私の中に猫がいる 完結

私の中に猫がいる 完結

中学生の時、私は、公園で、泣いていた捨て猫を、連れて帰って、プチと名付けた。それから、友達のように暮らしていたが、私の希望した高校の入学式の日、私を守るように、車に飛び込んで行った。 数年後、同じように、公園で泣いていた子猫を抱きかかえて、帰って、育てていた。チッチと名付けた。でも、不思議なことが・・

第一章

1-⑴
 私は、この春、地元の大学を卒業して、港湾設計の会社に就職した。食品会社に就職していて中学からの仲良しの なずな とたまに食事に行く以外は、家と会社の往復といった生活だ。入社して、もう、半年が経っていた。

 高校、大学と共学だったが、私は、プライドが高いわけでは無いのだが、思うような男の人は現れなかった。声を掛けられたことも、何度かあったが、気が進まなかったので、まだ、男の人とふたりっきりでデートもしたことが無かった。だから、手をつないで歩いたこともなかった。

 なずなは、大学の時に、合コンで5ツ年上の人と付き合っていて、その人を通じて何人か紹介されたが、気が乗らなかった。ただ、最近、会社の取引先の人から、しつこく誘われている。どうも、信頼出来ないから、断ってきたが、あんまり冷たくも出来ないでいる。

 その日も、退社して真っすぐに帰ってきた。玄関の横で、チッチは寝たままだ。ご主人が帰ってきたのに、無視したままだ。彼は、夜7時にならないと家の中に入ってこない。お腹がすくからだ。いつからか、こんな風になってしまった。多分、私が、大学受験で構わなくなった時からかもしれない。でも、最初から、私が、可愛がっても、思いが通じなかった。プチの時とは、違うと思いながら、誰にも懐くことなく、すでに5年以上になる。もう、彼も年なのかも知れない。

 7時になり、チッチを呼んだが来ない。どこか散歩にでも行ったのかと、ほっておいた。私は、夕食の準備をして、8時前、いつものようにお母さんが帰ってきた。駅前の洋品店に勤めているのだ。お父さんは、いつも9時頃になる。それから、みんなで晩御飯になる。私は、二人姉弟だけど、弟は東京の大学で独り暮しだ。

「お母さん、チチ、居なかった? 呼んでも、居ないみたいだったのよ」

「ええ、気が付かなかったけど・・ 気まぐれだからね、あの子 そのうち、帰って来るわよ」

「そうよね 私、先にお風呂入るね」

 お風呂からあがって、髪の毛をタオルで乾かしながら、二階の部屋の窓から風を入れていると、網戸の向こうの柵にチッチが現れて、鳴いた。

「チッチ? お前、ここまで、来れるの?」
 
 今まで、そんなことは一度も無かった。プチは、よく、窓から入れてあげたけど・・。部屋に入れてあげると、ベッドに座っている私の横に来て、顔を摺り寄せて来る。チッチはそんなことはしない。頭を撫でながら

「チッチ どうしたの? 今日は 変じゃない?」

「すずりちゃん 髪の毛、切ったんだね それも、可愛いよ」

 私、空耳? 声が聞こえた それも、頭ん中で、響いたみたい。

 その時、下からお母さんの声がして、「ご飯よ」と呼ばれた。

1-⑵
 呼ばれて、階段を降りて行くと、チッチがポンポンと飛び降りて行く。いつもは、モタモタして降りているのに。ご飯を食べている時も、妙に私の足元にすり寄って来る。

「お母さん 今夜のチッチ、様子がなんだか変じゃぁ無い?」

「そう ご飯足りなかったのかしらね お肉少しあげればー」

 私、小さいのをあげたけど、やっぱり、食べ方が変。いつもは、何回も噛むんだけど、2回位噛んで飲み込んでしまう。ご飯のお片付けをしている時も、すーと私の側に居る。いつも、自分の猫ベッドにさっさっと行くのに・・。

 2階に上る時、チッチは付いてきた。私は、明日、会社を終えた後、あの人に食事に誘われ、仕方なく、行くことにしてしまった。悩みながら、着て行く服を選んでいると

「明日は、ちゃんと断れよ 付き合うの、嫌なんだろー」

「えー 誰? 誰なのー」窓は閉まっている。チッチはベッドで寝ている。

「すずりちゃん 俺だよ 可愛がってくれたろー 一緒に、ベッドでも寝てくれた」

「そんなー うそ プチ? なんでー なんで、声がするのー」

「落ち着いて よく、聞いて 信じられないだろうが 俺は、今、すずりちゃんの心の中に居る。魂がチッチの身体を通して、すずりちゃんの心の中に入り込んでいる。チッチは俺の弟ながら、駄猫だ。捨て猫が飼い猫になった時のありがたみを感じていない。すずりちゃんを守れない。だから、俺は、猫の神様にお願いをして、すずりちゃんのもとに来れるようになったんだ」

「それって なんなの プチが私の中に居るってこと? プチの身体は? なんで、話せるの?」

「身体は、チッチのを借りている。魂だけがすずりちゃんの中に入れるんだ。魂だから、すずりちゃんにはこう聞こえるんだよ」

「そんなことってあるのー 夢みてるんじゃぁ無いよね」

「心配要らない 直ぐに、わかるよ」

「なんか 怖いような プチ 変なこと、しないでよ 私、猫になんない?」

「それは、大丈夫 すずりちゃんを守るだけだから ただね すずりちゃんに、入ったり、出たりするのは、チッチが側に居ないとダメだし、24時間しかすずりちゃんの中に居られない。それをすぎると、戻れなくなるから、気をつけて すずりちゃんとは、共同体って言ってくれたよね」

「そうなんだけど プチを抱くことは、できないの?」

「それは、難しい 俺が、チッチに居る時は、チッチだけど、すずりちゃんに居る時は、自分を抱きしめて」

「何だか、よくわかんないね」

「もう、すずりちゃんから、出て行くけど、朝、チッチを側に呼べよ すずりちゃんと一緒にいくから、明日は、とにかく、すずりちゃんを、変な男から守るから」

1-⑶
 私は、パンツスーツで出掛けることにした。お化粧も、今日は、控えめにしていた。朝ご飯の時、言われたように、チッチも自分のお皿でご飯を食べていた。

 昨日のことが、夢だったのかしら、と思いながら、駅に向かった。坂の下の公園にさし掛かった時

「すずりちゃんと、出会った場所だよね。樹が大きくなった」

「プチッ やっぱり、夢じゃぁなかったんだ。居てくれたんだ」

「そうだよ 安心して」

 - - - - - ☆ ☆ ☆ - - - - -
 
 就業時間が終わって、お化粧を直して、

「さあ いくぞ プチ」と言うと

「ああ 居るよ 一緒に」って声が聞こえた。

 ホテルのロビーで待ち合わせして、港が見える最上階のレストランだった。相手は30才になろうかというところで、建設会社で、まもなく課長に昇進するという話だ。少し、太り気味なのに、神経質なところがあって、私は、気にいらないが、うちの会社にとっては、お世話になっているらしい。

 会社の先輩は「適当に受け流して、ごちそうになってくればいいのよ」と気楽に言っていたが、私、こんなの初めてだから・・。

「こんな、かわいい人と食事が出来るなんて、夢のようだよ」しきりに、歯が浮くような言葉を言ってくる。

 港の見える景色は、きれいで、お料理もおいしかった。私は、食べることに、感動していたが、その人は、一生懸命、今まで手掛けてきた建設のことを話していて、不思議なことに、プチが私の声を借りて、適当に相槌を打ってくれていた。その間に、しきりとワインを勧められたが、私は、一口、飲んだだけで、誤魔化していた。

 レストランを出る時に、もう一軒、飲みに行こうと、しつこく誘ってきて、断っていたが、ホテルを出ると、「じゃぁ 公園を少し、歩こうよ」と、私の腰に手をまわそうとしてきた。その時、

「シャーァ」とすごい声がした。私、じゃぁ無い!

 その人も驚いたみたいで、手を引いて黙ってしまった。やっと

「さっき、何か、言った? 気のせいかな すごい、声がした もう、送っていくよ」と言ってきたが、声が震えているようだった。

「私、父と一緒に帰るので、待ち合わせしていますので 今日は、ありがとうございました とっても、おいしかったです」

「そーなんですか じゃ ここで」 と、足早に人込みの中に去って行った。

「あんなの最低の男じゃないか よく、あんなのとデートするよ」とプチの声

「でも、少し、かわいそうな感じ」

「同情しちゃぁダメだよ すずりちゃんをなんとかしようと、下心みえみえだよ」

「そうだったね ありがとう、プチ 私、ずるずると断れなかったかも でも、お料理おいしかったわよ」

「そうだね 自分だけ、楽しめて良かったね」

「プチ 怒ってるの わかった プチの分、お肉買って帰るから」

1-⑷
 家に帰ってきて、直ぐに、お風呂に入ろうとした。

「すずりちやん、俺も一緒なのか」

「なんでー いつも、一緒だったじゃない」

「それはー 今までは、お互い、子供だったから」

「べつに プチとだったらいいよ それに、あなたには、見えないじゃぁないの まだ よく、わかんないのよ プチと一緒って でも、なんだか、うれしいわ」

 脱衣所で身体拭いていると 「すずりちゃん 胸も成長したね」

「なに言ってんのよ 見えないんでしょ」

「鏡に映っているの見た 白くて、きれいだよ」

「あのさー プチ 割と、エッチなの? 変だよ、プチって私のなんなの? お肉あげないよ」

「ごめん もう、言わない でもさ、変なのはすずりちゃんだよ 俺は、猫なんだよ」

 お風呂から出て、私は缶ビールを開けていると、チッチが足元にすり寄ってきた。そうだ、プチが戻ったんだ。お肉忘れていた。お皿に出して、あげているとおいしそうに食らいついていた。

「あら さっき、ご飯あげたのに 生のままって、ダメよ 虫がわくから でも、そんなに、お肉食べたかしら チッチって」と、お母さんが言っていた。

「だって プチが食べたいって言ったんだもの」

「すずり なに言ってるのよ チッチでしょ あなた、まだ、プチのことを・・ さっきも、お風呂で、独りでなんかしゃべていたし なんか、おかしいわよ 大丈夫?」

 私が、2階へ行くと、チッチ(プチ)が付いてきた。ベッドに寝そべって、頭を撫でながら

「プチ なんか、心強いよ 帰ってきてくれて、ありがとう」と、言うと
プチは、私の耳と髪の毛を舐めてくれていた。

1-⑸
 10月の日曜日、京都にぶらっと、行こうと決めていた。私は、別に何の趣味も無かったから、最近、写真を撮って楽しむようにしていた。プチと一緒だと寂しくないし、楽しいかも・・。

 天気が良かったので、サロペットのストレートパンツに半袖のシャツにキャスケットをかぶって出てきていた。電車の中で、みんなの恰好を見て、やっぱり、上着要るんだったかなと、少し、後悔した。

「すずりちゃん 俺 これに乗るの 始めてだよ 自転車より早いな」

「そうね 初めてかな でもね 黙っててね 私 返事出来ないからね まわりに、変な人って思われちゃうから」

 京都駅からバスで五条坂まで行って、私は、茶わん坂から、清水を目指した。古い清水焼のものが置かれているし、人があんまり居ないので、落ち着いて写真も撮れると思ったからだ。

「すずりちゃん こんな古臭いのに興味あるのか」

「うん 私 日本の古くからあるものを見ていると、安心するんだ」

 境内に入って、地主神社に行った。縁結びの神様。私は、素敵な彼氏が出来ますようにと、お願いした。

「おい すずりちゃん さっきから、ずーと、すずりちゃんのこと見ているぞ あの柵のところに居る男」

「やだ 外人さんじゃぁない かかわらないようにしょっ」

「そうなんか 恰好良さげだよ」

「プチ なんてこと言うの 外人なんて、訳わかんないの 嫌よ」

 さっさと、逃れようと、滝を素通りして、降りて行って、産寧坂に入った。

「ついてきてるかな あそこで、コーヒー飲んで、休もぅ」

 古くから市街地に本店があるお店で、席からは、お庭が広がっているのが見える。

「プチ 落ち着くよね」

「そうだな 街中より、ましかな やっぱり、すずりちゃんは可愛いんかな 歩いていても、振り返って見ている男が何人か居るんだよ 一人ってせいもあるからかな」

「あらっ そんなこと言われたの プチにだけだよ ありがと」

 私は、しばらく、歩いて、写真を撮りながら、岡崎公園の疎水縁を歩いていると、若いママらしき人が、こっちを見ているのが、わかった。近づいた時、私は、思わず

「こんにちわ」と声をかけたら

「こんにちわ ごめんなさいね 私の親友に似ていたものだから・・見つめてしまって」

「そうなんですか お子さん お幾つですかー あっ 笑った 可愛いー」

「1っ才過ぎたとこなの まだ、歩かなくて 検診の帰りでね あなた 写真お好きなの?」

「いいえ 私、趣味がなくて、風景の写真でも撮ろうかなって ぶらっと」

「そう 私も、写真撮るの好きだったわ もっとも、絵の題材にしてたけど」

「絵も描かれるんですか? 素敵ですね」

「あなた 学生さん?」

「いえ この春、卒業して、社会人1年生です」

「あら そう 私と二つ違いね」

「えー そんなにお若いんですかー」

「あらっ もっと、年とってみえたかしら 子供も居るものね お腹にも、居るのよ」

「ごめんなさい そんなことないですよ 若くて、素敵なママです」

「ありがとう 雰囲気も、本当に、あなた、友達に似ているのよ ねぇ ランチ済ませたの? 私、今からなんだけど、ひとりでお店に入るのもなぁって、考えていたのよ ご一緒していただけないかしら あそこの、イタリアンのお店、子供連れでも大丈夫なの」

「ハイ! 私も、ひとりで迷っていたんです」

 お店に入ると、卵スープみたいなものを溶かして、お子さんに食べさせていた。

「失礼ですけど、学生結婚だったんですか?」

「うぅん 卒業して、すぐに結婚したけどね 私達ね このお店を出たとこで、出会ったの 私、お友達3人で遊びに来ていてね あの人は、あなたみたいに写真撮っていたの カメラマンなのよ 私、目があった瞬間、ビビットきたのよ 向こうもそうだったんだって それから、ずるずるとね  あなた、彼氏は?」

「居ません なんか、良い人と出会わなくて」

「そうなの きれいのにね 声はかけられるでしょ?」

「でも 嫌な人ばっかりで・・」

「そう でも、あなたみたいに、きれいだっら、焦ることないわよ 運命の人って、突然、現れるわよ きっと」

 その人は、ご飯のお金も、私から誘ったんだからと、払ってくれた。近くにフォトスタジオがあるから、又、遊びにきたら、寄ってくださいといわれ、別れた。

「プチ いい人だったね ごちそうになっちゃった」

「うん 幸せそうなママさんだな すずりちゃんも、そのうち、良い人現れるよ」

「うらやましいわね ビビットきたんだって」

1-⑹
 金曜の夜、仕事帰りに なずな と元町の改札を出たところの広場で、待ち合わせをしていた。なずなが手を振りながら、やってきて

「すずり やっぱり、可愛いね 際立ってるもん その服も似合うよ」と、会うなり、言ってくれた。

 私は、少し、クラシックなワンピースに着替えていたんだけど、褒めてくれた。なずなも、やっぱり、ワンピースに着替えてきたみたい。

 その時、男性のサラリーマン風3人組が声を掛けてきて

「君達、飲みに行くんだろう 一緒に行かない? うまくい店あるんだよ 僕等もこれから、行くとこ」

 私達は、顔を見合わせて、首を振ったんだけど、別の男が

「僕等、野郎ばっかで、面白くないんだよ みんなで、楽しくやろうよ ごちそうするよ」と、しつこかった。なずなは、手を振りながら、断るポーズをしていたが、ひとりの男が、私の腕を組んで

「行こうよ そこなんだよ」と、言ってきた時だった。

「シャーァ」とか声がして、男3人共が、「ウワー」とか「ひぇー」とか言いながら、頬を押さえていた。「何だ 今のは 何かに、引っ掻かれたようだ」「何にも、なってないけどな 痛かったよなー」と言い合っていると「フガーァ」と続けて声がした。

「なんかわからんけど、気持ち悪るー」と、離れていった。

「なんだったのー 今の すずり 大丈夫? 今の声 なにー」

「私は、大丈夫だよ 何にも、聞こえなかったけどー しつこかったんで、急に、悪いと思ったんじゃぁ無い」

「そうかなー 不思議なことだよね まぁ いいかー 食べにいこー」

 私達は、ドイツレストランに入った。2階のテーブル席で、とりあえず、ビールで乾杯した。私は、カスラーとかおいしいソーセージを食べたかったんだ。

「なずな 彼氏とうまくいってんの?」

「うーん なんか、彼、お金使いが派手みたいでね 高級そうな腕時計してたり、車も高いの乗ってるしね そんなにお給料高くないと思うんだけど・・」

「でも、実家に住んでいるんでしょ それぐらい、余裕あるんじゃないの」

「だったら、その分、貯金すればいいと思わない?」

「男は、あればあるだけ使っちゃうからね」

「そーだよね そーいうのって、不安だよね だからね この前、ドライブに誘わて、仕方なく、行ったんだけど、キスを迫られてね 私 そんなに、チャラチャラした女じゃありませんって、拒んだの そしたら、謝って、真面目に考えてますとか言ってね 軽いわよね もっと、女の気持ち考えろって思うのよ」

「ダメじゃん そんなの 別れるのか―」

「そうなりそう すずりは、無いの 男の話」

「無い! 素敵だなーって男の人、現れないものー」

「すずり もしかして 男嫌いなのー」

「そんなこと無いよー 素敵だなーって人も居たよ でも、知り合えなくってね」

「すずりって、いつも、凛としているから、普通の男じゃ、声掛けられないよ それに、綺麗だから」

「ありがとう それって けなしてんの 褒めてんの」

「そんなんじゃぁないけどね すずりって、眼もそんなに大きくないのに、なんか、魅力的でね、近寄りがたいんだと思う。おまけに、彼氏が当然居ますオーラが出てるんだよ 私は、フリーですって雰囲気出さなきゃ」

