ぼっち部

不動

ぼっち部
  1. 1 立ち上げ
  2. 2 チェンジ
  3. 3 ヤバい相談者
  4. 4 覚醒
  5. 5
  6. 6 不本意な休日
  7. 7 訪問者
  8. 8 恩義
  9. 9 エピローグ 

1 立ち上げ

 新しい住まいに引っ越してきた霞弘霧(カスミ ヒロム)は、高校1年生の入学式を迎えた。
 そして、初めての登校で道に迷っていた。方角的には間違ってないはずなのだが、思いの外入り組んだ道と出会わない学生に不安が募っていた。こんなことなら一度下見をしてこればよかったと後悔した。
 時間には少しの余裕があるので、同じ学生を捜しながら学校のある方角へ向かった。
 公園の前を通ると、一人の女子生徒がブランコに座っていた。
 何をしているのかわからなかったが、この人に聞けばわかるかもしれないと思った。
「すみません」
 僕は恥を忍んで、女子生徒に声を掛けた。
「え」
 これには驚いたようで、自分の周りを見てから僕を見上げてきた。肩まである黒髪に、眼鏡を掛けていてなんともパッとしない顔立ちだった。
「近くにある高校に行きたいんですが、道順を教えてもらえますか?」
「えっと、私?」
 他に誰もいないのに、その質問は馬鹿みたいだった。
「他にいませんが。高校の道順を聞くのに僕と似たような制服を着ているあなたが適任だと思うのですが」
「あ、まあ、そうだね」
 女子生徒は、少し混乱気味に応えた。
「で、教えてもらえませんか」
「正面の道を左に行って、交差点を右。二つ目の分かれ道を左に行けばあるよ」
「的確に教えてもらい、ありがとうございます」
 僕は頭を下げて、女子生徒にお礼を言った。
 公園を出たが、彼女はブランコから降りることもせず、下を向いて僅かにブランコを揺らしていた。
 言われた通りに進むと、交差点を右に曲がったところで学校と登校する学生が見えてきた。
 なんとか初日は遅刻せずに済んだことに安堵しながら、僕は学校の門をくぐった。
 正面の校舎の前に、1年のクラス分けされている電子掲示板が目についた。
 入学式は体育館でやるらしく、電子掲示板に体育館の場所が映し出されていた。体育館に行く前に、自分のクラスを確認しておいた。
 入学式は順調に進み、1時間ほどで終わった。
 それから自分のクラスに行き、担任の自己紹介から生徒の自己紹介の流れになった。
 僕は特に目立つことはせずに、平凡に自己紹介しておいた。
 それから、電子教科書とスマホを支給された。スマホは学校の連絡用のもので、これにより出欠も取る必要がなくなり、今ではHRそのものがなくなっていた。
 入学式から2週間経ったが、僕は未だ一人でいた。これは望んでいたことなので、この環境には満足だった。
 しかし、この学校に来て一つ困ったことがあった。
「今日は、体育館で部活紹介があります」
 それは部への強制入部だった。これは入学式でも言われたことで、なんでも10年前に少子化で年々減っていく部活に危機感を覚えた生徒会が、苦渋の決断で決めてしまったらしい。なんとも迷惑な話だ。
 昔の学校は1学年に三十人近くいたらしいが、今では十五人から二十人がしかいないし、クラスも三~五クラスが限界だった。ちなみに、この学校は1年生のクラスが十六人の四クラスだった。個人的には、そんなに少ないとは思っていない。
 部活紹介は、そんなに時間は掛からなかった。主流の部活は九つほどしかなく、他は五人以下の同好会止まりの部が多いと説明された。まあ、強制されるとそうなるだろうと思った。
 教室に戻り、担任から部活の入部届と存続している部活と同好会のリストをデータで配られ、1週間以内に決めて欲しいと言われた。
 家に帰り、父親にこのことを相談した。
「好きな部活を選択したらいいと思います」
 リビングのテーブルに向かい合った父親は、長年使っている眼鏡をゆっくり指で押し上げてそう言った。
「いえ、それがないので困っています」
 僕たち父子は、相手が誰であろうと敬語が基本だった。
「そうですか。では、学校の制度を変えるか、新たに自分で部を立ち上げるしかありませんね」
「やはり、そこにしか行きつきませんか」
「他は転校か部活に入り幽霊部員になるかですね」
 それも頭にはよぎっていた。
「幽霊部員は学校側が先手を打っていて、最低でも1時間の活動を強制されています」
「なかなか厳しい制度ですね。どれが労力に見合っているかは弘霧さんが決めてください」
「幸成(ユキナリ)さんは、どれが見合っていると思いますか」
 お互いさん付けなのは、二人の独自のルールだった。
「私は、弘霧さんではありませんからわかり兼ねますが、学校の制度を変えるのはかなりの労力ですし、多くの人も巻き込むので難しいでしょう」
 要するに、お薦めはしないということだろう。
「転校の方ですが、単身赴任の身なので引っ越すのは難しいですね。別の地域の学校に行くとしたら通学時間が加算されますね。まあ、これを機に一人暮らしもいいかもしれません」
「お金はありますか?」
「一人暮らしの場合、弘霧さんがアルバイトをしてください」
「そうなりますよね」
「今思いつく選択肢はこれぐらいですね」
「わかりました。僕が新たに部活を立ち上げましょう」
 妥協策だが、これは仕方ないと思った。
「無理だと判断したら、すぐに別の道を模索してください」
「はい。ありがとうございます」
 父親は、優しく温和な性格だった。相談も的確に答えてくれるし、こちらの要望も条件次第で聞いてくれた。本当に良い父親だと僕は思っている。
 僕は、新しい部の名前と活動内容を5日間掛けて考えた。
 そして、部活名はぼっち部に決めた。
 入部届の締め切りになったので、職員室に行き、担任に部を立ち上げたいと申し出た。
 担任は難色を示したので、適当に考えた理由を5分にわたり説明した。
 担任は苦い顔をして、検討しておくと保留にしてくれた。どうやら、部活の内容に少しは共感してくれたようだ。
 あとは学校側の判断を待つことになった。これで部に入らずに、1週間は心置きなく帰宅できるだろう。
 放課後、みんなが部活で散り散りになっている中、一人で悠々と帰っていると、公園のブランコに道を教えてくれた女子生徒が座っていた。これは3日に一回は目撃していた。傍から見たら、リストラされたサラリーマンのように見えるだろう。まあ、制服姿なのだが。
 申請から3日後、思いのほか早く呼び出された。
 担任は困った顔で、僕を見てきた。
「霞さんは、この申請が通らなかったらどうするつもりですか?」
「別の新しい部活を立ち上げるだけです」
 そう、これは許可されてもされなくてもどちらでもいいのだ。部活をしない方法は、自分が卒業するまで新しい部活を考えて申請すること。部の名前と活動内容に5日も掛けたのは1年分の部活だった。
「許可しましょう」
 いろいろ悟ったのか、諦めたようにそう言った。
「いいんですか?」
 ワンラリーで通るとは思っていなかったので、ちょっと猜疑心が芽生えた。
「ええ。最低でも1ヶ月以内にあと一人は入部させてください」
 なんか担任の言葉が、ここだけ業務連絡のように変わった。
「わかりました」
 なので、僕もそれらしく応えた。
 この学校では部活を強制させる為、最低二人の部員がいないと部室がもらえず、活動できない決まりになっていた。一人の場合、その間は帰宅部扱いだった。
 1か月も猶予をくれるなんて、予想外だったが大手を振って帰れるのは嬉しかった。
 次の日、電子掲示板に新しい部活の申請が六件ほど映し出されていた。その中にぼっち部があった。自分と同じような人が六人もいたことを考えると、担任が簡単に許可したことにも頷けた。
 4日後、部活前に担任に呼ばれた。
 なんだろうと思って職員室に行くと、一人の女子生徒が担任の前にいた。
「3年の的野白冬(テキノ シラフユ)。入部希望者です」
 担任は、簡易的に的野を紹介した。彼女の雰囲気は地味目な感じで、天然パーマの髪が肩まであり、前髪は目を隠すように目元まで伸ばしていた。
「そ、そうですか」
 いろいろ聞きたかったが、担任の前なので質問は控えた。
「部員が二人になったので、部室を提供します。今日から活動するように」
 なんとも業務的な対応だ。ちなみに、部室が簡単に当てられるのは、昔に比べて空き教室が多いからだった。
 担任から部室の場所を教えられて、職員室を出た。ここまで的野の声は、一度も聞けていない。
 部室に向かっている間も、的野は黙ったまま付いてきた。
 部室に入ると、自分のクラスと同じ広さがあり、そこに二十近い机と椅子が奥に寄せられていた。二人だけの部には広すぎる場所だった。
 僕は二つの机と椅子を教壇前に置いて、的野に座るよう促した。
 的野は静かに頷いて、僕の正面の席に座った。向かい合って机を並べた理由は特にないのだが、なんとなくそうしようと思った。
「まずは話せますか」
 声を聴いていないので、障害者かどうかを確認した。
「は、話せる」
 たどたどしかったが、ちゃんと応対はできるようだ。それだけ確認できただけで、少し気持ちに余裕ができた。
「よかったです。で、この部に入った理由を聞いてもいいですか」
「えっと、わたしもぼっちだから」
 それなら尚更、この部に入部しないだろうと思った。なぜなら、この部に入ることは自分がぼっちだと公言しているものだからだ。
「他の部からここに?」
「うん。裁縫部だった・・けど、やっぱり合わなくて」
「裁縫部ですか。1年からそこにいたんですか?」
「ううん。いろんな部を転々としていた。裁縫部には3ヶ月近くいたかな」
 どうやら、的野はいろんな部を転々としながら人間関係を浅く済まそうとしているようだ。おそらくだが、僕と一緒で一人が好きなのだろう。
「そうですか。で、ぼっち部に一時的に入部して、頃合いを見て退部するってことですね」
「え!いや、えっと」
 そんなことを言うとは思っていなかったようで、的野があからさまに挙動不審になった。
「別に、言い繕う必要はありませんよ。賢いやり方だと思います」
「え、あ、う」
 的野は、動揺すると会話ができなくなるようだ。
「集団行動の教育の場にぼっちの居場所はないですし、部活動も例外ではありません」
 的野は顔を下に向けたまま、僕の言葉を聞いていた。
「それはともかく、ぼっち部の活動内容は読まれました?」
「え、あ、見てない」
「活動内容は、ぼっちの人のケアですよ」
「そうなんだ」
「ですので、ぼっちの人が入る部活ではありません。いまからでも入部届を取り下げてきてください」
 勘違いしている今なら、退部届ではなく入部届の取り下げができるはずだった。ちなみに、部の名前と活動内容は少し勘違いさせる狙いもあった。ぼっちという言葉は、普通の学生なら敬遠されるし、ぼっちの集まりだと思って活動内容を見ると逆のこと書かれているので入部はしてこないよう細工していた。まあ、的野のような活動内容を見ない人は例外だが。
 これでまた一人になるので、1ヶ月は悠々と帰宅できるだろう。
 そう思っていると、的野は一向に立ち上がることなく、椅子に座ってソワソワしていた。
「どうかしましたか?」
 僕は気になって、的野に声を掛けた。
「えっと、この部でいいかなって」
「え?どういうことですか?」
「ぼっちのケアなら、ぼっちが適任だと思うし」
 これは意を突かれてしまった。なるほど、そういう捉え方もできるのか。さすがは先輩だ。
「えっと、入部するのはもう一度よく考えてください」
 しかし、こちらとしては入部して欲しくないので再考を申し出た。
「この部室に1時間も僕と一緒にいるのは気まずくないですか」
 僕が気まずいとは言えないので、的野の感性に訴えることにした。
「ふふん♪これでもわたしは3年なんだよ。いろんな部活を転々としてきたからその程度の耐性はついてるわ」
 ここで初めて的野のテンションが格段に上がって、誇らしげに痛いことを言った。
「それは凄いですね。では、こちらの意図も汲み取って入部は撤回してきてください」
 的野には期待できないと思い、こちらから前面に拒否することにした。
「・・・え?」
 これは予想外だったようで、的野がその場でフリーズした。
「正直な話、この部の活動は成立させる気はないんです。そもそもおかしいと思いません?ぼっち部がぼっちのケアって」
「それはさっき活動内容を聞いて思った」
「要するに、見せかけなんですよ」
「え・・それするメリットって何?」
「僕は部活をしたくないので、部を立ち上げて部員を集めている振りをしながら直帰するんです」
 ここで嘘をついても意味がないと判断して、本音を言うことにした。
「そ、そうなんだ・・・」
「なので、撤回をお願いします。本音をそのまま言うんだね・・えっと、撤回はしないかな」
「理由を聞いても?」
「他の部活よりは居心地良さそうだから」
「え、そうですか?二人っきりですよ。しかも異性と」
「う、うん、まあ。でも、他の部に入っても元々居場所がないから、ここよりも居心地悪いかな」
 その理由は、酷く納得できるものだった。
「あ、では、僕と同じように部をつくるというのはどうでしょう」
 仕方がないので、別角度から切り崩してみることにした。
「え、自分で?」
「はい」
「で、でも、どういう部活をしたいかなんて思いつかないし」
「別に、そんなの適当でいいんです。だって、部員なんて集める必要はないんですから」
「う、う~ん」
 ここまで促しても、困ったように唸るだけだった。
「わたしには無理かな。そういう誰かを騙すことはできない」
 どうやら、性格的に正義感の強い人間のようだ。僕とは相性が悪そうだ。
「それは残念です。じゃあ、退部で」
 撤回にも難色しているようなので、こちらから退部を宣言した。
「え!」
「安心してください。退部届はこちらで用意していますので」
 僕はそう言って、鞄からスマホを取り出して退部届のpdfを開いて見せた。
「これをそちらに転送しますので、適当な理由を書いて提出してください」
「・・・退部、しないよ」
 こちらの意思に反して、的野が首を振って拒否してきた。
「なんでですか。ここまでお願いしているのに」
「え、お願いしてた?強引に退部を迫っているようにしか見えなかったけど」
「・・・なかなか反論してきますね。もしかして、最初の口下手な感じは演技でしたか」
 まさかここまで口答えするなんて思っていなくて、かなり面倒だと感じた。
「えっと、実はわたし口下手じゃなくて本音をそのまま言ってしまう性格だから、自分なりに抑制してたらこうなっただけなんだ」
「それがぼっちの理由ですか」
「ズバズバ聞くね。まあ、そんな感じかな。空気読まずに思ったこと言うから、次第にハブられるようになっちゃって」
「なるほど。その人たちの許容量を超えてしまったわけですね」
「うん。結構傷つけたみたいで」
 的野はそう言って、気まずそうに僕から顔を逸らした。
「でも、霞となら本音で話せそうだし、居心地もそれほど悪くないかな」
「はぁ、そうですか」
「なので、退部はしません」
 的野は顔をこちらに向けて、堂々と敬語で言い放った。
「それ、僕に対しての嫌がらせか何かですか」
「別にそういうつもりはないけど、退部しないから嫌がらせにはなるかも」
「仕方ありません。この部は廃部にしましょう」
「決断早くない?」
 僕の即断に、的野が間髪入れずツッコミのような切り返しをしてきた。
「苦渋の決断です」
「その割には、その苦渋が表情に出てないよ」
「表情に出てないだけで、心の中では苦渋な顔になってます」
「何、その心の中の苦渋の顔って」
 表現が面白かったのか、的野がおかしそうに口に手を当てて笑った。
「霞って面白いね」
「そうですか。そんなこと言われたのは、正直初めてで心の中の顔が歪んでしまっています」
「だから、心の中じゃなくて顔に出してよ」
 的野は笑いながら、的確な指摘をしてきた。
「決めた。部活は霞と一緒のところにする」
「え、なんですか。その嫌がらせ」
「だって、こんなに楽しい会話は久しぶりだから。霞に付いていく」
「こっちは楽しくないので、やめてもらえませんか」
「大丈夫、部活の時だけだから」
 何が大丈夫なのかわからないし、こちらの心労なんて意に介しない発言だった。
「あ、心の中の表情が顔に出てるよ。凄く嫌そうだね」
「そう思うなら、僕に気を使って関わらない方向で行きませんか?」
「そんなにわたしと関わるのが嫌なの?」
「はい」
「こっちには気を使わないんだ・・・」
 僕の即答に、的野が呆れた声を出した。
「こういう人もいるんだね」
 的野はそう言いながら、嬉しそうに表情を綻ばせた。
「えっと、これから宜しくお願いします」
 どう結論付けたのかわからないが、突然頭を下げて関わることを宣言してきた。
「え、普通に断ります」
 なので、首を振って拒絶した。
「霞は頑固だね。この学校は部活は強制だから、拒絶するなら学校側に言わないと」
「ですから新しく部活を立ち上げながら、3年間ズルズルと引き延ばして晴れやかな気分で帰宅しようとしてるんです」
「そんな計画立ててたんだ。でも、わたしがいるからできなくなっちゃったね」
「なぜ、邪魔するんですか」
「霞と一緒だと居心地がいいからかな」
「なんですか。この短時間で好きになったんですか」
「え、う、うん。まあ、そうだね」
 少しだけ躊躇いと恥じらいが見られたが、最終的にそう言い切ってきた。
「これは予想外過ぎて、どう対処していいかわからなくなりました」
「諦めて一緒に部活をすればいいと思う」
「僕は、ぼっちが好きなんです」
「そうなんだ。わたしは一人は寂しいかな」
「寂しいのは嫌いなんですか?」
「え、好きな人いるの?」
「ええ、ここに。静かなのは心が落ち着きますし、やりたいことも集中もできますし。まさに居心地がいいというのは寂しさのことだと思うんですが」
「それは人の感性によると思う」
 それは否定することのできない意見だった。
「というわけで、お互いの意見が合わないということで、僕には関わらないでもらえませんか」
「なんかフラれたみたいで嫌な感じだよ」
「それは知りません」
 傷ついたのなら、これを機に退部して欲しかった。
「一つ聞いていい?」
「なんですか」
「どうすれば一緒にいてくれる?」
「・・・」
 この質問には、呆れて何も言葉が出てこなかった。
「それ、告白みたいですよ」
「そ、そうだね。ちょっと恥ずかしいね」
 的野はそう言いながら、照れたように頬を掻いた。
「今のは聞かなかったことにしますので、お互い忘れましょう」
「いや、なかったことにされたら一緒にいる条件が聞けなくなるから、聞き流さないで欲しい」
 ちっ、話の流れで有耶無耶にしようと思っていたが、思いのほか頭は回るようだ。
「僕自身の不利益になるので、条件は提示できません」
「まあ、そうなるよね。なら、もう拒絶されても付いていくよ」
 的野はさらっとそう言い切った。恐ろしい、他人の意思を尊重もせず、ただただ自分の我を通すなんて。
「あ、で、でも、部活だけだからね。そこは勘違いしないで」
 誰もそこは勘違いしてない。四六時中だと狂気と思うだけだ。
「はぁ~、もうしょうがないですね」
 こうも断じられると、逃げ回る労力が理不尽に掛かることが目に見えていた。
「こうなったら、登校拒否しましょう」
「って、そこまで会いたくないの!」
「まあ、冗談はさておき」
「冗談なんだ・・・」
 見た目に反して、ツッコミの才能があるようだ。
「あんまり人を傷つける発言はやめた方がいいよ。友達いなくなるから・・・わたしみたいに」
 最後は何かを思い出すように、自虐的かつ悲しそうな声で言った。
「その程度の人間関係になんの価値があるんですか。それに僕はぼっちになりたいんです」
「最初の言葉には少し胸を打たれるけど、最後の言葉で台無しになってる」
「ぼっちになりたいからぼっち部をつくったのに、部員が増えたらぼっちじゃないですか」
「え、活動内容はぼっちの人へのケアじゃなかったっけ?」
「そんなの方便に決まっています」
「詐欺師だ」
 僕の思惑に、的野が呆れ気味にそう呟いた。
「正直、あなたはイレギュラー過ぎます。今日は会わなかったことにしませんか」
「そこまで拒絶されると、普通に傷つくんだけど」
「傷つきたくなかったら退部してください」
「何?その脅迫めいた言い方」
 ここまできつく言っても、的野には効果が薄いようだ。精神力が強いのか、スルー力が高いのかはわからないが、僕にとっては強敵なのは間違いなかった。的野だけに。駄洒落じゃないよ、たまたまだよ。(作者より)
「もう今日は帰りましょう」
 もう1時間経っているので、規定通り帰ることにした。
「うん。明日から宜しくね」
「・・・」
「何か言ってよ」
「宜しくはしません。個々で活動していきましょう」
「えっと、部長は霞だよね」
「この部に部長なんていませんよ。それに部になるのはあと3人の部員が必要です。今はせいぜい同好会がいいところでしょう」
「じゃあ、会長で」
「響きが嫌なのでやめてください」
「ふふっ、そうだね。なんかお偉いさんみたい」
 的野は、少しおかしそうに表情を緩めた。なんか馬鹿にされた気がしたが、反応するとからかわれそうな気配がしたので触れないことにした。
 部室を出ると、後ろからまたねとか言われたが返事はせずに足早に廊下を歩いた。
 家に帰り、どうするか頭を悩ませていると、父親が帰ってきた。
 食事後、父親に相談することにした。
「という訳で、イレギュラーが発生して困ってます」
「なんか美佐(ミサ)さんみたいですね」
 美佐とは、僕の母親で今は実家にいた。僕は、実家が嫌で父親の単身赴任先に逃げるように付いてきていた。
「初対面の時はそんな印象はなかったので、普通に接してしまいました」
「女性は、欺くことに特化してますから安易に接しない方が無難です」
「そうしたかったのですが、強制的な部活のせいで対応せざるを得ませんでした。幸成さんならどうしますか」
「無難なのは距離を保つことですが、話を聞く限り難しいでしょう」
「はい。難しそうです」
「なら、明日の出方を見てから対策を講じた方がいいでしょう」
「それはなぜでしょう」
「ああいう手合いは、こちらの予想を超えてきますので。美佐さんみたいに」
「なるほど。経験則でしたか」
「あれはトラウマです。おそらくですが、明日の出方次第ではこちらの思惑が全て悪い方向に向かいます」
「それはどういう出方ですか?」
「それはですね・・・」
 僕は、父親の言葉を心に留めておくことにした。

