無限性のあとで 本編
2章 Task 1話
「世界を最高に再構築をしよう。」
そんなノリで始まった僕の組織は意気揚々と
暴力の限りを尽くしていました。
どうやら世界は可能性を無限に秘めているようです。
例えばカウンターテーブルに転がっているワインの空き瓶。
こいつは僕のグラスに自身の血を注ぐという役目を終えて安心しながら終わりを迎えるときのように横たわっています。
きっと彼も本望な事でしょう。
しかし…注ぐ口の部分を右手で握り、隣にいるやつに頭から振り下ろします。
空き瓶は破砕しますが同時に隣にいるやつは突然、動かないようになってしまいます。
頭から血を流して倒れています。ガラスが散る際にでる冷たい音とこの人間の頭蓋骨を砕いた音がこの空間にいる人々を振り向かせ、僕の方をじっとみます。
彼らはなにが起こったのか分からないでしょう。
なぜかって?そう、再構築する力がないのだから。
先程までは穏やかな静寂だったものが急に悲しい静寂となります。
彼らはどうしたらいいかも分からず立ち尽くしているのが僕の目には滑稽に思えます。
僕のしたのは再構築。
世界の認識の根本を焼き切り、これを改めます。
同時にこのカフェのドアからは僕の組織の構成員が張り詰めた容器の栓を抜いた時のように流れ出し、
この世界をまた一つ一つと変えていきます。それまであった世界が嘘だったかのように。
彼らに再構築のやり方を教え込むのには
多少苦労しましたが一度すればあとは高揚に任せるかのように再構築を覚えます。これは人間の本能というものでしょうか。本能が果たしてなんなのかよく実感することはありませんが、我々の祖先は動物のようです。我々は世界の再構築に動物化を経て辿りつく、ということです。
2章 契機 2話
アカデミーはつまらなくていつからか行ってない。
僕は何がしたいのか。
そういうことを考えていたらアカデミーは居場所ではないと気づきました。様々なレジャーを体験したり、
一時期はライブラリにも足を運んでみたこともありました。
ではいつから世界の再構築という大義を遂行するようになったのか。
その前にこの大義が存在するということに何を契機として覚醒したのか。
当時、この世界のことは正直全く分かっていませんでした。当たり前でしょう。瓶は液体を入れるもの、
フォークは食べ物に突き立てるもの、生きているという状態は飽きるもの、だと言うふうに思い込まされてきたのですから。
思い込まされるというのはこの世界の在り方にあります。この世界があまりにも型にハマりすぎていたのです。
さて本題ですが…。
僕は人が死ぬ瞬間をみました。
夕暮れ時の砂浜でのことでした。僕はその近くにレジャーの一種である釣りをしに訪れていました。
程々に楽しんで日が暮れると同時に釣竿をもって水平線を見にいきました。
薬を腕に刺して人が倒れました。近づいてみると
悩ましい顔をした苦労人のような成りの人間が
しかめながら死んでいました。薬には苦痛がないと言うことを聞いていますが今思えば僕の再構築の犠牲になった人間よりも厳しい顔をして死んでいました。
それは人生というものの疲労、人間という存在の意義の重責、そしてこの世界への失望。
その全てが重なったなにかがそこにはありました。
それが僕の人生のひとつの契機として楔が打たれたというのは間違いありません。
この経験が再構築への1歩を進めたというのは間違いないでしょう。
2章 灰燼 3話
ライブラリが崩壊しています。
ガラスの箱となっていたそれはもはやバラバラに砕かれ殺してくださいと言わんばかりの荒れ果て様です。
ライブラリはライブラリとすら無くなってしまいました。これは形容し難いですが、再構築は成功しているように思えます。
僕は動物化して暴れ回る構成員に対して音声拡散機のボリュームを8、暴れ回る高揚を突き破るくらいの音量、にセットし呼びかけました。
「本を全て中庭に集めろ!全部だ!」
構成員は動きを止めたあと全部だ!出せ!という怒号を筆頭に再構築を止め、本を本棚から出し始め中庭に運び始めました。
僕は右手に長いビール瓶をぶら下げながら
ライブラリだった場所を歩いていました。ライブラリにいた人間は大抵が殺されており赤い液体を流して倒れているのを所々で見ることができます。
僕は次に予め強奪したアルコール飲料をその本にかけるように命じました。彼らは何をするか分からないようでした。料理や科学の知識など彼らにはいらないですから。