「じゃぁさー 私はフリーで彼氏募集中って看板、首から下げればいいのー?」

「そうだよね 高校の時から、そうしておけばね だけど、入学して、直ぐに、なんか陰があったよね すずりって だけど、今日は感じられなかったから、彼氏が出来たんかなって、思ったわ」

「そう 私自身は、何にも変わってないわよ 昔を思い出しただけ」

「でもさー 私達、こんなに可愛いんだから、きっと、ビビットする人、現れるわよね」

「そうだよね この前、京都に行った時も、同じこと言われたわ ビビットくる人って、突然だって」と、ふたりで笑って、又、乾杯した。

 私達、同じ方向なんだけど、なずなは一つ手前の駅で降りる。別れる時

「なずなちゃん いつまでも、すずりちゃんと仲良くしてあげてな」とプチが言ってしまった。

「なにー 今の 誰が話しかけたのー」って、聞き返してきたとき、ドァーが閉まった。

「ダメよ プチ そんな突然 びっくり してたじゃぁない」

「ごめん すずりちゃん つい なー」

「でも 今日も、守ってくれて、ありがとうね」

1-⑺
 お休みの日、、私はプチと近所の散歩から帰って来ると、お父さんがソファーに寝そべってTV見ながらボーっとしていた。今日は、ゴルフにも行かないみたい。お母さんは、お仕事で出掛けていた。

「お父さん 私 お肉食べたい お庭で焼いてよー 買い物、行こー」

「おぉー そうか 久し振りだもんな 行こうか」

 私、お父さんと買いもんにでた。天気もいいし、短パンのままだった。

「すずり お前 そんな恰好でいいのか」

「いいの 駅前までだからね お肉と海老がいいなぁー あと、カボチャ プチも食べるから」と、言って、私はお父さんに腕を組んでいった。お父さん、思いかけずのことで、嬉しそうだった。

「すずり プチじゃぁ無くて、チッチだろう あいつは、愛想がないなぁー」

「まぁ いいじゃない そのうちね お父さん こうやって、歩くのって 無かったよね こんな可愛い娘と歩くって、嬉しい?」

「そりゃぁ 嬉しいよ 父親の特権だな すずりは彼氏居ないのか」

「居ないね その方が安心でしょ」

「うーん それも、複雑だなぁー 見た目も、けっして悪くないのになぁ」

「いいじゃあない まだ、若いんだし そのうち、お父さん、ショックで寝れない日が来るって」

 買い物から帰ってきて、お父さんはガラス戸の外で、肉を焼く準備を始めていた。プチは今、チッチの中にいるみたいで、少し離れたところからそれを見ている。肉がもらえるのを期待しているみたいだ。お母さんが帰って来るのを待っていると、暗くなってしまうので、先にふたりでやっていてと言われたので、もう、焼き始めている。海老とカボチャから。

 焼きあがると、プチ(チッチ)が足元にすり寄ってきた。私は、海老のしっぽに少し多い目に身も付けてあげた。

「カボチャも少し、食べなさいよ プチ 肉はもう少し待ってね」と、カボチャも少し、切ってあげた。

「すずり チッチだろう いつも、あんまり近寄って来ないのになー 野菜は絶対に食べないよ」とお父さんは不思議がっていた。

「お父さん おいしいよ 炭で焼いたステーキって、最高よね」

「そうか そう言ってもらえると やりがいがあるのー ビールもうまい」

 私は、プチにも生っぽいところを小さく切ってあげると、なんかうなりながら食べていた。おいしいんだろう。

「おかしいな 肉ってあんまり食べないんだけどな チッチは あれっ カボチャも食べたんか 変だなぁー そーいえば、すずりが居ると、プチが居た頃、思いだすなぁー」

 その時、お母さんが帰ってきた。お父さんは、お母さんの分も焼きだした。

「どう? おいしい? 急いで帰ってきちゃった」

「とっても おいしいわよ 先ずは おビールね」と、私は、冷えたグラスを取りに行って継いだ。

「おい お母さん チッチがカボチャも肉も食べたぞー」と、お父さんは報告していた。

「あらっ そう チッチ よかったわねぇー おいしかった?」と、そんなに気に留めている様子はない返事だったが、プチ(チッチ)は、その時「フニャー」と返したものだから、お母さんは、言葉もなく、じーっと見つめていた。

 お母さんが、食べていると、プチが足元に寄ってきていた。お母さんが、お肉を小さく切って、手の平に乗せて差し出すと、それを喜んで食べだした。

「あらっ 今日はどうしたの めずらしいわね そんなことは、無かったのに―」

「プチ さっきも食べたし、食べ過ぎよー お風呂入るわよー」と私が、言うと、後をついてきた。

「あなた なんか おかしくない? 見た?」

「何を」

「だってさー チッチがー お肉食べたことあったー? それも、私の手からよー」

「うーん 食べたくなったんじゃぁないのかなー 最近、すずりに懐いているからなぁー」

「だってさー さっきも、すずりがプチって言ったら、付いて行ったのよー あれって チッチじゃぁなくて、プチなんじゃぁない? すずりだって、最近、おかしくない?」

「そんな訳ないじゃぁないか 思い過ごしだよ たぶん」

「お母さん チッチ 洗ったから、お願い 乾かしてあげてー」と、チッチを洗面所からタオルをかぶせたまま追い出した。お母さんが、抱き上げて、リビングに戻って行った。

「お前 チッチなのー プチなのー」と言っていたのが、聞こえてきた。プチは、私の中に居る。

「プチ 本当に、食いしん坊ね いっぱい、お肉食べたんじゃぁ無い」

「ひさしぶりだったからな 今日のは、柔らかいし、おいしかった」

「ちょっと 猫のわりには、ぜいたくなんじゃぁない? あっ ごめんね、君は、猫じゃぁないよね」

「まぁ 普通じゃぁないかな すずりちゃん、髪の毛切ったから、洗うの 直ぐにすむから、いいよ 前は、長いから、時間かかって 俺は、待っていて、のぼせそうになっていたから」

「そう ごめんね 私と共同体だから、我慢しなきゃーね 私の、裸を見たの、あなただけなんだから」

 私が、お風呂から出て行くと、お母さんが

「すずり 聞いてよー チッチたら 身体、拭いてあげているのに、シャーって怒るのよ さっきは、お肉あげたら、喜んでいたくせにー 可愛げないわねー この子は」

「ごめんなさい お母さん こいつは、俺の弟なんだけど、猫のランクは最低なんだ」と、プチが・・

「今 なんか 聞こえなかった?」とお母さんが

「うぅーん なんにも・・」と、誤魔化した。お父さんは、外で片付けしていたから、聞こえてないだろう。

「もう プチったら あんまり、ひやひやさせないでよー」チッチを連れて、私の部屋にあがって行った。

1-⑻
 その日は、お母さんが商店街の人達と、一泊旅行に出掛けると言って、帰らないのだった。私、近くの駅まで帰って来たのだけど、ふと、魔がさしたのか、この春オープンした小さなビストロ美浜に入った。前から、オープンしたのは知っていたし、お店の名前も気にはなっていたのだけど、ひとりで入る勇気なかったのだ。だから、お父さんにここに居るよって、連絡はしておいたのだ。

 今日は、プチが一緒じゃぁ無いのだけど、思い切って、重い木の扉を開けた。中はカウンターの前に椅子が並んで、二人掛けのテーブル席が二つ。お客は、女の子の二人連れが一組、カウンター席に座っていた。中には、オーナーらしき人が独りだけで、キャスケットをかぶって、若い人だった。

 私は、女の子達とは反対側の方に座った。

「いらっしゃいませ お久しぶりです」と、オーナーが声を掛けてきて、コースターを用意してきた。

「えぇー お会いしたことあります?」と私は返したが、何にも答えず、メニューを出してきた。

「お肉は三田牛を仕入れています。魚介は明石のものが多いですね」

「じゃぁ このランプ肉のわさびソースとサラダのごまソースで」

「かしこまりました お飲み物はいかが」

「グラスワインがありましたら・・」

「僕のお勧めは シュワルツ カッツです。甘めでスパーリングなんですが、おいしいです。高くないので・・そのあとに、苦めのビールでどうですか」

「じゃぁ お勧めで、お願いします。どこかで・・お会いして・・」続けようとしたが、又、無視された。

 向こうの席の女の子達が、オーナーの手が空くと、呼び寄せて、話掛けている。どうやら、成人式の時の同窓会から5年になるので、又、同窓会を計画しているらしい。近くの高校の卒業らしく、私は、面識がない。だから、オーナーとも会ったことがないはずなんだけど・・。

 私は、シラスとチーズを和えた突き出しと、サラダでワインを飲んでいたんだけど、お肉を料理し始めてくれていた。厚い鉄のスノコ状になったもので焼いてくれているみたい。お肉の焼ける匂いがしてきた。私は、この匂いが好きなんだ。

 白いお皿にお肉を切って、ソースをかけて、焼いたトマトと椎茸が添えてあった。お皿を出してくれた時に

「ビールは如何ですか」と、聞かれたので、小さな声で「お願いします」と言った。

「おいしい」と、一口食べて言うと、向こうで、オーナーは微笑みながら頭を下げていた。この時、なんかを感じてしまった。

 お父さんが、お店に入ってきたとき、女の子達は出て行った。

「よく、独りで入れたな いい店だろう」と、お父さんは隣に座ってきた。

「えぇ とっても、お料理おいしいの」

 その時、オーナーがおしぼりを出しながら

「いらっしゃいませ 左近様のお知り合いですか」

「あぁ うちの娘だよ」

「あっ そうなんですか すごく美人なお嬢様ですね」

「そうか ありがとう 君達は同じ中学じゃぁないのかなー あっ 僕には、ビールとレンコ鯛のオイル漬けをくれよ」

 早速、オーナーはビールとお料理を出しながら

「髪の毛を切られたみたいで、最初、ちょっと躊躇しましたが、実は 僕は、お顔を知っていました。3年の時、かわいい女の子が1年にいるのを もっとも、お嬢様のほうは、僕のことなんか、知らないでしょうが・・」

「あー もしかして 石積(いしづみ)先輩ですかー 思いだした! 恰好よくて、女の子に人気あったんですよー」

「そーですか 実は、僕は、あなたを時々見かけていました。中学卒業した後も、同じ高校で会えると思っていたら、あなたは紺のセーラー服で別の高校でした。僕等と違って、優秀な学校だし、話しかける機会も無かったしね。でも、僕は調理学校に行ったんですけど、電車の中でも、時々、あなたを見かけました。ストーカーじゃぁないですよ」

「あっ あの時、自転車 困っていた私を 直してくれたの あなたなんですねー」

「そうだよ 困っている様子だったからね 何かが、絡まっていただけなんだけどね」

「あー ごめんなさい あの時、ちゃんとお礼も言えないで・・ なんにも、言わないで、黙って、あなた去って行ったから あの時、助かりました」

「あの時は、緊張していたし、ずーと気になっていた人だったから、恥ずかしくて、何に言えずに、さっさと逃げ出したんだね あれから、会えることが無くなって、後悔しましたよ 入って来られた時は、夢かと思いましたよ」と、笑っていた。

 私も「そんなー」と、恥ずかしくなって、下を向いていた。お父さんが

「そうか 君達は、そんな間柄なのかー そりゃぁ良かった。蒼一君 すずりは、まだ、誰とも付き合っていないみたいだょ 今のうちだょ」

「お父さん そんなー、なんてことを、品物みたいにー 何で、知ってるの このお店」

「あぁ 何回か来ているよ あそこの酒屋の親父と昔から仲良いからな 息子が店をオープンするから寄ってくれって言うんでな」

「そうなの 初めてか思ってた こんなとこで浮気してたんだ ねぇ お父さん もう一杯ビールいただいて良い? 酔っぱらうかも オーナーも良いかな?」

「あぁ 今日は、お母さんも居ないし、叱られないだろう 蒼一君 頼む あと、牛タン焼いてくれ 塩で」

 私、少し、酔ったみたい。出る時、立ち上がるとよろけてしまって、お父さんに掴まっていた。

「車で、送りましょうか? もう、店は閉めますから」とオーナーが言ってくれた。

「大丈夫だ 娘とこうやって、歩けるのも、嬉しいもんだよ」

「そうですね うちの親父なんか、うらやましがりますよ お気を付けて」

「じゃぁね 蒼一君 おいしかったよー」と、私、少し浮き浮きしてたし、完全に酔っぱらっていた。

 帰り道、私は、お父さんの腕に掴まって歩いていた。お父さんも機嫌が良かった。近くの坂道の途中で、プチ(チッチ)が居るのに気付いた。後ろから、トットとついて来る。

「すずり チッチが迎えに来ているぞ 珍しいことがあるもんだな」

 家に入ると、プチが私の中に来て

「心配したぞー 帰り遅いから 途中まで、出て行ってしまった 公園には、行けなかったけど」

「ごめんね プチ でもね 私、ビビット来てしまったかも」

1-⑼
 あの日から、私、落ち着かなくって、気持ちがざわざわしていた。仕事の帰りには、あの店の前を通って、わざとゆっくり歩いてたり、お休みの日には、短めのワンピースで着飾って、メイクもバッチシ決めて、用事もないのに買い物に出掛けて、お店の前を通ったりしていた。

 私、何をしているんだろうと後悔して、馬鹿みたいと思ったりしていた。プチも「最近、様子がおかしいぞ」って言ってきた。

 あの微笑んだときの顔が忘れられない。好きという感情じゃぁ無いけど、私の中に住み着いたんだ。だけど、何となく、お店には入りずらかった。それにあそこは、木の扉で中の様子が見えないので、女の子には、入るのに勇気がいる。

 仕事の帰りに、先輩の河田響(かわだきょう)さんに飲みに行こうと誘われていた。同じ大学の出身で25才、女性。来年の3月に、大学の時からお付き合いしている方と結婚する予定らしい。

 海鮮の炉端風の居酒屋に連れて行ってもらった。私も、お刺身とか、久しぶりだったかも知れない。お父さんもお母さんもお肉が好きだったから。

「私ね、兵庫でも山ん中で育ったから、海のものが欲しくなってしまうのよ。ごめんね。無理やり、ここに連れてきてしまって」

「いぇ 良いんです 私も、食べたかったから」

「すずりちゃんは、よく、飲みに行くの?」
 
 響さんは、会社では、私のことを左近さんと呼ぶが、休憩時間とか離れるとすずりちゃんと呼ぶ。私も、名前で呼んでと言われていた。


「いいぇ 私、お酒弱いんです。それに、お友達も私 少なくて・・たまに、中学からの親友と食事に行くぐらいです。だから、誘ってくださって、嬉しかったです」

「そうなの 彼氏 居ないよねー」

「はい 私 男の人とお付き合いしたことないです」 

「えー 以外ね でも、告白されたことなんどもあるでしょーう そんなに、可愛いのに」

「そんな 無いですよ 何度か、あっても興味ない人ばっかで」

「理想高いからよ」

「そんなんじゃぁないですよ ただ、私、温かみを感じられる人が良いんだけど・・」

「むずかしいんだね 私なんか、付き合おうって言われて、普通付き合っちゃった そのまま、ずるずると」

 その時、近くで飲んでいた男の2人組が「一緒に飲もうよ」と寄ってきた。

「結構です。私達2人で話があるんで・・」と、響さんは断ったが

「じゃぁ 一緒にお話しさせてよ」と、もう一人が私に話しかけてきた。

 その瞬間、 「シャー」と、プチの声が聞こえた。

「なんか 言ったか?」と男達が言っていたが、「まぁ いいか」と私の隣に座ろうとしてきたら

「フガァー」と聞こえたかと思ったら、「ア 痛てー」と男たちが頬を押さえていた。別に、血が出ていたわけでも無かったが

「なんなんだ 今の―」と、顔を見合わせて、「なんか、気味悪い 向こう行こうぜー」と、離れて行った。

「なによー 拍子抜け すずりちゃん 何か、聞こえたような気がしたけど・・聞こえなかった?」

「いいぇ 私には、なんにも・・」と、とぼけて

「お付き合いして、長いんでしょう 喧嘩なんかしないんですか」

「したわよ なんども でも、女って、一度、身体許すと弱いからね、喧嘩しても、抱かれたら忘れっちゃうんだよね」

「それは、私には、刺激が強いなぁ」

「そうだったわね 私達ね、年があけたら、一緒に住むんよ 少しでも、節約できるしね」

 帰りの電車の中で、私は、少し、ほろ酔いだった。

「プチ さっきは、守ってくれてありがとう ああいう風に、寄って来られると、私 身震いしちゃうから」

「しょうがないよ 相手は、下心あるからね」

 私、電車のドァのところに立っていたんだけど、さっきから、側にお酒を飲んでいる中年のおじさんが居るのを感じていた。

「おねえちゃん さっきから、何を独りでぶつぶつ言っているんだい あぁ ワシにも同じ年頃の娘がいてね 高校卒業したら、男とさっさと東京に行ってしまいやがった」

「そうですか お寂しいですわね」と、嫌だけど、返していた。

「そうなんだよ だから、いつも、飲んでしまってね おねえちゃん 可愛いね お尻なんかもプリンとして」と、撫でるような仕草をしたら

 又、プチがうなった。その人は手を押さえて、「なんで、突然ヒリヒリするんだ 危ない もう、少しで痴漢になるとこだったわ」と独り言を言いながら、移動していった。

「私 プチが居ると 最強だね」と言いながら、ほろ酔いで、あの店の前を通って、帰って行った。

1-⑽
 12月に入って、響先輩にお買い物に付き合ってと誘われていた。

「プチ 今日は 私が、助けてって、言うまで手を出さないでね お願い」

「なんで すずりちゃんに、ちょっかい出してくる変な奴は許せないじゃん」

「うん 有難いんだけど、今日は響先輩と一緒だし、この前のこと、なんか、おかしいって、まだ、疑っているんだよ だから、私が、助けてって言うまで・・お ね が い」

「わかったよ おとなしく、見守っているから」

 私達は、先に、ビァレストランで食事兼ねて、少し飲むことにしていた。

「すずりちゃん 下の階のリッコ(Ricco)って知っているでしょ あそこの社長の早坂さん、まだ、若いんだけど・・見たことあるでしょう?」

「ああ 多分 でも、良く、知らないですけどー」

「そう すずりちゃんって、ぜんぜん、男の人を無視しているものね 目に入んないんだ 私ね、朝、ちょくちょく一緒になるんだ。2回ほど、ランチもごちそうになったわ 30近いけど、独身よ、とっても紳士だし、面白い人よ」

