小学生 ボリシェビキ

瀬川美樹(せがわ・みき)小学六年生の男子。不愛想、無口として知られる。

※舞台は日本です。

あれは……俺が小学4年生の秋だった。
俺の父さんはソビエト当局に逮捕された。
理由はよくわからない。たぶん、職場の同僚たちと政治集会を
しているのが当局にばれたんだろう。

俺の父は、典型的な資本主義者で自民党員だった。
家族の食卓を囲むとき、小さな声で子供たちにこう説いたものだ。

「共産主義は狂ってる。悪魔の思想だ。人は自由であるべきだ」

確かに。と俺は思った。親の強い勧めで新聞を読む習慣が俺にはあった。
といっても俺は小学生。成績も下の方。政治の深い内容までは理解できない。

だが俺は政治に詳しくなった。なぜなら、俺が理解できないようなことは
父が教えてくれるからだ。父の話は冗長で、退屈で、あまりにもしつこい。
お経や呪詛のようだ。

父の悪魔のような顔と、良く動く唇に視線がどうしても支配されてしまう。
まるで吸い込まれてしまうかのように。俺は父の言葉を一字一句違わずに覚えてしまった。

中国共産党は、ウイグル族やチベット族の人を収容所に送り、強制労働をさせ、虐殺している。
日本資本主義の手先である、ウニクロや王品計画は、新疆ウイグル自治区にある工場で
多数の住民を強制労働させている。その中には俺と同じくらいの、10歳の子供も含まれている。
ウニクロらの社長たちは、強制労働の実態を知っていながら黙認する姿勢を見せ、
多くの株主を失望させているそうだ。

「共産主義は、狂ってる」

そうなんだろう……。だが俺には、だからといって多数の賃金奴隷とやらを
抱えて国家の繁栄を維持しようとしている、自民党政府も狂ってると思う。
それにウニクロは資本主義の象徴企業だろう。

「美樹。父さんはね、少し出かけないといけないんだ。帰りは……。
 そうだな。しばらくの間は会えなくなると思う」

あの日の父は、スーツ姿だった。

「おまえは男の子だ。母さんを守ってやってくれ」

それが父と交わした最後の言葉。
夜の8時。玄関を出た父は、外で待機していた車に乗せられ、
二度とうちに帰ることはなかった。

俺の母さんは気が狂ってしまった。
仕事を辞めて毎日家にいるようになった。
母は一日中寝たきりの日もある。
たまに、ふと思い出したかのように食事の支度を始めては、

「そろそろお父さんが帰る時間かしら」

と言い、買えるはずのない人を待つ。
記憶からつらい現実を消し去ってしまったのか。
一種の逃避なんだろうな。そんな時に俺は、家を飛び出して近所の公園に行く。

団地の近くにある公園だ。俺の家は一軒家だが、すぐ近くに団地があったのだ。
その団地のさらに先には、お大臣の屋敷があった。
そこの屋敷には、とある女の子が住んでいた。

「あっ、美樹くーん」

ココ、という変わった名前の女の子がこちらに駆けてくる。
こいつがお大臣の娘だ。フルネームは斎条ココ。俺のクラスメイト。

「どうして泣いてるの」
「……別に」
「何か辛いことでもあったの」
「……」
「ねえ、何でも話してよ。私ね、美樹君のこと心配してるんだよ」

俺は必要以上に無口だった。理由がなければ何も話すつもりはない。
人と話すのが面倒なわけじゃない。俺は、何か余計なことを口にして、
父さんみたいに逮捕されるのが怖いんだ。

今俺たちがいるのは、ブランコと滑り台しか置いてない簡素な公園だが、
団地の目の前なのでたくさんの人目がある。どうやったら俺が
「母のことで困ってる。理由は、父が粛清されたことで母が狂ってしまったからだ」
なんて言えるんだよ……!!

「美樹君。見て。私ね、今日は夕飯のお買い物してきたの。
 今からお邪魔してもいいかな」

「……母さんが、今日は作ってるから。……夕飯」

「あっそうなんだ。今日は元気な日なんだね、お義母さん」

字面に違和感を感じるが……。

「でもお邪魔させてもらうよ」

「……おい」

「いいからいいから。公園のブランコに座ってても、なんにも解決しないでしょ。
 ほら。あっちで警官の人がにらんでるよ。早く行きましょう。さあ早く」

ココは、俺の手を握って速足で歩き出した。
長いツインテールの髪の毛が、俺の肩にそっと触れた。

斎条ココ(さいじょう) 恋に恋する腹黒い女の子。根っからの資本主義者。

お母様がいるならむしろ好都合って感じかな。
早めにお嫁さんアピールをしておかないとね。

「あら、ココちゃん。いらっしゃい」
「えへへ。お邪魔しまーす」

すでにシチューが出来ていた。私が買ってきた食材は
無駄にならないように冷蔵庫に入れておいた。
困ったことに私もシチューを作ろうと思っていたのだ。
これって偶然にしては出来すぎてる気がする。

お母様は、鍋に火を通して温め直す。
お母様は、やっぱり三人分の食事を用意していた。
いるはずのない、旦那の分まで。それは今では私の分となるんだよ。

「今日はあの人の帰りが遅いから、三人で先に食べてしまいましょうか」
「はーい♪」

この家の食卓は、半分くらいは私が支配している。
お母様が病気で寝込んでる時は、私が積極的に食事を作るようにしているからだ。
こうして飛び入りで夕飯に参加しても、当たり前のように食事にありつける。
私は彼の恋人であり、母親代わりってところかな? 
まだ告白はしてないけど、実質付き合ってるようなものだと思う。

「ごちそうさま……」

彼は終始元気がなく、私とお母様の会話にも混ざろうともしない。
皿洗いをしそうになったので私が止めた。そんな死人みたいな顔で
家事はやらなくていいのよ。彼は「そっか。すまん」と言って、自分の部屋にこもった。

私は後片付けを済ませてから彼の部屋に入ると、彼は宿題をしていた。
真面目なんだねと褒めてあげたかったけど、彼はどうやら作文を書いてるようだった。
うちのクラスにはそんな宿題は出てない。おかしいと思って机をのぞき込むと、
彼は政治のことを書きなぐっていた。

「同志レーニン……すべての権力をソビエトへ……
 労働者と農民による団結……全世界の資本家の打倒……」

「……っ!! いつからそこにいた!!」

彼は椅子を倒して立ち上がった。本気で驚いているようだ。

「美樹君は偉いのね。小学生なのに政治のことを考えているんだ」
「……」
「将来は政治家を目指してるの? 普段はサッカーの事しか頭にないって感じなのに」
「……別に」

彼は原稿用紙を手の中で丸めて、ゴミ箱に投げる。はずれた。私は拾ってしまう。

「……やめろっ」
「減るもんじゃないじゃない」
「……そんなの、ただの駄文だ」

「これ、なんのために書いたの?」
「……」
「言えないの?」
「……」 
「あのこと、ばらすよ?」
「それはっ……困る」

あのこと、とは。
私と彼だけの秘密だ。私と彼は小学生だけど、もうエッチなことをしていた。
今年の夏休み。彼と二人で夏休みの宿題を片付けている時、
ふと眠くなった私がベッドでお昼寝をした。

彼も隣でいっしょに寝ていたのだが、
彼は急に我慢が出来なくなったのか、
私のブラを外し、乳首に吸い付いた。パンツも脱がし始めた。
そこで私は寝ているふりを止めて「さっきから、なにしてたの?」と聞いた。

彼は青ざめ、土下座を始めた。私は心の中で高笑いをしながらこう言った。

『大丈夫。皆には内緒にしておいてあげる。ただし条件があるの。
 これからもずっと私と一緒にいてね。それと私の前で隠し事はしないで』

その日から、彼は私の言いなりになった。


私と彼は、小五の時に初めて同じクラスになった。
最初は恥ずかしくて彼に声をかけられなかった。

美樹君は、いわゆる学園のアイドル的な存在で、彼には
女の子のファンがたくさんいた。彼と同じクラスの女子で
ストーカーみたいに付きまとってる奴らもいたほどだ。

彼は毎年バレンタインのチョコが山ほどもらえた。
今どき下駄箱の中にラブレターを置いてる娘もいた。
二歳も年下の女の子だった。

私は、自分が何かをしたわけでもないのに、彼女らに嫉妬してしまった。
うらやましくもあった。彼女らは自分の気持ちを素直に伝えられるんだから。
なにか、彼と話ができるきっかけがあれば。
昼休みにグラウンドでサッカーをやってる彼を、遠くから見守るだけの
女にはなりたくない。それじゃ他の雌どもと全く同じ、俗物にすぎないのだから。

彼と初めて接点を持ったのは、家庭科の調理実習の時間だった。
退屈な座学と違って生徒たちのテンションが高く、ざわついている。
眼鏡をかけた女の先生が、ぱんぱんと手を叩く。

『今日は家庭料理の実習ですよ。以前もやったから復習になっちゃうけど、
 手際よくやってお昼前には必ず終わらせるようにしてね』

私は幼い時から母の料理を手伝ってたから、なんでもない。
メニューは定番のカレー。まずはと、ジャガイモの皮をむいていく。
6人制の班だ。手の空いた女子には私が指示を出すと皆が素直に従っている。

「……あっ、悪い」
「い、いえ」

私の足元に転がった玉ねぎを、美樹君が拾った。
落としてしまったのだろう。
彼はたまたま私の後ろのテーブルで作業をしていたのだ。

彼がすっと立ち上がると、シャンプーのさわやかな匂いがした。
こんなに彼を近くで見たのは初めてだった。ドキドキする。

「……おまえ、すげーな」
「なにがですか?」
「ジャガイモの皮、すげー綺麗にむけてる」

こんなの私にとってはなんでもないことだった。でも周りの女子も
私の皮のむきかたが芸術的だと褒めてくれる。慣れれば誰でもできることなのに。
彼に褒められた時は本当にうれしくて、顔が真っ赤になっていたと思う。

「あの、良かったら教えてあげましょうか?」
「……いいのか?」
「はい。お邪魔じゃなければ」

「……でも今は班ごとに作業してるしな。そうだ。
 おまえ、今夜俺の家に来いよ」

「ええええっ!! 瀬川君の家にですか!! いいんですかっ!!」

周りの女子から、すごい視線が集まる。男子からもだ。

「最近母さんが病気がちで、俺が代わりに料理をしてるんだが、
 苦戦しててな。誰かに料理を教えてもらおうと思ってたんだ。
 あっ、でもいきなり今夜って言われても迷惑だよな。すまん」

「ぜんぜん迷惑なんかじゃありません!!」

また、視線が集まる。
一番鋭い視線を送って来たのは、チョコだった。
私の双子の妹の、チョコ。変わった名前だよね。
髪型は私と全く同じツインテール。背丈も同じ。
少し目つきが鋭いところも。何もかもが似ている。内面以外は。

帰宅後。

「姉さん。あれはどういうことなの?」
「みっともない嫉妬はやめて。彼の方から誘ってきたんじゃない」
「今からでも遅くはないわ。さあ断りなさい。
  早く断りなさい。急用ができたとか言って」

困ったことに双子の妹も、私と同じ男を好きになっていた。
たぶん双子ってこんなもんなんだと思う。

美樹君はサッカーが得意で、長身ですらっとしている。
前髪が長くて、長いまつ毛とキラキラした瞳が特徴。
どこか陰のあるところが素敵。
普通の女子なら彼のこと好きになると思う。
だってうちの学校にあんなにレベルの高い男子はいないもん。

「姉さんが行くなら私も一緒に行く!!」
「でもあんた、彼と話したことあるの?」
「うぐっ……」
「彼と一度も同じクラスになったことないじゃない」

私たちの通う学校は「学園」の初等部。
私たちの学年は全部で三クラスあるけど、不幸なことに
チョコは一度も美樹君と同じクラスになったことがない。

私は自分の恋路を邪魔されるわけにはいかないので、妹は置いて行った。

「メス豚……呪われてしまえ……メス豚め……」

爪を噛みながら、恨み言を言うチョコは不気味だった。
でも負けないんだから!! 恋は早い者勝ちよ!!

