二枚刃

後楽園ホール。
 そこは格闘技の聖地と呼ばれている。プロレス、ボクシング、キックボクシング等、あらいる種類の格闘技がそこで行われ、血と汗と涙の中で様々な青春が消費されていく。
 後楽園ホールは、東京ドームシティ内の後楽園ホールビルの5階に設置された多目的ホールであり、会場は意外と狭く収容人数は2000人ほどだ。しかし場内は驚く程明るい。4メートル四方のリング上に設置された照明が、煌々たる光を投げかけるからだ。
 ほば満員の会場内は熱気に満ちていた。この日は新設の総合格闘技団体「01ファイターズ」の大会がある。
 その前座として女子リーグ「01レディース」の試合が、いま正に行われようとしているのだ。
 リング上には、リングアナウンサーが立って出場選手の紹介をしている。俺は東側花道の横に立ってそのリングを見上げている。
「出場選手の入場です。ウエストサイド、139パウンド。ブラディ・パンサーあー・坂槙なーつーきーいい!」
 ドッと会場が湧いた。照明が暗くなり、スポットライトが場内を駆け巡った。軽快なテンポのロックミュージックに合わせて、褐色の肢体をした選手が花道の奥に現れた。
 いくらか黒人系の血が混じっているのだろう。しなやかな、猫科の猛獣を思わせる動きで花道を進んでくる。髪の毛を細かく編み上げ、上腕には朱色の腕輪をはめている。
 坂槙選手がリングに上がって、再びアナウンサーがマイクを握った。
「対しますはー、イーストサイドう、138パウンド1/2。ビューティ・ファイターあ、水澤カーヲーリーいいいい!!」
 更に大きな声援が上がる。あまりの声援の大きさに、思わず周囲を見回す。誰も彼もが立ち上がり、両手を振り上げて彼女の名前を呼んでいる。
 ・・・薫のやつ。こんなに人気があったんだ。
 今日、はじめて彼女の試合を観に来た俺には、正直意外だった。そもそも俺は格闘技なんてものに興味はないし、水澤カヲリなどという選手がいることすら知らなかった。
 数日前、たまたま俺は父親の経営する中古バイクの販売店に立ち寄った居酒屋のオヤジからそれを手渡されたのだ。
「ねえ、サンゴちゃん。これ、店に貼っといてくんない?」
 サンゴというのは、俺のガキの頃からのアダ名だ。サンゴ、ジュウゴというくだらないダジャレである。居酒屋の息子が俺の幼馴染だけあって、その親父ともその頃からの付き合いだ。ちなみにその息子というのは、いまでは国立大学の学生である。
 みるとそれは格闘技団体の興業ポスターだった。
「なに、シゲさん。好きなの、こういうの?」
「うん、まあね。女房には煙たがれるんだけど、業界の付き合いってのもあるしね・・・」
 こういう興業と飲食業界は裏で繋がっていると聞いたことがある。元々どちらも根っこでは、闇の業界へとつながっていたのだ。もちろん現代ではそのようなことも少ないのだろうが。
「わかった。貼っとくよ・・・」
 何気なくポスターを眺めた視線が、その中の写真にとまった。ポスターの右下、小さなワイプに囲まれた画像。
 ビューティ・ファイター「水澤カヲリ」
 これって、まさか。あの水咲薫じゃないか。
 そこにはあの頃より一段と鋭さを増した彼女が写っていた。
 水咲薫。
 もと、渋谷最強のレディース「渋谷クィーンズ」の副総長。きれいで、強くて、そしてとても怖い女だった。
 俺はある事件をきっかけに彼女と知り合った。そしてクィーンズの総長・姫崎鈴音とも、だ。
 あの事件のあと、チームは解散。メンバーは散り散りになり、薫も鈴音も姿を消した。
 あれから3年。
 こんな形で懐かしい薫に会えるとは・・・
 そういえばあいつ、総合をやりたいと言っていたな。
 そして俺は今日、こうして彼女に会いにきたというわけだ。
 3年ぶりに視る薫はさらに精悍さを増していた。髪の毛を短く切り、後頭部を刈り上げている。トレードマークのメガネは無論していない。メガネのない彼女を見るのははじめてだが、鋭い視線がドキリとするほど美しい。
 その頃より美人だとは思っていたが、これほどとは思わなかった。ビューティーファイターとは良くいったものだ。

 リング上ではいま、ふたりの選手が向き合っている。
 坂槙なつき。
 水澤カヲリ。
 両者アップライトに構えている。構える両腕の幅は、なつきがやや狭め。カヲリは逆に少し広めだ。
 ピンと張り詰めた空気が流れる。
 殺気にも似た視線が両者の間に交わされる。プロレス流にいえば、視殺線ということになろうか。
 先に動いたのはなつきの方だった。
 目にも止まらぬローキックが、カヲリの太ももに吸い込まれる。カヲリは右膝をあげてそれを受ける。
 パン!
 というなめし皮を打つような音が響く。
 すごい。
 格闘技というものを、はじめて身近でみるが、これほどのものなのか。
 なつきの肉体は、まるで野生の黒豹のようだった。しなやかなムチのようなキックがカヲリを襲う。ハイ、ミドル、ロー。
 よほど身体能力が高いのだろう、上体を少しも動かさず3方向へのキックを振り分ける。
 それを楽々さばいていくカヲリのほうも普通ではなかった。
 右からの膝を左肘でブロックしての右ショートボディ。なつきの身体がくの字に曲がる。
 前かがみになった顎に左の膝。なつきのファーストダウンだ。
 会場が爆発したように湧いた。
 ボルテージが一気に上がる。会場一体となったカヲルコールだ。
 すごい。
 すごい。
 いつの間にか俺も、会場の熱気に煽られて声を枯らしていた。
 なつきが立ち上がる。黒豹の瞳は死んでいない。
 次にダウンするのはカヲルのほうだった。首相撲からの膝でダウンを奪われたのだ。
 そこから先はネチャネチャとしたグラウンドの闘いに移った。
 ふたりの身体が上になり下になり、激しくそのポジションを変える。時にはお互いの脚を狙い、時にはお互いの腕を取り合い、クルクルとグラウンドの上を転げまわる。
 目まぐるしく攻守が変わり、いまはどちらが攻めているのか守っているのか判断がつかない。
 美しいと思った。カヲリもなつきもリングの上で精一杯輝いている。
 あの水咲薫が・・・
 そう思うと涙が溢れた。
 あれ? なんで俺は泣いているんだ。
 この光景を鈴音さんにも観せてあげたかった。
 いつの間にか試合は終わっていた。時間切れノーコンテスト。
 よかったな、薫。
 本当によかった。

