それから 本町絢と水島基は

それから 本町絢と水島基は

僕、水島基は地方大学の農林海洋学部に進んだが、オリエンテーリングの日、幼馴染の本町絢が校内で待ち受けていた。僕の後を追って、同じ大学の教育学部に合格していたのだった。彼女の姿を見つけて、駆け寄ってくる絢を思わず、僕は抱きしめていた。

第一章

1-⑴
絢はお父さんの昔からの仕事関係の仲間の家に住まわせてもらって、僕は学生寮に入った。2年までは教養課程で同じ講義を選べる。

 学生会館のカフェテリアで、絢と二人でお昼をしていたら、

「おぉ いつも仲がいいな おふたりさん。いつもは、表の潮食堂なんだけど、二人の姿が見えたもんでな」

 寮の隣の部屋で同じ学科の 石本慎二(いしもとしんじ)が、A定食のトレイを置いて、話かけてきた。彼は、早々と水泳部に入部していた。

「水島、高校の時も水泳やっていたんだろ、一緒にやろうぜ」

「うーん もう少し様子見るよ 他にやりたいことあるかもしれないし」

「そうかー 絢ちゃん、入らない」

「私 合気道やろうかと思っています。なんでウチの名前知っているん?」

「えぇー なんで合気道 イメージ合わないなぁ あのね、先輩連中の間では、ミス〇〇大の教育学部3回生の桂川音海の後は、新入生の吉川すずり か 本町絢 か っていう話なんだよ 絢ちゃんは有名人なんです」

 僕も絢も声が出なかった。つづけて、石本が

「もっとも、僕は本町絢には水島基という彼氏がいますって言っておいたよ」

「おい やめてくれよ 彼氏って そんなー」

「ウチは、かまへんよ モト君が彼氏って ウチはモト君の彼女のつもりだもん」
 
 やめろよー。ただでさえ、しょっぱなに学生会館の前で女の子を抱きしめている奴がいたと話が広まっているのに・・。

「おお おお 言うのー 絢ちゃんも。それで吉川すずりは付き合っている奴がいるんか聞いてくんない? 同じ教育でしょ」

 石本も関西出身で遠慮なしに話しかけてくる。でも、付き合いやすいので、この後、僕はこいつと仲良くなっていく。

1-⑵
水曜日の午後、僕と絢はお城公園の坂道を天守閣めざして登っていた。水曜は午後から履修が1ケだけなので、絢が「お城に行こうよ」って言いだしてきた。もちろん、ふたりとも初めて行く。それに、デートみたいなのも初めてだ。そういえば、今まで、図書館とか僕の家でしか、ふたりだけで会ったということがなかった。

 [うふっ モト君と初めてのデート 私、ジーンで色気ないけど、まぁ 良いっか モト君、手をつないでくれないのかな 私からつながなあかんのかなぁ]とか絢は思いながら、時々、手が触れるように近づいて、登っていた。

 僕は、絢の手の平を探すように、後ろからつないでいったんだが

「うぅーん ちがう 逆 ウチが後ろから モト君が引っ張って行って」とつなぎ返してきた。

 絢はつないだ手を前後に振り出して「ワン ッー ワン ッー」と掛け声を出し始めてた。石段を登って、三層の天守閣に着いた。中を登り始めたら、途中から急な階段になって、さすがに手を引いてやるのも大変だった。

「うわぁー こんなの スカートじゃあなくて良かった」

「絢のパンツなんか誰も・・」

「いやだぁー 誰も見ないってー」絢は下から僕のお尻をつついてきた。

「いや 誰にもみせちゃぁ駄目だよ」

「ウン わかってる」と言ったきり、絢はまた顔を紅くして、黙っていた。

 最上階からは市内が全部見渡せた。

「絢んちも見えるのか」

「うん こっち」「あそこだよ 中庭の庭園があるから、わかる。大きなお家なんだ。ウチの部屋からもお城見えるんだよ あっ もしかしたらウチの部屋も見えるんかも あー 着替えてるとこ見られてるかも」

 僕が「ばーか」と変な顔していると

「だいじょぶだよ カーテンしてるもんねー」と、こんな絢は可愛い、抱きしめたいと思っていたら

「そうだ、ふたりの写真撮ろうよ 仲良いのん 小学校の植田先生に送らなきゃ ウチ、まだ先生に、ここにいること知らせてないんだ。不義理しちゃてるね でもね、ウチ、もしかしたらモト君にふられるんじゃぁないかと心配やったから」

 そんな訳ないよ、絢、今度はしっかり・・

1-⑶
 澄香お姉ちゃんが就職してしまったので、私、その代わりにお店を手伝っていたのだ。私が住まわせてもらっている藤沢さんのところでは、『藤や商店』という名で、駅前と商店街に店を構え、近隣の海産物と北海道、沖縄のものも取り寄せて販売している。

 おばさんは「絢ちやんに手伝ってもらう訳いかないわよ、本町さんに叱られるわ」と言っていたが、「ううん 時間のある時だけ。それに、私は働いたことないから、社会勉強になるから」

 私は、家に近い商店街の店のほうで、店員さんの着物姿で店頭に出ていた。着物の着付けも教えてもらって、今日で3回目。最初は恥ずかしかったり、解らないことばかりで、ベテランの店員さんに叱られてばっかりだったけど、何となく慣れてきた。私が、お客様の問いかけなんかで、困っていると、直ぐに、その人が駆け寄ってくれて、助けてくれる。普段、厳しいけど、親切に見守ってくれている。そういう点では、私、先生目指しているから、勉強になる。

 今日は、女の人仲良し4人組の観光客に、覚えたての幾つかの商品の説明をして、「あなた、明るくて、一生懸命でいいわね」と、いっぱい買ってくれた。あとで、ベテラン店員さんに「ほんと、明るくて、かわいらしくて、ちゃんと説明してお薦めしていたのよかったわよ」と褒めてくれた。

1-⑷
 2回生までは、ふたりとも出来るだけ、同じ講義を受けられるように、履修科目を選択しておいた。でも、受講中の席は、あんまり、べったりなのもと思い、前後に別れて、同じ学科の者同士で座っていることが多かった。

 経済学の講義を終えて、私は同じ学科の 吉野茜よしのあかねちゃんと歩いていると、後ろから
石本慎二が声をかけてきた。振り返ると、モト君ともう一人 竹川光喜たけがわこうきの3人連れ

「絢ちゃん、お昼一緒に潮食堂行こうよ」

「ごめん、ウチ 私、あかねちゃんとお弁当持ってきてんねん」

 僕は、最近、絢が、僕以外の人と話す時は、ウチというのを直そうとしているので、おかしくて、少し笑ってしまった。

「おぉー いいなぁ ウチ等にも作ってきてよ」と慎二がふざけ気味に言った。

「あっそうかぁー じゃあー 明日は君達3人の分も作って来るわ 毒入りの」と負けずに絢も返したてた。

 僕には、絢が今の大学生活を楽しんでいるようで、一緒の大学で本当に良かったと思っていた。

 翌日、庭園の芝生に5人が、絢特製のお弁当を食べていた。サンドとドッグに玉子焼きとかベーコン巻きも、絢は5人分を作ってきたのだ。

「絢ちゃん、うまいよ こんな女の子が作ったもの食べるの初めてだし、感謝、感謝だよ なあ光喜 涙出るよな」

「うん うまい こんなの基はいつも食べてるのか いいなぁー」

 確かにおいしかった。でも、僕は2回目なんだ。小学校の時の夏休み、ふたりで図書館で勉強してたころ。あれ以来だ、あの時から、絢と・・。

「ところで、吉川すずりの情報入った?」と慎二が絢に聞いていた。

「ウン 話はしたけど、彼氏のことなんか、いきなり聞けないやんか 自分で聞いてみればいいやん」

「そーなんだけど、知らないのに、いきなり話かけるのもなぁー 向こうは美人だし」

「あらー 目の前のかわいらしい子ふたりには遠慮なしに話すのに・・ ねぇー あかねちゃん」

 絢も慎二には、ずけずけ言うようになっていた。

1-⑸
 僕は、結局、水泳部に入部し、週2回夜に家庭教師のバイトもすることにした。飲食店をやっているので、学習塾は送り迎えできないからと、中学2年の男の子と小学6年の女の子だ。下の子を教えていると、絢にもこんな調子だったかなと想い出していた。夕食も用意してくれるので、僕には具合も良かった。

 5月の連休があったけど、僕は半分は練習があり、絢はお店が忙しいので予定が詰まっていたけど、 最終日に絢が休みもらったとかで、ふたりで海辺の公園に行くことにした。

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 前の日、お店を閉める頃、澄香お姉チヤンが訪ねてきた。お姉ちゃんは今日と明日だけ午後から、駅前のお店の方を手伝っている。4月から小学校の先生をしていて、忙しいんだけど、家業ということで、奥の方を手伝っている。

「絢、買い物あるでしょう?。少し早い目に上がらせてもらったから、一緒に行こう。北野店長には私から言うから」

 私は、お店は8時までだけど、今は7時。いいのかなぁーと戸惑っていたけど

「OKもらったから。早く着替えてらっしゃい。あそこのスーパー9時までだから。絢の着物姿も似合って可愛いわね」

 私、お店の人に挨拶して、お店を出た。

「明日、何時待ち合わせ?」

「うん、モト君、たまには、ゆっくり寝たいからって11時なんだぁ」

「そう、いいじゃぁない。私も手伝うから。お弁当、どんなのがいい?」

「いつもサンドばっかりだから、今度はおにぎりがいいのかなって思ってるんやけど、私、作ったことないんだ」

「大丈夫よ、教えてあげるし、簡単よ」

 おにぎりの具材、たらこ、肉しぐれ煮、鮭とかと焼肉用なんか買ってきた。支払いの時、お姉ちやんが出してくれて「いいよ、お母さんからあずかっいてるから」と

 その夜はお姉ちゃんと一緒にお風呂に入ってから、色々とモト君のこと聞かれた。小学校からの成り行きは前に話してあったんだけど、大学になってからの話を。お姉ちゃんはビールを飲んでいた。

「あー 風呂あがりはおいしいぃー で、あなた達はどこまでいってるの?」

「えー モト君とは・・この前、ふたりでお城に登った時、初めてを手をつないでくれた」

「アハー? なにそれ、小学生か いまどき 純粋といえば・・・なんだけど」

「お姉ちやんは お姉ちゃんの話聞きたい」

「私? アハー キスぐらい高校の時したわよ でも、そこまで その人とは別れたし、その後、私の理想の男なんているわけないじゃぁない でも絢は別よ 好きな人が居るんだし、明日はチャンスだよ そろそろ、そのつもりで仕掛けなきゃだめよ」

 お陰様で、その夜は想像してしまって 今でも、いつも会っているし、勉強も一緒に出来ているし、とっても幸せなんだけど・・。でも、学生会館の前で初めてあった時みたいに、ギューっとして欲しいし、キスだって・・してほしい時もあるかな。モト君が求めてくるんだったら、ウチの全部でも・・高校の時でも、何人か聞いていたし・・あっ 明日、何着て行こうかな うー 明日決めよ

1-⑹
 朝早く起きたつもりだったけど、おばさんがもうご飯を炊いていてくれた。

「ごめんなさい」

「いいのよ どうせお父さんの分もあるから そうだ、これお給料」

「そんなぁ お世話になっているのにー」

「いいの その分は本町さんから充分いただいているから 今日は天気も良いし、楽しんできてね」

 と言ってくれたが、確かお父さんもいつも朝はパン食のはず。そのうち、お姉ちやんも起きてきて、作るの手伝ってくれた。おにぎりも海苔巻いて、私、上手に出来た。玉子焼きとか肉も焼いておしいそうなの出来上がった。もちろん、入物は一つだよ。

 おばさんとお姉ちやんは先にお店に出て行った。私、白のサスペンターのストレートパンツとロイヤルブルーのニットのセーターに決めた。私の大きくない胸でも少しは強調出来る。胸ぐらいは開けれる方が良いのかななんて、ふと考えたりして・・。なんだろうー、下着も私の持っている一番可愛いのにした

1-⑺
 来た、絢だ。今日は、髪の毛を束ねていなくて、風に揺れている。眼がくりっとしていて、唇も小さいせいか、美人ではないが、なんか可愛い。

 浜に着くと、もう12時を過ぎていて、直ぐに、絢がお弁当を食べようと砂浜で食べだした。今日はおにぎりだ。こいつ、一つの箱にしてきやがった。でも、僕の好物ばかり詰まっていて、おいしい。ボトルの冷たいお茶をその蓋に注いでくれたんだけど、僕の飲みかけを、絢はツレーと飲んで平気な顔をして、又、注いできたので、僕もそれを飲み干した。

 ここには、水族館もあって、僕はとても興味があった。色んな海の生物がいて楽しい。中でも、サンゴの色々な生態に魅かれて、僕は、絢が飽きてくる30分位そこに釘付けになっていた。でも、絢は何にも言わずに、僕がぶつぶつ言っているのを、側で付き合っていてくれた。

 それから、展望タワーに登ったりして、浜辺で石を探して歩いたりして、真下に海が見渡せる先っぽの展望台に向かった。もう、夕陽が沈む頃だった。

「水平線がすごくて、きれいだね」

「うん ウチ等、海に馴染みないところだつたから、いいよね海って、夕陽もきれいだし」

「あの海の底には赤いサンゴとかいろんな色のがすんでいるんだろうなぁ」

「モト君、サンゴ好きなの?」

「いや でも、アイツ等きれいな海じゃぁないと生きていけないんだ。環境の変化にも弱いし、だから、サンゴが元気に育っていると、海も汚染されていないし、魚達だって、安心して卵を育てたりして、結局、人間の生活を守ることになるんだよ」

「モト君はそんなことまで考えているんだ。だから、海洋で勉強しようとしているの?」

「うん そうなんかなぁー」

「わかった、すごいね そんなモト君に私も、付いて行って良いカナ?」

 僕は、無性に絢が可愛かった。そして、離したくなかった。周りに人もいなかったし、絢の肩を抱き寄せ、顔にかかった髪の毛を分けると、シャンプーのいい香りがした。絢の眼は大きくないが、透き通っていて、真っ直ぐ見つめられると、真っ黒な瞳の中に吸い寄せられる。「絢」と言いながら、唇を寄せて行った。絢は、嫌がることも無く、顔を上に向けて、目を閉じていった。自然に、ふたりの唇は合わさっていた。

「絢、好きなんだ ずーと言えなかったけど」

「ウチも うれしい 大好き モト君」

 帰りの道に他の人も居なかったので、僕は絢の後ろから細い腰をぐっと抱き寄せた。絢も僕の胸に顔をあずけてきて、胸を押し付けるようにしてポツンと「すごく ウチ、うれしい しあわせ」と・・

1-⑻
 街に戻ってきて、私は、晩御飯も食べようよって

「モト君、お願い、ウチな ラーメン屋さん行ったことないんよ 連れてって―」

「えー そうなんや 家でとか友達とかで行ったことないの?」

「うん 学校帰りは禁止されていたし、お母さんがたまに作ってくれたけど、今まで、2、3回しか、食べたことないねん 会社の人も、駅前の中華のお店、焼飯はうまいけどラーメンはなぁー って言っていたしな」

「ふーん やっぱり、絢はお嬢さんなんやなぁ」

「そんなことないわー なぁ 行こー とんこつ食べてみたいねん」

 ふたりで、カウンター席に座っていた、私、初めての経験。モト君は、炒飯も頼んでいたから、食べている途中で「食べる?」って、お皿ごと私の前に差し出してくれた。私、そのまま2口ほど口に入れて、戻したら、何でもなくモト君は、又、食べていた。普通に、こんなことが私達出来るようになったんだと、うれしかった。

「送って行くよ」と店を出たあとモト君が言ってくれたけど

「うぅん 大丈夫 歩いてもそんなに遠く無いし モト君の方が遠いし、ここでええわ それより、少し膝曲げて低くなってくんない?」

「えー こうかぁ」

私、低くなったモト君のほっぺにチュッとして

「今日は楽しかったわ ありがとー じゃぁまた明日ね」

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家に帰えると、お姉ちゃんは流しで洗い物していた。

「ただいまー あっ 着替えてきて手伝うね」

「いいわよ それよりどうだった? ちぃーとこっちに来なさい。男の臭いが移ってないか、確かめてあげるから」

「そんなぁの いやだ、恥ずかしいよ、お姉ちゃん 私、そんなことしてないもの・・」

「何にも言ってないよー さては あやしいぞ 絢」

 私、危ないから無視して、リビングでくつろいでいるおじさんとおばさんに、ただいまの挨拶にいった。

「おかえり 楽しかったみたいね すぐ、先にお風呂入りなさい お父さんが先に入れって、たまには若いおなごのエキスが残っちょるのがいいって、いやらしいこと言っとるよ」

「そんなぁ・・ すみません じゃぁ、失礼してお先にいただきます」

 今日のことは、お姉ちゃんにも黙っておこうと思った。大切な想い出だもの 

1-⑼
 次の日の朝、階段教室での社会学の講義で会った時には、ふたりとも、普段と変わらず、おはようを交わしたが、私はVサインを送った。でも、会った時の感じが、今までよりも、もっと近くなったのを感じていた。

 今夜は、お店が休みなので、皆で外食しようとおじさんが言っていた。私は部活があるので、帰りは8時になる。お姉ちゃんも、それぐらいかなって、8時からってなった。7時半頃家に着いたら

「もう、私達はお風呂済ませたんだけど、絢ちゃんも入る?」

「うーん ちょっと、せわしいので後にします。シャワー学校でしてきましたし」

「そう 澄香も、もう帰って来ると思うし、着替えたら、リボン結んであげるね」

 着替えなさいってことだよね。私は、ローズピンクのフレァーワンピースに襟元には、お母さんからもらったアメジストのネックレスをした。行くのは、歩いて10分足らずの所にある『やましげ』のステーキハウスなんだけど。着替え終えて、下に降りて行ったら

「なんて、可愛いらしいのかしら こっちに来て リボンはえんじ色でいいかしら 澄香のものなんだけどね。あとで、写真撮りましょ」

「そうだ絢 うちの宣伝ポスターに出てくれないか 今は澄香がモデルしちょるが、割と人気あってな 絢と二人で出ていると、もっと話題集めて、テレビ局も来るわいな もっとも、澄香は先生になったから、もう、駄目かも知れんが」

「私、そういうの、駄目なんです。恥ずかしいから」
 

 澄香お姉ちゃんは、少し遅れるらしくって、3人で先にお店にいった。お店は古くからあるお肉屋さんの隣に白壁造りで建てられていて、中に入って行くと、テーブル席が幾つもあって、3組の夫婦らしき客が居て、壁側の通路を通って行くと奥には、鉄板の周りに10席ほど円形に配置されていた。その真ん中あたりに座ったら、男性のウェイターさんが飲み物を伺いに来た。

「わし等はビンのビールがいい、グラス2つ、絢はどうする?」

「私、お水がいいです」

「そうか、じゃー ぶどうのジュースでも持ってきてくれ」

 コックさんがお肉の塊が入った竹ザルのお皿を見せて「これになります。土佐のあかうしで」と言ってきた。

「おう、いいぞ その前に鮑を頼む」

「申し訳ございません。今日は大きいのがなかったので入れておりません。とこぶしなら大きいのがございますが」

「それは、味がもうひとつでなぁ。じゃー 帆立と車海老あるか?」

「はい、知床の帆立と車海老は対馬の天然物がございます」

 おじさんは、やり取りした後、私に

「この男は『やましげ』の社長が東京のホテルから引っ張ってきたんだ。腕は良いし、客の身になって、よく考えてくれちょるから・・、重友君だ。わしは、いつも指名するんだ」

 その時、黒のダブルのスーツ姿の人が寄ってきて、おじさんとおばさんに挨拶してきた。

「いつも、ご贔屓にありがとうございます。奥様もいつもお元気そうでいいですね。こちらのお美しいお嬢様は初めてでございますよね」

「あぁー 社長 これは、わしの下の娘だよ 4月に生まれたんだ」

「えぇー そうなんですか オーナーの永田でございます。お嬢様はこちらのご出身でございますか」

「社長もしつこいな わしの娘だから、ここの出身にきまっちょるよ」


「遅れて、すみませーん。ごめんなさいね」と、その時、澄香お姉ちゃんが入ってきた。

「おぉー こんな美しいお嬢様お二人もお持ちなんて、うらやましいですな。どうぞ、ごゆっくりしてください。私は、ここで失礼いたします」とオーナーは笑顔で去って行った。
お姉ちゃんが席に着くと、コックさんが話しかけていた。

「いらっしゃいませ 髪の毛を短くなさったのですね そちらも素敵です」

「ありがとうございます うれしいわ この前はお世話になりました」

「おいおい 君達は知り合いなのか」とおじさんが少し慌てていた。

「そんなことじゃあ無くてょ ただ、卒業前にお友達と食事に来ただけよ その子、卒業旅行に一緒に行けなかったから、記念にと思って、その時、重友さんにお世話になつたの」
「あっ そうだ この前、一緒だった璃々ちゃんが、とてもおいしくて、楽しかったので、いい想い出になりましたと、重友さんにお会いしたらお礼言っておいてと言われてたのよー あの子、島の先生になると言って志願して行っちゃったけど」

 コックさんは、黙ったまま、うれしそうに頭を下げていた。
 
「そうなんか わしはいろいろと考えてしまった すまんのー」とおじさんは、ひとり、ぶつぶつ言っていた。

1-⑽
 水泳部の新入生歓迎会が市内の海鮮居酒屋でしていて、僕は、そこに居た。僕は、入学式の時のことがあったので、酒は印象良くなかったから、先輩から勧められても、ほどほどに交わしていた。同級生の慎二は調子よくやっていたし、同じく海洋の松田美波も平気で飲んでいた。自己紹介の時に、地元出身で漁師の家と言っていたのを思い出した。

 隣の部屋は、サッカー部で、かなり騒々しく、盛り上がっている。団体競技と、どちらかと言うと個人では、連帯感が違うのかなと思うぐらい、むこうに比べて、こっちは静かだ。女子が数人居るにもかかわらず。逆に言うと、そのせいかな。

 盛り上がりに欠けているせいか、話題が、3回生の桂川音海の話になった。先輩連中の何人かが、アタックしていった時の、成り行きの話をそれぞれしていた。彼女は今年から、地元のTV局でキャスターとして出るらしい。
「去年の今頃、俺は、彼女が独りで歩いていたので、話しかけて友達になってくれと言ったら、良いですよという返事で、喜んでいたのに、一週間ぐらい後、話かけたら、誰でしたっけとか言われた。八方美人ってあんなのを言うんだろうな」と先輩の一人がグチっていた。

 別の人の話も似たり寄ったりで、あんまり、彼女の評判は良くない。今年の新入生は豊作だよなとか言っているのも聞こえた。

「音海って、観光協会のポスターの話もあるらしいぞ。スターだからな。美波ちやん、どう思う」

「私みたいな雑な女に言い寄って来る男の人は居ませんから、わかりません。でも、私なら、もっと大事にしちょるなぁ」さばさばした娘だ。

 最後は、桂川音海の話で済んで、絢のことにまで及ばなかったのは、みんなが僕に気を使ってくれたのか、気にしすぎることじゃぁないのかな・・。

 同じ寮なので、慎二と帰っていたら、肩を組んできた、酔っているようだ

「なぁ 基 本町絢と吉野茜は良い娘だよな 二人とも、気立て良くて、明るくて 俺たちのアイドルみたいなもんだ お前、絢ちゃんを大事にしろよな」

 あれ以来、昼休みに5人で居ることが、ちょくちょくあり、こんな風に言っているのだろう。でも、こいつは良い奴だなぁ 僕は、ここに来ての初めての親友のような気がしていた。

1-⑾
 7月初め、紳お兄ちゃんが訪ねてきた。私が小学生の時、大学を中退してアメリカに行ってしまったから、ひさびさに会う。4月下旬頃に実家に帰ってきているはずだ。

 駅前のホテルに泊まるというので、そのロビーで待ち合わせした。部活が終わった後、私はそこに向かった。7.8年ぶりなんだけど、わかるだろうか。

「絢 絢」手を振っている。すぐにわかったみたい。

 私も「お兄ちゃん」と駆け寄ると、いきなりハグされ、背中をポンポンしながら

「かわいらしくなったな。去年の写真より、少し大人びたみたいだなぁ」

「おにいちやん みんな見てるから もう 恥ずかしい」

「おー そうか  表の海鮮の店に行くか あっ でも商店街の近くが良いか その方が家近いんだろう」

 と、言って路面電車で移動した

「お兄ちゃん、クリスマスのプレゼントありがとう ごめんなさい、付けてこれなくて、ウチ、学校から、そのまま来たし、もっときれいな恰好で来れば良かったんやけど」

「そんなこといいよ 急に連絡したし、それで充分可愛いよ」

「ありがとぅ あと、お父さんにウチのこと、後押ししてくれたんやろー 助かったワ」

 お店に入って、お兄ちゃんは「7月に洋風雑貨のお店を東山でオープンさせるので、今、内装をやっているんだ」と言っていた。お父さんが反対していたに決まっているけど、たぶん、納得させたんだと思う。

「さっき、藤沢さんに挨拶してきたんだ。おやじからの言づけもあったしね。水島君の話も出てな、仲良くやっているそうじゃぁないか。良かったなぁー 彼にも、会ってみたかったんだけどね、おやじにも、どんな印象かを伝えたいと思ってね」

「と、思ったんやけどナ モト君、今日、家庭教師やし、あんまり、プレッシャーかけるのも嫌がるかなって思ってナ、お兄ちゃん来ること言うてへんねん」

「それより、お兄ちゃん恋人は? 居るのー」

「いやーぁ まだまだ 先に、仕事成功させないと」

「ウチ、日本に帰って来るいうから、アメリカからお嫁さん連れて、帰って来るんかなって思っててん」

「じょーだんだろう 向こうでは、仕事ばっかだったよ。でも、僕はあのまま大学に居るより、向こう行って良かったと思っている。実際に、実務を勉強させてもらったからな」
「絢は、夏休み帰って来るんだろ。お母さんも楽しみにしているぞ」

「ウン でも8月初めに試験があって、お盆は藤沢さんとこのお店が忙しいから、お手伝いしなきゃあなんないし・・」

「そうかー でも出来るだけ帰ってこいよ それも親孝行だぞ」

 それから、私の小さい頃の話も出て、本当に私は、その頃から誰とも遊ばす゛、家ん中で絵ばっかり描いていたみたい。話をするのが苦手で、でも、私が明るく、話をするようになっていたので驚いていた。
 お店を出て、家まで送ってきてくれた。挨拶もしておかなきゃと

「ただいま帰りました。実家の兄が挨拶したいと言っているんです」と、言ったら、お姉ちゃんが出てきて

「初めまして、娘の澄香です。母は今、身なりを整えてますわ。どうぞ、お上がりくださいな。私、今、晩酌始めたところですの。ご一緒に如何ですか」

「いえ それは豪快ですね。こんな美人と飲めるって嬉しいのですが、もう、時間も遅いですし失礼いたします。次回、機会ありましたらと楽しみにしています」

 その時、おばさんが出てきて「どうぞ、まもなく主人も帰ってきますから」と勧めたが、やはり
「時間が遅いのでここで失礼します。絢のこと、どうぞよろしくお願いいたします」と、帰って行った。

「感じのいいお兄さんね あんなにサラリと褒められて、私うれしいわ」とお姉ちゃん、浮かれてた。

第二章

2-⑴
 ハンバーグショップで、絢と二人で居た。さっき、試験期間を終えたところだった。僕は、試験が終わるまで、少し家庭教師を中止していたので、今日は久しぶりに行くのだけど、時間があったので、絢を誘った。

「大阪に帰るの決めたか?」

「うぅーん まだ、決めていない。モト君に相談しようと思って」

「なんで 自分で決めたらええやん お母さん、楽しみにしてるでー」

「モト君はいつ帰るの?」

「うん 僕はいつでも良いし、絢に合わせようかと思っている。帰らなくても、良いし」

「そんな風に思っていてくれたんや じゃー、17日に一緒に帰ってくれる?」

「いいよ じゃー 17日の朝の特急指定取っておくわ 飛行機の方がいいか?」

「飛行機高いし、電車の方が、モト君と長いこと一緒に居られるし ウン、うれしいわぁー 楽しみ、一緒に旅行できるなんて」
「明日から、松田美波さんとこ行くんでしょう。あと、川崎葵さんも一緒だって?」

「ウン 慎二もな。最初、茜ちゃんも誘って、みんなで海でキャンプしようと言っていたのに、絢が水着は嫌だって言いだしたから、取り止めになったままで・・。そしたら、美波がみんなで遊びにおいでよ、海も近いし、魚もおいしいからって、誘ってくれてな」

「だってね 水着って、みんなの前じゃー恥ずかしいよー モト君だけだったら、別にいいけどー。でも、他の女の子と、あんまり仲良くなっちゃぁ やーだな 川崎さんって、少し、きれいな娘だよね 心配だょ ウチって嫉妬深いのかナァー ごめんね アッそうだ 9日の夜には戻ってきてよ 花火、一緒に見たいの お願い」

「わかった 大丈夫だよ みんなクラブの仲間だし。僕は、いつも、絢のこと思っているし、心配するなッテ!」

「だって あれから、チューもしてないんだよ」

 絢は、うつむき加減に言って、相変わらず、みるみる真っ赤になっていた。

2-⑵
 僕達4人は駅を出て、5分程歩くと海岸が見えてきた。美波の家は、もう少し離れた漁港の側にあるという。数年前まで、民宿もやっていたが、客が少なくなってやめてしまったそうだ。今は、一部の常連さんだけを相手にしているみたい。

 家に着いて、直ぐに泳ぎにいこうってなって、漁港沿いを10分ほど歩いて砂浜に出た。海水浴場としては、有名ではないので、浜はすいていた。
美波と葵の水着姿はプールで見慣れていたが、ふたりとも花柄のビキニなもんで眩しい。
 慎二はふたりに向かって、手をたたきながら

「おぉー いいねえ 俺達、男子校だったし、こういうのあこがれていたんだ」

「このバカー 早くボールふくらましなよ」と美波は、たたまれたビニールを投げつけてきた。

 海の中で大きめのボールを投げたり、追いかけっこしたりしたけど、結局、海って泳ぐしかないんだなって感じた。美波と葵は、ボールの空気を少し抜いて、ふたりで重なりながら、海の中ではしゃいでいたが、僕達は重なりあうのはちょっとね、仕方なしに波うち際に座っていた。

「葵ってかわいいな 胸も割とあるし、ああいうの好きなんだ」と慎二がポツと言った。

「お前、茜ちやんが好きなんじゃぁないのか」

「ちがうよ 俺が好きなのは・・・絢ちゃん だよ」

「バーカ からかうなヨー」

「じょーだんだよ お前のことも好きだから心配するな 俺、吉川すずりも好きだしなぁ 誰でもいいんだな」

「お前は外観からいくからなぁ」
 
 女の子たちは、海からあがってきたが、美波が

「慎二、一緒に入ろうよ」と声かけていた

「でもな、美波と重なるわけいかないじゃん」

「変なことしなければ別にいいよー 私が上だよ」

 と、慎二はいそいそと海に向かった。結局、海の中では上も下もなく、ふたりでじゃれあっているように見えたていた。僕は、葵と並んで、座っていたんだけど、どうしても胸に眼がいってしまう。そして、絢に比べてとか考えてしまっていた。

2-⑶
 机の上には、大皿にクロダイと言っていたが、姿造りとその他の色んな刺身、桶に入ったチラシ寿司、魚の煮つけなんかも乗っていた。奥の座敷には、美波の家族が座っていた。

「おばあさん、お父さんとお母さん、妹の渚、高校の2年生なんだ」と美波が紹介した

「よう、来んしゃった 美波とこれからも仲良くしてやってくんしやい」
「こいつは、自分を女と思っちょらんし、男友達が出来ても男と扱わんから、すぐに分かれよるでな。うちは女二人じゃけ、早う男を連れてこいやと思っちよるんやが」

 とお父さんは、早々と一升瓶を片手に飲み始めていた。

「おとやん、余計なこつ 言うな」と美波は「聞かんでいいで、食べよ」とチラシをよそって、みんなに配っていた。さすがに、新鮮な刺身とか海藻はおいしい。お父さんが、今朝捕ってきたものだと言っていた。 葵が唐突に、僕に向かって

「ねぇ もとし 入学してすぐに、会館の前で、女の子を抱いていたって話、ほんと?」

 すると、慎二が口をはさんできて

「そーなんだよ 俺は、もとしの後ろの方を少し離れて、歓迎会の酒で頭が痛いと思って歩いていたんだけど、ふと見ると、もとしが可愛らしい女の子を抱きしめていたんだよ。その女の子が絢ちゃんでな、後でいきさつを聞いたんだけど、これが、ドラマでなぁー」

 美波も、それを聞いて

「私も、そのいきさつ聞きたい。聞かせてよお願い」

 僕は、渋っていたんだが、慎二か゛

「話せよー このふたりに、女が男に本当に惚れるというのは、こういうことなんだよって教えてやればー」

 仕方ないので、僕は、絢との今までのことを話して

「絢と僕は、何かで繋がっていたんだと思う。あの時、僕は絢を見つけた時、もう離さないと、思わず抱きしめていたんだ」

「すごわね ふたり仲良いもんね。本町さんって、授業中でも、先生の方を真っ直ぐに見て真剣なのよ。私から見ても、キリリとしていて芯が強そうで、かなわないとなと思う」

 と葵が言っていたが、彼女は教育学部だから、外国語とか専門的な講義は、絢と同じクラスなので、それなりに知っているらしい。

「でも、絢ちゃんて、話すと気さくで、いい娘だよ。俺らにもすぐ打ち解けたし。何にでも、真っ直ぐなんだよ、絢ちゃんは・・ナァ、もとし」と慎二はカバーしていた。

「羨ましいわよねぇー」と、ふたりで声を合わせていたら、慎二も

「まぁ 葵でも無理だし、美波みたいに、サバサバして色気もないような奴にはもっと無理だなー」

「なによー 慎二だって、もとし みたいな繊細なとこ、全然無いじゃぁない。さっきだって、海の中で私のオッパイ触っちょったって平気な顔して・・」

「あっ 俺 あの時、石にぶつかったんかなって思って・・」

 その瞬間、美波は割りばしを慎二に投げつけるふりしていた。

 確かに、美波の胸は筋肉の塊みたいだ。

2-⑷
 2泊して昼すぎに美波の家を出てきた。葵はもう少し世話になると言っていた。慎二と一緒だったが、各地を回りながら、実家に帰ると言って、直ぐに出て行った。

 僕達は、夜7時半に市民会館で待ち合わせしていた。絢は、白の地模様に蛍とつゆ草をあしらつた浴衣に黄色の帯でやってきた。初めて見る絢の浴衣姿だ。帯には、あの青と紅の蝶々お守りを付けていた。その鈴を鳴らしながら、小走りで駆け寄ってきて

「ごめんね 待った? 急いだんだけど」

「そんなに、急がないでもいいのに 転ぶよ」

 見ると、小さいリボンをモチーフにしたイアリングをしていた。薄いが化粧をしているみたいだ。うす暗いけど、キラキラしていた。

「うふっ お姉ちゃんに着せてもらったんだ お化粧も やっとモト君と花火見れるね 夢がもう一つ叶い」

「そうだな 小学校の時、行けなかったんだよな」

「覚えていてくれたんだ。あの時、ウチ 悲しかったわ でも、もういいんだ 今こうしてモト君と一緒だモン」

 と言いながら、僕の腕にすがりつき、そのまま、後ろから腕を組んできた。大勢の人が、ぞろぞろと並ぶように川の方向に歩いている。もう、川沿いには陣どった人々でいっぱいだったが、僕達は橋を渡って、向こうの公園に行こうとしていた。あっちの方が広々としているから。

 広場もいっぱいの人だったけど、何とか樹のたもとで立ったままで見れそうだった。その時、徐々に始まった。絢は、まだ腕を組んだまま寄り添っている。それでも、真上にまで昇って大きく輪が広がっていった。こんなに真直で見るのは、僕も初めてだ。「ウワーすごい」とか「きれいわ」とか、はしゃいで楽しそうにしている絢を見ていると、今は、僕も嬉しくなる。

 花火が終了した時、一斉に帰り始め混雑しているので、僕たちは、しばらく公園の中を歩いていた。僕は、人気のない建物の陰に絢を引っ張って行った。

 抱き寄せて、髪の毛を分けた時、柑橘の香りがして、耳に唇を寄せると、絢は「あぁ」と小さく吐息をもらした。そして、柔らかそうな唇を合わせると、絢は僕の背中に手をまわして力を込めてきた。この前よりも長ーく唇を合わせていた。

「遅くなったね 叱られるかな」

「大丈夫 今日はモト君と一緒に見に来ているの知っているから」

2-⑸
 試験期間中とか帰省があって、休みのことが多かったので、お盆の間は集中的に家庭教師の時間を取ってもらっていた。

 今日は午後の間を夕方まで教えることになっていた。夏休みになって、初めての訪問だったけど、向こうのお母さんから、ふたりの通知表が良かったので、感謝され、僕も安心した。中学2年生の男の子は、数学の成績が特に伸びたみたいで、小学校からの基礎をやらせたのが良かったんだと思う。

 男の子の部屋で、女の子には座卓を持ち込んで、片方には問題集をやらせて、僕は、もう片方と一緒に教科書の大事なところの説明をするといった感じで進めている。男の子の幸一郎は、椅子に座って脚をバタバタさせている。きっと、問題が解らないのだろう。僕は、こういうのはイライラするし、嫌いだ。

「幸一郎君、解らない時は、飛ばして、次の問題からやっていけばいいよ。解けたら、バタバタしてもいいぞ」

 黙って続けていたが、理解できたのかどうか、わからない。僕は、先生には向いていないみたいだ。突然、妹の富美子が僕に

「先生、彼女いるの?」

「えっ いるよ 突然だね」

「お兄ちゃん 好きな女の子いるんだけど、告白できないんだよ」

「富美子のおしゃべり! そのうち言うよ」

「富美子ちゃんは好きな子いるの?」って聞いてみた。

 富美子は、笑ってはいるが、答えず、ノートの隅に『昨日、プールの帰りにチューした 内緒だよ』と書いたのを僕に見せて、消した。

「先生、好きな子には好きって言わないとダメなんかなぁー」と続けて聞いてきた。

「うーん いろんな場合があるからねー 近くに居るなら、言葉に出さなくても好きと思い続ければ、相手にも通じていくと思うけど 僕だって そんなに経験もないし、うまく言えないな」

