本町絢 外伝 絢と僕の留メ具の掛け違い・・そして 最終章 結末

本町絢 外伝 絢と僕の留メ具の掛け違い・・そして 最終章 結末

 初めて、モト君と待ち合わせした時と同じように、柱の陰で来るのを待っていた。大学の学生会館の前、必ずこの前を通るはず。

 その時、私はあの人を意識し始めた時のことを思い返していた。

 彼は、まだ私との留メ具を持っていてくれるのだろうか

第一章

1-⑴ 

 私が 水島基(みずしまもとし)君を意識しだしたのは、小学校4年生の2学期。彼とは3年生のときから同級で、なんか、席がよく隣同士になった。今も、隣の席だ。中間テストの最中だけど、1科目目に私は消しゴムが筆箱に入っていないと気づいた。きっと、昨日の夜、絵を描いていてそのまま戻さなかった。

 どうしよう・・・。間違った。消せない。指でこすってなんとかなるかな。あー、汚い、仕方ないか。指まで真っ黒になっちゃった。まぁ、いいか、どうせ点数良くないんだから・・・。

 1科目目が終わった時、

「本町、これ使えよ」

 水島君がそばに来て、消しゴムをポンと机の上に置いてくれた。それを見て私は少し戸惑っていて、なんか言おうとしていると

「早く、手を洗って来いよ」と続けて言った。

 私はなんだか、言われたままにすぐに手を洗いに行っちゃったんだ。帰ってきて、その消しゴムをよく見ると、ナイフで切った痕があった。切れ端が半分よりも大きかった。あっ、と思って水島君に

「ありがとう、でも これって」

「いいんだょ、僕はあんまり消しゴム使わないから」って言って、小さな消しゴムの片割れを持って、笑ってくれた。

 すごく、爽やかな笑顔。窓を背にしているから、よけい眩しい。この時に、私の中にインプットされちゃったみたい。

1-⑵
 
 あの日から私は隣の水島君を、よくチラチラ横目で見ていることに気づいた。完全に意識してしまっている。私の名前は 本町絢(もちまちあや)。うちの家は、昔、宿場町の江戸時代から続く商売をやっているので、私は近所のひとから「いとはん」と呼ばれている。そのことを1年2年の頃は、たびたび、からかわれたりしていたし、後ろに束ねた長い髪の毛を、すれ違い様にひょいっと引っ張られたりとか嫌なことばっかり。男の子は乱暴な気がして、好きじゃぁなかった。だから、私は束ねた髪の毛を前に持ってきている。3年生になって、私は、勉強が出来なかったし、暗いイメージだったからあんまり男の子がかまってこなくなった。

 だけど、水島君は最初から違った。いろいろ話しかけてくれるけど、そっけない。一言、二言だけ。けれど、私も、男の子と話すのは彼だけになっていたと思う。だから、好きというのじゃないと思うけど、なんとなく親しみを感じていた。けど、あのことがあって、私の意識の中で変わってきたのかも知れなかった。

1-⑶
 
 5年生になって、2学期から成績順に後ろから席が決められていった。それで、私は成績がよくないので、前の方。水島君は後ろの方に行って、離れてしまった。この時、水島君は勉強できるんだと、初めてわかった。私は、学校の授業があんまり意味ないし、なんの役に立つのかななんて思っていたから、勉強することに興味がなかったので、仕方ないなって思っていた。

 同じように成績が悪いけど、仲のいい雅恵チヤンが

「絢チヤン、水島君と離れたネ、さびしい?」

「ウチがーそんなわけないヨー」

 って言ったけど、やっぱり世界が違うんかなって感じていた。

1-⑷

 6年生になって、又、水島君と隣同士になったけど、直ぐに担任の植田先生が、中間テストの後、又、成績順に席替えしますと言っていた。又、水島君と離れるのかー。その時は、もう離れないで、側に居たいなって気になっていた。

 テストの後の席替えのあと、掃除の時間に水島君の側に行って、窓を拭いていたんだけど、水島君が声をかけてくれた。

「なんで頑張んないんだよ」とか

「興味ないから」って応えると

「やって見ないとわからない。一緒に勉強するかー」

 突然そんな風に言われても・・・。恥ずかしいけど、嬉しいんだけど。どうすればいいの。なんにも答えられなかった。
それから、いろいろ考えてしまった。返事しなかったから、嫌われたかなとか、水島君はウチのこと好きなんだろうか、それとも、あんまり勉強できないので哀れみだろうか。水島君となら一緒に勉強してみたいんだけど、どう返事しようかとか。

 決めた。少しでも、一緒に居たいから飛び込んでみよう。あした、手紙書いて渡そう。

 お母さんに「今度の土曜日、お友達の家で一緒に宿題やりにゆくね」と言って、覚悟決めた。

1-⑸
 朝から心臓ドキドキしていた。早いめに来て、水島君の上履きに「土曜日家に言って良い?」って手紙入れておいたから、その返事を待っていた。
 時々、水島君の様子をそれとなく見ていたんだけど、なんの反応も無いようで・・・。ご前中過ぎてしまって給食も終わろうとしていた。

 来たぁー。水島君が横を通り過ぎようとしている。本当にドキドキしている。自分でも音が聞こえそうに。

「市民会館で朝9時待っている」と何気なく言って通り過ぎた。

 やったー。水島君が戻ってくる時に小さくVサイン送った。ほっとしたし、振り向いてニコッとした。やっぱり、嬉しかったんだと思う。

 前の日、きれいなお洋服出してってお願いした。

「あら、そう、そんなにおしゃれしてゆくの」

「うん、初めて、よそん宅にゆくから・・・。あんまり、みすぼらしいのもネ」

 土曜日。少し早い目に家を出た、お母さんは青の花柄のワンピースを用意してくれていた。髪の毛も、いつもは黒いゴムだけど、紺色のリボンで結んでくれた。電車で一駅乗乗らなきゃ。

