絢と僕の留メ具の掛け違い・・そして 最終章 結末
第一章
1-⑴
学級委員の選挙だ。クラスのみんなが投票用紙に男女一人づつ書いたのを集計する。1学期から3学期まで都度するので、だいたい勉強ができて、運動もそこそこの人が10票以上獲得して、上位3人ほどは、いつも決まっている。
そんな中でいつも1票か2票僕の名前が登場する。無記名なので誰が入れてくれているのかはわからないが、そのうち1票は、多分、本町絢だ。僕の名前は水島基、名前が読み上げられた時、彼女の方を見たら、机の上をじっと見ていた。少し、頬が紅くなっている。多少迷惑なんだけど・・・。
本町絢は髪の毛が長く後ろでまとめて結んでいて、束ねたのを首から左の胸のところに持ってきている。クラスに20人程の女子がいるが、髪の毛が長いのは彼女だけだ。顔は可愛いほうだが、男子にはあんまり人気がない。というのは、成績がいつもビリから3番目辺りをウロウロしているから、どちらかというと目立たないからだと思う。
選ばれたのは、男子では坂田哲夫、成績はあんまりよくないが運動はオールマイティに出来るせいかリーダーシップはある。女子は早瀬いづみ、可愛くて男子からも女子からも人気があるが、成績もトップクラスなのでみんなにはちょっと近寄りがたい存在だ。
植田先生が早速、授業を始めようとして
「今の席は中間テストの後で成績順に並べ替えます」と言った。
5年生の2学期以降この調子だ。慣れっこになっているが、みんなは えぇー と不満とか驚きとか様々な声をあげた。僕はだいたい上から5番目辺りにいるのでどっちでも良いけど、自分よりいつも成績が上で仲の良いグループの杉沢健一を抜くため、自分の成績の目安となるのでその方が良いかなと思う。5年生の時は、いつも負けていた。ただ、奴は算数だけは比較的苦手で、僕は得意な科目だ。今年こそ奴を上回りたいと思っていた。
成績順になると本町絢とは席が離れる。好きというのではないのけれど、3年生の時から何となく隣り同士になることが多かったので親しみがある。それに、頭の回転は悪くないのに何で成績がそんなに良くないのか・・・。不思議だつたし、
「なんとかならないのか」と思っている。
「本町」って思わず声をかけた。
彼女は「えっ」って返して少し首をかしげたようだった。
「いゃ、べつにー」本を読んでいるふりをしてごまかした。
1-⑵
中間テスト成績の発表と同時に席替えが始まった。成績の良かった者から順に呼ばれて席を後ろから移動してゆく。3番目に健チャンが、僕は5番目に呼ばれた。又、負けた。
本町絢は 最後から4番目だった。又、離れ離れだ。いつものことなので気にしないでおこうと思っていたが、掃除の時間に窓を拭いている時、気が付いたら隣に彼女が居たので、
「なんでもっと頑張んないだよッ」って思わず言ってしまった。
「勉強興味ないから」って思いがけない返事が返ってきた。
確かに彼女は授業中でもなんかの紙にどこかの風景みたいな絵をいつも描いている。僕は辺りに人が居ないか確かめて、
「やってみないと興味あるかどうかわからないだろー、勉強必要だろう。一緒に勉強しょうか」と思ってもいない言葉を言ってしまった。
すると、例のごとく彼女の頬は少し紅くなって、顔を下向けて窓ガラスの同じところをずーっと拭いていた。
1-⑶
次の日の朝、上履きに履き替えようとしたら、先っぽに何か入っていた。折りたたまれた紙だつた。中には几帳面に書かれた「今度の土曜日水島君の家にいっていいかな」って書かれていた。
名前なかったけど本町絢だとすぐにわかった。僕はその瞬間、うれしいような、でも戸惑っていたかもしれない。
教室に入ってゆくと、いつもは僕より遅いんだけど、この日は本町絢が机に座っていた。僕の方を見もしない。返事が気にならないのだろうかとか、他の人に知れたら嫌だなとか、色んなことが頭を横切った。と同時に、どうやって返事したらいいのか、もちろん来るのは良いのだけれど、どういえばいいのかとか、おそらく心臓がバクバクしていたと思う。
手紙を書くのも面倒だし、だれかに見られるのも嫌だったので、給食を食べ終わってみんながわさわさしている時をねらって、食器を戻しに行く際に彼女の側に寄って、
「市民会館で朝9時待っている」と何気なく言って通り過ぎた。
彼女に聞こえたのかどうかわからなかったが、食器を返して戻るとき、彼女の方を見ると、小さく指でVサインをしていた。その時の顔は窓の方を向いていたが、僕が席に戻るとこっちを向いて、ニコッとした。可愛かったのかもしれない。その時、二人の留メ具が掛かり始めようとしていた。
1-⑷
