騎士物語 第十話 ~悪の世界~ 第八章 悪の種類

RANPO

第十話の八章です。
ロイドくんたちと悪党たちの戦いです。

第八章 悪の種類

 少年は貴族の家の子だった。豪華な住宅街の中で一際大きな豪邸に住み、大勢の使用人に世話されながら何不自由ない生活を送っていた。一人息子である為に跡取り絡みの騒動もなく、将来を約束された少年だったが、一つだけ家族や他の貴族とは異なる感覚を持っていた。
 少年の家には使用人の他にもう一つ、奴隷と呼ばれる者たちがいた。幼い少年にはその違いがよくわからず、両親が楽しそうに鞭を振るったり汚いトイレの掃除を任されたりする者たちがそうなのだと認識していたわけだが、少年は彼らをどこか可哀相だと感じていたのだ。だから少年は両親がたまにやる、奴隷の人たちに敷地の庭を走らせてそれを狩るという遊びにも参加せず、薄暗い部屋に住まわされている彼らに綺麗なタオルを持って行ったりこっそり持ち出したパンをあげたりしていた。
 そんなある日、少年の家がある住宅街で大きな騒ぎが起きた。どの家から始まったのか、奴隷たちの反乱が起きたのだ。どうやら一帯で飼われている奴隷たちが協力して密かに計画したらしく、全ての家の貴族たちは自分の家の奴隷たちに捕らえられた。
 そこから先をどうするのか考えていなかったのか、そうする事が目的だったのか今となっては不明なのだが、事態を聞きつけた国の軍が出動して奴隷たちを皆殺しにするまでの二日間、少年ら貴族たちは奴隷たちにされるがままだった。
 鞭で叩かれ、棒で殴られ、焼きごてを当てられ、奴隷用のトイレに顔を突っ込まされ、全裸にされたかと思ったら庭を走らされ、少年の両親がやっていた狩りと同様に、殺傷能力は低いが非常に痛い模造の銃で撃たれた。
 少年の両親はそれはそれは惨めな顔で謝っており、少年も止めてくれと叫んではいたが……その胸の内には別の感情が芽生えていた。
 少年が不憫に思って優しく接していた奴隷たちは、しかしそんな事は気にもせず少年にたくさんの嫌な事をした。心の中では笑っていたのだろう、犬猫にえさをやるように見下していたのだろうと、思ったこともない事を暴言と共に叫ばれる……そんな少年の中にあった感情は何か。
 恩を仇で返す事への怒りか憎しみか。優しさが報われない悲しみか絶望か。

 否、少年の心の中にあったのは――「なんて面白いんだろう」――というかつてない興味だった。

 自分が行った優しさなどどうでもいい。されるがままだった奴隷たちが一転、見た事もない顔で聞いた事もない怒声をまき散らしながらされた事のない暴力を振り回す。日常の中には欠片も無かった感情がこの非日常で爆発する様。
 一体どこにそれを隠していたのか。そうなるまで一体どうやって抑え込んでいたのか。自分がされた事をそのまま返す事、自分が嫌っているだろう存在と同じになる事に抵抗はないのか。それさえも怒りが塗りつぶすのか。少年の頭は人間の感情の動き――いや、人間そのものに対する無数の疑問でいっぱいだった。

 事態が収束し、今まで通りの生活が戻った頃、少年は両親に自分用の奴隷をねだった。先日の事を受けて奴隷を買うのを止める――事はせず、より一層の躾に力を入れるようになっていた両親は少年にもそれを学ばせるべきだと考え、少年に何人かの奴隷とそれを住まわせる部屋を用意した。
 貴族として奴隷に行うべき躾を両親から学んだ少年だったが、部屋の中で少年が行ったのは人間観察とでも言うべき行為だった。何をしたらどうなるのか、どうしたら何になるのか、少年は思いつく限りの事を夢中で奴隷に行い、その反応を記録し続けた。
 それは拷問であり篭絡であり、罰であり褒美であり、苦痛であり快楽であり、奴隷たちは少年の手によってあらゆる感情を吐き出され、全てを知られ、そうして――人形と化した。
 才能の開花と言うべき速度で人間を知り、結果として一切の意思を持たない従順な人形を作っていく様を貴族としての素晴らしい素質だと両親は喜び、少年の生み出す完璧な奴隷を傍に置いて他の貴族たちに自慢した。
 先の出来事があった為、他の貴族たちは少年の躾――いや、調教の腕を買い、自身の奴隷を少年に預けるようになっていった。少年からすれば次々に調べていい人間がやってくるのは嬉しい限りで、数十、数百と数をこなした少年は、いつしかその国の貴族の間では知らぬ者のいない奴隷の調教師となっていた。

 しかし少年が青年になった頃、彼は一つの問題にぶつかった。周りからは調教師とされているが彼がしたいのは奴隷を作る事ではなく人間を知る事。様々な人間の内側を片っ端から覗いていきたいのだが、道行く人を捕まえてそんな事をしていたら騎士に捕まってしまう。自分のやりたい事が悪い事だという認識のあった彼は、だからこそ奴隷の調教師という表の顔でやってきたわけだが、どうにも欲求に対する供給が間に合わないのだ。
 彼の住む国では貴族は奴隷を飼うモノだが、一家に何百も飼う貴族はいない。要するに、一度調教してしまうとその家からはしばらく調教の依頼が来なくなるのだ。
 では自分で買えばいいという事になるが、人間を知るという行為が終わればその人間に用は無く、別に大量の奴隷も必要ない。
 悩んだ結果、彼が行きついたのは奴隷商という職業だった。人間を拾い集め、それを買いたい人間に売る。調教師から奴隷を買ったり、人さらいなどから原石を買って自分で調教したりとスタイルは人によるが、とにかく奴隷商の下には大量の奴隷が集まる。しかもそれを売って金を儲けるのだから彼にとっては不要となった人間を処分できる素晴らしい職業だった。

 とはいえ彼は貴族。当然そんな職業にはつけないので――彼はまず、自分の家を乗っ取った。幸い彼の意のままの奴隷が家中にいるので両親の始末は簡単で、財産の全てを第三者に奪われたように見せかけて自身も死んだ事とし、心機一転別の人間として、彼は奴隷商の商売を始めたのだ。

 国中の貴族たちが絶賛するほどに彼の調教師としての腕は高く、彼の売る奴隷の質の高さはすぐに裏の世界に知れ渡った。世界各地の人さらいや人集めと契約し、充実の仕入れルートから入ってくる人間一人一人を思う存分調べ、調教し、奴隷として仕上げる。中には彼の琴線に触れる人間もいて、そういう者は彼のコレクションとして彼の私物となった。
 そうやって次第に裏の世界では知らぬ者のいない大物の一人となっていった彼は世界の奴隷絡みの商売の八割に関わっているとさえ言われ、通称『奴隷公』というA級犯罪者となった。

 数えきれないほどの人間を見て、調べてきた結果、次第に興味を抱く人間と抱かない人間が出てきた彼は十数人の奴隷に自分の調教技術を教え込み、パッと見でそそられない人間はその者たちに調教させるようになってからしばらく経ったある時、彼は仕入れルートの一つが無くなったという知らせを聞いた。
 自分同様、人さらいも人集めも犯罪者なので騎士に捕まる事はままあることなのだが、その時無くなったところが非常に質の良い人間を集めるところだったので彼はショックを受けた。
 更にあまり自分には関係がないと思っていたS級犯罪者たちが次々と殺されていくという事件の犯人が『世界の悪』であると判明し、あの狂人の事だから次はA級狩りが始まるのではとささやかれるようになり、彼はどうしたものかと悩む日々を送っていた。
 そんな時、とあるルートから仕入れた人間が自分宛の手紙を持っており、『世界の悪』の弱みを掴んだという内容に興味を持った彼は同様に呼び出された裏の世界の大物たちと共に差出人――『ケダモノ』の二つ名で有名な下劣非道な姉弟犯罪者、チェレーザとロンブロの話を聞いた。
 あながち当てずっぽうとも言えない情報に彼は協力を承諾、何かがあるとされるセイリオス学院の調査を始めた。
 そして――彼は一人の青年に出会う。パッと見では何も感じなかったが、会話をしている中で彼は気がついた。これまで見てきた人間には感じた事のない強烈な違和感に。
 手を伸ばした瞬間に襲い掛かってきたプレッシャーとその後の調査から『ケダモノ』が予想した何かがその青年である可能性が高いという結論には至ったが、もはや彼にはどうでもいいことだった。
 人間というモノに興味を抱き、それを知る事に人生を費やしてきた彼が迎えていた、飽きとは言わないが倦怠期のような状態の中で再発した、全てを知りたいと思っていたあの頃の熱。