「そうなんですか 先輩 彼氏 婚約者居るのに―」

「あらっ ぜんぜん、変な関係じゃぁないわよ 普通 まぁ、それは良いとしてね この前、早坂さんから、すずりちゃんの話が出てね 一度、話したいんだって 会っても、頭下げるだけで、話し掛けられない雰囲気なんだって 前はね、どこか影があるって思っていたんだけど、最近、表情も明るくなったって それは、私も感じていた。 可愛いから、なんとか、知り合いになりたいってよー どうする?」

「そんなこと、言われても 突然だし」

「じゃぁなくて あなたが、あの人のことどう感じているかよー」

「ええ 丁寧で、優しそうな人だと思います」

「そう じゃぁ 一度、お話してみればー ランチでも」

「でも よく、知らない方ですしー」

「そんなこと言ってるから 彼氏できないのよー そのままじゃぁ、一生、独身のままょ そんなに可愛いのにもったいないわよ」

 私達は、お店を出て、三宮の商店街を歩いていた。響先輩の目的は、ランジェリーのお店だった。彼と一緒に暮らし始めるから、最初の夜にドキドキするものを着て見せるから、買いに来たんだと言っていた。勇気を出して、少し派手なのを買うので、付いてきてほしかったのって言うことらしい。

 お店に入って、先輩は白くて胸元がレースで全体がふわっとしたものを選んでいた。

「すずりちゃんにも買ってあげる。可愛いの選んであげるから」

「先輩 私 そんなの いいです」

「いいわよ 必要になるから あなた、自分じゃぁこんなの買わないでしょ デートの時は、見せるんじゃぁ無くても、自分が可愛くなるんだからね」

 と、サイドが大きなリボンになっていて、レースで飾られているブラセットを買ってくれた。可愛いけど、こんなすごいの、身に着けたことが無い。

 別れて、帰りの電車で、プチが

「一度 会ってみれば良いじゃあないか 知り合うだけでも、身になるよ」

「そうねぇ 悪い人じゃぁ無いと思うから」

 私は、駅を降りると、自然とあの店の前を通って、帰って行った。正直、もう一度、あの人のやさしそうな微笑みを見たいと思っていたのかも知れない。

1-⑾
 前の日に「明日は早坂さんとランチに行くから、お弁当なしよ」と響先輩に言われていた。私は、朝からシャンプーして、スカートで出勤した。

 お昼になると、ビルの玄関で待ち合わせしているからって、付いて行った。早坂さんは先に来て待っていて

「お待たせ すずりちゃんよ」

「こんにちは、早坂です。時々、すれ違うんだけど、会釈はしてくれるんだけど、なんか声を掛けずらくてね」

「すみません 私 よく、知らなくって・・ ごめんなさい」と、何だか謝っていた。

「いや 僕の方こそ、あつかましく、河田さんに頼んでしまって 申し訳ない」

「じゃぁ 私は、用事あるからね ふたりで行ってきて」と、響先輩は、いきなり言い出した。

「えぇー 先輩 そんなー 困ります、私」

「そうだよ 僕も、困るよー なんか、だましたみたいでー 一緒してくださいよー」

「いいの いいの ご馳走してあげてね 大事な、後輩なんだから」さっさと行ってしまった。

「いつもマイペースな人だなぁー まぁ、良いか ご飯、何がいいですか?」

「はい でも、あんまり、時間ないから・・ 私、ピラフがいいです」と、そんなに食べたいわけではなかったが、上品に食べるには、無難かなと思った。

「ピラフですかー じゃぁ あそこのイタリアンで良いかな」と、早坂さんは歩き出した。

 私、付いて行ったけど、並んで歩いて良いものか、迷いながら、後ろから少し、離れて歩いた。

「すずりちゃん そんなに緊張するなよ もっと、気楽にな 顔が多分、引きつているぞ」とプチの声がした。

「だって 緊張するよー こんなの 先輩も居なくなっちゃうし」

 お店に入って、私、ホタテのピラフを選んだ。早坂さんも同じものと、ジンジャーエールを頼んでくれていた。

「すずりさん そんなに、固くならないでくださいよ 何か、独りでぶつぶつ言ってたけど 本当に申し訳ない こんなつもりでは、なかったのですが」

「ごめんなさい 私 早坂さんって 真面目で、安心した」と、少し、笑った。

「ああ 笑ってくれた! その方が、可愛いよ」と言ってくれて、少し、緊張がほぐれていった。 

「早坂さんは、すれ違うと、いつも足早で・・そんなに、お忙しいんですか?」

「あぁ そうかな、なんか、歩いているのって時間がもったいなくてね そう見えたかな 事務所では、いつも、ぼーっと、しているよ 窓から、外を見たりしてね

 その時、私、少し声を出して笑ったもんだから

「その笑顔、素敵だなぁ 可愛いよ すましていると、何だか、美人すぎてね 近寄りがたい」

「有難うございます 私 そんなにすましています?」

「うーん なんか、影があった 最近、雰囲気が和やかになったんだけど、なんかあった?」

「私 そんな感じだったんだ 実はね、相棒ってか、帰ってきたんです」

「それは、彼氏? かな」

「いいえ 違いますよー 何だろうなー 秘密です そのうち、お話します」

「そうかー 彼氏でなくて、安心したよ」

 お昼ごはんを済ませて、今度は、少し並んで歩いた。趣味のことなんかも、聞かれたりして、親しみやすくなったからだ。会社の前で、別れる時

「又、食事付き合ってくれると嬉しいな」って言われて

「ハイ」って応えてしまった。

「響先輩 ひどいー いなくなってしまってー」

「ごめんね でも、良い人だったでしょうー」と、先輩はなんでも無かったかのように

「ぇぇ まぁ 素敵でした」と、私は、小さく返事した。本当は、もっと好感を持てていたのだ。

1-⑿
「ねぇ プチ どう思った? あの人」

「どうって すずりちゃん 気に行ったんだろう」

「うーん そうかな 優しそうだし、なんか、頼れそうだよね」

「付き合ってみれば 気楽にね」

「そんな まだ、付き合うなんて、言われてないわよ」

「いや あれは・・言われるよ きっと 相当すずりちゃんに気がある」

「ても 良く、知らない人だし・・」

「だから 付き合ってみればって言ってんだよ 本当に、固い娘だよ 少しは、冒険しろよ 俺が付いているよ」

「そうだね でもね 私 石積さんのことも気になってんだよー そんなで、良いのかなって それにね 私 最近、感じるのよ プチって、半分、私の彼氏みたいだなって」

「すずりちゃん! やっぱー おかしいな しっかり、しろよー 俺は、猫の精霊だよ 俺が、すずりちゃんに恋するのは、良いんだけど すずりちゃんは、変な気になるなよー」

「そーだね ただ、いつも一緒だし、見守ってくれているから プチだけだよー 私の裸見たのー」

「いゃ もう、見ないようにしてるって 胸も小さいしー」

「プチ しばらく、お肉、おあずけね」と、言いながら朝までチッチ(プチ)と一緒に寝てしまった。

 クリスマスが近づいて、お父さん宛にビストロ美浜からポストカードが届いていた。クリスマス謝恩ディナーで6時、9時の予約制とあった。

「お父さん コレ行くの?」と、聞いてみた

「いや 行く気ない 騒々しいのは好きじゃないし そんなのは、若い人だけだろう すずり行きたいのか?」

「別に― そういう訳じゃぁ せっかくだからって思ってー」

「会いたいんだったら なずなちゃんでも、誘えば 同じ卒業生なんだから きっと彼もよろこぶよ」

「会いたいって・・そんなんじゃぁ」

 お父さんは、微笑みながら、TV見てた。

1-⒀
 最近、響先輩から、叱られることが度々あった。パソコンで保存する際に、ファイルを間違ったり、来訪者の名前を覚えられなかったりで、毎日、一回は叱られていた。

「きちっと 教えない私も悪いんだけどね、そろそろ、会社のことを全部切り盛りするつもりでね」と、言われているが、少々、落ち込み気味だった。確かに、ちょっと浮かれていたかなと、反省していた。

 そんな時、早坂さんから、ランチのお誘いがあって、会うことになった。ビルの玄関で待ち合わせをして、その日は、ハンバーグのお店に連れて行ってもらった。

「ハンバーグでも良かったかな」

「はい 私 お肉は好きなんです ハンバーグ大好きです」

「良かった 河田さんからね 最近、落ち込んでいるから、元気つけてあげてって言われてね」

「そんなこと 言ってたんですか 気使わせてしまって すみません」

「それは良いよ 僕も これ幸いと思ったから あなたをもう一度、誘おうかと思っていたから 何かあったの? 落ち込んでいるの?」

「あーぁ 私が悪いんです 一人前の仕事もできなくて・・ 先輩に迷惑かけてしまってばかりで・・」

「あのね 1年足らずで、完璧に仕事出来る人って居ないよ 失敗しても、その次には、繰り返さない、どうやれば、もっと出来るかを考えるのが大切なんだ。それが、新人の努めだよ。そうやって、成長していくんだ。失敗の数だけ成長するって思えば」

「そうなんですかー 私 そのうち 馬鹿な子って、嫌われるんじゃぁ無いかと」

「そんな風に思ってないよ 河田さんは この前も、すずりさんのこと、基本的に仕事はしっかりやっているから、つい、細かいところを叱ってしまうって言っていたよ もっと、オールマイティに出来る人になってほしいんだって」

「そんな風に言ってくれているんですかー うれしいー」

「君の その笑顔は素敵だよ 君にとっては、どうでも良いことなんだろうけど、道を歩いていても、振り返ってみている男がが居るのを知っているかい」

「わたし そんなのわかりません」

「だろうね 一緒に歩いている僕は誇らしいけどね すずりさん 今度 夕食に一緒してくれませんか お昼はあんまり時間ないから クリスマスなんかどうだろう」

 私、しばらく考えていた、というより、頭の中が真っ白になっていた。

「お願いしますって、返事しろ」とねプチの声が聞こえた。

「私なんかでよければ、お願いします」と、頭をさげた。

「良かった 嬉しいな どこか、予約しておくよ 楽しみだなー でも、誰かの声が聞こえたような気がしたけど、空耳かな」

1-⒁
 23日はビストロ美浜になずなちゃんを誘って行くことにした。次の日は早坂さんから、ディナーに誘われている。少し、複雑な気持ちになっていたが・・。

 なずなちゃんとは、うちの近くの駅で待ち合わせしていた。私も、一度帰って、ワンピースに着替えて、少し濃いめのメイクで出掛けた。なずなちゃんも同じように着飾ってきたみたい。

 9時からの部に予約しておいたんだけど、お店に入ると、私達はカウンターの真ん中の席に案内され、オーナーの石積さんは

「ありがとうございます 久し振りですもんね お待ちしてました。今日は、お友達とご一緒ですか」

「ハイ なんとなく、入りずらくて・・ 今日は、中学からの親友と一緒 よろしくね」

「存じております なんせ 学年で1.2を争っていたいた二人ですからね 確か、山上なずなさんですよね いつも、すずりさんと、一緒で・・」

「えー 石積先輩ですかぁー 私の名前を‥うれしいー。まさか すずりから、そんなこと聞いてなかったわ」と、なずなは、感激していた。

「ごめんね びっくりさせようと思って・・」

「先輩って、私たちのあこがれだったんですよ 恰好よくて・・」

「あー そうだったんですか ありがとうございます 今日は、楽しんでいってください」と、言いながら、私達に、スパークリングワインを継いでくれた。今日は、カウンターの中にもう一人若い男の人が入っていた。

 お店の中は10人ほどで、カップルが多かった。お店の隅でフルートの演奏が始まって、その間にオーナーの特別のお料理が次々に出されて、どれもおいしくて、素晴らしかったんだけど、なずなは石積さんに話しかけたくって、うずうずしていた。私も、そうだったんだけど、忙しそうに動き回っていて・・。出来上がったものを、直ぐに、男の人が配膳していて、なんか機械的。

 手が空いて、ようやく石積さんが私たちの前に来てくれた。

「どうでしたか ディナーはご満足いただけましたか」

「えぇ とってもおいしかった どんなレストランより素晴らしいです」と、なずなが、すかさず応えた。

「先輩は ご結婚は?」と、なずなは、思い切ったことを聞いた。

「僕は、独身ですよ まだ、結婚は‥店のことが精一杯で」

「でも、お付き合いされてる方おられるんでしょぅ?」

「いや ずーと居ないですよ 高校の時、ちょっと付き合ったことあったけど、彼女は進学希望でね、自然消滅したよ アハッハー」

「私もすずりもフリーなんです。立候補してもいいですか?」

「僕なんか つまんない男でね デートする暇もないからね 君達みたいに可愛いと、もっと、良い男が現れるよ」

「あっ うまく、ふられちゃった」

「いえ そんなつもりじゃぁ」と、何かを仕込みに離れてしまった。

「なずな ちょっと、攻めすぎだったんじゃぁない?」

第二章

2-⑴
 「響先輩 私、早坂さんにクリスマスの時、夕食に誘われているんです」

 「あらっ いいじゃない いってらっしゃいよ 私もダーリンが予約してくれているんだ」

 その日、私は、大きな荷物を持って、出勤した。とりあえず、駅のロッカーに預けて、待ち合わせの前に、どこかで着替えるつもりだった。

 退社時間が迫った時、響先輩が

「すずりちゃん ちゃんと、可愛い下着着けてきた?」と、小声で、聞いてきた。

「いぇ 別に 私、そんなこと、また゛」

「ばかね 自分が、可愛いい女になるためよ いきなり、そんなことする人じゃぁ無いと思うけど、固くなんないでいいんだけど、気を抜いたらダメよ 雰囲気に流されて」

「わかりました 気を許しません」と、言ったけど、私、本当は可愛いの着けてきてたんだ。
 
 私は、パウダールームで着替えて、ホテルのロビーに向かった。白いレースの襟でシルクシフォンのピンクのワンピースで、大学卒業の時にお父さんが買ってくれていた。

「すずりちゃん きまってるよ きれいだ もっと、気楽にね」と、プチが声を掛けてくれた。

 早坂さんは、もう、先に来ていた。上の階の鉄板ステーキのお店に連れて行ってくれた。私が、お肉が好きと言っていたから。

 鉄板カウンターの席について、シャンパンで「メリークリスマス」とぃって乾杯したら、シェフの方が、食材を早坂さんに見せていた。もう、先にオーダーしていたみたいだった。ロブスターとテンダーとサーロインが乗っていた。お肉の焼き方だけ聞かれて、私は「ミディアムレァで」と答えていた。

「いゃー この数年 クリスマスと言っても、つまらなかったけど、今年は良い想い出になるよ こんな美人と食事できるなんて」

「私こそ 去年まで、大学の連中と騒いでいるだけだったし こんな豪華なお食事に誘っていただいて、うれしいです」

「さっき、入口で君がコートを取った時、見とれてしまったよ とても、ドレスが似合っているよ ロビーに居た時も、何人かが君に見とれていた」

「そうですか ありがとうございます 早坂さん、お上手ですね」

「いや 正直に言っているんだよ とても、魅力的だ なぁ シェフ」

 シェフも、うなづきながら、指でOKマークを出してくれた。

「すずりさんの楽しみは何ですか?」

「趣味ってことはないんですけど、最近、カメラ持って風景撮っています」

「それはいいなぁー 今度、一緒に付いて行って良いですか?」

「そんな、大袈裟なもんじゃぁないですよ ぷらっと行って 適当に撮っているだけですから」

「いいんですよ 僕は、すずりさんがカメラ構えている姿見ているだけで、良いんですから」

 食べ終わって、ラウンジバーに誘われたけど「私、もう、お酒は・・」とお断りすると、甘いものでもとパーラーに誘われた。私は、フルーツパフェ、早坂さんはアイステイーを頼んだ。

「僕は、大学が京都だったから、人の知らない良い所も詳しいんだ。今度、案内するね」

 なんか、知らないうちにデートの約束させられていたみたい。それからは、大学時代に酒屋の配達のバイトをしていたからって、飲食店の裏話とか、クラブなんかのお姉さんの話なんかも面白く話してくれた。

「すずりさん 僕と付き合ってくれないだろうか」

 私は、下を向いたまま返事が出来なかった。戸惑っていたのだ。

「いや 突然で申し訳ない 考えてみてくれれば良いよ 返事は直ぐでなくても」

「あのー 坂下さんは、私と違って大人を感じますし、優しくて素敵なんですけど・・こうやっていても、楽しいです。でも、私 申し訳ないんですけど、そんな感情にまだ、なれなくて・・」

「わかった じゃぁその気になるまで、こんな調子で付き合ってよ たまに、食事したり、遊びに行ったり、いいかな 僕は、その気になっているし」

 帰り、元町の駅まで送ってくれて、別れたけど、なんか押し切られたような。自分の気持ちもよく解らなかった。

「ダメなんか あの人 良いじゃぁ無いかと思ったけどな」と、プチが言ってきた。

「私 好きって感情ないのよ 考えてみれば、私って小学生の時は、好きって思う子いたけど、中学入ってから、ずーと、そんなこと思った男の子居ないかも おかしいのかも」

「それは無いと思うけどな あの人としばらく付き合ってみれば」

「うん だけどなぁ」

「おい すずりちゃん 又、美浜の前歩いているぞ まさか・・なんか」

2-⑵
 休みの日で、私は朝からぐだぐだしていた、下からお母さんが

「すずり 仕事行くからね いつまでも、寝てるんじゃぁないわよ お父さんも、早くから、ゴルフに出かけたからね もう、起きてきて、お留守番ちゃんとしてよ チッチも居るんだったら、ご飯あげてね」

