【長編】ヒトとして生まれて・第6巻

万田 竜人(まんだ りゅうじん)

第6巻・ヒトとしてジェットとラケットと共に

プロローグ

武蔵野の大地を溢れんばかりの陽光が照らして、いっせいに薔薇の花を咲かせ始めた
頃に、私は、地元のテニス同好会の発足会に招かれて参加させていただいた。

あの頃は、東京都東大和市から狭山湖を越えて、埼玉県入間市に引っ越してきたばか
りで、大好きなテニスの練習場もまだ見つからず、引っ越したばかりのマンションの
公園に出掛けて、会社から帰宅後のテニスの素振り練習を水曜日の課題としていた。

あの日も、公園におけるラケットの素振り練習の帰り路に声をかけられた・・・

「テニスを趣味とされている方ですか?」
「はいテニス大好き人間ですがまだ練習場がみつからないので、水曜日の定時退場日
に、こうしてラケットをぶら下げては、ここの公園に来て素振り練習をしています」
「よろしかったら、私たちのテニス同好会に、参加していただけないかしら?」

後に、この女性は裁判官の奥様であることを知ることになるが、親しみやすい庶民的
な印象の方で、テニス同好会では練習に練習を重ねて、入間市のミックスダブルス戦
に出場、決勝戦まで進出して「準優勝」を果たすことになる。

それを可能にしたのが、後に、テニス同好会の練習が佳境に入って来た頃に入会され
てきたSONYの営業部門の管理職として世界中を飛び回って活躍されていたT氏に
よる独特のコーチ方法であった。

彼は、一橋大学時代に現役の学生選手として大活躍されていた経験から、我々実業団
のテニスと比べて、練習方法の抑え処などに、格段の違いがあった。

例えば、ダブルスの試合などにおける例を示せば、ゲームの進行に伴ってポジション
の取り方を微妙に変えて行く、大袈裟な表現をすれば、その時点で、その位置に構え
れば、当然の様に、ウイニング・ショットが決まるストーリー展開となって来る。

実業団レベルのテニスでは、そこまでの秘伝の伝授はない。学生テニスには伝統的に
積み上げて来た極意が、エース級には個人レベルで伝授される仕組みがあると思われ
るが、そこまで立ち入って聞いた訳ではない。

彼が、入会して来たのは、T氏の奥様が我々のテニス同好会の仲間で、練習の成果も
あって上達も著しく、それにしても入間市初心者テニス教室で教わったというテニス
打法やテニス同好会におけるコーチ内容は 「オレのとは違う?」と、考えるところ
があって 「自らのお出ましになった」と、聞いている。

ちょうど、その時期には、テニス同好会の仲間が自宅に帰って、楽しそうに練習会に
おける土産話をするものだから、奥様がメンバーのお宅では旦那さんが、メンバーが
旦那さんのお宅では奥様が興味を持って入会、結果、同好会の会員が急増した。

住まいの環境面でも、西武建設が建てたマンション団地の間取りが、30歳代夫婦の
ファミリー向けに評判が良く、東京都心勤めのサラリーマンにも通勤圏内ということ
で、テニス同好会の仲間も彼ら・彼女ら30歳代が中核を成していた。

その様な30歳代の仲間が増えて来たタイミングで、T氏が入会し来たのでコーチ役
としては引っ張りだこの人気ぶりで、奥様のコーチ役に限定せず同好会の常任コーチ
として無給で無理やりお願いした。

チーム内でも最も練習熱心は、前述の裁判官の奥様(K夫人)、と、私と、T夫人と、
成り行きで、テニス練習に付き合うことになったTコーチで、どれくらい熱心に練習
したかと云うと・・・

小雨が降りしきる中の熱戦で、対戦相手は 「私とK夫人ペア vs Tご夫妻」で
5ゲーム取得vs5ゲーム取得となり、11ゲーム目ではジュースを20回繰り返し
雨が本降りとなって中止となりこの経験を生かして我々は入間市の男女混合ダブルス
に出場したので、前述の決勝進出は必然の結果であった。
(Tコーチの指導の賜物であったことは云うまでもない)