 僕は、絢との小学校の頃を思い出していた。

2-⑹
 帰省する日の朝、僕が駅に行くと絢はもう着いていた。グリーングレーのハイウェストワイドパンツに白のニットのフレンチ袖のTシャツ、少し大きめのサイドバッグを下げていて、あの青と紅の蝶々お守りはいつものことだ。

 脇に、ショートカットの女性が立っていた。絢と同じような恰好をしている。僕に向かって、微笑みながら頭を下げていた。

「お姉ちゃんに、車で送ってもらったの。美人でしょー。せっかくだから、モト君に会ってみたいんだって」

「初めまして、絢から、いつも聞いていますわ 仲よくしてくださって」
 
 くっきりとした眼に瞳がキラキラしていて、見つめられて、ドキっとした。僕は、少し、あわてて

「いや、僕も、聞いています。お姉さんのこと とっても理解があって、いつも助けてくれるって」

「あらぁーそう 私、こんな、素直で、賢くて、かわいい妹が出来て嬉しくてねっ」

「おねえちゃん ほめすぎ! もう行くよ」

「思っていたより、上半身もがっしりして、頼りがいありそうね 絢をよろしくね 迷子にならないようにね」

「もう、子供みたいに言わないで! じゃぁ行くね 送ってくれてありがとう」
 
 絢は、お姉さんの胸を軽く叩いて、バイバイしていた。僕も、頭を下げて改札に向かった。絢は、直ぐに手をつないできた。

 座席に座ると、絢はバッグの中から包まれたドッグを出してきて

「ハイッ モト君、多分、朝食食べてこないんじゃぁないか思って、作ってきた 食べてよぅ」

 確かに、僕は、ギリギリまで寝ていたので、焦って寮を出てきた。口にほおばって

「絢は? 食べないの」二つあったから、絢の分かなと思った。

「ウチは、いらないからモト君、食べて」

 山間を列車は走っていたが、窓の下に見える峡谷を、絢は時折、声をあげながら、見ていた。そして、手をつないできて

「新婚旅行みたいだね!」と小声で言って、僕の顔を、同意を求めるように、覗き込んだ。

「ウチ お願いがあるねん 中華街で小籠包食べて それから異人館歩きたいねん だめー?」

「えぇー 途中下車やん 絢が行きたいのならかまわんけど 遅くなるぞー」

「ええのー 家には帰る時間までいうてへんから」と、隣の座席の様子を見ながら、ほっぺにチュッとしてきた。

2-⑺
 新神戸から歩いても良かったけど、日差しが強いので、絢が嫌って、三宮まではバスに乗った。そこからは、ぶらぶらと歩いて、中華街には1時過ぎに着いた。有名な持ち帰り豚まんの店も並んでいる人が多かったので、結局、小籠包目当ての店で並んで、立ち食いだけど、なんとかお店の中で食べることが出来た。僕だけ、ワンタンラーメンも頼んだけど、絢は、普段からあんまり食べないのかもしれない。
 
 北野坂からパンの焼き上げの香り嗅ぎながら、トーマス坂を登って行った。汗だくになって、絢はバッグからタオルを取り出して、渡してくれた。首に巻くと、絢のあの柑橘系の香りがして、僕は、花火の夜のことがかすめた。絢は、自分では頭からかぶって

「帽子被ってくればよかった。髪の毛長いのって、こういうの暑苦しいんだ」

「でも、普段は女の子らしくって良いからね」と、僕は、もう一度絢の手をつなぎ直した。

 坂の途中で、手作りのアクセサリーの店の前で、絢は目を止めた。僕も目を止めていた。僕は、リボンのペンダントを見ていて、今日の絢の耳には、お兄さんから貰ったというリボンをモチーフにしたイアリングをしていたから。でも、絢が見ていたのは、小さな蝶々が付いたネックレスだった。

「買ってあげるよ 襟元が寂しいから」

「えっ ウチにこうてくれるん!  うれしーい」

 風見鶏の館の前の石段に、ふたりでジュースを飲みながら、疲れたと座っていたら、絢に電話がかかってきて、お母さんかららしかった

「ウン 8時頃・・・あんまり、ぎょーさん食べられへんでー・・・帰ったら話すわ」

 家でも、帰って来るのを、お母さんも楽しみにしているんだろう。あんまり、僕と一緒に居るのはナァと僕は思っていた。まだ、夏休みの間は会うことが出来るし

「そろそろ、帰ろうか」と言うと「もう少し、一緒に居たい」と返してきて

「今、こうやってモト君と居て、とっても楽しいんだけど、去年の今頃はウチすごく悩んでいたんだ。苦しくって、誰も相談する人居なくって。 モト君はウチのこと嫌いになったんじゃぁないんかなとか、いづみちゃんのことも疑っていたし、他の女の子と付き合っているんカナとか でも、田中大樹君が言ってくれた言葉を信じて、あなたを追いかけようと決心したの 小さい頃、ウチなぁ 男の子嫌いやってん でも、モト君は最初から違った 優しかったし それでナ、モト君がウチを嫌っていてもかまわへんわ 自分で決めたんやから前に進もぅって 良かった 本当に今は幸せって感じているの ありがとう モト君 本当に好きや」

「絢 僕だって 昔から何かで結ばれていたんだって すごく努力してくれていたんだね そんなに苦しんでいたなんて知らなかった ごめんね、あの頃、僕は勇気がなかったと思う。離れて、初めて、絢のこと気づいたんだ。 絢 僕も大好きだよ 今も、可愛くて、仕方ないんだ」

 僕は、いとおしくて我慢できなかった。絢を木陰の人気のないところに連れて行って、抱きしめて、ながーいキスを交わしていた。

第三章

3-⑴
 家の中庭でバーベキューの準備が出来ていた。お父さんの会社が、明日から5日間夏休みになるので、ご苦労さん会みたいにやることになったみたい。お盆の間は忙しいので、それを避けた形っていうのは毎年のことだ。今日の会は、私が帰ってきたので、お父さんがみんなに私を会わせたくて、やろうって言ったのだろう。

 お母さんが、私に浴衣を着せたいというので、用意していた。紺地に朝顔の花の絵、赤茶の帯、藤沢さんのおばさんと何となく選ぶ感覚が違うなと思った。でも、今夜は、髪の毛を全部頭の上に上げるようにしてもらっていた。もちろん、蝶のネックレスも、それとなく。

「今年も前半だが、みんな頑張ってくれた。ありがとう。後半も頑張ろう 乾杯」

 従業員の中で一番年上で65才位になる及川さんが音頭をとった。この人は、私が生まれた時には、もう勤めていて、祖父の代から居る。祖父が突然、亡くなって、お父さんが会社を継ぐことになった時も、会社のこと全てを仕切ってくれて、なんとか会社が継続することが出来たらしい。お父さんとお母さんが会社のことにかかりっきりだったので、小さかった私のことを構う間もなかったので、及川さんは何かと面倒を見てくれていた。だから、私、お父さんの次に、及川さんにビールを継ぎに言ったの

「あぁ いとはん いゃーもったいない 私なんかに そやけど、べっぴんさんにならはりましなぁ 大学に出て行かはりまして、寂しかったですわ」

「相変わらずお元気そうで ウチのこと、いつも気にかけてくれてありがとうございます」

「やっぱり、急に大人になったみたいですなぁ」

「いとさん あん時の彼氏と付き合ってるんでしょう 元気でっか、痩せぽっちの男の子でしたわな」と、もう酔っ払い気味の山本さんが余計なことを言ってきた。私は、黙って、お腹にパンチを出した。

 私は、仕返しに、野菜ばっかりを載せて、山本さんに持って行った。

「ありがとうございます あっ いとさん これ野菜ばっかですやん」

「肉ばっかりやからお腹出てきたんとちゃうの 新婚さんやのに 奥さん可哀そう それと、彼は水泳やってるから、筋肉もりもりやでー」とやり返してやった。

 お父さんと及川さんが並んで、話をしていたんだけど「小学校に上がった頃、絢は小さな声しか出さないし、下ばっかり向いて、控えめにして、とにかく目立たないようにしていた。わし等夫婦も会社のことがあったんで、かまってやれなかったので、余計にそうなってきたんだと思う。及川さんにも世話になって感謝しています」とお父さんが言っている。及川さんは「いやいや めっそうもない 私は、いつも独りで本とか絵とか描いていたもんで、声をかけていただけですわ」

 私は、他の人とはしゃいでたんだけど、それを見て、お父さんが、まだ、話込んでいるのが聞こえて「あのままだと、この子は暗い閉じこもりの子になるかと思っていたが、こんなに明るく、前に出てくる子になるなんて あの彼氏というのが変えてくれたんかな」 横に居た及川さんが「社長 それは違いまっせ もともと、いとはんは自分の信念を持ってはった それを、その彼氏さんが よーく見てはったんとちゃいますか まあ、よーございましたな」と

3-⑵
 実家に帰ってきて、数日後、絢から一緒に京都に行ってと連絡があった。お兄さんのお店とお守りの神社に行きたいと言ってきた。

 電車の一番後ろという待ち合わせ。でも、何とか会えた。なんか、目立つ女の子が居るなと思ったら、絢だった。白いサロペットの短パンに、キャラメルのニットベスト、短いツバのストローハット 編み上げのサンダルという服装で、左側の耳を出して、イアリングを付けていた。
もちろん、蝶のネックレスも付けてくれていた。割と目立つ服装なだけに、ちょっと戸惑っていたら。

「うふっ こんなの、もう今年までしか着れないかなって思ったんだもの。可愛い?」

「うーん 二度見してしまうよ」
 
 お店は八坂神社のところを上がって、しばらく歩いて、左に入ったところにあった。表には、ピンクとブルーのネオンの看板、ビヤダルに乗っているモンローのスカートが巻き上がっている人形、コークのブリキのプレートとかが置かれ、ガラス越しの店内も片側はカラフルに様々なものが所せましとあって、もう一方は整然と調理器具なんかが並べられている。

 店内には、ジーンのツナギの作業服にバドワイザーのエプロン姿、多分お兄さんだろう。もう一人、同じくジーンの短パンにエプロンの女の子が接客していた。3人組の男子高校生だろうか、相手が女の子のせいか、ふざけなから、ステッカーを選んでいる。

「店長さん」と絢が入って行くと、その子たちの眼も一斉に振り返って、絢に注がれていた。

 僕は、店内が狭いので、表で待っていたのだが

「初めまして 兄の紳です。よろしく」と言って、手を差し出してきた。僕も、あわてて差し出したのだが、その手は厚みがあって、少し、圧倒された。

「水島基です そのぅ・・ 絢さんとは・・」言葉が続かなかった。

「聞かされているよ 妹から こいつが前を向くようになってきたのは、君の存在が大きかったと、僕は思っている。とにかく、ありがとう。 肩まわりがいいねぇ 水泳やっているんだって?」

「はぁ まだまだ勝てないんですが もう少し練習して・・」

「そうか ああいうのは、限界を超えなければな 僕なら駄目だ」振り返って
「絢 お昼、まだだろう? そこで、スパゲッティでも食べに行くか」

お兄さんは、絢の小さい頃の話、本町家の古い慣習、考え方とかを話してくれた。帰り際になって、絢が何かお揃いの物を持ちたいと言い出して、店に戻って、ディズニーのアリエルとエリックそれぞれのTシャツを選んだ。お兄さんは「お金はいいよ 君達にプレゼント」と言ってくれたので、僕は、それでは悪いなと、バッファローの皮で出来たキーホルダーをお揃いで買ったのだ。

 お目当ての神社は、新京極の中程にある。三条大橋を渡って、向かったんだけど、途中、何人かが、絢のことを振り返って見ているのがわかつた。
 絢は、お参りの後、古いお守りを返して、新しいのを買っていた。

「お礼して、これからも仲良しでいられますようにってお願いしたんだー。モト君がくれた なかよしお守り この青と紅の蝶々を合わせると、お願いが叶ったんだよ」と、うれしそうに言って、腕を組んできた。

 絢は本をみたいと言って、美術の専門書を買った後、僕は、お好み焼きを食べに行こうと、三条の裏通りにあるお店に入った。古くからの店で、高校の時にも、たまに来たことがあった。2階の大きな座敷に案内されたが、時間的なこともあってか、客は他には誰も居なかった。柱とか畳が煙のせいか全体にくすんでいる。
 豚玉といか玉を頼んで、分けて食べた。絢はもちろん、こんな風に自分で焼いて食べるのは、初めてだったので、「まだぁ まだなの」とか、裏返した時も「すごーい」と言って、はしゃいでいた。もう片っぽを、やりたいという言うので、やらせてみたが、半くずれで・・。

「ねぇ さっきのTシャツ 着ようよ」
 
 と、絢は部屋の隅に行って「モト君は あっち見ててネ」と言いながら、着替え始めた。僕も、その場でエリックの絵柄に着替えた。絢がサロペットをはずして、「どう?」と言って、僕の前に立ったが、可愛いんだけど、どうも、膨らんだ胸に眼がいってしまう。
 店を出るんで、階段の方に向かった時

「なぁー キスして」と、せがんできた。・・・

「うふっ ソースのにおいがする」と、絢がくすっと笑った。

 あたりまえだろう 今、食べたとこやんか
  
 大橋のたもとでコーヒーを買って、鴨川の土手に下りて行った。中には、女子高生らしきグループもいるが、多くのペァがお互い少し間隔を開けて、座っている。すきまを見つけて、僕らも座ったが、みんな何を話しているんだろう。
 でも、この辺りに居る誰よりも 絢のほうが可愛いと僕は勝手に感じていた。結局、つないだ手が汗ばんできてたが、陽が落ちるまで、そこに居た。

3-⑶
 その日の夜、お兄ちゃんは8時過ぎに帰ってきて、お父さんと連れ立って、近所の料理旅館のお風呂に入りに行った。晩御飯は、ふたりで食べとけって言われて、お母さんとソーメンで済ましていた。岩風呂でサウナもあるとかで、お父さんは、独りでもたまに行く。お兄ちゃんとは、初めてだと思う。そういえば、藤沢のおじさんが来た時も、ここに泊っていた。

 10時頃、ふたりは帰ってきて、少し飲んできたみたい。押し寿司と玉子の太巻きを買ってきたから、みんなで中庭で飲もうと、お父さんは上機嫌で、椅子を引っ張り出していた。穴子と椎茸を甘く煮て細かくしたものをご飯に混ぜてあって、上に鯛、海老、厚焼き玉子なんかを載せて押してある。私の小さい時からの好物だ。

「紳から聞いたぞ 純粋で真面目そうだし、なかなか好青年らしいじゃぁないか」と、私に言ってきた。

「お兄ちゃん 彼のことしゃべったの」

「いいじゃぁないか 悪いことじゃないし おやじも気になっているんだよ ふたりはラブラブだよな 店の娘もうらやましがっていたぞ」

「お母さんもうらやましいわぁ 絢は幸せ一杯って様子だし」

「でもな絢 よく聞いておけよ 酔っぱらって言うんじゃあないぞ 彼は、真面目だからか、物事をよーく考えて慎重に行動して、それでも間違いに気づいたら、修正しながら進むタイプだ だけど絢は、これと決めたら、何がなんでも乗り越えて突き進む もしかしたら、絢をそんな風に変えたのは、彼かも知れないな。絢には、それだけの実力があるのかもしれないが これからは、そうも行かないこともある それと、彼の方向性が絢の思うことと、違うという時もあると思う これから、彼とは食い違うことも出てくる 絢も基君を信じているのなら、その時は、絶対に彼について行け、離れるなよ」

「あーら 紳は短い間なのに、うちの人より よーく見ているわね」と、お母さんが言っていたけど、私は、お兄ちゃんが、こんなに私のこと考えていてくれたんだと「ありがとう」と思っていた。

「ワシの思っていることを全部、紳が言ってくれたな でもな、絢の生き方はワシに似ていて好きなんだぞ さすが我が娘だ 紳もアメリカでしゃべり方だけは勉強してきたみたいだな 人のことを決してけなさないで、うまいこと話しやがる お前こそ、そろそろ相手みつけろ もうワシ等だって孫がいてもおかしくないんだぞ」と、酔っぱらっている お父さん。

3-⑷
 日曜日、田中大樹が、車に乗って訪ねてきた。就職前に免許を取ったって言っていた。今は、空調機を製造販売している大阪の会社に勤めているらしい。

「モトシ 元気そうだな だいぶ肩の辺りがごつうなったな」

「うん 水泳でしごかれてきたからな 大樹も背が伸びたなぁ」

「どうだ 向こうで良い娘みつかったか?」

「お前 絢のこと知らないのか」

「う どうしたんだ 別れたんだろ?」

「やっぱり知らないのか 実はな、入学式の時、あいつが居たんだよ」

「えぇー 本町がぁー お前を追いかけて行ったの? ほんとぅー まじぃー あいつ、あのまま聖女学院に行ったんじゃぁないの 去年の春頃、モトシがどこの大学受けるのか聞かれたことあったけど、よっぽど惚れたんだなぁ じやぁ、一緒に住んでるのか?」

「そんな訳ないじゃん 僕は寮だし 絢は知り合いのとこに世話になっている でも、付き合ってはいるよ」

「そうなんだぁー 本町ってすごいよな 6年の時、どんどん勉強が出来るようになっていって、不思議なことに、それにつれて可愛くなっていったよな」

「絢って、集中力がすごいんだよ でもな、あん時は多分、早瀬いづみを超えようと、目標を決めていたんだわ なぜか、いづみには対抗心を抱いていたんだ」

「早瀬いづみはクラスのアイドルだったからなぁ でも聞いたことがあるんだけど、あいつは成績が悪い連中のことを馬鹿にして、悪口を影で言っていたんだと だから、本町はそのことに刺激されたんちゃうか モトシとのこともあったけどな」

「そうかも知れない 絢はなんでも真っ直ぐだから・・純粋だし・・そこが僕は好きなんだ」

「ノロケかよー 俺も、付き合っている娘いるんだ 同期でな、少しポッチヤリだけど、オッパイがでかくてさー 割と可愛いんだぜ この前一緒に海に行った時、水着姿見たらムラムラしちゃてな 帰りに、強引に塩水、風呂で流そうよって誘って、やっちゃったんだ」

「そんなことしてるんだ でも良かったじゃぁないか」

「最初、うまく、いかなくてなぁ 何と、お互い、初めてだったんだ お前も練習しとけよな」

「そんなの、どうやって練習するんだよ」

「だよな せめて、あれの着け方だけでもな そーいえば、雅恵知っているだろう 喫茶店の娘 高校3年の時、子供出来ちゃてな 3学期には退学してたよ でも、今は、直ぐに結婚させられてな、あの喫茶店を継いでいるよ 行ってやればー もう、2人目が出来て、腹少しでかいけどな」

「そうかー あんまり会いたいと思う人じゃあないな いやな思い出もあるし 直接は関係なかったけどな 絢はそのことしっているんかな」

「まぁ いいんじゃない 俺も、もしかしたら、結婚早いかも そん時は、呼ぶから来てくれよな ふたりで・・」

 僕達には、まだまだ先の話だな 結婚なんて
 

3-⑸
 私、小学校の時の担任の植田先生を訪ねていた。お世話になっていたし、大学に行った時も、写真を送ったきりで、挨拶もしてなかったから。留守でもいいやと思っていたけど、先生は居た。

「あらぁ 絢ちゃん 突然 どうしたの」

「すみません とつぜんで 私、先生に不義理しちゃったままだから・・帰省してるんで、挨拶しなきゃと思って」

「まぁ あがりなさいよ 先生も会いたいなって思っていたのよ」

 先生は、私が高校の時、雅恵ちゃんに誘われて、カラオケに行ったんだけど、その時一緒だった男の子達がお酒飲んでて、高校生なのにと警察に補導されたことがあった。保護者に引き取りに来てもらいなさいってなって、私、親に言えなかったから、先生の名前出して、お世話になったことがあった。担任の時も、いろいろ気にかけてくれて。

「高校の時、警察でありがとうございました。ウチ、あの時、どうしていいかわからなくて・・」

「いいのよ あんなこと それに絢ちゃんは何にも悪くなかったんだし それよりさ 写真見てびっくりしたのよ 水島君と・・水島君も大学へ行く前に、寄ってくれたんだけど、長いこと会ってないって言ってたから・・」

「内緒だったんです。だって、モト君、ウチのことなんか、忘れて嫌いになっているかもって、不安だったから。でも、決心して・・初めて大学で会った時、抱きしめてくれた。とっても、嬉しかったんです」

「そう 水島君も絢ちゃんのこと、ずーと気にかけていたから、忘れてなかったんだね お付き合いしてるの」

「えぇ 私等、見えない何かで繋がっている気がするし、だから、彼を信じています。大好きだし、モト君も好きって言ってくれたし」

「良かったわね 写真見ても仲良さそうだし 絢ちゃん、そうとう頑張ったみたいね 学校の美術の先生に聞いたんだけど、あそこの教育美術って、合格人数が少ないそうじゃぁない。逆に、こっちの教育大のほうが入りやすいって 自信あったの」

「わからない ウチはとにかく、モト君と一緒に勉強したいって、思ってただけだったから」

「絢ちゃんってえらいわね 自分の思ったことまっしぐらだね 先生の教え子中でも、一番の努力家だわ 石川君は東大、杉沢君は京大に合格したし、先生うれしいわ 絢ちゃんは学校の先生になるの?」

「はい 植田先生みたいに、温かい先生 勉強できなくても、絵とか何か得意なことがあるんなら、それでもいいんだよ。そのうち勉強しなきゃって思える時まで そんなことを教えてあげたい 
だから、教員免許も取れるように頑張ってます」

「そうなの 頑張ってね これからも、水島君についていくの?」

「うん 仮に、嫌われてもずーと追いかけて行きます。嫌われないような女めざします」

3-⑹
 9月になると、特別授業があったり、クラブの練習もあるので、8月の末に、あの揃いのTシャツを着て戻ってきて、翌日、海水浴に行こうと約束していた。

 待ち合わせのバス停に、絢は花柄の青いワンピース姿にストローハットと大きな網バッグを下げてやってきた。長い髪の毛も両横に分けて三つ編みしていた。海が近いので30分ほどで海水浴場に着く。浜は、もう夏休みも終わりかけで、平日ということもあって、家族連れも少ない。

 更衣室から出てきた絢は、髪の毛を上で留めて、薄いパープルのタンキニ水着にピンクのラッシュガードを着ていた。こうやって見ると、絢の脚は、まだ、少女の面影を残していて細く伸びている。レジャーシートを敷いて、座った途端、袋から大きなビニールの物体を取り出した。

「ポンプ持ってきてないけど、大丈夫やんな ゆっくり、膨らまそッ」

 空気注入口が二つあって、「こんな大きいの膨らませるのー」と僕は、思いながら、顔を寄せ合いながら膨らませていたが、膨らみ始めると、それは大きな赤いリップ型の浮き輪だった。

「うふっ これなら、モト君と二人で一緒に入れるでしょッ」

 上着を脱いで、僕のTシヤツと一緒に、丁寧にたたんで、袋に入れた。浮き輪を持って

「初めてだね、水着 ウチ、あんまり胸が大きくないから ゴメンネ さぁ、海行こー」

「そんなこと気にするなって、可愛いよ」
 
 確かに、大きくないけど、別に気にしない。でも、最近、少しプックリしてきたように思う。それよりも、ホルダーネックで、先に海に向かっていった絢の後ろのリボンも可愛かった。

 並んで浮き輪に入って、ふざけあっていると、確かに、美波のとこの海で、慎二が言われていたように、自然と胸に触ってしまう。絢はカップを入れていなかったので、よけいに直に感じられた。そんなことも、意識しないで、僕に胸を押し付けて抱き着いたりして、はしゃいでいた。

 どうして、女はこんな状況でも無頓着で居られるのだろう、と思っていた。絢だけ特別なのか。僕は、絢の身体を想像してしまって・・。

「日焼けするから、長いことは駄目だね」と言って、僕のほっぺにチュッとして、陸に向かった。

 直ぐに、上着と帽子をかぶって防御していた。僕は、木陰を探して、移動した。座ると、絢は脚にもバスタオルを掛けてながら

「面倒くさい奴でしょ でも、大切にしとかなくちゃ・・ 昔も図書館で、日向が苦手と言ったら、木陰探してくれたことがあったよね いつも、ウチのこと気使いしてくれてありがとう」

「そんな風に言うなよ 当たり前やんか」

 絢が砂でおうちを作ろうよと言い出して、波打ち際に誘われた。リビングキッチンだよとか、ここはお風呂とか縁を作っていた。僕は、横から自分の部屋とか言って継ぎ足していたら、「仕切りするのはだめ」と絢は区切りを壊してしまった。
 絢はそういうつもりでいるんだと感じた。

第四章

4-⑴
 11月初めの土日と大学祭がある。各クラブや有志の模擬店が校内に並ぶ。水泳部は、毎年ヨーヨー釣りをやっていたが、今年は慎二の強い提案があって、豚バラ串を焼いて売ることになった。

 提案者の慎二は、殆どの準備を押し付けられた形になって、僕も手伝わない訳にもいかず、2週間前位から段取りに追われた。一番問題は、赤字にならないかだった。どれぐらい売れるのかも見当がつかなかったけど、慎二は気楽に、「余ってもみんなで食べればいいし、他のクラブの連中に頼み込むよ それより、足らなくなったらどうしょうか」と算段していた。

 慎二の行きつけで、校門の近くの潮食堂に、肉の仕入を頼んでいて、前日の夜、閉店後に同期の4人が集められた。肉を串刺しの大きさに切り揃えるためだ。タレに漬け込んで、そのまま、翌日まで冷蔵庫で保管もしてくれるという。慎二の厚かましさと憎めない性格のせいか、店の親父さんが、とても協力してくれている。ガスのやきとり用のコンロも貸してくれた。炭を使う予定が、許可が出なかったのだ。困っている僕らを見て、店の親父さんが知り合いに借りてくれたのだ。

 当日、僕らは朝早くから、テントを立てて、串に肉を刺して準備した。呼び込みは慎二、女の子は肉を刺し続ける、焼き手は僕、それ以外に男子の先輩が売り手・お金の扱い、女子の先輩は呼び込みだ。開始前に、プロパンの店の人が、もう一台コンロを持ってきてくれた。潮食堂の親父さんに、足らないだろうからと頼まれたという。ありがたかった。

 人が段々と増え始めたが、全く売れなかった。綿菓子とかアイスクリームの店は並んでいるのに。しかし、昼が近づいてきた頃、慎二が、コンロにタレを投げ込み、匂いを団扇であおぎだしたら、徐々に売れ出して、そのうち、列が出来るようになってきた。慎二は、調子に乗って、小さく切ったものを試食用に持って、呼び込みをし出したから、余計に並ぶ人が増えてきた。美波が、僕を見かねて、応援に入ってくれた。そういうのは、気が利く女の子だ。

 僕は、慎二に感心していた。次から、次と行動に移す。考えているのか、ひらめきなのか。早々と用意したものを売り切った。用意した肉の6割がなくなった。残りは、翌日分だから予定通りだった。

 反省会と明日の準備を兼ねて、「潮食堂」に同期の4人が集まっていた。慎二は機嫌良かった。

「ご苦労さんでした。モトシも熱いところ、ご苦労様でした。まぁ、しょっぱなは不安だっけどな
順調に売れ出してホッとしたよ 明日も頑張ろうな」と、慎二は、ここの親父さんにも頭を下げていた。

「明日は、俺も焼くよ 大変だろう 煙いしな 美波も助かったよ」と慎二は気遣ってた

「そうだよ 慎二は前に出ていって、女の子にばっかり声かけて、私等、裏方は大変だったんだから」

「すまんのぅー そういえば、絢ちゃん寄ってくれたの知っている? モトシ けど、直ぐに行ってしまったけど」

「そうそう モトシと美波が仲良くしてたから 本町絢さんは知らんぷりしてたみたいだけど、一緒に居た吉野茜さんは、すごい顔して、睨みつけていたんよ 私、怖かった」と、葵がふざけた調子で、口をはさんできた。

「そんなことあったんだ。私、全然気が付かなかった。けんど、私なんか、モトシと何にもなんないし、本町絢さんと張り合ったって勝てる訳ないわよ」と美波が続けた

「そうだよな モトシと絢ちゃんは不動だもんな 絢ちやんにな、ミスコンに出ろよって、言ってたんだけど、全然その気になんないんだよな」

「駄目だよ 絢は 恥ずかしがり屋だし 自分でも、出来るパフォーマンスが何にもないしって言っていたんだから」と、返したが、僕もそんなのに出てほしくなかった。

 でも、その夜、一応気を使って、電話して「明日の合気道部の演武実演は見に行くから、頑張って」と伝えておいたんだ。確かに、怒っているわけではないが、あまり、いい感じではなかった。考えすぎだろうか
 

4-⑵
 翌日は、朝から順調に売れ、バドミントン部の打ち上げ用予約なんかもあって、1時過ぎには、完売となった。みんなが、片付けは任せろ、言ってこいと後押ししてくれて、演武会場に向かった。体育館を使っていたんだけど、同級生の竹川光喜と茜ちゃんも来ていて、前の方に澄香おねえさんの姿も見えた。そういえば、合気道OBって聞いたことがあった。

 絢は、横の方で、ずーと並んでいて、鉢巻をして、横に真っ直ぐの眉も凛々しい。最後の方に全員でやる時に、ようやく出てきたんだけど、なんか頼りないなぁー。
 
 イベントのメインのミスコンが始まっていたので、立ち寄ってみたら、慎二なんかも来ていて、かなりの人が集まっていた。着飾った女の子が10人くらい壇上に並んでいた。

「やっぱり、去年の桂川音海さんは抜群だったんだな まぁ、こん中に吉川すずりとか絢ちゃんが居たら解らないけどな」ボソッと慎二が言っていた。
 僕も、そう思う。まぁ、こんなもんだろうなと思っていた。
 
 僕らの打ち上げは、潮食堂だ。かかわったみんな8人が揃っている。校内でやっているところもあったけど、とにかくお世話になったから。慎二は原料の肉代を払って、残った分を全部、親父さんに渡していたが、「コンロのお礼の分だけもらっておくよ あとは、君達で使えよ」と返してくれた。

「水泳部は、いつも合宿でうちを使ってくれちょるから身内みたいなもんだよ」と唐揚げの山盛りを出しながら、言ってきた。

 二十歳になったものも居て、女の子だったけどビールも頼んでいた。この地域では、これが普通らしい。その後も、親父さんは炒飯、フライドポテト、肉団子とかふわふわのオムレツも出してくれていた。女子だが部長の碧先輩が、ビールを飲み干して

「慎二はえらい! 先頭になってやったからな 3年、4年の男なんか、自分のことばっかで、なんも助けてくれないし」

 3.4年は居ないが、その場に2年の男子も2人いるけど、お構いなしだ。僕は、ひやひやしながら聞いていたが、彼女は、この前の大会も自由形で優勝していて、うちのクラブのエースだ。中学、高校とトップで、同じ地元の美波は崇拝している。

「そうよ 慎二は、いつも馬鹿やっているけど ちょっと、見直した」と、美波がほろ酔いで言ってきた。

「美波は、うわべだけしか見てないからだよ 中身をみないと男に騙されるぞ」

 美波は、又、箸を投げつけるふりをした。慎二も、直ぐに腕で防ぐふりをしていた。

「慎二はそうやって、はっきり言うから、いまだに女の子を騙せなくて、彼女出来ないんだよね」

「その言葉、そのまま返すよ でも、それが美波の一番良いところなんだけどね」

「慎二、それ 美波のこと 褒めてんの けなしてんの?」と葵も乗ってきた。


 帰り道、慎二と歩いていて、僕は聞いてみた

「慎二、もしかして、美波のこと気になってるんか?」

「そんなことないと思うけどな、自分でもわからん 茜ちゃんみたいにおとなしくて控えめな子が好きなんだけどな 本当にそうなんかと思ってしまってな そんないい加減なことで、付き合ってくれなんて言えないやん 絢ちゃんなら即決やけどな」

 僕は、それまで組んでいた肩を突き放して、先に帰った。でも、慎二は本当は僕なんかより、真面目な奴なんだと思っていた。

4-⑶
 階段教室の授業の時、慎二の提案で、みんなでキャンプに行こうよってなって。前の席は、絢と茜ちやん、それと音楽科の坂本詩織で、その後ろの席に僕と慎二、光喜の3人だ。その6人で行くことになった。坂本詩織は県内の出身なんだけど、遠いので女子寮に入っている。

 9時半に、スーパーの前で集合して買い出しをして、電車で1時間、バスに乗り継いで30分、そこから15分程歩いて、キャンプ場に着いた。慎二は、6人用のバンガローを借りていた。女の子達はそんなこと知らなかったので「えぇー いやだぁー そんなの」って言っていたが、絢は

「仕方ないんじゃない その方が楽しいかも みんな仲間だし この人達は変なこと出来ないよ」

「すまない 絢ちゃん 一つしか取れなかったんだ 隠していたわけじゃぁ無いんだけど、別に良いかなって思ってたんで」と慎二は言い訳していて、少ししおれていた。

 中は二段ベッドが、三つあって、結局、女子が上で下が男子になった。風呂はもちろん、トイレも外だ。部屋の真ん中に木で作った大きめのテーブルと小さな冷蔵庫があるだけのシンプルな建物だ。とにかく、まず、お昼を食べようと、ハーベキューコーナーで用意を始めた。ドッグ用のパンとフランクとキャベツで良いよねと、みんなが言っていたので

「俺、火をおこすよ この前で慣れているから 誰か、キャベツ切って 炭でやるホットドッグはうまいぞー 空気もいいし」

 と、慎二はいつもの元気に戻って、張り切っていた。詩織ちゃんが手際よく、キッベツの準備をして、直ぐに準備は整った。

「詩織 指大切にしなあかんのに、包丁なんかええんか」と絢が気遣っていた。

「平気 平気 慣れとるし」 彼女はピアノ専攻らしい。

 炭が赤くなりだしたので、みんなは「もういいんじゃない」と言い出したんだが、慎二は

「まだ、もう少し、まだ焼くと臭いが付く もう少し待った」
 
 待つ間、カメラが趣味の茜ちゃんがみんなの写真を撮りまくっていた。絵の題材にもなるそうだ。少し、待ったホットドッグは、みんながおいしいと感激していた。食べ終えて、側の川で釣りを始めたんだが、誰も釣れず、結局間もなく夕食の準備をすることになった。

 肉とか野菜を焼きながらだったが、傍らで、僕らはビールを飲んでいたら、横で詩織ちゃんも、プシューとしだした。皆の視線を集めて

「えへー 普通だよ 寮でも先輩とやっているし 珠に、日本酒だよ 田舎でも飲んでいたし」

「さすがに、地元の女の子はすごいな 美波も平気だしな」と僕が言うと

「みんな、そうじゃないよ 茜ちゃんなんか地元だけど、そんなことないし 田舎だけじゃないの」と、地元の県立高校出身の光喜

「なによー 田舎を差別しているのー」と詩織ちやんが返していた。

「まぁまぁ 同じ地元同士で言い合ったって仕方ないじゃない 関西が3人も居るんだし」と茜ちゃんがとりなした。彼女は市内の名門私立高校出身なので環境が違ったのだろう。

 途中で、花火をやったり、ゲームをしたりして、だらだら食べていた。詩織ちゃんが、気分が高ぶってきたのか

「ねぇ 慎二は好きな女の子いるの? 吉川さんのこと気になっているみたいだし、水泳部の子とも仲いいし、茜ともいい感じだから」

「あぁ それを言うな 誰が好きって みんな好きなんだよな もちろん、詩織も好きだよ」

「駄目だよ 慎二君は 私も最初は気安い人でいいなって思ったんだけど、結局チャラ男なだけでさ 誰にでも、いい顔するんだよ 人間的には、良い人だと思うけど」と、茜ちやんが付けくわえた。

「でもな 慎二は、本当は、真面目で責任感の強い奴なんだよ だから、簡単に告白もしないんだよ」と僕はフォローした。

「そういう言い方もあるけど、女からしたら、優柔不断とも取れる ねぇ、茜」と少し、絡んでいるのかなと思えた。

「べつにー それぞれだから・・」と茜ちゃんも困っていた。

「まぁ みんな仲良くやっていけば、良いんじゃない」と、しらけるとも、冷静とも取れることを光喜が言っていた。

 バンガローに帰った後、トランプしていたが、もう、寝ようとなったら、絢が

「モト君 トイレ ついてきて・・」

 トイレは別棟で橋を渡ったところにあるのだ。

「えー 怖いのか」と僕は、言ってしまった。

「そんなんちゃうけど 襲われたら、モト君、責任とってよ」と、一緒に出ようとしたら、他の
ふたりもついてきた。

 僕は、一瞬、絢にキス出来るチャンスかなって思っていたのだが・・。それどころか、帰ってきたら、着替えるから男子は外に出てと追い出されてしまったのだ。

4-⑷
 朝になって、女の子達はシャワーしたいと言って、絢は

「モト君 一緒に行ってよ」

「えぇー 一緒にシャワーするのかよ」

「ばーか 表で見張りして、バスタオル持ってて」

「行ってやれよ 俺ら、朝の用意しておくから」と慎二が笑いながら言ってくれた。

 絢は髪の毛が長いので、時間がかかって、他の二人は先に戻って行ったが、中から

「モト君 タオルちょうだい」と言ってきたかと思ったら、

 扉が半分開いて、瞬間、タオルを奪って、閉められた。絢は裸のままで、髪の毛は『貞子』みたいになっていた。一瞬のことだったので、髪の毛ばっかで、見えたようで、見えなかったようで、あれは、偶発的なことなのか、それとも、わざとだつたんだろうか。
 ドキドキしている僕を横目に、絢は、トレーナーに短パン姿に頭にもタオルを巻いて、平然と「ありがとう」と出てきた。顔はほてっているようにも見えたが・・。

 市内に戻って、ファミレスに入っていたんだか、詩織ちゃんが

「光喜君 吉川さんと高校の時、同じ学校だったんでしょ あんまり話しないね」

「うん 同じクラス 前からあんまり話したことない」

「そうみたいだね あの人、高校の時、付き合っている男の子いなかったの?」

「うん 多分いなかったと思う 好きだという男はいっぱい居たけど、あいつ、そんな雰囲気じぁなかったから、相手しなかったんだと思う」

「吉川さん 最近、天文サークルの3年生と付き合っているみたいだよ ねえ 茜」

「うん 私もそれ、聞いたことがある 残念だねぇー 慎二君」

「俺は、別に・・先輩が聞いてくるもんだから それに、俺はそんな簡単に・・ 俺は、モトシと絢ちゃんみたいなのが、理想なんだ。お互いが信じあっているし、昨日でも、見た? 坂道で、自然とモトシが絢ちゃんの手を取って引っ張ってやってんだぜ。でも、こいつらの、もっとすごいのは、そこじゃぁないんだ。それぞれが、自分のことを信じているんだ。だから、お互いに優しくなれるんだ。それを信じて、、絢ちゃんだって、思い切ってモトシの後を追って来れたんだと思う ふたりの間は不動だよ だから、俺もそんな風になりたいって思ってんだ」