 私は、寝ていたわけじゃぁ無いし、仕方なくプチ(チッチ)を連れて降りて行った。ご飯をあげなきゃ、お腹すいているだろうなと思った。私は、サラダだけ作って食べていた。彼は、食べると外に行きたそうにしていたので、出すと、プチが私に戻ってきたみたい

「昨日から、何を考えているんだよ 彼のこと、迷っているのか」

「うぅーん それもあるけどね 私、プチみたいに、気安いのが良いんだよね 最近、昔からの彼氏みたいに感じているの おかしいかなぁー」

「確かに、おかしい 幼稚すぎるなぁ すずりちゃんは、男に免疫がないから、知らずと敬遠しているよね だから、しばらくは早坂さんと付き合えって」

「そう、言ってたよね プチ チッチが帰ってきたら、海まで散歩行こうか 今日は、ポカポカしてるし」

 帰ってきたチッチを袋に入れて、自転車の前のカゴに乗せて、海まで走った。プチ(チッチ)は慣れているのか、首だけ出して、おとなしくしていた。

 浜に着いて、プチを袋から出して、砂浜に解放した。紐は結んでいない。

「寒い? プチ」と来たけど、「ニャー」と言ったが、どっちかわからない。プチの首にバンダナを巻いてあげた。

「プチ 波打ち際まで走るわよ 競争」と言って、私は走り出したが、プチは来なかった。途中で、振り返ると、急に走り出したかと思うと、直ぐに抜き去って行った。

「プチ 早いね さすが、猫だわ」と、言うと「ンニャー」と返してきた。

 波打ち際を歩くと、プチは後を付いてきていた。冬の海は夏と違って、水が澄んでいる。海水浴客が居ないせいかもしれない。

「お正月は、かける は帰ってこないんだって。お母さん淋しがってるんだ。プチはあの子とは相性悪いんだっけー」と、つぶやいたが「ファー」と言ったきり、何かの臭いをかいでいる。私、その様子を写真撮っていた。この子は、プチと違って全身が真っ白だから、見栄えがするのだ。

「プチ 帰りもあそこまで 競争するよ」と言ったものの、プチはあっという間に走って行って、先に待っていた。

2-⑶ 
 正月の2日、3人で初詣に行こうとなつて、お母さんが京都でちらし寿司を食べたいというので、八坂神社まで行くことになった。朝から、私は、着物を着せてもらった。

「プチ どうすんの? 一緒に行く?」

「うーん どうするかなぁー 何か、神様の前だと怒られるような あんまり、好ましく思わないだろうな でも、家に居てもつまんないしなー」

「わかったよ サーっとお参りするから 一緒にいこうよー」

 お母さんが、着物で坂道を降りて行くのは、辛いよねって言っていたけど、私は「頑張ってあるこー」と、言って、並んでゆっくり駅に向かった。お父さんは、阪急に乗り換えて行くかな 混むけど」やっぱり、車内は混んでて、私、京都まで立ちっぱなし

 「はぐれても、八坂さんの階段で待ち合わせな」と、お父さんが言っていた。確かに、降りてからも、人がいっぱい居て、歩くのも苦労するようだった。

 私は、途中、京の小物を売っているお店とかお菓子屋さんを見たりしていたもんだから、案の定、お父さんの姿は見えなくて、ちょっと先にお母さんの姿。私、小さいカメラ持ってきていたから、お店の窓際に飾ってある焼き物とか、看板を撮っていたから、余計に遅れちゃった。

 信号の向こうに、お父さんとお母さんが待っていてくれた。お母さんは、手を振っているけど、お父さんは着物の女の人ばっか見ていて、私、撮ってしまった。

 境内に入って、本殿に近づくにつけて、プチがワサワサしているのを感じる。

「プチ 落ち着いてよ 私が守るから」

「なんも 大丈夫だよ 普通だよ」

 と言いながらも、本殿の前でお参りに並んでいると、私の後ろに男の人がついて押して来たら、「シャー」とか言いながら、ガードしてくれていた。参拝を終えた後、直ぐに、動けなかった。なんか、脚が言うこときかない。

 私が「プチ プチッ」って呼びかけると、ようやく動けた。

「プチ 今のなんだったのー」

「お前は精霊なのどうしてここに居るんだと、責められた だけど、俺は猫の神様から許しを得て
この子を守るために戻った と返したら 黙ってくれた」

「ふぅーん 複雑なんだね でも、大丈夫だった?」

「大丈夫 人間の世界みたいに複雑じゃぁないよ」

 お詣りが終わって、お寿司屋さんに向かう時、お父さんが

「僕は後ろから付いて行くから、店に入る時は、声を掛けてくれよ 又、はぐれないようにな」

 私、お母さんと一緒にお店に入るようにして、髪飾りを買ってもらった。髪の毛を短くしてから、何か淋しかったからだ。目指すお寿司屋さんに着いたけど、混んでて待つようだった。どうするってなったけど、私は「待っても良いよ」と言ったので、しばらく、待つようにしていた。

「すずりちやん あんまり、道を通っている人、見つめるなよー 可愛いから、みんな勘違いして、男なんか、見返してくるやんかー」

「あぁ カップル通ると、どれくらいの仲なんだろうとか、家族連れだとどんなだろうとか、ぼーっと考えていたのよ」

 ようやく、お店に入れて、みんなでちらしを頼んだ、お母さんは

「もっと前は、穴子がもう少し甘かったような気がするわ」と、言って居たけど、私はおいしかった。

「晩御飯に中途半端ね 三宮でなんか買って行こうか」と、お母さんが言っていたら、

「すずりちゃん 俺のも何か買ってってな」とプチが・・

2-⑷ 
 朝 正月休みが明けて、初めての土曜日、早坂さんに京都に行こうと誘われていた。鞍馬寺に行こうと言っていた。断る理由もなく、私は、「はい」と言ってしまったのだ。

「プチ どうする? 天狗だよ」

「止めとく いやな感じだ それに、あの男なら、すずりちゃんを危険なめに合わせないだろうし」

 三宮で朝9時に待ち合わせした。多分寒いだろうってことで、私は、スリムのジーンズにブーツとハーフのダウンコートにした。プチに見送られて、駅に向かった。振り返って、プチの姿を一枚撮った。

 待ち合わせ場所で、直ぐに会えて、JRで大阪に行くという。お父さんとは、違うんだと思いながら・・電車の中では、正月の間、金沢に行ってお寿司屋さんを食べ歩きしていたとか話してくれていた。

 大阪駅に着いてからは、地下鉄に乗り換えるからって、手をつないできた。私、お父さん以外、男の人と手をつないで歩くのって初めてかも・・。ごつくて、暖かい。人が多くって、独りだったら、迷っていたかも。

 鞍馬の駅に着いてからも、坂道を登って行く時も、手をつないでくれた。山門に着いて

「ケーブルあるけど、どうする? 歩いても、ゆっくりでも1時間はかからないと思うよ」

「うーん 歩きます 良いところあったら、写真撮っても、良いですか」

「もちろん良いよ ちょっと、道がジメジメしてるかもわからないけどね すずりさんが天狗に連れ去られないように、しっかり、手をつないでおくよ」

「やだー 私、天狗の彼氏はお断りですよー でも、モデルになってもらうかも」

 早坂さんは、笑いながら手を握り直して「じゃ 行こう」と言って、登り始めた。途中、所々で道端に雪が残っていた。ちょこちょこ写真を撮っていたもんだから、本殿に着いた時には、本当に1時間かかっていた。

「ねぇ 早坂さん 天狗さんって、結局、毘沙門天のこと?」

「うーん 単純には言えないよね 最初の頃は、天狗って魔物扱いだったからね 毘沙門天が天狗をやっつけてる絵も残されているからな それは、カラス天狗のもとかも知れない 山伏が修行して大天狗になったとか 山伏は仏教の教えと、ちょっと違ったんだ そのうち、大天狗は人々を守る存在になって、魔物から守る毘沙門天と結びついたのかも」

「複雑ですね よく、わかんないです 早坂さん、詳しいですね」

「そーでもないけどね もう一つ、昔、ここに外国人が住み着いて、ふもとの人がそれを見かけて、鼻が高いし顔も赤みがかっていて髪の毛の色も違うから、それを見て天狗と言ったのだという説もある。そうすると、牛若丸は外国人から色々と教わったわけだ」

「ヘェー わかった だから、牛若丸って女の人みたいな恰好してたんだ みんなに女の子として育てられたんだわ だって、山伏も男の人ばっかでしょ」

「それは、意味深だね 飛躍しすぎじゃぁない?」

 私、変なこと言ってしまったと、後悔して、多分、顔を紅くしていたんだと思う。帰り道は下り坂で、私、何回か滑りそうになって、早坂さんの腕に掴まっていた。

「早坂さん 帰りはケーブルで良い?」

「そうだね 転んで、泥だらけになっちゃぁ大変だからね」

 下りてきて、お昼をだいぶ過ぎていたが、河原町で天ぷら屋さんに行きたいので、その前に、何か少し食べようってなって、私は、ぜんざいを選んだ。

「早坂さんって、大学の時、どこに住んでいたんですか?」

「出町柳の近くでね 酒屋の倉庫の2階に住まわせてもらっていたんだ 殆ど、自炊はしてないけどね」

「えー 不健康そう」

「うん でもね 昼は学食で安いし、ガッツリだったし、配達先でも色々お世話になったしね」

 その後、河原町に行って天ぷら屋で食事をして出た後、

「もう、少し入るかい? 軽く、餃子とビールを飲みたいな」

「いいですよ 行きたいところあるんですか」

「うん 大学の時、先輩に連れられて、それから、魅せられてね」

 お店に入ると、早坂さんはさっさと2階に上がって行った。窓からは川が見えて、寒いだろうに、その川側を歩いているカップルとか川に向かって座ってるグループなんかが居た。もう、私、お腹いっぱいだったけど、皮が薄くて、なんだか食べれちゃった。ビールも・・

 ちょっと、浮かれていた。ちょっと陽が落ちて、暗くなりかけていた。私から

「鴨川歩きたい」と、言って誘ったら、私の手をつないでくれて、川に下りていってくれた。だけど、私、後ろから腕を組んでいったら、手を握りしめてくれて

「寒くない?」

「ううん 素菱、酔っているし、こうやっていると温かい みんなもこうやっているもんね」

「すずりさんとこんな風に歩けるなんて、夢のようだよ とにかく、君は僕にとって、天使のようなもんだよ」

 私、早坂さんに近づいてきたのかも・・

2-⑸
 なずなと仕事の帰りに、食事に行こうってなって、ドイツレストランに居た。私、カスラーとかソーセージが好きだから。

「すずり あれから、石積さんとこ行った?」

「ううん 行って無いよ なかなか一人じゃぁね」

「そーなんだ すずりは、会いたくないの? まんざらでもなかったみたじゃぁない」

「最初は、優しいし、良い人だとは思ったんだよ でも、あの人とお休み合わないし、続かないかなって」

「だよねぇー あこがれの人なんだけど、現実的なこと考えると、私も、ちょっとなって・・ でも、私もね、あいつとはあれっ切りだし、さえないよねー すずりは?」

「実は、この前に同じビルの人と遊びに行った。まだ、付き合うまでいって無いけどね」

「そうなの 私もね、取引先の人と食事なんかに行くけど、何か、燃えてこないんだよね 好き何だか何だかわからない」

「何か、高校大学と時期を逸したよね もう、年なんかなぁー」

「高校大学の時って、すずりなんか、キリットして男を寄り付けませんって雰囲気だったもの」

「そういう、なずなだって、告白されても、相手にしなかったこと何回もあったじゃぁ無い」

「それは、お互い様よ すずりに告白した男の子なんて、はたで見てて、可哀そうだったわよ」

「そんなことあった? だって、熱意が感じられないんだもの 勉強に集中していたし」

「私等、こんな可愛いのに・・ 今までの、天罰かもね」

 笑って、すますしかなかった。

2-⑹
 3月になって暖かい日に、早坂さんから、京都の美術館に行こうと誘われた。美術館のコレクションが展示されているらしい。そんなに興味があるわけではないが、断る理由も無かったので、行くことにした。

 今回は、京都駅からバスで平安神宮で降りた。ぷらぷら歩いて向かったんだけど、早坂さんはすーっと私と手をつないできた。まだ、私はそういうのって恥ずかしかったけど、この前は腕組んでいたんだと思って・・。

「動物園に入りたいなんて言い出すなよ」と、プチが、動物園の看板が見えた時に言ってきた。

「なんで、わかるのー」

「獣の臭いがする すずりちやんは、動物好きだからわかるさー 俺にも、苦手な動物だっているからな」

「そう プチって動物がみんな仲間かと思ってた」

「すずりさん なんか、ぶつぶつ言っている? 美術館、気がすすまないのかな」と、早坂さんも気づいたのかな

「いいえ そんなことないです 楽しみですよー」

 中に入っても、私は絵とかみても良さもわからないし、興味もなかった。だけど、早坂さんはじっくり見ている風だった。写真を撮るわけにもいかず、どっちか言うとつまらないままに出てきてしまった。

「お昼は手桶弁当と湯豆腐とどっちが良い?」と、聞かれて

「私、手桶弁当食べてみたいです」

 又、平安神宮の前を通って、そのお店まで歩いた。歩いている人達には、カップルが多い。手をつないだり、腕を組んでいる人も・・。女子だけのクループも居た、多分、卒業旅行かななんて思った。

 お店は、以前、独りで京都に来た時、すれ違った若いお母さんにごちそうになったお店の疎水を挟んで向かい側沿いだった。そうだ、この後、教えられていたフォトギャラリーに行ってみようと思いだしていた。お店の前には小さな階段があって、幸い、直ぐに席に通してくれた。数種類のメニューがあったが、手桶弁当を頼んだ。だいたいの人もそれだった。お客は女の人が多く、みんなその弁当のかわいらしさに魅かれてのことだろう。

「うわー きれい おいしそう」と、私が感激していると

「そう 喜んでもらえて良かった」

 食べ終えて、一緒に行って欲しい所があるとお願いした。多分、神宮の東っ側だと思うと、そっちに向いて歩いていた。スマホ頼りだった。

「去年の秋にね 一人で来て、この近くの疎水縁で写真撮っていたら、若いお母さんに声をかけられてね お昼ごちそうになっちゃったの その人の大学の時のお友達に私が似ているんだって その人のご主人がカメラマンで、この近くでフォトギャラリーをやっているから、機会があれば寄ってくださいって誘われていたの とっても、綺麗な人だよ」

「そうだったの それは、興味あるね」

「早坂さんは、どっちに 興味あるの?」

 神宮の裏手だと思うけど、歩いていると、あった。ここだ、フォトギャラリー「茜空」。ガラス越しに色んな写真が見える。古い民家の道路側を全面ガラスウィンドゥに改装したみたいだ。ガラスの引き戸を開けて入ると

「いらっしゃい どうぞ あっ 絢ちゃん じゃぁないよね 失礼」と、男の人が奥から話しかけてきた。

「初めてなんですけど 奥様に誘われて・・」

「あぁー 聞いてますよ 病院の帰りに、写真を撮っていて、感じの良い娘に会ったって 親友にとても似ていたって 僕が初めてあった時、雰囲気とか全体的に本当によく似ている 透き通ったような美しさがあって」

「そーなんですか 私 写真に興味があって へたくそなんですけど」

「生憎ね 妻は、今、四国の実家に帰っていましてね 先月、生まれたもので・・上の子もまだ小さいし、僕は、面倒見れないもんでね 残念がるよなぁー でも、ゆっくり見てください 自信作だけ飾っています」

「私も、残念 上品で素敵な方ですものね もう一度、お会いしたかったわ」

 写真をひとつひとつ見て行くと、迫力が違った。やっぱり、プロのは違うと感じた。

「こんなの 私、撮れない」

「あのね 取りたいものを集中して見るんだ どうすれば、その魅力が一番良いのかを考えて撮る 僕は、そう心がけているんだけどね」

「そーですかー 参考になります 今度から、そうしてみます」

「見せたい写真があります」と、棚に並べた中から、探し出した1枚のパネル。花嫁姿。

「あっ 私 じゃぁ無い! きれいな人 とっても、幸せそうな笑顔」

「あなたも、きれいですよ でも、この時は、全体的に輝いていたから、よけいに、きれいなんだ おそらく、この瞬間は世界中の幸せを全部集めたんだと思う それを撮りたかったんだ」

「いいなぁー 羨ましい」

「君なら 大丈夫だよ 素敵な人も居るみたいだし」

「申し遅れました こういう者です 小野原さんのお名前は、落合さんからお伺いしたことあります」と、早坂さんは名刺を差し出していた。

「落合さんのお知り合いの方でしたか あの人には、色々と教えてもらっていますよ 仕事も紹介していただいたりもね」

「あの人には、うちの商品の撮影をお願いしているんですよ」

「そうですか 落合さんは、食品の撮影がうまいですからね これは、思わぬつながりでしたね そういえば、あなたのお名前をまだお伺いしていませんでしたね 妻にも報告しなきゃぁならないですし」

「左近すずり って申します」と、言って、私の名刺の会社の名前を消して、自分の携帯の番号を書いて渡した。

「妻が戻ってきたら、又、来てください」と言われ、ギャラリーを出た。

「女の子のモデルが多いんだね 奥さんも嫉妬するだろうね」

「そうね 私なら、我慢できないかも」

 帰りは、京都駅まで出て、新幹線で新神戸に行って、三宮で少し飲もうと早坂さんが言ってきた。私は、そんなもったいないと言ったけど、時間の方がもったいないと返されて、言う通りにした。