それからは火であぶります。本が散り散りになってちっていくのが見えました。それは芸術でした。暗い時間に文字が記されていた紙が塵芥と化し、
塵芥に火がついて燃えているのと火の粉を見ることができるのは間違なく芸術でしょう。
本がこんな役目を負うことができるなぞ誰が考えたでしょうか。
しかしこれは決して知識の破壊などではありません。
電子的なデータベースにいくらでもこの本に相当する、いや優に超越する量の知性が灯っているからです。これは表面的な目的的な行動ではありません。
動物的な行動です。しかし僕にとってはある意味でこれは目的的な行動なのでしょう。
2章 議論 4話
僕は"最高司令部"にもどりました。
ここには背の低いテーブルを囲むように足の低い椅子を並べていて異様な雰囲気があります。
その為に僕らは自然に前かがみになって話しました。
僕は好き好んでやっている訳ではなくこの恒常的な世界のどこにもない意識的な再構築としてこれを選んだというわけです。
しかしこんなことを言えば構築の間を縫った不可避な構築とも言えるでしょう。それに反駁するにはやはり構築の無限性を証明するしかないと思っています。
要するにあらゆる可能性を示すことに意義があるのです。
最高司令部に入れるのは僕の選んだ10人だけです。
この10人というのは無論再構築を本質的に理解し、それを試みる鉄人達だと思ったものです。
再構築という熱の高揚に乗せられない聡明なもの達がここにて再構築の舵を取るのです。
ケプラー、白髪の長髪、高身長が言いました。
「再構築は順調に進んでいます。I鱗では既に90%程の再構築が完了しました。」
僕はその報告に喜んで頷きました。
あとの報告はここに特筆するも乏しく平凡なものでした。僕はこの世界はすぐに変わらないことをしっていました。だからなにも思いませんでした。
そしていつもここから雑談が始まるのですがその時のノリで僕は提案しました。
「記憶を程度化しよう」
それに10人は目を見開いたように思えました。
どうやら僕の提案に興味を持ったようでした。
「しかし僕らは程度化の基準も知らないし
最小単位ですら知る由もない。数学がそうであるようにこの世界がそうとは限らない。矛盾だって起こり得るかもしれない。否、それは矛盾と言わんがね」
沈黙。
「再構築が行われたのはこの瞬間ではない。記憶の中でしか再構築は行われていない。さてではどの瞬間に再構築が起こっているのか。これを程度化しようという話だ」
アケルナル、コートを着ているが言いました。
「つまり瞬間毎に程度化していけば…」
あとは彼らの議論に任せました。
最終的には凡庸であるがこの会議が集まると
それを1回、その次に2回と名づける。
つまり会議が開かれるまでの間は今回である。
そしてこの程度化の名前をこの世界を時間的に支配している為に司時と呼ぶことになり、
さらにキリがいいためにこれから先が今回であり
これまでのことは未程度化時と呼称することになりました。
この会議が終わったあと皆が解散してからケプラーさんに話しかけました。
「しかしケプラーさん。どうして再構築が完了したなどということを言えるのかな?」
「それはあなたがいつもやっているからわかるでしょう。事物の役割を遂行できなくする。不能にした時に再構築の意味が判明する。それに到達した時点でそれは完了したといえるでしょう」
「なにが再構築が完了しただ。再構築は終わらないから再構築だ。完了、到達する点など無い。可能性は無限だからだ。再構築は終わらない。永久不滅の概念だ。」
「それでは無限に同じところに留まっているじゃないですか、それは到達したと変わりは無いのでは?自由落下するものに重力はありません。」
「クソ理数系が。不能になった一般相対性理論如きで概念を語るな。それに曲がった時空間を一定のスピードで落ちているから自由落下が発生するだけのことだ。」
「それを止まっている。と言っているのですよ」
「周りがもし有限化したらどうするんだ。それは自分と周りがお互いに変わっているからじゃないのか」
「じゃああなたにとって恒常化とはなんなんですか?常に進んでいるんですか?どこにもいかないのに?」
「その為に僕がいるんだ。どこかに行かせるために俺がいるんじゃないか。君らをどこかへ導くのが俺なんだ。」
ケプラーさんは黙りました。
何か言いたげな表情で口は開きかけていたが
それはなにか重いものによって強制的に閉じられた様でした。
2章 想定外 5話
今回の再構築の対象は処理委員会の建物です。
