騎士物語 第十話 ~悪の世界~ 第一章 悪の所以

RANPO

第十話の一章です。
悪党側がメインのお話が始まります。

第一章 悪の所以

「よくぞここまで辿り着いたな勇者よ! 誉めてやろう!」
 広く、薄暗く、趣味の悪い像が立ち並ぶ広間の最奥で、玉座から立ち上がって声高らかに叫ぶ男がいた。髑髏で作ったようなヘルメットをかぶり、マントを翻し、過剰装飾な貴族のような服を着ている大男で、無駄に高い場所に位置している玉座から見下ろした先、満身創痍という表情で剣を構えている騎士らしき人物に楽しそうな笑顔を向けている。
「息子はどこだ!」
「くっくっく、貴様の息子は――あー……おい、なんで姫じゃなくて息子なんだ?」
 途中までノリノリだった大男が誰かにそう尋ねると、まるであちこちにスピーカーが設置されているかのように広間全体に声が響いた。
『その勇者には姫になりそうな者がいなかったのです。娘はいませんし、妻には先立たれていましたし、まさか祖母を姫にするわけには……』
「ぬぅ、仕方あるまい……ふっはっは! 息子はどこだと聞いたか? おかしな話だ、さっき――」
「くだらない茶番はやめろ! 息子を出せと言っているんだ異常者め!」
「こらこらセリフを遮るな、こらえ性の無い勇者だな。それに勇者は「異常者め!」とか言わないだろう。ワガハイは魔王――」
「息子を返せぇぇぇっ!」
 まるで役の演じ方を注意するかのような事を言う大男だったが、満身創痍の騎士は怒りに満ちた顔と表情で跳躍し、無駄に高い玉座を一瞬で詰めて大男に斬りかかった。
「カット、カット!」
 だが騎士の身体は暗闇から伸びた無数の鎖に絡めとられ、元いた場所に戻された。
「ちょっと憎悪が濃すぎるし、そのセリフは少し早い。息子の話を聞いてからにしろ。」
 やれやれとため息をついた大男がパチンと指を鳴らすと天井から鎖にぶら下がった何かが降りてきて、それを見た勇者は――絶句した。
 それは小さな男の子だった。質素な格好のどこの村にでもいるだろう少年は、しかしその胸から一本の槍を生やしており、元の色がわからなくなるくらいに真っ赤に染まった服が少年の状態を物語っていた。
「あ……あぁ……ああ……」
「おほん――ふっはっは! 息子はどこだと聞いたか? おかしな話だ、さっき会っただろうに!」
 先ほど言いかけた事を繰り返し、大男は少年を貫いている槍を指差す。
「その槍に見覚えはないか! お前がここに来る途中にクリアした第……第……」
『第七階層です。』
「第七階層で戦ったドラゴンがいただろう? お前の仲間を全滅させたあのドラゴンだ! そしてお前は散った仲間の一人の武器だったあの槍をドラゴンの心臓に突き刺した! いやいや、あの戦いは熱いモノだったな!」
 仰々しく語る大男に、震えながら絶望の表情を向ける騎士。
「しかし思わなかったか? ドラゴンの鳴き声が奇妙だと。ふっふっふ、お前の耳がもう少し優秀だったら気づいただろうにな! あの鳴き声はな、逆再生すると人間の言葉になったのだ。お前の息子が助けを求める声に!」
「――!!!」
「理解したか? 息子との再会は既に果たし、永遠の別れも終えていたのだ。お前自身の手でな!」
「お、おれが……おれが…………ああああああああああああああああああああああっ!!!」
 騎士の絶叫を満足そうに聞く大男は、マントをばさりとさせて両腕を広げる。
「ここまで辿り着いた者はお前が久しぶりなのだ! どうか期待を裏切らないで欲しい! これ以上ない絶望を前に、しかし正義の為に立ち上がる勇者の顔を――」
「貴様ぁあああああああああっ!!」
 嬉しそうな顔で語る大男に対し、騎士は憤怒を通り越した形相で再び斬りかかった。
「――あー、だからそうじゃないと言っているだろう。」
 騎士が振り下ろした全力の一撃。恐らく何かの魔法も上乗せされていたのだろう光り輝く剣を、大男は右手の人差し指と親指で挟んで止めた。
「それじゃあ怒り狂った獣だ。勇者ならば燃やすべきは正義の心――」
「死ねええええぇぇぇっ!!」
 魔法を重ね掛けし、更に威力を増す剣。大男の足が地面に少しめり込むが、しかし二本の指は微動だにしない。
「落ち着け落ち着け! お前は――ほら、騎士の仲間たちからすごく信頼されてる立派な男だろう? 息子も誇りに思うような素晴らしい――」
「ああああああああっ!」
 どうにか説得しようとする大男に怒りの叫びを返す騎士。すると大男の顔から期待が薄れ、残念そうな表情になった。
「……ここまで来て……またハズレというわけか。」
『そのようですね。やはり姫じゃないとダメなのでしょうか。』
『じ、自分のトラップが悪かったんすかね!? ちょっと疲れさせ過ぎたんじゃ……』
『もしかしてあたしのドラゴン!? もうちょっと息子ってわかりやすくするべきだったかなぁ?』
 もはや怒れる騎士を蚊帳の外にして広間に響く数名の声を聞き、大男は肩を落とした。
「いや、やはりワガハイの魔王らしさが……これはすぐに反省会だな。準備しておけ。」
「ああああああああっ!」
 そして大男は、目の前で叫ぶ騎士を見てこう言った。

「……? ああ、まだいたのか。」

 直後放たれる大男の拳。文字通りの片手間に振るったその腕は鎧をまとった騎士の身体を容易く貫き、騎士を一撃で絶命させた。
「! 壁の方に飛ばそうと思ったのに、もろい鎧だ。まさか初期装備で魔王城に来たのか?」
 ぶんっと腕を振り、先ほどまで色々と語り聞かせていた騎士を、飽きたおもちゃを捨てるように玉座の下へと転がした大男は、大きなため息を吐く。
「これで六十人目だったか? それなりに記念すべき人数だったし、ワガハイの前まで来たのは十人ぶりだったのだがなぁ……」
『残念です。そういえば『マダム』から連絡が来ていましたよ。『魔境』の封印を解けそうだとの事です。』
「んん? となるとそろそろワガハイの出番か。ワガハイを差し置いて魔王を名乗る女を排除するチャンスだからな。そっちの準備も進めておこうか。」
『了解です。』
 部下らしき響く声に指示を出し、大男はかぶっていた髑髏のヘルメットを脱いで一息ついた。下からはその体格に合った強面がのぞいたが、一つ奇妙な点があった。
 てっきり髑髏のヘルメットにくっついているのだと思われていた、頭の左右の側面から伸びていた角がそのままなのだ。
 まるで装飾品ではなく、本当に頭から生えているかのように。



「よしよし、そうだ、そのまま……」
 大男が玉座からのしのしと降りている頃、とある街の裏路地で、一人の人物が目を閉じてぶつぶつと呟いていた。
 特徴のないどこにでも売ってそうな襟付きのシャツとジーパンに身を包み、短い髪をオールバックにしてメガネをかけているその人物は、服装や髪型からすると男性に見えなくもないのだが、平均をだいぶ超えている胸のふくらみから女性だとわかる。ただ、本人はそれを良く思っていないのか、着ているシャツは胸の大きさに対しては少々サイズが小さく、まるでそれを抑え込むかのようにキツキツにボタンを留めていた。
「この時間の控えの騎士は五人。お前の力量と自分が用意した事件ならば連れて行くのは騎士Bと騎士Dの二人。そうすれば厄介な相手は騎士Aだけとなり、自分の計画通りに事が進む。」
 考え事から来る呟きではなく、まるでどこかを覗いてるかのように独り言をこぼす女だったが――
「な、おい待て待て、何故騎士Cを連れて……そいつが来ては自分が用意した罠の意味が――ば、しかもこいつ三人も連れて……! ち、違う待て、それでは――そうじゃねぇだろうがっ!」
 突如感情をあらわにし、傍においてあった木箱を蹴り飛ばした。
「ふざけんなビビリ野郎が! アタシが何のために小一時間もかけてあれを仕掛けたと思ってんだゴミ! 状況も見抜けねぇ能無しが!」
 木箱だけにとどまらず、喚き散らしながら壁を殴り、地団駄を踏む女に通りを歩く通行人たちが奇異の視線を向けるが、女の睨みにそそくさと去って行く。
「――…………あー、ダメだ、落ち着け……あの方はいつも冷静だった……」
 壁を殴ったせいで血のにじんでいる拳を押さえながら、女は深呼吸する。
「……やはりあの方のようには行かない。自分にはまだ必要なのだ、あの方の教えが。だというのに……あの女の為に――あの女のせいであの方の完璧な頭脳が失われた……失われてしまったっ!」
 再度拳を壁に叩き込み、ハッとして再び深呼吸する女。
「手に入れなければ……取り戻さなければならない。あの方の教えの全て――いや、あの方そのものが宿ったあのマジックアイテムを……!」