 焼肉店に連れて行ってくれて、私も少し飲んだけど、どうも、まだ話すにしても遠慮してしまう。そのまま、駅で別れたんだけど

「まだ、あの人とそういう気になんないのか」と、プチが聞いてきた。

「うん なんか、燃えないのよね いっそのこと、無理やり奪ってくれたらと思ったりするのよ」

「おい 危険なこと考えるなよ そんなことすずりちやんにしたら、俺は暴れるぜー」

「うふっ 冗談だよ」
 

2-⑺
 響先輩から、新居に遊びにおいでよと誘われていた。3月の末に式をあげていて、落ち着いたから、おいでよと言われた。

 私、まだ、お祝いもしてなかったから、行く前に聞いて、おトイレのマットセットを買って行った。色は、赤色系とだけ聞いていて、柄はお任せすると言って居た。悩んだ末、大きな薔薇の絵柄にした。

 長田の駅から歩いて10分ほどの賃貸マンションの5階だという。途中でカフェラテを買って、国道沿いなので直ぐにわかった。旦那さんは、出掛けて居ないからと言っていた。

「会わせたいんだけどね、すずりちゃんみたいに可愛いと、心奪われちゃったりすると大変だからね」と、言っていたので、響先輩独りのはずだ。

 エントランスのインターフォンで部屋の番号を押して呼び出すと、玄関のドァロックが解放される。エレベーターは2機ある大きなマンションだった。部屋に入ると、ダイニングの机に花が飾ってあって、窓が大きく明るいかった。お祝いを差し出すと

「有難う まぁ 素敵な薔薇の花 私、大きな花が好きだから、嬉しいわ」

 テレビの横にウェディングドレスの響先輩とタキシードの旦那さんの写真と、二人の水着姿の写真が飾ってあった。

「西表島 きれいな海だったわよー 外国行くより安く済んだしね 海外みたいなもんよ 食事もおいしかったしね 良かったわー」

「そう 羨ましいなぁー 幸せそう 先輩 お部屋みても、なんかペァのものがいっぱいあって、新婚さんって感じ」

「うん 今年の初めから、一緒に住んでいるんだけど、式をあげた後って、やっぱり違うのよね 今は、思い切って、抱かれているんだっていう実感があるわ」

「そんなもんなんですか わからないですけど」

「そうね すずりちゃんも、そのうち、そういう時が来るわよ 早坂さんとは、その後どう? 進展した?」

「うん 時々、食事に行ったりとか まだ・・」

「なんにも、無いのかー 好みじゃぁ無い?」

「そんなこと無いんだけど、年上だし、大人すぎて、遠慮しちゃって・・」

「だったら、いっぱい甘えりゃいいんじゃぁ無い 向こうは、すずりちゃんのこと好きだって言っているんだから」

「ですよね でも、図々しい奴だと思われないかと 私、そういうの慣れてないから」

「ダメよ そんなバリャー張っていたら そのままのすずりちゃんと付き合いたいんだからね そういうのを私からしたら、お高く留まっているって言うんだよ もっと、向き合ってあげて、あの人に お付き合いしてダメと思った時ら、別れればいいんだし 私なんかと接しているように、気楽にね ごめんね、厳しい言い方して じっれったくてさー」

「わかりました 先輩の言うとおりかも」

「すずりちゃんは、純粋すぎるからね 冒険するつもりぐらいでね でも、雰囲気に流されちゃあだめよ くどいようだけど」

2-⑻
 5月になって、金曜の夜、仕事終わってから、デートに誘われていた。舞子の海岸に面したバーベキューテラスの予定。私は、いつもごちそうになっているから、早坂さんにお返しのプレゼントを用意していた。いろいろ悩んだ末、ハンカチーフにした。定番のネクタイだと安直すぎるし、意味ありげに思えたから。

 三宮の駅で待ち合わせをして、電車で30分ほどのところだ。駅を降りて、直ぐその施設はあった。海が目の前で、ライトで飾られた明石大橋も綺麗に見えていた。席に着くと、直ぐに食材が運ばれてきた。

「ワインがいいかな 最初はビールがいいか」と、早坂さんは私に聞くでもなく言っていたが

「ワインは飲み過ぎて、酔っぱらってしまうので、私はビールが良いです」

「かまわないじゃあないか 酔っぱらったって、ちゃんと送って行くよ」

「ダメです 乱れちゃうから」

「むしろ そのほうが可愛いよ その乱れるところ見てみたいなぁ」

「そういうの 悪趣味ですよー」

「そうか すずりさんのこと、もっと知っておきたいと思ってな 普段、見られないとこ」

「そんな恥ずかしいとこ見せられませんー」と、言いながら、野菜とか貝、海老を乗せていった。ビールがきたので、とりあえず、乾杯。

「早坂さんは、今までにお付き合いした人って、おられるんでしょ」と、聞いてみた。

「居ないんだよ 大学の時に、夜の女性を見てきたから、なんか、失せてしまってね だけど、君を見かけた時、吹っ切れた なんと、涼しそうな女の子だろうと 天使に見えた」

「おじょうずですね 私、そんないいもんじゃぁないですよ」

「本当だよ 去年の秋頃 君を見た時 それまでとは、雰囲気が違った 我慢できなくなってね それまで以上に 何かを感じるようになって・・誰かに、取られちゃぁいけないと思った」

 私は、お腹がいっぱいだったが、お肉がまだあったので‥食べ過ぎでビールもお代わりしたものだから、無理しすぎたかも そうだ、私、プレゼント渡すの忘れてた。

「早坂さん いつも、ごちそうになっているから、お礼」と言って、差し出した。

「えぇー うれしいなぁ そんな気を使わなくてもいいのにー 開けて良いかい?」

「ええ つまんないですよ ハンカチーフ」

「いや ちょうどいいよ いい柄だよ ありがとう 大事に使うよ」と、言って胸の内ポケットにしまった。

「お腹 いっぱいになったね 砂浜 歩こうか?」

「そうですね 少し、消化しなきゃぁね」

 砂浜は遊歩道の街頭の明かりで、思ったよりほんのりと明るかった。何組かのカップルの姿があった。波打ち際近くに座っているカップルは、大胆に抱き合っているのがわかった。

「寒く無いかい?」

「大丈夫 お酒飲んでいるし 気持ち良いよ」

 私は、早坂さんの腕を後ろから組んでいった。他のカップルみたいに、肩を抱き寄せられるのも嫌だったからだ。

「私 夜の海岸って初めて 昼間は家の近くの海岸によく散歩に行くんですよ 猫と」

「猫? 猫と散歩?」

「うん 自転車の前に乗せて・・ 中学の頃から」

「あのさ 猫もおとなしくしている? 中学から? そうとう年なんじゃぁ それって、昔の話?」

「そんなことないよ この前も温かい日 出掛けたの」

「そうなん なんか、わからないとこあるね 猫は元気なんだ」

「うん 元気だよ 私の友達はプチって言うんだよ 見た目はチッチって言うんだけど」

「なんかさー 君の言っていることが、僕には、あんまり、理解できないんだけどー 酔っぱらってる?」

「正気ですよ 今の、聞き流して― でも、変なこといったんじゃぁないからね」

「なんだか、わからないけど すずりさんがそう言うなら」

「早坂さんって 本当に、私を大切にしてくれているのね」

 その時、突然、抱き寄せられて、キスされた。私は、別に嫌でもなかったので、そのまま身を任せていたのだ。だけど、そのうち、手が私のお尻のほうに下りてきて、びっくりしたのもあって、身体を突っぱねるようにしていた。

「嫌いなのかい」

「ううん」と、言ったきり、私は、下を向いて歩いていた。

「怒ったのかい」と、聞かれてが

「ううん」と、首を振って、何も言えなかった。

 それでも、駅に向かう時、手をつないでくれて

「タクシーで送って行こうか」と、

「いいえ 電車で 駅から歩きますから、大丈夫です」と、何とか、返事できた。

 家まで、送ると言うのを、平気ですと断って、私は先に降りた。何か、ぼーとして家に向かっていた。

「何で、プチ 黙っていたのよ」と、責めるように言ったら

「だって すずりちゃんも嫌じゃぁ無かったんだろう 邪魔しちゃぁ悪いかなって」

「だけど 私の 初めてなんだよー ちょっとぐらいは・・」

「俺は あの人、悪い人じゃないと思っているから すずりちゃんも、経験だよ キスしたぐらいなんだよ 俺とは、さんざんしてきたじゃぁないか」

「プチは特別だよ 私の気持ちが、今、揺れているのって、やっぱり、わからないんだね」

「うーん 複雑なんだろうとは、わかるがなぁー」

「プチのバカ しばらく、お肉は禁止」

「それは無いだろう すずりちゃん 今日も好い匂いするの 我慢してたんだからー」

第三章

3-⑴
 明日、早坂さんとアスレチックフィールドに行く約束をしていたので、私は、お弁当の用意をしていたのだ。お肉を漬け込んでおいた網焼きを焼こうと思った時に、お母さんが帰ってきた。

「あら どうしたの? お肉を焼くの? なんか、お弁当作るの?」

「うん 明日、アスレチック行くの お弁当用意しようと思ってね」

「最近 お付き合いしている人? ちょくちょく出掛けるから 同じ人?」

「うん 最近ね まだ お付き合いしてるってか なんとなく」

「そう ちゃんと、お付き合いするんだったら、一度、紹介してね」

「うん そーなったらね チョット プチ足元に居たら、踏んじゃうよー 後で、あげるからー」

 その時、お父さんも帰ってきた。少し、飲んでいるみたい。

「おお いい匂いがするな 少し、くれ 飲み足りないんだ それで、一杯、やるから」

「うーん 仕方ないなぁー 父上のおおせならばー」

 私は、少し、小皿に乗せて、氷水、グラスをリビングに持って行った。

「プチ じゃまだから、お父さんからもらってよー」と、言ってしまった。

「すずり さっきから、プチって チッチじゃぁ無いの」と、お母さんが・・独り言のように言っていた。

 プチ(チッチ)は今度は、お父さんの足元にまとわりつくようにしていた。

「おう チッチ 肉が食べたいのか」と、お父さんは小さく切ってあげると、チッチはなんかうなるように喰らいついていた。

「ねぇ チッチって、こんなに肉が好きだったかしら それも、おいしそうに・・」

「好みが変わってきたんだろう うちは、肉を食べること多いから」

「だって チッチはこんなに、私達のまわりにくること無かったわよ あなたの膝にまで乗るじゃぁ無い」

「そりゃぁ 肉をやっていれば、懐いて来るヨ なぁ チッチ」と、お父さんは頭を撫でていた。

 用意はある程度出来た。後は、明日、少し早く起きて仕上げようと思っていた。

「プチ お風呂入るわよ 最近、臭いよ 洗ってあげるから」と、声を掛けると、プチ(チッチ)は付いてきた。私は、先にプチを洗うので、ブラとパンティは着けたままだった。やっぱり、なんだか、恥ずかしい。

「お母さん プチが出るから、身体拭いてあげて―」と、お風呂場から声を掛けた。

「プチ いらっしゃい こっち」とお母さんが呼んだら、よたよたと寄って行った。

「あなた 今、プチって呼んだら 寄って来たのよー」と、お母さん大きな声で・・

「君は誰? まさか、プチなの すずりの部屋にもいっているじゃぁない チッチは2階に上れなかったわ ねぇ あなた あなたたっらー おかしいと思わない?」

「うーん 気のせいだよ 思いすごし 疲れているんじゃぁないかー」

「でも チッチはこんなにおとなしく身体拭かせてくれなかったわよ」その時、プチがないたのか

「やっぱり プチよ お前、帰ってきてくれたの―」と、抱きしめているところに、私がお風呂から出て行った。

「すずり 話してちょうだい この子はプチよね」

「お母さん 何を言って居るの チッチに決まっているじゃぁ無い」

「だって あなた 時々、プチって さっきも」

「たまたま感違いするのよ プチな訳ないじゃぁ無い プチは私の心の中に居るけどね」

「すずり お母さんは、少し、酔っているんだよ 相手にするな」と、お父さんが言ってきた。

「私 もう 寝るね 明日、早いから 行くよ」と、2階に上って行くと、後ろからプチが付いてきた。

「ほらっ あれは、きっとプチよ 前にも、こんなことあったわ」とお母さんが・・

「わかった わかった プチだよ」と、お父さんも、あきらめたのか、なげやりに言っていた。
 

3-⑵
 ケーブルで行くので、近い駅で待ち合わせをした。私、大学の1年の時に通ったところだった。リュックに朝から仕上げたお弁当とか、着替えのTシャツ、タオルなんかを詰め込んで、今日はスリムジーンズにキャスケットを被って出掛けた。

 やっぱり、早坂さんは、先に来ていた。彼も、今日はコットンパンツでラフな格好だった。

「おはよう 天気が良くてよかったよね」と、笑顔で挨拶してきた。

「ええ でも、あんまり暑いのも 山の上だから、涼しいかしら」

「どうだろう ケーブル乗り場までバスだよ あっち」

 ケーブルを降りてから、又、バスに乗って、アスレチックの受付で、早坂さんは予約を事前にしていたみたいだった。いろんなコースがあるみたいだったが

「私 水上はダメ 濡れたら、着替えないもの」

「じゃぁ 最初は、ノーマルなやつから リュックは僕が持つよ」と、代わりに背負ってくれた。

 私は、自分で思っていたよりも腕で支えるチカラが無くって、ぶら下がるのは駄目で、時々、早坂さんの手助けもあって、なんとか。だけど、バランスを取るものは、プチが

「俺が、ファーっていうタイミングで行けば、大丈夫だよ」

 なるほど、プチの掛け声に合わせて、トットットとこなしていけた。

「すずりちゃん こっちは、すごいね 飛び跳ねるようだったよ で、掛け声みたいなのが聞こえていたけど‥ 気のせいかなぁー」

「うふふっ 私の気合ですよー これで、とりあえずのコース終わりですね 汗かいちゃった ねぇ 早坂さん どこかでお弁当食べて、休憩」

 木陰のあるベンチを見つけて、座った。お弁当を広げると

「わぉ すずりちゃんの手づくりかー 感激だよ 立派に奥さん出来るね」

「早坂さん 私だって 一応、女の子してますもんで 家でも、お母さんの代わりにお料理作る時もありますよ」 

「そうなんか 普通のお嬢さんか思ってた」

「早坂さん 私 ごく普通です」

 早坂さんは全部おいしそうに食べてくれた。

「うー うまかったよ あのさー すずりちゃん そろそろ その早坂さんって呼ぶの止めない? しゅん(舜)でいいよ」

「はい でも、急に そんな」

「いつまでも 間が、縮まんないよ 僕も、すずりちゃんと呼ぶことにしたんだ あっ コーヒー買ってくるよ コーヒーで良い?」

「あっ 私が行きますよ」と、言うと、良いから座ってなさいと言って、お店のほうに、もう、歩きだしていた。その間に私は、

「舜さん? 間あき過ぎるかな、他人みたい 舜ちゃん? 軽いかな 舜 慣れ慣れしすぎるかな」と、練習してみた。

「しゅん で いいんじゃぁないか 俺にだって呼び捨てだろう」と、プチが言っていた。

「今度は、空中のほうに、行こうか」

「ねぇ 私 少し、腕が痛くなってきたの」

「そうか じゃぁ 少し、歩いて、パターゴルフにするか」

「うん お腹もいっぱいだし、その方がいい」と、手つないでいった。

「すずりちゃんは、ゴルフやったことあるの?」

「ううん ないよ お父さんなんか、年中行っているけどね 舜は?」言ってしまった。

「僕は、いろいろと付き合いがあってね うまく、ならないけどね」

 最初は、うまくいかなかったが、後ろから包み込むように教えてもらって、何とか、真っ直ぐ転がせるようになり、楽しくなってきたのだ。

 帰りにケーブルの山上駅まで来た時、展望の開けた所があって、遠く大阪の方が霞んで見えていた。私は、舜の腕を掴んでいた。

「舜が生まれたのは、どこ?」

「僕は、奈良の山奥で、滋賀県との県境だ。とっても田舎だよ 山と川しか無い、不便なところだった 学校行くにも、苦労したんだ」

「そう 今でも、あるの そのおうち」

「兄貴夫婦が、椎茸栽培をやっていて、母の面倒を見ているんだ。父は僕が大学卒業すると同時に亡くなったんだ」

「そうなの 舜って 苦労したみたいだよね 私って、苦労知らずで来たから・・」

「それはないよ 頑張って努力してきたじゃぁないか」

「そんなこと無いですよー ラッキーだっただけ」

「それも、実力のうちだよ」

「ありがとう 舜は優しいよね」

「君が 素直だし、可愛いからだよ」

 私は、頭を彼のほうに傾けていた。だんだん、魅かれ始めているのかも知れない。

 ケーブルを降りてきたとき

「僕のマンシヨンに来ないか 神戸駅の近くなんだ 晩御飯でも、一緒に」と、聞かれた。

「ううん 今日は、汗かいちゃったから 今度、改めて、ご飯を作りに寄せてもらうわ」と、しばらく、間があって、答えた。

「そうか その方が楽しみだな 期待しているよ」

「舜 そんなに、期待しないで あまり、上手じゃないし、まずいかも知れないよ」

「なんだって おいしいに決まっているよ すずりが作るもんだったら」

 家に帰ると、お母さんが

「ねぇ すずり 聞いて 昨日、あんなに慣れ慣れしかったのに、今日は、チッチたら、呼んでもこっちを振り返るんだけど、無視して寄ってもこないのよー ほんと、気まぐれなんだからー」

