Re:eject

この作品のお題は【フロッピーディスク】です。
アナログでもデジタルでも、文章で交わす思いには特別な何かがあると思います。

 高校の同窓会で、当時仲の良かった男の子と久しぶりに顔を合わせた。住んでいる地域が違うから、成人式でも会わずじまい。互いに大学も卒業し社会人なって二年目。男の子、ではなく、立派な男性だ。話を聞けばすでに結婚もしており、お相手のおなかには女の子がいるとのこと。
「えー、おめでとう。しばらく会わない内にもうお父さんかー。早いねえ」
「俺もこんなに早くパパになるとは思ってなかったから、不思議でさ」
 そういう彼は、はにかみながら、照れ隠しのようにウーロン茶を一飲みした。産まれるまでは──多分産まれてからもしばらくは──お酒は止めるらしい。奥さんに悪いから、という彼はもう、父親の顔をしていた。
「ミサキはどうなんよ? 良い人、いないの?」
「私? 私は、いないよ。もう仕事が忙しくてさ。後輩が入ってきたって言ったって、まだまだ新人だし。覚えることも次から次だし。出会いもないし」
 あはは、と笑って答える。彼も、そうかー、と笑って返す。
「いやだからすごいよ、結婚なんて」
「すごくないよ。ただ、彼女が大事だから、それならもうって、勢いで」
「それがすごいんだって」
「そうかなあ」
 狙って作った二人だけのタイミングが、三十人ほどの喧騒と、時折響くグラスの音に紛れていった。
 話しながら、私は懐かしくも苦しく締め付けられる心の内を見ないようにしていた。思い出は美化されるのが相場だが、私は思い出の中よりも、彼のことを想っていたようだった。気にしないフリをしながら、気合をいれて化粧してきたのが、バカみたいだ。もう六年も経っているのに、私だけがまだ、女の子だった。
 
 当時私たちは、それは私の勘違いではなく、互いに想いを寄せ合っていた。ただ私は、肝心のところで笑って誤魔化すタイプだったし、彼は控えめで奥手なタイプだったので、言葉にして気持ちを通じ合わせ、お付き合いをする、というところまでは至らなかった。
 それでも、もどかしい想いを繋ぎとめたままにしたくて、私たちは、交換日記をしていた。手書きではなかった。私たちが使っていたのは、フロッピーディスクだった。
 きっかけは、父親がまだそれを使っている、という話からだった。父は決して機械に疎い方ではないが、物持ちが良いのと、面倒くさがりなところもあって、昔の仕事のデータを移行せず、そのまま古いパソコンに保存していた。言っても大半はもう使い物にならないし、使う意味もないのだが、たまに掘り出したいときがあるようで、そのときに付属のフロッピーディスクを使う。内蔵されているドライブから、外付けのドライブを通して、最新のパソコンへ。
「アナログというか、ハイテクというか……」
「でしょ?」
「でも、うちにもあるよ、フロッピー。そのものも、ドライブも」
「え? マジで?」
「うん。使ってるわけじゃないけど、捨てられずに残ってる」
「うわー、仲間じゃん」
「仲間?」
 そんな話が何故だか盛り上がり、いつの間にか、「じゃあ使ってみようか」という話になっていた。どちらからそれを言い出したのかは覚えていない。それは、本当に。でも私たちは互いに、二人だけの秘密を作ることを良しとしたのだ。写真一つでも入れてしまえば一杯になる、そのたった三.五インチの四角の中に。
 高三の夏から始めた交換日記は、卒業まで続いた。直接話せば良いことを、わざわざ文章にして打ち込み、何度も読み返して、クラスの隅でこっそり手渡した。日記の中の私たちは少しだけ大胆で、その中だけで約束をし、休日に二人で遊園地に遊びに行ったりもした。待ち合わせの場所も時間も直接は話してないから、本当にその時間そこで会ったとき、おかしくてびっくりして、二人で笑いあった。とても楽しい日々だった。
 でも、だから、それで満足して、安心してしまったのかもしれない。二人だけの楽しさが決定的な一言にならないまま時間は過ぎ、受験が近づいて、さすがに、と遊ぶ回数は減っていった。一緒に勉強しようと誘われもしたけど、会ってしまうと身が入らないからと断った。
 私は、今が我慢のしどころだと考えていた。二人とも無事に大学に合格し、卒業してから、言おうと。そのために今は頑張ろうと。受ける大学が別であることは最初からわかっていた。彼にも私にも、やりたいことがあったから。だから、色々な区切りとして、タイミングはそこだと、信じていた。交換日記も、途切れた。
 冬の終わり。春の初め。
 私が先に志望校に合格し、卒業式が終わって、彼も無事に合格を果たした。離れ離れは決定的になったが、やっとお互いに「おめでとう」を言えるようになった。
 私はその日、いよいよ彼に想いを伝えるべく、新しい春色のコートも着て、「おめでとう」のその続きを言おうとしていた。だけど彼は「おめでとう」の後、私よりも先に「さようなら」と言い、三.五インチのプレゼントを差し出して、寂しそうに笑って、去っていった。あまりにも驚いて、足が動かなくて、私はしばらく立ち尽くすのみだった。
 途方に暮れて帰宅して、ざわざわした胸の内をなだめることもできず、ようやくフロッピーを開いたのは一週間を過ぎた頃だった。
 彼が私を好きでいてくれたこと。
 交換日記という秘密を共有できて嬉しかったこと。
 遊園地での私が最高に可愛かったこと。
 その他にもたくさん、遊びに行けて幸せだったこと。
 受験勉強を機に少しずつ距離が離れていったこと。
 避けられているのではと思い始めたこと。
 そんなことないとがむしゃらに勉強したこと。
 疲弊して辛くて泣いてしまったこと。
 その期間を苦しく思い、信じ切れず、自分で区切りをつけようと思ったこと。
 私のことを、好きだったということ。
『大好きでした。ありがとう。さようなら』
 そう、交換日記は閉じられていた。
 私は自分の馬鹿さ加減を呪い、行ってしまった彼を想って、立てなくなるほど泣いた。
 
 同窓会の終盤のざわめきの中、彼は変わらず、私は変われず、昔話に花を咲かせていた。もちろんフロッピーの話もした。若かったね、なんて笑いながら、思い出は潰えずきれいなものとして、今もまだそこにある。それぞれが、それぞれの形として。
 私は笑いすぎて出た涙を拭うこともせず、大切な四角い宝物をそっと胸から取り出し、透明なケースの中に、仕舞い入れた。

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アナログでもデジタルでも、文章で交わす思いには特別な何かがあると思います。

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更新日
登録日
2020-10-06

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