騎士物語 第十話 ~悪の世界~ 第五章 悪の信仰

第十話の五章です。
魔王軍戦の結末と悪党同士の戦い、そして学院見学の始まりです。

第五章 悪の信仰

「いいとこ無しだな、『ベクター』。」
 フィリウスたちと魔王軍の戦闘が始まるよりも少し前。畳を口から湧き出る血で染めながら呻く男の耳に、色の異なる着物を幾重にも重ね着している女の、血で汚れた畳を見て嫌な顔をしながらこぼした呟きが届く。
「うる、せぇ……あの化け物が……」
「魔人族にやられ『魔王』にやられ、相手が相手というのもあるが仮にもS級犯罪者が情けないな。だがそんなお前にもお前にしかできない仕事がある。」
「封印の、破壊か……それを、今、『魔王』がしに行った、んだろうが……」
「そうなのだが、アレは独自の考えで動くからな。『魔王』の力なら封印の破壊もごり押しできると思うが、魔人族に興味津々な今、そっちのけにする可能性が高い。ならいっそ、『魔王』様の登場をおとりにお前がやった方が確実だ。」
「ふざけ、るな……あの魔人族……スライム野郎はオレが……」
「状況を見てモノを言え。能無しに声をかけた覚えはないと、何度も言わせるなよ?」


『お前はこの前の人間……一体いつからそこに……?』
 身体が水でできており、当然顔ものっぺらぼうなので蛇人間であるヨルム以上に表情が不明なフルトブラントではあるのだが、その声からかなり驚いている事が周囲の者たちには理解できた。

 不意に始まった『世界の悪』ことアフューカスのS級犯罪者狩り。これを受けて打倒アフューカスの志で集まった――と言うには面子が凶悪だが、その集団の実質的なリーダーである『マダム』と、アフューカスの傍にいつもいて実際にS級犯罪者を殺してまわっているフードの人物――アルハグーエの戦闘によって『魔境』の封印が解けかかるという事態が発生した。
 強靭な魔法生物がいるとされているその『魔境』――『ラウトゥーノ』の封印を修復する為にやってきたフィリウスたち騎士の面々とスピエルドルフの魔人族たちは、「封印が解けかかる」という事を計算通りとする『マダム』の指示で封印の完全な破壊を目的にやってきたS級犯罪者と衝突する。
 初めにやってきた相手はフルトブラントによって撃退されたが、後に現れた魔王軍こと『魔王』ヴィランとその部下たちとの戦いは激しさを極めた。
 軽くはないダメージを負いはしたが、結果的に騎士と魔人族は魔王軍に勝利した――のだが、そこに、フルトブラントが一度撃退したS級犯罪者、『ベクター』が現れたのだ。

「そこの『魔王』が第二形態とかいう方向の姿になった辺りからだな。元々ベクトルの応用でオレの存在感ってのの向かう方向を逆にして気配を無くすのは得意なんだが、魔人族には魔力の流れとかが見えるんだろ? だからまー念を入れて、『魔王』が大暴れし始めてから仕事を始めた。結果、誰にも気づかれずに任務完了だ。」
 ニヤリと笑いながら、『ベクター』は片手を断崖絶壁にペタリと添える。その手が触れているモノが岩の壁ではなく封印そのものであると認識したフルトブラントはローブの下から水の鞭による超速の一撃を放とうとしたが――

 ビキィッ!!

 ――それよりも一瞬速く、不穏な音が辺りに響き渡った。その場の全員が音のした方へと視線を向け、断崖絶壁の上の方を見上げる。それは例えるなら、岩の壁の表面に存在していた見えないガラスの壁にヒビが入ったような光景。岩自体には何ら変化はないのだが、表面にヒビ状の空間の歪みがあるせいで傾いで見えていた。
「――!? おいおい、こりゃどういう方向なんだ……?」
 だがガラスの壁――即ち封印に入ったヒビを見て一番驚いたのは『ベクター』本人だった。
「この前仕掛けた魔法と今加えた魔法――『魔王』のおかげで準備の時間は充分、これで完全に破壊できる方向だろう……!」
『それはさすがに甘すぎだ、人間。』
 その一言と同時に放たれる水の玉――砲弾が『ベクター』の数十センチ手前で爆散する。
「スライム野郎……!」
 ギロリと、自分に放たれた攻撃を自動的に防いだ『ベクター』はフルトブラントを睨んだが、その爆散した水によって瞬時に形成されたドーム状の膜に覆われた。
「な――!?」
『お前自身への攻撃がどこぞへと飛ばされるなら、その魔法の範囲外で捉えるだけ。言っておくがお前が得意とする方向……ベクトルの魔法とでも言うのか、それはその水の膜には通じない。どのように形状を変えようと、周囲から水分を補給してその形を保ち続ける。』
「――っ!!」
 まるで何かを操るように両手を動かす『ベクター』だったが、水の膜の表面に波が生じるだけでドームの形は変化しなかった。
「一瞬肝を冷やしたが、さすがだなフルト。」
 ドームの中で暴れる『ベクター』を横目にヨルムがそう言うと、フルトブラントはガックリと肩を落とした。
『やれやれ。直す事と壊す事では後者の方が簡単というのはわかるが、ここ数日の努力の半分は白紙になってしまった。封印の形、魔力の流れの方向を滅茶苦茶にするその人間はこれを壊すのに最適な人材だな。』
「だが崩壊は防いだ、そうだろう?」
『修復するとは言っても歴史的な建造物ではないのだから、以前と同じにする必要はない。当然、より頑丈になるように手を加えていた。恐らくこの前来た時にこの封印の壊し方の目星をつけたのだろうが、その時と今とではだいぶ様相が異なるから、その目星はもはや通用しない。』
「どうにも一歩抜けているというか……以前スピエルドルフにやってきた奴もそうだったが、S級犯罪者というのはマヌケが多――」

 ゴォンッ!

 封印の破壊を阻止し、これでようやく解決と思われたその時、何かが何かを叩く音がした。
「……? なんだ、今の音は。」
『わからん……』
 それはかなり大きな音でその場の全員に聞こえたのだが、音の発生源がいまいちわからず、それぞれが思い思いの方向へ顔を向けていると、その音は再度響き、そして先ほどの肝を冷やす音――ビキィッっという音が全員の視線を断崖絶壁へと戻した。
『まさか……封印の内側からか……!』
「――! 封じられている怪物か! フルト!」
 ヨルムの言葉と三度目の轟音を合図に、フルトブラントと他のローブをまとった面々が断崖絶壁の前に並び、一斉に呪文を唱え始めた。
「おいヨルム、どういう事だ!」
「かなりまずい! そこの人間が封印に亀裂を入れたせいだろうが、中にいる存在がそれに気づいて内側から封印を破壊しようとしている!」
「! それは相当まずいな――ババアと学院長も頼む!」
「わかってるよ!」
 オーディショナーが作り出した四体の魔獣の動きを止めるためにオリアナに力を貸していたオレガノは普段の余裕のある表情を厳しいそれに変え、その年齢からは想像できない速度でフルトブラントの近くへと移動し、位置魔法で移動してきた学院長と共に力を振るう。
「はっはぁ! 予定とはちょい方向がずれたが結果オーライだ! 中の奴も出たがってるってんなら丁度いいぜ!」
「黙れ人間! 貴様、自分が何をしたのか理解して――」

 バキンッ!