決して象徴的な意味はありませんが、唯一挙げるとするならばこれまでは私的なものを再構築の対象としてきたが今回は公的なもの。恒常性世界の運営に対する直接的なアプローチだと言うことです。
しかしそこまで畏まる必要はありません。この世界に再構築は想定されてなどいないのです。そしてこの運動が広まったところで世界は、どうしようも無い。
最高司令部の部下2人、デネボラとアルデバランを連れてそして組織の総勢120名で再構築を敢行することにしました。
デネボラとアルデバランとはレジャーをしている時に出会いました。デネボラは剣術というレジャー、アルデバランは居合というレジャーでした。
それぞれある点では似通っており再構築的な要素を含む、今では消えてしまった殺人という動作がそこには紛れ込んでいることを僕は見落としませんでした。
かつ彼らの本能と知性との溶け合った場所に魅力を感じたのです。
2人に半分ずつの一応の統制を取らせ処理委員会が再構築されていく所を僕はその入口から少し離れた場所から見ていました。
僕は処理委員会に申請に来ていた人々が逃げ出すのを見ていました。僕はその中の1人を捕まえてそこにあった石の角で頭をボコボコに殴ってその体をクッションにしました。岩でできた処理委員会前のオブジェクトには座りにくかったのです。
しかしそれに息があることを確認すると完全に動かなくなるまで殴り続けました。
デネボラとアルデバラン、そしてその部下たちが出てきました。まだ完全に再構築は行われていないように見えます。再構築という可能性の波の中へ流すのが僕らのやり方でした。
「中に我々を再構築するものがいます」
私の理解していない顔を汲み取ったのかこう付け足しました。
「そうとしか言いようがないんです。数人の人間が確実に我々を再構築する術をもっています。今すぐに逃げないと120名が全滅します。そして指導的立場である我々も…」
私はそこで再構築は殺人であることを理解しました。
彼らに殺人という言葉を教えていないことに気づきました。死という概念はあってもそれを経験させるだけの存在では死を与えられた時のことを知らない。単に動かなくなるだけ、それを彼らの本能は察知したのでしょう。動かなくなるということがいかに我々にとって不都合であることかを。
しかし何故我々を殺人するのでしょう。
ついにこの世界を運営する何者かが動いたのかそれともこの世界の恒常性かなにかが自然発生的に働き我々を自浄しようとしているのか。
私はケプラーの顔を思い出しましたが彼が我々の邪魔をするなどと考えることはできませんでした。
あくまで恒常化の定義で意見が食い違っただけであって邪魔をすることの価値はないからです。
やることは同じですが中身が違うだけです。しかし中身の違いなど人間の行動原理には些細なものであり、信条が違っても目的が同じならばそれに見合った理由付けをして行動するなんてことはよく見られることです。再構築の術、再構築の最適化。
一考の余地があると考えました。
「よく出来た世界だ」
と呟いたとき、処理委員会は爆発を起こしました。
もちろん我々のほとんどは意欲を失って処理委員会から逃げ出した所です。
爆発が起こるのは普通では考えられないことです。我々には爆発をさせる知識も、目的もありません。
爆風と熱風が同時に吹きつけ、飛んできたガラスの破片が僕の腕に突き刺さりました。痛みに悶えながら地面に転がり、大量出血をする腕をうっすらと視界に捉えながら少しずつ記憶が途切れていきました。
2章 部分的再構築 6話
最高司令部会議を招集しました。
その中のアークトゥルス、背が低く、常に顔を覆う紙袋を被っている、も
「私のDE鱗82号処理委員会再構築も失敗に終わりました。それは前述のととても同一性を否定できないような集団が我々を再構築にかかったからです。彼らは非合理かつ野蛮。動物の中の動物です。恒常化前然としています」
と憤りを隠さずに言いました。
「距離的に我々の作戦場所と近く、DE鱗からFA鱗までの地域が最低でも移動範囲の半径となるだろう」
とカストルさん、サングラスをかけている、が言います。
「奴らは我々の作戦を知っていて、なおかつ目的がある。それともなんらかの自浄作用でこの地域に居るかだ。そして考えうるのは新勢力。再構築を我々と違う形で進めるという勢力であるが、それは非合理的が過ぎる。」
僕は頭を悩ませていました。
もし最後の理由ならばなぜ我々を殺人する必要があるのか、全く理解できなかったからです。