学校は山の上にあって、本町絢の家は僕の方とは反対側の坂を下ってゆく。昔、宿場町として栄えたこの街には、その外れに色街があった。その辺りを相手にして小間物屋を代々行ってきたのが彼女の家だ。今はもう当時の勢いがないが、今でも彼女のお父さんは数人を使って地域のホテル旅館なんかに土産物とかを卸しているらしい。そのせいか、近所では古くからの名家とされている。上に兄さんがいるが彼女は長女なので、昔からの慣習の呼び名で会社の人とか近所の人から い・ と・ は・ ん・と呼ばれていると聞いたことがある。
土曜日の朝、僕は市民会館に9時10分前に着いた。柱の陰に彼女の姿が半分見えたかと思ったら、すぐに隠れてしまった。何だよーと思い、柱まで行くと、
彼女は「ばぁー」っと出てきて、
「おはよー」と言ってニコッとしていた。肩からは大きな袋をさげていた。たぶん、教科書なんかが入っているんだなと予想した。
彼女の家はここからは電車で一駅離れていて、歩いて来ると30分位あるかもしれない。だから、僕は電車の時間のことは考えなくて9時と言ったのだけど、もしかすると彼女は電車の都合で早く着いていたのかもしれない。
「こっち」と言いながら15分程歩いて家に着いた。
途中、彼女とは何も話さなかった。お母さんには友達を連れてくるとしか言ってなかったので、彼女を見るなり少し驚いた様子だった。
「いらっしゃい。どうぞあがって」「女の子だったので少しびっくりしちゃった」と笑顔を作っていた。
自分の部屋に入れるのも何となく抵抗があったので座敷の部屋に招きいれた。
「今日はどうする」と訳のわからないことを聞いてしまったが、
彼女は「昨日でた宿題から教えて」と返してきた。
何となく気が楽になった。算数の文字式でxとかyが出てくるのだが彼女は仮定の数字にそれを当てはめるということがなかなか理解できなかったので、そのことを説明するのにしばらく時間がかかった。宿題を終えるだけで昼までかかってしまった。でも、説明していったら理解できているみたいで、お互い安心したと思うし、次第にタメ口になっていった。
「お昼ご飯用意できたわよ」とお母さんが呼びに来た。
二人してダイニングにいったんだけど、お母さんが彼女に立て続けに話しかけて・・・。
「卵の天津丼なんだけど嫌いじゃぁない?」「そうそう お名前は」「おうちはどこ?」「桜町かぁ ちょっと遠いわね」「兄弟は?」「髪の毛長くてかわいいわね、洗ったら大変でしょ」
彼女も食べながらだから、答えるのも大変だったみたい。うちは男兄弟3人の僕は末っ子なんだけれど、女の子が居ないもんだから、お母さんも嬉しくて仕方ないみたいにはしゃいでいるように思えた。上の兄は大学生で独り生活しているし、直ぐ上の兄は中学2年生でサッカー部なので朝は早く帰りも遅いので、おしゃべりする相手が普段居ないのでその分もしゃべっているみたい。
ご飯のあとは、国語の教科書を二人で読んで、新しい漢字を10回ずつ書いて覚えたり、理科の教科書を読んで大事そうな箇所を鉛筆で囲いながら覚えるんだよと、一緒にやった。3時頃になって、
「もう、そろそろ帰らなきゃ」と彼女が言ったので、
「じゃぁ駅まで一緒に行くよ」と答えたら、
「明日も来たら迷惑かなっ」一瞬に彼女の頬が紅くなるのを見た。
「いいよ」と言ってお母さんを呼びにいったら、
「まぁ、もう帰っちゃうの、もっと居たらいいのに」と、
「明日も来るんだって」と伝えると、うれしそうに、
「そうなのー、絢チャン何が好き?明日のお昼は好きなものつくるから」って。
駅に向かう途中、何にも話すことなかったが、
「なぁ 本町のこと絢チャンって呼んでもいいかな」って切り出した。
彼女は例のごとく頬を紅くして、
「じゃぁー私もモト君って呼ぶね、でも私は絢でいいよ」ってニコッとして見返してきた。
1-⑸
あの日から休みの度に、絢は僕の家に来て一緒に勉強していた。最近は自分から進んで取り組んでいるのがわかる。学期末が近づいてきたので、先週から平日でも僕の家の方に、一緒に帰るということになってしまった。当然、僕がいつも一緒に下校していたグループの中でも冷やかされている。特に、まえから本町絢に興味があった田中大樹はしつこく聞いて来る。クラスの中でもすぐにウワサになった。本町絢のグループの中でもいろいろ聞いてくるみたいだ。
その日の昼休みに植田先生に呼ばれて聞かれた。
「本町さんのお母さんから先生に電話があったのよ。娘がよく向こうの家にいっているようだけど、水島君は大丈夫かって。もちろん、最近の本町さんは授業中も真剣に聞いてくれているみたいだし眼がキラキラしているし、あなたのお陰だと先生は思っています。だからそのことを伝えておいたわ。大丈夫よね。二人とも頑張っているみたいだし」
何を伝えたいのか僕にはわからなかったが
「大丈夫です。順調」って応えておいた。
次の土曜日、いつものように絢が来た。駅まで迎えに行ったが、脇に女の人も一緒だった。