「そんな風に言われると耳が痛い。慎二 僕らのことをええ風に見過ぎてんの違うか」

「慎二君って、そんなとこまで、考えているんだね 少し、見直したわ」と詩織も感心していた。

 店を出て、光喜と茜ちやんは反対方向で別れた。絢は歩いて、20分程なので、僕が送って行くことに、詩織ちやんは、女子寮だけど、慎二が送って行くよと言って、路面電車で別れた。「後で、潮食堂で待ってるから」と

 絢は、直ぐに手をつないできて、

「慎二君って 以外 よく観察してるね あんな風に女の子も見られたら、しんどいかもね 茜ちゃん無理かも」

「うん あいつは、良い奴だから、いい女の子みつけるといいけど」

 近くまで来ると、「ここで、いいよ」と言って、つないでいた僕の手にチュッとして、バイバイして走っていった。
 僕は、潮食堂に急いで、向かった。

4-⑸
 その日は、お姉ちゃんとお風呂に入っていたんだけど

「絢 本当に肌の色白いね ちょっとオッパイ大きくなってきたかな でも、ツンと上向いてて可愛い」

「いゃだぁ お姉ちゃん そんなこと お姉ちゃんこそ大きいし、腰がくびれてて羨ましい」

 いつものように、お姉ちやんの部屋で、風呂上りのビールというものを飲んでて、「絢も少し飲んでみれば」と言うので、私、コップに入れてもらった。

「今日は、かつおの塩辛あるからね。初心者はこれから先に食べてから飲むんだよ やってみて」

 私、そのとおりやってみた。「塩っ辛い」でも、少しづつビール飲むと、ほんのり苦みあるけど普通においしい。

「絢 モトシ君とは、進展した? 小学生レベルから」

「うん キスしたの 好きだったから でも、それ以上は・・ 私、今、とっても幸せだし、そんなことしたら、壊れてしまうんじゃぁないかって、怖くて でも、求められたらと・・一応覚悟してるつもりなんやけど・・」

「まぁまぁ 本当に君は純情なんだから モトシ君もかわいそうに 彼も男なんだからね 素朴だしね」

「そうなんやろか 私が悪いんやろか お姉ちゃんこそ、最近、かわったことあるんちゃう? 何か、私、感じるんやけど、お姉ちゃんの下着の感じが変わった 社会人やからかなって思ってたけど、やっぱり違うわ」

「絢の 感 は鋭いね 部屋の中にしか干してないけどなぁー」

「だから、余計に私、気になってん なんかあったんちゃう?」

「うーん 絢、経験だと思って聞いてね お母さんには、絶対内緒だよ 私、好きな人が居るの 教育委員会の人でね でも、その人、奥さんも子供さんも居るの でも、何回か会ううちに、何か好きになってしまって・・私が、探していたのは、この人だと思うようになってしまって 待ち合わせて、飲みにいくようになってね いつも、私、期待していたの 誘われないかなって でも、いつも、何にもないから、私から、酔ったふりして誘ったの、一度だけでも良いから、初めてのの男の人になってほしいと ホテルの部屋で、私、下着姿になったけど、抱きしめてはくれたんだけど、その人、『男として失格かもしれないが、妻子を裏切れないし、君の親御さんも悲しめることはできない 君のことは好きだけど、一度でも、君を抱くと、歯止めがきかなくなるから』とそのまま、何にも無かったの 私も、熱に浮かされていたのね 彼も私を大切にしてくれたわ」

「お姉ちゃん そんなの嫌だよ、私 不倫じゃあないの 駄目だよ どうしたの 私、お姉ちゃんが理想なんだから 嫌だぁー」

「ごめん 絢 私、どうかしてた もう、大丈夫 あの人に救われたわ アハッー まだ、新品だよ 今度、理想の男見つけるまで」

 お姉ちゃんは、飲み続けていて、私にも継いで、もっと飲めと 私、何だか飲んでしまって

「ウチは、理想の男いるけど、まだ、新品だよ」って、言ってしまった。

 お姉ちゃんは、私をベッドに抱え込んで、「絢の下着、大切な時の為 買いに行かなきゃね」と頭を撫でてくれていた。

4-⑹
 冬休みが近づいてきた。27日からだけど、その前に休講になることも多いが、僕達は25日まで、授業があった。お母さんから、お正月くらいしか、みんなが揃うことないんだから、きっと帰ってきなさいと言われている。絢も同じだ。

「25日に帰ろうか ウチ、Xマス、神戸でしたい」と、

「あー ダメ 26日に家庭教師入れようと思ってるから 27日にしてくんない?」

「そうなん じゃぁー こっちで、どっかに、連れてって欲しいなぁー」

「うぅーん 慎二が、潮食堂で、パーティやろうってね言ってるしなぁー 24か25か、まだ、決まってないんだ」

「じゃー それ水泳部の?」

「うん 多分、そうなると思う」

「しょうがないよね 川崎さんも来るんでしょ あの人、綺麗から、誘われても、その気になんないでね ウフッ モト君も男だから」

「バーカ いつも絢の顔がチラチラしてるよ」

「よーし それで、良いんだ」

 
 24日の夜は、絢と一緒に、イタリアン・レストランで、過ごしていた。水泳部の方は、明日の夜になって、今夜は絢と、と思った。絢は、ローズピンクの少し短めのフレァーなワンピースでやってきた。いつもと違って、リップも濃い目だ。

「ごめんね お誕生日プレゼント間に合わなかってん マフラー編んでたんやけど、難しくって」

「いいよ 無理すんなよ 絢、なんか今日は特別、綺麗だね それより、ごめんな、あんまり高い店に入れないから」

「そんなのいいよ ウチはモト君が行くとこなら、どこでも・・一緒に居るだけでええねん。こうやって、Xマス過ごすんも幸せ 去年まで最悪やったから」

「そうだよな 去年は受験で追われてたもんな」

「そうなや ウチな まだ、親にも言うてへんかってん 3学期始まる前に、やっと言うたんよ」

「よう 許してくれたと思うよ」

「ウン お兄ちゃんも助けてくれたけど、こんな、かわいい娘のいうことやから」

「バーカ 絢がわがままなだけやったんやないの」

「なに その言い方 こんな素直で良い娘いてへんわ」

 店を出て、お城公園に向いて、歩いて行った。この時期は、園内がイルミネーションで飾られている。絢は、腕を組んで、頭をかしげてくる。いつもの、柑橘系の香りが、僕を刺激してきていた。

 公園内は、カップルばっかりで、木陰の暗闇では、抱き合っているものも居るような感じだ。絢は、途端にその場を離れようと足早に歩きだした。

「だめ 恥ずかしい こんなの」

 ちょうどいい木陰に、僕は「こっち」と絢の腕をつかんで、引きずり込んだ。抱きしめて、髪の毛をかき分けて、首筋に唇をなぞらせていった。耳にかかった時、絢はこらえていた吐息を発したようだった。唇を合わせて、もう、舌を絡ませるようになっていた。

第五章

5-⑴
 我が家も新年を迎えていた。朝早くから、着物姿でお母さんがキッチンで動き回っていたので、私

「なにすれば、いい?」

「今朝は、座敷だから、お皿とか、もう、おせちのお重もいいから運んで」

 昨日は、一日中、おせち料理の準備を手伝っていた。じつは、私、こんなお料理手伝うの初めてだった。今まで、ずーと知らんぷりしていたけど、そろそろ、知っておかなきゃって思ったから。煮物とか鰤の炒り焼きとか、でも、お母さんはもっと前の日から、下ごしらえしていたんだと初めて知った。私、知らないことばっかで・・。

 お兄ちゃんは、明け方帰ってきて、今、お風呂に入っている。大晦日は、お客さんが居るから、午前3時まで店を開けると言っていた。今日は、お休みだけど、明日からお店を開けるらしい。お店が軌道に乗ってきたので、頑張っている。

「絢ちやん、運んだら、お餅焼いて そこの電熱器でね お餅、その紙の箱 粉をよくはたいてね 「旭屋」さんのだから、粉が付いているのよ」

「わかった いくつ?」

「お父さんは一つ、お母さんは二つ、あとは、紳とあなたの分」

「お兄ちゃん、幾つかなぁ そー言えば、あの人、お餅って久しぶりなんじゃぁないのかな」

「絢ちやん、焦がさないように、しょっちゅうひっくり返していないとダメよ 膨らんできたら、少し、焦げめをつけてね あの人、焼き方にうるさいんだから・・」

「そーなん お母さんも、そんなことでも、苦労してんだね」

「ほらっ 煙出てるわよ 焦がしちゃダメだって 手、やけどしないようにね 紳に幾つか聞いて来るわね 焼けたら、この蓋付きの中に入れといて」

 私、今まで、元旦も、ぼー っとしてたけど、お母さん、こんなこと一人でやってたんだ。会社のことも忙しかったはずなのに・・。私に、手伝えなんて、一言も言わなかった。「ありがとう おお母さん」 向こうの家では、お姉ちやんが、当たり前のように、台所にいつも立っている。私、何にもできない。ガンバロー!

「絢 なにボーっとしてるの 紳は5つだって でも4つで良いよ 焼けたら あなた、その恰好じゃあね もう少しましなのに着替えてらっしゃい」

 私、ボァボァのタオル地の上下着てたんだけど、「これじゃぁ駄目かぁー 可愛いんだけどな 去年もスェットの上下だったんだけどなぁ なんか、今年はお父さんも気合が入ってんのかな」

 白いブラウスにベスト、ロイヤルブルーのチェックのプリーツスカートにして、髪の毛を整えて出て行った。お父さんも着物着て座っていたけど、お兄ちゃんなんか、スェットスーツやんか!! まして「暑い 暑い」って、上を脱いで、Tシャツ1枚になっていた。

「あけましておめでとう こうやって、みんなが揃うのは、何年ぶりだろう やっぱり、うれしいぞ」

 と言って、みんなにお屠蘇だからと注いでいた。みんなは、当たり前のようにしているけど、私、おそるおそる飲んでみた。しばらくして、喉の奥から、熱くなって、あわててお雑煮を食べ出した。

 お兄ちゃんも、お雑煮を食べて、お重のものをつまんでいたけど

「うまいなぁ この味 忘れていたよ おやじ ビール飲んで良いか?」
 
 お母さんは、直ぐにビールを取りに行ったみたい。私は、お父さんにお酌をしたら

「おぉ 絢にお酌してもらえるなんて、思ってもみなかった 感激だよ なあ紳?」

「おやじにとったら、絢は宝だもんな」

「そうだけど、ワシは家族みんな宝だと思っているし、社員のみんなもな」


「後で、初詣行くのよ 絢ちゃんも、着物作ったから、着てってね」

「俺は、リタイヤする。少し寝かせて みんなで行ってきてよ」とお兄ちゃんは逃げた。

5-⑵
 白地に大きな芍薬に蝶々が舞っている絵柄の着物と藤黄色の帯を用意していてくれた。目元と唇もお化粧してくれて、私自身も自分を見違えた。髪の毛もまとめてくれてから、お母さんは、自分も別の着物に着替え始めていた。

「そのネックレスは外しなさい 着物には合わないわよ」と、言われた。

「嫌だぁーこれは 外せない」

「だめよー 下品じゃあない」

「下品でもいいッ 嫌だもん 大切なものだもん」と、私、泣きそうになっていた。それを見かねたのか

「わかったわ じゃぁ 髪飾りに付けてあげる 失くしても知りませんからね 本当に、絢がこんなに思い入れが強いって思わなかったわ」

「うーぅ じゃぁ 手下げ袋に入れておく」

 電車も混んでいたけど、降りてからも、お土産屋さんが並んでいる道をぞろぞろと。拝殿の前もすごい人で・・お父さんは、どんどん前に進んでいくけど、私、押されて、お尻辺りも触られているんだか、なんだかわかんなくて。ようやく、お賽銭投げて、お参りして、人ごみから出てきたら、私、はぐれてしまって、迷子になったみたい。お札所の横で、ぼーっとしていたんだろう

「お待たせ ようやく買えたわ」と、お札を持って、お母さんが駆け寄ってきた。

「あっ お母さん ウチ、迷子になったんかと」

「なに 言ってんの 私が、ずーと、あなたの後ろに居たじゃあない」

「えっ そーなん ウチのお尻触った?」

「ええ ほっておくと、絢、前に進まないんだもの、お尻押していたのよ」

 帰りに、私「ウチ、モト君ちに、着物見てもらいに行く」と言ったけど

「よしなさい 元旦からよそのおうちに行くもんじゃぁ無いわよ 明日、ちゃんとして行きなさい」と、お母さんに言われて。

 その夜は、お兄ちゃんがお肉って言ったから、しゃぶしゃぶ鍋を囲んでいた。お父さん達はデニムの作務衣を着ていた。お兄ちゃんのプレゼントらしい。私は、短ぱんにトレーナーだったけど、お母さんは着替えたけど、又、着物姿だつた。まだ、お風呂にも入っていなかったみたい。

「絢、大学はどうだ?」と、お父さんが聞いてきた。

「うん 楽しいよ 毎日 お友達もいっぱい出来たしね 絵の先生も良い人だし」

「そうか 絢は昔から友達も少なかったから、心配してたけど モトシ君とはどうなんだ」

「仲いいよ 順調」

「紳からも、藤沢さんからも聞いたけど、海を守るために勉強しているんだってな それに真面目な男だって 安心したよ」

「おやじ、こいつ等なら大丈夫だよ 前にも言ったけど、モトシ君は絢のいいところを小さい頃から見ていて、自分もそれが励みになってきたんだと言っていた。夏、店に来てスパゲティ食べに行って話している時、机の下で、ずーと二人で指を結んでいるんだよ。ふたりとも、絶対に離れないと訴えているような眼をして・・。こいつなら、絢を絶対に守ってくれると思った」と、お兄ちゃんが酔っているんだかわからないけど、私達を応援してくれた。

「絢も飲むか」とお母さんと私にビールをついでくれた。私、ちょっとは飲めるようになったのかも。お父さんとお兄ちゃんの話で喉がカラカラで、一気に飲んでしまった。「おいしい」

「モトシ君に会ってみたいんだけど、嫌がるかな」って、ポツンとお父さんが言っていたけど、お母さんが「あなた よしなさいよ まだ」と言っていた。その後は、お兄ちゃんの相手の話になって

「ねぇ おにぃちゃん なす、いった時、スタイル良くて、きれいなシト どうなったん」舌がまわってなかった。

「彼女はな 離婚したお母さんと1年前に、日本に帰って来たんだ。ハーフなんだよ。だから、大学行けなくて、今、服飾の専門学校に行っている。英語はしゃべれるから、来てもらってるんだけど、今は、大事なパートナーだよ。絢より、二つ上かな」

「ふーん かんじ ええ シト・・・」私、寝てしまった。

5-⑶
 昨日と同じように、着物を着せてもらって、髪の毛はマスタード色の細いリボンで結んで、小さなお花のかんざしを挿してくれた。

「あんまり長居するんじゃあないですよ 朝、旭屋さんのカステラ買って来たから、持ってってね」 

 とお母さんに言われた。モト君が隣の駅に迎えに来てくれているはず。

 僕は、しばらく見とれていた。絢に違いないんだけど、くっきりとした目元、いつもより紅い唇に、僕に妙な欲望が湧いてくるのが自分でもわかった。

「モト君、あけましておめでとうございます 今年も仲良くね」

「うん 見とれたよ」絢の笑顔は相変わらず、可愛い。 


 僕は、絢が下げてきた紙袋を持ってやると、絢は腕を組んできた。

「ちょとなぁ」とほどくと

「なんでー 嫌なの」

「うん 近所の手前 見られるとなぁー」

「ふん」と言って、そっぽ向いていた。

 家に着くと、玄関の前で、絢は白いショールをたたんでいた。

「おばさま お久しぶりです あけましておめでとうございます」

「まぁ 絢ちゃん 小学校以来かしら、大きくなったわね すっかり、娘さんだよね」

「これ 母から 御年賀です」と袋から包まれた箱を差し出していた。

 リビングに連れて行くと、父と兄がチビチビやっていたが、絢を紹介すると、兄が

「えぇー こんなに美人だっけ あの控えめな子が あの時も、可愛かったけど、こんなに変わったの・・ モトシ、お前、いいなぁー」と、調子いいこと言ってきた。

「絢ちゃん、酔っ払い相手だから、気楽にしてね だけど、女の子はいいわね いろいろ着飾れて こんなに綺麗なら、お母さんも楽しみでしょうね うちは、むさくるしいの野郎ばっかだから張り合い無くて 絢ちゃんが居るだけで、明るくなるわ」

「そうだよな 朝から、こんなに、はしゃいでいるお母さんを見たのは久しぶりだよ」と父がボソッと言っていた。

「でも、うちじゃぁ 母は小さい頃から、兄ばっかり気遣って、私のことなんか、ほったらかしなんですよ」と、絢もボソッと言っていたが、

「それはね 絢ちゃんが芯が強いってわかってたからよ それに、お商売しているから、どうしても長男には気を遣うわよ あなたが我が家に通うようになった時、あなたのお母さん、すごく気遣って あなたが大学で出て行った時も、心配で、しばらく寝れなかったそうよ 女の子って、こんなに心配しなきゃなんないんですねって言ってたわよ」

「そうなんですか おばさまにそんなこと言ってたんだ」

 夕方近くになって、今日は早いこと帰んなきゃと絢が言ってきたけど、帰る間際に、僕を引っ張って行って

「モト君 ウチ、オシッコ」と小声で言ってきた

「ええー 独りで出来るんか」

「わからへん 初めてやから」

 僕は、お母さんにそのこと伝えた。

 

 送って行くときに「こぼさんかったか」と聞いたら、絢は僕の背中を思いっきり叩いてきた。

 戻ると、お母さんが「あの子は、素朴で、すれてないし、本当に可愛いわ モトシのお嫁さんになってくれたら、嬉しいのにね」

5-⑷
 僕達は、早い目に戻ってきた。僕は、家庭教師している子供達が、学校の始まる前に、冬休みの宿題を見てやなきゃと思っていたし、特に下の富美子ちゃんは、県下でも有名な私立の中学を受験するというから気になっている。

 年末に、訪れた時も、ふたりの成績は確実に上がっており、特に、富美子ちゃんは優秀だ。ご両親からも感謝されたが、その時に受験の話を聞かされていた。僕も、休みの間、ネットとかで試験内容の傾向とかを調べていたが、優秀な子ばかりが集まるし、問題は受験なんてことが、初めてであろう富美子ちゃんが、どう認識してくれるだろうかと考えていた。

「宿題出しなさい 全部できましたか」と、ふたりに言った。

「うん バッチリだよ」と幸一郎君が張り切って言ってきた。

「富美は去年のうちに終わったよ お兄ちゃんなんか、昨日までやっていたよ」

「つげ口するなよー 終わればいいんだよ」

「そうだよ 決められた時間内で終わればいいんだよ 早く、終わったんなら、その空いた時間をどう使うかなんだよ うまく使えば、そこで差をつけられるんだよ 富美子ちゃんはどうしてたかな」

「うーん ずっと遊んでた」

「そうか じゃぁ 1週間程、全然勉強してないんだ それも、あんまり良くない。でも、これから2か月とちょっと、頑張ろう。合格するんだろう?」

「うん 孝弘君も受けるから、一緒に行きたい」

「その孝弘君って、例の男の子? 好きなの?」

「うん だーい好き かっこ良いから」

 僕の中で、絢と一瞬重なった。どうしても、合格させてやりたいと思った。僕達は、中学の頃から離れていってしまったから・・。

5-⑸
 後期の試験が終わって、集中講義だけになったので、僕は、自動車学校に通い始めた。バイト第を貯めていたけど、足らないのでお母さんに頼み込んでいた。絢も一緒に通うことになった。

 富美子ちやんの試験のこともあったので、夜は殆ど教えに行くようにした。絢も、土日はお店に出ると言っていた。

「後、2か月しか一緒に居られないんだね。あっちでも、寮に入るの」
 
「うん 多分 慎二も寮だと思うから 2回生の間は寮で良いかなって思ってる」

 僕は、2回生になると、大学キャンパスが変わる。そんなに離れているわけではないが、隣の市に移ることになる。絢は、最近しきりに、そのことを聞いて来る。心の中で何かに焦っているのだろう。

「会えなくなるね 入学した時からわかってたんだけど ウチも海洋にすればよかったカナ」

「離れるったって、今とそんなに変わらんよ 電車で1本やん クラブでこっちにも来るし」

「でも、同んなじ授業ちゃうやん 昼休みなんかも会えへんやん」

「絢は子供達に教えるのが夢なんだろー しょうがないやん 良い先生をめざせよ」

「そうなんやけどな なんか寂しい」

「大丈夫だって 会いに来るよ 絢こそ、寂しいからって、他の男になびくんじゃあないぞ」

「なんでー ウチには男はモト君しかいてへんわー 今までやって、声掛けられても、知らんぷりしてたんやから」

「絢、そんなことあったんか」

「あー ちゃうって 例えばの話」

 実際、何回かあったんだろう。同じ、水泳部の川崎葵に聞いたこともあった。意外と、絢はストレートに断れないみたいだ。

「茜ちゃんと詩織ちゃんも言ってたよ 慎二君にもう会えないね って お昼休みの男探さなきゃって 慎二君、早く捕まえないと、二人とも逃げられちゃうよって言っといてね」」

「そんなこと言ってんのか 冷たいなぁー」

「女の子って そんなもんだよ 男がはっきりしないのなら・・」

「そうか とりあえず、言っとく でも、慎二は意外と理想高いからな」

 絢よ、友達とはいえ、あんまり立ち入るなょ お前の主義からすると違うだろう と僕は、ふと思った。

5-⑹
 富美子ちゃんの試験前日に、様子を見に行った。

「先生、私、駄目みたい。算数が間違い多くって こんなじゃ落っこちゃうよ」

「大丈夫だよ どんな間違いだったのかな」

 見ると、単純な計算ミスだ。僕が、早くやらなきゃなんないよ と言っていたのが、悪かったのか

「富美子ちゃん 落ち着いて、やればできるとこばっかりだよ 焦ると普段のことが出来なくなるんだよ 試験会場では、焦ってしまうんだ 富美子ちゃんは普段通りにやれば、絶対に出来る問題なんだから、落ち着いて 普通にやれば、絶対に時間は余るんだから、とにかく、焦っちゃだめだよ」

「うん わかっているんだけど」

「いいかい 普通にやれば、全部できるんだ 問題を見て、難しいなって思ったら、後にするんだ それでも、充分時間はある 仮に8割の問題できればいいんだよ 焦って、間違えば、点数低くなるだろう 気楽にやればいいんだよ」

「うん 少し安心したかな」

 僕は、絢から借りてきた 蝶々のお守りを富美子ちゃんに握らせて

「このお守りは、夢を叶えてくれるからね 持っていきなさい。試験前にこれを握り締めると落ち着くよ 自分に自信をくれるらしい でも、終わったら返してよ 大事なものだから」

「ありがとう 先生 明日、頑張るね」

「孝弘君と一緒に受かるといいね」

「うん 一緒に頑張る 先生、富美 受かったら、ご褒美ちょうだいよ」

 僕は、軽く言いよって応えていた。


 あのお守りは絢にどうしてもって頼み込んだんだ。何かで、富美子ちやんの自信を支えたかった。

「頼む ちょっとの間、貸してくれ 絶対に返すから」

「なんでー 何すんのよー おかしくない?」

「うん 富美子ちゃんの試験あるから貸してあげようと思って」

「なんで その富美子ちゃんに・・ 効き目ないわよ これは、私だけを助けてくれたの そんなに富美子ちゃんのこと気にしてるの」

「うん あの時の、絢みたいだから 絢の神通力も借りたいんだ どうしても合格させてやりたい 頼むよ」

「わかっった こんなんでも、受かるといいわね」

5-⑺
 3日後、富美子ちゃんから、合格の連絡があった。

「先生 受かったよ お母さんたちも、とても喜んでいるよ。ちゃんと先生にお礼言いなさいって。
ありがとうございます」

「そうか 良かったね 大丈夫だろうと思ってたけど、やっぱり、心配だったから 富美子ちゃんもよく頑張って、えらいぞ」

「先生 約束だよ ご褒美」

「うん そうだね 何が良いの?」

「ご褒美に 水族館に連れてって欲しいの 遠足でしか、行ったことないから」

「えっ 水族館か お母さんに聞いてみないとな 今度、行った時に聞いておくよ」


 お母さんは「うちはお店があるから、なかなか遊びに連れて行けなくて・・先生、お願いできたら・・ご迷惑じゃぁなかったら、この子も、どうしても先生と行きたいって、駄々こねて」と、言ってたから、今度の日曜に行くことになった。幸一郎君も一緒に行こうと、誘ったが、面白くないからって、断られたので、結局、富美子ちやんと二人きりになつた。絢には、ややこしいので、内緒だ。

 当日の朝、僕はむこうの家まで、迎えに行くことにした。富美子ちゃんは、もう、何時でも出れるように準備して、待っていた。

「先生、お休みのところすみません、こいつったら、昨日からはしゃいでしまって お弁当作って、ここに入れときましたから よろしくお願いします」

 と言って、富美子ちゃんのリュックを軽く叩いた。富美子ちゃんは、長めの髪の毛を両方におさげにしていて、野球帽をかぶっていた。ジーンの短パンにハイソックスだったけど、足が小学生の割には、長くて、おそらく、背が高くなっていくのだろう。

 駅前まで、路面電車で行って、バスに乗り継いだ。

「重いだろう 先生持つよ」

「大丈夫 お弁当とタオルぐらいしか入ってないから」

 と、言ってたけど、僕がリュックを上げてみると、結構重かった。水筒なんかも入っていたから、僕は、水筒だけ、抜いて、移した。

 水族館に着くと、ちょうどイルカショーが始まるところで、会場に行くと、もう沢山の人が居て、僕たちは、上の方にしか座れなかった。それでも、富美子ちゃんは、手を叩いて、「すごい」とか言って、感動していた。

 その後、ペンギンとかカワウソなんかを見てまわったけど、その度に「かわいい」とか言って、彼女は、無邪気にはしゃいでいた。園内は、あんまり、ゆっくりお弁当を食べるところが無くて、ショーの観覧席に座って、お弁当をひろげた。

「先生の彼女って、どんな人 きれい?」と、いきなりだった。

「うーん きれいかどうかわからないけど、かわいいよ 僕には」

「そう 私もかわいいかな?」

「富美子ちゃんもかわいいよ 明るいしね 男の子にも人気あるんじゃぁないの?」

「そんなことわかんない でも、先生はやさしいし、好きだよ」

「孝弘君を好きなんじゃあないの そういえば、彼も受かったの?」

「うん 受かったよ でも、今は先生の方が好きなんだよね」

「まぁ 中学になったら、変わって来るよ」と、僕は、焦ってはいたが、少しうれしい気持ちもあった。

 水槽の方を見に行った時

「先生 離れちゃうから、手つないでー」

 と、言ってきた。まだ小さな手だ。僕は、女の子と手をつなぐのは、二人目なんだ。でも、僕に妹が居たら、こんな感じなんだろうかと考えていた。

 例のサンゴの前にきたら、僕の足が止まった。やっぱり、じっくり見ていたい。

「富美子ちゃん、ずーと、あっちも見てきなさい 僕は、ここで、見ていたいんだ」

「やだ 迷子になるよ 先生のそばに居る」

「でも、色々見たいだろう こんな動かないもん、見ててもつまんないだろう」

「小さなお魚居るからきれいだよ こんな、かわいい子が独りでウロウロしてて、誘拐されたら、どうするのよ」

 脅迫され、僕は、サンゴの周りを、苦笑いしながら、観察を続けた。出来れば、水槽の中に入りたいぐらいだ。

「先生 マンボウさんって何でお尻無いの これから生えてくるの」

「いや あれは、逆に尾びれが無くなっていったんだ ふぐの仲間でね 進化していったんだと言われているんだ 他の魚に食べられないように、身体を大きくする為に、尾びれを失くしていったのかもね」

「大変だね お魚さんも・・勉強してるのかな」

 ぐるりと巡って、外に出てきて、ウツボの水槽の前に来た時

「何 これ 怖い」って、僕の腕にしがみついてきた。何匹も居たから、余計なんだろう。最後に変なものを見せてしまった。出てきて、彼女はあそこの先っぽに行きたいと、岬を指さした。絢との想い出の場所だ。

 まだ、西陽というには 太陽がギラギラしていて、かすんで地平線が遠くに見える。

「うわぁー 広いね 向こうまで、何にも無いよー 私の住んでいる所の近くに、こんなとこがあるなんて・・ あっ 先生 あれって、船だよね すごいね あんなとこ」

「うん 船だ 貨物船かもね」

「そーだよね どこ行くんかなぁー こっちじゃぁないよね 横浜かなぁ 先生 地球って、やっぱり丸いんだね 水平線が まあるく 見えるよ」

「そうだね 丸いんだ 富美子ちゃん 賢いね よく、気づいたね」

「うん でも、ここから見て、こんな風なんだから、地球って、そんなに大きくないんかなぁ」

「それは、僕も解らない」

 富美子ちゃんは、喜んでいた。連れてきて、良かった。帰り道、彼女は僕の腕を抱きかかえるようにして

「先生 私、とっても楽しかったわ 今までで初めてかも 良かった、先生とデート出来て 私にとって初めての男」

「そういう言い方はちょっと、おかしいと思うよ」

 彼女の胸の柔らかさを、僕は腕を通して感じて、意識してしまったのは、不純なんだろうか。絢がすねて口を曲げた顔が浮かんできた。富美子ちゃんはかわいいけど、絢への想いとは、違っていると、僕は自分に言い訳していた。

5-⑻
「今日の人、めっちゃ怖かった。いつも、間違っても、ニコッとして、ごめんなさいって言ったら、OKなんだけど、今日は、笑ってないで、もっと真剣にやりなさいって怒られちゃった」

 実習から降りてくるなり、僕に言ってきた。確かに、あの教官は厳しい。僕も怒られた。

「モト君、ウチにかまわず、先に行ってね ウチ、遅れそう」

「絢には珍しく弱気じゃん」

「うん ウチ、運動神経悪いから、ああいうの苦手やねん」

「まぁ それはそれで、そうなったときや」

「モト君 うち、まだ、相談あんねん」

「どうした 急に」

「藤沢のおじさんが、また、お店のポスターのモデルになってくれって、言ってきてんねん。去年から、お姉ちゃんのん、あかんよーになったやんかー それで、今年から、観光協会のポスターは桂川音海さんになったんや 人気あるらしい TVも出てるしな それまで、お姉ちゃんのが、人気あったんやけど、悔しいんやって ウチ、恥ずかしいからって、断ってたんやけど・・ お世話にもなってるしな どぉーうしょ思って・・」

「そんなこと、相談されてもなぁー それは、実家にまず相談やろー 僕は、絢が決めたら、反対しないよ お店の宣伝だろう もっと気楽にしてたらー」

「うん 藤沢のおじさんは、ウチのこと、本当の娘みたいに思ってくれてるから、おじさんの頼みなら良いかなって思うねん かつらも用意するって、言っていたしな」

「じゃあ やるだけ、やってみれば 桂川さんだって、実物と全然違うイメージやもんな 絢も変わるんだろうな それも、いいかも」

 絢は僕の手を両手で包み込んできて

「今月の末には、あっちに移るんやろーぅ もう、一緒に出来ることが無くなって行くね 中学に入った時も、そんなんやったわ あの時、だんだん離れてしまって・・ 」

「どうしたん 絢 違うこと勉強するんやから、しょーがないやん 今は、いつもメールもしているし、それに・・絢と、もう・・絢のこと好きだから、大丈夫」

「ちゃんと 掴まえといてな ウチも、離れへんから・・」 

第六章

6-⑴
 4月になって、水泳部の4日間の合宿があった。水泳に打ち込めるのも、今年が最後と思ってたので、大学対抗で上位に入れるよう、僕は力を入れて練習しているのだが、慎二には、いつもかなわない。素質が無いのかもしれないと、思い始めていた。

 食事は、朝昼晩と潮食堂だ。相変わらず親父さんは、「食べろ 食べて力つけろよ」とたんまりと出してくれていた。ある夜、晩御飯のあと、慎二と美波が揃って、合宿所とは違う方に歩いて行った。普段は、言い合うことが多いけど、結局、二人は気が合うのだろう。二人とも、我がクラブのエースなんだから。

 今年の入学式には、僕らは勧誘する側だった。相変わらず、慎二は女の子中心に声を掛け、それも、もっぱら、かわいい子を狙っていた。自然と女子達は男の子に声を掛けていたが、もともと水泳部は、あんまり人気が良くないのだ。あんまり、足を止めてくれない。

 少し、離れた所で合気道部の連中も居て、絢もしきりに声を掛けている。さっきから、何人かの女の子が足を止めて、説明を聞いているみたいだ。あの道着姿にも憧れみたいなものがあるみたい。全体的に、体育系はあんまり人気がないみたいで、文科系は写真パネルなんかも掲示していて、足を止めて見ている者が多い。あの吉川すずりの居る天文部なんかも、派手に飾っているからか、人気がある。彼女を久しぶりに見たが、化粧をしているのか、眼元もくっきりして、前よりもきれいになっていた。

「美波先輩」と大きな声がした。元気そうな女の子が、美波に駆け寄ってきた。美波も

「美咲ちゃん 久しぶりー こっちへ来たのー 県立に行くって聞いてたから」

「先輩 保健体育で受かっちゃった あこがれの先輩と一緒の方がいいもの」

「そう言ってもらえると、うれしいぃー 又、一緒に、競えるね でも、もう美咲ちゃんに負けるかもね」

 美波は、バタフライと自由形なんだけど、高校の時の県大会では、ずーとトップだったらしい。その時、違う学校で1つ下なんだけど、自由形でいつも2位で、美波を追いかけていたのが、高橋美咲だという。だから、美波に憧れ続けているらしい。去年の大学対抗の大会では、1年ながら、美波は2種目で優勝しているから、今年は1位2位かもしれない。

6-⑵
 新学期が始まって、絢とはあまり会えなくなっていた。週に一度、土曜日、家庭教師のバイトを夜7時に終えるようにして、絢も店が7時までなので、その後会うようにした。キャンパスが離れてしまったので、家庭教師も断ったのだが、成績が上がってきたので、幸一郎君も高校から、私立に入れたいから何とかお願いしますと頼み込まれた。それで、週1回で良ければと、クラブの練習の後、勉強を見るようすれば、その後、絢とも会えると思ったのだ。

 4月になって初めて、訪れた時、富美子ちゃんが制服姿で出てきた

「どう 先生に見て欲しくて かわいいでしょ」

 目の前で、くるっと回って見せた。ジャンパースカートにブレザーだ。サイズが大きめなんだろうな。ちょっと長い。でも、今までの幼さは消えていた。

「かわいいよ 良かったね」と言ったが、絢も確かジャンパースカートだったはず、彼女の場合は襟元がリボンだったので、もう少し、可愛く見えた。

「今年は、幸一郎君が受験の年で、高校だけど同じ学校を合格しなきゃなんないんだ。だから、幸一郎君を重点的に見るので、富美子ちゃんの方は、あんまりかまえないかも知れない。もちろん、解らないとことかあったら、聞いてくれれば良いけどね。君はかしこいから、解るよね。自分で勉強してゆくんだよ」

「えぇー つまんないよー でも、側に居てもいいんでしょ」と不満そうだったが、この子は自分でどんどん勉強していくので、大丈夫だろうと思っている。

「先生、ご飯食べてってよー 今日は、寮で出ないんだろー」と、ありがたいんだけど、絢を待たせる訳にいかないので、急いで食べて、待ち合わせ場所に向かった。

 繁華街にある中央公園で待ち合わせしたんだけど、まだ、絢は来てなかった。土曜日のこともあって、何組かのグループが居て、歓声があがっている。新人の歓迎会の季節なんだろうな、僕らのクラブもそのうちやるだろう。

 絢が小走りでやって来るのが、見える。ゆったりとしたサロペットパンツで、長い髪の毛を両側に分けるようにして、いつものように結んでなくて、少し変えていた。

「そんなに焦ってこないでもいいのに 転んだら、どーすんねん」

「でも、遅れたら悪いやん 早よ、会いたいし・・」

「僕は向こうでご飯食べてきたんだ、絢、まだだよね」

「ウチはええでー 帰ったら何かあるしー その辺で、コーヒーでもこおて、座ってよーぅ」

 石畳みの商店街を少し歩いて、コーヒーを買って、途中にある公園で、座って話すことにした。

「ポスター出来てん 駅とか観光地にもう貼ってあるそうなんや まだ、見てないよねー」

「そーなんか もう貼ってあるん うまく、撮れてるんか?」

「うん すごいよー みんな可愛いの これ、自分なのかなぁーって いろんなとこで撮ったんだよ 3枚あるんよ」

「そうか 可愛いかもな」

「あんまり興味ないんだ モト君」

 帰り道は、歩いても、そんなに遠くないし、送って行くことにした。

「近いから、いいよ もう、ここで」と、絢は言ったけど

「いいよ 僕は、明日休みだし、独りじゃ心配やから あのさー いやらしい意味ちゃうねんけど、絢、胸 大きくなったんちゃう?」

「やだ 気づいたぁ この前、撮影の時、私小さいから、こっちのブラにしなさいって言われたの そしたら、大きく見えるんよね 今、それしてるの モト君、大きい方が好き?」

「いや 別にー そのまんまの絢が好きだよ」
 
 僕達は、お城沿いを歩いていたんだけど、つないでいた手を、僕の腕に組みなおして、絢が「こっち」と言って、お城の公園の中を通る道に引っ張った。少し、遠まわりになるんだけど・・。


 少し、暗い所には、カップルが何組がいたんだけど、絢は

「お願い 思いっきり強く抱きしめて ほしい」とポツリと言ってきた

6-⑶
 日曜日、僕は休みだったので、駅に向かった。慎二がしつこく聞いてきた

「どこ行くの 今日、晩飯、川村先輩のとこで食うから来いよなぁ どこ行くんだよ」

 でも、バイク貸してくれというと、直ぐに鍵を渡してくれた。慎二は去年の夏に免許を取って、直ぐに、中古の原付を手に入れていたのだ。

 駅の構内を探すと、あった。絢のポスターだ。みどりの窓口の入り口に、あふれおちる滝の前で、透き通った青い水に足を入れて、赤いワンピース姿の絢が天を仰いでいる。かつらなんだろうか、髪の毛が短い。絢の横顔が妖精のように透き通っている。下の方に「海産物は 藤や商店」の文字が書かれていて、絢の姿を邪魔していない。

