カミトコウモリ

柏木熊介

この作品のお題は【こうもり】です。
口からでまかせのような話は書いていてい面白いです。途中まで脳直で、途中からちょっと辛いですが。

「たすく、俺の方が正しいこと言ってるよな?」
「たすく、私の方が正しいよね?」
 両サイドから腕を引っ張られ、僕はため息をついた。これから大事な約束があるというときに、またこれだ。良くあることではあるが、良くあって欲しいことではない。慣れてはいるが、慣らされたとも言える。この双子の兄妹──凪と那海は、何かにつけて僕に〈どちらが真っ当な意見であるか〉を聞いてくるのだ。
 二つの意見は、どちらも間違ってはいない。というかそもそも、意見というものに正しい正しくないはないと思う。現代社会において、法律の名のもとに許されざるべきことはあり、そこにおいての正否は──冤罪の可能性はあるにしても──無論、ある。そういうものに関して言えば、僕もきっちりと答えることができる。ただ往々にして、凪と那海に強請られるのは、ごく個人的な善悪、あるいは嗜好に基づいた判断だ。もちろん、僕個人としての正否はある。「凪の言うことに一理ある」とか「それは那海が正しい」とか思ったりもする。しかしそれをすると大変なことになるので、だから僕は、二つの意見のどちらもが正しく間違っていないということを、舌先三寸、言いくるめることに奮闘するのである。
 今回は、電車待ちの列、についてだった。どちらも基本は縦二列に並ぶという前提は了解している。違うのは、その乗り込み方だ。
 凪曰く「正確に並んだ順に電車に乗り込んでいくもんだろ。横の一列目が左、右、次が右、左、その次が右、左の順で並んだなら、左右右左右左の順に乗るべきだ。早く着いたからこそ先に乗る権利がある」である。
 那海曰く「横列に乗車の優先順なんてないわよ。そこは二人まとめて一番目、二番目、三番目でいいじゃない。JRだってそんなルール作ってないでしょ? それに定刻運行を考えたら、乗れる人から乗った方が効率的だわ」である。
 僕個人の主張は、前半は凪のものとほぼ同じである。正に先着順だ。早く着いた人には早く乗る権利がある。しかし横列三番目くらいからはもうどうでも良いと思っているので、そこからはまあ那海の主張に近い。
 僕はそういう考えをしているが、ただ、別にそれを誰かに強要しようとは思っていない。言ってみれば個人ルールだ。那海の言う通り、JR──もっと正確に言えば、僕らがいつも使っているJR沿線の駅は、二列整列を促しているだけで、具体的な乗車順については決めていない。そこは、社会通念とモラルにまかされている。そしてそれは、ある程度共有されはするが、環境や個人の信念によって十人十色である。
 ということを凪と那海に納得させるためにはどうすれば良いか。
「たすく、どうなんだよ」
「たすく、どうなのよ」
 同時に声を発する。こういうときの息だけはぴったりだ。
「……凪、お前の意見は正しいと思う。だけど、そうだな……、凪は遊園地好きだよな? あと女優の岩原貴美。例えば二人で遊園地デートに行って、四人乗りのアトラクションに乗るために列に並んだとする。縦二列だ。もちろんお前らは隣同士で並んでる。ただ敢えて並んだ順番を言えば、凪が一番、岩原貴美が二番。さて、ついにアトラクションに乗るという段になった。四人乗りだから、お前らの後ろに並んだカップルも当然一緒に乗る。そこで係員が言うわけだ。『このアトラクションは並んだ順に席が決まっています。一番のあなたは前の右、二番のあなたは後ろの左、三番のあなたは前の左、四番のあなたは後ろの右です』と。つまりお前らは──後ろの二人も、デートで来てるのに隣同士でアトラクションを楽しめないとなる。どう思う?」
「そんなん嫌に決まってる」
「那海、お前の言うことにも一理ある。が、例えばだ、お前が大大大好きなたい焼き屋に並んでるとする。駅前の『食せ! たいやき君』だ。最近、夕方のローカル情報番組にも紹介されて人気急上昇だよな? 今後、お客さんが増えて行列ができることもあるかもしれない。さて、店側の意向でその行列は縦二列待機がルールとなった。お前はいそいそと並びに行ったが、順番待ちがすでにいて、十一番目だった。待っている間にも列はどんどんと長くなり、もちろんお前の横には十二番目に並んだ人がいる。お前は、皮がパリパリでしっぽまで程よい甘さの餡子がたっぷり入ったたい焼きにかぶりつくことを心待ちにしながら、自分の注文の番を待っていて、ついにそのときがやってきた。さあ注文だ! お前が口を開こうとした瞬間、『ほのかな海の香りたい焼き三つ』と十二番目の客が先に声をあげた。信じられないといった表情でお前は抗議するが、そんなときに店員が一言。『うち、横列には先着順とかないんで』。どう思う?」
「ふざけんな」
「そういうことだよ」
「……確かに」
「……確かに」
 また声が揃う凪と那海だった。
 正直、途中から何を言ってるかわからなくなっていたし、何が「そういうこと」なのかも適当だし、全てが──自分の頭も含め──曖昧模糊だったのだが、何とか納得させられたようだった。
 凪と那海は、小生意気な訳知り顔で「男女横並びは順番無しのセットだよな普通」とか「お気に入りで先に来たのだから先着順よねえ」とか言っている。……あんな脳直の与太話で誤魔化されるのもどうなんだろう。守り役としては、一抹の不安を感じずにはいられない。
 まあ、ともかく、今は乗り切った。
「じゃあ僕はちょっと出かけてくるから、二人は家で良い子にしてるんだぞ」
「俺はいつも良い子だが……まあいいや。ユーチューブでも見てる。お土産な」
「私は常に良い子よ。まあいいけど。テレビでも見てるわ。お土産ね」
 本当は仲良いんじゃないのかこいつらは。
 僕は、「はいはい」と適当に返事をして家を出た。

