平安

1.

「男が怖いんだね」
男は兄の友人でした。
友であり、上司であり
兄の地位を上下左右する権力を持っています。
「俺が守ってあげるから。中に入れて」
女は怖いと思いました。
この方も怖い
でも兄のためには仕方ないと思いました。
女は権力に負けました。
「いい子だね」
男は笑って女を抱き寄せました。
もう三年ここに通っています。
あまり怖がるので過去があるのかと男は思っていました。
でも体は白で
「なあんだ」
面倒くさいなと男は思いました。
思いながら、もうにこにこしながら
初めてという女を抱きました。



親は死んで、兄だけが頼りのようでした。
その兄もたまにしか会いにきません。
「物騒だね」
男は知らぬ間に、家人の総入れ替えを行っていました。
金でつられるような奴は失格
他の貴族の邸へ転職させてやります。
男の誘いに応じた女房※も失格
すぐ抱き込まれる奴は信用なりません。
「他の男が入ってこないようにしておくね」
男は約束を守る人でした。
代筆の女房に美人をそろえて
「いいのがいたら、取っていいから」
その代わり通さないでと固く誓約させました。
計算高い女を侍らせ、女に壁を作りました。



「あの門番、君のこと好きみたいだね」
家人の中で唯一、権力に屈しなかった男がいました。
女の許可しない客は絶対に通さない
忠実な僕です。
「偉いね」
男はすっかり女に入り浸っていました。
「惚れた女が他の男のものになっていくのを黙って見守るだけなんて」
俺にはとてもできないけどねと男を褒めてやります。
「偉いから、ずっと雇ってやろうね」
男はやさしく言いました。
見せてやらなきゃね
君が幸せになっていくところ
「もっと見てる人が楽しめるプレイをしようか」
男が提案するから
女はきゅっと固くなりました。
「隠そうったって無理だよ。ついたて一枚なんだから」
映像はともかく音声は、遠くまで届くようです。
女は急に臓腑が冷えていくのを感じました。
言われてみればそうだ
そういうことを考えたことがなかった。
「大丈夫だよ。大したことしてないから」
男は笑って女を慰めてやりました。
「抱かれない女のほうがよほど悲惨だよ。でかい邸に大勢人使って、奥様には今日も(ふみ)来ないね、夜離(よが)れ※2だねって、公開処刑だよ」
それもきついかもしれないと思って女は嘆息しました。
寝殿造って個室ないよね。
掘っ建て小屋でしのびあう男女の方がまだ自由かもしれない
貴族には私事がないと男は思います。
「音が嫌なら消してやろうか」
女は教わることが多くて気が遠くなりそうでした。
男は灯をともすから、それが恥ずかしい
でも来てもらえるだけありがたいと思いました。
男の好む(こう)と衣を着せてもらって、女は男に備えました。

2.

「今日は大切な人を連れてきたよ」
久しぶりに来て、兄は驚きました。
調度ばかりか人まで変っている
完全に変更されています。
妹も変ったと兄は思いました。
愛されて、綺麗になった
これなら少しはもちそうかなと思いました。
自分の出世に利用するのに
「あまり虐めないで下さいね」
体弱いからと兄は注意しました。
「売り飛ばしておいてよく言うね」
男はふふと笑います。
「可愛がっているよ。何なら見せてやろうか」
兄がきっと睨むので、いい兄妹だと思いました。
「お前は出世できるよ。俺がいなくても」
そうなるようにしておいたと男は言いました。
「偉くなって、あの子を守ってやりなさい」
「それはあなたの役目でしょう」
「そうだね」
そうだったと男は思い出しました。
女といると
自分が守られているような気がしていました。



「兄さんにも見せてやろうか。君が成長したところ」
それだけはつらいと思って、女は脱げませんでした。
兄にそういうことを知られるのは死ぬほどつらいと女は思います。
男は可愛い人だと思って女を撫でてやりました。
兄は随分前に帰らせていました。
「そんなに恥ずかしいならもう一人呼ぼうか。女だけど」
えっ?! と思って女は目をぱちくりさせました。
急に難度上がった気がする
いや無理です、無理
これ以上裸を見られるのは本当に無理な女です。
「冗談だよ」
何本気にしてるのと男は笑いました。
「面白いね、君」
何でも本気にするから、からかい甲斐があると思います。
「俺が教えたことしかできないのも、つまらないね」
たまには冒険の旅に出ようかと男は誘いました。
舟でふたりで川を渡って
いや、いいです
女があまり乗り気でないので
「ずぼらだねえ」
男は怠け者のまち人を笑いながら
一緒に経験値を上げてやりました。



「無理して詠まなくていいよ。歌はうそつきだから」
男は歌人として有名でした。
でも歌は苦手です。
「恋とか愛とか。エゴだよね」
ただの政略結婚でした。
大臣の娘だったから
たくさんの恋が実っては落ちていきました。
花は、飾り
散れば終りです。
「ふたりとも、俺の娘じゃないんだ」
男には妻との間に二人の子がいました。
もうじき三人目が生まれる
離縁は許されませんでした。
寒い夜で
灯は消えていました。



女にも面子(メンツ)があるよね
産めない人と思われたくない
私の子を利用して繁栄できるなら、あなたに損はないでしょう
妻はすましていました。
俺の地位を利用して彼女の子が幸せになるなら、俺も幸せかな
男は黙っています。
財なんか失ってもよかったのに
血が絶えても
一緒にいてくれる人がほしかったのに
甘えだね
遊びじゃないんだ
愛さなきゃ
あの子がかわいそう
「女って、親切だよね」
男はつぶやきました。
ひどい親切
「寝ちゃったの?」
女は寝ていませんでした。
うすい涙が頬にふれて
男は嘘泣きが下手でした。



「また信じた?」
男は女を抱き寄せました。
「うそだよ、全部」
嘘だけが救いなのに
「歌壇より花壇恋しき冬の蝶、か。春を待つとて」
男は考えました。
「秋は来にけり」
女が答えるから
「ひどいねえ」
男は思わず笑ってしまいました。
馬鹿みたい
下手な遊び
でも悪くないね
地獄でも
時間あるならもう少し
愚かな俺と遊んでいって
「飽きたら捨てるだけだから。信用しないでね」
男はきちんと念を押しておきました。
女は笑って
深い眠りに落ちます。
男はずっと懐で抱きしめていました。
夜明け前に帰るという風習を、ほとんど忘れかけていました。

平安

平安

2013年作

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • 青年向け
更新日
登録日
2021-08-12

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 1.
  2. 2.