「ドロン。」

 血のたれ落ちる拳を舐めながら決意と憎悪のこもった表情で呟いた女から数メートル離れた場所に、そう言いながら一人の男が現れた。

「……お前は確か『マダム』のところの。『魔境』の件が上手くいったのか?」
「そうだ。近く本格的に動く故、迎えに……」
 要件を伝えながら女の拳に目を留め、その拳が叩き込まれた壁に視線を移した男はそこでため息をついた。
「……先にここから離れた方が良さそうだな。手を掴め。優しくな。」
「? 何を言ってる。」
 男が差し出した手を女が血まみれの手で握ると、二人の姿はパッと消えた。
 そしてそこから十数秒後、突如女が拳を叩き込んだ場所から四方へと亀裂が走り、その壁を有している建物が崩壊――ではなく、まるで爆弾でも仕掛けられていたかのように爆散した。



「いやぁありがたいでさぁ。」
 とある街で一つの建物が木端微塵になっている頃、とあるレストランの片隅で、隣のテーブルにまで広がる大量の料理をほぼ丸呑みの勢いで食べている太った男がいた。
「傷を負ったバーナード様がご来店の際には料理を無償で提供するようにと『マダム』からの指示が全店に出されておりますので、お気兼ねなく。」
 店員らしき人物がそう言ったが、太った男は傷一つない身体で料理を頬張っている。妙な点があるとすれば、先ほどから「二本」の右腕で料理を掴んでおり、左腕は一切動かしていない。
「情報が早いっすね。『マダム』の料理が欲しい時はいくらでもあるっすけど必要になったのは今回が初めてっすから、これは感謝っす。持つべきモノは同志――おおぅ、栄養が身体に染み渡るでさぁ。」
 脂肪で垂れ下がった顔の肉が目元を隠しているせいか、その満足そうな笑みは周りの客には恐怖を与える狂気的な表情に映り、すぐにでも店を出ようと立ち上がるのだが、壁に貼られた「完食すること」という言葉に何とも言えない顔で座り直す。
「これは直接会ってお礼の食材でも渡さないといかんでさぁ。『マダム』は今忙しいんっすか?」

「ソレヲあなたに聞かれると店員さんも困っちゃうんじゃないかしら。」

 太った男に集まる視線を丸ごと奪ってしまうような、そんな奇妙な外見の人物がテーブルに近づいてきた。
 シルエットは基本的に人間のそれなのだが、どう見ても人間ではない。口元を隠す長いマフラーと桜の国の忍者のような服装は、奇抜であっても許容範囲だろう。だが少しだけ後ろの方に伸びている頭、横二列に並ぶ八つの眼、手足の他に背中から伸びている四本の蜘蛛の脚のようなモノはどう考えても異形だった。
「マルフィ? なんだか久しぶりに見た気がするでさぁ。元気だったっすか?」
「フフフ、あなたも元気そうね。ヒダリ半身が消し飛んだわりには。」
 一礼をして去って行く店員に軽く手を振り、蜘蛛の女は太った男の向かいに座った。
「それでさっきのはどういう意味でさぁ? 困るって。」
「コノマえイェドの二人から聞いてね。チョッと調べてみたら悪党側に変な動きがあるのよ。」
「悪党はいつもそんなもんでさぁ。」
「ソレハごもっともだけどね。ナンダかアタシたち――つまりは『紅い蛇』? をやっつけようっていう動きがあるみたいなのよ。」
「姉御が嫌いな『罪人』の事っすか?」
「ソレハ一個前の情報ね。アイツらはこの前アフィが結構な数を始末したから今はしょんぼりしてるわ。ソレトは別に、しかも二つのグループが動いてるのよ。エスキゅうチームとA級チームがね。」
「ほー、面白い事になってるっすね。」
「コトノ始まりはアフィがアルハグーエに命じたS級狩りね。ナニカんがえての事かは毎度のようにわかんないけど、それで危機感を覚えたS級犯罪者がチームを組んだってわけ。アタシの調べだと、メンバーは色々飛ばしてくる『ベクター』、魔王ごっこの『魔王』、急にイメチェンしてザビクの後継者とか言ってる『バーサーカー』、そしてチームリーダーっていうか言い出しっぺになるのかしら、それが『マダム』よ。」
「ははぁ、それでっすか。まー『マダム』は姉御と反りが合わないっすからねぇ。」
「スデニ接触もあったみたいよ。アイテをしたのはアルハグーエだったけど、そのバトルでお互いに大ダメージ。シカモバトルの余波で『魔境』の一つ、『ラウトゥーノ』の封印が解けかかっちゃってるわ。マー、アタシが思うにこれは『マダム』の計画の内の気が――」
「『ラウトゥーノ』! それは朗報でさぁ!」
 顔の奥にある眼をギラリと光らせ、太った男が満面の笑みを浮かべる。
「あそこの魔法生物は絶対美味しいんすが、封印のせいでずっと生殺しだったんす! いやぁ、『マダム』とアルハグーエに感謝っす! これは一刻も早く身体を万全にして美食の旅に出なきゃいかんでさぁ!」
 食べるスピードが上がる太った男を見て……表情というモノが無い為仕草から想像するしかないのだが、蜘蛛の女が笑う。
「ネライはアフィかもだけど、それってつまり打倒アタシたちみたいなもんよ? ゲンジょう、『マダム』は敵になるんだけど。」
「それはそれ、これはこれでさぁ。『マダム』もこうしてあっしに料理を出してくれてるでさぁ。」
「ヘンナ関係の美食仲間だこと。マーソッちはいいわ。モンダいはA級チームなのよね。」
「? 大して問題にならなそうっすけど。」
「ワリト困った事になってるのよ。レンチゅうからしたら、アルハグーエが他のS級の始末を始めるわ、『魔境』の封印が解けそうになるわで落ち着いて悪事も働けない状態でね。ソンナ中でアタシたちの動きを知ったのよ。ナンカ知らないけど、『紅い蛇』の連中があっちこっちで探し物をしてるってね。」
「? 恋愛マスター探しはS級狩りと関係ないっすけど。」
「アタシたちの探し物が恋愛マスターだって、連中は知らないのよ。デモアタシたち総出で動いてるわけだから、それはそれは重要なモノに違いないって、思うのは不自然じゃないでしょ。」
「まー、そうっすね。」
「ソレヲ先にゲットできれば最近の悪党側の騒ぎの元凶たるアフィをどうにかできるかも――って、そういう考えでおバカな悪党が動き出したのはちょっと前からなわけだけど、それが巡り巡って辿り着いちゃったのよ。アフィの最終目的――あの青年に。」
「あー、それはまずいでさぁ……」
 先ほどの『魔境』の話でテンションマックスだった太った男が、一気に嫌そうな顔になった。
「グタイ的にあの子って突き止めるまでは至ってないけど、アフィが突然行動を始めたキッカケになった誰かがいるらしいっていうところまで来ちゃってるみたいでね。ソレヲ大胆にもイェドの二人に聞いて、でもって二人の反応で確信しちゃったわけ。」
「大失態っすね。」
「ウレシしそうな顔しちゃって。タシカに二人のせいだけど、あなたが思ったようにこれってかなりまずいでしょ? ダカラちょっとそのA級の連中も始末しなきゃいけないのよ。」
「『マダム』たちのチームとどこかのA級チームってわけっすか。A級連中ならリハビリにちょうどいいっすけど、今のあっしに『マダム』たちは厳しい……ああ、だからマルフィが動いてるんすね。」
「ソウイう事。アタシのやり方で恋愛マスターには結構近づいてるし、ちょっと息抜きっていうか、たまには骨のあるのとやりたいのよ。イェドの二人はA級の方を片付けるだろうけど、ああいう連中って数だけは多いじゃない? フタリだけだと時間かかるかもだし、半分くらいあなたに食べてもらった方がいいんじゃないかなって、ここに来たのよ。」
「そういう事なら了解でさぁ。姉御の為でもあるっすしね。ちなみに他のメンツはどういう割り振りなんすか?」
「アルハグーエのS級狩りはケバルライの娘……って言っていいのかしら? コルンが後任になったから、ついでに『マダム』側の一人くらいは片づけるでしょ。ムリフェンはこの大掃除に参加しなさそうだけど、アフィ本人が暴れたそうな感じもあるし、S級連中は充分じゃないかしら。」
「んー、なんだか楽しくなってきたっすね。ちょっとしたお祭りでさぁ。」
「ア、ソレとなんだけど。」
「まだ他にチームがあるんすか? 出店がいっぱいのお祭りっすね。」
「チョクせつ関係はないんだけど……オズマンドがちょっとね。」



