夕やみ

星田りん

  1. プロローグ
  2.  第一話 次女
  3.  第二話 弟
  4. 第三話 長女
  5. 最終話 夜明け

初めて書き上げた作品です。
これからの励み、または為になるようなコメント、頂けたら幸いです。

プロローグ

夕やみ                            5月26日 水曜日
 玄関の扉を開けると、冷たい空気が一気に吹き込んだ。僕は身震いして、用意していたマフラーを首に巻き付けた。ふと思いついて、ラックにかけてあった毛糸の帽子も手に取ってかぶる。ランニングシューズのひもを注意深く結びなおす。
きんと澄み切った夜明け前の空気に、僕の吐いた白い息が不思議な模様を描いた。
それが消えるのを見届けてから、僕は一旦後ろを振り返ってみた。
居間のランプのオレンジ色の光、その光の下に薄く残った床の傷跡、食卓テーブルの木目。出かける前に振り返るといつでも目に飛び込むものたちが、今日も僕を見送った。
 大きく息を吸う。晩秋の夜明け前、夜露と落ち葉の混ざり合ったような透き通った香りがする。僕はその冷たい空気の中へ、足を踏み出した。眠っている両親を起こさないようにそっと扉を閉めると、街はずれの丘のふもと目指して走り始めた。

 第一話 次女


【乗燭】平安時代から用いられる灯火器具の一種。
    ここに火をともす時間帯であることから、夕方の意を表す。灯ともし頃。


 
 きつい階段だった。ひどく長くて傾斜があって、一段上るごとに息が切れた。夕闇の中、隣を歩く姉弟の輪郭はぼやけ、ほとんど影に近い。周りのものすべては夕闇と同じ色で自分の存在すらも定かではなかった。
「後ろを振り向いたらねえ、影が襲ってきて、食べられちゃうよ」
「登りきるまで、絶対に振り向いちゃだめだよ」
 姉と私は、二人の間に手をつながれた弟をからかいながら歩いた。そうしていないと、自分たちまでもがその影の存在を信じてしまいそうで、いったん信じてしまったら、取り返しのつかないことになるような気がして、怖かった。
 私たちは笑った。階段をのぼりながら、息を切らしながら、きついきついと言って笑った。
住宅地全体を見渡せるという展望台。そこにたどり着くための町はずれの丘の中腹で、私たちの笑い声はあまりに空虚に響いた。
それでも笑っていなければ不安だった。
笑うことだけでしか、自分たちの存在を、この世のものとしてとどめておくことができないような気がしていた。
そんな私たちの間で、弟は黙々と階段を上がっていた。恐怖なのか期待なのか、その目に映る感情は、誰にも判別できなかった。笑いつかれた私たちが増していく影の気配に口を閉じても、先を急ぐ彼の歩調は揺るがなかった。

 弟は私たちの手からそっとすり抜け、一人で階段を上り始めた。握るもののなくなった手のひらに、空気が当たって冷たかった。
私たちは弟を追った。自分の恐怖に忙しかったはずなのに弟の後姿からだけは目が離せなかった。今でも鮮明に覚えている。
来年には小学生になるというのに、あまりに小さくあどけなかったあの背中。よじ登るほどの高さがあった階段を、一段一段踏みしめていたあの青い運動靴。帽子は嫌いだと泣いて、いつも太陽にさらしていた短い髪の毛。
夕闇がすべてを飲み込んでいく中、そんな彼の姿だけは、この世の中に、確固とした境界を持って存在していた。あの日は新月で、夜になっても月は出なかったのに、まるで月光に照らされているかのようだった。普段の弟は怖がりだった。私たちの手か、スカートの端を握らずに外を歩いたことなんてなかった。だからこそ、余計にくっきり見えたのだと思う。
 それからあの頃、私たちは彼の声を知らなかった。弟には生まれつき、声というものがなかった。ただの一声も、笑い声すらも。弟の中に言葉の時間というものは存在しなかった。原因は誰にもわからなかった。まだ字も書けなかったあの頃の弟は、ただ真黒な瞳をキラキラさせて、私たちの隣にいた。
私たちは、何を思ってか、そんな弟を失うことを恐れていた。そうして、彼の手をいつも放さず握っていた。
 
 目をあげると少し先には頂上が迫っていた。無意識のうちに歩くスピードが速くなる。それに比例して、不気味な影の存在もまた、刻一刻と濃さを増す。
息が切れた。
初夏の風は爽やかで心地いいはずなのに、私の肌にはぬるく、ひどく気持ちが悪い。
追いかけてくる影の吐息がうなじに吹きかかるようで怖い。
いやな汗が背筋を冷やす。

はっきりとした影の息遣い。背後に迫る確実な恐怖。

 姉と私は、思わず弟の腕をつかむと、最後の数段を駆け上がった。弟は、私たちに引きずられるまま、抵抗もしなかった。
後ろから影が来る。さもなければ、私たちはこの夕闇の中に溶けてしまう。
その思いが三人の足を必死で走らせた。
段々が目の前に迫り、必死の形相で駆け上がる幼い影たちを、斜面の影が遠慮なく笑った。

 私たちは斜面から逃れるようにして、頂上の平地に転がり込んだ。
重なり、倒れこんだ三人の体は高熱を出したかのように熱く、湿っていた。吸う息も吐く息も、右腕にのしかかる弟の細い体も、姉の長く乱れた黒髪も、すべてが熱を持ち、赤く光って見えた。
暗闇と化した斜面のふちで、影が息を殺し、こちらをうかがう気配があった。これより上にやってきはしないと、確信できるまでにはずいぶん時間がかかった。
 夕闇は刻々と迫り、辺りの風景を、辺りの境界を飲み込んだ。兄弟たちの、汗で湿った柔らかい肌の感触だけが、私と夕闇との境界を形作っていた。その境界だけが頼りで、私はそっと顔をあげて二人の存在を確かめた。
一瞬前までの恐怖のせいだろうか、ひきつったようにゆがんだ弟の顔は弟の顔ではないようで、その肌の色は、あたりの空気と同じ色をしていた。
 私と目が合うと、姉は、思い出したかのように体を起こし、立ち上がってこちらを見下ろした。乱れた髪に覆われ、冷汗のにじんだその顔は、いかにも不安そうな色をしていた。それから彼女は、口の片端をもたげるようにして、そっと笑みをこぼした。私たちは無言の目配せを交わした。
 私は体を起こして後方を振り返った。
思わず息をのんだ。
 そこには亀の甲羅の模様のように、住宅地の風景が、窓から漏れる明かりの粒たちが、転々と広がっていた。家々の間を通り抜ける道路にはちゃんと街灯がともっていて、誰も迷わないように、夕やみに同化して消えてしまったりしないように、己が存在を現実世界から見失ってしまうことのないように、この世を照らし出してくれていた。遠くの信号が赤に緑に点滅してそっちに行っちゃだめだ、そっちに行っちゃだめだと手を振っていた。
 まだ、心の底を冷やす恐怖は薄れ切っていなかったが、心に張っていた緊張の糸がすっと緩んだような気持がした。なんだかほっとした。
そっと、弟がスカートの端を握ってきた。その顔を覗き込んで私は言った。
「もう大丈夫だよ。ほら、だって町が、パチンコ屋の、コンビニの、いろんな光が、私たちのこと見てるもん。ずっと見守っていてくれてたんだよ。」
弟は何も言わず、スカートを握る手に力を込めた。
「みて。ほら、みて。」姉がいつもの声で、明るい声で遠くを指した。
「学校が見える。いつも通ってる通学路。ほら、あっちは私の学校。」
けれど、そんなに遠く、まるでうすい靄がかかったよう。私にはよく見えなかった。ただ町の光たちがポヤポヤと、いろんな色に光って見えるだけだった。

