騎士物語 第十話 ~悪の世界~ 第六章 悪の師
第十話の六章です。
『バーサーカー』の物語、そしてロイドくんたちの学院案内です。
第六章 悪の師
その女の子は頭が良かった。ごく一般的な家庭に生まれた女の子は、ごく一般的な両親が本当に自分たちの子供だろうかと真剣に考えてしまうほどの賢さを見せ、学校に通い始めるとその頭脳は一を教わって十を学ぶような爆発的速度で知識を吸収し、初等の半分が過ぎた頃、女の子はとある分野において博士の称号を得ていた。
十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人――という言葉があるが、女の子はその後も数々の分野にその名を残し、まぎれもない本物の天才として成長していった。
周囲の人間からすれば一人の天才が偉業を成していく光景だが、女の子本人は純粋に知りたいことを知ろうとしているだけであり、本を読んでも人に聞いても答えが返ってこない時に自分でそれを探しに行った結果が世界にとって大きな財産になっただけであった。
つまり、多くの人間が勘違いしていたのだが、女の子は知らないことが存在していることが許せないというような知識の権化ではないし、世の為人の為に身を捧げるわけでもない。全ての基準、女の子がその頭脳を使うキッカケは「興味を持った」という一点のみである。
だから女の子が星の数ほどある題材の中である日ある時「悪」というモノに興味を持ってしまった事は単なる偶然であり、ただの不運で不幸だった。
事の始まりは神童であった女の子が天才女性研究者として知られるようになった頃、彼女が新聞を眺めている時に目にした「知能犯」という言葉だった。
単語の意味としては暴力や脅迫を用いずに行われる犯罪――詐欺などを行う者がこれに該当するが、新聞などで取り上げられる知能犯とは単純に「頭のいい犯罪者」という意味合いの場合が多い。実際、彼女がこの言葉を目にした記事は巧妙な手段で銀行を襲った人物について書かれていたモノだったわけだが、彼女が興味を持ったのは「頭のいい犯罪者」という点だった。
研究者という立場上、自分と同じように天才と称される人物に出会う機会はままあったのだが、彼女は自分よりも賢い人間に出会った事がなかった。それは驕りでも何でもなく、事実として彼女の頭脳はそこらの天才を凌駕していたのだ。
競う相手も師事する存在もおらず、興味を持ったモノはあらかた知り尽くして退屈していた彼女はその新聞を読んでふと考えた。これまで自分の周りにいた人間は善人ではないかもしれないが少なくとも悪人ではなく、自分が行ってきた研究は最終的に世界が喜ぶモノばかりだった。つまり自分はこれまで一度も、悪の世界に触れた事がないのだ。
恐らくは自分の中にある常識が通用しない、根本的に何かが違うだろう世界。新たな興味とまだ見ぬ自分以上の才能の可能性に胸を高鳴らせ、彼女は悪の世界へと足を踏み入れた。
知りたい事を知った結果、各分野の頂点のような立場――権威などに至ってきた彼女だが、ある分野における知識や経験を他の分野にも活かす事ができたこれまでとは異なり、彼女は悪の世界に関しては完全な素人。よって、理解を深める為にもまずは知識を得る事にした。
偉大な人物の功績が様々な形で記録されるように、被害という形で爪痕を刻んだ大犯罪者たちも様々な形でその名を残すわけだが、彼女が興味を持った犯罪者はそういう手合いではない。犯人である事は明確だというのに証拠が揃わず捕まえる事ができない、犯罪の結果だけが残って犯人の存在が見えてこない、そんなむしろ名を残さない知能犯こそが目当てである為、彼女は独自に情報収集を始めた。
いかに知能犯と言えど犯罪の準備から実行までの全てを一人で成すような者は恐らくほんの一握り。最終的に知りたいのはその一握りだが、そこに辿り着くには段階を踏む必要がある。まずはその一歩手前――裏の世界の情報屋や便利屋のような存在を利用して犯罪の準備をするワンランク下の知能犯を見つける事が、最終目標への第一歩であると彼女は考えた。
そして彼女はこれまでの研究成果で得た財力と研究過程で得ることとなった多様な魔法技術を使ってある程度の強さを用意し――裏の世界の情報屋たちを襲撃し始めた。
情報屋を訪ねて知りたい事を教えてもらうよりもその者が得ている情報の全てを手にした方が効率が良い。戦闘という点においても素人の彼女ではあったが、アリがゾウに勝てない事が誰にでもわかるように、圧倒的な力の差があれば経験や技術は関係ない。自分が用意した強さと相手の強さを正確に見極め、最小限のリスク――いや、リスクなどほぼない相手を厳選して襲撃したのだ。
当然、素人である彼女が圧倒できるような者は小悪党に過ぎず、得られる情報も大した事がないのだが、これを繰り返す事で雑多ながらも大量となった情報を分析して一段階上の情報へと昇華させる事が彼女の頭脳には可能だった。
小物の情報屋を襲ってまわる者がいると裏の世界の隅っこで囁かれるようになった頃、幾多の襲撃によって重ねた戦闘経験とそれを最適化する頭脳によって瞬く間に強さを増した彼女は、一先ずの目標としたワンランク下の知能犯に繋がる情報屋の居場所を情報分析によって特定し、接触を始めた。
情報屋たちがその情報をどのように保管しているかはそれぞれであり、小物の場合は自身の記憶と書類とで管理している事が多かったのだが、上位の情報屋であるほど全てを頭の中におさめ、魔法による他者からの閲覧を封じる為に特殊な魔法で脳に鍵をかけるような者もいた。これらは客やその敵から身を守る為の行為であり、彼女のように強引に情報を引き出すような輩への対策でもあった。
これまでの方法が通じない上、上位ランクの犯罪者が利用する情報屋を襲撃してしまうと彼女の強さでは対処できない面倒事が起こる可能性が高い。非常に厄介な状況――だったのだが、ここで彼女の興味は寄り道をする。情報屋が自身の脳に施している魔法に興味を持ったのだ。
相手の認識を狂わせたり記憶を覗いたりする魔法は存在するが、基本的のその対象となるのは自分ではない誰かの頭。多少の無理も他人の頭ならば気にしないかもしれないが、自分の頭となれば話は別。複雑かつ精密な人間の脳に干渉しようと言うのだから、下手な事をして壊してしまわないよう、それはそれは細心の注意を払った緻密な魔法が使われているに違いない。興味を持った彼女はそういう魔法を使う情報屋の中から自身の強さで対応可能な一人を、知能犯の情報を得る為ではなく魔法の研究対象として捕らえた。
懸念であった他の犯罪者から狙われたりするような面倒事が起きる前に終わらそうと、今までに陥った事のない緊張感も相まった、彼女の人生で初めてかもしれない「全力」でその魔法の研究に取り組んだ。その結果、たった一日で捕らえた情報屋を廃人にし、自他を問わない頭への干渉どころではなく、あらゆるモノの分析解析を可能にしてしまう魔法――『ゼノ・スプリーム』を彼女は生み出した。
他人の頭に干渉するなどという事は非人道的であり、今まで彼女がいた世界ではあり得なかったモノなのだが、かつてそれなりの時間をかけて行ってきた様々な研究がこの魔法一つあればあっさりと終わってしまう事実に、彼女は悪の世界の可能性を確信して歓喜した。
自身の脳に鍵をかける魔法も難なく突破するこの魔法によって上位の情報屋の頭から本人に気づかれる事無く全ての情報を得ることができるようになり、彼女の情報収集は急速に進んでいった。
そして、最終的に一人の犯罪者へとたどり着いた。
犯罪の準備と実行を一人で成してしまうような一握りの知能犯たちの中でも頭一つ飛び抜けている人物。積み重ねた悪事は数も質も尋常ではないのだが、当然のように指名手配はされておらず、辛うじて十二騎士がその存在を知るのみ。他者を操り、思うがままに貶め、ほんの二、三日で貴族や王族を貧民街で物乞いさせる悪魔的頭脳。完全犯罪が喫茶店でお茶を飲んでいるような男――その名を、ザビクと言った。
情報屋の中でも頂点に位置するとされている人物ですらザビクが老人であるという事しか知らなかったが、かき集めた僅かな情報を分析して更なる事実を知った彼女は驚愕する。その華麗な犯罪計画に対しては勿論だが、このザビクという人物は時に魔法を一切使わずに計画を遂行してしまうのだ。
相手が騎士などの意志の強い類の人間の場合は魔法による操作を行うが、それ以外は心理的な操作、生物的な本能の誘導によって完全にコントロールする。他人を思い通りに動かすという事は彼女の魔法、『ゼノ・スプリーム』を使えば容易い事だが、逆にその難しさを理解している彼女にとってザビクがしている事は天上の技だった。
ついに見つけた自分よりも賢い人間。果たして自分はそこに至ることができるのか。初めて知りたい対象が自分の可能性になり、初めて他人を目標とした彼女はザビクがしている事に挑戦し始めたが、同時に彼女は初めての壁にぶつかった。ザビクならば簡単に操るだろう人間を、彼女は全く操る事ができなかったのだ。
恐らくザビクも使っているだろう心理学などの知識は彼女の中にもあるのだが、それを用いても思いもよらない方向に計画が進み、予定と異なるどころか犯罪にすらならず、彼女は自身とザビクとの間にある差に苛立ちを覚えた。
物心ついた時から今の今まで、あらゆる問題をその頭脳で解決してきた彼女には自覚も他人から言われたことも無かったのだが、彼女は非常に気の短い性格であり、計画が破綻すると関わった者全てにその苛立ちをぶつけてまわった。
彼女の頭の中には失敗した計画に自分の痕跡を残さない為の処置という理由が一応あったがどう見てもそれは八つ当たりで、しかもこの時点における彼女の強さ――戦闘能力は『ゼノ・スプリーム』と彼女自身の頭脳によってそこらの騎士では抑えられないレベルに至っていた。
思い通りにならず腹が立つ。それでも諦めずに挑戦するのは彼女が初めてぶつかった「困難」だからか。成功率で言えば一割を遥かに下回るが、初めの頃からは確実に上達していく彼女は苛立ちと共に成長の手応えに喜びを感じていた。
彼女からすればいつか辿り着く高みへの一歩一歩だが、失敗する確率の方が高いので周りからすれば突然現れて大暴れして去っていくというだけの乱暴者。被害にあった人や場所に繋がりはなく、目的もなくただただ暴力をまき散らす災害。いつしか彼女は『バーサーカー』の二つ名で呼ばれ、全世界指名手配の犯罪者の一人となった。