 そうでしょうよ、プチじゃぁないんだから・・ 

3-⑶
 約束してしまったので、ご飯を作りに行くことになった。

「本当にいくのかよー 男の部屋だよ 俺は、行かないよ 変なことになったら、耐えられないからな」

「変なことってなによー 守ってくれないんだ」

「自己責任でやってくれ」

「いいよー 舜はそんなことしないもん」

「その割には、いつもより可愛い下着つけてたじゃぁないか 期待しているのか」

「そんなことはないわよー プチ 見てたなぁ―」

 ストローハットに花柄のノースリーブのワンピースで出掛けようとしたけど、陽ざしが強く、薄いカーディガンを取りにいった。神戸の駅に着くと舜が迎えに来てくれていた。

「カニ玉の天津飯と鶏団子のスープってどうかしら」

「うん いいねぇ そういうの久しぶり」

「おうちに行く前にどこかで買い物できる?」

 途中で買い物をして、歩いて10分ほどで着いた。11階建ての8階だという。

「狭くて、申し訳ないが」と言っていたが、部屋ん中はひんやりしていた。確かに中は細長くて、そんなに広くない感じ。キッチンも狭くて、ここで作れるかしらと戸惑った。とりあえず、カーディガンを脱いで持ってきたエプロンを着けた。

「可愛いね すずりは、何を着ても素敵だよ そのワンピース姿も、きれいだよ」

「ありがとう 褒めてもらうと、やっぱりうれしいわ」

 買って来たものを冷蔵庫に入れようとしたら、中は卵とチーズだけで後は、ビールばっかり、そして少しの調味料。

「舜 お料理しているの? ビールばっかり」と中をのぞいていたら、後ろから、抱きしめられて

「外食が多いからね とりあえず、ビールで乾杯しようよ 料理はゆっくりで良いから」

「うーん 下ごしらえだけね 舜は飲んで待ってて」と、身をかわしてたのだ。

 お米を研いで、鶏団子の下ごしらえだけして、何にも突き出しが無いので、レタスとトマトにごま油だけかけて

「なんにも、おつまみ無くてごめんなさい」と、言って、長椅子のソファの隣しか座るとこ無かったので、グラスを持って舜の隣に座っていった。

「いや 僕が、悪いんだから 気を使わないでいいよ いつも、そうやって何か作るの?」

「うん お父さんが飲み始めるとね なんか、出してくれって、言うのよー お母さんもお仕事で疲れているだろうからね そんな風に躾られちゃった」

「そうか 親孝行してるんだ」

「大したこと無いよ 普段、好き勝手させてもらってるもん」

 一杯だけ軽く飲んで、私は、準備にかかったが、机もせまく、食卓の上で何とかしたが、あまり、食器類もないみたい。それでも、ようやく食べられるようになったのは、3時を回っていた。

「うん うまいよ すずり 上手なんだね」

「ありがとう 安心したわ 食べてもらえて 他人に食べてもらうのって初めてなの」

「いやいや お世辞抜きでおいしいよ」

「そう でもね 舜 調理器具も食器も少なくて、苦労したわ」

「そうか それはすまない こんなこと、初めてだし 何が要るのかわからないしな そうだ 今度、買い出しに付き合ってくれよ 必要なもの」

「ねぇ それって 又、作りに来いってこと?」

「そうだよ 駄目かい? いいでしよ?」

「嫌じゃぁ無いけど・・ こういうのって、お付き合いしている状態でしょうか」

「僕は、前から、そのつもりだよ すずりのことが好きなんだから」

 抱きしめられて、キスをされ、身体が動けなくなってしまった。そのまま、奥の部屋に連れられて、ベッドに倒されてしまっていた。その時、背中のジッパーを下げられるのを感じて、

「嫌 やめて― こういうの嫌です お願い」ようやく、声が出せた。

「そうか すまない」と、離してくれた。

「ごめんなさい 私 そんなつもりで、来たんじゃぁ それに、そんな関係でお付き合いするのは・・ でも、舜のことは好きです」

「わかった 僕が悪かった 君をもっと大事にするよ」と、舜は謝ってきたので、私は、なんだか、舜のホッペにチュッとして、「トイレ借りるね」といって、駆け込んだ。恥ずかしかったのだ。

 私は、顔とか服装を整えてから出て行った。

「ごめんなさいね 私、まだ、融通きかなくて 嫌いになった?」

「とんでもないよ 君は、素敵な女性だよ ますます好きになった」

「ありがとう 嫌われなくて、安心した」

「これから ハーバーランドのほうに散歩に行こうか 夕焼けもきれいになるから」

「うん 行こう 行こう」

 本当は、抱きしめるだけなら、ずーっと、そうしていて欲しかったんだけど・・。わざと私の胸にあたるように、舜の腕を組んで歩いていた。

3-⑷
 事務所に言われて、役所に書類を届けようとしていた。しばらく、歩いて行くと、前のほうに舜に似た男の人を見つけた。女の人と並んで歩いている。私は、急ぎ足で距離を縮めて行った。

 やっぱり、舜だ。二人で楽しそうに話しながら、歩いていた。横断歩道で違う方向に行ったけど、その時、舜が女の人の背中をサポートするようにしているのを見てしまった。

 私は、イラッときていた。なによー、あの背中の手は・・。親しげすぎるんじゃぁない!。そのまま、事務所に戻ると、響先輩が

「すずりちゃん なんかあった? ただいまって雰囲気が わかりやすいんだから」

「なんでも 無いですって!」

「まわりから とげが飛んでいるわよ そんなで、向こうに行ったの?」

「いえ ちゃんと 渡す時は、笑顔にしていました」

「ほらっ やっぱり、なんかあったんじゃぁない どうしたの?」

「先輩 聞いてくれます? ひどいんですよ 舜 女の人と仲良く、歩いていて」

「あのさー 舜って 早坂さんのこと? あなた達、そんな関係なの」

「そんな関係って 私達そんなんじゃぁないです」

「そんなんじゃぁ無いって じゃぁ どうして、早坂さんが、女の人と仲良くしてると、あなたが怒るの? 白状しなさい どこまでいってるの? もう、した?」

「そんなー わたし、まだ、してません」

「あ そうなの だけど、あんまり、もったいぶると逃げられるかもね 見極め大事だけど あと、自分の感じたことを、ぶつけなきゃ、一つになれないわよ」」

 私からは、しぱらく連絡しなかったが、金曜、仕事終わったら食事に行こうと、舜から連絡してきた。気持ちの整理がつかないまま、待ち合わせ場所に出掛けて行った。

 私の方が、先に着いた。少しして、舜がやってきて

「ごめんね 待ったかな 電話が長引いちゃって」

「いいえ 気にしないで」と、言い方がそっけなかったかも知れない。

「どうしょう 中華街にでも行こうか?」

「あのさー 私 この前、見ちゃったんだ 舜が女の人と仲良く歩いていた」

「えー この前かぁ 取引先の女性の時のことかな」

「あのね そんなに、考えるほど、色んな人と なの?」

「いや そんなことないけど 取引先とはねー」

「この前は、背中に手をまわしたりして、親密だったわよ」

「それは たまたまじゃぁないかな 信号を渡る時に、急いでいたんで、ちょっと手を添えたことはあったかな そんな、変な意味ないよ すずり 嫉妬してるのかな」

「そんなんじゃぁないけど そんなの、見せられたら、いい気分しないやんかぁー 誰とでも、そんなんかなぁーって」

「言い訳じゃぁないけど、仕事の兼ね合いで、専門店とかレストランのオーナーは女性の方も多いし、一緒に食事に行くこともあるよ でも、すずりが疑うような関係じゃぁないよ」

「でも、不安だょ 私 大人には、なり切れないし 舜には、不満なのかなって」

「そんなこと考えたことないよ 僕は、すずりが一番なんだよ」

「じゃぁ 二番目も誰かいるの?」

「あのさー 妙に、今日は、疑い深いね 謝るよ」

「そんな謝られても‥ 私は、舜に対して、その気になってきたんだけど・・ やっぱり、まだ、子供なんだわ」

「そのままで、居てくれて、僕は良いんだよ 機嫌直して、どっか食べに行こうよ」

「うぅん 今日は 帰る ごめんなさい」 

3-⑸
 私からは、しばらく連絡をとるつもりは無かったが、舜から連絡してきた。週末に会うことになってしまった。私は、心の整理がついていなかったのだ。

「プチ どう思う? こんな気持ちのまま、お付き合いしていてもいいのかなぁ」

「そう聞かれてもなぁ すずりちゃんの心はわかんないよ たださー あれくらいのことで、怒るって、心狭くない? もっと、自分に自信持てよ」

「ちょっと 冷たくない? そういう言い方って 私 悩んでいるんだから」

「妬いているんだったら、好きなんじゃぁないのか それとも、自分のプライドの為なのか? 信頼できるのか、どうかは、自分で確かめろよ 飛び込んでみればぁー それが、間違っていても、どうってことないよ」

「そうか 決めてみるか」

「俺は、一緒に行かないからね 自分で決めろ それに、正直言って、すずりちゃんが男に抱かれているのって、見てられないよ」

「私 そんなこと・・するって言ってないじゃぁない」 

 待ち合わせは、ケーキ屋さんのパーラーだった。私の方が先に着いていたが、舜がやってきて

「ごめん ごめん 待たせたね」と、言っていたが、まだ、約束の時間前だったのだ。

「そんなに鬼みたいな顔をして まだ、怒っているのかい?」

「そんなことないですよ! 舜も事情あるんでしようから」

「じゃあさ 可愛い顔が台無しだから 普通にしてよ」

 少し、歩こうと言われて、私達はメリケンパークまで歩いてきた。その間、私は、怖くて手も繋げなかったのだ。

「ここは、すずりとの想い出の場所なんだ」

「えー 私 舜とは来たことないんだけど」

「うん 僕は、友人の結婚式に呼ばれて、帰りにぶらっとここで休んでいたんだ。その時、君は多分、大学の仲間とだろうな 卒業式の帰りみたいで、4.5人でここで、はしゃいでいた。僕は、君を見た時、可愛いと思った。あの時は、髪の毛も長くて、風に舞って、天使みたいに見えた」

「あっ あの時だ 卒業式の帰り」

「明るくてね 子供みたいだった でも、4月になって、ビルに入って行く、君を見たんだ これは、神様がくれた運命なんだと思ったよ それでね、近づいたんだ」

「えー そんなことがあったんですか」

「この前 君は、自分のこと 子供っていっていたけど、僕は、今のままのすずりが好きなんだ 無理しなくて良い そのままその気になってくれ」

 そして、私は、抱きしめられたけど、そのまま、身を任せていた。そして

「不安にして、ごめん」と言って、唇を合わせられていた。私、そのまま・・。

 中華街で、食事をした後、商店街の宝石店に連れて行かれて

「すずりにネックレスをプレゼントするよ あんまり、高いものは駄目だけど」

 私は、「そんなー」と言って拒んでいたが、結局、店の中に入り、いろいろ見て、「できるだけ、細いものを」と、買ってもらったのだ。

「きれいだよ すずり」

「私 でも こんなの、貰ってしまって・・」

「気にしないで 僕が、そうしたいんだから」

3-⑹
 舜の会社が大阪で展示会に出展するので、見に来ないかと誘われたが、平日だったので、昼からお休みをもらって、出掛けることにした。

 ホテルレストランの関係者とか個人事業主相手らしいが、かなりの人で混雑していた。会場に入ると、厨房機械とか大掛かりなものから、色んなものが展示されていた。私は、こんなのをあんまり目にする機会も無かったので、珍しいものばっかりだった。

 中でも、並んでいる人が居たのは、焼きたてのパンを配っているところなんだが、わたしには、オーブンを展示しているんだか、パン生地なんだかなぁーと思いながら、舜のブースを探した。

 あった 目立たないのー 多分、事務所の女の人とふたりで、声を出しているけど、通る人はチラッと見るだけで、みんな素通りしていた。兵庫県と茨城県産のごま油を売り込もうとしているのだが、どうも、反応が良くないみたいだった。

 フースの前に行くと、舜が気が付いたみたいで

「すずり 来てくれたんだ ありがとう」

「うん どんなかなって思って」と、事務所の中野さんにも、頭を下げて挨拶をした。

「どうなの 商談まとまった?」と、私は聞いてみた。

「ううん かんばしくないなぁー パンフレットはみんな持っていくけど」と、舜も元気なかった。

「あのさー 生意気なこと言って、ごめんね 私、思うけど、スティツクのきゅうりとか人参につけるのって、当たり前じゃぁない? 今は、お菓子よ 例えば、パウンドケーキなんかも試食用に置いてみたら そうよ 私 さくらになるわ」

「えー すずりにそんなこと頼めないよー」

「いいの やってみたい やってみようよ」

「わかった 中野さん どこかでケーキみたいなの買ってきてくれないかな できるだけシンプルなやつ」

 準備が整うまで、他のブースを見て周って、ワインの試飲なんかもして、ほんのりお酒を飲んで勢いをつけて、又、戻ってみた。ちゃんと、パウンドケーキみたいなものも並んでいた。人の流れが多くなった頃をみて、思い切って声掛けてみた

「まぁ いい香りがするわね 国産なの じゃぁ安心よね」と、大きな声を出して、ケーキをつまんだ

「おいしいわ 洋菓子にも合うのね 健康的だから女性にはうれしいわね」と、少し、恥ずかしかったがアピールした。そのうちに、足を止め、何人かの人がつまんできて、私が、中野さんに説明を聞いていると、独りの女性の方が、舜に説明を求めてきた。2軒の洋菓子屋を経営していると言って居た。割と熱心に聞いていたので、見込みがあるのだろう。

 その後、私は、又、会場をぶらりとして、頃合いをみて、戻って

「じゃぁ私 帰るね」と、舜に伝えると

「あぁー 5時までだから、その後、飯でも喰いに行こうよ 今日のお礼」

「そんな ネックレスのお礼だから 明日もあるんでしょ 中野さんを誘って 私は帰ります」

「そうか いや 今日は助かったよ 有難う 気をつけて帰ってな」

 私は、大阪駅前まで出て、冬用のブーツとかわいらしい下着を物色して、帰りに吉野の箱寿司を買いに行って、高くて、躊躇したが、お母さんが気に入っているので、まぁいいかと買い求めて、家に向かった。

 家の近くの坂道を登っている時、後ろから付いてきていた。多分プチだ。そういえば、今日は私の中に居なかったのだ。

「なんでここに居るのよ ご飯食べたの?」

「何言ってんだよ 迎えに来たに決まってんじゃん 心配だからな でも、いいことあったみたいだな」

「あっ ありがとう まぁ調子いいかな でも、今日はプチへのお土産ないよ」

「俺 ご飯も食べないで、すずりチャンのこと待っていたんだけど それは無いだろう」 

3-⑺
 11月の日曜日、天気が良かったので、私は独りで2階のベランダに出て、電気コンロを持ち出して、ふぐの味醂干しを焼きながら、ワインをチビチビやっていた。と、言ってもプチも一緒だ。お父さんは相変わらず、ゴルフで出て行ったし、お母さんも仕事だから、こんな姿は、両親には見せられないかも知れない。

 気持が良くなってきて、プチも充分食べた頃、プチが戻ってきて

「すずりちやん 話があるんだけど・・ 実はな、チッチが調子悪いんだよ」

「えー どうしたのー どこか、悪いの?」

「うーん 何かね、こいつ寿命短いみたい それに、俺が無理させすぎたみたい」

「えー 死んじゃうの?」

「いや 直ぐって訳じゃぁ無いんだけど 俺が、すずりちゃんと出掛けて居る時に、何かあるとさー 俺は、戻れなくって、大変なことになるんだよ すずりちゃんから、出られなくなると、すずりちゃんに何が起こるかわからない」

「何かってなんなのよ せっかく、いい気持ちになってきたのに、醒めるじゃぁない 不安にしないでよー プチったら」

「例えばね 最悪 俺の精霊が強いと、すずりちゃんを追い出して、身体を俺が乗っ取ってしまうとか」

「何よーソレ 私は 何処へ行ってしまうの?」

「うーん そうなると 世間をさまようとか」

「そんなの めちゃくちゃじゃぁない 私 死んだようなものなの? そんなの嫌だぁー」

「待ってよ 最悪の話だよ そうなるのを、防ぐために、これから、俺は、すずりちゃんと外に出掛けるのは、よそうと思う」

「ということは、家ン中だけなの プチと話せるのは」

「そういうことだな これからは、自分のことは自分で守って」

「そうなのかー 自分で守ってねぇー それが、普通なのかもね プチと普通の猫として、又、会いたかったのかも」

「うん 先行きは、運が良ければ、又、合えるかも でも、その時は、俺のきおくはもうなくなっている普通の猫だろうな」  

3-⑻
 「プチ 私 舜と旅行行ってくるね お泊りだけど」

「おお 覚悟決めたのか」

「そんなんじゃぁないけど 場合によっては、もう、いいかなって思ってる」

「可愛いの 身に着けて行けよ もちろん、俺は行けないけどな 幸せにしてもらいな」

 車で行くので、近くの公園まで来てもらうことにした。家の者に会わすのは、まだ、抵抗があったのだ。

 「チッチの体力が無いので、坂の上からしか見送れないよ」と言うプチに見守られて、坂道を降りて行った。天気も良く、暖かい日だった。瀬戸内海の牛窓のオリーブ園に行くという予定だ。舜の会社では、取引が無いんだけれども、うまく行けば、挨拶程度はするつもりだと言って居た。待ち合わせの時間通りに舜は来てくれて、乗り込んだ。

「家の人には、泊まるのなんて言ってきたの?」

「会社の人と遊びに行くって 私、そんなこと、今まで無かったから・・ お母さんが、しくこく聞いてきてね、あんまり、賛成じゃぁなかったみたい でも、初めて、うそついちゃった」