 けれどもそれはとても素敵な光景だった。赤に黄色にオレンジに。それらの光たちは地上で見るよりずっと元気に、表情豊かに、陽気なダンスを踊っていた。隣で姉も弟も、じっとポヤポヤを眺めていた。私も魅入られてそのポヤポヤを見つめ続けた。
 そして、ふと眼下を覗いて驚いた。
空にしろ、海にしろ、人の顔や文字だって、ずっと見つめていると―見つめれば見つめるほど―その正体をつかめなくなることがあるが、この時もそうだったのだ。ふと気づくと、自分の位置するところがわからなくなっていた。まるで自分たち自身が色とりどりのポヤポヤになって上空を漂っているかのように
 風は優しく温かく、さわやかな香りを含んでいる。足元を見下ろしてもそこに地面はなく、体は驚くほど軽い。
そう、この時私たちは紛れもなく夕闇の一部分と化していた。弟は青色、姉は赤色、私はオレンジ色の淡い、小さなポヤポヤであったのだ。
私たちは笑いながら、遠くほのかなポヤポヤたちと色とりどりのパスを交わした。濃さを増していく闇の中で、虹色に溶けあい、混じりあい、時に離れて手をつなぎ、陽気なダンスは心地よかった。心に張っていた糸は、今度こそ、大きな音を立ててはちきれた。わたしはうれしくて、ぽやぽやのままとびはねた。
その時だった。
かすかな、かすかな、吐息のようなつぶやき声が私の耳をくすぐった。

「ここにいて。ここにいて。」

 か細い、消え入りそうな声を姉と私は確かに聞いた。
弟の口元は確かに、確かに動いていた。
それはあまりに頼りなく、ほとんど聞き取れないような声だった。姉と私は一生懸命に耳を澄ませた。食い入るようにその口元を見つめ、その動きを確かめた。
 いつの間に真っ暗になっていたのだろうか、弟の目は眼下に広がる街の光に反射してキラキラと輝いていた。
姉と私は顔を見合わせ、それから上ってきた階段を見つめ返した。
そこにはもう、私たちを怖がらせた夕やみは存在していなかった。
ただ夜が、しんと腕を広げて家々の屋根を包んでいた。
明るさのない闇の中に、影は潜んでいなかった。
頬に当たる初夏の風は涼しくてここちよかった。
 私たちはしばらくして、階段を引き返した。丘の頂上を、誰も振り返らなかった。私たちの間で手をつながれた弟は、一段一段確かめるように、ゆっくりゆっくり、下へ下へと私たちと同じ歩調で歩いていた。

 あれからずいぶん時が流れた。あの夜、家についてから、私は一片のお話を書いた。あの日の夕やみを自分の歴史に刻み付けるかのように、濃くはっきりとした字で。日付と題名まで記してある。
 あるいは忘れてしまいたかったのかもしれない。紙に刻み付けることで、あの記憶が、私の中から追放されてしまうことを望んでいたような気もする。
あの時の私が何を思ってこんなお話を書こうと思ったのかは、いまのわたしにはわからなくなってしまった。けれど今夜は久しぶりに、冒頭だけ記してあるこの紙きれを見つけた。図らずして、あの夜に思いをはせることになった。あとの残りはどこへ行ってしまったのかわからない。
あの夕方の丘の上で、私たちを守り、導いてほしかった。そんな思いから、優しい青年を主人公に据えたことを覚えている。
記憶はあいまいで、判然としないところが多かった。だが、今、この紙切れを見るにつけ、2B鉛筆の黒々とした書き跡を指先でなぞるにつけ、心に突き上げてくる思いがあった。
 思っていたよりもずっと、あの夕方の出来事は、大きな意味を持っていたのかもしれない。そんな考えであった。
何とも言えない心細さが襲ってきた。
要するに、今の私は「ここ」にしかいないのだ。
あの頃あんなにも私たちを脅かしたあの影は、あのよる以来、二度と私たちを襲うことはなかった。そして、それとともに、私たちの前後には、光も、闇も存在しなくなっていた。
あの夜以来、私たちは少しずつ、しかし確実に変わっていったのだ。
あの夜以来、私たちがあんなふうに、三人いっしょに手をつなぎ、空想と現実の間をさまようことはなくなった。
同じ寝室で、瞼が落ちるまでおしゃべりし続けることも、それぞれの学校までの道のりを朝ごはんくわえて駆け抜けることも。
あの夜以来、三人一緒にすることは何にもなくなったのである。
 何より変わったのは弟だった。いつでも私たちの後をついて歩いていた幼子は、さみしいほどに姿を消した。
丘の上でのあのつぶやきは、丘に登るまでの私たちと弟との日々は、夢だったとでもいうのだろうか。弟は馬鹿みたいによく喋るようになり、馬鹿な小学生男子の間で人気者になっていった。
 あのころを境に、私たちを取り巻く環境は物理的にすっかり変わってしまった。子供としての普通の生活は、私たちから遠ざかった。だが、それも何も関係なく、私たちは何かとてつもなく大事な忘れ物を、あの夕やみの中にしてしまったのではないだろうか。私たちはあの夜以来、あの夕やみの中に溶けこんでしまっていて、今でもあの丘の上に行けば、あの頃の私たちの影法師が漂っているのかもしれない。青と赤とオレンジ色のポヤポヤが、愛してくれる人たちを探して、夕やみからの出口を探しているのかもしれない。
彼らはきっと三人一緒にどうしようもない孤独の中で、手をつなぎあっているのだろう。

 どれくらい時間が流れたのだろう。紙きれを眺めていると、2B鉛筆の書き跡が、ひとりでに光ったような、妙な感覚に襲われた。思わず目をつむる。
赤に、黄色に、オレンジに。色とりどりのポヤポヤが網膜を満たした。体がふっと軽くなる。笑い声が聞こえる。幼い子供たちの、三人分の笑い声。手をつないで丘を登る小さな後ろ姿。しっかり握りあった手と手の重なりに、燃える太陽が、優しく、温かい光を投げかけていた。
きっと、あと少しもすれば、あの夕闇が彼らのことを襲うだろう。私は声をかけてあげたかった。教えてあげたかった。夕闇の中、振り返ればきっと見守ってくれているはずの、町の光の存在を。おびえて青ざめた彼らの頬を、温めてあげたかった。
 私は狂ったように急いで、昔使っていた筆箱を引っ張り出し、中に短く残っていた2B鉛筆を取り出した。
描くべき青年の姿が目の前にありありと出現した。
 私は描き続けた。
青年は、青いランニングシューズの靴紐をしっかり締めて、早朝の町を走り始めた。町はずれのなだらかな丘を目指して。快いリズムに乗って。
彼ならきっと、永遠の薄闇の中で彷徨える子供たちを、救い出してくれるだろう。