ザビクを目標とするなら指名手配された時点でアウトだが、彼女が目指しているのはザビクと同じ事が出来るようになるという事であった為、犯罪者の仲間入りをしようがこれまでに築いた研究者としての地位が無くなろうがどうでも良く、彼女は挑戦を続けた。
そしてその厄介さと強さからS級犯罪者にまでなってしまい、犯罪計画の成功率がようやく一割を超えるようになった頃、彼女の前にとある人物が現れる。
「お前がやっているのはただの穴ぼこにつるべを落として水を汲もうとするようなモノだ。」
なんて事のない晴れた日、自分の姿が別の誰かに見えるように細工を施した上で、次の標的を横目に眺めながら喫茶店のテラス席で朝食を食べていた彼女の前に不意に現れた男がそんな事を言いながら目の前に座る。どこにでも売っていそうなジーパン、どこにでも売っていそうな襟付きシャツ、黒髪オールバック、眼鏡、中肉中背――自分に話しかけてこなければ風景に溶けて何の印象も残らないだろう男に怪訝な顔をした彼女だったが、自分がやっていることを知っているような口ぶりに興味を持ち、黙って朝食を続けた。
「最近、少しだけ水を汲めるようになって嬉しく思っているかもしれないが、それはたまたま降った雨水。間違った学習をし、雨が降った後に穴ぼこに立ち寄るようになっただけのこと。根本的に成長はしていない。」
周りくどいが自分の犯罪計画の事を言っているらしい男の話に、であるならば成長していないとはどういう意味かと、彼女は引き続き男の話に耳を傾ける。
「お前は天才だが全ての分野でそうというわけではなく、その頭脳にこっち方面の才能は入っていない。努力すれば何とかなると思っているのなら、お前はその辺の凡人が一生懸命勉強すればお前レベルの頭脳に到達可能だと思うのか? という質問を送ろう。対して自分にはこっち方面の才能があると自負している。お前が追いかけているのは自分に無いものを持つ人間。鳥に憧れて空を目指すのは構わないが、翼を生やそうとするのはそろそろ止めて、飛行機を作り始めないか?」
例えで表現してくるのは周りにいる一般客を気にしてなのか、そういう性格なのか。どちらにせよ、彼女は話を聞いて理解した。イメージと比べるとかなり若いが、彼女自身でも薄々感じていた事を見事に言い当てたこの男は――ザビクだ。
「お前は自分のやり方を目標としているようだが、今言ったようにお前にそれは不可能だ。だが自分と同じ結果だけならば異なるやり方で到達できるだろう。正直なところ、折角悪の世界に向いたその頭脳を腐らせる事は惜しい。場合によっては主様が喜ぶ新たな悪が生まれるかもしれん。どうだ、自分の口出しを聞いてみる気は無いか?」
初めて目標とした人間が初めての師となる。自分のマネは不可能だと言われた事はショックであるし、そんな事はないと反論もしたかったのだが彼女の頭脳も同じ結論を出していた事もあり、彼女は初めて自分以上だと思った人間に従ってみる事にした。
彼女が犯罪を行うのはザビクの計算されたそれを自分にもできるかどうかという挑戦であるのに対し、ザビク本人の動機は犯罪行為にあるスリルを求めての事だった。一度罪人となれば罪を償おうが更生しようがその事実は永遠に残り、様々な場面でその者の人生の障害となる。たった一度の行為が一生修復できない傷を残す現実、圧倒的な無慈悲。そんな世界の奈落に落ちるか落ちないかを歩くこと以上に楽しい事が他にあるか――それが完全犯罪を行う理由なのだという。
共感はできないが理解はできるその考え方――世間的に言えばズレているだの狂っているだの言われるだろうそれが非凡な才能を生んだのか。ザビクの指導を受けながら、彼女はザビク本人にも興味を持つようになった。
そしてその興味が自分には無いモノを持つ者への憧れへと変わっていき、裏の世界で『バーサーカー』がイメチェンしたと噂されるようになってからしばらく経った頃、ある事件が起きた。
仮にもS級犯罪者である彼女もザビクの話を聞いて初めて知った事だったのだが、ザビクは『世界の悪』と呼ばれる遥か昔から存在している大悪党が率いるチーム、『紅い蛇』のメンバーだった。時折話に登場する「主様」というのが『世界の悪』であり、ザビクはその人物の悪行に惚れ込んでいたのだ。
裏の世界にいればその人物がどれほどの事をしてきたかという話はよく耳に入るし、師が従うのだからすごい人物なのだろうと、いつか会えればいいくらいに考えていた彼女だったのだが、その人物は彼女にとって最悪な事をしでかした。
かつてない力を得られるかもしれないと言って出かけたザビクが、魔人族の国で命を落としたのだ。
いかにザビクとはいえ魔人族という未知が相手では予想外の事態に陥る可能性はある。信じ難くはあるが全くない話ではないとその点は無理矢理にでも納得できる。問題は、ザビクの最後を『紅い蛇』がそろって見届けたという点だった。
幾人のS級犯罪者と世界最凶の大悪党ならば助けることもできたはず。それを悪の矜持などという理由であの悪魔の頭脳を、自分を超える天才を見殺しにした。『バーサーカー』の記録上最大規模の大暴れをした後、彼女は彼女の頭脳を借りたいと言って自分の前に現れた『マダム』の計画――『世界の悪』を打倒する企みに参加した。
そうして、当初想定していたモノとは異なるが結果として計画通りに得ることができた『魔境』の中のモノを『バーサーカー』ことシャアナ・デヴォンはその頭脳と自身が生み出した魔法『ゼノ・スプリーム』で解析していた。
「簡単に言うと、こいつはどんなモノにでも変身できるモノだ。」
戻ってきた『魔王』ことヴィランの無残な姿に驚愕しつつも、その部下の一人である一つ目の男から渡された謎の黒い立方体に手を置いて目を閉じていた女――どこにでも売っていそうなジーパン、どこにでも売っていそうな襟付きシャツ、黒髪オールバックに眼鏡という誰かにそっくりな外見をしてはいるが平均をだいぶ超えた胸の膨らみを抑え込むようにシャツをキツキツにしめているせいで女性的なラインが余計に強調されてしまっている『バーサーカー』の第一声に、色の異なる着物を幾重にも重ね着している女――『マダム』は目を丸くした。
「ちょっと待て。生物である事は見てわかったが、その能力を持つ上にこのサイズとなると……まさか周囲に擬態して難を逃れる小動物なのか?」
「ハッキリとした意志はないから動物よりは植物と言った方が近い。過酷な環境で生き延びる為に進化したのだろうな。」
「勘弁して欲しいな……『魔境』をこじ開けて手に入れたモノが野草だったと? 擬態能力を持つ魔法生物ならいくらでもいるぞ。」
失望と呆れが混ざった顔になった『マダム』だったが、『バーサーカー』は首を傾げた。
「落ち込むような事は……いや、言い方が悪かったな。それに擬態というと程度が低い。これは非生物限定ではあるが何にでも変身できる。外見をまねるのではなく、完全完璧なそれそのものになれてしまうのだ。」
「……詳しく説明してくれるか?」
完全完璧という言葉を聞いて表情を変えた『マダム』は、恐らくそれがどういう事なのか理解しつつも説明を求めた。
「わかりやすいのはマジックアイテムか。そこらの店に売っているモノではなく、どこかの誰かが何かと引き換えに生み出したような唯一無二のタイプだ。場合によっては国宝とかにもなるあれらを、外見だけではなくそれが宿す魔法までも完璧にコピーする。例え世界に一つしかない材料で作られていようと、二つ目を作り上げて複製する。要するに、この世に存在するあらゆる非生物をもう一つ存在させる事ができるわけだ。」
「あらゆる……マジックアイテムとなると規格外のエネルギーを秘めたモノもあるが、それもコピーできるのか?」
「可能だ。そもそもこれに内包されているエネルギー量が尋常じゃないからな。人間が作れる程度のモノ、『魔境』ではない自然が生み出す程度のモノならばこれを超えるエネルギーを持つ物体は存在しないだろう。必然、これにコピーできないモノはない。」
「使用すると無くなってしまうモノ――例えば爆弾などに変身した場合はどうなる?」
「爆発させられる。そして爆散したこれは再び一つにまとまって何事もなく元通りだ。仮に飲み物になって誰かがそれを飲んだとしても、身体に栄養としてしみ込んだこれはその内集まって元に戻る。その際飲んだ者がどうなるかはわからないが、とにかくこれはどういう形でバラバラになろうとも一定時間でこの形に戻る。」
「なるほど……先の爆弾で言えば、仮に街や国を消し飛ばす威力のモノがどこかにあってそれに変身させたのなら、その破壊力を一定間隔で何度でも使えるというわけだ。しかし、そうなると気になるのは変身のさせ方だな。やはり変身させたいモノ――オリジナルに触れさせたりする必要があるのか?」
「ご名答。ただし一度変身した事のあるモノはその情報がこれの中に記録されるようでな。以降はイメージを送る……いや、読み取らせるだけでいい。」
「イメージ?」
「そもそも、これのこの能力は自身を捕食なりなんなりしようとする相手が自分に触れた時に相手の頭の中を読み取って苦手なモノに変身して身を守るというモノ。仮に『マダム』が何も考えずに触れたらこれは『マダム』が苦手とする何かに変身する。だが変身させたいモノのイメージを思い浮かべて触れた場合、変身の方向がそのイメージに引っ張られるようなのだ。」
「ふむ……一度も変身した事のないモノのイメージを送った場合はどうなる?」
「これの中に記録されているモノに類似のモノがあればそれになるだろう。無ければ何も起きない。ついでに送ったイメージが曖昧な場合も、仮に一度変身した事があったとしても似通った別の何かに変身してしまう可能性がある。」
「つまり……あたくし愛用の包丁とその辺のナイフに触れさせて変身させたとして、イメージを送ってあたくしの包丁を呼び出せるのはあたくしだけで、それに触れた事もない誰かが変身させようとしたらナイフになってしまうと。」
「そんなところだ。」
「……ちなみにお前ならそれに記録されているモノを読み取って変身させる事は可能か? それにはそれが存在を始めてから今の今までに変身したモノ――即ち『魔境』の中のモノの情報が入っているのだろう?」
