伝書鳩の作法

伝書鳩の作法

1通目

 鳩の持ち主さま


 こんにちは。
 この伝書バトさんは無事に辿り着きましたか?
 今朝、ベランダにハトがいるなあと思いつつ、寝坊でお仕事に遅刻しそうだったので見なかったことにしていました。通勤の電車の中でぼんやり「あいつがいつも洗濯物にフンを落としていくのか」などと気が付きましたが、弟が言うには、糞はムクドリの仕業らしいです。冤罪、ごめんなさい。
 仕事を終えて帰宅すると、まだいるじゃあないですか、ハトさん。
 てっきり住み着くおつもりなのかと思って様子を伺ってみていたら、脚に何かがついている。小さな筒。
 これはもしかして、あれかしら。ってわくわくしたのは内緒です。
 もちろん、筒の中身は読んでいません。
 ただ、伝書バトさんが迷子になっていたということだけはお伝えしようと思い、筆を執ったしだいです。
 またどこかで、伝書バトさんに会えるといいな。
 

 ベランダの持ち主より

2通目

 お手紙の差し出し主さま


 こんにちは。
 伝書バトさんが無事に帰れたと聞いて安心しました。もうここへは来ちゃダメだぞ、と思っているのに、これ。
 また伝書バトさんがわたしの家のベランダに来ていました。
 「またどこかで、伝書バトさんに会えるといいな。」から、たったの九日。
 足に括られた手紙に大きな文字で「ベランダの持ち主様へ」と書かれていたので、迷わず開きました。
 それから、伝書バトさんがわたしの朝ごはんを羨ましそうに見ていたので、少し分けてあげました。近所にできた、半生食パン屋さんで買った半生バターロール。食パンじゃないのかよ、というツッコミは受け付けません。
 伝書バトさん、よほどお腹が空いていたみたいで、無心で食べていましたよ。さぞかし遠いところから飛んで来ているのでしょう。
 調べてみたところ、伝書バトさんは「キソウホンノウ」を利用して、片道だけお仕事をすると書いてありました。
 だとすると、この伝書バトさんはわたしの家をご自宅だと勘違いしていらっしゃるのでしょうか。
 でも、持ち主さんのところへも無事に帰れたことを考えると、ここは、別荘か何かとしての扱いでしょうか。
 迷って飛んで来てしまっているなら、もうここへは来ちゃダメだぞと念じて、伝書バトさんを送り出します。


 半生バターロールの持ち主より

3通目

 ハトのマスターさま


 こんにちは。
 二度あることはなんとやら。またまた伝書バトさんと再会をしてしまいました。あれほど「ここへは来ちゃダメ」と言っていたのに。
 よかろう。
 来るなら、来い! と受け入れる気持ちになりました。
 そこで。
 伝書バトさんをよく観察してみることに。彼(彼女?)はズバリ、ドバトという種類。公園とかお城とかによくいるコたち。あってますか?
 朝、ベランダでくるっくるっくーと鳴いているくせに、わたしと目が合うと真顔で黙る。警戒しているのか、それともわたしを呼んでいるのか、どちらでしょう。
 お目目はよく見ると(よく見なくても)可愛くないです。白目が血走ったみたいに赤くて(それはもはや白目じゃなくて赤目)、何人かアヤメテきたような、少し物騒な目つきなのに、鼻の辺りがおマヌケさん。ちっとも可愛くないです。
 さて、今日はミックスナッツをあげてみました。ピーナッツ、カシューナッツ、アーモンド、ジャイアントコーンが入っているやつです。無心でつついていたのに、ジャイアントコーンだけ残していました。どうして?
 わたしの好物を残すなんて、わかっていたらジャイアントコーンはわたしが食べて、他のナッツだけあげたのに。ハトはみんな、ジャイアントコーン食べない生き物ですか? はたまた、このコの食わず嫌い?
 もし、ハトさんに食べさせてはいけないものがあれば教えてください。



 ジャイアントなジャイアントコーンが食べたい人より

4通目

 賀正が達筆なあなたさま


 あけましておめでとうございます。
 こんな大寒波の中でも、新年の朝からベランダに来ている鳩さんを初めて家に迎え入れてあげました。あんまりに寒そうで、可愛そうだった、というわけではありません。
 起きてベランダを見たら彼(男の子のハトさんだったんですね、教えてくれてありがとう)がいて、扉を開けた途端に入って来たからです。寒いから入れてあげよう、とは思いましたが、わたしが迎え入れる前に入って来てしまうなんて、一体どういう教育をしているのでしょうか。
 新年早々にハトさんからのお手紙をもらえたこと、大変うれしく思います。これは年賀状、になるのでしょうか。
 お年玉クジがついていない年賀状は初めてもらいました。新年の楽しみが一つなくなった気分です。
 いえ、文句を言っているつもりはありません、年賀状ありがとうございました。
 こちらは珍しく雪景色の元日です。何年振りかしら。
 このまま寒波が去ってくれないと、仕事はじめに影響します。精神的に。
 お正月はいかがお過ごしですか?
 ハトさんが来ているということは、帰省はしていないのでしょうか。それとも、ご実家で暮らしているのでしょうか。
 わたしの実家はあんまりに遠いのと、寒波による積雪で特急が動かない可能性があるので、今年は帰省をしませんでした。
 わたしは六日から仕事が始まります。そちらはどうですか?


 きんがしんねんが漢字で書けない人より

5通目

 鳩山鳩宗さま(仮名)


 前回のお手紙からずいぶんと間が開いて、ハトさんに何かがあったのかと思ってハラハラしていました。今朝、彼の姿を見て安心したものの、仕事に遅刻しそうだったので、寒空に放置してしまいました。ごめんなさい。
 そして、今回も窓を開けたら勝手に入ってきました。普段は室内で飼っていると聞いて納得しました。鳥でも、室内が落ち着く、ということなんでしょうね。
 大型連休もあっという間に過ぎ去り、再び日常が始まってから久しいというのに、まだお休み気分が抜けません。
 これが世に言う「五月病」というものですね。
 四月病が完治してもいないのに、五月病を患ってしまうなんて……。
 ここ数日は、朝、ギリギリまで「休んじゃおうかな」と思って動けずにいると、次第に焦りのような感情に苛まれ、結局、慌てて起きて、朝ごはんも食べずに仕事へ向かっています。毎朝です。
 お仕事をしているということですが、仕事に行きたくない日はどうしていますか?
 お仕事に行きたくないわたしに、アドバイスください。


 追伸

 お名前も知らず、呼び方に悩んだので、「鳩山鳩宗」という名前を勝手につけちゃいました。

 

 今日は遅刻しちゃった人より

伝書鳩の作法

伝書鳩の作法

ある朝、ベランダに一羽の鳩が迷い込んでいた。 毎朝のように、洗濯物にフンを落としていくのは、 この鳥なのかと思ったけれどどうやら違うらしい。 鳩の脚に括られた通信筒――伝書鳩の証。 迷子になっていたことを飼い主に知らせるため、 わたしは一通の手紙を鳩の脚に括りつけた。 わたしと彼の不思議な文通がスタートする。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-12-03

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