私と彼は、一緒に食事の支度をするうちに仲良しになった。
食後に宿題を済ませるのもいつしか恒例になり、休みの日も一緒に遊ぶようになった。

学校という名の狭い世間では、当然私達にやっかみを入れる輩がいた。
私のリコーダーはゴミ箱に入れられ、水着のお尻の部分に穴をあけられ、
筆箱の中に泥を入れられた。女子たちは私を遠巻きに見ながら、
聞こえる声で悪口を言いまくった。

『彼に弱み(料理)に付け込んだ売女』
『淫乱。男好き』
『男に媚を売るのが好き』

ただの嫉妬じゃん。人を馬鹿にするのが好きでも、
自分を高める努力はしないんだね。こいつらは自分は何も努力してないから
結果が実らないのに。どうしてなんでも私を悪く言うんだろう。

でも中には……勇気を出して告白したけど振られた子もたくさんいたみたい。
バレンタインのたびに玉砕する女の子が、うちの学年だけじゃなくて
4年生や5年生にも含まれていたそうだから。

私は悪口を全然気にしてなかったんだけど、代わりに美樹君が女子たちを叱ってくれた。
口数の少ない彼にしては、たくさんしゃべったと思う。本気で怒ってるようだったから。
私は嬉しかった。彼が、私のことをこんなに大切に思ってくれるなんて。

あとで、いじめの主犯が妹のチョコだったことが明らかになった。
美樹君は、陰湿な女は許せないと言うことで、チョコに直接文句を言うことにした。
あの日、美樹君が初めて私の家に来たのだ。

うちは、それなりにお金に余裕のある方なのね。家には家紋がある。
門をくぐり、日本庭園を通ってから母屋に案内される。
古風な家柄なのため、しょうじと畳の、いかにもな和室で恥ずかしかったけど、
彼は終始キョロキョロして圧倒されていた。客間で使用人さんにお茶を出されては
緊張して吐きそうな顔をしていた。そんなに緊張することなんだろうか。

「なあ。おまえってココの妹だよな。今日はお前のことで……」
「ごめんなさい、美樹君!!」

妹は何を思ったか、美樹君に足元にしがみついて、わんわん泣き始めた。
姉に嫉妬してやったことを素直に認め、二度といやがらせをしないことを誓う。
そしてどんな罰でも受けるつもりなので、何でも言ってほしいと言った。

「……分かったなら、もういい」

と言って彼は立ち上がってしまう。逃がすものかとチョコが必至で引き留める。

「せめてものお詫びとして、ぜひともうちで夕飯を食べていってほしいんですの!!」

「……腹は減ってない。それに家に帰ればお昼の残りがあるから」

「それでも!! ぜひごちそうさせてください!! 
 シェフに頼んで御馳走を作らせますわ!!
 ええ、それはもう!! 目の覚めるようなご馳走を!!」

「……ご馳走?」

「ええ!! ご馳走ですわ!! 高級食材を使った懐石料理ですわよ!!
 並べられた料理を見た瞬間、生まれたばかりの赤子が白髪になってしまうほどの
 豪華さなのです!! どうですか!! 興味があるでしょう!! 食べてみたいでしょう!?」

彼は愚かにも首を縦に振る。
妹は食事の前にと、使用人さんに指示してお風呂の準備をさせる。
さらに空いている部屋に布団まで用意させて泊まらせる気満々だった。
実の姉でさえ、ドン引きさせるほどの手際の良さだ。こいつ……。

斎条チョコ。根暗だけど、恋には積極的。好きな男には従順。

彼のスープに混入させた睡眠薬が効いて、よく眠っていた。
姉の分にも入れておいたので抜かりはない。

美樹君を私の部屋の布団に招待した。姉はベッド派だけど私は布団が好き。
ベッドは寝相が悪いと落ちそうになるから安眠できないのよ。

翌朝。

「美樹君。そろそろ起きてください」
「……ん?」
「ここがどこか分かりますか?」

美樹君は飛び起きて周囲の状況を確認していた。うふふ……。
驚いた顔も可愛いのね(;'∀')

「……あのさ、斎条はどうして裸なんだ?」
「私は寝る時はいつも全裸なのです」
「……隠せよ。俺は一応男だし」
「あら。見たかったら好きなだけ見くれていいんですのよ」
「……ばっ、ばか」

これでも胸の大きさには自信がある。背丈も平均よりは大きい。
運動(たまにジョギング)してるからスタイルだって悪くないはずだ。

「美樹君のここ、パンパンに膨れて苦しそうですよ。
 私の体を見て興奮したのですか」

「……やめろ。俺はもう帰る」

「あっ!!」

これからが良いところだったのに、彼ったら私の手を振りほどいて
逃げちゃうんだもの。その日は逃がしてしまった。
ちっ……、逃がした魚が大きすぎる。いっそ彼の手足を縛っておけばよかったか。

私は恋に燃えた。絶対にあきらめきれないので、もっと積極的に
アプローチをすることにした。まずは学校の廊下ですれ違ったら挨拶から始める。

それなのに……彼ったら!! どうして目を合わせてくれないの!!
校門前で別れの挨拶をした時も、気まずそうに眼をそらしてしまう。
無視されるときもあった!! 姉とは仲良さそうに並んで歩いているくせに!!

スーパーで買い物している時なんて、恋人を通り越して夫婦みたいだったよ!!
何度刺し殺してやろうと思ったか知らないんでしょう!!
人の気持ちも知らないで!!

私はまどろっこいしい手を使うのをやめて、直接愛を伝えることにした。

「……悪い。無理」

と小声で言って、背中を見せる彼。えっと、それだけ……?
俺には他に好きな人がいるとか、その手の定型句はなし……?
ちょっと待ってよ。何勝手に逃げようとしてるの。

「美樹君!! どうしてダメなのか理由を教えてよ!!」
「……」
「美樹君ったら!! 無視しないでよぉ」

私は彼の腕にしがみつき、精いっぱいのウソ泣きをした。
すると彼は少し溜息を吐いてから、とんでもないことを言い出した。

「……あの日から、お前の裸が頭から消えないんだ」

「え……」

「毎日寝る前にお前の裸を思い出した。お前の体は綺麗だった。
 俺はお前を女として認識した。だから関わらないことにした。
 お前を見てると、我慢できなくなってしまうから」

「そ、そんな……そんな理由で私を避けていたの?」

「……理由は言った。それじゃあ、また明日」

「が、我慢しなくていいんじゃないかな」

「……?」

「あの日、美樹君は私のおっぱいをずっと見てたよね。
 触りたかったら、触ってもいいよ?」

「う……」

「ここは校舎裏。今なら誰も見てないよ。そこの茂みの裏に隠れてやれば大丈夫だよ」

彼は獣になり、私を押し倒した。正直、怖かった。けど我慢しないと。
ここで彼を逃がしたらもう何もかも終わりだ。
彼は私の上着を全部脱がして、ブラに手をかけた。
ホックのはずし方が分からなくて困っていたので、手を取って教えてあげた。
彼の呼吸が荒くなり、目が血走る。我慢できないと言った風に胸にむしゃぶりついた。

「あん……」
「……動くな」

私の手首は芝の上に押さえつけられた。
彼はいやらしい手つきで、私の太ももとお尻をなでた。
男の子に体を触られるの初めての感覚だった。体中に電流が走ったかのように
熱くなってしまう。パンツの中は濡れていたと思う。

「こらお前たち!! そこでなにをしているのか!!」

教頭先生に見つかった。この白髪親父は良いところで邪魔をしてくれた。
私はあられもない姿で、彼もズボンにテントを張っていたから
言い訳のしようがない。すぐ生徒指導室に連行されて厳しく説教された。

男子の側だからか、美樹君は停学処分にする方向で話が発展してしまう。
あとで職員会議で話し合うそうだけど、そうはさせないよ。
私は子の教頭を首にするために、学園本部の権力者のコネを使うことにした。

学園本部とは、足利市にある『学園』の高等部のことだ。
権力者の名前は高野ミウ。校長をしている妙齢の美女だ。

私の家は代々続く資本主義者の家系だけど、栃木ソビエトに対し
多額の援助金を送ることで存続を許されている。ソビエト政府に対する
出資金の総額は3億を超えると親が言っていた。

そんなわけで、私は高野ミウの連絡先まで知っていた。

三日後、教頭先生は、突然転勤することになった。
転勤先は群馬県の山岳部にある強制収容所だ。
生きて足利に戻ることは二度とないでしょうね。

「チョコ。ありがとう。本当にありがとう。一歩間違えたら
 俺が収容所送りになっていたかもしれない。本当にありがとう」

「うふふ。礼には及びませんわ。私は美樹君のことを愛してます。
 美樹君のためだったら世界を敵に回したってかまわないわ。
 だから、ね? もう泣くのはやめましょう」

それから彼は私の告白を受け入れ、私たちは恋人同士になった。
ハッピーエンド。のはずなんだけど、困ったことに私の姉は
頭が悪いせいか、まだ彼のことを諦めていなかった。

三人称。

斎条姉妹のどちらと付き合ってるのか?
そう問われて美樹は答えられずにいた。

表向きには妹のチョコと交際している。
しかし本音を言えば、ココの方が好みだった。

理由は単純で、腹黒いチョコよりも、明るく料理の上手な
ココの方が将来的に良い奥さんになりそうだと思ったからだ。

いっそチョコを振ってしまおうかと思ったこともある。
だがチョコには教頭の件で命を救われた。
それは決して大げさな表現ではなく、学園では初等部の生徒でも
風紀を乱す生徒(反逆者の疑い)は強制収容所に送られるのだ。

