(新作2021)TOKIの世界譚②栄次編

ごぼうかえる

  1. 月夜1
  2. 二話
  3. 三話

月夜1

 夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。
 芽吹く春が終わり、蒸し暑い夏も終わりかけ。夜はセミではなく、秋の虫が鳴いている。自然と共存している静かな住宅街の中に時神達の住む、日本家屋があった。
 「……きれいだな。やはり」
 総髪の袴姿の青年、栄次はぼんやり枕草子の情景を思いだし、鋭い目を輝く月に向ける。
 「蛍でも見に行くか。儚き蛍を。もう遅いかな」
 「おーい、栄次(えいじ)~、なんで庭に出てんの?」
 障子扉を開けて、赤髪の軽い雰囲気の青年、プラズマが顔を出す。
 栄次は庭に出て、秋に近づく月をただ眺めていた。
 「ああ、プラズマ、月がきれいなんでな。眺めていた」
 「……夏目漱石のあれでは……ないよな? 俺、告白されたのかと思った」
 プラズマははにかみつつ、部屋に促す。
 「家、入れよ。アヤとリカがそうめん食ってる」
 「ああ……ゆうげ(夕飯)か。ぼんやりしていた。手伝わなくてすまぬ」
 栄次はプラズマにあやまり、縁側の踏み台に草履を置くと、障子を開けて中に入った。
 「アヤ、色つきの赤いそうめん、食べないでよ~! トマト練り込んであるんだって! 食べたいー!」
 畳の部屋に机を置いて二人の少女がそうめんをすすっていた。
 「リカ、あれだけミニトマト食べていたのに、まだトマト系食べるの? あなたのそうめんつゆにもトマト、そんなに入れちゃって……」
 橙色の髪に三つ編みの少女、リカの器は細かく切ったトマトが大量に盛られている。
 目の前にいる茶色のショートヘアーの少女、アヤはそんなトマト好きなリカをあきれた目で見据えていた。
 「栄次は庭で月、見てたぞ」
 プラズマの言葉にアヤがにこやかに笑った。
 「そう、月見、いいわね」
 「手伝わなくてすまぬ」
 「いいのよ。とりあえず、食べましょう」
 「ああ」
 栄次は空いている座布団に座り、手を合わせ、食べ始める。
 「栄次さん、おいしそうに食べますね!」
 リカが無邪気に笑い、栄次はちらりとリカを見る。
 「リカ、ナスも食べなさい」
 リカのお皿にまるまる残っていた焼きナスを指差し、栄次は厳しく言った。
 「うっ……ごめんなさい……。ちゃんと食べます……」
 リカは叱られ、やや落ち込むが、ナスをすばやく食べ始めた。
 顔が渋くなっている。
 ナスは苦手なようだ。
 「トマトだって赤茄子(あかなす)って言うのよ、リカ。ナスは苦手なの?」
 アヤがあきれながら尋ねた。
 「ん……んん……うん。色からおいしくなさそう……。やっぱり真っ赤なトマトの方が!」
 「リカ、口に入れながら話すな。行儀が悪い」
 「ご、ごめんなさい……」
 栄次に再び叱られ、リカは大人しく口を動かし始める。
 「栄次、そんなに怒るなよ~、楽しく食事しようぜ」
 プラズマは箸でそうめんをとりながら、苦笑いを浮かべた。
 「怒ってはおらぬのだが……顔が怖かったか? リカ」
 「こ、怖いです……」
 「……いかんな……すまぬ。怒ってはおらぬのだ」
 栄次はリカが怯えながら食事をしているので、顔を柔らかく保つように努力を始める。眉間をこすると、シワが寄っていた。
 「栄次、あなた、少し……疲れているんじゃないかしら? ちゃんと寝ているの?」
 アヤに尋ねられ、栄次は「ああ」と軽く頷く。
 「寝てはいるが……」
 栄次はそうめんをすすり、焼きナスを頬張る。
 「……。まあ、栄次は真面目だからなあ」
 プラズマは一瞬何かを考える表情を浮かべたが、すぐに皿に盛られた茹でたとうもろこしと、ミニトマトに手をつけた。
 「ぷ、プラズマさん……あの……」
 「んー?」
 リカが控えめにプラズマに声をかける。プラズマはミニトマトをおいしそうに噛みながらリカに返事をした。
 「ミニトマト……」
 「え……欲しいの? もう食いすぎだぞ……。ほら、まだナスが残ってる。ミニトマト、残しておいてやるから、先にナスを食え」
 「はーい……」
 リカはプラズマにも叱られ、子供のように頬を膨らませると、ナスを素直に食べ始めた。