 商品と自身のコレクションを惜しみなく導入し、『ケダモノ』の二人の力も使い、彼は今、久しぶりの好奇心の塊として一人の人間の前に立っているのだった。



「なぁ姉貴、確かテリオンの奴ここに来る途中、面倒なのは奴隷で引きつけるからオレらは学院の中を探れって言ってたよな?」
「ひひ、ひひひ! ああ、言ってたな。」
「んじゃなんでオレらの目の前に『雷槍』がいんだ?」
 大勢の市民が国王軍の騎士たちの避難誘導を受けて走る中、道の真ん中で異形の二人がそんな会話をするのを眺めながら手にした槍で肩を叩いている女教師がいた。
「どうにも気持ち悪いと思ってたらこういう事か……私はもう国王軍じゃねぇし、悪党退治は本職に任せて避難の手伝いしてたらいつの間にかこの有様……誘導されたのは私の方だったか。んま、お前らみたいなゲス中のゲスとうちの生徒がぶつからずに済んだと思えばいいか。」
「ひひ、ひひひ、なんだなんだ、セイリオスじゃ倒す悪党を選ぶのか?」
「上の学年ならともかく一年生とかには早すぎるんだよ、お前らみたいなタイプの悪意に触れるのは――」
「あ、あれ……せ、先生も……避難誘導、ですか?」
 せめてもの救いと思ってしゃべっていたらその一年生――冬休みに入ってもとある理由で残っていた学生が……いや、学生たちが別々の方向から同時にやってきた。
「む? なぜティアナがこっちに……全員で手分けしようとわかれたはずだが……」
「あれー? なんでみんないるのー? うわ、先生もいるー。」
「……なんで合流しちゃってんのよ……意味ないじゃない……」
「ロイくんは!? ロイくんがいないよ!?」
「うげ、なんだあれ、人間か? シルエットがおかしいのがいんぞ。」
「首輪がない……どうやら別口、もしくは黒幕のようだな。」
 それは女教師の生徒の中でも特に色々と騒ぎを起こすメンバー、『ビックリ箱騎士団』の――団長以外の面々だった。
「ひひ、ひひひ! こりゃテリオンの計らいか押しつけか、学院行く手間省いてくれたのと同時に一番面倒なのをよこしやがったぜ。」
「テリオン……つまりこれは『奴隷公』の仕業でお前ら『ケダモノ』は便乗したか利用されたってところか。この思い通りに動かされた感覚も納得ってもんだ……」
「……誰よ、テリオンって……」
 一応教師と生徒の関係なのだが、基本的に誰に対しても同じ態度で接する赤い髪の女子生徒に「やれやれ」という顔をしながら女教師は答える。
「奴隷商人――世界中の奴隷商売のほとんどに関わってると言われてる大物だ。奴隷を良しとしてる国がある影響で場合によっては普通の商人扱いされる事もあるがA級犯罪者の一人。S級連中みたいなぶっとんだ趣味の結果、人間ってもんを知り尽くしてる。一対一の場合は時間をかける必要があるみたいだが、集団を動かすってんなら騒ぎを起こす奴と逃げ回る住民を利用して私やお前らを一つの場所に誘導するくらいできるだろうな。」
「けけ、けけけ、さすがテリオン、有名人だな!」
「有名度合いならお前らも相当だがな……」
 二人の異形と生徒たちにそれぞれ視線を送り、女教師は指示を出す。
「ここにお前たちがいてサードニクスがいないってのは偶然じゃないはずだ。理由は知らねぇが下手すりゃテリオンと一対一ってのもあり得る。あっちの見るからにゲスな男は私がやるから、お前たち――の、女子陣はそっちの女を倒せ。残った男子はサードニクスを探すんだ。」
「女……は? あっち女なの?」
 赤い髪の女子生徒がそう言うと、女教師が「そっちの女」と言って指差した方がケラケラ笑う。
「ひひ、ひひひ! この美貌を見てその反応たぁ失礼な王族だな! お前らみたいなガキよりは男を喜ばせられるぜ?」
 ベロリと舌を出す異形の女に嫌な顔をする赤い髪の女子生徒。
「……何なのよ、この下品な奴ら……テリオンってのの手下か何かなわけ……?」
「おいおい先生、こんなのが相手だってのに女子残して俺とカラードがロイド探しってのはなんかダメじゃねぇのか!? クォーツたちが弱いだなんて言わねぇが男としてよ!」
 ガタイの良い見た目通りの男気を見せる男子生徒だったが、女教師は半目で手を振る。
「ばか、お前が男だからダメなんだよ。こいつらみてーなタイプを慣れてない異性が相手すんのはな。」
「一体何者なのですか、この二人は。」
 ガタイの良い男子生徒の隣に立つ全身甲冑の質問に、女教師は嫌そうな顔で答える。
「こいつらは『ケダモノ』で通ってるA級犯罪者、姉のチェレーザと弟のロンブロ……下衆下劣の外道を行く悪党の代表格だ。お前たちが今まで戦ってきたS級犯罪者やオズマンドの幹部、火の国の魔法生物みたいにそいつらなりの筋を持ってる連中とは違う、ただただ胸糞悪くなるだけのクズだ。」
「ひひ、ひひひ! ひどい言われようで泣いちまいそうだぜ。ついでに随分と弱く見られてるようだな、えぇ? ロンブロの相手をあんたがってのはいいがアタシの相手がガキ共ってのはどういうこった。」
「本音を言えばお前らを私が相手してサードニクスを探しに行かせたいんだが、さすがに人間やめてるお前ら仲良し姉弟を一人で相手すんのは骨だからな。仕方なく私、女子陣、男子陣でチームを分けるとこういうカードになるってだけだ。男子二人じゃ弟との勝負はちと微妙だが、女子五人と姉ならいい勝負だろう。ついでに言えば男子二人には残念だが、お前らみたいなゲスとの戦いもどっかでは必要になる経験だ。こうなっちまったらしょうがないから、せめて教材になっていけ。」
「ひひ、ひひひ! 知らねぇぞ、先生? ガキ共がどうなってもなぁ! ロンブロ、全力を許可するぜ! この女のよがり狂った顔をさらしてやれ!」
「けけ、けけけ! 久しぶりの本気か……最高の経験をさせてやるよ、『雷槍』!」
 そう言って異形の二人は、首から足首までを覆っていたフードローブをバサリと脱ぎ捨てた。



 いきなりどこからか湧いて出てきた犯罪者たちの突然の襲撃。学院案内が終わってようやくの冬休みに入った途端のこれでむかつくんだけど連中を倒すのは国王軍の仕事だから、騎士のタマゴのあたしたちは街の人たちの避難誘導――っていうのを手分けしてやってたらいつの間にか変な二人の前にロイド以外のあたしたちと先生が集合した。
 どうやらここにはいないもう一人の奴が犯罪者たちを使ってあたしたちと先生を変な二人の前に誘導して一人になったロイドに何かしようとしてる――らしい。
 すぐに思い当たるのは『世界の悪』の連中だけど、この変な二人ももう一人もA級犯罪者みたいだからたぶんあいつらの仲間じゃない。じゃあ一体何の用なのかって事だけど、ロイドって……こう、悪党側からすると利用価値みたいのが結構あると思うから色んな可能性がありそうで……つまり……だから、とにかくこの変な二人をとっとと倒してすぐにロイドのところに行かないとダメなのよ……!
 だけどその変な二人がスピエルドルフの魔人族みたいに顔しか見えてなかったローブを脱いだ姿を見て、あたしの中のロイドへの心配が一瞬吹っ飛んだ。

「ひひ、ひひひ! なんだその顔は? あまりの美貌に言葉も出ねぇってか、ひひ、ひひひ!」
「けけ、けけけ! いやいや姉貴、ガキだからきっとオレのを見て頭の中真っ白なのさ!」

 ひひひひ笑う方――先生が言うには女であたしたちが相手を任されたチェレーザって奴は確かに女だったみたいで……銀色に塗られた女の裸に変な機械がたくさんくっついてるって感じの姿をしてた。
 髪の毛がない――いえ、この場合は銀色のマネキンの頭に人間の顔が貼りついてるって言った方がしっくりくる。胸や下の方――を鉄板や金属のベルトっていうか帯みたいなモノが覆ってるだけの痴女姿で裸足。頭の後ろっていうか首の上っていうか、そこと腰回りに管状のモノがジャラジャラついてて……お尻の上あたりには身体と同じ色のつるっとした尻尾がある。そして左腕に……なんていうか肘が二つあって、その分腕が長い。
 人間の色――肌色が貼りついた顔だけな上にシルエットも人間じゃない……というか本当に人間なのかも怪しいわ。
 そしてけけけけ笑う方――先生が相手をすると言ったロンブロって奴はまだ人間っぽいけど……最悪だった。
 フィリウスさんみたいなムキムキ――の裸に機械を装備させたような感じ。首や腰、脚周りを機械っぽいモノが鎧みたいに覆ってて両手首に大きな腕輪がはまってる。背中からは機械の腕が三本伸びてて顔の左上半分が機械で目の部分がレンズになってて……そしてニヤリと笑う口からは腰の辺りまで届きそうな、機械じゃない生身っぽい長い舌が垂れてた。
 でもその辺のもろもろはどうでも良くて、こいつの格好が視界に入った瞬間にあたしやローゼルたちは視線をそらしてて……何故なら……お、男の人の……ア、アレが……丸出しで……!
「年頃の女子に何見せびらかしてんだお前は。」
「けけ、けけけ! 確かにそうだが厳密にはちょっと違うんだぜ? どう見たってちげーだろう? オレ本来のナニはもう無いのさ。」
「……確かに、そんな見るからに機械って感じのモノをぶら下げてる男は世界中でもお前だけだろうな。」
 先生のその言葉に――別に思い出そうとしたわけじゃないけど一瞬視界に入ったロンブロの……アレの映像が頭によぎる。シ、シルエットっていうかばば、場所的に思わず目をそむけたけど、言われてみれば機械っぽかったような――ってどっちでも結局……!!
「な、なんなのよこいつら……! こういう――ロ、ロボット? って……ガルドとかじゃ普通だったりするわけ……!?」
 ロンブロを視界に入れないように、あたしはチェレーザを指差しながら恥ずかしさっていうか、見たくもないモノを見た怒りっていうか、そんな感情と一緒に叫んだんだけど先生は首を横に振った。
「確かにあの国の技術ならこういうのも可能だろう。人型のロボットもいるくらいだからな。だがこいつらみたいな悪党にその技術が施されるなんて、ましてこんな悪趣味な改造が許されるわけない。だからこれは真っ当な奴の仕業じゃなくて、そういう事ができる裏の人間と言ったら一人だけ……まさかお前らが『フランケン』の被害者だったとはな……」
「『フランケン』……? 被害者って何よ……」
「S級犯罪者の一人だ。マッドサイエンティストっつーとお前たちが『世界の悪』と会った時に一緒にいた『紅い蛇』の一人、『ディザスター』が真っ先に出てくるんだが、頭のぶっ飛んだ科学者ってのはもう一人いてな。最強の人間を作る事に執着して人をさらっては滅茶苦茶な改造をする奴だ。被害に遭って人間としての生活を送れなくなった人が数多くいるんだが……」
「ひひ、ひひひ! アタシらはちと違うぜ? 『フランケン』にはこっちから頼んだのさ。アイデアを試せるとか言ってあいつは快く引き受けてくれてな、以来実験動物を持ってってやる代わりにメンテナンスをしてもらうお友達関係さ。」
 フランケン……ってたぶんお話に出てくるフランケンシュタインから来てる二つ名なんでしょうけど、本物のフランケンシュタインのユーリが聞いたらどう思うかしらね……
「お前らと『フランケン』に繋がりがあったとは驚きだが……自分から頼んだだと? 腕長に丸出しを? 全く理解できないな。」
「けけ、けけけ! 何言ってやがる、やりてぇことをやれるようにしただけだろ? お前ら騎士が強くなりてぇーっつって筋トレしてマッチョになるのと同じだぜ。」
「……お前のそれがやりたい事に繋がると……?」
 ロンブロの姿に思うところがないのか、目をそらしたりしないでいつもの口調でそう言った先生に……ロンブロはこう答えた。