「いずれは、と言っておこう。色々なモノに変身させ、そのプロセスをより正確に把握できればイメージという鍵が無くともこれの中に記録された『魔境』の情報を引き出せるようになるはずだ。」
「頼もしいな。しかし苦手とするモノに変身して身を守るとは妙な習性だ。それほどの変身能力があるなら天敵となる生物になった方が効果があるだろうに。」
当然とも言える疑問を口にした『マダム』に、『バーサーカー』は残念そうな顔をする。
「……実を言うとな、これは二つで一つの内の片方だ。ヴィランの部下の一つ目が言っていただろう、もう一つあった方は魔人族に奪われたと。恐らくそっちがあらゆる生物に変身でき、それとこれとで完全となるのだ。」
「あらゆる生物だと……? まさかこれと同じ要領で変身を!?」
「たぶんな。当初の計画――『魔境』の生物を使ってアフューカスを、という計画からするとそっちの方が良かったかもしれない。」
「全くだ。ヴィランの部下も二択でハズレを……いや待て、これはこれで――むしろこちらの方が良いか……」
手にした扇子をあごに当てて思案する『マダム』。
「あらゆる生物――S級犯罪者や十二騎士、魔人族にも変身可能だったとしても、元が植物なのだから出来上がるのは人形なのではないか? 仮に意志を持ったとしてもその場合は本人と全く同じ性格のコピー……人形ならばそれがどんなに腕利きでもその戦闘力は引き出せず、本人のコピーとなると更に扱いは難しい。純粋に力が欲しい今、あらゆる非生物になるこちらの方が使い勝手は良い。」
「その推測、恐らく大きく外れてはいないだろう。それに非生物と生物とではコピーの複雑さが段違いだ。同じ要領で変身するのだろうが、もう一つか二つ、条件が追加されている可能性は高い。」
「ふふふ、先のセリフを訂正しなければ。『ベクター』の役立たずっぷりに『魔王』の敗北と肩を落としてばかりだったが、最終的にこれならば――とりあえず『魔王』の部下には馳走を出してやらねばなるまい。引き続き、お前はそれの解析を続けてくれ。計画を練り直す。」
「了解だ。」
颯爽と部屋を出て行った『マダム』の背中を見送った後、『バーサーカー』は黒い立方体に目を落とす。
「……二つそろえば完全……何らかの方法でこれらに意志が宿ったなら、非の打ち所のない生物になってしまうな。」
「しっかしカラードのせいでついうっかり変なポーズしちまったぜ。」
「うん? 堂々とした素晴らしいポーズだったぞ?」
先生に突然やらされた挨拶の後、本格的な学院の案内が始まるまでのちょっとした休憩時間に、アレクが珍しく恥ずかしそうな顔をしていた。
ポーズというのは挨拶の最後にオレがみんなを壇上に呼んだ時、話が終わるタイミングでカラードがビシッとカッコよくポージングしたせいで他のみんなも何となくそれぞれのポーズを決めてしまった件である。先生は爆笑していたが大きな拍手をもらったので結果的には良かったのだが……確かに、今思い返すとなんだか恥ずかしいな……
「そもそもなんでいきなりポーズ決めたんだよ。」
「何を言う。互いに卵とはいえ騎士の先輩から後輩への激励だ。決め台詞か決めポーズを送らねばなるまい。」
「んだその使命感は……」
「素敵な挨拶でしたね。」
説明の行われた体育館の横でそんな話をしているとレイテッドさんが……クスクス笑いながらやってきた。
「す、すみません……ついうっかりの勢い任せと言いますか、変な挨拶で……」
「良いと思いますよ。私が学院見学に来た時も当時の副会長があんな感じでしたし。」
「レイテッドさんの時という事は……デルフさんの前の会長さんの時ですか。」
「ええ。デルフさんの頃は本人が色々とイベントを起こしていましたが、その前は副会長がそういうタイプでした。」
オレの中では生徒会と言えばデルフさんというイメージだけど、当然ながらデルフさんにも先輩がいて生徒会にも歴史があるわけで……レイテッドさんが会長の時の学院見学はあんな感じだったなぁと、いつか後輩になる誰かがあのポージングを思い出すのだろうか……あぁ……
「それでこの後なのですが、見学に来られた方たちをいくつかのグループに分けて学院を案内していきます。なので皆さんにも分かれていただいて――」
「え! ロイくんと離れるの!?」
言いながらむぎゅっと抱き着いてくるリリーちゃん……!!
「むぅ……あの人数だから仕方がないとは言え、そうなるとロイドくんを悪い虫から守れないな。」
「悪い虫――え、あ、オレを守るんですか……?」
「ロイドがたぶらかしちゃうのも防げないしねー。」
「えぇ……」
「ふふふ、その心配も無理はありませんね。たぶらかす方はともかく、サードニクスさんは人気ですから。」
「た、たぶらかしませんよ!」
微妙に無い信頼に反論するも誰も同意してくれず、そんな光景に再度クスクス笑ったレイテッドさんが提案する。
「ではサードニクスさんは私が案内するグループに加わっていただきましょう。皆さんが心配されている事は私が責任をもって監視します。」
「そんなこと言って! ロイくんを狙ってるんじゃないの!?」
「ふふふ、私が狙っているのはデルフさんですよ。」
さらりと交わされるすごい内容にドキドキするオレだったが、リリーちゃんたちはしぶしぶという感じに頷く。
「それでは他の皆さんもそれぞれのグループに案内しますね。クォーツさんは貴族の方々をまとめたグループになりますが。」
「え、貴族の人たちは一つのグループなんですか?」
「ええ。他の参加者への影響やこちら側の管理――というとアレですが、し易さを考えますと。」
言われてみれば当然なのだが……ローゼルさんが言った悪い虫という言葉でいつかの貴族を思い出したオレは少し不安になり、めんどくさそうなムスり顔をしているエリルを見た。
「……なによ。」
「えぇっと……気をつけてというか何というか――」
悪い虫……オ、オレが言えたことではないのだが……言っておかないと……何かこう、この感覚をどうにか……
「――エリルはオレの……ですよ……?」
……
…………? あれ、何を言っているんだオレは?
「――!!」
あ、エリルが顔を真っ赤にしべらっ!
「にゃ、にゃにを言ってんのよバカっ!」
全力で殴られたオレは地面に転がって――ほんとに何を言ってんだオレは!?
「ほほう、ほうほう、なるほどなるほど。」
ズキズキするほっぺよりもすごく恥ずかしい事を言って沸騰した頭と顔のせいでジタバタするオレにローゼルさんの冷たい笑顔が向けられる。
「悪い虫でムイレーフの件を思い出したのだな? そしてエリルくんはオレのモノだぞと? ロイドくんがわたしのモノという点を棚上げなのは今更だが、ならば当然、わたしにも同じ言葉が送られるのだろう、旦那様?」
「ロイくんはボクの! あとボクはロイくんのお嫁さん!」
「オレのモノ、って……えへへ、ロ、ロイドくんも結構……あ、あたしもそう、だよね……?」
「時々爆弾を落としていくよねー、あたしの騎士はー。」
ずずいと迫るみんなとすごい顔をしているエリルに囲まれたオレは、そんな光景を日常として眺める強化コンビ――とレイテッドさんに暖かく見守られながら、恥ずかしいセリフを連呼した。
あのバカ、すっとぼけ、女ったらし! い、いきなりあんなこと――あんな……
「さっきから面白い顔しているけど、貴女大丈夫?」
「な、なんでもないわよ!」
ロイドのバカがバカなこと――を言った後、あたしたちはそれぞれに割り当てられたグループに移動した。体育館を埋めるくらいの大人数だったわけだからグループの数も結構多くて、一クラス分よりはちょっと少ないくらいの人数を案内係一人とその補佐……たぶん実演担当みたいなのが一人の合計二人で案内する形になってた。
つまりあたしたちが施設の実演の全部をやるわけじゃなくて、たくさんいる実演係の内の八人って事だったみたい。
で、あたしが担当になった貴族グループなんだけど、その案内係は前にロイドにやらし――ちょ、ちょっかいを出した女、メリッサ・レモンバームだった。
「……貴族の相手は生徒会長のヴェロニカなんだと思ってたわ。」
「ヴェロニカはごくごく普通の騎士の家の子だからね。貴族と接するのは慣れてないから私になったのよ。」
「あんたは慣れてるってわけ?」
「『コンダクター』から聞いたかもしれないけど、昔のお家柄ってところかしらね。」
ロイドから聞いたけど、メリッサの家はその昔、拷問専門の騎士だったとか。いつかお姉ちゃんが言ってたけど、上の方の貴族とか王族とか、国政の世界で上に行けば行くほど……その、国の為に必要なんだけど大っぴらにできないあれこれっていうのとの繋がりが増えてくらしくて、この国の歴史の中にもいくつかあった秘密の部隊みたいなモノの一つだったんだろうメリッサの家は普通の騎士の家と比べて貴族との繋がりが強いのかもしれないわ。
「……でもそのお家柄の影響っていうなら、普通は逆な気がするけど。貴族側はあんたの家と関わりがあるって事を知られたくないんだろうし……」
「今となってはうちもあっちも具体的に何があったのかあんまり把握してないの。繋がりだけが代々受け継がれちゃってる感じなのよ。」
そうやって昔の事が薄れてきてるっていうのに『拷問姫』なんていう二つ名で呼ばれてるのはどうなのかしらと思ってると、あたしたちが案内するグループが見えてきた。他の参加者とは明らかに違う服装――そのまま社交界に行けそうだったり肖像画を描いてもらえそうだったりする連中は、あたしたちが……いえ、あたしが来た事に気づくと一斉に膝をついた。
「「「〇△×□※〇!」」」
でもって……たぶん「お会いできて光栄です」的な事をそれぞれがそれぞれの言い回しで言ったせいで何言ってんのかわかんない状態になって、自分の挨拶にかぶせてきた周りを互いに睨むっていう状況になった。
初っ端からため息しか出ないんだけど、そんな連中の中で一人、膝をつかないで立ったままだった奴――戦う用じゃない飾る用の甲冑を着たカラードみたいなのがやれやれって感じにガシャンと肩を落とす。
「諸君、その態度は失礼ではないかもしれないがこの場合は不愉快に思われるぞ。」
そう言ってしゃがんでる連中の前に出た甲冑はあたしに会釈する。こいつが騎士マニア……六大貴族のまとめ役のノグルア家の長男、レイリー・ノグルア……デルフの二つ上って事はあたしの四つ上だから、この場でダントツの最年長ね。