 試合終了後に花道でごった返す人混みのなか、引き上げる薫と目があった。一瞬だけではあったが、彼女がニッと笑った気がした。
 本当に一瞬のことだったので、俺の気のせいかも知れない。3年前にわずかな時間だけ一緒にいた俺のことなど覚えてはいないだろう。
 さて、これからどうしようか。
 本来の目的は薫と会うことだった。薫とあって当時の思い出や、あの頃の仲間のことを色々と聴きたい・・・。いやいや白状しよう。目的はあくまで鈴音さんだ。あの日、病院から姿を消した鈴音さんはどうなったのか。
 いま、どこでどうしているのか・・・
 しかし、そんなこともどうでもいいような気になっている。
 あの生き生きとした薫の姿を見られただけでも十分のような気がしている。
 帰るか。
「あのう、佐々木さんですか?」
 出口に向かおうとした背中に声を掛けられた。振り返ると、まだ十代とも見える女の子が立っている。上着は01レディースのスタッフジャケットだ。レディースの練習生とみえる。
「カヲルさんから伝言があります」
 薫から?
「10時に駅前のブラデアンという喫茶店で待っていて、ということです」
 驚いた。あの薫が俺のことを覚えていたなんて。そして俺に会いたいと思っていただなんて・・・
 と、いうことで俺は3年ぶりに水咲薫と会うことになったのだ。
 
 ブラデアンは水道橋駅を挟んで後楽園とは反対側、駅前通りからやや路地に入った小さな喫茶店だった。ちょっと見目立たない場所にあるので、俺は少し迷ってしまった。
 流石にここまでは格闘技ファンはやって来ない。薫は格闘技ファンの間ではそこそこ有名人だから、このような目立たない場所のほうがいいのであろう。
 店は思ったより空いていた。窓際のテーブル席にカップルらしい男女。それからカウンターには中年の親父がひとり、こちらはビールを飲んでいる。どうやらこの店は夜間は酒類も提供するらしい。
 俺は最も奥まったテーブル席に腰掛けた。
「遅くなった」
 約束の時間より10分ほど遅れて彼女はやってきた。
 右頬に大きな絆創膏を張り、左目は塞がるほど腫れている。それでも彼女は十分きれいだった。照明を絞った店奥の座席は薄暗く、テーブルランプの灯り程度では傷を負った彼女も目立たない。
「久しぶりだな、重吾」
「こっぴどくやられましたね」
 確か薫は俺よりひとつ、年上のはずだ。
「フフ、その倍はボコってやったがな」
「しかし、驚きました。まさか俺のことを覚えていただなんて」
「あれから、お前のことを忘れたことは1日もないよ」
 薫はテーブルに視線を落とした。
「えっ?」
「お前は覚えてはいないだろうが、あの日姫姐、いや鈴音は・・・」
「あの日って、俺が撃たれたあの日ですか?」
「ああ、・・・まあ、過ぎた事だがな」
 3年前のあの日、一心会の事務所に潜んでいた俺と鈴音さんは金村組の狙撃者に狙われ、俺は全身に数発の弾丸を受けて負傷し、意識不明の重態になった。そのとき薫をはじめとする、当時のクィーズのメンバーによる輸血のお陰で、一命をとりとめたというのだ。
 そのとき鈴音さんは、俺の容体が安定するまで、寝ずに看病してくれていたと、あとで将介から聞かされたものだ。
 あの日を境に鈴音さんは姿を消し、現在に至るまで連絡はない。
 しかしそれが何故、そんなにも薫の記憶に残るのだ? それともあの日、俺の知らない何かがあったというのだろうか。
 いやいや、そうではない。俺が本当に知りたいのは鈴音さんの行方についてだ。
「鈴音さんは、いまどこに?」
 薫は寂しそうに首を振った。
「わからん。鈴音もいちかも、クィーズの昔のメンバーは殆ど連絡が取れなくなった。まあ、あまり褒められたグループでもないのだからな、それはそれでいいのかも知れない」
 そう聴かされてもあまり落胆はしなかった。なんとなくではあるが、もう彼女に逢うことはない、とそんなふうに感じていた。
「将介はどうだ? 元気にしているか?」
「ああ。あいつは今頃、中国ですね」
「中国?」
「なんでもユーラシア大陸を横断するんだとか言ってました」
「フフ、あいつらしい・・・」
 その笑顔はどことなく寂しそうだった。あの頃、薫は将介に好意を抱いていることは知っていた。
「薫さんは将介と闘いたかったんですか?」
「まあ、そう思ったこともあったが・・・。私と奴とでは勝負にならんからな」
 センター街のカフェで、将介の心法により動きを封じられ、悔しそうにしていた薫の姿を思い出す。そういえばあの時の彼女の様子は尋常ではなかった。
「あの頃私は、すべての男どもを憎んでいたからな」
「何かあったのですか?」
「ああ、あったな・・・」
 薫は遠い目をして言った。