 第二話 弟


【桑楡】 クワとニレ。一般に樹木を指して言う。
          また、西日の影が樹木の枝にかかること。夕方の日影。


 長い、長い階段だった。
両手を握るお姉ちゃんたちの手はあったかくって、少し湿っていて、階段を上るのは大変だったけど僕は安心していた。
お姉ちゃんたちは笑っていた。きついねえきついねえ。
僕は正直言ってきついねえどころじゃなかった。
階段の一段一段はよじ登るほどに高くて、展望台に行こう行こうって無理やり僕を連れ出した姉たちのことを、ほんとはちょっと怨んでいた。息が切れて、仕方なかった。
「後ろを振り向いたらねえ、影が襲ってきて食べられちゃうよ。」
「登りきるまで絶対振り向いちゃだめだよ。」
お姉ちゃんたちの声は本当に、少しだけ、不安そうだった。
 僕は平気だった。両方の手のひらにお姉ちゃんたちとの境界を感じていたから。確固とした境界の存在するところに、灰色の影が入り込むすきはなかった。
僕は大丈夫だったけど、それよりも二人のことが心配だった。この笑い声は、いつもの二人の笑い声ではないから。二人は怖くて笑っている。笑ったら、笑ってさえいれば、僕たちがこの夕闇に溶けてしまうことなんかないと、そう思っているから、笑っている。だからどんどん二人の歩くスピードは速くなった。掌が、少しまた少しと汗にまみれて濡れてくる。怖くって、怖くって、笑う余裕もなくなって。二人の掌から、ひんやりとした恐怖が伝わってくる。
 僕も少しだけ不安になってきた。手を離したら、この境界を失ったら、僕たちは灰色の薄暗がりに溶けてしまうんじゃないかと、冷たい恐怖が心を巣食い始めてきた。僕の手のひらもだんだん湿ってくる。頬にひんやりしたものを感じて顔をあげると、お姉ちゃんの頬から冷汗が飛び散っていた。
これがお姉ちゃんたちの言う影の吐息というやつだろうか、むき出しの膝を撫でた風はあり得ないほど暖かい。僕も少しだけ怖くなった。
 少しだけ怖かったけど、僕にできることは何もなかった。声も出ないから、おねえちゃんたちみたいに笑うこともできなかった。
 そのまま上り続けていると、妙な考えが浮かび始めた。上ってきた方向を振り返って、影の正体を確かめてみたいという衝動がわいてきたのだ。
後ろを振り向いたら、本当に影が襲ってくるのだろうか。
僕はそのままその影に、食べられてしまうのだろうか。
気になって仕方がない。
 自分で自分を抑えようとしたけれど、もうどうしようもなかった。
僕はそっと、後ろを振り返ってみた。

あんまり驚いて、思わず息をのんだ。
あまりにきれいな、暖かな影、やさしい影が真後ろで腕を広げていたからだ。
 亀の甲羅の模様のように、家々の間を通り抜ける道路の影。薄暗がりに明かりをともし始めた家々の窓の影。遠く、薄闇の彼方へ消える急行列車。急行列車が消えた向こうには、夕霧にかすむ山々の稜線が、夕焼けの名残に照り映えていた。
なんだ!みんなの怖がる影は影なんかじゃないではないか。
ああ、だけどぼくはこの正体をどう表現すればいいのだろう。
 見間違いだと思って、もう一度後ろを振り返ってみても、そこに広がっていた風景は、さっきとまったく変わらなかった。お姉ちゃんたちの恐怖は刻々と増し、彼女らを頂上へ急がせた。彼女らには伝わらなかった。伝えようがなかった。お姉ちゃんたちが自分で後ろを振り返って、自分で気づくまで、僕にできることは何もなかった。
 それでも、伝えたい言葉はみるみるうちに膨らんできた。
どうしても伝えなければならない。
さもなければ、あの影は本物になる。
そんな叫びが、心の奥底で響いていた。
 そんな中、お姉ちゃんの掌が、僕の左手を、強く、強く握りしめてきた。強く、強く、まるで励ましてくれてでもいるかのように。
その瞬間、僕は心を決めた。汗ばんだ手と手から、無理やり自分を引き離す。
頂上まで一人で行きつけたら、何か言えるかもしれない、僕の中で何かが変わるかもしれない。そんな希望を無理やりにでも頂上に託し、僕は登ることにしたのだ。
 頬をそよぐ初夏の風は、何とも言えずさわやかな香りを含んでいて、僕の心を勇気づけた。
僕は、一段一段を踏みしめた。
できる限り胸を張った。
僕の後姿から、何か伝わればいいと、願いを込めて。
僕の背中は今どんな風に見えているんだろう。
大きく、強く見えて、後ろでお姉ちゃんたち、目をみはったりしてないだろうか。お姉ちゃんたちの弟は、こんなに頼もしかったんだって、思ってくれていたりしないだろうか。
こんなことを考えながら登ったら、階段も大してきつくはなかった。
 僕はもう、一人でここまで来た。目の前にはもうほんの数段あるだけだった。
この丘の頂上は、どうしてなのか光って見えた。
僕はその光を目指した。うれしくて、うれしくて、ほとんど駆け上がるように、ラストスパートをかけた。
 その時だった。
二つの汗ばんだ掌が、僕の両手を吸い込んだ。
僕の手のひらは、再び誰かの手の中につながれていた
僕は抵抗できなかった。
がっかりだった。
だけど、僕の両手は、普段の定位置に戻れたと、ほっと溜息をついていた。僕は、されるがまま、彼女らの手を握り返した。そしてそのまま僕たちは、三人一緒で最後の数段を駆け上った。

