妻になんて言おう。

妻になんて言おう。

妻になんて言おう。

 妻になんて言おう。
 食卓を挟んで向かいに座る彼女の機嫌がずいぶんと良い。夕飯の準備をしながら、鼻歌を奏でる姿なんて、初めて見た。
 その理由は、おそらくあれだ。
 トイレに置いてあった箱。
 その中身はなかったけれど、尿をかけるだけで確かめることができる、あれの箱。中身がなかったということは、今日使ったということだ。その結果がどうだったのかは、彼女のご機嫌を見れば大体の予想がつく。
 この後に待ち受けるであろう事柄が脳裏を駆け巡る。妊婦のケアがちゃんとできるか。出産に立ち会えるか。夜泣きに耐えられるか。最初の言葉はパパかママか。さらに成長が進んだら、金もかかる。塾に行くかもしれない。大学の学費ってどんなもんなんだろう。
 自分にできるのだろうかと思うだけで、食事の味が遠のく。満足感や満腹感なしに、食べ終わってしまった。
 お互いに食べ終わったところで、彼女が姿勢を正した。
「あのね、わたしね」
 ほら、来た。ついに確信に迫る。改まって言われなくても、答えは知っている。いったい、どんな反応を示すのが正解なのだろうか。
「赤ちゃんができたみたい」
 彼女の嬉しそうな顔を見て、絞り出した言葉は「おめでとう」だった。
 
 不倫相手を妊娠させてしまった俺は、妻になんて言おう。

妻になんて言おう。

妻になんて言おう。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-05-27

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