 私は仮面ライダーになりたかったんだ。
 と、薫は言った。もちろん幼少期の頃の話だ。
 私には2つ年上の兄がいてな。近所に空手の道場があって、兄はそこに通い始めた。兄貴も私もテレビの特撮モノが好きだったからな、当然のように私も兄に続いてその道場に通い始めた。私が3つか4つの頃だ。
 もちろん最初は兄貴には勝てなかった。身体の大きさも力の強さもダンチだったからな。その頃から負けず嫌いだった私は、何度負けても泣きながら兄にしがみついていた。来る日も来る日もその繰り返し。
 やがて2年、3年と経つうちに、少しずつではあるが私にも勝てるようになってきた。そうなるともう嬉しくてな、ますます空手にのめり込んでいったんだ。
 小学校に入る頃になると、もう兄貴には負けることはなくなっていた。他の男の子の道場生にも殆ど負けない。
 その頃兄は空手を辞めた。もともと優しい大人しい男だからな、そういうことにはあまり向いていなかったのだろう。今では大手の貿易会社に勤めている。
 一方の私は小学3年のときに初めての空手大会に優勝し、その後の全国大会では準優勝。4年から6年までは全国大会で3連覇。中学に入ってからも1年生ながら全国でベスト4に入った。
 道場の中でも同世代の男子には負けたことがなかった。はるかに年上の男子選手とも、そこそこの闘いをしたこともある。
 もう、得意の絶頂だったんだろうな。世の中に何も怖いものはない、くらいに考えていたんだ。
 私が中学2年生14歳の頃だった、私の暮らす地区で暴行魔の噂がたったんだ。高校生や中学生の女子を狙う卑劣な奴で、私の通う学校でも何人かの被害者がでた。
 調子に乗っていた私は単独でそいつを捕まえようと思った。こう見えても私はけっこうイケるほうだったからな、男好きするようにTシャツに短パンという格好で夜な夜な、人通りの少ない路地や公園を徘徊したりしたんだ。
 おいおい、笑うなよ。こうみえても当時はけっこう真剣だったんだぜ。それでもまあ、ターゲットは中々現れてはくれなかった。
 私は毎晩そうして街をふらついていたものだから、兄貴は当然のように心配して何度もいさめられたものだが、私は半ば意地になってやめようとはしなかった。
 そして徘徊をはじめて7日目だったか、とうとう暴行魔は現れた。暗闇の児童公園で、いきなり背後から抱きすくめられたのだ。
 多分やつは数日前から私の様子を伺っていたのだろうな。そして周辺にひとのいないことを確認のうえで襲ってきた。
 しかし私のほうも想定内の事態に対する準備は出来ていた。
 反射的に頭を下げると同時に、右脚を思い切り振り上げた。振り上げた右脚は男の股間を直撃した。
 そう金的だよ。
 最初から狙っていた攻撃だったが、あいにくお互いの距離が密着し過ぎていたので、脹ら脛の中程が当たる程度でたいした効果は期待できなかった。それでもやつは怯んで、私は自由になったんだ。
 で、お互い向き合って、はじめて男の全体像を確認することが出来た。
 そこで初めて男の巨大さに気づいたんだ。恐らく身長では180センチ以上はあったろう、当時私は155センチ程度の身長だったから25センチ近くは差があった。体重でも60キロは違っていた。
 正に子供と大人。いや象とアリンコ程の違いがあったわけだ。
 男は黒いジャージの上下に、やはり黒っぽい覆面をしていたから、その表情までははっきりとはしなかったが、恐らくはニヤリと不遜な笑みを浮かべていたんだろう。
 私はそのとき初めて恐怖を感じたが、もはやどうにもならない。
 覚悟を決めて構えを取った。
 男はいさい構わず近づいて来たよ。その動きからは、何らかの武道とか格闘技とかの経験がないことは直ぐにわかった。
 だから私は何のフェイントもギミックもなく、正面からパンチとキックをぶち込んでやった。しかしやつの巨体には哀しいほど効かなかった。
 何年も鍛え抜いた私の技はまるで通用しなかった。
 体格差というものは、体重差というものは、いやいや男と女の差はこれほど大きいものなのかと改めて思い知らされた気がしたんだ。
 私の攻撃を受けて、多少は痛そうな顔をするのだが、殆ど動きに変化はなく私は腕を掴まれ引き込まれた。
 凄い力でまったく動けなかった。
 男は私を近くの大木に押し付け、膝を一発入れて来た。技とかそういうものではなかった。単に膝を持ち上げただけの事だったのがが、それだけで私の戦意を奪うには十分だった。
 男はそこで初めて覆面を取り素顔を晒した。
 私は一生、その顔を忘れない。年の頃なら40過ぎ、無精ひげの伸びた汚らしい親父だった。そいつは下婢た笑みを浮かべながら、いきなり私の唇を奪った。
 屈辱だった。それが私のファーストキスだったのからな。
 それからやつは私を押し倒し、ショートパンツを下ろして後ろから犯しはじめたんだ。もちろんそういう行為自体はじめてだったから、身体が切り裂かれると思うくらい痛かった。
 というか身体の痛みより、押さえ込まれて身動きが出来ないまま、そのような行為を受け入れざるを得ない自分自身の弱さに心が痛んだ。
 痛みと悲しみで意識を失う瞬間、兄貴の声が聴こえた。
 心配した兄貴は、密かに私を探していたんだそうだ。そして警察を呼び、駆けつけた警官に私は救われ、男はその場で逮捕された。
 兄貴は泣きじゃくる私を抱きしめ、
「間に合わなくてすまん」
 と何度も謝ってくれた。
 私は身体にも心にも大きな傷を負ったが、決してやつを許さないと心に決めていた。
 その日から私は道場に通うのを止めた。いくら身体を鍛えても、体格に差のある男には勝てないことを悟ったからだ。
 では、どうすればいいのか?
 私は必死で考えた。そこで考えついたのが、まず最初に相手の視界を奪ってしまうことだった。
 ナイフでも何でもいい。まずは相手の目を傷つけ視界を奪う。目が見えなければ、どんなに体力的に差があったとしても関係ないだろう。
 それはもはや武道ではなかった。単なる暴力だ。私をこんな目に合わせたあの暴行魔と同じだ。
 それでもいいと、私は考えた。
 武道家としての誇りを捨ててでもやつに復讐したい。それしか自分のプライドを取り戻す方法を、私は知らなかったのだ。
 それから私は毎日街に出ては、ヤンキーとか不良とかいう連中を相手に喧嘩を繰り返した。
 私が取った方法は、人差し指と中指、中指と薬指の間に、それぞれカミソリを一枚ずつ挟み込むというやり方だった。まずは最初にそれで相手の瞼の上を切り裂く。
 ほぼ同時に私は電車で3駅ほど行った先の総合格闘技のジムに通い始めた。総合を選んだのは、より実践的であるという事のほかジムには身体の大きな男性の練習生がたくさんいたからな、その人達とスパーリングをすることによりあいつとのシュミレーションをしていたんだ。
 そうだよ。私は復讐を考えていた。
 そしてその機会は思ったより早く訪れた。事件から丁度1年後にやつの仮出所が決まり、私はやつに会いに行った。
 やつは私を見てニヤリと下衆な笑みを浮かべたよ。
「なんだい、お嬢ちゃん。俺の身体が忘れられないのか?」
 とか言いやがった。私はその瞳をカミソリでズタズタにしてやった。あとは蹴ろうが殴ろうが思いのままだった。
 やつは血みどろになって、泣いて謝った。
 許してくれ。
 もうやめてくれ。俺が悪かった。
 謝るから、勘弁してくれ。
 ふざけるな。
 今更なにをいうのか。私がどれほどの悲しみと絶望を感じたのか。
 貴様にも、同じ思いを味あわせてやる。

 薫はそういうと言葉を切った。
「・・・すまん。つまらぬ話をした」
「いや・・・」
 薫がなんでそのような話をしたのか、正直よく分からなかった。彼女の過去にそのようなことがあったのだろうということは、当時から薄々気づいてはいたが、改めて本人から聴かされる話はあまりにも生々しく胸が痛くなる。
 それにしてもそういう過去は出来るだけ避けたいと思うのが普通ではないか。なのに何故、聞かれもしないのにわざわざそんな話をするのだ?
「私は危うくそいつを殺してしまうところだったんだ。寸前のところで止めてくれたのが、いまの会長なんだよ」
 薫はカウンターのほうに目をやった。そこに座っていた中年の親父が右手を挙げた。
「あの人ですか?」
 薫は小さく頷いた。
「私の様子がおかしかったんだろうな、心配して後をつけていてくれていたそうだ」
「そうなんですか」
 その親父は後から入ってきた関係者だろう人と何やら話はじめている。
「その後も色々と話をしたりして・・・、まあ、いまの私があるのもあの人のお陰だな。とはいっても当時の私は、そんなことすら疎ましく思えたものだった」
 そう言って薫りは会長のほうに目をやった。
「何で止めるんだって食ってかかったよ。こんな奴、死んで当然だってね。当然のことだが、暴行魔をボコったところで私の受けた心の傷は癒えやしない。私はその後も荒れたが、そんな私を必死になって諌めようとしてくれたのも会長だった。当時、私は未成年だったし、被害者との関連性もあって私は、保護観察も受けずに訓告処分で済んだが、それだって陰で会長がいろいろと骨を折ってくれた結果だったろう。しかし私はそんなんことも知らずに彼らを恨んだ。ただ男というだけでな」
「すべての男性を恨んだということですか?」
 薫は寂しそうに頷いた。
「まあ、あんなことがあったから当然といえば当然かも知れんが、私は男というものを、それこそ父や兄を含めて男という生物そのものを激しく憎んだ。同じ人間とは見れなかったんだな。それは高校に進学してからも変わらなかった。そんな私を変えてくれたのが、将介とそれからお前なんだ」
「え?」
 俺は思わず薫の顔を見直した。彼女は穏やかな笑みを浮かべている。
 薫が当時の将介に、特別な感情を抱いているらしいことは何となく感じていた。しかし俺はどうだろう。あの頃彼女とは、殆ど会話らしい会話を交わしたことがない。鈴音さんとは別の意味で、特別な感情を持った彼女のことは怖かったしまた避けてもいた。
「しかし、将介はともかく、なんで俺なんです?」
「そうか・・・お前は知らないのかもな。まあ、その話に入る前に、もう少し私の話しを聴いてくれないか。ええと、どこまで話したか、ああ、そうそう、高校に入るところまでだな。そう、そこで姫姐、姫崎鈴音と出会うことになるんだ」
 薫は再び話し始めた。