「ひひ、ひひひ。おい見ろよ、すげぇ光景だな。」
 太った男と蜘蛛の女が食事をしている頃、広く薄暗い部屋に置かれたテーブルについた女が、席に並ぶ面子を見て隣に立っている男と笑い合っていた。
 女は椅子の背もたれを背面ではなく側面に回して座っており、首から足首までがすっぽり隠れる灰色のフードローブの下からは脚の他に金属製の尻尾のようなモノが伸びている。
 また、テーブルの上に乗せた左腕は通常よりも関節が一つ多く、そのせいか一般的な腕を超える長さとなっていた。
 そしてそれらの奇妙な外見を超える異形が頭部であり、本来生え際になるだろう場所を境にして頭部が金属で覆われている。むしろ金属製の頭蓋骨に生身の顔が張り付いていると表現した方がしっくりくるほど奇怪な顔に、女は歪んだ笑みを浮かべていた。
「けけ、けけけ。こういうのを見本市って言うんだろ?」
 そんな異形の女と話している男もまた、普通ではないシルエットを持っていた。
 異形の女と同様に灰色のフードローブを羽織っているのだが、その背中は奇妙な形に隆起しており、ローブの下に普通は存在しない何かがある事は明らかだった。
 加えて笑う際に口からのぞく舌は一般的なそれを遥かに超える長さであり、下卑た笑いと共に垂れる舌から唾液が滴っていた。
 そしてこちらも異形の女と同じように頭部が普通ではなく、左側の上半分が機械的な何かで覆われており、左目はカメラのレンズのようになっていた。
「ひひ、ひひひ、まじそれな!」
 笑いながら長い左腕でテーブルの真ん中を叩き、それぞれの席に座る人物を指差しながら異形の女がふざけた口調でしゃべる。
「えー、向かって右側にお座りになられますは酒とドラッグでハイになりたい奴らが神とあがめるキシドロ! 左側には最高の男と女をガキから熟れ熟れまでそろえる奴隷と売春の王、テリオン! でもってお誕生日席に座ってんのがそういうわっるいモノのルートを管理する裏社会の帝王、アシキリ! 裏通りで成り上がりを夢見るチンピラが憧れる悪党が勢ぞろいだぜ!」
「けけ、けけけ! せっかくこうしてお近づきになったんだ、おこぼれをもらわねぇとだな姉貴。」
「当然! お前は何がいい? アタシは断然キシドロさまさまのお酒とお薬だ。人生楽しくなきゃな!」
「けけ、けけけ、オレはテリオンの旦那からいい女をもらいたいぜ。」
「ぶっは! いい女って、お前がヤッたらどいつもこいつもアヘ顔さらす木偶人形になっちまうだろうがよ!」
「おいおい、姉貴、男と女は一期一会だぜ?」
「ひひ、ひひひ! こりゃ一本とられたぜ!」

「いい加減にしろっ!」

 異形の二人の笑いが響く部屋にドスの効いた声が響く。
「趣味の悪い笑いをいつまでもしおって、時間を無駄にするなガキ共がっ!」
 異形の女が「お誕生席に座っている」と表現した、桜の国の独特な服をまとい、金色の入れ歯を光らせて左目に眼帯をつけた老人――アシキリが年齢を感じさせないすさまじい圧で異形の二人に怒声を浴びせる。だが――
「ひひ、ひひひ! 時間の無駄ときたか! 生涯かけてそれをやってきた爺様がよく言う! 今更になって後継者欲しさに子作りに励んでんだろ、えぇ?」
「けけ、けけけ! こんな爺様の子種にそんな元気は残ってんのか? そもそも、しおれたナニで女を満足させられんのかっつー話だぜ!」
「貴様ら! ボスに向かがっ!」
 アシキリの後ろに控えて異形の二人に顔を引きつらせていた男が、いよいよ我慢ならないといった感じに腰に下げた刀を抜いたのだが、突然何かに引っ張られるように勢いよく壁に張り付いた。
「ひひ、ひひひ、誰に向かって抜刀してんだよサムライ。まったく、桜の国の連中は上下の絆が泣けるくらいにお強いこった。」

「誰に向かって、か。『イェドの双子』の劣化版が粋がりやがる。」

 異形の女から見て右側に座っている、大柄かつ小太りな身体を高級そうなスーツで覆い、サイズが合っていないのかそういうデザインなのか、小さな帽子をスキンヘッドに乗せて葉巻をふかしている、いかにも組織のトップという感じの男――キシドロが小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「ひひ、ひひひ、劣化版とはちょっと違うな。アタシらとあいつらじゃ種類がちげぇんだからよ。それにポステリオールの方はまだギリギリ同じにおいがするが、プリオルは完全にイカれてるぜ? たかだが剣の為に何人殺せば気がすむんだってな。」
「けけ、けけけ、それにイキってんのはそっちもだろう? お薬がなきゃ何もできないブタが。」
「あぁ?」
 額に血管が浮かぶのと同時に、葉巻を持っていたキシドロの腕が高級そうなスーツを破って岩のような筋肉を隆起させる。
「けけ、けけけ、見ろよ姉貴、ご自慢のマッチョボディを披露してくれたぜ。」
「ひひ、ひひひ、カッコイイところを見せようとしてくれたのはいいが、ムキムキはアタシの好みじゃねぇんだ、悪いな。」
「てめぇらの趣味なんざ聞いてねぇんだよ、ここで死ぬか、あぁ?」

「世間話はそれくらいに。」

 笑う異形の二人にアシキリとキシドロの怒りが爆発寸前となったところで最後の一人、この場のメンツを考えれば場違い極まりない貴族のような装飾だらけの服を着て姿勢よく座っている、どこかの名家の人間のような雰囲気の男――テリオンが抑揚のない声でそう言った。
「多忙な上に趣味嗜好も異なる悪人がこうして集った理由はなんだ? 全ては迫る危機――『世界の悪』をどうにかする為だったはず。」
「若造に言われんでもわかっておるわ! こんな下品なガキ共に仕切られているのが気に食わんだけだ!」
「そう言わずに。気まぐれか故あってか、あの怪物がS級を狩りはじめ、『罪人』のメンバーを殺してまわった。次は私たちではないかと危惧し、各々の組織でそれぞれに動こうとしていたところにこの二人が協力のキッカケとなる情報を提示した。ある意味感謝すべきところだと、私は考えている。」
「ひひ、ひひひ、テリオンの言う通りだぜ。ぶーぶー言いつつもアタシらの情報が欲しいからここに来てんだろ? 素直になれよ、ジジイとオッサンのツンデレなんかお呼びじゃねぇぞ。」
「――っ、なんでてめぇらみてぇのが情報を――『世界の悪』の弱みなんつー史上最大の特ダネをつかめたんだか謎だ。あの録音がなきゃここには来なかったぞ。」
「ひひ、ひひひ、その為の録音だからな。」
 異形の女が長い左腕の中指をコキンと鳴らすと、どこからともなく声が聞こえてきた。

『ああ……認めるよ。キッカケ、確かに存在している。か細い情報から確信に至った事、貴女は素晴らしい女性だ。しかしいけないなレディ。それは、姉さんの邪魔になる情報だ。ボクらの前で言うべきじゃあなかった。』