「挨拶の前に明確にしておきたい。ここで貴女はフェルブランド王国の王家、クォーツ家のエリル様ではなく、『ビックリ箱騎士団』所属の騎士、『ブレイズクイーン』のエリル・クォーツという事でよろしいか。」
そういえばそんな二つ名ついてたわね……
「……それでいい――いえ、それがいいわ。」
「了解した。というわけだ諸君。正直言えば私も奇妙な感じだが、学院への入学を目指すならばこういう事にも慣れていかねばな。」
「一緒にするなよ、ノグルアの。」
レイリーの言葉にしゃがんでた貴族たちが立ち上がったんだけど、その中で一番最後に立った奴――丸々と太った男が不機嫌マックスな顔でレイリーを睨んだ。
「僕は最近の流れに乗っておけという父上の弱腰のせいでここに来るはめになっただけ。入学などする気は無い。そもそも何故貴様が仕切る? ノグルア家の長男とはいえ、この馬鹿げた風潮が広がるや否や担当していた職務をほっぽり出して騎士の修行を始めたとかいう阿呆にまとめられるなどごめんだ。」
しゃべった分だけ汗が出るのか、ハンカチ――っていうよりはタオルで汗を拭いながら文句を言う丸々と太った男。『世界の悪』の仲間にも同じ感じの体型の奴がいたけど……あれが凶悪なデブならこれはただのデブね。
ていうか、貴族間の力関係はあんまり把握してないから六大貴族のまとめ役らしいノグルア家には誰も逆らわないんだと思ってたけど、そうでもないのね。
「ノドアーの、入学する気が無いなどと案内をしてくれる方の前で失礼ではないか。」
「は、無礼講でいいのだろう? ならば王族のくせに騎士なぞ目指しているはみ出し者に示す礼などないわ。」
ノドアー……六大貴族の一つね。さすがに家の人間全員の顔は把握してないからこのデブは知らないけど……うちと同じように貴族の間でもあたしの事はそういう認識になってるのね。
「はみ出し者? 否、彼女は評価すべき先駆者だ。」
別に気にしてないんだけど、たぶん一般的な貴族とは違う事を言うレイリー。
「我々は権利と財産の力で腕の立つ騎士を自らの護衛として近くに置く。本来ならば相応しい戦場で多くの命を救うだろう騎士の枷となっている点も問題だが今は別件。そうまでしても万全ではないと今は皆が知っている。親族の前で申し訳ない事を承知で言うが……ユスラ・クォーツの死によって。」
ユスラ・クォーツ……あたしの一番上の姉さん。今お姉ちゃんがやってる仕事を元々やってたのが姉さんで、《エイプリル》のアイリスが護衛としてついてたんだけどこっそり出かけたところを賊に襲われて……死んだ。あたしがお姉ちゃんを守る為に騎士になろうって決めたキッカケ。
「勿論、真相の方も誰もが知っている。十二騎士の護衛を盗み、一人お忍びで息抜きされていたところを襲われた。犯人らは彼女を人質に何らかの交渉をするつもりだったようだが、手違いで命を奪ってしまったという。この一件から学ぶ事は――例えば護衛は常に近くに置いておかなければ危険だとか、貴族だから交渉材料としてすぐには殺されないはずという考えが間違っていた――という事ではない。万全を期しても自他共に予想外の行動をしてしまったりされたりする事があるのだから、国政の一部を担う者には――いや、重要な役割を任されているからこそ、多少の自衛能力を身につけて然るべきというこの一点。それに気づき、真っ先に行動を起こしたのがここにいるエリル様――エリルさんだ。」
……そういう考えで行動したわけじゃないんだけど……
「王族が率先し、その上で騎士としての実績まで示した。もはや貴族だから云々という壁はなく、エリルさんの後押しのおかげで今日ここに貴族の面々がそろった。はみ出し者などと言っていては時代の流れに取り残されたと思われてしまうぞ。」
「何だと?」
きっと胸倉の一つも掴もうと思ってレイリーの方に近づいたんだろうけど甲冑姿だから丁度いい掴む場所がなくて、ノドアーのデブは手を変な位置で止めてレイリーを睨みつけた。
というか時代の流れとか言われるほどの事になってるわけ……? ヴェロニカの話だと別の形で功績を挙げられるって思った貴族がやってきたって事だったけど……こういうパターンもあるって事かしら。
「ほらほら、貴女の出番よ。」
にらみ合う貴族を眺めてたあたしをメリッサが小突く。確かに……六大貴族のにらみ合いを止めに入るとしたら王族……あたしって事になるわよね……
「……喧嘩はそれくらいにしなさいよ。案内するグループが多いから時間通りに動かないと迷惑になるし。」
「! これはお見苦しいところを。」
「ちっ……」
ぺこりと頭を下げたレイリーと舌打ちするノドアーのデブ。この中には残りの六大貴族もいて大抵服装に紋章があるからどいつがそうなのかは何となくわかるんだけど、そいつらは二人を止めようとせずに見てるだけだった。その他の貴族もそうなんだけど、別に無関心ってわけじゃなくて……どっちの意見につくべきなのかわかんなくて困ってるって感じね。
まぁ、騎士マニアのレイリーみたいな場合はともかくとして、普通に貴族やってたらいきなり騎士になれとか言われて混乱してるだろうし、今の二人の意見のどっちが正解なのかもわかんなくて……あたしたちが貴族の扱いに困ってる以上にこいつらが今の状況に困ってるんだわ。
……あたしのせい……っぽいから、これでお姉ちゃんが面倒な事になってないといいんだけど……
「それじゃあ改めまして、私は生徒会庶務のメリッサ・レモンバーム。二年生だから貴方たちが入学する頃には三年生ね。本来なら生徒会長や『雷槍』が案内するべき貴方たちなのだけど、高貴な方々のエスコートとなるとその辺りの肩書はあんまり関係がなくて、だから私が担当になった。レモンバームの名で察してもらえると助かるわね。」
この女、貴族相手に軽くしゃべるわね。慣れてるっていうのは作法を身につけてるって意味じゃなくて、無駄に緊張しないで案内できるって意味合いだったのね……
「そして案内する上でのアシスタントをしてくれるのがこっち、紹介する必要もないでしょうけど――」
「……一年生のエリル・クォーツよ。」
「ふん、随分と礼儀のなっていない案内役だな。僕は――」
「あら、別にそっちの自己紹介はいらないわよ。」
渋々って感じに姿勢を正したノドアーのデブだったけど、メリッサがひらひらと手を振った。
「今日案内をしたのが誰なのかというのは体育館に入る前に書いてもらった名簿でわかるから。」
「な……」
「ああそうだ、こういう時のために『雷槍』からメモをもらっているのよ。えぇっと……貴方たちが自己紹介を始めようとした場合は――『まさかと思うが、あれだけいる参加者全員の自己紹介を一人一人聞くとでも?』って書いてあるわ。」
「なっ!?」
怒り――と少しの恥ずかしさが混ざったような顔で真っ赤になるノドアーのデブ。
「ついでに伝えておくけれど……『今日ここに集まったのは立派な騎士になりたいと志して日々研鑽を積む者たち。決して容易ではない入学試験の突破を目指し、今現在の目標を再確認する為にやってきた騎士の卵。対して今日やってきた貴族の大多数は世論に押されて嫌々来ただろう者たち。そちらにはこちらが失礼極まりなく見えるだろうが、こちらからすればそんな気まぐれのような心持ちで参加している者への態度が相応になるのは当然というモノ。騎士を目指して入学した王族以上に、そちらは場違いなのだ。』――って、あはは。だしに使われているわね、貴女。」
ルビルの言伝を読んで笑うメリッサ。今更気にしないけど、貴族連中は表情が暗い。まぁ、ここまでないがしろにされるっていうのも初めてでしょうしね。
「『それと、たまたまタイミングが悪くてそんな貴族と一緒になってしまった、本当に熱意ある貴族には謝罪する。今回の参加者で言えばノグルア辺りがそうだろうが、なにぶん異例なモンで貴族は貴族でかためさせてもらった。さっき言った相応の態度というのが貴方たちには向いていない事を知っておいて欲しい。』――だそうよ。」
「はっはっは、『雷槍』と言えば《オウガスト》と並んで身分を気にしないタイプの騎士のはずだが、私たちへの気配りをするとは少し驚きだ。」
ゆでダコ状態のノドアーのデブの横でガシャガシャ笑うレイリー。
「私たちがこの場で異質という事は理解しているし、それなりの態度にはそれなりの、というのは至極当然。されたくなければしなければ良いだけの事。さぁ時間もないのだろう? 見学を始めようではないか。」
選挙期間中、色んな視線を受けて注目されるという事に不本意ながら慣れた感じがあったのだが、現在オレの背中に突き刺さっている視線は今までにないモノだった。
「『コンダクター』の案内! ラッキーだぜ!」
「は、話すタイミングとかあるかな……」
「『ビックリ箱騎士団』の事とか聞けないかしら。」
好意的というか、憧れのマトというか……体育館の壇上で受けるのとすぐ後ろから受けるのとでは威力が違う……!
「レ、レイテッドさん、最初の案内場所はどこですか……! し、視線が!」
「案内を始めてもそれほど視線は減らないと思いますよ。そしてこのグループの最初の案内場所はここですので闘技場などの施設実演よりは皆さんとの距離が近いかと。」
オレとレイテッドさんが先頭に立ってぞろぞろと一つのグループを連れて向かった最初の場所は……学食だった。
「それでは皆さん、ここがセイリオス学院の学食です。最初が騎士とは関係なさそうな場所でガッカリしているかもしれませんが、各グループで順路と時間を決めているのでご容赦くださいね。それに、入学したら大体の食事をここでする事になるのですから、もしかすると一、二を争う重要度かもしれません。」
ペラペラと学食の説明を始めるレイテッドさん。学院から支給される……えぇっと、お小遣いの入ったカードの話から始めて、ご飯の受け取り方などを話し、一応実際にやってみましょうという事でウインクされたオレはいつも通りに適当なモノを注文し、それを受け取る流れを実演した。
さすがのオレでも慣れたモノ。ご飯全種類制覇を目指して毎日違うモノを食べているのでどれが美味しいですかという質問が来ても大丈夫だ。
「あ、あの、サードニクス――さんはリンゴジュースが好きなんですか!?」
リンゴは赤いのと青いのの二種類があってどちらかと言えば――あれ、リンゴジュース?