特に教頭から見たら、美樹が女生徒を性的に暴行しているようにしか
見えなかったことだろう。実際は合意があったなどと言ってもどこまで
信じてもらえることか。日本でも栃木ソビエトでも性的な事件では
圧倒的に男性が不利なのだ。

そして何より……。

「どうですか美樹君。そろそろ気持ちよくなってきたでしょ」

チョコは、男性を悦ばせるのが上手だった。12歳の若さで
娼婦のような顔つきで、露出した男性器を優しく握り、しごくのだ。
一度彼女の手に捕まると、美樹はズボンを下ろした情けない恰好のまま、
イクまで動くことが許されない。

「このまま出しちゃっていいんですよ。我慢しないで。
 我慢すると体に悪いですよ。ほらほら。どうですか」

チョコの顔が白濁液で汚された。勢いのある射精だったので
トイレの壁にも飛び散ってしまった。二人は自宅のみならず、
学校帰りに公園のトイレにこもって情事をすることもあったのだ。

ここは監視社会のソ連内。大胆が過ぎると思われるだろうが、
斎条家は資本家にして栃木ソ連の出資者の地位である。
仮に秘密警察に見つかっても不問にされるのだ。

「今日はいっぱい出しましたね。
 いつもより味が濃い気がしますけど、気のせいでしょうか」

「……そういうこと言わなくていいから。恥ずいだろ」

普段は従順なチョコだが、エッチなことをする時だけは女王様だった。

「私の体が欲しくなったら、何時でも言ってくれていいんですよ。
 私の体はいつだって美樹君のものですから」

この頃の美樹は、共産主義に興味を持ち始めていた。
彼は何もボリシェビキを目指していたわけではなく、自らを
ボリシェビキの中枢に潜り込ませて、父の復習を果たそうとしていた。

美樹はココに共産主義の作文を見られてしまったことがある。
あれはボリシェビキ幹部候補生の採用試験の対策だった。
(ボリシェビキを目指したきっかけを書く作文。200字の原稿用紙4枚)
学園の中等部から幹部候補(生徒会役員)になる人は、選別にかけられる。
彼は小学六年だから、今すぐにでも勉強に取り掛からないと間に合わない。

ココと一緒に料理をする時間も貴重だったが、今は政治の勉強に専念したい。
だが政治は難しい。新聞を読んでも本を読んでもきちんと理解できない。
そんな時は生前の父が語ってくれた内容をよく思い出す。
彼には資本主義と共産主義のどっちが正しいかの判断がつかない。
どっちも間違っている気がした。

なぜ父は殺されたのか。
本当に殺されるだけのことをしたのか。

父が失踪(表向き)した理由は、海外転勤で単身赴任をしているからだと
当局からは説明された。栃木ソビエトは、重要なことは何も教えてくれない。
だから、せめて母が亡くなる前に真実を明らかにしたかった。
狂ってしまった母にも、せめて父の死を受けれてほしかった。

ボリシェビキになるのは簡単なことではない。一度組織に入ったが最後、
死ぬまで党への忠誠を誓わされる。ボリシェビキの特徴は、反対主義者、
反革命容疑者がいた場合は、党員でさえ容赦なく粛清することだ。

何か、ささいなことで反革命容疑者と疑われたら、まず拷問される。
そして収容所へ送られるか、良くて銃殺刑となる。

死への恐怖と、父を殺したボリシェビキへの恨みが交差する。
このストレスを、チョコは全部受け止めてくれた。
チョコに抜いてもらうと、すごく気持ちが楽になった。
小学生なのに背伸びして大人の快楽の世界に足を踏み入れていることも
新鮮で仕方がなかった。

ここの裸は、何度見ても綺麗で、病みつきになった。
彼女の足をいっぱいに開かせ、あそこをじっくりと舐めたことがある。
チョコは早熟なのか、うっすらと毛が生えていた。まじまじと
見つめると恥ずかしいのか、チョコは鼻の先に手を当てていた。


「私に内緒でチョコとエッチなことするのは楽しかった?」

いつかは、ばれるはずだった。斎条家の屋敷の中でエッチしたことは
一度や二度ではない。双子の姉のココが、鬼の形相で美樹の腕をつかむ。

「私とはキスもしてくれないのに、どうしてチョコとはエッチするの?」
「……」
「黙らないで。ちゃんと答えてよ」
「……俺はボリシェビキを目指してる」
「は? 関係あるの、それ」

「……ボリシェビキでは、
 不純な恋愛をしている奴は粛清される。
 だから俺は、おまえらと一緒にいられない」

それだけ言って駆けだした。
家に鍵をかけて、追いかけてきたココが入ってこれないようにした。
送られてきたメールも全部無視し、携帯の電源を切った。

その日の夜、斎条家では血みどろの姉妹喧嘩となった。
一人の男子を巡っての争いは夜明けまで続き、止めに入った多くの使用人が
手足を折ることになり、病院へ運ばれた。父や母も止めに入ったが、
ココの強烈な裏拳を食らい、群馬県の方角へ吹き飛ばされた。

美樹「……病んでる?」

※美樹

ヤンデレ彼女……。そんなタイトルのラノベを本屋さんで見かけたことがある。

「美樹君。お昼ご飯をご一緒してもよろしいですか?」

秋の運動会の日だった。
うちの学園では熱中症対策として10月の半ばに開催する。
以前は9月だったが、今の日本は九月でも十分に暑い。

チョコは大きな包みを持っていて、
どうやら二人分のお弁当を作ってきたようだった。

「いや、でも俺、弁当持ってきてるし」

「うふふ。美樹君はよく食べるから、私の作ってきたお弁当も
 ぺろりと平らげてしまうものね?」

「あのさ……」

女子連中からすごい注目されてる。運動会のお昼は、家族らと一緒にご飯を食べる時間だ。
そこらじゅうでピクニックシートを広げて、ママの手作り料理を食べる奴らを見かける。
最近は離婚してる家庭がほとんどだから、父親がいる家庭は珍しい。

うちの父は……思い出したくもないが粛清された。
栃木ソビエト内ではそんな人が多いんじゃないだろうか。
最近は足利市内で生起した革命が周辺地域に波及し、
埼玉県北部から群馬県全域も加わって北関東ソ連へと名前が変わりつつあるらしい。

「私の両親は来てないから一緒に食べてくれる人がいなくて
 困っていたの。人助けだと思って一緒に食べてよ」

「……姉と食えばいいだろ」

「ココは休みだよ。今日も体調不良だから」

そう。俺がココを振ってから、あいつは学校に来なくなった。
不凍港……じゃなくて不登校ってことだ。

関係ないけど不凍港はソ連が滅ぶその日まで渇望していたものだ。
寒冷地帯のソ連には、冬の間に凍らない港が喉から手が出るほど欲しかった。

日本海側に良好な港を多数保有し、いつでも他国に対して侵略ができる
日本帝国のことをソ連は警戒し恐れていた。戦前のソ連が最も警戒したのは、
満州に展開する日本の強力な陸軍部隊と、空母と戦艦を中心とした圧倒的な海軍戦力だった。

日本からしたら、日本みたいなちっぽけな国じゃソ連には勝てないと思ってるんだろうが、
向こうからしたらむしろ逆だ。日本はさっき言ったように、港を多数保有してるから
そこからいつでも海軍を出動させられる。航空基地も至る所にある。

東部シベリア、沿海州、外モンゴルで日本帝国と国境を面していたソ連。
彼らは国土が広いゆえに広く国境を警備する必要があった。中東のアフガニスタンに
駐在するイギリスの陸軍部隊、西のポーランド、北西部の喉元(レニングラード)の先に
フィンランドがあり、さらにドイツ軍からの侵略にも脅えていた。

ソ連軍首脳部は『極東から日本に侵略されたら不味い』ということで、
シベリア駐屯軍には常に100万の精鋭を置いて対処することにしていた。

のちに満州とモンゴル国境地帯でノモンハン紛争が生気。
お互いに何もない平地で戦わされた。ジューコフ将軍率いるソ連側は、
補給線が伸び切った不利な状態だったが、画期的な機械化輸送を使用して
大戦力を集結させた。日本軍を押し戻すことに成功する。

ジューコフ将軍はその功績からスターリンから英雄勲章を授与された。
さらにドイツ戦が始まる時は、最高司令官任命されるに至る。
このように、ソ連側からしたら日本領土に侵攻するなど論外であり、
いかにして日本の侵略から身を守るかを第一に考えていた。

(日本の敗戦直前にはソ連が満州朝鮮に侵略してきたわけだが、
 その時の日本なら勝てる保証があったから侵攻したのだ)

ソ連を滅ぼす可能性の高い国は、ドイツ、イギリス、日本、フランスの順で
ランクされていた。ソ連の外交は、これらの国との交戦を絶対に避けつつ、
彼らの国に潜入させたスパイを使って内政を混乱させ、
彼らがたがいに殺し合って消耗させる。そして
最後にソ連が戦争に参加して漁夫の利を得ようとしていた。

「美樹君たらデリカシーがない人なんだから。
 私と楽しくお昼を食べてるのに歴史の話をするなんて」

「ご、ごめん。俺は……ボリシェビキを目指してるから」

チョコは一度俺に振られたのに諦めないメンタルの強さを持っている。
廊下ですれ違った時に何度も無視してやったのに、諦めない。
ついに俺がチョコとエッチしてる事実を世間に公表するとまで言い出したので、
仕方ないのでいつも通り接してやることにした。

「そんなにボリシェビキっていいものなのかな」
「ボリシェビキになるのは、俺の宿命だ」
「普通の生徒として過ごした方が楽だと思う」
「普通じゃなダメなんだ。俺は普通に過ごすことを許されていないんだ」

俺はやけくそになってお弁当を食べていた。
こいつの持ってきた重箱には、エビ、ホタテ、ウニ、イクラなど
高級な食材がたくさん入ってる。スーパーで買う奴とは全然味が違う。
俺が自分用の弁当を持ってくることを見越してか、
おかずだけでご飯は一つも入ってない。

「う、うまい、箸が止まらなくなってしまう。
 こんなにうまいものを食べたのは生まれて初めてだ」

「うふふ。喜んでもらえてよかったわ。お口が汚れていますよ。
 ふいてさしあげますわ」

こいつがウエットティッシュで俺の口元をぬぐった時、
女子の一角から「ぎゃー」「なにあれー」と悲鳴が上がる。

俺たちは、あまりにも多くの視線にさらされながら食事をしていた。
チョコはまるで遠慮がなくて、俺の隣にぴったりとくっついて座っている。
ハーフパンツから伸びた、こいつの柔らかそうな太ももは
できるだけ視界に入れないようにしていた。