「ああそうだ! 女を犯しやすいだろ!?」

 その一言であたしたちは理解する。先生が言った、下衆下劣の外道という意味を。
「五本の腕で両手両足と頭を掴むのさ! どんなプレイも思いのまま、この舌で全身味わいながら大きさも長さも形状も自在なナニを突っ込むわけよ! 『フランケン』のおかげで中の感触は本来のナニよりも敏感に感じ取れてなぁ……ぶっ放す時の快感は生身の比じゃねぇ! この左目で録画もできっから、昔の女をいつでもずりネタにできて――そうだ、何なら見せてやろうか? 女教師も何人もヤッたからよ!」
「外道が……!」
 そう言ったのは甲冑を震わせるカラード。こんな気分の良くない話、たぶん正義の騎士を名乗るカラードには一番許せないタイプの犯罪……あたしだって今すぐこいつをぶん殴りたいもの……!
「けけ、けけけ! おいおいガキ、お前男だろう? 何を怒ってるのかさっぱりだぜ。男は入れる方で女は入れられる方、生物としての上下は明白だろうが! 自然の摂理ってヤツさ、従わない方がどうかしてる!」
「その理屈でいくと、お前の姉もお前の下って事になるが?」
 あたしたちよりはこういう奴らに慣れてるのか、今のゲスな話も何でもない感じに聞いてた先生がそう言うと、ロンブロは登場してから一番の大笑いをした。
「けけ、けけけ! けけけけ! 馬鹿言うな、姉貴相手にタツわけねぇだろうが! 親やら兄弟姉妹やらにキメる奴を何人か知ってるが、オレには全く理解できねぇっつの! この摂理が当てはまる対象にならねぇだろうが、えぇ!? 構造上できるからってサルとヤる馬鹿がいるかよ!」
「ひひ、ひひひ! 姉をサル扱いたぁ、お姉ちゃんはショックだぜ?」
「けけ、けけけ! そいつは悪い事しちまった! お詫びに何とかタタせてオレのナニで気持ちよくしてやろうか?」
「おいおい、お前のテクでアタシを満足させられんのか? ひひ、ひひひ!」
 どうかしてる。狂ってる。今までの相手とは違うっていうのがよくわかる。同じ悪党でも――いえ、同じ「ネジが飛ぶ」でも方向性が別物……!
「ちなみに、見ただけじゃわかんねぇだろうがアタシも似たようなモンでな、相手を思うがままにしたくてこうしてもらった。ロンブロみてーにヤること特化じゃねぇだけでな。」
「けけ、けけけ! 姉貴はえげつねぇことやるもんなぁ!」
「褒めんなよ、ひひ、ひひひ!」
 これ以上聞きたくない笑い声にイライラし始めたあたしの頭に、先生がポンと手を置く。
「残念ながら、悪党の中じゃこういうタイプの方が多数派だ。ここまでのレベルはそんなにいないだろうが、だからこそ経験しておけ。今までの相手とは根本的に違う敵だから苦戦はするだろう。だがお前たちならそこの女は倒せる。あんな身体だから「殺す」じゃなくて「壊す」でいいのも丁度いい。思いっきりやれ。」
 ……こういうタイプ……先生が慣れてない同性はダメっていうのは理解できた。あたしたちがロンブロをちょ、直視できないのと同じ感じの事が、強化コンビとチェレーザの組み合わせの場合は起こる可能性があるって事よね……
 でもってこの変な二人と同じ感じの奴がロイドの方に行ってるかもしれないわけで……
「……思いっきり、殴り飛ばしてやるわ……」
 できるだけ早く、こいつは倒す……!



「――っ!」
 回転剣と強風に包まれているオレの方へ真っすぐに突っ込んでくるスーツの人たち。一切の躊躇なく迫るその人たちに回転剣をぶつけないように操作しつつ、繰り出される剣戟と銃撃を回避する。
「なるほど、君はそういうタイプか。まぁ、騎士の大多数はそんな感じだが。」
 両手を背中に回し、攻防の全てをスーツの人たちにやらせて高みの見物をしているテリオンが興味深そうにオレを見つめている。戦いが始まってからずっと向けられている嫌な視線にゾワリとしながら、オレは現状の打開策を考えていた。
 スーツの人たちが使っている剣や銃はマジックアイテムの類ではない普通の武器のようで、使ってくる魔法も今のところ身体能力を向上させる強化魔法のみ。その強化の具合もカラードやアレクと比べればそれほどではなくて、だから正直言って一人一人はそんなに強くないのだが……今までの相手にはない二つのポイントの影響でオレは大苦戦している。
 一つは異常なまでのコンビネーション。お互いのリズムをつかんで最適なタイミングで攻撃を合わせたり防御をしたり――という次元の話ではない。連携している仲間の事を一切考えず、位置関係だけで攻撃を合わせているような感じなのだ。攻撃が仲間の人の顔の真横を通ったり、オレが右ではなく左に避けていたら仲間に直撃するようなコースで攻撃したりと、見ているこっちがヒヤヒヤする、それこそ曲芸のような動きは、しかしだからこそとんでもなく厄介でちょっとでも集中を切らせば次の瞬間には剣と銃で身体を穴だらけにされるだろう。
 もう一つは――その異常なコンビネーションを含めての事だが、このスーツの人たちには自分の意思がない……と思う。殺気や敵意のような、攻撃してくる時にあるべき気配はおろか感情の欠片も感じられず、まるで人形と戦っているような感覚なのだ。
 この二点とテリオンの職業から察するにスーツの人たちは全員テリオンの奴隷で、テリオンによって操られている可能性が高い。互いを気遣わない位置関係だけで行われる連携は少し離れたところで戦いを見ているテリオンの視点だからこそできているのではないか――そんな結論に至ったオレは、スーツの人たちを傷つけないようにテリオンだけを攻撃する方法を模索しているのだ。
 自分で言うのもアレだけど、曲芸剣術は威力が高い。武器で受けようとすればその武器が手からとぶだろうし、盾で受けてもかなりの衝撃が走る事になる。経験上、この回転剣への対処法は避ける、同等の威力を持つモノを飛ばして撃ち落とす、あと……これはできる人がかなり限られる――いや限られて欲しいが、圧倒的な切れ味で切断するという事くらいだ。
 そんな曲芸剣術の使い手として初めて、オレはこの回転剣の威力の高さに手を焼く。この国ではあんまり見かけないけれど他国では一般的な乗り物としてたくさんの人が使っている自転車……あれを漕ぐ時、あまりにノロノロ進もうとするとバランスを崩して倒れてしまうが、回転剣も同じようなモノで回転や飛ばす時の速度を一定以上に遅くすると剣が落下してしまう。だからどんなに頑張っても当たり所によってはそこを切断してしまう威力をそれ以上落とす事ができないのだ。
 剣の刃を立たせない方向――剣の腹の部分をぶつけるような向きに回転させたとしても、当たった場所の骨は粉々になってしまうだろう。つまり、操られているだけのスーツの人たちには攻撃を加減しつつ本命のテリオンを狙うという事が曲芸剣術では出来ないのだ。
 だから――
「ほう、得意の剣術を封印するとは。どうやら平均以上に優しさの目立つ騎士のようだ。」
 ――オレは増やしたプリオルの剣を全て消し、マトリアさんの双剣のみを手にしてポリアンサさんから教わった剣術の構えを取り、風のみを周囲に展開させた。そしていつもは回転剣に注いでいる集中力を風の操作――主に空気の流れからスーツの人たちの動きを捉える事に向ける。
 恐らくスーツの人たちはテリオンが戦闘前に装着した首の輪っかで操られている。機械なのかマジックアイテムなのかわからないが、まずはあれを首から外すか壊す事に集中する……!
「狙いが丸わかりなのはどうかと思うが……当然と言えば当然か。しかし人間、普段と違う事をするとどこかでミスをするモノ。こちらの攻撃をさばき切れるかどうかだね。」
 テリオンの言葉の終わりを合図に一斉に、今までよりも更に速く、タイミングや速度をずらしながらの絶妙なコンビネーションで襲い掛かるスーツの人たち。だが周りの空気の動きに集中力を割いた事でさっき以上に、オレにはその動きが見えていた。
 剣を持っている人たちの動きは要するに武器を振り回す人の動きだからランク戦や交流祭を通して色々な動きを――達人の域のそれを見てきたからかなり把握できる。そして凄まじい精度で銃弾を縫わせてくる人たちは朝の鍛錬でティアナを相手にしているおかげで対応できている。銃弾そのものの動きを把握できてもそれを知った頃には命中してしまうが、銃を撃つ時の構え、姿勢の変化を捉える事で射線は予測できるのだ。
 スーツの人たちは男女合わせて十人ほどで、曲芸剣術で複数の剣を操作しているオレからすると、回転剣よりも複雑な動きをする人間をそれだけの数同時に操っているテリオンの技術には少し驚くところも――あ、あれ?
「凄いな。その顔、視界の中にはいないだろうに人数が増えた事に気がついたか。」
 周囲の空気を動かす人数が突然増加し、全員が同時に視界に入る事は無いがコンビネーションの手数が増えた事でその感知が間違っていないと理解する。
「君は同時に百近い剣を操れるそうだね。歴代最強と言われる《オウガスト》、君の剣術の開祖は数百だったとか。そんな二人には及ばないが私も――五十は同時に動かせる。」
 しかも武器が剣と銃だけじゃなく、槍とか弓矢も混ざり始めて――って五十!?
「これが私の全力。追い詰めるに足るならば君は見せてくれるだろう。この違和感の正体を。」