 市民会館の柱の陰で水島君が来るのを待っていた。気持ちはワクワクして、明るくしていたつもりだったけど、水島君は会っても、そっけなかったし、なーんだ、洋服のこと気にもしていない様子だつた。

1-⑹
 向こうのお家に着くと、水島君のお母さんが笑顔で迎えてくれた。女の子なので少し驚いた様子だったけどね。

 最初、算数の宿題から始めたんだけど、私はやっぱり、あんまり解らなかった。けれど、水島君は丁寧に説明してくれた。

「ごめんね、ウチは馬鹿だから、あんまり解んなくて」

「大丈夫だヨ、本町は頭悪くないんだから、最初から少しづつやってゆけば、解るようになるって」

 普段と違って、とても優しかった。良かった。お陰でだんだん興味わいてきたかも。今まで、学校の授業なんて興味なくて、絵ばっかり描いていたんだけど。お昼のご飯の時も、お母さんが話しかけてきて色々と聞かれけど、私は嫌じゃなかった。水島君にも知っていてほしかったから。

 帰る時に

「明日も来ていい?」って聞いてみた。水島君と一緒に居るのがすごく心地よい時間だったから。

 彼はお母さんにそのこと伝えてくれた時、すごく喜んでくれた。明日のお昼は何がいいか聞かれたんだけど

「とても、おいしかったので、おばさまの作るもんだったら、私は何でもいただきます」

 ちょっと、ぶりっ子し過ぎたかな。こんな風に言うなんて、自分じゃぁないって、言った後、少し後悔した。気持ちが浮ついていたせいかも知れない。

 駅まで送ってくれた時、

「絢チャンってよんでいいかな」

「じゃあ私もモト君ってよぶネ、私にはチャンはいらないヨ」

 帰り道、にゃにゃしていたと思う。モト君が、もっと身近になれたんだから。この時は、まだ、あそこまでモト君を追いかけていくとは自分でも思っていなかったかな。

1-⑺
 
 土曜の度にモト君の家に通った。その週の復習とか、今までの復習を繰り返しやった。丁寧に、一緒に勉強してくれるので、理解できるようになっていたから、問題集を買ってもらって、家では自分で勉強した。問題が解けると、どんどん面白くなってきた。もともと、お母さんは私の成績が悪いことに対しても、興味ないのなら仕方ないと思っているみたいで、一言も言わなかったし、お父さんも、女は気立てさえ良ければ良いんだという方だったので、私は絵ばっかり描いていた。だから、お母さんもびっくりしちゃて、

「絢チャン、出掛けるのは良いんだけど、毎週、誰のお家に行っているの」

「ウン、水島基君のとこ。3年生の時からの同級生。勉強も出来るし、優しいからちゃんと教えてくれるの」

「えー、男の子なのー。あなた大丈夫?」

「なにが?向こうのお母さんもウチのことを、とても親切にしてくれるよ」

「最近ね、学校で起きたことよく話してくれるし、勉強も興味持ってくれて、お母さんは嬉しいんだけど・・・少し心配」

 平日も寄って来るようになって、門限の6時をテストまでの間だけだからと7時までと、何とかお願いした。

「お父さんと相談してみるね」

 とお母さんは言っていたけど、無理やり押し通しちゃた。

 1-⑻
 次の土曜日、お母さんが付いてきていた。前の夜

「明日、お母さんも一緒に行くからね。ご挨拶しておかなきゃね。」

「やめてよ。そんな、向こうだっていきなり来られても」

「でも、一度、ご挨拶ぐらいしておきます。お母さんもお仕事やっているので、そんなに時間取れないのよ、突然で失礼だけど、直ぐに帰りますから。[ぼくのおうち]でお菓子も買ってきたし、絢チャンがお食事までお世話になっているのに、知らんぷりできないでしょ」

 今度は、お母さんに無理やり押し切られた。モト君も会うなり、さすがにびっくりしていた。でも、1時間もお話して帰って行った。もうすぐ、期末テストが始まる。モト君にできるだけ近づけるように頑張るんだ。

第二章

2-⑴
 期末テストが始まった。答えがスラスラ書けた。各教科終わる度に、モト君の方を向いて、ニコッと、出来たサインを送った。うしろの方からモト君が-応援してくれているかと、心強かった。でも、算数は苦手で、あんまりできなかった。前は0点に近かったけど、今回は半分以上は出来たと思う。

 テストが全部終わった時も、モト君の家までに付いて行った。夏休みは図書館で一緒に勉強しようと、言ってくれた。もちろん、良いよ、もつと近くに居られるんだから。お弁当も作って持って行ってあげよ、とワクワクしていた。

 1学期が終わって、通信簿を見せた時、お母さんは少しの間、声が出なかったみたいだった。

「絢チヤン、すごいネ、頑張ったんだネ、こんなの初めて」

 先生の言葉もめっちゃ褒めて書いてくれていた。

 この地域の夏のお祭りも、一緒に行こうと思ったんだけど、お互いのお母さんが反対したんで行けなかったんだ。でも、お祭りの日、夕方になると、お母さんが浴衣を着せてくれて、髪の毛も上げて飾りで止めてくれた

「時間が出来たら、一緒にいこう」

 でも、暗くなってきても、手を離せそうになかったので、私は

「ちょこっとだけ、独りで行ってくるネ。すぐに帰るから」

「ごめんなさいネ、すぐに終わるつもりだつたのに・・・」

 わたし独りで出掛けて行った。近所だし

 2-⑵
 盆踊りも始まっていて、行き交う人も露店の前も色んな人が居る。私は、この光景が好きだ。絵に描こうと思って、目に焼き付けるように眺めていた。

 後ろの方から、呼ぶ声がした。あの声は雅恵チャンだ。

「絢チャン、独りなの、ウチ等と一緒に行こうよ」

 小野雅恵(おのまさえ)。同じクラスで一番仲のいい女の子でグループも一緒。よく見ると、雅恵チャンのお姉チヤン、数人の男の人が一緒だった。みんなお姉チャンと一緒の中学生みたい。雅恵チャンの家は、駅前の喫茶店で、お母さんがひとりでやっていて、お父さんとは離婚していて居ないらしい。だから、お姉チャンと雅恵チヤンはお店を手伝うこともあるみたい。そのせいか、良くない男の子なんかのたまり場になっている。その連中らしかった。とんでもない、こんな人達とだなんて

