ!? 何それえ」
「だって出家(しゅっけ)してきたんでしょ?」
「出家って、」
 丸刈りにしたばかりとは言え、話がどう伝われば小僧になるのかとシュウヤは思う。
「それより迎えに行かないと。佳子ちゃんと出て来るからワンちゃんお願いね」
 仔犬はぼくを見上げて二本足で立ち、からだを足に押しつけてくる。
「ホトっていうの。ドッグフード食べてきたからお腹すいてません」
 という事で、仔犬のホトとぼくは留守番をすることになり、二人は信恵さんの運転する車で行ってしまった。
 シュウヤは、

 〽 犬はよろこび庭かけかけまわり

 の歌を思い出し、畳の部屋から見た庭園みたいな庭にホトを連れ出した。
 室内犬は寒いのが苦手なのかも。ホトは足を上げておしっこで雪に穴をあけると、かけ回るどころか 「抱っこしてよ」 と言わんばかりに吠え出した。誰かに抱かれているのが好きなのか慣れているのか。とにかく甘えん坊だ。よくよく見ると、耳の横で結んだ “髪のかたち” が佳子ちゃんにそっくりだった。
 畳の部屋にもどって、安心したように横になるホトの背中を撫でながら、路傍の石のつづきを読み始めて三十分、四十分くらいか。主人公の吾一が小学校時代の恩師で夜間学校をクビになった次野先生と、亀戸天神でフジの花を見ながら語り合っているところだった。車のエンジン音が大きくなり、立ち上がって廊下に出てみると雪下の砂利を噛む音が止んだ。
「シュウヤくん乗って。出掛けるよお」
 窓を開けて信恵は言った。信恵ひとりだった。



   (6)佳子ちゃんのお母さん美夏子さんのこと


 佳子の母北原美夏子は、町はずれにあるクリニックで、精密(せいみつ)検査を受けることになった。また衰弱(すいじゃく)していることもあり、二、三日の入院加療が必要だという話だが――なぜ道ばたなんかで倒れていたのか。旅行に使うスーツケースとショルダーバッグを持ってホトを連れて、どこに行こうとしていたのか。救急車を呼ばずに幼い子どもに呼んでくるよう言いつけたのはなぜか。シュウヤは何も聞かされず、分からず仕舞いだ。
 入院に必要なものを買いに行くことを考えると、頼れる人がなく、着がえや洗面道具などを取りに帰る家が遠いか無いか、どちらかしか考えられない。外山(とやま)と遠山を背景に、田んぼ、半円形のビニールハウス、また田んぼ、休耕地(きゅうこうち)、田畑が庭のように見える民家――シュウヤは風景を見るでもなく見ながら、まだ見ぬ美夏子のことを考えていた。
 佳子ちゃんはワンピースが似合いそうね。あたしズボンのほうが好きい。じゃあ両方買っちゃおっか上着も何着か。でも……。遠慮を覚えるのは大人になってからよ。
 運転席と助手席では、女の人同士らしい会話で意外に盛り上がっている、
「あそこよ」
 信恵は話をカットアウトし、バックミラー越しに言った。 駐車場の広さと同じようにスケールの大きな、ショッピングセンターが姿を現した。
 レストランに、神奈川にもある大型書店、スーパーマーケット、1000円でカットできる床屋まである。ここなら生活に必要な物がひと通りそろうだろうし、一日いても飽きないと思う。それくらいの充実ぶりだ。横に長い二階建ての建物が堂々として見える。
 休止中の屋上駐車場に入れない車で混雑しているエリアを避けて、建物の正面の離れた場所に車を止めた信恵は、佳子のシートベルトを外してやると、機敏な動きで車外に出、 「あなたは自分の必要なものを選びなさい」 財布から一万円札をぬき取りシュウヤにぎらせた。
 お金ならあるからいいよと言う間もなく信恵は佳子の手を引き、すたすた行ってしまった。駐車場のタテの一列に寄せられたうずたかい残雪が、かまくらが作れそうなくらいきれいだ。
 どうしよう。信恵さんとようどうさんは、いつまで居てもいいって感じだけど、とにかくじっちゃんに会い、じっちゃんがどんな状態で、ぼくが知っているじっちゃんのままなのか。そうであれば、今後どうすればいいのかを訊けばきっと良いアドバイスをしてくれるだろうから……(洋服店に入る二人が見えた。) 取りあえず隣りのホームセンターだ。
 残雪の右側の緑に塗られた歩道を、こわごわ歩くぼくを、地元の人たちが追い抜いていく。シャーベット状の地面を踏む音がリズミカルで、頬っぺの赤い子ども達は、かわいらしい方言をつかって雪玉を投げ合う。
 何も買わないのも悪い気がして、お寺で過ごす時用に無名メーカーのジャージの上下とサンダル、一応マグカップを買い、それでも時間を持て余したので、車のキーを借りて買い物の運搬を手伝うことにした。
 どのくらいだっただろうか。行ったり来たりするより 「ピンクのほうが似合いそう」、 「あたし青がいい」、 「髪型がホトみたいだから美容室よってく? 今日はダメね、また今度――」 とか、おしゃべりばかりで待ち時間のほうが長かったし、信恵さんは 「それだけしか買わなかったの?」 と、わざわざ洋服店に引き返して 「室内用に」 と、半てんと厚手の靴下とボア付きスリッパに、下着の上下。ついでだからと四足組の靴下などいろいろ買ってくれたから、相当……一時間半は居たと思う。
 ショッピングモールに来る道もクリニックへ向かうこの道でも、昨日あれほど見かけたお地蔵さまを一体も見かけない。なんでだろう。そのことを訊くと、
「このへんは仏教の宗派が混在する土地でね……」 信恵さんは色々と説明してくれた。
 お釈迦(しゃか)様の救いにもれた人を救うと言われる弥勒(みろく)菩薩がこの世にくるまで、人々を救うのが 「お地蔵さま」 で、その事を信じてきた人たちがお地蔵を建て、先祖代々信仰を守りつづけているのだそうだ。 「葛谷(くずたに)地区はとくに縁つづきのお宅が多くて、特有の信仰心のある字集落(あざしゅうらく)なの」
 疎林(そりん)の外れのゆるやかな坂を上っていくと、せり上がった丘を開墾(かいこん)したのがわかる場所にクリニックはあった。話に聞いていたとおり。クリニックとは言え有床(ゆうしょう)診療所。古いながらも設備が充実しているであろうことは、外観で判断できた。
 ぼくが佳子ちゃんのお母さんに会うのは、おかしくないだろうか。つる草が壁を()う建物に入る前から思っていたことを言い出せないまま、受付で案内された103号室に着いてしまった。
「ぼく待ってます」 ドアの前で言うと。
「いいから来なさい」
 信恵さんがにっこり言うから、検査結果とかむずかしい話になったら出て行けばいい、と思い直してあとにつづいた。
 初対面の美夏子さんは顔色が悪くほほはこけ、白い腕の(みどり)がかった血管が目立ち、入院するくらいだから当然といえば当然かもしれないけど、病人に見えた。
 でも、ほほ笑むと出きるエクボと、左の肩に束ねた黒い髪が印象的で、やさしい人だというのはすぐに分かった。佳子ちゃんを見る目は愛情であふれていたし緊張気味のぼくを気にかけ、何かと話しかけてくれたから。

 シュウヤくんは何年生になりますか?
 お坊さんになりたいんですって?
 佳子と仲よくしてやってくださいね。
 ホトというのは、ホワイトからとった名まえなの、
 シロよりも合っているかなと思って。

 してほしいことや用事はないかを尋ねる信恵さんに、美夏子さんは申しわけなさそうに 「当分のあいだ佳子のことをよろしくお願いします」 とか、 「退院の許可がおりたら直ぐに迎えに行きます」 「ご迷惑をおかけして申しわけありません」 とか。おわびとお礼をくり返すばかりで、信恵さんのほうも 「困ったときはお互いさまです」 「あせらずに治療しましょう」 「遠りょなさらないで何でも言いつけてください」 と、お互いにお互いを思いやる会話がつづき……不安げな様子の佳子ちゃんに向かって信恵さんは、
「お母さんの冬休みよ。元気なお母さんのほうがいいもんね」
 そう言って佳子ちゃんを安心させた。
 白衣の襟に二本線の入った看護師さんに、ホトを連れてくる許可をもらい(信恵さんの提案で)、 クリニックを後にしたぼくらは、トラックが行儀よく並ぶドライヴインで遅いお昼をとり、莞恩寺にもどった。
 東屋みたいな鐘つき堂の階段を上がり、高い位置から天馬の空を見上げてみる
と、プラネタリウムのような夜空もきれいだけど、思ったとおり。海のような空が高く、気もちをきれいにしてくれそうな青一色だ。季節外れのあたたかさで露わになった庭の草木は、痩せてはいるけど元気そうだし、ちょっと冷たいさわやかな風が気もちいい。背山には水墨画みたいな山が広がっている。父さんが何とか富士と呼んでいた、ひときわ目立つ山の端が少し盛り上がっていて、なるほど宝永(ほうえい)山に似ている。景色を眺めるゆとりができた事にシュウヤは気づいた。
 ぐるりを歩き四方の遠く近くをながめていると、
「シュウヤくんどうするぅー」
 本堂の廊下から信恵が呼びかける。
「玄造さんのところに行く? 今日はやめておく?」
 今日でも明日でも良いんだけれど、四日間ろくすっぽ休めていないであろう佳子ちゃんを一人残して出かけるのも悪いから、
「場所を教えてくれれば、」 一人で行ける――
「明日にしましょうか。君も佳子ちゃんも今日はゆっくり休んで。ね」
 行ってしまった。淋しそうでしおれ声でいた数時間前とはまるで別人というか、ぼくに加え佳子ちゃんが来た上に、美夏子さんの代りの臨時の 「お母さん」 だ。ほんらいの信恵さんにもどったのかもしれない。
(信恵さんがお姉さんで、佳子ちゃんは三つ違いの妹か。)
 お姉さんか妹がいたらいいのにと思っていたことが現実になったようで、幸せだった。このままここで、みんなで、ずっとすごしたいとシュウヤは思った。
(美夏子さんはぼくのこと、佳子ちゃんみたいに思ってくれるだろうか。自分の子どものように。)



   (7)じっちゃんとの再会とそれぞれの事情


 一月七日金曜日。本来なら冬休み最終日。運命をかえたくて家を出てから三日目の朝に気づいた。 「何だかニオウぞ」。 お線香の匂いがいくらかおさまる朝のせいか、よけいに口の中が、吐く息や体臭まで、とにかくクサいのだ。歯みがきが趣味と思うほど信恵さんはひんぱんに歯を磨き、ぼくらにもすすめる。佳子ちゃんにはとくに。その答えというか、理由がわかった。ニンニクだ。
 食事には必ずニンニクがまじっていて、昨夜は丸ごとニンニクを焼いたものと、大根おろしかと思いきやニンニクのみじん切りがのった煮魚がメインディッシュ。タッパーに入ったシソと味噌のニンニク漬けは、毎食テーブルのまん中に配置され、カツオの風味がたまらなくて、つい箸を伸ばしちゃうほど美味しいんだけど。どうしてニンニクばかりなの? と訊ねると、信恵さんは……「莞恩寺では “忍辱(にんにく)のこころ” を大事にしているの。忍辱の精神を持ちつづけるために、ウチではニンニクをかかさず食べるのよ。栄養価が高くてスタミナもつくし――」 なんだそう。

【忍辱】とは。試練(しれん)に耐え忍びこころを動かさないこと。動じないこと。

 だからニンニク(料理) という理屈はどうかと思うけど、ここにいると、シュウサイくんと呼ばれていたぼくが知らないことを知れるから、けっこう楽しい。
 ごはんはお斎。庫裡(くり)はダイニングキッチン。布団は、何んだったけ……「しとね」 だ。習字に使う(すずり)の数え方は一面二面。明治時代には 「はい仏きしゃく」 という仏教の排斥(はいせき)運動があり仏像や仏堂までが破壊され、昭和時代には戦争の武器をつくる材料不足を補うために梵鐘(ぼんしょう) (朝晩ゴーンとやる釣り鐘のこと) を国に供出 (国の要求に従って差し出す) ことまで。ほんとうの勉強ってこういう事を覚えたり、真剣に考えることをいうんじゃないかな、とつくづく思う。
 信恵さんのお父さんのようどうさんの朝は早く、4時06分が 「朝のお勤め」 の始まりだ。四時からの五分間はラジオニュースを聴くので、スタートは4時06分らしい。
 読経(どっきょう)の大きな声で、庫裡の奥の間で寝ているぼくは目を覚ますのだけれど、二階の二人は気に留める様子もなく、昨日と同じ六時半に降りてきて、透明の手袋をしてキッチンに立った。昨日は気づかなかったけど、ニンニクの匂いが手にしみつかないためだ。冷蔵庫からニンニクの詰まった特大タッパーを取り出して (冷凍庫にはストックが幾つもある)、 いざ調理が始まる。げんなりすると同時に昨日の味が恋しくなる――。
 ドライブインあすかの 「とんかつ定食」 は驚くほど甘くやわらかで、信恵さんが頼んだ 「とろとろのカツ煮丼」 も、佳子ちゃんが食べた 「お出汁の香る天ぷらうどん」 もどれもボリューミー。あつあつのうどんをふぅふぅしながら食べる佳子ちゃんを、ガッチリした体格の男の人たちが、我が子と重ね合わせるようにちらちら見る目が、あたたかだった。食べきれなかった分を発泡スチロールのトレイに詰めかえてくれたおばさんも。同じように。
 父さんより背が高く肩幅の広い信恵さんと、三年生の佳子ちゃんがならぶと、凸凹がはっきりして面白いんだけど、見上げて話をしたり聞いたりする佳子ちゃんがちょっと気の毒だ。
「日没勤行(ごんぎょう)に付き合わんかね」
 黒染めの僧衣から濃紺の作務衣に着替えた庸道は、テーブルにつくなりシュウヤに声を掛けた。
「日ぼつごんぎょう?」
「夕べのお勤めのことよ」
 そういう事ではなくて、 「どうしてぼくが?」 という気もちが言葉に表れただけなんだけど……。
「習慣を身につけて実行する、大事なことだと思うよ」
 まだ大学生の信恵さんは主婦みたいによく働くし、佳子ちゃんは言うことをよく聞いて信恵さんの手伝いをする。ぼくは敷地内を竹ぼうきで掃くことくらいしか (けっこう大変なんだけど) お寺というか家のことをしないから、構わないけど、お坊さんになるつもりはまったくない。だからごんぎょうと言われても……。
「それと明日から勉強しない? 佳子ちゃんに教える約束をしたの。玄造さんのところに行った帰りに、小学校で教科書を借りることになってるから。ね」 ニンニクをアルミホイルでくるみながら信恵は言った。
 来週には新学期が始まるから心配なのだ、佳子ちゃんのことが。
「寺子屋といってね。土地の子どもらを寺に集めて、読み書き算盤、歴史に習字などを教わるのがあたり前の教育だった時代があった。教える方も教わる子どもたちも、充実した楽しい時間を過ごしたそうだよ」
 ようどうさんも賛成みたいだ。
「これでもわたし教員免許もってるの。でも、わたしが習っていた頃とは随分内容が違うだろうし、シュウヤくんがいてくれると心強いのよ。現役の先輩のほうが順を追って教えてあげられるから。佳子ちゃんもお兄さんといっしょの方がいいよね」
「うん」
 そう言えば、塾の先生が言っていたっけ。 「勉強とは人にわかりやすく教えられるようになってこそ、価値がある」 みたいなことを。福島に来てまで勉強なんてこりごりだけど、こんなに良くして貰っているし、じっちゃんのところに連れて行って貰うことだし、何より佳子ちゃんのためになるなら……。
 というわけで、明日から佳子ちゃんとぼくの寺子生活が始まることになった。

 クリニックで佳子とホトを降ろした車は、玄造のいる特別養護(ようご)老人ホームの駐車場に着いたところだ。冷たい山おろしが信恵の髪をしなやかに踊らせる。崖下を通る道路に沿った川の流れが、挑むかのように立ちはだかる岩を激しく打ち、水飛沫(しぶき)を上げる。山間を貫流する水を浄化するように。
 早く会いたい気持と、すっかり変わった玄造に会う怖さの両方を感じながら、シュウヤは自動扉の前に立った。扉はじれったいほどのんびり開いた。
 信恵が面会簿に記入する間シュウヤは、廊下を挟んだ声のする方向にからだを向けた。ホテルのラウンジさながらの瀟洒(しょうしゃ)なホールでは、老婦人のグループが男性職員を囲んで談笑し、車椅子にのった白髪の男性は穏やかな笑みを浮かべてテレビに見入る。初めて訪れた老人ホームは、テレビで見た印象よりも明るく爽やかだった。 
 斜め向かいのエレベーターに乗り、二階で降りると、離れた場所からカラオケが聞こえてきて、信恵は 「青い山脈よ」 とささやき、 「ラーラ、ラーラ、ラララララー♪」 ハミングしながら、二人は逆方向の玄造のいる204号室のドアをノックする。間を置いて三回ノック。返事はない。
「出かけているのかしら」
「寝てるのかもしれないよ」
 ドアをすべらせ居室(きょしつ)を覗き込むと、ベッドの掛け布団はきちんと畳まれ、枕は日当たりの良い窓際に立て掛けられていて、細長の室内は掃除をすませた後のようにスッキリしていた。
「談話スペースがあるみたいだよ」
「行ってみましょっか」
 両側が居室の日の差さない廊下を行き、自然光がななめに射すところにくると……