2 チェンジ

 わたしには、中学時代から友達と呼べる人がいなかった。理由は単純で、コミュニケーションが下手なのだ。小学生の時に本音で場を凍らせた経験から、極力相槌を打つだけで本音は一切言えなくなってしまった。そんな関係を友達と呼べる訳もなく、中学を卒業する頃には一人になっていた。
 高校生になって、なぜか友達をつくれなくなった。決して面倒だからとかそういうことではない、決して・・・。
 そんな感じで高校3年になり、なんとも灰色の青春時代を過ごしているのだと思う。まあ、そのおかげで一人遊びが身に付いたので良しとしよう。(遠い目)
 このまま卒業して、大学デビューしてやると心に誓っていた。(高校デビューが失敗していることは、わたしの記憶から消失させている)
 3年になったので、居心地の悪い裁縫部を退部してから、新しい部活のリストを確認した。
 六件あったが、一番目についたのはぼっち部だった。これは自分のことだろうかと思い、活動内容を見ずに入部届を出した。
 1年担当の教師にスマホで呼びだされて職員室に行くと、そこで部を立ち上げた霞弘霧を紹介された。身長は若干平均男子より低く、目つきは少し悪かったが、格好良いのと可愛いのちょうど境目で、はっきり言って好みのタイプだった。
 この人と一緒に部活できることに心が躍ったのだが、話してみるとわたし以上のきつい言い方で驚いた。
 人を傷つけるだけの言葉を真顔で臆面せずによく言えるなと思ったが、不思議と嫌悪感は感じなかった。むしろ、居心地良く感じた。
 退部を巡り彼と言い合いになったが、わたしは退部を強く突っぱねた。こんなに自分の意思を貫いたのは小学生以来だった。
 言い合いだけで1時間経ったことには、わたし自身驚いた。こんな楽しい時間は、本当に久しぶりで心が高揚していた。
 彼が部室を出ていくのを見て、わたしも帰ることにした。
 帰り道、髪を切りに行こうと思い立った。理由は、彼と目を合わせて話したいと思ったからだ。
 美容院に行こうと思ったが、少し怖くなっていつもの理容室で髪を切ってもらうことにした。
 理容室のおばさんが、いつものように髪を整えようとしたので、前髪はバッサリ切って欲しいと頼んだ。
 これには驚いた顔をしたが、何か察したようで優しく頷いて要望通りカットしてくれた。
 目の前から前髪がなくなったことで、今までの風景が違って見えた。
 理容室を出て、わたしは晴れやかな気持ちで家に帰った。
 帰ってから両親の慌てふためく姿を見て、やってしまったと思ったが、もう後戻りはできなかった。
 次の日、教室に行くと、わたしを見たクラスメイトがざわついた。これは恥ずかしかったが、彼と会えるという思いで羞恥心を塗り潰した。
 いつもより居心地の悪い授業を終え、ようやく部活の時間になり浮足立ちで部室へ向かった。
「こんにちは!」
 こんなにはっきりと腹の底から挨拶を口にしたのは、もういつ以来だろう。
「誰ですか?」
 なのに、部室にいた彼は仏頂面で失礼極まりない言葉を放った。
「的野だけど」
「的野さんの姉妹か何かですか」
「本人だけど」
 それを聞いた彼は、頭を下げて項垂れた。なんとも失礼な態度だ。
「どういう心境の変化ですか?」
「この方が話しやすいかと思って」
「安直ですね」
「見た目からは入るのは普通だと思うけど」
「ぼっちの人の言葉とは思えませんね」
「昨日より口が悪くない?何かあったの?」
「ええ、昨日変な部員が入ってきまして」
「わたしのことじゃん」
「個人を名指ししたわけじゃありませんが」
「いや、二人しか部員いないから、消去法でわたしじゃん」
「ところで、的野さんの身内に佐伯という苗字の人がいませんか」
「え?突然、どうしたの?」
「いえ、個人的に気になったので」
「う~ん。いないと思うけど」
「そうですか」
 彼はそう言って、大きな溜息をついた。本当に失礼だな~。でも、なんで心地良く感じるのかは自分でもよくわからなかった。
「ところで、的野さん」
「何?」
 先輩ではなく、さん付けは少しこそばゆいが悪い気はしなかった。
「退部しませんか?」
「それ、昨日断ったよね」
「気が変わったとか」
「ないかな」
「そうですか」
 彼は、さっきと同じように項垂れて溜息をついた。なんかここまで酷い対応だと試されてる気がしたが、わたしの心は揺らぐことはなかった。
「で、今日からどういう活動するの?」
「そうですね。まずは相談口をつくって、ぼっち限定のお悩み相談所を設けましょう」
「嫌々な割には、具体的に活動するんだね」
「ええ、誰かさんのせいで」
「一言多いな~」
「活動しないと、1ヶ月で部は解散です」
「そうなんだ」
 部をつくることに興味がなかったので、そういう規則みたいなものは知らなかった。
「でも、活動しないっていう手もあるんじゃないの?」
 昨日の話では新しい部を提案していき、部員をわざと集めずに悠々と帰宅する風なことを言っていた気がする。
「・・・それ、嫌味で言ってます?」
 すると、彼がこちらを睨みつけるように流し見てきた。目つきが悪い分少し恐怖を感じたが、それ以上に格好良いと思った。
「的野さんがいる限り、部活を何度も立ち上げる労力より、継続させた方が楽なんですよ」
「でも、それをやろうとしたんでしょ?」
「一人ならそうしていました。でも、ぼっちになれないなら、それは僕にとっては労力に見合わないんです」
「でも、ある程度は考えてたんでしょう」
「ええ」
「それを使い切ってから、継続させた方がいいんじゃないかな」
「わかってないですね~」
 彼は溜息をついて、座っていた椅子から立ち上がった。
「どこ行くの?」
 部室から出ようとしたので、率直にそう聞いた。
「活動するに至って、広告を出さないと人が集まりません」
「活動するんだ」
「する振りですね」
「どういうこと?」
「適当な広告を出して、相談者が現れないということをアピールすればある程度時間が稼げます」
「あ、なるほど。目いっぱい引き延ばしながら、部を解散させるんだね。それで次の新しい部を立ち上げて、また部活をする振りをすると」
「そういうことです。どうせ新しい部を立ち上げても入部するんでしょう」
「それはもちろん」
 彼がいる限り、わたしは彼に付いていくことに決めていた。
「なら、最大限利用させてもらいます」
「いいよ。わたしも部活なんてしたくないし」
 正直、わたしにとっては至れり尽くせりだった。
「では、職員室に行ってきますので」
「広告を電子掲示板に映し出してもらうんだね」
「ええ」
 彼が出ていくのを見て、暇を持て余しているわたしも付いていくことにした。
「なぜ来るんですか」
「え、一応部員だし」
「そうですか」
 彼はそれだけ言って、正面を向いて歩き出した。
 職員室で彼と教師とのやり取りを、わたしは黙って見ていた。
 話がまとまり、なぜか彼がパソコンを要望した。彼曰く、広告作りをするために必要らしい。
 てっきり教師に頼むと思っていたが、なるほど自分で作成することによって時間を使うのか。頭の良いやり方だ。
 数日後に貸してもらう約束をつけて、彼と一緒に職員室を出た。
「えっと、もう一度聞きますけど、なぜ付いて来たんですか?」
「え、部員だから」
 同じ質問に、わたしは同じ回答で返した。
「はぁ~。もういいです」
 何がもういいのかわからないが、一人で納得しているので放っておくことにした。
 部室に入り、彼が席に着いたので、わたしはその隣に机と椅子を置いて座った。正面に座らなかったのは、前髪を切っていたので直視することがまだできそうになかったからだ。
 彼が何をするのか見ていると、鞄から電子教科書を取り出した。
「何するの?」
「的野さんと話すより、勉強した方がいいと思いまして」
「え、それ失礼なんじゃないかな」
「そうですね。自分でもそう思いますが、いちいち聞いてくるので本音が出てしまいました。これからは安易な質問はやめてくれませんか」
「流れでわたしが悪いみたいに言うのやめてくれないかな。普通に傷つくから」
「別に、意図したわけではありません」
「よくそんなこと真顔で言えるね。なんか心にもないって言葉が頭に浮かんでくるよ」
「その浮かんでくる言葉は、大変貴重なので大事にしてください」
「その言い回しはどう解釈していいかわからないんだけど」
「そうですね。こっちの神経を逆なでしないでくださいという解釈でいいと思います」
「え、逆なでしてた?どの辺が」
「ここにいることがです」
「存在否定!」
 そこまで退部して欲しいのかと思いつつ、テンポのいい会話は楽しかった。
「ここまで言っても、退部してくれませんか」
「うん、しないね」
「マゾヒストですか」
「え、違うけど」
「じゃあ、なんですか」
「霞と同類?」
「笑えない冗談ですね」
「昔のわたしは、霞みたいなこと言ってたから友達できなくて」
「はぁ、そうですか」
「だから、中学から封印してたんだ」
「あ、過去の話は興味ないので言わなくていいですよ」
「酷っ!少しは興味持とうよ」
「え?なんでですか」
「・・・あ~、やっぱりいいや」
 一人が好きな彼に言っても興味は持てないだろうと察した。
「あ、そうだ。霞ってなんか女の子っぽいし、これからはヒロって呼ぶね」
「ダメです」
「え、なんで?」
「馴れ馴れしくされるのは不愉快です」
「そんなこと言うのは、ヒロみたいな人だけだよ」
「というか、許可出してないのに定着させないでください」
「ヒロは、呼び方を他人に押し付けるの?」
「嫌な言い方ですね。馴れ馴れしくしないでくださいと言ってるだけです」
「なんでヒロって呼んだら馴れ馴れしいの?」
「呼ばれたことないからです」
「ふ~ん。それだけの理由?」
「はい」
「基本一人だから、呼ばれたことないだけでしょう」
「まあ、そうですね」
「ヒロって呼ぶのは、フランクになりたいからとかじゃなくて、こっちの方が呼びやすいからだよ。だから、馴れ馴れしいなんて勘違いも甚だしいよ」
「なかなか弁が立ちますね。昨日のたどたどしい話し方とは大違いです」
「長い間、封印してきたからね」
「部活の時も封印してくれませんか」
「え、それって、ヒロからの言葉の暴力を無抵抗で受け続けろってこと?」
「いえ、会話をしない感じでお願いします」
「それ、部活って言える?」
「無言の部活があってもいいと思います」
「わたしは嫌かな」
「意見の相違ですね。退部してください」
「ヒロはそればっかりだね。しないって、いい加減学習してよ」
「嫌な言い方をしますね。学習しているからいろんな角度から嫌味を言ってるんじゃないですか」
「そういう頭の回し方は、数学の二次関数にでも使ってよ」
「言葉の言い回しと、数学の展開力は右脳と左脳で違っているので、脳の仕組み上無理ですね」
「へ~。そうなんだ」
 格好良い上に頭が良いって普通にモテそうなのだが、口の悪さが全てを台無しにしていた。
「的野さんは知識が足りないですね」
「そうだね。まだ17年しか生きてないから、わからないことなんて知ってることの数千億倍以上あるよ」
「そう・・ですね」
 知識の豊富さで上に立とうとしたようだが、上とか下とかそんなものは犬にでも食わせておけばいいと思っていた。
「的野さんと話すと、不本意ですが少し勉強させられますね」
 どの部分が勉強になるのかはちょっとよくわからなかったが、褒められていることはわかった。
 1時間が経ち、彼は部室から出て行った。
 今日も楽しく話せたことで、わたしは上機嫌で帰った。こんな気持ちで帰れる日が来るなんて、正直一昨日までは考えられなかった。
 これから1年だけだが、楽しい学校生活を送れそうだった。彼の方はわたしとは逆で苦しい学校生活かもしれないが、最近まではわたしが苦しい学校生活だったので許容して欲しいと思う。彼からしたらそんなの知らんがなと思うだろう。
 次の日、部活までが待ち遠しくて顔がにやけるのを必死で堪えていた。
 ようやく部活の時間になり、元気いっぱいで部室へ向かった。
「こんにちは!」
 部室を開け、昨日と同じように大きく張った声で挨拶した。
「うるさいです」
 わたしと反して、不機嫌な顔で彼が出迎えた。嫌々なのに、わたしより先に来ているのは彼が真面目だからなのだろう。それだけで好感が持てる。
「今日も気は変わりませんか」
「退部の話?ないよ」
「そうですか」
 彼はそう言って、昨日と同じように項垂れた。なんかこのやり取りが習慣化しそうだった。
「で、今日はどうするの?」
「気安いですね。少しは黙りませんか」
「部活をしに来てるんだから、聞くのは普通だと思う」
「わかりました。パソコンが普及されるまでやることもないので、1時間黙るということで」
「え、それ部活なの?」
「今思うと、この部は瞑想部にすればよかったと後悔してます」
「それなら、この部を解散させたらいいんじゃない?」
「じゃあ、その申請を的野さんにお願いしてもいいですか」
「え、なんでわたしが?」
「言い出しっぺなので」
「言い出したのはヒロでしょ。流れでなすり付けないでよ」
「バレましたか」
 そこまでわたしは馬鹿ではないと強く思ったが、面白かったので不問にすることにした。
「で、解散する?」
「瞑想部って申請が通ると思います?」
「・・・無理かも」
 少し考えてみたが、教師を説得できるイメージが湧かなかった。
「ですよね。僕もそれを通せる自信がありません」
「それならしょうがないね」
 彼で無理なら、この学校の生徒では不可能だろうと勝手に思った。
「という訳で、部の名称とは違いますが、瞑想という活動を組み入れましょう」
「え、なんで?」
「瞑想することで、ぼっちがどれほど素晴らしいかを思い直すんです」
「わたしはパス。それするよりヒロと話したい」
「そうですか、それは残念です」
 そこから彼はしゃべらなくなった。というか、本気で勉強し始めた。
「ホントにしなくてもいいのに」
 これはちょっと不満で、彼から視線を外して呟いた。
「そうだ。勉強教えてあげようか」
「いえ、結構です」
 良いアイディアだと思ったが、一言で一蹴された。
 それからは黙って、わたしは彼を横目で見つめいてた。格好良いな~と思いながら。
 部活が始まって1時間が経ち、彼はこちらをチラッと見てから電子教科書を鞄に仕舞った。
 そして、黙ったまま部室を出ようとしたので、お疲れ様とだけ言って見送った。これはこれで悪くないと思った。
 次の日も彼は黙ったまま電子教科書を開いたので、わたしは横目でただ彼をポーっと見ていた。目の保養だな~と思いながら。
 30分経つと、彼が電子教科書から目を離してこちらを向いた。
「居心地悪くないですか?退部したくなりませんか?」
 最初の会話はやはり退部の話だった。
「うん?別に。もともと一人だったから、沈黙には何も感じないかな」
「そうですか。僕は居心地悪くて仕方ありません」
「じゃあ、話せばいいじゃん」
「それだと疲れるので、極力したくありません」
「なんか爺臭いね。まだ若いんだから労力は惜しまない方がいいよ」
「言い方を変えましょう。的野さんと話す労力を割きたいんです」
「って、わたし限定!」
「僕に関わってくるのは、的野さんしかいませんから」
「灰色の青春だね」
「そうですね。的野さんと話すだけで僕の心は灰色です」
「そういう意味で言ったわけじゃないんだけど・・って酷っ!」
 流れで応えようとしたが、言われてることを噛み締めてみると酷い言い草だった。
「ホントに言いたい放題言うね。呆れを通り越して尊敬するよ」
「そうですか。個人的には呆れて退部して欲しいのですが」
「もう退部から離れない?ヒロがいる限り、絶対やめないから」
「なんでそこまで意固地なんですか」
「居心地がいいから」
 もうこの答えは何度目だろう。少なくとも三度は言っている気がする。
「最悪な人に目を付けられてしまいました」
「まあ、世の中なんて何があるかわからないから、幸運も不運もトントンで来るよ」
「不運の元凶である的野さんが、ありきたりな格言みたいなことを言わないで欲しいです」
「わたしは幸運だと思っているから、真逆な心情だね」
「相容れないということですね」
「そうだね。でも、この部活にはわたしとヒロしかいない。これはある意味、奇跡だと思うわ」
「なんですか、急に哲学にでも目覚めたんですか」
「フィロソファーと言って欲しいね。今のわたしは頭が冴えているからいろんな言葉が思い浮かぶの」
「ヤバい人にしか見えません」
「失礼だね、哲学者を敵に回すよ」
「的野さんは哲学者じゃないでしょう」
「違うけど、例えで哲学者を出したんだから、その返しだと哲学者を批判してるように聞こえるよ」
「安心してください。今は二人しかいないので勘違いする人はいません」
 なかなか口の回る人だ。そして、口が悪い。
「それにしても、的野さんは本当に悪口に対してのスルー力が高いですね」
「そうかな?自分では自覚ないんだけど、同類だからじゃないかな。それに本音を言い合えるって、素敵なことだと思うんだ」
「そうですか。頭がおかしいんですね」
 それなら彼も頭おかしいことになると思い、笑いが込み上げてきた。
「ふふっ。まあ、一般的じゃないね」
 こんな感じで、30分は楽しい会話ができた。
 その次の日、上機嫌で部室に行くと彼はいなかった。
 これは意外だなと思い、椅子に座って待つ間、スマホでいつものサイトを眺めた。この学校では、授業以外でもスマホや電子書籍の類は自由に使えた。
 しばらくすると、彼が部室に入ってきた。片手にノートパソコンを持っているところを見ると、職員室に寄ってから来たようだ。
「あ、もう許可下りたんだ」
「そうですね。早い対応にうんざりします」
「ふふっ、やりたくないもんね」
 有難くないという表現に、思わず笑ってしまった。
 それから彼は、パソコンで簡易的な広告をWordで作成した。その上、文章からは相談に来るなという意思がひしひしと伝わってきた。
「これ、審査通る?」
 一応、この広告は一度教師に見てもらうことになっているはずだ。
「通しますよ」
 しかし、彼は凄い自信でそう言い切った。
 そして、その広告のデータを持って職員室に提出しに行った。わたしも付いていこうとしたが、来ても目障りだからという理由で強く拒絶された。
 一人になったわたしは、再びスマホを取り出してさっきのサイトを開いて時間を潰すのだった。