「初めまして、絢の母です。いつもこの娘がお世話になってありがとうございます。いつもお世話になっているのでご挨拶に伺いました。突然で失礼とは思いましたが」
僕は「はぁー」としか言えなかった。
絢の方を見たが、ごめんというように頭を下げていた。
家に着いて、お母さんに成り行きを説明しにいったら、あわてて髪の毛を整えながら玄関に向かった。それから、お母さん同士が応接室に移って、しばらく話をしていた。僕は初めて自分の部屋に彼女を連れて行って勉強を始めた。来週から期末テストが始まる。
第二章
2-⑴
期末テストが始まった。各教科が終わる度に、絢と顔を見合わせて出来たかどうか、ニコッとするのを確認していたが、算数の時だけ、絢は少し曇った顔だった。テストが全部終わった日、絢が家に来るって言ったから、一緒に帰り道を歩いていた。もちろん僕のグループも一緒なんだけど、僕と絢が二人並んで、少し間をあけてみんなが歩いている。その後ろに、又、間をあけて絢のグループがついてきている。
絢が「前よりもスラスラと答え書けたんだけど、算数だけ代数の問題がうまく書けなかったワ」と言ってきた。
「算数の問題はあんまり予習で数できなかったからなぁー」
僕はそのことが少し気になっていた。絢はその問題に対しては、いつも苦手みたいだった。
もうすぐ、夏休みになる。夏休みの間は、市の図書館で待ち合わせして勉強することにした。あそこは冷房もあるので過ごしやすいかなと思っている。
絢も「ウン、自転車で行けるしネ」って笑顔だった。
2-⑵
夏休みになって週に2日とか3日、絢と図書館で待ち合わせをして勉強した。だいたい午前中で別れたが、時たまパンと牛乳を買ってきて昼からも続けた。
ある日、絢が「明日は私、お弁当作ってくるネ、いいでしょっ」
「うん」と言ったものの少し戸惑っていた。
そんなこと初めてだったから・・・。それに、いつもは髪の毛を束ねているんだけど、今日は違って銀色の飾りでまとめてそのまま後ろに流していた。普段と違う絢を見た。
次の日、お昼になって
絢が「公園に行ってお弁当食べよっ」って言ってきたので、
近くの公園に行ったのだが、二つあるベンチには先客が居た。
「駄目だね、芝生でもいいか」と言って向かうと、
「私、日向は苦手」と返してきたので、木陰を探してその下で座った。
小さなタオルを絞ったものをポリ袋から取り出して、
絢が広げて僕に「ハイっ」と手渡して、お弁当を広げていた。
中はサンドイッチと横にハムとかブロツコリーとか。
「どうぞ、味は文句いわないでネ」って言ってきたけど、
箱が一つだったので、何か手を出しづらかった。でも目の前まで差し出してきたので、一つ、つまんで食べたが、なかなかおいしかった。
その後も食べ続けたんだけど、絢と交互に手を出すからそれが恥ずかしかった。だんだん慣れてしまったけど・・・。
食べ終えて、初めてお互いの家のことなどを話し合った。彼女のお兄さんは年が離れていて、大学を中退してアメリカで勉強のためと言いながら放浪の旅をしているらしい。あと、自分は会社の人達から、いとはんと呼ばれているが、そんなに立派な家の育ちでも無いのに、その呼び方を嫌っていることなど、初めて聞くことばかりだった。
最後に、自分の中では学校の授業に、まるで興味がわかなかったこと、風景の絵を描くことだけが好きなこと(確かに彼女の書いた絵は色鉛筆なんだけど、細かなとこまで描いてあって上手だなと感じたことがあった)、だけど勉強することに興味がわいてきたこと、
「モト君が居てくれて良かった、あの時、声をかけてくれて本当にうれしかったの」と下を向いて、
相変わらず頬を紅くしていた。
彼女の頭に、落ちた木の葉が付いていたので、気づいて僕は取ってあげたが、その時、初めて彼女の髪の毛に触れた。とても細くて柔らかい。僕はドキドキしてしまった。
彼女はもっと、頬を紅くして「ありがとう」と言って
下を向いたままだった。
この時から二人の留メ具が掛かってしまったのかもしれない。
2-⑶
登校日とかプールの日があったけど、7月中には夏休みの宿題を工作・絵を残して終えてしまった。8月に入ってからは、一学期の復讐とか二学期の予習とかやっていた。
絢が「今度の日曜日の花火大会、一緒にいこーよ」と誘ってきた。
いつものように戸惑いながら「ウン」と返事したものの・・・。
家に帰ってお母さんに話すと「うーん、子供だけでいくのはよしなさい」って反対した。
うちは、近くの川の土手に上ると少し遠いが割ときれいに見えるので、わざわざ行ったことがない。お母さんは、人が多いのは嫌いなんだって。確かに、昔から人込みの所には連れて行ってもらった記憶が無い。そーだよね、僕も絢と二人で行くのは少し不安がある。
次の日、絢にそのことを言うと