Tご夫妻の大会参加がなかったのは、Tコーチの米国への出張が重なっていたため。

Tコーチの米国からの帰国後の土産話は傑作であった・・・

彼が米国に出張と聞いて、当時、米国で発売されたばかりのウイルソンのスチール
製のラケットをコーチが自分へのお土産として買って帰ると耳にしたので、ついで
に私にも同じものを手に入れて来て欲しいとお願いした。

当時、私は、ヨネックスのアルミ製のラケットを使っていて、丁度、ボルグ選手の
スピン打法が脚光を浴びていた時代で、ウイルソンで、最近、売り出したラケット
は強烈なスピンがかけやすいと聞いていたので、打ってみたいと考えていた。

傑作な話というのは、彼がウイルソンのラケットを、2本、購入した時に同行して
いた米国の友人が・・・

「ボクは、最近、ヨネックスが大のお気に入りさ」と、語りかけてきて、
「私は、売り出したばかりのウイルソンの打球感を楽しみたくて、こうして友人に
頼まれた分も一緒に、こうして、ラケットを2本を買い込んだのさ」と、云うと、

「お互いに他国の製品に憧れるものなのかな?」と、いう答えが返って来たと云う。

この話は、帰国してすぐに紹介され、この話題は・・・

「ウイルソンのラケットは、勿論、手に入れてきたがアメリカ版の最新テニス事情
を満載した雑誌を、多数、手に入れてきたので眺めに来ないか?」
と誘われ同じ団地の敷地内に住んでいたので、早速、訪問した時の話である。

T氏の奥様からは、米国土産の珈琲が振舞われて、お土産のチョコレートを頬張り
ながらの談笑となった。最も盛り上がった話題は・・・

最近、流行りのボルグ流のスピン打法で打った場合に、テニスラケットのガットが
切れやすいのでガットを接着剤で固定すると云う写真入りの紹介記事が載っていた。

その後、この記事を二人で、詳しく読み返すことになる・・・

アメリカから買って帰ったスチール製のラケットだが、土曜日の4時間と日曜日に
4時間、毎週、連続して、このラケットを使ってボルグを真似たスピン打法で打ち
続けると、2週間でガットが切れてしまうことが分かった。

二人で、ガットの切断面を観察すると、ガット同士が摺動することで、擦れ切れて
ガット切断に到っていることを確認、アメリカの雑誌で紹介していたガット固定の
写真は、この対策を先取りしたものであった。
(ガットを将棋の桂馬飛びのように接着する)

アメリカの土産話は、尽きることなく、話題満載のテニス談義となった。途中で
話題は、一橋大学のテニス部の現役時代の話に及び・・・

「そうそう、来月、一橋大学の学園祭があり、楽しい催し満載なので」と、ご招待
いただき、単独での参加となったが、20歳の頃に、会社の同僚が国立(くにたち)
に住んでいて、会社の仲間たちと連れ立って遊びに行き、その際に国立駅からしば
らく歩き、並木通りを抜けて、一橋大学を散策がてら訪ねたことがあったので懐か
しい思い出もあり久々に訪ねてみたのであった。

一橋大学は構内が広々としており、収穫祭のような雰囲気で、講堂ではマンドリン
演奏を楽しく聴いたことが印象深く記憶に残っている。

その後、一橋大学を訪ねることになったのは、全社的(全本部的)な業務革新推進
の際に一橋大学の教授から 「暗黙知」 についての研究成果を学ぶ目的で部長と
一緒に教授の部屋を訪ねたことがあるが、大学院の教授の部屋を覗くのは初めての
ことであり、大いに感動したことを昨日のことの様に覚えている。
(部屋には大型の書棚があり・いかにも・アカデミックな印象が漂っていた)

(続 く)

【長編】ヒトとして生まれて・第6巻

【長編】ヒトとして生まれて・第6巻

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-10-28

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