 おっしゃあ、ロンだ! 
 またかよ。ずるしてねえか? 玄さん。
 ぼけ老人がずるなんかできっこねえだろ。腕だよウデ、ウデの違いよ。
 認知症でもマージャンだけは忘れねえんだから、世話ねえやな。
 お互いさまだろ。

 異なる笑いが廊下を走り、信恵とシュウヤは顔を見合わせる。
(いま、認知症って言ったよね。) (ぼくたち、わたしたちのこと、分かるかな……)互いに同じ気持だった。
 麻雀卓を囲む入所者の楽しみを妨害 (邪魔) するようで憚れたが、窓際の 「卓」 に歩み寄ると、
「何だ、信恵。めずらしいな」
 玄造は目ざとく気づく。
「玄さんの愛人と隠し子か?」
 口の悪い老爺が二人を揶揄(やゆ)する。
「バカ言うな、同じ部落の寺の娘よ。仏様のバチがあたるぞ」
 信恵のことははっきり記憶しているようだが……
「その子だれだい」
 シュウヤは少なからずショックを受けた。だが二年ぶりで、しかも家で会うのとはわけが違うと思い直す。 「ぼく……」
静花(しずか)さんのお子さん、シュウヤくん。玄造さんのお孫さんよ」
「ほう……?」
「選手交代。尼僧(にそう)さんと孫とゆっくりすれ」
「そうそう、面会なんかお互いめっ多にねえんだからさ」
 坊主頭の老爺は立ち上がると、自販機にお札を入れて、
「玄さんはバナナオレでいいな」
「おう。いつも悪い、今日は気分を変えてと」 玄造はパックのココアを選ぶ。
 自販機の右の窓から中庭を見ると、建物がコの字型になっているのが分かった。庭には、二階のバルコニーにとどきそうな木が二本あり、雪がなく温かな日和(ひより)なら読書をするにも、ベンチに座って会話を楽しむのも、うとうとするにも、いい場所だとシュウヤは思う。
「姉ちゃんとあんちゃんも好きなの押しな」
 親切に甘えて、ぼくは信恵さんと同じイチゴ味を選び、じっちゃんのあとにつづいた。
 自室に誘導するじっちゃんの足どりはしっかりしていた。二歳年下で七十六歳の伊作おじいさんと変わらない。というより、二人とも年齢を感じさせないくらい若々しい。
「ま、掛けなよ」
 玄造は壁際の長机におさまった椅子をベッドの方に向け、自分はベッドの上に腰をおろす。
「特養なんて聞くと、足腰も立たねえボケ老人ばかりで、暗~いところだと思われがちで、オレも見学するまではそう思っていたが、どうだ。なかなかだろ」
「みなさん生き生きしていらして、楽しそう」
「入所者も職員ものびのびやってる。福祉(ふくし)ってのはだな、シュウイチ」
「崇哉です」
「そうそうシュウヤだ。シュウヤな、福祉って字はどっちも幸い、しあわせって意味で、ようは介護する方も受ける方も、互いに幸福を実感することが大事なわけだ。ここにゃ、自分でメシが食えないのもいるし、味がわかってるのか分かってねえのかあやしいのもいる。誰が誰だか自分が誰だか分からないのも。けどな、しあわせだけは感じるんだよ、どんな人間でもな」
 どんな人でも幸せだけは感じ取る。実感する。どんな人でも……。じっちゃんは幸せを分け与えてくれる人、だからぼくはじっちゃんが好きでずっと頼りにしてきた。じっちゃんは変わっていなかった。ぼくの知っているじっちゃんのままだ。
「そのてん義道はよおく分かっとる。死んだ人間と遺族のしあわせをつねに思って、葬儀や法事にのぞむ。ま、やつの場合は仏法の恩恵(おんけい)というより、妙ちゃんの影響が大きいのかもしれんがの」
 ヨシミチってようどうさんのこと? と訊こうとすると……信恵さんの目が涙でいっぱいで、こぼれそうだ。
「実はね。お母さん……母は亡くなったの」
「何いっ!」
 じっちゃんは口をわなわなさせて、信恵さんの手の甲に大粒の涙がつぎつぎ落ちる。
「どうして、言ってくれんかったあ!」
 叫ぶようなヒヨドリの地鳴きと入所者の笑い声が、遠くからとどくだけの静けさの中……二、三分たったと思う。
「十日間がんばってくれたんだけど、クモ膜下出血で……」
 年明け2日、五日前にお母さんを亡くしたばかりということは、ようどうさんから聞いて知った。信恵さんと初めて会った時、淋しそうに見えたのはそのせいだった。――君や佳子ちゃんと関わることで元気でいられるのだから、気にしないことだよ。
 ようどうさんのいう事も分かる気がするけれど、無理をしているのだとしたら、無理はしてほしくない。
「最期はほんとうにしあわせそうで、ありがとうって言ってくれているようだった」
「そうか。そうだろうな。いつも喜んでいるような人だったから。妙ちゃんは」
 遺影のなかの妙子おばさんは、ほんとうに嬉しそうに、ニッコリしていた。
 いつも喜んでいるような妙子おばさんを裏切りたくなかったのか、じっちゃんは母さんの近況を尋ねては思い出を語り、一人暮らしで火事でも出したら大変だからとか、孤独死して迷惑をかけるわけにはいかないとか、認知症が進行しないようになど、老人ホームに入所した理由を説明口調でくり返し話した。ぼくは、竹をつかって水テッポウや小物入れを作ってくれたことや、釣りのコツを教わったこと、花火をしたことを話すと、じっちゃんは 「ああ」 とか 「そうだった」 とかぼんやり答え、訊きもしないのに、信恵さんの子どもの頃の話をし出して……一生けん命空気を変えようとしてくれた。
 長居は無用だよ――。そう言って送り出した庸道の言葉にしたがい、二人はたびたび訪ねることを伝えて、三十分ほどでホームを後にした。 

 
 小学校に向かう車中、ずっと何かを考えている風な信恵に、
「にんにくだね」 シュウヤは言った。
「ニンニクならたくさんあるわよ。毎月二回青森の農家さんから取り寄せているから」 
 忍辱のこころで困難を乗り切っているんだね。そんなつもりで言ったんだけど、信恵さんの心はここにあらず。そんな調子のまま、小学校に着いてしまった。
 でも恩師だという坂田春子先生に会ってからは、モトの信恵さんに戻っていて、相変わらずぼくのことを 「お寺の小僧さん」 と冗談を交えて紹介できるほどだから、ようどうさんの言うとおり、あまり気にしないことにした。
 教科書を借りたぼくらは、小学校から歩いて行ける距離にある文房具屋で、佳子ちゃんに女の子らしいピンク色のノートを五冊と、犬のキャラクターが胴の部分に描かれたシャープペンシル、それに24色の色鉛筆のセットとスケッチブックを買い、遠りょしていたぼくも結局、似たようなものを買ってもらって、クリニックに向かった。まではよかったのだけど……また信恵さんは黙り込んでしまった。
 クリニックに着くと、院長先生の話を聞きに診察室へ行くことになった。字集落で唯一入院できるクリニックでは、病院長も診療に加わらないと立ち行かないそうだ。
 扉の前で。 「ぼく待ってる」 と、昨日と同じことを言うと、信恵さんは背中ごしに頷くだけで、今度は 「入りなさい」 とは言わなかった。
 診療時間が終わったクリニックというのは、時間も建物も休憩しているかのように静かで、時々聞こえるたぶん医療用具が触れ合う 「カラッカラ」という音や、薬のにおいさえ心地よく感じるから不思議だ。
 カラカラ音が聞こえなると、院長先生の野太い声が少し大きくなった感じがした。でも内容までは聞き取れない。信恵さんの声は聞こえない。聞き手にまわっていると言うよりも 「ご家族の方」 になった信恵さんでも、踏み込んだ話が出来ないんだと思う。美夏子さんは進んで話をする人だとは思えないからだ。
 思いのほか時間がかかるな、と思い始めた頃になってようやく扉が開き、ぼくらは階段を下りて病室へ向かった。
 佳子ちゃんは顔の半分をベッドにうずめ、口を小さく開けて甘えるように眠っていた。美夏子さんに抱かれたホトが不思議そうに、ぼくと信恵さんを交互に見ている。美夏子さんは変わらず思いやる目で、 「看護師さんが院長先生が話があるって……」
「いま聴いてきました。安静がいちばんの治療で、点滴で営養をとって体力がつけば退院できるそうです」
 ひと安心と言えばそうなんだけど、一本調子の語調が気になるし、
「そう、のんびりもしていられませんわ」
 入院や治療費の問題に加え、佳子ちゃんの今後のことがある。ぼくでさえ気になるのだから、本人は生活を立て直すことで頭がいっぱいのはずだ。
「明日あらためてお話しません?」
 ホトに言っているようで、なおさら気になった。



   (8)のんびりの1/3日


 一月十五日土曜日。莞恩寺にきて、今日で九日目。朝の勤行が終わってからの作務(掃除)で 「それはいいから」 と触らせるのを渋っていた、木魚 (バチでポンポンたたく法具(ほうぐ)) を拭き浄め(きよ)ていると、ふと思った。
 まだじっちゃんは聞いていないようだけど、父さんと電話で話したというようどうさんは 「しばらく預かってくださいって話しておられたよ」 って言うけど、やっぱり心配しているのかな。母さんと父さん。ぼくのこと。
 クラスのみんなは、ぼくが不登校になったと噂しているんだろう。いや始業式から一週間たつのだ、ぼくがいないのがフツウだと思っているに決まってる。
 考えても仕方ないことをつい考えてしまうのは、気もちに余裕が出て来たからかもしれない。莞恩寺には信恵さんという先生がいて、校長先生というか、師みたいな存在のようどうさんがいる。素直で妹みたいな佳子ちゃんも。これ以上の環境はないと思う。美夏子さんが東と西くらい考え方が違う母さんの代わりになってくれたら、尚いいんだけど。
 美夏子さんと言えば、なかなか下がらなかった熱もひき、火曜日の最終的な検査結果次第では退院できそうだ。気の早い信恵さんは 「まず大丈夫」 と確信していて、土曜日の今日、美夏子さんのお見舞いと、お寺での新生活に必要なものを買いに佳子ちゃんと出ている。佳子ちゃんはよほど嬉しいようで、よく笑うようになり、寺子屋授業も楽しくて仕方ないといった様子だ。
 その寺子屋授業は、僧坊 (みんなが生活する家のこと) のぼくが寝起きする部屋のふすまをへだてた隣室で行われる。ぼくの部屋より少しせまい畳の部屋だ。
 授業は朝のあいさつから始まり、次に三、四分かけてめい想をする。目を閉じて心静かにすることで、自分と向き合いまた見つめ直す。同じ時間を共有することも大事な目的のひとつらしい。
 めい想で雑念を取り払ったら庭に出てラジオ体操。ただ体を動かしていただけのラジオ体操も真剣にやると汗ばむほどで、庭と通路を区別するために植わった玉竜の葉が 「家のより濃くてぶ厚いな」 とか、 「スギ林から漂う新鮮な草木の香りは成長の証だ」 とか、今まで気づかなかったことに気づいたり、日ごとに違う鳥の声に耳を傾けると 「ぼくもやるぞ」 という気もちになって、勉強を始める前のいいウォーミングアップになる。
 めい想とラジオ体操が終わるといよいよ授業だ。授業と言ってもガッチリした時間割があるわけではなく、午前中は小学高学年向けの児童書をつかった朗読がメイン。ポイントとなる言葉の意味をおのおので考えて、三人で話し合う時間で占められている。 「お習字に替わることもあるから」 という言葉のとおり、昨日一昨日は二日続けて習字だった。ここでも信恵さんは 「言葉の意味を考えること」 だけは欠かさない。教員免許だけでなく書道五段で、さらに師範(しはん)をしのぐ教授という免許をもつ大先生だけあり、信恵さんの言葉に対するこだわりは相当みたいだ。
 だから書道は、字くばり (字の配置や並べ方をいうらしい) や筆の使い方などよりも、漢字の意味や語源を重視する。
 たとえば、信じるの 『信』 という字は、「人」 をあらわすニンベンに、右側に言葉の意味の 「言」 から成る漢字だけど…… 「信という字は、人の行動と言葉が一致することを意味するの。 『信用』 がいい例で、言葉と行動が一致していなければ信用されないわね。一致した言動を用いて、初めて信用を得る。信という字はまことという意味もある、とても大事な言葉――」 みたいに。
 寺子の部屋には、妙子おばさんの書いた 「摂取不捨(せっしゅふしゃ)」 の楷書(かいしょ)が掲げられている。書を見るたびにぼくは思う。 「どんなに重い罪をおかした人でも、決して見捨てない。」 という、阿弥陀さまの慈悲を書き表したこの言葉は、ぼくに向けられたものではないかと。妙子おばさんの遺墨(いぼく)になった書だと聞いてからは、気になってしかたが……ん? 
 感心感心――
 見られていることにまったく気づかなかった。 「気を入れてやらないといけないよ。」 と言われたようで、銅鉢(どうばち)(チーンとやるお仏壇のお鈴を大きくした、ボーンと低い音がする法具) を拭くか、曲ろく (ようどうさんが座る椅子) にするか考えながら雑巾をしぼり始めると、
「一人ではやることもなくて退屈だろう?」
 ようどうさんは笑みを浮かべ、退屈しのぎと作務のごほうびにと、ビデオを見せてくれることになった。
灌仏会(かんぶつえ)と言ってね。お釈迦様の誕生を祝う祭事のことで、お花祭りともいう。地域にとっても一大イベントなんだよ」
 驚いた。山車(だし)って言うんだっけ。車輪が幾つもある平たい木の台車にゾウ(さん)、 白い象が載っていて、背中には鐘つき堂のミニチュアみたいな色あざやかな花で飾ったお堂が乗っていて、がらんとした莞恩寺しか知らないお寺の境内が人人人、人であふれている。ゾウを引く子供たちは楽しそうで誇らしげで、檀家さんや集落の人だけでなく、近隣の字集落の大人子どもが声援を送り、カメラを構え、ビデオをまわす。あの泣いている子は、迷子にでもなったのだろうか。とにかくみな表情豊かでにぎやかで、まさに一大イベントだ。
「毎年やるの?」
 画面の下の日付は、2010年4月8日。ずいぶん昔のビデオだ。
「やるにはやるが、規模を縮小してね。白象は蔵から出すだけにして、何年も引いていないのだよ」
 場面が変り、ゾウの背中に乗った小さなお堂が、色とりどりの花の輪の中央に下ろされ、おじいさんやおばあさんが談笑しながら、お堂の真ん中にあるお釈迦さまの誕生仏に、
「甘茶と言ってね。アジサイによく似た、アマチャという花の葉を(せん)じたお茶をかけるんだ」
 おけからすくった甘茶を頭にかけて合掌すると、隣りの列にならび直して容器を差し出す。
「花を摘んできてくださるお礼を兼ねて、甘茶をおすそわけするんだ」
「みんな生き生きしてるなあ」
「お花まつりの雰囲気と、会話と、外出を楽しみに訪れる方がほとんどでね」
 見てわかったし、ビデオに表れている。きっと小学校の運動会みたいな、家族総出の行事なのだ……。ウチの場合二人揃って見に来たのは、二年生まで。手を叩いて応援していた母さんも、腕をぐるぐる回してどなっていた父さんの姿も、そのうち、何年もしないで忘れるだろうけど。
「分かるかい?」
 白いワンピースを着たおかっぱ頭の女の子が、ビデオに気づいて駆け出すシーンが。
「もしかして、信恵さん?」
「君と同じ六年生のときの信恵だが、カメラの類が嫌いな子でね」
 でも、余所行きを着て真新しいピンクの靴を履くくらいだから、お花まつり自体は楽しみだったんだろう。
 ビデオの途中でようどうさんは出て行ったようだ。
 ホトを庭で歩かせてから部屋に戻って、ホトの背中を撫ぜながら、今朝信恵さんに借りた 「おとうと」 という小説を読んですごすことにした。

