無限性のあとで

序章しか書いてないです。

序章 1話 新

人類は暦を数えるのを辞めた。
人類は暦を数える必要が無くなったからであり、
それすなわち人類が恒常的な存在へと進化したことを意味する。

そして僕は駿河碧であり、このようなアイデンティティの確立された名前、人格といった概念は暦を数えていたころからあったらしい。
アカデミックコミュニティでは、人類古典を調査している。要するに昔の人類のことを好きで学んでいる。
調査している、という表現は誰がなにを誰と研究してもいつそれをやめても構わないからだ。
この世界はとても人間的な世界だ。"昔の人類とは違って"。

これも人類古典の調査で知ったことだが、いつ頃からかは分からないが人類は[労働]を辞めたらしい。
[労働]としてかっこしているのはこの世界に労働という言葉が無くなったからだ。[労働]する必要が無くなれば、その概念が消える。その概念が消えれば言葉も消える。

今人類は、これまでになく人間的である。

序章 2話 敵

穏やかな時間、
ハーブティーのかおりを楽しみながらナチュラルデータベースで一人を楽しむ。
ナチュラルデータベースとは旧人類のいう所の[図書館]らしい。
その様相はほとんど変わってはいないらしい。
なぜナチュラルデータベースと名称が変わったのかというと、脳内とデータベースをリンクさせて電気信号だけに頼って知識や情報を手に入れることができるリンクデータベースが主流だからだ。
僕のような書籍をそのまま楽しむような人もいる。
この違いは単なる目的意識の差だ。
僕のように本を読むということを目的としている人は少なくない。
ナチュラルデータベースは静かな賑わいを呈している。
リンクデータベースでは情報に対して脳で直接触れると言った感じだ。どちらが記憶に有利なものであるかとかはこの際どうでもよい。新人類に義務はない。

ふと視線を前に向けるとガラス張りになった向こうに陽光に暖められた木々が淡く色づいている。
もう一度視線を手元の本に戻す。

その時、
「おい」
と後ろから声がかけられたのがわかった。

人類古典で同じ文野君がいた。小柄でメガネをかけているが人々のみなりを気にするようになったのは
つい最近のことだ。確かに美意識に従うことはできるが他人の美意識は絶対領域と言った感じがある。
人類古典で小柄が〜、メガネをかけていると〜といったルッキズム的愚弄で無意味な意味づけ概念がそれを疎外的に蔓延っていたことを最近知った。

この時代では他人に対する印象は意識しない限りその人間の思考といったアクティブなものに限られる。

「最近数学をやり始めたんだ」
彼は言った。
「どこの分野?」

「無難に基礎論からだよ。まぁ数学は1人では難しいところがあってさっぱりな所もある」

ここ数学は完全に趣味の領域である。
いつからかは分からないが。
矛盾が成立してしまうのが発見され、数学という学問が意味を為さなくなった。数学にはなから根拠はない。新人類における公理の洗練がつづけられてきたが行き着くところまで来たという感じだ。

「しかしだな、次はなんの学問が落とされるだろう」
文野君は言った。
落とされるという表現は滅多にされないが、僕らのコミュニティでは嗜める学問が追加されることを落とされるという。
落とされる学問は無意味な学問である。
それが新人類の学者達によって何百年かかけて最初から証明され始めて僕らが嗜むことができるようになるのだ。
有意味な学問は学問ではない。
それが僕らの正当化の理由である。
「旧人類が学問をどうしていたかという記述をみたことはある?」
僕はきいた。
「それが不思議なことにない。旧人類は学問をしてこなかった?旧人類から新人類への移行は単なる偶然性に担保しているというのが最近の学説じゃないか」
文野君は続ける。
「そんなことより、太陽系外探査の話きいたかい?
もしこそで数学が整合するようなら、数学ができなくなってしまうのかな」

「そこではの話じゃないか。僕らがこの星に足を落ち着けている限り、数学は無意味だ。いくらでも楽しめるよ。飽きが来なければの話だけどね」

飽き、つまり死だ。

「飽き、いつ来るんだろうな」

生き続けることもできるし、いつ死ぬことだってできるこの世界では飽きるか飽きないかしかない。
それは運命的で偶然的。

「そういえば旧人類は死は悪という概念があったらしい。」

「君は旧人類が好きだな」

「いや、むしろ嫌いなだけだよ。敵を愛すからやっていけるってもんだ。僕はね」

序章 3話 飽き

1度だけつけた日記を新居に移る際に発見したので勿体なく思って書いてみることにした。
それに飽きが来ていることをここに記さなければと思ったからだ。

……犯罪が起きるのはいつぶりだろう。

この世界では犯罪という言葉は慣用句的に悪いこと一般という意味として使われているが、
人類古典では犯罪は[法律]という規則に従わない、それの範疇からの逸脱という定義をされていたらしい。
旧人類は直感で犯罪を定義できなかったということであり、逆に新人類は直感でしか犯罪を定義できない。

