柏非奇譚

この作品のお題は【セレンディピティ】です。
巡り巡って繋がって、いつの間にか出会っていたような幸せに、気付いていないだけかもしれません。
ちょっと不思議な物語。

 高校の通学路に公園があった。住宅街に置かれた憩いの場として、朝の時間帯には近所のご老人が散歩をし、下校時刻には小学生が遊んでいる、そんな普通の公園だ。そこに、柏の木が植わっていた。
 なぜ柏とわかったかと言うと、私が柏餅が好きだったからだ。落ちている葉っぱを見て、近所の和菓子屋で買っていた、小ぶりな白餅と中につまった餡子をすぐに思い浮かべた。拾って嗅ぐと、ほのかにすっとした香りが鼻を抜けていく。子どもの日に弟よりもたくさん食べてしまい、「お姉ちゃんは女の子なのに」と泣かれたこともあったなと、そんなことも思い出した。
 柏は新芽が出るまでは葉が落ちない。秋になり葉が枯れても、春までその葉がずっと枝についている。きっと、代を繋ぐ新芽を守るためにそうしているのだ。だから本当は、その時期に落ちている柏の葉は、誇らしくも少しだけ悲しい。ただ、その頃の私はそんなこと知りもしなかったから、公園に落ちている葉っぱを見て、いつもほんのり甘い気持ちになっていた。
 月日が経ち、地元の企業に就職をして、三年が過ぎた。
 大型連休の中日に、愚痴を言いながら営業に回っている最中、母校の付近に行き当たった。お昼時だったこともあり、懐かしさも手伝って、昔良く通っていたファストフード店でハンバーガーを食べた。部活の友達といくらでも食べて話していた記憶が甦ってくる。そろそろ栄養バランスを考えないとなんて、会社では先輩をおちょくっているが、すっかり忘れて、というか気にせず、お腹も心もいっぱいにした。
 店を出て、休みの雰囲気も抜けず、またお腹の消化も助けるため、戻りにタクシーではなく電車を使うことにした。あの頃、何度使ったかわからない青春の駅。普通に歩いて、大体二十分くらいの道のりがある。
 ゆっくりと、学校帰りのように、かつての通学路を歩いた。あるべき家がなかったり、アパートがリフォームされていたり、知らないパン屋ができていたりと、変化はあったが、風景と町の佇まいは何も変わっていなかった。思わず微笑んでしまうような高揚感で、胸が再びいっぱいになる。あの頃一緒に歩いた友達に会いたくなった。みんな地元にいるし、会おうと思えば会えるが、だからか、就職してからは会っていない。
 久しぶりに連絡しようか。飲み会でも企画しようか。と、つらつら考えていると、目の前に例の公園が出てきた。遊具の色が多少ぼやけている気もするが、芝も、ベンチも、生垣も、見事にあの頃のままだった。もちろん、柏の木も健在だ。
 公園に入り、青々とした若い葉と、小さな毛玉が連なって垂れ下がるような花をしばらく眺めていると、逆に自分が見られているような気配を感じた。振り向くと、高校生くらいの眼鏡の男の子とばっちり目が合う。
「あの、もしかして……、柏餅の姉ちゃん?」
 そう声をかけられて、瞬間的に「は?」と言ってしまったが、その呼び方と、顔に知っているような面影を感じて、記憶をフル回転させた。ここでの思い出と言えば、高校時代しかない。となると、男の子は恐らく当時小学生くらいだろう。
「……みっちー?」
 帰宅時間、ここではよく小学生が遊んでいたが、私は友達と一緒にその子たちと交ざって遊ぶことがあった。部活が休みの日だから、本当にたまにだが、それでも、いつもいる小学生たちと仲良くなるくらいは遊んでいたと思う。その中の、くりくり坊主で、眼鏡の子のあだ名が、確か〈みっちー〉だった。
「そうです! 道隆です!」
「道隆! そうだそうだ。わー、久々だねえ。元気だった?」
「はい、元気です。柏餅の姉ちゃんも元気そうで」
「元気だよー。てか、その呼び方、懐かしい」
「ははは。いや、俺、姉ちゃんの名前知らないし」
「あれ、そうだっけ」
「そうですよ。教えてくれなかったじゃないですか」
 私はもう一度、そうだっけと、とぼけた。