 胸が張り裂けそうなほどに息が切れる。さっきはあんなにも輝いて見えた頂上は今では夕闇に溶けてしまいそうな色をしとぃる。
目の前が色とりどりにちかついて、とてもたってはいられない。
僕たちは三人重なり合うようにして、丘の頂上に転がり込んだ。吸う息も吐く息も、体の下に感じるお姉ちゃんの腕も、長い黒髪も、すべてが熱を帯び、赤く光って見えた。
淵からこちらをうかがうあのあったかい影の気配は一瞬一瞬薄くなっていた。僕が早く伝えないと、跡形もなく消えてしまうんだよと、悲しげな笑みを浮かべて。
それに比例するように、僕の中の言葉たちも、一つ、また一つと消えていた。
僕には何もできなかった。ただ、せっかくの感情が灰色になっていく様子をぼんやり見つめることしかできなかった。
 幾分息が落ち着くと、お姉ちゃんたちは立ち上がった。まるでもう影のことなんか気にかけずに、眼下の景色に息をのんでいた。僕は地面に横たわったまま、二人の後姿を見つめていた。白いスカートと紺色のスカート。夕闇とほとんど見分けがつかなかったけれど、ひらひら揺れる二枚のスカートが妙に心をひきつけた。
 その二枚の布の動きはあまりに儚く、もう二度と取り戻せない者たちを象徴するかに見えた。
ふっと視界がぼやけた。目の前に白い布と紺色の布が一気に覆いかぶさって、すべてが灰色になってしまうみたいに。すべてがぼやけ、境界を失い、僕は一瞬、お姉ちゃんたちと夕闇とを、区別することができなかった。夕闇も、お姉ちゃんたちも、みんな灰色の中に溶けて、僕の前から忽然と姿を消した。    僕は今にも泣きそうで、灰色の中、確固とした何かを探した。灰色と現世うつしよとの境目を求めて、四方八方に腕を伸ばした。無茶苦茶に腕を振り回した。そこには何にもなくて、ただ灰色の海の中に、僕の指先だけが不自然なほどくっきりとした境界を持ってさまよっていた。
影の気配が悲しそうだった。すでに灰色との境界を失って、その影は僕を攻め立てた。僕が言わなかったから、お姉ちゃんたちに大切なことを伝える勇気を持たなかったから。
 僕は半分泣きながら腕を振り回すのをやめた。そして、ただ一つだけ、視界の端に揺れる白い布を見つけた。案外すぐ近くで、お姉ちゃんのスカートは手を伸ばしてくれていた。僕を現世につなぎとめてくれていた。僕は手を伸ばして、そっと、ぜったい破いたりしないように、その薄い白布をつかんだ。その途端、僕の周りにはちゃんと色が戻った。そこには物と物との境界があった。お姉ちゃんたちは二人とも、暖かい街の光を背景にして、僕のこと、待ってくれていた。
「もう大丈夫だよ。ほら、だって町が、パチンコ屋の、コンビニの、いろんな光が私たちのこと見てるもん。ずっと見守ってくれてたんだよ。」
お姉ちゃんはいつもの通り、僕の目線に姿勢を合わせて言った。彼女の声にはほとんど自分自身に言い聞かせるかのような、やさしさと弱さが混じっていた。僕には何にもできなかったけど、何かしたくて何か言いたくて、スカートを握る手のひらにそっと力を込めた。
「ほら、ねえ見て。学校が見える、いつも通ってる通学路。あっちはお姉ちゃんの学校。」
お姉ちゃんがその方向を指さすとその動きに合わせて紺色のスカートが揺れた。
 その指のさす先を見て、僕は唖然とした。
そこにはただ、あの無限の灰色空間が辺り一面広がっていた。
僕は目を凝らして見つめ続けた。
 本当に何もなかった。
僕たちの学校だなんて、お姉ちゃんの学校だなんて、景色さえなに一つ見えない灰色の中に存在しているわけもなかった。焦って後ろを振り返っても、もうそこに頂上の風景はなく、灰色がすべてをのんでいた。
 またもう一度、どこかに布のひらひらを探しても、そんな甘い夢にこたえる物体は何一つなかった。今度こそ、そこには何もなかった。悲しげなあの優しい影さえも、灰色にかき消されていた。僕は本当に独りぼっちだった。僕だってあと少しもしたらこの灰色を形作る一要素になっていくのだろうか。
溶けていく境界、溶けていく意識の中で、僕は涙をこらえるのに必死だった。思考がごちゃ混ぜになる中、無意識のうちに今口にするべき言葉を探していた。灰色に溶けかけた体を無理やり寄せ集めて形を作り、言葉を発するべき的確な瞬間を待った。
 その時だった。
僕の視界の隅っこに、白と紺が混ざったような、淡い藍色がちらついた。同時に、優しい影が二つ手をつないで現れた。最後の力を振り絞って、何かを叫んだ姿が見えた。
生まれてこの方、僕の中で止まっていた時間がこの時やっと動き始めた。
僕の胸はこの上ない緊張に高ぶり、そして最後に、喉が初めての震えを発した。口は自動的に動いていた。僕は半分泣きながらその薄青色に懇願した。どこにも行かないでいてほしかった。心の中で凝り固まっていた言葉たちは、一言にまとまって、あふれだした。

「ここにいて。ここにいて。」

 一面灰色の景色の中に、二つの優しい影たちは、何よりも光を放って現れた。仄かな藍色の衣をまとった彼女らは僕のほうに腕を伸ばした。この上なく暖かに笑いかけた。僕の心はいっぱいだった。僕が手を伸ばすと、しかし、影たちはやんわりと笑顔をしまい、灰色の一部分に帰した。
 それらが溶けきると同時に、僕は再び、現世の境界だらけの丘の上で目を開けた。
気づけば空は、深い藍色に染まりあがっていた。その色は、夕やみというには深すぎたし、夜というには明るすぎた。僕はこの空の名前を知らなかった。いつの間に上がったのか、初めて見るくらい真ん丸な月が、透き通った光を投げかけていた。その光は、温かいようで冷たくて、やさしいようでぶっきらぼうで、胸の中を、幸福な予感と不吉な予感が交錯した。
僕はその美しさに、声をあげて笑った。
お姉ちゃんたちも見ているだろうか。
それから二人を見上げようとして、驚きに目を見張った。
 お姉ちゃんたちは、どこにも、いなかった。
僕は大声上げて二人を呼んだ。
二人の姿は本当に、さっきまでここにあった、あの夕やみの中に溶けてしまったのだろうか。それとも僕が、あの灰色空間に溶け込んでしまっているのだろうか。
 どこにも返事はなかった。笑い声一つ、足音一つ、ひそめたような呼吸音すら、聞こえなかった。
僕はもう一度喉をつぶす勢いで二人をよんだ。眼下の風景に二人の面影を探そうとした。けれどもそこに広がっているのは温かな住宅地の夜景に過ぎない。
 僕は待った。お姉ちゃんたちの笑い声を探して。びっくりしたでしょ? って、からかうような飛び切りの笑顔を探して。
止めようにも、止めようにも、目は涙を流し続けた。
もうあたりはとっくの昔に真っ暗で、上空の月の光だけが、怪しいほどに透き通っていた。
どれだけ待っても、二人の姿は現れなかった。僕は疲れ切って、狂ったように泣きわめきながら丘を下りた。
もう何段飛ばしたのか、転ばなかったのが不思議なくらいに。
さっきはあんなにも恐ろしかった灰色を、気づけば僕は求めていた。
 下りの階段はあっけないほどに短かった。ふもとに近づけば近づくほど、境界のくっきりしたものたちが僕の目をくらませた。
この丘に登るまでの僕は、あんなにも形ないものが怖かったのに。
どんなに頑張っても声なんか絞り出しようがなかったのに。
僕は大声で泣きじゃくりながら一人で家を目指した。
 両親はいつになく優しく、変わり果てた僕を迎えた。
オレンジの光あふれる部屋の中に抱き入れた。二人は何も言わなかった。何も聞かなかった。
何も聞かれなかったから、僕も何も言わなかった。
なんにも起こらなかった