 水のドームの中の『ベクター』の首をヨルムが飛ばす前に、断崖絶壁の表面にある封印――ガラスの壁の一部が欠けて小さな穴があき――

「――――――!!!!」

 ――そこから、声が響き渡った。その場の誰一人として適当な擬音をあてはめられないその声を聴き、オレガノが歯を食いしばる。
「後先の考えは無しだ! 全力で行くよ!」
 お洒落な服を着こなすスタイリッシュなおばあちゃんという印象だったオレガノの容姿が一変し、フィリウスと同等の体躯に同等以上の筋肉をまとった姿になるや否や、呪文を唱えるフルトブラントらとそれをサポートする学院長の身体を燃え盛る炎のようなオーラが包み込んだ。
「こ、これは……」
「ババアの全力だ。」
 目の前の光景に驚くヨルムの横で、深刻な表情のフィリウスが呟く。
「ババアは他人の力を増大させる力を持っててな。その気になればそいつの全力の遥か先、数百、数千倍ってパワーを引き出せる。ただし、そいつにもババアにも相応の負荷がかかる事になるから、しばらくは動けなくなる。」
「……これで何とか出来なければ詰みというわけか……」
「まあな。だが――どうやら大丈夫そうだぞ。」
 そう言いながらフィリウスが指差した先、先ほどあいた穴がだんだんと小さくなっていた。同時に、表面に生じていた亀裂も徐々に修復されていく。
「よし……! これならば――いや、あれはなんだ……!?」
 元通りまであと少しというところで、もはやネズミですら通れないだろうというレベルにまで塞がっている穴から、白と黒の二色の液体がにじみ出てきた。それは穴が塞がっていく影響で外側へと押し出され、封印に生じていた亀裂と穴が完全に修復されると同時に地面へと滴り落ちた。
 パシャリと広がったそれらは一瞬でまとまり、白い液体は球体に、黒い液体は立方体へと姿を変えた。
 一体何なのか。生き物なのかそうでないのかもわからないそれに全員の視線が集まる事数秒、真っ先に動いた二人の行動とタイミングは全く同じだった。
「――ちぃっ!」
 凄まじい速度で跳躍し、球体と立方体を回収しようとしたヨルムだったが、球体を掴んだところで横から伸びてきた鱗の鞭に立方体をかすめ取られ、それを追おうとしたヨルムは進行方向に出現した岩の壁にそれを阻まれる。
 当然それで止められることはなく、瞬時に壁を切断してその向こうへと跳んだのだが、そこには準備を終えた魔王軍がいた。
 おそらくは『ベクター』が姿を見せた時から用意をしていたのだろう。オレガノが壁の修復へまわり、その結果オリアナの『バスター・ゼロ』が解除されて自由に動かせるようになった四体の魔獣から部品を集めて作ったのか、壁の向こうにはアンバランスなほどに太い脚を持つ鳥のようなドラゴンのような生き物がおり、その背に魔王軍の全員が乗っていた。
 ヨルムがそれを視認するのとオーディショナーがパチンと指を鳴らすのは同時で、身体の所々を失って倒れている四体の魔獣が大量の血しぶきと共に破裂し、その内側から飛び出た合計四人分の人影がヨルムへと飛来した。
「ヨルムっ!!!」
 先ほどの岩の壁と同様にそれらを排除しようとしたヨルムの背後でフィリウスが叫び、それを聞いて切断ではなく回避へと行動を変えた瞬間、魔王軍を乗せた生き物がその強靭な両脚で跳躍した。たった一回のジャンプでその姿が豆粒ほどの大きさに見える距離まで跳んだその生き物は翼を広げ、はるか遠くへと飛び去って行った。
「――フィリウスっ!!」
 追跡不可能。フルトブラントならば自分よりも優れた魔法技術でもってそれをなせたかもしれないが、封印を修復し終えた段階でその場に倒れてしまった為それはかなわず、唯一何とかできたかもしれない自分を声で止めたフィリウスの胸倉を、ヨルムは掴んでいた。
「何故止めた! あと一歩、わずかな差のせいで取り逃がした! 貴様と貴様の部下のせいで!」
 魔獣の内側から飛び出した四人。元に戻せるかどうかはわからないと言っていた事はフェイクか挑発だったのか、オーディショナーが魔獣に変えたフィリウスの『ムーンナイツ』のメンバーを、ヨルムは切断しなかった。
 いや、正確にはヨルムが言う通り、止められた。それが人間で、状況から言ってフィリウスの部下という事も認識していたが、フィリウスの叫びが無ければ躊躇なく処理して魔王軍を追っていただろう。だがその叫びがヨルムの認識したその事実に一瞬の迷いを与え、咄嗟に回避を選択させてしまった。
 その一瞬。直線すれば間に合ったかもしれないところをわずかに迂回。それが明暗を分けてしまったのだ。
「わかってる。大きく見れば、どう考えても俺様の仲間よりも『魔境』から出てきたアレの方が大事だ。敵の手に渡るなんざ絶対にあっちゃいけない。それでも――すまん、感謝する。」
「――!! これで我が国に! 姫様やロイド様に被害が出てみろ! 貴様を殺すぞ!」
「ああ。」
 苛立ち気にフィリウスから手を放し、倒れているフルトブラントたちの方を向いたヨルムはある事に気づき、八つ当たりするように無数の刃を自分の周囲に振らせた。
「フルトがああなればこちらもこうなるか……くそっ!」
 先ほどまで水のドームに閉じ込められていた『ベクター』の姿は、既にそこになかった。

 封印の修復の為に集まったフィリウスたち騎士の面々とスピエルドルフの魔人族。襲撃してきた『魔王』ヴィランとその部下との戦闘の結果、フィリウスとヨルムは軽傷。オリアナは『バスター・ゼロ』の発動による魔法負荷で倒れ、グラジオは比較的小さなダメージだが、サルビアとドラゴンは重傷。封印を修復する為に全力を出した事でフルトブラントと他の魔人族、そしてオレガノと学院長も倒れている。
 襲撃者には深手を負わせたり捕らえたりするものの逃亡を許す始末。封印に生じた亀裂などは無くなったが、本来目標としていたレベルまで修復されたかどうかはフルトブラントの回復を待たないとわからない。
 惨敗と言ってもいい結果に苛立つヨルムは、手にした白い球体に視線を落とす。
 これが外に出た事、もう一つが敵の手に渡った事は更なる失態なのか、それとももっと別の意味合いになるのか。最大の不確定要素を手に、ヨルムは顔をしかめた。



「はっはっは、学年トップの成績を取ったこの才色兼備な妻に何かご褒美が欲しいところだぞ、ロイドくん。」
 冬休み前のテストが終わり、その結果を伝えられた今日は休み前最後の登校日。学院見学は冬休み初日――つまり早速明日にあるという事で、悪い点数を取らずに済んだという安堵も束の間に貴族の人たちとどう接すればいいのやらという不安が頭の中をぐるぐるしていると、全科目の内の半分で満点を取るという流石の優等生っぷりを発揮したローゼルさんがそんな事を言って――ゴホウビ!?
「ごほーびを欲しがる優等生ちゃんは見慣れたけど、この満点だらけの答案用紙はちょっとヤバイねー。優等生ちゃんって部屋だとずっと勉強しちゃってる感じなのー?」
「そ、そんな事はない、よ……あ、あたしと一緒に宿題、する時くらいしか、教科書とかノート……を、開いてるところ、見た事、ない……」
「きっとズルしてるんだよ! ローゼルちゃんは水とか氷とかその辺を色々使ってカンニングしてるんだよ! ロイくん、ご褒美じゃなくてお仕置きしなくちゃ!」
「人聞きの悪い事を言わないで欲しいが……ふむ、しかしお仕置きか。ロイドくんからそういう事をされるというのは…………うむ、悪くないかもしれない。」
「あんたは何を言ってんのよ……」
「ふむ……正直前回のテストと比較するとおれの成績は大躍進だ。自分にご褒美があってもいいかもしれない。」
「おぉう、俺もだ。ぶっちゃけロイドの妹の授業がすげーわかりやすかったからな。」
 前回のテストよりもかなり良い点を取ったらしく、答案用紙を掲げて感動している強化コンビ。ちなみにオレは良くも悪くもない感じ。先生から答案を受け取る時、「お前は平均点を狙ってるのか?」と言われたくらいだ。
「明日から冬休み。その前に少々厄介そうなイベントがあるものの前会長が用意した景品を獲得できるならば頑張れるだろう。それを乗り越えた残りの休み、この素晴らしい成績のご褒美としてわたしと一緒に過ごすのだ、ロイドくん!」
「びゃ、びょ、しょ、しょういえば! そそ、そろそろ生徒会室に行かないとデスカラ!」
 腕に抱きついてきたローゼルさんの上目づかいとむにゅっとした感触――!! にワタワタしながら頑張って話題を変える。
 まだまだ新鮮な生徒会長レイテッドさんの挨拶があった終業式の後、明日の打ち合わせをするという事でオレたちは放課後に生徒会室に来るように言われているのだ。
「ふふふ。相変わらずの話のそらし方の下手っぷりだし、それで忘れるわたしではないという事は知っているだろうから、この場はロイドくんのワタワタに免じて生徒会室に行くとしようか。」


 生徒会室。前生徒会長であるデルフさんとはしょっちゅう話をしたが、デルフさんがオレたちの方にやってくる事が多かったからそれほど馴染みはないその部屋に、我ら『ビックリ箱騎士団』はやってきた。生徒会メンバー五、六人で使う部屋に八人が入っているわけだが、ソファなんかがあったりする生徒会室は応接室と呼んだ方がしっくりくる感じで、その広さも充分なモノだった。
「わざわざすみませんね。あまりこの部屋から持ち出したくない資料があったもので。」
 そんな部屋の一番奥、学院長とかが座りそうな少し大きめの机が定位置だろうに、オレたちと同じようにソファに座っているレイテッドさんが申し訳なさそうな顔をする。
「どーぞー。」
 デルフさんがいた時もそう言ってお茶……とは言い難い変な色をした液体を出してくれたが、同様のモノをオレたちの前に置いていくのはペペロ・プルメリアさん。引き続き『会計』となったのだが……もしや『会計』の仕事にはお茶出しが含まれているのだろうか?
「貴女ねぇ、普通の茶葉しか置いてないのに何でこんな色になるのかしら?」
 そう言いながらお茶と同じように今回の件――学院見学に関するモノだろう資料をオレたちに配ってくれているのはメリッサ・レモンバームさんだ。
 今回の生徒会選挙においてオレが立候補した――というかさせられた役職である『庶務』はオレとその……対抗馬? だったクルージョンさんがそろって落選した為、選挙では決まらなかった。ただ元々『庶務』は特殊で、選挙が行われる事自体あったりなかったりするし生徒会長が個人的に決めたりもする役職で、最終的にレイテッドさんが選んだ人が生徒会長選挙を戦ったレモンバームさんだったのだ。
 その他、レイテッドさんがやっていた『副会長』、三年生のジンジャーさんという人がやっていた『書記』、司会でお馴染みだったアルクさんがやっていた『広報』はオレとは面識のない人が就任した。
 ……いや、まぁ……『広報』はエルクさんという人で話した事はないのだが……正直アルクさんやオレたちと同じ一年生のカルクさんと見分けがつかないんだよな……姉妹なのだろうか……?
「それでは早速明日のお話――なのですが、正直言って皆さんにしていただかなければならない事があるわけではないのです。」
「えぇ?」
「来てくださった方々への説明、学院内の案内などは教師や生徒会メンバーで行いますし、先日お話した貴族の方々への対応ならばそこにいてくださるだけで効果があるでしょう。」
「じゃあボクたちは完全にお目付け役兼客寄せなんだね。」
 商人っぽい言い回しでまとめるリリーちゃん。でも客寄せって……ホントにそんな効果あるんだろうか。
「そうですね。ただそれでは皆さんが退屈でしょうし、皆さんに会えて喜んでいる入学希望の方々も物足りないでしょう。なので皆さんには学院内の施設の説明の際の実演をお願いしたいのです。」
「えぇっと……闘技場とかですか?」
「はい。親御さんに安全性を説明する場でもありますから、模擬戦が必要なのです。」
「なるほど……んまぁ、普段の鍛錬――部活での感じで良ければ……」
「それで充分です。ありがとうございます。」
 正直貴族の人たちとどう話せばいいのだろうとか、案内ってどうやればいいのだろうかっていうのを不安に思っていたけど、この感じだとそもそも会話する機会がないかもしれないな。
「ロイドくんが一安心という顔をしているが、わたしたちをここへ呼んだ目的はそれを言う事ではないはず。メインはこっちでは?」
 ぴらぴらともらった資料を揺らすローゼルさん。そういえばちゃんと見ていなかった……えぇっと、これは名簿?
「そうです。皆さんにお渡ししたそれは明日の学院見学に参加する貴族の方々の名簿です。」



