(2020年~連載中)本編TOKIの神秘録 最終部「望月と闇の物語4」(海神編)

ごぼうかえる

(2020年~連載中)本編TOKIの神秘録 最終部「望月と闇の物語4」(海神編)
  1. 闇の世界1
  2. 二話
  3. 三話
  4. 四話
  5. 五話
  6. 六話
  7. 七話
  8. 八話
  9. 九話
  10. 十話
  11. 黄泉へ 一話
  12. 二話

「TOKIの世界書」EX
海神編四部スタート!
そろそろ終わります!

闇の世界1

猫夜(びょうや)はいらついていた。憐夜(れんや)を追っていった使いの人形達が暗い顔で戻ってきたからだ。
「あんた達、なんで戻ってきたのよ……。憐夜はどうしたのよ!」
荒々しく人形を蹴散らした猫夜は光のない瞳で叫んだ。
「ご、ごめん……。あの……、もうあの男に従うのはやめた方がいいでごじゃる」
着物を着ているドール、リンネィが猫夜にやんわりと言った。
「うるさいわ」
猫夜は三人組の人形を睨み付けてから、隣にいる竜夜(りゅうや)を見据える。
「さっさと俊也(しゅんや)以外を捕まえましょう」
「……」
竜夜は影縫いの術がかかって動けないルル、明夜(めいや)に攻撃を加えようとしていた。
「う、動けないっ!」
ルルは明夜に叫ぶ。
明夜も影縫いにかかり、動けなかったが、ルルを守ろうとしていた。ちなみに、猫夜に先程、奇襲をくらった俊也は地面に転がっている。俊也が倒れたことにより、憐夜に影縫いがかからず、憐夜のみ、この世界から離脱していた。
「いてて……」
俊也は頭を押さえながら起き上がった。
「俊也! 影に刺さってるクナイを外してくれ! はやく!」
俊也は起き上がって早々に明夜にそう命令された。
混乱している頭で、俊也はとりあえず、二人の影に刺さっていたクナイを蹴る。明夜とルルの体が自由になった。
「忍に背を向けるな!」
とっさに逃げようとしたルルに明夜が叫ぶ。ルルは肩を震わせ竜夜を視界に入れたまま立ち止まった。
「忍に背を向けるな……。殺されるぞ」
明夜は折れた刀を構え、ルルにもう一度、静かに言った。
「……サヨ」
「?」
竜夜はなぜかサヨの名を小さくつぶやいていた。明夜とルルの眉が動き、俊也は動揺していた。
「お、おい! 今……サヨって言った?」
「何やってんのよ! 竜夜! さっさと捕まえて!」
猫夜が叫ぶが竜夜は動かずにつぶやきはじめた。
「サヨは……未来に産まれるはずだった魂……。だが『メグ』が我々のお父様を倒すために魂の調整をし、早めに産まれる設定にし、失敗した……。だから彼女はあの段階で、不完全だったため、水子になる予定だったのだ。我々の魂だけでは生まれ変わることができなかったのだ。それが真実だ……望月(もちづき)静夜(せいや)。ワダツミを恨むか? 望月静夜」
「……なんだ……? 突然」
明夜には竜夜の言葉の意味がわからなかった。
「……見つかってしまいましたか……。サヨについてはわかりましたね」
ふと、木々の上から声が降ってきた。
「……?」
猫夜が肩を震わせると、木の上から女がすばやく飛び下りてきた。
「あんた、誰よ……」
猫夜が噛みつく勢いで女を威嚇する。
「はい。私は望月静夜です。水子になるはずのサヨを助けた女です」
「……ふーん」
静夜の言葉を聞きつつ、猫夜は冷たい目で見下ろした。
「竜夜からデータを引き抜き、読ませていただきました。サヨの秘密。サヨがなぜ、『お祖父様』と敵対するのか、知りたかったものですから」
猫夜は静夜の一言に眉を寄せた。
「……おじいさま? ふーん、あんた、まさか……。凍夜様のことは皆、望月の、すべての父という意味で『お父様』と呼ぶけれど、あんたはおじいさま……、『ご先祖様』でもない。あんた、望月家を離れたやつだね」
「鋭いですね。その通り」
静夜は優しく微笑みながら答えた。
「ここに何の用なわけ?」
「……お祖父様(おじいさま)のお城、また大きくなってますね。今は天守閣のよう」
静夜は猫夜の問いには答えず、瓦屋根の小さい家だったはずのお城を指差してつぶやく。
「……聞いてるの?」
「私が何をしにきたか? 竜夜を『元に戻しにきた』のですよ」
再び尋ねた猫夜に静夜は、今度はしっかり答えた。
「……?」
「弐の世界、管理者権限システムにアクセス『分解』」
「!?」
静夜の発言に猫夜は目を見開いた。
「竜夜、あなたはサヨに帰りなさい。サヨの一部になり、幸せを感じて……」
ルル達が戸惑う中、竜夜はどこか安心した顔で静かに目を閉じた。
「……ああ。あの娘の中はあたたかいんだ。殺伐としていたあの時とは全く違った。華夜……雷夜……今いく」
竜夜はそうつぶやくと、光の粒になり世界から消えた。
「なっ! あんたっ!」
猫夜は困惑した顔を静夜に向けていた。
「……私は魂の管理をしている『霊』です。普段は何もしませんが、私の子孫の『K』達が助けを呼んでいましたので騒動の中に入りました」
「魂を管理する霊? そんなの聞いたことないわ!」
猫夜は疑惑の目を静夜に向けた。
「……あなたはそろそろ『K』を解除されるでしょう。そして、『K』ではない私から罰を受けます。『K』はこういった汚れ仕事はしませんから」
静夜は猫夜を睨み付けるとルル達を見た。
「怪我はありませんか? 『K』から聞きました。逢夜様の奥様、そして千夜様のご子息様、そして……現在の当主様」
静夜はルルと明夜、そして俊也に丁寧に尋ねてきた。
「……え、ええ」
「残念ながら、私は身体能力も霊的力も高くないので、お祖父様には勝てません。ただ、竜夜を解放しにきただけでした」
静夜は丁寧に頭を下げた。
「ちょっと! 私を無視するんじゃないわよ」
猫夜は再び静夜に噛みついた。
「……猫夜、あなたはもう戻れないところまで来てしまった。……あなたは魂の解析ができる『K』だったようですが、サヨの解析を完璧にできなかったでしょう?」
「……っ!」
静夜の言葉に猫夜は奥歯を噛みしめた。
トケイになりすまし、サヨを『K』の世界へ送り届けた時、猫夜はサヨの魂を解析していた。
しかし、猫夜は完璧には解析ができなかった。