「『世界の悪』に選ばれし七人、その一角たる『イェドの双子』、プリオルのこの発言、この反応。あの男が姉さんと呼ぶとしたらそれは『世界の悪』であり、この「存在」とやらはあちらと交渉できるほどの何かである事は確かだろう。」
「何百年も悪党のトップとして笑ってた女に影響を与える何かなんざ、過去に聞いた事がねぇ。あのバケモノがおれらに手を出すってのは確実じゃねぇが、もしもの為の保険は欲しいところだからな。」
「ふん、保険などと弱気な。それが何かによっては攻めに出る事も視野に入れるべきであろうに。」
「こちらから引き金を引くのはどうかと思うが……その辺りは「存在」が何かによるだろう。目星はついているのか、チェレーザ。」
 この場にて初めて出た名前に反応したのは異形の女。
「ひひ、ひひひ、いきなり呼び捨てるなよ、アタシを狙ってんのか?」
「あらゆる趣向の客がいるとは言え、お前を希望する者は皆無だ。それでどうなんだ?」
「ひひ、ひひひ、ああ、あるぜ。ちっと意外だしつながりとしちゃ弱い気もするんだがな。」
 そういうと異形の女――チェレーザはテーブルの上に一枚の写真を置いた。
「数か月前、プリオルと同じ七人の一人、『滅国のドラグーン』ことバーナードが一つの街を襲撃した。理由は不明でいつもの気まぐれだと誰もが思ってたわけだが、ついこの前、『世界の悪』が火の国に現れた。あの女の仕業かどうかは知らねぇが、建国祭で一騒動あったっつー話だ。」
「ふむ……その二つに共通点でもあるのか?」
「ひひ、ひひひ、この写真、どこかわかるか?」
「わからないな。学校のように見えるが。」
「悪党やってるくせに勉強不足だなぁ、おい。ここは凄腕の騎士を何人も出してる騎士学校、天下のセイリオス学院だぜ?」
「学校だぁ!? おいふざけんな、『世界の悪』の弱みがんなとこにあるってのかてめぇらは!」
「ああ、ビックリだよなぁ? だがバーナードが襲った街ってのはこの学校があるとこで、火の国じゃあ姉妹校の一つもねぇのにここの生徒が目撃されてるっつーわけよ。」
「……偶然とも言える――いや、その可能性の方が大きいだろう。バーナードが襲ったというのはフェルブランドの首都だろう? 学校が狙いとは言えないだろうし、火の国に生徒がいたというのはたまたまそこの出身の者がいたというだけではないのか?」
「ああ、ああ、さすがにこれだけならアタシもそう思うさ。だが……ひひ、ひひひ、最近のセイリオスを考えればそれで済ましちまうのはミスだぜ。」
「ほう?」
「どういうわけか王族が通い出し、そんなはた迷惑がいるせいかあれこれと騒ぎが起きて、しまいには学生の身でフェルブランドのシリカ勲章をゲットする奴まで現れやがった。なかなかに激動だろ?」
「それと『世界の悪』が絡んでおると? 飛躍も大概にせい、ガキ共が。目立つ二つを無理矢理つなげてご満悦か。」
 ため息と共にアシキリが「期待外れ」という顔になったが、テリオンは「なるほど」という顔になる。
「確かに無理矢理感は否めない。だはそういう風に考えると気になる点もある。長い事静かだった『世界の悪』の活動再開、『滅国のドラグーン』の襲撃があの女の命令だとすればあれが行動の一発目となるだろう。気まぐれに四大国の一つを襲ったと言えばそれまでだが、何か目的があったとしたら……」
「深読みし過ぎだろ。四大国を活動再開ののろしにしたかっただけ――あ、いや待てよ……フェルブランドといやぁ、最近国内のテロ集団がでかく動いたっつーのを聞いたな。『世界の悪』が裏の世界にばらまいたツァラトゥストラを使ってたって話……」
 チェレーザの突拍子もないこじつけが最近の大きな事件を思い返すほどにフェルブランドとの妙な繋がりとなっていくのを感じ、三人の表情が変わっていった。
「なるほどな、これは興味深い。一度探りを入れるぐらいの価値はありそうだ。仮に『世界の悪』が関係ないとしても、その将来有望らしい騎士の卵の顔を確認しておいて損はない。」
「ちっ、こんだけのメンツ集めて結局探偵ごっこで終いかよ。頼むから割に合うモンであって欲しいところだぜ。」
「ふん、確証が希薄だな。実りがありそうなら連絡せい。わしが動くとしたらそれからだ。」
「けけ、けけけ、いいとこどりしようってわけか。悪党だねぇ。」
「……そろそろ黙っておけよ、クソガキ……」
 先ほど壁にはり付けられた護衛らしき男に続き、アシキリ本人も堪忍袋の緒が切れたのか、ゆらりと立ち上がる。
「おいおい、あんま笑かすなよじいさん。オレとやろうってのか?」
 ケラケラと笑いながらゆらゆらと前に出た異形の男だったが、チェレーザの長い左腕がその肩を叩く。
「ひひ、ひひひ、老人の短気に付き合うなよロンブロ。こう見えて使える爺様なんだからよ。」
 ギシリと立ち上がったチェレーザは、異形の男――ロンブロを引っぱり戻す。
「んじゃまぁ、大きな組織で大量の人間を動かせるあんたらには人海戦術で情報を集めてもらうとして、アタシらはアタシらのやり方で調べるぜ。『紅い蛇』に睨まれないように、お互い上手くやろうじゃねぇか。」
「ん? ちょっと待て、まだ具体的な協力の仕方を決めていないぞ。」
「協力だぁ? ひひ、ひひひ、そりゃ勘違いだぜテリオン。」
 未だにアシキリにガンを飛ばすロンブロの頭をチョップしながら、チェレーザはにやりと笑う。
「女王様気取りのムカツク女を引きずり落とせる可能性を見つけたが、情報が少ねぇしゲットしようと思ったら騎士様たちの総本山で動かなきゃなんねぇ。だからそういうのが得意なでかい組織を巻き込んだ、それだけだ。互いの利益じゃなく、それぞれの満足の為にあっちとそっちとで利用し合うってのが正解さ。もしも『世界の悪』の首を手に入れられたら、それは手に入れた奴が踏みつぶしゃあいい。おいこらロンブロ、行くぞ。」
「けけ、けけけ、なぁ姉貴、この一件が終わったらあのジジイ殺しに行っていいか?」
「ひひ、ひひひ、終わった後に何しようが自由さ、当然だろ?」
 下卑た笑いを響かせ、異形の二人は自分たちが座っていた席の背後に広がる暗闇の中に消えていった。
「ガキ共がっ……! おい貴様ら、何か掴んだらまずわしに一報入れろ。あんなクズにいつまでもでかい面をさせてたまるか!」
 苛立ちを歩き方で表現しながら、アシキリも背後の闇へと溶けて行った。
「……ちっ、いつまでもってんならてめぇもだろって話だぜ。おれをアゴで使えると思いやがって。あの二人とは違う方向でジジイも立派にうざい老害なんだよったく。」
「そう言うな。そちらもこちらも、多少なりともアシキリが作ったルートを利用しているだろう。」
「知った風な口を……てめぇもそれなりにうぜぇんだぞ、テリオン。中立気取りのコウモリが。」
「相手構わず敵を作る方がどうかしていると思うがな。今のチェレーザとロンブロが良い例だろう。度を超えて好き勝手やるせいで犯罪者の間でも外道姉弟で通る二人は騎士と悪党の両方から狙われる立場だ。」
「は、『ケダモノ』だったか? 噂通りのぶっとび方しやがって。」
 ギシリと椅子を鳴らして立ち上がったキシドロは、壁にかけてあったコートをキッチリと着こなし、手にした葉巻でテリオンを指した。
「何にせよ、一番下はてめぇだからな。フェルブランドでの情報収集はお前のところの奴隷にやらせろ。おれは裏ルートから他の事実確認だ。」
 キシドロもいなくなり、誰もいなくなった部屋でテリオンは一人ため息をついた。
「年功序列とは、裏の世界も古めかしい限りだ。下ができたら上は老害に変化しないと気がすまないようだ。」
 ぼんやりと上――テーブルを照らしている小さな照明を見上げ、テリオンは呟く。
「バサルトからの供給が止んで、優秀な商品は貴重だというのに……」



「つーことでこの《オウガスト》と愉快な仲間たちに特別任務だ!」
 悪党たちがそれぞれの思惑を巡らせている頃、フェルブランドの王城内にある国王軍の施設、その会議室の一つにて、筋骨隆々とした男が色々な情報を書いたホワイトボードを粉砕する勢いで叩きながらそう言った。
「珍しいわねん。誰かが放浪の旅なんかしてるからお姉さんたちがチームで動くことなんてほとんどないのに。」
 筋骨隆々とした男の話を聞いていた面々の一人、長く赤い髪をゆらして胸元やスリットがかなりきわどく開いた赤い服を着ている女が、そんな格好だというのにテーブルの上に両脚を乗っけてよりきわどい事になっている体勢で色っぽく笑った。
「だっはっは! いつもは上から命令が降って来るがこれは俺様発案の作戦だからな! しかも場合によっちゃ他の十二騎士との合同になるかもしれないレアモンだ! 俺様の『ムーンナイツ』、全員出撃で気合入れねぇとな!」

 騎士に与えられる称号の頂点、十二騎士を任された者はそれぞれに一つの部隊を作る事が許可される。十二騎士ゆえに与えられる最高難易度の任務をその十二騎士一人でこなすというのではさすがに厳しいモノがある為、各十二騎士が自分でメンバーを選んで部隊を作り上げるのだ。
 選抜基準はそれぞれの十二騎士に一任されているのでこれというモノが決まっているわけではないが、過酷な任務に臨めるメンバーという事で自然と腕の良い騎士が選ばれ、メンバーになるという事は十二騎士に次ぐ名誉とされている。
 騎士になると最終的には誰もが最強の称号である十二騎士を目指すと思われがちだが、憧れの十二騎士と共に戦いたいという想いでその専属部隊――『ムーンナイツ』に選抜される事を目標とする騎士も数多くいる。