 寄ってきて「かわいいネ、お嬢さん」「一緒に行こうよー」とか

「雅恵チャン、ごめんなさいネ、ウチはお客さんが来ているから、直ぐに帰らなきゃ」

 ぁー、怖かった。急いで家に帰って、直ぐに、忘れないうちに、あの光景を描き始めた。夏休みの宿題。

2-⑶ 
 2学期が始まり、成績順の発表と席替えがあった。モト君は三番目。私は九番目に呼ばれた。皆からのおどろきの声を聞きながら、席を移動した。やったー、モト君の前の席だ。皆はもう、一緒に勉強していることは、知っているし、私はモト君とハイタッチしたい気分だったんだけど、いきなり、八番目だった、一栄チャンが゛

「すごいネ、絢チャン、すごく勉強したんでしょ」と寄ってきた。

 宮川一栄(みやがわかずえ)。同じ町内で古くからの帯屋さんの三姉妹の長女だ。やっぱり、「いとさん、なかんちゃん、こいさん」と呼ばれている。成績も悪いし、暗い感じの私だったけど、彼女だけは近所のせいかも知れないが、前からよく何かと声を掛けてくれていた。

 だけど、早瀬いづみは

「絢チヤン、水島君は教え方うまいんだね。好きな人といつも一緒で良いわね」

 と、何だか、私には半分、嫌味に聞こえた。あなたは四番でモト君の隣だし、女子の中では一番、勉強できるし、顔も可愛いし、男の子からも女の子からも人気あるんだから、私なんか気にしないでょー。

 でも、隣になったモト君に何かと話し掛ける。私は、面白くなかった。いづみチヤンはもてるんだから、他の子を誰でも選べるじゃあない。モト君にそんなに近づくのはやめて。モト君も、私をかまってよ、もっと・・。

 
決めた、つぎの目標は[早瀬いづみ]。 もっと、モト君を追いかけなきゃ

2-⑷
 雅恵チヤンと学校からの帰り道。雅恵チャンはネ

「ウチなぁ、夏休みの最後の日にネ、キスされて、胸をもまれたんだ」

「雅恵チャン それって誰に・・」

「お姉チヤンの彼氏なんだけど、ウチらの部屋で3人で遊んでいたんだけど、夕方になってお母さんが病院に行くって、お姉チャンがその間、お店を見ることになって・・。2人だけになったら、いきなり抱きしめられてキスされたの。雅恵のほうが可愛いって、そしたら、シヤツの下から手を入れられて、胸を直に触られて、もまれて吸われたの。ウチ、びっくりして、動けないからじっとしていたんだけど、何だか変な気持ちになってな・・。下の方もツーっと撫で上げられたから、ダメーって言って、ようやく逃げたんだけど‥」

「雅恵チャン、それって・・」私もびっくりしちゃって、声が続かなかった。

「でもね、絢チャン、最後、身体中がビビッてきて、少し気持ち良かったかも知れないんだょ」

「へぇー、そうなんだ。でも、好きでもないのにそんなこと、大丈夫?」

「うん、お姉チャンにも悪いしね。絢チャンは水島君としたこと無いの?」

「無いわよ! ウチらは、そんなんとちがうわよ!」

 雅恵チャン宅はお店の関係か、お母さんもあけっぴろげで、雅恵チャンも発育も私なんかと違って、胸も大きい方だし、いつも少しエッチな話ばかりしてくる。その時、私は顔が紅くなってるのがわかる。

その夜、あんな風に雅恵チヤンに言ったけど、いろいろ考えてしまって。モト君とそんなことになったら・・とか、男の子に胸をもまれるって・・。駄目だ! こんなこと考えてちゃー。私は早瀬いづみを追い越すんだ。負けるな、しっかりしろ、絢。

2-⑸
 中間テストまで、私にはあまり時間が無かった。担任の植田先生が、もう成績順の席替えは止めますって言っていたけど、私にはどうでもよかった。後ろの席からモト君が見守ってくれているから・・と信じている。

 テストは2日間で終わって、その週の金曜日に成績順位が先生の机の横に貼りだされた。4番モト君、5番私。追いついたモト君に。嬉しい。だけど、2番がいづみチヤンだった。彼女はやっぱりすごいのかしら。私なんかより、もっと勉強しているんだ。でも、私、苦手の算数の取りこぼしが無ければ追い越せるかもって、思い直した。

 お昼休みに先生から、話があるからって、職員室に呼ばれた。何の話かドキドキしながら入ってゆくと

「絢ちゃん、本当に勉強頑張っているわね、学年の先生たちもみんな感心しているわょ。」
「お話っていうのはね、夏休みの宿題で描いてきた絢ちゃんの絵。市のコンクールに出しといただけど、最優秀章になりますって連絡がきたの。展示の後は、市民会館のロビーにしばらく飾りたいって。そのことを聞いて、「旭屋」さんがお店の包装紙に使いたいって言ってきているの」

 困った、どうしよう、どう言えばいいんだろう

「ごめんなさい、先生、全部断ってください。私、あの絵を返してほしいんです」と、おじぎしていた。

「えぇー、そうかー。やっぱり、あの絵には絢ちゃんの想いが詰まっていたんだね。ぬくもりを感じるし、眺めていると盆踊りの歌とか、小さな子供たちのはしゃいでる声が聞こえてくるようで素敵だなって、ごめんなさいね、勝手にコンクールに出してしまって」

「うぅん、それはいいんですけど、私はただ、あの絵を手元に置いておきたんです」

「そーなんだ、わかったわ。校長先生もすごく喜んでいたんだけど、私から説明しておくわ。

2-⑹
 モト君と私は、図書館とかモト君の家で、一緒に勉強を続けていて、私は本当に集中していたと思う。モト君が「絢、最近のめり込んでいるように一生懸命だね」と言われたけど、そうなの、算数さえ点が取れれば、きっと、いづみチヤンを抜けると思っていたから。