「ウチもお母さんに反対された」と言って下を向いていた。
彼女はときたま「私」ではなくて自分のことを「ウチ」って呼ぶ。
「宿場祭りも多分ダメだよね」って元気ないみたいだった。
宿場祭りというのは、お盆の頃に昔の宿場町沿いに露店が並んで、広場では盆踊りが催されて、この辺りでは賑やかなお祭りだ。絢の家は仕事柄この時期は忙しいらしくって、小さい頃から連れて行ってもらえなかったそうだ。だから余計に行きたかったみたい。お母さんも会社のことを手伝っているので、忙しくて、普段から絢はあまり構ってもらえなくて、学校の勉強よりも、独りで絵を描くことが多くなったのかなって僕は勝手に想像していた。
結局、花火も祭りにも行くことが無かった。毎年、うちでは夏休みに家族旅行をしていたが、この夏から上の兄が学校のクラブだけではなく、町のクラブにも入ったものだから、練習が忙しいとかで、今年はそれも行かないままに、夏休みが過ぎて行った。
2-⑷
二学期が始まって、みんなが夏休みの工作・絵を持ちながら登校してきた。僕は割りばしを細工して作った家を持って行った。ありきたりの作品だ。
絢はやはり絵だったが、なぜか、あの祭りの絵で、行き交う人々、露店の様子が細かく画れていて素晴らしいと思ったのは僕だけだったんだろうか。もしかすると、彼女は独りであの光景を見に行って描いたのだろうか。そう思うとなんか心が締め付けられる思いがした。それに、その絵の中には、他の人にはわからないと思うが、浴衣を着た絢と僕が並んで露店の前に居る姿が描かれているようにも思えた。
例のごとく、期末テストの成績順の席替えが始まった。トップは石川進、いつもの定位置だ。二番目に健チャンが呼ばれた。又、負けた。絢とあんなに勉強したのに追いつけない。けれど、三番目に呼ばれたのは僕の名前だった。
そして、四番目が早瀬いづみ。席を移動してきたときに、悔しいのか僕の方を見てきた。というのも二番三番が彼女の定位置だったから。クラスで一番の女子というプライドも高い。それよりも、隣には絢が来るのではという淡い期待があったのだが・・・。
そのあとずーっと彼女の名前は呼ばれなかったが、ようやく九番目になった時に
先生が「よく頑張りました、本町さん」と言った。
絢だ、その時、みんなからはどよめきみたいな声がした。
「なんでぇー」って叫んでいる女子も居た。
みんなの視線の中、絢は僕の前の席に移動してきた。
「えへっ 隣にはなれなかったね でも前だから良いよね」と言っていたが、
早瀬いづみがその様子をじっーと見つめているのを僕は見てしまった。
その後「やっぱり算数の出来が良くなかったからだろうな、次は頑張るね、モト君を追っかけてゆくからネ」と言っていた。
という訳で僕と彼女の二人三脚はつづく。彼女はそれでもクラスの女子の中では四番目だし、次は、僕は健チヤンに勝たなければ・・・。
2-⑸
9月の中頃、少し涼しくなってきた日曜日。絢のお母さんが、どうしても伺いたいというので10時頃やってきた。絢は居ない。絢の成績のことでお礼がしたいということらしい。僕にもできれば居てほしいということらしい。
「主人がどうしてもお礼にお伺いするようにと言っておりまして、日曜にお邪魔して申し訳ございません。主人は、最初のうちは娘が男の子のお宅にお伺いすることに反対してたんです。」
「女の子は学校の成績なんてどうでも良い、躾と愛嬌さえ良ければいいんだと固い考え方でして、だけど、絢の通信簿を見て喜んでおりましたわ。そして、今度はクラスで9番目になったと聞いて、とてもはしゃいでしまって、会社の連中にも言って回ったりして。是非とも水島さんのところにお礼に行ってこいと言われましたの。本当に基君には感謝しております。」と言って、僕とお母さんに向かって頭を下げていた。
そして、持ってきたお菓子の箱を差し出した。昔の宿場町通りにある江戸時代から続いているお菓子屋「旭屋」のものだ。
「ここの三笠 焼きたてがとてもおいしいので、焼きたてを買ってまいりしたので冷めないうちにどうぞ」と勧めてきた。
お母さんはお茶を新しいものに換えて、
「お言葉に甘えます」と言って手をだして、
僕にも「いただきなさいょ」と。
確かにうまい、まだ香ばしさが残っていた。
「あの子はあんまり積極性が無くて、明るい方でもないんです。いつも独りのことが多くって。だけどこちらのお家に通うようになって、本当に家の中でも明るくなって、前は学校での出来事なんか全然話さなかったのに、最近は本当に何でも楽しそうに話しかけてくるんですの。」
「基君には家にも来てもらって勉強してもらえば良いのですが、うちの近くは古い家が多くて、うちは女の子ですし、男の子が出入りなんかすると、すぐにうわさをたてられたりするので、申し訳ないのですが呼べないんです。古いんでしょうけど本当にごめんなさい。」と謝っていたが、
