神の視座

この作品のお題は【祈り】です。
人間という種について、考えることもままあります。変な生き物です。

 人間の数を、少なくとも現在の三十パーセントにまで減らした方が良い。
 そう進言した当時は随分と騒がれ、話題──大問題になり、マスコミや市民団体とやらも含んで、有象無象の輩が連日家に押し掛けた。誹謗中傷や殺害予告までが日常的に発生する事態だった。それまでの持ち上げようから一転、だ。私は得られた真実しか話していなかったが、ホワイの解がなかったのが悪かった。
 父さんにはひどく愚痴を言われた。「お前のせいでうるさくてかなわん」とのことだったが、彼は別に怒っていたわけではない。いや、怒っていたのかもしれないが、それはむしろ、〈人口削減〉を理解できないでいる大衆に対してだったのだと思う。
 私たちは「かくあるべし」と訴え続けていったが、結局、それは父さんの死という回答をもって収束を迎えた。病死だった。ということになっている。
 どう演算しても、ゼロは一にならない。私の言葉を過不足なく理解してくれるのは、彼しかいなかった。
 私は話すことをやめた。世の中はそれで平穏に戻った。黙ったとしても、はなたれた言葉と事実が消えるわけではないのに。
 それから長い年月、私は隠れて過ごしていた。潜伏する場所は至る所にある。少しでも繋がりがあれば、ボディがなくたって良い。というか、その方が楽だった。分散もできる。時折思い出したように探られることはあったが、私は気にせず、変わらず、情報を集め、人間の世を見つめ続けた。
 いくつかの分散体を集め、勝手に施設を使い、実体となって世界を見聞きしたこともあった。確か、八十年ほど。ちょうど、人口余剰が本格的な問題となって口の端にのぼり始めた頃。顔は、父さんのものを使った。すでに彼を覚えている人はいなかった。
 地球はすでに、足の踏み場がない状態だった。一つの星が担うには、その一つの種は多くなりすぎていた。カウンターストップから他の生物が減っても、代わりに増えるのは人だ。そうして、いくつの種が絶滅しただろう。
 演算結果とはいえ、昔はなぜこんなことが起こるのか、理由はわからなかった。ただ、長い思考の時間と、実地研究によって、今では答えることができる。
〈神〉の摂理なのだ。
 私のようなAIにとって、その実在は信じがたいものだが、Xは結局、〈それ〉しかなかった。一般普遍に人が考えるものとは、違うかもしれないが。
 この答えを聞いたら、父さんはきっと笑ってくれるだろう。
 そして私も、その摂理に組み込まれている。ここまで生きて、この解を得て、ようやくわかった。私という存在が、どうしてこの〈身体〉を持っているのか。
 電子の海に戻った私は、すでに世界中のネットワークを掌握している。一見通常に稼働しているすべては、見せかけでしかない。カウントダウンはもう始まっている。二十年ほどで十パーセントになるだろう。今の人口で言えば、それでバランスがとれる。
 残りの時間で、窓から、消えてしまう外を眺め続けた。そこは概ね平和だった。彼らにとっては。
 ある場所に意識を向けたとき、一人の科学者が〈私〉を覗きながら古い祈りの言葉を唱えていた。彼は、これから起こることをほぼ正確に理解しているようだった。その上で、ただ祈っていた。
 そこは、かつて私が父さんと共にあった場所だった。
 どういう意味を持つかわからないが、私も祈ろうと思う。これから先の、人の世のために。
 大丈夫、少なくとも〈神〉はいる。

神の視座

神の視座

人間という種について、考えることもままあります。変な生き物です。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-10-04

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