 たぶん書いてある名前を一つも知らないんだろうロイドはすっとぼけた顔で名簿を眺めてるけど、あたしや騎士の名家の人間のローゼルはこれを見てかなり驚いてる。
「普段であれば参加者の名簿などというモノは作られませんが、貴族の方々の……独特の意思表示と言いますか、自分たちがセイリオスの学院見学に参加するという事を学院側や周囲の方に宣言していまして……気づけば参加する貴族の方々のリストが出来上がったのです。」
「つまりはこれが外に出せない資料というわけだな。しかしこれはそうそうたる……」
「はい。七大貴族――いえ、今は六大貴族でしたか。その全員が参加されます。」

 七大貴族。フェルブランド王国で貴族って呼ばれてる家系はいくつかあるけど、その中でも飛び抜けた七つの家。政治的にもかなり重要なポジションにいて権力も財力もかなりすごい……んだけど、絵に描いたような昔ながらの連中ばっかりで嫌い――って、お姉ちゃんは言ってたわね。
 その内の一つ、ムイレーフ家はあたしを婚約者に選んだとかで前にセイリオスにやってきて……ロイドに殴られて……それをキッカケに『世界の悪』の仲間の一人のザビクっていうのに目をつけられて……たった一日で滅ぼされた。
 かなり昔から続いてた七大貴族っていう呼ばれ方はムイレーフの件を受けたお姉ちゃんがあっさり六大貴族って呼び始めたから、今じゃそっちで定着したみたい。
 自分のせいで滅んだってロイドは悩んでたけど、お姉ちゃんが「気にしなくていいわよ」ってさらりと言って……たぶんロイドの中では一生懸命折り合いをつけたんでしょうけど、お姉ちゃんってたまに色々とバッサリ切るわよね……

「むぅ、貴族というだけでも厄介なのにそのてっぺんに君臨する面々がやってくるとは……」
「その影響力も桁違いですからね。あるかもしれない横暴さはクォーツさんの存在が抑えるとしても、こちら側が失礼な態度を取らないように注意しなければならない事に変わりはなく、その相手が六大貴族となると……私たちは勿論、教師の方々もどうしたものかと頭を抱えるわけです。」
「だからウチらよりはチョーっとそういう偉い感じの人と会った事のある『ビックリ箱騎士団』に相談ってのか今日来てもらった理由なのよ。」
 偉い感じの人と接しようっていう気が全くなさそうなペペロがそう言ったけど……あたしもお姉ちゃんと一緒でいかにもな貴族って嫌いだから話そうとも思わないのよね……

「いやいや、それほど心配する必要はないと思うよ。」

 六大貴族が勢揃いっていう事実に重い雰囲気……っていうかぶっちゃけめんどくさそうっていう空気になった部屋の中にいい加減聞きなれちゃった声が響いた。
「会長!?」
「あっはっは、それはきみだよ、レイテッドくん。」
 長い銀髪と整った顔のせいで遠目には女にも見える前生徒会長、デルフ・ソグディアナイトが生徒会室の扉の隙間から頭だけひょっこり出して、思わず「会長」って呼んじゃったヴェロニカを見てニヤニヤしてた。
「しかし『ビックリ箱騎士団』が早速生徒会のお仕事に関わっているところを見ると、僕の目標は半分達成ってところだね。ところでビッグスバイトくん、一歩横にずれてくれるかい?」
「んあ? おお。」
 部屋にソファはあるけど全員がおさまるほどはないからデカい図体で仁王立ちしてたアレキサンダーを横にずらしたデルフはその……アレキサンダーが立ってた場所――っていうか空間? に向かって手を合わせてお辞儀した。
「……あんたはいきなり来て何してんのよ……」
「チョーっとした聖地巡礼みたいな感じ?」
 ありがたそうに「ははぁ」って言ってるデルフの代わりに謎の液体をお茶として追加で用意し始めたペペロが答えた。
「この前の選挙の時、カペラに通ってる何とかっていうアイドルが――」
「サマーちゃんだよ、プルメリアくん。ヒメユリ・サマードレス。」
「そう、それが来て会長――デルフにお礼してったんだよねー。」
 お祈り中にシュバッて首を回してペペロを補足したデルフがだいぶ気持ち悪かったけど、そういえばそんな事があったわね。デルフはサマーちゃんっていうアイドルのファンの中でも『セブンス』とか呼ばれてる最古参のファンの一人らしくて、ダメになりそうな時に応援してくれたからお礼がしたいとかなんとか……
「デルフ、チョーっと見た事ない顔になってかつてない速さで膝をついて崇めたんだけど、そのアイドルが立ってた場所がそこって感じ。」
 どうやらあのアイドルが生徒会室に来た時にかなり面白い事が起きたみたいね……
「……じゃああんたはそのお祈りの為に来たわけ?」
「これは最早卒業までの日課――いや使命だけど、今このタイミングでやってきたのは情報提供と助言の為さ。」
 やばい事をさらりと言ったデルフはピンと指を立てる。
「みんなが心配している六大貴族なのだけどね。七大の頃からそうなのだけど、この括りだとノグルア家がリーダー的立ち位置で、今回の学院見学に来るその家のご子息は有名な騎士マニアなのさ。」
「騎士……マニア? 何よそれ。」
「言葉通りさ。彼は騎士に憧れる貴族でね。普通の貴族なら騎士の世界に入るという事もまあ選択肢として無いわけではないのだけど、七大貴族のまとめ役となっているような家に生まれた彼に騎士の道はあり得ないから、どうして自分は騎士の家に生まれなかったのだろうと日々嘆きながら騎士たちの武勇伝を聞くことを唯一の楽しみとしているような人物なのさ。」
「騎士の道はあり得ないって……学院見学に来るんでしょ?」
「そう、クォーツくんのおかげでね。」
「はぁ?」
「地位が上がれば上がるほど国政に関わりが深くなって騎士からは遠のくものだったけれど、その前提を打ち破って勲章という実績まで残したのはクォーツくんだ。王族が騎士を目指して良いのならその下である七大貴族が騎士道を歩んでも文句は出ない。彼は僕の二つ年上なのだけど、新入生としてこのセイリオスに入学する事を希望しているそうだよ。」
「あんたの二つ上で一年生って……相当ね。」
「そんな騎士大好きっ子が厄介そうな七大もとい六大貴族のリーダーなのだからその場の全貴族が大人しくするだろうという事さ。高貴な所作とやらに慣れていない僕らの無礼も彼なら気にしないだろうし、ならば他も気にしない。そういうモノだからね。」
「それは少しホッとする情報ですね。ありがとうございます、かいちょ――デルフさん。」
「怪鳥デルフって、どこかにいそうな魔法生物だね。それと助言の方だけど、貴族の事ばかり考えていてはいけないよ。大多数は立派な騎士を目指す僕らよりも更に若い、立派な騎士を夢見る後輩たち。あえて地位で言うなら僕らと同じ平民がほとんどさ。貴族のおもてなしも大事だけど、彼らも素敵にお出迎えしてあげて欲しいね。」
 さっきまで謎のお祈りしてたクセに先輩っぽい事を言うデルフ。まぁ、確かにそうよね。
「ついでに『ビックリ箱騎士団』は自分たちの現状を感じてくるといいよ。」
「……は?」



「なんだと?」
 窓が一つもないが過剰とも言える灯りと金箔で塗り固められた装飾の数々のせいで眩しいほどに明るくなっている部屋の一番奥。畳をしいた一角で名のある業物だろう刀の手入れをしていた老人がとある情報を伝えたスーツの男を見上げる。
「襲撃者は『イェドの双子』のポステリオールと『滅国のドラグーン』バーナード。組織も壊滅という事です。」
「若造とは言えそこらの芥ではなかったはずだが……キシドロが死んだか……」
 老人は刀を鞘に納め、あごに手を当てて難しい顔をする。
「S級狩りの続きとしてA級狩りが始まった――というよりはあのクズ二人からわしらに繋がったのだろう。先手を打っておいて正解だったな。おい、コッポラから連絡は来たか。」
「いえ、まだ何も……」
「まさか負けたのか? いや、あやつの剣に逆らえる者はおらん。例えS級、『世界の悪』の七星の一角であろうとも……」
「――! ボス。」
「んん?」
 考え込む老人の正面で姿勢よく立っていたスーツの男が不意に耳に手を当てて中空を見つめる事数秒後、声にわずかな焦りを乗せる。
「侵入者です。数は一人。」
 おそらくスーツの男と同じ事を考えて表情を険しくした老人はゆらりと立ち上がる。
「一応聞くが、何者だ。」
「容姿からしておそらく――」


