りんごの効能

この作品のお題は【りんご】です。
炬燵にみかん、の定番をりんごにしてみたらこんな幸せな世界に。

 炬燵にミカンとはよく言うが、実家では炬燵にリンゴ、だった。実家がリンゴ農家であるとか、青森にあるとか、そんなわけではない。単純にみんなリンゴが好きだったのだ。ミカンよろしく籐のカゴに入っていて、ご飯後とかおやつの時間とか、寛いでいるときにリンゴを食べる。家業が忙しい故、全員が揃うことは少ないが、誰かが剥いたものが必ずあった。冷たいリンゴも美味しいが、ぬるいリンゴも、なんとなく甘みが増しているように感じて美味しい。もちろん、焼いたリンゴも然りである。
 だから、一人暮らしをして初めて彼女を家に呼んだ時、炬燵の上にリンゴがある光景を見て驚かれた。
 それ自体は実家でも経験していたことではある。子どもの頃は、友達が家に来るたびに、「変なのー」と言われていた。僕にとってはそれが普通だったので、何が「変」なのかわからない。ついでに言えば、教えてもらっても、まだわからなかった。僕から言わせれば、炬燵とミカンがセットである根拠はなんなのだ、と。なぜこうも日本人の心象風景に刻み込まれていて、いつからそれが当たり前となったのか、お前は言えるのか、と。まあ、そんなロジカルでもない言い掛かりをつけられるようになったのは、もう少し大人になってからだが。あと、本気で言っているわけでもない。
 ともかく、そんなわけで、彼女に驚かれたとき、『さて、どうやって返そうか』と若干楽しみにさえしていた。のだが、「うちと同じだ……」と続く言葉に、出鼻をくじかれた。思わず顔を見合わせて、無言で頷いてしまったくらいにして。
 アパートの外で猫が鳴いた。マンガみたいなタイミングじゃないか。
「……どうぞ」
「うん。どうも」
 座るよう勧めて、僕も腰を落ち着けた。炬燵の中で足がぶつかって、笑った。懐かしい、よくある事故だ。
「えーと……聞いたことなかったけど、実家は青森?」
「ううん」
「じゃあリンゴ農家とか?」
「全然」
 見事に定番の質問をしてしまった。長年言われ続けてきたから、身に染みていたのだろう。いや、毒されたのか。そんな定番あってたまるか。
「うちのおばあちゃんがリンゴ信者でね。それが受け継がれてるの」
「信者?」
「うん。『とりあえずリンゴ食べとけば元気だー』って。『だから私はずっと病気知らずなんだ』ってのが口癖だったなあ」
 思ったよりハートウォーミングな由来だった。
「でも、リンゴをのどに詰まらせて死にそうになったこと、あるんだけどね」
 撤回だ。
 彼女は「おばあちゃんらしいよね」とコロコロ笑っている。いや知りませんよ。なかなかどうしておかしな人だ。
「……確かに、うちの家族も病気ほとんどしないなあ」
「りんごが赤くなると医者が青くなる、って言うもんね」
「そうなの?」
「え? 昔からの格言じゃない」
「そうなんだ。知らなかった……」
「禁断だったり、宝物だったり、弓で射られたり、落ちたり、コンピューター作ってたり、りんごって幅広いよね」
「最後のはちょっと違うと思うけど」
 おかしな人なのだ。
 そんな彼女と、先頃、見事結婚を果たした。りんごが取り持つ縁である。我々のハートは、先っぽが平に違いない。
 ウェディングケーキにはたくさんのりんごをデコレーションしてもらった。さすがに皮は剥かれているが、「みんなずっと元気に」という我々の願いが込められている。職人の腕の良さもあって、列席者には大層好評だった。
 ちなみにうちの実家は小さな地方病院を経営しているが、両親ともに真っ赤な顔で泣いて喜んでくれた。
 りんごだって、医者を赤くすることもあるのだ。

りんごの効能

りんごの効能

炬燵にみかん、の定番をりんごにしてみたらこんな幸せな世界に。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-10-07

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