 彼女は、雅恵チヤンのことを「お姉さんは、あのお店に出入りしている不良っぽい男の子といつも遊んでいるみたいだし、雅恵チャンも一緒になっているんだよ。あの子はそんなんだから、いつも成績悪いし、話も下品なのよ、それにあの子なんか臭いするやん」と言っているのを聞いた。「成績の悪い子とは話もしたくないんだ」とも言っているのも、私は聞いたことがあった。私は席が後ろの方だったから、聞こえてきた。1学期までは、私のこともそんな風に言われていたのかな。今でも、まともに話したこと無いけど、と言うより、わざと無視しているみたい。お互い様だけど。

 確かに、勉強、スポーツが出来て、顔も可愛いいし、みんなにいい顔して、チャホャされて女王様みたいに思っているかもしれないけど、私は彼女の嫌な一面を知っている。だから、目標を彼女に決めたんだ。卒業近いので、成績順の発表されるのは、今度で最後なんだ。必ず・・私、性格変わったのかも知れない。

 期末テストが始まった。これまでは、順調だった。次は算数の時間。いづみチヤンは、あの問題どうだったとか、科目が終わる度にモト君にほうにわざわざ寄って話かけている。私への当て付けみたいに感じたけど、今は集中しなければ。95点以上なら絶対抜かせる自信があった。

 終わった後、私には自信があった。出来たと思う。全部解けたし、間違いない、これなら、きっと抜けたと思った。モト君の方を向いて小さくVサインを送っておいた。3学期が始まった時の成績の発表が楽しみ。心配なのは、モト君がいづみチヤンと近すぎる感じがすること・・。

2-⑺
 12月23日はモト君のお誕生日だった。向こうのお母さんから、私にもその日に来てほしいってお母さんに連絡があったらしい。その前から、お母さんに「お洋服を作るから」って採寸されていた。

 その日、お母さんに

「お呼ばれするのだから、おしゃれしていかなきゃね」

 と言われて、朝から髪の毛を結ってもらった。まとめて頭の上に真珠の飾りで留めて、耳の前に髪の毛の束を持ってきてストレートパーマをかけて顔に合わせてパッツン。洋服は白いレースの襟元、ベビーピンクのシルク生地で、胴まわりをギューとリボンを後ろで結んだ。スカートはふわっとしていた。半袖で白いカーディガンを羽織った。このために、お母さんは採寸してくれていたんだ。唇にもリップを塗ってくれた。

 「可愛いわよ、会社のクリスマスパーティにと思って作っていたんだけど、間に合ってよかったわ」

 自分でも、少し大人になった気分。「ありがとう、お母さん」

 「迎えに来てくれるんでしょ。電車に乗るまで、お母さん一緒に行くわネ。駅前の『クルーネ』でケーキを頼んであるから取りに行かなきゃ。むこうのお宅に持って行ってネ」

 向こうの駅では、モト君が迎えに来てくれていて、私はニコッと微笑んで、可愛くみせたのカナ。モト君のお家に着いて、コートを脱いだら、モト君のお母さんが、可愛いってすごく褒めてくれて、嬉しかったんだ。

 お料理の準備が出来るまで、モト君の部屋で二人で期末テストの復習をしていた。だけど、気づいたら、モト君の視線が私の胸をじっと見ているの。確かに私も、この服を着た時、絞ってあるんで、いつもより胸が膨らんでいるかなって思ったんだ。どうしようかな。でも

「さわってもいいよ」思い切って言った。モト君とならいいと思ったの。

 少しの間があって、手が伸びてきたけど力が強くて

「痛いっ」思わず私は胸を塞いでしまった。

 でも・・。モト君の手を取って、自分の胸に持って行ったの。すごくドキドキしているのが、自分でもわかった。その手は暖かかった。

「ずっと、ウチから目をそらさないで」って思い、顔を上げてモト君を見なきゃ―としたんだけ
ど、恥ずかしくて下を向いたきりだった。

「好きなの しばらく、このままでいて」と言い出せないでいたら、お母さんから準備が出来たわよって声がして・・。

第三章

3-⑴
 3学期が始まった。恒例の貼り出し。一番石川進、二番本町絢、三番水島基、四番杉沢健一、そして五番目に早瀬いづみ・・・。自信があった私は

「ウン」と、

 追い抜いた、いづみチヤン、そしてモト君も。みんなの視線がこっちを向いていた。私はVサインしていた。だって、引きずりおろして、悔しさをたまにはと、思い知らしめたんだから。もう、モト君には・・。私は冷たいことを考えてしまっていた。いづみチャンは机を見て、しばらく、顔を上げなかった。

 うちのお母さんが、モト君宅に電話したみたいで、その時に、私が聖女学院を受けるって言ったみたいだった。モト君に問い詰められた時、私はもう泣きそうだった。

「ごめんね、お父さんとお母さんの言うことは聞かなきゃいけないの」
「言わなかったのは本当にごめんなさい。でも、ウチは中学になってもずーとモト君と勉強続けたいの、 追いかけていたいの」

 言いながら、本当に泣いてしまっていた。

3-⑵
 結局、中学は別々の学校に通うことになった。続けて図書館で会おうねって言っていたんだけど、お互い、クラブに入ったので日曜日にしか会うことが出来なくて、だんだん月に1回とかになっていった。そんな感じで高校も別々に進学していったんだけど。

 同級生とお昼休みとか放課後に、集まっておしゃべりをするんだけど、男の子の話も多くって、彼氏の話とかデートしたこととか、進んでいる子は昨日キスしたんだと報告する。私とモト君との関係って何だろう。付き合っているとも、彼氏とも言えない。

 図書館で会う以外は、一緒に遊びに言ったこともないし、もっとも、最近モト君は水泳の方ばかりだし、私も時間があれば絵ばっかり描いている。でも、一緒に歩いている時には、手ぐらいつないでくれても、良いんじゃあないと思ってるんだけど。私には、興味ないのかな。もしかすると、モト君は他の女の子と付き合っているのかもと考えたりもする。