 いまでもそうだが、当時の私は今とは比べ物にならんほど目つきが悪かったからな。何しろ世の中の男はみな敵みたいに思っていたし、同じ人間とも思ってはいなかった。親だろうが教師だろうが男と名のつく奴らはみんな敵。いくら女子高とはいえもちろん男性の教師はいる。そいつらはみんな敵だから、そういう目をして校内をうろついていた。
 私の入学した神代女学館はそこそこのお嬢様学校だったが、どんな学校にも馴染めない連中というのはいるもので、入学早々にそうした連中に目を付けられた。とはいえ無論私の相手になれる連中じゃないし、そもそもどんな不良少女でも女は私の敵じゃない。いつの間にか私はそういうはぐれ者たちのアタマになっていたんだ。
 私はそんな不良少女どもを束ねて、日夜渋谷の街を徘徊しては、気に入らない男どもをぶちのめして歩いていた。
 私のやり方は決まっていた。まずはカミソリで相手の眼蓋を切り視界を奪う。それから後は寄って集ってのリンチ状態だ。
 二枚刃の薫。
 なんて二つ名で呼ばれたのもその頃だったな。そんな時だ、姫姐こと姫崎鈴音と出会ったのは。
 彼女の噂は入学当初から聴いていた。
 曰く神代最高の才女。曰く絶世の美少女。曰く氷の淑女。
 まあ、いずれにしても私には関心がなかった。いけ好かない女とは思うが、前にも言った通り私は女に興味はないのだ。
「薫さん。あれが姫崎ですよ」
 ある日、舎弟の少女が校庭の片隅に佇む女の子を指差して言った。多分、1月期の終わり頃だったと思う。クラスこそ違えど、同じ学年の彼女を観たのはそのときが初めてだった。
 彼女は大きなニレの樹の前にあるベンチに腰掛けて本を読んでいた。葉漏れ陽が彼女の周囲を巡り、まるでスポットライトのように輝かせていた。豊かな黒髪を風になびかせて、書物に没頭する彼女はそれだけで一枚の絵画のようだった。
 しかし、私にはひとめで分かった。
 これは私の同類だ。
 この女は私と同じように男にひどい目に遭わされ、そして男を憎んでいるのだと。
 しかしそんな女が何故こんなにも優雅に過ごしている?
 なんですべてを許したような顔をして、学園生活を満喫しているのだ?
 私は無性に腹が立った。許せないと思った。
 だから彼女を呼び出した。
 校舎の裏側には、使われなくなった旧校舎の建物がある。そこへ彼女を呼び出したのだ。
 10人ほどの部下の不良少女たちにに取り囲まれても、殆ど彼女は無表情だった。怖がりもしないし、不安がったりもしない。それがまた神経に触るんだ。
「おい、姫崎。お前のツラが気に入らねえんだよ」
 何を言ってるんだ? 私は。
「そのツラ、二度と見られらないようにしてやる」
 鈴音はゾクリとした冷たい目をして私を見た。それはかって見たことのない氷のような瞳だった。
 人としての感情とか愛情とかに欠如した、見る者の心を凍らせるような瞳の色だったんだ。
 なんだ、こいつは。どんな過去を持てばこんな眼ができるんだ?
 そう思った私は、完全にその瞳に呑まれてしまった。
「お前が水咲薫か」
 彼女はフッと笑った。美しい笑みだった。しかしぞっとするほど怖い笑みだった。
 そのとき私は、この女には勝てないと思ってしまったんだ。
「ついてこい」
 と、彼女は言った。
 私はその言葉に抗えなかった。校舎のほうにスタスタと歩いていく彼女の後を、ただただ付いて行くだけだったんだ。

 私は部下たちをその場に残して、鈴音の後について校舎のほうに向かったのだ。
 下校時間はとうに過ぎており、校庭にも校舎にも残っている生徒たちは殆どいなかった。グランドの隅に陸上部らしい生徒が数人、走り幅跳びの練習をしている。バスケ部とバレー部は体育館だ。ソフト部の練習もあるが、いまはランニングに出ているのだろう。音楽室の方向からはブラスバンド部の管楽器の音が聴こえる。
 鈴音の向かうのは音楽室とは逆方向の建物だった。
 人気のない校舎を2階へと上がる。鈴音は終始無言だったので、あえて私も訊かなかった。
 2階の一番奥まった一室。そこは絵画部の所属する美術室だった。たしか今日は絵画部は休みのはずだ。
 誰もいないはずの美術室に人の気配がする。
 鈴音は私の顔を観て、唇に人差し指を当てた。女の私がドキリとする美しい唇だった。
 音をたてるなというサインなんだろうが、彼女は何をするつもりなのだ?
 そんな疑問を抱いた私に、彼女はポラロイドカメラを手渡したんだ。
 どういうこと?
 その疑問は直ぐに晴れた。鈴音が扉を開けて中にはいると、部屋の中にいる人物の顔が見えたからだ。
 私は反射的に扉の陰に身を隠した。
 美術教諭、杉沼公司。
 とかく噂の多い教師だった。美術部の何人かがわいせつな行為をされているらしい。ただしあくまでも噂レベルの話で証拠はない。生徒の弱みを握って口を封じているのだろう。最も卑劣で許せない男だった。いずれは私も天罰を加えてやると決めていた卑劣漢である。
 鈴音はこの男相手に、一体何をするつもりなんだ?
 そう思いながら、扉の隙間から中を伺うと、鈴音の前に立つ杉沼の姿が見えた。ひょろりとした体躯の観るからに不潔そうな男だ。
 髪の毛はボサボサで、古い形の黒フレームのメガネを掛けている。美術教師らしいのか根っから汚らしいのか、作業着は様々な色の絵の具に彩られてちょっとしたサイケのようだった。
 その美術教師は見るからにイヤらしい笑みを浮かべて鈴音の顔を眺めている。下心丸出しといったところか。
 ヘドが出そうだった。
「いやあ、姫崎君。ようやく決心がついたようだね。嬉しいよ」
「はい、先生」
 鈴音は先程とは打って変わった辛勝な声をだしている。
「私も嬉しいです。先生の絵のモデルになれるなんて」
「君がモデルなら、絵画展は入賞したも同じだよ」
 どうやら鈴音をモデルにしてわいせつな行為を働こうとしているらしい。
 面白くなってきた。
 果たして彼女はどうする気なのか?
「じゃあ早速、脱いでもらおうか」
「えっ? 脱ぐんですか?」
 鈴音の不安そうな声。よく言う、そんなタマじゃないだろう。
「も、もちろんだよ。これは芸術なんだ。人生で最も美しい時間を、絵画として永遠に残す。これこそが最高の芸術だ、そうは思わんかね」
 興奮のあまり声が掠れている。可笑しくて吹き出しそうになった。しかし鈴音の芝居は、まさに学芸会のレベルだった。
「はい。先生の芸術のためなら私、脱ぎます」
 そう言って彼女は何を思ったか、制服をビリビリと破り出した。
「おいおい、何をしてるんだ?」
「あら、こっちのほうが興奮するんじゃないですか? 先生」
 セーラー服のリボンごと胸もとを引き裂くと、真っ白な乳房が飛び出した。スカートを引きちぎると、スラリとした美脚が顔を覗かせる。
 その光景をわいせつ美術教師は涎を流さんばかりに眺めていた。
「いいよ、いいよ。君・・・まさに芸術だよ」
 ふらふらと抱きつきに来た教師の腕を押さえて、鈴音が金切り声をあげる。
「きゃあ、誰かあ。助けてえ」
 やれやれ、やはりそうなったか。
 仕方がない。
 私はカメラを構えて扉の陰から姿を現した。
「はい、先生。そこまでです」
「き、君は・・・」
「いけませんねえ、先生。生徒に手を出したら」
「ち、違う、違うんだよ。これは何かの間違いだ・・・」
 わいせつ教師はみるも哀れな声を発した。鈴音がベソをかきながら走り寄ってくる。
「こわーい。水咲さん」
 はいはい。