 観光案内所の前にも貼ってあった。観光協会のポスターに並んで、こちらは「藤や商店」のが2枚並べてあった。お城をバックにお店の着物らしきものを着て、頭巾で微笑んでいる。爽やかだ。確かに、瞬間は絢とは思えない、目元もくっきりして、眉も書いていて、化粧のせいか、美人だ。隣に並んで、桂川音海の観光協会のもあるが、好みかも知れない。どっちが美人かと聞かれても・・。 

 もう1枚も、夕焼けを背に砂浜で、裸足の白いフレァーのワンピース姿が胸を反らすようにして、片足を後ろに振り上げるようにして飛び跳ねている。後ろに風になびく長い髪の毛、ツンと上を向いた乳房、スカートから夕陽に透けて見えるような、細い腰、まあるいお尻から伸びた細い脚。見事なシルエットで幻想的だ。でも、逆光なので絢とはわからない。下の方に、こんどは、小さく「海産物は 藤や商店」と書かれているだけのものだ。衝撃的なポスターなんだろう。

 僕は、感動というか、ショックだった。絢という人間を知らなかったとしても、あのポスターを見て、ひとめぼれしてしまっているかも・・。昨日、僕が、確かに、抱きしめていた娘は妖精のようだったのかも。それに、あのキャンプの時に見た絢の裸像と砂浜でのシルエットが重なって、妙な妄想が湧き上がってきていた。

 ぼくは、絢の顔を見たくなって、お店の方に行ってみた。離れて見ていると、丁度、絢は試食の何かを持って、老夫婦に勧めていた。笑顔が可愛い。何か、ストーカーって、こんなんかなって思って、その場を離れた。

 寮に戻ると、まだ、慎二は居て、洗濯をしていた。

「おぉ そろそろ、出る頃だつたんだ。買い物をしようと思ってな 付き合えよ」

「バイクありがとう 助かったよ」

「うん 絢ちやんにでも会いに行ってたのかー 今日は、焼きそばとコロッケにしようと思ってな もう洗濯終わるから、待ってな」

 先輩のアパートはキャンパスから歩いて10分位だけど、スーパーに寄って行くと20分位かかった。慎二は飲むからとバイクを置いてきている。2階建ての古い建物で、その1階で、小さな炊事場とベッドと勉強机を置いたら、座るスペースも4人が精一杯の部屋だった。窓の外は畑が広がるので、陽当たりは悪くない。

 それでも、慎二は早速焼きそばの準備を始め、先輩2人と僕は、コロッケで飲み始めた。慎二もコロッケをかじりなから、鼻歌交じりに、野菜を切ったりしている。本当に何でも、器用にこなす奴だ。おまけに、その焼きそばも、みんながうまいと言っていたから、不思議だ。

 最初は講義の話だったけど、結局、女の子の話になって、このキャンパスには海洋学部の生徒しかいないので、先輩連中は他の女子大の女の子と合コンをよくしているらしい。うちの海洋にはブスばっかで、かわいいのは居ないと言っていた。

 あっちの学祭なんかに行くと、結構もてはやされ、実際、付き合い始めた先輩もいるらしい。僕と、慎二も興味なくて、適当に相槌をうって、食べて、飲んでいるだけだった。慎二も、興味ないのか・・ 不思議な男だ。

6-⑷
 慎二が缶ビールを下げてきて

「モトシ ちょっと付き合えよ 表で飲もうぜ」

 僕らは、構内にある水が出ていない噴水の縁に座って、始めた。

「俺な 美波と付き合おうと思っているんだ。ただな、あいつには、全然、性的なものは感じないんだけど、一緒に居ると気が楽なんだよ。今まで、そんなんじゃぁ悪いかなって、思っていたんだけど、告白されてな」

「それは、わかる気がするけど・・返事したのか?」

「いや 誤魔化した モトシ、どう思う? 女を感じないなんて、言われたら、あいつ、傷つくやろー
 だから、どう言えば良いかなって、迷ってる。 普通に付き合う分には良いんだけど、向こうにしたら、男と女の間で、手も出さない訳にいかないやろー」

「うーん どうかな 美波も一応、女の子だからなぁー 意識するやろな でも、あいつの場合、想像つかんけどな でも、女らしいところもあるけどー」

「そうかー 俺の頭中では、女じゃ無いんだよ」

「でも、美波は今まで見てきた男の中で、慎二に告白までしたっていうのは、よっぽど、慎二に何かを感じているんだろうよ。詩織ちゃんも、お前のこと、気になっているって、知ってる? あのさー、前から、ちょっと気になってるんだけど、女に対して何かあるのかー? 何か、女にもてる割には、控え目だよな」

「そんなことないよー 色んな女の子のこと、直ぐに好きになるよ」

「うそつけー 言うだけやんか 最初、僕もこいつはチャラチャラしてるなって思ったけど、違うよな 無理やり、言うだけ 何かあるやろー」

「モトシに秘密持ちたくないから、話すけどな 俺は、好きな女性がいる。高校の1年先輩でな、告白したんやけど、相手にされなかってな、向こうには、もう好きな男がいたんや。相手は社会人でな、彼女、大学に入学して、直ぐに同棲したんだけど、半年ぐらいで捨てられてな。その時には、妊娠していたんだ。彼女は、同棲した時に、家から勘当されてて、男にも言わず、自分で育てると言っていたんだ。でも、今でも、俺はその人のことが忘れられないんだ。女神みたいに思っている」

「慎二が惚れるんだから、素敵な人なんだろうな 今でもなんか?」

「うん 今でもな 綺麗でな、誰に対しても、笑顔で優しくて・・俺が、告白した時も、「ごめんなさい、本当にごめんなさい、こんな私でも、ありがとうございます」と謝ってくれてな」

「なんで、そんな人がひどい男と一緒になったんだ」

「彼女が、3年生の時付き合いだして、やられちまったみたいで、そのままずるずると言う感じらしい 相手が大人だと思って、魅かれたんだろうな 自分でも見る目がなかったと言っていた」

「女って、思い詰めるとつめると怖いな」

「で、まだあるんだ。俺が、3年の夏だった。彼女のアパート訪ねたんだ。近所のスーパーでバイトしてるって言ってたけど、あの美人がやつれててな。誘ってくれてな、これぐらいしか、あげるものないからって。俺、初めてだったから、直ぐに、中で終わってしまって」

「したのかー それが想い出になってるんか」

「そーなんだ 去年の夏も訪ねたんだけど、会えなくて、正月にも行ってみたんだ。彼女はアパートに居て、迎え入れてくれたんだ。なんとか、やっているって言ってた。前みたいに綺麗で・・俺、金に苦労してるだろうなって、バイト代持ってたんだけど、叱られた。「貰う筋合い無い」ってな。けれど「本当に私のこと思ってくれているから」って、抱かしてくれた。今度は、いろいろと扱い方を教えてくれて、夢心地だったよ。俺は、卒業したら、結婚して欲しいって言ったんだけど「私は100%全力で、この子を育てるの。父親は要らない。今のは、入学祝い。貴方は、こんな使い古しじゃぁ無くて、もっと理想の女の子見つけなさい。ちゃんと卒業しなさいよ。もう、今日限りで会いに来ないで」と言われたんだ」

「慎二、なんか、すごい経験してるんだなぁー だから、人の気持ちを考えてくれるんだ」

「そんなことないけど 彼女の気持ちを考えると、もう、これ以上、踏み込めないなって思った。もう、忘れようと、努力する」

「うん 僕には、よく解らないけど、その人の生活は僕らとは、次元が違うと思う。もう、無理だよ 話てくれて、ありがとう、慎二」

「こんなこと、お前にしか話せないよ すっきりしたよ お前も隠し事するなよ」

「僕は、なんにもないよ」

「俺、駅弁の配達のバイトしてるだろ 藤や商店って、確か絢ちゃんの知り合いだろう?」

「わかった 慎二の言いたいのは あれは隠しているんじゃあなくて、絢の内緒事なんだ」

「やっぱりか 似てるなって思ってたけど 内緒なんか 解ったよ でも、あんな子が近くに居たなんてなー」

 それより、美波のことは、どうすんだよー

6-⑸
 教育の専門授業の後、茜ちゃんが

「あのポスター 絢じゃあないの」とポツンと言ってきた。

 ああ、やっぱりばれちゃうかと、思って、その場に詩織ちゃんもいたので

「やっぱり、わかっちゃうか 茜、詩織 お願いがあるの」

「あのねぇー いつも、一緒にいるし 絢が藤や商店の子だって知っているし、直ぐに、絢だってわかったわよ」

「そーだよね でも、藤や商店のこと、茜と詩織にしか言って無いんだ だから、他の人はわからないとと思う お願い黙っててほしいの 私、お世話になっているから、頼まれて・・」

「そーだね あんな可愛く映っているし 私だからピンときたのかも」

「茜 私だって、そのままで、充分可愛いと思うけど、騒がれるの嫌なんだ お願い、黙ってて、詩織もお願い」

 詩織ちゃんは、訳わからないまま「うん」と言ったけど、茜ちやんは、私の頭をコツンとして

「絢の可愛さじゃあねぇ、あの人はきれいだもん。比べもんなんないから、他の人が見たら、結びつかないものね わかったよ、黙ってる」

「そうなの そんな可愛いのー 茜 何処で見たの 私も見に行く でも、絢は、ばれるの嫌なんだね」と詩織ちゃんも

「うん お願い モト君もあんまり、いい風に思ってないみたいだし・・」

「絢 白い服のやつ 下になんにも着てないの?」

「ううん 着てるよー でも、身体の線、そのまま出てるねー」

 でも、実際は、パンティは穿かないでって言われた。ブラは胸を強調するから、カップ付きを着けろって言われて、「そんなの聞いてない 恥ずかしい」って、言ったんだけど、そのまま流されてしまったんだった。

「きれいよ とっても 絢、あんなに胸あったっけ」と、茜ちゃんは疑っていた。

「あるよー 茜よりは」

「そーでもないよー この貧乳」と、詩織ちゃんが、いきなり触ってきた。私が、一番気にしていることを・・。

「モトシ君、知ってんの ポスターのこと」

「ポスターを撮るんだってことは、知ってるんだけど 見たかどうか知らない」

「ふーん 気になんない訳ないじゃぁない 絢だって、見て欲しいんでしょ あんなにきれいなの」

「絢 もしかして、まだ、モトシ君としてないのー」と、詩織ちゃんが、ドキッとすること聞いてきた

「うん ウチ等、そんなこと・・」

「えー ほんとうに、絢はそういうこと、純なんだね あんなに仲いいのにー」

「詩織 もう、したのー」

「ううん 彼氏も居ないのに―」

「なんなの もう、経験あるみたいにー」

「あはー 絢に教えてもらおうと思ってさ」

「あきれるわー そういうの 茜は?」

「まだに決まっているやん 相手も居ないのに」

「私等 何を話し合っているん お昼休みに一緒する男、探さなきゃ 教育の男はもう駄目だからね 理工の男でも探す?」と、詩織が言っていた。そういうのは、貪欲だ。

6-⑹
 私は、お姉ちゃんとダイニングで晩御飯を食べていた。おじさんとおばさんは、奥の座敷で、飲みながら食事をしている。私が、ここに来てから、こんな感じになっていた。

 食べ終わったら、たまにはお話したいからって、こっちへ来て欲しいって、言われていた。お姉ちゃんに

「何か、話あるんかな 叱られるんだろうか?」

「叱られるようなことやったの? 私、何の話かなんとなく予想つくけど」

「何? 教えてー」

「まぁ 心配するようなことじゃぁないと思うよ 私、洗い物しておくから、先に行きなさいよ」

 私、おじさんの向かいに座ったんだけど

「もっと、そばに、こっちに座りんさい」と、おじさん、隣を指さした。

「もう、飲めるんだろう」とグラスを置いたけど

「いえ 私 まだ」と、少し、遠慮した。

「そうか 学生は飲み会なんかも多いんだろう」と言って、おばさんに同意を求めているようだった。

「まぁ 話ってのはな あのポスターの出来栄えが、思っていたより良かった。ごっつう、店の宣伝になって、絢に感謝しちょるよ。反響もあってな あの時のカメラマンも、モデルにもう一度、お願いしたいから、連絡とってくれって言ってきた。絢の素性は誰にも言ちょらんからな。今日、新聞社からも、誰だか教えてくれって、言ってきた。取材したいそうだ。もちろん、絢との約束だから、漏らしちょらんし、店のみんなにも、絶対に秘密にしろって言ってある」

「すみません ご迷惑お掛けしてしまって」

「絢ちゃん そんな他人行儀な言い方よしなさいよ もともと、この人の我儘なんだからね」

「うん 気にせんでええがな それと、土曜か日曜のどっちか、店を休みなさい デートもあるやろ これから、勉強する時間も増えるやろ」

「ええ 大丈夫です 彼も忙しいから 相談してみます」

「どう 喧嘩しない?」っておばさんが聞いてきた。その時、お姉ちゃんが来て

「ぜんぜん 大丈夫よ 仲良くて、ラブラブよ 土曜の夜は、いつもデートしてるみたいよ」

「お姉ちゃん なんで、知ってるの」

「わかるわよー 土曜日は、ちょっと帰り遅いし 私、見たんだよ 近くまで、送ってもらって、ふたり寄り添って、絢なんか腕組んじゃって」と言いながら、ビールを自分で継いで、私にも継いできた

「白状しなさいよ 彼があっち行っちゃって、寂しいのわかる うん」と

6-⑺
 4月の末、新入部員の歓迎会を行った。今年は、慎二が頑張ったせいか、女子4人、男子2人が入部していた。女子のうち2人は、完全に慎二がうまく言って誘い込んだ未経験者だ。教育学部の仲のいい二人組らしい。

 当然、入学式の時に声を掛けてきていた高野美咲も居た。美波の横に座って話込んでいる。その隣には、長崎宏美、手足が長くて背の高い女の子で、背泳ぎなんだけれど、こっちも高校の時に、県下では上位の成績だったらしい。

 慎二は、自分が誘った二人の横で、面白おかしく講義の先生の話をしていた。このふたりも確かに手足が長く、高校の時は、軟式テニスをやっていたというけど、慎二の話に魔がさして入部したと言っていた。

 そんな様子を、横目でチラチラと気にしている美波を、僕は見た。あれから、僕は慎二に美波のことについての結果を聞いていなかった。僕自身も、この時は、まだ慎二という人間をよく理解できていなかった。

 3年の先輩は6人居るけれど、実力的に慎二と美波のふたりがスバ抜けているものだから、この二人にクラブは引っ張られている。4年生はもう出てこない。葵と僕は、そんな先輩の間を継いでまわったりしていた。葵は、彼氏募集中ということらしいが、まだ、居ない。割ときれいだし、性格も明るくていい子なんだけど・・。隣の部屋は、今年はバレーボール部で、男子女子合同だから、盛り上がっている。何の調子か、時折、歓声が聞こえてくる。

 この時、突然、慎二が

「みんな聞いてくれ、俺は、バタフライに絞って、今年、ジャパンオープンに挑戦しようと思ってるんだ。美波と一緒に。
それで、大学対抗で弾みをつけて、前期の試験があって、日程厳しいが、国公立大学選手権にも行くつもりだ」

「私、そんなこと聞いてないわよ」

「すまん 美波にはこれから話そうと思ってた」

「なによ それっ この人はね 良い奴なんだけど、調子いいから、そのつもりで相手しとかなきゃダメよ」と、慎二のとなりの女の子ふたりに向かって言っていた。

今年の部長の 碧みどり先輩が

「慎二君はチャラ男ぽいけど、実行力あるし、結構、信頼できるよ」と、持ち上げていた。彼女は、水泳部で初めての女性部長に、押されてなったんだ。僕等4人とも、彼女を押した。

「慎二先輩って、やさしいんですよ 部長が居ない時、私等にかまってくれて、親切に教えてくれていますよ」と、中河原舞野が、慎二に寄り添うように言ってきた。

「慎二は、ダメよ 去年まで、会館のカフェでも平気で、女の子だけのテーブルに寄って行って、話しかけて、知り合いになったりして、顔広いんだから 不思議と教育学部の間でも人気あるんだよね でも、本人がそれ以上近づかないんだから」と、葵が責めるような言い方をしていた。

「葵 そんな言い方ないだろー 可愛い顔して、 同期の仲じゃあないか」

「その言い方がチャラくて、騙されるんだよね 私は、慣れたけど」と、笑いながら、葵も少し酔ってきているみたいだ。

「葵ちゃん 平泳ぎ、頑張ってね 顧問の菅原先生が言っていたんだけど、今年の大学対抗にメドレーリレーを提案しているんだって 今年は、宏美ちゃんが入って、葵ちゃんが平泳ぎにまわつて、美咲ちゃんも伸びるだろうし、そうしたら、美波が自由形で私より早ければ、その4人でトップに立てるって 男子も慎二君が引っ張ってくれるだろうし」と、碧先輩が切り出したけど

「部長 私 バタフライで ずーとやってきているし」

「わかっているわよ でも、美波ちやん、自由形も私と変わらないじゃあない とにかく、3人で競い合って、一番いいメンバーで リレーだから相性もあるしね 美咲には個人に専念してもらうかも知れないし 総得点で優勝したいって言ってたわよ 先生」

「あの先生 普段は何にも言わないくせして、そんなこと考えてるんだ じゃぁ、ここに出てきて、みんなに言えばいいのにね」

「そーだよね でも、今年、美咲ちゃんと宏美ちゃんが入ったので、火が着いちゃったみたい」

「美波 頑張ってみようよ 私も頑張るから」と葵が、美波に向かって言った

「そうだよね 頑張って、やってみるか」と美波は言っていたけど、男子からは声が出なかった。慎二以外は自信ないんだから。 

6-⑻
 歓迎会が終わって、慎二、それに葵と3人で別の居酒屋に居た。美波は方向が違うので、さっき別れたとこだ。

「葵 今のままで良いのか お前、背泳ぎやってきたんだろ」と僕は葵に聞いた。

「いいと思ってる 宏美ちゃんの方が早いし、私、平泳ぎの方が合っているかも 黒沢先輩が教えてくれて、どんどんタイムが伸びてきているし 菅原先生と部長が考えてのことだから、私、信じています」

「お前 すごいね 惚れ直してしまうね」

「もう 慎二は口ばっかりなんだから」と、慎二の肩を叩いていた。

「僕も、葵は魅力的だと思うよ」

「あら 浮気したら本町さんに叱られるよ」

「いや それとは、別だよ」

「そーだよね 私、二人とも好きだけど、なんか違うなって気がする どうって、わかんないけど」

 葵は、けっこう飲んでいて、少し、酔ってはいるが、酒に強いみたいで、それ以上は乱れない。僕等の寮に近いので、慎二と送っていったのだけど

「私ね、共学だったけど、男だなって、意識したの、二人が初めてなんだよ 私、本当は、男を信じていないんだよね」と別れ際に言っていた。

 帰り道、慎二から美波のとのこと切り出した。

「報告遅れて、すまなかった。美波には、全て話した。でも、女として見られないということは、言えなかった。しばらくは、女と付き合いたくないと話した。普通の友達としては、付き合ってくれと言っておいた。今の正直な思いだ。ずるいようだけど、これが結論だ どう思う?」

「無理やり、決めることでもないし、それでいいんじゃあないか」

「まだ、こころの何処かで、あの人を忘れられないで居るんだよな 俺ってしつこいかなぁ」

「そんな風に言うのは止めろって 慎二らしくない 真剣だったんなら、当たり前やろう 前向きに行こうぜ」

「そんな風に言われると助かるな」

 寮に着いた時

「モトシ 明日から、又、バンバン行こうぜ」と言ってきた。

6-⑼
 5月連休の最後の日 絢に誘われて、海辺に来ていた。市内から電車で1時間程のところ。小さな海浜公園になっているみたいだけど、砂浜以外は何にも無い。何故、こんなところに絢は行きたいと言ったのかな。

 入口の駐車場には、黒いワンボックスが1台停まっているきりだった。防波堤を下りて行くと、砂浜に青い海が果てしなく広がっていた。小さなテントと、側に座っている大きな麦わら帽子の女の人が見えた。その向こうの波打ち際では、小さな女の子と男の子を遊ばしている若そうなパパらしき人が居た。浜には、その家族だけで、他には人の姿が見えない。子供達の声だけが聞こえてくる。

 絢はサロペットのミニのワンピースで、白いジーン生地から伸びている脚も、透き通るように白かつた。麦わら帽に長めのソックス、スニーカーなんだけども、陽ざしも強いので

「陽ざし、大丈夫か 木陰もないぞ」と、僕は絢に気遣った

「うん 日焼け止め塗ってきたし 大丈夫だと思う それに、曇っていると困るんだぁ あの辺に行って座ろー」と、僕を引っ張って行って、シートを広げた。

 ラップに来るんだ海苔を取り出して、白いおにぎりを包んで、差し出しながら

「ごめんね ウチ 三角に握られへんね」と、それは丸かった

「そんなん 丸でも三角でも、一緒やん この卵巻き、少し甘くて 僕は絢の作るコレ好きなんや」

「そーなん ウチなぁ いつも、甘すぎるかなって、思ってたんや 良かった」

「おにぎりだって、いつも、おいしいと思うよ 全部、おいしい まずいって思ったこともないよ この味付き肉の網焼きなんかサイコー」

 絢がフリスビーも持ってきたというので、二人で遊んだりして、暑いからって、近くにあった喫茶店で休むことにした。もう、太陽がオレンジ色になりかけていた。

 絢が着替えると言ってトイレに行き、出てきたときには、白いフレァーなワンピースに変わっていた。結んでいた髪の毛も留めていなかった。戸惑う僕を連れて、再び、砂浜に戻っていった。もう、あの家族連れも居なかった。

 浜辺に着くと、絢は帽子を僕に持っててと言って、靴を脱いだかと思うと

「誰もおれへんな、よしっ モト君はそこで見ててね」と、波打ち際に走って行った。

 沈んでいく夕陽を背に、絢は舞うように色んなポーズを取って見せていた。僕には、絢の肢体がシルエットとなって、きれいに見えていた。長い髪の毛も風になびいて美しい。最後に、あのポスターと同じポーズで飛び跳ねるようにして見せてから、走って戻ってきて

「ちゃんと見ていてくれた? 恥ずかしいんだからね」と、夕陽に照らされてか、顔がすごく光っていた。

「海の方見ててな こっち見やんとってな」と防波堤の際に行って、着替え始めた。戻ってきたときは、又、来た時の服に着替えていて

「ごめんな さっきまで、下を穿いてへんかってん」と、サラッと言ってたが、それを先に言えよと思った。

「すごく、きれいかったよ 感動的」

「きれいかった? ウチな 撮影の時、みんなに見られてな、彼氏のモト君にも見せてへんのにって、ずーと おかしいなって思っててん そやからな でも、あの服って、透けて見えるかも知れへんしな エヘッ」

 帰り際、絢は防波堤の下で、抱き着いて、キスをしてきた

「初めて、キスしてくれた記念日なんだよ 今日は」

6-⑽
「あかんかった 縮こまってしもてな、手足もバラバラで、普段の力も出せないし、予選でボロボロや」

 と、慎二はガックリしていた。僕、どう返したらいいのか、わからなかったが

「慎二でも駄目なんならしょうがないやん 初めてやしなぁ」

「やっぱり 中央の奴は強いよ コーチも付いているしな こんな田舎で独りでやっててもダメなんや」

「その差は大きいけどな でも、コーチ居なくても、精一杯やろうぜ」

「でもな、モトシ 去年の大学対抗には、確か、出てなかった奴が、決勝に行ったんだ 大学対抗なんか相手にしてないんだ 俺も勝って、調子に乗ってたけど、上の奴ってそんなもんなんだと思ってな」

「そんなことがあったのか でも、仕方ないよ 試合数多いから、絞っただけだよ そんなこと、気にするなよ 僕等は大学のためにも頑張ろうぜ」

「そーだよな でも、国公立選手権は止めとくよ 試験の直ぐあとだし、美波にも負担掛けるの悪いし」

「美波はどうだったんだ?」

「うん あいつは、頑張った 決勝に行くのも、もう少しだったんだけどな あいつも、高校の時にこの辺りじゃぁトップだったんだけど、その時に負けたことのない奴が、東京の大学に行って、今回決勝まで残ってたんだ あいつなりにショックだったと思うよ でも、そんなこと全然気にしてない素振りして、もともと私は、慎二が落ち込んだ時の付き添いで来たんだからってな サバサバしてみせて あんなこと、打ち明けた俺に対しても そういう気遣いって、女の子感じるんだよ」

- - - - - - - - - - ☆ ☆ ☆ - - - - - - - - - -
 試合間近の日、追い込みで、夕方、僕と慎二は本部のプールで練習していた。すると、プールサイドの端っこで、女の子3人が 「負けるな! しんじ」と書かれた模造紙を掲げ出した。絢、茜、詩織の3人組だ。「がんばれ! しんじー」と声あげている。

 碧先輩が「何よあれっ」って言ったかと思うと、慎二は、遅れて、手を振って「何だか、ドラマみたいだな」って言っていたが

「だから あんたはチャライんだよ」と、葵がバスタオルを慎二に投げつけていた。

「葵って こんなに怖かったったっけ」と、慎二が言っていたけど、後ろで美波が「ばーか」と小さく言っていた。新人の女の子2人は「慎二先輩って人気あるんですね」と僕に話しかけてきたが「そーなんだよね」としか答えようがなかった。

 僕が、絢に慎二が、少し心配だと話していたから、元気をつけにきたのだろう。慎二も張り切って、バタフライに専念し、僕達も試合に向かって、順調に調整していった。


 メドレーリレーは他の大学が、メンバー揃わないとかで中止になった。碧先輩、慎二は優勝したが、美波は200mは取ったが、100mではタッチの差で美咲だった。葵、長崎宏美、そして僕は2位だった。総合的にも、うちの大学は2位に終わった。でも、去年は3位だったので、頑張った方かも知れない。

第七章

7-⑴
 試験が終わって、僕はスパゲティの店で絢と会っていた。久しぶりだった。

「松田さんとこ、行くんだよね。花火、一緒に行ってくれるんだよね」

「うん 間に合うように、帰って来る。 今年は、新人の女の子4人も行くんだ」

「男の子は行かないの?」

「なんだか、行かないって言っていた。僕と慎二だけだよ」

「モテモテだね 囲まれて 川崎葵さんも行くんでしょー ウチな 危険感じるねん モト君、あの子って、タイプやろー ウチって勝手に、嫉妬深いよね でも、魔がさしたら、嫌やでー」

「そんなことないよ 何を言い出すねん」と、言ったけど、確かに雰囲気とか芯が強そうなのも絢に似ていて、悪い感じはしていない。

「今年はね、茜と詩織が京都行ってみたいねんてっ だから、大文字に合わせて来るって話になってんねんけど どう?」

「どうって いいんじゃないの 別にぼくは」

「だからー 16日に一緒に帰ろうと思っているんやけど モト君に相談せんとな」

「僕のことは、気にせんでいいよ 適当に帰るから」

「ちゃうねん 一緒に帰ってほしいの!」

「そういうことか じゃぁ 切符は絢にまかしていいか」

「OK 16日ね ウチ等、道頓堀でたこ焼き食べて、天満の川沿いのカフェ行くんだよ」

「僕は、先に帰るよ そんな・・・女の子同士の方が楽しいだろうから」

「ごめんね 勝手ばっかりで」と、青いタオルを渡してきながら

「これ 今治のやから、肌触りええでー 使って」

「いや 僕も、絢を置いて、出掛けるんだから 気にすんなよ」
 
 僕は、大文字の夜のことも、誘われたら、うっとおしいなって思ってた。3人も女の子の面倒見るなんて・・。慎二が頭に浮かんだが、多分、あのことがあって、直ぐだから、あいつは帰らないんだろうな。

7-⑵
 僕たちは、ビーチボールで遊んでいた。去年もきた砂浜だが、人は居ない。さすがに水着姿の女の子が6人も居るのだから、カラフルで華やかだ。

 慎二と美波は浮き輪に並んで海に入っていた。といっても、みんなもそれぞれ入っているんだが。突然、囲まれて、僕は海に沈められようとした。なんだか、もがいて、逃げようとする1人を捕まえて、沈めようとした時、胸をつかんでしまった。宏美だった。「ごめん」と言ったが「べつに、いいんです」とつぶやくように返してきた。こんな感触、初めてなんだ。

 長いこと、海に入っていた二人が帰ってきて

「いやー 今年は胸も触れなかったよ」と慎二から言ってきた

「ばーか いくじないんだから もう、去年より柔らかくなっているのに」と、美波も負けじと返していた。

 女の子達が、波打ち際で砂のお城とか作っていた時、話があるとかで、僕と慎二は並んで座ってたんだけど

「実はな、さっき美波と新しい部長の話をしていてな。碧先輩は就活をしたいんで、9月の合宿から交代したいって言ってた。碧先輩から内々で、俺にと言ってきたんだけど、俺よりも、美波の方が、みんなに気配りが出来ると思ってな。美波にどうかと聞いていたんだ。碧先輩は俺等4人で話し合えって言ってた」

「そうか それで、長いこと 美波はどう?」

「それがな、葵が適任だって言うんだよ 葵は冷静に物事を判断するし、俺達3人は本部に居なくて、通いみたいなもんだろ」

「そーかもな 葵ならみんなから慕われるしな」

「とにかく、後で4人で話し合おうぜ 葵は控えめだから、うまく話さないとな」

 夕食の食卓には、やはり刺身や貝類が豪勢に並んでいて、みんなの歓声があがっていた。口々に「おいしいー」とか「コリコリしてるね」とか言っている。魚の名前を聞いたり、美波の高校時代の話を聞いたりして、騒いでいたが、宏美は、あまり自分から話をしない。僕は、少し、気になっていたんだけど、暗いというんじゃあないけど、人の話を聞いているタイプで、物静かなんだろうなと思っていた。

 葵に了解を取り付けるのは、ひとりずつ話をした方が良いだろうと言うことになって、最初に、美波から説得してもらうことにした。女同士の方が、本音を言い合えるかなと、僕も思っていた。残った、僕達は、みんなで花火をやり始めていた。

 1年の舞野が慎二の横ではしゃいでいる。さっきから、僕に、隣で宏美が花火を渡してくる。なんとなく、宏美が横に居ることが多い。さっきの、ご飯のときもそうだった。僕は、首からタオルを下げていたんだけど、汗を拭いて、広げた時、それを見ていた宏美は

「あっ それっ ふぅーん」と、黙り込んだ。僕も知らなかったが、絢が刺繍を入れていたんだ。  

 気になっていた、美波と葵が戻ってきた。僕と慎二はそれとなく、美波に寄って行った。

「オッケー やるって、言ってくれたわよ ただし、慎二の副部長が条件だって フォローが必要だって」

「よしっ 慎二、それで良いよな」

「うん まぁな フォローすんのはみんなでな」

7-⑶
 7時に絢はやってきた。去年より、いい場所を探そうといって、早目にしたのだ。去年も着ていた蛍とつゆ草の浴衣だったけど、帯が赤茶で違っているように思えた。向こう岸の公園の少し高くなっているところで、座ることにした。僕は、首から下げていたタオルを絢のお尻に敷くようにした。

「詩織がね 最近、理工の3年と付き合っているみたいなんだよね まだ、そんなでも無いみたいなんだけど あの子、慎二君のこと、気になってるみたいなんやけど、最近会うことも無いしね 女は会ってないと、だんだんね」

「慎二は詩織ちゃんのことは、良い子だとは思っているけど、多分、そこまでだよ あいつは 誰にでも」

「慎二君 好きな子いるの?」

「それはわからないけど 今は、縛られるのが嫌みたいだよ」

「モト君も 縛られるの嫌?」

「そんなー 僕は、手を離さないようにしているだけだよ」と、しっかり握り直した。

 そのうち、始まりを告げる花火が上がり始めた。少しでも、よく見えるように、まだ移動している人達もいる。少しぐらい見えない部分があっても、良いじゃぁ無いかと思うんだが、多くの人はそうもいかないみたいだ。

 始まると、去年よりは良く見えた。絢も歓声をあげていたが、途中、ポツンと

「こうやっているのって、幸せだよね ずーと、こうやって見られるといいね 場所変わっても」

 それは、何となく、難しいことかもと、僕は感じていた。答えられなかった。

「モト君 どういうところに就職するか 決めているの?」

「うん 大体だけど、海洋生物を守る仕事なんかあるといいな、と思っている。うまい具合にあれば良いけど 絢のこともあるしな」

「ウチのことは、考えないでよー 負担になるの嫌だ ウチは何とかするわよ お願いだからね」

「うん まだ、何も、決まっている訳じゃぁないから その時、考えよー 絢 僕の前では、もう、モトシでいいよ 君は要らない」

 花火が終わって、人の流れが少なくなるのを待って、僕達は、橋に向かった。市街地はどこも満席で、結局、ホットドッグとコーヒーを買って、公園で食べた。僕達は、いつもこんな感じだ。そして、いつものように、お城公園に歩いて行った。

 どちらからともなく、公園の中を歩くようにしていた。木陰には、カップルが多く、歩きつづけていると

「あんなの 見られているみたいで、嫌」と、絢が言ったまま、出口まで来てしまった。

「残念 仕方ないよね 我慢 我慢」と言って、僕に向かって、チュッとしてきた。

 その日は、結局、絢の家の近くまで送って行っただけだった。

7-⑷
 帰省の前に家庭教師のお宅を訪問していた。幸一郎君の成績は、一応、めざす学校の合格圏内らしい。順調に成績は伸びているので、僕は安心していた。家庭教師にとって、成績が伸びないのは、一番辛いことだから。

「先生 僕は、公立の高校受けようと思うんだけど」と、彼は言ってきた。

「どうして このままで、いけば合格するよ 何か理由あるの」

「まだ、親に言って無いけど、僕は、この家を継ぎたいと思ってるんだ。高校出たら、料理の勉強したいと思ってる。だから、高い授業料払って、進学校に行く必要ないんじやない。親に負担かかるし」

「それは、早く、君の思いを伝えた方がいいよね 親だって、君に期待しているものがあると思うから よく、相談してみなさい。ただ、高校に入って、その間に将来の目標が代わることも有りうるってことだけは、頭に入れておいた方がいいよ」

「そうだよね 料理の才能ないかも知れないしね あと、子供のこと、あんまりかまってやれなくなるのも、嫌だな。僕も富美も、旅行なんて、修学旅行以外で行ったことないんだ。だから、富美なんて、先生と行った水族館の時、すごく喜んでいたよ あの時の写真、大切にしてるんだよ」

「お兄ちゃん 嫌だ そんなこと、言っちゃぁ」

 それまで、おとなしく独りで問題集をやっていた富美子ちやんが、反応した。

「旅行行けない子なんて、いっぱいいるから、それは普通だよ お父さんとお母さんは、君達の為に、一生懸命働いているんだからね 幸一郎君は、この一年で、すごく落ち着いたね」

「うん 勉強出来るようなって、色んな事も考えられるようになってきたんだ」

「お兄ちゃん 最近、私にも何だか優しいんだよ」

 僕は、男兄弟だったから、幸一郎君が羨ましかった。

「先生 海へ連れてって― 海水浴」と、富美子がすり寄ってきた。

「えー 僕は、もう、実家に帰るし、戻って来るのは8月末だから、夏が終わってしまうよ」

「そーなんだ つまんないなぁ」

「友達同士で行けば良いんじゃあない 孝弘君はどうしたんだい」

「あの子 ダメ 頼りないし、クラスも別になっちゃったから、あんまり、会ってないの」

「そうか 難しいんだね でも、共学だろ 気になる子が出て来るよ」

「うん 先生のような人、いると良いけどね」

「幸一郎君 僕からも、相談ごとあるみたいだ、と、言っておくから。自分が考えて、決めたことは、自分を信じて、ちゃんと伝えるんだよ そうしたら、相手にも通じる」

 僕は、帰り際、お父さんに、幸一郎君が相談があるそうなんで、聞いてあげてください、と、言って店を出た。

7-⑸
 朝、集合した時、3人の女の子は、色は違うが、申し合わせたかのか、サロペットのストレートパンツ姿だった。

「あのポスターって、やっぱり目立つね」と詩織が言うと

「うん モデルが可愛いね」と絢が答えていた。

「あのカメラマン相当、苦労したんだろうね あんな風に撮るのって」と茜も加わって、3人で肩を叩きあって笑っていた。

 僕たちは、ホームに向かう時、自然と手をつないでいた。席に着いた時

「いつも、仲いいね うらやましい」と茜が言ってきた。

「あっ ごめん いつもやから」と絢が・・。確かに、この頃はいつものことだ。

「詩織も手つないでるの?」とあかねが聞いていた。

「えー 誰?  あの人とは、ふたりとも寮生だから、2回ご飯食べに行っただけで、まだ、付き合うってほどじゃぁないもの」

「付き合ってるって言わないんだ。そういうのって」と絢は言いながら、バックからドッグを取り出して、それとなく僕に手渡した。僕も、何気なく食べていたら

「絢って 本当に、モトシ君の彼女を自然にやっているね」と茜がポツンとつぶやいていた。

 - - - - - - - - - - ☆ ☆ ☆ - - - - - - - - - -

 ふたりとも、中学、高校と修学旅行は他の所で、関西は初めてということだった。3人共、USJには興味が無いので、京都、神戸を主に周る予定でいた。モトシとは、地下鉄で別れて、私達は道頓堀に向かった。もう、お腹がペコペコだったから、まっしぐらに橋のたもとのお店をめざしていた。

 少し、並んで、暑い日差しの中、その辺で立ったまま、みんな、そんなの初めてだったから、アツッアツッとかキャーキャー言いながら・・。私、案内するというほど、ここに来たことないんだ。女の子だけだから、何人かの男の子に声掛けられたけど、無視して、水かけ不動さんから商店街を物色しながら難波に行った。今日は、夜、大文字焼きを見に行くので、時間があんまり無いんだ。