 さすがにモノをぶらつかせたままじゃ戦えないのか、根本の部分がガシャンと開いて金属製のナニが奥へと収納され、そうなった理由はともかくとして外見的には腕が五本っつー強そうな見た目になったロンブロ。外道な面が目立ってるが記録を見る限りはその実力もA級相応。その趣味の悪い身体を作ったのが『フランケン』だというなら強さにも納得というモノ。この前やり合った『滅国』ほどじゃねぇしクォーツたちでも勝てる相手って判断に変わりはないが、私自身もそれなりに苦戦しそうな気がしてきたな。
「けけ、けけけ! オレのナニがしまわれたからってそんなガッカリすんなよ、先生。」
「……どうやら『フランケン』は目を作る事が苦手らしいな。それと、お前に先生と呼ばれる筋合いはない。」
「けけ、けけけ! つれねぇなぁ、色々教えてくれよ、先生!」
 口が疲れそうな笑い方をしながら五本の腕を大きく広げるロンブロ。すると私たちが立ってる通りを挟んで並ぶ建物――大小様々の店々が巨人に握りつぶされたみたいに粉々になった。そして生じた瓦礫が集まり、かたまり、デカい手となって組み上がった。
 あの機械の腕と現象の見た目から第二系統を応用した電磁力かと思ったが、そっち系の魔法の感覚とは違う。となるとこれは……
「……意外というか何というか、お前は位置魔法の使い手だったのか。」
「けけ、けけけ、こんなことができるようになったのはこの身体になってからだがな!」
 五本の腕の動きに呼応して瓦礫でできたデカい手が結構な速さで私の方に飛来し、同時にロンブロも跳躍する。どうやら手数とパワーでゴリゴリ押すタイプらしい……いや、ぶっちゃけ戦闘に関しちゃ姉の方が有名で弟の詳細はわからないところが多いんだよな……まずは小手調べと行くか……
「おらぁっ!」
 雨あられと降り注ぐデカい拳。必然的に生じる砂煙だの衝撃で拳から剥がれる瓦礫だので視界が悪くなり、その中を――もしかするとカメラのレンズみたいになってる左目にそういう機能があんのか、私の位置を正確に捉えて殴りかかってくるロンブロ。体術なんてモノのない力任せの腕の振り回し……かわすのは難しくない。
「しっ!」
「ひょお!」
 拳の合間を縫って槍を繰り出す。半分刺す気、半分けん制だがきっちり避けるところからすると、やはり左目はなかなかに高性能らしい。
 これだけならパワーがあっていい目を持ってて腕が多いだけの相手なんだが……たまに私の回避方向を先読みしてデカい拳を進路に落としてくる。外道一筋かと思いきやそこそこに頭を使う事もでき――
「けっひゃぁっ!」
 聞いた事ない叫び声と共に予想の外から降ってきたロンブロの腕――五本の内、背中から頭を越えて生えてる真ん中の腕からの手刀っつーか叩きつけを横にした槍で受け止める。完全に腕の間合いの外だったんだが……この腕、伸びるのか……
「けけ、けけけ、細いくせにパワーはゴリラか! ま、マッチョは好みじゃねぇからいいんだがよ!」
 そう言いながら――さっきから見てる感じ、跳躍のモーションと実際の速度が合ってねぇから脚の機械にジェットでも仕込んでんのか、軽い踏み込みで一瞬にして距離をつめたロンブロは残ってる四本の腕を私――の手足に伸ばした。
 私は槍に角度をつけて受け止めてる腕を滑らせ、地面に落としながらバックステップで追撃を回避する。
「――っととと、おいおい、なんだその速さ! まさに雷って感じだな!」
 空ぶった腕をわきわきさせるロンブロ……
「……強化魔法に雷の魔法による身体能力向上を加えたモノだが……お前、私を襲う気満々だな。」
 本人が自分で言っていた五本の腕の使い方。一本が頭で四本が手足。それがこいつの……女性を襲う時の……
「けけ、けけけ、当たり前の事を聞くなよ、先生。テリオンの野郎が押し付けてきただけでお前にこれと言った用はないんだ。本命はテリオンで残りを姉貴ってんならオレはあまりモノを楽しむだけだろ?」
 本命……つまりサードニクスが一番でクォーツたちが二番目……色々と厄介事の真ん中にいる連中だが、今度は何が理由なのやら。
 しかしこれは少々まずいな……このクソ野郎を年頃の生徒が相手にする事は防げたし、外道は外道でもチェレーザはこっち方面じゃないからクォーツたちもまだマシだ。だがテリオンがサードニクスを狙ってるってのが確定しちまったのがヤバイ。人間観察――いや、人間研究が趣味みたいなテリオンは世界でも右に出る者のいない奴隷の調教師。もしも狙う理由がサードニクスの何かに興味を持ったからってモノだった場合、最悪サードニクスが壊される……!
「あの二人が見つけられたとしてもテリオンには戦奴隷がいる……一対一ならともかく集団で来られたらあいつらじゃまだ……」
「おいおい、何を一人でぶつぶつ――」

 ピシャァッ!

 こうしちゃいられない。早めにこの盛りのついた五本腕を片付けねぇと……とりあえず雷を落としてみたが……
「けけ、けけけ、まさか機械の身体には電気っつー安直な考えか!? そりゃ『フランケン』をなめすぎだろ!」
 ブスブスと黒い煙の中から何事もなく現れるロンブロ。くそ、そこまで強くないんだがあの身体が無駄に頑丈そうだ……
「しかしまぁ、いきなり雷ってのも仕方ないか。余りモノとは言えいい女だ、前戯も無しじゃキレるわな。久しぶりの本気のお許しも出た事だし、たまにはバトルを楽しむとするぜ。」
 ロンブロがそう言うと機械でできてる三本の腕の前腕がガションと開き、水晶玉みたいな部品が剥き出しになって甲高い音と共に光り出した。
「魔法なのか科学なのかさっぱりだが、オレを普通の位置魔法の使い手とは思わない方がいいぜ、先生!」
 三本の内の一本がバッと私の方に向けられた瞬間、ロンブロが今までにない速度でこっちに向かってきた。本気のお許しとか言っていたがそれがこのスピードアップか? とりあえず回避と同時に後ろに回り込んで――

 ベキィッ!

「――がはっ!」
 身体を貫く痛み。息と共に吐き出る声。気づけば私の腹にロンブロの生身の方の腕がめり込んでいた。
「けへぁっ!」
 振りぬかれる拳。私の身体は後方にふっ飛び、さっきロンブロが粉々にした店の一つの瓦礫の山に突っ込んだ。
「けけ、けけけ! さすがゴリラ、普通なら骨が何本もイカれる一発なんだがな! いい腹筋してんじゃないか、えぇ!?」
 腹筋だけでどうこうなる一撃じゃない。強化魔法のおかげで致命的なダメージにはなっていないが……いや、パンチの威力なんざどうでもいい。問題はそれを食らうまでの過程……回避しようと脚に力を入れたはずが私の身体はいつの間にか宙に浮いていて……それ以前に、そもそもの話として……別にロンブロが超速で急接近したんじゃなく――私が、ロンブロの方に引き寄せられていた……!
「随分……不思議な魔法を、使うんだな……お前……」
「けけ、けけけ、さっき言ったろ? 魔法か科学かは知らねぇってな。」
 相手を自分の方に引き寄せる――それ自体は珍しい技じゃない。電磁力でも風でも重力でも、方法は色々ある。こいつが得意とする位置魔法なんてそれができる代表みたいなモノだが、その場合は相手に印を刻む必要がある。
 なら私はいつの間にか印を? いや違う。位置魔法である事は恐らく間違いないが私の知っているその辺の魔法とは別物だ。
 何故なら、引き寄せられた感覚が無かったからだ。
 慣性なり空気の動きなり、自分の身体が意図しない方向に動かされたら気づくモノだ。だが今、私は回避行動がとれなかった事からようやく自分が浮いている事に気づき、ロンブロの体勢から相手が跳躍などをしていない事を知り、二つを合わせた結果、自分が引き寄せられた事を理解した。
 こんな事が起こるとしたら、それは私ではなく私を含む一定空間ごと引き寄せたという事以外にあり得ないだろう。
 空間に干渉できる位置魔法の使い手ってのは確かにいて、トラピッチェも……本人曰くサードニクスの愛の力でその領域に達していた。だがそういう魔法には相応の魔力が必要で発動前にはそれなりの気配ってモンがあるんだが……今のにはそれが一切なかった。
 魔法か科学かわからないとは……『ディザスター』といい『フランケン』といい、頭のイカれた科学者は常識の外側のモノをホイホイ作りやがる……!
「けけ、けけけ、お前みたいなのはどんだけ殴っても目が死なないからな。ボコした後で最後の強がりをオレのナニで貫くのが楽しいんだぜ。」
「知るか……だがまぁ、最後の辺りだけは同意してやる。」
「んん? どの辺だ?」
 私は腹に広がる痛みを抑え込み、槍を構える。
「しゃべるわいせつ物を貫くのはスカッとするだろうな、ってことだ。」