「それが鈴音との出会いだったんだ」
 薫は懐かしそうな眼をした。
「あの人はその頃からそんなことをしていたんですね」
 鈴音さんらしいと俺も思う。
「目からウロコってやつかな。私は男を倒すのにはそれを上回る力しかないと思い込んでいたのだが、あいつは平然と色仕掛けで挑みやがった。もちろん私にはマネの出来ないことだが、何故かそれは爽快だった」
「で、どうなったんです? その美術教師」
「すぐに依願退職したよ。別にその写真を盾に取ってどうこうしろと脅したわけでもないのだが、まあ気の弱い変態教師だったってことだろ。その後私は鈴音と妙に気が合ってな、彼女とつるむようになって、自然と不良グループとの付き合いも少なくなっていった。その頃からまた、ジムへも通うようになったしな」
「心境の変化があったってことですか?」
「まあ、会長の親父もしつこく勧めるし、鈴音と付き合うようになって喧嘩もしなくなったし、暇になったからってのもあるしな。そうなると今度は鈴音のほうからジムへやって来た。何をするってこともなく、ただ本を読んでいるだけなんだが、ジムの練習生には妙に人気があって・・・。そりゃまあ、あれだけの美人なら人気も出るってもんか」
「薫さんのほうはどうだったんですか?」
「私か? 私は相変わらずだったよ。ジムの練習生は私以外はすべて男だったからな、スパーリングにしても私はムキになって挑んだものだ。しかし男と女の違いは、やはり簡単には埋められるもんじゃない。まさかジム内でカミソリを使うわけにもいかんしな。こちらは殺す気でやっているのに、向こうはまるで壊れ物を扱うような始末だ。屈辱だった。死にたくなるくらいに、な。そんな私に鈴音は言ったんだ」
「なんと言ったんです?」
「お前の気持ちもわかるが、なにも力で押さえつけるだけが勝利ではないぞ、と」
「色仕掛けってことですか?」
 薫は可笑しそうに笑った。
「まあ、私もそう言った。そしていまの私の様に笑って、それも一つの方法だな、と言ったんだ。もっとも彼女の凄いところは色仕掛けだけではないがな。それを思い知らされたのが、いちかとの出会いだ」
「いちかさん?」
「考えてみれば、彼女ほど男に酷い目に遭わされた女も居ないんじゃないか」
 冴木いちか。通称「雷鳴のいちか」
 渋谷クィーンズ三巨塔のひとりであり、ある意味クィーンズ最強ともいわれた女である。

「いちかといえば調布の暴走族「イエローバディ」の事件が有名だが、あれはクィーン時代の話ではない。正確にいえば私や鈴音が彼女に会ったのは、あの事件の起きた直後ということになるな」
 イエローバディというのは当時、調布市を中心に三多摩地方に勢力を延ばしていた暴走集団である。総勢30人からの族員たちを、たったひとりで壊滅に追いやったというので、「雷鳴のいちか」の名声は一気に高まった。
 しかし薫の話によると事件当時には、クィーンズはまだ存在していなかったという。
「いちかが何であんな事件を起こしたのかはいまだに分からない。彼女はとうとう最後まで話そうとはしなかったし、我々も特別知ろうとはおもわなかったしな。それぞれがそれぞれの事情を抱えているのが当時のクィーンズだったから、誰もいちいち他人の事情まで口を挟むことはしないのが、暗黙の了承だったのだ」
「そんないちかさんがなんでクィーンズへ?」
「きっかけはリカだった」
 成海梨香。
 クィーンズでは情報班の班長を務めた女だ。俺と同じ年で冴木いちかの幼馴染にあたる。いつもいちかの傍に寄り添い、極端に無口の彼女の通訳のようなことをしていた。
「あれは我々が高校2年の夏休み前のことだったかな。リカが鈴音のところにやって来て、友達を助けて欲しいと訴えてたんだ」
「その友達というのが、いちかさん?」
 薫は頷いた。
「なぜ彼女が私たちのことを知ったのか、そしてどうして鈴音に助けを求めたのかはわからない。いちかやリカは青山誠大付属高で、私たちとは学校も違うからな。ただ彼女の様子があまりにも必死だったので、とりあえず話だけは聴くことにしたんだ」
「で、その相談の内容というのは?」
「ネグレストだな」
「ネグレスト?」
「児童虐待のことだ。いちかは幼少の頃から親に虐待を受けていたんだ」