「ごめん遅くなった」
「遅いぞ、子守りたすく」
 駅近くのコンビニ前、僕の顔を見るなり、誠はそう言った。遅れた手前強くは言えないが、僕はきっちりと訂正する。
「僕は子守りじゃない」
「じゃあ御守り」
「御守りでもない。〈子守り〉でも〈御守り〉でもなく、漢字で〈神〉〈守〉〈祐〉と書いて、〈こうもり・たすく〉が僕の名前だ」
「いちいち言われなくてもわかってるよ。何回聞かせるんだよ、それ」
「お前が何回もわざと間違ってくるからだろ」
「……くっ……ふふ……あっはっは。いやだって祐、返しが一言一句漏らさず全て判で押したように正確だからさあ」
「くどい」
 最近幾度となく交わされたやり取りである。誠は良い友人だが、笑いの沸点が低く、かつ、味のなくならないガムを噛むように何度でも同じことで笑える、奇特な男だった。ただし、その笑いの効力は、漬け始めのぬか漬けのように浅い。誠はすぐに笑いを収め「じゃ、行くか」と、何事もなかったかのように歩き始めた。僕も慣れたもので、「そうだな」と横に並ぶ。
「にしても、ここんとこずっと大変だな、双子ちゃんのお世話」
歩きながら、誠がそう話題を振ってきた。
「親戚の子どもを預かってるんだっけ? いつまで?」
「今のところ未定」
「ご愁傷様。聞いてなかったけど、いくつくらいなん?」
「ええと、どうしようかな……」
「どうしようかな?」
「十一歳。五年生」
「あー、一番こしゃまくれて面倒くさい時期の奴だ」
「……人間と同じくね」
「なんか言ったか?」
「何も? それよりもほら、電車の時間。早く行こう」
「ん? あ、ほんとだ。急げ」
 僕たちは走って駅に駆け込み、無事に予定の電車に乗ることができた。電車の中でも少し双子の話題が出てきたので、僕はボロが出ないよう注意しながら、いかに双子が面倒くさいかを面白おかしく語って聞かせた。あれだけ世話をしてあげているのだから、笑う友人への笑い話にしたってバチはあたらないだろう。
 いや、あたるのか?
 うち──神守家は、その名の通り〈神守り〉の家系である。ヤモリが家を守り、イモリが井戸を守ると言われるように、コウモリは神を守ることが定めなのだ。
ただその実態は、いみじくも誠が言ったように、〈子守り〉である。
 神守家に送られる神は、基本みな子どもだ。肉体的な面ではなく、精神的な面で。その彼らに、日本の一般人間社会の常識や風俗、神の捉えられ方等を教え、成長を促すことが我が家の本分となる。わかりやすく言えば、うちは留学先のホストファミリー兼学校ということだ。うちを卒業して、立派に務めを果たしている神も多い。
 しかし、いずれにせよ、うちにいるときはまだ子どもである。それも、厄介な。彼らは些細なことで気分を害し、自覚なく、気軽に日本に厄災を振りまこうとするのである。まだ自分の力がコントロールできないのだ。だから、最初の内は特に、彼らが機嫌を損ねないよう、注意深くケアしなければならない。つまり、今の僕のように。
 凪と那海は、ああ見えて神格の高い神の子弟だ。持ってる力も、方々への影響力も強い。ついでに面倒くささも強い。それは双子であることが大いなる原因だろう。それぞれが共に相手に対抗意識を持っていて、どちらが上かを常に競っているのだ。あちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てればあちらが立たない。普通は一柱ずつ送られてくるのが決まりなのに、双子だからとまとめて送られたことも、不満に思ってるのかもしれない。だから、僕が対応に苦慮するのである。片方ずつでも事なのに、まとめて機嫌を損ねたらどうなることやら。
「……はあ」
 降りる駅まであと少しというところで、思わずため息をついていた。あいつらは来たばかりで、現状は少なく見積もってもあと五年は続く。
「これから楽しいことがあるってのにため息を吐く奴があるか」誠が頭を小突いてきた。「相槌も途中からそぞろだしよ」
「ああ、ごめん」
「集中しろ、祐。俺たちはこれから女子に会うのだぞ」
 はっとした。
 そうだった。僕たちはこれから女子に会うのだった。大学の友人がセッティングしてくれた他校の女子との合コンである。加えて言えば、僕にとっては初めての合コンだ。出がけにあんなことがあったからテンションがロー気味だったが、この機会、楽しまなくてどうする。
「……そうだな誠。楽しまなくちゃバチがあたるな」
「そうだぞ。俺はお前の口車に期待してるんだ。うまく女子と仲良くなれることを期待しているんだ」
「そこは自分で頑張れよ。あと口車って言うな」
「細かいことは気にするな、友よ。ほら着いたぞ」
 返す口も待たず、誠はさっさと電車を降りて行った。僕は再びため息をつき、後を追った。まあしかし、双子に対するよりもだいぶ湿り気の少ないため息ではある。あれは誠なりの景気づけなのだ。半分は本気だろうけど。
 僕は改めて、気分を新たにした。女子との出会いはいついかなるときでも貴重なものである。誠には悪いが、口車ではなく話術で、合コンの主役となってやろう。
 神に通じる舌先三寸、女子のハートを何するものぞ。

カミトコウモリ

カミトコウモリ

口からでまかせのような話は書いていてい面白いです。途中まで脳直で、途中からちょっと辛いですが。 和風ファンタジー

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  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-01-01

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