「ひひ、ひひひ! あんたらホントに学生? そこらのモブ騎士は軽く超えてる強さだぜ?」
 街中。障害物の多い場所での戦い。前に魔法生物の侵攻があった時にやって以来、こういう状況での戦いはしてなかったけど……魔法生物と違ってこいつ――チェレーザはこの状況を利用する……いえ、こういう状況が得意な奴だった。
 チェレーザの武器はワイヤー。全然見えないってほどじゃないけど注意してないと見逃すような細さのワイヤーが腰とか頭についてる管状の部分や尻尾の一部、それと長い左腕の……二つの肘の間の部分っていうか、前腕と二の腕の間っていうか……無理矢理言うなら中腕? とかが回転してワイヤーを発射したり巻き取ったりして攻撃、防御、移動をしてる。
 ティアナが魔眼ペリドットで見たところ、それぞれの場所から十本くらいのワイヤーが伸びてるみたいで、凄い速さで振動させたりもしてるらしい。周りの建物を細切れにするような切れ味の一撃が来るけど、それはこの機能の力みたいね。
 ただ、障害物を上手く利用しながらワイヤーを操る技術は確かに凄いんだけど今のところはそれだけ。圧倒的なパワーも特殊な魔法も厄介な能力も特にない。油断して手を抜いてるのか本当にそれだけなのか知らないけど、急いでるこっちとしては丁度いいわ。とっとと倒してロイドの所に……!
「ひぃっやはぁっ!」
 ワイヤーの強度も巻き取る力もかなりのモノみたいで、チェレーザは変な掛け声と共に周囲の建物のいくつかを根本から切断したと思ったらそれらをそのままの状態で放り投げてきた。日の光が遮られて辺りが暗くなったんだけど――
「お姫様、ダッシュ!」
 アンジュがばら撒いた『ヒートボム』がそれらを上空で爆破し、爆風で瓦礫を吹き飛ばす。あたしはそんな轟音の中をチェレーザに向かって走り出した。
「ひひ、ひひひ! 速い速い!」
 ソールレットからの爆発を使ったダッシュだったんだけど、予めワイヤーを伸ばしてたのか、引っ張られるような体勢であたしから離れていくチェレーザは腕の真ん中が回転する左腕を勢いよく振って数本のワイヤーを鞭みたいに繰り出した。
 ちゃんと見えてたし避けようと思ったんだけど――たぶん大丈夫だからあたしは直進する。
「むん!」
 しなるワイヤーがあたしに届く直前、ほとんど不可視の透明な氷の壁がローゼルの声と共にワイヤーとあたしの間に出現し、建物を軽々切断するような切れ味を難なく受け止めて明後日の方向にそらした。
「おお、マジか!」
 驚いた言葉の割ににやけ顔はそのままのチェレーザは尻尾を振って横にワイヤーを伸ばす。何かをつかんで自分の身体を引っ張ることであたしの攻撃を避けようとしたか、もしくはあたしにそれをぶつけようとしたんだろうけど――
「『ゲート』。」
 伸びたワイヤーは何かをつかむ前に空中に現れた穴に入り込み、その先端は上空の何もない場所から顔を出した。
「なっ!?」
 ようやくにやけ顔が消えたチェレーザは目の前に迫ったあたしに両腕を向けようとしたけど、あたしの後ろの方から飛んできた銃弾がそれを弾き、ちょうどバンザイするような体勢になったところに――
「はぁっ!!」
 あたしは、パンチを打ち込んだ。そして当たると同時にガントレットを発射し、チェレーザを文字通りに殴り飛ばす。そのままどっかの壁まで――と思ったんだけど、いくつもの建物を粉砕しながら飛んでく光景を見てここが街中だった事を思い出したあたしは慌ててガントレットを自分の下に戻した……
 や、やっちゃったわ……魔法生物の侵攻の時に《ディセンバ》が元に戻してたから大丈夫……だとは思うんだけど……
「うわー、お姫様ってば王族のくせに悪党より街壊してるー。」
「う、うっさいわね……」
「エリルくんのパンチが直撃とはゾッとする。もしやこれで終わりか?」
 かなり遠くまで飛んでったチェレーザの方に視線を向けるあたしたちだけど……たぶん終わりじゃない。だってこの感触は……
「ひぃっやっ!」
 殴った時に拳に伝わってきた感覚を思い出してると遠くの方からそんな声が聞こえ、何本かのワイヤーが大きく弧を描きながらこっちに降ってきたと思ったらその軌跡をなぞるようにチェレーザがとんできた。
「ひひ、ひひひ、何だよ今のは! 普通の人間なら内臓破裂通り越して木端微塵になってるぜ! 学生のクセにアタシを殺す気満々かよ!」
 重たそうな着地音と共に戻ってきたチェレーザは……あたしがパンチを打ち込んだ場所が何となくへこんでるだけでケロッとしてた。
「エ、エリルちゃんの攻撃で……ほとんど無傷、なんて……」
「『フランケン』と言ったか……どうやらそのS級犯罪者は規格外の科学力を持っているようだな……」
 殺す気満々……っていうのとはちょっと違くて、ラコフで一回……その、敵を「倒す」っていうのを経験したあたしだけど、だからって何も思わなくなってるわけじゃない。ただ今回の場合は先生が「壊す」でいいって言ったから、確かに機械の身体だしって考えて……結構本気で殴ったと思う。なのに軽くへこんだだけ……どうなってんのよこいつ……
「エリルちゃんのパンチでも平気ってことは、ホントに丸々機械って事だよね。何が楽しくてそんな状態を望んだのかボクには理解できない。」
 短剣をくるくるさせながらリリーがそう言うと、チェレーザがニンマリと笑う。
 ……? なんかリリーの雰囲気がいつもと……
「理解できない事はないと思うぜ? お前らもいわゆる年頃の女、好きな男の一人もできたこたぁあるだろう? そいつを視界に入れるだけで胸が高鳴り、考えるだけで体温が上がる、そういうのの経験はねぇか?」
 ロンブロと一緒にゲスな事しか言ってなかったチェレーザからいきなりの……恋する乙女みたいな話にあたしたちは面喰う。
「んま、そっから先は手に触れ口に触れ、ロンブロに言わせりゃ最終的には脳の溶けたサルになってヤリまくるわけだが、要するに楽しみ方は色々あって、ロンブロが自分の身体で楽しむタイプならアタシは今言った初恋真っ盛りの少女様みてーに見て眺めて楽しむタイプなんだよ。例えば、意中の男の目の前で別の男に犯させて涙でぐちゃった女の顔を肴に酒を飲むわけさ。」
「……姉弟そろってそんなのばっかりなわけね……」
「ひひ、ひひひ、ロンブロはそうだがアタシは多趣味だぜ? 忠誠を誓った騎士に主君を殺させたりとかも大好物さ。アタシにこの上ない殺意を向けながらも主には絶望に染まった顔で許しを乞いながら懺悔の涙を落とす……ひひ、ひひひ、たまらねぇなぁ、えぇ? そういうのでアタシは満足だから頭以外はそういう光景を見る為に特化改造したわけさ。こんな風に。」
 言いながらチェレーザがバッと長い左腕を空に向けると、あちこちの路地や瓦礫の向こうから大量の人が引きずられるように現れて空中にぶら下がった。
「――! あんたまさか逃げ遅れた人を――」
「チェレーザァ! てめぇ何する気だごらぁっ!」
 先生が外道の代表格って言ってたしここまでの発言でも納得だったから街の人を人質にしたのかと思ったんだけど……なんていうか、ぶら下がった人たちは全員が転校したての頃のロイドよりもボロい服を着てて……どうにも一般人って感じじゃなかった。
「人を人形みたいにしやがってこのイカれ女が! ただじゃおかねぇぞ!」
 全員が全員でそれぞれに文句を言う中、チェレーザはケラケラ笑う。
「ひひ、ひひひ! 全員テリオンの奴隷のクセに何言ってるんだ? こうしてオトリとして使われるような価値しかないくせによ。それにお前らを好きに使っていいって言われてるアタシにはその首輪を起動させる事もできるんだぜ?」
「貴様! うちの組織が黙っちゃいねぇぞ!」
 どうやらこいつらは街のあっちこっちで暴れてた連中……奴隷商人らしいテリオンが騒ぎを起こすのに「使った」んだろう。チェレーザの言葉通りならテリオンによって捕まったのか買われたのかした奴隷……犯罪者ですら奴隷にするなんて、テリオンって奴は相当ヤバイわね……
「ひひ、ひひひ、さてさて、本当なら街の連中を使いたかったところだが生憎手が届く範囲にいるのは強面だけときた。だがそれでも、お前らみたいな学生相手には充分だろう。」
 チェレーザが長い左腕をグルグル回すと、空中にぶら下がってた連中が……完全に人間として扱われてない感じで組み上げられ、縛り合わされ、大きな壁みたいになった。蠢く人間で出来上がったそれは見ていて気持ち悪くなるモノで、あたしたちが嫌な顔をするとチェレーザは待ってましたって感じににやけた。
「アタシの身体が頑丈っつってもそれだけに頼るわけにはいかないからな。どうだ、この肉の盾は。こいつらは全員犯罪者、その時が来ればお前たちが情け容赦なくぶち殺さなけりゃならない奴らだが、今のお前らには刺激の強いモンだろ、えぇ!?」
 そして犯罪者で出来たその壁――の一部の何人かが砲弾みたいに発射された。
「――っ!」
 ギャーギャー言って腕をバタバタさせながら飛んでくるそれは……別に問題なくかわせるんだけど、瓦礫とは扱いが違ってくるし何より知らない奴がそこそこの速さで自分の方に飛んでくるっていうのが気持ち悪――
「ファイヤッ!」
 ――とか思ってたら予想もしてなかった方向から火の玉が飛んできた。ほとんど反射的に回避したその攻撃は、一瞬前にあたしが避けた犯罪者の一人が撃ったモノだった。
「ひひ、ひひひ! ちゃんと狙って撃てよ使えねぇなぁ、おい!」
「――! てめぇ、チェレーザ! お前今オレの身体を勝手にファイヤッ!」
 何かのコントにも見えてくる変な光景。しゃべってる途中でいきなり魔法を撃ったそいつは、撃った後に魔法を放った自分の手を見て怒りに震える。
「チェレーザァァアアッ!」
「なんだよ、そんな熱烈に名前を呼ばれちゃ困っちまうぜ?」
「覚えとけこのクソダガガガガ――」
 ブチ切れた奴も含めてこっちに飛ばした全員を、顔面を引きずろうがお構いなしに自分の方に――犯罪者で出来た壁に戻すチェレーザ。そして指揮者みたいに両腕を振り始めると、壁になってる全員が同じように腕を動かして謎の踊りを始めて……それは正直言って吐きそうなほど気持ち悪い光景だった。
「アタシの得意な系統は第二系統の雷の魔法でな。このワイヤーを頭にぶっ刺す事でそいつを自在に操れるのさ。本来は高度な技だが『フランケン』のおかげで魔法の学のないアタシにもこいつらに簡単な魔法を撃たせるくらいはできるわけよ。ひひ、ひひひ、お前らを剥いて犯す事もできちまうぜ? ひひ、ひひひ!」
 ワイヤーを使った移動と攻撃、バカみたいに頑丈な身体に加えてあれだけの人数を操り人形にする……ほとんどがその『フランケン』とかいうののせいだけど、先生が苦戦するって言った理由はこういう事かしらね……この操り人形は確かにちょっと……
「ん? あー、しまったしまった。楽しくなってきちまったがそっちがメインじゃねぇんだった。」
 気持ち悪い犯罪者の壁をあたしたちの方にゆっくりと近づけてたチェレーザが、不意に何かを思い出してポンと手を叩いた。
「こいつらでマワして精神がイク前に聞いとかないとな。お前ら――あー、『ビックリ箱騎士団』? の団長と『世界の悪』の関係についてよ。」
 ――! こいつらがここに来た理由はロイドとアフューカスの事を知る為!? それじゃあここにいないテリオンとかいうのは確実にロイドの所に……!
「ふむ……仮に、両者に何らかの関係があったとしても、そっちの下衆な趣味には関連がなさそうだが?」
 ロイドはアフューカスに狙われてる。正確にはロイドの考え方っていうか、あたしたちにはピンと来ないけどアフューカスからしたら目から鱗だったらしい……思想? を欲しがってる。今はロイド本人よりもロイドのレコードっていうのを持ってる恋愛マスターの方を追ってるみたいだけど……そんな事を他の悪党にわざわざ教える必要はない。だけどこいつみたいなのがどうしてそれを知りたがるのか……たぶんあたしと同じような事を考えたローゼルが情報を引き出す感じでそう言うと、チェレーザはケラケラ笑った。
「ひひ、ひひひ、お前らみたいなひよっこは知らねぇかもだが、『世界の悪』は今や他の悪党たちの恐怖の対象なのさ。何せいきなり他のS級連中を殺し始めたんだからな!」
 他の……S級犯罪者を……?
「いずれはA級も対象になるんじゃねぇかとヒヤヒヤもんよ。だからあのバケモノと戦える方法どうにか見つけたいところに愉快な情報が転がってきたのさ。『世界の悪』がS級狩りを始めたのとセイリオスで事件があれこれ起き始めたのが同時期だってな。そしてその時セイリオスで何があったかっつーと、ロイド・サードニクスの転入なわけさ! ひひ、ひひひ! こじつけもいいところだが色々と確証を持てる事があってな! こうしてお伺いに来たのさ!」
 こじつけ……こいつらからしたらそうだろうけど、困ったことにほとんど正解。アフューカスがロイドに興味を持ったのはあの時――あたしと二人で買い物に行った時にそうとは知らずにアフューカスとした会話……「世界の悪」とは何かっていうよくわからない話。その時のロイドの意見がアフューカスに刺さったらしいんだけど……それがS級狩りとかいうののキッカケなんだとしたら、こいつらは答えに辿り着いた事になる。
 アフューカスはロイドに手を出さないとか言ってたし、やりようによってはこいつらがアフューカスと戦う手段の一つになっちゃうかもしれないわ……
「十二騎士の弟子だったり勲章ゲットしたりと何かと話題だが、それでもたかだかガキンチョ一人があの化け物にどんな影響を与えたのか……ひひ、ひひひ、お前らなら何か知ってるんじゃねぇか?」