ここ最近、犯罪、[殺人]が頻発している。
新人類は満たされた生物であり、安定平衡的な生物から昇華した存在であるという定義が世界委員会では発布されており、それを日常的に耳にすることになる。
しかしその定義が緩んできているというのが僕の現状についての解釈だ。
満たされた生物は犯罪をしない。直感的に反する狂気は現象的なエネルギーによってのみ起因するという
僕のいや、アカデミックな場面では一般的な解釈は赤っ恥をかかせ続けられている。

[殺人]の方法すら自分らには検討がつかないというのにそこまでこの事物の解釈を歪められるというのは
むしろ理解を通り越している。
想定したことも無かった犯罪という概念が今ここになって目の前に現前するというのは僕にとっても大分ショックだった。

空の色が変わったように思える。
かなりの[ストレス]を感じだ。ストレスという言葉も人類古典の専門用語だ。
新人類の体にも旧人類の基盤がしっかりと備わっている。基本構造が変わらないというのはどうやら本当のようなのである。

僕はそこに"飽き"を感じた。
これまでに無いほどの飽きである。

飽きの兆候としては今感じているように自分の営為が自分のものであると確信できない。何かに操作されるかのように自分を伴わずに動いているようである。

ここ最近はシミュレータの中にいたが
それでも飽きは否定出来ずにこびりついていた。
シミュレータというのは完全に自由な世界のことだ。
想定できるならばなんでも自由な世界。無限性を体現する。
なんでもあるという状態が常に確保され、
飽きから目を背けたい人も、一般ユーザーからも支持も厚い。
完璧な理想郷、いや理想郷はこの世界自体だが
理想郷を超えて理想でないものも理想によって創造することができるのだ。
僕はそこで何度も何度も人生をやり直した。いや人生をやり直した感覚に陥った。
シミュレータは全てを感覚に統合している。脳にその景色を見せた気にさせるものだ。
想定できるだけの旧人類の生活も何度もしてみた。試行錯誤を何回も繰り返した。しかしそれは完全に完璧な世界だった。なにも疑うことはなかった。

こんなにも人間的な生活を謳歌しても死ぬのだ。
旧人類の寿命はいくらか長かったそうだ。それも肉体的な限界を迎えなければ殆どの人間はそれまで死ぬこともなかった。どれだけそれが忌避されていても……、嗚呼こんなにも人間的なものの内実というのは薄っぺらいのだと実感する。何度も思ったが、この結論は飽きた人々が言葉にしなくとも分かっているのだろう。
繁殖しなければいけない、そしていつでも終わる可能性がある旧人類からの進化が素晴らしいことは自明だ。しかし、しかし。

序章 4話 無意味

飽きが来てから外出が多くなった。"機械的"な操られるような感覚は拭えないまま日々のルーティーンから無理矢理でも外そうと行動を意識的に変えた。

暗くなってから、薄暗いバーでグラスに注がれたカクテルを啜る。
とても人間的な嗜みだと思う。雰囲気とその空間が安直な安らぎを引き立てる。

横には桐嶋君、桐嶋優佳。
「時間的な制約から解き放たれたっていう解釈がここにはあるよね。旧人類は常に時間的な制約を気にして生きていた。だからこそ飽きというものを感じなかったんじゃない?」

「そうかも。対して僕らは基本的に空間的な解釈や世界観を持って生活している。[日]という概念が昔にはあったらしい。0時がきたら次の日というようにね。しかし0時が何時なのかも、今の僕らにはわからない。時間という概念は必要なくなった。嘘だったっていうふうにもとれる」

静寂。

「人類古典、そんなに楽しい?」
桐嶋君が言う。

「何故そんなことを聞くんだ?君もかなり考察できているじゃないか。桐嶋君は好きじゃないの」

「あんまりかな。何を考えるにも旧人類のフィルターがかかってるし。そう駿河君みたいに。飽きの構造を考察する時にだってやたらと旧人類と比べたがるよね。そんなことして楽しい?」