 ぼくは一人っ子だけれど、 「おとうと」 の碧郎も、碧郎に心をくばってやまない姉のげんさんも。どちらも自分と重なるところがあり、どちらの人生に転じてもおかしくないと思う悲しい話だ。でも、昔の人の小説って、どうしてさわやかなんだろう。
 シュウ兄ちゃん……。
 出掛けているはずの佳子ちゃんの声。
「のぶえお姉さんから言われたの。そう呼んだらって」
 そうなんだ。じゃあ佳子ちゃんはぼくの妹になるね。ずっと妹がほしいと思っていたからぼくうれしよ、うれしくてうれしくてたまらないよ。
「シュウ兄ちゃん、お花まつりにいかない?」
 ぼくははずかしくて佳子とは呼べないけど、げんさんのように思いやることはできる。
「行こっか」
「うれしい! 行こう行こう」
「よおし、みんなにまじってゾウさんの山車を引こう!」
「うん!」
 ぼくらは庭におりて、子ども達の輪に加わった。 「どこのお子さん?」 と訊かれて少し困ったけど、 「莞恩寺で勉強してるんです」 って答えたら誰もそれ以上は訊かなかった。かえって 「えらいわねえ」、 「仲のよい兄妹だこと」 ってニッコリ笑って言ってくれて、佳子ちゃんも信恵さんもうれしそうで、ぼくはたぶん二人よりもずっとうれしくて、うれしくて……
 ――ただいまあ。
 んん? 
「ただいま。なんだ寝てたの?」
「寝てたのお」
 二人が帰ってきた。
「眠っちゃったみたい」
 夢だった。ぼくが見た中で、いちばん楽しい夢。 



   (9)信恵の決心


 お寺の娘だから仏教に精通していると、思われてきた。仏教の智識などキリスト教と同じくらいしかないのに。浄土真宗の宗祖は親鸞さんくらいの事は知っているけど、かの歎異抄(たんにしょう)を書いたのは親鸞さんだと思い込んでいたし、著者の蓮如上人(れんにょしょうにん)という人さえ名まえだけは知っていた程度。真宗の方だとは思ってもいなかった。
 どうしていなくなっちゃったの。どうしてわたしを残して行っちゃったの。就職したら、お母さんが好きなワンピース。プレゼントしようと思っていたのに。いつか結婚して子どもができたら、お母さんに名前をつけてほしいと思っていたのに……。
 台所にいるのと同じくらい、本堂の荘厳な空間で合掌する妙子の姿が好きだった信恵は、ここにくれば妙子がいる、話を聞いてくれる。今までと同じように寄り添ってくれる気がして、これまであまり足をふみ入れなかった本堂にかよう様になっていた。妙子に誘われるように。

 不動産取引などまったく興味はなかった。
 ワンピースを買う理由もなくなった。

 お母さんが守ってきたお寺を、お母さんと同じように守りたい。お母さんが信じた信心をわたしももちたい。何よりお母さんの代りができるのはわたしだけ、わたしだけなのだ。
 まずは……檀家さんの数を増やさないと。お母さんがそうしていたように。過疎化のあおりで改葬する方が増えていると言うし。
  
 (変わったことはしないことですよ。)
  伊作さんに頼んで赤べこモドキを売ったらどうかな?
 (伊作さんが喜べばいいかもしれないわね。でも名前は変えないと。)
  ほら、御朱印がはやってるって言うでしょ、わたし書こうかしら。
 (………)
  アキおばあちゃんの手すき和紙を御朱印帳にして。どうかしら。
 
 筆勢(ひっせい)はお母さんには遠く及ばない。でもくずし書体は得意、何とかなるはず。いや何とかします。
「引っ越しのことなんだけど」
「んもう、驚かせないでよお。心臓が飛び出しちゃうところだったじゃない。ああ、佳子ちゃんの部屋の移動のことね」
「ついでだから、信恵さんの部屋の模様替えもしたらどうかなと思って」
「そうねえ……気分転換にもなるし、いいかもね。でも “ついで” はご挨拶じゃない?」
「ごあいさつって?」 どういうこと?
 シュウヤくん。一人玄造さんを訪ねてきたあなたのように、わたしも勇気出すね。



   (10)シュウヤの心配


「ついで」 がごあいさつ。
 挨拶なんてした覚えは無いんだけど、ごあいさつって何? 
 ある意味古きよき、日本文化を表すことばよ。
 らしいので調べてみた。

【御挨拶】 こちらが聞いて呆れるような相手のことば。

 こういう事って、塾はもちろん学校でも習わないし、これからも教わらないと思う、使う機会もないだろう。古きよき日本文化と言われても何が良きなのか、さっぱり分からない。
 ――いいお湯だったね。
 ――気もちよかったあ。
 睦まじい声が近づいてくる。
「お待たせシュウヤくん」
「シュウ兄ちゃんお待たせー」
シュウ兄ちゃん――。夢が現実になったのではなく、現実が夢に出てきたのだ。
 つややかな黒髪の信恵さんと、頭のてっぺんで髪をお団子のようにまとめた佳子ちゃん。美夏子さんのことを話していたのだろう。二人ともいつもより、頬っぺが赤く見える。比丘(びく)が二、三人生活できるように建てたお寺だからね――。ようどうさんの言うとおり。お風呂だって広いんだから、美夏子さんと三人で入るといいんだ。
「今日はよく頑張ってくれたから、ゆっくり入ってきて」
「とっても気もちぃお湯だよ」
「佳子ちゃんもうんとがんばったから、早く寝ましょうね」
 水曜日から、お寺での暮らしが始まる美夏子さんに、住みやすい環境で、新たなスタートを切ってほしい思いはぼくも同じだった。だから、新居となる二階の部屋へのテレビやキャビネットなど、新たに揃えた生活用品の運搬や開梱、佳子ちゃんが出て行ったあとの信恵さんの部屋の模様替えも。 「腰を痛めないでよ」 と言われるくらい頑張った。
 今日の信恵さんは、昨日の夜とは別人だった。泣いているように見えた信恵さんとは――。
 いつもの明るい信恵がシュウヤは好きだから、写真のなかの妙子のように笑顔でいてほしかった。だから運搬がすみヘトヘトでも。 「地味な部屋だなあ。がっかりだよ」 とはしゃいで見せた。
 初めて入った信恵さんの部屋は、女の人っぽさも生活感もほとんど感じず、がらんとしていた。佳子ちゃんの荷物の大方を運び出した後とは言え、母さんの部屋みたいに鏡台も姿見もなく、色あせた白い壁紙を隠すような背の高い本棚と、ぼくの腰くらいのちんまりしたチェスト、それにまっ平な古めかしい机の上に、小さな鏡とラジオとペン立てとが同化したお化粧品があるくらい。ベッドもテレビもなし。フローリングと言えば聞こえの良い床に敷かれた、灰色のカーペットがよけいに地味に見せ、ぬいぐるみや写真があったほうが似合いそうな出窓には、バレーボールがぽつんとあるだけ。他に形容のしようがないほど地味だった。

 あまり見ないでよ。恥ずかしいから。
 呆れてるんだよ。よくこの部屋で生活できるなって。
 生意気言っちゃって――。

 気にすること無いか。信恵さんもけっこうはしゃでいたし。
「遅くなるから早く入りなさい。お風呂のおそうじ、手抜いちゃ駄目よ」
「ダメよお」
「わかってるよ」



   (11)それぞれの白い道


 夜のお斎の片づいた庫裡で、美夏子は切り出したのだった。 「佳子を学校に行かせたい」 と。
 清んで冷えびえとした月明かりがきれいな中夜である。シュウヤは眠られずにいた。考えることが増えたせいだと思う。美夏子の切実な願いであり、佳子が望んでいることはシュウヤにもわかっていた。退院の予定が十日延びても、佳子が落ち込むことなく明るくいられたのは、親子で暮らす喜びだけでなく学校に通うことを希望としていたからだ。美夏子の背中にかくれて、嬉しそうで泣き出しそうな顔をしていた佳子の姿が浮かぶ――。
 このまま学校に行かずに莞恩寺にいたら、友だちはできない。頑張りすぎる所のある信恵さんの負担も減る。いいタイミンだと思う。誰にとっても。
「虫のいい話ですけど、先行きの目途が付くまでここから通わせてくださいませんか。お手伝いは何でもしますから……」
 シュウヤは莞恩寺に美夏子がきてからこの三日間、自分自身これからどうすればいいかを真剣に考えた。
 福島の学校に通っても、神奈川の学校にもどったとしても、同じだと思う。学ぶことも得るものもたくさんある莞恩寺で生活する方が、ずっと貴重なのだ。そのことだけはハッキリしている。そこで考えが行き止まってしまう。でも、このままでいいとは思わない。
 昨日、老人ホームのそばを散歩しているときじっちゃんは言った。
「お前さんの母さんの名前は、あの花の名からとったんじゃよ」
「静花さんとイメージが重なったのね。何ていう名まえ?」
 ぼくが聞きたかったことを信恵さんは口にした。
「ヒトリシズカという。春に花をつける」
 ヒトリシズカは 「一人静」 と書き、能の舞台に登場する 「静御前(しずかごぜん)という人の舞い姿」 に見えることから、その名がついたという。堅い土を割いて伸びる細長い茎の頭に、太陽に向かい子どもたちが両手を差し伸べるような恰好の四枚の葉があり、開くのを途中で止めた形をしていた。
「お花を守ることに専念するのね。四枚の葉が」 糸状の白い花が鈴なりに咲くという、ヒトリシズカは、ハーブのような香りが楽しめるという。 
「株は独立しているが、見てのとおり群生して育つ。支え合い、つながり合って存在しているように、わしには見えてのお」
「大家族ってところね。あっちの葉が大きいのは?」スギ林の道をはさんだ反対側の開けたところを、信恵さんは指さした。
 
 認知症と言っても玄造さんは軽度で、物忘れが多いというより、忘れたこと自体を忘れて、初めから無かったことなの。だからそのつもりで接するといい……。
 
 信恵さんは話していたとおり。じっちゃんの話から話題を引き出そうとしていたんだ。
「フタリシズカじゃよ。両方とも好きな花に違いないが、わしの印象はヒトリシズカじゃった」
 フタリシズカも葉が茎の先端にあるのは同じだが、手の平だいの光沢のない三枚の葉が、地面を隠すように広がっていてひと回り大きい。どちらも白い花をつけると話していたけど、
(母さんは静かな方だけど、ヒトリシズカは美夏子さんみたいな花で、フタリシズカは信恵さんだな。)
 そんな事を考えながら、ぼくは二人のあとにつづいた。
「静花が生まれたときは、村中の者が祝ってくれてのお」
 じっちゃんは懐かしむように言い、信恵さんはまた話を引き出そうと、 「わたしの時は? どうだった?」 とおどけて訊くと、
「聞いておるじゃろ。母子ともに危険な状態でみな心配で、中には莞恩寺にお百度(ひゃくど)を踏みに通う者もいたくらいじゃ。そのぶん無事生まれたと聞いた時は、みな安堵しての。赤んぼうを見てみなぶったまげた、こーんなデッカイ子ならそりゃあ難産だわ、とみなぶったまげての。じゃがみな安堵しての……」 と、感情のおもむくままに話していた。
 元気とは言え、じっちゃんといっしょに居られる時間は限られている。神奈川にもどってお寺にかよえば、以前と違った生活はできると思う。でも、ようどうさんや信恵さんのような人と出会える保証はない。いや出会えるはずない、無いに決まっている。
 昨日のようどうさんの話は、とくに心にひびいた。勤行のあとに行う法話だ。ガタガタと木戸を鳴らす風の音も気にならないほど、二つの話に引き込まれた。その一つが 『二河(にが)白道(びゃくどう)』 の話だった。

 目の前に、火と水の二つの大河が行く手を阻んでいた。二つの河の間には、一本の 「白い道」がある。その道はすこぶる狭く、さらに両側からは火と水の波が絶えず打ち寄せる。行くのも引き返すのも、立ち止まっても死という、 「絶体絶命」の状況で、こちら側の東岸から 「行け!」 という釈尊(しゃくそん)の背中を押すような声が聞こえ、向こう岸の西岸からは、阿弥陀様の 「来い!」 と励ましにも叱責にも聞こえる声を聞く。主人公は、声にしたがい “白道への歩み” を進むことを選んだ――。

 ようどうさんは、 「主人公がいるのは、正に迷いあるいは苦悩の世界、進むべき白道が四、五寸の狭い道にしか見えないのは、煩悩(ぼんのう)がそうさせているからだ。迷うことなく、お浄土、仏の世界を目指せば、道は広がり、救われる。という(たと)え話でね」 と懇切(こんせつ)丁寧に話してくれた。 『無礙(むげ)の一道』 の話も。同じように。
「無礙とは 『何ものにもさまたげられないこと』 を言い、一道は、 『唯一無二の進むべき道のこと』 を言う。つまりだね、何ものにも妨げたられない絶対的な生き方を言う。
 そこで大事になるのが、煩悩を打ち断つ他力、すなわち、すべての者を等しく救う阿弥陀仏の、 “本願力” となる。本願力を疑いなく信じ、すべてを託すこと、つまり 『他力本願』 こそが、唯一無二の進むべき道となり、阿弥陀仏の慈悲のご恩にむくいる熱心が、真の生きる根拠となる――と。
 二つの話を聞いたシュウヤは、庸道の信心に触れた気がした。
「自力は、自由という心の隙や、傲慢とも言えよう自我を生み出しかねない、煩悩を生む起源となり得る、頼りのないもの。わかるかい崇哉君」
「何となくは分かるんだけど……」
 自信なく答えるシュウヤに、庸道はニコリとして。 「要は、自由とどう付き合っていくかだ。自由とは思いのままに為すことではないぞ。己のよしとする道を尋ねる機会、好機と言えよう。ゆえに仏教信徒は、つねに己を問うて生きる――」
 欲望に支配された自由は、不自由と、私は思っていてね……とも話していた。だから、自由とどうつき合うかを自分に問いかけなさいと、ようどうさんは言いたかったのだ。
(あ。)
 ――勉強で大切なのは、どうしてだろうな、と自分にくり返し問いかけることですよ。
(美夏子さんと似ている。同じかも。)
 ほんとうの学びが何か、分かった気がした。
 小学校に行きたいとはっきり言えて、寺でも学べる佳子が、シュウヤはうらやましくなった。



   (12)何でだろうが増すばかり


 今日はいるかな……。夜たびたび本堂に来ては、須弥壇(しゅみだん)の前で(うつむ)いている信恵のことが気になった。
 9時30分すぎ。莞恩寺に来た当初は、睡魔に誘われた時間だ。思ったとおり回廊に明かりが漏れている。死角になりそうなところで、シュウヤは耳を澄ましそばだてる。
「ずっと気にしてたのよ、お母さん。法名のこと。わたしはぜったいに妥協しませんから」
 めずらしくようどうさんもいるようだ。何の話をしているのだろう。気になるがよく聞き取れない。
「釈尊と同じ 『出会う』 を意味する尊い名だと思うがね。何が不満なんだい」
「ふつうがいいの。一般的に通じる字がいいのよ」
 よくわからないけど、漢字へのこだわりが口論の原因らしい。
「花よりも 『迦』 のほうが合っていると思うよ、信恵は。尼僧になる決意を感じるしね」
「またイメージぃ? 尼僧ってね、わたしはハリウッドの女性俳優やメルケルさんや世界で活躍する女性と同じように、一人の人間として、仏門に入る決意をしたの。尼僧とか言わないでくれるう?」
「決意は認めるが、口の利き方はあらためないといけないね。仏門に帰依(きえ)する者の言葉づかいではないよ。檀家さんや門徒宗に示しがつかない」
 仏門に入るって、信恵さんがお僧さんに!?
「じゃあお父さんは考え方をあらためて、ください。カトリックの洗礼名? あれだって希望をきくって話ですよ」
「希望をきく教会もあるようだが、大概が神父様がお決めになるのではなかったかな。それはともかく、極楽浄土に往生しても用いる名前だからね。慎重に考えようではないか」 
「なら、どうしてお母さんの言う事は聞いてあげなかったの――」
 釈庸道。釈妙清。そして信恵さんは釈××。法名のことで揉めているのだ。
 日没勤行に加え、(じん)朝勤行に出るようになったシュウヤは、自と庸道と話す機会が増えていった。仏教のこと。浄土真宗のこと。宗教に関する歴史はとくに興味深く、迫害され禁教(きんきょう)になった宗教が世界中にあったことや、日本仏教の中にはキリスト教の教えの一部を踏襲(とうしゅう)する宗派があること、仏教やキリスト教でも宗派によってはずいぶん考え方が異なることなど、庸道に出会わなければ一生知らず仕舞いだったかもしれない、とシュウヤは思う。
 部屋に戻ったシュウヤは、法話の要点を書き記したノートを開いた。お斎が済み入浴までに書き留めるノートである。

 ・生きていくこと自体が修行。
 ・御仏に対して悪事を行わないことを、心に留めて過ごすことが大切。
 ・罪から身を守る生き方をつねに考えること。
 ・己を問うて生きる。
 ・ありのままを受け入れてくださる、阿弥陀様のご慈愛を信じて感謝すること。

「赤ん坊は疑いもなく、お母さんやお父さんに、身も心もゆだねるだろう? 成長とは自分を低くし、赤ん坊のように煩悩を持たない、大人になろうとする心が大切……」 とも、ようどうさんは話していた。
 シュウヤはこれまで気に留めなかったなげしに掲げた 「報恩謝徳(ほうおんしゃとく)」 の額を見る。
(たしか。勤行のあと……)
 いま唱和したお経は 「正(しょう)、信(しん)、念(ねん)、仏(ぶつ)、偈(げ)」 と言ってね。真宗の教えをやさしく説いた経典だが、蓮如上人というお方は、ことのほか大切にされたお経でね。 「念仏は、我々に往生の機会を与えてくださった、阿弥陀仏の恩に報い、その功徳に感謝すること。」 と、親鸞聖人がお話しされたとおり。正信念仏偈は、正に 『報恩謝徳』 を表したお経だと、私は思っていてね……」
 と、思いをこめて話した後。低い所をはるか遠くに、まっすぐ走る声でふたたび、