僕の脳裏と視界の隅にはケプラーがいました。
彼とは意見が対立している。しかし僕らを潰すのはとても非合理的だということ。
僕は知らぬうちに僕自身も気付かぬ内に彼を念頭に置いていました。
彼は僕が疑っていることに気づいているのか気づいていないのか分からないようになのか、長い髪で俯いて顔を隠していました。
しかし今すべき最優先事項は人を疑うことではありません。いま我々の組織はどうすべきかそしてまた、何を方針とすべきか決めることです。
そして少し考えて決めました。
「組織を一部再構築し、それを再構築軍と改める。
再構築軍と組織の違いは再構築の最適化にあり我々の対抗力に対する対抗力を保持することである」
僕はそれだけ言うと再構築軍の創設を始めました。
2章 再構築軍 7話
再構築軍は最高司令部のメンバーとそれぞれ選んだ精鋭たちを訓練するところから始まりました。
デジタルライブラリ、すなわち脳に直接的に知識をインプットする場所に行き、再構築と対抗力の対抗力である反再構築の最適化をできるデータを探しました。
しかし当たり前ですがこの世界に再構築が想定されているデータなどありません。
しかしそのデータを再構築することで流用できると考えました。例えば殺陣の技術、居合、剣術、CQCなどといった今でいうレジャーように使われている技術を再構築することで最適化ができるようになります。
あとはレジャー施設でひたすらその技術を定着させるだけの作業です。
今のところ、"対抗力"は我々が何かをしない限り観測されていないので大量の技術を定着させることができると考えました。
そしてそれは間違いではなく対抗力が我々を殺人しに来ることはありませんでした。再構築の持つなんらかのアプローチ、主に事物に対する再構築に対抗力は持たれるのかもしれません。これはこの世界の仕組みなのかという仮説も最高司令部では立てられました。
再構築軍は事物に対する再構築を行う場合は決められた服を纏うことにしました。
この世界で自分の意思以外の格好をするというのはないといっても過言ではありません。再構築軍はその意味でも歪な再構築を遂げたということになります。
2章 現象 8話
処理委員会の再構築の始まりです。
再構築軍と組織のメンバー総勢数100名が処理委員会の前に集まりました。
最大地区、G鱗の処理委員会の施設です。
施設というのはあまり的確な表現ではないように思えますがなぜならばこの建物自体が処理を行う1つの機構に思えてならないからです。
施設の規模はこの辺りでは最大。
しかしこの建物の無機質さはどこの処理委員会とも変わりはありません。
再構築軍はレジャー用であった道具を片手に僕の合図を待っています。
「再構築を開始する」
という合図と同時に怒号を挙げて処理委員会に突っ込んでいきます。すごい熱気と狂気です。これまでこの規模の人数を集めたことは無かったのですから、思わず僕も圧倒されてしまいました。
しかし半分が施設の中へ入るくらいの頃に大音響がありました。それと同時に熱風を体に浴びました。あの時の爆発と同一の経験でした。
顧眄するとメンバーは吹き飛ばされたり足が無くなったりなど、見た事のない様相でした。
それはもはや人間ではありませんでした。
いやその前から彼らは人間では無かったのですが。
「再構築は完了した。」
と後ろから声が聞こえました。
再構築軍の格好をした人間が僕の周りには数人立っていました。
あの爆発のあとにすごい段取りです。ケプラーとその部下だと言うことは瞬時に悟りました。
僕の戦略性の欠如を呪い、人を疑うことの重要性を自覚しました。僕の計画が思い通りにいく程、世界は軟弱ではないのかも知れません。
しかしこんな状態ですから思索している場合ではありません。
僕は居合用の刀剣を下段の要領で構えましたが数人に対して決してフェアな勝負が出来るとは思いませんでした。
しかしこの状況で武器を捨てたとしてもなにかが変わる訳ではありません。運命から逃れられないことを悟りつつ、僕は実際には見たことがありませんが片足を噛み砕かれた動物が必死に逃げようとする動機はこれなのだと思いました。
ここで僕はバラバラにされ、再構築ではなくそれはもはや完全な破壊でした。
僕という実存が消失することについてそれは再構築とは到底呼べるはずがありません。
実存が再構築を生み出すトリガーなのだと言うことを今ほど強く思うことはありません。
「非合理的なことを、何故する。なぜそうする」
と僕は言いました。