「それは、申し訳なかったね それより、泊まりなんて、君がよく承知してくれたと思ってさ でも、後悔させないようにするから」

「いいのよ それより、楽しみ 行ってみたかったんだ 日本の地中海でしょ」

「うん 今日は天気が良いし、海もきれいだと思うよ」

 有料道路とかを走って、お昼前に一本松の展望園という所に着いていた。

「昼ごはんでも、食べようか 景色もいいところだからね」と、言って、車を停めた。遠くに海が見えるけど、展望園と言うわりにはなぁと、私は、少し、不満だった。と言うのも、もっと車から走る景色に海を期待していたんだけど、これまで、山ん中が多くって少し、うんざりしていたからだ。と、言うより、私、車ってあんまり好きじゃぁ無いみたいって初めて感じた。お昼もあんまり、食べたいものもなかったし、夜のご飯に期待していたので、ハンバーグとコーヒーだけにした。

 それでも、オリーブ園に着いた時には、素敵って思っていた。瀬戸内海の島もはっきり見えるし、海も光っていた。たくさんのオリーブの樹が植わっていて、実はもう収穫が終わったのか数個しか付いていなかったが・・それでも、下草もちやんと管理されているので、歩きやすくって、私は走りまわっていたのだ。写真も撮りまくっていた。

「すずり そんなに、走ると転ぶよ 時間はあるんだから、ゆっくりね」

「うん でも 開放的で、素晴らしいわ ひとつひとつの樹の表情も違うのよ 楽しくって」

「なんか 猫が野っぱらで遊んでいるみたいだよ」

 私が、散々楽しんだ後、ヨットが並んでいる港の側にある白壁のホテルに入った。そろそろ夕陽になろうかという時間で、何だか、本当に外国の港町に来たような風景だった。

 部屋に入って、二人きりになると、私は少し緊張したけど、窓の景色に見とれてしまって、窓際に駆け寄っていた。後ろから、抱きしめられて

「すずりはきれいだよ 食事まで、散歩に行こう」と、ささやかれて、口を塞がれた。私は、もう、ぼゃーっとしていたのだ。

「今日はね 夕陽が綺麗だよね こんなとこでヨットに乗る人ってどんな人達だろうね」と、外に出た歩き始めた時、、私は腕を組んでいった。

「金と時間に余裕がある人だろうな でも、僕には、すずりという宝物がある」

「舜は本当に上手ね そういう言い方」

 夕食は、テラス席で簡単なバーベキューと地中海風の料理ということだった。最初に数切れのお肉、牡蠣、海老と野菜がバーベキュー用に用意してあった。じゃぁワインにしようかと言って乾杯したけど、口当たりが良くって、この時は、私は、気をつけなくっちゃと思ったんだけど・・。そのうち、鯛の香草ソテー、小さな牡蠣のココットが出てきて、もう、お腹がいっぱいだったけど、最後にパエリァが出てきたのだった。それまでも、私、ワインをお代わりして飲み過ぎていたみたい。

「舜 もう、お腹満足だし、おいしかったから、飲み過ぎたみたい」

「うん いっぱい食べたね コーヒーでも飲むか?」

「ううん もう、満足 お腹、苦しいくらい」

「そうか じゃぁ 部屋に行って 休憩するか」

 部屋に行くとき、舜は私の肩を抱くようにしてくれて、ふらふらと帰った。

「お風呂に入るかい?」

「ううん しばらく、ベランダに居る 動けない 先に、入ってー」

「そうか、じゃぁ 先に行くよ 寝ちゃわないようにね 風引くから」

「うん 気持ち良いの」

 舜は、冷たい缶コーヒーを持ってきてくれて、先にお風呂に行った。だけど、私は、頭の中では、いよいよなんかー どうしょうと、考えていた。風が心地よくて、少しうとうとした頃、舜があがってきた、バスローブ姿だった。それだけで、私、ドキドキしてしまって・・。

「大丈夫? 寝て居ない? サッパリしたよ」と、言って、冷蔵庫からビールを取り出していた。

「ちょうどいい感じ 風が気持ちいいわー たまに、遠くに船が通るのね」 舜は横に椅子を並べて、私の肩を抱き寄せてきた。私は、されるがまま、舜の肩に顔を傾けたていた。

 しばらくして、私は、決心して「お風呂入ります」と、言って舜のホッペにチュッとして向かった。用意してきた下着を持って。湯舟に浸かると、又、酔いがまわってきたみたい。でも、念入りに洗って、髪の毛も洗った。

 酔いに任せてという訳では無かったが、私は、思い切って、腰の部分が大きなリボンなっていて、胸元もリボンになっている下着を着けて、バスローブを着て舜の前に出て行った。ちょっと、恥ずかしかったので、誤魔化すために髪の毛を乾かしていた。舜は知らんぷりをして、外を眺めているふりをしていた。仕方ないので、私は乾かし終えると、舜の膝に乗るようにして、抱き着いて行ったのだ。

「ごめんね 長かった?」

「いいや いい香りがする 石鹸の 今夜は、二人の特別な夜にしてもいいのかな」

 私が、答えるかわりに、小さくうなずくと、唇を合わせられて、抱いてベッドに連れていかれた。その夜、私は、舜のものになったのだ。でも、終わった後、何となく幸せを感じていて、朝まで舜に抱き着いていたのだった。

3-⑼
 旅行から帰って、しばらく、舜とは会えてなかった。なずなから連絡が来て、金曜の夜、美浜で会おうよと言って来た。

 私は、会社を出て、直行して、お店のドァを開けた。まだ、お客は誰も居なくて、あの懐かしい顔が見えた。石積さんだ。

「お久し振りです。お元気そうで・・」と、メニューを出してきた。

「今日は、牡蠣のいいのが入っていますよ」と、言ってくれたが

「ごめんなさい。先週、食べに行ったとこなの」

「そうですか じゃぁ やっぱり、お肉かな」

「ええ さっぱりとしたお塩で それと、ビールがいいかな」と、オーダーした。

「ごめんね やっぱり、すずりの方が早かったか 急いだんだけど」と、なずなが入ってきた。

「私も、今着いたとこよ なずなも久分だよね」

「そうだね すずりもしばらく会わなかったけど、なんか色っぽくなったわね」

「ジョーダンやめてよー なんも、変わんないわよ」

「そうですよねー 僕も、一瞬 感じました」と、石積さんも言ってきた。

 突き出しに柿とえのき、とびっこの和えたものを出しながら「何飲む?」となずなに聞いていた。

「私 ハイボールが良い」と、なずなが答えていたけど、この時、私は「あれっ」と思ったのだ。

「実はね 私、土曜日だけ、ここでお手伝いしているのよ」

「えぇーっ 何よ それ なずな どういう訳?」

「ちょくちょく 一人で飲みに来ていたのよ それで、お願いしてね」

「だけどさー どうなってんのよー あなた まさかー」

「うん 付き合っている ちょいちょいデートもしたわ」と、さらっとなずなが言った。

「ちょっと 待ってよ いつの間に そんなことに・・」

「だってさー すずり 煮え切らないからよ 先に・・ 駄目だった?」

「いいえ べつに・・私・・ でも、良かったわね うまくいったんだ」

「うん 押しかけみたいなものよ ねぇ 修一」

 石積さんは、答えずに、調理をしながら、笑っていた。私は、残念な思いもあったが、でも、私が悪いんだ。はっきりしなかったから。あの時、お店の前を私がウロウロしていた時に、会えていたら、どうなっていたか。だけど、今は、舜への想いがあると自分に言い聞かせていた。

「それで すずりのほうはどうなの?」

「うーん ぼちぼちね」

「あぁ そうか 出来たのか― 良かったじゃぁない」

「何にも言って無いわよー」

「だって ふんいきが前と違うもの 変わったわよ ねぇ どんな人?」

「違うって ちゃんとしたら、なずなに報告するって」

「そうか 進展中かぁー 決まったら、教えてね」

第四章

4-⑴
 旅行の日からしばらく経っていて、その間会ってなかったが、久々に、舜のマンションに行くという約束をしていた。

「プチどうしょうか」

「どうって? なにを」

「あのね また 迫られたら」

「そんな このまえ、もう、任せてしまったんだろう」

「でもね 又 しちゃうと、ずるずる なっちゃうんじゃぁないかと」

「そんなことは 俺に聞くなよ わからないよ 女の気持は」

「そうだよね でも プチも一緒じゃぁないし 私が決めることだよね」

 今日は、ハンバーグを作ると私は、言っていた。途中、和牛の小間と豚肉の小間を買って行った。我が家のハンバーグはひき肉は使わないというのが、私が料理を教えてもらってからのやり方だ。お母さんも、そう教わってきたと言っていた。

 駅から、独りで向かって、マンシヨンの玄関ロビーの手前でインターホーンを使って、部屋番号を押すというシステムだ。部屋の人と話して、ロビーを開けてもらって、建物に入れる。エレベーター
降りると、舜が待っていてくれた。

 部屋に入るなり、抱き寄せられ

「待ち遠しかったんだ。旅行に行って以来だからね」

「うーん なんか恥ずかしくって あのさー 今日は、とびっきりのハンバーグだから」

「それは、楽しみだけど キッチンが狭くて、申し訳ないね」

「チョットね でも、大丈夫よ、何とかなるから 待っててね」

 料理を始めたけど、舜が側で見ていて

「恥ずかしいから、あっち行って居てよ じゃまだし」

「そう言うなよ なんか 手伝いでもって思って」

「いいよ それより ニンニク 強めが良い 匂いするのダメ?」

「ああ 多い目でいいよ 精つけなきゃ」

 気になること言われたけど、私は無視していたのだ。変な言い方だったけど、だって、今日はその気、無かったから・・。付け合せのマカロニのサラダと人参のグラッセもうまく出来た。お皿は、前に買いにいった私のお気に入りの白いお皿で端っこにバラの絵が描いてあるものに盛った。上出来だと思った。最後にクリームベースのソースをかけて

「出来上がり 特製ハンバーグ」

 食卓に並べると、舜がワインを用意していた。

「雰囲気的に白を用意したけど、いいかな ハンバーグおいしそうだし あっさりの方が良いかなって」

「べつに 私そんなのわかんないから 白でも赤でも」

「そーだよね こんなのは、雰囲気でいいと思うんだよ じゃぁ 乾杯」

 私は、乾杯より、おいしいって言ってよと思っていた。

「うーん うまい 肉の味もしっかりしている 今まで食べていたハンバークは何だったんと思うよ 肉汁も出て来るし、これは、一流だよ」

「そう よかった お口に合うか、心配だったんだもの」

「いや いつも、こんなの食べたいよ すずりは料理も上手だね」

「褒めてもらえて、うれしい 作った甲斐あったわ」

 食べ終わった後、お皿を洗っていると、舜に後ろから抱きしめられた。

「ゆつくり して行けないのか?」

「うん お父さんがいるから、晩御飯作んなきゃ」

「そうか 仕方ないよね」と、言って、しっかり抱いて、キスをしてきた。私は、それに応えたが、それ以上は・・。

 帰る時、駅まで送ってくれたが、私は、これで良いんだと自分に言い聞かせて、だって、ずるずるは嫌だったんだもの。  

4-⑵
 なずなから連絡をもらつて、美浜に行ってみた。カウンター越しになずなが居て、動いていた。

「すずり いらっしゃい ようこそ 美浜に」と、少し、おどけていた。

「なによ すっかり お店の人ね」

「そうよ 美人ウェイトレス 何にする? ビール ワイン?」

「うーん ワイン」

「真鯛のカルパッチヨ 新鮮よ」と、前菜みたいなものを出してきた。ワインは石積さんが注いできた。

「ねぇ 聞いて 私達 結婚するの 年あけたら」

「えー そんななのー おめでとうと言うべきなのかなぁー 私 ショック」

「うふっ 驚きでしょ 彼 プロポーズしてくれたんだ」

 その時、私は、石積さんの方を見たが、微笑みながら調理していた。なずな ずるいって思う気持ちと良かったねと思う気持ちが交差していたのだ。

「すずり 何か食べる?」と、言われて、我に帰って

「うん いつものランプ肉 お塩で」と、言ったのだけど

「今日は、ガーリックソースがいいわ」と言い直していた。

「今ね 週に2.3回は修一のとこに泊って、そこから出勤しているのよ」

「なんなのよ 突然 何で そんなこと、前に言ってくんないのよ」

「だって 押しかけなんだもの すずりには言えなかったんだよー 年明け 早々に彼がマンション借りてくれて、そこに一緒に住むわ」

「あのねぇー 私 びっくりしているのよ」と、ワインのお代わりをした。

 お料理を石積さんが出してきたが「どうぞ ごゆっくり」と言ったきりだった。もう、私には興味もないのかなぁーと感じながら、でも、いつものようにおいしいと思っていると

「あのね すずり マンシヨンに移るの、楽しみにしているのよ」と、小声で言ってきた。

「そりゃぁ そうでしょ」

「彼がね 愛してくれるでしょ 今は、親と一緒だから、声も出せないのよ」

「なによ それ 声ださなきゃいけないの?」

「うん そんなことって、私も思っていたんだけど 自然と声出したくなっちゃうんだよね 愛されているんだと思うと」

「なずな 刺激強すぎるわ そんな生々しいの やめてよー」

「あー ごめんね すずりには・・体験談よ」

 その時、私は、舜のことを想い出していた。そして、あの旅行の時のことも。私、真っ白で声も出なかったのだ。

 家に帰る時、坂道を歩きながら、私は、舜のことを思い出していた。なぜか、今、抱いて欲しいって思っていたのだ。

4-⑶
 舜とお昼ごはん一緒に食べていた時

「今年のクリスマスはホテルで一緒に過ごそうよ 予約するから」

「えー お泊りなんですかー」

「そう メリケンパークのホテルで 良いだろう?」

「えぇ まぁ でも・・ うれしいんですけど・・」

「けど? 楽しめばいいんじゃぁない?」

「そうですよね 楽しみにしています」

 私は、又、決心しなきゃぁなんないんだと思っていた。この前、抱いて欲しいと思っていたんだけど・・ほてっていた。

 会社に戻って、響先輩に報告すると

「良かったじゃぁ無い 今年も誘われて・・ 私とこなんか、もう、醒めたみたいで、全然その気ないんだから・・」

「イベント無しなんですか?」

「形だけでも、ケーキとお料理ぐらいはするけどね 全部、私に任せっきりなんだから・・ 男ってそんなものなのよ」

「そうかー 舜もそうなるのかなー」

「舜 ねぇー うふっ 熱いね もう、あっちは、済ましたの?」

「あっちって? やだー 先輩 私 そんなー」

「あのねー あんまり、じらすと 早坂さんだって、他の女の子に眼がいっちゃうよ そうなると、もっと、すずりちゃんがみじめになるでしょ ほどほどにしないと自分の首を絞めるようなものよ」

「うん わかりました」

「本気なんなら 今度がチャンスよ そろそろ1年になるんだからね」

 そうなんだ。確かに、この前からも、しばらく経っているし・・男と女の間柄ってそういうものなのよねって、思っていた。

4-⑷
 久々にプチ(チッチ)を洗って、お風呂上りに2階に連れて上がって、身体を拭いてあげながら

「ねえ クリスマスの時、お泊り誘われたんだ 行こうかと思ってるのよ」

「いいじゃぁないか」と、プチが急に私の中に戻ってきた。途端にチッチが嫌がって、ベッドの端っこに逃げてしまった。

「うーん 2回目だけど・・大丈夫かなぁー」

「抱かれることがかー そんなこと、俺に聞かれても、わかるわけないじゃん でも、やさしくしてもらえよ 俺は、行かないよ」

「だよね プチがいると、なんかやりにくいと思うー」

 クリスマスの近い土日で、「美浜」のなずなからも誘いがあったんだけど、今回は、断っていた。当日、三宮の駅で3時に待ち合わせをしていた。私は、深いローズ色のベルベット地のワンピースで腰より少し上で結すび前でリボン飾りにするといったもので着飾った。お母さんが買ってくれたものだった。家を出たとこの坂の上から、プチに見送られて、出掛けていった。

 思っていたより、自分でもワクワクしているのがわかった。駅は混雑していて、舜と会えるかしらと思いながら、キョロキョロしたが、直ぐに声を掛けられたのだ。

「ごめんなさい 待たしてしまった?」

「いいや まだ、時間の少し前だよ そのリボン可愛いね」

 私は、服と同じ色の布で左側の髪の毛を少しだけ耳のところで結んでいたのだ。褒めてくれて、単純なんだけれど、少し、嬉しくて・・。

「暗くなるまで、ハーブ園に登ろうか 上から見るのもきれいだよ」

「うん 素敵なんだろうな 行こ―」と、私は、腕を組んでいった。

 上に登ると、夕陽が沈んでいくところだった。

「うわー きれいね タイミング良かったわ ねぇ 舜」と、私は感激していた。

「うん みごとだね これだけでも、来たかいあったかな」

 しばらく、散策していると、街の灯りも点灯し始めていた。殆どがカップルだった。みんな、これから、どんな夜をすごすのかなって、私は想像していたのだ。

「そろそろ行こう あちこちでイルミネーション見られるから」と、私達はホテルに向かった。途中、商店街とかで、ツリーなんかも飾ってあったりで、華やかな電飾がいっぱいで・・。ホテルの近くでも、向こうの方にモザイクのツリーと観覧車の灯りが見えて、絵本のような景色が広がっていた。

 部屋に着くと、窓には暗い海が広がっていたが、遠くには灯りがチラホラして、行きかう船も見える。コートを脱いで見とれている私の肩を舜が抱いてきて

「そうやっている君の後ろ姿もきれいだよ こうやっていられることに幸せを感じる」とささやいてきた

「そんな 歯が浮くような言葉・・でも、うれしいわ 良かった」

 唇を軽く合わせた後、舜はホテルのレストランに電話しているようだった。席の確認をしているみたい。

「鉄板の席は少し待つみたいだけど、食前酒を飲みながらテーブルで待つことが出来るみたいだから、行こうか」

 やっぱり、お肉はおいしかった。お腹がいっぱいになって、少し、歩きたいと私が言ったので、近くの公園まで歩いた。それぞれのホテルとか建物の灯りが豪華でなんと贅沢なことなんだろうと感じたのだ。少し、寒くなって、私は舜によりくっついていったら、肩を包むように抱いてくれて、もう、私はこの人のものになってしまったんだと覚悟していた。