「それですよ、サードニクスさん。今実演で買ったモノ。」
言われて自分が手にしているモノ――リンゴジュースを見る。実演と言ってもがっつりとした料理を注文したら食べる時間がないので案内には向かないと思い、飲み物ならすぐに飲み干せると思っていつものを注文したのだが……まさかそこに質問が来るとは。
「あ、あー……はい、リンゴジュース好きなんです……」
子供っぽいかなぁと思いつつもそう答えると……何故かわからないがみんなが嬉しそうになった。
「よし、入団希望する時はうまいリンゴジュースを持って行こう!」
「アップルパイとか好きかなぁ……」
えぇ……
「ふふふ、リンゴジュースのような定番は勿論、ドリンクだけでもメニューは豊富ですからね。飽きることはないと思いますよ。」
そう言いながらレイテッドさんは学食の隅っこにある購買――つまりはリリーちゃんのお店の前に移動した。
「そしてここが購買。本当に最近できた所で商品の内容などを試行錯誤しているようですが、騎士として生活していく上の必需品などを売っています。」
試行錯誤……というのはその通りなのだけど、リリーちゃんの場合はたぶん、生徒の要望に合うようにというよりはいかにして儲けを出すかという意味合いの試行錯誤だと思われる。
交流祭の頃に開店したリリーちゃんの購買は大盛況で、昼休みともなれば学食で食べられるモノとは少し趣向の違う食べ物を売っていたりするからかなり混雑する。
ただ……その盛況っぷりは商人としてのリリーちゃんにとっては嬉しい限りなのだけど、オ、オレ――とすす、過ごしたい――とオッシャラレテいるリリーちゃんにとっては困った事で……お、お昼休みで言えばオレたちといっしょにご飯を食べられなくなる……のだ。
いつの間にか火の国で商談をしていたりと商人的な行動を知らないうちにやってしまっているリリーちゃんが行った現状への対応は――アルバイトを雇う事、だった。
学院から支給されるお小遣い――正確には生活費というべきだが、あれはかなりの金額だ。それを全校生徒に支給しているところがこの学院の恐ろしいところの一つでもあり、ついさっきレイテッドさんがあのカードについて説明した時もみんなから驚きの声が上がっていた。
ただ、その金額にはそれなりの理由がある――という事を今のオレは理解している。生活費――つまり食事や衣服などに必要な金額に対して言えば高額なのだが、騎士が扱う武器や道具に対して言うと相応なのだ。
オレはフィリウスからもらった剣とかプリオルの剣とか、特殊なモノを使っているので実感はないのだが、一般的な武器を消耗品として使う人にとって武器の買い替えはそれなりの頻度でやってくる。
メンテナンスは学院内の施設で行えるのだが、新しいモノと交換という制度はない。それに武器にだって最新技術やら流行やらの概念があり、一度手にした武器を使えなくなるまで使うという事はあまりない……らしい。
例えばカラードみたいに装備品が多い人はそれだけそういう機会が多いわけで、必要な資金も自然と増加する。それに苦労しない為に、セイリオス学院はあの金額を支給しているのだ。
つまり、オレからすれば使い切れないほどのモノでも人によっては「足りない」わけで、学院に外部の人間を呼ぶ事は難しいけれど、学院の中でお金を稼ぐ方法があるとなれば飛びつく生徒は結構いる――と、リリーちゃんは言っていた。
そんなこんなでリリーちゃんは購買の運営……というのか管理というのか、そういう裏側? の方に専念し始め、接客はアルバイトの人に任せているのだ。
アルバイト代はなかなか良いらしい……のだが、騎士を目指す学生であっても仮にも自分の店の店員にするのだからキッチリ仕込む――と言ったリリーちゃんはかなり怖い顔をしていて……たぶんアルバイトをする事になった人たちはトラピッチェ商会の厳しい指導を受けたのだろう。
「ちなみにこの購買は『ビックリ箱騎士団』メンバーの一人が始めたモノです。」
オレがリリーちゃんのスパルタ指導を想像しているとレイテッドさんがそんな事を言い、みんなの視線が一瞬でオレに集まった。
「あ、へ、へい……リリーちゃ――トラピッチェさんは元々定期的に学院にやってくる商人さんだった――んですけど、えぇっと……魔法の技を見込まれて学院に入学したのです、はい……」
ざわざわと騒がしくなるみんな。とはいえ悪い雰囲気ではなく、途中入学させられるほどの魔法の才能! とか、そんな人を団に入れた『コンダクター』すげぇ! とか……そんな流れに……
「ふふふ、では次に行きましょうか。」
「……あのレイテッドさん、もしかしてオレで遊んでませんか?」
「いえいえ、何の事でしょうか。」
「おお、ここが『コンダクター』の最初の活躍の場、学生寮!」
「それは女子寮でこっちは男子寮なのよね。残念ながら女子寮の見学はないけど、内装は同じだから一部屋覗いて行くわ。」
テンション高めに男子寮を見上げるレイリー。甲冑姿だからすごく変な光景だわ。
ついでにそんな感じになってる貴族はレイリーだけじゃなくて、ルビルの言う熱意ある貴族は他にも数人いた。物好きな貴族っていうのはそれなりにいるものなのね。
「だ、男子寮ですって……!? そんな汚らわしいところ、入れませんわ……!」
あたしが言うのもなんだけど……とか思ってたらふとそんな悲鳴が聞こえた。貴族の中には女子もそこそこいて、その内の一人が顔面を真っ青にしてそう言ったんだけど……どんだけ嫌なのよ……
……まぁ、あたしも理由がなければ入りたくはないけど……
「一応、そういう意見は貴族でなくてもありえるだろうって事で、後で希望者だけ女子寮の案内をすることになっているわ。当然、男子にその権利はないけど。」
「よ、よかったですわ……」
ほっとしてるとこ悪いけど、女子寮にはロイドが……べ、別に汚らわしくはないけど……
「確か二人一部屋の相部屋と聞いたが、個室はないのか?」
さっきのルビルの言伝を聞いてだいぶ静かにしてたノドアーのデブがそんな事を聞く。
「人数の関係で結果的にそうなってしまう部屋はあるけれど、基本は二人で一つね。そこの王族さんが来た時は流石に慌てて一時的に一人部屋になっていたけど、特別扱いは無いと思った方がいいわ。」
「四六時中どこぞの者と一緒とは正気を疑う。最悪そうしなければならないというのなら、僕は従者を入学させるな。」
「それでは意味がないぞ、ノドアーの。騎士は仲間同士の信頼――絆が大事であるから、それを育むキッカケとしてルームメイトがいるのだと私は思うぞ。」
「そんなもの、仲間がいなければ何も出来ないデクの坊が出来上がるだけだろう。高貴と同じく、孤高こそが真の強者だ。」
何かと対立するレイリーとノドアーのデブだけど……そういえばここにいる貴族、全員一人で見学してるわね。普通なら従者の一人も付き添いで来そうだけど。
「従者と言えばわたくし、そろそろ脚が棒ですわ。いつもなら爺が椅子を出して扇いでくれるのに、なぜ門の前で待機させられているのかしら?」
さっき悲鳴を上げたのとは違う女がそんな事を言う。そんな動きにくそうな服装じゃ疲れるのも当然って感じだけど……そんな時に助けてくれるような付き添いは門までって事になってるみたいね。
「貴族一人に一人の従者ならまだしも、貴女たちは複数人を連れて歩くでしょう? 正直案内の邪魔になるのよ。」
「……本当に無礼な案内役だわ……」
不機嫌と疲労を混ぜてげんなりする貴族の女。これも普段ならもっとギャーギャー言うんでしょうけど、やっぱりルビルの言葉が効いたのかしらね。
「でもまぁ、それなら丁度良かったかもしれないわね。次に行くところには椅子がたくさんあるから。」
「続きまして、訓練場に隣接しているこちらの施設は部室です。この学院にも一般的な学校と同様にスポーツを楽しんだり趣味を共有できる部活が存在しており、その活動場所や行動の拠点として利用できます。そして騎士の学校ならではの事として、部活には学院の生徒が結成した騎士団も含まれていまして、条件を満たせば実際に任務を受けたりする事も可能です。」
学食からスタートしたオレたちのグループは、授業の時に使う特殊な教室――普通の学校で言うところの理科室や美術室みたいにその授業に特化した部屋をぐるぐる回り、次にやってきたのは我ら『ビックリ箱騎士団』も使っている部室だった。
特殊な教室には色々と面白い仕組みがあるので実演担当のオレの出番も結構あったが、部室は紹介だけにな――
「サードニクスさんもいることですし、折角ですから『ビックリ箱騎士団』の部屋を覗いてみましょうか。」
――らなかった……しかもみんなすごく嬉しそう……そんなに面白いモノはないんだが……
「では案内をお願いしますね。皆さん、『ビックリ箱騎士団』の団長の後に続いて下さい。」
……教室でもそうだったが、やっぱりレイテッドさんはオレをいじって楽しんでいる……!
「えぇっと、ここです……」
部屋の隅っこにリリーちゃんが持ってきてくれた机と椅子が並ぶ以外は殺風景な部屋。窓も照明もないのに外のように明るい奇妙な部屋にみんなは驚いていた。
「ここは学院長が空間とかを色々捻じ曲げて作った部屋で、他の部屋もそうなんですけど……こんな風に部屋の中を変えられます。」
壁のスイッチを押して部屋の中を草原に変えるとみんなの驚き顔は更に増す。
「広さもかなりあるので派手な魔法も使えて、鍛錬にはもってこいな場所になっています。闘技場とかに使われているケガをしても大丈夫な魔法もかかっているので安全もバッチリです。」
「あ、それはちょうどいいですね。」
みんなからのキラキラした視線を受けながら頑張って説明していると、レイテッドさんがポンと手を叩いた。
「この後闘技場や模擬戦を行う場所も案内しますが、他のグループの進行具合によってはじっくりと紹介できない可能性もありますからね。よい機会なのでその魔法をこちらで体験していただきましょう。」
「えぇ?」
「そうですね、系統は第四がよいでしょうか。火の魔法が使える方で『コンダクター』に魔法をぶつけてみたい方はいますか?」
「えぇ!? まさかそれも実演を!?」
「見学に参加してくださった方々を攻撃するわけにはいきませんからね。それにサードニクスさんなら火には慣れっこでしょう?」
ニッコリとほほ笑むレイテッドさん。部屋の中では割とよく、そして学食でもたまにあるエリルがオレに炎を放つ光景からそう言っているのだろうか……!