3 ヤバい相談者

 部活が始まって、1週間が経過した。僕は、未だに退部してくれない的野と一緒にいた。
「今日も来ないね」
 部活が始まってしばらくして、的野が退屈そうにそう言った。
「ここに相談に来るなんて稀有な人はいませんよ。それに今の時間は部活をしているので、抜け出してまで来る人はいないでしょう」
「それが狙いだもんね」
「そういうことです」
「暇だし。ヒロの家族構成とか聞きたいな」
「答える気はありませんね」
「だよね~」
 わかりきった答えに、的野がこちらを見て微笑んだ。
 1時間が過ぎ、ようやく帰れると思っていると、部室のドアをノックされた。
 これには驚いて、的野と顔を見合わせた。おそらく、早めに部活を切り上げてこちらに来たのだろう。
 ここは居留守を使うべきだと思って黙っていると、的野が空気を読まずにどうぞと入室許可を出してしまった。
「なんで応えるんですか」
 僕は、小声で文句を言った。
「だって、相談しにきたんでしょ。部活しなきゃ」
 正義感が強いのは前に知ったが、さらにクソ真面目な性格のようだ。本当に僕とは相容れなかった。
「失礼します」
 入ってきたのは女子生徒で、整った顔に背中まである薄茶色の髪にウェーブを掛けていた。見た瞬間、住む世界が真逆な人間だと感じた。
「えっと、この部室はぼっち部でいいんですか?」
 広告には部室の場所を書いていたが、部室のドアや壁にはなんの貼り紙もしていなかった。
「そうだよ」
 答えるなよと頭に浮かんだが、入ってきているので言っても仕方なかった。
「えっと、相談しに来たんですけど」
 女子生徒は、少し困った表情で周りを見ながら可愛らしく身体をくねらせた。それを見た僕は、関わりたくないという気持ちが強くなった。
「あ、そっか。座るところがないね」
 的野は奥にある椅子を一つ持ってきて、二つの机の間の正面に少し離して置いた。トライアングルのような位置関係だ。
「えっと、まずは自己紹介だね。わたしは3年の的野で、こっちが1年の霞だよ」
 最近までぼっちだった癖になんとも社交的な対応だ。というか、初めて会った時の印象とは本当に違うのだが、髪を切ってからは社交性が三段階上がっている気がする。今では、本当に本人なのだろうかと疑っていた。
「女の子みたいな名前だね」
「苗字です」
 的野が苗字で紹介したんだから、僕の紹介も苗字なのは考えなくてもわかるはずだが、単語で名前だと勘違いするあたり頭が弱いのだろう。
「あ、そうなんだ。ごめんね」
 謝り方もお手本のような媚びた仕草だった。ああ、一挙手一投足が僕には受け入れられない。早く出て行って欲しい。
「2年の星屑季夏(ホシクズ キカ)です」
「奇麗な名前ね」
 的野はそう思ったようだが、僕は一般的ではないとしか思わなかった。
「で、相談事はやっぱりぼっちだから来たのかな」
「えっと、少し違います」
 こんな周りに媚びた仕草と化粧をしている彼女が、ぼっちだとは到底思えなかった。
「実は、女子からハブられてまして」
「あ~、そうなんだ」
「男子とは仲良いんですけど」
「あ、それで女子たちからハブられてるんだね」
「まあ、そんな感じです」
 星屑は、不満そうに少し頬を膨らませた。そういう言動が嫌われる要因だ。
「なら、化粧落として、少しズボラにすれば嫌われないと思います」
 さっさと帰ってほしいので、適当に提案してみた。
「それは無理かな。それって、季夏にとっては全裸で外出しろって言っているようなものだから」
 一人称は自分の名前なのか。僕の嫌いなタイプを凝縮させたような人間だ。
「じゃあ、諦めるしかないですね」
 それができないのなら、さっさと諦めて現状を受け入れるべきだと思った。
「諦め早くない?」
 これに的野が、呆れたような視線を送ってきた。
「なら、的野さんが考えてください」
「え、そう言われると、う~ん」
 的野は考え込むように、顎に手を当てて唸った。というか、星屑がどうして嫌われているのかわかっているはずなのに、何を考えている振りをしているのだろうか。
「難しいですよね~。だから困ってるんですよ~」
 僕からしたらもう話し方からして嫌いなのだが、これは個人の意見なので言わないでおいた。
「僕たちには解決できそうにないので、もう帰ってもらっていいですか」
 これ以上は不毛だと思ったので、さっさと帰ってもらうことにした。
「えっ・・・」
「そもそも、この部はぼっちのケアであって悩み相談ではないので」
「・・・」
 僕の言葉が耳に入らないのか、驚いた顔をこちらに向けてフリーズしていた。
「どうかしました?」
「う、ううん。なんでもない」
 そうは言ったが、なぜか真顔でこちらをじっと見つめてきた。
「あ、そうだ。思い切ってイメチェンしてみたらいいかも」
 ここで的野が名案とばかりに提案した。
「う~ん。あんまり今の状態を変えたくないんですよね~。お金もないですし~」
 もう我儘ばかりで、相手にするだけでストレスだった。
「お金がないのはどうしようもないね」
 なら、今の髪型や化粧のお金はどこからくすねてきたんだと言いそうになった。
「星屑さんは今の状態を維持して、女子に嫌われない方法を見出そうとしているんですか?」
 面倒だったが、本質だけは聞いておくことにした。
「うん♪そうだよ♪」
 これには迷うことなく首肯した。もうこの考えを押し通そうとするだけで、嫌われている根本を理解していない。
「何も直さず、嫌われないのは無理です」
「どうしてそう断言できるの?」
「今の現状がそれを示しているじゃないですか。星屑さんの場合、他力本願で好かれようと考えている時点で、現状は何も変わりません。というか、ここに相談しに来たんじゃなくて、愚痴を言いに来てるようにしか見えません。なので、もう十分愚痴は聞いたので、もう満足でしょう。こっちは星屑さんに構っているほど暇でもありませんし、聞いているだけでもストレスなので帰ってもらっていいですか?」
「ちょ、言い過ぎ!」
 僕の本音に、的野が慌ててストップを掛けてきた。
「すみません。イライラして止められませんでした」
 僕は、自分の非を認めて素直に謝った。
「・・・」
 星屑を見ると、僕の方をじっと見つめてフリーズしていた。どうやら、耐性がついていなかったようだ。
「ご、ごめんね~。この人ホント口悪いから。あんまり真に受けないで、軽く流す感じでいいから」
 的野は、愛想笑いで取り繕うとした。
「・・・」
 そんな的野をよそに、星屑の顔がみるみる赤くなっていき、恥ずかしそうに視線を逸らした。
 そして、勢いよく立ち上がって、走って部室から出ていった。
「あ~、やっちゃった」
 的野が頭を抱えて、両肘を机についた。
「やっといなくなりましたね」
「馬鹿!なんであんなこと言うの!」
「え、何怒ってるんですか?」
「相談相手に酷いこと言ったからだよ」
「いいじゃないですか。これでもう二度と会うこともないですし」
「そういう問題じゃない。相手を傷つけたことをもっと反省して」
「わかりました。すみません」
 反論しても意味がないと感じ、すぐさま謝っておいた。
「っていうか、的野さんってぼっちの癖に積極的に相談受けてましたね」
「ぼっちの癖にって・・空気を読まない人と一緒だと気持ちが楽になるんだよ」
「今までは楽じゃなかったってことですか?」
「周りに合わせるばっかりで息苦しいったらなかったよ」
「それ、自分がつくりだしているだけじゃないんですか」
「そうかもしれないけど、昔のトラウマを引きずってたのよ」
「そうですか。でも、ここまで話せるのなら、もうトラウマも解消していますよ」
「そうかな」
「はい。ですので、退部してください」
「それはイヤ」
 流れで退部を促してみたが、真顔で拒否されてしまった。
 星屑が相談に来たので、帰る時間が遅れてしまった。
 家に帰り、父親に今日のことを話した。別に話さなくてもよかったのだが、なんとなく話しておきたいと思った。
「そうですか。傷つけてしまいましたか」
「はい。顔を真っ赤にして出ていきまして」
「できるだけ、その人とは会わない方がいいですね」
「まあ、あっちから避けるでしょう」
「だといいのですが・・・」
 父親が何か含みのある言い方をして、視線を下の方に向けた。
「一つ忠告しておきましょう。もし、その人が来たらできるだけ優しくしてあげてください」
「・・・理由を聞いてもいいですか」
 父親の言葉の意味が理解できず、眉をひそめて尋ねた。
「傷つけたのなら、優しく接した方がいざこざを回避できます」
「要するに、意趣返しをしてくる可能性があるということですか?」
「そういうことです。あと第三者を連れてくるか・・ですね」
「わかりました。そこは用心しておきましょう」
 ないとは思いたいが、人は予想外のことをしてくる生き物なので油断はできないと思った。
 次の日、星屑季夏の報復を警戒しながら過ごしたが、部活まで何もなかった。
 授業が終わり、部室へ向かった。
 部室には誰もおらず、星屑の姿はなかった。父親の助言で警戒しすぎたかなと思い、二つ並んだ席の一つの椅子に座った。
「こんにちはー!」
 すると、的野が今日も元気よく挨拶しながら入ってきた。そのテンションで入ってこられると、こちらのテンションが下がるのでやめて欲しかった。
「今日も元気がいいですね。何か良いことでもあったんですか」
 僕は、嫌味ったらしく的野を詰った。
「そうだね。気の合う友達がいると元気になるよね」
 それは僕にとっては吉報だった。
「そうですか。ようやく的野さんにも気の許せる友達ができたんですか。なら、その友達のいる部活に行った方がいいんじゃないですか」
「え?友達ってヒロのことだよ」
「は?何、一方的に友達宣言しているんですか」
 自分だったことにがっかりしたと同時に、不愉快な気分になった。
「そう言うと思った。でも、わたしの中では友達だから。むしろ、親友と認定してもいいぐらいだけど」
「的野さんは、僕の感情を逆なですることが好きみたいですね。吐き気がします」
 僕は呆れて、思ったことを口にした。
「吐き気って、酷くない?」
「そうですね。僕でも酷いことを言ってるのは自覚しているんですが、的野さんの発言のせいで吐くように暴言が出てきてしまいます」
「なんで友達認定したら、暴言言われるの?普通喜ばない?」
「僕が喜ぶと思います」
「・・・思わないね」
「そういうことです」
 僕はそう言って、鞄から電子教科書を取り出した。
「今日も勉強するの?」
「したくないですけどね~」
「なら、やめたらいいじゃん」
「そしたら、隣の人がうるさいですから」
「なんでいちいち人を傷つけること言うかな」
「隣に人がいるからじゃないですか?」
「なんでそんなに人が嫌いなの?」
「別に毛嫌いしているわけじゃないですが、なぜか僕の場合嫌いな人が寄ってくるんですよ」
「それ、わたしのことが嫌いって言ってるんだけど」
「え?好かれていると思ってたんですか?」
「思ってないけど、言葉にされると傷つく」
「そうですか。これで何回傷ついてます?」
「数えてないけど、最低でも十回は傷ついてる」
「それでも友達といえます?」
「うん」
「そうですか。鉄の心ですね」
「そこは鋼で良くない?」
「的野さんが傷ついていると言っていたので、鋼より炭素の少ない鉄の方を表現として使ってみました」
「炭素?量で何が違うの?」
「多くなると強固になります」
「へぇー、そうなんだ」
「そして、折れやすくなります」
「ダメじゃん」
「でも、どっちも傷つきにくいのは変わりません」
「ふ~ん」
 的野は興味をなくしたのか、素っ気ない返事をした。
 すると、ドアがノックされた。
「は~い。どうぞ~」
 返事をするなというアイコンタクトをする前に、的野が返事をしてしまった。
 ドアが横にスライドすると、僕のクラスの担任が入ってきた。
 なんの用かと思っていると、後ろの扉からおどおどしたような動きをしている人が見え隠れしていた。生足が出ているところを見ると女子学生のようだが、顔を覗かせないので誰かまではわからなかった。といっても、入学してきて間もないので、この学校の九割九分ぐらいは知らないのだが。
「入部希望者です。あと二人で同好会から部に昇格して部費も発生します。という訳で、あとはお願いします」
 担任は、業務的に淡々とそう言ってから部室を出ていった。なぜか新入部員の名前も告げずに。
 担任はいなくなったが、新入部員は入ってこなかった。
「えっと、入ってきていいよ」
 的野が困った顔で、ドアの先にいる女子学生に声を掛けた。
「帰ってもいいですよ」
 入ってこられても困るので、このまま帰って欲しかった。
「って、まだ顔も見てないのに、なんてこと言うの!」
 これには的野が怒ったように言った。
「仕方ないじゃないですか。入ってこないんですから」
 それらしいことを言ったが、帰って欲しいのは本音だった。
「だ、大丈夫だよ。口は悪いけど、基本的に良い人?だから」
「疑問符を付けるなら、悪い人で構いませんよ」
「こっちのフォローをなんで本人が否定するのよ」
「上っ面で部員に接したくないからですかね」
「ああ言えばこう言う」
 二人で言い合いをしていると、ようやく新入部員がおどおどと入っていた。
「え?」
 的野が驚き、僕が絶句した。
 そこにいたのは星屑季夏だった。しかも、凄く恥ずかしそうにしていて、昨日の態度とは一変していて一瞬同一人物か疑ってしまった。
「よ、宜しくお願いします」
 星屑は、可愛らしい声で頭を下げてきた。
「え・・っと、星屑さんよね」
「は、はい」
 困惑した的野に、星屑はモジモジと身体をくねらせて僕の方を恥ずかしそうに見た。その視線に、僕の全身に悪寒が走った。
「昨日あんなに言われたのに、なんで入部しに来たの?」
 的野のその疑問は至極当然だった。
「えっと、異性にあんなに言われたの初めてで・・・」
「まあ、そうだろうね。あんな暴言を言うのはこの人ぐらいだと思うよ」
 的野は苦笑いを浮かべて、僕の方を横目で見た。
「それで、目覚めてしまいまして」
 何が!と思ったが、絶対に口にしたくなかった。
「そ、そうなんだ・・・」
 的野も僕に向けられる星屑の視線を悟って、なんとかその言葉を発した。
「あ、あの、霞様。季夏のご主人様になってくれませんか」
「嫌です。退部してください」
 僕は、嫌悪感から即座に突っぱねた。
「・・・ん」
 が、それは相手を喜ばせたようで、恍惚な眼差しを向けられてしまった。その表情を見て、僕は更なる悪寒を感じた。
「え?え、っと、何これ?」
 的野は困惑して、僕と星屑を交互に何度も見た。それはこっちも同じ気持ちだった。
「んっと、星屑さん。あんまり言いたくないんだけど、学校で性癖を晒すのは控えた方がいいと思うよ」
「それはわかっているんですが。抑えられなくて・・・」
 星屑は体をくねらせながら、僕を見つめてそう言い放った。それを見た僕は、気持ち悪いという言葉が頭を埋め尽くした。言わなかったのは、相手が喜びそうだと思ったからだ。
「ま、まあ、だったら慣らしていくしかないよね」
「はい、この部で慣らしていきます」
「あ、うん。頑張って」
 困惑状態の的野が、引きつった顔で声援を送った。
「なら、頑張って的野さんが面倒見てください」
「え」
 僕の言葉に、的野が反射的にこちらを見た。
「僕の手には余りますので」
「星屑さんの話聞いてた?罵倒は異性限定だよ」
「なら、的野さんは今日から男になってください」
「・・・は?」
「僕は女になるので」
「ちょっと何言ってるかわかんない」
「なんか新入部員の設定がファンタジーなので、僕らの設定もファンタジーにしないと対処できません」
「あ~、ヒロが混乱していることはわかった。少し落ち着こっか」
 僕の状態を察して、宥めるようにそう言った。
「ご主人様、大丈夫ですか」
「元凶に心配されたくありません」
「あ、素敵」
 反射的に返してしまったことに、自己嫌悪に陥った。
「はっ!そういうことですか」
 そして、気づいた。これは昨日の父親の言っていた意趣返しだということに。
「すみません。昨日のことは謝りますので、その設定やめてくれませんか」
 僕は立ち上がって、直角に頭を下げて謝った。
「なんのことですか?」
 これに星屑が、とぼけたように首を傾げた。
「だから、その気持ち悪い設定です」
「き、気持ち悪い」
 僕の言葉を復唱した星屑が、恍惚な笑みを浮かべて身体をくねらせた。
「ヒロ、ダメだよ。一言一句が逆効果になっちゃってる」
 ここで的野が呆れたようにそう指摘してきた。
「それ、演技ですよね。もう十分反省したのでやめてもらっていいですか」
「えっと、すみません。ご主人様、こんな甘美な経験をしてこなかったので、抑えるのがまだ難しくて」
「・・・本気で言ってます?」
「はい。ご主人様に嘘はつきません」
 この答えには非常に困ってしまった。っていうか、こんな性癖の人間がこの世にいることが驚愕だった。
「的野さん以上の化け物がこの世にいるんですね」
 僕は、絶望から思わず本音が口から漏れた。
「化け物って、酷い言いようだね」
「あ、すみません。これは比喩表現なので、別に悪意はありません」
「それ、弁明になってないよ。比喩表現でも化け物は悪意だし悪口だよ」
「まあ、そう捉える人もいるかもしれませんね」
「捉えない人の方が少ないと思う」
 的野は、呆れたようにそう言った。
「二人は仲良いですね。恋人とかですか?」
 これに星屑が斜め方向なことを口にした。
「え、そう見える?」
 僕が呆れて言葉を失っている中、的野が照れながら両手を頬に当てて、星屑のように上半身をくねらせた。
「違いますよ」
 気持ち悪いと言いたかったが、それは星屑にも波及しそうなので言葉を呑んで事実を伝えた。
「そうですか。じゃあ、幼馴染的な感じですか」
「いえ、1週間ほどの付き合いです。なんでそんなに関係性を聞いてくるんですか」
「あ、そうなんですか。なんか息が合っている会話だと思いましたので」
 星屑は、少し不満そうにチラッと的野を見た。
「だよね。わたしもそう思う!」
 それが嬉しかったのか、的野が笑顔で机に両手をついて身を乗り出した。
「わたし達、相性が良いんだよね~」
「口が悪い僕と馬が合うって、結構ヤバい奴ですよね」
 僕はイラっとして、思わず悪態をついてしまった。
「いえ、そこがいいと思います」
 星屑もヤバい奴だった。
「なんか星屑さんには、ヒロの悪口は逆効果みたいだね」
「そうかもしれませんが、今のは的野さんに言ったんですが」
「あ、そうだね。酷いよ、ヒロ。傷つくから今度から注意してね」
 軽い、本当に軽い。もう僕の悪態は掠り傷にさえなっていないようだ。もうこの部を解散させたいが、どうせ他の部活をつくっても転部しても二人は付いてくるだろう。
「転校ですかね」
 そう思うと、この一つしか選択肢がない気がした。
「え、転校するの?」
 僕の呟きに、的野が反応した。
「転校したい気分です」
「え~、それは嫌だな。初めての異性の友達だから」
「季夏も反対です。せっかくご主人様に会えたのに」
 二人の言葉は、僕の心境を加速させるものでしかなかった。
「一応、僕が転校したら二人はどうします?」
 僕が行動に移したら、この二人がどう動くのか気になった。
「まずは連絡先聞いて、毎週会いに行く」
「季夏は、ご主人様の学校に転校します。できれば、住まいも一緒がいいです」
 的野の行動は予想できたが、星屑の方はもう有り得なさ過ぎてファンタジーの話に聞こえた。
「星屑さん。いくらなんでも一緒に住むのは無理じゃないかな」
「え~、もう高校生ですし、お互いの両親の許可があれば可能じゃないですか~」
「そんなこと有り得るかな~」
 その前に、僕が同居に同意するわけがないことにつっこんで欲しかった。
「二人は転校する気はありませんか?」
 今度は二人がいなくなる可能性を聞くことにした。
「もう3年だよ。いまさらだね~」
「季夏もこの高校を卒業すると思う」
 これは予想通りの回答だった。
「星屑さん、一つお願いしていいですか」
「屑でいいですよ」
「それはちょっと・・・」
 いくら僕でもさすがに人の名前をもじって、蔑称で呼ぶことはできなかった。それは僕の信条に反する行為だった。
「そうですか・・・」
 すると、星屑がわかりやすく落ち込んだ。
「それでお願いなんですが、退部してくれませんか」
「はい。嫌です」
 さっきの落ち込みが嘘のように、満面な笑みで拒絶してきた。
「そうですか・・・どうしましょうか」
 僕は困った挙句、自然と的野に助けを求めてしまっていた。
「個人の意思を尊重するべきだと思う」
「そうですか」
 期待はしていなかったが、まともな意見に落胆を隠せなかった。
「なんで落ち込むの?好かれているんだからいいじゃん」
「はっ!変態に好かれることの何がいいんですか」
「事実だけど、口悪いよ」
 事実の部分も十分人を傷つけるものだと思う。
「星屑さんは、どうしたら退部してくれますか」
「毎日最低1時間、季夏を罵ってくれるなら考えてもいいです」
「・・・」
 予想外過ぎて、言葉が出てこなかった。
「だってさ、良かったね」
 的野は、無感情のまま視線だけを僕に向けた。
「的野さん、変わってくれません?」
「ごめん、わたし、Sっけないから。それに星屑さんはヒロに罵られること望んでるし」
「僕もありませんよ。それに僕は望んでません」
「え、Sっけないの?」
「ないですよ」
「そうなんだ。てっきり真正のサドだと思ってた」
「失礼ですね。僕はぼっちになりたいから性格を悪くしているにすぎません。目的のための手段というだけです。相手より優位に立つことに優越感や快感は覚えません」
「ふ~ん。そうなんだ。わたしの場合は、自然と口に出てるんだよね~。自分で制御できるのは羨ましい限りだね」
「む~、二人が仲良いと嫉妬してしまいます」
 僕たちの会話に、星屑が不満そうに入ってきた。
「ご主人様には季夏だけを見て欲しいです」
「そのご主人様はやめてください。聞いているだけで悪寒が走ります」
「じゃあ、霞様で」
「様もやめてください。できれば、霞さんでお願いします」
「それだと季夏との上下関係が対等になってしまいます」
「対等で問題ありません。それに星屑さんは先輩なのですから、古臭い年功序列に当てはめると星屑さんが上ですよ」
「年下に罵られるって最高ですね」
「そういう話はしていません」
 この人との会話は、次元が屈折しているのだろうかと思いイラっとした。
「どこまでも僕に嫌がらせするなら、もうこれからは星屑さんには優しく接します」
「えっと、季夏は嫌がらせで接しているつもりはないんですけど」
「意図的じゃなくても、星屑さんの言動は僕にとっては嫌がらせです」
 そっちがその気なら、僕だってそれなりの対応をしようと思った。
「僕に優しくされたくなかったら、退部してください」
「なんか説得の仕方が、歪んでいるように見えるね」
 それを見ていた的野が、おかしそうに指摘してきた。
「いいですよ。優しくされるのは慣れてますから」
 そうだった。もともとちやほやされているのが日常の人だった。
「でも、たまにでいいので罵ってください」
 星屑はそう言って、柔らかな表情で頭を下げてきた。
 こうして、また変人もとい変態がこの部に一人増えてしまったのだった。

4 覚醒

 高校2年になった季夏は、今の部活に悩んでいた。理由は単純で、女子が季夏に対してあたりが強いことだった。
 季夏の部活は、料理部で創作料理ではなく、レシピを見て作るだけの部活だった。
 料理は下手ではないし、簡単だからという理由で入ったのだが、料理部には女子ばかりでいつも優しくしてくれる男子がいなかった。これが季夏の精神を蝕んだ。
 なんとか1年間耐えたが、このままこの部を続けたくなかった。
 そんな時、電子掲示板に悩み相談を見つけた。
 季夏は、蜘蛛の糸を掴むような思いで部活を早めに切り上げて相談しに行った。
 それなのに拒絶された。しかも、年下の男子に。
 最初は恥ずかしさでいっぱいだったが、何度も思い返すうちになぜだか違う興奮を覚えた。
 寝る時には悶々として、なかなか寝付けなかった。
 次の日の朝には、思い出す度に性的興奮に変わっていた。これは自分でもびっくりだった。
 もう一度罵られたいと思い、寝不足の目を擦りながら登校した。
 教室に入り、いつものように取り巻きの男子に挨拶してから席に着いた。
 すると、取り巻きの一人の男子が心配そうに季夏を気遣ってきた。寝不足だった為、それが顔に出てたみたいだ。ちょっと恥ずかしい。
 授業中、昨日のことが何度も頭でリピートされて、自分でも表情が緩むのがわかった。きっと周りからは、にやけているように見えたかもしれない。
 昼休みに、退部届と入部届のデータを担任に送った。
 部活の時間になると、職員室に来るよう教師に言われた。
 職員室で別の教師に引き継がれて、その教師に自己紹介すると、退部の理由と本当に入部する意思があるのか聞いてきた。
 退部の理由は言えなかったが、入部したい理由は適当にでっち上げた。
 教師は少し難しい顔をしたが、渋々といった感じで認めてくれた。
 部室に向かうというので、季夏はその後ろを付いていった。
 部室に教師が入ったが、恥ずかしくなって扉から顔を出せなかった。
 教師が出てきて、入るよう促してから去っていった。
 入るのに躊躇していると、中から先輩である的野が優しく呼びかけてきた。
 出ていこうとすると、後輩のはずの彼が顔も見ていないのに帰宅を促してきた。これには全身がゾクゾクした。やっぱりこの人の言葉は特別だと再認識した。
 顔を見せると二人は驚いた顔をした後、いろいろ質問された。時折、彼からの責め句に興奮して何度か身体を震わせた。
 そんな中、的野先輩と彼の会話が親し気な感じがした。
 これには不満を覚えて、思わず恋人なのかと聞いてしまった。自分からそんなこと聞くなんて、生まれて初めてで自分でも驚いた。
 二人の関係性を聞いて安心したところで、彼と一緒にいたいことを伝えた。
 彼はかなり渋っていたが、最後は折れて沈んだ顔で帰っていった。
 次の日、部活が待ち遠しくてソワソワしながら授業を受けた。取り巻きの男子に何か良いことがあったのかと聞かれたが、さすがに罵倒してくれる人が見つかったとは言えず、曖昧にはぐらかすしかなかった。
 部活の時間になり、元気よく部室に行くと、途中で的野先輩と出会った。
 一緒に行くことになり、部室に入るなり二人で元気よく挨拶した。
「うるさいです」
 先に来ていた彼が、睨みつけるようにこちらを見た。ああ、良い返事をもらえたと表情が緩んだ。
 先輩が彼の隣に座ったので、季夏は逆隣の地べたに正座して座った。
「・・・何してるんですか?」
「ご主人様と同じ高さは失礼だと思いまして」
「上下関係はなしでお願いしたはずですが」
「それではご主人様の偉大さが薄れます」
「えっと、それは誰へのアピールですか?部員は三人しかいないんですよ」
「相談しに来る人がいるじゃないですか」
「こんな場面見られたら、ドン引きして帰っていきますよ」
「そうだね。ヤバい奴にしか見えないよね」
 ここで先輩が呆れように季夏を見た。
「どう思考展開してもマイナスにしかならないですし、変な噂が立つのは確実なのでやめてください」
 彼はそう言いながら、季夏の方を見下ろしてきた。その鋭い視線に、全身に震えが走った。
「という訳で、人らしく椅子に座ってください」
 ああ、もう一生この人にお仕えしたいと心の中で思った。
「そんな歓喜な表情で見上げないでくれませんか。対応に困ります」
 どうやら、表情に出てしまったようだ。でも、伝わって嬉しい。
 彼が言うので、渋々椅子に座った。
 だが、机は断固として断った。鞄は自分の膝の上に置いて、彼の鞄も預かろうとしたが、それは断固として断られてしまった。
 これから1時間どんな罵倒されるか期待していると、彼が鞄から電子教科書を取り出した。
「何してるんですか?」
 それを取り出す意味がわからなかったので、不思議に思って彼に聞いた。
「二人と話したくないので、勉強で時間を潰します」
「ほ、放置ですか。それは少し寂しいです」
 放置プレイは季夏には興奮の対象にならなかった。
「的野さんと話せばいいんじゃないですか?」
「季夏は、ご主人様に構って欲しいんですが」
「そうですか。僕は、二人には退部して欲しいと思っていますよ」
 彼はそう言いながら、季夏に笑顔を見せてくれた。ああ、素敵。この一言だけでもこの部活に入ってよかった。
「っていうか、優しくするんじゃなかったの?」
 ここで的野先輩が呆れたようにそう指摘した。
「優しくされることに慣れているようなので、無視をするのが精神的に負荷が軽減されると昨日思い直しました」
「あ、そう」
 無視されるのは季夏としては嫌だったが、主従関係上強くは出れそうになかった。
「ご主人様、恋人はいるんですか?」
 先輩は恋人じゃないことは昨日知ったが、恋人がいるかどうかは確認していなかった。
「いないと思うよ。わたし以外友達もいないし」
 なぜかこれには先輩が答えた。
「僕は、的野さんを友達と思っていませんが」
 ここだけは明確にしておきたいという意思が、彼からひしひしと伝わってきた。
「って、言ってますけど」
「ヒロは照れ屋だから」
 季夏の言葉に、先輩があからさまな嘘をついた。
「照れてないですし、友達と言い出したのは的野さんです」
「まあ、わたしが勝手に友達認定しているだけなのは間違いないけど」
 先輩は、不満そうに口を尖らせてそう言った。
「そうなんですか。季夏が勝手にご主人様認定しているようなものですね」
「あ、うん。そうそう。それと同じ感じ・・だと思う?」
 先輩はそう言って、チラッと季夏の方を見た。友達とご主人様を一緒ということに抵抗を感じたかもしれない。
「ご主人様は、なんでそんなに一人で居たいんですか?」
「思考の邪魔だからです」
「ずっと考えるのって疲れません?」
「人と話している方が疲れます」
「そうなんですか。妄想が好きなんですね」
「違います。想像が好きなんです」
「えっと、それは同じ意味じゃないんですか」
「全然違います。想像は頭の中で思考を巡らせることで、妄想はそれを超越して現実に起こっているとか起こると確信して、その考えに囚われることを言います」
「そうなんですか~。じゃあ、空想が好きってことですか?」
「それも若干意味が違います」
「え、これも違うんですか?」
「想像は現実的な思考ですが、空想は非現実的なことも含めて思考を巡らせます」
「似てると思ってましたけど、少し違うんですね」
「日本語は数が多すぎる上に、意味合いが被る言葉が数多くあります。そして、微妙な違いも多いんです」
「日本語特有というやつですか」
「そうかもしれません」
 彼はそう言って、季夏から視線を外して話を締め括った。
「二人とも勉強の邪魔しないようにお願いします」
 ここからはしゃべらずに勉強することに決めたようだ。
 ご主人様に命令されたので、仕方なく黙って彼の横顔を眺めることにした。
 しばらく見ていたが、先輩も季夏と同じように彼をじっと見つめていた。まるで恋する乙女のように。
「二人共、お願いですから、こっちを見ないでください」
 季夏たちの視線に気づいていたようで、電子教科書を見ながら注意してきた。
「黙れって言ったのヒロじゃん。視線ぐらいは許容すべきだと思う」
 その言い草だと、ずっと見ていたいと言っているようなものだった。その気持ちはわからなくはない。
「的野さんと話すと、頭おかしい人と話している気がしてきます」
 その気持ちもわからなくはない。
「人間なんて十人十色なんでしょ。頭がおかしい人なんて認識次第でいくらでもいると思うよ」
「そうですね。この部活には頭のおかしい人ばかりです」
 突然の流れ弾に、季夏の全身に震えが走った。やっぱり素敵。
「それ、ヒロも入ってるよ」
 先輩の方は面白かったようで、口に手を当てておかしそうに笑った。
「そうですね。僕も頭がおかしいからぼっちなんですよ」
 なんでそれを許容するんだろうと思ったが、きっと季夏たちに気を使ったんだろう。う~ん、たぶん違う気がする。
「なので、話しかけないでください」
 やっぱり違ってた。ただ単に近寄って欲しくないだけだった。
「だったら、頭がおかしい同士仲良くしようね」
 ここまで拒絶されても、先輩は笑顔でそう言い切った。なるほど、彼女は心が強固だからこの部に居られるのかと納得した。
「頭がおかしい同士の会話が成立しないことの体現はしなくていいです」
「思いは各々違うからね。どれを突き通すかは本人次第だから」
「噛み合わないことをいちいち哲学的に言わなくていいですよ。格好悪いですから」
「そうかな~?今のなかなかの格言みたいだったよね」
 先輩はそう言いながら、季夏の方に話を振ってきた。おそらくだが、除け者にされてると感じてのことだろう。
「そうですね。季夏には刺さらなかったですけど、それっぽくは聞こえましたよ。刺さらなかったですけど」
「刺さらないって二回言った!」
 季夏の明確な嫌味に、先輩は反射的なツッコミを入れてきた。やはり、そういうタイプの人間のようだ。まあ、彼との会話を聞いていればすぐにわかることだったが。
 それからは、的野先輩に友達がいないことの話になった。
 これは意外だったが、性格が彼のような毒舌だそうで、気が抜けると本音が漏れてその場の空気を壊してしまうことがトラウマになっているらしい。
 その結果、上辺だけの付き合いになり自然とぼっちになっていったそうだ。上辺は季夏の得意技の一つなので、男子を取り込んでぼっちになることはなかったけど、先輩は上辺だけの付き合いに引け目を感じていたのだろう。
「ヒロみたいな友達ができて、今は気が楽だよ」
 一通り話し終わり、先輩が嬉しそうな顔でそう言った。
「こっちは鬱陶しくて堪りません」
 その顔が気に入らなかったのか、彼が溜息をつきながら悪態をついた。
「毎回それ言うね。じゃあ、どうしたらいいの?あ、関わらないというのはナシね」
「隣で瞑想でもしててください」
「それ、関わらないと同じだから」
「なら、目を閉じて存在を消してください」
「ごめん。そんな特殊能力ないから」
「じゃあ、どうしたらいいんですか」
 彼はそう言って、大きな溜息をついた。ここで主軸を逆転させてきた。
「ありのままを受け入れたらいいんだよ」
「鬱陶しくて堪りませんね」
 なんか台詞がところどころ反復されている気がした。
「ヒロは社会不適合者だね」
「だったらなんですか」
 これには彼の声から怒気を感じた。表情は変わらなかったが。
「怒んないでよ。生きづらいでしょ、それ」
「生きづらくなったのは最近ですが」
「またそういうこと言う」
 先輩はそう言いながら、彼を呆れ顔で見つめた。おそらく、このやり取りも何度目かなのだろう。
「そういえば、ご主人様。連絡先教えてください」
 そろそろ部活も終わるので、これだけは聞いておきたかった。
「教えません。あと、いい加減ご主人様というのはやめてください」
「霞様でいいなら」
「それもダメです。霞さんでいいでしょう」
「・・・よく考えると、年下をさん付けするのも悪くないかもしれませんね」
 昨日はこの考えはなかったが、今考えると悪くない気がした。
「そうですか。それならさん付けでお願いします」
「でも、霞さんだと一般的ですし、弘霧さんと呼ぶのも違う感じがしますね」
 苗字と名前で呼んでみたが、個人的にはピンとこなかった。
「なら、ヒロさんでいいじゃない?」
 すると、先輩が割って入ってきた。
「いえ、的野先輩と同じなのは抵抗を感じます」
「何それ?対抗心?」
「かもしれません。なので、ヒロさんとは呼びません」
「じゃあ、どう呼ぶの?」
「そうですね~・・・スミ、いえ、ロムさんって呼びましょう」
「なんか昔の専用メモリーみたいな名前だね」
 先輩はそう言いながら、おかしそうに笑った。
「響きがいいのでロムさんにします」
「まあ、それでもいいです」
 なんとご主人様が特に異論なく許可してくれた。なんか面倒になったようにも見えたが、きっと気のせいだろう。
「じゃあ、季夏の連絡先を教えておきます」
 呼び名も決まったので、話を本筋に戻すことにした。
「いえ、知りたくないです。どうせ連絡もしませんし」
 拒否られて幸せ。
「だから、それ逆効果だって」
「そうでしたね。反射的に応えてしまいました」
 先輩の指摘に、彼は季夏を見てから溜息をついた。
「えっと、星屑さんは可愛いので連絡先を聞いても緊張して連絡できないと思うので、気持ちだけ受け取っておきます」
「え、何それ?優しくしてるつもり?」
 彼の棒読みの台詞に、先輩が笑いを堪えながらそう言った。
「優しくするのって、ストレス溜まりますね~」
「あ~、それわかる。わたしも相手の顔色気にして本音言えなかったからね」
 この二人の気持ちは、正直季夏にはわからなかった。ちょっと疎外感。
「っていうか、星屑さんってどんな対応しても意味をなさない気がしています」
「まあ、きつく言っても優しくしても効果ないもんね」
「結論としては、触らぬ神に祟りなしみたいな感じです」
 話の流れで、季夏が神にされてしまった。
「あ~、言いたいことはわかるけど、使い方は間違ってるよ」
「知ってますよ、それぐらい」
 そんな話を黙って聞いていると、部活終了の時間になった。
 すると、彼が鞄に電子教科書を入れた。
「帰るの?」
「はい」
 彼は淡白にそう言って、鞄を持って立ち上がった。つられて、季夏も立ち上がった。
「・・・もしかして、一緒に帰ろうとか思ってませんよね」
「え、ダメですか?」
 これには自然と首が傾いた。
「当たり前です。関わるのは部活の時だけにしてください。的野さんだってそれぐらいの分別はつけてます」
「でも、季夏はずっとロムさんと一緒にいたいです」
「迷惑なのでやめてください」
 彼はうんざりした感じで、大きく溜息をついた。よほど、嫌みたいだ。
「あんまりしつこいと学校自体来なくなるからやめておいた方がいいよ」
 ここで先輩が季夏にそう忠告してきた。
「それは困ります」
 彼が学校に来ないことを想像しただけで、季夏の心は沈んでしまった。
「その手がありましたか」
 すると、彼が目を見開いて季夏たちを交互に見た。
「あ、もしかして、最悪の選択肢を与えちゃった?」
「明日から部活は休みます」
 彼は、晴れやかな顔でそう宣言してしまった。
「ちょ、ちょっとどうしてくれるんですか!」
 これには慌てて、的野先輩に詰め寄った。
「ヒロ。もし、部活に来ないなら学校生活に介入するから。そして、学校に来なかったら家に行くね」
 先輩は、据わった眼でそんなホラーチックなことを言い出した。でも、先輩が言わなかったら、きっと季夏が言っていただろう。
「それ、脅迫ですよ」
「そうだね。でも、こうしないと本当に来ないでしょ」
「・・・」
 その沈黙は肯定のようだ。
「明日だけ休んでもいいですか?」
「え、学校を?」
「いえ、部活だけです」
「ダメだよ。ちゃんと来ないと」
「一度だけ精神を安定させたいんです」
「え、そこまで不安定になってるの?」
「はい。的野さんだけでも手一杯なのに、星屑さんが加わることで精神の摩耗が激しくなってしまいました。なので、1日だけ休暇をください」
「でも、それだと早退になるけど」
 この学校の部活は強制なので、稀有な事例の帰宅部以外は部活に出ないと欠席扱いになっていた。
「構いません。このままでは僕の精神が持ちません」
 そこまで季夏たちと一緒なのがストレスなようだ。ちょっとショック。
 こうして彼は帰っていった。
「明日は二人っきりだね」
「まあ、しょうがないですね」
 的野先輩にそれだけ返して、季夏は部室を後にした。
 次の日、テンション低めで学校に行った。
 教室では男子といつもの他愛のないやり取りをした。
 授業が終わり、部活の時間になった。
 重い足取りで部室に行くと、的野先輩が先に来ていた。
「こんにちは」
 昨日とはえらく低いテンションの先輩を見て、これが素なんだなと思った。
「こんにちは」
 そういう季夏も声に張りがなかった。
 昨日座っていた彼の椅子に季夏が腰掛けると、先輩が少し眉をひそめた。おそらくだが、彼の席に座ったことに不満を感じたのだろう。
「この部活って、相談者って季夏一人ですか?」
「そうだよ。っていうか、部活してるから来る人はいないと思ってたよ」
「なんでこんな活動しているんですか?」
 これはこの部の活動内容を見て思っていたことだった。
 それからは先輩が、この部の立ち上がった経緯を説明してくれた。
「なるほど。もともとその場凌ぎの捨て部活でしたか」
「ヒロが大手を振って帰るための部活だったんだけどね。わたしが入ったことで、部活しないといけないくなったんだよ」
「なるほどですね」
「いや~、入部して3日ぐらいはいろんな悪口言われて退部するよう追い込んできたよ」
「それは羨ましいですね」
「・・・まあ、星屑さんにとってはそうかもね」
 季夏の羨望の眼差しに、先輩が苦い顔をした。まあ、これはしょうがないと思う。
「っていうか、ヒロは本当に来ないね」
 部活が始まって10分近く経つが、誰も部室に来る気配がなかった。
「昨日言ってましたし、来ないですよ」
「生真面目だと思ってたんだけど、有言実行するなんて思わなかったな~」
「そうですか?部活を休むことなんてなんとも思わない人ですよ、ご主人様は」
「ふぅー。まあ、そうも見えるかもしれないね」
 先輩はそう言って、机に肩肘を付いて遠い眼をした。季夏よりも数日長く付き合っているので、季夏が知らない彼を見たのかもしれない。
「えっと、ご主人様って呼ぶの恥ずかしくない?」
 言いづらいのか、少し視線を宙に向けて聞いてきた。
「ご主人様が現れるまでは、季夏も使わない言葉だと思っていました。でも、出会って変わりました」
「そうなんだ。でも、ご主人様は周りが引くからやめた方がいいよ」
「そうかもしれませんね。ご主人様からも呼ぶことは控えるよう言われてますから、これからは的野先輩と二人で話す時にしか使いません」
「できれば、わたしと一緒の時もやめて欲しいかな」
「抵抗ありますか?」
「そうだね。抵抗というより周りの目を気にしちゃうかな」
「そうですか・・・それならしょうがないですね。ご主人様というのは頭の中だけで我慢します」
「う、うん。そうした方がいいよ」
 個人的には声を大にして主張したいが、本人はもとい、的野先輩にも注意されては控えるしかなかった。
 それからは会話が途切れてしまった。会話の中心がいないとこうなるのは、季夏もよくわかっていた。
「な、なんか話した方がいい?」
 この空気に耐えられないのか、先輩がこちらを気にしながら聞いてきた。
「無理して話しても楽しくないですし、スマホでも見ていましょう」
「そ、そうだね」
 季夏たちは、スマホを取り出して時間を潰すことにした。
 それから5分ほどすると、部室のドアをノックする音が聞こえた。
 これには驚いて、スマホから顔を上げて的野先輩を見た。先輩も驚いた様子で、こちらを見てきた。
「どうぞ~」
 先輩は正面のドアを向いて、相手に入るよう促した。まさか入部して2日目で相談する人が来るとは思っていなかったが、自分のことを考えると例外は常に複数いるんだと考え直した。
「お邪魔~」
 ドアが少し乱暴に開けられ、青黒色に染めた髪の女子生徒がダルそうに入ってきた。制服も気崩していて、なんともだらしなさが目についた。率直に言って不良っぽくて怖い印象だった。
「えっと、何か?」
 明らかな場違いな人物に、先輩が困惑したように大雑把な聞き方をした。
「ここってぼっち部?」
「う、うん。そうだけど・・・」
「教師に行けって言われたから来たんだけど~」
 彼女はダルそうな態度で、周りを見てから季夏たちの方に視線を戻した。どうやら、厄介払いされたようだ。
「なんでこの部に行けって言われたの?」
「なんかケアしてくれるとか言ってた」
「えっと、クラスでぼっちなの?」
「クラスメイトは寄ってこないな。つるむと評判が下がるからとかじゃないか」
「あなたはそれでいいと思っているの?」
「ああ、自分がしたい恰好をしている」
「そう。なら、ケアの必要はないね」
「だよな~。私もそう思う」
 そう思っているのに、わざわざ来たということは教師の顔を立てたようだ。見た目には反して、優しいのかもしれない。
「ってなわけでさ。この部室で時間潰させてくれない?」
「部活は?」
「もともとサボるつもりだったんだけど、目ぇつけられてさ。逃げる前に捕まって、この部室に連れてこられたんだよ」
 自主的に来たわけじゃないのね。優しいと思ったのは頭の中で撤回。
「生徒に丸投げって、教師のメンツはないのかな」
 これは先輩の言う通りだと思った。
「だよな~。ノックしたのは教師なんだぜ。てっきりこの部に一言あるのかと思ったのに、そのまま職員室に戻っていきやがった」
「そうだったんだ。今度教師にクレーム入れとこう」
 そうは言ったが、ご主人様に告げ口して言わせるつもりだろうと勝手に思った。
「そういう訳で、ちょっとここで時間潰させてくれない?」
「そのまま帰ったらいいんじゃないの?」
「ばっか。それしたら、明日にでもこことか別の部に放り込まれるだろう」
「はぁ~、まあ、そうだね」
 正直、こっちからしたら傍迷惑なだけの言い分だった。
「ってな訳で、少しの間いさせてくれ」
「う、うん。まあ、いいけど」
 断ることは気が引けたのか、それとも怖いからかはわからないが苦笑いで了承した。
 こうして、ただでさえ重い空気なのに、さらに居心地の悪い空間が出来上がってしまった。全員がスマホを見て、誰もしゃべることはなかった。
「こんな部活嫌だな~」
 数分後、堪えられなくなったのか、的野先輩がボソッとそんなことを呟いた。その気持ちは季夏も理解できた。
 さらに十数分後、彼女が席を立ち軽くお礼を言って部室を出ていった。
「ヒロがいないだけで、こんなにもつまんない部になるんだね」
 さっきの本音を今度は季夏に聞こえるように言った。
「そりゃあ、季夏と的野先輩はそりが合わないですし」
「はっきり言うんだね」
「的野先輩も遠回しに言ってるじゃないですか」
「まあ、そうだね」
「たぶんですけど、趣味が違うから噛み合わないと思います」
「そうかもね」
「でも、好きな人は同じですから、それを主軸にすれば話は盛り上がるかもしれませんよ」
「ヒロとは付き合い1週間ぐらいしかないから、話題にできることは少ないかな」
「なら、これから増やしていきましょう」
「その前に、ヒロが転校しなきゃいいけど」
「そうですね。季夏たちは嫌われてますから」
「しつこくすると、嫌われるどころか避けられる可能性があるよね」
「今日、まさに避けられてますしね」
「これが定期的に続くと嫌だね」
「そうですね。なんとかロムさんに避けられない程度に好かれないといけません」
「無理じゃない?孤独が好きなんだから」
「最終手段としては、人をやめて置物に徹することしかできませんね」
「それは嫌だね。最低限会話はしたいかな」
「そうですね。最低限罵られたいですね」
「・・・まあ、ヒロと話したいことは共通してるね」
 罵られることは共感してくれなかったが、言っていることは同じだと判断したようだ。
「という訳で、ロムさんのご機嫌取りをしながら接する感じでいきましょう」
「そうだね。機嫌損ねて今日みたいに休まれると嫌だし」
 先輩はそう言って、寂しそうに部室の出入り口を見つめた。
 これからのご主人様との接し方が決まったところで、タイミングよく部活が終わる時間になった。