帰命無量寿如来 南無不可思議光――
普放無量無辺光 無碍無対光炎王 
清浄歓喜智慧光――
摂取心光常照護 已能雖破無明闇……

 お経をあげる庸道の姿を思い起こしたシュウヤは、庸道に借りた 「浄土真宗の理解」 の本を手に取りページを繰った。
 報恩謝徳とは――。罪を罪のまま抱き取ってくださる、阿弥陀如来の恩に報い、その恵みに感謝することを言います。

 妙子おばさんの心の清さと実直さが楷書で書かれた、報、恩、謝、徳、四つの文字と額ぜんたいから伝わる。お坊さんになる信恵さんは、ようどうさんの言葉を借りれば 「お念仏申す者になることで、ご恩のわかる人に育てられ、不平や不満の日々が、 『ありがたい』 『もったいない』 という感謝に満たされた生き方に変えられる――」 その道を自ら選び歩もうとしている。真の念仏者になる決心をしたのだ。
 念仏者になるならないは別として、そう思えるような大人にぼくもなりたい。
「ああ」
 二階の隅の方から佳子の笑い声がとどく。小学校の転入が決まってよほど嬉しいのだろう。髪を切ったことも。
 転入の手続きといい、ランドセルなど必要なものを書き出してささっと買い揃える行動力といい、美夏子さんにはほんとうに驚かされる。料理は抜群に美味しくてメニュー豊富で手早いし、勉強ではもの静かなのに熱心。美夏子さんはいつも何かに感謝している人。そんなふうに見える。
 でも、一緒に暮らすようになって一週間。初めて会ってからは、明日で一か月経つのに、知らないことばかりだと思う。元々口数は少なそうだけど、入院している時はすすんで話をしてくれたのに今はにこりとするだけ、佳子ちゃんが学校に通うようになったら、ますます無口にならないか心配だ。
 そういうぼくも、 「最近大人しくなったんじゃない?」 って信恵さんに言われるけど、信恵さんは最近ではなく 「美夏子さんがきてから」 って言いたかったのかもしれない。
 信恵さんもお坊さんになれば変わるだろうし、佳子ちゃんは友だちができて活発になるに違いない。変わらないのは、ようどうさんとホトだけかも。ぼくはこれからどうなるんだろう。どうすればいいのだろう。
 いくら問いかけても答えが出ない。
 そう言えば、 「美夏子さん、カレンダー嫌いなんですって」。 信恵さんの言葉も気になる。嫌いだからって外すことないんだ。
 何でだろうばっかりだ。


 
   (13)思い出が


「自転車の乗りかたを教えてくださらない?」
 嬉しかった。寺子の授業以外で美夏子さんから声を掛けられたのは、久しぶりだった。
 佳子ちゃんはようどうさんに自転車を買ってもらった。四日後の月曜日から行く信恵さんも通った、東天馬小学校に通学するために。教科書を貸してもらった小学校だ。
 以前住んでいたという福島県東部の浜通りにある町では、子供用の補助輪つきのには乗ったことがあるというが、補助輪のないギヤ―つきの自転車に乗るのは初めてらしい。
 佳子ちゃんには少し大きめのママチャリ系の自転車は、少し大人っぽいスカイブルー。小学三年生にしてはませた佳子ちゃんに合っていると思うし、中学生になっても乗ることを考え自分で選んだというから、佳子ちゃんらしい。
 佳子ちゃんは勉強と同じように運動神経も抜群で、ぼくがというより、大型バイクの免許を持っているどうさんの教え方が良かった。正味一時間で、何なく乗りこなしてしまった。
「じゃあ午後の授業はサイクリングにしよっか。お寺のとわたしのと兄のがあるから。シュウヤくんは好きなのを選んで」
「じゃあ一台あまるでしょ。お母さんもいっしょがいい」
「……美夏子さんも?」
「いいよね、シュウ兄ちゃん」
「うん」 崇兄ちゃん。いい響きだ。
 お母さんもいっしょがいいに決まっている。
「でも寒いわよ。風邪でも引いたら大変、」
「あったかだし、あたたかくすれば大丈夫だから」
「行くか行かないか訊いてみればいいよ」
「……そうねえ」
 結局美夏子さんは 「寒さにはなれっこ。」 と快諾して、午前の残りの時間は、佳子ちゃんの大事な家族になる自転車の手入れの仕方を、おぼえる時間にあてることになった。
 サドルの高さの調整。空気の入れ方と空気圧の目安。それに佳子ちゃんのは内装ギヤ―だから必要ないけど、ギヤ―にオイルを注すのを、ぼくが載る自転車 (善行さんの) で覚えてもらい構造の話まで。充実した時間を過ごせたと満足して寛いでいた時、ふと思った。母さんが口すっぱく 「ものは大切にしなさい。」 と言っていたのは、この土地で生まれ育ったせいかもしれないと。
 スーパ―で買い物かごを手荒く扱ったぼくは、おおぜい人がいる前でひどく叱られた。 「人のものも自分のものも同じように大事にできない人は人の心も大切にできなくなるのっ、人を思いやることができなくなるのよ!」。 別人みたいに顔をまっ赤にして……。だから、きっとそうだ。
 お昼のお斎をすませたいま。ようどうさんにその事を話すと。
「その昔、禅宗の師が 『天地同根』 というお言葉を残されてね。天も地にあるものも同じ根から生じるという意味だが、さらに 『万物一体』、 つまり自分を含めたすべてのものが一体であるという考えだが、お母さんは区別することの恐ろしさやはかなさを、よくご理解されている方のようだね……」
 考えてみると、父さんも自動車と同じように自転車の手入れを怠らなかった。母さんも父さんも価値の有る無しでなく価値観を、ようどうさんの言うように、万物一体を大切にしているのかもしれない。――お父さんもサイ、クリン行く、行きますう~?
 信恵さんだ。ようどうさんと顔を見合わせて、つい笑ってしまう。歯ブラシをくわえながらしゃべっていた。
「私は挨拶回りがあるから、三人で楽しんでおいで。雪が残っているところもあるから、気をつけて行くんだよ」
 ほどほどの忙しさが、お母さんを亡くした悲しみをいやす治療になるのだろう。落ち込んでいた信恵さんはもういない。ようどうさんのつつみこむようなような笑顔が物語っていた。

 山道に抜ける滅多に来ない墓地の外れに。
「凄いでしょう」
「すごーい。お空に向かって、まっすぐ伸びてるう」
「立派な杉です」
 見上げているのが億劫になるほど丈高いスギの木は、樹齢200年と言われていて、周囲の杉が植林される以前からあり、植林にするきっかけを作ったスギなのだそうだ。
「ご神木とも、閑雅(かんが)杉とも呼ばれているのよ」
「カンガってどういう意味なの?」 シュウヤは訊いた。
「趣があるとか、風流とか、そういうこと」
 誰がつけたのかは分からないけど、誰もがそう感じるだろうとシュウヤは思う。
「ここから舛山地区よ。権現坂と言ってね、ちょっとした天馬の名所なの」 
 そう権現坂だ。車よりも馬がゆったり歩くほうが似合いそうな、時代劇に出て来そうななだらかな山坂道だ。あと五か月もするとミンミン、ジージー、ツクツク……冷たい土の胎内にいるセミたちの大合唱が疎林をつつむ。
「動物たちに見られているよう」
 美夏子の前、信恵の後ろを走る佳子が言う。木々にはね返る声が明るい。
「リスさんがいるかもしれないわよお」
「えっ、リスさんいるのお!? 見たことあるう?」
「わたしはないけど、居るそうよ。木の上のお母さんリスがね、子どものリスに 『同い年くらいの女の子がきたわよ』 って教えてあげるの」
 少しだけ勾配がきつくなった気がする。気がする程度の坂の周囲に雪はない。道路の凍結の心配はなさそうだ。
「無理しないで歩こっか。瓢池につくまでにヘトヘトじゃつまらないから」
「ひさご池? ひょうたん池に行くんじゃないの」
「ああ。ひょうたん池って呼ぶ人もいるわね。ほんとうは瓢池っていうの」
 止まるのも忘れて先頭を行く信恵さんの話では、ひさごは朝顔やヒョウタンや冬瓜(とうがん)などの総称を言い、ヒョウタンそのものを言うこともあるらしい。だからじっちゃんが教えてくれたとおり。ぼくはひょうたん池でとおそうと思う。
「このへんはね、桃源郷って呼ばれているのお。すばらしい別天地という意味」
 わざわざざ遠回りするような道をつくらなくてもいいのに、と思った桃源郷は、 「天駆ける馬を見た場所」 という伝説が残る、天馬村の名前の由来になった場所だという。
「止まってくださらない」
「どうしたの!? 何かあったの美夏子さん!」
 信恵さんが自転車を止め後ろを振り返る。なぜか慌てた様子だ。
「そうではなくて、耳を澄ましてみて」
 ………
「きれいな声え」
「ほんとうね。きっとお母さん鳥よ。そっくりだもん、佳子ちゃんのお母さんに」
 フルートみたいなやさしい声が、近くで聞こえる。イノシシや猿も耳を澄まして聞きほれているだろうとシュウヤは思う。
 ふと思った。同じアブラゼミでもミンミンゼミでも、鳥たちにしても。個体によってその声は違うのではないかと。
 葉を落としたブナとクヌギの林のトンネルに入る。
「この辺はね、季節の野菜の宝庫なの。春になるとゼンマイがたくさん採れるわよ」
 残雪をかき分けて芽を出す緑は、苦もなく摘めるだろう。だが、生命力はとても敵わないとシュウヤは思う。
「キノコもあるう?」
「いろんなのがあるわよ。春先にはタラの芽だって採れるんだから」
「ゼンマイは煮物にしましょう。タラの芽はどうしますか?」
 美夏子が言うのと同時に、林に陽光が差し込んだ。
「天ぷら! ここのタラの芽はね、舌がとろけるくらい美味しいんだから」
「春になったら摘みに来て、美味しくいただきましょう」
「わあーい」
 春の話題に心があたたまる。
「信恵さん、フキもあるでしょう?」
「もちろんあるわ」
「マカヨは味噌和え!」
「マカヨってフキのこと?」
「そーう」
「北海道ではマカヨといいます。馴染んだ言葉はなかなか抜けないもので、一緒くたに覚えてしまったんです」
「お母さんのマカヨの和え物、とってもおいしいよお。摘むときも食べるときもね、よし子、ちゃんとありがとうを言うの」
「偉いのねえ、佳子ちゃん。春が待ち遠しいわねえ」
 会話が弾む。だからぼくも、
「ニンニクは入れないでよお」
「入れるから美味しくなるの!」
 裸の林を抜けると、
(しず)守の森よ」 枯れた葉ばかりの木々がいっそう威厳をかもし出す。
 ここからは森に入ったり出たりがつづくんだ。鎮守の森をぬければ、宮司さんがいるのかいないのか分からないけど、割と大きな神社があって、境内の隅の方には、じっちゃんと手をつなぎ合おうとしてもとどかなかった太い幹のケヤキがあり、その脇を抜けて、幾らもしないで 「ぼくらの展望台」。 じっちゃんと見た思い出の場所に着く。
 山側から川向うに架かる、たよりのない吊り橋が懐かしい。対岸の斜面には、川を跨ぐような恰好で木がせり出していて、中央のやや右側から遙か遠くまでは盆地が広がり、左側の低めの山に段々畑と小屋がある。北西の峰の奥に目をやれば、景色を守るような、ぼくとじっちゃんの名峰大志山がそびえる。心に刻まれたじっちゃんと見た風景が……。
 
 ――シュウヤ。冨嶽三十六景を知っとるか。葛飾北斎の描いた風景版画での、実際は四十六景じゃが、ここからの眺めは四十七番目の景色にしたいほど絶景で、山頂には磐座として崇められている、それはそれは大きな岩が、
「ちょっと待って、」
 信恵が叫ぶ。
「うそ、どういうこと!?」 シュウヤは信恵の隣にならんだ。
「えっ!」
 言葉が出ない。森が不自然に開け、四十七番目の景色が見える展望台に通じるはずの、道がない。いや見えない。家のカーポートの伸縮門扉とは目的も材質も高さもまるで違う、銀色のアコーディオン型のゲートが行く手を阻む。部外者を立ち入らさせない目的の鋼鉄製のバリケードだ。いや、まるで鋼鉄を組み合わせた矢来だ。ゲートの向こうの鎌首を下ろしたパワーショベルは汚名を着せられ処刑を待つ罪人、
「ほかにないの!? 池に、ひょうたん池に行く道ないの!」
「……」
「ねえ!」
「無い! 榎木神社も瓢池に行く道も無い!」
「ひどい……」
 展望台もじっちゃんと見た風景もじっちゃん家の裏の竹林も、ひょうたん池に注ぎ込む清流もスイカを冷やした沢も無くなったのか!? 土の中のアリがミミズが地上にこがれるセミたちが……多くの命と運命をうばって一体、
「何をしたいんだよ!」 シュウヤは絶叫した。
 天馬村には似合わなぬ景色を隠すように、雪が舞い始めた。
 



   (14)変化
 

 信恵さんが朝夕の勤行に出るようになった。だから寺子屋では先生で、勤行の時間はぼくと同じ生徒ということになる。
 結局法名のことは 「一人間として仏門に入るというのなら、花の字の方が女性っぽくないかい?」 という庸道さんと、 「迦はお釈迦様と同じだからどうしても嫌だ」 という信恵さんの双方が折れて、左のしんにょうを取った加、 「釈恵加」 で収まったらしい。 “か” にこだわる理由は響きがいいからだそう。
 家事の一切を任せてほしいという美夏子さんの申し出にふん起したのだろう。恵加さんは目つきからしてかわった。
 シュウヤは初めて恵加と聞いた日の庸道の法話を想起する。
「十方衆生と言い、仏教徒は人間が特別とは考えない。因って両親、身内、仲間という狭い世界で物事を推しはかることはしない。生きとし生けるものすべてを等しく尊重しつつ、敬う心を成長させるのが、教えの根本と言えよう……」
 話し方も顔つきも変わった庸道の法話を思いつつ、シュウヤはノートを開く。

 ・「十方」とは。東西南北の四方に、東南、西南、西北、東北の四方を加えた 「八方 」に、上下を加えた方角のこと。
 ・「衆生」とは。生きとし生けるもの。すべての生物のこと。
「南無阿弥陀仏。この六文字の念仏を唱え、阿弥陀仏の本願にすべてをゆだねれば、阿弥陀さまは自然とはたらいてくださる。わかるかい? 崇哉君。恵加も……」
 ・南無阿弥陀仏の 「南無」 とは。どうぞ、よろしくお願いしますの意味。

 恵加さんと居る時間が増えた一方、佳子ちゃんと過ごす時間は当然減った。佳子ちゃんはもう学校に慣れたようで、昨日は友だち二人を連れてきて、かくれんぼをしたり、お寺を案内したり、ホトといっしょに散歩してみたり、
 
 ♪ 大空かけてゆく~ 若こーまーとお 
   東にのぼる日に……

  よっちゃん。はじめのね、 「おおぞら」 のところはね。
  イチ、ニ、サン、 “うん!” で、始まるんだよ。
  そうなのお。でもね、かずえちゃん。 “ハイ” じゃだめ? ウンのところ。
  さん、 「ハイ!」 って言うから、ハイのほうがいいかもしれないね。
うふふふ、よっちゃんって、おもしろいね。
かずえちゃんも、ノリちゃんも、
  楽しいね!