「詩織 声掛けられても、反応したらダメだよー」

「そーだよ 声掛けて来る男なんて、ろくなの居ないわよ」と茜も続いた。

「えー でも、せっかく旅行来てんだから、楽しくやらなきゃ」

 私達は、堂島の大川沿いのカフェで休んでいた。茜が来たいと言っていたお店だった。

「私等、そんなにチャラチャラしてないし こんなに、可愛いんだから、焦んなくても、いい男現れるよ」と茜は、自分でも納得するように話していた。

「それよりも、いいねぇ ここ たまに、船が通るけど、観光船かしら 向こうは公園になってるんだ いろんな建物もあるんだね」

「さっきの あんな路地を歩いて お不動さんもすごいね あんなに水かかって、苔もすごいね 逞しい あんな人がいるといいなぁー」と、いきなり詩織が感動していたけど

「結婚してくださいって言えばぁー」と私は冗談言って、みんなにもう行こうと促した。そんなに、ゆっくりできないんだよね。

 駅から歩いて、10分ほどだけど、古い街並が少し残っていて、家も木の塀の先にあって、ふたりとも驚いていた。その隣に会社の建物がある。お母さんは、挨拶もそこそこに、3人を浴衣に着替えさしてくれた。みんなの分を用意していてくれたんだ。私には、相変わらず「その首のものはずしなさいよ」と強い調子で言っていた。

「山本さん 写真撮ったってくれへん?」とお母さんは、私達を中庭に並ばして、事務所に声をかけた。

「いとはん お帰りヤス これは これは べっぴんさんばっかでんな」

 私は、指を立てて「シー」って言ったつもりだったけど

「あーぁ お友達の前で いとはん って言ったらあかんのですな」

「君はバカなのか」と、こぶしをお腹に入れる振りをした。

 京都に向かう電車の中で

「いとはんって呼んでいたけど 絢のことなの?」って詩織が聞いてきた。

「うん この辺の言い方なんだ 古いよね」

「でも お嬢さんって意味でしょ 良いうちなんだ 家もすごいよね」

「そんなことないよ ただ、古いだけ」

 電車を降りたけど、すごい人だつた。有名な観賞スポットに何とかたどり着いたけど、ここも人がいっぱいで、私達は隅っこのほうで、点灯まで待つことにした。風もあるんだろうけど、こっちまで届かない。

 点灯し始めて、大の形になった時には、もう、飽きてきてしまって、私達は南の方に川沿いを下り始めていた。途中には、カップルらしいのばっかりが、川っぺりに座っていて、私も、モトシと来ていたら、あんな風だったのかなとか思いながら・・。

「あの川の上のお店 高そうだね」と詩織が興味ありげにしていたけど、川床のことは私も良く知らないので

「高いと思うよ でも、最近は安いとこもあるって聞いたけど」

「そうだよね ねぇ私、京都のおそば食べたい どう?」

「いいんじゃぁない 私も食べてみたい」と茜も賛成したので、三条通りにあるお店で、みんなが、にしんそばを注文した。お店を出て、新京極とか寺町通りを物色しながら歩いて、途中、あの神社に来た時

「ここ 私がお世話になった大切なとこなの」

「そーなんだ 絢がお世話になったんだっら、いこー いこー」と茜がさっさっと入って行った。

 3人でお参りしたら、詩織がお札所で

「あー 見っけ 絢がいつも下げてるやつ」と、あのお守りを指していた。

「やっぱり そーなんだ でもね、私、絢とモトシ君がいつまでも仲良く居られますようにってお願いしといたよ」と茜が言ってくれた。
 
 私、茜を「ありがとう」と抱きしめていた。

「やだー 私にも、素敵な彼氏に会わせてくださいって、両方お願いしたんだから」と茜は抜け目がない。

7-⑹
 次の日は、朝から、清水寺周辺から平安神宮まで歩いて、疎水沿いにあるイタリアンのお店でお昼をとった。茜は、さっきから、いっぱいカメラでパチパチしていた。勿論、私達も撮ってくれているので、可愛いのあるかもしれない。

「すみませーん 写真撮っていただけませんか」と、お店を出て、まもなく、疎水に向かってカメラを向けている男の人に、茜が声を掛けていた。

「お願いします これで 私達仲よし旅行なんです」と、自分のカメラを差し出していた。

「あぁ いいですよ これでね じゃあ並んで、ください」と、その人は笑顔で応えてくれた。撮り終えたら
「すみません 僕のカメラでも撮らせてもらっていいですか」と聞かれて・・。

 私達、お礼を言って、駅に向かって歩き出したんだけど、何だか、茜は、その人と並んで話しながら歩いていて、後ろから追いかけてきたと思ったら

「ねぇ おふたりさん あの人も一緒に行って良い?」って聞いてきた。

「べつに良いけど」と、電車に乗ったけど、乗り換えの駅で、その人がトイレと言って離れた時

「どうなってんのよ 茜」って、ふたりして聞いてしまった。

「ごめんね あの人 京都の風景を撮っているんだって プロになって1年目なんだけど、モデルさんを、まだ雇えないから、その場に居る人に頼み込んでモデルになってもらってるって言ってたわ 私等、これから鞍馬に行くって言ったら、一緒に行きたいって」

「茜 それって詐欺じゃぁないの うまいこと言って ナンパだったり」

「ううん そんなんじゃぁ無いと思うけど 良い人じゃぁない? 笑顔でわかるわよ」

「茜は男に免疫がないから心配だよ そういう言い方」と詩織も言っていた。あの人が缶ジュースを抱えて戻ってきた。

「やぁ 歩いたからね これ 口に合うかわからんけど こっちにしか売ってないから めずらしいよ」

 と1本ずつ渡してくれた。缶の冷やし飴。私も、小さい頃飲んだきりだった。缶じゃぁ無かったけど。

「まだ、自己紹介してなかったね 僕は 小野原満彦おのはらみつひこ 写真でプロを目指して1年目です あの時、君達が店から降りてきた時から、目についていたんだ」

「それは、私等3人が 可愛いからって、わかるんですけど、いつも、そうやって声かけてるんですか?」と詩織が調子に乗って聞いたら

「いゃぁーハッハッ 君ら、明るかったからね 見ていたら、吉野さんと目が合ったんだ きれいな瞳だった そーしたら、シャッター押してくれって」

「茜 ほんとう?」と詩織が、茜の顔を見て、確かめたら 

「うん 目が合っちゃったんで、なんか、声 出ちゃった ごめんなさい」と舌をペロッと出して答えていた。

 鞍馬寺に登るときも、私と詩織が先に歩いて、後から、茜と小野原さんは並んで登ってきていた。すごいね、天狗大きいとか言いながら、茜は写真を撮りまくっていたけれど、時たま、小野寺さんも、それとなく茜を撮っていた。上に着いて、3人並んだとこを撮りたいと言われて、そのうち、私等、独りのところも撮りたいと、それぞれが撮ってもらっていた。私、こんなこと良いんだろうかとか不安もあったけど、「本町さん、慣れているのかな」とか言われて、変な気分だった。

「これは、フィルムだから、プリントして送るよ いい写真が撮れた ありがとう」と言っていたようだ。

 降りてきて、祇園のほうに小野原さんが借りているギャラリーがあるから寄らないかと誘われて、茜はその気になっていたけど、私等2人は止めた。

「茜 ダメだよ 私等、そんなにチャラくないんでしょ なんか、怖い人が居て襲われたらどうすんのよ」と、今度は、詩織が諭していた。

「そう 私 何か 魅かれる おかしいかな」

「うん もう少し、慎重になろ」と、私も止めた。でも、別れ際に、茜は連絡先を交換していたみたい。 

 今日は、お庭で肉を焼くから、早い目に帰ってこいと言われていたので、京都タワーに登ってから、帰った。帰るとすぐに、みんなでお風呂に行ってきなさい、といわれ、近所だがあの料理旅館に出掛けていった。

「箱寿司と太巻きも頼んであるから、帰り、忘れずに受け取ってきてちょうだいね」とお母さんが言ってきた。私達は、ぶらぶら歩いて行ったんだけど

「なんか、本当に宿場町って感じだね カメラ持ってきたらよかったわ」と茜が言ってた。

 岩風呂だし、他に人も居ないので、みんなで騒ぎながら入った。出てきて、お寿司を受け取りに行ったら

「本町さんとこの、いとはんでっか 大きゅうなられて もう、ええ娘さんやな 本町はんも楽しみやなぁ」と、又、余計な事を言われてしまった。詩織が「いとはん だって」と、茜に笑って言っていた。

 帰ったら、もうお父さんは、火をおこして、飲みながら、カボチャを焼いていた。

「おう いい風呂だったろう 大きいからな まぁ 飲みなさい もう、みんな飲むんだろう」

「お父さん 女のほうのお風呂だから、あんまり大きくないんよ でも、気持ち良かったよ」

「そうだろう 今日は、ステーキ肉買ってきてもらったからな 今、焼くよ そのうち、紳も帰って来るだろう」

 私達は、ビールも飲んでいるし、私の好物の箱寿司も食べて、お肉も食べたから、もう、お腹がいっぱいで

「お父さん もう、お腹いっぱい 焼くの、もういいよ」と言ったら

「そうか じゃぁ 紳が帰るまで 少し 休憩」と言って、日本酒に切り替えた。

 しばらくして、お兄ちゃんが帰ってきて

「やぁ 昨日は寝てしまっていて、失礼した 絢の兄です よく、来てくれました この人達が、なかよし3人組か みんな、可愛いなぁ びっくりだよ」挨拶したけど、みんな、緊張しちゃて・・。

 お兄ちゃんは、自分でお肉焼いていたけど、私は聞いてみた

「お兄ちゃん 写真やっている小野原さんって知っている? 祇園のほうにギャラリーあるんだって まだ、若いよ」

「小野原かぁ 知らないなぁ・・・満彦は小野原だったかなぁー あいつは宮川町だしな」

「あっ そう 満彦って言ってた ねぇ 茜」

「そう 小野原満彦さん プロ1年生って言ってた」

「あぁ 1回、会ったことがある。僕の高校の同窓生の紹介で ポスターの写真撮らないかって紹介された 学生の時からアマで何回か賞を取っていて、ポスターとか雑誌の写真で呼ばれているらしい。でも、ちょっと写真に取りつかれて、偏り過ぎているけらいがあるぞ 彼がどうかしたか?」

「今日ね たまたま知り合って 写真も撮ってもらった」

「そうなのか いい奴だと思うよ 写真のことになると変わるけど でも、帯屋の一人息子らしいから、今後どうすんのかなぁ」

 それを聞いて、茜は少し安心したようだった。

7-⑺
 今日は、神戸に行って、そのまま私も泊ることにしていた。朝から、大阪城を下から見て、大阪駅前にある本屋さんで、みんなで専門書を漁っていた。私達、地方だから、そんなに専門書は置いてないからだ。

 三宮に着いて、お昼はパン屋さんにして、夜は中華街でと、電車の中で話し合っていた。サンドを食べて、駅の反対側に出て、北野坂を登って行った。

「こっちの方は、坂道なのにお店屋さんが並んでいるとこ多いのね」と、詩織が言っていたが

 私達は、坂の上にある観光地ばっか、行くんだから、そうなるよね。私は、モト君とこの道を歩いたんだ。もう、1年になるのか、あのアクセサリーの店はまだあるんだろうか。あの階段、そうだ、あの木陰で思いっきり抱きしめてくれたんだ。私の大切な場所。あれからも、私、ずーと幸せだわ、モトシ、今頃、何してんだろう。

「ねぇ ねぇ あそこ、結婚式場じゃぁないの いいなぁ あんなとこ どんな人が使うのかしら」と、茜は珍しく感激していた。

「うん 素敵かも ねぇ 絢もこんなとこで式あげるの?」と、詩織が振ってきた。

「私 そんなことわかんないわよ まだ、決まってもいないし」

「あー そうか まだ、約束してないんだ」

「そうよ そんな話したことないし」と、返しながら、そーなんだよ まだ そんなこと言われたことないんだ と、私、ちょっと動揺してたかも。
 
 英国館に入ろうとしてた時、茜にTelあった。私達に先に行ってて、と言っていたけど、茜は私達には見せたことのない、やわらかな笑顔で話していた。館から出てきた時

「小野原さんから 写真出来たって ・・・」後の言葉に詰まってた。

「それで・・どうしたの?」と私が問い詰めると

「持ってくるって もう一度会いたいから、直接渡すって」

「えー 会うの? 持ってくるってー」と、詩織も激しかった

「うぅん あなた達に叱られると思ったから、送ってくださいって、言ったわ 冷たかったかしら、嫌われたかも」

「うん 安心したけど あかね 昨日から、忘れてなかったんだ・・ どうしょう」私も、何て言って良いか

「カッコ良かったもんね でも、会ったの一度きりだしなぁ」と詩織も言ってたけど

「会った時から、目が合って、笑顔に魅かれたんだ。話してると・・私、多分、好きなんだと思う」

「私、そういう経験ないから、わからないけど とにかく落ち着いて、考えればー」

 私達は、先にホテルに向かおうと、センター街を歩いて、本町の先の海に突き出しているようなホテルにチェックインした。少し、休んで、ロープーウェイに乗って、神戸の夜景を見るつもり。

 上に登ると、見事な夜景が広がっていた。港沿いに大きな船なんかも停まっていて、家族連れもいるけど、カップルも多かった。

「あのふたり、良い感じ 女の子がべったり寄り添ってさ こんなロマンチックなとこなら、その気になっちゃうよね」と詩織が羨ましがっていたけど

「その気って その気?」って茜が詩織の顔を覗き込んだ

「うん その気って その気よ」と笑いながら、答えていた。

 うん、私もモトシと来て居たら、その気になるかも。もう、茜はあの人のこと忘れたのか、それとも心の中にしまって口に出さないのか。中華街のお店でに行き、3人でいっぱい食べて、飲んでしまった。ほろ酔い加減で本町を歩いて、ホテルに戻る時、最初、ケーキ屋さんとか見ていたけれど、

「あれ可愛いー」と詩織がランジェリーのお店を見つけて「ねぇ ちょっと寄ってこ」と中に入って行った。

「こんなの身につけていたら、自分も可愛くなるし、男の子も喜ぶわよ」と言っていたが、茜は

「私、こんなの恥ずかしい ダメ」と言っていたが、

「茜 見せるんじゃあなくても、自分で楽しめばいいじゃない」

 と、詩織に無理やり選ばされていた。私も、その気になってしまって、キャミスリップとか可愛いのをと選んでいた。

 ホテルの手前にポツンと教会らしきものが建っていて、茜が

「私、こんなとこにあこがれる 海の近くだし 部屋も良いよね 想い出になるし」と言っていたが、私も、それも良いなと思っていた。

「えへー ウチなー小籠包で火傷しちゃった そのあと、マーボー食べたから口ん中痛くて モトシ どこいっちゃたん」モト君にTelしてた

「どこって 家にいるよ 絢 酔っぱらってんかー」

「うぅん ビール飲んだけどなー 今なぁー みんなスてシャワーしたん タオルの下 スッポンポンやでー 羨まスい?」

「絢 何言ってるの この酔っ払い」と、詩織がスマホ取り上げて

「ごめんね ホテル帰ってきたら、酔いがまわってきたみたいで ちゃんと寝かすから安心して おやすみなさい」と、言って、チュッとして切った。

「詩織 今 何かしてなかった?」

「何にもしてないよ それより、ちゃんと髪の毛乾かさないと、明日大変だよ 何にも、着てないんでしょ、風邪ひくよ ほらっ 真っ直ぐ座って 乾かしてあげるから」

7-⑻
 次の日、昼頃、新神戸で二人を見送った。その後、モトシに電話を入れて

「昨日、ごめんね 私変なこと言った?」

「いや 別に・・楽しかったんだろう はしゃいでいたみたいだから」

「うん 楽しかった 今、見送ったとこ あのさー 詩織も変なこと言わなかった?」

「なんにも・・覚えてないのか 絢 酔ってたみたいだしな それくらいのほうが、可愛げあるよ」

「うん シャワーしたら急に・・」

「あのさ 今度の日曜 大樹が遊びに行こうって言ってきてんだ。彼女も連れて来るらしいから、4人で 車で来るって 予定無いか?」

「大丈夫だけど モトシ 会いたいの 今から、帰るし だめ?」

「ああ いいよ 疲れてないか 駅前でいいか?」

 私達、ずいぶん長い間、会ってない感じだったけど、まだ、3日だったわ。駅前のカフェで3人で観光したことなんかを報告した。でも、ずーとキスもしてないので、淋しい。

 - - - - - - - ☆ ☆ ☆ - - - - - - -

 日曜日は、図書館の前で待ち合わせした。絢はからし色のハーフパンツにストローハットでやってきた。

「昼飯は用意してこなっかったよね」

「うん、向こうで色々食べるって言ってたから なんにも、無いよ 大樹君の彼女ってどんな人だろう 楽しみだね」

 そのうち、大樹の運転で、やってきた。ジーンのミニスカートだったけど、少しポッチャリ気味の女の子。髪の毛が短く、七三分けで栗色に染めていた。でも、笑顔にえくぼ出来て、親しみやすい感じだ。

「高村くるみ です」とペコリ頭を下げてきた。「皆さんの名前、大樹から聞いてます」

「と、いう訳だ 俺の彼女 さぁ 行こかー あんまり長く停めてられない

 と、前後、僕と絢が後ろに座った。今日は、モクモクファームに行く予定だ。走り出して直ぐに、絢はぼくの手を取って自分の膝の上に持って行って、両手で包んでいた。ちょうどYゾーンの上だつた。

「大樹君 免許いつ取ったの」と絢が聞いた。

「高校の卒業の時 親から金借りた もう返したけどな」

「もう 大人なんだね えらいなぁ」

 向こうに着くと「腹へったなぁ すぐに、ウィンナーのとこ行こうぜ」と大樹君が言ったので、直ぐに向かって、体験を申し込んで、レストランでソーセージを選んだ。

「大樹 ビール欲しいでしょ いいよ 私、運転するから モトシ君も飲んで 大丈夫よ 私、毎日、運転しているから確かだよ」

「そうか モトシ 飲もうぞ 絢チヤンも これ食うと、飲んだら、もっとうまくなるぞ」

 結局、僕は飲んだけど、絢は飲まなかった。食べて、体験でウィンナーを作って、いかだ遊びをして楽しんだが、遊んでいるときに、くるみちやんのスカートから濃いブルーのがチラチラするのを大樹は知っているのだろうか。絢もあんなの穿いているんかな。

 帰り道、絢は

「大樹君 楽しかったわ 誘ってくれてありがとうね くるみちやんも あの時、大樹君が言ってくれなかったら、ウチどうなっていたか ありがとう」

「なんの話だよー お前等、ふたりが一緒で良かったよ これからも、よろしくな」

 絢は、握っている手に力を入れてきた。 

7-⑼
 僕たちは、8月末に戻ってきていた。9月に合宿もあるし、その前に美波が寮を出て、独り暮らしを始めるというので、手伝うためだ。勿論、慎二も葵も来ることになっている。

 その日は、美波のお父さんが、軽トラックで机とかを実家から積んで、寮に寄って布団なんかも積んでくる予定になっている。キャンパスの近くで、小さなキッチン、そのほかに6帖位のフローリング、他にシャワールームが付いている。

 近くで、寿司とかそうざいを買ってきて、一応、引っ越し祝いをやっていた。お父さんは、荷物を運び入れたら、娘をよろしくと帰って行った。小さなテーブルを囲んで

「じゃぁ 美波の一歩を祝して 乾杯」慎二は音頭をとった。

「美波 料理できるの?」と、葵も心配していたが

「なんとかなるわよ 自分の分くらいならね」

「俺が、作りにきてやろうか 毎日でも良いぜ」

「結構です 慎二の世話にはならないわ」

「そんな風に言うなよ でも、ちょいちょいモトシと来て良いか 男を連れ込んでいないか監視だよ」

 台拭きが慎二に向かって飛んでいった

「慎二は本当に美波には遠慮無しに言うよね」と葵が僕の顔を見て、言ってきた。

「うん こいつらの関係は、何だかわかんないよね」と返事したけど、やっぱり、わからない関係だ。

「ねぇ美波 お風呂どうすんの」

「うん 少し歩くけど、お風呂屋さんあるしさ、練習に行った時、寮にもぐらせてもらうし、シャワーもあるしね」

「ちゃんと、浸からないと、女は穴が多いんだから、カビはえるぞ」と慎二は、又、過激な

「慎二 あんたは何でいつも、そうやって美波が傷つくようなことばっか言うの 他の女の子には優しいのに 少しは考えなさいよ」と葵が、少し怒った

「そうだよ 美波はこれでも女の子なんだぞ」と僕は言ってしまった。

「モトシ そういうのが一番 傷つける」と葵は、僕の肩を叩いてきた

「あー ごめん でも、美波は他が気づかないことも、気遣いするから女らしいよね」とカバーしたけど

「美波と俺は遠慮しないから、良いんだよ 気が楽なんだ」と慎二は言っていたけど

「そうなんだけど たまには、優しく言葉ほしい」と、美波は下を向いて、ポツンと言っていた。

第八章

8-⑴
 合宿の最終日、プールサイドに絢の姿がチラッと見えた。表に出て行くと、木陰で絢と慎二が話し込んでいた。それを見ていた中河原舞野あたりがワサワサしている。

「モトシ先輩 どうして、慎二先輩があの人と仲良く話しているんですか? 前に応援に来ていた人ですよね」と僕を捉まえて聞いてきた。

「大丈夫よ あの人はモトシ先輩が付き合っている人だから」と、長崎宏美が通りすがりに、冷たく言って、合宿所に向かって行った。

 あいつは、絢とのこと知っているんだ、と思いながら、二人のもとに行った。

「絢 どうしたんだ」 僕は、多分、会いたくなったからとか言うかと思っていたのだが。

「じゃぁ 俺は行くぜ 打ち上げ遅れるなよ」と慎二も合宿所に向かって歩いた行った。

「モトシ ごめんね ちょっと 相談あってなぁー」

「珍しいやん 又、ポスターの話か?」

「ちゃうねん 茜のこと 小野原さん、8月の末、来たんやって 茜のお誕生日ってこともあったしね」

「えぇー あの人? 写真持ってきたんか へぇー だから?」

「もちろん、茜 会ったわよ それで、あちこちでも写真撮ったみたい でもね、京都で撮りたいからって言われて、茜 今度、行くって言っているのよ」

「それで なんとなく、絢がなにを言いたいのかわかるけど」

「だってさ まだ、わかんないじゃあない あの人のこと 2回しか会ってないんだよ 京都行くのも泊って来るって言ってんだよ 覚悟してるって、もう、ベタボレなんだから 舞い上がっちゃって」

「それは、茜ちゃんが決めることだろう 絢はどうしたいんだよ」

「そうだけど 親友だし 心配 もっと、何回かお付き合いして・・」

「絢はその写真 見せてもらったのか」

「うん 茜 すごく、可愛い笑顔で、綺麗な写真だった」

「だったらさー それは、信頼関係があるからかもしれないな 絢 茜ちゃんを友達として、信じることも必要じゃあないか 絢が騒いだってどうにもなんないよ それは、絢が一番知っているだろう」

「そーなんだけどさー 茜 全てを任せる覚悟で行くって言ってるから・・」

 確かに、茜ちゃんは比較的、幼顔でチャーミングな女性だと思う。男にとっては、愛くるしくて、好意を抱いても不思議はないだろう。

 その時、長崎宏美が「モトシ先輩 もう、始まりますよ 行きましょうよ」って声を掛けてきた。

「絢 あんまり、深く立ち入るなよ」と、言って、打ち上げに向かった。

8-⑵
 土曜日、家庭教師に出掛けた。しばらく、行ってなったので、幸一郎君が進路どうなったか気になっていた。

「どうした? 話し合ったか?」

「うん 自分で決めたんなら、それで良いって だけど、商売は厳しいから、高校の間に良く考えろって」

「そうか でも、公立も馬鹿にしていたら、受かんないから、気を引き締めていこうな」

「もちろん 公立校でもトップクラス目指すよ」

「そうだよな 幸一郎君 逞しくなったな」

「そう 先生のお陰だよ」

 自分の髪の毛で遊んでいた富美子が、それまで我慢していたように話かけてきて

「先生 これ見て 直ぐにテストあっんだ」
 
 見ると数学のテストで、100点満点だった。

「すごいな 富美子ちやん 頑張ったね」

「うん クラスで1人だけだったんだよ」

「二人とも、頑張るから、先生も教えがいあるよ」

 今日は、トンカツ定食を用意してくれていた。お父さんも上機嫌で

「あいつが、店を継ぐって言ってくれたんで、嬉しくってね それまで、頑張って繁盛させなきゃってね もう、しばらく、あの子達の面倒お願いします」と、言ってくれた。

 7時を過ぎると、もう薄暗くなってきた中央公園に絢がやってきた。相変わらず、小走りで、今日は、短めの黒のワンピースだったが、黒は絢には似合わないなと思った。

「まった? ごめんね」

「いつもだけど、走ってこなくっていいんだって」

「うん そーなんやけどな どう、これ 可愛い? 最近、水泳部の女の子連中が危ないからな モトシにちょっと可愛いとこみせとこ思もてな」

「うん 可愛いよ 絢は足が真っ直ぐだから似合うよ」

「ありがとう なぁ カレー食べにいこー まだ、食べれるやろーぅ」

「うん いいけど じゃぁ行くか」

 絢はなんかすっきりした感じだった。

「茜とな お昼に会ったんやけど もう、昨日、京都から帰って来たんやって」

「そうなんか 結局、もう、行ったんか」

「写真もあちこちで撮ったらしいけど、正式に付き合って欲しいっていわれたんだって 茜もOKしたって言ってた。お互い、最初から感じるものがあったんやって・・ そんなもんなんかなぁー ねぇ モトシもウチに感じてくれてた?」

「えー どうだろー 忘れたけど でも、途中から、何かで結ばれてるような気がしてたよ」

「そう 嬉しい! ウチもな、離れられへんような気がしてた 小学校の時から、ずーと」

「それでな 琵琶湖の見えるホテルに泊まったんやて ふたりで 愛し合ったって言ってたから、多分、茜 全部あげちゃったんだわ 幸せなんだって なんか、すごく、綺麗になってたわ 化粧も教えてもらったんやて」

「そうか それは、思いっきりええなぁ」

「ウチ 余計な心配やったんやろか あの子、あんまり、男の免疫無いねん 騙されてへんかったらええけどな」

「しょうがないよ もう、20才になったんやから 自分の責任や 向こうも大人やん 幸せって言ってるんやったらええんとちゃう」

「そーやな でも、離れてたら、男って、直ぐ目移りするしな 茜 苦労するの可哀そう」

「そんなん その気やったら、日帰りでも、会えるやん」

「ちゃうねん 男と女は いつでも、側に居たいねん ウチやって、いつでもモトシにくっついて居たい」

「そう言ってもらえると嬉しいけど、茜ちゃんは違うかもよ」

「ねぇ モトシ 一緒に住まへん? 嫌?」

「絢 今日、変だよ そんなこと、親達が許すわけないやん」

「ふぅーん 嫌なんだ」

「嫌なんて言ってないぞ そらー 一緒に居たいよ でも、現実的にな 自分達だけで生活できるようにならんと まだ、勉強中だし」

「うん モトシがその気あるんやったら、良いんだぁ」

 その夜、やっぱり城跡公園を通って送って行った。僕は、絢を抱きしめて、キスをしていった。そして、柔らかいお尻を触って、抱き寄せていたが、その時、絢は嫌がる様子もなく、身を任せきりだった。

8-⑶
 今年の学祭も水泳部は豚串の出店をした。焼き手は1年の男子2人、僕は、串刺しに専念していた。
慎二は1年の女の子3人を連れて、呼び込みをやっていた。

 今年は、最初から順調に売れて、炭酸も併せて売っていたから、売り上げは好調だった。会計と売り手は美波と葵がやっていたが、一番忙しかったかもしれない。僕の横には、宏美が黙々と黙って串を刺している。いつも、気がつくと宏美が横に居るのだけど、別に、話し掛けて来る訳でも無い。

「宏美ちゃん」と、美波が声を掛けたが、チラっとこっちを見て、そのまま、振り返って

「美咲ちやん、こっち、手伝って」と、呼び込みをしている美咲ちゃんに声を掛けた。

「わかりました、先輩」と、言って、慎二の肩をポンと叩いて、机の中に移った。もう、3年以上は今年も顔を見せないのだ。他のクラブでは、何人か居るのだけど。

 お昼頃、絢がやってきた。慎二が

「おぉー 美人3人組のお嬢さん 買ってって」と、僕の方を見て、あわてて

「モトシ モトシっ こっち 売って」と、声を掛けてきた。

 その時には、もう、遅かったのかもれない。絢と詩織が、あの宏美のほうを見つめていた。でも、僕は、目を見張った。あの茜ちやんが・・今まで、見ていた茜ちゃんではなかった。絢も言ってたけど。薄い化粧なんだろうが、大人びて見えて、今までの無邪気そうな面影は消えていた。色気さえ感じるほどだった。一緒に居る絢でさえ、子供じみて見える。何にも、言うことも無く、15本まとめて買って、3人は去って行った。

「あぁ どうも、あの3人は苦手なんだよね 怖くて」と、葵がため息をつくように言っていた。

「俺も、ハラハラしたよ モトシは全然、気にしてないんだから」と慎二が続けた。

「なんの話だよ」と、僕が聞いたら

「当たり前じゃない モトシ、宏美ちやんと」と、葵が言っていたけど、宏美は下を向いたままだった。美波は、なんか「そんなわけないじゃない 気にしすぎよ」と笑っていた。

 その日の夕方、潮食堂で反省会をやっていた。慎二が

「みんな、ありがとう きょうの売り上げだけで、去年の2日間の売り上げを越してしまったよ 乾杯!」

「今年は、1年の6人が頑張ってくれたからね」と、葵が続けた。

「そうだよ まとめて買ってくれる人も居たしね」と、美波は意味深な言い方だった。

 いつものように、慎二の隣は舞野で、僕の隣にはいつの間にか宏美だ。舞野はいつものように、慎二にベタベタしているが、宏美は、僕の取り皿の上がなくなると、それとなく、いつも何かを取ってくれている。何なんだろう、この娘はと思いながら、それが当たり前になって行く。

8-⑷
 寮の風呂で慎二と一緒になって、後で飲まないかと言ってきた。僕達は、庭園の噴水のところで飲み始めた。

「モトシ すまん 俺、葵とやっちまったんだ お前には、言っておかないとな」

「なんだよ それ 無理やりじゃぁ無いんだろ」

「クラブの後な ふたりで、居酒屋に飲みにいったんだ。その後、葵が散歩したいって、川向うの公園まで歩いて行ったら、葵が「私は、処女じゃないんだ 高校の時、競技会の帰りに、よその学校の奴に無理やりやられたんだ」って告白してきたんだ。そいつとは、それっきりになったらしいんだけど・・。」

「そんなこと、なんでお前に言ってきたんだ」

「それは、わからんけど 俺 その時、葵を抱きしめたんだ わからん感情だったよ そーしたら、あいつ 泣きながら「もっと 早く 慎二に会ってたらね」って 葵にしたら、すごくしおらしかったヨ」

「それでか」

「あぁ 公園の先まで歩いて行ったら、ネオン見えて、自然とな でも、葵はちゃんと抱いて欲しいって言ってたから」

「そんな お前らしくないな」

「うん 責任逃れするわけじゃぁないけど 葵は 一度切りでも良い 昔のことを忘れて、初めての想い出にしたいからって言ってた 責任は押し付けないって」

「葵らしいな そのこと、僕は、聞かなかったことにしといて良いのか」

「うん そーあって欲しい モトシだから話したけど そーいえば 茜ちやん、学祭の時、みょうに色っぽくなっていたなぁ なんか、あったんか」

 - - - - - - - ☆ ☆ ☆ - - - - - - -

 12月初めの日曜日、僕は、絢を水族館に誘った。弁当は要らないから、近くの店でビザを食べようと言っておいた。

 水族館では、ひさびさなので、絢もはしゃいでいた。僕は、サンゴに見とれていた。それから、港のほうに歩いて行って、ピザのお店に入った。若い男の人が独りでやっていて、時間がかかったが、僕は気にしない。それよりも、タバスコの辛みは欲しいんだけど、あの匂いがイマイチなんだ。

 お店を出て、夏は海水浴場になる砂浜で遊んだ。絢も靴を脱いで、波打ち際に入っていた。長めのフレァなワンピースを着ていたので、時たま、寄せる波に裾を濡らしていた。

「ウチ どんくさいよね」と、言いながらも、波に向かって行く。

 僕も、構わず、絢に波を掛けて、絢がやめてよと言うのを、楽しんでいた。 

 遊んだ後、僕は絢と手をつないで、松林の歩いて、その先の派手な建物を目指していた。近づくと、絢は足を止めて、首を振ってきた

「いや モトシ あんなとこ」 察したのだろう あそこに行こうとしているのを

「絢が欲しい いいだろう?」

「ううん あそこじゃぁ 嫌 モトシは嫌じゃぁないんだよ でも、初めてがあんなは 嫌やぁ ごめんなさい」

 絢は泣きべそになっていた。僕は、あきらめていた。

「ごめんなさい ウチ 全部、モトシのものになりたい でも、大切な想い出にしたいから 待って ごめん」

 僕達は、あまり話すことなく、帰ったんだ。べつに、絢に対して、怒っていたんじゃぁないんだけど・・。

8-⑸
 12月初め、絢と会っていた。

「23日、空いている? 23日から、帰りたいねん。モトシのお誕生日やし、どこかでXmasしよ」

「23は特講があるんや それに、今年は、幸一郎君の勉強も見てやりたいから、帰らんとこ思ってるんよ」

「えー 帰らへんのー そんなん、ウチ、いやや どうしたら、ええのん」

「絢は 別にー 帰ればええやん お父さんなんか楽しみにしてるんやろー」

「でもなー 茜も京都行くって言ってるしなー あー ウチんとこ泊ることにして欲しいって」

「あっ そうか まだ、付き合っているんか?」

「うん あれから、2,3回来てはるんやで・・小野原さん 最低、月に一度は会うことを約束させたんやって うまく、いっているみたい」

「そうか 綺麗になっていたもんな びっくりしたよ」

「そうよね ウチもな 化け方聞いとくわ なぁ 23は午前中やろー ウチな一緒にな・・」

 絢は、下を向いて、しばらく黙っていたが

「一緒にXmasしたいねん 泊って・・・・モトシも、20才やん それで・・ウチな・・」

「ありがとう 絢 じゃぁ その日はいっしよに行くよ」

「あのなー このままやったら 心配やねん 川崎葵さんとか、1年の子も モトシを見ている眼が気になるねん 取られたら、いやや だから、ウチ 覚悟したんや でもね したからって、責任感じんとってな ウチの勝手やから」

「絢 そんな心配するなよ」

 - - - - - - - ☆ ☆ ☆ - - - - - - -
 僕達は、瀬戸内海を一望できる高台のホテル来ていた。もう、夕陽になりかけていた。チェックインの際、僕は、少し迷ったが、水島基、絢と書いた。それを見ていた絢は、ルームキーを受け取ると、腕を組んできた。

 部屋に入ると、見事なくらい夕焼けに染まった海が見えて、船も行き来しているのが見える。大きめのベッドが並んでいた。だけど、絢は海を見て、はしゃいでいた。僕は、後ろから、絢を抱きしめて、唇を寄せていった。そのまま、ベッドに押し倒したんだけど

「あーん 待って もうすぐ夕食やん ウチ 着替えるねん」と、チュッとして、バスルームに向かった。

 出てきた絢を見て、びっくりした。濃いめの化粧だったが、目元がはっきりしていて、まつげも濃く、唇もピンクに近い赤でツヤツヤしている。赤い大きめのイアリングを付けていた。袖のないサーモンピンク系のフレァなワンピースに薄い白のボレロを羽織っている。綺麗だ。今まで、見る絢の中では一番綺麗だと思った。僕は、白いポロシャツだ。つり合い取れないような気がしていた。

 夕食は、洋食を選んでいたが、飲み物を聞かれた時、絢は

「モトシ お誕生日のお祝いだから、シャンパンにしましょうよ」と言ったが、僕は飲みなれないし、ビールにしようと反対した。

 食べている時でも、周りの人がチラチラと絢のほうを見ているのを感じる。それだけ、華やいでいるように見えるんだろう。時々、絢が料理においしいーと声を上げていたので、よけいだ。デザートの時、小山になったアイスクリームに花火が刺さっていて、お店の人が「ハッピーバースデイ ホテルからのプレゼントです」と言って、置いてくれた。レストランを出る時、絢はわざわざ給仕の人のところに行って、「おいしかったです。ありがとうございました いい記念になりそう」と、お礼を言って微笑んでいた。そういう風に、躾けられているんだろう。

 部屋に帰って、僕達は、窓際のソファーで夜の海を眺めていた。遠くにチラホラと灯りが見え、船が通る時もある。絢は、首を預けてきていた。しばらくして、僕は

「お風呂 いこうか 大浴場」

「ウチはお部屋で入る モトシ行ってきて」

「なんで 一緒にいこうよ せっかくなのに」

「いいの! どっちみち、いっしよに入られへんやん」

 僕が出ようとした時、絢が抱き着いてきて、キスをしてきた

「絢 きれいだよ」

「モトシ 大好き あとでね」

 月明かりの、静かな海を見渡せた風呂から、帰って来ると、部屋ん中はうす暗く、ベッドのフットライトの灯りだけだった。

「絢 居るのか?」

 すると、ソファの陰から立って現れた。月明かりを背に下着だけの絢だった。近寄ると、胸元も裾も大きなレースをあしらった長めのキャミソール姿だ。髪の毛も結んでいなかった。

「えへっ 可愛いでしょ コレ 気に入ってもらえた? ウチが お誕生日のプレゼント」

「うん とっても 可愛い」と抱きしめて、こんなに肩が薄かっただろうか、

 ベッドに連れて行って、明るくした

「嫌だ そんな明るいの」

「いいんだよ じっくり見たいんだ 絢の全部」いつもの柑橘系の香りがする

 僕達は、そのまま愛し合った。今までの想いを全部、ぶつけあった。絢も、ひたすら、こらえながらも、応えてくれていた。

 抱き合ったまま、朝を迎えていたけど、目を覚ますと、絢は僕を見つめていて、キスをしてきた

「ねぇ もう一度・・痛いの我慢できるし・・」と、抱き着いてきた。

「他の子と しちゃぁ嫌よ ウチ いつでも モトシのもんになるから」

 僕達は、駅で、別れを惜しみながら、分かれた。別々に、新しい年を迎えることになる。

第九章

9-⑴
「先生、正月うちに来てよ 寮じゃぁ食事出ないんだろ 大したもん無いけど、ゆっくりしてくれりゃぁいいよ 幸一郎達も喜ぶから」

 大晦日は1時までやっているから、元旦の少し遅めの10時に来てくれと言われていた。お店に行くと、富美子ちやんが飛んで出てきて、客席の奥の座敷に連れて行ってくれた。お父さんは、もう飲み始めていた。