二話

 そうめんを食べ終わったアヤとリカ、栄次とプラズマはゆっくりお風呂に入り、眠りにつく。
 部屋がたくさんあるため、時神達はそれぞれの部屋で眠る。
 皆が寝静まった深夜、栄次は布団から起き上がった。長い髪をひとまとめにし、静かにドアを開ける。廊下を渡り、玄関で草履を履き、扉に手をかけたとき、声がかかった。
 「どこいくんだよ、こんな夜中に」
 栄次が振り向くと、プラズマが壁に寄りかかり、こちらを見ていた。
 「プラズマ……お前にはかなわないな。未来見をしたのか? ……季節外れた蛍を見に行く」
 栄次は扉に向き直り、プラズマに言う。
 「そうか。……なあ栄次、ちゃんと帰ってこいよ」
 「……はい。朝になれば帰ります故」
 栄次の返答を聞き、プラズマは軽く笑った。
 「嘘つき」
 「……では、行ってまいります」
 栄次はプラズマに軽く頭を下げると、そのまま出ていった。
 夜の空気がどこかひんやりとし始める。プラズマは去り行く栄次を止めることなく、ただ見守っていた。
 翌朝、朝ごはんを準備していたアヤは栄次が食卓にいないことに気づく。
 「プラズマ、リカ……。あの、栄次は?」
 バターを塗ったトーストをかじりながらアヤがプラズマに尋ねた。
 「あー、大丈夫なんじゃね?」
 プラズマは茹でたブロッコリーを食べながらアヤにてきとうに答える。
 「栄次さん、朝早くからいませんでしたよ? お散歩ですかね?」
 リカは皿に大量に盛ったトマトをおいしそうに口に含みながら、首をかしげた。
 「……なんか、嫌な予感がするのよ」
 アヤがつぶやき、プラズマは顔から笑みを消す。
 「……嫌な予感ね」
 「プラズマ、あなた、何か知っているわよね? 栄次の未来……見たんじゃないの?」
 アヤに問われ、プラズマは苦笑いをした。
 ……アヤは勘が鋭い。
 そして頭が良い。
 「ねぇ、プラズマ……」
 「言いたくねぇが、桜と月が見えたんだ。銀髪の男……あいつは更夜(こうや)だったか、ほら、サヨの先祖だ。あいつと、全身黒い女の子がいて……栄次と更夜が斬り合っていた」
 プラズマは言いにくそうにアヤとリカに見たものを伝えた。
 「それ……まずいんじゃないの? プラズマ、なんで知っていて栄次を止めなかったのよ!」
 アヤは顔を曇らせ、プラズマにきつく言い放つ。
 プラズマはトーストをかじりながら、無言のままだ。
 「ねぇ、プラズマ? 聞いているの?」
 「聞いてる。……栄次は、ずっと過去を見ていたんだ。更夜と黒い女の子は、昔になんか関係があった奴らなんだろ? 俺が止めてどうする。何にも知らない俺達があいつを止めてどうすんだよ。あれは決闘かもしれない。口出せねぇよ、俺は」
 プラズマが静かに言い、アヤはあきれた。
 「そんなことを言ったって、私にはわからないわ。斬り合いなんて……」
 「俺もわからねぇよ。そういうの、避けてきたからな」
プラズマとアヤの会話を聞きながら、リカは怯えた顔で二人の言い合いを聞いていた。
 「でも、待って……。どこに行ったのかしら。更夜っていう人は霊魂の世界弐にいるのよね?」
 「そうだな。ああ、ごちそうさん」
 プラズマは味噌汁を飲み干し、淡々と答える。
 トーストにブロッコリー、味噌汁という、やや不思議な朝食を終え、プラズマは食器を片付けに流しへと向かった。
 「弐の世界に時神が入ったら、ここ、壱の世界の過去がおかしくなるんじゃないかしら?」
 アヤがプラズマの背に声をかける。プラズマはアヤとリカの食器も片付けながら、静かにつぶやいた。
 「過去はたいして現世に影響はない。人の記憶の管理をしているのは別の神だ。過去は過ぎ去ったもの、思い出すのは思い出。思い出さえあれば過去はいらない」
 「……そんな言い方……」
 アヤがひどく悲しそうな顔をしたので、プラズマは頭をかくと、再び机に戻ってきた。
 「なんかあったら、動こう。栄次は自分でなんかの決着をつけようとしている」
 「……そう」
 アヤはプラズマの言葉に頷いた後、小さくつぶやく。
 「プラズマ、食器を運ぶだけじゃなくて、洗ってくれるかしら?」
 アヤの一言でプラズマはあきれた顔を向け、リカは苦笑いをしていた。