 記憶はすっかり戻っていた。別に隠すようなことではなかったが、友達とふざけて、名前は絶対に出さないようにしていたのだ。その方が面白いから、という理由だけである。代わりに名乗ったのが、友達が〈桜餅〉と〈菱餅〉で、私が〈柏餅〉だった。
 道隆はすっかり大きくなっていて、すでに私よりも背が高かった。顔もしっかり、肩幅もがっしり、そして声も低くなっており、着実に大人の男性への道を歩いている。ただ、人懐っこいのと、物怖じしない性格は、変わっていないようだった。不器用な敬語も微笑ましかった。
「みっちーは今何歳になった? 高校生?」
「十六です。今年から高校生ですよ。姉ちゃんと同じとこです」
「え! 西宮なの? うわー、後輩かー」
「先輩たちがあまりにも面白かったので、あこがれて」
「それマジ?」
「マジです。賢哉とか郁もいますよ」
「ケン! カオちゃんも! うわー、責任感じちゃうわあ」
「なんでですか」
 笑った顔も、昔のままだった。
 それからひとしきり、昔話に花を咲かせた。大人げない鬼ごっこや、二対一での手押し相撲、逆上がりの特訓など、掘ればいくらでも出てくる。一人で思い返すのも良いが、誰かと共有して彩りを添えるのもまた良いものだった。何より、自分だけが楽しかったわけではないという事実が、嬉しかった。
 ふと時計を見ると、だいぶ時間が過ぎていた。十五時までには戻って来いと先輩に言われていたのを思い出した。
「ごめん、そろそろ戻らないと」
「わあ、すいません。つい長々と。仕事大丈夫ですか?」
「そんな気遣いも言えるようになって……、先輩は嬉しい」
「はは。……ああ、ケンとカオも呼べばよかった」
「まあ、それはまたいずれ。連絡先ももらったし。てか、今日学校は? まさかさぼり?」
「いや、姉ちゃんじゃあるまいし」
「あん?」
「今日、開校記念日ですよ」
「そうだっけ」
「先輩……」
 あきれ顔のその頭を軽く小突くと、道隆は大袈裟に痛がって、また笑った。
「こら、笑うな。自分に関係のない休みは忘れるもんなの。それよか私は、せっかくの休みに近所の公園にいるみっちーの方が心配。なんでここにいるのよ」
「ひどい言い草だなあ。兄ちゃんみたいだ。明日の連休からは忙しいですよ。今日は小遣い稼ぎ──そうだ、そのために公園来たんだった。姉ちゃんのせいで忘れてた」
「せい、とはなんだ」
「これですよ。この柏の葉っぱを取りに来たんです」
 そう言って道隆は、頭上の立派な柏を指さし、今度は地面を見て、落ちている葉を一枚、手に取った。先に向かってひだを描くような独特な形の葉から、ほんのりと心地よい香りが匂ってくる気がする。
「小遣い稼ぎ?」私が小首をかしげている間にも、道隆は二枚、三枚と探して拾っていく。葉が落ちないとは言っても、なんだかんだ、意外に落ちている。「なんでそれが小遣い稼ぎ?」
「柏餅の姉ちゃんのくせに、わからないんですか?」
「お、ケンカうってる? ……え? もしかしてそれ用?」
「そうです。なんか、ばあちゃんの知り合いの和菓子屋さんがここの柏が好きみたいで、持ってってあげてるんです」
「こんな普通に植わってる公園の柏の葉を使ってるの?」
「はい。まあ業者からも仕入れてるみたいだけど、年に何回かは。今の時期はいつもここのですね」
「それ、大丈夫?」
「ちゃんと消毒して使ってるから大丈夫ですよ」
 言っている間も、道隆の手は止まらない。
 そういう意味で聞いたわけではないのだが、秋に銀杏を拾うようなものか、と思い直した。ついでに、そういえばここを散歩していた老人も柏の葉を拾っていたな、と突然思い出した。いつも、ではなかったが、記憶の風景の一枚として、そういう画が確かにあったと思う。あれはもしかしすると、道隆の祖母だったのかもしれない。
 ぼけっと見ていたが、再び我に返って、公園を後にした。
「じゃあね、みっちー。また。小遣い稼ぎ頑張って」
「はい。また。あ、部活にも遊びに来てくださいね」
「は? 部活? なんで? え、もしかして吹奏楽?」
「六十八期です、澤口先輩。ケンとカオにも言っておきます」
 別れしな、道隆は、今度はにやにやと笑って大きく手を振った。
 最後に爆弾を投げられて、私ももう、笑うしかなかった。

