電気羊の夢を見る

柏木熊介

この作品のお題は【すれ違う】です。
星の向こうを見てみたいという思いが、人の身のまま叶うことは、一体いつになるのだろう。

 私は毎晩、あなたが旅立っていった星の方角を眺めている。
 昔から宇宙(そら)が好きだと言っていたけど、元々の才能と、新たな努力でもって、あなたは彼方へと行く権利を勝ち取ってしまった。私はもちろん、それを喜び、心からの応援と愛を持って、あなたを送り出した。それが本心であることは、間違いない。でも同時に、行って欲しくないと思ったのも本心だ。何故なら飛び立った船は、少なくとも私が生きている間には、戻ってくることがないから。
 今はもう、木星を通り過ぎた頃だろうか。
 宇宙から見た地球はどうだった? 有名なあのセリフを、実際に言ったりしたのだろうか。渦巻く雲から、切り裂くような幾条もの雷光を見たりしたのだろうか。線の引かれていないちっぽけで大きな地上を、笑い飛ばしたりもしたのだろうか。
 最初のメールに返したいくつかの質問に、まだ返信は届かない。それが届く頃、あなたはもっと遠くの宇宙を飛んでいる。言葉が届く距離が、どんどんと離れていく。
 私だって宇宙は好きだ。那由他に広がるスクリーンを埋め尽くす輝きも、古代から受け継がれる物語も、未来に出会うだろう発見も、全てが好奇心を刺激する。でも、あなたがいなければそれも半減してしまう。共有できるからこそ得られる感情、というものもあると思う。あなたは眺める場所ではなく、手に届くところにいて欲しかった。
 今更言っても、もうどうしようもないけれど。
 私もあなたと一緒に、行ければ良かった。
 あなたが太陽系を脱出する頃、私は何をしているだろう。学校なんてとっくに卒業しているし、就職した会社でも中堅からベテランの域にアップデートしている頃合いだろう。役職にだってついているかもしれない。知らない誰かと結婚をし、子どもを得ているかもしれない。もしくは事故か何かで、老いる前にいなくなっている可能性だってある。未来は無限だ。
 でも一つだけ言えるのは、私は絶対、あなたのことを忘れない。メールのやりとりが数十年単位になったって、寂しくて辛くて忘れたいと思うようになったって、例え記憶を奪われたって、絶対、あなたのことは忘れない。だってあなたは、私の唯一だから。
 私が果てる頃、あなたは私よりも若くあるだろう。若いあなたが思い出すのは、見たこともないおばあちゃんである私ではなく、あなたと別れた頃の私のはずだ。その記憶が永遠であるために、私はずっと努力をしよう。あなたと私が再び邂逅することはない。それはわかっている。けれど、私がそれを怠ったら、あなたの中の私も崩れていってしまいそうだから。ただの願掛け──いや、意地のようなものだけど、あなたを思って、私は私のままでいようと思う。
 この思いは、メールには記さない。心という完璧で不完全なデバイスの中に仕舞って、いつまでもいつまでも、同じ形のまま、大切に飾っておく。
 もし万が一、あなたがこの思いを知ったときに、宝石のように綺羅と輝くように。
 またね。
 さようならは言わないよ。
 わかってるけど、それでも、またね。
 また会おうね。
 大好き。


 ☆


 地球を飛び立って、どれくらい経ったろう。正確な時間はもちろんわかっている。でも、感覚的な時はもう計り知れない。戻ってもいないのに、浦島太郎の気持ちがわかってしまうほどだ。
 君へ出したメールは、もう届いているだろうか。那由他に続く宇宙に見惚れながら、君からの返信を待っている。銀河の星々は優しく煌き、僕の焦がれる思いを包み込んでくれる。本当はそれをまるごと君に送ることができればと、考えずにはいられない。
 宇宙へ飛び立つことは、昔からの夢だった。そのために努力もしてきたし、無理もしてきた。彼方へと我が身を旅立たせ、誰も知らない事象の先を知ることを願ってきた。未来への貢献なんかじゃなく、自分の好奇心のために。でも同時に、君と共にあることも、捨てられない夢だった。挫けそうな僕を励まし、叱咤し、明るく爽やかに笑う君のことが、どうしても好きだった、どうしてその二つを合わせて満たすことができないのか、神を呪った。
 僕は結局、自分の好奇心を選んだ。それを選ぶ僕を、君が応援してくれたから。
 君が思う僕でありたいと思ったから、僕は自分の夢を追った。君が我がことのように喜んでくれたから、君から見た僕は自分の選択が正しかったことを知った。
 今宇宙にいる僕自身は、自分の馬鹿さ加減を笑っている。この船には僕しかいない。あるのはただの思考機械だけ。会話はできる。でもほとんど孤独と言って良い。メールのやり取りは、今でさえこれで、どんどん距離が遠くなる。物理的にも、精神的にも。そして帰れたとしても、僕を知っている人はもう誰も生きていないだろう。
 もうすでに、死にたい気分になっているんだ。
 わかっている。プロジェクトを完遂するまで、それはできない。ようやく見つけた他星系の地球型惑星。そこに住む〈人類〉と邂逅するまでは。僕はそのために、禁忌とされている老衰プログラム解除を行ったのだから。
 成果を持ち帰るまで、アンドロイドは死ねない。
 そんな呪縛から僕たちは解き放たれたはずなのに、最新のプロジェクトに携わる最新世代の僕は、再びその縛に、自ら囚われている。笑ってしまう。どうせならこの感情も取ってしまって欲しかった。心なんて不完全なデバイス、いらなかった。
 君からの返信が届いたら、僕は、その返答に、別れを書こうと思う。そしてちょっとしたプログラムを添える。バグとして排除されなければ、君の中の僕はいなくなる。
 君には健やかに生きて欲しい。
 君が知っている僕は、もういない。
 さようなら。
 大好きだから、さようなら。
 この宇宙から、愛をこめて。

電気羊の夢を見る

電気羊の夢を見る

星の向こうを見てみたいという思いが、人の身のまま叶うことは、一体いつになるのだろう。

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-11-20

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