 〽 大空かけてゆく 若駒と
   東にのぼる日に 心はずませ 
   にこやかに友と 肩をならべて
   かけがえのない日を 生きて行こうよ
   どんな時でも 手を取り合って ♪

 小学校の校歌を教わったりと、にぎやかに遊んでいた。明るくて人懐っこい佳子ちゃんの性格はもちろんだけど、人も環境もやさしい天馬でなければたった五日間でこうは行かなかったと思う。
 佳子ちゃんは新生活を楽しんでいるだけでなく、よくがんばっている。寒風の中自転車で30分かけて学校に通い、帰ってきてからは今までどおり。お斎づくりの手伝いはかかさないし、夕食の片づいた庫裡で美夏子さんに勉強を教わったりと、頑張りすぎじゃないか心配になるくらいだ。
 ぼくの生活もだいぶ変わった。自習の時間が長くなり退屈していたところに、美夏子さんが先生になってくれて、充実した時間を過ごしている。
 ――学習と学問の違いはわかりますか。勉強で大切なのは 「どうしてかな」、 「何でだろうな」 と、自分にくり返し問いかけることですよ。それに簡単に思える問題こそ、より理解を深めようとする気持です。

 ・学習とは。学び習うこと。
 ・学問とは。学び習ったことを、知識として習得すること。
 ※大切なのは自問。勉強に向き合う姿勢。心がまえ。

 RとLの発音の違いですか? 比較をすればいいんです。
(それくらいは分かってる、って顔をしていたんだろうな。)
 リアリィという英単語は習いましたか。驚きや感嘆を表現する言葉として、諸外国では日常的に使われますから、しっかりおぼえましょうね。発音してみて。 「リアリィ」……崇哉さんの発音は、RもLも同じように聞こえますね。私の場合は――、違いますでしょう? ハイもう一度。 「really」……その発音であれば、外国の方も違和感なく聞き取れるでしょう。他にも、Excuse me。excuse me。のように、語尾の上げ下げで意味が変わる語句もありますから、ネイティブの方の英会話ラジオを聴くと、より早く覚えられると思いますよ――みたいに。丁寧に教えてくれる。
 美夏子さんのアドバイスのおかげで、ラジオから聞こえる lightとright、roadとlord、playとprayなどの違いが聞き取れるようになり、美夏子さんが言うように 「自分だったら英語でどう答えるか」 を考えながら聞くようにしたら、ラジオをつけっぱなしで寝ちゃうことがあるくらい、英語が身近に感じられるようになった。
 そう。美夏子さんはあの北大に一発合格した超秀才で、しかも塾に通ったことがないというから驚きだ。教え方も上手で、人にわかりやすく教えられるようになってこそ勉強する価値はある――と、塾の先生が話していたとおり。美夏子さんなら塾でも学校でも、人気ナンバーワンの先生になること間違いナシだ。
 伊作おじいさんがいるようだから、そろそろ……
「赤べこ太郎をダルマみてえに?」 
「丸っこければいいんです。当選したら ”目を入れる” ので、目ん玉は白で大きめ。伊作さんなら朝メシ前でしょう?」
「お前のために作ってるわけじゃねえんだよ、こっちは。それにべこ太郎じゃなくなっちまうじゃねえか」
 お寺で販売し始めた “赤べこ太郎” は、道の駅にせまる売れ行きで、善行さんが選挙のイメージキャラクターに採用したことで人気は急上昇。なので、備品倉庫を整理して移設した作業場に夜いるのは珍しくないんだけど、
「べこもーもだよ。福べこもーも」
「おうシュウヤか。そうそう福べこもーもだったな。始めるか」
「うん」
「名前のことはいいから、僕の当選は伊作さんに懸かっているんです、お願いしますよお」
「よかねえよ。シュウヤがよっく考えて改名した名前だぞ。本家からクレームが来ねえようにとか、オスメスの区別がないほうがいいとか、寺で売るのに相応しい福島をアピールできるような名前えはないかとか、いろいろ考えてよ。シュウヤを見習って政策でも練ってろ。お前の道楽なんかにつき合えっか」
 製作から販売までを一人でこなすだけでも大変なのに、善行さんが当選したら伊作おじいさんはてんやわんや。と考えたぼくは、 「粗削りを教わりたい」 と願い出て 「OK」 をもらったばかりの修行中の身、だから集中してやらないと。
「じゃあ形は今のままで体と目だけデカく。一個だけでいいんですから」
「しつこいやつだな。もともとダルマってのは、禅宗の始祖の達磨大師のことをいうんだ。目を入れたり入れなかったり言ってっと、バチがあたるぞ。オレゃごめんだね。おっ、さすがは玄さんの孫だけある、筋がいいや」
 シュウヤは電気ケトルのような形になるまで削った丸木を、グラインダーに押し当てて、伊作が成形しやすい形になるよう工夫する。行李どころか、竹とんぼの作り方を教わる時間がないほど余裕が無いのだ。成形の次の工程、絵づけの前の 「下塗り」 を任せてもらえるくらいになりたかった。と、
「ねえ、どういうこと!?」
 血相を変えた恵加が駆け込んできた。
「山を切り崩して何をするつもりなのよ!」
「ウチにくる気になったか。何なら日程決めて面接してやっても、」
「質問に答えてっ! 鎮守の森をめちゃくちゃにしてどうしようって言うの!」 さらに声を荒げる。
「あれのことな」
 善行は苦虫を噛みつぶした顔で、
「地層の調査だ」 渋々言った。
「地層って、森を掘り返すのと地層と何の関係があるのよ!」
「どういうことだ善行、詳しく話してみろ」
 恵加は興奮を抑えて、善行が話し出すのを待った。
「お鎮守の東側の延原(のべばら)盆地。あそこの地層深くに坑道を掘って、放射性廃棄物の最終処分場として適しているか、」
「放射性廃棄物?! 処分場ってまさか、坑道って何言ってるの!」
「恵加っ」
 善行はため息を吐き、あらためて、
「延原の地層が、原発ゴミを処分するのに適当かを調査する、拠点となる施設をな。お鎮守の一画に建てる計画がある」 簡略的に打ち明ける。 
「原発ゴミって、核のゴミが天馬に……」
 みんな固まってしまった。何の話をしているのかシュウヤは理解できなかったが、風光明媚な景勝を掘り返すショベルカー、鋼鉄製の工事用のアコーディオン門扉、用地の隅のプレハブ小屋、そしてシュウヤらが来るのに合わせたように舞い始めた雪……。凸凹の赤い大地があっという間に、白く薄化粧していく光景は目に焼き付いている。
「調査と言ったな。計画なんだな、善行」
 わなわなと口を震わせていた伊作が、落ち着いた口調で言う。
「木が切り倒されて土地が削りとられて榎木神社もひさご池につづく道も無くなって、もう実行されているじゃない!」
「何を騒いでいるんだい? 本堂まで聞こえるよ」
 道は言い引き戸を跨ぐ。
「鎮守の森を更地にして、原発ゴミの研究所を建てるそうだ」 伊作は 「原発ゴミ」 を強調する。
「無くなっちゃうの、もう無いの! 森も神社も大ケヤキも何もかもお!」
「榎木神社は残る、立ち入り制限しているだけだ。用地はケヤキを迂回した向こう、安心しろ」
「安心なんて出来るわけないじゃない!」
「落ち着かないか信恵。善行、私は何も聞いていないぞ。原発ゴミの研究とは何だ、調査とはどういうことだっ」
 慌てる庸道をシュウヤは初めて見た。



   (15)天馬とぼくらの未来のことを


 みんな庸道さんの慌てる姿を見たことがなかったんだと思う。恵加さんも。善行さんも。伊作おじいさんも。誰も。
 満月に近い月が磨かれたようにきれいで、ほうぼうに散りばめられた月の恒星みたいな星たちは、存在を主張するかのようにチカチカまたたく。オリオン座の西、遠い空にぽつんとあるのが天馬の星。きっと距離が縮まれば縮まるほど、宝石みたいに輝いて見えるに違いない。

 原発の使用済み核燃料から出た核のゴミ、高レベル放射性廃棄物を、確か4、500mの地層に処分するための調査研究をするんだ。あの辺りは国有地が入り交じっていて、用地の接収でごたつくはないだろうし、比較的強い岩盤だから……その拠点となる深地層(しんちそう)研究施設を鎮守の森の一画に――。

 いつまでだんまりがつづくのだろう。グラインダーのスイッチを入れるか、切ったままのほうがいいのか、迷ったシュウヤは、ほうきを手にとり木くずを掃き始める。堆肥やビニールハウスの吸湿保温に利用する農家に、分けるためのものである。
「問題は、調査研究で終わらない可能性があることだ」
「研究施設を建設すること自体が問題、まさか……核のゴミ処理場をそのまま造ろうっていうの!?」
「町の議員連中は適、不適に関わらず、調査終了後に埋めもどす確約も、最終処分場として使用しない盟約もしたがらないんだ……」 着工に突き進もうとしているとしか善行には思えなかった。
「何を考えているのかさっぱり分からん」
 福島第一原発事故後、警戒区域、計画的避難区域、緊急時避難準備区域の何れにも該当しなかった天馬村、窪谷町だが、放射性廃棄物の危険性は十分理解している。
「窪谷との町村合併はよ。天馬の土地を利用して、ひと儲けするために実現させたようなもんでねえか。天馬モンはどうなってもかまわんのかいよ」 誰へとなく伊作は言う。
 ふたたび作業場がかん黙で守られる。輝きがくすもうとしている天馬の未来のことを、ひとりひとりが真剣に考えている。息づかいが届きそうな静寂だった。
「原発を廃炉(はいろ)にしたかわりに核のゴミを与かれって言うの? どうして福島ばっかりいじめるの? なんで止めてくれなかったのよ……」
 過疎化対策。雇用創出。地場産業の活性。青森県に押しつけてばかりいられない正義漢もあるかもしれない。と善行は思う。 
「何かと都合がええんじゃろ。原発冷やす海はあるし、ゴミ処理場を作る土地は有り余るほどある。文句を言う住民は少ないしのお」
「何でもかんでも地方にばかり押しつけて、あんまりだよ」 悔しそうに恵加はつぶやく。
 神奈川にだって海はある。東京にも。海を埋め立てた広大な土地がある。
「研究施設と言っても、住民投票で白紙にできるだろう」
 天馬を守る思いは皆同じだと信じて疑わない庸道に、
「町組の議員に妨害されて、住民投票自体とん挫するのが関の山さ。仮に投票に持ち込めたとしてもね、町組議員の口利きで票なんかどうにでもひっくり返るんだよ。それが片田舎の政治の実態さ」 善行は現実を突き付けた。
「天馬モンが団結したところで勝ち目なしか。愚の骨頂の極みじゃの」
「彼らにしてみればフツウなんです。要するに罪悪感がないんですよ、伊作さん」
「もしかしたら善行お前え、計画を中止させるために衆議院選に出る気になったんでねえか」
 伊作の言葉に恵加はハッとする。
「そうなのか」 庸道も聞かされていないのだ。
「計画の話が持ち上がって、いろんな連中と話をしたり聴いたりして、原発のことを調べて行くうちにね。これは天馬や窪谷や福島だけの問題ではないし、解決していい問題でもなく、国や人類というレベルを超越した地球に存在する生態系の根幹に関わる問題、いや、地球の寿命を左右する大問題だと思うようになった。火山断層活動の影響、複雑な地層構造、豊富な地下水その移動、放射線が自然界と同レベルまで下がる 『千世紀』 という途方もない歳月を考えたとき、調査どころか絶対的な過ちを国は、人類は犯してきたことに気づいたんだ。
 そうは言っても地方議員がやれることは、高が知れている。限界がある。国は福島第一の原発事故など無かったことのように再稼働(さいかどう)(かじ)を切った。建設中の原発を中止するどころか、申請申請申請申請申請ぐずぐずしてたら許可が下りて日本中の原発が稼働しちまう。だから国政に打って出るしかない、このタイミングしかないと思った。僕が国会議員になったところで、原子力政策を180度転換させるのが容易でないくらいのことは分かってるつもりさ。でもね、考えを一とする世界中の仲間が団結すれば、世界は動き日本は変わる。日本人は変わろうとするかもしれないと信じたくて……それでね」
「お前え、そこまで考えとったんか」 伊作が目を膨らます。
「でも重機が何台もあって、山が削られていたわ」
 子どものような顔で恵加は言い、並々ならぬ善行の決意に、庸道は口角を少しだけ上げ耳を傾ける。
「あれは整地、と言っても施設を建てるための整地じゃない。止められなかったのは力不足だと思うし反省してるし、悔しいが、 “地ならし” しているようなもん。計画がデカくなればなるほど、ご利益に与かろうと 『取りあえず』 に食いつくヤツが登場するもんなんだよ。何ができようが何を建てようが金さえ入れば関係ないって奴らが」
「ならば善行。計画が頓挫した場合だ、商業施設なりレジャー施設なりの計画が持ち上がることも考えられるだろう」 眉間に縦じわをよせる庸道に、
「斜に逃れる、あり得るな。町民が賛成するような計画にすり替えるに決まっとる」 伊作が同調する。
「対案を用意します、直にまとまります。建設反対の狼煙をあげると同時に、説明会を開きます。町民はもちろん県民に受け入れられるような、景勝地にしたいんです。桃源郷や鎮守の森を生かした、季節ごとに訪ねたくなるような、東北地方を代表する憩いの場所に」
「壮大な計画でねえか」
「景勝地はいいが、箱モノはいかんぞ。善行」
「もちろんだよ。お袋が喜ぶような、景勝地にするつもりだよ」
「お兄ちゃん……」 恵加が声を震わす。妙子と約束するような言い方であり、また焦がれるような顔つきだった。
「妙ちゃんが喜ぶようなモンなら間違いねえ」
 ニッコリ笑う妙子の遺影がシュウヤの頭に浮かんだ。
 ――わあ。お星さまがたくさんふってるう。
 佳子の声だ。ホトを寝かせる前の散歩にきたのだ。
「ほんとうね。きれいなノチゥねえ」
 石づくりのぬれ縁の前で立ち止まった二人に、
「からだ、大事にのお」 伊作はやさしく声を掛ける。
 星は流れのとちゅうで消えていく。庸道さんはたしか。――三界と言い、慾界・色界・無色界のことを言うが、人間はもとより、生きとし生けるものは、この三つの迷いの世界を生き変わり死に変わりして、輪廻している。って話していたけど。
 星は生まれ変わらないのだろうか、消えてなくなったままなのだろうか。
 ホトに、迷いはあるのかな。
 美夏子さんは、どうなんだろう。
 美夏子さんは、どうしていつもマフラーをしているんだろう。寺子でも。お斎の時も。お風呂の前と後は会わないから分からないけど。
 何でだろうと思うことばかりだ。
 シュウヤは形になってきた、福べこもーもを手に取った。
「やるか、シュウヤ」
 伊作はグラインダーのスイッチを入れた。



   (16)ラララあふれる天馬だから


 鐘楼と呼ばれる鐘つき堂で夕陽を見るのが習慣になったシュウヤは、茜を帯びた西の空を見ながらつくづく思う。 (天馬の人って、みんないい人だな) と。シュウヤは昨夕の勤行直後の会話を想起する――。
 天馬の人って、どうしていい人ばかりなの? 
 そう? そうね。そうねえ……きっと、天馬の自然と共生しているからよ。
 自然と共生かあ。
 わかる?
 ような気がする。
 気がすれば十分。
(だからみんな施設のことで、あんなに怒ったんだな。) と、シュウヤは納得する。
 でも一応。
 ・共生。互いに害を及ぼさずに、いっしょに生活すること。
  
 自然を大事にすることがあたり前と思えなければ、共生なんて出来はしない。というよりも、天馬の人は自然を大事にするのと同じように、人にやさしくするのが自然なことなのだ。
 美夏子さんはどうだろう。分からないことだらけだけど、天馬の人たちと同じようにやさしい。ずっと天馬にいるよう。それだけは分かるんだけど、
「撞いてみるかい」
 庸道が柔和な顔で声を掛ける。五時にはまだ時間はあるから、三、四十分ここにいることになる。
「いいのかな、ぼくなんかが突いても」
「いいとも。いい音を出そうとすれば、いい音が出るとは限らないからね。さあ」
 よく分からないアドバイス。要するに、力まかせじゃダメってことだろう。
 シュウヤは引き綱を手に取り、息を吸い込みながら、撞木(しゅもく)を後方にもっていき、
(けっこうな重みだ。)
 息を吐きながら梵鐘めがけて、

 ,,ゴーゥ~ムムム、、、オ~ン、、、、、、

「今度は私の番」

 〽 ゴオーン…ウォーン……ゥォーン…ンォーン……

「深みが違うだろう? 崇哉君と」
「 ”ラ”の音だ。ちょっと低いかな」
「よく分かるねえ」
「ピアノ習ってたら。ちょっとだけ」
 庸道はいざなうように隅の手すりまで行き。
「二河白道の話を覚えているかい」
 遠くを見て言った。
「行く手をはばむ火と水の河の間にある、一本の白い道を……お釈迦さまと阿弥陀さまの声にしたがって歩むという……」
 庸道は満足そうに頷いて。
「二河白道の譬えを説いた善導(ぜんどう)大師は、心を一点に集中し、西に沈む夕日を思い描く観法(かんほう)を勧められてね。要はイメージせよということだが、私は実際に眺めもする。空が暮色にそまった日などは、ことのほか集中し、イメージできるんだ」
 西の空の夕日はずいぶん傾いていた。庸道は思い出したかのように、
「勧めるには理由がある。一つ、心を一点に集中することができるため。二つ、自分の罪を知ることができるため。三つ、西方にある極楽浄土を思い浮かべることができるため。少し難しかったか」 話し終えて照笑する。
「極楽浄土のことは分からないから浮かばないけど、だいたい分かりました」
「そうだね。お浄土のことは追って話すとして……」
 庸道は目を閉じて、
「私はね。日の終わりを迎えるにあたり、我を省み、希望を見い出すため、と思っていてね」 心の中でそうしてみせる。
「反省が希望につながるのかあ」 庸道にならいシュウヤも目を閉じた。
「そういう事だね」
 しばらくすると、
「時報や赤ん坊の産声も、ラ。知っているかい」 知らなかっただろう? みたいな言い方だ。
「うぶ声も!?」 赤ちゃんのことはわからないけど、時報は言われてみればそうかもしれない。莞恩寺にきてから聴き始めたラジオの時報は、ラだった気がする。それと恵加さんのハミングもラ。いつもラララ♪
「今日お母さんから電話があったよ。近く見えるそうだ」
「えっ」
 筆で払ったような薄い雲がわずかな間に、ま延びして消えかかっている。
「そう……」
 シュウヤに天馬を離れる気はなかった。玄造のことが気にかかる。僧侶になる決意をした恵加や、勤行や説法に全霊をこめる庸道、べこもーもづくりを丁寧に教えるやさしい伊作、美夏子、佳子、善行、寺をたずねる集落のおじいさんやおばあさん、みんなと別れることなど考えられない。