3-⑶
 夏休みになって図書館でモト君と待ち合わせした。肩の辺りが大きくなって、逞しくてカッコイイ ♡ と思った。女の子からもてるんだろうな。

 モト君から、突然、大学は〇〇大の海洋を目指そうと思っていると打ち明けられた。どこよ、それってどうやって行くの ! そんなとこ行ってしまったら、ますます会えなくなるよぅ。今も、あんまり会えないけど、会いたいと思ったら、なんとか会えるけど、そんなのだめだよー。会えなくても近くに居てると思えば、我慢できるけど、会いたくても会えないなんて嫌だぁ。

 私がその大学に行くのって、うちのお父さんが絶対許してくれるわけないじゃない。モト君は私のこと、どう思っているんだろう。会えなくても、平気なのかしら。私は側であなたのこと追いかけていたい。

第四章

4-⑴
 8月になって、雅恵チャンから、久しぶりに会いたいからと連絡があって、「隣の駅前に人気のケーキ屋さんがオープンしたから、一緒に行こう」と誘われたので、出掛けたんだけど、「カラオケに行こうよ」って

「何人かにも声かけているから、久し振りだし、付き合ってよ」

「ウチはそんなに歌うまくないし、遅くなるって家に言ってきてないから」

「大丈夫だよ、ちょっとだけだし、勉強ばっかりしてないで、ちょとぐらい遊ぼうよ」

 と、強引に連れて行かれてしまった。中に入って歌いだしたら

「上手じゃない。絢チャン」

 何曲か歌っていたら、3人の男の子が部屋に入ってきた。「一緒に歌おうぜ」と言っていたけど、雅恵チャンは承知していたみたい。多分、最初から打ち合わせしていたんだ。

「雅恵チャン、ウチ、先に帰るね」

「いいじゃぁない。ウチも直ぐに帰るから、もう少し付き合ってよ、お願い」

 言われて、私は席を立つことが出来なかった。そのうちに、男の子たちは持ってきていたのか、お酒の缶を飲みだした。雅恵チャンなんかも、盛り上がて、その中の一人と身を寄せ合って、肩を抱かれながら歌ってた。もう一人の男の子が、私の横に座ってきて

「仲良くしようょ、絢チャン」

 と、言い寄ってきた。私は、体中が鳥肌立ったと感じながら、雅恵チャンに救いを求めるように見たけど

「剛君は絢チャンと付き合いたいんだって。ずーと好きだったんだょ、付き合いなさいよ」と笑いながら返してきた。

 嫌に決まっているじゃーない。もう一人の男の子もニャニャしながら、お店に時間延長とお酒を注文していた。私はジーと固まっていたんだけど、脇で何だかんだと話しかけてきている。「助けて、モト君」と思わず、頭ん中で横切った。

 雅恵チャンなんか、みんなの前なのにキスまでし始めていた。その時、部屋にドドドっと入ってきた。数人のお巡りさんだった。

「君達、高校生だろー、酒飲んじゃーいかんだろー」

 結局、警察署まで補導されていった。事情聴かれて、私は直ぐに許されたんだけど、家の人に引き取りに来てもらうように言われた。私、そんなこと言えない。雅恵チャンは、お母さんが来て、さっさと帰っていったらしい。私が困っていると、様子を見ていた補導の婦警さんが

「親御さんに言えないんだったら、学校の先生でも良いんだけど、あなた、聖女学院でしよ。もっと具合悪いしね。真面目そうだしー」

 私、その時、小学校の植田先生のこと言い出してしまっていた。

 先生は直ぐに来てくれた。やさしく、何にも聞かないで、今の学校の様子とか聞いてきた。私の方から、補導されたいきさつを打ち明けたら

「そう、つまづくことだってあるわよ。それよりも、絵の方も頑張っているみたいね。展覧会でちょくちょく見るわよ。あなたの絵。やっぱり、いいわね、先生は好きなのあなたの絵」

 わざと、話をそらして、今回のことなんか大したこと無いよ、と言っているみたいだった。

「水島君とはうまくいっている?」

 ふいに聞かれたので、戸惑ったけど、私は静かに頭を横に振った。

「そうなの、でも、あなた達はまだ若いんだし、絢チャンは昔から、自分を信じて頑張ってきたんだから、よーく考えてゆけば間違いないわよ。先生も応援してますから」

4-⑵
 夏休みも終わろうかという頃、モト君から会えないかと連絡があった。進学のことで少しぎくしゃくした時以来だったから、うれしかった。家ん中でしか穿かないミニのスカートとノースリーブで家を出た。私にとっては冒険だったけど、少しドギキさせようと思っていた。

 ルンルン気分で階段を駆け上がったけど、一瞬、信じられない光景だった。モト君とあのいづみチャンが、並んで座って、楽しそうに・・。動揺してしまったけど、平気を装って軽く挨拶して、私は中に入って行った。ショック、なんでぇー、いづみチャンとは待ち合わせしていたんだろうか。連絡取り合って、続いていたんだろうか。私、混乱していた。

 席について、平静になろうと思ったけど、モト君が隣に来ると余計にイライラしてしまって。やっぱり、このままだとモト君にあたってしまうと思い、帰ると決めた。外に出て行ったら、後ろからモト君が追いかけてきているのが解った。「だめー、声掛けないで、私、変なこと言ってしまうから」

「待てよ、話があるから。最近、年上の男のグループと遊んでいるって聞いたんだけど、大丈夫なんか」

 『なんで、その話なの。なんで知っているの。そんなことより、今、私はいづみチヤンのことの方が気になっているのに。それに、いづみチヤンのスカートから出ている脚の方を見つめていた。今日だってモト君に見てもらいたくて、この服で来たのに・・。私って馬鹿みたい。』