「早退してしまいました」
 僕は、罪悪感から父親にそう吐露した。
「緊急避難ですし、仕方ないでしょう」
 父親は僕を諭すように、優しくそう言ってくれた。
「まさかマゾヒズムに目覚めるとは斜め上すぎて、想像の範疇外でした」
「そうですね。僕もそう思います」
 こんなこと予想できる人は、どっかの頭のネジが外れている人だけだろう。
「それで、どうするんですか」
「わかりません。このまま休むこともできませんし、正直八方塞がりです」
「ですね。気に入られてしまった以上、転校するしか方法がありませんね」
「せっかく実家から逃げてきたのに、なんでこうなるんでしょうか」
「あまりこういう言葉は使いたくないですが、運命なのかもしれません」
「ああいうのを引き寄せる何かを僕が持っているってことですか」
「そうかもしれません。非科学的ですが、何かを引き寄せる遺伝子を引き継いでいるのかもしれません」
「いつにもなく非論理的ですね」
「そうですね。人間関係は論理で説明できないことは実証済みですから」
「まあ、あの人がそうですからね」
 母親のことを持ち出すのは、気分が下がるのであまり口にしたくなかった。
「気分屋ですから、本当に困ります」
 父親は昔を思い出したのか、深く息を吐いた。それは苦労を滲ませるような溜息だった。
「一つ隣の学校に転校届を出すなら、早い方がいいですよ。おそらく、早くても二学期からになりそうですが。それから調べてみたんですが、通信制の高校があるそうですよ」
「え、そうなんですか?」
 まさか調べてくれたとは思ってなくて、少しだけ嬉しかった。
「不登校の生徒への最終手段の処置ですね」
「それは知りませんでした」
「まあ、自宅学習する以外は転校とあまり変わりませんが」
「要するに、引きこもれるということですか」
「そうなりますね」
「それはなかなか魅力的ですね」
 転校は個人的に抵抗あったが、自宅学習には心惹かれた。
「今思いつくのはこれぐらいですね。どうするかは弘霧さんに任せます」
 父親はそう言って、この話を終わらせた。
 それからは自分の部屋で趣味に没頭した。これは習慣になっていて、僕には至福の時間だった。
 次の日の朝、空は曇りで僕の心を表しているようだった。といっても、嫌なことは部活の1時間だけなのだが。
 授業はいつも通りの淡々とこなし、部活のことはできるだけ考えないように過ごした。
 そして、部活の時間になってしまい、心が沈むように重くなった。
 さすがに今日も欠席することは難しいので、重い足取りで部室へ向かった。
 部室には誰も来ておらず、机と椅子は一昨日と同じ配置だった。
 僕は自分が座っている椅子と机を奥に移動させて、二人から距離を取ってみることにした。
「こんにちは!」
 移動させて座ったところで、的野が元気よく部室に入ってきた。
「あれ?」
 いつもの場所に僕がいないことに、的野が首を傾げた。
「こんにちは~」
 すると、的野の後ろから星屑が挨拶した。
「あ、うん。こんにちは」
 的野は振り返って、星屑に挨拶を返した。
「あれ?ロムさんは?」
 正面に僕がいないことに、星屑が的野を見てそう聞いた。
「あっちに移動してる」
 的野は僕の方を指さして、不満そうな顔をした。
「別に、並んで座る必要はないと思いまして」
「左右に女子がいることに抵抗感じるってこと」
「女子というより人がですかね」
「相変わらず、そこはブレないんだね」
 僕の訂正に、的野はおかしそうに笑った。
「でも、わたし達はヒロの隣がいいんだけど」
「知りませんよ、そんなこと」
 的野と話していると、星屑が何も言わずに僕の隣に椅子を置いて笑顔でそこに座った。
「なんでさらっと嫌がらせするんですか」
「ロムさんが季夏に嫌がらせしているからです」
 どうやら、離れて座ることは星屑にとっては嫌がらせと捉えるようだ。
「それは同感」
 的野はそう言いながら、机と椅子を僕の横に移動させた。
「そういえば、昨日来客がありましたよ」
 隣の星屑が、僕を見つめてそんなことを言った。
「そうそう。なんか部活をサボろうとした人みたいで、教師が無理やりここに放り込んだ感じだった。いわゆる厄介払いだね」
「え、そんなことがあったんですか」
 これには驚いて、的野の方を見た。
「うん。ただスマホ見て帰ったけどね」
「それは嫌な感じですね。なるほど、だからあんなに簡単に申請を通したんですね。さすが僕より長く生きてて狡賢いですね」
「で、どうする?クレーム入れに行く?」
「そうですね。もう少し様子を見ましょうか」
 昨日のことは知らないので、大々的に動くのは得策ではない気がした。
「すぐに陳情に行くと思ったのに意外だね」
「そうですね。動く時は相手の出方をある程度把握してからの方が効果的なんですよ」
「いろいろ考えるんだね」
「これまで生きてきて直感的で動いても、良いことがなかったんですよ」
「そうなんだ。不運が続いたんだね」
「今も続いてますが」
 僕は話の流れから、二人を言葉の針で刺してしまった。もうこれは条件反射なので、自分でも自制が難しくなっていた。
「それで昨日は誰が来たんですか?」
「え、あ、そういえば、名前聞かなかったね。3年なのは間違いないよ。見たことあるし」
「そうですか。その人はぼっちなんですか?」
「うん。そう言ってたけど、一人でいいみたいなこと言ってたからアドバイスはできなかったね」
「なるほど。それは僕と気が合いそうですね」
「そうかな?合わないと思うよ。髪染めてるし、服装も着崩してたから」
「気は合いそうにありませんね」
 それを聞いて、すぐに手のひら返しをした。
「でも、部活を休み続けると教師に捕まることを知ったのはよかったです」
 これは個人的には良い情報だった。
「ロムさんって、趣味はなんですか?」
 話が途切れたところで、星屑が静かにそう聞いてきた。
「教えません」
「どうしてですか?」
「一人でこっそり没頭することが好きだからです。ちなみに、これは家族にも教えていません」
「変わっていますね。さすがロムさんです」
 何がさすがなのかはわからなかったが、変わっていることは自分でもわかっていた。
「そもそも、好きなことを共有したいなんて僕には理解できません。一人で楽しむことこそが至高の時間なのに、他人と分かち合ったら楽しさ半減です」
「その言い分は理解できないかな。同じ趣味だったら話が合うし、楽しさは倍増すると思うんだけど」
「僕からしたら、他人と一緒であることで安心を得ようとしているようにしか見えません」
「う~ん。そうかな?」
「そもそも、自分の趣味をなんで他人と共有したがるんですか。必要ないでしょう。一人で楽しむそれこそが趣味というものです。他人を巻き込むことは趣味じゃなくて、ただの娯楽です。エンターテインメントとホビーは違うんですよ」
「それ、偏見だと思う。共有することでその趣味を深堀りできることもあるでしょ」
「はぁ~、わかってませんね。他人からの情報でそれを知ることで、楽しさは半減どころが激減です。自分でやって知ることこそが至高なんですよ」
「ごめん。その思考がよくわかんない」
「まあ、経験していない人にはわからないでしょうね」
 それを知らないことは可哀想だと思ったが、こればかりはどうしようもないと思った。
「ロムさんはその経験をどうやってやったんですか?」
 星屑がここで話に入ってきた。
「そうですね。一つのことを考え抜くことで辿り着きました」
「どれはどれぐらいですか?」
「ざっと4年ですね」
「え、そんなに!」
 これには的野が、反射的に声を発した。
「これでも短い方ですよ」
「え、そうなの?」
「ええ。この至高の為に、僕は人生の大半を費やす覚悟です」
「それを聞くと、幸せそうで羨ましいな~」
「幸せですね。自己満足で完結できる人生こそ価値があると思ってます」
「なんか達観してて、高校生の発言じゃないね」
「年齢は関係ないと思います。気づけるか気づけないかの差ですから」
 こうやって偉そうなこと言っているが、ここまで達観したのは父親の影響が強かった。
 父親の生き方は、一言で言うなら他人に対して興味がないことだった。それは家族も例外ではなかった。聞かれたことには親身になって答えたり選択肢を模索してくれるが、それ以外は全くと言っていいほど関わってこなかった。無関心、それが一番しっくりくるほどに父親からは何も聞いてくることはないのだ。
 しかも、休みの日に部屋にこもると1日出てこないことが多かった。それゆえ、食事は不規則になり母親に怒られるまで出てこないことも多々あった。
 単身赴任になってからは少し改善していて、夕食だけは一緒に取ってくれるようになったし、僕に対しては構ってくれるようになっていた。
 小学生の時、父親が病気になったことがあった。僕は不健康になってまで何をしているのか聞いたが、教えてくれることはなくて不健康より自己満足が大事だと言い切ってきた。
 それほど父親にはやりたいことがあるのかと驚き、自分にはそれがないことに焦りを感じた。
 それから1年ほど趣味探しを始めて見つけたのが、今没頭している趣味なのだ。
「なら、趣味は聞かないから話し相手にはなってよ」
「今現在相手をしているでしょう、嫌々ながら」
「それはありがとう。でも、そのせいで部活を休むのはやめて欲しいかな」
「そうですね。教師に目を付けられるのはあまり好ましくないので、休むことはもうないでしょう」
「え、本当!」
 僕がそう言うと、的野が嬉しそうに両の手を合わせて喜んだ。
「限界に来たら、部活じゃなくて学校を辞めますけど」
 的野の喜びようを見て、僕は若干嫌な気持ちになり口から自然とその言葉が出ていた。
「なんでそういうこと言うかな」
 僕の一言に、的野が嫌そうな顔をして文句を言った。
「今日も勉強するんですか?」
 僕が話を遮るアイテムを取り出したところで、星屑が不満げにそう聞いてきた。
「ええ」
 これには否定することなく、電子教科書を起動させた。
「ロムさん」
「なんですか?」
「意見交換しませんか」
「え?」
 星屑の予想外の言葉に、僕は驚いて星屑を見た。
「ロムさんは考え抜くことが好きと言いました。ですから、一つの単語の深掘りをしてみませんか」
「どういうことですか?」
「簡単な話です。例えば単語の意味と成り立ちそれについての個人の意見とかを言い合うんです」
「・・・面白そうですね」
 拒否したかったが、興味をそそられてしまった。こういう議論は大好きなのだ。
「じゃあ、ここ最近気になった言葉なんですが、罵倒ってなんか良い響きですよね」
 星屑はそう言って、恍惚な表情で身体をくねらせた。あれ、なんか最近目覚めた性癖の単語を口にしてませんか。
「そうですか?罵り倒される意味ですから、悪い響きだと思うんですが」
 楽しそうというワクワクが、罵倒という単語で一気に白けてしまった。
「まあ、そうですね。個人的には罵倒の下に蔑む漢字を付け足して、罵倒蔑っていう言葉をつくって欲しいと思いました」
「ばとうべつって、語呂も悪いし浸透はしないと思います」
 身体をくねらせてそんなこと言わないで欲しいと強く思ったが、指摘してもおそらく無駄だろうと悟った。
「っていうか、そんな侮蔑な言葉を増やされるのはわたしは嫌だな」
 的野としても、そんな言葉は受け入れられないようだ。当然だと言えば当然だけど。
「でも、罵り倒すって考えると凄い言葉だよね~」
「そうですね。言葉では物理的に倒せないのにそれを表現した人はきっと倒されたイメージを抱いたんでしょう」
「それに罵るって、四に馬って書いてあるけど、どういう経緯でこうなったんだろう」
 的野はスマホを見てから、不思議そうに首を傾げた。
「成り立ちですか。調べてみましょう」
 星屑も気になったのか、スマホを取り出して操作し始めた。
「網や幕をかぶせるように悪口を浴びせかけるって載ってますね」
「馬は?」
「象形は上の四が網で下の馬の象形になってますね」
「馬に網をかぶせることが罵るになってるってこと?」
「そうですね。説明では網ではなく幕ってなってますけど」
「よくわかんないね」
「そうですね」
 二人首を傾げながら、スマホをもう一度見つめた。
「網は動きを封じるので、言い返す暇なく非難を浴びせる感じなのでしょう。人だとバランス悪くなるから、馬にしたんじゃないですか」
「なるほど。なんか説得力ある解釈だね」
 僕の考えに、的野は頷きながらそう言った。
「それか実際に馬に罵声を浴びせてた人を見ていたとか」
 星屑のその発想は面白いと感心させられた。
 そんな突拍子のない話をしていると、部活の終わる時間になっていた。
「こういうのは楽しいですね」
 僕は、率直に思ったことを口にした。
「そうだね。人の感性が出るからわたしも好きかも」
「ロムさんが喜んでくれてよかったです」
 的野はそう言い、星屑は嬉しそうに両手を合わせた。
 これなら転校は考え直してもいいかもしれないと、ほんの僅かだけそう思った。
 家に帰り、夕食まで趣味に没頭した。
 いつもより遅く父親が帰ってきて、遅い夕食を二人で食べた。
「それで、どうなりましたか」
 沈黙の夕食が終わり、父親からそう尋ねてきた。これは初めてのことで驚いてしまった。
「今日は個人的に楽しかったので、少し考え直そうと思います」
「そう・・ですか」
 この間は聞くかどうか悩んでいるようだった。おそらく、僕の口から言って欲しいのだろう。
「えっと、あまり聞きたくないのですが、エッチなことじゃないですよね」
 聞くかどうか悩んだようだが、僕が言いそうにないと判断したようで、視線を泳がせながら控えめに聞いてきた。
「それはさすがにないです」
「それは良かったです。今の年代は盛んな時期ですから、流されたら取り戻せないので注意してください」
「当然、心得てます」
「私と違い、賢くて安心します」
「そうですか?幸成さん方が賢いと思います」
「それは買い被りです。私は、賢くありません。家族を持ち、単身赴任なんて非効率なことをしています」
「それはイレギュラーなだけです。それに単身赴任をしてくれたおかげで、僕は実家を離れることができました」
「それは不可抗力なので、賢さは関係ありませんね」
「それはそうですが・・・」
 褒めたつもりだったが、主軸がズレてしまった。やはり、僕は賢くないと再確認できた。
「やったことは単語の深掘りです。個々にその単語の成り立ちにどう思うかの意見交換みたいな感じです」
「それは素晴らしい。私もとても興味深い遊びです」
「ええ、奇抜な意見も聞けて面白かったです」
 単語のチョイスは酷かったので、それは言わないでおくことにした。
 父親が話を切り上げ、部屋に引き籠ったので僕もそれに倣うように部屋で趣味に没頭した。
 次の日、普通に授業を受け、部活の時間になった。前よりは滅入る気持ちは緩和されているようで、部室に向かう足が少し軽い感じがした。
 部室に行くと、まだ誰もいなくて部室は静まり返っていた。毎日こんな感じならいいのにと、いまさらながら思った。
「こんにちは!」
 そんな思考を打ち消すように、的野が元気いっぱいの挨拶をして入ってきた。なんでこうも僕の気持ちを台無しにしてくるのだろう。
「こんにちは~」
 的野の後ろから少し元気のない星屑が入ってきた。
「聞いてください、ロムさん」
 そして、座ると同時に勝手に話をしだした。
「なんかこの部に入りたいとか言ってくる男子がいるんですが、どうしましょう」
「・・・」
 これは非常に迷惑だと思ったが、その男子がこの二人の相手をしてくれるのなら大歓迎だったので答えに窮してしまった。
「その人はなんで入りたいとか言ってきたの?」
 すると、的野が不思議そうに率直な疑問をぶつけた。
「季夏がいるからですよ。前は料理部にいたんですが女子ばかりでしたから、入るに入れなかったみたいで」
「要するに、好きな人と一緒の部活に入りたいってことね」
「料理部に来てたら、少しは好感が持てたんですけど、転部した途端にそう言われると、ぶっちゃけ迷惑でしかないです」
「女子の中には入れないタイプか~。いるよね、そういう人」
 女子の中には入れないのは正常だと僕は思う。だって、怖いじゃん。あの上っ面の会話。これはわかる人にはわかると思う。
「で、星屑さんはどうしたいの?」
「一応、上辺でやんわり断りましたけど、感触としてはなし崩し的に入部しそうです」
「で、その男子ってどういう感じの人なの?」
「端的に言うと、女子にこびへつらっててモテない感じです」
 怖っ!それ陰口じゃない?やっぱり女子の口から発せられる言葉は男子とは比較にならないほど強烈だと感じた。
「それ、星屑さんに対してじゃないかな」
 さすがに的野もこれには相手に同情するような感じでそう言った。
「そうですかね。他の女子にもあんな感じだと思いますけど」
 憶測でそんなことを平気で言う星屑に恐怖を覚えた。
「それを聞くとあんまり入ってきて欲しくないかもね」
 それを疑いもせず、鵜呑みにする的野も怖いと思った。
「ロムさんも嫌ですよね」
 僕の意見を聞きたいのか、星屑が少し前のめりで聞いてきた。
「そうですね。嫌と言えば嫌ですが、この状況もあまり好ましくないので複雑な気分です」
 はっきり言えないのは歯痒いのだが、今はこう返すしかできなかった。
「そうなんですね」
 どう反応していいかわからなかったのか、星屑が困った顔で頬を掻いた。
 そんな話をしていると、ドアがノックされた。
 これには驚いてドアの方を見ると、こちらの返事を待たずにドアが横にスライドした。
「邪魔するよ」
 入ってきたのは全く知らない女子生徒で、青黒い髪に制服は意図的に着崩している感じだった。星屑とは別の意味で相容れないと感じた。
「あ、また捕まったの?」
 そんなことを思っていると、的野が気さくに話しかけた。
「捕まる前にこっちに来た」
 それに対して、女子生徒がダルそうにそう返した。
「あれ?一人増えてない?」
 女子生徒は僕を見て、ゆっくりと首を傾げながらそう言った。
「うん。部長の霞だよ」
「ふ~ん。名前?」
「苗字だよ」
「そうなんだ。そういえば、名前言ってなかったね。あたしは3年の越谷。部活は気分で行きたいから、たまにこっちに寄ることになるけど、いいかな」
 越谷はそう言って、僕の方に視線を向けた。
「堂々とサボればいいと思いますが」
「それをしたら、一昨日捕まってさ。説明もなしにこっちに投げ入れられたんだよね」
「だから、投げ入れられる前に自主的にこの部に一時的に入り浸ると?」
「そういうこと。話が早くて助かる」
「そうですか。なら、出ていってもらえますか」
「え!」
 僕の拒否に、越谷が驚いた。
「ここは避難所ではないので、居られるだけで迷惑です」
「って、言い過ぎでしょ」
 これに的野が、シャットアウトするような感じで止めに入ってきた。
「・・・凄いね。まさかここまではっきり言われるとは思わなかった」
 越谷は、僕を見つめたままそう言った。
「そうですか。それはいい経験をしましたね」
「わかった。そこまで言われたら、この部に迷惑は掛けられないね」
「わかってもらえて助かります。あまりこの部を避難所にされたくないので」
「ああ、それもそうだね。教師もそんな感じでここにあたしを投げ入れたし」
「今後、そういうのが増えると困るんですよ」
「霞は、本音を隠さないんだな」
「隠す意味ありますか?」
「それは人によるかもな。社会に出たら、確実に煙たがられる」
「そうなるなら、僕が社長になりますよ」
「ははっ、それは凄い」
 僕の返しが面白かったのが、表情を崩して笑った。なんとも和むような笑顔だった。
「それで両隣の二人は秘書兼愛人にでもするのか」
「ははっ、それは面白い冗談ですね。この二人が有能でも採用はしませんね」
「それ、酷くない?」
 僕の仮定の話に、的野が不満そうに口を挟んできた。逆隣りにいる星屑は、絶対に見たくなかった。
「いい部活仲間だな」
「本気で言っているなら、精神科に行くことをお勧めします」
「それ、そっくりそのまま霞に返すよ」
 どうやら、傍から見たら仲良しにしか見えないということらしい。
「邪魔したな」
「ええ。もう教師には捕まらないでくださいね」
「善処するよ」
 越谷はそう言って、部室を出ていった。
「よくあのタイプの人に物怖じしないね」
 的野は、少し呆れたようにそう言った。
「この時代に暴力に訴える人は少ないでしょう」
「まあ、少ないかもしれないけど、殴られたらどうするのよ」
「その時は、的野さんと星屑さんが僕を助けてください」
「そこは他力本願なんだ」
「勘違いしないでください。正当防衛の目撃者になってくださいという意味です」
「あっ、ヒロも殴り返すのね」
「当然です。殴られっぱなしは腹立つじゃないですか」
「相手の方が強かったら?」
「そうですね。殺す勢いで闘います」
「それは怖いね。そういう現場にはいたくないわ」
 仮定の話なのに、心底嫌そうな顔でそう言った。
「あ、あの、叩いたら言葉で殴ってくれますか」
 何を思ったか、隣から星屑の興奮気味な声が聞こえた。
「あ、殴りません」
 僕は星屑を見ずに、小さい声でなおかつ淡白にそう答えた。内心、恐怖で心が震えてしまった。
「そうですか」
 隣から残念そうな声と溜息が聞こえた。
「今日は素数について話し合いませんか」
 話が区切れたところで、僕は素数の素晴らしさを語り合いたいと思っていた。
「え、そすうって数学の?」
 すると、的野がわかりやすく嫌そうな顔をした。
「そうです」
「わたし、好きじゃない」
「え、なんでですか」
「端的に言えば割れない数字という意味でしょう」
「ええ」
「素数は無尽蔵に近いから嫌い」
「ええ~、それが楽しいんじゃないですか」
「わたしは全然楽しくない。それを考えたいとも思わない」
「そうですか。勿体ないことですね」
「勿体なくないよ。素数を考えるより、ヒロと話している方が断然好き」
「相変わらず、僕とは相容れませんね」
「そんなことないよ~。少なくとも波長は合うと思う」
「へっ?そんなことはないと思いますが」
「真顔でそんなこと言われると、ちょっと傷つく」
「まあ、それはいいとして、素数の話の続きを」
 話が逸れたので、軌道修正した。
「星屑さんは、どの素数が好きですか?」
 的野に言っても興味ないと言われそうなので、ここは星屑に期待して話を振った。
「えっと、2ですね」
 無難な素数に、僕は少し満足した。ちなみに、僕は37が好きだ。理由としては3と7の数字が気に入っているからだった。
「そういえば、0と1は素数なの?」
 的野は率直な疑問を口にしたようだが、それは基本的過ぎて呆れてしまった。
「違います。素数の定義は1より大きい自然数です。というか、習ったでしょう」
「習ってたなら忘れた」
「そうですか。興味がなかったんですね」
「人の記憶容量は限られてるから」
「小さい容量なんですね」
「違うよ。他に覚えることが多いせいだよ」
 視線を泳がせているあたり嘘のようだ。
「なら、数の単位を無量大数まで言えます?」
「無量大数って何?」
 そこからかと思ったが、これは習わないので興味がないとわからないだろう。
「季夏は垓までですね」
 そんな的野を無視するように、星屑がそう答えた。
「まあ、それが一般的かもしれないですね。ちなみに、垓の次は杼です」
「じょ?」
「はい。10の24乗です」
「余計わかりにくくなった」
「調べればすぐ出てきますよ」
 そう言うと、的野がスマホを取り出して調べ始めた。
「ああ、なるほど。恒河沙から二文字じゃなくなってるね」
 恒河沙と阿僧祇の漢字は、個人的にバランスが悪くてあまり好きじゃなかった。
 部活が終わる時間が近づき、そろそろ帰ろうかと思っているとドアがノックされた。
 またこのパターンかとうんざりした。もし教師に言われてきたのなら、帰る時にクレームを入れようと思った。
「どうぞ~」
 的野が反射的に返事をする癖はどうにかならないかと頭を悩ませた。
「し、失礼します」
 ドアが開き、周りを気にしながら男子生徒が入ってきた。
「あ」
 それを見て、僕は驚いた。まさかクラスメイトが来るなんて思ってもいなかった。
「え、霞さん?」
「どうもです」
 僕が会釈すると、彼が呆然とした顔で的野と星屑を見た。
「裏切者~!」
 そして、大声でそう言って部室を出て行った。彼がそんな大きな声を出すなんて思っていなかったので驚いた。
「誰?知り合い?」
「ええ、クラスメイトです」
「ああ、そうなんだ。裏切者って何?友達なの?」
「いいえ。名前は忘れました。彼も僕と一緒でぼっちなんですよ」
「ああ、なるほど。って、さすがにクラスメイトの名前は覚えておこうよ」
「中学の時はそうしてたんですが、どうせ話さないので不要だと思いまして。それに話す時って名前なんて言い合いませんし」
「まあ、それもそうかもね」
 僕の言い分に納得したようで、それ以上は何も言わなかった。
「なぜ彼は来たんでしょうね」
「相談しに来たんじゃない?ぼっちが嫌だから」
「理解できないですね」
「ヒロは特殊だから」
「僕が特殊ではなく、知的生命体に置き換えた方がいいですよ。僕からしたら全員が特殊ですから」
「特殊なヒロから見ればそうかもね」
 的野としては、僕が特殊ということは断定させたいようだった。
 部活も終わったので、二人を無視するかたちで部室を出た。
 今日は、一昨日のようにイラつかずに過ごせたことに少しの安堵感があった。このまま怒りが和らいでいくなら、この部活を続けられそうだと思った。