 次の朝、まだ太陽も登らない頃、僕は父をゆすり起こした。二人して歯を磨き、青い運動靴のマジックテープをしっかり止めた。住宅地一帯を駆け回った。
翌日からも毎朝、僕は暗いうちに起きだした。
この十年、青いシューズを、何度買い替えたことか。それほどに、わけもなく、僕には毎朝走りまわる習慣ができていった。
そんなふうにして僕と、両親との三人は淡々と日々を送った。あれからずっと、その日常に変わりはない。
 お姉ちゃんたちと過ごしたあの日々は、僕一人が見た一晩の夢だったとでもいうのだろうか。僕はあの夜以来、二人の消息を知らないでいる。
一度だけ、親戚の人達が噂しているのを聞いたことがある。僕には、僕の生まれる前、亡くなったお姉ちゃんたちが二人いたんだって。僕が生まれてから数年の間、ただの一声も発さなかったのにも、このことが何か関係していたのかもしれないって。僕が初めて喋ったという晩秋の晩の話だって、実際の記憶とかみ合わない。
 よくわからない。結局、本当のことなんて誰にも分らない。
だけどときどき思う。今でもあの丘の頂上では、二度と訪れはしないあの日の、まったく同じのあの夕やみの中で、三人の幼い魂たちが、閉じ込められているのかもしれないと。彼らは、手をつなぎあって、確固としたものを、境界あるものを求め、彷徨っているのかも知れないと。
だって、僕の中には確実に、彼女らと過ごした日々の記憶があるのだから。
 もしまた、その夕闇の中にいる彼らに会えるなら、僕は何と言おうか。そんなこともよく考えた。
正直言って、答えはいつも決まっていた。         
三人一緒に手を繋いで、歩調をそろえてこの丘を下りよう、ゆっくりゆっくり降りよう。
それだけであった。
 そして今日も、明日もまた、僕は青いランニングシューズへ足を通す。
お姉ちゃんたちのいなくなったこの世界で、毎朝走り回る。二人のことを考える。
僕にとって、この時間だけが、あの夕やみと僕、僕とお姉ちゃんたちとをつなぎとめてくれている命綱に思えるのだった。

第三話 長女


    【夕煙】夕方、食事の支度などのために立つ煙。
 


 弟が帰ってこない。
壁掛時計を見上げる。
 23時35分。
友達の家にでも泊まっているのだろうか。
だが、どうにも心が落ち着かない。
高校生の弟にここまで気を使う必要があるだろうかと、自分でも不思議だ。
それでも、心を巣食う不安は時とともに肥大化している。
 23時37分。
時間の流れが異様に遅い。
心がふわふわと浮足立つ。
台所には妹が食べ散らかした後のお茶碗が転げている。寝る前にお皿を洗って、ごみを捨てなければと、考えるのに体が動かない。
 弟のことが心配だ。
友達が多く、よくしゃべる高校生男子である。
普通のことなのかもしれない。一時間、何度もそう思おうとしてきたが、不安は消えなかった。
 自分の心に巣食う、この不安のもとをたどってみる。
これも、一時間繰り返していることだ。
得体の知れない不安。
不安の上に不安が重なる。
 妹はさっきから部屋にこもっている。大学の課題が忙しいと、騒いでいた。
手書きのレポートでも書いているのだろうか。部屋と部屋とを分かつ、うすい壁の向こうから、何かを書きつける物音がかすかに響いている。
 23時57分。
もうすぐ日付が変わる。
私は、食卓代わりにとして兄弟三人で使ってきた、ちゃぶ台の上に顔を伏せた。
 瞼が下がる。眠気が広がっていく。
私の心の中には、得体のしれないあの不安と、どうしようもない眠気だけが残った。

 夢を見た。
現実の思い出を、夢の中で再体験した。
私は12歳だった。
耳に心地よい夜虫の鳴き声。
部屋の電灯で、赤く照らし出された庭の紅葉。
何気ない秋の夜の優しい記憶であった。
 私は、兄弟三人で使っていた広い寝室の窓を全開にあけた。一人、思い切り身を乗り出す。
お風呂上がりの火照った頬に、涼しい夜風が心地よかった。
月を探した。
なぜだかはわからない。夢の中だからなのか、遠い記憶だからなのか、この夢の中での行為にはこれといった動機もなかった。
ただ、夜空に月を探した。
 だが、その夜私が見つけた月は私が探していた月ではなかった。
 赤く濁った光の中で、怪しく鈍く光る月。その月は空の中に溶け込んでいた。月と、雲とに明確な境界線はなく、光と闇は、完ぺきなグラデーションを描いていた。
 そのままいると、最初は赤にしか見えなかった周りの靄は、紫や、黄色や黄緑や、いろんな色のまじりあいであることも分かった。
その月光には、どうにも人をひきつける不思議な力があった。それは生々しいほどの鮮明さをもって、私の記憶器官を刺激した。自分が夢を見ているのか、過去をそのまま追体験しているのか、或いは幻の中にいるのか、自分でもよくわからなかった。私はずいぶん長いこと、その月空を見上げていた。
 夜風の冷たさが、ふいに襲ってきた。
髪は濡れたままだった。お風呂上がりの暖かさはすでにすっかり冷めていた。私は夜空に目を向けたまま、窓と、障子をそっと閉めた。

 おんなじ夜の記憶だったけれど、少し場面が変わっていた。
弟も、妹も、お風呂を上がって寝室へやってきていた。半そで半ズボンのパジャマからすらりと伸びた手足が、晩秋の寒さをやわらげた。
私たちは三人一緒くたになって、そのまま寝具に倒れこんだ。
二人の髪は、湿っているどころかびしょぬれで、お風呂上がりのいい匂いがした。
 そのまま寝入る。
それが私たちの習慣だった。
コトン、コトン、音を立てるように、弟妹が眠りに落ちていく。
 けれど私はねられなかった。こんなことは初めてだった。
それどころか、目はさえる一方だった。瞼の裏に、赤くぼやけた月が浮かぶ。半月なのか、満月なのか、ぼやけすぎて形さえとどめていなかったあの月を思うたびに、眠ってはならないという意思が働いた。
 弟がもぞもぞと動いて同じ布団に入ってきた。真っ黒な瞳で、ちろりとこちらの顔色をうかがう。
まだ起きてたの?
目で話しかけるが反応はない。
 私が目を閉じると、弟は立ち上がっていき、窓を全開にあけた。冷たすぎる夜風が吹き込んだ。私は思わず布団にもぐりこんだ。
弟はそれから、窓から身を乗り出して、月を見上げて、
今日は、月の光が、あんなに白くて、まっすぐだねえ
と呟いた。
 呟いたはずはない。あの頃の弟に、声はなかったはずなのだから。そう思う自分と、夢だからいいではないか、そう反論する自分が、心の中に二人いた。そしてそれと同時に、何も気に留めず、弟の言葉の真意を読み取ろうとする自分もいた。あの光をそうとも表現できるのか、妙に納得したような、しないような、不思議な気分で私は一人、目を閉じた。ぼんやりと赤い月が脳裏に浮かんだ。それはちょうど、弟の真っ白な横顔の輪郭と重なって見えるようだった。
 夢の中の夢へ、落ちていく。
“あぶない”
本能的にそう思った。
そのとたん、目が覚めた。
 ちゃぶ台の上に転がった妹のコーヒーカップ。隣に積みあげられた三人分の洋服の山。うっすらとほこりをかぶり、色褪せた日常の風景が、目覚めた私を出迎えた。
朝が来ていた。
 午前9時35分。
弟はまだ帰ってきていない。