「モト君こそ、なんなん?いづみチヤンと仲良く話していたやんか、ウチが来る前に待ち合わせしてたん?ウチの話も聞こうともしないし、今まで、手も握ってくれたことも無いくせに、なんでそんな風に言われやなあかんの」

 私は、モト君の胸を叩いて、泣きながら駅に向かった。家に帰りつくまで、ずーと泣いていた。後悔していた「なんで、あんな風に言ってしまったんだろう」

 そのことの後、ずーと連絡無かった。もう私のことなんかどうでもいいんだろうか。いづみチャンとは、中学の時もずっと付き合っていたんだろうか。どうしょう、電話しようか、怒って、もう私のことなんか嫌いなってしまっただろうなとか

 モト君と私の留メ具、見失ってしまった

4-⑶
 そのまま、ずーと連絡取り合うこともないまま、私、3年生になろうとしていた。その間、絵の方とか学校の方とか忙しかったけど、モト君のことは忘れたわけじゃあ無かった。いつも、想っていたし、モト君からもらった大切にしている青と赤の蝶々のお守りを眺めながら、やっぱり、あの人は私の初恋の王子様なんだと信じていた。

 3年生になって間もなく、同級生の彼氏が工業高校の男の子だと知って、モト君の小学校からの友達の田中大樹君のことを知っているのか聞いてもらった。知っているというので、連絡してもらって田中君と駅前の『クルーネ』で会うことになった。

「よう、本町、きれいになったな、どうしたん、突然、会おうって、びっくりしたよ」

 元気よく、大きな声で現れた。日焼けしていて、坊主頭でいかにも何かスポーツしている感じだった。

「ありがとう、来てくれて。カッコ良くなったわね」

「そうかー。俺と付き合ってくれる? 小学校の頃から 本町のこと好きだったんだぜ」

「冷やかしはやめてよ。カッコイイってのは、お世辞よ。水島君のこと、最近どうしてるのか、知っていたら聞きたいの」

「やっぱり、そうか、まだモトシのことが気になっているんだ。雅恵とのこと、実は俺があいつにしゃべったんだ。いい加減なウワサ話を言ってしまってゴメン」

「そうだったんだ。いいのよ、もうあのことは。水島君、いづみチヤンと付き合ってるの? 仲いいみたいだったから」

「そんなわけないじゃん。もっとも、卒業してからも早瀬はモーシヨンかけてたみたいだけど、あいつは適当に受け流していたよ。あいつの中では本町が居たからね。あんまり、人を傷つけないから、あいつは。早瀬も、自分の方に振り向いてもくれないから、意地になっていたみたい。女王様気取りだったしね。今でも、男をとっかえひっかえしているみたいだよ」

「そう、いづみチヤンは可愛いし、頭も良いからもてるだろうから、私、疑って、すごく誤解してたみたいだね。ねぇ、水島君から大学のこと聞いてる?」

「この前会った時には、〇〇大で海洋の勉強するんだと言っていたよ。どうしても、行きたいんだって。今は、水泳も中止しているみたい。でも、多分あいつは、まだ、本町のこと忘れないでいると思う。ブックカバー、本町からもらったんだと、今でも大切に使っていたよ。」

4-⑷
 私は迷っていた。このままじゃー、来年には遠くへ行っちゃうし、それっきり、私のことなんか忘れてしまうかも。一緒の大学を受けるなんて、絶対に許してもらえるわけないし。それに、私一人暮らしなんてやっていく自信ない。今までお母さんに何でもやってもらっていたから。
でも、離れるのは嫌だ。後で、後悔するのは、もっと嫌だ。かといって、モト君はもう私のことなんかどうでも良くなっているかも知れないし、もう彼女だって居るかも。

 やっぱり、自分を信じて思うようにやってみよう。モト君がどう思っていても、私にとっては、初恋の王子様だから、モト君。側に居て追いかけていたい、ずーと。踏み出さなきゃー・・。

 美術の坂口先生に相談することにした。先生は教育大の出身で、今の学校に来て5年目だ。私が入学してから、美術部の顧問もしているから、展覧会に出品する時もいろいろとアドバイスしてくれていたから、私は先生を信頼している。

「先生、私、〇〇大の教育美術を受けようと思ってるんですけど、どうなんだろう」

「えっ、絢ちゃん英語得意だし、外大に行くんだと思ってた。先生になるの? どうして〇〇。」

「私、小学生の時、勉強興味なくて、みんなから相手されなかったんだけど、絵を描くことで希望を持てたし、集中することが身に着いたと思う。だから、同じような子供がいたら、教えてゆきたいんです。〇〇大は無理かな」

「ううん、あなたの成績なら充分だけど、先生目指すんなら、この辺りの教育大でも安全圏だと思うよ」

「私、夢があるんです。その為には、二つの目標を超えないと叶えられないんです。それは、あの大学でないと」

「そう、わかった。でも、多分、あそこだと募集人数が数人だと思うの、難しいかもね。調べて見るけど。実技の傾向も」

「それでも、頑張ります。」

4-⑸
 秋になって、私は毎日デッサンの練習に取り組んでいた。坂口先生から実技はデツサンになるからと、いろいろアドバイスをもらいながら、水槽とか袋入りの野菜とか数をこなすようにしていた。

 お母さんに、それとなく

「お兄ちゃんは、まだ、アメリカから帰ってこないの?」

「今は、雑貨屋さんで働いているらしくって、約束の5年はとっくに過ぎているから、もう帰ってこなきゃぁね。最近は便りも来ないわ」

「ウチ、メールしてみるね、夏休みにみんなで行った海の写真も送っておく、少し成長した私見せとく」

 お兄ちゃんは、反対するお父さんを説得して、突然、大学を中退して勉強と称してアメリカに行ってしまった。何年も会っていないが、帰ってきたら、私も家を出て行きやすくなると作戦を考えていた。

4-⑹
 クリスマスが近づいた頃、私宛に国際荷物が届いた。送り主に『SIN MOTOMACHI』とあった。本町紳、お兄ちゃんからだ。ゴールドとシルバーでデザインされた結んだリボンのイヤリングだ。二つの大きさが違う、右と左で違うのかな。