「てめーら、見せつけてんじゃねえよ!!」
「6年生で一番のすけこまし野郎!!」

男子からもやっかみが入る。他クラスの奴らだ。
俺らのうわさは学園中に広まってるからな。最近は先生方からも
睨まれているような気がする。

すけこましだから何だ。モテない男子よりはましだと思う。
何より気に入らないのは俺を悪者扱いすることだ。
斎条姉妹が一方的に俺に言い寄ってるだけな気がするんだが。

「そろそろお昼休みが終わってしまいますわ」

チョコは、弁当箱を片付け始める。最初から思っていたんだが、
この料理は使用人が作ったんだろうな。盛り付けの仕方とか
プロっぽかった。俺はチョコが自分で料理をしているのを見たことがない。
姉と違ってこいつは料理が好きじゃないんだろうか。

「美樹君は放送係ですから、早めに戻った方がいいですよ」
「ああ……。てか俺の日程よく知ってるな」

俺は午後から放送の仕事がある。次のプログラムは○○です。
選手は入場門に集合してくださいとか言うあれだ。恥ずかしいから
やりたくなかったが、クラスのくじで決まってしまった。死にたい。

テントの下に入る。放送係の席の、すぐ隣には来賓の方々の席がある。
俺はそこでとある美女を見てしまった。

こんなに綺麗な人がこの世にいたのかと思った。

「ねえママァ。午後は玉入れが始まるのぉ(*^。^*)」
「そうよ。おとなしく座ってなさいね」
「はーい。僕もやりたいなぁ玉いれぇ」

幼稚園くらいの小さな子供と並んで来賓席に座る美女。
整えた両足を斜めにして座り、膝の上に手を乗せている。
体のラインが強調されてなんとも品がある。一見して知的な女性で、
しかも地位のある女性なんだろうと思った。

「ねえ君」

「……え?」

「そろそろ午後のプログラムが始まる時間じゃないのかな。
 生徒たちは退屈しちゃってるみたいだよ」

俺は美女を見るのに夢中で、午後の一時を過ぎてるのに気が付かなかった。
その美女から指摘されてしまったのだから、とんだ間抜け野郎だ。
すぐに司会を始める。家で何度も発声練習をしたが、本番は緊張するな。
噛まずに言うので精いっぱいだった。

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。
 こういうのは数をこなせば慣れるものだから」

「……は、はい」

「きみ、名前は瀬川君って言うんだ」

俺の体操服には名字が書かれているから一目瞭然だ。

「あなたは……?」
「私は高野ミウ」
「中等部と高等部の……校長先生ですよね」
「よく知っているわね。初等部にはめったに顔を出すことがないのに」

「俺は、あなたにあこがれているんです」
「へー。そうなんだ?」
「はい。あなたのような立派なボリシェビキになりたいんです」

それから俺は、放送係の仕事も忘れて自分のボリシェビキへの熱意を語った。
なんでこんなことをしたのかは分からない。ただ本能から、学園の最高権力者に
自分を印象付けられたら試験に有利になるかもしれないと思ったのだ。打算……か。
俺はチョコみたいに腹黒くなるつもりはない。
でもどんな汚い真似でもしないと、ボリシェビキで地位を築くことはできないんだ。

(ちなみに最高権力者は理事長閣下だが、理事長閣下は思想的に
 問題があるとしてすでに粛清されている。学園の管理者は
 足利市議会であるが、実権はミウさんが握っている)

「今時の子にしては、将来有望なボリシェビキになりそうな子だね。
 君のこと気に入ったよ。私ね、このあと仕事があって13時半から
 一時間ほど席を外さないといけないの。
 その間、私の息子の面倒を見ててくれないかな?」

俺はパニックになりそうな頭で首を振った。放送係は交代制で、
午前中は隣のクラスの女子がやっていた。午後は俺の番だ。
俺は最後まで放送席にいればいいのだ。本当は最後のクラス対抗リレーに
出たかったけど、くじ引きで決まったのだから仕方ない。

「おにーさん、僕ね(*'▽') のど乾いたー」
「……分かった。ペットボトルやるよ」

来賓用に用意したクーラーボックスに、
冷えたオレンジジュースがあったので与えてやる。
今日は曇りでそんなに気温は高くない。冷たくないだろうかと思ったが、
子供だからか美味しそうに飲んでいた。

「(*'▽')ねえねえ。ママはいつ戻ってくるのぉ?」
「……そのうち戻ってくるだろ」
「(*'▽') あれは何をやってるの?」
「組体操だよ。組体操ってわかるか?」
「わかんないけど、面白そう。僕もやる―」
「おまえにはまだ早いよ。ほら。座ってなさい」

落ち着きのない子供だ。すぐに席を立ってその辺をふらふらしようとする。
子供だから見てるだけだと飽きちまうんだろうな。

組体操が終わり、5年生の生徒たちが持ち場へ戻る。
保護者席からの大量の拍手を浴びながら。それにしても
保護者連中はスマホで飽きることもなく子供を映してるな。
こういうのって、その時は夢中で撮っても
後で見返すことがないって母が言っていたぞ。

運動会用に設置した大型のモニタースピーカーから、
宇宙戦艦ヤマトのテーマソングが流れた。

「宇宙戦艦ヤマトだぁ!!」
「子供のくせによく知ってるな」
「甲子園で流れる曲だから、ママが教えてくれたのぉ」
「ふーん。あの人、野球に興味あるのか」
「この前、僕とキャッチボールしてくれたよ」

野球は泥臭いスポーツの印象があるけど、あんなに美人さんでも
興味があったりするんだな。もちろん見る側なんだろうけど。

たまには子供の相手をするのも悪くなかった。
子供の無邪気な顔を見ていると、父の復習の事がどうでもよくなっちまう。
こいつの名前を聞いたら、セマル・ジュニアと聞かされた。
変な名前だな。アメリカ人みたいだ。

六年生の席に座ったチョコがすごい顔でにらんでくるけど、気にしない。

「おまたせ。思ったより時間がかかっちゃった。
 ジュニアの面倒を見てくれてありがとうね」

「いえ。俺もなんていうか……楽しかったです」

「あらそう? そう言ってくれると助かるよ。
 あなたって子供思いで優しい子なんだね」

ニコっと微笑まれて、俺のハートが打ちのめされてしまった。
本当に、なんて綺麗な人なんだろう。きりっとしたスーツ姿で、
長い茶色の髪を三つ編みのサイドポニーにしている。
20代だろうか? 化粧が少し濃いけど十分に若くて美人さんだ。

俺はチョコのことも美人だと思ってるけど、やっぱり大人の女性の
魅力は全然違う。この人には匂い立つような色気がある。

「高野先生は……お綺麗ですね」
「へ? 私が?」

高野校長は難しい顔をした後、

「まあ小学生の男の子の言うことだから、素直に受け取ってあげるよ。
 たとえお世辞だったとしても、ありがとね(^▽^)/」

これでも勇気を出して告白したくらいの気持ちだったのだが、
もしかしてこの人は俺の言ったことがお世辞だと思ってんのか?
よくわからない人だ。

「ところで瀬川君はボリシェビキを目指してるんだよね。
 実は隠れテストがあるんだけど」

隠れテストとは……。いわゆるコネによる採用枠だった。
実は中等部ではボリシェビキ幹部候補が年々減ってきていて、
初等部の段階で有望そうな人材を積極採用するために、
コネ採用の枠を作っているそうだ。

「テストの内容は簡単だよ。毎日新聞を読んで、本をたくさん読んで、
 体を鍛えて、革命的情熱を蓄えながら毎日を過ごしてもらうの」

「それって卒業までに毎日勉強を続ければいいってことですか。
 俺にとっては今まで通りの日常を続けるってことになりますよ」

「その認識で、間違ってはいないよ。ただし、条件があってね。
 君が小学校を卒業するまでに、万が一反社会主義に目覚めたり、
 資本主義に同調したりする『恐れ』があった場合。
 当局はこれを懲罰の対象にします」

口の中が、からからに乾いてしまう。
校長先生から発せられるプレッシャーに押しつぶされそうだった。
懲罰の件の時、明らかにこの人の目つきが変わった。優しそうな美女じゃなくて
獲物を狩る狩人の目だった。やっぱりこの人は、普通の女性とは生きてきた世界が違うんだ。

「同志に対して誓います!! 俺、瀬川美樹は、初等部を卒業するまで
 巨さん主義の勉強を続けます!! そして我々の革命的情熱によって
 いつか日本が資本主義の魔の手から救われることを願っています!!」

「素晴らしい宣誓だね。だけど最後に少しだけ訂正があるの。
 我々は願うんじゃなくて、やるんだよ。やるかやらないか。
 そういう次元じゃない。絶対に資本主義を打倒するんだよ。わかったかな?」

「必ず日本を資本主義の魔の手から救います!!」

「そうそう。それでいいんだよ」

ミウさんは、俺の頭をなでてくれた。まるで自分の子供にするような、
優しい手つきだった。彼女の化粧の匂いが鼻を突いた。

その日から、俺は学園の権力者高野ミウと知り合いになったんだ。

チョコ「貧乏人は死ね」

私の彼氏のお母さまが逮捕された。

その知らせが届いたのは、三月の末だった。
小学校の卒業旅行の当日、私たちは
北関東ソ連の群馬サファリパークの遊園地に行った。

「……うそだろ?」

彼は行きのバスの中で、担任の女の先生に耳打ちされたのだ。
君のお母さんは、反革命容疑者として逮捕されたと。

「……今すぐ家に帰らせてください」
「それは無理な相談ね。正しい生徒は卒業旅行に参加する決まりになっています」

担任は強情だった。激しく取り乱し大泣きする彼の願いは何も聞いてくれなかった。
そもそも、私たちのクラスの担任は何者なんだろうか。機械的な話し方をして、
常に不愛想で、共産党員であることを誇りに思っているようだった。

私も担任に質問した。なぜ彼のお母さまが逮捕されたのか。

「答える義務はありませんが、あえて言うなら彼女は
 反革命容疑者の妻だった、ということでしょうか」

それはつまり……かつて夫が逮捕されたから、その連帯責任として
二親等以内の家族まで逮捕されると言うこと。なぜなら
『復讐心から、将来ソ連に敵対する可能性があるため』に先に粛清しておく。
こうすることで反革命分子を、その可能性のも含めて排除する。
レーニン時代に編み出された粛清の方法だ。

「……せ、先生。親が逮捕されたってことは、いずれ俺も逮捕されるんですか?」

「それにも答える義務はありませんが、あえて言うなら、
 あなたはボリシェビキ幹部候補生として学園本部から期待が寄せられている。
 よって今のところは免除されている。そういうことではないでしょうか」

先生の話し方は、本当に人間味がない。定型句に単語を入れ替えて話すだけの
ロボットだ。きっとこの30代半ばの女には、人の血が通ってないのだ。
試しに腕を切断してみたら、ナメック星人みたいな緑色の血が流れても不思議じゃない

