矛盾
この作品のお題は【矛盾】です。
理解できずとも、それがある、ということは忘れてはいけないと思います。
「あなたのこと大好きだけど、お付き合いするのはちょっと違うと思う」
昨日、そう言われて振られた。
合コンで出会い、馬が合って話も弾み、何度も二人でデートを重ねた上での告白だったが、見事玉砕した形だ。なるほど、これが『友達以上に見れない』という奴か。自分がその対象になったのは初めてで、逆に新鮮な気持ちだった。落ち込んではいるが、高揚もしている。
これまで、好きになった女性とは必ず恋人になることができていた。人によっては羨ましいと捉えられるし、「顔がいい奴は」とか、「医者は金持ってるもんな」とか、揶揄されたことも何度かあるが、そういうことではないと思う。私が好きになった。だから、相手にも好きになってもらえるよう、努力した。その努力が上手かったから、付き合うまでに至った。それだけのことだ。
私が女性に求めることは二つ。
一、私を好きでいてくれること。
二、私に好きでいさせてくれること。
どちらかが崩れれば、関係も解消してしまう。
特に、後者は難しい。私は常に努力をし続けているから、相手は私を嫌うことはない。しかし、それによって相手に甘えが生じると、私が好きでいる価値がどんどん下がっていく。多分、安心をさせすぎてもダメということなのだろう。「この人は私が何をしても大丈夫」ではなく、「この人に嫌われないよう自分を磨かなくちゃ」が求めるべき正しい方向性なのだ。
まあそれでも、本当の意味で関係が壊れたことは一度もないが。
ともかくとして、私は初めて、時間をかけて関係を築いた人に振られたのだ。そして、それでも彼女のことが好きだった。この場合、二は十分だが一は達成されていない。珍しい状況と言えた。
さて、どうしよう。諦めることはできる。しかし、幾ばくかのプライドもある。そんなものが自分にあるのかと驚いたが、この、『悔しい』という感情はきっとそれなのだろう。
私は再び、彼女に連絡をした。「友達として会わないか」と。
彼女はその誘いを受けるべきか迷っているようだったが、最終的にはOKをもらった。築き上げた誠実さの勝利と言える。これが努力というものだ。
そして四日後の土曜日、私たちは街中にある隠れ家的な料理店で食事をした。私も、彼女も、最初は少しぎこちなかったが、美味しい食事と酒により、場はいつもの打ち解けたものになった。私たちは大いに笑ったし、互いに馬が合うことを再確認できる機会ともなった。私はやはり彼女のことが好きだし、彼女も私のことを好きでいてくれる。ただ、その矢印の種類が違うというだけで。
「これからも、友達でいてくれる?」
彼女は言った。
「もちろん。まだ努力は必要だけど」
私は笑った。
楽しい夜は終わった。私たちは一緒にタクシーに乗り、帰路へとついた。
途中、彼女が寝てしまったので、私は運転手に住所を言い直し、彼女の面倒を見ながら、家に着くまで車窓を眺めていた。今日は新月だから、空に月はない。
到着し、彼女をつれてドアをくぐった。もちろんまだ眠っているから、抱えるのに苦労する。ただ、その重みも愛おしい。
リビングから寝室には行かず、そのまま地下へと降りた。そして、人が一人横になって寝れるくらいの台に彼女を乗せる。
彼女が目を覚ます気配はない。
私は地下の部屋をぐるりと眺めた。これまでの愛の結晶が、変わることなく、私を見つめていた。彼女たちは今もって私を愛してくれるし、私も、変わらぬ彼女たちを生涯愛し続けるだろう。
もちろん、この彼女も。
ただ、一つだけ、困っていることがある。
彼女はまだ、男として私のことを好きなわけではない。私は彼女のことをこんなにも愛しているが、彼女は違うのだ。そしてそこに関して、私はもっと努力をしなければならない。
しかし今彼女を起こし、私をちゃんと好きになってもらうよう働きかけても、うまくはいかないだろう。むしろ嫌われる確率が高い。さすがにそれくらいは私にもわかる。となると、今のままの状態で彼女に眠ってもらった方が、いくぶん状況は良い。彼女は友達としては、私のことが大好きなのだから。しかしそれだと、本当の意味で一は達成されない。
さて、どうしよう。好きになって欲しいが、好きのままでもいて欲しい。
困っているのだ。
矛盾