 学校近くのカフェでリカと会った。
 小さな身体でクリクリとした瞳の大きな、小動物系の可愛い娘だ。
 当時リカは中学を卒業して高校に入学したての頃だった。まだ制服も着慣れない初々しい頃だったな。
 冴木いちかという彼女の先輩が、家に監禁されて外に出られない。それを救い出してくれというのが相談の内容だった。
「監禁といっても親が家から出さないだけだろう。それは家庭の問題ではないか」
 と、私がいうと、彼女は激しく頭を振った。
「いちかさんは実の父親に虐待されているんです。中一の時には万引きを働いたということで、左腕を切り落とされているんです」
「腕を切り落とす? まさか」
「本当なんです。それに彼女が万引きしたというのもまるで誤解で、友達の働いた万引きを先輩のせいにされたんです。いちかさんは口ベタだからうまく説明できなくて、それでお店から家の方に連絡がいって・・・」
「親が怒って腕を切り落とした?」
 いくらなんでもそんな馬鹿な話はなかろう。
「それがあるんです。あの親ならそれくらいはやりかねません」
「どういう親だ?」
 それまで黙って聴いていた鈴音が口を挟んだ。
「どおって、凄く怖い親父さんです。小さい頃から知ってるけど、とにかく規則には厳しくて、少しでも規則に反することをすると、どんなに小さい子供にも容赦なくって」
「しかしいくらなんでも実の娘の腕を斬って落とすというのは・・・」
 私は気分が悪くなった。もしも彼女の言うことが本当なら、虐待の限度を越えている。
「いちかさんの親父さん、居合いの達人なんです。庭には試し斬りの巻藁なんかがいっぱいあって」
「そういう話なら警察に届ければよかろう」
「だめです。だめです」
 リカはブンブンと首を振った。
「いちかさんの親父さんは警察の偉いさんなんです」
「警官か」
 ネグレストの警察官。最悪だった。
 まあ、警察官だけあって規則に厳しいのは仕方がないとして、それで子供の腕を切るというのはやはり異常だ。
「偉いさんといっても色々あるだろう。具体的に役職はなんだ?」
 鈴音が訊いた。
「う~ん。警視監とかいってました。浅草のほうの・・・確か第6だか第7だかの方面本部長とか」
 警察の組織はよく知らないが、東京中の警察署を区分別に集約したものだろうということは想像がつく。そこの長ともなれば相当な大物ということになろう。
 それならば幼児虐待だろうと不法監禁だろうと警察としては手の出しようがない。
「わかった。とにかくその冴木とかいうのに会ってみよう」
 鈴音は伝票を持って立ち上がった。
 いちかの家は代官山にあった。警察機構のトップクラスの屋敷にしては相応しい大きさといえるのか。ちなみにその隣にあるリカの家も、親が会社社長ではあるのだが、冴木家の建物と比べると犬小屋程度の大きさでしかない。
 屋敷の周囲はグルリと大谷石の塀に囲まれ、その内側は針葉樹の大木にびっしり埋められている。
「こちらです」
 リカは何故か正面玄関を避け、高い塀越しに裏口に回った。合鍵を持たせてもらっているのだろう、カチャカチャと門を開けて中に入り込む。
 木々の合間を縫うように進むと、小さな庵のような離れに行き着く。本邸はまだこの奥にあるらしい。
 代官山の一等地にこれだけの敷地を持つとは、いったいどれ程の金持ちなのだろう。
「ここがいちかさんの部屋です」
「ここに例の少女が閉じ込められているのか?」
「いえ。正確には閉じ込められているわけではないのですが、一歩も部屋から出ようとはしないのです。引き籠もりといってしまえばそれまでなんですが、それにしても身体のほうが心配なので」
「大分話が違うようだが」
「すみません。ああでも言わないと来てはくれないと思ったからです」
 リカは頭を下げたが、鈴音はそれ程怒ってはいないようだった。
「そこまでして、私たちを彼女に引き合わせたいということか?」
「はい。先輩を救えるのは、あなたたちを置いてはいないと思うんです」
 リカは離れの玄関に向かってインターホンを鳴らした。
「いちかさん、あたしです。リカです」
 ややあって玄関の開き戸が開くと、小柄なリカより更に小柄な少女が顔を覗かせた。
 黒いマントのような上着を着ている。ボサボサの髪の毛。口元は黒っぽいマスクで隠し、異様な光を放つ瞳を向ける。その異様な眼光を浴びて、私は背筋にゾクリとしたものを感じたものだった。
「ああ、すみません、いちかさん。こちらが前にお話した、姫崎さんと水咲さん」
 リカの説明を無視して、マントの少女はじっと冷たい視線を鈴音に向けている。鈴音はたじろぎもせずにその視線を受け止める。
 ふたりはそのまま凍りついたように立ち尽くしていた。
 ふたりのそれは睨み合いというよりは、お互いがお互いの瞳で語り合っているように見えた。
「・・・あ、あの」
 リカが何かを言おうとするのを私は停めた。いちかという少女の中に、私は自分と同じ何かを感じ取っていたのだが、もしかしたら鈴音はもっと深いところで彼女と同調していたのかも知れなかった。
 姫崎鈴音という少女がどのような人生を歩んできたかは私は知らない。もしかしたら彼女も、いちかという少女と同じような虐待を、過去に受けていたのかも知れない。
 なんとなくではあるが、私はそんなことを考えていたような気がする。もっとも今になれば当時私の感じたことは事実だとわかるのだが。
「・・・で」
 ややあって鈴音が、まるで会話の続きをするように口を開いた。
「私たちと一緒に来るのか?」
 いちかは答えない。ただ、じっと鈴音の瞳を見詰めている。
「そうか」
 鈴音はフッと笑ってリカに向かって言った。
「いつでもいい。私たちに会いたくなったら、神宮前の「バーニング・ジム」という格闘技の道場に来い」
 バーニング・ジムとは私が通っている総合格闘技のジムの名前だ。
 そうしてその日は何事もなく引き上げたのだが、果たしてその翌日、いちかはリカに連れられてバーニングにやって来たのだった。

「どういうことです?」
 俺は首を捻った。薫の話だと、いちかと鈴音はお互い見つめ合ったまま、殆ど言葉を交わさなかったという。にも関わらずふたりは心を通わせているような所があったようだ。これはどういうことだろう。
「後で分かったことだが、当時鈴音はデリヘル嬢のようなことをさせられていたらしい」
「ええ、ピンクパンサーという店ですね」
 その事実は知っている。というか、彼女と親しくなった原因がそれであった。
 薫は頷いた。
「やはり知っていたのか」
「はい。鈴音さんに口止めをされていたので、当時は言えませんでしたが」
「もちろんそれは鈴音の意思ではなく、養父によって半ば強制的にさせられていたことも知っていたのか?」
「はい。そのあたりの事情も彼女に聞かされました」
「なるほど・・・そういうことか」
 薫の口元に笑みが広がる。
「それで何となく分かる気がする」
「はい? なんのことです」
 薫は苦笑を隠すように首を振った。
「いや。・・・まあ、そういうことで鈴音も養父によって虐待を受けていた訳だ。言葉を交わさなくとも、お互いそのあたりの雰囲気を感じ取ったのだろうな。それでいちかは鈴音に心を開いた。鈴音にはそういうところがある。カリスマ性というのか、誰もが彼女を慕いその周囲に集まってしまう。生まれもってのリーダー資質とでもいうのか。それが彼女の本当の凄さなのだ」
「わかる気がします」
 確かに彼女にはそういう魅力がある。性別的な魅力は別にしても、何となく頼りたくなる姉御肌のようなところがあるのだ。
「鈴音には他にも不思議な力があった。ナイフもそうだ。あいつのナイフの技量は正に神業だった。もっとも彼女はそれを、「マジック」と称していたがな」
「自分のことをマジッシャンといってましたからね」
「しかしあれは、マジックなんてものじゃない。鈴音には私からみても怖いところがあった。本当に人を殺してしまうんじゃないかという危険な匂いだ。まあそれも魅力のひとつでもあるのだがな」
 確かに鈴音さんにはそういうところがあった。正気と狂気のギリギリのところで綱渡りをしているような危うさが。
「その頃だったかな、ヒロミに出会ったのも」
 薫は過去を懐かしむ眼をした。
「ヒロミさん?」
「馬場広海。もとアマレスの中学チャンピオンだった女だ」