「うん、そうだね。その通りだよ。」

 ロイドが悪党同士の戦いに利用される――正直に答えるわけにはいかない質問に……どういうわけか――よりにもよってリリーが、そう答えた……!
「ロイド・サードニクスと『世界の悪』にはちょっとした関係がある。少ない情報からよく辿り着いたね。」
 冷たい雰囲気、ゾッとする声。ロイドの前でとろけるいつものリリーじゃない……これは暗殺者としての……!
「ひひ、ひひひ! なんだよ大当たりかよ! テリオンの奴は強運の持ち主だな! だが拍子抜けだぜ、えぇ? 口を割らせる方法を色々と考えてたのにそっちから教えてくれるとはな。」
「情報交換がしたいんだよ。その事を、他に誰が知ってるのかっていうのを確認したいの。」
「ひひ、ひひひ、なるほどなるほど、よっぽど隠したい事みてーだな。だが一つ安心で一つ残念だぜ。この事に気づいたのはアタシらで話を持ち掛けたのはヒヤヒヤしてたA級の大物三人だが、内二人は『イェドの双子』に組織ごとお釈迦にされちまった。どうやら『紅い蛇』側も隠しておきたいらしいってわけでアタシらにも後がねぇんだが……ひひ、ひひひ、あのガキンチョが正解だってんならテリオンが向かった時点でこっちの勝ちよ! 全ての情報を引っ張り出し、お前らと『雷槍』を始末したアタシらと一緒にとんずらさ。逃げ隠れに関してもテリオンは一級品だからな!」
「そう……『世界の悪』の方も動いてるんだ……じゃあ二人を殺してテリオンも殺せば解決なんだね。」
 ゆらりと、朝の鍛錬の時とは違う力の抜けた構えで短剣を揺らすリリーは、あたしたちを横目に静かに語り出す。
「テリオンってさ、その筋じゃ有名なんだよ。正直その名前が出てロイくんが狙いかもってわかった時点でロイくんの所に行きたかったんだけど……カラードくんとアレクくんが行ってくれたから、ボクはなるべく他の情報を得ようと思って残ったの。そして今、欲しい情報は手に入った。だから……こいつにもう用はない。」
 視線をチェレーザに戻し、その場で短剣を振るリリー。その瞬間――

「「「――――!!!」」」

 響き渡るいくつもの絶叫。チェレーザが組み上げた壁……それを形作ってた犯罪者たちの首から同時に……鮮血が噴き出した。
「なっ!?」
 チェレーザが驚くけど、あたしたちはその光景を前に息が止まった。人間が不規則に並んで組み上がった壁、そのあちこちから噴水みたいに血が舞い、絶叫と共に恐怖の顔が蠢くそれは……地獄そのものだった。
 それを作り出したリリーの技は前に見た事がある。夏休み、ティアナの家に行った時に『イェドの双子』のポステリオールが来て……もう片方のプリオルがその場にいなかったロイドの方に行ったと知った時、リリーは自分の位置を複製して数人に増えるっていう事をした。
 つまり今のは、短剣を振るっていう動作を――いえ、斬撃の発生する位置を複製して犯罪者たち全員の首を同時に切ったんだわ……
「先に言っておくけど、ボクはその壁が例え街の人で作られてたとしても、それが邪魔でお前を殺せないっていうなら皆殺しにする。ボクにとって、ロイくんの方が大事なの。」
 うめき声をあげながら崩れてく壁に目を丸くしつつ、そう言ったリリーを見てチェレーザは……今までとは種類の違う笑みを浮かべた。
「ひひ、ひひひ! 全く、こういう事こそ調べとけよなぁ、テリオンの奴! よっぽどあのガキンチョにご執心らしいが……ひひ、ひひひ、こんなどう見てもこっち側――いや、アタシらよりも上品な悪党が学生の中にいるなんて面白い事、先に言っといてもらわねぇとな!」
 狂気の笑みを浮かべるチェレーザが乱暴に左腕を振ると、全てのワイヤーが外されたのか犯罪者の壁が完全にばらけて……人が積み重なった山になった……
「ひひ、ひひひ、さっきお前らの先生がアタシらを下衆下劣なクソ野郎と言ったが、そういうあれこれはピュアな一般人にしか効果がねぇんだよ。ご覧の通りこんな上級悪党様には意味がねぇ。こりゃロンブロだけじゃなくアタシも本気を出さねぇと、な!」
 そしてそんな事を言いながら――よくそのサイズのモノが出てきたわねってくらいの大きさのボールみたいなのがチェレーザの口から飛び出して、あたしたちの真上で破裂した。
「――! なによこの煙――まさか毒!?」
 ボールの中からもうもうと降りてきた白い煙に包まれたあたしたちは口を覆って……ったく、こういう時は第八系統の風の魔法の出番なのに!
「ま、まかせて!」
 ロイドのバカはいないけど、とっさに両腕を大きな翼に変身させたティアナが起こした風でその煙は辺りに散った。だけど――
「ひひ、ひひひ! 生憎と一呼吸で充分だ。そっちの悪党様とやり合う為に、そうじゃないピュアな面々は下衆下劣な技でちょっとイッててもらうぜ。」
 チェレーザの言葉が歪み、視界が斜めになって頭がかすむ……こ、これちょっと……まずいやつ……
 そうして、あたしの意識は白いもやに覆われた。



