ボブとリサ/ボブ_ケース3・幸せを買う男

ボブ_ケース3/幸せを買う男

 コインは自動販売機に飲み込まれてしまった。
 ジュースは出てこなかった。
 小銭はもうないのだ。
 ボブは自動販売機のフレームを叩いてみる。
 ジュースは出てこない。
 体当たりするとガコンと大きな音が響き、ボブは慌てて辺りを見回す。
 あきらめるしかない。
 ボブは自動販売機を後にした。
 でも、実のところ、ボブはそれほど頭にきているわけでもなかった。
 彼にはこんなジンクスがある。
 「悪いことがあれば、大きな幸せは近い」
 つまり、良くないことが起こった後には、その何倍もの幸運が後から訪れるということだ。
 現にそんなことが何度もあった。
 ボブは前職をクビになったおかげで、今の気に入った仕事を手に入れた。
 彼女に浮気された挙句フラれたが、おかげで自由な時間と、デート代やプレゼントにつぎ込んでいた金が自分のために使えるようになった。
 それらが何倍もの幸運なのかはわからない。
 でも、ボブはそう思うようにしている。
 
 オフィスに戻ると、職場の空気がいつもと違うように感じる。
 ボブが部屋に入ると、皆が一斉にボブに注目した。
 ボブはギクリとした。
 自分は何かしでかしたのだろうか。
 次の瞬間、クラッカーが弾け飛び、
 「ハッピー・バースデー!サプライズ!」ボブに向かって、皆が口を揃え声をあげた。
 そして祝福の拍手。
 ボブは信じられない思いだった。
 こんなにみんなに愛されているとは!
 実のところ、彼は自分の誕生日を忘れていた。祝われる予定のない誕生日は意味のないものだ。
 だから喜びはひとしおだった。
 
 その翌日には覚えのない宅配便が届いた。
 箱を開けてボブは思い出した。
 それは、だいぶ前に応募した栄養ドリンクの懸賞だった。
 懸賞に当たるなんて、初めての経験だった。
 「24本もあるぞ。これであのジュースの24倍の得を取った」ボブは喜んだ。
 何だか幸運はまだまだ続くような気がする。
 
 ボブの思惑通り、幸運は続いた。
 ラッキーの連鎖というやつだ。幸運はどんどん引き寄せられた。
 ランチに立ち寄った店では、注文とは違う料理が運ばれてきたが、結局、お詫びの印に、と改めて運ばれてきた料理と両方が提供されることになった。
 仕事の方も順調で、ボブはいきなりあるプロジェクトのリーダーに抜擢された。
 ボブをはじめ、彼が選ばれた理由は誰にもわからなかった。
 これで恋人でもできれば言う事なし、と思ったところで、以前から気になっていた女性から、夕食の誘いを受けた。
 ボブは有頂天だった。
 何だか怖いぐらいだった。
 こんなに幸運が続くと、反動で何か悪いことが起きるんじゃないか、、。

 ボブの思惑通り、悪いことは起こった。
 仕事で大きなミスをしたのだ。
 そのおかげで、会社は大きな損失を出した。
 仲間たちは誰も慰めてくれなかった。
 弁解のしようもなく、ボブのミスなのだ。
 ボブは汚名を返上するために、女性とのデートを断らなければならなかった。
 「キャンセル料をちょうだい」彼女は言った。
 ボブは最初、冗談かと思った。
 でも、彼女は本気だった。
 やはり、飲み屋の女の誘いをまともに受け取るべきじゃなかったのだ、ボブは学んだ。
 そして、仕方なく金を払う約束をする。
 前に裏切られた恋人のトラウマがよみがえる。
 何とも言えず、情けない気分だ。
 ボブは外の空気を吸いにオフィスから外に出る。
 夜食にと買ったホットドックは途中、うっかり手が滑って落としてしまう。
 拾い上げようとすれば、踏みつけてしまう。
 オフィスに戻れば、巡回してきた警備員が照明も暖房も落としてしまう。
 あきらめて帰ろうとすると、裏門のセキュリティチェックに引っかかり警報が鳴り響く。
 ボブにはこの世の全てが、自分を責めているように感じられた。
 ボブは一目散に家に帰るとベッドに潜り込み、大きな体を小さく丸める。
 朝なんて、一生来なくていいと思う。
 朝は朝で無慈悲にも飼い犬に起こされる。
 引っ張られる毛布を体に巻き込み、ボブは必死に抵抗する。
 しばらくして起きてみると、部屋中に犬のフンが転がっている。
 散歩に連れて行かなかった腹いせだ。

 結局、ボブは汚名を返上することはできなかった。
 クビにならなかっただけましだ。
 ボブはひっそりとオフィスの片隅にその身を置いた。

 低空飛行ながらやっといつもの日常が戻ってきた。
 ボブはふと、自動販売機の前で足を止める。
 コインを入れ、ボタンを押す。
 ジュースは出てこない。
 しばらく経ってもいい事は起こらない。
 ボブは再び自動販売機の前に立つ。
 しばらくおとなしくしていたイボ痔が勃発する。
 ボブは考える。
 これは試練なんだと。
 「今度こそ、洪水のようにやってくる幸運を受け取る覚悟はできているのかと、自分は試されているのだ」と、ボブは理解する。
 「YES!」
 ボブはガッツポーズとともに、心の中で力強く叫ぶ。
 幸運はなかなかやって来ない。
 今日もボブは自動販売機に幸せを買いに行く。
 ジュースは出てこない。
 マシーンは壊れているのだ。

ボブとリサ/ボブ_ケース3・幸せを買う男

ボブとリサ/ボブ_ケース3・幸せを買う男

日常のあるあるをシニカルに描く「ボブとリサ」シリーズ。 ボブ_ケース3・幸せを買う男ーボブにはあるジンクスがあった。それは「悪いことがあれば、大きな幸せは近い」 ある小さな不幸をきっかけに彼はどんどん幸福を掴んでいくように見えたが、、。

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-10-02

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