で、でも確かに、熱くはあるけど本当にケガはしないし、折角だからというのも……ぐぬぬ……
「わ、わかりました……! ドンとこいです!」
例の魔法を起動させ、オレは気合を入れて草原の真ん中に立つ。
「さぁ、どなたかどうですか?」
そしてレイテッドさんの二度目の促しに、ポカンとしていたみんなが一斉に手を挙げ――そ、そんなにオレを丸焦げにしたいのか……!
「では――そちらの眼鏡のおさげの方。」
「ひゃ、ひゃい!」
後ろの方でひっそりと手を挙げていた女の子が呼ばれて飛び跳ねる。グイグイ前には出られない性格なのだろう人を選ぶあたり、レイテッドさんは優しい人だ。
「どうぞ前へ。その辺りに立って……そうですね、今のあなたが使える最大規模の第四系統の魔法をサードニクスさんにぶつけてみましょう。」
前に出たその子は選ばれるとは思っていなかったのか、ものすごく緊張した顔でただただレイテッドさんの言葉に首が外れるんじゃないかと思うくらいにぶんぶん頷く。
「ではどうぞ。他の皆さんは少し離れましょうか。」
部室の中に作られた草原の真ん中で、オレはおさげ眼鏡の女の子と相対する。オレにはセイリオスで勉強した数か月があり、この人はこれから入学しようという段階。普通に考えればその差はかなりあるはずだが……一番の騎士学校と呼ばれるセイリオス学院に入学する人が素人なわけはなく、既に騎士としての英才教育を受けている可能性が高い。
つまり最大規模の魔法が小さな火の玉という可能性は低く……あぁ、エリルみたいな大爆発だったりアンジュみたいなビームが来たらどうしよう……
は、い、いかんいかん。これでもオレが先輩なのだから、堂々としなければ……!
「お、思いっきりどうぞ……!」
「ひゃ、ひゃい!」
ひっくり返った声で返事をしたおさげ眼鏡の女の子は、ピンと人差し指を立てた右手で真っすぐに天を指す。
「し、白く染める輝光よ、黒く焦がす炎熱よ! とと、熔け混じり、燃え盛り、灰燼諸共焼き尽くせ……!」
強力な魔法を使う時くらいしか聞かない呪文と共に、あまり見た事のない色の炎――真っ白な揺らめきが指先で踊り、火球というよりは太陽のような輝きを放ちながら一つに固まっていく光。
……あれ、これってもしやすごい威力の魔法なのでは?
「『ホワイトフレア』っ!」
勢いよく振り下ろされる右手から放たれる光の玉。それほど速くない……いや、ぶっちゃけすごく遅いのだが……避けてしまっては意味がない……!
ファイトだ! ロイド・サー――
ドカァアァァンッ!
……
…………
……は!
「はい、ご覧の通り黒焦げになっていたサードニクスさんが元通りになりましたね。」
気づけば草原の上で転がるオレの上体を起こしながらそんな事を言うレイテッドさんが隣にしゃがんでいた。
「それにしてもまさか無抵抗で受けるとは。多少の防御はしても良かったのですよ? 相当痛かったでしょうに。」
「んまぁ……感じる間もなく意識がとびましたから……」
「しゅしゅしゅ、しゅみませんっ!」
見るとオレの近くにもう一人、見事な土下座を決めているおさげ眼鏡の女の子が――ってえぇ!?
「だ、大丈夫ですから! 頭をあげて下さい!」
慌てて近づくと、おさげ眼鏡の女の子は真っ青な顔をオレ向ける……そ、そんなこの世の終わりみたいな顔をしなくても……
「ででで、でも、あたし、サードニクス、さんにこここ、こんな……」
「こ、こういう実演なのでこれでいいのです! それにえぇっと――そう! すごい魔法でした! あんな第四系統の魔法は初めてでしたよ! オレ、火の魔法は――というか風以外は上手じゃなくて……ああいうのもあるんですね!」
両手をジタバタさせながらどうにかこうにかフォローしようと頑張るオレを見てクスクス笑うレイテッドさんはともかくとして、おさげ眼鏡の女の子の顔色はだんだんと元に戻っていってくれた。
「ふふふ、実演のご協力、ありがとうございました。このような魔法が学院のあちこちにありますので、大きなケガを気にする事無く、私たちは自身の技を磨く事ができるのです。」
おさげ眼鏡の女の子の背中をポンポンと叩きながらみんなのところへ送り出し、オレはさらさらと説明を続けるレイテッドさんの後ろで大きく息を吐く。
本当にあんな火の魔法は初めて見た。青色だったり緑色だったりというのはフィリウスとの旅の途中で見た事あったのだが、まさか白い炎まであるとは。あとでエリルに詳しく聞いてみよう。
「それでは次の場所へ――」
「あの!」
あと行っていないところはどこだったかと次の場所を予想していると、みんなの中からシュバッと手が上がる。
「もしもよろしければ! わがままとは思うのですが――『コンダクター』と手合わせを願いたいです!」
そう言いながら前へ出たのは、オレからすると馴染み深い質素な服を着た、黒寄りのグレーな髪が特徴的な男の子。腰に下げた剣を握りしめ、オレとレイテッドさんに熱い視線を送っている。
剣――武器を持っている事自体は別に変な事ではない。セイリオスの教えにもあるように、騎士はいついかなる時でも自分の武器を傍に置くモノ。学院見学に来る人はみんなオレたちと同じ騎士の卵なのだから、既に自分の武器を所有していてもおかしくない。その辺を理解しているから、見学だからと言って武器を持ってきた人からそれを取り上げるような事はしないのだとか。警備の点から言うと随分危険な気もするが、それを監督するのも案内役の仕事なのですよとレイテッドさんは言っていた。
「そうですか、このグループではあなたでしたか。」
そんな希望がこの案内中に通るわけがないと他のみんながひそひそ話す中、レイテッドさんはニコリとほほ笑んだ。
「実はですね、学院見学の最中に今の自身の力を試す為、生徒や教員に勝負を挑む方というのは結構いるのです。特にこうして少数のグループに分かれたタイミングなどであなたのように手を挙げたり、こっそりとお願いしたりする方が多いとか。そしてそういった申し出に対し、セイリオス学院はそれを受ける事にしています。」
手合わせを受けつける。レイテッドさんの言葉でみんなのざわめきが一気に大きくなった。
「上を目指し、挑戦する姿勢をセイリオス学院は高く評価しているわけですね。それがこの先の入学試験において有利に働くという事はありませんが、一つの経験としては良いモノになるでしょう。ただ、この事を公言してしまうと挑戦者の数が対応しきれないモノになってしまいますので、ルールを定めていました。ずばり、その場で最初にそれを申し出た方だけの特権。このグループにおいてはあなた、という事です。」
ざわめきと共にみんなの視線がグレーの髪の男の子に集まる。見学者からの挑戦を受けるという事は伝えていないが禁止であるとも言っていない。ダメ元でも何でも、可能性を求めて手を挙げた人へのご褒美という感じだが……つまりこの場合はオレが相手をするという事か……!?