「……先生。俺は小学生です。親がいないので共同アパート(孤児院)へ送れるのですか?」
「そうなりますね。すでに手配は済んでおりますので、あなたが心配する必要はありません」

孤児院は、地獄だ。
看守による虐待、性的暴行は日常茶飯事。
文字通り大人たちのストレスの発散場。人間以下の生活を余儀なくされる。
罪深いソビエト人民の子息だから、土日は罰として農作業や家畜の世話をさせられる。
罪人は肉体労働である一次産業に従事させるべきだと当局は考えているのだ。

つまり、彼は実質強制収容所送りになるってこと。もちろん私は止める。

「同志、先生!! 私から提案がありますわ!!」

私の家は広い。空いてる部屋がたくさんある。ので……。
彼と一緒に住むことを提案した。

「それは当局が判断することです。あなたの意志など私は知りません」

「で、ですが」

「同志斎条チョコ。あなたは当局の判断に不服なのですか?
 もしそうだとしたら、残念ながら私はあなたを同志たちに報告せねばなりません」

ま、まずい。
私も強制収容所に送られる流れになってる。
でも斎条家は足利市でもトップクラスの出資者の家系。
そう簡単に逮捕されるわけがない。だから私は強気に出た。

「担任閣下。これをご覧になって。
 私のスマホには、同志高野ミウの連絡先がありますの」

「なっ」

担任は、急にパニックを起こしてバスの通路に尻餅をついた。
そして何を思ったのか、私の前で土下座を始めた。

「申し訳ありません!! 申し訳ありません!! 同志斎条よ!!
 今思い出しました。あなたは同志高野閣下と懇意の関係にある家系でしたね!!
 先ほどのご無礼をお許しください!! 本当に申し訳ありません!!」

担任の権限により、美樹君を斎条家に住ませることを了承してくれた。
こういうのって担任の意志で決めて良いものなのか知らないけど、
認めてくれたのはうれしい。これからは毎日彼と住めるのね。

「だってさ。よかったね美樹君」
「あ、ああ。よくわからないけど、俺、助かったんだな」
「美樹君……きて」
「チョコ……いつも助けてくれてありがとう。俺、やっぱり
 お前のこと好きだ。ずっと一緒にいよう。愛してる」

走行中の揺れるバスの中で抱き合う私達に、クラス中から悲鳴が上がる。
私は大きな声で「私たちの恋愛を邪魔する人は粛清します!!」と
言うと、一瞬で静かになる。卒業旅行の時になって初めて、
みんなは私が権力者とコネがあることを知ったのだ。

近くの席に座っている姉が、口をパクパクさせながら私を見ている。
もう遅いんだよ。彼の口からはっきり聞いたもの。私のことを愛してるって。
念のため録音しておけばよかったかな。


「美樹君。バスが遊園地に着いたよ」
「ん……?」

彼はバスの中でいっぱい泣いて、私の膝の上で寝ていた。
バスから降りて、駐車場で各クラスごとに点呼を取る。
私たちは6年2組。1組と3組の女子たちが、

腕を組んで並んでいる私達をにらみつけている。
もうすぐ小学校を卒業するのに、あいつらの醜い嫉妬は全然変わらない。

「ちょっとおふたりさん。最後だから聞くけど、結局あんたらって
 中学に上がってからも付き合うってことでいいのね?」

リーダー格の、短い茶髪に髪留めをした女子が効いてきた。
小学生のくせに茶髪とか。腕組んでるのが印象最悪。

「私と彼は将来結婚します」
「は……? 結婚!?」
「ついさっき婚約しました。彼の方から愛を誓ってくれたので」

さすがに美樹君も驚いているけど、小声で話を合わせてと伝えておいた。
私たちはエスカレーターで中等部に進学する。

中等部からは転入生もたくさん入ってくるから、エスカレーター組には
私と彼の関係をはっきりさせておかないと。どうせ彼は中等部でも
アイドルになることは分かりきってる。ライバルを今のうちに排除しておきたい。

『12歳で婚約とかマジ!?』
『どうやってそこまで話を進めたんだろ』
『ショック~、美樹君、趣味悪すぎだよ~』
『あんな女のどこが良いんだろうね~』

せっかくの楽しい旅行が、あいつらの陰口で台無しになりつつある。
今日は晴れて風もなく、素晴らしい日なのに、
あいつらの頭の中にはいつだって吹雪が吹いてるんだ。

でも気にしない。人気者の男子と付き合うってのはこれくらいの代償があるのは当然。
むしろ有名人税と思っておけばいい。私は絶対に彼と手を繋いで歩くのを忘れない。
どうせならソ連中に彼との関係をアピールしてやる。

園内を歩き回る。平日だが、それなりにお客さんがいる。
群馬サファリパークは大きく分けて二つのエリアに分かれている。
午前中は遊園地エリアを回って、午後からは動物園エリア(サファリ)に行く予定。
食事は各自自由ということで、レストランで食べてもいいし、
売店(ワゴンなど)で買ったものをベンチに座って食べてもいい。

「美樹君……つらいよね。
 こんな時にジェットコースターとか乗りたくないよね。
 気持ちが落ち着くまで、そこのベンチに座って過ごしてもいいけど」

「……いや、せっかく遊園地に来たんだ。コーヒーカップに乗らないか」

「うん!! いいよ!!」

うれしい。彼の方から手を繋いでくれた。彼は地味なポロシャツに
七分丈のデニムパンツ姿。あまりファッションには気を使わない方だけど、
それでもカッコいい。私は清楚な春物ワンピースに身を包んでいた。
ヒールサンダルだから、あまり早く歩けないのをちゃんと気にかけてくれてうれしい。

「ねえ、私も行く」

びっくりした!!
背後霊がいるのかと思って振り向くと、ココだった。
一か月も不登校になったせいか、元気だったころが嘘のように根暗になってしまった。
髪をしばらく切ってなくて前髪がだらしなく伸びてしまっている。
髪を縛らないで垂れ流しているから、余計暗く見える。

「……おう。もちろんいいぜ。おまえは俺の彼女のお姉ちゃんだから」
「彼女の……お姉ちゃん……」

美樹君は空気を読まないことを言った。
その一言は、ココを恋愛対象として見てないってことだった。
ココが積年の恨みのこもった瞳で私を見てくる。
他の6年生のメスガキどもの、どんな瞳よりも恐ろしくて足が震えた。

「お、おい。ココ……? なにしてるんだ?」
「私も美樹君のこと、好きなの」
「やめろよ……俺が二股をかけてるみたいに思われる」

コーヒーカップ乗り場には、見知った顔が並んでいた。
件の女子たちだ。私達を監視するのが目的なのか。

「美樹君……。お願い。私のこと捨てないで」

「……俺とココは同じ家に住む。毎日会える」

「でも、美樹君はチョコのことが好きなんでしょ?
 チョコじゃないとダメなんでしょ?」

「……おまえのことも大切に思ってる」

私は話を割って入ろうかと思ったけど、また姉がすごい顔で
にらんでくる。邪魔すんなと、全力で訴えていた。

「私もチョコみたいになれるように努力するから」
「……それより早く乗ろうぜ。時間がもったいないよ」

三人で静かにコーヒーカップに乗った。ぐるぐるとむなしく回る。
彼と一緒で楽しいデートになるはずのに、女子連中がレーンの外から
遠巻きにこちらを関してるのと、姉が近くにいることで猛烈に気まずい。

ココの奴、本当に精神的にまいってるみたいで、下手なことを言ったら
自殺してしまうんじゃないだろうか。陰鬱な姉がいるせいで卒業旅行が
台無しになりつつある。さて。どうしようか。

ココ「人権は誰にでもあるんだよ」

「ちょっ……」

今のが私の双子の妹、チョコの最後の言葉だった。

チョコは観覧車の上から落ちた。
ちょうど、観覧車が最上階?に来たタイミングで、
観覧車の窓を(無理やり)開けて突き落としたのだ。もちろん私が。

チョコの死因は、頭がい骨の骨折と脳の損傷によるものだった。
運の悪いことに、たまたま下界を歩いていた女子生徒の集団に突っ込み、
二人が重傷、一人が軽傷を負った。

美樹君のファンの女の子で、一組の連中だった。

死人が出た。
この一件により、卒業旅行は急遽中止となった。
午前中で終わっちゃった。午後からのサファリを楽しみにしてなのに、残念。
私がぐしゃぐしゃになった妹の死体を見てニヤニヤしてると、

「……おまえは、なんで笑ってるんだよぉ!!」

グーで殴られた。美樹君に。

「なんでチョコを殺したんだよ!! チョコはお前の妹なんだろう!!」
「チョコって甘くておいしいよね」
「はぁ!?」
「チョコでしょ?」
「ああ、チョコのことを言ってるんだよ!!」
「チョコって誰かしら。お菓子の事じゃないの?」
「おまえ……何言って……」

それから美樹君は私に暴力をふるうのをやめて、床に手をついて泣き崩れた。
ソビエトのカギとハンマーのマークの付いた、救急車(秘密警察)が
すぐに出動して、死んだ女子生徒を運んでいく。死体は、黒い袋に入れられてた。
人目で即死だと分かるから治療する必要なんてない。左目が飛び出た間抜けな姿なんだから。

「あぁ……チョコぉ……なんで……こんなことにぃ……ちくしょう……」

実は私たちはまだ観覧車の中にいるんだけどね。
係の人の指示で、途中で観覧車が停止させられちゃったから、
私たちはまだ頂上にいたまま動けないの。

「今日から私がチョコになるのです」
「あ……?」
「私は、チョコです」
「おまえ……」

「私は双子だから外見はチョコにそっくりなのです。
 これからはチョコとしてふるまうから。
 そしたら美樹君はさみしくありませんわ」

「どこまでふざけたら……気が済むんだ?
 もう一度殴られたくなかったらその口調をやめろ」

「美樹君……。どうか気持ちを静めてください」

「えええい、黙れ!! チョコのと同じ顔で、同じ瞳で俺を見るなぁ!!
 おまえはチョコとは全然違う!! ただの悪魔だ!! 人殺し!!
 人を殺しても、おまえは何とも思ってないんだからな!!」

また拳が飛んできた。男の子の力は強い。
正面から殴られたので鼻血が吹き出た。
パーカーの中に着ている、白のTシャツが血で染まった。

「どうだ。痛いだろう? 言っておくが俺は謝らないぞ。
 いっそお前も殺してやりたいくらいだよ!!」

「どうぞ」

「あ!?」

「美樹君が、どうしても許せないと言うなら、
 抵抗しませんわ。好きなようになさってください」

美樹君は鼻息が荒い。猛獣のようだった。本気で殺されるのを
覚悟していたんだけど、彼は以外にも私の服に手を伸ばし、
私を下着だけの姿にさせた。

「どうせなら犯してから殺してやるよ」
「どうぞ」
「ああ? 俺は今からお前を犯すって言ってんだぞ?」
「ですから、どうぞ。美樹君がそうしたいなら、お好きになさって」