「先生、まぁ 飲んでくれ」とお酌をしようとしてきたけど

「僕は、日本酒はちょっと」と断ると、お母さんがビールを出してくれた。富美子ちゃんが隣にちょこんと座ってきて

「先生 これ 富美が作ったから 食べてー」鯛のカルパッチョ風

「お母さんに言われて、混ぜただけじゃないか」と、幸一郎君がポツンと

「お兄ちゃん ばらさないで 裏切者」と、すねた顔をしていた。

「おいしいよ 富美子ちゃん」と僕が言ったら

「ほんと よかった」と、無邪気な笑顔で返してきた。

 しばらく、食べていると、お父さんが

「幸一郎 先生に頼んで、一緒に神社にお願いしてこいや」

「うん 行こう 行こう」と富美子ちゃんが、先に反応した。

「だめだよ 受験のお願いだから、先生とふたりで行くんだ」

「お願いよー 富美 邪魔しないから」

「じゃぁ みんなで行きましょうよ」とお母さんが言ったけど

「ワシは ゆっくり 飲んでいる 今日くらいは飲ませてくれよー」

「明日から 仕込み始めるんだから 飲み過ぎないでよ」とお父さんの背中をポンと叩いていて、立って行った。着替えにいったんだろう。

 路面電車に乗り、少し、歩いて天満宮に向かった。中に短いジャンパースカートを着ているはずの富美子ちゃんが、ダッフルコートだけが歩いているようにしか、見えない。細く、長い脚が真っ直ぐに伸びている。あの両親に似ているとは思えないのだ。

 人も多かったけど、それまで、お母さんと並んで歩いていた富美子ちゃんが、境内に入ると、僕の腕を取ってつかんできた。
 お参りが終わって、帰り道でも、富美子ちゃんは僕の腕をとって組んだままだ。

「富美 先生と仲が良いんだね 神社で何をお願いしたの?」とお母さんが聞いていた。

「うん お兄ちゃんが合格しますようにってお願いした」

「富美 お前って」と幸一郎君が思わず言ったら

「違うよ 馬鹿な兄を持ったら、かわいい妹が苦労するからね」と、言い放って、逃げて行った。

 夕食も一緒にと誘われたが、遠慮した。寮にご飯の用意が無いのはわかっていたが、なんだか、自分勝手にやりたかった。

9-⑵
 絢が帰って来るというので、僕は、駅まで迎えに出ていた。改札の向こうから手を振ってきた。

「会いたかったわー 淋しかった」と、飛び掛かってくるような勢いだった。

 僕達は、駅前のコーヒーショップに入った。

「今年のお正月はつまんなかったわ モトシは、何してたん」

「うん 家庭教師以外はブラブラしてたかな」

「やっぱり帰ったら良かったのに ウチな、成人式の写真撮ってん 成人式はこっちやろー だから、早い目にな」

「えー 絢 成人式 こっちなん?」

「そやでー モトシもやろー」

「いや 僕は、あっちやでー 住民票、向こうにしてるから」

「えー 移してへんのー」

「うん 免許取ってから、戻した」

「なんなん! ウチ、そのままやから、ここで成人式やわ なんで、言うてくれへんのー」

「いや そんなん 寮も移ったし まだ、住むとこも、安定しーひんしな」

「えー どーしょー 一緒に行ける思っとったのに」

「いいよ 絢だけ行けよ 付いて行ったるし・・」

「ほんま 茜も光喜君も来るやろしな あとなー ウチのお母さんも来るねん 着付けしてくれるって その日は、おばさんと一緒に泊るみたい たぶん、ウチも行くけどな」

「そうか でも、詩織ちゃんは、別なんだ」

 - - - - - - - ☆ ☆ ☆ - - - - - - -

 慎二が帰ってきたんで、成人式のこと話したら

「俺も、住民票置いてきてるんで、あっちや ええやん 二人で付き添いしよー 終わったら、祝杯しようぜ」と言ってくれた。

 メンバーは、僕と慎二、光喜、絢、茜ちやんと葵も来るかも知れない。

9-⑶
 お母さんが来るんで、私は、駅まで迎えに行った。モトシも一緒に来てくれていた。お母さんは改札を出てくるなり

「もとし君? まぁー すっかり、逞しくなって 何年ぶりかしら わざわざ、来てくれたのー」

「お久しぶりです。 遠かったでしょう」

「いいえ 久々の旅行で楽しかったわよ 一人旅気分 それより、もとし君に会えるなんて思ってなかったから、嬉しいわ ねぇ 絢 その辺でお茶でも飲みましょうよ」

「でも おばさんも待ってるからなぁ」

「そうなの じゃぁ もとし君も一緒に来てちょうだいよ いろいろ、お話したいのよ」

「はぁ でも、いきなり、お邪魔するのは・・」

「うん ウチからも、お願い 来てぇー おねがい みんなも、きっと、歓迎するわよ いい機会だし」

「絢がそー 言うんならしょうがないか」

 私達が、藤沢さんのところの玄関を入ったら、お姉ちゃんが出てきて

「いらっしゃい お久しぶりです アラッ もとし君も お母さん もとし君も来てくれたんだわ」と、台所に声を掛けていた。

「どうぞ、上がってください。もとし君もよく来てくれたわね あがって、遠慮しないでね」とお姉ちゃんは奥へ案内してくれた。

「まぁ まぁ ようきんしゃった おつかれやろー」と、おばさんが台所から顔を出した。お茶をすすめながら

「なんか、澄香とか絢ちゃんから、話、聞いているから、初めてみたいに思えないわね 思ったより、がっしりしちょるのー」

「初めまして 水島基 です」

「もとし君 そんなに、かしこまらないで 気楽にして」とお姉ちゃんが言ってくれた。

「ねぇ もとし君 お正月帰らなかったんでしょう お母さん 淋しかったんじゃあない」

「はぁ 家庭教師やっている子が、高校受験なんで、一緒に追い込みしようと思って」

「大変よね 自分の勉強もあるのに よその子に教えるってね大変なのよ 澄香も教師になってしまったから・・」と、おばさんは、愚痴っぽく言っていた。その時、お姉ちやんは、台所に行っていた。

「もとし君は海洋なんだって 船乗りになるの?」

「いえ そー言う訳では 僕は、海の環境を勉強して・・生物が生きていけるように」

「そーよね 最近、お魚取れなくなっているものね でも、養殖の勉強もするの?」

「お母さん そんな風に 質問ばっか やめてよー モトシ答えられないじゃぁ無い」と、私は、少し、怒った。「ウチのお部屋からも、お城見えるんだよ」とモトシを誘って、逃げた。

「女の子の部屋に入るのって、初めてだよ ほんとに、お城見えるんだ」

「そーだよ すごいでしょー モトシと初めて登ったとこ」と、言って、私は抱き着いて、キスをねだってきてた。
「来てくれて、ありがとう ごめんね、いろいろ聞かれて」

「かまわないよ いい機会だから」

 その時、おじさんが帰ってきたみたいで、お姉ちやんが呼びに来た。

「お楽しみのところ、申し訳ございませんが、父が会いたいと言っております」

「お姉ちやん そういう言い方やだぁー」

「絢 顔が赤いよ」と返された。バレていたのかな。

 おじさんは、着替えもしないで、座敷に座っていた。ふたりで降りて行くと

「やぁ 君が水島君か 話だけは聞いていてな 会いたいとは、思っていたが」

「初めまして、水島基と言います」又、初めから、挨拶だった。

「飲めるんだろぅ 澄香 コップを まぁ 隣にきんしゃい」と招いた。

「澄香が太鼓判押しちょったから、どんな男かと気になっちょった 絢が惚れた男とはな 本町さんの前じゃが、ワシも大切なお嬢さんを預かっちょるからな」

「お父さん そんな 言い方 失礼よ」とお姉ちゃんが言ってくれた。

「あー すまん そんな気じゃないんだ ワシはいつも、こんな言い方しかできんから、悪いのー」

「いぇ 気になるのは、当たり前と思います。でも、僕は、真剣にお付き合いさせてもらっています」
 
 私、うれしかった。がんばれモトシ。

「そうか 海洋なんだって、海の勉強してるらしいね どんな事を」

「僕は、海の環境に興味あります。魚達の住みやすい世界。変化する環境をどう守れば良いか、特に、サンゴに注目して、彼らを守るということが、安心して、そこに住んだり、卵を産んだりすることができる。小さな魚を守り、それが連鎖的に魚全体を守ることになるんだと、信じています。その結果が、最終的に、人間にとっても、今までの恩恵に預かれるんだと」

「ほぉー すばらしいね それは、我々にとっても、夢があるなぁー そうか まぁ 飲んでくれ 寮じゃぁ ろくなもの食べてないんじゃろ 食べろ 食べろ ワシは息子が居ないようなもんだから 澄香も彼氏おらんしのー 絢の・・だ まぁ、息子みたいなもんだから 遠慮せんでな」

「おまんは あんまぁー 飲み過ぎたら、あかんぜょー 今日は、絢ちゃんが主役やから」とおばさんは、釘を刺していた。

 ほどほどにして、モトシは帰って行った。送らないで良いって、言ったから、私は、玄関先で、チュッとして、送り出した。

「いい男だがねー 奥さんが、絢ちやんを、託したんがわかるわ」

「だから 私 言ったじゃない 絢を任せても大丈夫だって」と、お姉ちゃんも添えてくれた。

「うん 言いたいこと言いよる 男はあれでよかぁー 身体もしっかりしちょる 絢が惚れるのわかるのー なぁ 本町さん」もう、おじさんは、少し、酔ってきていた。

「はい 主人は解りませんが、私は、この娘が望むんだったら、申し分ないと思っています こちらに来ると言った時から、自分の信じたようにすれば良いと」

「おかあさん ありがとう」あの時、お兄ちゃんだけじゃなくて、お母さんも後押ししてくれていたんだ。

「そうだ 明日は 本町さんと泊りに行くんだけど、絢ちゃんも一緒だよね」とおばさんが言ったら

「そうよね 絢 そうだ もとし君と一緒に泊れば」とお母さんから、何てことを

「お母さん ウチ そんな・・」

「本町さん そんなこと・・」と、おばさんが驚いていた。

「アラッ 構わないわよ もう、絢はもとし君のものみたいなものだから 変かしら」

 私、お母さんがここまで言う人だと思ってなかった。
 

9-⑷
 結局、光喜と茜ちゃんは、高校の時の集まりの方に行くつもりだという。僕と慎二と絢、葵のメンバーになってしまった。美波と詩織は地元に帰ると言っていた。

 式典は、11時からだったので、僕と慎二は会場の前で待っていたら、絢がやってきた。いつものように、小走りだ。ごく薄い青の白生地に織刺繍がしてあって、大きな牡丹だろう花を金糸と赤糸で飾ってある。襟元は紅色で、花模様の着物の中では、目立つ。

「だから 絢 いつも、そーやって走るなって 転ぶやろー」と、僕はいつものように言った。

「でも なんか 顔見ると、走ってしまうねん ちょっとでも待たせるの悪いなって」

「絢ちゃん 綺麗になったなぁ 着物のせいかな」と、慎二が言ったが、絢がなにか言おうとしたら、葵の姿が見えて、そっちに手を振っていた。
 葵は、何人かに、手を小さく振りながら、こっちに来た。葵も、明るい紺地に上から下までの葵花の刺繍がしてある、目が覚めるような着物だった。葵は化粧していないけど、目鼻だちがハッキリしているので、おそらく、綺麗になるんだろうなと、僕は、思った。

「ごめんね 待った? 家の人に送ってもらったんだけど」

「いや 別に それより、あっちはいかないで良いの?」と、僕は聞いたけど

「いいの あんまり、仲良くしてなかったから」と、葵は素っ気なく言っていた。

 少し、離れたところに、大勢のグループの中にスーツ姿の光喜が居た。何人かは、羽織袴の男も居る。そして、吉川すずりも。相変わらず、きれいだ。周りの女の子の中でも、ひときわ、めだつ存在だ。目元がハッキリしていて、唇も薄いせいだろうか。

 会場への移動が始まった時、茜ちゃんが絢のそばにやってきて、「絢 後で 一緒に写真撮ってね」と言って、グループに合流していった。彼女は女子高だったので、女の子だけなんだが、僕も、びっくりした。学祭で見てから、あの時から、又、女っぽくなるのかと。あんな幼顔だったのに・・。

 僕と慎二は、遠慮して後ろの方に座ったが、絢と葵は、ふたりで、前の方に行った。気まずいんだろうなと思っていたが、出てくるときには、笑顔で、なにか話会っていた。言ってたように、茜ちゃんが、絢と一緒のところの写真を誰かに撮ってもらっていた。最後に、僕等みんなと、撮ってもらって

「ごめんね 今日は みんなとは、あんまり、会う機会が無いからね」とバイバイして行った。

 市街地の居酒屋目指して、歩き始めて、絢は僕の腕を組んできた。後ろから、慎二と葵が並んで、付いてきているんだけど

「ねぇ 慎二 手つないでもらってもいい?」と葵が言っているのが聞こえた。

「おう 気づかんかった 葵 便所行って、手洗ったかぁー」

「あのねー 慎二こそ洗ったの」

「うん お互い様や」と言って、手を取っていた。

 お店に着くと、それなりに混んでいたが、席に着くと、女の子には店側から前掛けを用意してくれた。

「こんな着物の美人を前にして、飲むことって、二度とないと思う。成人 乾杯」と慎二が音頭を取った。

「私 良かったわ こんな仲間が居て 中学も高校も 私、泳いでいたばっかりで、親しい人居なかったから 絢もこんなに気やすいって、今まで思ってなかったから」

「ウチもなぁ 葵って、冷たそうで、授業で一緒なんだけど、話掛けれんかったんや キリリとしてるもん」

「そんなことないよ 絢こそ、真っ直ぐに座って、先生の方だけしか見てないし、同級生の中でも美人って言われてたし、近寄りがたくって、でもね、吉川さんとは違って、・・あの人は周りを気にしているようで、みんなに愛想ふりまいて、ああいう人は、私、嫌いなタイプ」

「そうか 僕は、君達が打ち解けてくれて、一安心だよ もう、名前で呼び合ってるものな なぁ 慎二」

「そうそう 最初、取っ組み合いになるんかって思ったよ 葵が来た時、絢ちゃんの眼付き怖いんだもの」

「ごめんなさい 私、葵ってモトシのタイプみたいに思えるんだもの 美人だもの 警戒してたの」

「あらっ 美人っていわれたの初めて 絢 ありがとう」

「いや 僕も 化粧したら、すごい綺麗な顔立ちだと思うよ 淡麗って感じ 今まで、言わなかったけど」と僕も続けたら

「葵はさ こんな愛嬌もないのに、化粧なんかすると・・俺は、そのままの方が良いよ」と意味深なことを言ってきた。

「私 どうすれば、良いのよ ほんと慎二って、そういう言い方、ずるいよね そんなことばっか言って 女の子の気をひいて だから、下の子も騙されちゃうのよ!」

「ねぇ 下級生っていったら、水泳部の細い子 葵に感じの似た子 って、どうなの いつも、モトシの側に居る」と、絢が突然言い出した。

「絢、酔っているのか あの子とはなんでもないよ」と僕は、慌てていた。

「ああ 宏美のことだろう 二人は出来ているよ 心配だったら、絢ちゃん、別れろ」と慎二は又、あいつ流の冗談を言ったら

「絢 心配しないで モトシはあの子を女としては相手してないから たぶん、憧れているだけだから あの子も、高校の時、水泳一本だったからね そういう方面は大学に入って、気が緩んでいると思う」と葵はしみじみと言っていた。僕は、絢の心配を、又、言っているだけと思って、弁解もしないでいた。

「葵 気使うこと無いよ 絢ちゃんはね そんなことでモトシが揺らぐような奴でないことを信じているから 言っているだけ むしろ、宏美のことを気遣っているのかも知れないから」

「慎二君 私そんなに出来た女じゃないわよ 君の彼女は大変だね 葵の苦労 わかるわ こんな男の側に居て」と絢も返していた。

「そうなんよ この人、馬鹿みたいなこと言っているけど、たまに、ポンと真面目なこと言ってくるから、みんな、それに、魅かれちゃうのよね 私も、最初は、モトシみたいな真っ直ぐな人がいいなって、思ってたけど、絢が居たから、かなわないなと思ってね」

「ごめんね 私は、モトシから離れない。モトシに嫌われないように必死なんよ」

 店を出て、絢は電話していた。お姉ちゃんに迎えに来てもらって、一緒に泊るんだと言っていた。お母さん達は先に行っているらしい。

9-⑸
{この話は、途中から R18 に移動させています }

 2月になって、ふたりともクラブを終えて、大学のカフェに居た。

「絢 22日誕生日だろう 20才だな お祝いをふたりでしょっ」

「うん どっかに、ご飯に行くの?」

「いや 海辺で泊ろうかと思ったんだ」

「お泊りかぁ いいよ Xmas以来だね たぶん、アレ終わっていると思う」

「アレって?」

「いいの! アレよ 茜のところに泊りに行くって言うね」

 - - - - - - - ☆ ☆ ☆ - - - - - -

 その日も、カフェでお昼を食べてから、出掛けようと言っていたので、さっきまで、慎二も居たが、バイトがあると言って、先に出て行った。

 ふたりで駅前まで言って、バスに乗り換えた。ふたりとも、少し、緊張していたように思う。バスの中では、あんまり話をしなかった。着いて、海に向かったが、風も強く、早い目にチェックインした。

第十章

10-⑴
 3月の末、幸一郎君が、希望の高校に受かったと連絡があった。ほっとしたが、僕はそろそろ就活も始まるので、家庭教師を降りることにした。その旨を伝えると、お祝いをやるので、一度顔を見せて欲しいとのことだった。僕も、二人の顔を見れなくなるのは、何となく、物足りない気もしていた。富美子ちゃんのことも、別の意味で好きだったから。

 4月のはじめ、休業日ということで、お店に伺った。今日はテーブル席に料理が並んでいた。海鮮の巻き寿司もつくってあった。お店にはいると、みんなで迎えてくれた。僕が、来るのを待っていたようだ。

「じゃぁ 幸一郎 合格おめでとう」と、みんなで乾杯した。

「先生 僕は、高校いったら、サッカーやるよ 店も少しづつ手伝うよ」

「そうか 少しでも、お父さんとお母さんの助けになるといいね 勉強のほうも、今の調子でな」

「わかっているよ みんな、頭の良い奴ばっかりだしね 普段から、ちゃんとやるよ」

「先生 もう、来ないんだよね 私、悲しくって 食欲もなくすんだよね」と、富美子ちゃんが言ってきたが

「あら いつも、お腹すいたーって言ってくるのは 誰なんだろうね」とお母さんが。

「先生 寮なんだろう いつでも、飯食べに寄ってよ 金なんか要らないし この娘達も合えると嬉しいんだから」と、お父さんも言ってくれた。

「そーだよ 先生 私とデートしてよね 今度は、動物園いきたい」

「富美は、まだ、子供なんか」と、幸一郎君があきれていた。

「そーだよ へんな男の子より、先生の方が安心だし、好きなんだもの ねぇ 先生お願い」と泣きそうな顔をしてきた。

「いいですかね?」と、両親の了解をもらった。

「じゃぁ 考えておくよ」と返事したとたん、可愛い笑顔で応えてきた。 

 - - - - - - - ☆ ☆ ☆ - - - - - - -

「モトシ 俺 寮、出ることにした。部屋、借りるわ ええとこあったんでな 急やけどな」

 入学式前に越すというので、手伝いにいった。と言っても、何にも、持ってない。布団、衣類、教科書類だけだ。近くなので、寮にあった古いリヤカーで運んだ。

 葵が家にあった使わない食器とか鍋を持って、手伝いに来た。炊事場とか便所を、懸命に雑巾がけしていた。

「テーブルぐらい要るなぁ モトシ付き合ってくれ 買いにいく」と、葵にかまわず、僕に声を掛けてきた。僕は、葵がいじらしく思えてきた。

 食べ物も買ってきたので、3人で飲んでいたが、1時間もすると、葵が「帰るね」と言って、帰っていった

「なんかさー 葵に冷たくないかー」と慎二に問いかけたが

「いやー 別にー いつも、あんなもんだよ あんまり話す奴じゃないしな」

「あれから 抱いたのか?」

「いや あれっきりだ 一度だけって、話だったし 葵も、あれから、そんな素振りも見せない」

「なんか 可哀そうな奴だな お前のこと好きだろうにな あいつ、自分ことは言わないで我慢するから・・」

「うん 俺も、考えてないわけではないんだが 哀れみみたいな気持ちがあると、あいつに悪い」

 その時、美波がやってきて

「ごめんね 今、バイト終わった。片付けっていっても たいして、無いか」と、ビールを下げていた。相変わらず、明るい声だ。

「おう ちょうど なくなる頃だったんだ 助かる」と、慎二も美波には遠慮なしだ。

「葵 来てたんでしょ もう、帰ったの?  なんか、あんまり会ってないんだけど、最近、葵見てると、痛々しいよね 部長が負担なのかな」

「そうなんだよな あいつ、教育でもあんまり、親しい友達も居ないみたいだし、高校の友達も居ないって言っていた。成人式の時でも、僕等と一緒だったよ」と僕も、気になっていた。

「なんか 俺が、クラブのこと、あいつに任せっきりだから、悪いのかよ」

「それは、しょうがないよ キャンパス違うから 絢が、仲良くなったみたいだから、もっと、接するように、言ってみるよ あいつ、恥ずかしがり屋だけど、何とかするだろう」

「そうなの? 本町さんと葵 仲良しなの いつの間に あんなに、けん制し合ってたのに」と、美波は驚いていた。

 そうだよ、僕も慎二も、ふたりが、あんなに打ち解けると思っていなかったんだから

10-⑵
 次の日、絢に連絡して、会っていた。

「昨日 慎二君の引っ越しだったんでしょ 急だね」

「うん 良い所が空いていたからとかでな」

「モトシ 越さないの」

「うん まだ 考えてない」

「そーなん 越したら、ウチ、いつでも行けるやん」

「そーなんだけど バイト代もなくなるし、金かかるやん これから、就活でもっと金要るし」

「あのな ウチが出すわって、言ったら 怒るよね」

「なんで 絢が出す必要があるねん おかしいやろー」

「だよね でもなー ウチやって、して欲しいって思うことあるねん」顔が紅い。

 絢がそんなこと言うのって、よっぽどなんかなって思いながら

「いつも、してたら、燃え上がらんようになるかもよ まだ、学生だし ちがうねん 葵のことやねん 話って」と、僕は、話をそらしていった。

「葵 なんかあったん どうかしたんか?」

「葵がな 抱え込んでいるってか、思い込んでいるってか 水泳部のこと以外でも 僕等はキャンパス離れて、余計にな あいつ、あんまり親しい友達居なかったやろ 僕等以外 それでな、絢に」

「わかった 葵は、ウチとおんなじ匂いするから、嫌いじゃないよ 君達に代わって、ウチ等3人組でなんとかするよ たっぷり、いじめてあげるから」

「絢 いつから、そんな魔女みたいになったんや」

「うん 水島基の彼女になったときから」

 僕なんかよりも、絢はずーと成長しているのかも知れないと、ふと、思った。

「慎二は何で越したの? 葵の為じゃぁ無いんだ まさか、あの1年のチャラチヤラした子の為?」

「僕にも、解らない 女の為じゃぁないよ 多分 寮の先輩ともめたんちゃうかな」

10-⑶
 水泳部の合宿を終えて、直ぐ、入学式で、恒例の入部勧誘をしていた。今年は新2年生が張り切って、前に出て、声を掛けている。慎二が、活動の成績とか部員の紹介を書いたチラシを作ったので、それも配っていた。他の部でそれをやっているのは、天文ぐらいなものだつた。

 絢は、道着を着て勧誘の声を掛けていたのだが、こっちの方にやってきて

「葵 頑張ってー」と、葵の方に向かって、手を振って、又、戻って行った。

 葵もびっくりしたみたいで、手は振り返していたみたいだが、声は出なかったみたい。

「なに? 今の」と慎二に向かって、言っていたが、慎二は笑っているだけだった。

 僕も、わざとらしいと思ったが、絢なりに思ってくれたのだろう。結局、入部の名前を書いてくれたのは、女の子2人だけだった。今年は、経験者が居ないみたいなので、厳しい。

 帰り、僕達同期の4人は潮食堂に居た。葵が合宿の時の清算に来るというから、併せて、食べに来ていたんだ。

「なんかさー 成人式の時もだったけど、久々に見る絢ちゃんって、綺麗になったよな。色気っぽくなってさ、男の視線を集めているよね。吉川すずりもいたけど、やっぱり、地方ではな」

「慎二 どういう眼で見てんのよ モトシの前で」と美波は、イラついていた。

「そんな 俺は、褒めてんるんよ 美波 妬いているんか」

「私も、思ったのよ あの人って、すごく透明感があるのよね 私にしたら、すごく、魅力的」と、葵も言っていた。

「モトシ 大変だよ 掴まえておくの」と、今度は、僕に言ってきた。

「大丈夫だよ あんな、いい女だけど、モトシにぞっこんだよ なあ モトシ」

「ああ、僕達は固いし、鍵も掛かっているからな もう、絢の話はいいよ それより、今年の大学対抗どうする? 碧先輩も合宿来なかったしな」

「美波には、バタフライに専念して欲しい。自由形は美咲に任せて、宏美は背泳ぎ頑張っているし、私も平泳ぎ頑張る。今年は、番外で、混合リレーも3チームでやるって言うし」と、葵が言い切った。

「おい 男は、どうなるんや」と、慎二が言ったが

「男は、ふたりで頑張って 混合は、背泳ぎいないから、エントリー出来ないじゃない」

「お前 冷たい言い方するのー」

「しょうがないじゃぁない 慎二やモトシみたいにカッコいいのいないんだから」と葵も返した。

「だよなー 宏美に性転換させるかー すみませーん」と、慎二もおどけていた。

「あんた あのふたりの面倒もみてよ 慎二のこと慕っているし 今年は試合も出るからね」

「わかりました 部長」と、又、おどけていた。

10-⑷
 授業が始まって、初めてクラブの練習に入ったら、新入部員が女の子3人になっていた。美咲が後輩を連れてきたらしい。殆ど未経験だが、シェイプアップのつもりらしい。

 慎二は、あの二人を中心に指導している。特に舞野には厳しく、何回も飛び込みさせていた。舞野も最初は、笑っていたが、段々と笑顔が消えて、泣きそうになっていた。

「慎二、もう いいんじゃないの 泣いてるよ 見てて、可哀そうだよ」と、葵が止めに入った。

「もう少しで 身体で覚えなきゃあかんね まだ、やれるよな 舞野」

「大丈夫です やれます」と、舞野も応えていた。

 練習が終わった後、葵が、僕に

「この頃、絢がよく話掛けてきてくれるんよ 講義の前なんかいつも あの子、けっこう話すのね わからなかった。詩織なんか、お昼も一緒でね 楽しいわ」

「そうか あいつら、にぎやかだから うっとおしくないか」

「そんなことないよ すごく、楽しい私 高校の時も、そういうのって無かったから」

 慎二の部屋で飲んでいた。

「絢に頼んで、正解だったみたいだよ」

「うん 絢ちゃんは、不思議な魅力あるからな 性格も良いし 葵に合っているよ」

「成人式の時は、ひやひやしたけどな」

「俺は、心配してなかったけどな」

「うそつけ ずーと 二人を見ていたくせに」

「まぁ 絢ちゃんに、助けられてるってわけだ 俺も、あいつが、明るいと安心できるからな」

「僕も、気が楽になる」

10-⑸
 5月の連休に、富美子ちゃんと結局、動物園に行くことになった。朝、迎えに行くと、やっぱり店で待っていて、飛び出してきた。

 白いサロペットの短パンに野球帽をかぶって、長い脚が伸びている。又、背が伸びたみたいだった。駅前まで行って、乗り換えて、近くの駅から少し歩く。富美子ちゃんは、僕の腕を抱えるように掴まえてきた。去年とは違って、胸も大きくなっているようだ。

 中に入って、園内を見て周ったが、動物には、あんまり興味が無かったみたいだ。僕も、動物には興味がない。1時間位で全部見終わって、広場に行って、お昼を食べることにした。

「先生 これ 全部、私が作ったんだよ おいしいかな」

 ゴマ塩のおにぎりの真ん中に鮭のフレークとか佃煮みたいなものがハート型に載っている。あとは、アスパラをベーコンで巻いたもの、豚肉の照焼、トマトとか、茹で卵を半分に切って、こちらもマヨネーズを小さくハートにしてあった。

「おいしそうだね 富美子ちやん、頑張ってくれたんだ」

「うん 楽しみにしてたからね 頑張った 先生、食べてよー」

「おいしいよ ゴマ塩の加減もちょうど良い」おにぎりは、この子のは、三角だった。

「この頃ね お弁当、自分で作るようにしてるんだ お兄ちゃんの分も 私は、お弁当小さくてね おにぎり2コ位でいいんだけど、お兄ちゃんのが、大変なんだぁ 注文も多いし、お弁当箱大きいし」

「だろうな、食べ盛りだし、サッカー始めた行ってたから でも、えらいね 富美子ちゃん いいお嫁さんになるね」

「そうかな 先生がお嫁さんにしてくれたら良いのにね」

「それはね だめ 僕は、好きな人が居るから 勿論、富美子ちゃんも好きだよ でも、結婚するとなると、少し、違う わかるよね」

「うーん わかんない でも、いいんだぁー 先生に彼女いるの知っているから 先生 クラスの男の子って、なんで、バカばっかりなんだろうね 頭は良い子ばっかりのはずなんだけどね お前は今、生理だろうとか 体操の時に、あるんかって胸触ってきたりして もっと大きい子触ればいいのに 先生もそんなだった?」

「僕は、男子校だったからなぁ そういうの無かった でも、富美子ちやん可愛いから、構いたいんだよ」

「そーいう風にちょっかい出してくんのって、嫌なんだよなぁ 先生だったら、触られても平気なんだけどね 不思議だね」と、チョロっと舌を出していた。

「からかうんじゃぁない」と、富美子の帽子を押さえていた。

10-⑹
 大学対抗では、優勝したのは、慎二と美咲だけだった。美波は、バタフライに専念していのだが、100も200もタッチの差で2位に終わっていた。僕も、葵も宏美も2位だった。ただ、番外の混合リレーの女子は3チームの中では最終の美咲が頑張って、トップになった。

 宏美はよっぽど、悔しかったんだろう、レースが終わった後も着替えないで、裏で、泣いていた。
葵がそばに付いていたから、僕達は、声もかけなかった。今年になって、他の者よりも、黙々と頑張って、独りでランニングなんかもこなしていたから、なおさらだろう。

 試合が終わった時、4人で集まっていた。

「ほんと 2年の男、だらしないよね 二人とも、ビリだったじゃぁない。慎二もモトシも女の子にばっか、かまってるからよ」と、美波が痛烈なこと言ってきた。初めて、優勝出来なかったから、少し、イラついていたのかもしれない。

「でも、舞野は4位になったわよ 慎二が一生懸命教えていたし、未経験者なのに、すごいわよ」と、葵もかばってくれた。僕は、自分のことしか、やってなかったから、少し、救われた。

「次の部長はどうする? 」と慎二がみんなの顔を見ながら聞いてきた。

「実力からすると、美咲がダントツよね でも、ちょっと性格的に調子いいとこあるけどね」と、美波は言っていたが

「私は、周りを見ているのは、宏美だと思う。だけどね、この前、試合終わった後、側に行って声かけていたじゃあない その時ね、あの子、あんなに感情出したの初めてだよ でもね、何言ってもこたえないんだよ 自分の中で、押し殺しちゃって 私、背中をさするしかしてあげれなかった」

「葵 すまんな いつも、側に居る僕が、慰めるんかも でも、女の子だしな」

「モトシが行っていると、ややこしくなるから 葵で良かったんだよ」と、美波が言ってくれた。

「宏美はタイプ的に葵タイプだよな 葵より線が細いみたいだけど」と、慎二

「てもね あの子 最後に、 私、体操部の練習にも参加します って 鍛えるみたいよ 私より、強いわよ」と、葵が言って、続けて

「私にはあなた達が居てくれたから、心強かったわよ それに、この頃、同じクラスだから、詩織が2・3人でいつも一緒に居てくれて、絢も茜も、授業一緒の時には駆け寄ってきてくれて いろいろ聞いてくれるし、楽しいのよ」と、葵が言っていたが、僕は、絢もやってくれているんだと思った。

「今年も、男はだめか 女性部長は碧先輩以来、伝統になりつつあるな」と、慎二は嘆いていた。

「やっぱり、僕は美咲が良いと思う 宏美では、付いていく方も大変だ」と、僕の意見を言った。

 みんなも、同じ意見だったけど、その次がもっと大変だと感じていた。今年の新入部員3人は、未経験者どころか、みんな水泳に取り組む奴なんか居ないからだ。体育系のクラブは、どこも部員が少なくなっていくので苦労してるんだ。団体競技はもっと厳しい。

10-⑺
 前期試験が始まる前に

「今年も、みんなで来るでしょ?」と、美波が聞いてきたが

「試験終わったら、僕は行きたいところあるから、今年は遠慮するよ」

「あぁ 俺も、パス 就活で行きたいと思ってるとこある」と、慎二も言ってきた。

「じゃあ 下の子達も多分、来ないわよ 部長の件、どうする 何時伝える?」と葵が心配していた。

「試験終わったら、ミーティング開こ それまでに、葵 美咲に打診できるか」と、慎二が提案した。

「うん なんとかね 説得しておくわ」

「美波は就職どうするんだ?」と、僕が聞くと

「うん この辺でいいところ探しているだけど 葵も地元で先生でしょ?」

「私 決めていない どこでも、いいんだ」

 - - - - - - - ☆ ☆ ☆ - - - - - - -

「絢 試験終わったら、独りで行ってみたいところがあるんや すまんが、今年は独りで、先に帰ってくれ」

「なんでー どこ行くの? 一緒に行ったらあかんの?」

「うん 帰ってきたら、ちゃんと話す それまで、我慢してくれ」

「サンゴの研究所に行くんやろ?」

「うん どんなことやっているのか、自分の眼で確認したいし、 まだ、続くんかどうか 雇ってくれる可能性もあるのか」

「やっぱり、そうかぁー 南の島かぁー 元気で帰ってきてよ 海に沈んじゃあ嫌よ もう、ずーとしてないんやから 茜なんか、いつも・・」

「茜ちゃんは、就職どうするって」

「京都の採用試験受けるって 大阪にするかも知れんって 京都でも、田舎になると遠いからな でも、直ぐに結婚して、カメラ手伝うかもわからんって」

10-⑻
 僕は、直接、伊丹空港に戻ってきたので、絢に連絡して梅田で待ち合わせた。絢は、ウェストの前をリボンで結んだ白い綿ワンピースでやってきた。遠くからでも、少し、走っているから、わかる。

「ごめんね ウチ あんまり、来たこと無いから、地図見ながらやってん」

 地下街の広場で待ち合わせたんだけど、なんとか、わかるだろうと思っていた。

「行きたいと思っていた所、あんまり、調子良く無いねん 県の研究センターに行こうと思う。サンゴの研究も出来そうやし そのうち、元の所も、再開するかもしれないしな」

「そう ウチ モトシに付いて行って構わへんかな 仕事は、自分で考えるし」

「本当に良いか? 金銭面では苦労すると思うよ 絢なら、もっと、条件の良い人見つけられると思うけど」

「なんでそんなこと言うの ウチは、そんなん、気にせーへん モトシの側に居られたら、幸せや 負担になるのは、嫌やけど モトシこそ、こんなにかわいい娘、手離したら、あかんやん」

「わかった もう、言わない じゃぁ、これから、それに向かって、準備するぞ」

「ウチも、色々と考えるわ」

「先生になるんじゃあないのか 夢だろう?」

「うん でも、色々とな あるねん」

「まぁ あんまり、無理すんなよ なんか 軽く食べようか あっちの串揚げ」

「うん いこー ウチ 串って初めてやー」

 絢は、ほんとうに一般的な食べ物って初めてなんだなぁ。いつものように「おいしそう」って声を出していた。僕達は、ビールも少し飲んで、階段を上って行った。もう、外は、陽が暮れていた。少し、歩くと

「モトシ 入るの? 」

 先には、少し、ネオンが明るい建物がある。絢の足が止まった。

「うん 今日は、絢を抱きたい あんまり、機会ないやろー してないって言ってたやん」

「うん でも ウチ あんなとこ、恥ずかしい」

「下向いて、付いて来ればいいねん 僕も、初めてやから」

「あんなー ウチ アレ始まるかも、しれへんでー そーしたら、ごめんやでー」

 それでも、僕はもう歩くのを止めないで、そこに、向かって行った。絢は、僕に、しがみついていた。

 

10-⑼
 9月の初めに、戻ることにしていた。合宿は、もう、出る気が無いので、顔を出す程度で、良いと思っていたが、特講とかもあるし、就活の情報も必要だ。民間も受けておかないと、と思っていた。大樹と帰る前に会ったが、来年の3月に結婚するから、絢と二人で出てくれと、言われていた。

「ねえ 帰る前に、どっかに泊ろー」

「えー そんな、金無いよー 今月は、いろいろ使ったしなー」

「ウチ 出すやん いつも、モトシ、出してくれてるから 食事なしやったら、そんな高ないやん なぁ ウチ 去年泊ったホテルが良い ウチ 予約するね ダブルやったら、安いやん」

「うーん 別に、ええけどー」

 僕達は、昼過ぎ、神戸のホテルの近くでピザを食べていた。相変わらず、絢はおいしいと感激していた。

「茜って、お盆の間も神戸で泊ったんやって 違うホテルやけど 就活とか言って、出てきたみたい。もう、1年たったんやね あの子変わったよね 見て ホテルの横 大きな船 あれ、ナイトクルージングかなー あんな船の上でご飯食べても、気持ち悪くなんないのかなぁー」

「大きいから、そんなに揺れないと思うよ それより、せっかくの景色がもったいないよね」

「ねぇ 夕陽 ロープウェイ乗って、上から見ようよ」

 僕達は、割と歩いた、夕陽目指して。上に登ると、丁度、沈む頃だった。

「去年来た時もね 羨ましいカップルが居てね みんなで、ワァワァ言ってたんだ。今日は、ウチ等やね」と、腕組んできた。

「ふたりで、こうやって、夕陽見てるって、幸せだよね 一晩中、一緒に居られるし」

「僕等の間も、変わった。でも、絢がそばに居てくれて良かった」

「ウチも モトシで良かった 大好き」

 僕達は、暗くなるまで、そこに居た。帰り道、ラーメンにしょっかと、食べて、豚まんを買ってホテルに戻った。

「あっ 船 出て行ったんや なぁ ここの教会 すてきやんか 海の近くやし ええと思わへん」

「雨 降ってたら悲惨やでー」

「そーやけど あこがれるやん 女の子は夢見るんやで―」

 僕が窓の外を見ていると、絢がお風呂から出てきた時、ホテルのバスローブだったが、側にくると脱いで 胸元には、いろんな色の花のレースで飾られていて、脚元の横にはスリツトが入っている。まだ、僕は、こういう姿を見るとドドキしてしまう。