「模擬戦の為の環境は整っていますし、丁度いいのでここで行いましょう。すみませんがサードニクスさん、ご指名なので再度お願いしますね。」
「は、はい……あ、いや……いいんですか、オレで……」
目の前にセイリオス学院の生徒会長もいるのだが、という意味でその男の子に尋ねたが、腰を九十度に曲げてオレに頭を下げる。
「『コンダクター』との手合わせを希望します! どうかよろしくお願いします!」
「そ、そうですか、わかりました……」
この熱の入り方はどこかカラードに似ているなぁ……
「今度は無抵抗に攻撃を受けなくてもいいですからね。」
再度草原の真ん中に立ったオレにふふふと笑みを向けるレイテッドさん。
「えぇっと……こ、これは本気で戦う、という感じ――でしょうか……?」
「そこに関して決まりはありません。一通り相手の動きを見て改善点を教えるように戦う方もいれば、実力差を教える為に全力を出して一瞬で終わらせてしまう方もいます。サードニクスさんのお好きなようにどうぞ。」
「えぇ……」
エリルたちにフィリウスから教わった体術を教えるのとはまた違うタイプの、いわゆる指導というやつだろうか。先生みたいなスパルタで容赦ない感じはオレには向かないから……そうなるとフィリウスのやり方くらいしか参考になるモノがないぞ……
「ふー……」
あれこれ考えていると男の子が深く息を吐きながら剣を構えた。両手で握った剣を腰の横にそえて剣先を後方に向けた独特なスタイル。居合とも違う不思議な体勢からどんな技が飛び出すのか……
「……よ、よし、とりあえずオレも……」
プリオルの剣を宙に投げ、手を叩いて数を増やし、ベルナークの剣――マトリアさんの双剣を左右の手の中で回転させ、風を起こしてプリオルの剣も回す。曲芸剣術の基本の構え――両手と周囲に回転剣を展開させた状態になるとみんなが驚いたり嬉しそうにして、男の子はゴクリと息を呑む。そ、そんな反応をされるとなんだか緊張するな……
「では合図は私が。双方――特に挑戦者側は悔いのないように。模擬戦、始め!」
「はあああぁっ!」
レイテッドさんの合図と共に男の子が叫び、剣が光を――電光を放つ。雷が落ちたような音と共に剣を覆う電気が破裂し、男の子がオレの方へ真っすぐに飛んできた。
「おお!」
そういう技が来るとは思っていなかったから普通に驚きつつ、オレは身体を風に乗せてその突進をかわす。すると瞬時に切っ先の向きを変え、再度雷鳴を轟かせて男の子はオレを追ってきた。
電気の破裂……たぶん正確に言うなら電熱による爆発? とかの話になると思うのだが、とにかくそれを推進力にしている。とはいえ同じ第二系統の使い手で言えば先生やマーガレットさんの方が断然速く、同じような移動方法で言うならエリルやアンジュの方が速度は上。今のオレなら空気の動きを読まなくてもそこそこの距離があれば回避できる。
更に言えばエリルたちが足の裏とかで爆発を起こしているのに対し、この場合の爆発の起点は剣というすごく見やすいモノ。剣が向いている方向から進もうとしている先がわかるのも避けやすい理由だろう。
その上エリルたちは足の裏に加えて手の平からの爆発も利用するから機動力がかなり高いのだが、彼の場合はそういうトリッキーな動きができない……
「――っと……」
などと、さっき指導なんて言葉が思い浮かんだからか、それっぽいことが頭の中をぐるぐるし始めた。いやいや、こういう小難しい分析結果はあとで教えればいいのだ。今は今しかできない事を……フィリウス直伝というか、フィリウスのやり方で、この男の子に何かを持って帰ってもらいたい。
まずはこの移動方法について……突進をかわし続けるオレに疲労の様子を全く見せずに攻撃を仕掛ける男の子。そのとある一撃に、オレは反撃を入れた。
「うわっ!」
オレに向かってきた男の子はオレが作った空気の壁――空気を圧縮してクッションみたいにした見えない壁にぶつかり、バインッと跳ね返る。くるくると宙を舞った男の子がそれでも見事に着地したところで、オレはコホンと咳ばらいをした。
「えぇっと、と、とても良い移動方法――だと思います……! 正直そうやって飛んでくるとは思わなかったので驚きました!」
「――!」
いきなり始めてしまった解説コーナーに面喰ったような顔をする男の子……あぁ、引かれたかな……
「し、しかしそういう移動方法――オレも風で身体ごと飛んで行きますけど、これには注意しなくちゃいけないことがあります! ズバリ今みたいに、障害物に気づかずにぶつかってしまうこと! 今は空気の壁でしたけど、これが透明な氷の壁だったら大ダメージですから注意しましょう!」
対ローゼルさんとの模擬戦における体験を思い出しながらそう言ったオレは、自分の近くで飛ばしていた回転剣を少し離れさせる。
「そしてできれば一層のスピードが欲しいところで……オレみたいな第八系統の風の魔法の使い手は空気の流れから相手の動きを読みますので……えぇっと、ガ、ガッカリしないで――いや、ガッカリするとは思いますけど……ざ、残念ながらそれではその……オレには届きません……」
だぁぁ、言ってしまった……で、でもたぶんそうで……例えば他にスピードを補う広範囲攻撃とかがあるとまた違うのだが……ああ、心苦しい……
「……」
「し、しかし、ここでおしまいでは……あれなので! あなたがオレに近づいて何をしたかったのか、それを見せて下さい!」
あああ、超偉そう! オレ偉そう!
「……ありがとう、ございます……」
オレが回転剣を遠ざけた理由を察したのか、悔しそうな顔になりつつもググッと腰を落として突撃の姿勢になる男の子。
「はっ!」
雷鳴と共に真っすぐにオレに迫った男の子は、跳んでくる勢いそのままに後ろに向けていた剣を大きく振りかぶり――
「はぁあっ!」
そのまま振り下ろした。振ると同時に再度電気を破裂させて剣速を増したその一撃の軌道には勿論オレの身体があるのだが、この近距離であればローゼルさんやカラードの槍の刃先の方が速く、オレは難なく回避する。
だけど攻撃はそれで終わらない。何故ならワンテンポ遅れてやってくる一撃――剣の後ろには尾を引く稲妻がいたからだ。
ピシャアアッ!
剣が振り切られたタイミングからコンマ数秒遅れて落雷が地面を揺らす。剣の軌道からは少しずれた方向に飛ぶそれは、剣が相手に入ればダメ押しの一撃、かわされたらなら追撃となる、雷の魔法の速さを利用した厄介なコンボだ。
……とは言え……爆発を利用して攻撃を加速したり威力をアップしたりというのはエリルの得意技だし、雷がついてきている事は見えていたから、オレはそんな一撃をいつもよりちょっと大きく避けて男の子の背後に移動していた。
「――!」
目を丸くした男の子は、その驚きを瞬時に押し殺して背後のオレに再度突撃してくる。今度は連続攻撃で、上下左右、様々な方向に振られる剣から縦横無尽に雷が放たれた。部室の壁や疑似的な空へ雷が落ちていくが対応できないモノではなく、オレはよく見てかわしていく。
「――っ!!」
そして全然当たらない事に少し顔を歪めた男の子の、そのスキをついて突風をぶつける。男の子はぐるぐる回り、今度は少し態勢を崩しながら着地した。
「に、二段構えの良い攻撃ですね……! ただ、雷なので剣の後ろにあっても光――で、見えてしまうところが残念です! む、むしろそれを利用して……えぇー、目くらましみたいのが出来たりするといいかも、ですね!」
だぁあ、うまくできない……何を言っているんだオレは……? 雷で目くらましをしたら自分も眩しいじゃないか……
「そ、それでは最後に防御を見てみましょうか……!」
そう言ってオレが回転剣を元の位置に戻すと、男の子の表情が悔しそうなそれからググッと引き締まった。
「『コンダクター』の……曲芸剣術……!」
そう呟いて……何だか死地に赴く人みたいな覚悟の表情になる男の子……そ、そんなにならなくても……
「で、では……あー……まずは一つ!」
増やしたプリオルの剣の一つを男の子の方にとばす。真正面に向けたので対処はしやすい――と思ったのだが、男の子は回転剣が目の前に迫った辺りでようやくそれに気づいたらしく、おそらくは反射的に剣を横にして防御の姿勢を――あ、それは……
ガキィンッ!
回転剣と男の子の剣がぶつかり、金属音が響いた。そして男の子は……これはちょっと驚きなのだが、一メートルほど後ろにとばされたものの、自分の剣をまだ握っていた。
風の魔法が使えなかった――というか教えてもらってなかったんだが、手の平で剣を回すだけだった頃はその回転の勢いで相手の武器をとばすという戦法で、フィリウスが十二騎士と知らずに馬車を襲ってくる悪党の相手をしていた。
手ではなく風で回転させるようになり、その回転速度が刃が見えなくなるくらいになったおかげで、オレの回転剣を正面から受けようとするとかなり大変……と、エリルたちは言う。ポリアンサさんの『ヴァルキリア』みたいな特殊な魔法でもない限り、回転剣を正面で受け止めたらまず間違いなく武器が手からとばされ、鎧を着ていれば尋常ではない衝撃で一瞬動きが止まる……らしい。
そこをこの男の子は武器をとばされずに耐えた。見た目以上の筋肉の持ち主なのか、もしかすると電気の力で何か……武器を自分の手に固定する魔法とかを使っているのかもしれない。
「い、一撃でこの重さ……」
「いやー凄いですね! 回転剣を正面から防御して武器をとばされなかった人は久しぶりですよ! 次は三つです!」
男の子は何やら蒼白しているが、オレは何だか嬉しくなって次を放つ。今度は真正面からの一本に左右から回り込む二本を追加する。
「――!!」
男の子は剣――と脚に電気をまとい、今日一番の速度で移動を始めた。そんな奥の手があったとは!
「ほ!」
部室の中を走り回る男の子を三つの回転剣で追う。『コンダクター』という二つ名の由来になった両腕の動きでそれらを操って色んな角度から攻撃を仕掛けるのだが……何だろう、妙な違和感がある。今の風速は男の子の移動速度と同じくらいなのだが……どうも男の子の反応が鈍い。さっきもそうだったけど、回転剣が目の前に来てようやく回避行動を……
……あ……ああ……そ、そういうことか……
「えぇっと……むん!」
人の――というか人間の身体の動きを普通の人よりも詳しく見る事ができるティアナから教わった技。特定の角度とタイミングで相手の動きを誘導したり制限すると――
「ぐっ!」
逃げ回っていた男の子は足をもつれさせ、草原の上に転がった。そんな男の子にオレは――うぅ、ここからが一番気合を入れるところだからこれくらいはしないと――オレは、飛ばしていた三つの回転剣を男の子を囲むようにして地面に突き刺した。
「――!!」
突如自分を囲んだ剣にゾッとした顔をする男の子……
「さ、さっきのはここぞという時に使う加速、でしょうか! 中々でしたが……えぇー……たぶんですけど、オレの回転剣……見えていませんでした――ね?」
反応が鈍いんじゃない。むしろあの距離まで迫った状態で対応できるのだから超反応だと思う。ただ男の子にはオレの回転剣が……これもエリルたちがよく言うが、速過ぎて見えていなかったのだ。たぶん、回転する音なんかで接近に気づいていたのだろうけど、それではいつか間に合わない瞬間が来る。そのタイミングを狙って回転剣の軌道をちょっと変えた結果、ティアナ直伝の技によって男の子は転んだのだ。
「視認できないモノを知覚する方法は……工夫次第で色々ありまして、た、例えばオレの知り合いの雷の魔法の使い手は周囲に電磁波を張り巡らせてそこを通るモノの動きを捉えていましたよ。」
「……電磁波……」
そう言って目の前に突き刺さっているオレの剣を見る男の子。さぁ、これでラストだ!
「えぇっと、では最後に伝えておきますが……今の模擬戦の中でオレは何回かそちらの攻撃をかわしましたね。もしもこれが実戦で、オレが悪党だったなら……その内の六、七割の場面で――――あなたは死んでいます。」
オレの突然の一言に、男の子は丸くした目でオレを見る。
「首やお腹、急所を狙って斬りつける猶予は充分ありましたからね。だけどもこういう「もしも」というタイミングを何度も経験できるのが模擬戦です! 鍛錬を重ね、そのスキを減らし、いずれ来る実戦に備えて下さい! あー……い、以上……フィリウスの教え方――でした……」
何ともしまらない一言で若干恥ずかしいオレはペコリと頭を下げたのだが、男の子は――さっきまでとは違う感じの丸い目を向けてきた。
「フィリウス……オ、《オウガスト》――ですか?」
「へ? あ、はい。フィリウスは戦闘には三つの動作があると言っていて、それが移動と攻撃と防御で、その間を埋めるモノが回避だと……あぁ、すみません、折角なので有意義なモノを持ち帰って欲しくてフィリウスを真似したのですが、あんまり上手にできなくて……ごめんなさい。」
「《オウガスト》の教え……十二騎士の……シリカ勲章を授与される騎士を育てた……」
ちゃんと真似できたのが「だっはっは、今のが実戦だったら大将死んでるぞ!」っていうお決まりのフレーズだけだったのだが、男の子は何だか嬉しそうで……えぇ?