彼が私の膨らみかけの胸に触れた時、ぽろぽろと涙を流し始めた。
チョコの体はこうしていつも触っていたんだものね。
双子だから体の感触も似てるから、嫌でもチョコのことを思い出して
しまい、悲しくなってしまったのか。

「なあ、夢だと言ってくれよ。
 本当にチョコは、この世からいなくなってしまったのか?」

「はい」

「はい、じゃねえよ……。少しは悲しめよ。お前は実の妹を殺したんだぞ」

美樹君は観覧車の座席に顔をうずめ、大泣きした。
彼の泣き声の大きさによって、栃木県中の山々が震え始めるほどだった。
私はそんな哀れな彼の肩にそっと手を置き、再び観覧車が動き始めるまでそうしていた。

美樹「小学校の卒業式だ」

俺の彼女だったチョコは卒業直前に死んだ。
今日は卒業式当日。
あの子の座るはずだったパイプ椅子には遺影が置かれている。

「本日は好天に恵まれました。この良き日に卒業式を迎えられた、
 六年生の同志諸君。ご卒業、おめでとうございます」

中等部と高等部の校長を務める、ミウ閣下が壇上で挨拶をしていた。

「私は誇りあるボリシェビキとして、はっきり言いましょう。
 斎条チョコさんは、不慮の事故によって亡くなったのです。
 一部の報道では、これを殺人事件と結び付けたがる向きもあるようですが、
 それは事実ではありません。死因は観覧車の扉の不具合によるものです」

ミウさんたち上層部は、殺人事件をもみ消してしまった。
一部の報道機関ってのは、資本主義日本の週刊誌や新聞社などを指している。

理由はいろいろある。まず、斎条家はボリシェビキに対する最大規模のスポンサー。
その家系の人間が身内同士で殺し合ったなどと、世間に公表できるわけがない。
ココの両親も(親父さんに初めて会ったが、ヤクザみたいな人だった。母親は優しそうだった)
事件をもみ消すことを強く望んだ結果がこれだ。

「6年生の皆さんは、来年から中等部へと進学するわけですが、
 この事件についていちいち話し合う必要はありません。
 中等部では、この事件のことを不用意に話題に出す人は、
 当局の調査に不満を持つ者とし、反革命容疑者の疑いが
 かかりますから、注意してください」

ゴクリ……。
みなが唾を飲む音が聞こえた気がした。
壇上にいる女性の言葉は重みがある。
間違いなく、校長先生に従わない者は拷問された上に収容所に送られる。
それも自分だけでなく、家族の皆もだ。

「初等部の校長先生は体調不良による欠席のため、
 臨時として高倉先生からお話があります」

高倉ユウナ先生。ミウさんの一歳年下で、こちらも凛とした感じの美人さんだ。
27歳の独身らしい。フォーマルな格好がこれでもかってくらいに似合う、
キャリアウーマンって感じだ。ハーフアップにしたロングヘア―が特徴だ。

「卒業生の皆さん。本日はご卒業おめでとうございます。
 みなさんは初等部の6年間で多くの友人と共に、様々な経験を積んだと思います。
 この6年間は、皆さんにとってかけがえのないものであり……」

校長はいつも体調不良で休みだ。
奴はすでに粛清されたってのが、もっぱらのうわさだ。

眼鏡をかけた地味なオッサンだった。奴の姿を最後に見たは二年前の運動会の時だ。
オッサンは教育委員会から送られてきた人間で、もともとボリシェビキではなかったらしい。
そんで小学生にも容赦なく粛清を実行する学園のやり方に震え上がり、
あろうことか資本主義日本への亡命(埼玉県南部)を図ろうとした。

オッサンは大宮駅のホームで秘密警察に逮捕され、群馬県の強制収容所に送られた。
噂好きで事情通の女子がそう教えてくれたんだ。こんな情報、どうやって
仕入れたんだろうな。その子のお父さんが秘密警察の職員らしいが。

「さてみなさん。少し話が変わりますが、不幸にもご両親が日本のスパイだと
 疑われ、現在まで取り調べを受けている家庭も大いと思います。
 ご両親が不在になった場合、残されたお子様は共同アパートへの
 入居を進めていますが、もし可能ならば、生活に余裕のあるご家庭に
 保護してもらうこともできます。この規則は中等部でも継続されます」

ものすごく特殊な事例だよ。金持ちの家に保護してもらえるのなんて、めったにいない。
まるで俺のことを指して言ってるみたいだ……

「中には、在学中の生徒同士で住居を共にする場合もあると思いますが、
 それについても詮索をする必要はありません。また男子と女子が
 同じ家に住む場合もあるかと思いますが、当局はこれを認めます。
 繰り返しますが、これは当局が判断することですので、
 正しい生徒の皆さんは、その決定に従っていただきます。
 もし反対者がいた場合、正しくない生徒として判断させていただきます」
 
認めたくはないが、俺はその中央委員会とやら(当局)の決定によって、
斎条家に住むことが決まってしまった……。俺の愛するチョコを殺した、
悪魔の化身、ココと住むことが決定しているのだ。

卒業証書授与式。壇上で高倉先生から手渡された時、俺は涙ぐんでいたと思う。
ああ、どうしてこの場にチョコがいないのかと。そんな俺の肩を、
高倉先生は優しく叩いてくれた。

「あなたには期待しているわ。これからも努力するのよ」

小声でそう言われた。何に期待を? 何に努力を?
聞きたいことがたくさんあった。あなただって、俺の彼女が
遊園地で殺されたことは知ってるんでしょうに。
チョコの殺人事件の真相を闇に葬りやがって。
俺はボリシェビキが、ますます許せなくなっているんだぞ。

式が終わり、卒業生は校庭に出て保護者らと歓談する。
俺には……両親などいない。粛清されたんだ……。
くそっ。親が来ている奴らが殺してやりたいくらいに憎い。

「美樹君」

ココは、俺と記念撮影がしたいと言い出す。
誰がお前なんかと。両親と撮ればいいだろと返した。

「お父さんとお母さんは、高野先生たちと大切な話し合いがあるんだって」
「そうかい。幹部同士の大切な話し合いがあるんだろうな」
「怒ってる?」
「怒ってないように見えたのか?」

ココは俺の腕をしっかりと握り、上目遣いで言った。

「ごめんね美樹君。でも終わったことだから。美樹君には前を向いて
 歩いてほしいの。これからは中学生になるんだからさ。小学校時代の
 不幸な思い出はここに置いて行こうよ。高野先生だってそう言っていたじゃない」

「俺はお前と一緒に住むくらいなら、孤児院に行った方がましだ」

「ごめんねっ!! 美樹君、本当に悪かったともってるんだよ。
 でも済んだことは仕方ないでしょ。時計の針が逆に進むことは
 ないんだから。ねっ、お願い。私の目を見て話をして」

その時、俺はこいつの瞳に吸い込まれそうになった。
ああ、この感覚はよく覚えているぞ。

生前のオヤジがこうだった。親父は、死ぬ前によく資本主義の話を聞かせてくれた。
資本主義こそが人類のたどり着いた英知であり、貧乏人はますます貧乏になり、
金持ちはますます繁栄する。その弱肉強食の原理こそが、人類が4000年以上の
歴史で繰り返してきた、いわば歴史の必然。資本主義は正しい社会制度。

共産主義者はひがみの宗教。金持ちを殺して貧乏人に楽をさせようとする。
そんな社会が発展するわけがない。

ああ、なぜだろうな。
こんなくだらないこと、卒業式の時に考えるべきことじゃない。

周りの奴らは、校庭に大量の桜の花びらが舞ったで大騒ぎしてる。
まだ桜の開花の時期じゃないが、凍った桜の花びらを屋上から
機械で撒いてくれたのだ。学園側からの卒業生のサービスだ。
桜な日本人の心。桜の美しさには政治思想の差は関係ないか。

「……似てる」

「えっ。似てるってなにが?」

「おまえの顔はチョコにそっくりだ」

「うん。双子だから当然だよ」

「おまえは実はチョコなんだろう?」

「え……え?」

「チョコは実は死んでない。死んだのはココだ。
 おまえ、いっそチョコになっちまえよ。
 前にチョコになるって言ってたもんだ。あれを実現しろ」

「で、でも。チョコが事故死したのは世間が認めてることだし、
 今さらそんなこと言われても」

「なら俺の前だけでいいよ!! チョコふりをして過ごすんだ!!」

「はいっ!! 分かりました。私は美樹君の前でチョコになります!!」

自分でも馬鹿なことを言ってるのは分かってるよ。
俺は、嘘でもいいからチョコがそばにいてくれないとダメなんだ。
偽物でもいい。俺を笑顔で迎えてくれるチョコがそばにいてくれたら、
もう辛いことを思い出すこともないのかと、そう思ってな。

ココ「中等部の入学式。オリエンテーションか」

私は1年6組になった。愛しの彼は2組。遠いよ。残念( ;∀;)

「みんな記入は終わりましたか? それでは自己紹介をしてみましょう」

担任は若い女の先生だ。大学を出たばかりで22歳らしい。
私たちは自己紹介カードを先生に提出した。
あとで教室の後ろの壁に張り出されることになっている。

「斎条ココです。学園の初等部からのエスカレーター組です。
 趣味はぁ……料理とエッセイを書くことです。よろしくお願います」

私の挨拶の時、明らかに空気が凍り付いていた。男子が小声で、
「例の殺人鬼、あいつだよ」「ああ、噂通りだな」と話をしていた。

殺人鬼か……。なぁんだ。
ちっとも情報規制がされてないじゃん。
ミウ校長はなにやってたの?