 私と妹は、その後の三日間を同じ状態で過ごした。 
妹の部屋からはただひたすらに何かを書きつける物音が響いていた。
私は、ただひたすらに、ちゃぶ台にうつ伏せ、弟の帰りを待った。ただひたすらに不安に駆られ、ただひたすらに夢を見た。
不思議な三日間だった。
 弟のことを考えていたからなのだろう。
見る夢の中で、私はいちいち弟の“声”を聴いた。生まれて六歳までの間、声を持たず、文字も知らずに育った弟に、言葉というのは存在しないも同然だったのだと思う。その反動もあったのであろうか。少しして、弟は声を手に入れ、馬鹿みたいによくしゃべるようになった。けれど、そのあとの弟からは、彼の中に会った何か大切なものが抜け落ちてしまった。私は何度もそう思ってきた。
 今、私の胸を締め付けているこの得体のしれない不安も、元をたどればここに起因しているのかもしれない。
 三日目の晩、妹が私のところにやってきた。狭いちゃぶ台を挟んで二人向き合う。妹の瞳孔は、信じられないほど真っ赤だった。何かを書きつけたよれよれのノートを片手に、こちらの瞳をまっすぐに見る。ノートを握りしめる彼女の指先は、鉛筆の粉で真っ黒だった。右中指の指先に痛々しい鉛筆ダコができていた。それを何とかして隠そうとしていることは私には見え見えだった。
 妹が頭を下げた。
“読んでください”
私にノートを差し出す。
私は受け取らずに、妹の目を見つめ返した。
“弟が、かえってこないんだよ。ずっと。三日間。”
妹の体がこわばった。何も言わずに、私の顔を、こおりついた表情で見つめまわす。
最後に、彼女は立ち上がって、金切り声を上げた。
“いいから。読んで!
   私、探してくる“
三日間、ちゃぶ台にうつ伏し続けた私とは、比べ物にならない行動力だった。
私は黙って、そんな妹を見送った。
 不思議な気分だった。
妹が置いていったノートを眺めると、いなくなる前日、私の部屋にやってきた弟の様子が思い浮かんだ。
普段通りの彼だった。
年相応にすっきり筋の通った鼻筋を、真っ白なLEDライトに光らせていた。声を手に入れ、徐々に表情までをも変えていった彼が、私にだけは見せ続けてくれていた優しい笑顔、彼自身が生まれつき持っている、甘えるような笑顔。その笑顔で彼はその晩もいろいろと話をしてくれていた。そんな彼の横顔と、三日前の夢の中で、月光を受けて光った幼い彼の横顔が、重なるような気がした。
 
妹のノート。四日前の弟。幼き日の横顔。
少しずつ、断片が集まっていく。
妹のノートを開くには時間がかかった。何か、あまりに大切な真実が、この中には隠されているような気がして、中身を知ってしまうのが怖かった。

 数時間して、私はやっと1頁目を開いた。
記憶が溢れかえってきた。
空想が散乱した。
夢が浮遊した。
記憶と夢と空想は、それぞれに交錯した。たった一つの大切な真実を、私の前に提示した。
私は夢中でその真実を追った。
 
 一番大切だった記憶。
それは、ある夕闇の思い出に凝縮されていた。ある町はずれの展望台へ続く、長く、薄暗い階段となって、私の前に立ち現れた。
耳を澄ます。真実に耳を澄ます。

幼い子供たちの笑い声が聞こえてきた。
「後ろを振り向いたらねえ、影が襲ってきて、食べられちゃうよ。」
「登りきるまで、絶対に振り向いちゃだめだよ。」
それに続いて、コロコロ笑う笑い声。大きく、長く、少し緊張の混ざった笑い声。
 その夕方、私は丘の頂上を目指していた。妹と、弟と、三人一緒に手をつなぎあって、階段を上っていた。
きっかけも、はっきりと思い出せる。
簡単なことだった。夕陽を見たかったのだ。
あの日、学校から帰ると、誰もいないリビングルームが私たちを出迎えた。家中、誰かを探して駆けずり回る中、私はある風景に魅入られた。障子を通して寝室の畳に落ちた夕方の日の光。ただそれだけの風景があまりにきれいだったのだ。私は思わず、手をたたいて喜んだ。さっきまでの不安な気持ちは吹き飛んだ。そうしてそのまま、弟妹二人を引き連れて、夕陽を見に出かけたのだった。
けれど、辺りは途中でどんどん暗くなってきた。少し怖くなったことを覚えている。言い出しっぺなうえに、一番の年上。そんな自分が格好の悪い姿を見せてたまるかと、わざと笑いを繰り返していたことも。
あたりの薄暗さは、潔い夜の闇よりもずっと恐ろしかった。曖昧に濁った色彩に飲み込まれないよう、笑うことだけで必死だった。
そんな思いのまま、三人一緒に頂上までを登り切ったこと。
上りきったときには、空に太陽の名残は残っておらず、新月の闇夜が私たちを迎えたこと。そんな一つ一つの風景や感情が、どこまでも詳細に思い出された。
 思い出の中で、気づけば私は、頂上の地面に横たわっていた。
目を上げると、明るい夜景が腕を広げていた。
夜景は弟の横顔を照らし出した。靄の向こうで点滅する信号が、夢で見たあの月の色をしてみせた。三日間の夢の数々が、一つの過去となって統合されていく。
弟の口元から、鈴の音がこぼれだした。
弟は、何かに向かって懇願した。声変わりには程遠い声が、世界で初めて、弟の喉を震わした。
「ここにいて。ここにいて。」


 私たちはしばらくして、あの丘を降りた。
ゆっくり、手をつないで、一段一段を降りた。
丘の頂上を、誰も振り返らなかった。
 住宅地を駆け抜けて、我が家が見えた時、その窓辺にオレンジ色の明かりを見いだせなかったこと。扉を開けて、ただいまと叫んでも、誰も出迎えてはくれなかったこと。目の前で、過去のすべてが遠ざかったこと。
忘れようとした記憶すべてが呼び覚まされていった。
妹のノートから目を上げる。カーテン代わりの古いシーツの後ろから、朝の光が差し込んでいた。いつの間に帰っていたのか、妹が冷たい板の間で、寝息を立てていた。彼女は三日間一睡もしていないのではないのだろうか。疲労した彼女の青白い肌を、透き通った朝の光が温めた。
薄っぺらい寝具をかけてやると彼女は何やら寝言を言って、まぶしそうに瞼を上げた。
私の目線を認めると、彼女はうなずいた。
私もうなずいた。
 彼は今、あの家にいる。
あの日の夕やみ、その思い出に閉じこもっている。
私たちは以前住んでいた家を目指して、朝の街へと駆け出した。

同じような家々が立ち並び、同じように,せわしない朝ごはんの匂い漂う住宅地に入る。
 平和な朝の空気の中で、他の家々と同様、その空き家も透明な太陽光を浴びていた。
  同じ町に住んでいたのに、訪れるのは10年ぶりだった。
 あまりのなつかしさに私たちは思わず足を止めた。
 空白のような十年が、走馬灯となって駆け巡った。
  弟の声が聞こえる。
 声変わりには程遠い、鈴の音のような響き。
 不思議な程の確信が、胸の中に広がった。
  弟は、ここにいる。
 それと同時に、当たり前すぎる事実が、言語化された。
  私と妹も、今、ここに立っている。