 中にメッセージカードが入っていた。
 「少し大人になった絢へ  メリークリスマス
  君の気持は充分に理解した。考えた結果だから、思い切って進むことだ。応援するよ。
  僕は4月末になってしまうけれど、家に戻るつもりだが、まだ、親には内緒にしておいてくれ。決まったら、話す」

 私は、心強い味方を得た。担任の先生には、受験のこと打ち明けているが、まだ、親には黙っているようにお願いしている。年が明けたら、打ち明けなければと思っているが。受験の日が近くなるので。

4-⑺
 新学期が始まる前の夜、お父さんがお酒を飲み始める前にと思って、話を切り出した。

「お父さん、私、〇〇大受けたいの」

 お父さんは、突然だったせいか黙っていた。側で聞いていたお母さんが

「それって、絢ちゃん、モトシ君に誘われているの」

「ううん、モト君とは1年の時から会っていないの。自分で決めた。教育美術に入って、私、先生になりたいの。モト君のことも考えてないわけじゃあないけど、私、あの人と居ると、なんか希望が湧いてくるし、前に進まなきゃって感じになるの。側に居て勉強していたい。王子様なの、私にとっては」

「モトシ君には本当によくしてもらって、お母さんも感謝しているわ。いい子だとは思うし、でも、それとは、違うんじゃあない? それに、モトシ君だって迷惑に思うかもしれないじゃぁない」

「ううん、私が勝手に決めたんだから、それでも、いいの。夢を追いかけるの、今しかないんだもの。後で、後悔したくない。モト君には内緒にしておきたい、負担に思って欲しくないから・・」

 今まで、黙って聞いていた、お父さんが

「絢の言いたいことはわかった。だけど、先生になりたいんだったら、今のままでもいいし、教育大だってある。〇〇に行くのは反対だ。付き合うのは、別に構わないけど大学違ったって付き合えるだろう。少し、熱を冷ましたらどうだ。お前は、一人娘みたいなもんだ。それが男を追って家を出て行きましたなんてこと、他で言えるかー。そこを考えてくれ」

「あなた、そんな下品な言い方、娘に向かって少しひどくないですか」

お母さんがそう言うと、少し険悪な雰囲気になってしまって。ご飯を食べ出したけど、私、あんまり食べられなくって、お父さんはお酒を飲み出した。すると

「言い過ぎた。すまん、少し考えさしてくれ。絢も、もう一度、見つめ直したらどうだ」

 その日は、それで終わったけど、もう日があんまり無い。

4-⑻
 1週間程経った頃、お父さんに呼ばれた。

「絢、まだ、気持ちは変わらないのか」

「はい、ごめんなさい。 許してください、お願いします」と頭を下げていた。

「そうか、自分で考えて、決めたことなんだから、思い切ってやれ。絢はお父さん達の自慢の娘だ。お前を信じることにした」

「えッ、ほんと ありがとう、お父さん、嬉しいぃ!」

「実は、紳から電話あってな。『子供が夢目指して、飛び立とうと思っているのに、親ならそれを後押しするが当たり前だろう。絢は自分の夢を叶えるために、人一倍努力してきた。お父さんも、そのことは知っているじゃあないですか。絢は昔から、親の言うことは黙って守ってきた、けれど、初めて逆らってでも、今、自分の夢を追いかけようと思っているんだ。あいつも、馬鹿じゃぁ無い、自分なりに考えて決めたことだと思う。もう大人なんだ、信じてやってください。反対してて、後で後悔されたら、一生恨まれるぞ』ってな。あいつも、親にまともな意見を言うようになったんだとと思ってな」

「へぇー、そうだったんだ。でも、ありがとう、お父さん。私、絶対合格するね。お兄ちゃんにも感謝しなっきゃ」

第五章

5-⑴
 お父さんの昔からの仕事仲間で、〇〇市内で土地の海産物とか土産物を扱っている藤沢さんという人がいた。お父さんは、その人に、まだ私が合格する前から、娘のことを面倒みてほしいと頼んでいたみたいだった。

 合格発表の日。自分の番号を見つけた時は、もちろん嬉しかったけど、よし、これからスタートだという気持ちの方が強かった。お父さんに知らせた時も、おそらく、複雑な気持ちだったに違いないと思うが、感情を押し殺しているのか、紛らわせようとしているのか、お母さんに

「直ぐに、明日、藤沢さんのところに絢を連れて、挨拶に行ってこい。向こうには、話はしてあるが、丁寧にな、これから世話になるんだから」

 この人は、私が受かるかどうかもわからないのに、娘のことを考えて動いていてくれたんだ。普段、ぶっきらぼうだけど、昔から私のことを考えていてくれるし、喜んでくれている。素直に、私にとっては、素敵な親で良かったと思った。

 後で、聞いた話によると、モト君のことも確かに受かっているかどうかも、人づてに確認していたらしい。

5-⑵
 私とお母さんは、藤沢さんのお宅に居た。

「もうすぐ、うちの人も 澄香(すみか)も帰って来よるから、でも、もっと気楽にしてくださいね」

「素敵なお庭ですね。いろんな樹が植わってて」とお母さん、話を続けていた。ガラス戸越しに桜の花が見える。

「最近はあんまり手を加えていないんでの。うちの人、興味ないみたいで・・・」

 私は、庭に出てみた。池があったけど、いまは水が入っていなかった。その向こうに築山があって、石灯籠の横に桜が満開だった。そのむこうの方にお城の天守閣が、西陽に照らされて眩しかった。私は、実感していた。ここで、私は新たなスタートだと。

 澄香さんが帰ってきて、私の部屋に案内された。もう、花柄のベッドカバーとか机とか置いてあった、東側の小窓からはあのお城が見える。南側にも大きな窓があって、とても明るい。

「夏はチョット暑いかもしれないけど、ドァーを開けておくと風が通るわょ。アハー、私は隣の部屋だから、何かあったら、言ってネ。私、末っ子だったから、妹が出来て嬉しくって。ねぇー、私のことは『お姉ちゃん』と呼んでね、アハーッ。今年から私も1年生だけどネ」