「ふふふ、突然の「死んでいます」にはびっくりしましたが、あの《オウガスト》のやり方となると妙に納得ですね。」
パチパチと拍手をするレイテッドさんは何故か感動しているっぽい男の子の背中を叩いてみんなの中に戻るように促す。
「先ほども言いましたが、こういった挑戦は最初の一人のみという決まりですので追加の受付はありません。別の日にどなたかに模擬戦を申し込む事は個人の自由ですが、それを相手が受けてくれるかどうかの保証はできません。ついでに言うと既に冬休みですから、しばらく学院に人はほとんどいません。」
残念そうな声があちこちで漏れるのを申し訳なさそうに見たレイテッドさんは、「では気を取り直して」と言いながらパンッと手を叩く。
「学院の案内を再開しましょう。次は闘技場ですよ。」
椅子がたくさんある場所……学食に貴族たちを案内したメリッサは、元々そういう予定だったのか、人数分の飲み物を机に置いた。
「きっと貴族の方々は途中で疲れるだろうから、学食を案内コースの真ん中にしていたのよ。」
ほとんどの貴族がぐったりして座り込み、それでも上品に飲み物を飲んでる横、レイリーたち熱意ある貴族は学食の中をぐるぐる歩いてた。
「ほう、このメニューの多さは良いな。騎士の修行と並行して舌も肥えそうだ。」
家ではたぶんそれなりに豪華なモノを食べてきたあたしだけど、ここの料理は普通に美味しい。あたしがバカ舌じゃなければ、こいつらもまぁ満足できるでしょ。
「しかし折角家を出ての生活だ、料理の一つも覚えたいところだな。この学院のカリキュラムに――あー、家庭科? 料理の勉強をするような科目はあるのか?」
「そこまで直接的な科目はないわね。いざという時の食料調達の方法や野外での簡単な料理を学ぶ授業はあるけれど。」
「それはそれで面白そうだな!」
「くだらん……」
目をキラキラさせるレイリーに対して、椅子に寄り掛かって汗をふきまくるノドアーのデブが呟いた。
「いざという時の自衛能力を身に着けるという事は認めてやろう。だがそんなサバイバル訓練をする意味があるのか? 下級貴族が騎士になるならともかく、貴様は最上位の一つ、ノグルア家の長男だぞ。」
「んん? ちゃんと言っていなかったか? ノドアーのも言っていたではないか、職務をほっぽり出して修行を始めたと。私は、騎士になるのだ。」
「……本気で言っているのか?」
「本気だ。自衛のために騎士を学ぶという点は全ての貴族が行うべきだが、そのまま全員が騎士になれとは当然思っていない。だが私自身は、本物の騎士を目指している。そこのエリル様――エリルさんのようにな。」
「王族の端くれと貴様とでは立場が違う! ノグルア家が担っている役割を放棄するというのか!」
端くれ……まぁ事実だし、騎士を目指すあたしにはどうでもいいんだけど……確かに六大貴族がそれぞれにやってる国政はどれも大事なモノのはずで、レイリーがいくら騎士マニアでもそのポジションが空くっていうのはあたしが騎士をやるよりも影響が大きいはずだわ。
「私は次期ノグルア家の当主だがノグルア家そのものではない。私が個人的に自身の権限でそれを放棄するだけだ。後任は家の他の者か別の貴族、この際だから一般も含めて相応しい人材の募集をかけてもいい。」
「――!! 貴様、貴族としてのプライド――家の歴史を何だと思っている!」
椅子を倒しながら荒っぽく立ち上がるノドアーのデブに対し、レイリーは……甲冑姿で見えないけど、きっとすごくまじめな顔で答える。
「大事なモノだ。だがその家に生まれたからと言ってそれに縛られるのでは呪いと同義。私は私の人生を生きたいだけで、現状であれば私が持つ権限で呪いから抜け出せる。だからするのだ。」
正直、ノドアーのデブの意見も一理ある――気がする。でもレイリーの決意はかなりのモノみたいで……なんかうちで騎士になるって言ったときの自分を思い出すわ……
「恥さらしがっ! ノグルアに属する者たちの行く先を考えているのか! 個人の問題ではないぞ!」
「影響は理解している。だがそのせいで道を固定されるのは嫌なのだ。」
「この阿呆が! どこかの王族の奇行にのせられおって!」
「図体に合わず小さいわね、ドルン・ノドアー。」
冬休みで普段ならあり得ないくらいにガランとしてる学食にそんなセリフが響いた。カツカツと足音を立てて、ロイドがよく飲んでる……っていうかいつもの飲んでるリンゴジュースをストローで飲みながらやってきたのは――
「お、お姉ちゃん!?」
「はい、お姉ちゃんですよー。」
あたしのお姉ちゃん――カメリア・クォーツだった。
「!? な、なんでおま――貴女がここに!?」
「あらあら、エリーは騎士だからいいけど、私は違うわよ?」
リンゴジュースのコップでノドアーのデブ――どうやらドルンと言うらしいデブの後ろを指すお姉ちゃん。振り返ったドルンは、レイリーを含めた貴族全員が膝をついているのを見て慌てて同じ体勢になった。
「ご、ご無礼を……!」
仕事モードになるとちょっと怖い雰囲気になるお姉ちゃんだけど、ドルンも含めてその場の貴族全員が……なんかちょっと震えてる気がするわ。お姉ちゃんてば仕事でどんな事してるのよ……
「……なんでお姉ちゃんがここに?」
「あらあらエリー、六大貴族を含めて将来国政を任されるだろう後継者たちが一堂に会してるのよ? 何もなくてもとりあえず様子は見たくなるでしょう? 生徒会に確認したら貴族グループはここで休憩に入るっていうから待ってたのよ。」
「! てことはメリッサ、あんたお姉ちゃんがいるの知って……」
「しょうがないじゃない。カメリア様が内緒にしてって言うんだから。」
「折角サプライズ登場を狙っていたのに、六大貴族が議論を白熱させるんだもの、こうして出て来ちゃったわ。」
そう言いながらお姉ちゃんはドルンの前でしゃがみ込む。お姉ちゃんが近づいた事にビクッてなったドルンのつむじ辺りを眺めながら、お姉ちゃんは仕事モードの声色で話し始めた。
「ドルン・ノドアー、あなたの言う事は少し前まで確実に正義だったわ。貴族の中でも重い場所にいるノグルアの長男が騎士を目指すなんてあり得なかった。でもね、そうなっても大して問題じゃないっていう実証がなされちゃったのよ。」
「じ、実証……ですか……」
「そう……ムイレーフ家の滅亡っていうね。」
「!!」
「ムイレーフだって責任あるポジションを任されていたわ。でもどう? それほど大きな騒ぎにもならず、あっさりと後任が決まって何事もなく国政はなされているわ。しかもその後任っていうのは貴族じゃなく、王城で政治を回す人たちの一部署。一つの家が全権を任されていた時よりもむしろスムーズになったくらいよ。」
「そ、それは……つまり、自分たちが……」
「別に必要ない、ってことね。」
あっさりっていうがばっさりと、お姉ちゃんが貴族を切り捨てる――って、そ、そんな事言っちゃっていいのかしら……
「勘違いしないで欲しいのだけど、その役職は必要よ。そこにあなたたちが必須じゃないっていう話。昔からそれをしているからノウハウもたくさんあって、だからこそ良い結果を出している貴族もいるからそれはそのままでいいと思うけど、別の人間がやった方がいいならチェンジしても構わないって事。つまり、家柄だけでその役職をやれって強制しなくてもいいの。そこの甲冑さんみたいに好きな人生を歩むならそれも良し――それが七大貴族から六大貴族になった事で明るみになった事実よ。」
ゆらりと立ち上がり、ずずずーっとリンゴジュースを飲んだお姉ちゃんはコップを返却口に置いた後、あたしの後ろに立って肩に手を置いた。
「自身の権限を最大限利用して夢に向かう。そこの甲冑さんみたいなの、私は好きよ。何を隠そう私自身、持っている権力の全てを使ってかわいいエリーを幸せにしようと日々努力しているのだから。」
「お、お姉ちゃん!?」
「それに身分を気にするならもう少し気を付けないといけないわね。エリーが騎士になっても王族であることに変わりはなく、付随する権限は未だ健在。それが幸せにつながるなら、私はエリーを女王にもするわよ?」
「オネエチャン!?」
ロイドみたいな変な声が出た。あたしを――女王に!?
「はい、私の話はここまで。今の六大貴族の状況はあなたたちを見てなんとなく理解できたし、エリーを不快にさせた相手はいびったから満足だわ。じゃあねエリー、また後でお部屋にお邪魔するわ。」
突然現れたお姉ちゃんはすごい嵐を起こしてあっという間にいなくなって……あたしはお姉ちゃんが言った事に呆然とし、貴族たちは緊張が抜けない顔と雰囲気で立ち上がり、メリッサは面白いモノを見たって顔で笑ってた。
「…………はっ! なんてことだ、カメリア様の前だというのに甲冑のままだったぞ!」
そして……レイリーが今更そんな事に気づいてジタバタした……
騎士物語 第十話 ~悪の世界~ 第六章 悪の師
『ベクター』、『マダム』、『魔王』に続いて『バーサーカー』の来歴を書きましたが、結果四人中二人は初め普通の生活をしていたという事に少し驚いています。S級の方々は元々の思考方向はともかく、趣味が高じて気づいたらそうなっていた人が多いですから、そのタイミングによっては一般人だった頃のある、分類上悪党もいるわけですね。正義の味方よりも悪党が好きな私なので、今後も愉快な経歴の悪党が出てくるでしょう。
学院見学、ここに登場した新入生候補の方が今後登場するとしたらロイドくんたちが二年生になってから……長いですね。
ちらほらとこの後も登場するかもしれない人が出てきましたが、実はもう少し、そんな予定の人がいますので、ロイドくんたちの案内はあともう少し続きます。
しかし『バーサーカー』、当初は文字通りの狂戦士だったのですがね……いつの間にか天才博士に……