うちのお母さんは「いいえぇー、そんなこと気になされないで、うちは女の子が来るだけで明るくなって楽しみです、それにお宅の絢チャンは、お昼ご飯のあともお皿洗いを手伝ってくれたり、礼儀正しいし、本当にいいお嬢さんですワ。基にも刺激になって本当に良かったと思っているんです。」とか言い出したが、
僕は話が長くなってきたので自分の部屋にこもってしまったのだ。
2-⑹
10月になって、平日は図書館で、土曜日は絢がうちに来て勉強するというパターンが続いた。ある日、図書館から二人で出てくると
「いとはーん」と大きな声で手を振って男の人が近づいて来た。
「こんにちわ、この人がいとはんの彼氏なんだ」と言った瞬間、
絢は「こんなとこでいとはんとか叫ばないでよっ」と言って手をグーにしてその人のお腹に突き出していた。
その人は笑いながら「ごめん」と言いながら去って行った。
「ごめんなさい。会社の人で配達の途中だと思う」と絢は頭を下げていた。
最近の絢は、授業にとにかく集中しているようだった。一生懸命、先生の言葉を聞いているし、ノートも都度書いていた。
この前、先生が「もう、成績順に席を決めるのは止めにします。だけど上から10番まで前に貼り出します。」と発表していた。
誰かの父兄からなんか言われたみたい。
まもなく中間テストが始まった。二日間の強行スケジュールだった。
絢は今回は算数も「まぁまぁかな」って言っていた。
金曜日に結果が先生の机の横に貼り出される。いつものように石川進のトップは不動だった。二番早瀬いづみ、三番杉沢健一、四番水島基、五番本町絢と続いていた。
その時、僕と絢と早瀬いづみが エッ っと同時に声を出していた。
早瀬いづみの「えつ」はどういう意味があるのかはわからなかった。
絢は下を向いて、左の胸に流している束ねた髪の毛をしきりに撫でていた。
絢に後で聞くと、僕とは合計点で2点しか差がなかった。でも本当によく頑張っている。不思議なことに、徐々にクラスの中で絢は人気が出てきているようだった。でも、それから、しきりに早瀬いづみは僕に話しかけてくるような気がしていた。だけど絢が前の席にいるので、僕にはそれが気になっていた。
2-⑺
どんどん季節は冬に向かっていた。僕と絢の二人三脚は相変わらず続いていたが、最近の絢は、のめりこんでいるかのように、ノートの書き込みが増えていて、ぼくも圧倒されていた。
もうすぐ期末テストが始まる。
「最後だね。貼り出されるの」
その時僕は、絢が何かに目標を決めているのだなって感じていた。
期末テストが始まったが、その期間中、絢とは一言も話さないまま過ぎて行った。早瀬いづみは教科が終わる度に、あそこの問題どうだったとか、色々話しかけてくる。なおさら絢とは話にくい状況だった。
冬休みに入って23日は僕の誕生日だ。クリスマスと一緒にされるので、昔からなんか損した感じに思っていた。
「お誕生日には絢チャンにも来てもらいましょうょ。お母さんお伺いしておくから」と言っていたけど、
本当に来ることになった。期末テスト以来、ろくに話をしていなかった。
駅に迎えに行った時、少し微笑みながら改札から出てくる絢を見て、僕は少しドキドキしてしまった。絢は髪の毛を上の方に巻き上げて真珠みたいな飾りで留めていて、一握りの髪の毛を耳の前に持ってきていて、顔つきも普段と雰囲気が違って見えたからだ。なんか顔もキラキラして輝いているようだった。
家に着いてダッフルコートを脱ぐと、襟元は大きめの白いレースで、上半身はウェストまでかなり絞ってあって、半袖に白い薄手のカーディガンを着ていた。スカートはふんわりしていて、全体的にピンクのツルツルした生地なので豪華な感じだつた。
「まぁー、なんて可愛いのでしょう。女の子は良いわねぇー可愛くて」と母は感嘆しているようだ。
確かに僕も可愛いと初めて思った。
「おばさん、今日は呼んでいただいてありがとうございます。これは母が持っていきなさいって、どうぞよろしくお願いしますとことづかってきました」と言ってケーキの箱を差し出した。
なんか、いつもより丁寧な言葉づかいだ。
お昼まで期末テストの復讐をしようと僕の部屋に二人で入った。絢は手下げの袋から教科書とリボンのついた包みを取り出し、
その包みを「はいっ、お誕生日おめでとう」と僕に手渡した。
「開けてみて、気にいってもらえるかな」
ブルーのフェルト地で作ったブックカバーみたいだった。内側には刺繍したアルフアベットが散りばめてあった。しばらく眺めて、気づいた。 M・O・T・O・A・Y・A。色が分けてある。照れくさいのと嬉しいのと同時だった。
「ありがとう」
もちろん、女の子からこんなの貰うのは初めてだったから・・・。
