ごまみそずい

この作品のお題は【フィフティ・フィフティ】です。
こんななんでもない風景の会話劇を見てきたように。

「ねえ、これから晴れると思う? それとも雨降ると思う?」
 学校終わりの午後三時過ぎ、僕はミササギと一緒に帰りの電車を待っていた。今日は部活も委員会もない日で──あってもなくても僕には関係ないのだが──、いつものように真っすぐ駅へ向かっていると、走るような靴音が近づいてきて声をかけられたのだ。
「ムクノキー、一緒に帰ろー」
 僕は振り返り、「ん」とだけ言ってまた歩き出した。すぐに隣に同じ歩幅の足が加わる。「今日も何の変哲もない日だったねえ」「そんなもんだよ」「『モン・サン=ミシェル』」「『ルバイヤート』」などと話していると、駅の改札は過ぎていた。
 ミササギは僕の方は見ず、屋根のないホームから空を眺めていた。頭上は雲で覆われていて、気温はぬるく、湿気はあるようなないような。そんな天気だ。
「二択なの?」
「二択。天気予報は禁止」
「希望としては晴れて欲しい」
「希望じゃなくて、どっちか決めて。晴れってことで良い?」
 ミササギはそこでやっとこちらを見て、小首を傾げた。僕はその〈傾げ〉で下がった天秤の反対側のように、もう一度首を空へと傾けた。風もなく、雲はバランスの悪いホイップクリームのように薄く厚い。
「晴れで」
「じゃあ私は雨ね」
「楽しみぃ」と言いながら、ミササギはかかとを上げたり下げたりした。新しいシェイプアップか何かだろう。
 僕は改めてミササギの質問について考えてみた。これから晴れるか、おあ、雨が降るか。これからの範囲を定めていないから、晴れもするし、雨も降るだろう。というのはきっと、無粋の可視化に違いない。〈次〉は、現状態が変化したその時、と理解する。よって曇りから動かない、も答えにならない。天気予報も禁じられているから、まあ確かに、晴れか雨の二択ということになる。
 うん。
「それ、正解だと何かあるの?」
「え? いや?」
「楽しみぃ、とは?」
「答え合わせ、楽しくない?」
「楽しい、か」
「ね」
 そしてまたミササギはシェイプアップを始めた。
 ミササギとは中学二年のときに出会った。クラス替えの最初の日、隣の席であやとりをしていたのが彼女だ。僕は本を読んでいて、栞を忘れたので、彼女にその紐を借りたのが話すきっかけだったと思う。席替えですぐに離れてしまい、同じ班になることもなかったが──中三では別のクラスだった──、以来、ちょくちょくと話すようになった。突発的にしりとりを仕掛けてくるので、気が抜けない。ちなみに中二で始まったしりとりは、高二になった今も続いている。そう、高校も一緒なのだが、クラスは違ったままだ。確率的に言えば、中二での邂逅が珍しいパターンだったと言える。
 ただ、主観的な現象で言えば、出会うか出会わないかは二択なのかもしれない。ミササギの出す、晴れるか、それとも雨が降るかの二択のように。
「ムクノキさ、将来の夢は何?」
 電車はまだ来ない。来るか来ないかは、さすがに二択ではないだろう。線路の先を眺める目に、長い髪が揺れている。少し風が出てきた。
「なんかある?」
「今のところない」
「ないかー」
「漫然と社会に流されるように生きていたい」
「おー、ムクノキっぽい。けど、全くムリそう」
「ああ、夢というか、一つあるか」
「なになに?」
「自分名義の本を出す」
「作家になるってこと?」
「それはわからない。自主制作かもしれないし。けど、何か、やってみたいという気持ちはある」
「へー。それもまたムクノキっぽい。しかもこれはやりそう。書いてるの?」
「書いてない」
「わーお」
 ミササギはやけに平坦な声でそう言った。目を丸くしているから、驚いているのかもしれない。もしくは、そういう人形の真似かもしれない。
 本を読むのが好きだから自分も書いてみたい、というのはありがちな話だろう。各人にはそれぞれの価値観や物語が、多分少なくとも一つはあって、本を読んでいると、それを吐き出したい欲が刺激される。実際に書くかどうかは、それをムリととるか、やっちまえと思うかの……、これも二択だ。と僕は思っている。僕はばんばんと刺激されているので、いずれ筆をとる予定だ。当世風に言えば、キーボードを打つ予定だ。いずれ欲があふれるだろう。
「ミササギは? 夢」
「何不自由なく身勝手に生きたい」
「ああ。なるほど」
「お、つっこまない」
「ミササギっぽいし」
「ふふん。ああ、私も一つあるとすれば、あれだ」
「何?」
「面白おかしく暮らしたい」
「最初のとそんな変わってなくない?」
 こちらを見たミササギは得意顔だった。意味はわからない。