6 不本意な休日

「なあ~。今度一緒にカラオケ行かない?」
 越谷はわたしの席の前まで来て、まるで古くからの友達のように気さくに話しかけてきた。
「えっと、なんで?」
 とりあえず、理由を聞こうと思った。
「一人じゃ入りにくいけど、一緒だと気兼ねなく入れるからさ」
 要するに、ただ単に付き添いをして欲しいらしい。
「まあ、それはわかったけど、わたしの理由は?」
「顔見知りだから」
「それ言ったら、越谷さんのクラスメイトは全員顔見知りになるんだけど」
「そりゃそうだ。じゃ、言い直す。話してみて誘いやすそうだから」
 安請け合いしそうだからということなら、ちょっと失礼じゃないかと思ったが、見た目が怖いのでそれは言えなかった。
「たぶん、わたしと行っても楽しめないと思うから行かない」
「何、そのネガティブな断り方」
 特に面白い断り方ではなかったはずだが、越谷には面白かったようで含み笑いでそう言った。
「楽しみに行くのに、楽しめないって理由はあたしには理解できないかな。それだったら、普通に断ってくれた方がすっきりする」
「じゃあ、普通に断るかな」
「おお、それは単刀直入に言い直すんだな」
「だって、昨日今日知り合ったのに、急にプライベートで遊びに行こうって、普通は警戒すると思うんだけど」
「そりゃそうだ」
 ちょっと踏み込んでいったかなと思ったが、越谷は特に気にした様子はなく、普通に返してきた。
 そこから他愛のない話を5分ほど付き合わされた。
「でもさ、話しかけても逃げないのって、的野だけなんだよな~。だからさ、一緒に遊んでくれよ」
 その言葉は、的野にとっては嬉しいものだった。
「う、うん。まあ、それならしょがないかな」
 他愛のない話のせいで、思わず了承の言葉が口に出た。
「ホントか!ありがとう。じゃあ、今度の日曜日に行こうぜ」
「え、あ、うん」
 安請け合いしたかも思ったが、もう後戻りできそうになかった。
 こうして日曜日、越谷とカラオケに行くことになった。
 休日に誰かと遊ぶなんて高校に入って一度もなくて、何を着ていくかを考えた。
 部屋のクローゼットをひっくり返してみたが、地味目な服ばかりで誰かと一緒に行く服はなかった。
 仕方がないので、部活終わりに買い物に行くことにしたのだが、自分に合う服なんてわからないので、服に詳しそうな星屑に頼んでみることにした。正直、こんなことを頼むなんて家族以外では初めてかもしれない。
「なんで季夏が・・・」
 予想通りとはいえ、結構傷つく顔で渋ってきた。部長である彼は、もうとっくに部室にはいなかった。
「お願い。助けると思って」
「そもそも、どうして行くって言ったんですか」
「えっと、なし崩し的にそうなって」
「まあ、あの人怖いですもんね」
「そ、そうなんだよ」
 少し嘘だったが、そういうことにしておいた。
「でも、洋服なんて値段を気にしなければ自分で選べるんじゃないですか」
「それができるなら頼まないよ。わたしセンスないから」
「なんでそんな決めつけられるんですか」
「わたしが持っているのは、色違いのパンツにTシャツしかない」
「センスないですね」
 一刀両断だった。でも、それはわたしもよくわかっていた。
「一応、聞いておきますけど、洋服の色は何が多いですか」
「茶色系に黒と白が主かな」
「そうですか。もうそれでいけばいいじゃないですか?」
「面倒なのはわかるけど、助けると思ってお願いします」
「まあ、じゃあ、一着だけ揃えてみましょうか」
「ホント?ありがとう」
 これには嬉しくて少し涙が出た。
「そこまで嬉しいですか?」
「え、うん。相談できる人が家族以外いなかったから」
「なんか聞きたくないこと聞いた気がします」
「ま、まあ、それはともかく今から行ける?」
「もともとそのつもりでお願いしたのでは?」
 そう、今日は金曜日なのだ。土曜日に行くことは星屑も頭にないようで助かった。
「ごめんね。急で」
「いいですよ。頼られるのは嫌いじゃないですし」
「そう言ってもらえると助かるよ」
 こうして、星屑と共に帰り道にある中型のショッピングセンターへ向かった。
 女性服は二階のフロア一帯にあり、そこで話し合いながら服を選んでいった。
 季夏の選ぶ服はスカートやゆったりとしたものが多く、さらには原色に近い色を選ぶのでわたしとは対照的だった。
 そのせいもあり、思いのほか時間を食ってしまった。
「それでいいんですか?」
 星屑は、不満げにわたしにそう尋ねてきた。
「うん。ありがとう」
 最終的にな服装はパンツにチュニックのおっとりした服だった。パンツはわたしの選んだもので、チュニックは星屑がパンツに合わせた色を選んでくれた。
「全く拘りないって言うわりには文句ばっかりでしたね」
「それはごめん。あまりにもわたしが着たことのない服ばっかりだったから」
 これには本気で謝るしかなかった。
「まあ、好みがあるのは良いことです」
 星屑が納得したので、この話はここで終わった。
 夕日がとっくに沈んだ帰り道、星屑は何も言わずわたしの隣を歩いていた。てっきり足早に帰るのかと思っていたので、何か話すべきかと悩んでしまった。
「的野先輩は、部員が増えることをどう思いますか」
 どうやら、聞きたいことがあったようだ。それなら行く時に聞けばいいのにと思ったが、その時は服の好みなどいろいろ聞かれて拘りはないと答えた会話を思い出した。
「悪いことではないと思うけど、ヒロは嫌がるだろうね」
「そうですよね~」
 星屑は溜息をついて、頭を下に向けた。
「もしかして、前言ってた人?」
「それに便乗しようとしている人が二人」
「三人も入ろうとしてるってこと?」
「はい。正直困ってます」
「星屑さんがいるから?」
「はい」
「星屑さんは、その三人と部活の時も一緒に居たいの?」
「まさか。一緒に居たい人はロムさんだけで他はいりません」
 わかってて聞いたことだったが、本人の口からはっきり言われると見知らぬ三人が可哀想に思えた。
「じゃあ、もう断ったら?」
「それをすると、恩を仇で返すかたちになるので罪悪感が半端じゃないんですよ」
「それは・・なんとも言えないね」
 ぼっちの寂しさを知っているわたしには、その三人と関係を断ち切ればいいなんて無責任なことは言えなかった。
「今まで助けてくれたからこそ簡単に切れないんですよね~」
「それはそうかもね。これで切ったら人でなしの烙印を押されるね」
「そうなんですよ。だから困ってて」
 星屑はそう言って、頬に手を当てて眉をひそめた。
「あ、そうだ。断るんじゃなくて、入部して欲しくないってお願いしてみたら?」
 この発想の転換は我ながら良いアイディアだと思った。
「お願い・・ですか」
「うん」
「なるほど、やってみる価値はありそうですね」
 星屑は感心するようにそう言って、横断歩道の前で向きを変えた。
「じゃあ、ここで」
「あ、うん。今日はありがとう」
「いえ、こちらこそ助かりました」
 星屑の返礼に、少しは解決に役立った気がして勝手に満足した。
 着ていく服が決まったことで、わたしの気持ちは軽くなった。
 そして、日曜日になり約束した場所へ向かった。
 少し早く着いたが、越谷はもう来ていた。
「おう、おはよう」
 越谷は、斜めに被ったつばのある帽子を軽く上げてから挨拶してきた。彼女の格好は、なんともパンピーな格好で全身を包んでいた。正直、わたし個人としては一緒に歩きたくないタイプだ。
「う、うん。おはよう。えっと、いつも外ではその格好なの?」
「ん?そうだけど、変か?」
「普通ではないかな」
 わたしは、周りを見てからそう言った。
「それは自覚してる。あたし、他人と一緒の服って好きじゃないから」
「そうなんだ」
「息苦しいんだよね~。強制されてるみたいで」
「わたしは、その格好の方が落ち着かないけど」
「まあ、そこは人それぞれだからな」
 そんな話をしながら、カラオケ店まで歩いた。
 カラオケ店に入り、3時間ほど滞在した。
「やっぱり楽しいな、歌うのは」
 越谷は満面な笑みだったが、わたしは大音量の歌を聞き続けたせいで耳が遠くなっていた。
「歌はうまいけど、誰かと一緒の時はヘビメタとかロックばっかり歌わない方がいいよ」
 越谷はうるさいと思われる歌が大好きのようで、その選曲ばかりだった。
「え~、かなりテンション上がる曲ばかりだっただろう」
「全曲それなら、どこでテンション上げていいかわからないでしょ。全員がそのテンション高い選曲だったら、30分もカラオケ店に居られないよ」
「・・・そりゃそうだ」
 これは失念していたようで、目を見開いて納得した。
「なるほど。だから、的野はバラード中心だったのか」
「っていうか、あんな曲ばっかりだったら、喉痛めるでしょ」
「いや~、久しぶりだったから、ついな」
 越谷はそう言って、恥ずかしそうに視線を逸らした。
 それから買い物に行こうと誘われたが、わたしは帰りたかったのでやんわりと断った。
 越谷と別れ、疲労感を感じたまま帰り道を溜息をつきながら歩いた。
 その途中、見知った顔を見つけた。その瞬間、感じていた疲労感が吹き飛んだ。
「こんにちは!」
 わたしは、元気よく霞弘霧に声を掛けた。
「っ!・・ああ、的野さんでしたか」
 彼が驚いて振り向き、わたしの全身を見てからそう言った。この時、星屑に選んでもらった服でよかったと思った。あと、スカートでもよかったかもと思ったことは押し殺すことにした。ちなみに、彼はジーンズに無地のTシャツでわたしみたいにファッションに興味のない服装だった。
「何してるの?」
「歩いてます」
「買い物?だったら一緒に行くよ」
「言ってる意味がわかりません」
「荷物持つよ」
「いえ、必要ないですし、それをやったら僕が変な目で見られそうです」
「意外、そんなこと気にするんだ」
「ぼっちは注目を嫌うので」
「なるほど。で、どこ行くの?」
「さあ?決めてませんね」
「そうなんだ。だったら、一緒に歩いてもいい?」
「いえ、一緒に歩きたくないので断ります」
 さっき越谷に気を使ってはやんわり断ったが、彼の場合はきっぱり断った。その遠慮のない拒絶は今のわたしにはできないことだった。
「まあ、断っても付いていくけどね」
「えっと、用事があるから外にいるんじゃないですか?」
「うん。さっき終わったところ。越谷さんとカラオケに行ったんだけど、うるさくてかなわなかったわ」
「越谷さんって青黒髪の?」
「うん。なんか誘われちゃって」
「友達になったんですね」
「ううん。ただ流れでそうなっただけだから、友達じゃないかな」
「あっちは友達だと思っているんじゃないですか」
「それはわからないけど、わたしは友達と思ってないかな」
「そうですか。僕が的野さんを友達と思っていない感じですか」
「え?あ、うん。そ、そんな感じ」
 まさかブーメランで返ってくるとは思わなかったので動揺を隠せなかった。
「で、越谷さんとはそこで別れたんですか」
「うん。ショッピングに誘われたけど断った」
「え?さっき僕と買い物に行こうとしてませんでした?」
「約束したのはカラオケだけだったし、ショッピングは趣味合わなさそうだったから」
「カラオケを断らなかったのは、カラオケが好きだからですか?」
「それはちょっと違うかな。最初は断ったけど、なんか話しているうちになし崩し的な感じで受けちゃったんだよね。カラオケでずっとヘビメタとかロックばっかりだったから、気を使ってバラードばっかり歌ってたよ」
「それは大変でしたね」
「おかげで、耳だけがおばあちゃんになった気分だったよ」
「変な表現ですね。耳が遠くなったのなら、僕からも遠のいていってはどうでしょう」
「話の流れで、さらっと帰れって言うのやめてくれない。帰らないから」
「はぁ~、外でも面倒臭いですね~」
 彼はそう言いながらも、わたしと並んで歩いた。
「ヒロって、休みの日はこうして出歩いているの?」
「それに答えると、待ち伏せとか怖くなるので言いたくありません」
「その答えは、出歩くって言ってるようなものだよ」
「そう思うのなら、待ち伏せして無駄な時間を過ごせばいいと思います」
「なんで待ち伏せするって前提で話を進めるの?」
「人の自由時間を今現在進行形で阻害しているので」
「意図的じゃないんだけどね」
 そこまで言われることじゃないと思うのだが、彼は今現在進行形で精神状態が不安定になっているのだろう。
「それでどこに向かってるの?」
「答えません」
「そっか。じゃあ、このままヒロの家に付いていっても仕方ないよね」
「は?」
「だって、どこ行くかわかんないし。それでヒロの家を知っても不可抗力だよね」
「ずっと付いてくる気ですか」
「気分次第かな」
「最悪の脅し文句ですね。帰る時は言うので、その時は付いてこないでください」
「じゃあ、その間は一緒にいるね」
「なら、もう帰ります」
「そっか。じゃあ、送っていくよ」
「・・・」
 このなんとも言えないあべこべな会話は、わたしにはとても心地よかった。まあ、彼は心底不愉快そうだったが。
「その性格の悪さは天性のものですか」
「生まれた時からってこと?そんなわけないよ。きっと社会が悪いんだよ」
「え、両親は?」
「両親は悪くないよ。社会が悪い」
 そこは絶対に曲げることはなかった。
「まあ、そういうことにしておきましょう」
 彼は、諦めるようにそう言った。
「星屑さんもいませんし、この際ですから聞きますけど好きなことと嫌いなことはなんですか?」
「え、ヒロからわたしのこと聞くなんて意外過ぎて警戒しちゃうんだけど」
「答えたくないなら、別に構いません。僕も聞くことは不本意ですから」
「じゃあ、なんで聞こうと思ったの?」
「今後の対策ですかね。もう関わらないというなら聞くこともないんですが」
「好きなことか~、そうだね~。今はヒロと話すことかな。嫌いなことは勉強かな。あれってなんで強いるんだろうね。自由にさせてくれれば良くない?」
「子供ですから、秩序が保てなくなるでしょう。学校は勉強の他に教養も兼ねてるんですよ」
「学校は否定してないよ。ただ勉強が嫌いってだけ」
「まあ、どう役に立つかわからないですもんね。でも、好きなことを見つけて目標にすれば勉強も好きになると思いますよ」
「その言い方だと、ヒロは勉強好きなの?」
「ええ、まあ、好きですよ。家で勉強してます」
「え、そうなの?」
「テストには出ませんが。英語と物理学を勉強してます」
「えっと・・なんで?」
「趣味のためです。論文はほぼ英語なので読むためには必須なんですよ」
「・・・なんか、ヒロが遠くにいる気がしてきた」
「え、そのまま帰りますか?」
「そういう意味じゃないよ。なんか目標がないから劣等感を感じるな~と思っただけ」
「馬鹿馬鹿しい考え方ですね。誰かと比較しないと動けないことは競争しているだけで、趣味とはいえません。それとも競争に勝って優越感を得たいんですか?もしそうなら、競争を意識しすぎて心がすさんでいるので、精神病院に行った方がいいですよ」
「そこまで言われることは言ってないと思うんだけど」
「そうですか?劣等感なんて単語は、僕には聞きたくない言葉なんですよ。自らの立ち位置を勝手に推し量るなんてなんの意味があるんですか」
「ごめん。もうその単語は言わないから機嫌直して」
 どうやら、劣等感という単語は彼には禁句だったようだ。
「はぁ~、劣等感に意味がないって教えてくれた本人から劣等感を口にされると腹立ちますね」
「え、どういうこと?」
 あれ、わたしそんなこと言ったっけ?全然覚えてない。
「しかも無自覚。全く本当に感性で生きている人ですね」
 彼は、二度目の溜息をついてからわたしの方をチラ見した。
「えっと、ヒロは好きなことと嫌いなことは何?」
 ここは話を逸らすために、彼に聞かれた質問を返すことにした。
「え、答えませんけど」
「え、わたしには答えさせたのに!」
「いや、答えなくてもいいって言いましたよ」
「あ~、それはそうだったね」
「こんな短時間で忘れないでくださいよ」
 もう彼の呆れ顔も見慣れたものになった。
「じゃあさ、好きな女性のタイプは?」
「人はあまり好きじゃないです」
「って、男女問わず!」
「ええ、基本嫌いですね。まあ、人はごみのようにいますから一概にも言えません。あ、ですが、人のつくりだすものとか知識は好きです。でも、宗教は嫌いです」
「ごみって・・言い方がわたしより酷い。それにそれだとヒロもごみになるよ」
「その通りです」
「否定しないんだ」
「地球を汚している一部だと認識して生きてます」
「ネガティブに生きてるんだね」
「それを考えたくないから、何かに没頭するんですよ。ダラダラ生きてると死にたくなりますから」
「その言葉は、わたしにはつらいかも」
「そう思うのなら、何不自由のない今が幸福だということを意識しながら生きていくことをお勧めします。そうすれば、おのずと自分の目標も見つけられると思います」
「なんかヒロって、年下に思えないこと言うよね」
「そう思うのは、思考が成熟していないせいだと思います」
「まあ、ヒロと考え方を聞いてるとそうかもしれない」
 そんな話をしながら、彼が公園に入ったので後ろを付いていった。
「公園で遊びます?」
「二人で何するの?」
「いえ、僕はただ一人で遊ぶ的野さんを見るだけですけど」
「一人で何するのよ・・・」
 その光景を思い浮かべて、凄く切ない気持ちになった。
「ダンスとかあそこにある鉄棒で逆上がりとか」
「本気で言ってる?」
「すみません。ちょっと馬鹿にして言ってます」
「謝るんだったら、後半はいらないかな」
「そうですか。以後気をつけます」
 その言い方は、その場しのぎの常套句だろうと思った。
「2秒ほど考えたんですが、歩くのと座るのはどちらがいいですが?」
「え、そりゃあ、座る方がいいけど」
「じゃあ、そこのベンチに座ってください」
「・・・」
 なぜ率先してわたしに座るよう勧めるのかがわからなくて、彼をじっと見つめた。
「なんですか?」
「わたしが座ると、ヒロは歩いて行ってしまう気がして」
「・・・」
「って、行く気だったのっ!」
「頭が回るようになりましたね」
 どうやら、わたしを試したようだ。
「それにしても、なんで僕に執拗に構うんですか。こんなに嫌がっているのに」
「その反応も楽しいから」
「ただの性悪でしたか」
 彼はそう言って、わたしから視線を逸らして項垂れた。
「わたしはさ、今まで孤独を感じて生きてきたんだ」
「どうしたんですか、いきなり。独白なんて聞きたくないですよ」
「はぁ~、そこは黙って聞くところじゃない?」
「身の上話に興味ありません。人はそれぞれの人生を勝手に歩めばいいんです。他人に自分の体験談を聞かせることは、他人の貴重な時間を潰すことだと自覚するべきです」
「そこから学べることもあるでしょう」
「僕には必要ないと言ってます」
「全く、友達甲斐のない対応だね」
「友達と思ってませんからね。もし、友達だと思っていたら1時間ほど文句を言ってます」
「なんかイメージできる分、それは言われたくないね」
「友達にはなれないので、心配しなくていいですよ」
「え、それだと恋人とか夫婦にならないといけないの!」
「なんでそこで斜め上の発想ができるんですか。そもそも、文句は言われたくないんでしょう」
「でも、親しくはなりたいとは思っていますっ!」
 わたしは強調するように、手を挙げて敬語でそう言った。
「・・・やっぱり、的野さんも星屑さんと同じなのでは?」
「え、それは違うよ。罵倒されることに快感なんて覚えないし・・って女子に何言わせてるのよ」
「言っているのは、的野さんなんですが・・・」
 これは彼にまんまと乗せられてしまった。
「そろそろ僕は帰りたいんですが、的野さんも帰宅しませんか」
 そう言われて、スマホを見るともう4時を回っていた。
「あ、そういえば、今日は買い物頼まれてたんだった」
 今日出掛ける前に、母親から頼まれていたことをいまさらながらに思い出した。
「それはいけません。早く買い物に行った方がいいですよ」
 彼は、今まで見せたことのない微笑みをつくってそう促してきた。
「そこまで露骨だと買い物に付き合ってもらおうかな」
 わたしは不機嫌になり、嫌がらせの如く誘ってみた。
「・・・っ」
 予想通り嫌な顔になった。
「冗談だよ。本気にしなくていいから」
 さすがにそこまで嫌がるなら、誘う気もなくしてしまった。
「じゃあ、もう行くね」
「ええ、そうしてください」
 名残惜しいが、彼と別れて買い物に行った。