絢と僕は教科書のテスト範囲を読んで答えを二人で確認していたが、前と違って絢は殆ど正解している。まさか、今度は絢に抜かれたかもと思った。
どんどん進めていく絢の顔を近くで見ると、唇がつやつやしている。薄い色のリップを塗っていたのかな。そして、服のせいか、いつもより膨らんでいる胸に見とれていた。
それに気づいたのか絢がこっちを見て「モト君、さわってもいいよ」
すこしの時間が空いたように思えた。
僕は思い切ったように絢の左胸に手を伸ばした。力が入ったのか
「いたいっ」って絢が両腕で塞ぐようにしていたが、
思い切ったように、僕の手を添えるようにして自分の胸に持って行った。
「もっと、やさしくね」と頬が紅くなっていた。
ゴムまりみたいに柔らかく、はねかえってくるようで・・・。
「好きだよ」という言葉、出せなかった。
その時、お母さんが「どう、用意できたわよ」って
僕と絢の留メ具は完全に掛かってしまったようだ。
第三章
3-⑴
3学期が始まった日、恒例の成績が貼り出された。一番石川進、二番本町絢、三番水島基、四番杉沢健一、そして五番目に早瀬いづみ・・・。
絢は僕の前の席で
「ウン」と言っているのが聞こえた。
自分なりに手応えを感じ取っていたのだろう。僕も感じていたとおり抜かれてしまった。健チヤンは、早瀬いづみは・・・思わない人に抜かれたのだのだから・・・。健ちゃんは平然としていたが、早瀬いづみは机の上で両手を組んでしばらく下を向いていた。年度初めには、ビリの方にいた人間に抜かれた、それよりも今まで女子のトップに居たのに、その座から落ちてしまった方がショックだったのかもしれない。
当然みんなの目も一斉に絢の方に向いていた。彼女は何とVサインしていた。性格まで変わってしまったのかと僕は思ったが、いや、それが彼女の本来の性格なのかなって思い始めた。
3-⑵
やはり、絢のお母さんからうちの母に連絡があったらしい。秋以来、ちょくちょく二人は連絡を取り合っているらしかった。
「主人がネ、絢がクラスの二番になったって舞い上がってしまって、社員にもお年玉とか寿司折を配っちゃって」
「植田先生にこの成績なら聖女学院に推薦入学で受かりますとおしゃっていただきました。」とか
母から聞いた話だと、本町の家では絢を聖女学院に進学させることを決めていたみたいだ。この沿線の名門で大学まで備えていて、中学から入るとエスカレーター式で進学できる。絢からもそんな話は聞いたこともなかった。二人とも、揃って、地域の公立中学に行くもんだとばかり思い込んでいた。
次の日、絢にそのことを問い詰めた。
「ごめんね、お父さんとお母さんの言うことは聞かなきゃいけないの」
「言わなかったのは本当にごめんなさい。でも、ウチは中学になってもずーとモト君と勉強続けたいの、 追いかけていたいの」と泣きそうになっていた。
僕も結局、兄の行っている私立中学に受験して、合格した。高校までの一貫校だ。仲の良かったグループのみんなは公立中学に行って、離れてしまった。
3-⑶
中学になって最初の土曜日、図書館で絢と待ち合わせをしていた。絢はバッグを肩から下げてやってきたが、その肩紐のところには二つ連なった青と赤の蝶々のお守りを付けていた。京都の神社のもので、僕が、絢の2月の誕生日にプレゼントしたものだ。
僕は水泳部に入部した。兄からはサッカーの勧誘をされたが、僕は海に興味あったから、という訳でも無かったが。絢は美術部に入ったみたい。これからは、土曜日も部活とかであんまり会えないネ、とかで1.3の日曜日という約束した。確かに、その日は、お互い教科書も違って、一緒に勉強しているという意味が無かった。
それからは、日曜もどっちかが用事あったりで、だんだん会うということが無くなって行った。中学の3年間はそんな調子で、高校も二人とも、もう一緒の学校に通うということをあきらめていたので、それぞれ上の高校に進んだ。
3-⑷
高校に進んでからも、お互い学校行事など忙しくなり、月に一度会っているかどうかという感じだつた。
夏休みの7月の末に図書館で待ち合わせをした。その時に、僕は海洋に興味があり、南の方だが地方の国立大学に進もうと思っていると絢に打ち明けた。絢はそのまま今の学校の大学に進むつもりだったらしく
「ふぅーん じゃぁ ウチとはもっと会えなくなるんちゃうのー」
絢が機嫌悪い時はわかる。机に向かって何かを懸命に書き始める。
「絢も一緒に受けようよー」と言ったが
「そんなこと、親に許してもらえるわけないやん。ウチは行かれへんよー」
そのまま、その日は一言も話しをしないまま別れた。
その後、夏休みの間も会わなくなっていた。絢と僕をつないでいた留メ具が外れかかっていた。
第四章
4-⑴