「あ、あのフィリウス殿……全員はいらっしゃらないようですが……」
 一番前だが一番隅っこに座っている長いピンク色の髪の女がおずおずと手を挙げてそう言った。
「自分もまだ全員にお会いした事はないのですが……確か今現在フィリウス殿の『ムーンナイツ』は自分を除くと七名いらっしゃるはずで……ですがここには……」
「だっはっは! 相変わらず『ムーンナイツ』の自覚っつーか自信が薄いんだな、オリアナ! そういう時は自分を含めて八人って言っていいんだぞ!」
「そうよん、選んでるのがこんなんなんだから気負わなくてもいいわん。ねぇ?」
 そう言って赤い女が顔を向けたのは筋骨隆々とした男でもピンク色の髪の女でもない、自分の隣に座っている人物だった。

「そうだな。」

 打ち合わせの為の集まりである為、普段なら甲冑をまとっているピンク色の髪の女もラフな格好でいるのに対し、その人物は全身甲冑を身につけていた。
 色は深い緑。大抵の甲冑に構造上、もしくはデザインとして存在している鋭利な部分や角ばった箇所を徹底的に無くした、一言で表現するなら「丸い鎧」をまとったその人物は、上半身をテーブルの上に寝かせ、首を赤い女の方に向けている。
 より正確に言えば、赤い女がテーブルの上に乗せている組んだ脚、それが伸びるスカートのスリット部分を兜の十字の覗き口から一切隠す事なく凝視していた。
「それに人数の件について言えば、そもそも十二騎士という存在が世界連合から任命されるモノであるから、『ムーンナイツ』の構成員にも所属の縛りは無い。フィリウスは旅先でメンバーを選ぶ事も多く、故に《オウガスト》の『ムーンナイツ』は半数が国外の者だ。」
 真面目な口調でそう言うものの凝視を止めない丸い鎧の人物――声からして男を見て赤い女はニヤリと笑い、わざと大きな動作で脚を組み直すと、丸い鎧の男は椅子ごとガタリと動いて赤い女に数センチ近づいた。
「あっは、相変わらずねん。オリアナはこいつと話すの初めてかしらん? これが女性騎士からダントツで避けられる変態、グラジオよん。」
「? オリアナ、その紹介の意味が分からないぞ。」
 そう言いながら丸い鎧の男――グラジオは首だけをぐるりと回してピンク色の髪の女――オリアナの方を向いた。
「どうにもこのガタイが威圧的に感じられるようで女性騎士に避けられるが、別に乱暴者というわけではないから安心して欲しい。グラジオ・ダークグリーンだ。」
 十字の覗き口からジトッとした視線を感じたのか、ゾクリとしたオリアナは自身を守るように自分の肩を抱き、ニコリと作り笑いを返す。
「オ、オリアナ・エーデルワイスです……未だ中級――スローンの未熟者ですが、ど、どうかよろしくお願いします……」
「階級は気にするな。私たちは『ムーンナイツ』という等しい立場なのだから。」
「は、はい……」
 誰の目にも明らかなオリアナの微妙な表情を特に気にする事はなく、再び赤い女――サルビアの方へと首を回すグラジオ。
「だっはっは! ついでに言うと変態はあと一人いるが、あいつには先に現地の下見を頼んでてな! 他のメンツと一緒にあっちで紹介するぞ!」
「本当に全員集めるのねん。」
「当然! 伝説の大魔法使いが『魔境』を封印し直す数日間、付近の魔法生物を近づけさせねぇってのが俺様たちの仕事だ! あの辺のはどいつもこいつも桁外れに強いし、邪魔しに来るのがそいつらだけとも限らないからな! 最大戦力で挑むぜ!」
「任務内容からすれば納得だが、先ほど他の十二騎士との合同になるかもしれないと言っていたな。具体的には誰が来るのだ?」
「さてな! 俺様発案だが『魔境』絡みっつー事のデカさから、扱いが世界連合の任務になっちまってな! セルヴィアでも呼べば万全だと思ってたんだが、この任務に最適な十二騎士を選ぶっつって協議を始めた! もしかすっと防衛系が得意な《メイ》とか《ジュライ》が来るかもな!」
「十二騎士同士の合同……そんなすごい任務に自分が……」
「だっはっは! いい経験になるな、オリアナ! 強くなれよ!」
「は、はい!」



「お前ら、冬休みだ。」
 バトル系のイベントじゃないとだるーんとしたテンションになる先生だが、やっぱり休みは嬉しいのか、少しウキウキしているような感じでそう言った。
 色々あった選挙が終わり、残す行事は二回目のランク戦だけだなと少し気合の入るオレだったのだが、それは年明け――冬休みの後なのだという。
 一回目のランク戦も夏休み明けだったし、休みの間に成長する事を期待してのこの時期だったりするのかもしれない。
「んま、この学院は休み中も休ませてくれないっつーか、ランク戦があるからほどほどな感じで休めよって事なんだが……毎度お馴染み、休み前にはテストがあるからな。まずは勉強を頑張れよ。」
 大きな休みの前には大きなテスト。騎士の学校に限らず、学生の一年間というのはそういう流れで進む……らしい。中等に通っていないオレにはまだまだ「お馴染み」というほどの感覚がないのだが……テストか……またみんなに勉強を教えてもらわないと。
「サードニクスが先行き不安って顔してるが、なら選挙には落ちて良かったな。」
「えぇ……?」
 個人的にはどうであれ、傍から見ると生徒会に立候補したけど怖い顔……をしたせいで落選という事になっているオレに対し、その……怖い顔……を恐れてか、オレの近くでは選挙の話題を避けるようになっているっぽい他の生徒たちの雰囲気をガン無視でそう言った先生になんとなくホッとしたオレだが……なんでテストの話題に選挙が?
「冬休みにはな、毎年入学希望者向けの学院見学が行われるんだ。このクラスにも行った事のある奴いるんじゃないか?」
「学院見学……でも先生、休みの間じゃあ生徒がいつもどんな事しているのかっていうのが見られませんよ?」
「それはそれで別日にやる。冬休みにやんのは学院内の施設見学やお試し授業――要するに生徒がいない時に新入生候補たちにこの学院のあれこれに触れて体験してもらおうってこったな。」
「なるほど……えぇっと、それと選挙の話がどう……」
「学院見学の時に在校生が一人も登場しないってんじゃ寂しいだろ? ま、運営の手伝いってのもあるんだが、生徒会の面々はそれに出席すんだ。新生徒会の初仕事って事もあるし、準備やらなんやらでテスト期間から割と忙しいんだ、あいつら。」
「それは……大変ですね……」
 デルフさんが忙しそうにしているところは見た事ないが、それをサポートしていたレイテッドさんやこの前の選挙で一番被害を受けた選挙管理委員長を見るとその忙しさというのがなんとなくわかる。そんなのがテストの勉強期間にかぶるなんて……確かに、落ちて良かった……
「ま、もしかすると関係ないかもしれないがな。」
 ホッと胸をなでおろしていると最後に先生がよくわからない事を呟き、そのまま授業が始まった。


「……別にあんた、勉強できないってわけじゃないじゃない……」
 昼休み、我ら『ビックリ箱騎士団』の指定席――というわけではないのだが、いつ行っても空いているからそういう認識になってしまっているのだろう学食のいつもの席で話題になったのは、テストと冬休みの事だった。
「ご存知の通り、オレにはこう……エリルたちにとっての当たり前がぽっかり抜けている事があるから、そういうのでミスをしないように頑張らないといけないのです……」
「うむうむ、いつものようにわたしが手取り足取り教えようではないか。報酬は冬休みの間わたしの家で過ごして母さんに挨拶してもらって一緒に年越しだ。」
「うん、いつもありが――って報酬!?」
「ロイくん、ボク、家族とか実家とかないから寂しいよ? 休みの間ギュッてしてなぐさめて?」
「ちょ、あの、リリーちゃん、そういう事を言われると断れない……」
「あたしのうちに来れば一緒に温泉年越しできるよー? 贅沢だよー?」
「いっしょにオンセン!?」
「あ、あたしのところは、おじいちゃん、が毎年……花火を、作ってくれるよ……」
「すげーな、花火を作るのか! さすがガンスミスの家だぜ! カラードも実家か?」
「ああ、おれの成長を確認してもらう。夏休みの時とは違い、今回は『ビックリ箱騎士団』で色々な戦いを経ているからな。」
 カラードの実家というのにはすごく興味があるが、それよりも自分の冬休みだ。夏休みと同じようにパムと過ごせればいいかなと思っていたが……だだだ、誰かのお家にお邪魔とかなったらどうしよう……