 澄香さんは、教育学部を出て、今年から地元の小学校の先生になった。私の先輩だ。すごく、明るいし、気さくなんだし、私の姉が居たらこんな感じだったのかなと思った。

「やぁ、いらっしやい。本町君は元気にしているかな。おぉー、おじさんのこと覚えているかな。お宅に寄せてもらった時、おとなしくして、側でずーと絵を描いちょったのが、こんな美人さんになったのかぁー」

 そういえば、会ったことがあったかも知れない。この大きな声。お父さんより5才位年上らしい。その夜は、泊っていけということで、食卓には、地元の刺身、寿司、揚げ物、野菜とめちゃくちゃ並んでいた。

「絢ちやん、たっぷり食べてくれ。なにが好きなのかわからんかったから・・肉のほうが良かったか。おい、澄香、『やましげ』に電話してステーキ肉届けさせろ」

 私、思わず

「もう、充分です。とてもこんなに食べられません」

 次の日、お母さんと大学に行って入学の手続きを終えた。

 よし、待ってろよ! 水島基・・・ 君

最終章

最終章-⑴
 改札口に向かうと、

「絢、絢」

 と、手を振っている澄香さんが居た。お姉ちゃんだ。駅まで迎えに来てくれていた。あの後、入学式まで日があったけど

「私も、小学校の入学式とか初めてのことなので、忙しくなるから早い目においでよ」と、声を掛けてくれていたのだ。お姉ちゃんは前とちがって、髪の毛を思いっきり短くして、どっちかというと、ザンギリ頭をきれいに分けていた。
 家に着いて、私がおばさんに

「おじゃましまーす、お世話になります」と、言うと

「ただいま でいいのよ、あなたのおうちなんだから」と言ってくれた。

 おじさんも帰ってきて、その夜は、コースが良いと言って、みんなで近くのフレンチのお店に連れて行ってくれた。

 次の日から、お姉ちゃんは市内の色々な所に連れて行ってくれたり、お洋服なんかも買ってくれた。数日後、

「あったわよ、水島基。仲の良い大学の事務員している子に調べてもらったの。確かに、海洋学部、手続きしているって。寮に入るみたい。良かったわね」

 私、美術の先生になりたいこととか、モト君とのこととか、今までのこととか全部話していたから、調べていてくれたんだ。

最終章-⑵
 入学式の前の晩。私は、気が高まって寝られなかった。モト君は私を見た時、どんな反応するだろう。ちゃんと笑顔になってくれるだろうかとか。明け方まで寝付けなくて、私間違ってしまった。多分、うつ伏せに寝て、枕に顔を押し付けて寝てしまったみたい。顔を洗いに行った時、お姉ちゃんが私の顔を見て

 「絢 どうしたの、その顔。まぶたがピンポン玉だよ。アハーッ。わぁー、ぶさいく、ゾンビみたい。頭もボサボサじゃあない」

 この頃、遠慮なしに思ったことを言ってくる。でも、ひどいのは自分でもわかる。眼が重たくて、赤くなっている。タオルを絞って冷やしてくれたけど

 「駄目だわ、これは。私ねもう出掛けなければ。絢、入学式、午前中でしょ? こんな顔で久々の彼氏に会ったら嫌われるょ。今日は我慢しなさい。酷なようだけど、明日からもあるしね。わかったー。じゃあ、行くね」

 私って馬鹿みたい。今まで、この日の為に懸命に頑張ってきたのに。

 お姉ちゃんの言う通り、顔をなるべく隠して、入学式に出て、サークルの勧誘の列の中を、泣きそうになりながら、真っ直ぐ帰ってきた。

最終章-⑶
「よし! 大丈夫。こんなにかわいい娘が私の妹だなんて信じられないわ。がんばって、こい!」
 と言って、髪の毛を後に持っていって、紺のリボンで結びながら、澄香姉さんは、私の背中をポンと叩いた。

  初めてモト君と待ち合わせした時と同じように、柱の陰で来るのを待っていた。学生会館の前、必ずこの前を通るはず。微笑む練習してたけど、ちょっとひきつっていたかも。

 来た!  その時、周りは見えない、モト君だけしか私には映らなかった。ゆっくりと踏み出して、微笑み気味で。モト君がびっくりした様子で私を見ている。あの青と紅のお守りを握り締めて、私、自然と小走りになって、

「モト君 モト君」と近づいて行った。モト君も駆け寄ってくれて、

   「えへっ 追いかけて来ちゃった。初めて親不孝したんだぁー 学部違うけど、又、一緒に勉強できるネ」 

 そーしたら、モト君が私を抱きしめてくれた、思いっきり

  Is Happy

本町絢 外伝 絢と僕の留メ具の掛け違い・・そして 最終章 結末

本町絢 外伝 絢と僕の留メ具の掛け違い・・そして 最終章 結末

水島基君、私の小学校3年のときから、ずーと同級生で席も隣が多かった。あることが、きっかけで私は彼のことを意識し始めて、それから彼の後ろを追いかけて・・ 初めてモト君と待ち合わせした時と同じように、柱の陰で来るのを待っていた。彼はまだ私との留メ具を持っていてくれるのだろうか・・ 大学の学生会館の前、必ずこの前を通るはず。 来た! その時、周りは見えない、モト君だけしか私には映らなかった。あの青と紅の蝶々お守りを握り締めて、私、自然と小走りになって、 絢と僕の留めメ具の掛け違い・・そして の本町絢の気持ちを綴った物語 第1章~最終章結末

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2021-05-18

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 第一章
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 7
  8. 8
  9. 第二章
  10. 10
  11. 11
  12. 12
  13. 13
  14. 14
  15. 15
  16. 第三章
  17. 17
  18. 18
  19. 第四章
  20. 20
  21. 21
  22. 22
  23. 23
  24. 24
  25. 25
  26. 26
  27. 第五章
  28. 28
  29. 最終章
  30. 30