 部屋に戻って、「お風呂に入るかい」と聞かれたけど、先に入ってと私は、答えていた。やはり、バスローブ姿で舜が出てきた時、ドキドキしてしまった。その後、私も、ゆったりとお風呂に浸かって、洗面所で髪の毛を乾かしながら、独りごとで「プチ 覚悟するね」とつぶやいていたのだ。

 今夜のために、私は、長い目のキャミソールを用意していたのだが、洗面所から出る時は、バスローブを羽織っていた。窓際に座っている舜に寄って行くと、抱き寄せて、膝の上に抱えられていった。

 そして、ベッドに抱えられていった時、バスローブを抜き去られて、私は、恥ずかしいのもあったが、舜に抱きしめられると、私も抱きついていったのだ。

4-⑸
 年末28の日に美浜に寄ってみた。私は、会社のほうは、今日から年末年始の休みになっていた。店に入ると、少し、メイクが濃いめになった、なずなが迎えてくれた。

「いらっしやい すずり もう、会社休みなんでしょ 私は、今日3時までだったんだ」

「そう 直ぐに、お店手伝ってんだ」

「そうよ 31日の深夜3時までやるんだって それから、大掃除なのよ」

「うわー 大変ね じゃあ 寝正月なんだ」

「うん でもね マンション 30日から使っても良いって話になって お布団だけ 運ぶんだぁ わかるでしょ たっぷり、寝正月 あっ 何にする? のどぐろ あるよ!」

「うん いいねぇー じゃぁ お酒 1杯だけ おじさんみたいだね フルーティーなのにしてよ」

 皮目を少しあぶってあってのどぐろの切り身が出てきた。お醤油の横には、柚子が添えてあった。

「柚子をたっぷり、掛けてね この突き出しもおいしいよ 私が作ったの キャベツを細かくして、玉ねぎおろしたのと飛びっこの和えたの」

「ヘェー そんなことまでやるんだ なずな すごいね じゃぁ 突き出しから」

 口に運ぶと、確かに、おいしい。お正月に私も作ろー。のどぐろも程よい脂がのっておいしかった。

「うまい なずなのも おいしいー」と、思わず言ってしまった。

「でしよう その辺りの居酒屋とは違うのよ」

「そうねぇ おかみさん とっても、おいしゅうございます」

「なに よー すずり ひがんでるのー」

「そうなこと無いよー 石積さん なずなのことよろしくね 昔から私の一番大切な親友なんだから・・ 強引なとこあるけど、私と同じで慎重派だけど・・」

「すずり ありがとう だけど、あんたのは慎重ってより臆病に近いんだけどね」

「なずな! じゃぁ 言うけどさー 高校の時、男子校の学園祭に行こうって言った時、尻ごみしてたし、大学の時も、京都の地下の穴倉みたいな喫茶店の時も、昔からのとこだから行こうって言っているのに、怖いからって、だけど、無理やり連れてたこと覚えている?」

「わかったわよー それ以上 ボロ言わないでー」

 もう独りの若い男の人が鍋を振りながら、声を出して笑っていた。私が、お店を出る時、なずなは

「すずり 落ち着いたら、招待するから、新居 遊びに来てね でもね、多分 式は、沖縄で二人っきりになりそう だから、呼べないかもしれない」

「えー そう それも好いかもね でも、遊びにいくね 新婚さん家庭 あー お正月、たっぷり可愛がってもらってね」

 帰り道、私は、思いだしていた。お母さんに、「お付き合いしている人がいるのなら、親にもちゃんと紹介しなさい。そう、お正月がいいわね すずりにも、着物着せてあげるし、見てもらいなさい えーと 2日の日ね わかったー」と、一方的に言われていたのだ。憂鬱だったんだけど、一応、舜に連絡してあるのだ。私、お付き合いしている人が居るなんて、言ってないのに・・

第五章

5-⑴
 年が明けようとしていた。私は、プチ(チッチ)と寒いと言いながら、ベランダに出ていた。プチにも毛布を掛けてあげていた。遠くから、除夜の鐘の音が聞こえてくる。そんな音は、初めて聞いたと思った。

「昔は一本花火を誰かがあげたのにね もう、ダメになったのかなぁー 覚えている? 私の高校受験の年 一緒に見たの」 プチは「ふぁー」と声をあげた。

「明日は、ダラダラしょっ と お父さん達も今年は、初詣、出掛けないって言っていたから・・ なづなは今頃、お客さんと盛り上がっているんだろうなぁー その後、彼に抱かれて、過ごすんだろうな 羨ましい」と、ポツンと言ったら

「何 羨ましがっているんだよ すずりちゃんだって、クリスマス 楽しんだんだろう あのさー チッチを外に連れて行った方がいいよ 夕方から、ずーと家ン中だから、オシッコ もう、2階から自分で降りて行く体力ないんだよ」

「そう もう少し プチと話したかったんだけどなぁー」

「うん 明日の朝ね 俺も、チッチに戻るから もう」

 翌朝、8時頃、お母さんに起こされた。

「すずり いつまで、寝ているのー お正月だって 元旦なのにー お餅ぐらい 焼いてちょうだい それと、だらしない恰好じゃぁだめよ ちゃんと、してきなさいね」

 私 ちゃんとって意味がわからなかったけど・・ そうだね ルームウェァじゃあ 駄目なんだろうなって、思って、髪の毛もまとめて、小さな飾りも付けて、降りて行った。お母さんは、着物姿だった。

 プチはもう、家ン中に入れてもらって、リビングのお父さんの横に座っていたが、私が台所に立つと足元に寄ってきた。

「チッチ よかったわねー すずりが降りてきて さっきまで、私のまわりでウロウロするから、叱ったのよ そうしたら、お父さんのほうに逃げて言ってね ご飯、催促しているんだろうけど お正月だから、みんなと一緒にと思ってね」

「そう お餅 何個?」

「お父さんとお母さんはひとつづつ あとは、あなたの分 焼けたら、そこのお椀に入れて、そこのお汁を温めて、注いでちょうだい 人参、里芋、筍、椎茸ちゃんと分けて入れてよ」

「プチはお餅 食べられないもんなぁー 去年、確か、ままかりも酸っぱいからか食べなかったもんなぁー やっぱり、ローストビーフとかまぼこかー」と、私か、ぼそぼそ言って居ると

「すずり まだ、寝ぼけているの― チッチでしょ プチって・・ あなたも、お雑煮の作り方ぐらい覚えておきなさいよ お嫁にいったら、困るわよ」

 私は、現実に戻されたと感じた。そうだ、明日は、早坂さんが来るんだ。何だか、少し、憂鬱になった。へんな話になったらどうしよう・・。

 次の日は、早目に起きていったら、

「すずり お雑煮のおつゆ、作りなさい。今日は、おすましだからね」

 ウチは、昔から、元旦は白みそで、2日はおすましなのだ。

「そこのお鍋 さっき、昆布を入れてあるから、取り出して、鶏肉を入れて、沸騰したら、取り出してちょうだい。お塩と醤油で味付けてね。薄口よ、それから、かつおだしで具合見て・・お肉は、チッチにあげるから・・」

「そんなに・・いっぺんに言わないで・・ゆっくりとね」

「食べたら、着物に着替えるんだからね ゆっくり してられないからね 来られるんでしょ」

 食べ終わって、片付けをして落ち着いた頃、和室に連れていかれた。今日は、紺地の加賀の小紋の着物が掛かっていた。一通り、支度を終えた時、お母さんは

「ちょっと 暗かったかしら その方が、しまった感じで良いかもね 帯が朱色だから良いか お化粧 濃いめにした方がいいね 口紅も紅いほうがはえるわよ」

 お化粧を直して、リビングに行くと、お父さんはリラックスした服装だった。別に、お父さんまで着飾る必要ないんだけど

「お父さん ゴルフでも行くの?」

「えー これか あんまり恰好つけると向こうも構えるだろう 気楽にな でも、すずりは売り込むんだから、べっぴんさんに飾らなきゃやな」

 お昼になる頃、プチ(チッチ)が、お庭側のガラス戸を引っ掻いてきた。坂の上から来るのを見ていると言っていたので、多分、舜が来たのだろう。迎えに行くと言ったのだが、自分で来ると言っていた。

 私は、門のところまで迎えに行って、坂を登り切った舜の姿を見て、手を振った。家の前まで来た時

「すずり きれいだね 着物姿素敵だよ」と、言ってくれた。

「ありがとう お正月だからね どうぞ 入って」と、言っていると、プチが私の横をすり抜けて家の中に入って行った。

「ああ あの猫が君が言っていた・・さっき、坂の上から僕のことを見ていた」

「うん 相棒のプチ」

 リビングに通した。お父さんは、朝の続きで、チビチビやっていた。

「初めまして、早坂舜と申します。お嬢さんとお付き合いさせてもらっています」と、舜も堅かった。

「うん 聞いています。まぁ 気楽にな とりあえず 娘がお付き合いしている人は、どんな人か知っておくのも親の務めだと思うので来てもらったんだが・・ まぁ 座って 飲めるんでしょう?  ビールがいいかな スコッチもあるが・・」

「はぁ じゃあ スコッチを」と、舜はお父さんのグラスを見て、合わせたみたいだった。

 お父さんとお母さんが並んで座ったので、私も舜と並んで座った。すると、プチが横にちょこんと乗ってきた。

 それからは、お父さんとお母さんが、舜に、仕事は、出身はとか家族とか、学生時代は、今の生活とか質問ばっかりで・・

「ちょっと そんなに質問ばっかりじゃぁ 取り調べみたいじゃぁない! 舜も困るわよー」と、思わず言ってしまった。

「あー すまん でも、他に 話すことといってもなぁー つい」と、お父さんが言っていたが

「へたなゴルフの話とか、お酒の話とか、他にもあるじゃぁない」と、私、少しイラついていた。その時、プチは、お父さんの膝に飛び乗っていった。

「あら チッチ 珍しいわね」と、お母さんが言うと

「あっ この猫 チッチって言うんですか さっき、プチって・・」と、舜が不思議がっていた。

「あのね 舜 私 時々、間違うみたいなの 私の中では、プチなんだけど・・」

「そうなのよ でも 私 疑っているのよ 本当は プチじゃぁないかと」と、お母さんも言っていた。その時、今度は、プチが舜の膝に移っていった。

「おぉー 気に入ってくれたのかなー」と、舜はプチの頭を撫でながら

「僕のことは、色々と知ってくれるほうが、嬉しいんです。僕は、すずりさんと結婚を考えてお付き合いさせてもらっていますから・・」と、「あーぁ 言ってしまった」と、私は思った。

「舜」としか、私は言葉ならなかった。その時、お父さんもお母さんも、言葉を出せなかったみたいだった。気まづいと思ったのか、しばらくして、舜は、私と初めて出会った時のこととか、会社の前で、もう一度見た時のこととかを話し出していた。その間、プチはゴロゴロと喉を鳴らしていた。お父さんが、ようやく、口を開いた。

「この子は、小さい頃から、一生懸命勉強もしたし、気立ても見た目も悪くないと、親のひいき眼ではないが、そう思っている。だけど、男に関して、いろいろ言い寄られたこともあったと思うが、まるで、相手にしてこなかったんだ。そんな中で君のことを選んだというのは、何か、感じるものがあったんだろう 君も娘を思ってくれるというのは、親としては、嬉しいと思う だから、これからも、よろしくお願いします」と、頭を下げていた。

 それからは、お父さんも、ゴルフの話とかをして時間をつぶしていた。その間、プチは私のそばに戻ってきて寝ていた。お母さんは、話に飽きてしまったんだろう、台所にちょこちょこ行って、何かを作っていた。私は、仕方ないので、その場で我慢して聞いていたのだ。

 夕方近くになって、お父さんも飲み疲れみたいな様子だったので、舜が

「そろそろ、お暇します。今日は、ご馳走になりまして、ありがとうございました」と、お母さんに向かって言ったら

「あらっ もう 夕ご飯も召し上がっていって」と、ご愛想で言っているようで

「いいえ あんまり お邪魔していると、ご迷惑なんで」と、舜も遠慮していたのだ。

「坂の下まで、一緒に行くね」と、舜が帰る時、私はお母さんのショールを手にしていた。

「いいよ 寒いから」と、舜が言っていたけど、脇に付いて行った。プチも坂の上まで一緒に来て

「いいか すずりちゃん ちゃんと意思表示しろよ 舜 頼むぞ」と、言い出した。

「えー なんか すずり 言ったか?」

「ううん 何にも プチ へんなこと言わないでよー」

「すずり 時々 ぶつぶつ 言うよね」と、坂道の途中で聞いてきた。

「そう 相棒のプチがね 舜のこと気に入っているのよ」

「プチ? チッチって呼んでた猫のこと? なんか、相当、すずりのこと 懐いているみたいだね さっきも、そこまで付いてきていた」

「うん 私の中に居る猫なんだ」 又、変なことを言い出したと思われているんだろうな、舜は黙っていた。

 坂の下の公園を横切る時、舜は私を抱きしめてきて

「すずり 決心してくれ 結婚して欲しい」と、言って、唇を合わせて来た。

 私は、そのまま、身を任せていたのだ。意思表示のつもりだった。

5-⑵
 4月中旬 私は、明日に式を控えていた。プチ(チッチ)とベッドに寝そべって

「プチ 連れて行けないけど、元気にしていてね。時々、会いにくるから・・ 私 プチがいてくれたから、今まで、元気に過ごせてきた」

 そうしたら、プチが私のホッペをしきりに舐めて来た。そして

「すずりちゃん 俺も、楽しかった 海にも連れて行ってくれたし、いっぱい、想い出あるよ 元気でな 幸せになってくれよな」と、私の中に帰ってきていた。

「プチ そんなー 又、会いに来るんだから・・」

 次の日の朝 私は、美容室に早い目に来てくれと言われていたので、両親より先に言えを出ることになっていた。ご飯を食べ終わった時、プチが膝に飛び乗ってきて、私によじ登ってきて、又、ホッペをしきりに舐めようとしていたのただ。

「どうしたの プチ お化粧くずれるわよ」

「すずりちゃん 俺は、いつも、すずりちゃんの側に居るから・・ 元気でな おめでとうな」と、言ってきた。

「大袈裟よ プチ 少しの間だけよ 新婚旅行から帰ってきたら、直ぐに、又、来るわよ」と・・

 出て行く時も、プチ(チッチ)は、ずーと坂の上から見守っていてくれたのだった。

5-⑶
 私達は、新婚旅行の地中海沿岸から帰ってきて、直ぐに、私の実家に寄った。お土産をお母さんに渡して

「プチはどうしてる? 今、居ないの?」

「すずり それがね あなた達の式の日 私達が出かける時、チッチが私に飛びついて来て、だから、抱きかかえたんだけどね そしたら、私の顔を舐めて来るんで 止めてよチッチ っておろしたんだけど そのまま 出掛けたの それでね、帰ってきたら それでね それっきり、見当たらなくなってしまって・・ ごめんね すずり あの子 やっぱり プチ だったみたいね もうチッチも寿命が来てたんで、独りでどこかに消えて行ったのよね もう 1週間も帰ってこないわ」

「そかなぁー プチは私と共同体なのよ そんなー 一人だけでどっかに行くわけないわ 庭にいるんじゃぁないのー」

「落ち着けよ すずり 気持、わかるけど 猫は死に際は 主人にその姿を見せないんだよ」と、舜は冷たく言って居た。 

最終章

結末
 結婚して数ヶ月が過ぎた。梅雨の合間の雨が止んだ時、舜と散歩に出かけた。海沿いの公園で、私は、舜の腕にくっついて歩いていたのだ。

 すると、植え込みの中から、子猫の鳴き声がしてきた。探して、覗き込むと、顔の半分が白黒の子猫が・・。

 私が「プチ」って呼ぶと・・「ニャー」って、帰ってきたのだ。身体がまだ濡れていて、ドロドロだった。

「可哀そうに 寒いんじゃぁ無い」と手を差し出そうとすると

「よしなさいよ 病気があるかわかんないだよ」と、舜が言ってきて・・

「ほおっておけよ」と、歩き出した。私も、仕方なく後を追ったんだけど・・

 その子猫は、植え込みから出てきて、又、「ニャーン」と私のほうに鳴いていた。私には、プチが「おぉーい」と言っているように聞こえたのだ。

「舜 あの子 プチよ 絶対 私 つれて帰って良い?」

「ウン そこまで・・ 仕方ないな わかったよ」

 私が、その子猫に駆け寄って、抱きかかえると

「プチ よろしく 僕は、すずりの旦那だよ」と、舜はその子猫に向かって言ってくれた。

「ニャーン」と、返していた。

「プチ 又 一緒に暮らそうね」と、私が話しかけたが・・

 「ニャーン」と言って、私の手を舐めるしか、返事が返ってこなかった。でも・・私の中にプチは居る
   forever and ever

私の中に猫がいる 完結

私の中に猫がいる 完結

俺はプチ 捨て猫だったのを少女に拾われて、幸せな日々だったが、ある日少女の身代わりとなって、トラックに飛び込んでいったつもりだった。猫の神様のもとに居たが、短い生涯だったので、もっと、少女のもとで暮らしたいと、許しをもらい、魂だけが戻れることになった。そして、彼女を守るのだが・・

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2021-08-19

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著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 第一章
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 7
  8. 8
  9. 9
  10. 10
  11. 11
  12. 12
  13. 13
  14. 14
  15. 第二章
  16. 16
  17. 17
  18. 18
  19. 19
  20. 20
  21. 21
  22. 22
  23. 第三章
  24. 24
  25. 25
  26. 26
  27. 27
  28. 28
  29. 29
  30. 30
  31. 31
  32. 第四章
  33. 33
  34. 34
  35. 35
  36. 36
  37. 第五章
  38. 38
  39. 39
  40. 最終章