7 訪問者

 休日に周辺の散策していた時に的野に会ったのは想定外だったが、家まで付いてこられる最悪は避けられたことには安堵していた。
 これからはできるだけ外出は控えようと思ったが、もともと外出はしない方なので、これは不運だったということで片付けることにした。
 僕は、ここ最近一人のクラスメイトから睨まれるようになった。理由はぼっちじゃなかったからだろう。まあ、だからといって、僕には害はないのでどうでもいいのだが。
「ちょっといいかな」
 授業が終わり、部室に行こうと席を立つと、一人の女子生徒が声を掛けてきた。クラスメイトなのだが、名前は知らなかった。
「なんですか」
 僕は面倒臭そうに、彼女から視線を逸らして応対した。
「このアンケート、提出してないの君だけなんだけど」
 彼女はそう言って、スマホの画面を見せた。
 それは学校のアンケートで、1週間ほど前に送られてきたものだった。
「強制でしたっけ?」
「一番最後に期限が書いてあるでしょう」
「それが何か?」
「・・・え?」
 僕の返事がまずかったのか、苛立ちが表情に出た。
「期限があるのは、提出の必要があるってことでしょ」
「いえ、期限はあくまでもそのアンケートの回答の期限であって、提出の有無は書いてませんね。ということは、僕はアンケートには無回答ということです。なので、提出はしません」
 明確に答えたので、部室に向かうため席を離れた。
「ちょ、ちょっと!」
 すると、呆然としていた彼女が我に返り、再び呼び掛けてきた。
「まだ、何か?」
「なら、それを先生に自分で言っておいてよね」
「報告の必要性がわかりません」
「あっそ。なら、もう知らないわ」
「はぁ、わかりました」
 それなら最初から声を掛ける必要はないような気がしたが、それを言うと火に油を注ぎそうなのでやめておいた。
 部室に入ると、もう二人は来ていた。
「今日は遅かったね」
 的野は、スマホから顔を上げてそう言った。
「まあ、ちょっと絡まれまして」
「え、そうなの。大変だったね」
「いえ、別に、大変ではなかったですが面倒でした」
「調子ノってるとか言われた?」
「いえ、それは言われませんでしたが、アンケート提出を拒んだら嫌な顔をされました」
「アンケート?」
「学校行事関係です」
「ああ、1年に一回取るやつね」
「ええ。僕には興味のないアンケートです」
 僕は、さっきあった出来事を的野に話した。
「そうなんだ。さぞかしクラスメイトは気分を害したんだろうね」
「よくわかりましたね。最後の言葉には怒気が含まれてました」
「そりゃそうなるよね」
 的野は、納得しながらも呆れ顔をするという器用な表情を見せた。
「あのアンケート、何の意味があるんですかね」
「なんか保護者からのクレーム対策みたいよ」
「学校行事へのクレームですか」
「そ、何するにしても学校にクレーム入れてくる保護者は一定数いるから、その盾役として全校生徒の多数決を取るわけ」
「なるほど。全生徒の民意を取った形にするんですね」
「そういうこと」
「ですが、学校行事なんて五択ほどしかありませんよね」
「そうだね。だからこそ、アンケートの下に学校行事の案を募集してるんだろうね」
「未だに五択しかないのは、案が通ってないか募集がないかのどちらかですか」
「たぶんだけど募集は隠れ蓑で、実際に来てもあれこれ難癖つけて没にしてるのがオチっぽい」
「新しい行事なんて準備が面倒なだけですもんね」
「お金もかかるし、全校生徒と保護者にも説明しないといけないし。それに最初の壁は文部科学省でしょう」
「それを聞くと、どれも通りそうにないですね」
「行政はできない理由はスラスラ出してくるからね~。まあ、だからこそのオチってやつなんでしょう」
「納得です。というか、よくそんな推察がつらつら出てきますね」
「ぼっちは暇なのよ」
 的野はそう言って、僕から視線を外して遠い眼をした。
「それは素晴らしいですね」
「別に、好きで得た知識じゃないけどね」
「呟きとかブログとかいろいろ見て回れますからね」
「そういうこと」
 おそらくだが、ネットのおかげで今の学生は昔よりも政治経済を知っている人が多いのかもしれない。ちなみに、僕は興味がないので全く知らない。
「そういえば、星屑さん。例の件はどうにかなりそう?」
 ここで的野が星屑に抽象的な質問をした。どうやら、僕には知られたくない話のようだ。
「少し不満そうでしたが、しばらくはなんとかなりそうです」
「そう。お願いしてみてよかったね」
「そうですね。ありがとうございます」
 星屑はそう言って、軽く頭を下げた。見た目からはそういう行為が似合わないので、僕個人としては若干好感が持てた。これはギャップというものかもしれない。
「ううん。こっちも選んでくれてありがとね」
「はい、どういたしまして。これからは自分で選べるようにしましょう」
「う、うん。善処するね」
 的野は、自信なさそうに苦笑いで答えた。
「二人とも仲良くなったんですね。このまま別の部活に転部するのはどうでしょう」
「しないけど」
「ロムさんの言うことは聞きたいのはやまやまなんですが、そばを離れるのはイヤです」
 的野はともかく、星屑の答えには悪寒が走った。
 すると、ドアをノックする音がした。
 部活が始まって間もないので、おそらく部活を抜け出した誰かだろう。
「し、失礼します」
 こっちは応えてないのに、遠慮がちの声で入ってきた。なんともちぐはぐな人だと思った。
「あ、あの・・・ここはぼっち部・・でしょうか」
 入ってきたのは男子生徒で、第一印象はひ弱な感じだった。
「そうだけど」
 これには的野が応えた。
「えっと・・・」
 彼はきょろきょろして、凄く挙動不審に両手の指をくっつけたり離したりした。
「どうしたの?」
 彼の言葉がなかなか出てこないので、的野がつくり笑いでそう促した。
「そ、相談・・がある・・んですが」
 もう発言がたどたどしくて、こっちがイライラする話し方だった。
「ぼっちのケア?」
 的野はそう言って、僕の方を見た。
「教師からの厄介払いですかね」
「可能性あるね」
 僕の憶測に、的野が面倒そうに溜息をついた。
「あ、あの・・・」
「ん?ああ、ごめん。で、なんの相談なの?」
「えっと、いじめ・・られてて・・・その、どうしたらいいかと」
 そんな話し方や困った仕草を見ていたら、いじめられるのも納得だった。
「申し訳ないですが、この部はぼっちのケアをする場であって、いじめの相談は受け付けてません。というか、その相談は行政に頼むべきです」
「それをしても・・変わらないから・・ここに来たんです」
「行政ができないことを、学生である僕たちにできると思いますか?」
「ど、同年代だから・・・できることもあるかと・・・そ、それに、ぼ、ぼっち部ならいじめられる気持ちもわかる・・と思って」
 緩急のある言葉を聞きながら、ちゃんと考えてきていることはわかった。
「助けてあげるべきじゃないかな」
 同情心が芽生えたのか、的野が小声でそう言ってきた。
「どうやってですか」
 どうせ具体策もないだろうと思いながらも、とりあえずそう返してみた。
「どうやってって・・相談所に出向くかな」
 驚くことに、かなり積極的な案を出してきた。
「えっと、一応確認ですが、相談所には行きましたか?」
「え、で、電話しただけ・・です」
 さすがに相談所に行く勇気はなかったようで、挙動不審な態度になりどんどん小声になっていった。本当にじれったくておどおどした仕草は好意的に見れそうになかった。
「じゃあ、部活終わりにでも的野さんと一緒に相談所に行ってください」
「は?」
「え?」
 僕の言葉に、二人が困惑の声を上げた。
「ちょ、ヒロは?」
「初めから大人数で行ったら、僕たちを監視役と称して丸投げされるだけです。それなら最初に二人で行ってみて、どんな対応をしてくれるかを観察してみるのが現実的です」
「なっ!急場の話なのに、理路整然としていて気持ち悪い」
「反論がないなら、学校帰りにでも二人で寄ってください」
「え、ちょ、ちょっと待って!」
「まだ何かあるんですか?」
「ここは同性のヒロがいいと思うの」
「同性である意味は?」
「同性の方が気軽だと思う」
「気持ちの問題なら、同性である意味はありませんね。そもそも、相談所に行く時点で気重なので気軽にはならないと思います」
「きおも?」
「気軽の対義語です」
「あ、そうなんだ。使っている人初めて見た」
「お互いぼっちの期間が長いからじゃないですか?」
 僕は父親からのよくこの言葉を聞いていたので、結構頻繁に耳にしていたが。
「あ、あの・・結局・・どうするんですか?」
「的野さんが行きます」
 蚊帳の外にいた彼がおどおどと聞いてきたので、端的にそう返した。
「え、決定事項・・なんだ」
 不満そうだったが、僕を言い包める言葉を持ち合わせていないようで静かに項垂れた。
「とりあえず、この時間に学年と名前を聞いて、いじめについて詳しく聞かせてください。的野さんに」
「って、そこは全員でいいでしょ!」
 僕のボケに気づいてくれたようで、鋭いツッコミを入れてくれた。 
「仲・・良いんですね・・羨ましいです」
「そうですか?僕には鬱陶しいだけですが」
「それは、贅沢だと・・思います」
 彼には仲が良いことが、誰しもが願っていることだと思っているようだ。
「そうだよ。ヒロはもっとわたし達に感謝するべきだよ」
 すると、ここぞとばかりに的野がそんなことを言い出した。
「中には他人に関わりたくないという人もいることを知っておくべきです」
「それは、人として、心が欠如してます」
「人は、何かしら欠如してます。完璧なんて有り得ません。だからこそ、あなたはいじめられているのではないんですか」
「・・・それは、間違ってないです」
「十人十色ということです」
 僕の意見に反論できないのか、それ以上は何も言わなかった。
「そ、それはともかく、自己紹介しないかな」
 場の空気が嫌だったのか、的野がつくり笑顔で場を仕切り始めた。
「に、2年の、上谷です」
「わたしは3年の的野」
 二人はお互いに自己紹介した。
 そして、部室は沈黙に包まれた。
「って、二人の自己紹介は!」
「え、必要あります?」
「え、さっき自己紹介しろってヒロが言ったでしょう」
「ええ、上谷さんの状況を知るためと、相談所に行くためには名前は知っておかないと相談所の人に怪しまれる可能性を考えてのことです。まあ、的野さんが連れて行くので、僕の自己紹介は必要ないと判断します」
「えっと、そこは意固地になるところかな。別に教えてもいいじゃん」
「世の中には知りたくないこともあるんです」
「なんで知りたくないって勝手に決めつけるの?」
「僕が普通じゃないと知ったからです」
「それ、理由にならないと思う」
 的野がなぜこんなことに食いついてくるのか不思議だった。それは、正面の彼もそう思っているだろう。
「あの、気になっているですけど。星屑さん・・ですよね」
「そうだよ」
 星屑は、小首を傾げて可愛い子振りな対応をした。初めて会った時に見た対応だ。
「なんで・・こんな部活にいるのか・・不思議に思って」
「いたらおかしいかな」
「え、いや、そんなことないですけど・・・」
 上谷はそう言って、下を向いて会話をやめた。
「じゃあ、いじめられた原因とどういじめられているかを的野さんに伝えてください。僕が聞いているのが嫌というなら、外に出ておきます」
 僕というよりは星屑の方を気にしているのようなので、僕なりに配慮してみた。
「聞いて・・欲しいです」
 そうは言ったが、星屑の方をチラッと見て、一瞬だけ気まずそうな顔をした。
「大丈夫だよ。告げ口なんてしないから」
 それに気づいた星屑が甘い声でそう言った。
「えっと・・いじめは単純で・・三人の・・男子に悪口や嫌がらせを・・されている感じです」
「暴力は?」
「ない・・です」
 的野の質問に、上谷は首を振って否定した。
「嫌がらせや悪口の内容を聞いてもいいかな」
「は、はい・・・」
 それから上谷からいじめの内容を聞いた。
 そして、聞き終わる頃には、僕は興味がなくなって別のことを考えていた。個人的な感想を言うと、無視すればいいし、嫌がらせもたいしたことない気がした。
「卑しいやり方だね」
 それが的野の感想だった。
「反応しなければいいのに」
 星屑は、僕に届くような小声でそう言った。
 それからは上谷の愚痴だった。さっきまでたどたどしかった話し方が感情が乗るにつれ、どんどん饒舌になっていったが、語尾の上げ下げが一般的じゃなくて聞いているとこちらが影響されそうだった。これが本来の彼の話し方なのだろう。
「ふ~ん。っていうか、なんで言い返さないの?」
 ずっと聞いていた的野が、率直な疑問を口にした。
「え、えっと・・・」
 そんなの聞くまでもないことだろう。
 それからは的野が、彼のカウンセラーになっていた。
 部活が終わり、的野と上谷が一緒に部室を出ていった。
 いつもは最初に部室を出るのだが、今日は少し出遅れてしまった。
「なんで的野先輩は、今日会った他人に構うんですかね」
「一人が長すぎたせいで、人一倍頼られたいんでしょう。僕には理解できませんが」
「季夏も自分の利にならないことは、基本的に関わりたくありませんね」
「利己主義ですね」
「嫌いですか?」
「それだけで好き嫌いを判断したことはありませんね。そもそも利己も利他も自己満足ですから、他人の僕には関係する話ではありません」
「要するに、他人に興味がないと」
「ですね。好きに生きたらいいですけど、関わらないで欲しいですね」
「回りくどい拒絶をありがとうございます」
 これでも快悦を得るなんて、生粋のマゾヒズムみたいだ。
「星屑さんは、ブレないですね」
「ここにいる理由は一つしかありませんから」
「欲に忠実なんですね」
 ここは性欲ではなく、欲という一括りで表現した。
「目覚めるまではそうではなかったんですが。同性の眼ばかり気にしてたら、同性に嫌われてしまって、最近まで異性に媚びを売るかたちになっていましたから」
「裏目の人生を歩んでたんですね」
「そうですね。一つ聞きたいんですけど、ロムさんはどういう女性がタイプですか」
「僕に関わらない女性がいいですね」
「ロムさんもブレないですね」
「僕にとって、他人と一緒がストレスですから。それにこんな性格の人を好きになる人は、家族以外にいないと思っていました」
「そうですね。普通は好きにならないかもしれませんね」
「その返しは自分が異常だと認めてますよ」
「正常ではないことは自覚してます。でも、自分でも止められません。どうしたらいいでしょうか」
「共感できないので、助言はできません」
「それは残念です」
 そう言いながらも、表情は笑顔だった。その対照的な言動に、僕は恐怖を覚えた。
 部室を出ると、後ろから星屑がついてきたので、それを振り切るように早足で学校を出た。こちらに気を使ってか彼女は追ってはこなかった。
 次の日の部活に、的野が昨日の相談所の話を呆れ気味に報告してきた。
「という訳で、手ごたえなし」
 それが的野の結論だった。
「まあ、予想通りですね」
 昨日の話を聞く限り、いじめの程度としてはかなり低いことは僕もわかっていた。
「で、どうする?今日は全員で行ってみる?」
「う~ん。おそらく無駄でしょう」
「季夏もそう思う」
 隣の星屑も僕の意見に賛成した。
「だよね」
 的野自身も同じ気持ちのようで、がっくりと項垂れるようにそう言った。
「なら、もうこちらのやるべきことはないということでいいんじゃないですか」
「そう結論付けたいのもやまやまなんだけど、たぶん今日も来ると思う」
「え?」
 僕が的野の方を見ると、ドアのノックする音が聞こえた。
「失礼します」
 昨日と同じように弱々しい声で、上谷が部室に入ってきた。こちらが返事してから入ってこいと強く思ったが口にはしなかった。
「あ、あの、昨日はありがとうございました」
 上谷が的野の正面に来て、会釈をしてお礼を言った。手ごたえがないと聞いていたが、彼には効果があったように感じたのだろうか。
「う、ううん、お礼は別にいいよ。たいしたことしてないし」
「いえ、一緒に行ってくれただけで心強かったです」
「そ、そう。それはよかったね」
 さっきから的野の態度がどこかぎこちないのが気になった。
「あ、あの、的野先輩は彼氏とかいますか」
「え、と、特にいないけど・・・」
 的野はそう言って、僕たちの方に顔を向けた。表情からして、あまりこの先を聞きたくないという感じだった。
「ぜ、是非、ぼくと付き合ってください」
 上谷は、意を決するように力強く告白した。僕は、これにいじめは?と強く思った。
「え、う、うんと、ちょっと考えさせて欲しいかな」
 表情から察するに、断りたいが正面から告白してきた相手に配慮したかたちに見えた。
「そ、そうですか。突然でしたよね。すみません」
 さっきまで弱々しい声だったのに、告白してからの声ははきはきして聞き取りやすかった。日頃、これならあんないじめはされなかっただろう。
「あ、今日も一緒に相談所行ってくれますか」
「う、うん。そうだね。じゃあ、部活終わってから行こっか」
「わかりました。では、部活があるのでまたあとで」
 上谷はそう言って、元気よく部室を出て行った。
「よかったですね」
 それを見送ってから、星屑が的野に対してそう言った。
「そ、そうかな」
「好かれることは嫌なんですか?」
「いや、そんなことはないけど・・・」
 的野は、視線を泳がせて言葉を濁した。
「わかります。好きでもない人からの告白は心底困りますよね」
「まあ、そうだね」
 少し言いにくそうだったが、口にした時点で僕と同類なんだなと改めて実感した。
「告白されて心は揺さぶられなかったんですか」
 僕は、率直に思ったことを聞いてみた。
「それはちょっとあるけど、わたしの場合、本音を言い合うことをしてないと無理かな」
「そうなんですか」
「たぶん、一緒に相談所に行ったことで勘違いしちゃったんだね」
「恋なんて勘違いでしょう」
 僕は、恋愛感情は一時的なものだと断定していた。
「それを言うなら、勘違いから恋が始まるじゃないの?」
「いえ、勘違いイコール恋なんです」
「なんでそう言い切れるの?」
「統計ですね。最終的に冷める恋が多すぎるんです」
「それはそうかもしれないけど、勘違いとは言い切れないと思う」
「まあ、これは僕の主観なので別に理解しようとしなくてもいいですよ」
 このことは個人的に深掘りしたくなかったので、ここで話を切っておきたかった。
「ロムさん。季夏は恋ではなく、服従なので勘違いではありません」
「そんなこと聞いてませんし、口にしないでください」
 僕は、星屑を見ずに淡白に注意した。隣から甘い声が聞こえたので、おそらく嬉しい返しだったのだろう。反射的とはいえ、少し後悔した。
「あ、これを機に付き合ってみたらどうですか?」
 僕はあることを思いついて、的野にそう促してみた。
「話聞いてた?」
「はい、好きでもないから付き合いたくないんでしょう」
「まあ、そんな感じかな」
「でも、付き合えばもう部活以外で一人じゃなくなって寂しくなくなるじゃないですか」
「それはそうだけど・・・」
 今までの言動から、僕の言葉に強く反論ができないようだ。
「なら、この際付き合って上谷さんと一緒の部活に入れば的野さんの悩みも解消ですね」
「あ、本音が出た」
「え?」
「なるほど。そうやって退部に追い込むのが狙いなのね」
 しまった、感づかれてしまった。
「さすがロムさん。抜け目ない作戦です」
「なんで星屑さんは称賛するの?」
「え?ロムさんと二人っきりになりたいからに決まってるじゃないですか」
「それを当たり前のように言えるって、ある意味凄いね」
 星屑の本音に、呆れながらも感心したようだ。
「的野さんが辞めたら、是非とも星屑さんにも辞めていただきたいですね」
「ロムさん専属の奴隷にしてくれるならいつでも辞めますよ」
「・・・」
 もう只々ヤバい奴だった。
「ほ、星屑さん。こういうのは二人っきりの時に言った方がいいよ。第三者が聞いてたらドン引きものだから。というか、ヤバい奴だから」
 どうやら、的野も僕と同じ意見のようだ。さらっとヤバい奴って言うあたり、気をつけてないと本音が口に出るらしい。
「安心してください。季夏は心を許してない相手じゃないと言いません。あと、公共の場でも言う気はありません。世間の目は厳しいですから」
 それなら僕にも気を使って発言して欲しいと、強く思ったが口にはしなかった。
「まあ、こんなかたちで的野さんに辞めてもらうのも後味が悪いので、もう少し居てもいいですよ」
 隣の星屑と二人っきりになることに恐怖を感じて、的野の意思を汲むことにした。
「わかりやすい許容、ありがと」
 的野は、呆れながらもお礼を言った。
「で、話を戻しますが、今日も相談所に行くんですか?」
「個人的には二度目なんて無意味だと思うんだけどね。彼が行く気満々で」
「要するに、相談所に行く口実をつくって的野先輩と一緒にいたいんですね」
 ここで星屑が話に入ってきた。
「まあ、そうなのかも」
「で、断らなかった理由はどうしてなんですか」
「昨日、いろいろおしゃべりして、なし崩し的な感じ?」
「押しに弱かったら、いずれはなし崩しで恋人になりますね」
「そんな想像はやめて。なんか怖い」
 それをイメージしたのか、苦笑いでそう言った。
「そうなったら怖いから、今日は二人も付いてきてよ」
「え、デートに付いていくほど野暮じゃないですよ」
「勝手にデートにしないでよ!先輩をからかわないで!」
 そう言いながらも返しが、漫才のツッコミのようになっていた。
「流れで言ってしまいました。すみません」
 星屑はそう言って、素直に謝罪の言葉を口にした。
「で、付いてきてくれる?」
「星屑さん、行ってあげてください」
 行っても意味がないし、行く気もないのでさらっと星屑に頼んだ。
「え!」
 これに星屑が、濁ったような声を出した。
「なんでですか」
「僕より星屑さんの方が適任だからです」
「絶対面倒臭いからだ」
 横の的野が、呆れながら図星をつく指摘をしてきた。
「押し付けですか」
 その通りだった。
「お願いできますか」
 こうなっては仕方がないので、星屑を見つめてお願いするしかなかった。
「承りました」
「ありがとうございます。一緒に行くだけでいいので、話す必要はありません」
「行っても、たぶん対応は変わらないと思う」
 僕の助言に、的野が補足するようにそう付け足した。
「むしろ、両手に花とか思われてマイナスな対応されそうですね」
「確かに。それは有り得る」
 星屑の意見はもっともで、塩対応になりそうな可能性は高いと思った。
「なら、二人でいじめを乗り越える提案をして自力で対応してもらうというのはどうでしょう」
「それをするなら、ヒロも参加するべきだと思う」
「いえ、それは難しいです」
い「なんで?」
「上谷さんの話を聞いても、個人的には気にしなければ実害はないと思っていますので、現状維持の提案しかできません」
「でも、対応ぐらいの提案はできるんじゃない?」
「僕の提案だと、煽りになるかも知れません」
「それ、有り得そう」
「そもそも、なんであの程度でいじめられていると思い込めるのか不思議です」
「ヒロって、他人からの悪口なんて興味なさそうだもんね」
「興味ないですね。そもそも、侮辱とか相手を貶めるだけの悪口になんの意味があるんですか」
「憂さ晴らしなのかもね」
「ちっちゃい人間だと公言しているだけで、自分の地位を自分で陥れているだけなんですが、それに気づいた時には下げ止まりになっていそうですね」
「でも、それって女性の方が多いかも」
「そうなんですか?それは悲しい現実ですね」
「呟きとかブログのコメントって、女性の僻みとか悪口が多いし」
「へぇ~、壁に落書きしてるのと変わらないって、いつ気づくんですかね」
「う」
 僕の感想に、隣から声が漏れてきた。
「どうかしました?」
 気になって星屑の方を見ると、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「星屑さん。もしかして、ネットで無駄な落書きしてるんですか」
「えっと、今はしてませんが、ロムさんと会う前までは・・その・・・」
「いえ、別に悪いとか言っているのではなくて、無駄だな~って思うだけなので。別に、非難をしているわけではないです」
「やめてあげて。その言葉は追い打ちにしかならないから」
 ここで的野が止めに入るようにそう言った。
 話し合いの結果、的野と星屑がいじめへの対処をすることになったので、僕は二人を残して意気揚々と帰宅した。