 遠くから踏切の音が風に乗ってやってきた。足元の線路からもわずかにキーンという音が鳴り、電車の訪れが予感される。自由奔放な空気が、ところてんのように未来へ押し出されようとしている。
 空はまだ白いままだが、だんだんと明るくなっているように思えた。
「『トノサマバッタ』」
「『ターコイズ』」
「ずいっと、じゃあ、もう一つ」
「ずいっと?」
「この先、ムクノキが夢を叶えたとき、私とまだ友達だと思う? 違うと思う?」
「また二択?」
「これこそ二択。五分と五分」
「現状でいけば五分五分ってことはないと思うけど。友達なんじゃない?」
「お、そっちね。じゃあ勝負的に、私は逆にベットする」
 人が増えてきたホームで、ミササギはニコニコとそんなことを言う。自ら縁が切れる宣言に賭けるとは、なかなかどうして図太い。いや、〈なかなか〉でも〈どうして〉でもないか。ミササギならさもありなん。糸を自分でつけたり外したりする凧のような人だ。
「ベットするのは良いけど、ミササギが勝ちってなると、結果の確認がめんどくさいことにならない?」
「むむ。じゃあ、ムクノキのそばにいるようにしようっと」
「それだと僕の勝ちってことになる」
「なら、丁度良いタイミングで友達を卒業しよう」
「卒業?」
「まあまあ、私にまかせておきたまえ。悪いようにはしないから」
「なんの勝負なの?」
「とにもかくにも、ムクノキの本、楽しみにしてる。書いてる途中の作品、読ましてね」
「気が向いたら」
「わーい」と、ミササギは両手を広げた。周りの人がその様に振り向く。みなさん、これは彼女なりのストレッチですよと、僕は心の中で呟いた。
『まもなく、電車が到着します』
 アナウンスとともに、一陣、大きく風が吹いた。目で追うと、カーブの先に豆粒のような電車が見える。ようやく電車が来るらしい。そして電車が来る方の遠くには、一筋の陽光が差していた。あちら側のクリームは食べられてしまったようだ。
 無言で指をさすと、僕が出すベクトルにミササギがつられた。
「僕の勝ち」
「や、まだこっちは曇ったままだし」
「どこって範囲は決めてなかったよ」
「いけず」
 ミササギは僕の肩をゆすった。悔しそうな顔をしているが、本当に悔しいと思っているのかはわからない。何せ、手が温かい。
「あ」と言って、ミササギがその手を引っ込めた。何事か、自分の手の甲を見ている。すると、周りの人も同様に手を見たり、天を仰いだりし始めた。今度は僕がつられて、空を見る。
 額にぽつりと、雫が落ちてきた。
 すぐに、けっこうな勢いで雨が降ってくる。僕が通学鞄を頭上に掲げると、隣のミササギはすでに折り畳み傘を差していた。僕を見る目は笑っている。
「いれてあげよう」
「かたじけない」
 もうすぐ電車がつく。それまでは借りておこう。
「私が勝ちってことで良い?」
「引き分けが妥当」
「二択なのに?」
「そういうこともたまにはある」
「五分五分絶対神話、ここに崩れる」
「神話はむしろ割り切れてないことが多いのでは」
 雨の音が小さな傘に響く。引き分けなので、互いに肩が濡れている。
 こういう想定外があるということは、二つ目の二択にも予想しない結末があるのかもしれない。
「もう一個の勝負、選び直す?」
 同じことを思ったのか、ミササギが聞いてきた。
「いや、そこはそのままで」
「おー、男らしい。じゃあ私も女らしくそのままで」
「残酷な人だ」
「だってムクノキと同じだったら勝負にならないじゃん」
 ミササギは傘を持っていない手でピースをした。平和的な結果を望んで欲しいものだ。
 濡れたブレーキ音とともに、ホームに電車が入ってきた。傘を差している人はみな、ドアのタイミングと傘を閉じるタイミングを見計らっている。慌ただしさに巻き込まれないよう、僕らも右に倣う。
「私の選んでるのは、最初から天気雨だけどね」
 ドアが開いて電車に乗り込むとき、ミササギが何かを言ったようだった。隣を見て目で問うと、「ん?」という顔をする。聞き漏らした僕が悪いということにしておこう。
 運良く席に座ることができ、僕らはまた隣り合った。
「傘が無駄にならなくて良かった」
「準備が良いことで」
「朝、天気予報見てきたからね」
「それは不正では?」
「先に選んだのはムクノキでしょ」
「促したのはミササギだと思う」
「『ずいずいずっころばし』」
「『ごまみそずい』。あ」
「私の勝ちー」
 小さな歓声があがる。僕らの関係はまだ続く。

ごまみそずい

ごまみそずい

こんななんでもない風景の会話劇を見てきたように。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-10-29

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