「中等部では、部活には必ず参加する決まりになっています。
 かといって、適当に入ればいいと言うわけではありません。
 理由もなく幽霊部員でいる人は指導の対象に成るから注意してください」

担任の言い方にはボリシェビキ特有のトゲがある。
ボリシェビキは機械的な話し方をするから、誰が話してもこんな感じになる。

「これから部活申請書を配りますから、前の席から順に後ろに回してください。
 もし生徒会を希望する人がいた場合は、適性検査がありますので
 所定の期日までにテストを受けてください。ちなみに今このタイミングで
 生徒会を希望している人はいますか?」

手を挙げたのは私だけだった。
私の陰口を言っていた男子達が凍り付ているのがウける。

「ですが斎条さん。あなたのご両親は……」

「同志先生!! 両親のことは関係ありません。
 私は斎条ココです。私は、私の意志でボリシェビキを目指しているんです!!」

担任が懸念しているのは、資本主義筆頭の家系からボリシェビキが
出ること。私だってボリシェビキなんかちっとも興味がない。でも
彼のためだから。私は美樹君がボリシェビキになるのを知っているから、
生徒会でも彼を全力でサポートするって決めたんだから。

ちなみに中等部の生徒会ってのは、ボリシェビキ幹部養成所のことね。
中等部は高等部の生徒会の強い管理下にあって、学内政治を
執行する権限はないに等しくて、全ての決定は高等部がするの。
だから私たちはボリシェビキ訓練生の立場で3年間を過ごす。

「こんなにも素晴らしい生徒がいてくれて、先生は感動して
 泣いてしまいそうです。クラスの皆さんも、斎条さんを
 見習って、将来は立派なボリシェビキになれるよう努力を続けてください」

どこが感動して泣きそうなんだろう。感情がこもってない声で
言われても説得力がなさすぎる。
先生は当局の奴隷。自分の意志がないんだろうね。


入学後、2週間もすると友達同士の輪ができ始める。
私はクラスの連中にはあまり興味がなく、できるだけ
どのグループに属さないようにして過ごしていた。

でも私には不思議と人徳があるのか、クラスで比較的可愛い
子達が私の席の周りに集まってくる。芸能人の話とか、服の話、
流行のアニメの劇場版の話とかしてた。キメツ? 私は全然興味ないんですけど。

「この前うちの姉がさぁ、ゼンキチのサイフ買ってきたの。二万もしたんだって」
「まじ? 超レアじゃん。ヤフオクで転売すれば儲けられるかもよ」
「えー、でも転売したのがばれたら逮捕されちゃうじゃん」
「ゼンキチ、ちょーかわいいよね」

この子たち、中学デビューがしたいのか。
ちょっと派手めな感じ。ギャル? まあどうでもいいや。

私は大好きな彼と同じクラスに慣れなかったことが最大の不幸だ。
ここから2組の教室まで行くのは遠い。短い休み時間の間に
彼に会いに行くのは不可能だ。だから昼休みくらいしか会えない。

試しに様子を見に行ったら、もう仲の良い友達ができたみたいで、
サッカーのことで盛り上がっていた。欧州サッカーに詳しい男の子がいたみたい。

「あの女……だれ?」

私が一番気になったのは、その輪の中に一人の女子がいたことだった。
すごく背が低くて小動物みたいな感じの子。
長い髪の毛を後ろで一つにまとめてる。色白で瞳が大きくて、
見るからに学園のアイドルになりそうな感じの美少女だった。

「おう……斎条か」

なんで私が声をかけると、そっけない態度になるの。

「その子誰だ? 瀬川の友達?」
「ああ、なんつーか、おな小(同じ小学校出身)だったんだ」
「へー。かわいい子じゃん。俺、鳴川っていうんだけど」

その鳴川君のことはどうでよかった。なんかチャラいし。

「あ、あの。私の顔に何かついてます?」

問題はこの女だ。制服の名札には「秋川」と書かれている。

「あなた、秋川さんって言うんだ」
「は、はい。よろしく……です。じゃなくてよろしくおねがいします」
「私は斎条よ。よろしくね」
「いたたっ……そんなに強く握らないでくださいっ」

つい握手に力が入ってしまった。「おい!!」と急いで止めに入る私の彼。

「秋川、大丈夫か。ケガしてないか?」
「平気です……ほら。少し赤くなったけど」
「大変だっ!! 骨が折れてるかもしれないぞ。すぐ保健室に行こう」
「そんな大げさな……。大丈夫ですって(*^▽^*)」

この女、オドオドしてるから庇護欲をそそるのか。
女から嫌われて男子から人気がありそうなタイプだった。
小さな唇を開けてボソボソしゃべる。
小柄な外見にしては、声のトーンがけっこう低めだ。

「瀬川君は、優しくてお兄ちゃんみたいです(*^▽^*)」
「お兄ちゃんって……俺はそんなんじゃねえよ……( `ー´)ノ」

イチャイチャ (/・ω・)/ (∩´∀`)∩ ラブラブ

「ふははっ。ラブラブだな、おめーら。クラスの皆も見てるんだぞww」

成瀬君だっけ? 名前忘れたけど、こいつの言うとおり注目の的だった。

「おめーら、付き合っちまえよww」
「入学早々カップル誕生かwww」
「よっ、イケメン瀬川。中等部でも女にモテるなぁww」

男子達はからかうけど、女子たちは殺伐としていた。
私の彼は中等部でもトップのイケメンなのだ。
彼を狙っていた女子も少なからずいたに違いない。

私はわざとみんなに聞こえるほどの大きな声でこう言った。

「でも私と美樹君は初等部の時から付き合ってるもんね」

クラスが凍り付いた。

「そうだよね? 美樹君?」
「ああ。そ、そうだな……」

シーンと静まり返る教室。
それから誰かが話し始めたのをきっかけに、一斉に大騒ぎになる。

「どういうことだそれー!!」
「ショックなんだけど。瀬川君、彼女いたのー!?」
「ってことは二股欠けてたのーー!?」
「あの野郎、ぶっころす!!」

私が勝ち誇った顔で秋川を見下ろすと、
ウルウルして泣きそうになっていた。

「瀬川君は彼女さんがいたんですね。ごめんなさい。
 私、鈍感で全然気づきませんでした(´;ω;`)」

「違う。そういうわけじゃないんだ」

「違うとは? こちらの方は彼女さんなのでしょう?」

「……否定はしない。だがこれにはいろいろと事情がある」

その事情とは。
彼が私の家で済むようになってから、春休みの間に
私のお父さんにこう言われていたからだ。

『私の娘がどうしてもいうのでね。君との交際を親として認めることにした。
 ただし、娘を大切にしてやってくれ。
 娘を悲しませることをしたら、君をソビエト当局に通報するかもしれん』

パパの顔には無数のひっかき傷があった。私がさんざん泣きわめいて
父を説得したからだ。父は、どうせ一時の気の迷いだから、すぐ飽きるだろうと
考えてるみたいだったけど、私の恋はそんな燃えカスみたいなもんじゃないよ。
本気なんだよ。彼には私の隣の部屋で寝泊まりしてもらっているんだから。
いつでも夜お邪魔しに行けるようにね。

「2組の皆さん、聞いてください!!」

私は声を張り上げた。

「この学園の規則をご存じですか?
 校則第12条、学内恋愛に関する項目には、
 カップル申請書があります。この申請書には……」

つまりカップル申請書を提出した男女は、学園から正式に交際を認められる。
この申請書が破棄されるまでは、二人は浮気をしてはいけない決まりになっている。
ちなみに浮気をした場合は、資本主義的な自由恋愛観を持っているとして、
指導を受ける場合がある。というか確実に逮捕される。

「私は今ここで、カップル申請書を書こうと思います。
 私の名前は書きました。あとは彼に名前を書いてもらいます」

美樹君はおとなしく従ってくれた( ^^) _ よかった。あとは簡単。

「これを今日の放課後に生徒会に提出します!!
 ちなみに私は生徒会に入ろうと思っていますから、
 今後ともぜひ、よろしくお願います!!」

私たちの関係に口出ししたら粛清するぞと言ったわけ。
ここまで言えば彼が他所の女に奪わることはないでしょ。
我ながら完璧な作戦だ。ちっ。それにしても入学早々、
彼が浮気相手を見つけていたのは意外だった。
早くこの女も収容所にぶち込んでやり…

「奇遇ですね。私も生徒会に入ろうと思っていたんです(*^^)」

「は? あんたみたいな、おとなしそうな女が?」

「はい。私のパパは強制収容所の看守をやっています。
 私のママは保安委員会の支部(栃木県佐野市)で会計の仕事をしています。
 私も両親のような立派なボリシェビキになりたいのです」

「はっ。ばっかじゃないの。あんたみたいなトロそうで
 オドオドした奴に生徒の取り締まりができるの?」

「(゚Д゚;) そんな言い方しなくてもいいじゃないですか。
 私はこれでも小学校では成績がクラスでトップだったんですよ。
 学年模試でも全国で20位以内に入ってましたし。
 頑張ってボリシェビキになるための勉強をしているんです」

「じゃあ共産主義的、革命的クイズを出してあげるわ。
 問一。レーニンが組閣した人民委員会議で初代外務人民委員を務めた人は?」

「そんなの簡単すぎです。レフ・トロツキーです」

「ふぅん。やるわね。ならこれは?
 ニコラエ・チャウシェスクとはどこの国の人でしょうか?」

「(゚Д゚;)ルーマニアの政治家ですよね。
 ルーマニア共産党書記長、ルーマニア社会主義共和国、国家評議会議長を
 勤めた人物です。1989年年の革命で処刑されるまで、ずっと独裁者さんでした」

「……я сделаю это」(や、やるじゃない)

「Пожалуйста、а ты говоришь по русски?」

「あなたもロシア語が話せるんですねって? すこしだけね」

この女、どうやら只者じゃなさそうね。
私も革命的情熱が高まってしまい、
うっかり露語が出てしまったけど、こいつの発音の方が本格的。

「それよりあなた、どうして私の彼氏とそんなに仲が良いの?」

「(゚Д゚;)ええっとですねぇ。私が生徒会質の場所が分からなくて
 困っていた時に、声をかけてくれたんです。うふふ。彼ったら
 男らしくてすごく素敵なんですよ。それに優しくて」

「あっそ。でも今後は話しかけなくていいからね」

「ごめんなさい(+o+) 瀬川君が彼女持ちだとは知らなかったので」

こいつ……。
まさかこれが素なんだろうか?
男を誘ってるようにしか見えない。真正の淫乱の香りがする。
彼が間違いを犯さないようによく監視しておかないと。

美樹「やっべ。コノミちゃんがもろ好みだ」

俺のクラスメイトのコノミちゃん。フルネームは秋川コノミちゃん。
……不幸にも事故でチョコを失った俺にとって、
癒しとなってくれる女子をついに見つけてしまった。

「秋川さん。生徒会の見学に一緒に行かないか?」

「えっΣ(・□・;) 私と一緒でいいんですか!?」

「ごめん。嫌だったら…」

「ぜんぜん!! 嫌じゃありません。私で良ければいつでも。
 今から行くんですよね? さあ行きましょう」

ボリシェビキ幹部になるためには適性検査がある。
入学したばかりの生徒は、最初の一か月は職場(学校だが…)見学を
する決まりになっている。まず真のボリシェビキとは何たるかを見て学ぶのだ。
ボリシェビキになるためには、高度な知性、強靭な肉体、革命的情熱が必要になる。
これらは軟弱な資本主義者には決定的に不足しているものだと言う。

「未来の同志諸君。よく来てくれた。初の顔合わせとなる者もいるようだ」

坊主頭に眼鏡をかけた、一見するとヤクザのような先輩だ。
声が低くて威厳が半端じゃねえ。
こいつ、本当に中学生か?