最終話 夜明け

 玄関の扉を開けると、冷たい空気が一気に吹き込んだ。僕は身震いして、用意していたマフラーを首に巻き付けた。ふと思いついて、ラックにかけてあった毛糸の帽子も手に取ってかぶる。ランニングシューズのひもを注意深く結びなおす。
きんと澄み切った夜明け前の空気に、僕の吐いた白い息が不思議な模様を描いた。
それが消えるのを見届けてから、僕は一旦後ろを振り返ってみた。
居間のランプのオレンジ色の光、その光の下に薄く残った床の傷跡、食卓テーブルの木目。出かける前に振り返るといつでも僕の目に飛び込むものたちが、今日も僕を見送った。
 大きく息を吸う。晩秋の夜明け前、夜露と落ち葉の混ざり合ったような透き通った香りがする。僕はその冷たい空気の中へ、足を踏み出した。眠っている両親を起こさないように、そっと扉を閉めると、街はずれの丘のふもと目指して走り始めた。
 冷たい空気がむき出しの頬に痛く、耳がちぎれそうで、手袋をはめ忘れた指先には感覚がなかった。だが、自分の足と、心臓とが共鳴しあって刻むリズムは心地よかった。
走るにつれて、単調な住宅地の景色も刻一刻と変わっていく。
今この瞬間、目を覚ました人々が、それぞれの部屋に電気を灯していく。物と物との境界すら定かでない薄闇の中へ、一つ二つと明かりがともっていく様子は眺めていて楽しい。
 こうやって規則正しく刻まれる景色の流れが好きで、僕は毎朝走っている。あれはいつのころからだったか、眠たがる父を起こしては毎朝薄暗がりの中を走っていたころさえあった。
 薄暗がりの中を走るというのも僕のこだわりの一つだった。夕がたにしろ、朝方にしろ、薄闇というのは、周りの景色を飲み込むことも覆い隠すこともしない。だが、この闇はすべてを無音の中にしみこませていくように、物と物との境界を奪っていくように、町を侵食していくのだ。その中にあって、自分と世界との境界さえもこの闇の中に溶けていくような感覚に襲われることがある。そんな時、僕はいつでも、現実と隣り合う反対側の世界へ紛れ込んでしまうことだってできるような気持になった。
 僕は不思議と、この感覚を怖いと感じたことはなかった。むしろ、灰色の空間に溶けていく感覚を心地よいと感じることさえもあった。 
要するに薄闇は、僕にとっての別世界への入り口だった。毎朝、毎夕、僕の前に現れるのに、決して入れてはくれない、開かずの扉だった。

 薄闇の中、景色は流れた。
僕は足を運んだ。リズムに乗せて、丘を目指した。
少し目をあげると、薄灰色の夜明け空を静かに雲が流れていた。
月も、雲とともに流れた。真っ白で、まっすぐな、その夜最後の光を投げかけながら。
小さな星の瞬きは、僕が丘に近づくにつれ、空の薄闇の中に溶けていった。
もうすぐ夜が明ける。
目指す丘のふもとはすぐそこだった。
太陽が、少しずつ、東の山並みを染め始めていた。
 
 丘のふもとについて、僕はいったん足を止めた。道路に傾斜がかかり始めるちょうどこの丘のふもとで住宅地は終わっていた。丘に登る階段は、ただでも薄暗い闇の中、周りの灌木が投げる陰によって不気味なほどに暗かった。
僕はその階段を見上げた。暗く、長く、高いところまで続くその道は、頂上まで行かず、途中で灰色の薄闇の中に溶け込んでいた。
薄灰色の景色の中で、その階段は、この世と隣り合う反対側世界への連絡路のようにも見えた。
 僕はもう一度靴ひもを結びなおして、走ってきた住宅地のほうを振り返った。ここで折り返す。初めて走り始めたころから10年間、このコースは変わらなかった。この丘に登ったことはなかった。意外と高くて、傾斜があるし、なぜだかはわからないが、この丘には、僕を追い返す不思議な気配があったのだ。今日もそのつもりだった。
 だが、住宅地の方向を振り返ってみて、思わず息をのんだ。
そこにはいつも見慣れた住宅地の景色はなかった。ただ、何もない灰色の空間が辺り一面広がっていたのだ。そこには何もなかった。すべてがぼやけ、境界を失い、灰色一色の海の中で漂っていた。その中で、僕の指先と、青い蛍光色のランニングシューズだけが不自然なほどにくっきりとした境界を持って存在していた。
怖いとは感じなかった。
懐かしいような、安心したような、心地よさを感じてさえもいた。
この灰色空間は、色と境界を持たぬ分、すべてを内包しているように思えた。物と物とは区別されなくても、物も、僕も、ちゃんと存在していたし、むしろその灰色はとんでもなく色とりどりの灰色に思えた。

 僕はこの空間を知っていた。
 僕はこの空間を潜り抜けて、反対側の世界へ、迷い出たことがあった。
いや、今ここにいる僕の体自体が、迷い込んでしまっているのかもしれない。僕は幼いころから、今いるこの世界で迷子になっていて、帰るべき世界を探しているのかもしれない。
そう気づくまで、どのくらいの時間が流れただろう。
僕はゆっくりと、後方を見上げた。
あたり一面の灰色の中、小高い丘と、その頂上へと続く長い階段が、目の前に現れた。
 僕は大きく息を吸って、一段一段、その階段を上り始めた。
ゆっくりゆっくり、登り始めた。

 階段の一段一段はさほど高くはなかったが、走った後の足は重たく、思ったよりも息が切れた。少しずつ体が温まってきて、僕は首に巻き付けていたマフラーも、帽子も脱いだ。脱いだとたんに、それらは物との境界を失い始め、最後には辺りの灰色空間に溶け込んだ。
 
 どうしてだろう。
こんなにも息が切れる。
階段の一段一段が、登るたびに高くなっていくような気がする。

 気づけば、だんだんと、灰色の空間は薄らいでいき、階段の横に茂る灌木も、周りとの境界を持ち始めていた。
だが、気のせいだろうか。そのどれもが大きく、奇妙に歪んで見える。息が切れて、仕方がなかった。

周りの景色が見えなくなってきた。見えるのはただ、高くて、大きな階段の一段一段だけである。

 突然、上方から幼い女の子たちの声が聞こえた。
「後ろを振り向いたらねえ、影が襲ってきて、食べられちゃうよ。」
「絶対に振り向いちゃだめだよ。」
それに続いてコロコロ笑う笑い声。まるでわざと笑いのような、大きく、長く、少し緊張の混ざった幼い笑い声。
 気づけば僕の両手は、大きく温かく、少し湿った手のひらに、しっかりと握られていた。目の端を、女の子たちのスカートが、ひらりひらりと揺れていた。
 声の主を探ろうとして、上方を見上げた。だが、見えたのは僕の手のひらを握るその細い指先だけだった。腕より先は靄の中でゆがんだようにかすんでいて、何も見えない。
 なぜだかはわからない。ただ、突然、後ろを振り返ってみたいという、どうしようもない欲求にかられた。後方が気になって仕方がない。僕は振り向かないよう我慢するのに必死だった。どうしても、振り向いてはいけない、僕の中の何かが訴えかけていた。
笑い声は続いていた。
声の主はわからなかったが、心の中は懐かしい気持ちでいっぱいだった。僕は安心しきっていた。
 頂上は、もうすぐそこに迫っていた。
名残惜しくは感じながらも、僕は両側の二人の手のひらから抜け出した。手を放して、自分一人で頂上までたどり着かなければならないと、さっきと同じ何かが告げていたのだ。
 頬をそよぐ秋風はつめたかったが、落ち葉の、香ばしく、優しい匂いが含まれていた。
僕は登った。
一段一段を踏みしめて。
できる限り胸を張った。
さっきまで手をつないでくれていた、優しい誰かに何か伝わればいいと、願いを込めて。
 頂上が迫った。
なぜだろう。この丘の頂上はとても明るい。
何かとてつもなく大きな光に、照らされているかのようだ。
 僕はその明るさを目指して、うれしくて、うれしくて、駆け上がるようにラストスパートをかけた。
階段の一段一段はあっけないほどに低く、さっきまでの苦労が嘘のようだった。
 僕はあっという間に頂上の平地にたどり着いた。思ったほどには息は切れなかった
頂上の林近くの薄暗がりで、幼い女の子二人と、その間に手をつながれて立つ小さな弟がこちらを向いて突っ立っていた。町の方でも眺めているのか、焦点は合わず、僕の向こう側を一生懸命に眺めていた。
僕の後ろ側の景色はどうなっているのだろう。
ふと気になった。
 僕は大きく深呼吸をして、ゆっくり、ゆっくり、後方を振り返った。
 