 私と鈴音がヒロミに会ったのは、東東京高校総体アマチュアレスリング大会だった。
 鈴音には格闘技に興味を持ってもらおうと私が誘ったのだ。その頃私は鈴音を総合に誘って、スパーリングパートナーにしようと企んでいたんだ。彼女の身体能力の高さは十分に承知していたからな。しかし彼女はまるでそのようなことには興味を示さなかった。
 まあ、それはともかく、そのレスリング大会で鈴音はヤンキーに乱暴されかけてな、それを救ったのがヒロミだったわけだ。もっともあの鈴音が並みの男にどうこうされるとも思えんがな。
 そのことがヒロミの暴力事件に発展して、彼女は大会の出場資格を失うことになった。
 もともと私がアマレスの大会を観ようと思ったのは、このヒロミをみるためだったんだ。鈴音が駄目なら他のパートナーを探す必要があったからな。
 前にも言ったが、私は男が苦手だ。例え自分の父であろうが兄であろうが、男と名のつくものは全て排除しようとする。とはいえ男には負けたくはない。どうしたら自分より大きな男に勝てるのか、そればかりを考えている。
 だから未だに総合のジムに通い、日々自分より大きな練習生相手に身体を鍛えているわけだが、スパーリングの相手といっても女子選手が私ひとりではどうしても男の練習生相手のスパーリングになる。ストライキング系のパンチやキックを交わす稽古はまだいいが、グラッピングつまり寝技の応酬となると、どうしても身体の密着ということになる。
 私はそれがどうしても我慢出来ない。向こうにはその気はなくとも、どうしてもあの日の恐怖が蘇ってパニックを起こしてしまう。だから私には身体の大きな女性のスパーリング相手が必要だったのだ。
 それもグラップラー、すなわちアマレス出身者ならなおいい。そこでアマレス中学チャンピオンの馬場広海に白羽の矢をたてたという訳だ。
 私は彼女を誘って試しのスパーリングを仕掛けてみた。
 思ったとおり、彼女は技量も身体能力も超一流だった。それに負けず嫌いの根性もいい。もっともそうでなくては、全中のチャンピオンになんてなれるはずはないがな。
 それからヒロミはちょくちょくバーニングジムに顔をだして、私とスパーリングをするようになった。
 アマレスしか知らないヒロミは、最初こそ私のストライキングに戸惑っていたが、徐々に彼女の体力に押され私の技は効かなくなっていった。とはいえ、むしろそれこそが私の望むところだったのだがな。
 彼女とのスパーリングは試行錯誤の繰り返しだった。こうすればどうだ。こうやればどうなる。
 楽しかったな。
 彼女とスパーリングをするあの日々は、私にとっては最高の毎日だったんだ。
 そんな時に、あの事件が起こったんだ。
 渋谷二高の女子生徒が3人、センター街を根城にしていたカラーギャングどもに襲われたんだ。「グリーンジャップ」というチームで、身体のどこかに緑色のアイテムを着けている。それがメンバーの証なんだろう。
 当時はそういうチーマーたちが、渋谷や池袋のあたりにはうじゃうじゃしていたものだ。
 それを知ったとき、私は頭にカッと血が登った。あの時と同じじゃないか。女たちの想いも気持ちも考えず、一時の欲望に駆られて彼女たちの未来を奪ってしまう。
 許せない。
 鈴音も同じ気持ちだったに違いない。
 そして私たちは行動を開始したんだ。まずは連中の居場所を特定しなければならない。
 それはいちかがやった。彼女は引き籠もりの間にインターネット、当時はまだパソコン通信だったかにハマっており、あっという間にアジトを特定してみせた。
 そして私たちは当時センター街にあったライブハウスに急行したんだ。
 私と鈴音、いちかとリカ。そしてヒロミの5人。それが渋谷クィーンズの始まりだった。
 あのときの鈴音は凄まじかった。ボス格の男を色仕掛けでたぶらかすと、いきなりその急所を握り潰したんだからな。
 それが戦闘の合図となった。
 敵は屈強のヤンキーが7人。だけど私たちは負ける気がしなかった。
 私には対男子用のカミソリがあったし、ヒロミの体格は決して彼らに劣るものではなかった。
 そしていちか。
 いちかは触るでもなく、次々と連中を倒していった。あとで分かったことだが、彼女は自作で左腕の義手にスタンガンを仕込んでいたらしい。調布の暴走族をひとりで壊滅に追いやれた謎もそれで解けたというわけだ。
 その事件の後、私たちのグループは有名になった。
 渋谷クィーンズ。
 その名を慕って男どもに苦しめられている女たちが集まってきた。
 ユミカがそうだったし、マキやトモミもそうだった。
 私たちはその子たちの願いに応え、不埒なヤンキー共のチームを次々と潰して歩いた。そしていつの間にか、渋谷最強のレディースと呼ばれるようになったのだ。
 それから1年。お前や将介と出会うことになるあの事件が発生した。

「マリンフォースの事件については、いまさらどうこういう話ではなかろう」
 薫が言った。
 もちろんだ。・・・俺は頷いた。
 マリンフォースというクラブハウスは、当時渋谷の道玄坂にあった。
 事の発端は、西脇鮎夢という女子高生が渋谷で行方不明になったということであった。それを持ち込んだのが御門将介という俺の親友だった。
 将介は「心法」という不思議な技を使う。
 いまだに俺もよくは分からないのだが、何でも相手の行動の自由を奪う武術の一派らしい。戦闘中に仕掛ける催眠術といえば、少しはイメージが近いかも知れない。心法の起源は古く、将介の説明によると遠く奈良時代まで遡るという。「役の小角」という修験道の開祖が用いた呪法がそのはじまりだという。
 将介はその心法を用いて鈴音のナイフをかわし、薫の動きを封じた。
 それで彼女たちも一目置くようになったのだろう。将介の依頼を引き受け、一緒に西脇の行方を捜すことになったのだ。
 ところで将介がなんで女子高生の失踪事件に関わるようになったのかということだが、彼の実兄の御門龍介にその遠因がある。兄の龍介は六本木で探偵をしているらしく、将介はたまにそのアルバイトのようなことをしているらしかった。
 それで兄のところへ持ち込まれた案件を、高校生は高校生同士とかいう可笑しな理屈で、将介が引き受けることになったらしい。
 とはいえ将介も将介で、その話をレディースのほうに丸投げしやがった。レディースがこの手の女子に関わる案件を断れないことを見越してのことだが、そうはいっても中々簡単にはいかなかった。
「私らは最初から将介という男を、信用してはいなかったからな」
 薫は言った。
「それが鈴音の一言で、彼に協力することに決まった。まあ、レディースは彼女のチームだしな。しかし何で鈴音は、将介の頼みを効くのかが分からなかった。しかし、それがまさか・・・」
 俺の顔を見ながら、
「将介の頼みだからではなく、奴の親友の頼みだから引き受けたとは、な」
「いやあ」
 確かにそんなこともあったな、と思い返すと顔が赤くなる。
「その謎が今日、ようやく解けた。お前が鈴音のデリヘルのことを知っていたということは、あの日・・・。そうかあの日、センター街を張っていたメンバーからお前が来ているとの報告があった。・・・思い出したぞ、あの時鈴音は初めは放っておけと言ったが、すぐに私が行くと訂正した。そうかあの日か、お前が鈴音のデリヘルに入ったのは。まさか、お前ら、そこで・・・」
「いやいや。何にもないっすよ。確かに彼女とホテルには入りましたが、彼女の目的はあくまで将介の情報を引き出すためで、その後は少し話をしただけです」
 俺は慌てて訂正した。確かに彼女と一線を越えることはなかったが、それ以上に恥ずかしいことをしてしまった。(詳しくは「センター街の魔女」を参照のこと)
 それだけは自分と鈴音の名誉のためにも決して口外は出来ない。
「本当に何もなかったのか?」
「ありません」
「ふうん」
 薫は真っ赤になって慌てる俺を、何故か嬉しそうに眺めた。
「いずれにしても、彼女がお前に惚れたのはその時のことが原因だと思うのだが、お前らいったい何を話したんだ?」
「別に大した話をしたわけじゃないですよ」
 そして俺はあの日、鈴音と交わした会話を思い出しながら話した。
 将介のこと。彼の使う心法という武術。将介が渋谷に来た理由。西脇鮎夢の失踪事件。
 そして、そうだ。鈴音さんのこと。