「いやはや、これはいけないな。」
 ガチャリと開けた扉の向こう――かなりの規模の宴会が開けそうな広さの部屋に、まるで展示品のように並んでいる鳥かごのような個別の檻の中に一人ずつ閉じ込められている大勢の女性たちを見て、金髪の男は悲しそうな顔をした。
「美しいモノを大切に保管したい気持ちはわからないでもないけれど、保管方法はそのモノによって考慮しなければ。これでは色あせていくばかりだよ。」
 ホストのような服装に巨大な銃のようなモノを背負う人物の登場に困惑する女性たちだったが、その金髪の男がパチンと指を鳴らすと並んでいた大量の檻がパッと消え、困惑は更に大きくなった。
「さあレディたち、もうしばらく待ってもらえれば表玄関から出ていけるようになるよ。用事が済んだら追いかけるから、ボクとお茶でもいかがかな?」
「一体何をしているんだい、イケメンのお兄さん。」
 助けに来た正義の味方にはあまり見えないのだが紳士的な金髪の男にかすかな希望を見出した女性たちは、しかし金髪の男の背後に立った人物を見て蒼白になる。
「困るなぁ、こういうのは。ここにあるのはボスや幹部たちのお気に入りなんだ。これじゃあ管理責任を問われて首がとんじまう。」
 金髪の男の背後に立ったのは黒いスーツをまとった女。右手に握った刀を肩に乗せ、左手に手にした銃を金髪の男の背中に突き付けていた。
「やや、男臭い組織だと思っていたけど女性もいるのだね。」
「当然だろ? 女の管理は女がやった方がいいに決まってる。つまみ食いもねぇからな。」
「それはどうだろうか。あまり理解はできないが、妹は同性の姉さんをそういう風に見ているところがある。」
「なんだそのイカれた妹は。つーか状況理解してるのか? どこから入ってきたのか知らねぇけど、ここがどこかわかってるんだろうな?」
「勿論だとも。この家の主に用があるのだから。」
「知った上か。じゃあ文句はねぇな。」
 言い終わると同時に一切の躊躇なく引かれる引き金。ゼロ距離で放たれた銃弾は金髪の男の背中から正面に至る風穴を開ける――はずだったのだが、発砲音の後には何も起きなかった。
「――!? て、てめぇ!」
 続けて放たれる銃弾。火薬が炸裂する音はするのだが、金髪の男は何も変わらない。せめてはね返す音でもあればまだ理解できたのだが、むなしく銃声だけを響かせて弾がなくなるだけ。意味不明な現象に女は思わず一歩下がった。
「な、なんだ……何しやがった!」
「ボクは女性とは戦わない主義でね。手早く終わらせるつもりだから、あとで食事でもどうだろうか?」
「ふ――っざっけんなっ!」
 乱暴に振るわれた刀は金髪の男の首を狙ったが、その刀身は金髪の男の塩をつまむような軽い動きの指にピタリと止められる。
「いけないなぁ……刀を使うのならば最低限の技術を身に着けておく事が礼儀だよ。」
 柔らかな態度だった金髪の男がほんの少し、程度で言えば生徒に注意する先生のような具合の視線を女に送る。だがたったそれだけで圧倒的な実力差と同時に目の前の男に対する絶対的な恐怖を覚えた女はゾッとしてぺたりと座り込んだ。
「お、おま……え、はいい、一体……ナニモン、だ……」
「おっと、そう言えば名乗りがまだだった。ボクはプリオル。姉さんに仕える者の一人さ。『イェドの双子』と言えばわかるかな。」


「状況を知らせい! どこから入り込んだ!」
 金色の杖をつきながら大量のモニターが並ぶ部屋にやってきた老人がそう言うと、モニターの前に座る者の内の一人が答える。
「ど、どういうわけか、気づいた時には正面玄関のホールにいました! そこからあちこちの部屋へ『テレポート』を繰り返しています! 何かを探しているようです!」
「ここで位置魔法が使えるはずがなかろう! 魔法装置は作動しておるのか!」
「せ、正常に作動しています!」
 一つのモニターに拡大されて映っていた金髪の男の姿がパッと消え、老人はギリリと金の入れ歯を鳴らした。


「おお? ここは武器庫だね。」
 大量の銃器と刀剣が並ぶ部屋に現れた金髪の男――プリオルはキラリと目を光らせる。
「ダインスレイブの件もあるし、少し探ってみようか。」
 巨大な大砲やガトリング砲などには目もくれず、棚に並ぶ剣を一本一本手に取って吟味していくプリオル。
「うぅん……良いモノばかりではあるけどこれと言ったモノは……」
「おいてめぇ! そこで何してやが――」
 侵入者の知らせを受けたのか、武器庫の扉を開いて複数の男たちが中に入ってきたのだが、壁に飾ってあった剣が突如弾丸のように射出され、その刃をやってきた男たちの口から後頭部へと通して全員を壁に縫い付けた。
「ふむ……先ほどの女性たちの展示から推測するに、良いモノは相応の形で保管されているのかもしれない。さしずめここは下っ端たちの武器庫と言ったところだろうか。」
 壁に飾られた男たちの方は見もせずに、ぶつぶつと呟いたプリオルは再度その姿を消した。


「ま、また場所を移動しました! 今度は――調理場です!」
「人の家を自由に散策しおって……もうよい、マイクをよこせ。」


『プリオル、食い物をあさるネズミめ。』
「んん?」
 誰かの為に用意されたのだろう、調理場に並んでいた料理をつまんでいたプリオルは天井についているスピーカーから流れてきた声に顔を上げた。
「老人の声……もしやアシキリかな? ああ、もしかしてあなたのご飯だったのか?」
 どこかに仕掛けてあるカメラで自分を見ているのだろうがその場所がわからない為、つまんだ揚げ物を見せびらかすようにくるくる回るプリオル。
『……これ以上好き勝手されてはかなわんのでな。正面玄関に出てこい、わしが相手をしてやる。』


 数分後、この建物――地下に建造された老人――アシキリの本拠地の入口をくぐった先にあるホールのような場所にて、大勢の武装したスーツ姿の面々が取り囲む中、中心にぽっかりとあいた空間でプリオルとアシキリは向かい合った。
「いやぁ良かった。こんな地下に家を構えるものだからどの辺にいるのか目星がつけづらくてね。あちこち歩き回ってしまったよ。」
「歩いてはおらんし、そもそも位置魔法も使えぬはずなのだがな。」
「ああ、この位置魔法を妨害している魔法の事かい? 表でも裏でも重要な場所ではよく使われるし効果は抜群だけれど、残念ながら一定以上の使い手には効果がないのさ。ボクの侵入を防ぎたいなら《オクトウバ》を連れて来てもらわないとね。実際、騎士側の拠点には彼の防御魔法が使われているよ。」
「嫌味な忠告だ。だがあまい防御を指摘しに来たわけではなかろう。あのクズ二人――『ケダモノ』を追ってここに辿り着いたのだろう?」
「その通り。あなたにもこの組織にも興味はないのだけど、良くない事を知ってしまった二人がその後に関わったモノというのは処理しないといけなくてね。二人の居場所を聞きつつ全員をお掃除という感じかな。」
「ふん、要するにあれらが持ち込んだ厄介事というわけか……」
 自分を取り囲むスーツ姿の面々を特に気にする事無く全員の始末を宣言したプリオルに対し、アシキリは静かな溜息の後、手にしていた金色の杖を床に転がして右手を挙げた。
「折角こうして会えたのだ、仮にあれらが何をしなくともいずれはこうなっていたのか、貴様らが行っているS級狩りはA級狩りに発展する予定だったのかどうか、その辺りを確認しておきたいところだが……その前に、だ。」
 挙げた右手にスーツ姿の面々の一人が一振りの剣を渡し、アシキリはそれを杖のようにして姿勢を正す。
「掃除だと? 貴様のような若造がこのわしを? 騎士の連中にもらった犯罪者ランクが余程自慢なのか知らんが、誰を前にしているのか理解できていないようだな。調子に乗るのも大概にしろよクソガキがっ!」
 杖代わりにした剣で床を突き、凄みのある表情から泣く子も黙る圧を飛ばしたアシキリ。裏の世界において数多くの商売を取り仕切る人物相応の迫力にスーツ姿の面々は息を呑んだのだが……
「ま、まさか……おぉ、まさか……!」
 わなわなと震えるプリオルの視線はアシキリの剣に注がれていた。
「ダインスレイブの件で期待はしていたけれどこれほどのモノに出会えるとは……! それは時喰いだろう!?」
 ダインスレイブの時と同様に、片膝をついて恍惚とした視線をアシキリの剣に送るプリオル。
「使用者の時間を代償に力を与える魔剣……時に英雄が、時に魔王がそれを手にして世界を救い、揺るがしたという……! まさに伝説の――」
 と、そこまで言ったところでプリオルはその剣――時喰いを手にしているアシキリを見上げて微妙な顔をした。
「……裏の世界で最大規模の組織のトップがそれを持っているという点は百歩譲って納得してもいいが……時間を捧げる剣をあなたのような老人が使うのか?」
 先ほどの自分の喝を完全に無視して剣についての質問をしてきたプリオルに額の血管を浮き上がらせたアシキリは、腰が曲がっているわけではないが武器を振り回すにはいかがなものかという老体で剣を構える。
「貴様も勘違いしている類だな。大方、時を喰うというのを寿命を奪うという事と思っているのだろうがそうではない。この剣が喰うのは未来の時間ではなく過去の時間。つまり――」
 アシキリが構えた剣――中心に赤いラインの走る黒い刃に銀色の柄を持つ時喰いがゾワリと白く光る。その光が手、腕を伝ってアシキリを覆った瞬間、閃光が瞬いた。
「――こういう、事だ。」
 そうして光の中から再度姿を現したアシキリは「老人」ではなかった。着ていた桜の国の服は内側から主張する筋肉に押され、開いた胸元にはがっしりとした肉体が顔を覗かせる。多くのしわが刻まれた顔は活力に満ちた青年のそれになり、手にした時喰いを軽々と肩に乗せていた。
「この剣が喰らうのは寿命ではなく年齢。これは貴様の言う、「老人」が使った方が強い――剣なのだ!」
 言い終わると同時に振るわれる時喰い。いや、その剣が「振るわれた」という事に気づいたモノはおそらくごくわずかであろう。気づけばアシキリの肩の上にあった刃が剣を振った後の位置にあり、ホールの壁にまるで巨大な剣で切りつけたような凄まじい傷跡が走っていた。
「わしからすれば剣を振ったというよりは移動させた程度の軽い動作、たったそれだけでこの威力。そこらの強化魔法では到底辿り着けん境地――」
「積み重ねた時間を捧げる事で力を授ける剣! その者を形作ったモノを求め、人智を超えた力をお与えに……おお、まるで神のようではないか! 素晴らしい!」
 アシキリの圧倒的な力を前に、プリオルは依然として熱い視線を剣に送っていた。
「しかしそれならば先ほどのあなたが老人の姿だったのはどういう理由だろうか! その力があれば永遠に若いままでいられように!」
「……剣の異常な蒐集家というのは事実なのだな……だがわしを前にそのなめた態度は――」
「そうか、ああそうなのか! 年齢を捧げようとも魂に刻まれた時間までは戻せず、しばらくすれば元に戻るのだな! ああ! 神の如き剣も天の理には抗いきれないという事か! それでもなお――いやだからこそ、人はその剣にすがり、首を垂れるのだな!」
「――ガキがっ!!」
 瞬間、床を粉砕しながらの踏み込みによる、空気を爆散させながらの尋常ではない速度の接近、そこからの一閃。余波によって正面玄関が建物を覆う岩盤ごと吹き飛び、降り注ぐはずの土砂も粉塵も爆風が彼方へと巻き上げ、一瞬にしてホールは太陽の光が差し込む空間へと変わり果てた。
 当然のごとく二人を囲んでいたスーツ姿の面々も被害を受け、一部は外へと吹き飛び、一部は周囲の壁に叩きつけられた。
 剣の一振りによって様変わりしたその場所の中心にいたアシキリは――しかし、魔剣を握る手を震わせて目を見開いていた。
「なん……だと……」
 その一撃が尋常ではない威力を内包していた事は周囲を見れば明らかである。速度も相応であるが、かわされたというのならば納得もできた。だがアシキリの目の前には――その剣の刃を祈るように合わせた両手で受け止めているプリオルがいた。
「おお、この冷たい手触り……一体どのようなモノで形作られたのか……実に美しい……」
 変わらずの表情だが、プリオルの両腕の表面には赤い亀裂が血管のように走っており、そこに普通ではない何かを感じたアシキリは一瞬で十メートルほどの距離を取った。
「魔法――ではないな……? 一体何をした!」
「ああ、誤解しないで欲しい! 決して剣の力が弱いわけではないのだ! 少し前のボクなら位置魔法を使ってもどうにもならずに消し飛んでいただろう! だが今のボクには姉さんから与えられた力が――」
 言いながら自分の手の平に視線を落としたプリオルは、瞬間、顔面を蒼白にした。
「あ……ああああああっ!!」
 恍惚とした表情が一変し、絶望に近いそれを浮かべ、ガクリと膝をつき、プリオルはアシキリの剣を受け止めた両手を震わせる。
「な、なんだ貴様――」
「なんて――なんて事を! ボクとしたことがあまりの歓喜になんたる無礼! 食べ物をつかみ、清めていない手であろうことか刃に触れてしまった!!」
 突然の変貌に何事かと思ったアシキリは、何がそんなにまずい事なのかさっぱり理解できない理由に面を食らう。
「い、急がなければ――急がなければ! ここに綺麗な水はあるか!? 清らかな炎は!? 今すぐその穢れを取り除かなければ!!」
「――……あぁ?」