「ロイド様をお迎えする日に襲撃とは、空気の読めない悪党ですね……」
 街のあちこちで騎士と犯罪者たちの戦いが繰り広げられるフェルブランド王国の首都ラパン。その上空、雲の上からそれを見下ろしている黒い傘をさした女性が深々とため息をつき、そんな彼女の呟きにどこからともなく聞こえる声が応える。
『幸い憂慮していた者たちがロイド様と接触するには至っていませんが……申し訳ありません、少々調査不足でした。今ロイド様が相対しておられる人身売買を生業とする者も……』
「そうですね。あの下品な二人が外面的ならばあの人間は内面的にロイド様に悪影響を及ぼしかねません。あの人数差ではロイド様と言えど……いざという時はお願いしますね。ワタクシは……あちらの対処をしますので。」
『……姫様に対して出過ぎた事ですが……どうかお気をつけて。』
「ありがとう。あとでヨルムに文句を言われそうですけれどね。」
 姿の見えない何者かとそんな会話をした黒い傘の女性はその場から霧のように姿を消し、遥か下方、騒動の起きている街の中心部からは少し離れた所に建っている比較的高い建物の屋根の上にその姿を再び現した。
「『紅い蛇』、でしたか。ロイド様を狙う不届きな集団は今回の件には関係がないと思っていたのですが?」
 黒い傘の女性の問いかけに答えたのは彼女よりも先に屋根の上にいた人物。
「アルト言えばあるけどほとんどないわね。ドチラかと言えば目当ては騒いでる方だし。」
 黒い傘の女性の方へ身体を向けながらそう言ったその人物は、どう見ても人間ではなかった。
「イチオうこの前も会ったけれど改めて……ご機嫌麗しゅう、カーミラ女王。キコクにて最重要犯罪者として指名手配を受けたので国外を散策している元スピエルドルフの民、マルフィと申します。」
 後方に少し伸びた頭、並ぶ八つの眼、四肢に加えて背中から生えている四本の蜘蛛の脚。桜の国の忍者のような格好をして口元を長いマフラーで隠している者――マルフィは、黒い傘の女性――カーミラに深々と頭を下げた。
「シリアいが追ってた相手が今ちょうどそこで暴れてて、だから二人はそっちに行ったのだけど、暇だからついてきたアタシはどうしようかと思ってたら……ふふふ、上に同胞がいてビックリ。マッテいれば相手をしてくれるかなって期待してたらまさかの女王様。アナタとやり合うのはちょっと嫌だったからヨルムたちに手を出さなかったのに、でもこうして本人とバッタリ会っちゃったらこれはこれでアタシの戦闘欲がうずいちゃうわ。アソビ相手になってくれるかしら、女王様?」
「……そちらがどうであれ、我が国の恥であり何よりロイド様に害なす者をこうして見つけた以上、生かしておくつもりはありません。ヨルムがつけたい決着である点は少々残念ですが。」
「フフフ、ヨルムもしつこいわね。カチニげされたのがそんなに嫌だったのかしら。」
「白々しい。」
「アラ、ナんの事かしら?」



「なぁフィリウス。」
「なんだ大将! この肉は俺様のだぞ!」
「そんなお前にしか噛み千切れなさそうな部位いるか。いや、今日の戦いなんだけど……」
「おお! 大将が盗賊に囲まれてわたわたしてたところを俺様が助けたな! 今日のデザートのリンゴは俺様が一つ多くもらうぞ!」
「ああ、それは好きにしてくれていいんだが……ああいう時ってどうすればいいんだ? つまりその……大勢に囲まれた時っていうのは。」
「大将を鍛えてる身からすると、そもそもそういう状況にならないようにしろと言っておきたいところだがな!」
「それは……ごもっともなんだが……なっちゃったらって話だよ。」
「ふむ。ちなみに大将の言う大勢ってのは何人なんだ?」
「えぇ? そりゃたくさん……今日で言えば七人だったか。」
「そうか。なら六人なら問題無しか?」
「それは……いやなんだよ、その意地悪な謎かけみたいな質問は。」
「大事なことだぞ、大将! 自分が何人までなら同時に相手にできるのかを把握してるってのはな! ま、相手の得物や使う魔法で変化するモノだから状況に寄るってのが答えになっちまうんだがな!」
「じゃあ聞くなよ……」
「それでもだ! 目の前の戦況なら自分は何人までならイケるってのはキチンと把握できるようになっとかねぇとダメだぞ! でもってその人数を越えないように調節するんだ!」
「……? 何をだ?」
「同時に相手にする人数をだ! いいか大将、相手が百人だろうと千人だろうと、その全員が同時に襲い掛かってくるわけじゃないんだ! そいつらがそれぞれにどういう技を使おうが、目標である大将は一人だけなんだぞ? 一斉に仕掛けたら攻撃が大将に当たる前に仲間の攻撃にぶつかってバカみたいな事になるだろう!」
「んまぁ……」
「だからな、もしも大将がとある百人を前にして、そいつらなら五人が最大だなと判断したら同時に相手にする人数――同時に攻撃してくる人数が五人を超えないように立ち回るんだ! そして五人ずつ倒すってのを二十回繰り返せば百人も余裕ってわけだ!」
「そんな無茶苦茶な……」
「だっはっは! 昔こんな事を言った戦士がいたぞ! 敵が千人いるなら一対一を千回繰り返せばいいってな! 何人なら相手にできるってのがわかんなかったら相手全員を一対一に持ち込んで人数分の回数勝てばいい! 必要なのは体力と気合だけだ!」


 いつだったか、フィリウスとしたそんな会話を思い出す。オレ一人対操られているスーツの人たち五十人。百人が同時に攻撃したら互いの攻撃がぶつかっちまうだろうというフィリウスの意見は正解で、五十人が同じ瞬間に仕掛けてくる事はないのだが……十人、十五人は平気で重なってくるのがこの人たちのコンビネーションの恐ろしいところだ。当然、オレが同時に対応できる最大人数は超えている。
 だから立ち回り、調節する。空気の流れで動きを読む。このコンビネーションでも不可能な、物理的に同時に攻撃できない状況を作る。一度に相手にする人数を減らす……!
「おや? 動きが変わったね。」
 面白そうにオレを見るテリオンだが……この状況にしてくれてオレは少し感謝しているところだったりする。いきなり五十人なんていう数になったからか、逆に冷静になれたのだ。
 スーツの人たちを傷つけないようにテリオンだけを狙う――これは、今のオレには無理だ。尋常ではないコンビネーションをかいくぐってテリオンに迫るというのは、オレの技量を越えている。だから倒す――致命傷にはならないけれども戦闘不能、行動不能にする一撃をスーツの人たちに打ち込むのだ。
 剣や風の刃は深手になりやすいから使えないが、オレには別の選択肢がある。武器を失ったらという状況を想定し、毎日の鍛錬でエリルやカラードからちょっとずつ教わっている徒手空拳……誰かと格闘できるほどの域ではない付け焼き刃だけど、スーツの人たちを倒す為の一撃を放つくらいならできるはずだ。
 幸い、人間の急所……みたいなモノを生き物の身体に詳しいティアナから教わったりもしている。充分な筋力があるとは言えないが、そこは風の魔法で後押しする。
 相手の人数を調節し、風で威力をあげたパンチやキックを打ち込む。どっちも慣れない事だから集中力を使うだろう。長くはもたない。
 全員を一撃で倒すくらいの意気込みで行く……!
「ほう、素手の格闘にスタイルチェンジか。」
 回転剣――マトリアさんの双剣は風のイメロでマナを生み出す事とけん制にのみ使用。強風で自分と相手の位置を動かし、空気の流れから最適なポジションを見極め――打つ!
「――っ……」
 正面に捉えたスーツの人のお腹にパンチを打ち込む。きしむ身体、ひび割れる骨。視界の隅で無表情ながらも嗚咽を漏らすスーツの人。遠くから回転剣を飛ばすだけでは感じられない……あまり良いとは言えない体験。
 エリルはこれを毎回……!
「なるほど、彼らを無傷で、というのは諦めたのだね。」
 空気の層で拳をガードしつつなのだが、それでも腕にかかる負担は大きい。こういう事をする為の筋肉が出来上がっていないのだ。
 それでも――やるしかない!
「はあああああっ!」
 風と共にスーツの人たちの猛攻に突っ込む。パンチを打ち、キックを放ち、一発で行動不能にできるのは三回に一回というくらいだろうか。普段と違う事をしているせいで回避が遅れ、刃が薄皮一枚を斬り、銃弾が肌を焼きながらかすめていくが、確実に人数は減らせている……! よし、この調子だ!
「たった今思いついたというわけではないようだが身についているとは言い難い。その無理はいつまで続くのか……お気に入りを失うのは嫌だが君には関係のない事。普段通りに剣を回転させた方が良いのではないかな?」
 すうっとテリオンが右手をあげると、スーツの人たちの――攻撃のリズムが……!?
「学校で習っていないかな。集団を動かす時に重要な――陣形というモノを。」
 速くなったわけではない。強くなったわけではない。ただこれまでとは順番が違う。あの攻撃の後にはあのコンビネーション――知らず知らずに「決まった形」として刷り込まれていた動きが別物になり、思考が追い付かな――
「――ぐっ!」
 不意に脇腹で炸裂する痛み、それと共に広がる熱、視界に舞う鮮血――斬られたのか撃たれたのかわからないけど、これは深い……!
「――っ!!」
 ダメだ、これだともうダメだ……この猛攻に対応できない……!
 こうなったら――一か八かっ!
「まぁ、そうなるだろうね。しかし――」
 最大風速、無理矢理の特攻で一直線にテリオンへ。避けられたらとか思わぬ反撃を受けたらとか、そういう後先を考えない、先生には怒られるだろう賭け。それでも、あの首の輪っかさえ何とかできれば――
「――前提を間違えている可能性は考えたかい?」
 強引に進んだ道の先、もう少しで手が届くというところでテリオンは首の輪っかを自分で外し……!?