 自利利他と言ってね。真に自分のためになることと、他人のためになることが、バランスよく行われることを理想とする考えを言うが、天馬には、自利利他が根づいていると私は感じるのだよ。人にかぎらず。天馬の衆生すべてに――。

 最近のシュウヤは、後悔しないように生きるにはどうすればいいのか。その事ばかりを考えている。自利利他こそ最近よく聞く共生、あるいは共存を言うんだと思う。そんな天馬だからずっといたい、離れることなど考えられないのだ。
 昨日墓地に行き回り道して帰る途中庸道さんは、菜の花がきれいに咲くという原っぱで立ち止まって、
「雲雀は、希望昇天の鳥と呼ばれていてね。天を目指して一直線に飛んで行く姿が謂れだそうだが、雪が融け草木が芽吹き、春の訪れを喜ぶように羽ばたく雲雀を見ると私は思うんだ。天馬の鳥が来てくれたとね」 と、中空でさえずるヒバリの姿を、思い描くように話した。天馬で生まれ育っていたら全然違う生き方をしていただろうし、考え方も性格もかわっていたはずなんだ。あっ。
 そう言えばヒバリの声もラだ。ラララが溢れる天馬は衆生みんなにとって、
「桃源郷だもんね。天馬は」
「うん? ああ、そのとおりだよ」
 極楽浄土って、天馬みたいなところなのかもしれないな。


 ちょっと目立ってきたので。
 でも上着で隠れているから……。
 家でマフラーはおかしいですし、直に暖かくなりますから、お願いできます?
 それは構いませんけど……。
 長すぎず透けない生地であればいいです。色は恵加さんにおまかせしますわ。
 佳子ちゃんも学校に慣れたようですし、そろそろ真剣に考えないと。
 よくわかっていますわ。
 だったら、
 私考えています。誰よりも真剣に。
 わかりました。ホトを抱っこした時に合う色のを選びますね。
 

「崇哉君のことはもちろんだが、玄造さんのこともひどく気にしておられたよ」 庸道は話を戻ず。
「じっちゃんは行くたびに母さんの話をします。子どもの頃の話をうれしそうに。母さんが来ればじっちゃん喜びます」
「お母さんも同じさ。生まれたときの崇哉君や、幼稚園に入園したときの崇哉君。天馬村で遊びまわる幼い頃の崇哉君。崇哉君のことを考えない日はなかったと思うよ」
「心配かけたのは悪いと思うけど、家出して心配なだけです。仕事仕事で話しなんか朝ちょこっとすれば良いほうで、話というより連絡事項の報告と伝達、ぼくのことを考える時間なんて母さんにはないんです」
「そんなことはないよ」
「そういう人なんです」
「親は子どものことがかわいくて、心配もするし、考えない日はないのだよ。崇哉君のお母さんも同じ、」
「どうしてわかるんです、言い切れるんですか!」
「私がそうだからだよ」



   (17)いつもと違うお斎の団らん


 目ばゆい金と光沢のある黒檀(こくたん)の色が調和のとれた、本堂の内陣 (極楽浄土をあらわすという本尊が納められているところ) を背に、新鮮な空を南国の海と重ね合わせている時だった。二人が現れたのは。
 とくに咎めもせずに、じっちゃんが老人ホームに居ることを話さなかったのを謝ったり 「仕事が忙しくて来るのが遅くなった」 と言いわけじみたことを言ったり、知らない仲でないらしい庸道さんの学生時代の評判を話したりと、話のほとんどが一方的で無駄な時間が過ぎるばかりだから、
「ぼくは天馬でほんとうにやりたかったことを見つけたんだ、これからもやっていくんだ、塾やクラスのみんなと先の先を争うような勉強はしたくない、ほんとうの勉強はここでしかできないんだよ!」 思いを吐き出していた。
 それでも二人はうなずくだけだから、逃げるように白象のある蔵に走って墓地に向かう階段に座り……。
 変わってない。これからも変わらない。もう無理。と、がっくり肩を落としている時。最後の最後に二人は言った。

 気がすむまでいていいから。
 自分の気持を大切にしなさい。何も心配しないで。

 そんなこと……どうして今頃言うんだよ! 一度も言ってくれたことなんかなかったじゃないか! 
 悔しいさと、話してくれたらどうにかなったと思う気もちが入り混じったまま二人が帰る時がきた。
 庸道さんと恵加さんに深々と頭を下げる父さんと、うしろ髪を引かれるようにぼくをじっと見ていた母さんの姿を、ぼくは一生忘れないと思う。
 今日じっちゃんのところに行ったら、昨日の帰りがけに二人が来たことをひどく喜んだあと。
「子どもに迷惑をかけるようなヤツは、親とは言えねえな」 シュンとしてじっちゃんは言い……ぼくも釣られるように――。
 母さんも似た気持でいたのかもしれない。 「子どもに理解されない親は親として認められない」 と思い悩んだのかもしれない、と下を向いていたら、
「わしはな。二人のおかげでここに居られる、 『生きていられる』 と言った方がいいかもしれん」
 笑った顔と真剣な顔と怒った顔しか知らないぼくは、何も言えず訊けなかったけど、 「二人のおかげで生きていられるって、どういうことだろう。」 と思い、もしかしたら口に出していたのかもしれない。じっちゃんは言ったんだ。
「情けねえよ。ホームに入る費用も、月の家賃も、食い扶持も。娘と婿に出してもらってよ」 じっちゃんが、おじいちゃんに見えた。
 そうだったのだ。二年前、母さんが突然働くと言い出しのは、知り合いに誘われたから何かじゃない。じっちゃんのためだ。いや、じっちゃんのためだけじゃない――、
「どうしたの? 考えこんじゃって」 のぞき込むように恵加は言った。
「川魚は好きじゃありませんか」 美夏子も。
「シュウ兄ちゃんつっついてばっかり。好きキライはダメよお」
 みんなの気づかいが嬉しかった。
「ぼくは好き嫌いはないんだ」
「あら。ニンニク好きじゃなかったんじゃない?」
 飽き飽きしているだけだよ。頭の中で言い返し、ウグイの煮つけをほおばる。と、 (デリシャス!) 上品な甘さとちょっとした香ばしさが口いっぱいに広がりとろける。においも骨もまったく気にならない。箸を伸ばそうとシュウヤが腕を上げると、
「わたし宗教って好きじゃなかったの。子どもの頃から」
 のんびりした語調で恵加は言った。
「お寺の娘さんなのに?」 美夏子が訊き返す。
「ええ。男の子にお香くさいってからかわれた事もあるんですけど、安らぎや幸福やご利益に与かるために神仏を拝む手段というか、やり方みたいのがおかしいと思って」
 最近の恵加は美夏子に話すことが多くなったと思いつつ、シュウヤは話を聞いた。
「幸せだと、神仏にすがることもありませんものね。信者ででもなければ」
「あら。父と同じことを言うのね。ねえ、お父さん」
「釈尊もキリストも、宗祖親鸞にしても、みな患難をご縁とされた方でね。宗教は、患難に耐える力を与え、希望を見い出し、喜びへとみちびく果実の木のようなもので、信仰により頼まんとする者はその枝と言える。枝は天道の恵みと根の養分により成長し、葉をつけ実を結ぶが、神仏の養分を求めなくとも良しとする方は、満たされているのかもしれないね」
 庸道は柔和な笑みを美夏子に向けて。
「いかがですか。勤行に出てみませんか」お勤めに出るよう勧める。と、
「無理に出ることないですからねっ」
「なんだね、恵加。その言い方は」
 明らかに尖った言い方だ。出るなと言っているようなものだ。
「庸道さんの話を聴くようになって、ぼく変わった気がするんだ。勤行に出るのがあたり前になって、出ないとぽっかり穴があいたようで、落ち着かなくて、出て損はないと言うか、安らいだ時間を過ごせると思うんだ」
 美夏子をまっすぐ見たまま、シュウヤは言った。 
「さっき恵加がご利益と言ったが、仏教におけるご利益とは、神仏から受ける恵みを言い、商いなどで使うリエキとはまったく異なる。むしろ無縁、対極と言っていいかもしれない。崇哉君。勤行や法話で安らぎを覚えることがご利益であり、勤行でもっとも大切なのは、ご利益を与えてくださる神仏に感謝することだ」
「前々から考えてはいたんです。佳子のことや私自身のことを考えると、信仰をもったほうがいいのではないかと」
 佳子はキョトンとした顔で、
「あたしイエスさまの幼稚園にかよってたの」 庸道を見上げる。
「ほう。じゃあ、たくさんお歌を歌って、クリスマスやイースターを祝ったんだね。楽しかったかい?」 庸道は頓着せずに言った。
「うん。とっても楽しかったあ。イースターではね、たまごに好きな色をぬって、絵を描くの」
 ほう、それは楽しかったね。もうひと月もすればイースターでは…… 
「ところで崇哉さん、」
「さ、ホトが眠いっていうから歯みがきして寝ましょ、ごちそうさま」
 美夏子にみなまで言わせず、恵加は食器を手にして席を立つ。シュウヤの心はふたたび玄造に移る。
 ――さんざん世話を焼いてきたのによ、いっしょに暮らすなんて、できっこねえよ。
 ホームの費用を払っていただけでなく、じっちゃんを引き取り一緒に暮らす!? しかもここ福島で! 
 じっちゃんをそこまで大事に思っているなら……庸道さんの言うとおり。二人はぼくが思っているより、ぼくのことを考えてくれているのかもしれない。
 じっちゃんといっしょに暮らせば……
 毎日が楽しくなる、色んなことを教われる。
 じっちゃんを大事にできる、恩返しができる。
 母さんは、家にいるように、なるかもしれない。ぼくは学校に行くかも……
 もし学校に行ったら、学校が楽しい場所になるかもしれない。ウチに帰るのも。
 
 気がすむまでいるといい。
 自分の気持を大切にしなさい。

 もう少し居させて。そんな事しか言えないぼくはバカだ。 「どうして話してくれなかったんだ!」 そんな事にこだわり続けて二人を拒絶してきたぼくは、救いようのない大バカだ。
「はいはい、食べ終わったら持って来てくれないといつまでも片づかないわよ」
 佳子が、
「まだ九時、」 だよお。
 言い終えぬ間に、恵加は背中を向けてしまった。何かに苛立っているようにしか見えなかった。
「どうしたんだろう。のぶえお姉ちゃん」
 荒々しく食器を洗う恵加とは対照的に、うつむく美夏子のことがシュウヤは気になった。


 長い夜だ。眠れそうにない。
 目覚ましは……12時前、深夜0時。
 瞼は重くなるのだけど、現実なのか眠りの中にいるのか、はっきりしない。
 ――お母さん!
 救急車早くう!
 車の方が早い、信恵車だ!
(何だろう。夢にしてはハッキリ聞こえる気がするし……)
 病院に電話して! 
 わかった!
「お母さーん!」
 佳子の絶叫で目が覚めた。美夏子さんに何かあったのだ!



   (18)天馬のやさしい花たち


「お母さーんっ!」
 階段を転がり落ちる勢いの恵加に気おされ、シュウヤは見ている事しか出来ない。
「崇哉君手を貸してくれ!」
 慌てふためく庸道の声に、異常事態という事実が突き付けられる。が、目も頭も覚めているのに体が動いてくれない。
「シュウ兄ちゃん早くぅ!」
「うん!」
 階段の上の庸道に抱きかかえられた美夏子の腕が、力なく揺れている。一瞬ひるむが階段に足をかける、と、
「どいてえ!」
 シュウヤを払い除け 「だから言ったのよっ」 恵加は階段を(きし)ませながら言う。美夏子にというより、予期していながら招いた、現状に対して言っているのだ。
「院長が当直でいるそうだ、大丈夫だ!」
「佳子ちゃんわたしのバッグと携帯! シュウヤくん! 助手席の背中を倒してドア、」
「開けておくっ」 下駄箱の脇の定位置にあるキーを握ってシュウヤは走る。
 後ろで聞こえる悲鳴と怒号と床板を踏みつける乱暴な足音、起こすなと言わんばかりに唸るエンジン、歴史で学んだ戦時中の燈火管制下の空襲を想わせた。
「お父さんは後ろから支えて!」
「わかった! 崇哉君、」
 二人の両脇に挟まれた恰好の美夏子の顔が、暗くてもわかるほど色を失っている。車の前で茫然(ぼうぜん)自失でいるシュウヤに、
「崇哉君! 家を頼む!」 庸道が活を入れる。
「お母さんっ、おかあ、」
「泣いている場合じゃない!」
 目の前の出来事すべてが、天馬に似合わないとシュウヤは思う。庸道と恵加、二人がかりで助手席に美夏子を乗せようとする、と、
「あ!」
「わかるう!? 美夏子さんわかるの!」
「死ねないの、卓夫が帰るまで、私死ねない……」
「大丈夫、大丈夫だから――」 言いながら恵加は運転席に回り込んだ。
「早く乗るのっ!」
 叱りつけられた佳子を車内に押し込み、シュウヤはドアを閉める、と同時に車が動き玉砂利を撒き散らす。月明かりが杖の闇にとどろく咆哮(ほうこう)と、テールランプが遠ざかるのを、シュウヤは一人見送った。
 タクオって誰だろう……。
 笑ったような月とまたたく星たち。画になるパノラマだ。昂ぶる気持を落ち着かせたくて、シュウヤは夜空を見つづけた。
 

 朝になっても誰も帰ってこない。地上と地中で生きる動植物の目を覚ますような朝日は気持いいのに、いるはずの人がいないと別の場所にいるようで、シュウヤは一月五日、家出した日に似た感覚をおぼえた。
 朝の排泄をねだるホトを庭に連れ出し、屋内に戻って餌をやり、固定電話機の下にある電話帳の ”タ行” を開く。タクシーを呼ぶために。
 僧坊の戸締りをして、本堂を見てまわって四、五分くらい。運転手に事情――緊急入院した 「家族を」 見舞うこと。急いでいること。ホトを抱いて乗りたいこと――は伝わっていて、シュウヤはホトを抱いたままタクシーに乗り込んだ。
 大好きなホトを見ればぜったい元気になる。美夏子さんは笑顔で言うんだ。 「お外に行く? 森を歩きましょうか」 昨日と同じように。美夏子さんはいつも何かしらに気をつかう人。気のせいかもしれないけど、ぼくのことは思いのほか。両親がくる前の日も――。
「崇哉さん。明日ご両親がお見えになるんですって?」
 陰で見守っているような美夏子さんだが、あの日は違った。母さんたちが来るのが決まった日から変わった気がする。
「うん」 としか言わないぼくに向かって、
「崇哉さんのことを思って、ご飯が喉をとおらないかもしれませんよ」
 ぼくを見る目は佳子ちゃんを見るのと同じだった。桃源郷の林の中でも。

 止まってくださらない? 
 耳を澄ませてみて。
 フルートみたいな鳥の声に耳を澄ます横顔が幸せそうで、清らかで、少しの間目を閉じた姿は、何かに感謝しているようだった――。

「緊張していますか」
 のぞきこむ目がやさしかったな――。
「いまは緊張しても仕方がありませんけど、話す言葉はその時に示されますから、何もしんぱいしないことです。親子なんですもの」