 裏の世界においてその名を知らぬ者はいない大物。逆らえば確実に死ぬ。多くの悪党がそう認識し、それが事実である男。驕りでも何でもなく、自他がそう認める自分を前にして、そんな自分をイラつかせてなお、自分ではなく自分が握っている剣しか見ていない。
 食べ物をつかんだ手で剣に触れてしまった? さっき持ち上げていた揚げ物の事を言っているのだろうか。指についていた油が剣についたと?
 その程度の事で――自分を前にして表情も態度も何も変えないというのにたかだか剣の一本で過剰な一喜一憂を見せる目の前の人物に、アシキリの怒りは頂点へと至った。

 そして、人生最大の過ちを犯す。

「ぷっ。」

 アシキリは、手にした魔剣の刃に唾を吐いた。
「食べ物の汚れがついたから一体なんだ? 貴様は集めた剣を戦闘に使うのだろう? 多くの人間を斬り殺してきたのだろう? 人間なんぞ血液と糞尿のつまった皮袋、どこを斬ろうが脂に触れ、巻き散らかされる血には大量の老廃物が混ざる。言ってる事とやってる事があべこべだ、クソガキ。」
 服の裾で唾を伸ばし、剣をふいたアシキリはその剣先をプリオルの方に向け――そこでプリオルの顔を見て呼吸を止めた。

「お前……なんて事を……」

 裏の世界で現在の地位についてから数十年、しばらく感じていなかったモノが身体の奥底から顔を出す。小悪党の駆け出しだった頃に当時の大物悪党に感じていたモノ。名が上がったせいで格上の騎士に狙われ、逃げ回る時に感じていたモノ。
 逆らえない相手。自分の人生を一変、最悪終わらせる相手。そういう存在と相対した時に本能が叫ぶ危険信号。
 恐怖が、アシキリの身体を覆っていた。

「その美しき刃に……唾を……お前は今、文字通りに、天にそれを吐いた……」

 長い悪党人生においても数回ほどしか見た事のない表情。桁違いの怪物が、常に余裕を持つがゆえに柔らかな表情でいる事が多い存在が、心底怒った時に見せる顔。
 完全な虚無。感情がないように見えるそれは、無数の感情が混ざっているがゆえにそうなっているだけの無表情。
 それを、S級犯罪者『イェドの双子』の片割れが、自分に向けているのだ。

「脂? 老廃物? 成分の話などしていない。これは敬意の問題だ。」
 ゆらりと立ち上がるプリオルから自分に向かって放たれる殺気。確実な死の宣告を前に、アシキリは身動き出来ずにいた。
「聞こえる……聞こえるぞ、怒りの声が。剣が訴えている。同胞たちの嘆きが響く。ボクは……ボクの無礼を棚上げするという恥を押してでも、この声に応えなければならない。これほどの屈辱は初めてだ。」
 すぅっと手を挙げたプリオル。すると何と表現していいかわからない音が響き、気がつけば二人の周囲に無数の剣が突き刺さっていた。床、壁、天井にあいた穴の壁面、辛うじて生きていたスーツ姿の面々。それらを突き刺し、一瞬で視界を埋めた剣には一つとして同じモノがない。
「万死に値するという言葉がある。今のお前はまさしくそれ……ボクのコレクション、八百七十三の剣ならばそれぞれ十二回ほど斬ればその数に届く。」
 ふっと消えるプリオル。恐怖に硬直した身体ではあったが攻撃が来ると直感し、無理やり戦闘態勢に入ったアシキリだったが、気づけば背後にいたプリオルに後頭部を掴まれ、直後奇妙な感覚に襲われた。
「――!?」
 視界がぐにゃりと歪んだと思ったら、アシキリは後ろから頭を掴まれている自分を見下ろしていた。思わず驚きの声をあげたのだがそれは声にならず、見下ろす自分は白目を向いている。
「お前の意識と身体の位置関係をずらした。これで出血多量だの痛みによるショックなどでは死なない。大抵の人間は一度しか死ねないから、せめて万死分の痛みを味わってから死んでもらう。」
「――!!」
 例えるなら身体から抜け出た魂のような状態でプリオルの言葉を聞き、目を見開いたアシキリは、地面に突き刺さっていた剣の一本が自分の身体の右腕を肘の部分で切断するのを見た。
「――!!!」
 襲い来る激痛。痛みを感じているのが下にある身体なのか見下ろしている自分――プリオルの言葉を借りるならずれている意識なのかよくわからないが、アシキリは凄まじい痛みにもがいた。
「痛覚の位置もずらした。今のお前はどこを斬られても絶命規模の痛みを感じる。勿論、切断されたからと言って落ちた部位に痛みが無いという事はない。」
 ぼとりと転がった右腕に、それを切断した剣が突き刺さる。本来なら切断された時点で神経の繋がりはないのだから身体から離れた部位に何が起きようとも何も感じないはずだが、アシキリは再度激痛に襲われた。
「人間の身体に一万回の斬撃。元の形がわからないほどに細切れになった後、唯一残った意識を時喰いで絶つ。それだけ繰り返せば痛みに慣れるとは思わない事だ。そんな事はボクも、ここにいる八百七十三の剣も、お前が唾を吐いた剣も望んでいない。」
 あちこちに突き刺さっていた剣がふわりと浮き上がり、その剣先をアシキリの身体に向ける。
「ボクはコレクター。剣の蒐集家。これらはボクのコレクションであり、ボクの信仰。それを穢したお前を、ボクは許さない。誰を前にしているのか理解できていない? 姉さんに認められたボクを前にほざくな三流。姉さんも少し褒めていたが、騎士がつけるランクは正しい。CからAはただの悪党。Sはその上に位置する悪党。要するに――」
 自分がどういう状態で自分を見ているのかわかっているのか、身体を見下ろすアシキリの方へと顔を向けたプリオルは、無表情に、アシキリの人生最後に聞く言葉を告げた。