「いつどこに行けば会えるのか、皆さんは決まっているから便利ですね。ご一緒しても?」

 みんなでわいわいしている時に現れる人と言えばデルフさんなのだが、見るからに辛そうな色をしたスープの麺料理をお盆に乗せてやってきたのはその後任――レイテッドさんだった。
「……そうやってひょっこり出てくるのは生徒会長の特殊能力か何かなわけ……?」
「特にそういうモノはありませんが……あ、どうもです。」
 すすっと席を勧めるカラードにペコリとしながら席に座ったレイテッドさんにエリルがムスり顔をジトッと向ける。
「むう、前任者ならこういう時は大抵何かしらの頼み事なわけだが、新生徒会長も我ら『ビックリ箱騎士団』に用というワケかな?」
「えぇまぁ、そんなところですね。いただきます。」
「何か頼むことがあるかもとか言ってたけど、早速ってわけ?」
「傍から見れば、そう言われても仕方がないかもしれませんね。ですがこの件に関しては……元を辿れば原因は皆さんなのです。」
「は?」
 ずずずと辛そうな麺を涼しい顔で食べるレイテッドさんは満足そうにふぅーと息を吐くと、オレたちの方に真面目な顔を向けた。
「冬休みの間に学院見学が行われる事はご存知ですか?」
「あ、はい。ちょうど今日、先生から聞きました。オレたちの後輩――になるかもしれない人たちが来るって。」
「そうです。騎士の卵と呼ばれている私たちよりも更に若い方々がセイリオス学院と自分の騎士道を照らし合わせて自身の将来を決める、その一役となるイベントなのですが……今度の学院見学にはセイリオス史上、初の事が起きているのです。」
「もしやロイドくん目当ての女子が殺到しているのでは!?」
「まぁ……半分は正解かもしれませんね。」
「えぇっ!?」
 エリルたちからじろりと視線が!
「ああいえ、これもまた大元を辿りますと……全ての始まりはクォーツさんでしょうね。」
「……は?」
 オレからエリルへと視線が移り、エリルは「何言ってんのよ」って感じのムスり顔になる。
「実はですね、今度の学院見学の希望者の中にそこそこの数の貴族の方がいるのですよ。」
 貴族……貴族って前にエリルと婚約とか言ってきたム……ムイなんとかみたいな人だよな……偉い人たちで――要するに騎士に守られる側の人たち……
「なんで貴族が見学に来るのよ……」
「あ、もしかしてあたしみたいに未来の旦那様を探しに来るとかー?」
「ダンナサマ!?」
「アンジュくんの元々の目的は自分を守る騎士を探す事だったはずだし、こっちならば可能性はあるが……であるなら別にいつ来たっていいだろう。この学院見学はあくまで新入生向けのイベントなわけで、ならばやってくる貴族の目的は……」
「入学、でしょうね。」
「はぁ? なんで貴族が騎士の学校に入るのよ。」
「あたし一応貴族だし、お姫様に至っては王族だよねー。」
「エリルくんとアンジュくんの場合は少し特殊な理由であるし、おそらくそういう稀な考えを持ったやんごとなき身分の方々というのは……まぁ王族はエリルくんが初かもしれないが、貴族ならば過去にもいたのだろう。問題は会長が言った「そこそこの数」という部分なのではないか?」
「――ふぅ……ええ。その通りです。」
 辛そうな赤いスープを飲み干したレイテッドさんが、口元をふきながら話を続ける。
「これは当時に会ちょ――いえ、デルフさんから聞いた事ですが、皆さんが入学した時、王族であるクォーツさんの存在は騎士の間で話題になりましたが、それ以上に上流階級の方々に衝撃を与えました。」
「ふむ……確かに、上流階級の頂点である王族が騎士の学校に入学だからな。一般人よりも貴族などの方が騒ぎになるか。」
「当時の貴族の方々は戦々恐々としていたそうです。大公の血筋とはいえクォーツさんのお爺様はこの国の軍部の頂点に立つ方ですからね。国王軍に何かしらの変化が生じるのか、新しい政策の為の下準備なのか……様々な憶測が飛び交い、彼らは判断に困りました。」
「判断? えぇっと……エリルの入学の理由がわからないと何かあるんですか……?」
「貴族の方々は私たちよりも国政に近く権力も相応のモノを持っていますが、それは同時に背負う責任が大きい事を意味し、一つの失敗で一家が路頭に迷いかねないリスキーな状態でもあります。なので自身の家の存続の為、メインに国を動かしている王族の動きに注意し、常に彼らからの評価を第一に考えています。今回の場合は、王族が騎士の学校に入るのなら――もしもその事に大きな意味があるのなら、自分たちもそうするべきなのではないか、という判断をしなければならなかったのです。」
「な、なるほど……」
「そして彼らは最終的に……本人がいる前であれですが、この一件はエリル・クォーツという人物の変な行動、という結論に至りました。」
「……なによそれ……」
「大公家ではあるけれどこれと言った職務を任されていない末っ子であり、国政の重要な局面に関わるとは考えづらい。一番上の姉であるユスラ・クォーツの事件から自らが強くなければいけないのだと思ったのかもしれない。もしかしたら一番下である自身に注目して欲しくて起こした子供ならではの行動なのでは。そんな風に考えたそうです。」
「腹立つ結論ね……」
「デルフさんも言っていました。これは貴族が騎士の学校に通うなんて絶対に嫌だから辿り着いた結論。クォーツさんに職務がないのは年齢的に当然ですし、きっと王族に追従しなくていい理由を必死で並べたのだろうと。」
「だ、大丈夫かエリル……なんか変な人扱いされているけど……」
「顔も知らない貴族の評価なんかどうでもいいわよ。」
「おお、さすがエリル……!」
「う、うっさいわね……で、それが今の状況にどう関係するのよ。」
「当時は今言ったような結論でおさまったわけですが……先日、クォーツさんはシリカ勲章という、騎士として素晴らしい功績を挙げました。」
「別にあたしだけじゃ……それにそんなの、王族だからヒイキしたとか言われて終わりなんじゃないの。」
「普通ならばそうでしょうね。ですが国王であるザルフ・クォーツも軍部のトップであるキルシュ・クォーツもそういう事をする人物ではないと誰もが知っています。つまり、騎士の学校に入学した王族がその実力で勲章を得たという、今度こそ正確な判断を貴族の方々はした――いえ、せざるを得なかったわけですね。」
「良かった、エリルが変な人じゃなくなった――あ、いはい、なんへほっへを……!」
「……正確に判断して、だから何だって言うのよ。」
「今までに貴族出身の騎士が一人もいなかったわけではないでしょう。ですがクォーツさんが打ち立てた実績はあまりに大きなモノです。貴族や王族は国政を担い、戦いは騎士の領分という暗黙の内に存在していた括りを、クォーツさんは誰の目にも明らかな形で打ち破ったのです。」
「ああ……なるほど、そういう事か。」
 絶賛されて変な顔になるエリルを自分の事みたいに嬉しく思っていると、オレにはさっぱりだがローゼルさんが一人納得する。
「勲章は王族からの称賛や感謝の証。その名誉……いや、この場合は高評価と言い換えようか。それを、騎士でなくても受け取る事ができる――エリルくんが作ったのはそういう前例だ。王族からの評価を第一にしている貴族たちは思ったのだろう……ああいう形でも王族からの評価は得られるのだと。」
「はぁ? じゃあ評価を得る為に騎士の学校に入学させて活躍させようって、そういうわけ?」
「今回の件の背景は、おそらくそういう事です。」
「あははー、確かにお姫様のせいだねー。」
「あん? でもそれってかなり楽観っつーか、甘く見過ぎじゃねぇのか? 豪華な家でぬくぬくしてた奴らがいきなり騎士の世界に入って簡単に大活躍って、んなのできるわけねーだろ。」
「そうとも限らないぞアレク。実際カンパニュラさんは貴族だが、フェンネルさんという師の下で強さを得た。貴族ゆえにそういう腕の立つ騎士から教えを得られるというのなら、育つ卵も相応だろう。」
「ええ……前線を退いて貴族などの護衛、指導役になっている騎士はそれなりにいますからね。貴族の新入生を通してそういう歴戦の猛者たちとの繋がりを得られるとしたら、それは学院の利益にもつながりますし、そもそも守られる側の方々がある程度の強さを持つというのは騎士側からすると……嫌な顔をする騎士もいるでしょうが、大多数はプラスに捉えるでしょうね。」
「? えぇっと……つまり貴族の人たちが入学する事は結構いいことって事ですか? じゃあえぇっと……レイテッドさんがオレたちにする頼み事って一体……?」
「問題は、彼らの扱いです。」
 淡々と説明していたレイテッドさんが、そこでずーんと暗くなった。
「クォーツさんの入学の際、学院側は寮の部屋割りやふさわしい教員などで大わらわでした。幸いクォーツさんは「わたしは王族よ」という感じに偉ぶる人ではなかったですし、結果として『雷槍』先生として迎える事ができたりしたわけですが……複数人集まるとなるとどうなる事か。」
「ふむ……確かにエリルくんはあんまり王族っぽくなかったし、入学当初は逆にハブられるくらいだったからな。」
「うっさいわね……」
「えーっと、つまり会長はえらそーな貴族がわらわら来てふんぞり返るのを心配してるってことー?」
「ざっくり言えば、そうですね。」
「えぇ……? た、確かにオレも貴族って――ああいやアンジュは別として、あんまりいいイメージないですけど、全員が全員絵に描いたような貴族様ってわけでもないんじゃ……」
「全員とは行かずとも大抵はそうだから、絵に描くと貴族様になるのですよ。しかしそんな彼らは更に上の存在の前では極端に弱い。まるで漫画のように、横柄な態度が親切心の塊のようになるのです。」
「……つまり王族のあたしに見学に来る貴族を睨んでろってわけ?」
「もしもの事を考えて、お願いできませんか?」
「むむ、これはエリルくんにしかできない事なのだから、引き受けるべきだろう! その間ロイドくんは我が家に招待しておくから安心するのだ!」
「ああいえ、『ビックリ箱騎士団』の皆さんも出来れば参加をお願いしたいのです。学生の身でシリカ勲章を授与された皆さんは騎士学校へ進学しようとする方たちの憧れとなっていますからね。来てくれた方たちも喜んでくれるでしょう。」
「憧れ……オレたち、そんな事に……」
 ちょっと照れるけれどじんわりと嬉しく思っていると――
「喜んでくれるっていうか、学院からしたらボクたちっていい客寄せだもんね。交流祭に出てくるカペラやプロキオンだって名門って呼ばれてるし、有望な生徒をできるだけ引き込みたいからボクたちを目玉商品にしたいんでしょ。」
 ――という、リリーちゃんの商人目線の解説に「ええ、まぁ」と答えたレイテッドさんの変わらぬ笑顔に湧き上がった嬉しさが微妙な温度になる……
「じゃあこれは取引だね。参加する事でボクたちが得られるメリットはなぁに?」
「そうですねぇ……では先日の賞品の余りでどうでしょう。」
「賞品――って、え? なに、そんなに余ってるの? 仕入れ量を間違えたの?」