夏休みも終わろうとしていた。久々に絢を呼び出した。近くの私立の工業高校に進んだ小学校の同窓の田中大樹から嫌なウワサを聞いたからだ。大樹によると
「絢チャンが最近、うちの学校の先輩だけど、あんまり良くないグループと遊んでいたらしいんだ。電車の中で絢チャンを見かけて、紹介しろっと、小野雅恵に言ったみたい。小学校の時、絢チャンと同じグループの小野雅恵。あいつは中学に行ってからおかしくなったみたいで・・・。彼女に絢チャンは誘われているらしい。」
図書館のロビーで絢を待っていると、小学校同級の早瀬いづみが男と連れ立って出てきた。すると何かもめているみたいで、口論していた。見ていると、けんか別れみたいだった。その後、僕が座っているのに気づいて、
「あー 水島君じゃあないー 久しぶりだね 元気なのー」
隣に座ってきた。前よりきれいになっていた。
「何を言い合っていたん」と聞いたら
「付き合っていたんだけど、あんまり細かいこと言うから、けんか別れしたんだ」
その後も、高校生活のことを話込んでいたら、
その時、絢がやってきた。絢は胸に大きなひまわりの絵のノースリーブのTシャツにジーンのミニスカート姿だった。今まで、あんまりこんな格好を見たことが無かった。
絢は、二人が並んでいるのを見て、少し間を置いて
「久しぶりー元気?}
と一応早瀬いづみに向かって簡単に挨拶しながら、うす笑いで図書館の中に入って行った。
「あー まだ絢チャンと続いていたんだ。ごめんネ、彼女勘違いしたかしら、説明しといてネ、じゃー又ネ」
と言いながら早瀬いづみは立ち去って行った。
4-⑵
中に入ってゆくと、絢が教科書を広げて、ノートに何か書いていた。隣にすわっても、なんの反応も無い。完全に不機嫌な証拠だ。なんの話もしないまま、30分も経っただろうか、絢が突然、
「考えることがあるから帰る」と言って片づけて、出口に向かった。
僕は、後を追いかけて、表に出たところで
「待ってよ、絢 話がある」と言って呼び止めた。
後ろから声をかけて
「最近、年上の男のグループと遊んでいるって聞いたんだけど、大丈夫なんか」
絢は急に振り返って、僕の胸元を突いてきた。同時に
「モト君こそ、なんなん?いづみチヤンと仲良く話していたやんか、ウチが来る前に待ち合わせしてたん?」
「ウチの話も聞かないし、今まで、ウチの手も握ってくれたことも無いくせに、なんでそんな風に言われやなあかんの」
と言い放って、駅に向かって走って行った。
留メ具が外れてしまった。
4-⑶
あれから、絢とは音沙汰無しだ。数学の教科書に掛けているブックカバー、小学校の時に絢からもらったものを、ずーっと大切に使っているが、もう色あせてきていた。
あの時、僕は間違っていたのだろうか。絢は話も聞かないでと言っていた。なんか事情があったのだろうか。手も握らないって、勉強してばかりで二人で遊びにも行ったこと無かったし、そんな機会も無かったじゃーないか。あいつだって、こっちの状況も聞こうとしなかったじゃぁないか。いや、そんな言い訳よりも、きっと僕にはその勇気がなかったんだ。あんな別れ方だったので、後悔ばかりで・・・。何度も、電話しようと思ったが、絢も本音は気性の激しい部分があるのわかっているからとか、そのうち、考え込むばかりで面倒になってしまった。
第五章
5-⑴
翌3月になって、僕は希望の大学の海洋学部に合格した。家族のみんなも喜んでくれていたが、お母さんの思いは複雑だったみたい。長男は東京で就職、次の兄もサッカーの名門大学で出て行った。だから僕もってなると家には子供が誰も居なくなるからだ。
「絢チャンはどこの大学に行くの?」
唐突に聞いてきた。ずーと会っていないし、連絡も取り合っていないのをお母さんは知らなかった。
5-⑵
大学ではとりあえず学生寮に入ることにした。
向かう前に、恩師の植田先生に挨拶に行った。喜んでくれて、そのうち絢の話題になってしまった。長いこと連絡も取り合っていないことを告げると
「私、あの娘が高校1年の時に警察に引き取りに行ったことがあったのよ。カラオケで高校生がお酒飲んでいるグループが居るって補導されてね。もちろん、本町さんは一緒に居ただけだからすぐに許されたのだけど、親にも言えないって私に連絡がきて引き取りに行ったの。本町さんは小野さんに誘われて、懐かしいからって、出掛けて行ったんだけど、男の子が居るって知らなかったみたい。けれど、小野さんのことを考えて、その場に一緒に居たみたい。小野さんも後で泣いて謝っていたみたいだけど」
「そのことを水島君は知らないよネ」と言って、先生はお茶を入れ直しに行った。
僕は、あの時、絢が話を聞かないって言っていたのはこのことだったのかと、僕は自分を責めた、どうして絢を信じてやれなかったのだろう。こぶしを握り締めていたのかも知れない。
座り直した先生は続けて