8 恩義

「どうします?」
 ご主人様が出ていったのを見て、季夏は隣にいる的野に投げやりに話しかけた。
「そうだね。どう切り抜けるかは本人次第かな」
「季夏的には、的野先輩が恋人になれば精神面が強くなるので切り抜けられると思いますが」
「それ、わたしが犠牲になってるけど」
「多少の犠牲はつきものですよ」
「なんかいい加減なこと言ってない?」
「乗り気ではないですね。頼まれたからいるだけですし」
「だからって、先輩にその提案するかな?」
「すみません。彼に興味がないので」
「一応、ぼっち部は相談者のケアだから、基本は赤の他人への配慮だよ」
「面倒ですね」
 それを聞くだけで、表情筋が下がるのがわかった。
「気持ちはわかるけど、そこは頑張って部の活動に貢献して欲しいかな」
「わかりました」
 面倒なのは先輩もそうだろうと思い、割り切って部活をすることにした。
 すると、部室に上谷が入ってきた。ノックもせずに。
「お待たせしました」
「あ、うん。えっと、今日は相談所には行かないで、いじめへの対策を考えようと思うんだけど・・どうかな?」
 先輩は、上谷の表情を窺いながら聞いた。
「わかりました。お任せします。で、えっと星屑さんがいるのはなぜですか?」
 上谷が季夏を見て、急に弱々しくそう言った。
「うん。一緒に考える仲間みたいなものかな」
「そ、そうですか。えっと、よ、宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しくです~」
 さっきまでの冷めた対応ではなく、甘く可愛い声でそう返した。
「季夏的には~、無視がいいと思うんだよね~」
 さっさと帰りたいので、率直な解決策を口にした。
「え、いや、それしたら・・エスカレートしそうだから・・相談しに来たんですが」
「心の持ちようだと思うんだよね~」
「そ、それは、星屑さんが・・そ、そんな経験してないから・・言えるんですよ」
「は?」
 これにはキレそうになった。季夏が女子たちから無視されたり、陰口叩かれたりしてるか上谷は知らないだろう。それをたどたどしくも軽はずみに言うなんて、なんて無神経な人なんだ。
「え、えっと!ちょっと別視点から考えてみようか!」
 季夏の感情をいち早く察したのか、先輩が大きな声で話を切り替えてきた。
「そ、そうですね」
 上谷は、先輩の言葉に即座に反応した。好きなのは声のトーンでわかるのだが、あからさま過ぎて、季夏としては不愉快な気持ちになった。別に上谷から好かれたいとかは思わないが、わかりやすく袖にされるのは癇だった。
 でも、ここは敢えて我慢して的野先輩に全てを任すことにした。理由としては、先輩の言葉しか受け入れそうにないし、季夏の案が蹴られた時点で時間が掛かることは目に見えていたからだ。
 そして、案の定1時間近く話し合ってもなんの進展もしなかった。
 これはわかりきっていたことだった。この問題は本人の勇気ある行動でしか解決しないのだ。それができないのであるなら、季夏が最初に提案したものか、好きな人と一緒にいることで、抗う力をもってもらうぐらいしか今の現状を突破することはないのだ。これはご主人様との出会いでわかったことだった。
 きっと、ご主人様もこうなることを見越して、的野先輩と季夏を残して帰ったのだろう。こうなるなら、季夏を置いていかないで欲しいと思ったが、先輩を見てこの人のせいだったと思い直した。
「一つ提案なんですけど~、これからは下校の時だけ的野先輩と一緒に帰ってあげたらどうですか~?」
 もう帰りたくなったので、お互い妥協できるであろうラインを提案してみることにした。
「え、何言ってるの?」
 予想通り、先輩が険しい顔を向けて抗議してきた。
「それでいきましょう」
 上谷は、嬉しそうにそれを受け入れた。
「じゃあ、そういうことで~」
 もうこれ以上は付き合いきれないので、さっさと帰ることにした。
「ちょ、ちょっと、勝手に決めないで」
「あとはお二人で調整してください」
 ここで引き止められたら、帰るのが遅くなるので、強引に話を終わらせて部室を出た。
「あ、星屑さん」
 ようやく解放されたと思って廊下を歩いていると、クラスの取り巻きの男子一人と出くわしてしまった。
「あ、今帰りぃ~?」
 ここはいつものような話し方で対応した。
「うん。えっと、もしよかったら一緒に帰らない?」
 彼は、少し視線を泳がせてからそう言った。上谷ほどではないが、勇気を振り絞ったような声色だった。
「ごめん。ちょっと寄るとこあるから」
「そっか。じゃあ、また明日」
「うん。バイバイ」
 季夏は笑顔で見送ってから、心の中で溜息をついた。正直、この演技はもうしなくてもいいのだが、長年の癖で身体と声が反応してしまうのでどうしようもなかった。
 特に寄るところはなかったので、のんびりと家に帰ることにした。
 次の日、授業が終わり部室に行くと、的野先輩から不機嫌そうな顔で出迎えられた。ご主人様はまだ来ていなかった。
「どうしてくれるのよ」
 どうやら、昨日の案を通してしまったようだ。
「用事があるとか言って、断っていけば後は自然消滅できると思いますよ」
「本当にできると思う?」
「冷徹な性格なら容易いですね。ロムさんならできますよ」
「それ、遠回しの嫌味?」
「すみません。これは嫌な言い回しでした」
「次からは注意してね。それよりどうしようか」
「さあ?」
 何を言っても文句しか返ってこないと悟り、自分には思いつかないと首を傾げた。
「んんっ、文句を言われないための対応はさすがに困るだけなんだけど」
 先輩はそれに気づいたようで、喉を鳴らしてからそう言った。
「でも、どうしようもないですから」
「身も蓋もない」
「もともとの逃げ道がそこしかないので、どうしようもないんです。相談に乗るということはそういう覚悟が必要なんだと思います。それとも、ここで突き放しますか?」
「嫌な言い方しないでよ」
 先輩が嫌な顔をすると、部室のドアが開いてご主人様が入ってきた。
「どうでした?」
 そして、季夏たちのところまで来てそう聞いてきた。
「的野先輩と一緒に帰ることで、いじめのことはなんとか乗り切れそうです」
「勝手に確定にしないで欲しいかな」
「でも、一緒に帰るんですよね」
「う、うん。まあ、今のところは・・そうなるかな」
「なんかよくわからないことになってますね」
 ご主人様は首を傾げながら、季夏の隣の席に座った。
「何がですか?」
 季夏にはわからなかったので素で聞いた。
「一緒に帰ることで何が解決するんですか?」
「精神面を強くするんです。好きな人がいると、あの程度の些細ないじめは気にならなくなると思います」
「・・・そういうものなんですか」
 説明しても理解できないようで、少し間を置いてから首を傾げた。
「楽しみがあれば相手の行動なんて興味なくなります。季夏みたいに」
 季夏は頬が染まるのを自覚して、両手を頬に当てた。
「そ、そうですか・・・」
 少し引かれてしまったようだが、納得はできたようだ。
「それで、なんで的野さんは落ち込んだ顔をしているんですか」
「不本意だからですよ」
「はぁ。でも、助けようと言ったからにはそれなりの代償は覚悟の上なのでは?」
「その代償が思いのほか大きかったようですね」
 季夏はそう言って、先輩をチラッと流し見た。
「はぁ~、なんでこんなことになったんだろう」
「他人に構うからですよ」
「互助を否定しないでよ」
「否定はしてません。身から出た錆と言っているだけです」
「それ、今のわたしには否定と変わらないから」
「そうですか。面倒な思考回路ですね」
「面倒って」
「ああ、すみません。難儀な・・でしたね」
「おちょくってる?同じ意味じゃん」
「おお、これぐらいの弄りはわかりますか」
「あ、馬鹿にした」
 二人の楽しそうな会話に、季夏は疎外感と嫉妬が芽生えた。
「なんか解決する方法ないかな」
「あるなら、もうとっくに出してます」
 ここは季夏がご主人様にの代わりに応えた。
「だよね。はぁ~」
 八方塞がりな現実に先輩は頭を抱えた。
「まあ、悩むことは悪いことではありませんし、このまま現状を維持してどうなるかを観察してみましょう」
「他人事な意見、ありがとう」
「いえいえ、部長として当然ですよ」
 先輩の嫌味に、ご主人様の被せの嫌味が炸裂した。
「二人は仲良くて羨ましいです。ロムさん、季夏にも構ってください」
 嫉妬に耐え切れず、自然とその言葉が口に出た。
「個人的には他人に構いたくないです」
「部の活動内容と正反対な言葉だよね」
 これに先輩が、呆れたように溜息を漏らした。
 すると、ドアをノックする音が聞こえた。
「ど~も」
 入ってきたのは越谷先輩だった。
「・・・どうかしましたか?」
 誰も返事をしなかった為、ご主人様が尋ねた。
「暇だったから、的野と話しに来た」
「それ、放課後にしてもらっていいですか。というか、部活はどうしたんですか」
「楽しくない。最近、この部に転部しようかと考えてるかな~」
「迷惑ですのでやめてもらっていいですか」
 個人的に見た目も雰囲気も怖い越谷先輩に、ご主人様は物怖じせずに本音を言った。
「あはは~、相変わらずだな~。好感が持てるよ」
「なぜ拒否されてるのに、好感が持てるのか意味がわかりません」
「気ぃ使われるより、気楽に話せる方がいいだろう」
「いえ、僕はどっちも嫌ですね。気を使われるぐらいなら、話しかけないで欲しいです」
「それは変わってるな」
「ヒロは一人が好きだから」
 ここで的野先輩が自然な流れで話に入った。
「孤独が好きとか物好きだな」
 越谷先輩は、呆れながらも茶化すようにそう言った。
「ちょっと聞いて欲しい話があるんだけど、いいかな」
 すると、的野先輩が困った顔で越谷先輩に相談事を持ちかけた。
「どうかしたのか?」
 これに越谷先輩が、不思議そうに的野先輩を見た。
 的野先輩は少し長くなるからと言い、正面に椅子を持ってきて越谷先輩を座らせてから事情を話し始めた。
「なんだそりゃあ」
 話を最後まで聞いた越谷先輩の感想がそれだった。
「どうしたらいいと思う?」
「付き合えば?」
「は?」
「的野が守ってやればいい」
「え、女に守られるって嫌じゃないかな」
「精神的に支えることは別に変じゃないだろう。むしろ、女の務めみたいなものだし。精神イコール家庭みたいな」
 越谷先輩は、ご主人様みたいな表現を使った。
「う~ん。そういうものかな。でも、付き合いたくはない」
「じゃあ、見捨てればいい」
「それができないから困ってるんだけど」
「的野は優しいな~。そういうところ好きだな」
「それはどうも。で、どうしたらいいと思う?」
「私がシメルってのはどう?」
「ダメ。それは不穏すぎる」
「だよな。なら、お手上げだ」
「それは残念」
「霞は何かないのか?」
 ここで越谷先輩がご主人様に意見を求めた。
「ありませんね。そもそも、早く無駄なことだと気づいて欲しいとは思っていますが」
「どういうことだ?」
「他人なんか気にするなという話です」
「話を聞く限りじゃあ、それは難しいだろうな~」
「だから、対策なんてありません。個々の意識の問題ですから」
「なるほど。意識か」
 越谷先輩はそう言って、満足な顔をして立ち上がった。
「どうしたの?」
「ちょっと野暮用」
 越谷先輩はそう言って、部室から出ていった。
「なんか去り方が格好良かったけど、何かするのかな」
「さあ、どうなんですかね」
 的野先輩の言葉に、ご主人様は淡白にそう返した。
 そして、部活も終わりに近づくと的野先輩の表情が曇っていった。そんなに嫌なら断ればいいのにと思ったが、敢えて口にはしなかった。
 ご主人様がいち早く帰ったので、季夏も帰ることにした。
「あの、本当に嫌だったら断った方がいいですよ」
 的野先輩を見ていると、少し同情心が芽生えて帰る前にそれだけ言っておいた。
「あ、うん。ありがとう」
 先輩はそう言って、つくり笑顔を返してきた。
 季夏は軽く会釈をして、部室を出た。
 廊下を出ると、前から上谷と越谷先輩が並んで歩いてきた。上谷は怯えた表情で鞄を両手で抱えていて、なんとも今からいじめられるように見えた。
「おっ、おまえも帰るのか」
 越谷先輩が季夏を見てそう言ってきた。
「なぜ、この人と一緒なんですか?」
「原因がこいつだから」
 わかるようなわからないような答え方で、さらに聞くべきかどうか悩んでしまった。
「そうですか。じゃあ、帰ります」
 しかし、ここで聞いても要領を得られそうにないので、明日にでも的野先輩に聞けばいいだろうと思った。
 二人とすれ違う時、上谷が助けを求めるような視線を送ってきた。おそらく、越谷先輩から何も聞いていないのだろう。
 季夏はそのまま歩いて、少し先で立ち止まり二人が部室に入るのを確認してから再び歩き出した。
 今日はご主人様を尾行することにした。この前は少し警戒されてできなかったが、今日は大丈夫だろう。
 最初の尾行はドキドキと興奮で我を忘れそうになったが、三回目なので少しは抑えられるようになったと思う。
 早足でご主人様を追い、校門近くで神々しい背中を見つけた。それだけで身体が軽くなった。
 こうなる前まで、ストーカーは気持ち悪いという認識だったが、今ではその気持ちが理解できた。好きな相手が通る道は、聖地巡礼と同じなのだ。そこを通るだけで、心が弾むし、共有できた気持ちになる。まあ、誰にも言えないし、共感してもらえる人は少数だろう。だからといって、共感できる人とはあまり仲良くはしたくないのだが。
 しばらく、ご主人様の後ろを歩いていると、公園の横を通りかかった。
 すると、ご主人様がチラッと横を向いて、公園の方に視線を向けた。
 これを見るのは三回目で、その先にはブランコに乗った女子生徒がいた。
 もしかして、彼女のことがタイプなのだろうかと二回目の尾行で思ったのだが、ご主人様の性格だとそれは的外れだろうと今では考え直している。
 ご主人様が自宅に入ったのを確かめてから、季夏は来た道を戻って帰路に就いた。今日も満足な1日だ。できれば、ご主人様に飼われたいと思うのだが、この国では絶対に無理なことはわかっていた。 
 次の日、部活に行くために教室を出ると、落ち込んだ様子の上谷が歩いているのが見えた。昨日何かあったようだが、彼の顔を見る限り的野先輩とは一緒に帰れなくなったかもしれない。
 部室に入ると、もう二人は来ていた。
「どうでした?」
 上谷とどうなったか気になったので、椅子に座る前に的野先輩に聞いてみた。
「あ、うん。なんか有耶無耶になった」
「うやむや?」
「うん。越谷が説教みたいに言い包めた」
「そういうタイプの人なんですか」
「いや、ほとんど根性論だった」
「納得です」
 あのタイプの根性論は、ほとんど脅しに近かったかもしれない。さっきの上谷の表情を見たらそう思えた。
「じゃあ、これからは一緒に帰らなくてよくなったってことですね」
「うん。代わりに越谷と一緒に帰ることになってる」
「そうなんですか。物好きな先輩ですね」
「わたしもそう思った」
 的野先輩は、少しおかしそうに片手を口に当てて微笑んだ。
「よかったですね」
「うん。助かったよ。今度から異性に深入りするのは控えてみる」
「そうですか。なら、退部しますか?」
 ここぞとばかりに、ご主人様が食い気味にそう進言してきた。
「ヒロ以外の異性だけどね」
「なんで限定するんですか」
「う~ん。好きだからかな」
 先輩は、さらっと好きという言葉を口にした。こういうのは心がざわつくので、季夏の前で言って欲しくなかった。
「感情論ですか。全く持って迷惑な話ですね」
「そうだね。でも、迷惑を掛ける覚悟はしてるよ」
「変な表現しないでください。掛ける方に覚悟はいりません」
「自分で言ったけど、確かに変だね」
 自分の言葉に、先輩はおかしそうに笑った。こういうやり取りが好きなんだというのが、その表情でよくわかった。
 すると、ドアをノックする音が聞こえた。
 部活が始まって間もないので、部活を抜け出した生徒かもしれない。
「最近、多くないですか」
 ご主人様は溜息をつきながら、季夏と的野先輩を見た。
「本当だね。認知されてきている証拠なんだけど、本意ではないもんね~。どうぞ~」
 的野先輩はそう言いながら、ノックに対して応答した。
 ドアが開き、一人の女子生徒が入ってきた。セミロングの黒髪に、眼鏡を掛けていた。どこかで見た顔だったのだが、どこだったかは忘れてしまった。
「あ」
 ご主人様が反応を示したのを見て、昨日公園のブランコに乗っていた人だと思い出した。
「あ、あの」
 女子生徒は、こちらを見ずに俯き加減で声を出した。
「こ、ここに行けって教師に言われて・・・」
 どうやら、越谷先輩と同じような理由のようだ。
「どうかしましたか」
 これには珍しくご主人様が用件を聞いた。
「死にたくて」
 いきなり重すぎる相談内容だった。
「そうですか。なんで今生きてるんですか?」
「って!聞き方!」
 ご主人様の容赦ない言葉に、的野先輩が慌ててつっこみを入れた。
「ご、ごめんね。この人常識なくて」
 的野先輩は席を立って、女子生徒をフォローするように近づいた。
「で、でも、死にたいなんて言っちゃダメだよ。みんなそれを抑えて生きているんだから」
 この発言で、先輩のネガティブな思考が見え隠れした。
「嫌なことは誰にでもありますよ。それに耐え切れない人はたいていはこの世にはいません。で、まだ生きているあなたを繋ぎ止めているものはなんですか」
 先輩に注意されたにも関わらず、ご主人様は変わらずその質問を投げかけた。
「・・・小説の一文」
「差し障りがないようでしたら、その文章を聞かせてもらえますか」
「死んだら人は乗り変わる」
「なるほど」
 季夏には何のことかわからなかったが、ご主人様には理解できたようだ。
「どういうこと?」
 的野先輩も意味がわからないかったようで、ご主人様に不思議そうに聞いた。
「察するに他の人になりたくないということですよ」
「死んだら他人になるの?」
「小説の一文だと言ってるでしょう」
「あ、それを真に受けたってことか」
 先輩のその言い方には鋭い棘があった。
「安心してください。その文章だと今の記憶は完全になくなっています」
「それでも嫌だから」
「他人への嫌悪感が強いんですね。それとも自分が大好きだからですか?」
「そんなことない。自分も嫌い。ただ他人よりマシってだけ」
「人が嫌いですか」
「嫌い」
「妥協的選択ですか。わからなくはないですが、人はいずれ死にます。早いか遅いかの違いだけで、死に優劣なんてありません」
「死は平等」
「それに人に乗り変わるのなら、それは時間という概念はないと思います」
「・・・今死んだら、別の場所で生まれ変わるわけではないってこと?」
「当然です。もし乗り変わるのなら時間の概念なんて有り得ません。戦時中かもしれないし、飢餓の時代かもしれません」
「なら、ますます死ねない」
「それが結論なら、こちらからは何も言うことはありません」
 確かに、それは季夏たちには何もできることはなかった。
 女子生徒は諦めたのか、落ち込んだ様子で部室を出ようとした。それを的野先輩が、どうしたらいいかわからないような顔で見送った。
「また、あの公園で無意味な時間を過ごすんですか」
 女子生徒が部室のドアを開けたところで、予想外なことにご主人様がその一言を口にした。
「・・・そうするしか今の私にはできない」
「なんとも息苦しい生き方ですね」
 この言葉が癇に障ったのか、ご主人様の方に顔を向けて睨みつけた。
「それを変えたいからここに来たのではないのですか。それとも教師に言われたから仕方なく来ただけなんですか」
「・・・」
 この質問には、俯いたまま黙ってしまった。
「どうせ変えられない」
 沈黙の教室でそんなか細い声が聞こえた。
「諦めているのなら、そのまま公園に行ってブランコを揺らして、嫌いな自分を追い込んで悦に浸ればいいです」
 素晴らしい。季夏もそんな感じのことを面と向かって言って欲しい。
「酷すぎる」
 的野先輩の方は、ドン引きしたようで身体を逸らしてそう言った。
「あなたにはわからない」
「わかってたら気持ち悪いだけですよ。共感という言葉ほど気持ち悪い言葉はありません」
「それなら、親が売春して来いって言ったらどうする?」
 ご主人様を困らせたいのか、こんなことを異性にするかと思うほど重い質問だった。
「親を殺します」
 が、ご主人様は迷うことなくそう言い切った。
「できるわけない」
「そうですか?僕は親のために生まれてきたわけではありません。生まれてきた時点で個人です。道具じゃない。憲法でもそう定められてます。それを無視してモノ扱いされるのなら、殺してしまった方がいい。そんな親は生きているだけで害悪でしかない」
「ここまで育ててきた恩はないの?」
「はっ!それ、本気で言ってます?それと人権侵害を一緒くたにするなんて論理的ではありませんね」
「あなたは自由なんだね」
「自由なら、学校なんて来てません」
「私は不自由。何もできない」
「それは自分でそう縛って、悲劇者を気取ってるだけです。あなたの足は誰かに動かされているんですか?あなたの手は自分の意思で動かせないんですか?手足のない障害者に対してもあなたは自分が不自由だと言えますか?何もできないのは、あなたが何もしないからですよ。そんな基本的な思考すらできなくなったんですか」
 いいな~。季夏にもこんなふうに畳み掛けて欲しい。そして、それに上乗せで罵倒して欲しい。
「あなたの説教なんて聞きたくない」
「説教?あなたにはそう聞こえるんですか?僕は、あなたに教義を説いているわけではありません。あなたの悲劇者気取りに腹が立っているだけです」
「あなたは、殴られる恐怖を知らないからそう言えるのよ」
「恐怖で何もできなくなるなら、奴隷となんら変わりません。あなたはどの時代を生きているんですか」
「もうやめようよ」
 見兼ねたのか、的野先輩が二人の間に入り止めに入った。
「個人には個人の事情があるんだよ。それに深入りはダメだと思う」
「なら、言われてここに来ることはなかったはずです」
「ここに来たのは少しでも今の現状を良くしたからって言いたいの?」
「でなければ来ないでしょう」
「言われたから来ただけかもしれないよ」
「ああ、恐怖の奴隷ですもんね。その可能性はあるかもしれません。すみません。引き止めてしまって。もう帰ってもらって結構ですよ」
 さんざん言いたい放題言った挙句、さらっと追い出すあたりはご主人様らしい振る舞いだった。
「ご、ごめんね。こんな性格だからあんまり気にしないで」
 これで帰るだろうと思ったのか、的野先輩が女子生徒に悪びれるように謝った。
 が、彼女はご主人様を睨んだまま動こうとしなかった。もしかして、季夏と同じように目覚めたのかと心配になった。
「どうかしましたか。睨んでても他人には感情しか伝わりませんよ。言葉にしないと」
 ご主人様は彼女の感情を流すように、おどけたように言った。なんとも挑発的で素敵で格好良かった。
「そこまで言うなら、あなたが私を助けて」
 彼女はそう言って、ご主人様の前まで大股で近づいた。
「悲劇者に酔いしれるのは飽きたんですか?」
 素直に助けると言わないのは、なんともご主人様らしい。
「飽きたというより、もう疲れた」
「そうですか」
 その答えに満足したのか、少し声が穏やかになった。
「助けて欲しいなら、今の現状を教えてください」
「父親からDVを受けてる」
 もう吹っ切れたのか、さっきまでの遠慮がなくなっていた。これがご主人様の良さなのかもしれない。
「犯罪じゃないですか。訴えないのは暴力に怯えているんですか?」
「うん」
「暴力は顔と足以外にですか?」
「抵抗したらお腹を殴られる」
「そうですか。で、あなたはどうしたいんですか?」
「ど、どうしたいって・・・」
「助けて欲しいんですよね。なら、どんなかたちが理想なのかを明確にしてください」
「えっと、父親が家から居なくなって欲しい」
「そうですか。母親はいるんですか?」
「うん。いつも殴られてる」
「で、母親はそれを受け入れていると」
「毎日、泣いてるけど」
「母親も恐怖の奴隷ですか」
「抵抗はできてない・・かな」
「確認しますけど、なぜ警察に行かないんですか」
「一度警察に相談したけど、様子見になって。それからは目立たないお腹とかを殴られるようになった」
「で、その後の警察の訪問はありましたか?」
「あったけど、父親から脅されてDVがあったことを言えなくて、それっきりになった」
「それでもう成す術がなくなったと」
 ご主人様の問いに、彼女は視線を斜め下に向けて頷いた。
「学校側にはそのことは言いましたか?」
「言ってない。警察ができないことを学校ができるとは思えないから」
「そうですか。わかりました」
 ご主人様はそう言って、席から立ち上がった。
「では、行きましょう」
 ご主人様の言葉に、全員が驚きを隠せなかった。
「今まで、よく耐えましたね」
「え、ちょ、ちょっとどうするの?」
「現状を変えるのなら、今の家庭環境を変える必要があるということです」
「え、もしかして警察に行くの?」
「いえ、今からあなたの家に行って、その父親に出ていってもらいましょう」
「な、何言ってるの?父さんは見た目に反して感情的で暴力的な人なの!」
「最悪、僕が殺してあげますよ」
「こ、殺す?」
「はい。殺します」
「ちょ、ちょっとそれはやめようよ」
 これに的野が過剰な反応を示した。
「最悪の場合ですよ」
「なんでそんなに助けようとするの?ヒロらしくない」
「僕は誰かを助けたいというより、誰かの道を妨害している人が許せないだけです」
「正義感?」
「違います。正義感は自分が正しいと思うことを貫くことであって、僕はそれを正しいこととは思っていません」
「許せないことは正しいことじゃないの?」
「違いますね。許せないは許容できないことであって、正しさではありません」
「頑固だね。別にいいじゃん、正義感で」
「正しさなんて曖昧なものを言葉として確立したくありません」
「まあ、それはともかく、殺すことはやめない?」
「相手は暴力に慣れているんですよ。口で負かしても暴力で来られると殺意で抑えるしかないでしょう」
「それは警察に任せようよ」
「なら、的野先輩が彼女と一緒に警察に行きますか?」
「え、また、わたし?」
「僕が行くのは反対なのでしょう」
「う、うん。今の状態のヒロには行って欲しくない」
「それなら、的野さんが警察に行ってください」
「え、あ、うん。わかった」
 的野先輩は、困った顔をしながらも行くことを承諾した。
「え、っと、その、いいんですか?たぶん、一度相談しているので渋られますよ」
「でも、DVは実際にあるんでしょう」
「はい。でもあの人、外面はいいので、暴力を振るうようには見えないんです」
「そうなんだ。それは面倒だね」
「はい。だからこそ、今まで隠蔽されてきたんです」
 警察に行く前に、一通りの彼女の個人情報を教えてくれた。
 季夏と同じ2年で名前は田中。家族構成は彼女と両親の三人暮らし。DVは4年前に父親が無職になってかららしい。4年前には飲まなかったお酒を飲むようになってからは、暴力を振るうようになったそうだ。
 部活が終わり、的野先輩と田中が一緒に警察に行こうとすると、ご主人様が田中の住所を教えて欲しいとお願いした。
 田中は少し困惑しながらも、住所を教えた。その住所は田中が公園にいた場所より少し離れていた。ちなみに、ご主人様の家から東に位置している。
 二人が出ていき、ご主人様も季夏に軽く挨拶してから部室を出ていった。
 季夏は、帰るかどうか考えながら学校を出た。
 なんとなく気になったので、ご主人様を尾行することにした。決して、後姿を拝みたいとかそういう意図はない・・・ホントだよ。
 ご主人様の後ろを歩いていると、急に公園の前で立ち止まった。
 季夏は慌てて、物陰に隠れて動向を注視すると、ご主人様がスマホで何かを調べていた。
 そして、しばらくして歩き出した。方向的に自宅ではなかった。
 どこに行くのか不思議に思っていると、ある一軒家の前に辿り着いた。他の家の住所から察するに、田中家のようだ。
 ご主人様は躊躇いもせず、インターフォンを押した。
 しばらくして、田中の父親らしい人が出てきて、ご主人様と話してから、その人と一緒に家に入っていった。田中の父親はなんとも理知的に見えて、田中の言う通り暴力を振るう感じには見えなかった。
 ここから季夏はどうしようか悩んだ。万が一のことを考えて警察を呼ぶか、それとも季夏も乗り込むか。前者はともかく後者は役に立たない気がした。
 とりあえず10分経っても出てこなかったら、警察に電話しようと考えた。
 この場に留まると不審に思われるので、周辺をうろうろすることにした。
 田中の家の周りを一周すると、ご主人様が田中の家から出てきた。
 これには驚いて、隠れようとしたがご主人様と目が合った。
「ここで何しているんですか」
 ご主人様は、不思議そうに首を傾げた。彼が無傷のようでホッとした。
「えっと、季夏も気になったから」
 嘘だったが、それらしい理由だと思った。
「そうでしたか」
「ご主人様はどうしてここへ?というか、家から出てきましたよね」
 白々しいとは思うが、どうなったかは知りたかった。
「ああ、ちょっと物事をスムーズに進めるために寄っただけです」
「上手くいきそうですか?」
「さあ?あとは本人に委ねるしかありませんね」
「ロムさんは、他人に興味ないのにどうしてこんなことをしてるんですか?」
「田中さんには恩がありますから」
「え、そうなんですか」
「ええ。だから、少しは力になれればと思いまして」
「その割には辛辣でしたが」
「深刻な問題ほど、きつく言わないと悩みは吐き出してくれません」
「まあ、軽い問題ではなかったですね」
 ここまで考えているなんて、さすがはご主人様だった。
「もう行きましょう。おそらくですが、的野さんがここに来る頃でしょうし」
「別に、鉢合わせても構わないのでは?」
「いえ、個人的に会いたくないです」
「それは納得ですね」
 他人が嫌いだから、鉢合わせが嫌なのも理解できた。
「じゃあ、また明日」
「はい」
 そうして、ご主人様は歩いて帰っていった。付いていこうかと迷ったが、今日はやめておくことにした。
 次の日、部室に行くとご主人様と的野先輩が先に来ていた。
「こんにちは」
「こんにちは~」
 季夏が挨拶すると、的野先輩が挨拶を返してきた。
「どうでした?」
 ご主人様の隣の椅子に座って、的野先輩にそう聞いた。
「うん。なんか拍子抜けするぐらいうまくいったよ」
「どううまくいったんですか?」
「警察に行って事情を話してたら、彼女の父親から警察に電話があってDVの通報を自らしてきたんだよ」
「どういうことですか」
 これには思わずご主人様を見た。
「さあ?僕に聞かれても」
「なんかわたしも不可解なんだよね~。4年も暴力を振るっていたのに、なんでこのタイミングで自分から通報したのか意味わかんないよね」
「そう・・ですね」
 的野先輩の言葉を聞きながら、季夏はご主人様をチラッと見た。おそらく、ご主人様の昨日の訪問で何か助言したのだろう。どう助言したら、そうなるのかは季夏には全くわからなかったが、季夏の中でご主人様の評価が跳ね上がった。
「で、田中さんの父親はどうなったんですか」
「昨日、事情聴取することになったみたい。田中さんと母親が被害届を出すかどうかで変わってくるかもね。これまでのことを考えると、離婚はすると思うけど」
「じゃあ、これで田中さんの問題は解決するんですね」
「そうなんだけど。なんかあっさりしすぎてて、やった手ごたえは皆無に近いね」
 先輩はそう言って、不満そうに両肘を机に乗せて組んだ手に顎を置いた。
「いいじゃないですか。面倒事になるより数倍マシでしょう」
 ご主人様は、いつものような淡々とした口調でそう言った。
 それを見ながら、今日も格好良いな~と思うのだった。