「僕らには未来も過去もない。だったら人類古典しか無いじゃないか。」

「こじらせすぎ」

「君は数学やってたっけ?落ちてきた学問として扱われてるのどう思う」

「君も思う通り無機的なものであると思うけれどそれが学問なんじゃないの?少なくとも、嗜める範囲の」

「有意味な学問をしてみたいと思うかい」

「今はいいかな」

「でも完結している」

「何言ってるの。私たちは完結しているものしか知らないでしょう?」

そうだった。いや知らないのではなく、知れない。

完結した世界に生きている。
世界は完結している。だから飽きる。

完結していないものを知りたい。
そんな気がした。完結しないものってなんだ?
僕はその存在を知らなかった。シュミレーターでも完結しないもの、まだ完結していないものを再現することはできない。

世界はそれとして完結している。

しかし思想は?学問は?完結しないものがあるんじゃないのか?矛盾が矛盾のまま、成立しないような。

序章 5話 君

あれからしばらくシミュレータで完結を模索していたが腑に落ちなかった。求めているものはもうどこにも無いのかもしれない。

「旧人類文学で一番好きなのって何?」
文野君が言う。

「1984年かな。まさに旧人類の愚考って感じがするよね。ディストピアに収斂されるって発想は当時の終末論的な風潮だったと思うよ。そういう所も顕著に現れている」

「なんの話してるの」
桐嶋君とその友人が寄ってくる。名前が分からないがいつも彼らが共にいるので自然に顔を覚えた。

「旧人類文学」
と僕が答える。

「よくやるね。旧人類文学は滅多に読まないけどあれは読めたもんじゃないよね。色々理解し難い概念が出てくるし……」

「あ、そうそう。[性別]ってなにか聞きたいんだけど」
文野君が言う。

「難しいね。[性別]って形式的なものに分類されるんだけど今はどうにでもなるから形式的な分類みたいなのがほぼ理解されないし。[性別]は2種類あるけど
今は人間には適応されない概念だね。人間にも一応あるみたいだけどなにを規定するのかも理解し難い」

そして"彼ら"の[性別]すら僕は知らないことに気がついた。

……。

直感がよぎる。
文章を完結させるとき、その文章が定型化され程度化される。
ならばむしろその文章を完結させなければなにも程度化されないことになる。どうすれば程度化しないことが出来る?どうすれば未来がこの世界の向こう側が見えるのか。

……。

序章 6話 無限性

僕は"飽き"の書類を提出しにこの地域の処理委員会にいった。昔で言うところの[役所]だ。
処理委員会は処理という名前の通りに全自動であらゆる諸事を処理することから由来する。
僕の"飽き"申請も機械によって事務的に処理されるということだ。
人間的な生活を機械的に終わらす。皮肉なことだ。
書類といっても名前を打ち込むだけであり、その個人の血液などに合わせて調合された薬品が渡されるのを待つだけ。

処理委員会は静かな所だ。入り口付近には無表情な木々が並んでおり、重厚な感じしない軽やかな建築。

足を運ぶ人は数人おり、みな飽きの申請をしに来ているというのが伺える。飽きた人間には人間的ではない空気がまとわりつくような気がする。
僕らが生物である以上、生物以上のものへと昇華できない証のように名前を照合するパネルが機械的な光と音を出す……。


砂浜海岸。綺麗に澄んだ青い水が目下往来する。

かつて海は汚濁されていたらしいがそのような気配もない。生命は海から生まれたというのを旧人類は考えついた。きっと旧人類にとって海は母であり新人類にとってもそれをきっと本能的な部分で感じ取ることができるのだろう。
海からいでて海へ帰る。

腕に薬品の入った筒を押し当てる。その筒の上にボタンがある。それをおす。
痛みはない。不安もない。膝の力が抜ける。心地よい、安心感に包まれていく。
水平線から漏れる光が閉じていく目に入ってくる。

そのまま、ゆっくりと完結していく。

完結することから僕は逃れられなかった。

すなわち、無限性の中にきっちりと有限性が内包されている。

無限性のあとで

無限性のあとで

SFです。 僕的な未来を暗示していたりしてます。 是非読んでください。 まだまだ続きます

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-02-23

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 序章 1話 新
  2. 序章 2話 敵
  3. 序章 3話 飽き
  4. 序章 4話 無意味
  5. 序章 5話 君
  6. 序章 6話 無限性