 今夜は冷えこみますから、電気毛布を敷いて寝ましょうね。
 掛け布団をはぎ、シーツのしわを整えて、電気毛布を敷いてくれた美夏子さん。

 佳子とホトは、崇哉さんをお兄さんと思っているんですよ。
 見ていればわかりますもの。

 高熱を出した時はおでこにおでこを押しつけて、水枕を用意して、お(かゆ)を口に運んでくれて、顔や手をタオルで拭いてくれたり。自分の子供のように心配してくれた。元気になればなったで 「もう大丈夫」 と言っているのに、 「ぶり返してこじらせでもしたら、大変ですよ」 と、少し厳しく注意もしてくれた。
 でも、今思うと、澄んだきれいな声が、最近かすれていたような気がする。座って休んでいる事が多かったような気も……。美夏子さんはこんな日がくるかもしれないと分かっていて何かと気づかってくれたのかも。病気はまだ……治っていなかった、治っていない、
「着きましたよ」
「もう」
「庭みたいなもんですからね、この辺りは。地の者でもこれだけ早く着けるのはわしくらい、まずいません」
 モノ作りでも何をやるにしてもな、大切なのはプロ意識だぞ。伊作おじいさんと同じだと思う。
「あ。財布……」
「いけねえ、やっちまったあ」
 運転手は言い、
「ぼく見てごらん」 正面を向き顎をしゃくる。
 料金メーターは暗いまま。0円。わざとセットしなかったのだ。
 運転手の近本さんに 「もういいから」 と言われるまでお礼を言い、玄関へ走った。まだ早い時間なのに、ひさしの下に置かれた椅子に厚手の服を着、ひざ掛けで暖をとる高齢者が四人、診察の順番を待っている。
 ホトを抱くぼくを不思議そうに見て、 「横から入るんだよ」 とおばあさんが教えてくれる。自動扉は停止中、言うとおりに左手のドアを押し開ける。と、エントランスの振り子時計は六時四十分、どこに行けば会えるんだろうと足を止めたら。
「電話しようと思ったの」
 携帯を手にした恵加さんが駆け寄ってくる。疲れは隠せないけど、笑顔は安心を物語っていた。それでも、
「おばさんは」 確信を得たかった。
「とにかく来て。みんなに話しておきたい事があるから」
 美夏子さんと同じくらい心配だった佳子ちゃんは、来客者の一時的な待機所であろう黒革のソファで、庸道さんのひざを枕に眠っていた。
「黙っていてって頼まれたから言わなかったけど、いっしょに暮らしていく以上、隠し事はよくないと思うの」
 スウェットにお尻がかくれるくらいのコートをはおった恵加さんは、庸道さんを見、頷くのを見て。
「美夏子さんね。じつは、甲状腺腫瘍という病気なの」 病名を告げた。 
「腫瘍というと、ガンか。本人は。知っているのかい」
「ええ。ずい分前から分かっていたみたい。甲状腺ガンでも色々あるようだけど、美夏子さんは甲状腺乳頭がん」
「うむ……」
「院長先生は手術で完治するから心配ないって言うんだけど、ゆっくり進行していく事もあって美夏子さんね。佳子ちゃんの学校のことや生活が落ち着いてからって考えていたの。でも先生は、神経の圧迫がみられるし、転移したら厄介だから、これ以上先延ばしにしない方がいいって」 院長が美夏子の経歴を。ことに以前の仕事や居住地を気にしていたことが気になったが、分からない事ばかりで、答えようがなかったので……。そのことは持ち出さずに、
「中通りの総合病院に、紹介状を書くって言うくらいだから……」 恵加は現状だけを口にした。 
「早い方がいいか」
「ええ」
 ガン。完治するとは言え、よく耳にする初期より重いレベル。美夏子自身が理解し悩み、ひとり戦ってきたのだ。
 シュウヤは、
(何で話してくれなかったの。話さないと、伝えないと、始まらないじゃない。) 美夏子をより近く感じていた。    
「佳子ちゃんのことはもちろんだけど、美夏子さんってあういう人でしょ。治療費のことや、 『ウチでお世話になっているから』 とか、余計なことまでいろいろ気にしているんだと思うの」
 シュウヤに抱かれたホトも口を小さく開けて寝ている。佳子と同じように。点滴で眠っているという美夏子も、同じような顔だったらいいのにと、シュウヤは思い強く願った。
「それと車に乗る前に 『たくおさん』 って言ったでしょ」
「言ったよ、ぼく聞いたよ」 タクオが帰るまで、私は死ねない――はっきり覚えている。話し始める前に恵加さんが、 「隠し事はよくない」 と言ったことも。
「わたしも分からないの。時期を見て、それとなく訊いてみるわ」
「待つことが思いやりに繋がることもあると、私は思うよ。それはそうと、一度子どもたちを連れて帰ったらどうかね。あとは私が対応するから」
「そうね。シュウヤくんも、寝ていないようだし」
「ぼく大丈夫だよ」 目を大きく開けて応えるシュウヤに、
「崇哉君。心を一点に集中して夕日を思い描く観法は、覚えているね。僧侶は何時いかなる時も、西の空に帰る夕日を含め、十六の観法をイメージできる 『特技』 をもっているんだ。安心して帰って休みなさい」 庸道がおだやかにさとす。
 どんなに疲れていてもつらくても、動じない。凄いと思う。と、
「目を覚まされましたよ」
 看護師の声に反応するように顔をあげ、立ち上がった佳子に、シュウヤはホトを抱かせた。
「大丈夫よ。環境がかわって疲れが出ただけだから」
 看護師は言い、ホトの頭をやさしく撫ぜる。 “いかなる時も” 希望を与えるのが、看護師の仕事なのかもしれない。
 美夏子さんは前回の入院と同じ、103の個室にいた。顔が青ざめやつれたように見えるけど、くちびるにはツヤがあるし、ほほ笑む顔はいつもと同じ。手術をしなければ治らない病気、ガンとは思えなかった。
「ホトも心ぱいしたよ」
 佳子ちゃんが声を震わせながらホトをあずけると、病室にほっとした空気が生まれた。大好きな美夏子さんに抱かれたホトは、美夏子さんのお腹のあたりに顔を押しつけたり、顔をなめようとしたりと、いつも以上に甘えている。
 甘えるホトに 「ありがとうね」 を言い、頬ずりをして落ち着かせた美夏子さんは、 「ごめんなさい。ご迷惑をおかけしました。ごめんなさいね」 と一人ひとりに謝って、最後になって佳子ちゃんに。
「驚かせてごめんね」 と頭の上に手を置いて言うと、佳子ちゃんはこらえ切れずに泣き出してしまった。
 佳子ちゃんがいる手前 「おできを取ってしまえば、治るそうです」 と、言葉をにごしたせいだろう。美夏子さんは、ホトの狂犬病の予防注射と併せて行う健康診断のことや、ぼくの勉強のこと。僧侶のお勤めで忙しくなる恵加さんのこと。お寺のしごとができなくなること。それに眠れていないみんなのことを気にするばかりで、自分のことは何も話さず、ガンを患う不安などおくびにも出さなかった……んだけど。ホトを返そうとする時だった。
 佳子と風呂に入らない理由、肌身はなさずマフラーをする理由に、シュウヤは目をみはった。
 美夏子の白い肌の首もとが、濃紫色に腫れ上がっていた。



   (19)人間らしくある人間として


「午後からお花を摘みに森に行こっか? お母さんさびしいから。」
「ノンノだめ、ノンノいらない!」
 顔をまっ赤にして佳子は言った。
 総合病院での手術を終えて、窪谷のクリニックに戻ってきた美夏子に、春の訪れを感じさせてやりたい、恵加だったが――。
「お花は元気をくれたり、気持を落ち着かせてくれるのよ。」 「病室が明るくなって、お母さんも明るい気持になるわ。」 「お姉さんはひざを怪我して長い間入院していたからよくわかるの。お母さんもきっと喜ぶから。」 と、くり返し説得も佳子ちゃんは、 「だめえ!」 の一点張りで、 「いらないったらいらない!」 と突っぱねて、庫裡を出て行ってしまった。
 終業式前日の今日。そのことがあって一日挟んだ佳子の登校日である――。
「私が教えたんです。お花は、蝶や蜂や土の中の虫や空の鳥、それにお花自身のためにそこに咲くのと。摘んでしまったら、生まれるはずのノンノの子どもが生まれなくて、みんなが困るでしょ? やさしく見守ってあげましょうね。って」
 そのとおりだと思う気持が大きかったいっぽう、美夏子の使う耳慣れない言葉がかわいくて、
「浜通りでは花のことを、ノンノって言うの?」 シュウヤは訊いた。
「いいえ。北海道の一部で使う、言葉ですよ」
「じゃあ住む場所によって、言い方が違ったりするんだ。同じ北海道でも」
「そうね。とっても広いから。北海道って」
 東北六県が丸々入るどころか、もう一つ福島県を加えて (きっと) 神奈川を足した分くらい、北海道は広大らしい。
「フキノトウはたしか、マカヨでしたね。東北北部ではバッケと呼ぶところもあるけど」
「バッケは」
 美夏子さんは窓の外に顔を向け、
「アイヌの言葉が語源と、言われているようですよ」
 向き直って言った。
 なぜか恵加さんまで黙り込むから、 
「空はノチウだ」
 ぼくは言った。あいぬが何なのかは分からないけど、黙んまりがつづいたら、美夏子さんの病気が悪くなる気がして。
「ノチゥは星のことを言うんですよ」
「そうなの……」
「地方の文化は宝ですものね。だから反対なんです。天馬の自然が壊されるのが赦せないの。美夏子さんなら分かりますよね、わたしの気持。わたしたちの気持が」
「ええ。よく分かりますわ」
「ぼくもわかるよ。でも、おばさんならわかるってどういう事? ぼくわかんないよ」 思ったままをシュウヤは口にする。
「じつは、おばさんね……。アイヌの、子孫。アイヌなの」
 また、あいぬ。美夏子さんがあいぬ、アイヌの子孫。何を言っているのか見当がつかない。でもなぜか、訊いていいのか迷う。
「ええ」
(分かっていらしたの?)
 そんな顔の美夏子さんに、
「初めは、何かしらの信仰に篤い方だと思っていました。でも結婚する前までずっと北海道という割には、箱館や札幌や旭川、それに釧路の大学時代の友人と違う言葉を使うので、友人と電話で話した時に聞いてみたんです。そしたらアイヌの方の言葉だというので、わたしなりに調べてみて、それで……ごめんなさい、決して興味本位で訊いたのでも調べたわけでもなくて、わたしにとって美夏子さんは家族といっしょだから、家族だから……」
 恵加さんは言葉を選んで喋っていたけど、終りのほうは精いっぱいといった感じ。思いを伝えるのに必死という感じだ。
「でも、見た目ではわからないでしょう? 自分で言うのはおかしいですけど、きっと母の血が濃かったんです」
「羨ましいくらいきれいよ。美夏子さんって」
 和人(日本人)と結婚した親に生まれた親戚や友人知人の中でも、アイヌの特徴が色濃い人がい、そのことを苦にして悩んでいる人がいるのだと言う。
「どうしてそんな……。同じ、人間なのに」
 シュウヤも同じだと思う。が、
「アイヌは、人間を特別とは考えません。数多(あまた)の生命の一つとしか考えられないんです。人間らしくある人間として生涯を全うしようとする姿勢や、生を受けた者どうし支え合って生きるという思いを大切にします。衣服や食器、食材一つとっても例外ではありません、感謝してもちいます。長く受け継がれてきたアイヌの精神は変えられないようですね、どこで暮らしても。だから……鎮守の森で目の前にフェンスが立ちはだかるのを見たとき。無抵抗な自然に挑むかのようにならんだ重機を見たとき。他人事とは思えませんでした。憤りと失望のような気持に苛まれて。虚しくて悲しくて、悔しくて……」
 こんなに長く自ら語る美夏子さんを見るのは、初めてだった。
「思いやる心を大事にしてきたんですね。アイヌの方って」
 思いやる心。そう、アイヌの教えや思いを引き継いだから、美夏子さんはこんなに優しい、
「よお」
 ノックとほとんど同時にドアがひらく。
「あら」
「じっちゃん!」
「信恵がきてるっていうから、お邪魔させてもらうよ。ああ安心安心、元気そうで何より。退院間近ってところですな」 玄造は美夏子に笑いかけ、恵加がゆずった椅子に腰を下ろす。
「麻衣ちゃんが喋ったんでしょ。都会だったら大変よ、プライバシーの侵害だって一大事」
「麻衣は看護師のカガミ、素直に育って何よりだ」
「大丈夫です、大歓迎ですよ」
 美夏子は笑顔で迎える。来た時よりも顔色が良くなり、明るくなって、シュウヤは嬉しかった。
「この気軽さが田舎のいいところだな。それはそれとして、善行のやつ当落ぎりぎりらしいぞ。老人ホームにまで選挙運動に来やがった」
 やれやれといった眼が厳しい目になり、 「お鎮守一帯がえれえことになってるそうじゃねえか」 じっちゃんは言った。
「わたしたちも驚いたの、変わり果てた森を見て。原発のゴミ施設を建てるだなんて勝手よ」
「やつはやつで頑張っているようだが、おれに言わせりゃ行儀が良すぎる。正攻法で計画をひっくり返そうってんだから世話ねえや。分かっちゃいねえんだ」
「超党派の国会議員みんなで反対するとか話していたけど、いい考えでもあるの? 玄造さん」
「まあな。こっちは超町派の土地所有者が一致団結して計画をひっくり返す。白紙に戻す」
「土地所有者って、玄造さんの土地はもう、」
「建てモンと土地の大半は売った。だが、公道を跨いだ休耕地はまだオレのもんだし、ホームの中には計画に引っかかる土地持ちもいる。計画どおりに事が運ぶと思ったら大間違いだ。ちと声がデカかったか、失敬失敬」
 美夏子さんは笑みを浮かべて、 「大丈夫です。」 という顔を向けた。
「休耕地は町が買い上げて活用できるように、条例が変わったんじゃなかったかしら」
「土地持ちみんなで地蔵を建てる。手はずは整えた。葛谷の地区長の賛同も得た、地蔵の里として町興しする名目でな。地蔵をぶち壊そうとする野郎がいろうもんなら天馬モンだけじゃねえ、窪谷はもとより、全国各地で建設反対の声があがるはずだ。要するに国策(国策)に対抗するには国民を巻き込む、この鉄則にのっとってやりゃ、動かねえと思った山も人間も動く。始める勇気と変える熱意さえあればな」
「お地蔵さまかあ。お花畑もあるといいんじゃないかな」
「地蔵と花の里か。いいこと言うな、シュウヤ。ますます注目の的になること間違いなしだ」
「でも、そううまくいくかしら。お地蔵を建てたくらいで中止になるとは思えないけど」
「葛谷が建設予定地から外れたのは何でだと思う。お地蔵のおかげだぞ」
「ほんとうに?」
「ウソ言ってどうする。たわいの無い日常の記憶はあやしいもんだが、すったもんだの記憶ってのはそうそう忘れるもんでねえぞ。お前にだって覚えがあるだろう? 気になって気になってしようがねくて、なかなか忘れられない出来事の十や二十は。シュウヤには分からんかもしれないけどな」
「分かるよ。ぼくにだってあるもん、5コか7コくらい」
「それだけ真剣に生きているんだって胸を張りゃいい。要は――」 年を取ると肝臓と心臓が弱るように、肝心な記憶の部分も弱っていく。当然の経過をたどっているんだ、とじっちゃんは胸を張る。 
 嬉しかった。じっちゃんはぜんぜん変わっていないし、まだまだじっちゃんのままでいてくれそうだから。
「分かったわ。でもほら、弁護士を立てたり裁判でも起こされたら、」
「無理がとおれば道理引っ込む、このご時世。年寄り連じゅう最期の悪あがきってことでもねえが、法をたてにする “張り子の虎” にゃ、道理で突っぱるほかねえんだよ、結局のところは。おっ、おじゃましたな。お大事になさいよ」
 じっちゃんは美夏子さんの顔の前で言い、人間ドッグの時間だからと、病室を出ていった。
「気力がみなぎってるって感じね。玄造さん」
「はりこのトラって?」
「ああ。見かけ倒し……見かけだけ強そうな、人や集団のことよ」
「崇哉さんは見たことがないかしら。赤べこのように首の動く、虎のおもちゃを言うんですよ」
「見たことないけど」 想像はできた。今にも襲い掛かり出しそうな恰好の、可愛らしい顔をしたトラの置き物。そんな感じだろう。
 それにしても凄いなあ、じっちゃんって。正義感といいアイデアといい。
 静花が帰ってくることが、大きく影響していることに、誰も気づかなかった――。
「ところで、美夏子さんって法学部でしたよね」
「ええ。そうですけど」
「北大法学部だ」
「それが何か?」
「退院してからのことなんですけど、良かったら兄の事務所で働いてみません? もちろん、体力に自信がついてからの話ですけど。お寺から通える距離で何かと融通も利くようですし、兄も大歓迎だと思うの」
 シュウヤも考えていた。美夏子が倒れた原因は、莞恩寺の作務全般に及ぶ激務が影響したのではないかと。しかも、出会ったきっかけの路端で倒れていたことを考えれば、始めから体力を要する仕事は――、いや。それだけじゃない、ぼくの勉強、寺子の授業も負担になっていたのだ。
「入院中にする話じゃありませんでしたね。ごめんなさい」
「いいえ。ありがたくて言葉が出ないんです」
「じゃあ、兄貴に話していい?」
 恵加の変わりように、
「おかしいよ、入院中にする話じゃないって言っておいてさ」 シュウヤは慌てて抗議する。
「いいのよ。崇哉さん」
「だって」
「恵加さんはますます忙しくなるのに。私がいなかったらお寺のほうが……」
「本来の僧侶の勤めをするまでです。何も気にしなくていいんです」
 先々週。宗派を超えて執り行われた慰霊(いれい)祭で真新しい黒いご法衣(ほうえ)を着て、本格的に仏道を歩み出した恵加さんをわずらわせたくないのだ。
「それに手術は成功したとは言っても、ガン患者の私が議員さんの事務所で働くなんて……」
 根治(こんち)すると太鼓判を押されても再発の心配はつきまとう。その不安がなくなるまでは考えられない、当然だと思う。
「ごめんなさい、余計な話を持ち出したりして。でも美夏子さん。これだけは覚えておいてくださいね。イラン、カラプテ……わたしも人間らしくある人間として生きたいの。だから何でも言って、話してくださいね」
「アイヌ、ネノ、アン、アイヌ……。嬉しいわ、恵加さん。とても。とっても」