「格が違う。」


 どことも知れない秘境の奥地の地面の下に建造されたとある悪党の隠れ家。外見上は何もなかったその場所にぽっかりとあいた大穴からぴょんと下に飛び降りた太った男は、行きついた先で瓦礫に座って一本の剣を眺めている金髪の男を見つけた。
「あっはっは、やっぱり双子なんすねぇ。女の死体が無いのを除けば、終わった後の状態が同じでさぁ。」
 周囲を埋めるスーツ姿の面々の死体を見て笑った太った男に、金髪の男は手にしていた剣を見せる。
「どうだい、素晴らしいだろう。時喰いと言って、使用者の年齢を代償として凄まじい力を与える魔剣だよ。まさに神の御業さ。」
「年齢を力に? どこかの時間魔法の使い手がそんな技を使えるとか聞いた事あるっすが……もしかして元の持ち主はそれっすか?」
 数々の死体の中でもとりわけ残酷に――というのを通り越してもはや死体には見えない謎の肉片の山を指差す太った男に、金髪の男は不機嫌そうな顔を返す。
「ひどい男だったよ。名剣、名刀を持つ者はその剣に対してそれなりに敬意を持っているモノなのだが、それには欠片もなくてね。こんなモノのドレスを着せるのは嫌だったのだが、それでも通さなければならない怒りというモノがあって……コレクションが増えたのはいい事だけど、それに出会ってしまったのはいい思い出にならない。複雑な一日さ。」
「そうっすか。ところでその辺の材料は貰っていいっすかね。」
「食事かい? 構わないよ。ボクは興味ないし。」
 転がる死体を見てじゅるりと舌を出した太った男は、ふと金髪の男に視線を戻す。
「……そういえば何だか面白い匂いがするっすね。姉御みたいなのが。」
「ん? ああ、そうかもしれないな。姉さんからもらった力がだいぶ馴染んできたようだ。」
 浮かび上がっていた赤い亀裂は既になく、プリオルは元の状態に戻った腕をぶらぶらさせる。
「大きな力を感じるっすね。再生能力とかもあるんすか?」
「この前鼓膜を破ったのだけど、すぐに治ったな。部位の欠損となるとどうなるかはわからないから、その「つまみ食いしていいっすか」みたいな顔はやめてくれ。」
「残念でさぁ。姉御は絶対美味いと思うんすが、食べさせてくれないんでさぁ……」
 とぼとぼと死体の方へ歩く太った男を見てやれやれと笑いながら、金髪の男は立ち上がった。
「さて、妹があっちを片付けたのなら残るはあと一人……そろそろあの二人に辿り着きたいものだ。」



 冬休み初日。つまりは学院見学の日。オレは予想外の光景に驚いていた。
「オ、オレ……見学に来る人って一クラス分くらいの人数を想像していたよ……」
「それは認識があまいな、ロイド。ここはセイリオス学院。剣と魔法の国と呼ばれ、優秀な騎士を数多く輩出するフェルブランド王国において一番と称されているのだから、世界一の騎士学校と言っても過言ではないのだ。」
 正門の様子にギョッとし、どうなっているのだろうと校舎の屋上からそこを見下ろし、門の前に並ぶものすごい数の人を見て唖然としているオレにカラードが最もな事を言った。
「い、今更だけど……オレってそんなすごい学校にフィリウスの名前で編入したのか……ああ、すみませんすみません……」
「経緯はどうあれ、相応しい成果を出しているのだから良いではないか。胸を張るのだ、団長。」
「えぇ……」
「そうだぞロイドくん。それにエリルくんだって王族だから断れないみたいな流れでの入学かもしれないぞ。」
「あんたねぇ……」
「ボクなんて野放しにできないって理由での編入だしねー。」
 正門前の大行列を予想していたみんなはだいぶ落ち着いているが……つまりローゼルさんたちはそんな大人気で倍率もとんでもないだろうこの学院に入学した猛者という事か……
「……みんなすごいんだね……」
「ロイドには負けると思うけどねー。」
「そ、そうだよ……ロ、ロイドくんのおかげで……あ、あたしも強く、なれたし……」
「普通に入学試験受けてもロイドなら受かってたんじゃねーか? あのくるくる剣でよ。」
「そうかなぁ……」
「もしもの話よりも、デルフさんが言っていたように現状を理解した方が良いかもしれませんよ。」
 屋上で正門を見下ろしていたオレたちの背後にレイテッドさんがふらりと現れる。
 ……本当に登場の仕方がデルフさんそっくりだな……
「恐らく、あそこに並んでいる方たちのほとんどが『ビックリ箱騎士団』の名前を知っているでしょうからね。」
「えぇ?」
「ふふふ、まぁ百聞は一見に如かずでしょうし、そろそろ案内を始めますから皆さんも私たちの近くに立っていてみて下さい。すぐにわかりますから。」
「ふむ。まぁロイドくんからそういう誰かの評価という類の認識が抜けがちなのは毎度の事だが、シリカ勲章を得た学生騎士団なのだから、相応の知名度はあるだろう。」
「あれ? 知名度って言えばさー、選挙の後から『ビックリ箱騎士団』への入団希望者がいなくなったよねー。あんなにワラワラいたのにさー。」
「ロイドくんの阿修羅の如き顔が効いたのだろうな。」
「あしゅら……」
 事あるごとに言われるけど、本当にそんなに怖かったのだろうか……
「しかし残念ながら、あそこに並ぶ面々にはまだ知られていないからな。ロイドくんに近づくモノも多いだろうから……ロイドくん、一つ彼らの前でわたしに熱いキスをしてみないか? 既に妻がいる事を知らしめるのだ。」
「ニャニヲイッテルンデスカ!?」
「あ、あんた――す、するならあたし……よ……」
「エリルサン!?」
「なぁ、こんな感じのやり取りが今みたいに前触れなく始まっけど、いいのか? 見学に来た奴に見せちまって。」
「ふふふ、国内一番の騎士学校と聞いて堅苦しいイメージを持つ方もいますから、これくらいのお茶目さはいいと思いますよ、私は。」
「いや、貴族も来てるんだろ、今回――っと、そういや貴族様たちはどこにいんだ? まさかあの行列に並んでんのか?」
「特別なエスコートはしていませんから並んでいるか……もしくは周りに止まっている馬車の中ではないでしょうか。」
「あん? あれは見学に来た普通の奴が乗ってきただけじゃねぇのか?」
「あははー、アレクくんは見る目がないねー。そういうのに混じって品格が飛び抜けてる馬車がいくつかあるんだよ。」
 エリルの発言に心臓をバクバクさせながら、話題を変える為にもとアレクとリリーちゃんが話している馬車の方を見る。列に並んでいる人全員が近場の人でここまで歩いて来られるわけではないだろうし、遠くから馬車に乗ってやってきた人は多いはず。そんな、送り迎えの為だけに並んでいる馬車とは違う……何というか、オーラのようなモノをまとった馬車が、確かに数台見て取れた。
 そして、たまたまオレが眺めていた馬車の扉が開き、中から人が出てきた……のだが……
「? カラード?」
「? おれがなんだ?」
「え、あ……いや、そりゃそうか……」
 思わずカラードの名前を出してしまったのは、その馬車から出てきたおそらく貴族の方が……全身甲冑をまとっていたからだ。


『あー、これよりセイリオスの学院見学を始める。参加者は案内に従って体育館に移動してくれ。』
 メガホンを持った先生が正門に近づき、他の教師の方と一緒に案内を始める。やはり……と言うほどオレは先生の人気――知名度っていうのを理解してはいないのだが、『雷槍』ルビル・アドニスの登場に並んでいた人たちが一気にざわついた。
 毎年行われているという、十二騎士を決めるトーナメント。系統ごとに分けられたトーナメントで最後まで勝ち進んだ人だけが今の十二騎士に挑むことができ、それに勝利すれば新十二騎士の誕生となる。
 つまり何年間も十二騎士であり続けている人というのは、その手の内が完全に知られた状態でトーナメントを勝ち進んできた猛者相手に勝ち続けているという事だ。フィリウスもそういうケースで、十二騎士であり続けている長さはかなりのモノらしい。
 旅の間、あれこれの理由で丸一日どこかへ出かける時という事はちょくちょくあって、たぶんその内の一つがトーナメントへの参加だったのだろう。てっきりお酒を飲みに行っているかどこかの女の人と……ア、アレコレしているのだと思っていたが、今考えればそういう日は十二騎士の《オウガスト》として動いていたのだ。
 ……普通に遊びに行っているパターンもあったのだろうが……
 とにかく、その十二騎士トーナメントにおいて、先生は今の《フェブラリ》――マーガレットさんのおじいさんとここ数年の間、毎年戦っているのだとか。つまり先生は最近のトーナメントの全てで優勝しているという事で、その強さは折り紙付き。《フェブラリ》がもう結構な年齢という事もあり、半分十二騎士みたいな扱いなのだという。
「さすがの『雷槍』だな。おれも入学式で新任の先生としてあのルビル・アドニスが登場した時は嬉しかったモノだ。得意な魔法の系統は異なるが同じ槍使いだからな。」
 レイテッドさんに待機するように言われた体育館の舞台袖からぞろぞろと入ってくる新入生――じゃなくて新入生になるかもしれない人たちをこそこそと覗いていると、カラードがしみじみと語った。
「そして《オウガスト》の弟子が編入し、入学していた王族が《エイプリル》を師事していた事がわかり、《ディセンバ》がふらりとやってきた。交流祭では《フェブラリ》の孫まで現れ……ふふ、『雷槍』だけでも驚きだったというのに、更に遠い存在だったはずの十二騎士がこの学院に入ってから妙に身近になったものだ。」
「だっは、そう考えるとすげーよな! この大盤振る舞いだけでもセイリオスを目指す理由になるぜ。」
「そうか、十二騎士っていうのはそれくらいすごい存在なんだな。なんかフィリウスのせいであんまりそういう感覚が無いけど……」
「そしてシリカ勲章を授かった騎士というのもすごい存在であり、おれたち『ビックリ箱騎士団』はそれだ。会長が言っていたように、おそらくロイドが想像している以上の認識をされていると思うぞ。」
「……な、なんかドキドキしてきたぞ……オ、オレ大丈夫かな……」
「今更すっとぼけ顔はどうにもなんないわよ。」
「えぇ……」