 会社に戻ると、時間は十五時を少し回っていた。休みを取っている人も多いのでフロアはいつもより閑散としていたが、営業課はいつも通りだ。ただ、隣のデスクに先輩の姿はない。
「戻りました」
「おー、お疲れ。間に合って良かったねえ」いつも柔和な顔の課長が、労うようにそう声をかけてくれた。「あと少し遅かったら食いっぱぐれてたよ」
「は? 食いっぱぐれる、ですか? 何を?」
「あれ、澤口さん、高尾君から聞いてないの?」
「私は、十五時までには戻ってこい、としか」
「ははあ。じゃあ、お楽しみだね。あ、ほら、来た」
 課長の視線を先には高尾さんがいた。手には平たい箱を持っている。
「お待たせしましたー。お、澤口、戻ってきたか」
 高尾さんはそう言いながら近づいてきた。そして箱を開け、まずは課長に中身を差し出す。
「ありがとう。やあ、今年も美味しそうだねえ」
 課長が手に取ったのは柏餅だった。
 それから、課の先輩諸氏のデスクをぐるりと回り、次々と渡していく。もらった人は「ありがとう」やら、「これこれ」やら、「待ってました」やら、随分と嬉しそうだった。
「ほら、澤口も」
 一周し、最後に私のところへ戻ってきたとき、箱の中身は残り二つとなっていた。
「ありがとうございます」
 手に取った柏餅を、行儀悪く、立ったまま口に入れる。小ぶりな白餅に、いっぱいの餡子。そして、すっとした香り。箱を見たときから気付いていたが、それは、実家の近所の和菓子屋の柏餅だった。
 高尾さんは「どうだ、美味いだろう」と、自分も餅を頬張りながらニコニコ聞いてくる。
「美味しいです」と、これまたニコニコ顔で、私も返した。
「良い顔するなあ。柏餅好きなのか?」
「はい。それはもう大好きで」
「そうかそうか。この時期はやっぱり柏餅だよな。俺も昔から、特にこの店のが好きでさ。思い入れがあるってのもあるんだけど……、毎年買ってきてはお裾分けしてるんだよ」
「ぜひ来年もお願いします」
「図々しい奴だな」
「自分に正直なだけです。……ごちそうさまでした」
「おう」
 一息ついて、自分のデスクに戻り、外勤の報告書を作り始めた。思いがけず、口の中が幸せだった。今日何度目かの幸福感だ。
 ただ、そのおかげで、色々と緩んでいたのだろう。細かいところで報告の数字を間違っていた。「今日中に片付けちまおう」と、高尾さんにどやされながら修正を全て終えると、時刻はもう退勤時間を過ぎていた。明日からまた連休だからか、他の人たちは、課の先輩上司を含め、ほとんどいなくなっていた。
「よし、オーケーだ。澤口、お前もう新人じゃないんだから、変なところで間違うなよ?」
「付き合わせてしまってすいません。助かりました」
「お、いつになく素直だな。ほら、帰るぞ」
 気持ちも、高校時代に戻っていたのかもしれない。
 外に出ると、少し長くなった陽が、空とビルの際を赤紫に染めていた。この時期はまだ冷えるが、お腹に残った甘さが、ほのかな温かさを巡らせてくれているような気がした。
「そういえば、高尾さん」
「なんだ?」
「あの柏餅。思い入れってなんですか?」
「ん? ああ。変なとこ覚えてるな、澤口」
「そうですか?」
「いや、実はな、あの柏の葉、俺が拾ってたことがあるんだよ」
「え?」
「あの店、ばあちゃんの友達がやっててな。その人、うちの近所に生えてる公園の柏が何故か好きで、時期になると、今年もよろしくって頼まれるんだよ。それがちょっとした小遣い稼ぎになるから、俺が拾って、持ってってやったりしてさ」
「……へー、それはそれは」
「なんだその返しは。法律的には問題ないと思うぞ。別に生えてるものをむしってたわけじゃない。かわいそうにも落ちたものを再利用してるだけだ。ほら、銀杏みたいなもんだよ。たまにきれいな葉を摘んだりしたことは、あったかもしれないけど」
「いや、別に責めてないですから」
「お、そうか? ……そういや、面白い話があってさ」
「なんです?」
「年の離れた弟がいるんだが、昔、その柏がある公園で、柏餅っていうあだ名の女子高生と知り合いになったみたいで」
「ほほう」
「近所の幼馴染と一緒に、たまに遊んでたらしい。遊んでくれてたってのが正解か」
「どのへんが面白いんですか?」
「いや、面白いだろう。女子高生だぞ? なんだよ柏餅って。他にも桜餅と菱餅もいたらしいんだけど、女子高生のネーミングセンスじゃないだろ」
「余計なお世話だ」
「ん? なんか言ったか」
「いえ。……高尾さん、実は私、柏餅を食べると超能力を使えるんですよ」
「は? 何言い出すんだいきなり」
「これから先輩の弟さんの名前を当てて見せましょう」
「どうした澤口。変な物でも食ったか?」
「柏餅しか食べてませんよ。あ、あとハンバーガー。いや、それはいいですから。いきますよ?」
「お、おう」
「むむむ……、ずばり……、これは……、おそらく……」
「はよ言え」
「道隆、ですね」
「……」
「おや、どうしました高尾さん。そんなに目を見開いて」
「……俺、お前に家族の話、したことあったか?」
「正解ですね?」
「え、なんで? どうしてわかった? うわ、こわ」
「超能力ですから」
「柏餅なのか? あの柏餅なのか、本当に? なんで──」
 高尾さんはうるさかったが、面白かったので、駅に着くまで種明かしはしなかった。
 こどもの日まで、あと四日。
 全く、世間は狭い。

柏非奇譚

柏非奇譚

巡り巡って繋がって、いつの間にか出会っていたような幸せに、気付いていないだけかもしれません。 ちょっと不思議な物語。セレンディピティ。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-10-12

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