 商人としての本能的な部分が刺激されたのか、ものすごく嫌そうな顔をしたリリーちゃん。
 賞品というのはこの前の選挙の時に同時に行われたデルフさん主催のミニ交流祭のモノだ。生徒会や委員長に立候補している人たちのアピールの場を増やす意味でも行われた他校の生徒たちとの試合を観戦し、どっちが勝つかを予想してポイントを貯めていくというイベントで、獲得したポイントに応じた賞品をたくさんの生徒がゲットしていた。
 オレは立候補した側になってしまったので参加できなかったのだが、エリルたちは色々と貰っていて……みんなのニンマリした笑顔にそれらがどういう風に使われるのかを想像してドギマギしていたわけだが、その賞品が余っているらしい。

「デルフさんにしては珍しいと言いますか、最後だからいつも以上に気合を入れたようで様々な賞品が用意してあったのですが、あまり人気が出なかったり獲得できるポイントに到達した人がいなかったりでそこそこ余ってしまったのです。一応生徒会の備品として今後何かの時に使えるかもしれないという事で保管しているのですが……今回の件に協力してもらえるなら、そこから好きなモノを持って行ってもらって構いません。」
「へぇー? 必要ポイントが高い賞品の中には結構いいモノもあったけど、そういうレアモノも選んでいいって事?」
「元々誰かにあげる為に用意されたモノですからね。それで皆さんの協力が得られるというのであればむしろお得でしょう。」
「ロイくん、この取引受けよう! ちょっと貴族のおもりするだけで得られるモノにしては破格の利益だよ!」
「そ、そうなの……?」
「アレをゲットできればこの前入手したアレと組み合わせて……えへ、えへへ……」
「むぅ、リリーくんの企みがどう考えてもいやらしい方向だが、確かに魅力的なモノが多かったからな。再度それらを入手できるチャンスというのであれば見逃すのは勿体ないかもしれない。こちらの負荷はそれほど大きいわけではないしな。」
「えぇっと……じゃあたぶん、一番面倒――な事になるかもしれないエリルはど、どう……?」
「……別にいいんじゃないの。そもそも『ビックリ箱騎士団』の団長はあんたなんだし、あんたが決めればいいわよ。」
「いやぁ、オレは団員の意見をちゃんと聞けるいい団長になろうと……んまぁ、みんなオッケーみたいだな……」
 みんながそれぞれに頷いたのを見て、オレはレイテッドさんの方を向いた。
「という事で……えぇっと……この依頼、『ビックリ箱騎士団』が確かにうけたまま――うけたわり……う、ウケタマワリました……」
「ふふふ。はい、こちらこそよろしくお願いしますね。」
「……あんた、時々カッコつけようとしてダサい事になるわよね……」
「すみません……」