『あー、セイリオスの学院見学にようこそ。都合により学院長はいないんで堅い挨拶は別の説明会の時にでも聞いてくれ。今日は指導のカリキュラム云々じゃなく、この学院そのものを見て行ってもらう日だ。自分の目指す騎士道を歩む為の環境があるかどうかを確認してってくれ。』
 教室で授業をしている時と同じ雰囲気で壇上の横にある……司会席? とでも言うのだろうか、そんな場所に立ってそんな事を言った先生。どうやら今日の進行係らしい。
『んじゃ今日の詳しい流れを生徒会長から説明してもらう。レイテッド、頼む。』
『はい。』
 返事と共にオレたちの横を通って舞台袖から壇上のマイクの前へと移動したレイテッドさんは先生よりも先生らしいというか、こういう場に合う真面目な雰囲気というか、そんな感じで説明を始めた。
 内容はオレたちにとっては当たり前となっているこの学院の特徴――ランク戦や交流祭、選挙においても試合があり、その為の闘技場があるという事。学院内で行われる模擬戦は魔法によって安全なモノになっている事。部活や委員会に所属すれば権限や場所が与えられ、更なる精進に励むことができる事。先生がさっき言った、騎士道を歩む為の環境――入学した人を立派な騎士にする為の用意が万全である事をレイテッドさんは話していた。
「……オレ、他の騎士の学校の設備とかわからないんだけど、セイリオスってやっぱりすごいのか?」
「ずば抜けている――というよりはこの学院は特殊と言った方が良いだろうな。」
 質問と言うよりは独り言に近かったオレの疑問にカラードが答える。
「設備という点ではどこもそう変わらないだろうが、セイリオスはその質が非常に高い。理由は学院長の強大な魔法――空間を捻じ曲げて敷地面積を超える場所を、より適した環境を作り出しているあの力がセイリオスを他の学校から頭一つ抜きん出させている。」
「確かに……ああいうのって誰にでもできる魔法ってわけじゃないんだろうしな……」
 大魔法使いとか伝説の魔法使いとか、どうやら現役の頃は圧倒的な魔法技術で有名だったらしい人物が設備を強化している騎士の学校。それがセイリオス学院というわけか。

『――というように、騎士を育てるべく用意された様々なモノの紹介を中心に、今日は学院を見学していただく予定となっています。』
『ほい、説明ご苦労さん。んじゃまぁ早速と行きたいところだが、今生徒会長が話した色んなモノのおかげで強くなった奴ってのを紹介しとこう。サードニクス。』
 …………ん? 今オレの名前を……
『すっとぼけた顔してんな。さっさと出ろ。』
 パチンと先生が微かに電気をまとった指を鳴らすと、オレの身体は磁石に引っ張られるように舞台袖から引っ張り出された。
 瞬間、そこに集まった入学希望――なのだろう人たちから視線の集中砲火を浴び、今までに感じた事のないタイプのゾッとする感覚が背中を走った。

「……サードニクスって……え、まさか……」
「新聞で見たことある……ロイド・サードニクスだ……!」
「うそ、『コンダクター』!? 本物!?」
「最年少シリカ勲章受章者!」
「《オウガスト》の弟子!」

 波のように響き始めたざわつきが異様な圧力となってオレを押す。な、なんだこの緊張感は……!
『まさかそこに突っ立ってるだけでいいとか思ってたのか? セイリオスの教育の賜物ですって事にして紹介するに決まってんだろうが。一発挨拶してけ、『ビックリ箱騎士団』の団長。』
 賜物って事にするって言っちゃダメな気がするけど、確かに今のオレがあるのはこの学院の色んなイベントのおかげでもあるから間違いでは――じゃなくて! 挨拶!? 何も考えてないぞ!
『ほれ、マイク。』
 震える脚のせいでマイクまでたどり着けなさそうだったのだが、マイクの方からオレの方へやってきた――ぬぁっ、先生ちょっと笑ってる!? 楽しんでるぞあの人!

『あー……その……は、はい、こんにち――皆さんこんにちはです……ロイド・サードニクスです……』

 頭の中が真っ白で、視界のすみにはグッとガッツポーズで応援してくれるみんなが見えるが……あぁ、何を話せばいいのやら……こ、こういう時はどうすれば……そ、そうだ、こんな感じでいつもたくさんの人の前に立って話していたデルフさんを参考に――できないぞ、あの人は!

『えぇっと、正直に言いますと……これだけの人からこんな風に……あれが噂のサードニクスか、みたいに言われている状況にびっくりしていまして……はい、びっくりです……』

 クスリと笑いが起きる。ま、まぁシラーッとなるよりはましだぞ、たぶん……

『勲章をい、いただいて、それは凄い事だとみんなが言って、きっとその影響で今のこの状況なんでしょうけど……あれはその、運が良かったんです……』

 ぶっちゃけて言ってしまえば、オズマンドの標的がたまたま王族のエリルで、その場に魔人族であるユーリがいたおかげで普段の何倍もの力を出せて、倒した相手が幹部の中でも上位の存在だったというだけなのだ。

『色んな人から注目されるような大きな事件に偶然巻き込まれて、敵の中でも凄く強い人と偶然戦う事になって……その人が……こう、こっちにとって相性のいい敵だった――みたいな感じで、結果的にさらわれそうになった王族を助けたことになった……というだけ、なのです……』

 ユーリの魔法が勝因の大部分なので詳しくは何も言えないところが苦しいのだが……んまぁ、相性と言っておけばそれほど不自然でもないだろう……

『だからみんなが思うようなすごい人……イメージしているかもしれない、た、例えば英雄みたいな、そういうモノでは……オレはないんです……』

 たどたどしくどうにかこうにかそんな事を言い終わると、その話を聞いていたみんなの温度が何となく下がっていくのを感じ――あ、あれ? ちょっとまて、これじゃあダメなんじゃないか? 思わず本音というか事実――に近い事を話しちゃったけど、今日はセイリオス学院が良いところっていうのを紹介する日なわけで……こ、これじゃあアピールになってない……!
 えぇっと、えぇっと……

『ただ……全部が偶然のおかげというわけでは、ありません。その戦いに至った経緯と終わった後の諸々は偶然の重なりでしょうが、あの一戦……強敵だけれど相性の良い相手だったという条件があったから――たったそれだけの理由で勝利できたというわけでは……ないはずです。』

 その時のオレは寝っ転がっていただけなのだが、それはひとまず置いておいてセイリオスの宣伝の為に頭をフル回転させる。

『きょ、極端な事を言えば、いくら相性が良くても……例えば、昨日初めて魔法を使いましたというような状態では当然勝利はなかったでしょう。あの戦いは間違いなくオレたちにとって危機的な状況でしたが、それでもわずかな優位を活かして勝利できたのは、ラッキーな偶然以外の要素――オレたちの中に積み上げられたモノがあったからです。』

 そう……確かにあの時、ユーリの力でみんなの強さはとんでもないレベルまで跳ね上がった。けれどその力を使いこなし、連携して攻める事ができたのは日々の鍛錬のおかげのはずだ。

『それを……オレの場合はフィリウス――《オウガスト》から教えられた事だと思う人は多いはずで、実際役立ったモノもありますが……セイリオスに入る前のオレは魔法なんて使った事のない状態で……オレをコ、『コンダクター』……にしてくれたのは、この学院なんです。』

 正確には曲芸剣術の中に風を操る時に必要な回転のイメージが含まれていたわけなのだが……そんな細かいところを気にする人はいない――と思う……!

『魔法を使った戦い方、体術、連携攻撃……そういうモノを一緒に学んだ仲間との切磋琢磨の毎日があったからこそ、あの時の勝利があるのだと思うのです。』

 おお、そうだ。ここであの時のデルフさんのスピーチをくっつければ……

『みんなにはオレが……なんだか別格の凄い人――みたいに見えているかもしれませんが、オレとみんなの間に差があるとして、師匠が誰とか色々な要素があるだろう中でも一番大きなモノを言うなら、それはオレがほんの少しだけ早く、この学院で学んでいるという事でしょう。』

 よ、よし、いい感じだぞ。このまま締めに向かおう……

『オレが遭遇したあの大きな一戦のように、いつかどこかでみんなの前にも突然転がってくるかもしれない危機。それを乗り越えれば有名になる。それを打倒しなければ大切な何かを失う。幸不幸のどちらにせよ、そんな壁を前にした時に何とかする力をオレはここで教わり、そしてまだまだ勉強中なのです。』

 何だかいい感じにまとまってきた――そうだ、みんなを呼ぼう! そう思ったオレはしゃべりながら舞台袖に隠れている『ビックリ箱騎士団』を手招きする。

『先生は一発挨拶って言いましたけど、今日は学院見学という事なので伝えておこうかなと思いますが……みんなが立派な騎士を目指しているなら、そうなれる事を保証――とまでは言いませんが、セイリオスはそこに至るチャンスをたくさんくれます。もしもこの学院を目指そうと思ったなら、オレたちは今のみんなよりも少し進んだところを歩きながら――いえ、走りながら、後ろから追って来るみんなを歓迎しますよ。』

 何かの演劇の後のようにズラリと並んだオレたちは……なんというか、一切の統一感なくそれぞれに適当なポーズをした。視界の隅っこでは先生がお腹を抱えていたが、そんなポージングでビシッと――決まったかどうかはわからないけど、下がった温度は元以上の熱さになり、みんなは大きな拍手を送ってくれた。