   (終章)あなたの心にそっと触れさせて……


 アイヌ民族とは。北海道を中心に東北北部や、北方の島々で生活してきた日本の先住民族をいう。いっぽう中国北部やシベリア南部の黄色人種の影響を多分に受けたのが――。
 ぼくら和人か。でも美夏子さんは 「人間が特別とは考えない」、 「あまたの命の一つとしか考えられない」 と話していた。和人もアイヌも何もないのだ、命には。
 シュウヤは思い直して、開いた本に目線を移す。
 美夏子さんが涙声で口にした 「アイヌ・ネノ・アン・アイヌ」 は。人間らしくある人間という意味。ぼくのような子どもにでも、庸道さんや恵加さんと同じように接してくれる美夏子さんは――アイヌ、ネノ、アン、アイヌ――言葉どおりの人だと思う。
 イラン・カラプテは…… 「あなたの心にそっと触れさせてください。」 美夏子さんはいつも、そっと見まもってくれているから、この言葉もあてはまる。
 私たちアイヌは人間の力の及ばないもの、恵みを与えてくれるもの、生活に不可欠なものを神として、 「カムイ」 として敬います。人間がカムイを敬うことで、カムイは人間の祈りを聴いて下さると信じているのです。人間は神に対して、人間にすぎないのですから――。
 凄いと思う。ぼくはこういう事を知りたかったんだ。
 満たされた思いで町立図書館を出たシュウヤはどこに寄るでもなく、日を追うごとに春めいてきた景色を見ることもなくバスに揺られて、借りてきた本を読みふける。
 アイヌの人たちは、すべての生物は 「役割を担っている」 と考えます。わたくしたちは、人間としての役割を果たそうとする意識や、互いに育み合いながら生かされている自覚、そして感謝とありがとうの心を大切にします。……すべきことをし……成長を助け合う……自分の力に及ばないものに、生かされていると――。
 だから感謝とありがとうか。
 アイヌは、火、水、森 (木々)、 家などのほかに、熊、ワシ、フクロウ、サケなどの動物をカムイとして崇めます。また万物には精霊が宿り、すべてが平等な関係にあると考えます。平等である生物を捕らえたり殺したりして、命をいただくことでわれわれ人間は生かされているのですから、神霊が遣わした精霊の宿る万物を大切にして、感謝するのは当然と――。
 この作者は、いのちに優劣はない。人間の考えがいつも正しいと思ってはいけない。とぼくらに訴えたいのかもしれない。感謝の気もちがあればあらゆるものを敬えると考えているとすれば、あれほどつらい思いをした美夏子さんは……。
「美夏子さんね。アイヌのことを話さなかったばかりに、家を出されてしまったの。だからシュウヤくん、わたしたちで支えてあげましょうね」
 美夏子さんはどんな人や物事にでも感謝できるのだろうか。
(あ。)
 ――変えるんです。皆さんひとりひとりの思いをわたくし、さ・か・べ、に託してください!
(善行さんだ。)
 ――わたくしたち年長者は未来を担う子供たちに、この国を引き継ぐ責任がありまーす。その責任を、さ・か・べに託し、国政に送り出してください! 原発はNO! 核のゴミNO! 原子力関連施設の建設は絶対に許しません! 電力は自然エネルギー発電に転嫁し、この国を自然エネルギー大国にするんです! どうですか、みなさん! そして地方や子供たちに責任を押しつけるやり方を私は変える、全身全霊でわたくし坂部善行は――
 投票日まで一週間。善行さんの後ろに止まる選挙カーの前後左右には、イメージキャラクターの “福べこもーも” が描かれている。そして、恵加さんが書いた 「坂部よしゆき」 の毛筆は、 「書道は墨を磨ることから始まってね、筆に心を伝えるの。誤魔化しがきかないのよ」。 言葉どおり。堂々として、当選への思いが込められている。
 当選ラインぎりぎりだという善行さんもがんばっている。変えようとし守ろうとしている。……父さんと母さんも、同じ気もちなのかもしれない。
 その二人は日曜日の今日。佳子ちゃんを誘って、母さんのお母さんにあたる(みお)子おばあちゃんのお墓参りに出かけている。地名は忘れたけど、宮城県にほど近い漁港として名の知られた町に。じっちゃんと四人で。
 ツグミはシベリアに帰って行った。昨日じっちゃんの居る老人ホームに退室の手続きに行ったという母さんは、ふる里に帰ってくる。母さんも父さんも、じっちゃんも。善行さんも。とにかくみんな変わろうとしているのだ。
「あらお帰り。早かったじゃない」
「うん」 頼りがいのあるお姉さんだった恵加さんも。頼れる人になったと思う。信恵さん自身が変わろうと、前に踏み出したから。
 昨日の朝は…… 「いい機会だから、お引っ越しのお手伝いに行ったら?」 と、両親とやり直すきっかけを作ろうとして、それからは何も触れないでいてくれる。昨日の夜は黄色味を帯びた半月を見上げながら…… (今頃は学生服を着て、中学校の門をくぐっていたんだな。) としか思わなかったけど、もしかしたら母さんと父さんも同じ気もちでいるのかもしれない、ぼくの詰めえり姿を見たいと思っているのかも。まさか……学制服、もう買ったとか。庸道さんと頻繁に連絡をとっているのが何よりの―― (ずいぶん背が伸びたようだね。どれ、測って見ようか。) 恵加さんもだ。 (ほんとうね。たった三ヶ月なのに肩幅なんかがっちりして、でもウエストは細くなったみたい。わたしと同じ位かしら、お父さん胴まわりも測ってみて……) 
 運命を変えたくて家を出てからもうすぐ三か月半。ぼくの暮らしは一変した。変わろうとし変えようとして変わったのは確かだけど、強引で不自然だったのも確かだ。 【自然とは――。無理がなく当然であるさま。】 要するに交り気のないあるべき姿。自然体を言うんだと思う。

(裏山におばちゃんのお花が咲いたよお。) (見に行きましょうか。佳子ちゃん連れて行ってくれる?) (うん。) (崇哉、お前もどうだ?)

 今朝みんなで見に行ったヒトリシズカの花も、周りの誰も彼もが自然に生きているのに、ぼくはどうだ。
 円錐曲線の図形の計算や小数の分数換算、因数分解に一次方程式に不等式の応用、言語社会、英会話形式のリスニングに長文読解、それはそれでその時がきたら学校で学べばいい。森に入って鳥の声に耳を澄まして、山菜やキノコを採ったり植物の息吹きを全身で感じて、集会所に来るおじいさんやおばあさんとカステラやお煎餅を食べながら話しをしたり聞いたりして、庸道さんに勤行や法話で色んなことを教えてもらい、恵加さんに書道の手ほどきを受けバレーボールでトス回しやスパイクをして相談にものって貰って、困ったことがあればじっちゃんと伊作おじいさんがいる。善行さんも。勉強で分からないことがあれば美夏子さんに訊けばいい。アイヌのことも。
 学校で教わらないことを見て触れて感じて知って、両親とじっちゃんといっしょに暮らす。それこそが自然な形であって学びなのだ。
 シュウヤは図書館で借りた本を置きに部屋に戻った。
(ここに居るのもゴールデンウイークまでだ。)
 窓外の景色が、一月六日に見たそれと明らかに違っている。部屋の中も。人が住んでいる気配と温もりがある。
 窓を開けてみる。と、風のにおいも変わっていた。春の訪れを告げようとするような、やさしい風だ。
(そうだ。)
 シュウヤは恵加に借りた国語辞典を手に取った。――思いやりの心を大事にしてきたんですね、アイヌの方は……。恵加の言った 「思いやり」 という言葉が気になった。

 【思いやり】 とは。――同情。
 【思いやる】 は。――同情する。
 何だか素っ気ない気がする。それなら、
 【同情】では。――他人の苦しみや悲しみなどを、その身になって感じ、思いやること。思いやり。

 美夏子の心に触れた気がして、満足だった。辞書を返そうと廊下に出かけたシュウヤだが、恵加が選んだ紫檀(したん)のような重厚な木づくりの机の脚が、畳表を傷めていないかが気になり踵を返す。
 机の下にもぐり込んで、四本の脚下をそれぞれチェックする。
(大丈夫そうだな。大した荷物も入っていないし。)
 納得して立ち上がろうと、 「!?」 立ちくらみだと思った。が、
(違う!)
「何ぃ!」
「地震だあ! デカいぞっ」 砲声が廊下を走る。庸道の自室のラジオが、緊急地震速報、緊急地震速報、強い揺れに注意強い揺れに――
「もう来てるよっ!」 頑丈な机やテーブルの下――身を守る行動を――自分の命を守ることを最優先――家具から離れて――
「恵加さーん!」
「建物から離れて! 美夏子さん早くう!」
「杉の木だ、カンガスギの下に走れ!」 天に向かってまっすぐ伸びるご神木と呼ばれる巨木でも、この200年間にこれほどの激震にあったことがあるだろうか。
 ある。もっと激しい揺れをあのスギは。
 僧坊の壁に寄せた自転車が横倒しになる、善行の険しい顔が浮かぶ。日本は寄木細工のような地層構造だから――。バランスを失いかけながらも、三人は坂を上り閑雅杉を目指す。
「きゃー」
「おおいっ!」
 墓石が身悶えるように揺れ、中央にある一基が力を失い前のめりに崩れ落ちた。地層の深部から聞こえる轟音が悪魔の叫びだ。
「いつまで続くのよお!」 スギの裾を抱いた恵加が叫ぶ。庸道は上方と周囲に注意を注ぎ 「またか! また同じことを繰り返すのかあ!」
 東日本大震災だ。十一年前、一歳の時に起きたという未曾有の大災害のことを言っているのだ。福島宮城が東北地方が、日本がふたたび……。庸道の口が 「南無阿弥陀仏」 を唱える、美夏子さんは!
 どうか佳子を救い給え愛する者を救い給え、愛するいのちを守り給えどうか――地に平伏す姿勢で美夏子は祈り、シュウヤの脳裡に数時間前に見た光景が、映像となって映し出される。
(佳子ちゃんも一緒に行く?) (お邪魔になりますよ。) (よし子いい子にしてるもん。お母さんにおいしいお魚を食べさせてあげたいから、私も行くう。) 静花に腕を絡ませてはしゃいでいた佳子、四年生になったお祝いにと恵加に買ってもらった空色のワンピースを着、畳の上で嬉しそうにぐるりと回って見せた佳子の笑顔が――怯えた顔に変化する、 「やめろーっ!」
 巨木の幹をつたい天に引き上げられた祈りが、地中にいる震源のあるじに届く気がして、シュウヤは心の中で同じように祈った。――愛するいのちを守り給え、愛するいのちを守り給え、愛するいのちを、ぼくには話さなきゃいけないことがたくさんあるんだ!
「帰るのよ佳子! 卓夫お! 帰ってきてえ!」
「大丈夫、ぜったい帰ってくるから!」 じっちゃんがいるから大丈夫、母さんと父さんがいるんだ、
(おばちゃんのお名前って、ヒトリシズカのお花からとったんでしょう?) (そうよ。おじいちゃんがつけてくれたの。) 佳子ちゃんを見る母さんの目は、美夏子さんと同じだった。 (ヒトリシズカの花言葉を知っているかい?) 父さんも嬉しそうだった。 (愛にこたえて、だ。) (ふうん。) 愛に答えてくださいか応えます、どっちだ!  
「愛するいのちを守り給え愛するいのちを守り給え、天のお父さま愛するいのちを救い給えすべてのいのちを、」――自然は畏怖(いふ)すべき存在です。ですから私たちアイヌは、祈りを欠かしません。
 ぼくの故郷になる天馬を福島を、壊されてたまるか! 「やめろ! 止まれ! 止まってくれよお!」
「卓夫お! 子どもたちを返してえ!」
「美夏子さん大丈夫、大丈夫だっ」
 美夏子の胸に抱かれたおびえ切ったホトと、シュウヤの眼が合う。揺れは治まったようだが、まだ揺れている。
「大丈夫だからしっかり、しっかりするんだっ」
「しっかりして、美夏子さん!」
 白い蝶が美夏子の頭上を横ぎり、高台へと飛んで行く。チラチラと飛ぶ蝶をホトの目が追う。
「治まったよおばさん。もう大丈夫だから」
「卓夫お……」 美夏子はシュウヤの胸に顔を埋めた。
 この春いちばんヒトリシズカの花が香る日だから、
「顔をあげてみて」 シュウヤは言った。
 美夏子はじれったいほど、ゆっくりシュウヤを見上げる。
 と。早すぎる時鳥のさえずりが、近くで聞こえた。
 恵加は美夏子の隣りにしゃがみ、
「なぐさめに来てくれたのね。大丈夫だよ、元気を出してって」 やさしく言った。
 美夏子を励ましているように。シュウヤには聞こえた。


 2011年3月11日金曜日14時26分。宮城県牡鹿(おじか)半島沖東南東130㎞、深さ24㎞を震源とする巨大地震は、東日本大震災と名づけられた。多くの命をうばった巨大地震は、数多のいのちの運命をたがわせ、日本人の性質を変えた。
 そして、――2021年3月現在―― いまだ 「二千二百二十五人」 もの行方が明らかになっていない。  
 だから美夏子は……
 愛するいのちを守り給え。
 愛するいのちを守り給え。
 守り給え。
 あなたの愛する、すべてのいのちを――。
 同じ祈りをくり返す。
 卓夫の帰る日まで。
 美夏子の信じる、神に向かって。


                  了
  

ヒトリシズカの花香る里

【あとがき】
 ぼくがぼくであること/山中恒のような物語を書こうと、ペンを取った。舞台は、仕事やプライベートでお世話になった、福島県と決めていた。2021年2月27日、震災から十年が経とうとしていた。
 書きすすめ、また構想を練るなかで、東日本大震災と、福島第一原発事故の惨事は、軽々に取り上げてはいけないと思いながらも、避けることはできなかった。
 震災当日、当時神奈川県にいた私は、経験したことのない激震に恐怖を覚えると同時に、 「どこか遠く離れた場所でとんでもない事が起きている……」 と脅えながら、揺れが収まるのを一心に祈った。
 震災と第一原発事故のことをどこまで書くか、どのような形で入れるか、入れられるか、東日本大震災に触れるか触れまいか、触れていいのか、非常に迷い悩んだ末に、このように収めた。これは 「シュウヤの心の変化と成長が主題だぞ」 と、自分に言い聞かせながら。
 登場人物、寺院、地名等は架空で実在しない。間違いなく愚作であるが、震災や原発や宗教、アイヌに関することは広範に渡り徹底的に調べ、また調べ直した。疑問が拭えぬ部分は、自分で勝手に取り決めた禁を破り、ネットを使い補った。
 作品という言葉を使うのは、才のない私には甚だおこがましいが、私自身に一歩踏み出す、勇気を与えた作品である。
 最後に、2022年のカレンダーを使って書き進めたことを加えて置く。2011年と同じ月日、曜日である。


【参考資料】
・「観無量寿経」をひらく/釈撤宗(NHK出版)
・今こそ読みたい歎異抄/満井秀城(法藏館)
・よくわかる浄土真宗/瓜生中(角川ソフィア文庫)
・出家とその弟子/倉田百三(新潮文庫)
・今こそ知りたいアイヌ/時空旅人編集部編(サンエイ新書)
・アイヌの世界観/山田孝子(講談社学術文庫)
・アイヌ童話集/金田一京助・荒木田家寿(角川ソフィア文庫)
・アイヌ民族抵抗史/新谷行(河出書房新社)
・決定版 原発の教科書/津田大介、小嶋裕一編(新曜社)
・原発ゼロ、やればできる/小泉純一郎(太田出版)
・核のゴミ__「地層処分」は10万年の安全を保証できるか?!/古儀君男(合同出版)
・下北半島六ケ所村 核燃料サイクル施設批判/高木仁三郎(七つ森書館)
・福島県の歴史/著者多数(山川出版社)
・近代北方史―アイヌ民族と女性と(三一書房)
・キリスト教の歴史2/高柳俊一、松本宣郎(山川出版社)
・高校生、災害と向き合う_舞子高等学校環境防災科の10年/諏訪清二著
                            /(岩波ジュニア新書)
 他、自己所有資料と図書館での立ち読み、及びネット検索(99MB/月以内)。

【注解】__15章の終わり近くに書いた「三界」について。
 三界とは。
 仏教で、一切の衆生が生死流転する迷いの世界を以下の三段界に分けたものをいう。
・慾界:淫欲、食欲の二つの欲を持った者が住む所をいう。
・色界:欲界を離れた者が住む、物質の世界をいう。
・無色界:色界を超えた、精神の世界をいう。

ヒトリシズカの花香る里

  • 小説
  • 中編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-11-08

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