「また、しばらくの間 出来ひんようになるし、思いっきり、してな」と、言って抱き着いてきた。

10-⑽
 9月になって、合宿中の練習に1日だけ顔を出した。

「先輩 慎二先輩はこないんですか?」と、舞野が一番に寄って、聞いてきた。

「うーん 連絡とってないけど、就活忙しいん違うかな でも、打ち上げには参加するって言ってたよ」

「そう 私 タイム縮まったから、見てほしかったのに」

 葵は参加していたが、美波も来ていなかった。僕は、美咲と並んで、競っていたが、葵は、1年生の横について、メガホンで叫んでいた。宏美は、相変わらず、黙々とマイペースだけど、肩周りが大きくなっていた。
 
「葵 調子はどうだ?」

「うん 美咲がまだ、みんなに遠慮していてね 声かけが足んないだよ 宏美はすごいんだよ うちの合宿の前に体操部の合宿もこなしてきてるのよ 逞しくなったでしょう タイムも伸びているのよ 声掛けてあげてね あの子、夜も独りで走っているの」

「うん あとでな」と言いながら、男連中を励ましていた。ふたりとも、あんまり、元気がない。淡々と練習をこなしていたからだ。

「頑張っているみたいだな」ようやく、宏美がプールから上がってきたので、話し掛けた。

「ええ 自分で 1日のノルマ決めているんです」

「身体 壊すなよ トレーナー居ないんだから」

「大丈夫です 自分を追い込まないと、上に行けませんから 私、先輩に失恋したから、ふっきれたんです」

「失恋って 何にも、無かったと思うけど」

「ええ 私 勝手に思っていただけだから、気にしないでくださいね 先輩、打ち上げには、きっときてくださいね」

- - - - - ☆ ☆ ☆ - - - - -

 打ち上げには、慎二も美波も顔を出していた。

「慎二先輩 久しぶりです。 顔 見なかったから、淋しかったです」と言って、横に座ってた。

「おぉ 舞野 綺麗になったな」

「慎二 いつまでたっても、チヤライね そーいうの もう、セクハラって言うのかもよ」と、葵が嫌味ぽく言っていた。

「そうか 俺は、純粋に思ったこと言っただけなんだけどな やりにくいのぉ・・ 葵に言っても、ダメなのか」

「君は チャライし、バカなのか」と葵が返していたが

「美咲 今年も、学祭 店出すんか」と、慎二は話題をそらしてた

「やりたいです 先輩に手伝っていただけるんでしたら」

「俺は、いいよ 応援するよ 頑張れよ」

「今年も、やるのか 宏美、今年も串刺しやるか」と僕は、横で黙って座っている宏美にポツンと言った

「はい いいですよ 楽しいんです」と返してきた。

「別れないんですよね あの人と」と、ビールを継ぎながら、小さい声で言ってきた。

「えー いきなり、なんだよ 別れない、ずーと」と、僕は答えたが

「別れたら 知らせてくださいね 私 立候補しますから」と、葵は僕の顔を真っ直ぐ見ていた。

第十一章

11-⑴
 翌春、3月の末に大樹の結婚式が行われた。披露宴は大阪市内のホテルで12時からだったので、前の日に二人で実家の方に帰ってきていた。

 途中の駅で待ち合わせしたんだけど、絢はサーモンピンクのフレァーなドレスで、あの時、20才の僕の誕生日にホテルで着ていたものだ。薄い生地の白のボレロを着ているが、首元には、パールのものと蝶のネックレスを重ねてしていた。その恰好には不釣り合いに、大きなバッグも下げていた。

 会場に行くと、杉沢健一も着ていた。小学校の同級生でグループの仲間だ。もちろん、絢も同級生だ。

「モトシ 久し振り お前、肩の辺り、逞しくなったな 水泳やってるって、聞いていたけど・・ 本町かぁ 信じられないなぁ こんなになったの」健ちゃんから声を掛けてきた。

「健ちゃんも背が伸びたなぁ 勉強ばっかりでも、背は伸びるんだな」

「バカ言うなよ 筋肉無いぶん、上に伸びるんだよ」

 全部で30人ぐらいの小さな披露宴だった。席に着くと、僕達のテーブルには、僕等3人と、大樹の高校の友達男2人、くるみチヤンの高校の友達女2人の新郎新婦の友達関係の席だった。女の子2人は、化粧も濃いが、絢の方が、今日は薄目の化粧なんだろうが、清楚な美しさがある。僕は、誇らしかった。

「大樹から、お前等付き合っているの聞いていたけど、小学校から、ずーとなのか?」

「あぁ いろいろあったけどな 今はな 健ちゃん、彼女は?」

「いないよ もてないからな 機会もないし」

「そうか 背も高いのにな 就職どうした」

「うん 内定貰っているとこ、あるけど すんなり、行くと良いけどな」

「早いな 僕は、これからだ 県の施設に行こうと思っているから」

「本町も一緒に行くのか」

「うん 付いていく」と、今まで、黙っていた絢が、ほほ笑みながら答えた。

「本町は、すごいよな 小学校の時、最後に成績抜かれた時、ショックだったよ 正直言って 暗いし、どんくさい奴って思ってたもんな」

「今でも どんくさいよ」と、絢は受け流していた。

 会社の人とか、それぞれの高校の時の友人が代表でスピーチをしていたが、僕には、ありきたりのつまらないものに聞こえていた。仲人さんは、居ないのだ。最後には、ごく普通に花嫁の両親への謝辞があって、それでも、絢は涙ぐんでいた。でも、くるみちゃんも、愛嬌のある感じのかわいらしい花嫁姿だった。出口で、大樹に二次会があるからと誘われたが、会社の人が多いので、僕達は出席を断ってきた。

 健ちゃんとは、お茶を飲んで、別れた。僕達は、その日、絢の希望で、神戸で泊る予定にしていた。

「くるみちやん 綺麗だったね 幸せそうだったわ でもね ウチ モトシと一緒になれたら、それだけで幸せだから あんなの、ええねん」

「式要らんのか」

「二人だけで、ええやん 披露宴なんか、要らんわ」と、絢は身を寄せてきた。

 早い目だけど、チェクインして、抱き合って、夜になって、中華街で食事を済ませて、海辺の公園を散歩して、ホテルに戻ってから、又、僕達はお互いに求め合った。

11-⑵
 4月、僕達は4年になり、県の職員の採用試験が差し迫っていた。

「慎二は民間受かってんだろ」

「うん 内定貰ってるけどな 大阪本社だけど、長崎の試験場希望してんだ。どうなるか、わからんしな 公立の研究センター、受けるつもりだよ モトシ 決めたか」

「沖縄のセンターにとりあえず受ける 受かれば、それで良いし、なんとか、海の環境を守る研究が出来ればいいなと思っている」

「美波は地元の漁協に行くらしいけど、気になるのは、葵なんだよ 言わないんだよ なんか、聞いてないか」

「僕にも、言って無いんだ 地元の教員の採用試験だと思うけどな 詩織には、一緒に受けようと言ってたらしいが、民間の方が直ぐ辞められるから、その方が良いかな なんてことも言ってたらしい」

「そうか 気になっているんだよ あいつ もしかして、と思ってな」

「慎二のこと、待っているのか?」

「わからん でも、就職がはっきり決まったら、確かめるつもりだ もし、俺でも、いいって言ってくれるのか」

 - - - - - ☆ ☆ ☆ - - - - -

 夏が来る前、僕は、県の採用試験には受かっていたが、僕の希望している研究センターへの勤務では無いらしかった。慎二は、研究センターには合格できないで、民間の水産会社の長崎の実験場に行くことが決まった。

 葵には、数年後には、一緒になるから、それでも良ければ、待っててくれと言ったらしい。当然、葵は、それでも良いと言ったと思う。

 大変なのは、僕の方だ。本当に僕の目指しているものとは違うので、職を変えるかも知れない。そんな状態で絢を連れて行けない。

11-⑶
 僕は、絢と会っていた。絢は僕の手を取って握っていた。何の話か、覚悟してきているんだろう

「沖縄に行くことにした。ただ、僕の最終目的ではないと思っているんだ。周りには、いろんな島があるし、サンゴの生息地も近いから、色々調べて、環境研究が出来るようなところを探すつもりだ。だから、自分でも、将来的にどうするのか、わからないんだ。経済的にも、不安定だし、だから、絢を連れて行くのは・・甲斐性なくて、ごめん」

「モトシ 何言ってんのよ ウチ そんなこと、覚悟してたわよ ウチは、モトシに付いて行くって、決めてんの モトシには、迷惑かけないから、一緒のとこに行く。なんとか、するわよ」

「学校の先生になるのは、難しいだろう?」

「うん、無理して、モトシが他の所に行ったら、周りに迷惑かけるし、とりあえず、学校の先生はあきらめるけど、そのうちにね」

「絢にあんまり 負担かけるのもなぁ」

「そんなこと無いって ウチ モトシに完全にふられるまで、付いて行く。 一緒に居られるんだったら、仕事、なんでもするもん」

「絢 すまない」

「そんな風に言わないで モトシが海の環境を守ろうって言っているの ウチは好きだよ 思う通りにやってよ」

「モトシ ウチ等 もっと お互い、信じ合おうよ」と、絢に言われてしまった。

 - - - - - ☆ ☆ ☆ - - - - -
 
 私は、試験が終わって、直ぐに実家に向かった。お父さんとお母さんに、許しをもらう為だった。どう言っても、反対されるのは解っていた。他の皆からしたら、普通じゃぁ無いのも。

「お父さん お願い 私は、どうしても彼と一緒に行きたい」

「絢 大学の時は、ワシは、お前の好きなようにすれば良いと思った。半分、あきらめもあったけどな でも、4年間というのもあったからな 楽観的だった 今度は、違う 相手の男には、何の保証も無いじゃないか 一生の問題だ お前には、何の不自由もさせないように、お母さんも、大切に育ててきたつもりだ。それを、無駄にしろと言うのか」

「お父さんとお母さんには、感謝しています。 でも、彼がいなかったら、今、生きていることの楽しさを感じなかったわ だから、ずーと、付いて行きたい」

「しかしな ワシはあいつにも会ったことも無いし、どんな人間なんかもわからないし 確かに、絢が小さい頃は彼に感謝していたが でも、あいつから、絢と一緒になりたいとかも言われてないんだぞ」

「それはね 私が勝手に付いて行くって言っているだけだから・・」 

「そんな無茶苦茶な話、認めるわけないじゃないか 絢 少し、冷静になれ 絢には、もっと条件の良い男を見つけて、幸せになって欲しいんじゃ」

「私は、ずーと考えてきたわ 彼が居るから、私も頑張れる 全てよ 幸せだし」

「ワシ等の気持ちの考えてくれ もし、それでもと言うなら、親子の縁を切ってもと言うのか」

「あなた そこまで、言わないでも・・ 絢も、変な気にならないでね」と、黙っていたお母さんが初めて言った。

「モトシ君は、こっちへ帰ってきて、仕事する気は無いのか」

「そんな人なら、私は、好きになっていません 今の夢に向かって進んでいる彼が好き」私は、最後まで、泣かないで、言い切れた。

「絢 先生になるのは、どうするんだ 絵を通じて教えて行くんじゃぁないのか」

「とりあえず 採用試験は受けない 免許があれば試験はまだ先でも受けられるし」

 その時、お兄ちゃんが帰ってきた。私は、味方してくれると思っていたが

「紳は 呼ぶな あいつが居ると、言い含められるからな お母さんと相談する 絢がこんなに思い入れが強いと思ってもなかった 誰に似たんだろう」

「あら 私は、絢の気持ちわかるわよ 女の幸せってそんなものよ 頑固なのは父親ゆずりじゃあない?」とお母さんが言ってくれた。

11-⑷
 お盆の最終日、恒例となってる会社の人たちが集まって、中庭でバーベキューをしていた。私、お母さんと二人で浴衣姿だった。

 数日前、会社の及川さんに

「いとさん 社長はね、いとさんを宝物みたいに思ってはりますんや そやから、不幸になるかもしれへんのは、忍びないんでっせ せやから、社長の気持ちを考えて、はやまったことをすんのだけは、止めてといておくれやすな」と、言われていた。

 私は、ビールをみんなに継いでまわってた時、山本さんが

「いとはん 去年よりも、又、ずーと、べっぴんさんにならはられましたなぁー。来年、卒業でっしゃろー こっちで、先生にならはるんでっか?」と、聞いてきたのだが、

「絢は 卒業したら、沖縄に行く。親なんて、寂しいものでな 子供の幸せを願っても、それを押し付けても、うまくいかないかも知れんし、何が正解なのかわからん 絢が、自分で、幸せを掴もうとしているんだったら、それを信じるしかできんのだよ」と、お父さんは、言いだした。

 私は、持っていたビール瓶を、山本さんに預けて、背中からお父さんにおもわず抱き着いていった。

「ありがとう お父さん ウチ 幸せになるよ」

「おいおぃ こんなだから、可愛くて、いつもだまされるんだ」と及川さんに向かって、言っていた。

「社長 大学に行かはってからでっせー こんな明るく活発な娘さんにならはったんはー いとさん 良かったですなぁー」と及川さんも言ってくれて

「ありがとう 及川さんもお母さんも」私、涙が出てきていた。

「絢 そんな、泣き虫じゃぁ もとし君を支えられないよ」と、お母さんに言われた。

「絢 ただし、あっちの働く場所とか住むところはワシが決める。それくらいの心配はさせろ わかったな」

 私は、意味がわからなかったけど、とりあえず「うん」と返事してしまった。

11-⑸
 「絢 大学に戻る前、一度、沖縄に行ってこい 春からの就職先だけど 向こうの水産加工会社だ 電話では、お前のこと、頼んだけど、一度、挨拶に言っておかないとな 向こうだって、面接位はしておきたいだろうし」

「おとうさん そんな、いきなり ウチ、なんも、聞いてへんやん」

「わかっている これは、ワシの言うことを聞いてくれ 心配だし、訳のわからんところに、お前を行かせるわけにいかない カンコー水産は、仕事仲間だから、信頼できる。藤沢さんも、良く知っているところだ。」

「そんな ウチ 食品なんて 全然知らんよ 何も出来ひんよ」

「だから、行って来いって言うんじゃ 何が、出来るんか、確かめてこい 絢に出来ないことなんかあるものか と、ワシは思ってる」

 - - - - - ☆ ☆ ☆ - - - - -

 私は、空港からタクシーで、カンコー水産に行った。玄関を入ると、30過ぎ位の女の人が、迎えてくれて、会議室みたいなところに通された。すぐに、お父さんと同じ位の歳の人が入ってきて

「やぁ よく来てくれましたね 神谷です。君のお父さんとは、お互い、社長になり立ての頃からの付き合いでな こんなに可愛い娘さんが居たなんて知らなかったよ 連絡をもらった時はな、うちも、会社を大きくしていくのに、やらなければならないことが増えてきてな ちょうど、人が欲しいと思っていたんだよ 細かいことは、後で来る、息子の誠一郎に聞いてくれ」

「私 食品会社のことなんて、知らないんです。それで、父からよく聞いて来いと」

「今朝、藤沢さんからも、電話あってな 頭が良くて、素直な娘だから、直ぐに仕事は覚えると思うし、おたくの会社なんかには、もったいないぐらいだよと、言っていた。それに、彼氏のことも聞いている。県の職員になるんだって?」

「おじさん、そんなことまで」

「自分の娘のような言い方だったよ あの社長が人を褒めることは滅多にないという話だけどな」

 その時、年配の男の人と若い男の人が、入ってきて、私の横に来て挨拶しだした。私、あわてて立ったら、椅子を倒してしまって

「あっ すみません 本町絢と言います あわててしまって、ウチ、ドン臭いんでごめんなさい」

「あー 落ち着いてください 大丈夫ですから 私は、総務の田所と言います よろしく」

「私は、営業と仕入担当の神谷誠一郎と申します どうぞ、お掛けください」と、若いほうの人が言ってくれた。

 その後、絵のこととか、合気道のこととか聞かれた。なんで、沖縄に来たいのかは、聞かれなかった。おそらく、この二人は承知しているんだろう。そのうち、社長さんと総務の人は席をはずした。

「仕事の細かいことは、誠一郎から説明します。私は、ちょっと、失礼します」

 その後、先に工場を案内しますと言われて、白衣に着替えて、中に入って行った。工場の中はひんやりしていたが、熱で加工する場所では蒸気で、かなり室温は高い。全体で30人程が働いているということだった。

「割と年配の人が多くてね、若いものは数人しか居ないんだ。昔ながらのやり方が多くてね、これからの食品会社としては、至らない部分がかなりあるんだ。この辺りでは、優秀な人は、大きな会社か、東京に出て行ってしまうから、なかなか、良い人を雇えなくてね。僕も、高校を出て、直ぐに、ここに入ったものだから、役所とか大きな会社との話は苦手でね。あなたが、来てくれたら、基準書とか整備して、慣れてきたら、売り上げ出荷関係もやって欲しいと思っています」

「あのぅ 私、製造会社のことなんて、まるでわかりませんし、そんなこと出来るか、どうかわかりませんが」

「わかっています。でも誰でも、最初は戸惑いますよ。そういう方面を勉強してきた人でも、それは、一緒ですよ。そんなのは、入ってから、勉強してもらえば良いんです。社長も言っていたけど、その人の性格で選べば良いって 僕に、後は任すと言っていたのだから、多分、社長はあなたのことを気に入ったんだと思いますよ」

「そうなんですか 出ていかれたから、私、ダメだったんだと」

「それは、違いますよ 社長は、人と約束があったから 夕方、戻ってきます。 それまで、居てくれますよね お願いします。 引き留めておくように、出る時、言っていたそうですから 帰りの飛行機 予約してあるんですか?」

「いいえ 何時になるか、解らなかったから」

 その時、誠一郎さんの電話が鳴って、しばらく話していたか゛、話の途中、私を見て

「本町さん 今夜は泊っていけますか 社長の家に泊りなさいって」

「はぁ でも どうすれば、良いでしょう 父に聞いてみないと」

11-⑹
 結局、泊めてもらうことになった。会社から歩いても、近いんだけどと言いながらも、誠一郎さんが車で送ってくれた。

「もう、こっちへ向かっていると連絡あったから、直ぐに、帰って来ると思うよ」

「すみません ご迷惑おかけして 社長さんは、お子さんは?」

「迷惑だなんて、こちらこそ、父が無理言ってしまって 僕は、一人っ子なんだ。でも、結婚しているから、もう、孫がいるけどね 3歳の男の子」

 とか、言っているうちに、着いていた。社長の奥さんらしき人が出てきて

「いらっしゃい まぁ こんなに可愛い人なの どうぞ、あがって」

「初めまして 本町絢と申します 今日は、ご迷惑おかけしてしまって申し訳ございません」

「あら そんな、堅苦しい いいのよ 気楽にして 歓迎だわ ねえ、誠一郎」

「そーだよ 緊張してるみたいだよ もっと 気楽にな 本町さん」と言って、会社に戻って行った。

「ありがとうございます」と、言ったものの、緊張するの無理ないよなと、自分でも思っていた。

 少し広めのリビングに通された。奥にはダイニングキッチンが続いている。冷たい紅茶を出しながら

「こっちは、暑いでしょう でも、少し湿度はましになったけどね 絢さんは、お肉大丈夫? 今夜、用意するから」

「はい 大好きです 嫌いなもんないんです」

「そう 良かったわ 関西のお肉に比べると、かたいかも知れないけど、赤身多いからヘルシーよ キューイをしばらく、乗せておいて置くの フルーティで柔らかくなるのよ」

「うぁー 楽しみです お料理、教えてくださいね」

「いいわよ あなた、本当に可愛いわね あー でも、そのお洋服 着替えなんて、持っていないわよね」

「ええ 換えの下着は持ってるんですが」私は、黒のスラックスに長袖のYシャツだった。

「いいわ 郷子さんに、言って、何か持ってきてもらうわ」誰のことかわからなかった。

「やぁ お待たせしましたな 悪いね 引き留めて お父さんには、連絡しておきましたから」と、社長さんが帰ってきた。

「あなた 誠一郎にも、来てもらっていいかしら 郷子さんにも、絢さんの着替え頼むつもり」

「ああ 顔合わせしておいた方が、良いだろうからな 連絡しなさい ワシからも誠一郎に早く帰るように言っておく」

「すみません 私のために、いろいろと」

「せっかく、お出でいただいたのに当然ですよ どうですか、誠一郎から、会社のこと聞いてもらえたかな 古い体質でね それでも、取引先が増えてきて、早々に、会社としての体面を整えなきゃならんのだよ どうだろう 本町さん 手伝ってもらえるかな」

「えっ 私 採用していただけるんですか」

「勿論だよ ワシは君が会社に来た時、窓から見さしてもらっていたんだ。会社の門の外で、車から降りて、その去っていくタクシーに向かって、お辞儀をしていたし、歩いてきて、ウチの玄関に入る時にもお辞儀をしていたよね。礼儀正しいし、お会いした時も、眼を見て、びっくりした。キラキラした眼でワシを真っ直ぐに見つめて。その時に決めたんだ。絶対に来てもらおうってな」

「ありがとうございます。一生懸命、働きます。なんでもしますから・・。私、うれしいです」

「そうか 良かった。こんな会社じゃぁ、断られるかと思ったから よろしく、お願いします」

 社長さんは、握手をしてきた。ごっつい手、そういえば、私、男の人の手って、お父さんと、最近では、モトシとしか握ったことなかった。それ思ったら、少し、恥ずかしかった。たぶん、顔が紅くなったのだろう

「あっ すまない ついな おぉーい 房子 本町さんが、ウチに入ってくれるそうだ」と、バツが悪かったのか、キッチンに向かって、声を掛けていた。

「あら そう 良かったわね こんな可愛い人が、来たら、男どもが大騒ぎね」と、奥さんが寄ってきて言ってくれた。

「あっ すみません 私、手伝わせてください」

「いいのよ まだ この人の相手しててくださいな うちは、娘居なかったから、きっと楽しいのよ ねえ、あなた  ビール飲みます?」

「そうだな 祝杯だ 絢さんも飲むか」

 私は、断ったが、コップも用意されて、継がれいてた。ダメだよ、私、直ぐ酔っぱらっちゃうんだからと言い聞かせ、口をつけなかった。

 誠一郎さん達が来た。男の子が社長さんのもとに走ってきた。
 
「おぉ 

ひらく
君 元気だのう お姉さんに挨拶できるかな」

 男の子がモジモジしていたら、

「妻の郷子です よろしく」と、挨拶してきた。私も返していたら

「誠一郎 絢さんな 入ってくれることになった」と社長さんが言った。

「そーですか 良かった 僕は、素直だから、飲み込みが早くて、優秀な人だと思っていたから」

 その時、郷子さんが「お母さん これでいいかしら」と白い花柄のワンピースを見せていた。

 私、別室に案内されて、そこで着替えた。フレンチ袖のワンピースで涼しかった。それまで、暑かったから。部屋に戻ると

「可愛いわね 私の若い頃みたい」と郷子さんが言っていたが

「そうだね 君も若い頃は、こんなだった」と誠一郎さんが言ってしまった。

「それは、どういう意味 こんなのにしてしまったのは、あなたでしょ」と

「絢さん じゃぁ こっち来て、手伝って」と奥さんから呼ばれた。郷子さんが、前掛けを持ってきてくれて、一緒に食事の準備をしてくれた。お肉はガスコンロの上に網状の鉄板で焼いていた。その他にも、炒めたサラダを作ったり、見たことも無いお魚の刺身が並んでいた。

「じゃあ 改めて、絢さんの入社祝いで乾杯」と、社長さんが発して、私、やっと、ビールに口を付けた。

「そうだ 僕が住んでいた別棟に住めば 炊事場もあるし、風呂はないけどシャワーあるからね」と誠一郎さんも言ってくれたけど

「だめよ 若い女の子を、あそこに独りでなんて」と、郷子さんは反対した。

「そうだな 藤沢さんにも、顔向け出来ないな とにかく会って話せば、直ぐに、良い娘だってわかると、太鼓判押してたからな」

「じゃぁ うちの部屋が余っているんだから、ここに住めばいいんじゃないの 私も、こんな可愛らしい娘が出来たみたいでうれしいわ」と奥さんが言ってくれた。

 結局、そういうことになって、翌朝、帰る時、社長さんが

「直ぐに、田所君に採用通知を出すように言っておくよ」と言ってくれた。

 モトシ いよいよ 私 あなたに、付いて行くわよ!

11-⑺
 私は、9月になって、インターシップと言う形で、カンコー水産に1週間研修に来ていた。とりあえず、工場の実習で、各職場を回っていた。職場の人達は、ぶっきらぼうだったけど、丁寧に教えてくれていた。特に、工場長の中村さんは、一番年上ということなのだが、最初、怖くて、見てろと言うだけで、まともに質問も出来なかった。だけど、最終の日、何か聞きたいことあるかと、色々と教えてくれた。

 こっちへ来る前、及川さんが、カンコー水産の製品をもっと売り込めとみんなにハッパ掛けているということを聞いていた。私は、誠一郎さんに

「私は、父とか藤沢のおじさんの後押しがあったから、雇ってくれたんでしょうか?」と聞いてみた。

「そんなことは無いよ 少なくとも、僕は、最初にあった時から、この子は素直で良いじゃないかと思った。父がダメと言っても、採用してもらうつもりだった。なかなか、面接で自分のことをどん臭いんですと言う子はいないよ。それに、実際この1週間、工場のみんなが明るくて、素直な良い子だと言っているよ」

「そうなんですか 私 この会社に入れるようになって、とても、うれしいです」

「そう言ってもらえると、こっちも期待持てるよ 頑張ってね あと、言わないでもいいことだけど、藤や商店の取引が増えてきているんだ。余計な気を使っているんだね。よっぼど、君のことが気になっているみたいだ。いずれ、わかることだから、言っておいた方がいいかな」

「結局 私 誰かに助けてもらわないと、何にもできないんですね」

「真面目なんだね でも、それは、違う 君はそれだけ性格良いからだ それに応えるんだったら、仕事で頑張ってくれれば良いんだよ」

「ありがとうございます 誠一郎さんの言葉って、いつもステキです。勇気づけられます」

「そうか それは、良かった 僕も、君のそんなとこ好きだよ 君みたいな娘が、惚れた男って、どんな人だろうね 詳しいことは、知らないんだけど、そのうち、ゆっくり聞かせてもらおうかな」

「そうですね 私の人生を変えて、奪っていく人 素敵ですよ」

「君は、女の鏡みたいな人だね なかなか居ないよ ドラマみたいだ」

 そんなこと、以前、慎二も言っていたなと思いだしていた。会社を離れる時、工場長の中村さんが顔を見せて、握手を求めてきて

「春には必ず戻ってきなさいよ」と、言ってくれた。あの何にもしゃべらない人が。ここに来て、二人目だ、ごっつい手。

11-⑻
 私は、大学最後の正月を迎えていた。元旦は、いつものように、両親と初詣に行く予定だけど、お父さんが

「今年は、正月の間に、もとし君がこれないかな」と、私に、言ってきた。

「うーん なんでー 呼ぶのー」

「どうして言うわけではないが なんか、ワシだけ、まだ、会ってないのもなぁー と思ってな みんなの話から、好青年だってのは、わかるがな 絢は、会わすのが嫌なのか」

「そんなことは無いわよ でもね モトシにウチをどうするんだとか、そういう話はよしてよ まだ、結婚の約束もしていないし、そんな話もしてないから」

「わかっているが、親としては、そこが気になるだろー 今度は、沖縄まで、追いかけていくんだから」

「いいの! ウチはモトシのお嫁さんになるの決めているんだけど・・ 彼は、まだ、仕事決まったとこだし、自分の納得できる仕事につけるかどうかわからないから、又、変える可能性もあるから、ウチにそのこと、まだ、言えないんだと思う だから、もう少し待って お願い ウチは、モトシを信じているの」

「あなた 絢がここまで、言うんだから、待ってあげてよ」と、お母さんが言ってくれた。
 
「そー言うなよ ワシだって、会いたいのは、当然だろう 絢の沖縄行きも支援したんだから 紳 どう思う?」

「おやじが言うのは、当然のことだと思う。言う権利もあると思う。だけど、彼にも選ぶ権利もある。それは、彼が絢に対して、何も強制するようなことを言っていない。だから、まだ、責任はないんだ。彼は、真面目に絢のことを考えているからこそ、自分が責任を負えるようになるまで、絢に結婚を申し込まないと思う。だからどうでしょう そのことは、話題にしないで、会うというのは」

「よし わかった 絢とのことは、出さない それなら、良いだろう 絢」

「うん モトシに聞いてみる」

「なんか 又、紳に言い含められたみたいだな」と、お父さんは、お母さんに向かって言っていた。

 - - - - - ☆ ☆ ☆ - - - - -

 3日にモトシは我が家に来ることになった。

「うん まだ、早いけど、一度は会っておいた方が良いかな 行くよ」って言ってくれた。

 私は、振袖じゃあないけど、小紋の着物で、玄関先でモトシが来るのを待っていた。

「あや ここで、待っていてくれたのか」

「うん 真っ直ぐ 来れた?」

「ああ 直ぐに、わかったよ さぶかったけどな」と、コートを脱いだ

「ごめんね 上がって お父さんも待っている」

 強い味方のお兄ちゃんは、仕事で出て行ってしまった。もう、私は、ドキドキしながら、モトシを案内した。

「もとし君 寒かったでしょう 座ってちようだい」と、お母さんが招いた。うちには、炬燵はなくて、ガスの温風ヒーターとホットカーペットだけなんだ。

「初めまして 水島基と申します 絢さんと、お付き合いさせていただいてます」と座卓の横で、お父さんに挨拶をしていた。

「初めまして 絢の父です まぁ 気楽にしてください みんなから、君のことは聞いているので、初めてとは思えないのだが イメージ通りだな まぁ、一杯 ビールで良いのかな」

「はぁ いただきます」 お父さんが継いだ

「あー 膝をくずしてください 今日は、気楽に飲もうと思ってな」

「あなた モトシ君に大野の里芋いただいたの お母さんの地元なんですって」

「そうか お母さん 大野の人なのか あそこの里芋は、ねっとりとうまいんだよな」

 お母さん、台所に行っちゃって、私、その場に居たんだけど、ヒヤヒヤで・・。

「この子を小学校の頃から、面倒見てもらって、君には感謝しているんだ 礼を言います」

「いえ 僕のほうこそ 絢さんが居てくれたから、頑張れたんです 今でも・・」

「そう言ってもらえると、嬉しいが、この子は変わった。小さい頃は引っ込み思案でな 大学もワシは反対したが、行って良かったと思う 明るくなってな、どこに出しても、恥ずかしくない娘になった。君が居てくれたからだと思ってる」

「お父さん もう その話は」と、私、これ以上は危ないと思って、止めた。すると

「僕は、県の職員にはなれましたが、自分がやりたいことが出来るのか、まだ、解りません。場合によっては、別の場所でってことも、頭にあります。もちろん、絢さんとは、離れたくありません。でも、まだ、それを言って良いのかと思っています。自分で責任もって、将来もパートナーになってくれと、言い切りたいので、申し訳ないですが、待ってもらってます」

 あぁー、言っちゃった。ウチにも、そんなこと、はっきり言ってくれてないのに・・。

「そうか そう言ってもらえて、ワシは安心出来た。君は、真面目だし、絢が魅かれるものを持っているのかも、よく、わかったよ 藤沢さんが、はっきり自分の考えを言うので、ゆっくり飲みたいと言っていたのも解る気がする 今日は、ゆっくりして、海の話を聞かせてくれ」

 私、どうなることやら、と思っていたけど、ほっとした。ありがとう、モトシ、ちゃんと言ってくれて、ウチ、うれしい。

「もとし君 あっちでは、どこか、借りるの?」と、お母さんが聞いていた。

「ええ 多分 3月の中頃なんですよ 赴任先が決まるのが それからになりますが、せわしいですよね それまで、決められないんですよ」

「それは、大変よね まぁ、何とかなるんでしょうけど お母さんも心配よね」

「ええ 一人暮らしの自炊は初めてですから それも」

「そんなのは、絢が作りに行くよ なぁ 絢」と、お父さんが、思いがけないことを言ってきた。

「お父さん 酔っぱらってるの」私、なんか、恥ずかしかった。でも、モトシのことわかってくれたんだと、嬉しかった。

 モトシが帰る時、

「モトシ 明日 あそこの神社に、一緒に、お礼に行きたい お願い」と、私は、おねだりした。

第十二章

12-⑴
 3月の末、私達の卒業式があった。モトシと慎二君は出席出来ないと言って居なかった。私達、女の子はみんな、着物袴で揃えた。私のも、知らない間に、藤沢のおばさんが手配していてくれた。

 茜には、小野原さんが一緒に来ていて、みんなの写真を撮ってくれていたけど、茜が

「私達、5月に式をあげるの 京都だけど、みんな来てよね」

「えー 早いー」と葵が驚いていた。

「茜 私 行けないと思う ごめん 本当にゴメン」と、私は・・

「どうしてよ 親友が結婚するのにー 絢には、出て欲しいよー」

「私 もう 沖縄に行ったとこやし あんまり、我儘で休みたくないんやー ごめんなさい」

「しょうがないよね 今、絢は、複雑やもんね じゃぁ 落ち着いたら、会いにきてよね」

 その夜、藤沢のおじさんが、「やましん」のステーキハウスで送別会をしてくれていた。

「こうやって、絢とご飯を食べられるのも、最後かな いろいろ 楽しませてもらったよ ありがとう」

「私 おじさんとおばさん、お姉ちやんが居てくれて、大学で成長できたし、とっても楽しかった。感謝しています。本当に、ありがとうございました」

 そういうと、肉を焼いていた重友さんが

「お嬢さん どっかへ、行かれるんですか」

「そーなんだよ 聞いてくれるかー 可愛い娘を男に取られてしまうんだ 悲しいだろー」

「お父さん そんな言い方 相手も良い子だから、いいじゃない」

「そーなんだけどな 重友君 安心してくれ 澄香は何処へも行かんから 彼氏もおらんしな」

「お父さん 何を言い出すのー」

「何って 澄香が重友君のファンだってことは、知っちょるわい いつも、そんなにすましていると進まんぞ」

「社長 そんなにからかわないでくださいよ」と、重友さんは動揺していたみたい。

12-⑵
 僕は、3月末、赴任先が決まって、引っ越しをした。古いが、1DKのマンションの2階に決めていた。
卒業式があったけど、僕は出席しなかった。絢は、おそらく、着物袴姿で出ているだろう。慎二も研修が始まるからと言って出てないと思う。絢は、終わったら、直ぐにこっちへ来るだろうが、もっとも、彼女の場合3月になると、早く慣れるためとかで、もう、移っていた。絢の所は隣の町なので、そんなに離れていない。

 仲間とは、離れてしまったので、又、新しい仲間を作っていかねばと思っている。僕は、希望していた技術センターではなく、本庁勤務になった。しばらくは、こっちの水産の状況を把握するのには、丁度いいかと思うようになっていた。

 新人研修も終えて、しばらく経った頃、先輩に県内の施設を見て周っていた。その日、2件目の水産加工の会社に案内された。もしや、と思っていたが、会議室に案内されて、日焼けした男性と、その後ろにから女性が入ってきた。

「やぁ 誠一郎君 今年、入った新人だ いろいろと、施設を見せて周っているんだ」と先輩の中村課長に紹介された。

「水島です どうぞ、よろしくお願いいたします」と名刺を交換した。業務部長 神谷誠一郎とあった。僕を上から下までじっくり見ていた。

「すみません、社長は出掛けているんですわ 課長、来るなら言ってくれれば良かったのに 本町さん もっと、前に来て、挨拶しなさい」と絢の背中を押し出すようにした。絢は、背中に隠れるようにしていたのだ。

 絢は、課長の前では普通に挨拶をしていたんだが、僕も、名刺を出して、普通に「よろしく」と言ったのだが、絢も名刺を出して「はい」と小さな声で言ったまま、下を向いていた。業務部 本町絢 とあった。

「誠一郎君は、いつも前向きに色々と考えてくれてね、協力してくれるんだ。君もこれから、協力してもらえることが多いと思うから、ご懇意にしてもらうといいよ」と課長が言った。

「いや、こちらこそ、ご協力、指導いただいて助かります そうだ、本町さん、工場の中をご案内してください 本町さん、そんなに固くならないでもいいじゃぁないか」と、絢に指示をしていた。

「課長、水島君だけでいいですかね 僕は、課長に少し話があるんですわ」

 僕は、白衣を着て、工場に案内された。手を洗っていると

「なんで、来るの、言うてくれへんかったん」

「いや 僕も、知らなかった 絢が居るなんてのも」

 工場に入って行くと、みんなが挨拶をしてくれていたが、絢には、なんか別の会釈をしていた。声を掛けるものも居た。もう、すっかり解け込んでいるみたいだった。

「絢ちゃんが、ここを整理して、並べてくれたから、香辛料なんかもわかりやすくて、やりやすくなったよ」と、絢に言ってきた者も居た。

 会社を出て、車の中で、課長が

「社長の知り合いで、教師になるのを強引に引っ張ってきて、3月から居るらしいが、彼女が入って数か月なんだけど、会社内が明るくなって、雰囲気が変わったらしい。これからも、どんどん変わって行くと言っていた。さっきは、不愛想だったけど、なかなかの美人だよな」

 絢は泣き虫のお嬢さん育ちなだけで、能力はあるとは思っていたけど、不思議な魅力があって、その場その場で対応していくから、すごい奴なんだと僕は思い知らされた。

12-⑶
 彼等が帰った後、部長の誠一郎さんに言われた

「水島君が彼氏なんだろう 直ぐ、わかったよ 顔も紅くなっていたよ」

「はい まさか、来るなんて」

「ああ 突然だったからな なるほどと、思ったよ いい青年じゃぁないか そろそろ、彼との馴れ初めを聞かせてくれても、良いんじゃあない?」

「はい そのうち、機会がありましたら」

 私は、モトシが越してきてから、週に2回は通って、ご飯を用意したりしている。郷子さんが、子供を産む前に、乗っていたという古い原付バイクを貸してもらっていた。それだと20分ほどで着く。土曜、日曜になると、彼は近くの海に潜りに行くから、そんな時は、ご飯を用意して、戻ってきて絵を描いて過ごした。天気が悪い時は、私は嬉しかった。彼も出掛け無いので、二人で過ごせるし、彼の腕の中に抱かれていられるからだ。