三話

 時間はさかのぼり、深夜。
 プラズマから見逃してもらった栄次は家の近くにある山道を登っていた。
 ……この山、見たことがあったのだ。何度も何度も夢に見る。
 俺の過去が流れるのだ。
 銀髪の男と黒い女童(めのわらわ)。
 今回は酷い。
 あの男の過去ばかり見える。
 「なにか……あるのか」
 栄次は暗闇の中で、地に落ち、暴れているセミを横目に見つつ、舗装されていない山道へと向かう。
 「そうか。お前は三回もカラスに食べられそうになったのか、人間の子供にも捕まえられた。ああ、子をなせて良かったな。良く頑張った、安らかに眠れ」
 栄次に言葉をかけられたセミは動くのをやめ、安心したように死んだ。
 栄次は山の中腹にたどり着く。
 草が乱雑に伸びていて、よくわからないが、開けていて草を刈れば広場になりそうな場所だ。
 栄次は墓を探した。
 あの男が少女に向けて作った墓だ。
 さすがに見つからなかった。
 「当たり前か。戦国の世の話だ。……ん?」
 栄次は乱雑に生えた雑草の中から、白い小さな花を見つける。
 「この花……」
 「栄次、こっちにきてよ~」
 ふと、かわいらしい少女の声が聞こえた。
 「……この声は……」
 「栄次、こっちにおいで~」
 頭に響くように聞こえる少女の声に栄次は目を見開く。
 「スズだ……。霧隠(きりがくれ)……スズだ」
 「はーやく来てよ~」
 栄次は少女の声に導かれるように歩きだす。
 ……ちっと通して 下しゃんせ
 さあ、一緒に行くよ。
 帰さないけど。

※※
 
 平和を願う種族「K」の少女、サヨは、銀髪のカール髪をいじりながら、霊魂、夢、精神の世界である弐(に)の、「自分の夢の世界」にいた。ここにはサヨの先祖、更夜が住んでいる。
 「更夜さま~遊びにきたよ~ん!」
 サヨは大きな日本家屋のドアベルを鳴らす。
 サヨが作り上げた世界は白い花が沢山咲いている日本家屋の世界。広い日本家屋には更夜ひとりで住んでいるので、よくサヨも遊びに来る。
 弐(夢、霊魂、精神)の世界は人間や動物、神など、想像する生き物がそれぞれの世界を作り上げているため、沢山の世界があるのだ。
 「更夜さま~なにしてんの~?」
 サヨは何度もベルを鳴らす。
 「さまさま~、更夜ちゃん~、さまさま~ちゃんちゃんかわいいねー」
 サヨはてきとうに大きな声を上げるが返答がない。
 「……いない?」
 サヨは首を傾げ、つぶやいた。
 「先祖があたしの世界にいない……不気味だ。あのひとは『弐の世界の時神』なのに」
 サヨは誰もいない日本家屋を見上げる。ぬけるような青空が家をまぶしく照らしていた。

(新作2021)TOKIの世界譚②栄次編

(新作2021)TOKIの世界譚②栄次編

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-09-08

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