 朝が、始まろうとしていた。
太陽の端っこが山並みの向こうから姿を現して、あたりを照らし始めていた。
太陽は、灰色の中でまどろんでいた草木を、動物たちを、パチンコ屋の屋根を、コンビニの窓を、僕が上ってきた階段の一段一段を、一つ一つ丁寧に呼び起こしていた。それぞれと世界との境界線を、明るい光の中に浮かび上がらせていた。
階段の脇の灌木は、深い緑の葉を広げた。朝やけの気配残る空は、起き立ての太陽が残したまどろむ赤色と、うすい青色とをない交ぜて、あいまいな色彩画を描いた。透き通った光に照り映える雲は、その画に優しさを加えた。ふと足元に目をやると、オレンジ色のコスモスが一輪、そよかぜに吹かれて揺れていた。
 僕の目に映るすべてが、大きく伸びをしながら太陽の光を享受し、キラキラと輝いていた。すべてが透明で、鮮明で、純粋な色と色とに輝きあい、語らいあっていた。小鳥のさえずりでさえもが、キラキラと光って聞こえるようだった。空気はあまりに透き通っていた。
 僕は朝の光をこんなにも心地よいと感じたことがなかった。
朝はいつも、僕から、境界のない心地よい空間を奪っていくだけのものだった。だが今日僕は、空間に境界線を与えていく、新しい心地よさに出合った。これまでの僕が知らなかった感覚は、僕の心にぴったりと収まった。欠けていたピースが揃って、ずっと完成することはないと思っていたパズルが、完成したような気持がした。
もしかしたらこの感覚こそが、毎朝走り始めたころからずっと、朝もやの中に探していたものだったのかもしれない。
 遠く、透き通った秋の空気の向こうに、昔通っていた小学校と、中学校、もっと奥手には、この春卒業する僕の学校が見えた。通学路の木々は、紅葉で真っ赤に染まりあがっていた。いつも下を通りながら、その美しさに気づけていなかった自分のことが、信じられないくらいにきれいだった。
ずっと眺めていると、昇りたての太陽の光はあまりにまぶしかった。目を閉じると、色とりどりの光の粒が辺り一面飛び交った。それらの光はポヤポヤと様々に発光しながら、僕の目の裏を満たしていた。
 目を開けると、さっきの兄弟が僕の隣までやってきていた。
はずかしそうに、僕のことを見上げて、三人一斉ににっこりとほほ笑む。ちょうど、昇りたての太陽みたいに、清らかな笑顔だ。
僕は三人の目を順に見つめて、大きく息を吸った。三人に向かって話しかけた。
一緒に手をつないで、この丘を下りよう。ゆっくりゆっくり下りよう。と。
けれど、彼らは、恥ずかしそうにうつむいてゆっくり首を横に振った。そして、朝の光に、瞳を輝かせながら空気の中へ溶け込んでいった。
揺れながら、朝の空気に溶けていく、儚いスカートの動きに向かって、二度と取り戻せない僕の大事なお姉ちゃんたちに向かって、僕は懇願した。口は自動的に動いていた
「ここにいて。ここにいて」
思うように声が出なかった。声がかすれて、この言葉以外すべての言葉が、心の中で永久に溶けていった。

 一陣の風が、帽子を脱いだ僕の髪の毛を巻き上げた。幼い兄弟の気配はもうどこにもなかった。僕の中にあった無数の言葉たちも、すでに消え切っていた。
 
 少しして、僕は一人で丘を下りた。
一段一段、ゆっくりと。振り返らずに丘を下りた。
心の中を、さわやかな風が吹き抜けていた。
僕の中で言葉は溶けたのだ。
 あの夕方、辺りすべての色を、風景を、物と物との境界を、灰色の夕やみが溶かし切ってしまったように。お姉ちゃんたちが空気の中へ溶けてしまったように。僕の中の言葉の時間は、僕の子供時代という、淡く、曖昧な色彩の中に溶かし切られてしまった。
 だけど、怖くはなかった。
むしろ、生きられると思った。
地上の夜は、灰色は、すべての色を内包しているのだ。

見えないだけ。
色が、色の中に溶けてしまっただけ。
上りたての太陽が、透き通った笑顔を投げかけたとたん、世界に色は溢れ戻るのだ。

見えないものは、見えるもの。
僕の見てきた灰色は、色とりどりの虹色。

だから、僕が言葉を失ったということは、
僕が本来あるべき姿に、戻れたということなのだ。
どちらがいいとは思わない。

色と色との間に境界線を引いていく人がいる。
それを混沌の灰色に戻そうとする人がいる。
その作業を、「言語化」と名付ける人もいれば、その境界線だらけの世界観に、目をくらませる人たちもいる。
ただ、それだけで、
僕らは、ずっと彷徨っていたのだ。
曖昧な色彩。昼とも、夜ともつかぬ曖昧な時間帯。冬とも、夏ともつかぬ曖昧な季節にわたって。夕闇の中、空想と現実の間を行き来して、あるべき姿を探していた。

 住宅地はすっかり明るくなっていた。せわしない朝ごはんの気配の中を、僕は一気に駆け抜けた。
前方に、我が家が見えた。
雑草の絡むインターホンの前に、見知らぬ若い女性が二人、手をつないでたたずんでいた。

僕は息をのんだ。

 どこからともなく、くぐもった音声が、僕の脳内、僕の全身に響き渡った。
声は言った。

「ここにいるから。ここにいるから。」
「ここにいるよ。ここにいるよ。」                                                     
(完)



 

【東雲】東の空がわずかに明るくなる時分。古代の住居で、篠竹を編んで壁に埋めた明り取り「篠の目」が語源であり、ここから朝日が入るので、転じて夜明けを指すようになった。

夕やみ

ここまで読んでくださった方がいらっしゃるなら、本当にありがとうございました。
この作品から受け取ったイメージ、またはアドバイスなど、あればぜひお願いします。

夕やみ

三人姉弟は丘を登る。 住宅地を包む優しい夕やみを眺めようと上る。 だが、頂上で彼らを迎えたのは新月の闇夜だった。 それだけの話。 夢も、空想も、現実も、すべて入り乱れていた幼い日のイメージ。 それを、昼と夜の合間にある、曖昧な時間帯の景色に重ねてみました。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-03-24

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