「6年生の夏休みに本町さんの描いた絵を覚えている?あの絵を市のコンクールに出したのだけど、最優秀賞だったのよ、それで市民会館のロビーに飾るってことになったし、「旭屋さん」の包装紙に使わして欲しいって話もあったのだけど、あの娘は全部断って絵を返してほしいって言い張っていたの。とっても大切だったのよ、多分、水島君と を描いていたから・・・。本当に慕っていたみたいね。でも、君も本町さんと頑張ったよネ。あの娘のいいところ引き出したんだから」
5-⑶
先生の家を出て、直ぐに絢に電話した。が、なぜか通じなかった。お母さんに言って絢の家に電話するように頼み込んだ。
電話している母を見ていると、しきりに頭を下げて
「本当に申し訳ございません。ごめんなさい。」
とか、しきりに頭を下げていた。なにをそんなに謝っているのだろう。
「向こうのお母さんが言うのには、あの娘は一人娘みたいなものですし、最初は猛反対したのですけど・・。結局、上の息子もアメリカから帰ってきてくれるというし、最後は、主人も、後で後悔させないためにも、本人の思うようさせようと納得しましたの。あの娘を信じて、旅をさせるつもりです。と言っていたわよ」
「多分、もう居ないわよ。 そうおっしゃっているんだから、それ以上聞けないじゃーない」と笑いながら言っていた。
海外旅行にでも行ったのだろうか、もう、居ないって、どういうことだろう・・・。
すべてを後悔していたが、大学に向かう日が来た。
お母さんが「向こうできっと、いいお友達に出会うわよ。大切にしなさいよ。落ち着いたら、遊びに行くからね。私もお友達連れて行くから」
といい加減なこと言って送り出してくれた。
5-⑷
先に寮の方から行った。寮長という人が出てきてくれて、部屋に案内してくれた。宅急便で送っておいた荷物も入れてくれていた。
「2人部屋なんだけど、もう一人は申し込みだけして、あとの受付をしてないから、そのままなんだけど、多分もう来ないと思う。他の大学に受かったので、そっちに行ったんじゃあないかな。とりあえず、一人部屋だ」
荷物を片付けていると、
「よろしく、俺、となりの部屋の石本慎二。試験の時、後ろの席だったの覚えているかな? 昼休憩の時、話し掛けたんだけど」
「ウン 何となく覚えている。元気良かったよね 僕は水島もとし よろしく」
「あっそうそう だから、同じ海洋だよね。ちょうど良かった。これから、海洋学部のキャンパスに行こうと思ってたんだ。行こうよ、一緒に。 こっちのキャンパスは近いから、直ぐ行けるしね」
電車で小一時間かかったが、南国ぽく、ヤシの木が校門近くには並んでる。広々とした敷地で、奥の方には、農場らしきものも遠くまであった。2年になると、こっちかぁー、絢とは毎日、会えなくなるなと思っていた。
最終章
最終章-⑴
入学式は大きな体育館だった。僕は寮で知りあった数人の仲間と出ていた。慎二も一緒だ。寮の連中は最後列に陣取るのが慣例ということだった。何故か寮長という人も居た。
式が終わりかけた時、前の方の席に、僕は見慣れた後ろ姿を見た。あの長い髪の毛は、絢だ。間違いない、束ねた髪の毛を前に出している。似ていると思ったが、見間違いか、でも、きっと、間違うわけがない。絢だ。
式が終わって、直ぐに前に行ったが、もう、その娘の姿は無かった。校内を探し回ったが見つからなかった。ここに居るわけがないし、まぼろしだったのか。
その日の夜、早速歓迎会があった。
「ここは、昔ながらのバンカラ気質がまだ残っているんだ」先輩が言っている、
と言いながら酒を注いでくる。未成年とか関係ないみたい。これも土地柄だと言っていた。こんな経験は僕も初めてだ。多分誰もが戸惑うだろう。でも、自分でも多少豪快になっている気がした
(この物語は未成年者の飲酒を推奨するものではありません)
最終章 完
最終章-⑵
次の日、頭が痛いと思いつつ、昨夜のことは最後の方はあまり覚えてないまま、オリエンテーションに出るため学生会館の前を歩いていた。
前から歩いて来る。やっぱり絢だ。間違いない、まぼろしじゃぁなかった。大きな白い襟元と紺色の長袖ワンピースでカフスも白い、肩から見慣れた大きなバッグを下げている。あの青と赤の蝶々も確かに揺れている。束ねた髪の毛を左胸の前に流しているのが、懐かしい。微笑みながらこっちに向かって歩いてくる。周りは目に入らなかった。確かに、あの微笑みは絢に間違いない。誰よりも、輝いて見えた。どうしてーーー
「えへっ 追いかけて来ちゃった。初めて親不孝したんだぁー 学部違うけど、又、一緒に勉強できるネ」
僕は、絢を 絢を 抱きしめていたのかも知れない。思いっきり、しっかりと
今度は、二人の留メ具がしっかりと掛かったのだ。
Be Happy
絢と僕の留メ具の掛け違い・・そして 最終章 結末