「これは、電池で光るだけのおもちゃだよ。」

「――ぐああああああああああっ!」
 直後両足に走った激痛。テリオンの行動に一瞬思考が止まったオレは、左右から来たスーツの人に両足の甲を剣で貫かれ、地面に縫い付けられた。
「ぅあ――ああああっ!」
 地面に広がる自分の血と凄まじい痛みに驚愕するのも束の間、剣を突き刺した二人はそのままオレの背後にまわって左右の腕をそれぞれ掴んで抑え込んだ。
 オレは、両手両足を完全に拘束されてテリオンの目の前に立たされた。
「ふむ、こんなモノかい? 本当に?」
 首につけていた輪っかを何でもないように放り投げたテリオンは、オレの顔を覗き込む。脇腹と両足の痛み、そして敵――悪党の前でどうする事もできない状況に対する恐怖。頭の中の大部分がその二つだけになっているオレは怯えた顔をしているのだろう、テリオンはふふふと笑みをこぼす。
「そんなに怖がらなくても。こういう状況になれば誰だってそうなる。むしろ目の奥にまだ闘志が燃えている君は優秀な騎士と言える……ああいや、この炎は怒りかな? あのおもちゃに騙された事に対する? それとも私の戦奴隷に対する? いやはや久しぶりだね、この感覚。」
 痛みか恐怖か、それともテリオンの言う怒りか、震えるオレのほほに手を添えたテリオンは愛おしいモノに触れるような手つきで撫でる。
「戦闘というモノは肉体的にも精神的にも「追い詰める」という目的には最適な方法の一つでね。特に圧倒的な力で押し潰すよりもじわじわとした攻めに高い効果がある。だからギリギリ君が対応できそうな陣形でじんわりと攻めてみたが、なかなかの機転にそのギリギリを維持できなくなってしまったが故の現状なわけだが……さて、どうしたものかな。」
 すりすりとオレのほほを撫でながら空を見上げるテリオン。
「君の中にある何かも、空の上から殺気を降らせた誰かも顔を出す気配がない。生憎とあまり時間がなくてね、あまりやりたくはないのだけど魔法を使って――んん?」
 何かを探すように上を向いていたテリオンが妙な顔をこっちに向け、そして顔を近づけてオレの眼を覗き込む。
「うん……んん……? ああそうか、ここなのか……ここまで近づいてようやく……余程君という存在に馴染んでいるのだね。しかしこの距離ならばわかるよ……違和感の出どころはこの右眼なのだね? 魔眼のようだが根本的に何かが違うようだ。これが『世界の悪』との繋がり? それとは無関係の別物?」
 興味津々という顔を近づけてオレ――というよりはオレの右眼に質問を浴びせるテリオンだが……なんでいきなり『世界の悪』の名前が……?
「魔眼持ちは何人も見てきたが片目だけというのは初めてだ。ますます面白い……が、やはり本質的には謎のまま。やはり使うしかないか……ああ、連れて帰ってじっくりと知りたい……『世界の悪』やら迫る双子やらが憎たらしいね。」
 ひどく残念そうな顔をし、さっき放り投げた輪っかと似た別のモノを取り……出し……な、なんだ? ……意識がもうろうと――あ、あれ……? さっきまで……燃えるようだった、激痛が……いつの間にか無くなって……
「これは君が引っかかったおもちゃとは違う、キチンとした効果のあるマジックアイテムだ。記憶の魔法というのを知っているかな? 相手の頭の中を覗き込む特殊な魔法だ。魔法学的には第六の闇と第十の位置が合わさったモノらしいが……これはその魔法の力で装着した者の記憶を映し出す事ができる。正規の魔法よりも強引になるから脳に小さくないダメージを与えてしまうから本当は使いたくないのだが……あぁ、残念だ。あまり後が無いのに加え、じっくりと知りたい私の横には今すぐ知りたい私がいるのも困ったモノさ。」
 眠る直前というか……寝起き直後というか、意識が……とびかけているオレ、の首に……輪っかを……はめるテリ、オン……
「ふむ、剣に仕込んでいた薬が効いてきたようだね。このマジックアイテムはある程度相手の意識を希薄にする必要があって……いや、もう言葉は届いてないかな。」
 視界がぼやけ、首元で……ブォンという何かの起動音、のようなモノが……したのを最後に、オレの意識は……



「――!」
「アラマ。ヨリニよってこのタイミングで? ヨケイな事を――いえ、むしろグッジョブかしら。」
 街の中心――騒ぎの中心からは少し離れた一角。この世のモノとは思えないほど美しい切断面を光らせる瓦礫の中、戦闘中とは思えないリラックスした姿勢で向かい合っていた二人――カーミラとマルフィは、同時に同じ方向に顔を向けた。
「ロイド様の……血の香り……! この量は……!」
 二人がいる場所からはかなり離れているところでたった今意識を失った田舎者の青年の、その足や脇腹から流れ出る血液の匂いがふわりふわりと風に乗って二人のところに届いたのだ。当然、普通は気づかないはずだが。
「フタリが手を出すわけはないし、A級の誰か――ってちょっとちょっと。」
 恐らくは外見上、「ちょっとちょっと」と言えるほどの変化は起きていない。強いて言えばカーミラがほんのわずかにその服を揺らした程度なのだが、それ見たマルフィがそう言った瞬間、カーミラの足元に鋭利な斬れ込みが入った。
「キュウ血鬼として愛する者のところに駆けつけたい気持ちが爆発しているのはわかるけど、それならそれでその焦りをアタシに向けてみたらどうかしら。」
「――……バクさんっ!」
「アー、ムダよ。ジョオう様がこっちに来た段階でこの街を糸で覆ったから。ウエノ同胞は夢魔――霧の身体をしてるっぽいけど、アタシの糸を無理矢理通ったら細切れになるわよ?」
 空の上にいる者の名を呼んだが腕組みをしてゆらゆらと揺れるマルフィの言葉を聞き、カーミラはゆっくりとその視線を空から蜘蛛の女へと戻した。
「……そうですか、ではすぐに殺さないといけませんね……」
 雲の上から降りてきてから今の今まで、目の前の相手に対する敵意も殺意も相応にあったのだが、明らかにそれまでとは次元の違う圧力がカーミラの全身から放たれ、マルフィはぶるりと震えた。
「ウワワ、これはちょっとすごいわね。サスガ吸血鬼。ジュン備運動はここまでって事ね。」
 マルフィは腕組みをしたまま、しかし背中の脚を全て地面に突き刺して数センチ浮く。対してカーミラはその手に紅い剣を――一般的なそれと比べるとかなり長い長剣を出現させ、決闘前の騎士のように顔の前に構えた。
「ワタクシの愛を阻む者、尽く死になさい。」



「こうやって登場する予定はなかったんだ。まるで助っ人のようにはね。諸々片付いてからと思っていたのだけど思った以上にまだまだで、その上脳にダメージと聞いては黙っていられない。姉さんに怒られてしまう。」

「外面に関しては女性の美しさの際立たせ方を理解している。語り合える部分も多いと思うが、それだけに内面を空にしてしまっている点が残念でならない。これではもう彼女たちはきみという男の一部――もはや女性とは呼べない装飾品か装備品の一つだ。」

「ん? なんとまぁこれはこれは。まぁ確かによく考えると年齢が合わないか。随分な若作りじゃないか。」

「さてと、今のうちに……ああいや待てよ。今回はたまたまこうなったけれど次もこうとは……うーん、悩ましいね。まぁ一度会った上に戦ってもいるし、その延長線上という事で……ここは塩を送る事で余裕を見せる悪党といこうか。」



「――!」
 耳に入ってはいたけれど覚えていない。そんな会話があったような気がしつつもやっぱりぼんやりとした記憶がそのまま消えていくのを感じながら目覚めたオレは、建物の壁に寄り掛かってぺたんと座っていた。足を貫いていた剣は抜けているが、脇腹も含めてズキズキと脈打つ痛みに顔をしかめるも動かない身体。視界に入るのはどくどくと血を流す足……そしてオレと向かい合うようにその辺から持ってきたのだろう木箱に腰かけてオレを見ている誰か。

「やぁ、少年。久しぶりだね。」

 片側を後ろにやった金髪、ホストのような格好に奇妙な形をした大砲のような武器。
 S級犯罪者『イェドの双子』の片方――プリオルがそこにいた。

騎士物語 第十話 ~悪の世界~ 第八章 悪の種類

ロイドくんたちが相手にしているA級犯罪者たちですが、初登場した時からだいぶ設定が増えました。テリオンについては以前に書きましたが、『ケダモノ』の二人もかなりのモノです。人間をやめたヤバイ二人――程度の枠組みだったのですがね。

毎回どこかでアフューカス一味の誰かが顔を出して誰かと戦う感じになっているのですが、今回はマルフィになりました。外見が怪物だけど中身は割と上品な女性という組み合わせのキャラは他の小説や漫画にも登場させていて……私のかく物語には必ず出てくるタイプの一人ですね。その上大抵強いのはイメージの元になっているのがあのモンスター映画の女王だからでしょうね。

次は悪党たちとの決着で、『ケダモノ』の隠し玉が火を噴く予定です。

騎士物語 第十話 ~悪の世界~ 第八章 悪の種類

突如襲撃してきたA級犯罪者たちとの戦いに臨むロイドたち。 これまでの相手とは違う種類の悪党に苦戦する中、その戦場には思わぬ人物たちも集まっていて――

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更新日
登録日
2021-10-09

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