 私ね、13歳の時からデリで働いているの。最初は嫌で嫌でたまらなかった。でも2年も経つうちに自ら進んでするようになった。
 何故だかわかる?
 ナイフじゃ、あいつらに勝てないって分かったからよ。
 奴らの武器は1にお金。2に権力。私にはそのどちらもないわ。
 私は、私にしかない武器で、あいつら大人達と闘うの。
 この身体が欲しいのなら、いくらだってくれてやる。その代わり、私は私の欲しいものを手に入れる。
 ナイフもデリも、私にはとっては同じものだもの。

「お前、泣いてるぞ」
 薫に言われて初めて気がついた。俺は涙を流しながら語っていたのだ。
「鈴音は自分のことは、何ひとつ話さなかったからな」
 薫はため息を吐きながらそう言った。
「はじめて知ったよ、彼女の抱えていた悲しみを。結局、私たちは何もしてやれなかった。私たちは皆、彼女に何度も助けられたというのにな」
「そんなことはないですよ」
「私はな、重吾。あの日から彼女の様子が可笑しいのに気づいていた。それは多分、お前とホテルで会った後だろう。彼女の周囲からなんというのかビリビリとした殺気みたいなものが消え失せていたんだ」
「殺気、ですか?」
「鈴音という女は、いつでも人を殺せる覚悟みたいなものを感じさせる、それがひとつの魅力でもあったんだ。私らメンバーは多かれ少なかれ心に傷を負っており、男というものに対して怨みや憎しみの感情を抱いていた。そんな歪んだ感情を、彼女の放つ闇の気配が昇華してくれるんじゃないかという希望のようなもの。・・・うまくは言えないが、そんな感覚が仲間たちを引きつけたのだと思う。少なくとも私はそうだった。いくら殺したいほど憎んでいても、私には人を殺せない。だけど、彼女は違っていた。鈴音はあいつは・・・。それが、いつの間にか普通の女になっていた。あれ以降の鈴音はもう、ひとは殺せない」
「・・・」
「別に鈴音に人を殺せというわけじゃない。これは覚悟の話なのだ。覚悟があるかどうか、・・・そういうことだ」
 俺は何も言えなかった。
 薫のいう覚悟とは何なのか、正直わからない。
 しばしの沈黙を挟んで、再び薫は口を開いた。
「お前が銃で撃たれ、病院に運ばれた時のことをはっきりと覚えている」
 南青山の一心会事務所に、鈴音さんといるところを、金村組のヒットマンに狙われた。女子高生の拉致事件が金村組と一心会との抗争に発展し、偶然事務所にいた俺たちが狙われたというわけだ。
 鈴音さんは左腕を撃たれて動けないで居たので、自分が囮になって連中を引きつけようと思った。いまにして思えばよくもあんなことが出来たと思うのだが、そのときの俺は鈴音さんを助けることで頭がいっぱいだったのだ。
 そして俺は全身に数発の弾丸を受け、青山の救急病院に運ばれた。結果的にいえば、俺は病院で弾丸の摘出手術を受け一命を取り留めたが、手当を受けている間は気を失っていたので、その間に何が起こっていたのかは分からない。
「連絡を訊いて駆けつけた私たちが目にしたのは、手術室の前で身も世もなく泣き崩れる鈴音の姿だった。信じられなかったよ。あの誰にも媚びずに颯爽としていた鈴音が、あんな醜態をみせるなんて、な」
 知らなかった。あの鈴音さんが、そんなになってしまったなんて。
「クィーンズは鈴音のチームだ。何者にも犯されない、神々しいまでの偶像。それがクィーンズを支えていたんだ。それが一瞬のうちに崩れ去ってしまった」
「俺を助けるために、鈴音さんは全てを捨てたというのですか?」
「私には分からなかった、何が鈴音に起こっているのか。いや、そんな予感は前からあったんだ。漠然とした不安だったが、いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていた」
 そして薫は俺の顔をみた。
「お前と鈴音がはじめて会ったあの日からだ。だが、それも今日納得がいった」
「薫さん・・・」
「それから私は変わったのだな。あの日の鈴音の姿を見て、私の中の何かがちぎれた。張り詰めていた何かがプツリと切れたんだな。彼女になにが起きたのかは分からなかったが、あの姿を観てお前に対する、いや男というものに対する気持ちが軟化していくのがわかった。
 実をいうと、もうとっくに気づいてはいたのだ。所詮この世は男と女、そんな中でいつまでも男ばかりを恨んでいても生きられはしない。ただ、それを認めるのが怖かっただけだ。そんな私の浅はかな想いを、鈴音のあの姿は覆してくれたのだ。自分の立場やその場の空気に囚われず、ただ愛する人の無事を祈って泣き崩れる鈴音の姿に真の男と女の姿をみた。
 うふふ。キザなことをいうようだがな。それから私の男に対する怨みや憎しみといった感情が軟化していったのだ。それと同時にそれまでは疎ましくとしか思えなかった会長の言葉も、真に自分を想ってくれてのことだと心から思えるようになった。私は救われたんだ」
 薫の視線の向こうに、関係者らしき男と談笑しているバーニング・ジム会長の姿がみえる。白髪まじりの頭部は少し薄くなってみえる。皺だらけの額。潰れた耳。
 薫にはずいぶん苦労させられたのだろうな。
 そう思うと可笑しくなった。
 薫さんは将介のことをどう思っていたのですか?
 そう訊こうかと思ったがやめにした。
 薫がニコリときれいな笑みを浮かべて、こう言ったからだ。
「恋というのは凄いものだな。重吾」
 

 


                                                                   完

二枚刃

二枚刃

あの「マリンフォース事件」以来、3年ぶりに水咲薫に会った。久しぶりに観た彼女は総合格闘技の選手「水澤カヲリ」になっていた。その薫の口から初めて明かされる「渋谷クィーンズ」設立の秘話。そしてクィーン・姫崎鈴音の苦悩。 「センター街の魔女」前夜の物語。

  • 小説
  • 短編
  • 冒険
  • アクション
  • サスペンス
  • 青年向け
更新日
登録日
2020-12-08

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著作権法内での利用のみを許可します。

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