「私が中等部でボリシェビキの代表を務めている坂本秀樹だ。
 次に私の部下を紹介しよう」

横に並ぶのは、眼鏡をかけた、日本人形みたいな女子の髪型の先輩、
眼鏡をかけた、刈り上げ(ツーブロック)の男子の先輩、
さらに眼鏡をかけた金髪パーマ(ショート)の女子の先輩だった。

つまりみんな眼鏡をかけていた。

「あのぉ……」

「なんだ?」

「先輩方は眼鏡をかけてる方が多いのですね。
 眼鏡をかけないといけない決まりとか有りますか?」

「そのような規則はないが、我々はみな勤勉なためか視力が弱くてね」

よく代表と普通に会話ができるな。さすが俺のコノミだ。
俺だったら怖くて発言できねえよ。震えるだけで精いっぱいだ。

「遅れてすみません!!」

「きみ、騒々しいぞ。遅刻するのは構わんが、扉は丁寧に開けなさい」

「はっ!! すみません、同志閣下!!」

遅れてやって来たのは俺の同居人……。ココだった。
ぶっちゃけ来なくていいんだけど。

代表は、壁時計をにらみながら言う。

「どうやら斎条君で最後のようだな。ふむ。今日が見学希望者を募る
 最終日だというのに、現時点で真のボリシェビキを目指す者が
 たったの三人しかいないとは」

「まあまあ。代表様。そう言わずに」

日本人形先輩がしゃべり始めた。

「三人もいれば十分ですわ。この子たちの目を見てください。
 みんな、本気でボリシェビキに強いあこがれを抱いているようですよ。
 昨年度は愚かにも一人もボリシェビキ希望者が残りませんでしたから」

なに!?
一人もボリシェビキ幹部が出ない年なんてあるのかよ!!
待てよ……残らなかった、だと?

「ええ。粛清しましたから」

去年の先輩たちは、ボリシェビキの鉄の規則を破った。すなわち、
学園内で行われている生徒の逮捕、監禁、粛清の事実を日本国の
マスコミに金目当てで売り込もうとした。彼らは偽物のボリシェビキだった。
初めから共産主義なんて知ったことではない。
物見遊山で生徒会に入った。しかも中等部からの転入組だ。

「その言い方には語弊があります。少し訂正させてください」

刈り上げ先輩だ。男性とは思えないほど声が高い。

「週刊文春に我々を売り込もうとした者は、ひとりだけ。
 その連帯責任により、他のメンバー4名も一斉に粛清された。
 これが事の真相です。連帯責任の恐ろしさは、未来の同志諸君らも
 よくご存じかと思いますが?」

俺らは黙って首を縦に振った。俺達三人だって、このうちの誰かが
スパイと疑われる行為をしたら全員が粛清されちまうんだ……。

「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。
 普通にしていれば、スパイ容疑はかからない。
 生徒会は人手が不足しているから新人は大歓迎なんだから」

金髪パーマ先輩は、ルーマニア人だと教わった。
ルーマニア共産党幹部の末裔で、縁があって足利市の学園に
編入したとのこと。日本語はペラペラだ。
実は生まれはチェコだと聞いたが、そっちの
地理に詳しくない俺には違いがよく分からない。

我々は、放課後になると生徒会室に集まった。
まずは座学ということで、長椅子に座らされて、そこで資料に目を通すように言われた。
内容は……校則に関すること?

校則なら生徒会手帳に記載されているから今さらという感じがするが、
恐ろしいことにその続きが書かれていた。続きとは、具体的に
スパイ容疑がかかった生徒への対処法だ。

・保安委員部へ報告。その連絡方法。
・緊急時における生徒の身柄を確保。抵抗の粉砕
・クラス内でのスパイ容疑者の発見方法。
・学園内の指導室、尋問室、強制収容所の地図。

「他にも覚えることは山ほどあるが。まずは生徒の取り締まりの仕方だ。
 そこの文章は二か月以内に丸暗記したまえ。方法は簡単だ。朝起きた時から
 夜寝る前まで、毎日その資料に目を通すことだ」

俺は自分がまともな感覚をした人間だと思っている。
罪のない生徒をスパイ容疑で逮捕することには抵抗がある。

俺には、何もない。
こんな腐った世界に、夢も希望もない。

だが俺はどうしても知りたいんだ。
俺の父さんは、ボリシェビキに逮捕されるだけのことを本当にしたのか。
そして父さんは本当に死んだのか。今頃収容所で奴隷のように
働かされているのか。人身売買で中国や朝鮮に売られているんじゃないのか。

真相を明らかにするためには、俺がボリシェビキの中枢に潜り込むしかない。

「(゚Д゚;) 瀬川君、ひたいに汗かいてるよ」
「あっ……悪い」

ふかふかのハンカチでふいてくれた。コノミ……ありがとう。

「ちょっとあんた!!」
「ぐえっ」

ここに突き飛ばされて、尻餅をついたコノミ。

「そういうの、やめてって言ったでしょ。なに私の彼氏とイチャついてんの」
「で、でも。瀬川君が辛そうな顔してたから」
「そういうのは私の役目だから。あんたはでしゃばらなくていいの」
「はい……(-_-;)」

すると、生徒会のメンバーから失笑が漏れた。
代表が一番大きな声で笑っていた。

「これは愉快だな。未来の同志よ。君達はまるで日本のラブコメを
 演じているようだ。俗にいう三角関係というやつかね?」

俺たちは顔が真っ赤になった。
自分たちの恋愛事情を人に見られて愉快なわけがない。

「そうだ代表閣下!! 私は閣下にお渡ししたい書類があるのです!!」

「ほう。カップル申請書かね。ふむふむ。確かに両名の名前が記載されている。
 直筆で間違いなさそうだな。そうだな? 同志瀬川よ」

「はい……。確かに俺が書きました」

「だがこれは受理しない」

おもわず、ざわつく!!

「代表閣下、なぜですか!!」

「君たちの関係は、一目見て泥沼だとわかる。三角関係の状態で
 カップル申請書など受理できるものか。余計に関係が
 こじれるだけだ。まずは今の関係を整理することから始めたまえ」

「なにをおっしゃるのですか!!
 私と美樹く…瀬川君は付き合ってるんですよ!!」

「そうなのか、同志?」

代表様が、鷹のような目で俺を射抜く。

「君は、そこにいる女子を、斎条ココ君を心から好きだと言えるかね?
 同志レーニンと共産党に誓って、宣言できるかね?」

壁には社会主義建国の父、同志レーニンの肖像画が飾ってある。
ここで日本人形先輩が拷問イスを用意した。背もたれに無数のトゲがある。
俺が嘘をついた場合、これに座らせると言った。

「どうなんだ。同志よ?」
「俺は……」
「うむ」

「俺は……実はココのことは好きじゃありません。
 他に好きな女子がいるんです」

「その女子とは?」

「俺の隣にいる、コノミちゃんです。
 俺は一目見た時からコノミちゃんのことが好きでした。
 俺と好美ちゃんの馴れ初めを、いちから説明させてください!!」

俺は身振り手振りを加え、時にはバリトン歌手のような声量で
コノミへの愛を語った。俺の説明は、説明と呼ぶのは
あまりにも壮大すぎて、もはや演説と称するべきものとなった。

俺の演説が終わった時、オーケストラの終楽章が終わった時のように
生徒会室は大歓声包まれた。
「ブラボー」「なんて情熱的な愛の告白…」「私もこんな告白をされてみたいわ」

特に代表は、腹を抱えて大笑いした。こんなにもよく笑う人だったんだ。

「ふふふ。ふはははっ。こんなに楽しい気分になったのは久しぶりだよ。
 同志瀬川よ。君は容姿端麗ゆえに女難の相が出ているようだぞ」

その日から、俺は代表閣下のお気に入りになった。
正直ぜんぜんうれしくねえし。面白がってるだけだろ。
嫉妬したココが、俺じゃなくてコノミに掴みかかって床を転がっている。
コノミも負ける気はないのか、プロレス技で反撃している。

ちなみに中東部の生徒会では、会長の地位は存在しない。
会長職は高等部にのみ使われるからだ。

生徒会のメンバーを役職で並べるとこうなる。

代表  →坊主頭の先輩(通称ボウズ)
副代表 →日本人形先輩(一重で目が細いけど、結構美人)
会計  →刈り上げ先輩 (フツメン。ぽっちゃり)
書記  →金髪パーマ先輩 (長身で目がぎょろっとしている)

となっている。本名はよくわからないから、髪型で覚えている。

ココ「さっきから誰とメールしてるの?」

5月の遠足の前日だった。
私の彼は、自室の布団の上で楽しそうにメールを打っていた。
相手は決まっている。浮気相手のコノミだ。あの女とスマホで文通するのが、
そんなに楽しいことなの? あなたのすぐ隣の部屋に彼女がいるのに!!

「ちょっと失礼するね。美樹君。明日の事なんだけどさ」
「ココ。あとにしろよ。今コノミと話してるんだよ」
「また浮気してるんだ」
「浮気じゃねえよ。俺とお前は付き合ってねえだろ」

「明日のバスの座席だけど、
 好きな人と一緒になっていい決まりになってんだよ。だから私と」

「いい加減にしろよココ。俺たちはボリシェビキ幹部候補生なんだ。
 遠足だって遊びじゃねえ。俺たちはバスの中でさえ、反革命分子が
 いないか目を光らせないといけないんだぞ」

「ふーん」

「……なんだよその顔は?」

「でもコノミと一緒の席に座るつもりだったんだよね?」

「な、なぜそれを」

「やっぱり図星か」

私は昨日二人が廊下で楽しそうに話しているのを「たまたま」聞いちゃったから。
それと二人が授業中も何度も視線を合わせてニヤニヤしてるのも
「風のうわさ」で聞いちゃったから。

「」

小学生 ボリシェビキ

小学生 ボリシェビキ

※執筆中。加筆修正は随時行う。 共産主義に支配された栃木県・足利市にある学園の初等部。 そこに通う小学生の男女の恋愛風景を描く。 小学生だからこそ、大人の社会に対して純粋な疑問が浮かぶ。 そして何かの答えを導こうとする。 非常にシンプルだが、なぜか奥深さも感じられる、そんな物語。 (前作、学園生活シリーズのスピンオフ)

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-04-16

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 瀬川美樹(せがわ・みき)小学六年生の男子。不愛想、無口として知られる。
  2. 斎条ココ(さいじょう) 恋に恋する腹黒い女の子。根っからの資本主義者。
  3. 斎条チョコ。根暗だけど、恋には積極的。好きな男には従順。
  4. 三人称。
  5. 美樹「……病んでる?」
  6. チョコ「貧乏人は死ね」
  7. ココ「人権は誰にでもあるんだよ」
  8. 美樹「小学校の卒業式だ」
  9. ココ「中等部の入学式。オリエンテーションか」
  10. 美樹「やっべ。コノミちゃんがもろ好みだ」
  11. ココ「さっきから誰とメールしてるの?」