9 エピローグ 

 田中の相談から1週間後、僕は新たな悩みを抱えていた。
「どうして、こうなったんですかね」
 僕は部室に入って、入り口から全体を見回した。
「まあ、仕方ないんじゃない。部活は強制だけど選択は自由だから」
 的野はそう言いながら、チラッと横にいる越谷を見た。
「そうですね~。まあ、これもロムさんの人徳の成せることかもしれません」
 星屑はそう言いながら、チラッと横にいる田中を見た。
「えっと、今からでも遅くないので入部を撤回してくれませんか」
「はぁ~?せっかく居心地良い部活に入ったのに、撤回なんてしたくないね」
「私も気兼ねない部活はここしかないから、撤回の選択肢はないかな」
 越谷と田中は、僕のお願いを確固たる意志で拒否してきた。この二人のせいで、部に昇格してしまい部費も発生してしまっていた。こうなると、大々的な活動が強いられ、活動の報告義務が生じてしまうのだ。
「星屑さん。前に言っていた男子生徒を入部させてくれませんか」
 こうなっては部員を増やしてもさほど影響がないので、男女の比率だけでもできるだけ均等になるようにするべきだと考えた。
「こればかりはロムさんの頼みでも聞きたくありません」
「相変わらずの利己主義ですね」
「はい、そこは変わることはないと思います」
「なら、他の人たちを追い出してくれませんか」
 利己主義なら逆のことはできるはずとお願いしてみた。
「そうしたいのですが、本人が固辞している以上無理ですね。そもそも季夏のお願い聞くタイプは一人もいませんし」
「ですよね」
 期待はしてなかったが、面と向かって言われると溜息が出た。
「で、これからどうするの?」
 僕が座ったところで、的野が今後のことを聞いてきた。
「部費が出る以上、ぼっち限定の相談は難しくなりそうですね」
「部費って、部員数に応じてだからたかが知れてるでしょう」
「まあ、微々たるものです」
 せいぜい五千円が関の山だと思うが、部費の割り振りは生徒会が決めるのでそれ以下になる可能性もあった。
「まあ、相談者が来ないことを祈りつつ、どうするかを臨機応変に考えるしかないですね」
「消極的な部活だな。嫌いじゃないけど」
 スマホを見ていた越谷が、顔をこちらに向けておかしそうに笑った。
「困っている人が来たら、積極的になるなら全然文句はないかな」
 田中は、少しだけ口角を上げてそう言った。
「はぁ~、なんかますます居心地悪くなりましたね」
 僕は、的野に同意を求めるように話を振ってみた。
「まあ、物事は何事も上手くいかないものだよ」
「そうですね。ところで、退部する気はないですか」
 したり顔が気に入らなかったので、再度退部する意思はないか聞いた。
「ないよ。っていうか、なんでここで心変わりすると思ってるのか不思議なんだけど」
「人の考えは常日頃変わるものですから」
「そんな常日頃変わってたら、数日経ったら別の人じゃん」
「細胞は、常日頃入れ替わっていくんですけどね」
「思考はそんな極端に変わらないでしょ」
「そうなんですよね~。どうやったら変わると思います?」
「そうだな~、劇的な刺激とか物珍しいものに感銘を受けるとかじゃないかな」
「刺激や感銘とかって人生に何度もあることじゃないですね」
「刺激より平穏とか安心を求める人が多いから、必然的に感銘も受けづらくなるかもね」
「まあ、危険なことは避けますからね」
「恐怖心は生命維持には必要な機能だからね~」
 確かにそれは間違いないだろうが、なんでこんな話になったんだっけ?
「さっきから主軸がズレてるけど、わざと?」
 そんな思いを代弁するように、越谷が話に入ってきた。
「わざとじゃなくて、相性が良いからいろいろな話ができるんだよ」
「あ~、なるほど。確かに話していて楽しいと、その傾向はあるかもしれないな」
 的野の解釈に、越谷が酷く納得したようにそう言った。
「別に、気は合いませんけどね」
 それだと僕が友達みたいじゃないかと思い、訂正するように補足した。
「またそういうこと言う。いい加減、認めたらいいのに」
「認めてたら、退部なんて進めません」
「素直じゃないな~」
「本音を言って、素直じゃないとか意味がわかりません」
「もっと心に素直になってもいいと思うよ」
「心の底から退部して欲しかったんですが、叶わないので僕が退部しようかと思い悩んでいますね」
「そうなったら、付いていくだけだよ」
「執着するのは他人ではなく、物とか知識にして欲しいですね」
「学校は交流の場でもあるから、学校にいるときは他人でもいいじゃないかな」
「迷惑なだけなので、控えてもらっていいですか」
「部活だけなんだから控えてるじゃない」
 的野はそう言って、頬を膨らませて視線を逸らした。
「仲良いな、おまえら」
 これに越谷が、スマホから視線を上げてそう言った。
「だから、仲は良くはないですって」
「傍から見たら、仲良いようにしか見えない」
「それは目が曇ってるんじゃないですか」
「ははっ、その表現は面白い」
 僕の毒舌に、越谷は笑って流してきた。この人はこの人で悪口に耐性がついているようだ。全く、この部に入部してくる人は一癖も二癖もある連中ばかりだ。(自分も含めて)
「星屑さん以外、変な人の集まりなんだね」
 僕たちのやり取りに、田中がそんな感想を口にした。というか、星屑が一番ヤバい奴なのだが、二人は入ってきたばかりなのでそれを知らないのは仕方なかった。
「そ、そうかな・・・」
 的野は少し苦笑いで、星屑の方を見つめた。
「何か?」
「う、ううん。なんでもない」
 星屑の視線に、的野が気まずそうに目を逸らした。
「ロムさん。季夏はここで自分を晒せないのは苦痛なので、放課後一緒に帰りませんか」
 どうやら、二人増えたことでマゾの性癖を晒すのに抵抗があるようだ。
「一緒には帰りません。あと晒さなくていいですよ。まともが一番です」
「一緒に帰ってくれないのでしたら、晒すことにします」
「やめておいた方がいいと思いますよ。ドン引きするのは目に見えてますし」
「季夏は利己主義なので、我慢するぐらいなら恥を晒します」
「なんでそんなに潔く言えるんですか。もっと恥じらいを持った方が女子にも好かれますよ」
「そうかもしれませんが、今の季夏にはロムさんが最優先で他のことは二の次なんです」
「そうですか。でしたら、僕にはどうしようもないですね」
 僕は溜息をついて、星屑から視線を外した。
「さっきから主語のない話しているね。なんの話?」
 気になったのか、越谷がスマホから目を離して聞いてきた。
「主語が言えない話ですよ。察してください」
「何それ?」
 返しが面白かったのか、少し笑いを堪えるように口を手で押えた。
「聞かない方がいいし、見ない方がいいかも」
 的野は、星屑の方を見ずにそう言った。
「その言い方だと、この部にいる限り目にするってことか?」
「そうなるかもね。まあ、どう思うかは人それぞれだけど」
「意味深な言い方だな~」
「主語は言いたくないからね」
「的野も言えないのか?」
「うん。言いたくない」
 的野はそう言って、越谷を見つめて力強く頷いた。
「そ、そうか」
 これに気圧されたのか、少し上半身を逸らした。
「きっとエロいんですよ」
 ここで田中がボソッと本質を突く発言をした。
「え、この部ってエロいことしてるのか」
 越谷は、その呟きに過度に反応した。
「してません」
 これだと僕が主体になるので、即座に否定しておいた。
「すぐに否定する辺り、かなり怪しいかも」
「田中さん。変な言いがかりはやめてください・・・はっ!えっと、エロいことする部だと退部してくれます?」
「その反応だと違うみたいですね」
「だな~」
 田中の言葉に、越谷も同調するようにそう言った。
「さすがに、その流れでの退部の促し方は下手すぎると思う」
「うるさいですね~。変な濡れ衣を掛けられそうになったんですから仕方ないでしょう」
 的野の発言に、僕は少し睨みを利かせてそう言った。
「で、結局なんの話だったっけ?」
 主軸がズレていることに気づいた越谷が、面倒な話を戻してきた。
「季夏の性癖の話ですよ」
 これに星屑が、恥じらいもせずにぶっちゃけた。この精神面の強さには感服したが、同時にドン引きもした。
「え、そんな話だったっけ?」
「いえ、そんな話はしてなかったです」
 越谷が首を捻り、田中が少し困惑した表情でそう言った。
「この際だから言いますけど・・・」
「あ~、言わなくていいんじゃないですか」
 星屑の覚悟はわかるのだが、こちらにも火の粉が舞うので言わないで欲しかった。
「いえ、言います。季夏の為に」
 星屑は、堂々とした態度で自分の性癖を二人に熱弁した。
「そ、そう・・・」
「そうか。でも、ここは学校だし表には出さない方がいいじゃね~か」
 田中がドン引き、越谷は呆れながらそう指摘した
「安心してください。この部活だけなので」
「それ、私たちは見守らないといけないの?」
 星屑の宣言に、田中が身体をのけぞらせながら言った。
「季夏は、ご主人様に罵られればそれでいいので。この部に入部した時点で諦めてください」
「この人が一番変だった」
 田中は頭を片手で押さえて、溜息交じりに認識を改めた。
「凄いな~。自分の性癖を晒せるなんて」
「いや、凄くないと思う。ヤバいと思う」
「その言葉を凄いと表現したんだが、的野はそのまま口にするんだな。思いのほか毒舌なんだな」
「え、あ、そうなんだ」
 越谷の指摘に、的野がなんともいえない顔で視線を逸らした。
「的野先輩は、基本的にロムさんと一緒で気が抜けたら口が悪くなりますよ」
「って、なんでばらすの!」
「季夏だけ晒すのは、なんか癪なので」
「自分で晒した癖に、よくそんなこと言えるね」
「旅は道ずれとも言いますし」
「旅はしないし、部活だけの関係だよね」
「細かいですね~。ここはおおらかに自分をさらけ出してください」
「そんなことしたら、その場の空気をぶち壊すだけだよ」
「大丈夫です。ここにはロムさんもいますので」
「ヒロがいたら、二重に破壊されて場がお通夜になると思う」
 それは大げさだろうと思ったが、越谷と田中を見るとおかしそうに笑っていたので、笑いを狙ってわざと大げさに言ったようだ。
「二人とも面白いな」
 越谷が笑いながら、二人の会話を称賛した。
「え、いや、別に、笑わそうとか思ってないんだけど」
 的野が複雑そうな顔で、越谷の方を見た。
「いいじゃん、さらけ出すのは大事だし、楽しい部活にした方がいいだろ」
「まあ、そうだけど」
 的野はそう言いながら、なぜか僕の方を見てきた。
「なんですか?」
「うるさいから、ヒロが退部しないか心配」
「その時は、勝手に消えているので気にしなくていいですよ」
「せめて一言は言ってよ」
「どうせ、辞めても付いてくるんでしょう」
「それはもちろん」
「なら、今は辞める気はないですね」
「でも、こんな雰囲気嫌いじゃないの?」
「嫌いですよ。やっぱり活動内容に瞑想を取り入れましょうか」
「それはやめとこうよ。意味ないと思うし」
「ですね」
 星屑はともかく、新入部員がそんなことしない人間だとここまでの会話で判断できた。
「ところで、新入部員も増えたことですし、席替えというものをしてみませんか」
 今気づいたが、なんか配置的に僕が女子生徒四人をはべらせてるように見えてきた。
「いいんじゃない?このままで」
「そうですよ。ロムさんの隣は譲れません」
 的野の言葉に被せるように、星屑が食い気味にそう言った。
「いえ、僕が中心だと変に目立つので、できれば端にして欲しいかと」
「部長はヒロなんだし、堂々と中央に座っても問題ないよ」
「その本人が嫌だと言ってるんですが」
「そこは部長なんだし、許容するべきだと思う」
「はぁ~、的野さんだと平行線ですね。田中さんでも越谷さんでもいいので、どちらか移動してくれませんか?」
 仕方がないので、二人のどちらかを移動させて的野か星屑が中央ににしようと考えた。
「え、メンドイ」
「えっと・・・ごめんなさい。越谷先輩の隣はちょっと・・・」
 越谷は面倒の一言だったが、田中の方は困った顔で言いにくそうに視線を泳がせた。おそらく、越谷の見た目が怖いのだろう。まあ、DVを受けてきた身にはさすがに断っても仕方ない気がした。
「星屑さん。場所変わってくれません?」
「申し訳ないんですが、的野先輩の恨み言を隣で聞きたくないので断ります」
 僕をご主人様と慕うわりには、予想以上に強情で逆らうばかりだった。
「はぁ~。この部は利己主義の集まりですね」
「利己主義?・・・それは的を射ているね」
 的野が復唱してから、少し間を置いておかしそうに納得した。
「いいじゃん。利己主義同士楽しくいこうぜ」
「そうですね。楽しさもいいですけど、和やかにいきましょう」
 越谷と田中は、個々の意見を言った。自由だな~と思うと同時に、学校を辞めたいと強く思った。
 部活が終わり、重くなった足取りで家に帰った。
 夕食後、父親に今の状況を説明した。説明していくうちに、自分の声がどんどんしぼんでいくのがわかった。
「そうですか。裏目ばかり出てますね。女性の思考はよくわかりませんが、本能で動いていると考えるしかありませんね」
「そうですね。自分の居心地ばかり気にしてますし、僕の意思も尊重してくれません」
「まあ、多感な時期ですから利己に走るのは仕方がないかもしれません。いっそのこと通信教育にシフトしますか?」
「それも一考してます。部に昇格した以上、部員を増やして僕への執着をなくす人物を捜してみようと思っています」
「簡単に見つかりますか?」
「いえ、難しいでしょう。期限は半年にして、それでも無理なら通信教育に徐々に仕向けていこうと思います」
「わかりました。そうなるのなら、報告してください。手続きが必要と思いますので」
「すみません。お手数掛けます」
「いえ、保護者として当然です。好きな道に進んでください。それが親である私の願いでもあります」
「そう・・なのですか」
「何かおかしなことを言いましたか?」
「いえ、自分の子供であっても無関心だと思っていましたので」
「まあ、おおよそ間違ってはいないですが、弘霧さんには好きな道を進んで欲しいという気持ちはありますよ。これは不思議な感情ですので、説明は難しいです」
「父性でいいんじゃないでしょうか」
「・・・そうなんですかね。断定するのは早計かもしれませんが、これからは父性ということで通していきましょうか」
 話はそれで終わり、各々の部屋で趣味に没頭した。
 就寝時間になり、田中の父親のことを思い返した。
 田中の父親に招かれ、誰もいないことを確認してすぐに彼のお腹を殴った。これは僕をいじめようとした相手に最初にやったことだった。
 殴る理由を言いながら、殴っていると四回ほどで心が折れた。いじめようとした奴の5分の1で音を上げたのには拍子抜けした。
 怯えきった田中の父親に今度家族に手を出すなら殺すことを告げて、警察に全てを話すように諭した。初対面の人からの脅迫はさぞかし恐ろしかっただろう。
 これで田中の父親が僕を訴えることもあるだろうと考えていたが、今のところ警察はまだ来ていない。まあ、来ても構わないと思っている。
 僕は寝返りを打ち、殴った右手を何気なく見た。あの時に殴った時に剥けた手の皮はもう治りかけようとしていた。星屑があの場所にいた時は、かなり焦ったが彼女はそれに気づかなかったようだ。
 これで田中の障害が解決したのはいいが、その反動かどうかは知らないが田中が入部したことは正直いただけなかった。あと、越谷も。
 本当にこの世界は思い通りにならないなと痛感しながら、僕は眠りに就くのだった。

ぼっち部

ぼっち部

ぼっちになりたい霞弘霧は、強制された部活をしないために策も巡らすのだが、居場所を探していた的野白冬によって計画が台無しになってしまう。 さらには星屑季夏の目覚めによって、部員が増えて霞は精神的不安定に陥っていくのだった。

  • 小説
  • 長編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-05-28

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