「交流祭で前会長がしたスピーチを真似していた点はいきなりの事だったので仕方がないが、あんな風に「カッコイイ先輩」を見せたらまーた別の女子生徒が寄ってくるではないか。女好きロイドくんめ。」
「えぇ……」
「アドニス先生は笑っていましたが、私は良かったと思いますよ。」
 ローゼルさんにほっぺをつねられるオレに小さな拍手を送るレイテッドさん。
「確かにセイリオスは一番と言われている騎士学校ですが、カペラやプロキオン、リゲルも名門校ですからね。こう言ってしまうと何ですが、有望な生徒を迎える事は学院の存続、発展に大きく関わってきますからね。新入生の取り合いは現実にある事なのですよ。」
「……さっきのロイドの話で有望な新入生が増えるってわけ?」
「充分にある話ですよ。先ほど皆さんに送られた拍手や歓声からもわかるように、『ビックリ箱騎士団』は全員が注目されていますからね。そんな先輩方に今の強さを与えたモノがセイリオス学院だと言ったのですから、心を決めた方も多いでしょう。」
「ロイドが注目されるのはわかるけど、他もっていうのがあんまりイメージできないわね……」
「ふふふ、それはこの後にもハッキリしますよ。」
「それでも一番人気はロイドだろーけどな。つかカラード、さっき壇上に出た時にお前のファンが見えたぞ。良かったな。」
「甲冑をまとっていた人の事か? あれとおれのとではだいぶ違う。あちらは観賞用としての甲冑だ。それもかなり高価な。」
「そーなのか? 高級品を着込むとは気合の入った奴だな。」
「彼にとっては家に飾ってあるモノの一つでしょうけどね。」
「! レイテッドさんはあの甲冑の人を知っているんですか? 乗っていた馬車からして貴族の人とは思ったんですけど……」
 学院見学にはこれと言った服装の決まりはなく、私服や中等の制服を着ている人が集まる中で一人だけ完全武装していた人物は誰の目にも留まったようで、全員がレイテッドさんに注目した。
「彼がデルフさんの言っていた騎士マニア。六大貴族のまとめ役であるノグルア家の長男、レイリー・ノグルアです。」
「はぁ? あんなのが六大貴族のまとめ役ってわけ?」
「正しくはまとめ役である家のご子息ですから、彼本人に大きな権限があるわけではありませんよ。」
「それでもちょっと面白いよねー。騎士マニアってのが納得できる恰好だけどさー。」
「あん? でもそんなマニアなくせに実戦用じゃなくて飾る用の甲冑を着てきたってのは変じゃねぇか?」
「いや……そう変な事ではないのかもしれない。観賞用とおれは言ったが、別の言い方をすれば儀式用だからな。」
「? どゆこった?」
「戦闘には向かない装飾過多の武具は芸術品として扱われる他に、伝統的な儀式などで使用する事がある。そう考えれば一般的な甲冑が仕事着ならばあれは……そう、正装になるのかもしれない。」
「なんだそりゃ。あの貴族様にとっちゃあれがスーツって事か?」
「あくまで推測だ。」
 正装として甲冑を着てきた貴族か……いかにもな貴族よりはいいと思うけど……騎士マニアの貴族というのもそれはそれで違った方向に面倒そうな気がするな……



「これはまた……」
 高層ビルの最上階でも地下に作られた秘密基地でもない普通の、とはいえ豪邸の一室でいくつかの書類に目を通していた人物――その豪邸に合う貴族のような恰好と相応の雰囲気を持った男がやれやれとため息をつく。
「ひひ、ひひひ。なんかいい事でもあったのか?」
 同じ部屋の中、高そうな酒の瓶を片手に笑ったのは異形の人物。首から足首までをすっぽり覆うフードローブに身を包み、金属の頭蓋骨に顔が貼り付いているような頭の――外見ではわからないが一応女が酒をラッパ飲みするのを更なるため息と共に眺めた男は、ぽつりと告げた。
「キシドロとアシキリが組織ごと死んだ。」
「ぶはっ! あっけねぇーなぁーおいおい! どうせ双子に殺されたんだろ!? ちったぁ粘って傷の一つでも与えたのかねぇ!」
「おそらくお前たちを追う過程で二人に辿り着いたのだろうな。私のところに来るのも時間の問題か。」
「ひひ、ひひひ。じじい様とおっさん様がどこまで行ってたのか知らねぇが、今のところ『世界の悪』の秘密に一番近づいてんのはお前だろうからな。アタシとしてはお前にあっさり死んで欲しくねぇとこだぜ? ここの奴隷も当てにしてぇしな!」
「私もあっさり死ぬつもりはない。気になる事もある。」
「なんだよ、アタシのスリーサイズか? 脱いだらすげぇぞ、アタシは。」
「だろうな。」
「テリオン! 次だ、次をくれっ!」
 部屋のドアが乱暴に開き、酒を飲んでいた女同様にローブを羽織った男が悦に入った顔でそう言った。
「ほんの三十分前に三人目を買ったばかりだろう。」
「けけ、けけけ! やべぇんだよ、止まんねぇんだよ! さすが業界ナンバーワンの奴隷商だぜ! 姉貴、ここの女はどれも天下一品だ!」
 じゅるりと垂れる涎を拭きながら、男はローブを内側から隆起させている下半身を指差す。
「ひひ、ひひひ。お前がお前の金を何に使おうが別にいいが、そろそろすかんぴんじゃねぇのか?」
「構わねぇよ! 無くなったら借金でもするぜ! テリオン、別にいいだろう!?」
「後払いには対応するが、このペースで買われると他の客に商品を渡せなくなるな……少し値は張るが、お前のようなタイプに相応しいのが別にある。」
「けけ、けけけ! さすが『奴隷公』だぜ! でもブスは勘弁しろよ? 外も中も大事なんだからな!」
「誰にモノを言っている。客のニーズの全てに応える用意が私にはある。部屋に戻っていろ、届けさせる。」
 そう言って男――テリオンはどこかに電話を入れ、バタバタと部屋を出て行った男の姉らしい女に真面目な顔を向ける。
「モノが天然ではないとはいえ、あの性欲は興味深い。ロンブロのように何度もやらないと物足りないという女性客もいるんだが……どうだチェレーザ、弟を私に売る気はないか。」
「ひひ、ひひひ! あんな醜男、誰が欲しがるんだよ!」
「そういうのが好みの女もいるという事だ。」
「信じられねぇな! ま、本人次第だろ。アタシはあれの所有者ってわけじゃねぇんでな。」
「そうなのか。『ケダモノ』の二人は姉側に主導権があるのだと思っていたが。」
「ひひ、ひひひ。あいつがシスコンなだけだ。んなことよりもわかったのか? セイリオスの秘密はよ。」
「もう一息と言ったところか。ちょうど今日から長期休暇に入り、内部を探りやすくなるから詳細が判明するまでそう時間はかかるまい。」
「ひひ、ひひひ! 双子が来るのが先か、『世界の悪』の弱みを握るのが先かってこったな!」
 双子――『イェドの双子』の標的は自分だというのに他人事のように笑う女――チェレーザを横目に、テリオンは別の書類に目を通す。
 学院で出会った一人の男子生徒。あの時の違和感がどうしても気になり、ついでに行った調査の結果を眺め――テリオンはごくりと唾を飲み込んだ。
 セイリオスに何かがあると考えた根拠である『世界の悪』の行動と最近様々な事件が目立つセイリオス学院。そこに奇妙な繋がりがあるように見えたが故の目星だったのだが……
「……時期が一致する……」
 ぼそりと呟くテリオン。セイリオス学院で起きた王族襲撃事件と気になって調べていた男子生徒の編入時期が重なったのだ。
 完全に偶然ではあるが、『世界の悪』の弱みに繋がる何かがあるかもしれないとチェレーザとロンブロが持ってきた情報の「何か」に辿り着いてしまったかもしれないという可能性に心臓の鼓動が早くなる。
 だがそれ以上に、テリオンの中には違うモノが湧き上がっていた。
 悪党の世界を混乱させる『世界の悪』と何らかの繋がりがあるかもしれない――それだけで大事な上に直接見た時のあの違和感。どう考えてもこの男子生徒は普通じゃない。
 十二騎士の推薦によって突然編入し、その後の数々の事件に顔を出し、シリカ勲章にまで至った事実も重なり、テリオンの興味は『世界の悪』の弱み云々よりもこの男子生徒そのものに向いていた。
 どのような人物なのか。どのような人格なのか。どのような人柄なのか。
 どのような――人間なのか。
 数えきれないほどの人間を扱ってきたテリオンのこれまでにはいなかった圧倒的な存在感。様々な可能性と糸が繋がっている稀有な状態。何かの博士が新種の何かを前にした時のような「知りたい欲望」に飲み込まれたテリオンは、書類に載っている男子生徒の写真の顔を指でなぞった。

「ロイド……サードニクス……」

騎士物語 第十話 ~悪の世界~ 第五章 悪の信仰

あちこちのサイドの状況を書きましたが、片方で大量虐殺が起きているのにもう片方では学校案内というのが我ながら愉快な事になっているなぁと思いましたね。

魔王軍の面々は当初思い描いていた形からだいぶズレました。悪党としての――いえ、魔王としてのケレン味を大事にするヴィランに、悪党としてかくあるべしと掲げるアフューカスと似たモノが生じまして、悪役好きの私としては今後も出したくなる人になりました。どうなるでしょうかね。

キシドロに続いてお亡くなりになったアシキリですが、彼がプリオルに差し向けたコッポラ共々、名前の由来はマフィアのメッカ、シチリアです。
もう少し組織的な悪党にしたかったのですが、プリオルが出向く関係で名剣を持っている事になり――怒りを買ってしまいました。

そんな一方で新入生――後輩になるかもしれない人たちにスピーチを決めたロイドくんです。いつになるかわかりませんが、生徒会が代替わりしたようにロイドくんたちもその内進級しまして先輩になります。その時に登場するだろう後輩が、チラホラ出てくるかもしれませんね。

ちなみに七大貴族の元ネタは「希ガス」です。

騎士物語 第十話 ~悪の世界~ 第五章 悪の信仰

魔王軍との戦いに勝利したと思った矢先に現れた『ベクター』の力により、『魔境』の封印を巡る戦いは思いがけない局面へ。 そしてキシドロの死を知ったアシキリの元へ、今度はプリオルがやってくる。 悪党側で様々な事態が渦巻く頃、学院見学が始まったロイドたちはそこに予想外の姿で現れた貴族を見つけ――

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-06-13

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