「非合理的なのは人間足りうる証拠なのだ。
人間は全て合理的に考えられるほど腐ってはいない。我々は生の生き物だ」
「貴様は非合理の名のもとに僕を殺すのか!」
もはやそこに論理はなく、あるのは現象だけでした。
事実がそこに潺湲たる血脈と共に横たわっていました。
2章 無限性の中で 最終話
目が覚めました。
今まで起こったことを整理しても目が覚めるという不可解な現象に納得はできませんでした。
しかし現象はそこにあるのです。
とても暗いのですが見た事ない空間でした。
「こんばんは」
と声がしました。
こんばんはとはなんなのか。その語義も知りませんし意味も全くわかりません。
しかし、そう聞き取れたのは確かでした。どこから声がするのかは分かりませんし暗くて何も見えないのでその声が果たして実際にはしてないのかも知れません。
何かわからないですが僕はここにいる"気がしている"だけなのかと思いました。
「今は夜の2時だからこんばんは、であってるよね?」
と言われました。
「こんばんはが何かを知らない」
と僕は"言いました"。いやこれに喋ったという感覚、五感で感じられる実際的な感覚は全くありませんでした。
「あと時というのもしらない。」
そして何かとても気持ち悪いのです。
「あー、まじか。無くなっちゃったかな時間」
"時間"…。
「見たことない"空間"…。どこと言われてもどこでもあってどこでもない場所だよ。空間ですらないんだ。君は思念体になった。情報を書き込まれていて、尚且つクオリアを物理的に搭載した思念体。物理的にというのはおかしいか。しかしクオリアは物理的かつ形而上的で脱構築的な事実なんだよ。
君の意識としては持続するが肉体としては朽ち果ててるの。いやー思念体をどうにか取り出す技術があってよかった。」
僕は黙って聞いていました。というか黙る他無かったのです。何も言うことが無いのですから。
「何も分からない顔しているね。どうなっちゃったんだろうね。まずこれはね俗に言えばチャットアプリをしている時にチャットしかない状態っていう感じかな。肉体がないとチャットができなかったけど今は肉体の必要のないチャットをしている。要するに脳だけあればチャットができるってことだ。凄いよね。インターネットが自他境界を破壊したなんて。まぁ薄々勘づいてはいたけどね。
まぁこれは20000年くらい前の話だけど」
一部しか聞き取れませんでした。いや聞き取れてはいるのですがその意味を解さないのです。
僕とこの話す声の住んでる世界が違うのだろうか。
全く違う形態を持つ世界に今僕はいるのだろうか。
「あはは。ここにいる時に僕っていうのは違和感があるな。僕っていうのやめてよ。僕ら実存が溶け合ってるんだからさ。気持ち悪いとも言ってたけどあんまり溶けあうのに慣れない方がいいから、それでいいんだ。ま、意識は上手い具合にアウトプット出来たみたいだからちょっと待っててね」
僕は外に出ました。
とりあえずあの気持ち悪い空間から脱出した事だけは分かりました。しかし僕のこれまでの記憶と全く文脈が合わない状況に唖然とするしかありませんでした。
事実は事実ですが理解しろと言われても矛盾を飲み込めと言われてもなにも…。
「とりあえず、矛盾を呑み込め。矛盾してないから」
さっきの声が言いました。この声には確かな響きがありました。空間を感じました。
そして肉体を感じました。僕の肉体だと言う気がしました。
「いやーでも面白かった。君が文学者だととても実感したよ。ありがとう。あんな最後を選ぶなんてね。よっぽど"死に"たいんだろうねぇ。いや連続性としての君は死んで、いまは別の君が。それは君ではなくて、君の登場人が人格として現れただけ。小説に出てくる人物を象徴としてではなく人格として捉えろといったのは君だったかな。さて、
まぁ君に聴くのもあれなんだけどこれからどうする?僕らはずっと哲学をやってたけど。君はどうするの?
とりあえず君の持って帰ってきたものを精査でもするか。確かに時間は必要なさそうだしね。でも数が大きくなるのは面白い…。まぁいいや、君の作った人格がこれからどうするのかなんてことは分からない。しかしここは夢の中ではない。神になろうとした君がクセで人格を生み出してしまった。でも人を作ったのは神って説もあるし本当に神になれたのかもね。
まぁいいや君は泥人形だがそこらの泥人形とは全く出来が違う。いっしょに考えようじゃないか。
時間は文字通りここでは"永遠"だしね」
無限性のあとで 本編