 その日、私は、誠一郎さんのお宅に呼ばれていた。新しいお家で、開くんが産まれた後、建てたんだと言っていた。

「あのね お父さんが、あんまり、家にいないでしょ お母さんが、私達に一緒に住もうってうるさいのよ 孫が出来るとよけいに言ってくるでしょ だから、建てちゃったのよ こんな言い方、悪いけど、絢ちゃんが来てくれて、一安心よ 気がまぎれるでしょう」と、郷子さんが言っていた。

 お昼ご飯なんだけど、誠一郎さんは、ビールを飲んでいた。そろそろ、この地方も、じめじめと湿気の多い時期になる。彼氏のこと、話してくれよと言われて、私は、小さい頃から人と話すのが苦手で、特に男の子は嫌いだったこと、だから絵ばっかり描いていたこと、モトシから一緒に勉強しようと言われて、初めて嬉しかったことから、今までのことを、全て、話した。誠一郎さんはきっと、モトシの力になってくれると、私の打算があったのかも知れないし、この人は信用できると思っていたのかも知れない。

「なんか、絢ちゃん、すごいね そこまで、男の人を好きになるのって、幸せよね でも、お家の人も、よく許してくれたわね 娘さん一人でしょーう 私、そこまで、この人のこと、追いかけられたかしら」

「おい 郷子 子供の前で、いまさら何言ってんだよ 逃げてても、僕が掴まえていたよ」

「あら ありがとう 私も、捕まっていたけどね 私達、高校の同級生なのよ」

「部長 お二人 仲いいんですね 私、見習います」

「絢ちゃん 会社、離れた時は、誠一郎でいいよ 僕も、絢ちゃんと呼ぶから」

「でも、絢ちゃんみたいに、可愛い人 いろいろ声を掛けられてきたでしょう?」

「そんなに、もてないんですよ でも、声掛けられても、私、水島基が好きなんですって、はっきり言って、お断りしてましたから」

「もう、素晴らしいわね あなた、うちの会社、独身の男の人居なくて良かったわね みんな、振られているところだったわ」

「そーだよね でも、みんなに人気があって 可愛がられているんだよ 女の人にも 素直だからね」

「絢ちゃん この人ね 最近、すごく、張り切っているのよ 今まで、社長の息子だからって、ウジウジしてたんだけど・・あなたが現れてから、元気いっぱいよ 良かったわ」

「郷子さんに、そー言ってもらえて、私、嬉しいです みんないい人ばっかりで、会社も楽しいですし、拾ってもらえて、本当に感謝してます 私、彼に付いて行くなんて、どうしょうと思っていたから」

「あなた、本当に、良い娘ね この人も、いつも、あなたの話ばっかりでね 好きなのよ でも、浮気はしないでね」

「それは、大丈夫です 私は、モトシが居ますから」

「じょーだんよ 真剣に返すとこ、真面目なのね そーいうとこ、可愛いわね すこし、意地悪したくなったのよ」

「郷子 そーいうの 悪趣味だよ それより、僕は、水島君と、もっと話がしたくなったんだ どうだろう 絢ちやん」

「聞いてみます 彼も、こっちに来て、あんまり知り合い居ないはずだから 喜ぶと思います」

12-⑷
 金曜日の夜、市内の居酒屋で僕は、神谷誠一郎さんと会っていた。

「やあ すまないね 来てもらって 一度、ゆっくり話したくてね」

「いいえ、帰っても、飯無いですし」

「そうか 今日は、本町さんのってこともあるが、それよりも、同じ水産を盛り上げようとしている者同士で、何か意見交換出来ればと思ってね」

「絢から聞いてます 実は、絢とのことだけだったら、お断りしようと思っていたんですが、水産業のことについて、いろいろ話した方がいいよって言われたもんで」

「そうか 彼女とのことは、全部聞いた、興味本位じゃぁ無いんだ。君という人間をもっと知りたかったからなんだ。失礼だったんなら、謝ります」

「そんな風に、聞こえたんなら、僕のほうこそ、申し訳ありません すみません」

「そんなことはない 君の海への目標を聞かせてもらえないか」

「僕は、サンゴが好きなんです。彼等は、小さな魚の住処を提供し、卵を守っている。だけど、今、環境のせいなのか、宿命なのか、絶滅の危機に面しています。だけど、彼等は自分で環境を変えることはできない。ならば、人間が守ってやるしかないんです。そうすれば、魚達も安心するし、大きな魚も同じです。魚が居なくなれば、日本人は困ります。ここの居酒屋も、日本の伝統の和食も成り立たなくなります。だから、僕は、サンゴを守る研究をしたいんです」

「君の夢は素晴らしいが、現実、厳しいだろう」

「夢じゃないです。日本の周りには、いっぱいサンゴが生息してます。水産庁、漁業関係者、水産業界、もっと言えば、海鮮のお店なんかが、協力し合えば、研究は進めます。いざという時には、間に合わないんですよ」

「そーだよな それを言われると、少し、耳が痛い 今は、目の前のことしか、考えてないものな」

「僕は、休みの日に、潜っているんですよ サンゴ達に、こんにちは きょうも元気か とか声を掛けているんです 少しでも、長く、生きてもらえるように」

「楽しそうだね 絢ちゃんも、ひがむわけだ」

「絢は、忘れてしまっているかもしれないけど、僕達は小学校入学した時から、席が隣なんです。給食の時、僕の前の席の子がふざけていて、僕のスプーンを落としたんです。それを見ていた絢は、自分のスプーンを僕の机に置いて、拾い上げたスプーンを、ハンカチを取り出して拭いて、何事もなかったように、それで食べだしたんです。何にも言わないで。僕は、あんな優しい子に会ったことが無かった」

「その話は初めて、聞いたよ」

「絢の気遣いって、さりげないんですよね それが、僕には、ここちいいんです 頭も良かった。図形の展開図なんて、見てすぐに書いていた」 

「彼女はね 会社に先に来て、男と女のトイレと会議室を毎日、掃除しているんだ。それを
僕は、最近知ってね でも、事務所の中はみんなで掃除するから、触らないんだ。気を使っているんだな」

「そうなんですか あいつ、お嬢さん育ちなんだけど、そういうことは、しっかりと躾られてるんですよね お母さんがしっかりした人だから」

 いつの間にか絢の話になっていたけど、神谷さんも絢のことを気に入っている様子なので、僕は悪い気がしなかった。

「もっと、話しますとね 2年になっても、机隣りだったんです。あいつ、髪の毛長かったから、よく、やんちゃな男の子に授業中でも引っ張られていたんです。だけど、先生に訴えるということもしないで、下を向いてるだけなんです。でも、今考えると、泣いていたのかもしれない。次の日から、束ねた髪の毛を前の胸のところに持ってきていた。その頃から、黒板も見ないで、小さな紙に絵ばっかり描いていたんです。成績も悪くなって、先生の質問にも答えられなくなっていってね。僕は、いつも、あいつのこと見ていたんだけど、6年間、何故か、隣の席多かったので、でも、6年の時、成績順に後ろから座るってことになって、たまらず、声掛けたんです。なんで、もっと頑張らないんだって そのことを、あいつは、初めて声掛けたみたいに言っているけど、僕は、入学の時から、ずーと 気になっていた」

「そうか よく、わかったよ 君達の想い 純粋だねえ ところで、君の夢に僕は何かしら、手伝うことが出来ると思う 漁協の人も知り合いがいるし、声掛けてみるよ」

「そう言ってもらえると助かります 今の仕事もおろそかに出来ないですけど あんまり、絢を引きずり込むのもなぁって 彼女は絵を描くことの大切さを子供達に教えるのが夢みたいですから 僕が、それをつぶしているみたいで」

12-⑸
 お盆の休みに、初めて、僕は、絢を島に連れて行った。仲良くなった民宿に泊るつもりだ。港の近くで2階からは海が見えるところにあって、たまに、ここの漁師さんには、潜るポイントまで連れてぃつてもらっている。

 あの後、神谷さんは色んなところに口をきいてくれて、漁師の人たちからも親切に接してくれるようになっていた。島の人たちも、知り合いが増えて、歓迎してくれるようになっていた。ダイバー相手のペンションのオーナーも仲良くなっていた。

 僕達は自転車を借りて、島内を周ることにした。絢は、僕に併せて、短パンに着替えていた。港の近くの集落では、知り合いに会うと、僕は、彼女ですと答えていた。絢も自転車から降りて、丁寧に挨拶をしていた。髪の毛を束ねてないので、細い毛が風になびいて、美しい。

 僕達は、透き通るような美しい海を見ながら、砂浜を周ったり、展望台に行ったりして、夕方には、夕陽が見える浜に来ていた。浜辺には、何人か居たが、僕は、絢を抱きしめ、唇を合わせていた。

「絢 僕は、この島に住みたいと思っている。ここの周りのサンゴを守るための研究をしたい」

「ウチも来ても良いの?」

「ずーと 側に居て欲しい 結婚して欲しい ただ、貧乏だけどね」

「モトシの側だったら、良いの ウチ、なんだって出来るから、働くし、やっていけるよ 幸せだもん」と言いながら、涙がこぼれだしていた。

「あや 泣いてんのか」

「だってね ウチに、はっきり、そう言ってくれたの初めてだよ ずーと ちゃんと、言って欲しかったんだもん」

 と言いながら、顔を僕の胸にうずめてきた。

「バカヤロー ウチはモトシのこと 好きで 好きで たまらないんだからー」

 だけど、僕は、この島でなんとか収入を確保しなきゃならない覚悟していた。県の職員のままだと、一応、安定しているが、夢から遠ざかるような気がして、まだ、少し迷っていた。

第十三章

13-⑴
 翌春、僕は、県庁を退職した。以前から、中村課長には打ち明けていたが、ずーと反対されていた。いずれ、技術センターに移動することもあるからということだったが、最後には、納得してくれた。そして、島の村役場のほうにも、掛け合ってくれて、空き家を借りられることになった。

 漁協のほうにも話をしてくれて、もちろん、誠一郎さんの後押しもあって、勤められるようになった。島の漁師が捕ってきた魚を取りまとめて、取引先に売り渡したり、氷の用意とか運搬したりとか、いろいろな仕事があるのだが、僕にとってありがたいのは、空いた時間にサンゴの海の環境について調査研究ができるということだった。

 僕は、みんなに感謝していた。夢を叶えることに、助けてくれている。島に移った時、最初に役所に、お礼に行った。すると、村長が相手をしてくれた。

「中村さんからも聞いているよ。島に移り住んでくれる若い人は大歓迎だよ。真面目な男なんで、見守って欲しいとも。ここは、漁業ときれいな海しか無くてね、サンゴも守る政策をなんとか進めなければ思っています。でも、そういう志しを持った若い人がここに住んでくれて、心強いのです」

「住むところを紹介していただきまして、ありがとうございます。仕事のことも、助けていただいて」

「いや、仕事の方は、漁協と話しあってね カンコーさんのほうも、ここの魚の取り扱いも確保してくれてね 漁師も喜んでいるよ 今後、サンゴの保護活動にも賛同してくれるそうだ」

「そうなんですか 神谷さんは、そこまでしてくださっていたんですね」

「いや 君みたいな若い人のチカラになるのは、我々の努めだよ 頑張って、ずーと海を守って、この島を盛り上げていってくださいね」

 - - - - - ☆ ☆ ☆ - - - - -

 私は、社長さんの帰って来るのを待っていた。

「モトシのこと、いろいろありがとうございます。私、彼から聞くまで知らなくて」

「いや それは、誠一郎がやってたことなので、ワシはあとから聞いた。なんだか、良かったじゃあないか。でもな、絢さんも一緒に行くんだろう 会社にとっては、痛手なんだ 今は、君は誠一郎の右腕みたいなもんだからな」

「でも 私・・」

「心配するな 誠一郎とも、そこは相談している 悪いようには、しない 大切な娘さんを預かっているんだから うちの会社にとっても宝物だし 彼にとっても宝物なんだろう」

「社長さん 私・・」下向いて、感謝しながら、涙を押さえていたんだと思う。

「あなた どうして、絢ちゃんを泣かせているのよ なにを言ったのよ かわいそうに」と、その時、奥さんが側に来た。

「いや ワシは何もひどいことは・・」

「ちがうんです 奥さん うれしくって こんなに大切に思っていただいて・・ 私 何にもできないのに」

「なにいってるのよ 絢ちゃんが良い娘だから 何にでも、一生懸命で あなたは、頑張ってきたじゃない だから、私達も、出来るだけのことはしようと思っているのじゃない」と、奥さんが言ってくれた。

13-⑵
 私は、社長さんと誠一郎さんに呼ばれて、会議室に居た。モトシが島に行って、1ト月程経っていた。

「本町さん 彼とはどうなんだ というか、結婚の話はしているのかな」

「いえ 私等、まだ」

「そうだろうな 彼は、そういうことは、絢ちゃんをほったらかしだろうな 僕なりに、いろいろ考えた 会社にとって、今、君に居なくなられては困る かといって、彼のもとに行くなとは言えない」

「私 お世話になっているのに、そんな我儘言えないです」

「君は、そーなんだよね 島にね、女性一人で民宿をやっている人が、誰か手伝ってくれる人が居ないか、探している。どうだろう 会社の方は、週に1回なり2回ほど出てくれば良い。あとは、オンラインとかで何とかなるだろう」

「私 島に住めるんですか」

「うん 行きたいんだろう?」

「行きたいです 何でも、やります 夢みたい 社長さんも部長もありがとうございます」

「ワシは 何にも 誠一郎が段取りしとるから 絢さんの笑顔が見れたら、ワシは満足なんだ」

「実は、あそこに魚の処理施設を作ろうと思っている。新鮮なうちに、こっちへ運んで、新しい工場で、それを加工する。その工場の建設も計画中だ。向こうの漁協とも相談しながらね。そうなれば、水島君にも協力してもらうことになると思う。君にもね。順調にいけば、海の環境を守るという意味でサンゴの保護にも賛同していく」

「とっても、いい話だと思いますけど、私、わからないので・・もしかすると、彼、処理施設の排水なんか、気にするかも知れません」

「もちろん そこは、水島君の意見を聞きながら、進めるよ」

「絢さん 君達は、まだ、結婚はしないのか これを機にどうかね」と、社長さんが聞いてきた。

「私 まだ」下を向いていると

「まだ 言われてないのか」

「今まで、何となくなんですけど まだ・・」

「そうなんか それは、かわいそうだなぁ 待っているんだろう? 予約だけしておいて、ほったらかしとはなぁ なんとかせんとな なぁ誠一郎」

「と いいましても これは、ふたりの問題でして」

「そんなことあるか ひとんちの大事な娘をなんだと思っているんだ ワシも本町さんに顔向けできないぞ ハッキリするように、彼に言え なぁ、絢さん」

「そんなぁ 私 はっきり言ってくれるまで、待ってます 彼の側に行けたら、それだけで幸せです」

「いじらしいのぉー 誠一郎 先に、ワシは、その民宿の主人に、先に、会って来る。その時に、水島君をけしかけて来るぞ あさって 家内と一緒に、泊りに行くから、手配してくれ 絢さんを預けるにしても、どんな人か、会っておかないとな」
 

13-⑶
 私達の結婚が10月の初めに決まった。あっと言う間だった。社長さんたちが島に入った後、どういう風に話してくれたのか、モトシがご両親と一緒に、私の実家に結婚の申し込みに行ってくれた。式は簡素にということだったけど、うちのお母さんが、絢には、どうしても白無垢とウェディングドレスを着せたいと言っていたらしい。結局、白無垢は写真だけということになった。

 7月の梅雨が明けて、私は、島に行って、お世話になる民宿に挨拶に行った。70近いおばさんで、20年くらい前にご主人に先立たれ、子供達も東京に行って、帰ってこないらしい。お客さんが多いときには、大変なので断っている状態らしい。顔を見せると、すごく喜んでくれた。親しみやすかったので、私は、8月の会社休みの時には、手伝いに来ると言ってしまった。

 帰る前、モトシの借りている家にも言ってみた。汚れた白い壁のお家。汚くて、一瞬、こんなとこって思ってしまった。ぜいたく言えないか、私達の第一歩なんだ。鍵も掛かっていなかった。電気製品であるのは、冷蔵庫、炊飯器だけで、他には、本と服と鍋が2ツとフランパンと少しの食器だけ。布団だって、敷きっぱなしの1組だけだし、洗濯物をロープに吊るしてあった。モトシってこんな生活しているのかしら。覚悟しているとはいえ、私、生活出来るんだろうかと思いながら、台所とか、お風呂、便所を掃除して、家を出た。今日は、多分、モトシは仕事で会えない。

 茜が7月の末に出産予定だという。去年、夏の終わりに結婚していた。卒業してから、直ぐに、小野原さんと同棲をしていて、教員になるのもあきらめていたみたいだ。結局、小野原さんの手伝いをしていたみたい。式には、私行かなかったけど、慎二と葵、詩織は出席して、小野原さんの仕事の関係で出席者も多く、豪華だったということだ。

 モトシが、式場を決めるため島から来ていた。披露宴は島でやりたいと言っていた。私は、もともと、ふたりだけで式だけあげれれば、いいと思っていたので、それは、それでも良かった。結局、ホテルの教会と身内だけの会食会場、貸衣裳だけを決めたんだけど、その後も、お母さんが、私のドレスは仕立てるからと言って、何度も打ち合わせに来ることになる。

13-⑷
 8月になって、最初の土曜日、朝早く、島に向かった。モトシが港まで迎えに来てくれていた。だけど、彼は、潜りに行くと言って、民宿まで一緒に行ってくれたけど、そこで、別れた。

「おばさん こんにちは 何から、手伝えば、いい?」

「おはよう 朝から、ありがとうね 本当にきてくれたのー ×××・・」

最後は、何いっているのか、聞き取れなかった。

「おばさん 私、着替えたいんだけど、奥でいい?」

「いいよ そこの右っかわが、私等の部屋だから 先に、[あ]と[た]の部屋のシーツと枕カバー、はがして洗ってくれるか―」
 
 ここは、10室あって、1階が4室、2階が6室ある。1階が[あ][か][さ][た]、2階が[な][は][ま][や][ら][わ]。だけど、もう、独りでは大変なので、2階は使ってなかったらしい。でも、今日は私が来るので、今晩の人を2階にも泊めるらしい。今晩は、もう2組が来る。

 洗濯物を2階のデッキに干していた時、私も、ここを借りよって思っていた。なんか、あそこ、草だらけだし、道路からも近いし嫌だ。お客さんの布団も用意して、下に降りてゆくと

「絢ちやん ご飯食べよ ×××・・よぅ」おばさん、言ってくれたけど、聞き取れない。

 配膳の机らしき上には、イカのお刺身が少しと、ラッキョウの漬けたの、巻き貝みたいなものの汁ものとご飯。

「おばさん イカがコリコリしておいしー お米もおいしいわー」

「そうかい たくさん、お食べ」と、嬉しそうな笑顔だった。

「おばさん 私、お昼はあんまり食べないから、忙しいのに、用意してくれなくても良いですよ。おにぎり1コ、自分で作ります」

「そんな 若いのに おにぎりって×××  ×× 言葉が解らないだろうから、気をつけて話してるのだけど」

「いいんです なんとか、わかるようになりますから 気を使わないでください」

「絢ちゃんは、良い娘だね 来てくれて、本当に、良かった。ご飯、食べたら、夕方まで、時間あるから、散歩しといで」

 私、少し、ウキウキしていた。近くの食品店でアイスクリームを買おうと入って行った。

「観光の人かい」って聞かれて

「私、そこの民宿で働いているんです。10月から、ここに、住むのでよろしく、お願いします」

「本当かい こんな美人が来るなんて、うれしいねぇ」

 私は、海辺に行って、食べながら、だんだんと実感が湧いてきていた。海の色がきれいで、キラキラしている。私は、ここで暮らしていくんだと覚悟した。

 戻ると、おばさんは、夕食の準備を始めていた。

「ごめんなさい 私、何をやればいいですか」

「そこの佃煮と漬物、入れて、その横に置いてある器。11コよ」

 手際よく、次々にお料理をおばさんは作って、私は盛り付けて行った。そのうち、宿泊の人が来たりして、みんな、おばさんに挨拶をしてきた。馴染みのお客さんみたいだった。

「おばさん 今日も世話になるね こんなかわいい娘、誰?」と、みんなが言っていた。

「うちの孫だよ 島内で一番、美人なんだからね うちで働いてくれることになったよ 手出したらダメだよ 」と、言っていた。

「えぇ そうなんか じゃぁ もっと、来るようにしなきゃぁな 楽しみが増えるよ」

 夕食の片づけを終えて、私達もご飯を食べていたら、裏口から、モトシが顔を出した。

「あっ モトシ」私が言うと

「やっぱり、あんたかい、最近越してきたって言ってたからね。多分、そうだと思っていたよ。よく働くし、美人だし、こんな娘をよく見つけたね」

「はぁ 大切にします」

 私達は、海に向かって歩いていた

「モトシ ご飯は?」

「うん 食べたよ」

「ねぇ ちゃんと、食べてる? カップラーメンぱっかり、置いてあったけど なんか、越す前より、乱れているみたい。ウチ 男の人の部屋って、あんまり知らんけど・・なぁ 洗濯機買うわ そーしたら、ウチが来た時、まとめて、洗濯するし 今、手で洗ってるんやろー そーしょ」

「うん だけどな 絢に負担掛けるの悪いしなぁー」

「なに、ゆうてんのー ウチはあなたの妻なんですもの、当たり前やん エヘッ 一回、言ってみたかってん」

「そうか 頼りにしてるわ」
 
「大丈夫や それとな、土曜の夜はウチも居てるし、あそこでご飯食べてーな おばさんには、ウチから、ゆうとくし ちゃんと、食べてるか、心配やねん」

「うん、わかった 絢が作ったものなら それより、絢がうちに、泊ればどうなん」

「うん でもな 結婚前やし、余計なこと言われるのって嫌やしな もう、少しやん 結婚したら、その分、可愛がってな あー 茜が男の子産まれたって 幸せそうに言ってたよ」

13-⑸
 お盆休みは、私、もっと忙しかった。お母さんが、ドレスの打ち合わせに来るって言ったけど、断った。おばさんから、相談があったけど、私は、頑張りますと、10室満杯になっていた。急遽、近くのおばあさん2人が応援に来ていた。それでも、追われているので、モトシが掃除の応援に入ってくれた。

 夕食の時も、私は、戦争状態で、配膳が終わると、飲み物の注文を受けて、ご飯の足らないところに持ってったり、今までで一番動きまわったのかも知れない。だけど、おばさんが、適格に用意をしてくれて、私は、運ぶだけだった。

 夕食の片づけ終わって、私達3人で晩御飯食べてた時、おばさんが

「絢ちゃんありがとうね 水島君も助かったわ 今年も、2.3組しか、受けれないと思ってたから。こんなにお客さんに来てもらえたのは、あの人が生きていた時以来よ」

「ご主人は、漁師だったんですってね」

「そうなのよ このあたりの漁師仲間をまとめていてね、組合長とも幼馴染だったから、それで、おいしい魚を食べて×××って、民宿「力丸」始めてね、だから、今でも、うちには、変な魚持って×××・・だから、あの人の想いもあるから、何とか、×××・・」

「おばさん ウチ、頑張るから、ずーと、続けてくださいね お客さんも、喜んでくださってますし」

「絢ちゃんのお陰で、明るくなったしね この前まで、そんなことなかったよ」

「そんなー おばさんのお料理がおいしいからですよ みんな、喜んでくれて」

「あの組合長が、珍しく、良い人を連れてきてくれたよ 絢ちゃん、ずーと居てね その気なら、ここを継いでくれても良いから」

「私、おばさんが暖かい人で良かった。最初、不安だったもの これからも、頑張りましょ お手伝いさせてくださいね」

 モトシが、もう、帰ると言った時も 

「絢ちゃんは一緒に行かないで良いのかい?」と、おばさんが言ったけど

「私等、まだ、結婚前だし・・」

「そうなんかい 割と固いんだね」

 モトシが帰った後も

「絢ちゃんは、先生になるつもりだったんだろう?」

「ええ でも、自分で学校選べないし、モトシと離れたくないし、私は、絵の教室なんかで教えれればいいから」

「この辺りじゃぁ お金だして、絵なんか習う子居ないよ」

「良いんです お金なんか要りません。普通の勉強が嫌いな子も居たら、絵を通じてなにか、感じ取ってもらえれれば」

「あんたは、立派だよね 周りに聞いといてあげるよ そういった子居るかもね」

最終章

最終章-⑴
 私は式場の控室に居た。前の日、お父さん、おかあさんが来て、白無垢姿の写真撮りを済ませていた。私だけのと、お母さんとの2枚。お父さんは映らなかった。

 白いひざ丈のドレスにレースのブライダルガウンを作ってもらっていた。ドレスのまま、船に乗ることになるからだ。島での披露宴は、モトシの漁協の人達が、声を掛けて、島の人達も呼んで、港湾施設を借りて、開いてくれることになっていた。慎二君と葵、詩織は先に島に行っていると言っていた。茜は赤ちやんが居るので、欠席すると言っていたが、小野原さんだけ、写真撮影の為、式から私達と同行してくれると言っていた。大樹夫妻は、私達と一緒の船に乗ることになっている。

 お父さんとは、バージンロードを歩くことになる。

「お父さん、お母さん、今まで、ウチのわがままを聞いてくれてありがとうね 何にも、親孝行してないし、ごめんなさい」

「絢 何言っているの あなたは、私達の自慢の娘よ どこに出しても、恥ずかしくなかったわ 充分に孝行してもらったわ」とお母さんが、言ってくれた。

「ワシも良かったと思っている 絢が、こんなに、綺麗な娘だとは思わなかったな」とお父さんも照れながら言ってくれた。

「ありがとう ウチ、今、とっても幸せなのよ これからも」

 式をあげるホテルの教会には、モトシの父母とお兄さん、私の父母とお兄ちゃん、モトシの元上司の中村夫妻と藤沢のおじさんとおばさん、そして、私の会社の社長さん夫妻が出席してくれていた。そして、知らせてなかったんだけど、会社の何人か、中村さんの顔も見えた。誠一郎さん夫妻、開くん、大樹夫妻が居た。私は、あの蝶々のお守りの赤いほうを身に付けていた。お父さんとバージンロードをゆっくり歩いて行くと、先には、モトシが白いタキシードで青いほうの蝶々を着けて待っている。私、あと少しで、モトシのお嫁さんになれるんだ。涙が出そうになっていた。長かったんだもの。今まで。小学校の時から、ずーとなんだよ。でも、そんなこと、どうでもよかった、今なんだ。私は腰のところに着けた、蝶のお守りを触った。
 
指輪交換し、ベールをあげてくれて、モトシは私にちゃんとキスをしてくれた。署名し、なれたんだ! やっと。
教会を出る時も、私、ブーケあげる人、誰も居なかった。まぁ、いいか まだ、披露宴会場にも、持っていくもんね。私嬉しくって、祝福の声なんかも、覚えていない。

 式が終わった後、モトシが私がしていたモトシが前に買ってくれたネックレスをはずしてきて、別のものを着けてくれた。同じように、蝶のモチーフのネックレス。

「もう、だいぶ古かったからね 気になっていたんだ きれいだよ 絢」

「ありがとう モトシ 大好きだよ」

 少人数での会食も、キャンドルでの入場から始めた。と言っても、親族の丸テーブルと来賓の丸テーブルの2つだけ。お祝いの言葉も、中村さんと藤沢のおじさんだけで、ケーキカットもしなかった。中村さんは、今日まで、モトシの相手が私だとは、知らなかったみたいで、驚きを交えて、面白く話してくれた。最後に、モトシと私、それぞれ、出会いからの想いを語って終えた。お母さんが泣きだして、小学校の時にモトシの家に通い出した頃の話を持ち出して、みんなに話していた。

「絢 本当に行っちゃうのね 小さい頃ね、あなたが、人と話すこと出来なくて、心配してたのを思い出してね、だけど、こんなにみんなから好かれる娘になって 嬉しいような、悲しいような 心配で、大丈夫? やっていけるのね もとし君お願いよ この子、あなたが居ないと、何にも出来ないんだから」

「お母さん ウチも涙出てくるから・・ 心配しないで、ちゃんと、やって行くよ ウチ、強くなったから、それに、幸せなんだから お父さん、お父さんじゃぁ無かったら、モトシと一緒の大学に行けなかったし、藤沢のおじさんとおばさんじゃぁなかったら、あんなに伸び伸びと生活送れなかった、社長さんじゃぁ無かったら、今の、私は無かったと思います。ほんとに、ありがとうございました」

 小野原さんが、さっきから、パシャパシャ撮っているので

「嫌だぁー へんな顔 写真撮んないでー」

最終章-⑵
 僕達は、船の上だった。大樹夫妻と誠一郎夫妻に開君、それに小野原さんが写真の為、付いてきてくれていた。開君が、絢に懐いていて、ずーと側に居る

「お姉チャン、白い服、きれいだね お姫様みたい」

「絢ちゃん 本当にきれいよ 輝いているもの 船に乗る時ね、みんな見とれていたわ」と、郷子さんが言っていた。開君と何枚か写真撮ってくれた。もちろん、ふたりのも。

 もうすぐ、島に着く。港には、歓迎の人達が見えた。船から降りて行くと、クラッカーで歓迎してくれて、みんなが絢を見て、感嘆の声をあげていた。民宿「力丸」のおばさんの顔も見える。絢は駆け寄っていた。僕は、慎二と葵、詩織を見つけたので、そっちに礼を言いに行っていた。

 会場を港湾施設の一角に準備していてくれて、色んなお祝いの飾りがしてあった。絢は長いブライダルガウンを上から着て、さっきのブーケを持って、改めて、僕と腕を組んで登場していった。みんなから、称賛と感嘆の声があがっていた。みんな、絢の姿に見とれているのだ。「芸能人よりきれいだね」とか言ってくれている。

 組合長はもちろんだが、誰が呼んでくれたのか村長さんも来てくれていた。

「水島君おめでとう 絢さんも 若い二人に来てもらえて、歓迎だよ 教員免許もあるんだって 絵の方も才能あるって聞いているよ 学校にもそのこと話してある」

 立食だったので、立ち替わりお祝いに来てくれる。慎二達が来てくれて

「やぁ 俺も、結婚したくなったよ」

「早く、しなよー 葵も待っているんだろー」

「私は、ちゃんと、言ってくれるまで、いつまでも・・今は、クラスの子供達の方が楽しいしね」

「ほんと、慎二君って、肝心の時には、ぐずぐずしてるよね」と詩織も言っていた。

 小野原さんが5人の写真を撮ってくれている時

「小野原さん お子さん、おめでとうございます 可愛いでしよう」と、詩織が声をかけた

「うん 茜に似てくれて、可愛いよ 太陽の陽って名付けた 茜も来れなくて、残念がっていたよ」

「京都で産んだものね 冬休み会いに行っていいですか? ねえ 葵も」

 大樹も夫婦揃って、来てくれていたので

「大樹 遠くまで、ありがとな」

「私達、新婚旅行行って無かったので、丁度いいのよ 呼んでくれて、ありがとう 絢ちゃん きれいわよ おめでとう」と、くるみちゃんが横から言ってくれた。

 僕が、誠一郎さんと、話し込んでいる間に、絢は民宿のおばさんに、連れられて、来てくれているペンションをやっている人たちとか、漁協の人達の間を、挨拶して周っていた。みんなからも、褒められ、歓迎されている様子を見て、僕は、安心していた。

「絢ちゃんは、誰からも好かれるし、直ぐに、打ちとけるから、ここの生活も大丈夫よ」と、郷子さんが言ってくれていた。

 その間にも、島の人達が立ち代わり来てくれて、その度に、絢は挨拶して周っていた。島のみんなに知ってもらおうとしていたのだ。

最終章-⑶
 その夜は、友達は「力丸」に泊っていた。僕達は、一度家に帰って、着替えてから向かおうと思ってた。

「ウチ 今日から、水島絢になったんだよね ねぇ モトシ 一生離れないって 誓いの抱っこしてぇ」
 
 「力丸」には、大樹夫婦、慎二、葵と詩織が待っていてくれた。

「絢 とってもきれいだったよ 幸せそうで、あんなにずーと笑顔でいる絢なんてはじめて見たよ」と、葵が真っ先に駆け寄っていた。

「ありがとう 今、世界一幸せよ おばさん、今日も色々とありがとうね」と、民宿のおばさんにも礼を言っていた。

「なんだい よそよそしい うちの娘なんだから、あたりまえだろう みんな、親しいお友達なんだから、楽しんで」

「しかし、絢ちゃんはすごいよなぁ とうとう、ここまで追っかけてきたんだものなぁ」慎二も、もう、飲んでいたんだが

「島のみんなが祝福してくれているみたいで、村長さんも出てくれて、羨ましいわぁ 海もきれいだし、敦賀の海もきれいだけど、比べ物になんないわね」と、くるみちゃんが言っていたけど

「でもね 色々と、不便なこともあるのよ お店も限られるしね 食べ物も偏るわ もう、慣れたれど」と、絢も、今日初めてビールに口を付けていた。やっと、緊張がほぐれたのかもしれない。

「ねぇ くるみちゃん 喧嘩ってするの?」と、絢が聞いていた。

「するわよー でもね 一緒に寝れば、すぐに仲直りするわよ」

「そんなもんなんだ 仲良いもんね 大樹君達」

「絢ちゃんも、すぐそーなるわよ 女って弱いから」

「大丈夫 本町は鉄の女だから こんな可愛い顔してても、小学校の時、すごかったんだから 多少のことなら、へっちゃらなんだよ」と、大樹も絢のことを想い出していた。 

「そうそう 大学でも、最初からそーだったんや モトシ一筋で、でも、自分の夢もなんとか叶えていくんや 葵なんかも、初めは、近寄れないぐらいの雰囲気あったんやでー」と、慎二が言ってけど

「そんなことないよ 私は直ぐに、茜も仲良くなったわよ ほんわかした雰囲気だったわ」と詩織

「そうだったよね オリエンテーションで、最初に座ったとこで、隣に居たのが、詩織と茜で、気軽に話しかけてくれて 私、誰も知り合い居なかったし、直ぐに、仲良くなってくれて それからよね でも、葵には、バリヤー張っていたの なんか、モトシの好みだと思っていたから ごめんね」と、絢も懐かしそうに話していた。

「そんなことないよ 確かに、モトシは優しくて気がやすらいだわ でも、私なんか女って思ってなかったみたいで、私を女として扱ってくれたのは、慎二が初めてよ そのうち、詩織、茜、絢が仲良くしてくれて、楽しかったわ」と言いながら、葵は慎二に寄り添っていった。

「ごちそうさま 葵も幸せそうで良かったわ」と、詩織も喜んでいるみたいだった。慎二は、気にも止めている様子もなく、目の前の刺身を頬張っていた。

「僕と慎二もそうだよ 学生寮に初めて行った時、心細かった僕に、馴れ馴れしく話しかけてくれて、でも、気持ちのいい奴で良かったよ」

「お前等 本当に、良い友達に恵まれたなぁ 羨ましいよ」と、大樹も言ってくれたが

「大樹君 大学入る前、貴方の言葉がなかったら、私 ここまで、モトシを信じられなかったかも 感謝しているのよ モトシの親友で良かったわ」と、少し、絢が涙ぐんでいた。

「そうだな 高校の時 お前等、もう、ダメになると思ってたけどな よく、本町も追いかけていったよ」と、大樹が言うと、くるみちゃんが「大樹 もう」と横から、止めていた。 

「詩織は、浮いた話ないのー?」と、絢が聞いたけど

「私は、今、子供達に囲まれているから、幸せ あの子達に身をささげます」と笑っていた。

 その後、庭で小さな花火をみんなでやった。

「そーいえば、美波のとこでやった花火、想い出すなぁー」と、慎二が

「美波は元気なんだろー なんか、仕事が忙しいっていってたけど」

「うん 葵に言わすと 仕事人間になってしまって 女の私が、男友達の結婚式なんかに出れないよ と言ってたそうな、あいつらしいよな」と、もう眠そうに・・。 僕も、もう、眠かった。

「モトシ しっかりしてよ バカ 私達、結婚して初めての夜だよ。・・・して欲しかったのに・・」私、郷子さんから、「最初の夜はこういうの着て、彼にしっかり愛してもらわないとね。男の人はみんな嫌いじゃぁ無いから」と言って、白くてふわっとしたナイトウェァをもらっていた。

 まぁ 明日もあるから、良いかぁ。これから、ずーとだもんね。

 でも、私は、ながーい旅が終わったみたいな感覚になっていた。又、別の旅が゛始まるんだ! でも、今度は、モトシがいつも一緒だ

それから 本町絢と水島基は

それから 本町絢と水島基は

僕は地方の大学海洋学部に進んだ。オリエンテーションの日、絢が学生会館の柱の陰から姿を見せた。僕を追って、教育学部に入学していたんだった。駆け寄る彼女を、僕は、思わず抱きしめていた。 それから、ふたりは大学生活を楽しむ日々を送っていたが、僕は夢を叶えるために沖縄に・・そして、絢も・・ 絢と僕の留メ具の掛け違い・・そして 続編 連載

  • 小説
  • 長編
  • 青春
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2021-06-08

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  1. 第一章
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 7
  8. 8
  9. 9
  10. 10
  11. 11
  12. 第二章
  13. 13
  14. 14
  15. 15
  16. 16
  17. 17
  18. 18
  19. 第三章
  20. 20
  21. 21
  22. 22
  23. 23
  24. 24
  25. 第四章
  26. 26
  27. 27
  28. 28
  29. 29
  30. 30
  31. 第五章
  32. 32
  33. 33
  34. 34
  35. 35
  36. 36
  37. 37
  38. 38
  39. 第六章
  40. 40
  41. 41
  42. 42
  43. 43
  44. 44
  45. 45
  46. 46
  47. 47
  48. 48
  49. 第七章
  50. 50
  51. 51
  52. 52
  53. 53
  54. 54
  55. 55
  56. 56
  57. 57
  58. 第八章
  59. 59
  60. 60
  61. 61
  62. 62
  63. 第九章
  64. 64
  65. 65
  66. 66
  67. 67
  68. 第十章
  69. 69
  70. 70
  71. 71
  72. 72
  73. 73
  74. 74
  75. 75
  76. 76
  77. 77
  78. 第十一章
  79. 79
  80. 80
  81. 81
  82. 82
  83. 83
  84. 84
  85. 85
  86. 第十二章
  87. 87
  88. 88
  89. 89
  90. 90
  91. 第十三章
  92. 92
  93. 93
  94. 94
  95. 95
  96. 最終章
  97. 97
  98. 98