『人間が施した魔術にしては異常な完成度。これを編み出した者は確実に我々に匹敵する実力者……まったく、最近そういうのばかりだな。』
 秘境と呼ぶにふさわしい高く生い茂った木々が並ぶ森の中に突如出現する開けた空間。断崖絶壁によって行き止まりとなっているその謎の場所に、黒いローブを着ている者たちが十人ばかし集まっていた。
 全員がフードを目深にかぶっているので一人として顔が見えないその怪しい集団は、一人を除いて断崖絶壁の近くで何かを調べており、何もせずに壁を眺めている残りの一人にそれぞれが何かを報告しては壁に戻って調査を再開した。
『ようやく半分と言ったところか。このペースでは更に二日……やれやれ、ヨルムに怒られそうだな。』
 ため息――は出ていないがそれっぽく肩を落としたその者は、ふいにくるりと後ろを向いた。
『長々と居座れば誰かに出くわすかもと思っていたが……見たところ、どうもまともそうじゃない者が最初の一人になったようだ。』
 その者の背後には誰もいなかったのだが、数秒の後、ゆらりと風景が歪んで妙な格好の人物がそこに現れた。
「あっさりとオレのいる方向を当てられた事にはビックリだが……「見たところ」って、そののっぺらぼう顔で何が見えてるんだ?」
 長く青い髪をオールバックにして後方でいくつかに分けて結び、大量のポケットがついたベストとパンパンに膨らんだウエストバックを身につけたその男は、目の部分をすっぽりと覆っている、表面の一部がライン状に光っている四角い箱のようなモノをメガネのようにくいっとあげてそう言った。
『そちらもきちんと見えているか怪しいモノだが……私の姿が見えるのか。』
「ん? ああ、もしかして自分の形の方向を変える系の魔法を使ってるのか? 悪いが、そういう魔法はオレには効かない。」
『そうか。』
 そう言いながらその者がフードをとると、中から出てきたのは水の塊。百パーセント水でできたマネキンがローブを羽織っているような、そんな光景に妙な格好の男は一歩後ずさった。
「お、おいおいまじか……特殊な魔法でも使ってんのかと思ったら――お前、それが生身だな? しかもそのローブの内側にチラッと見えるのはデザインの方向的に軍服じゃないのか?」
『どちらも正解だ。』
「は……ははは! そりゃああの『魔境』の封印が解けそうだってんだ、それなりのメンツが登場するだろうとは思ってたが、まさかまさか……初めて見たぜ、あんた魔人族だな? その上軍服がただのファッションじゃねぇなら、あんたはあのバケモ――っと、こういう方向の言い方はまずいな。あの夜の国の住人だな?」
『言い直しても遅いが……いかにも。』
「こりゃテンションが上方向に行っちまうな。あっちの壁でごそごそしてんのもお仲間だろう? もしかして結構まずい展開か、これは。」
『お前が興奮しようがまずいと思おうがどうでもいいが、一つだけ確認する。お前はここに――あの破損した封印を修復しに来たのか? それとも破壊しに来たのか?』
「たっは、これでもS級犯罪者っつって結構怖がられてんのに、のっぺらぼうですげぇ睨みをきかすんだな、あんた。ここは身の安全の方向に進みたいところだが……結局はバレそうだしな。ああ、答えは後者、オレはそれを破壊しに来た。」
『ほう……』
「元々オレ一人で破壊する予定だったんだが、完全な状態だとオレの魔法が歯が立たなくてな。知り合いに方向を相談したら超火力でひびを入れてくれた。あれくらいになってくれればオレの魔法でなんとかなる。」
『そうか。生憎私たちはあれを修復しに来た。我らの友人、もしくは未来の王を通して依頼が来てからでは人間に協力したという前例になってしまうから、そうなる前に「気づいたら直っていた」という状態にしに来た。』
「? イマイチどういう方向の話してるのかわからんが……一つ言えるのは、あんたらがこうして対応してるってことは、この封印がそれほどにヤバイって事だ。『マダム』の選択は正しかったわけだ。」
『誰の事を話しているのか、どういう目的でこれの破壊を目論んでいるのか知らないが……この奥のモノたちは人間の手に負える存在ではない。』
「基本的にはそうだろうな。だが人間の中にも変な方向にぶっとんだ奴ってのがいて、手に負えない存在をなんとかできちまうんだな、これが。」
『……退く気はないか。であれば、お前は死ぬしかない。』
「おお怖い。ちなみにあんたの強さってのはどんなモンなんだ? 一応オレはS級犯罪者で、騎士連中は十二騎士と同等って方向の考えを持ってるが。」
『犯罪者の格付けは知らないが……十二騎士と私の知り合いが戦った時はいい勝負をしていたな。』
「……参考になりそうでならない方向の情報だな、それ。」
『気にするな。お前の質問の答えはすぐに判明する。』
 そう言うと同時に身体が水でできているその者のローブの内側から弾丸のような速度で水のムチが放たれた。だがその一撃は妙な格好の男に直撃する一歩手前であらぬ方向に曲がり、数本の木をなぎ倒した。
「すごい一撃だな。だが残念、オレに向かって来るモノの運動方向、そのベクトルはオレの直前で変形し、予定していた方向には決して飛ばない。今より速い一撃だろうと、剣や拳での直接攻撃だろうと、全ては形を変える。」
 妙な格好の男が自慢気に笑いながらパンパンと手を叩く。すると男の後方に並び立つ木々が数十本単位で地面から引き抜かれ、次の瞬間にはその全てが鋭くとがった杭となり、男の再度の手叩きで壁に向かって一斉に放たれた。
 壁際で作業している者たちを狙ったその攻撃にどう対処するのかをお手並み拝見という感じに笑った妙な格好の男だが、その口元は一瞬で驚愕のそれになる。
『こんな事をしなくても全員この程度では傷一つつかないが、作業の邪魔は困るのでな。』
 表現するなら薄く、しかして尋常ではない強度を持つゴムの膜。放たれた杭の全てが壁の前に出現したゴムの膜にめり込み、次の瞬間には妙な格好の男の方へとはじき返された。
「おいおいおい……」
 先ほど妙な格好の男が言っていた事は本当のようで、戻って来た杭の内、数本が男の方へと飛んできたのだが、それらは男の手前でスリップして別方向に飛んでいった。
「こりゃあちょっと戦って腕試し、なんてしていい方向の話じゃないな。一応対策はしたし、ここは一度退却だ。」
『もうお帰りか。せわしないことだが――それは置いていくといい。』
「……?」
 逃げる準備をする妙な格好の男だが、何のことを言っているのかわからず何となく自分の周りに視線を送った時、男はそれを見つけた。
「――!?」
 それは意識して見る事は少ないが頻繁に目にするモノ――男自身の左手だった。
「な――はぁっ!?!?」
 慌てて自分の左腕を見て手の部分がない事に気づき、落ちている手と左腕の切断面を交互に見る妙な格好の男。
 その断面は生々しく、まるでホルマリン漬けされているかのように綺麗に中身が見えているのだが、血は一滴も垂れてこない。どうやら痛みもないらしく、余計にわけがわからないという風に身体を震わせた男は、とりあえず落ちている自分の左手を拾おうとしたが――
『今置いていけと言ったばかりだぞ。』
 その左手に鋭く伸びた水の槍が突き刺さり、男はそれが伸びている先――水の頭をこちらに向けている者に視線を移した。
『どうやら形を変える事が特技のようだが、それは私もでな。最初の一撃、お前は回避できたと思っていたようだが、切断はその時にすんでいた。だというのにあんな風にパンパンと手を叩くから外れるのだぞ。』
 当然の事ながら表情などというモノはないが、淡々とそう言った人外の存在と自身との力量の差を確信した妙な格好の男は、次の瞬間にはその場から消えていた。
『……潔い引き際だな。これはまさか……』
 何かに思い当たり、壁の方を見たその者はやれやれと肩を落とした。
『なるほど、なかなかの手練れだったようだ。木の杭は全て壁に向かって放たれたと思っていたが……あんな小さく加工したモノを地面に……』
 その者の視線――はないが、頭の向いている先には地面に刺さっている細い木の枝のようなモノがあり、壁を調べていた他の者たちがそれの周りに集まっていた。
『フルトブラント様、これはまずいです。この木の枝から地面を伝って壁の方の封印へと魔法が流れています。』
『効果は?』
『封印の内容そのものに変化を与えはしませんが、一定周期で外枠の形を変えてしまうようです。』
『外枠……なるほど、やってくれる。言うなれば組み立てようとしているジグソーパズルの、中身の絵はそのままにピースをはめ込むフレームの方をいじくりまわすようなモノ……修復の為に行っている封印の解析作業が更に難解になるわけだ。』
『いかがいたしましょう。』
『どうしようもない。引き続き解析作業を頼む。私は……とりあえずもう一人の客人の相手だ。』

「だ、ちょ、まま、待ってくれ!」

 その者――フルトブラントがゆらりと森の方を向くと、木の陰から両手を挙げて男が出てきた。
「僕はそっちの敵じゃない! 僕も――そう、修復が目的だ!」
『……その格好は魔人族を馬鹿にしているのか?』
「え――いや、違う! これは僕の理想、カッコ良さの象徴だ!」
 両手を挙げて登場時点から降参していた男だったが、格好の事について触れられた瞬間、急にイキイキとした顔になってポーズを決める。
「あらゆる生物がそれぞれの環境で生きる為にその姿を変えてきたが、僕はこの姿――鳥こそが最も美しい進化を遂げたと信じている!」
 年齢で言えばかなり若いと思われるその男は、ガルドにおいて飛行機乗りが身につけるような大きめのゴーグルを首にかけ、これまた飛行機乗りが羽織るようなジャケットを着ているのだが、その両腕には自作したのかなんなのか、巨大な鳥の翼がついており、両足には鳥の足の形をしている靴をはいていた。極めつけに頭の上に鳥の頭を模したらしい奇怪な帽子をかぶっており、ザックリ表現するなら「鳥のコスプレをした飛行機乗り」の格好をしていた。
「決して馬鹿にしているのではない! これは憧れだ! フィリウスに聞いたらこういう人型の鳥のような魔人族もいるらしく、いつか会いたいと――」
『フィリウス? フィリウスの知り合いか?』
「あ――そ、そうだ! さっきの話を聞いた感じ、そっちはスピエルドルフの魔人族なのだろう!? 僕はそこに入国が許可されている数少ない人間の一人、フィリウスの仲間だ! ここの封印をどうにかする任務を受けたフィリウスに言われて現状確認の為にやってきた! だから殺さないでくれ!」
『どうにか……? そうか、こちらの手は借りずに――ふふ、ロイド様のことを考えての事だろうな。さすがフィリウスだ。』
 妙な格好の男と相対していた時とは違う、穏やかな雰囲気になったフルトブラントを見て少しほっとした鳥の男は、おずおずと聞く。
「あ、あー、もういいか? 実は翼があるから手を挙げているのは疲れるんだ……」
『ああ、理解した。お前の話が本当ならばその内フィリウスが来るのだろう? どうせ解析の為に時間がかかるし、この状況は共有したいからな。それまで待つとしよう。お前の身分も、その時確証が取れるというモノ。』
「そ、それでいい! ふー、誤解されなくて良かった。」
 仮に誤解されたなら死が確定するような状況だった為に大きく安堵した鳥の男は、改めてフルトブラントを見る。
「……ほ、本当に魔人族……しかもスピエルドルフの……フィリウスの『ムーンナイツ』としていつかは会えるかもと思っていたけど……こんな形で会うことになるとは……」
『……やはり人間側でこちらと接点がある者と言えばフィリウスになるのだな。』
「あ、ああ……ただ最近フィリウスには弟子がいる事がわかって、もしかしたらその弟子にもスピエルドルフとの繋がりがあるんじゃないかって噂もあって……」
 実際のところはどうなのかという心持ちでフルトブラントを見た鳥の男だったが――
『知りたいか?』
 という一言を受けて超速の首振りを見せた。

騎士物語 第十話 ~悪の世界~ 第一章 悪の所以

始まりからしてアレですが、悪党側がメインになるのでこういう描写が増えるような気がしています。S級犯罪者とそれ以外の悪党たちの違いをどこかで誰かに語ってもらう予定ですが、その為にはそれぞれの悪逆非道を書かなければ……たぶんいけないので。
ただ基本的にそういう表現は苦手というか下手っぴなので、コロッとギャグが入るような気もしますね。

ちなみにロイドくんたちはロイドくんたちで面倒事に巻き込まれる予定で、こっちもこっちでお話を進めるつもりです。

騎士物語 第十話 ~悪の世界~ 第一章 悪の所以

選挙が終わり、来る冬休みに思いをはせるロイドたちに、新生徒会長のヴェロニカからある依頼がなされる。 一方、『世界の悪』たるアフューカスや『紅い蛇』の動きをキッカケに、悪党たちがそれぞれの行動を開始し――

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更新日
登録日 2021-01-25

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