……ずっと不思議だったんだけど……。
……あの子の未来が「赤ちゃん」なのはどういうことなんだろう?

あの時の猫夜はここまでしか解析できなかった。静夜はサヨ本人すらいない中、あっという間に解析してしまった。
……しかし……。
猫夜は思う。
……メグがお父様を倒すためにサヨの魂を早く成長させた……だって?
猫夜は眉を寄せた。
「魂をいじるのは禁忌だったはずでしょ? 失敗したならなお、罪だわね」
猫夜は余裕を取り戻し、高らかに笑った。
「そうです。メグは最初、あなたに騙された。お祖父様をよみがえらせてしまった後、メグは弐の世界にて未来を予知し、動揺し、サヨの魂を早送りするという禁忌に手を染めたのです。メグは……黄泉(よみ)海原(うなばら)を守るツクヨミ様に泣きながら謝罪をしております。そして罰を受けました。十七年の苦痛と封印です。彼女は隠しているようですが、罪を解かれたばかり。本調子ではないはず。罰を受けて解放されてから、しばらく立ち上がることすらできなかったのですから」
「……そう。無駄に知ってるのね」
猫夜の挑発にも似た言い方に、静夜は怒ることもなく、淡々と続けた。
「私は魂の記憶を覗いただけであり、実際に見たわけではありません。『K』でも神でもないですからね」
その淡々とした言い回しに猫夜はどことなくいらついていた。
「あ、そう。まあ、あんたもお父様に壊されることになるだろうから、楽しみだわ。どんな声で泣くのかしら」
「残念ですね。私には大切な『お父様』がいます。お父様がお祖父様の暴行を許すはずがないですので、あなたは私が泣くところを見られないでしょう」
そっけない静夜の発言に猫夜の怒りの感情が膨れ上がる。
「……お前はどんな手を使ってでもお父様に差し出してやる……」
「……あなたには負ける気がしませんね。明夜様、俊也様、ルル様、猫夜から逃げてください。そしてお祖父様に見つからないよう、細心の注意を」
「……逃げると言ってもなあ……。壱(いち)の世界の魂が二つもいてだね……」
代表で明夜が困惑した声を上げた。
「でしたら、この猫を一緒に捕まえましょう……」
「……なめんじゃないわ……」
静夜を睨み付けた猫夜は状況を見ていた三体の人形を乱暴に扱いはじめた。

二話

黒い砂漠の世界。
凍夜に襲われ、砂にのまれたメグは苦しそうに呻いていた。
気を失っていた一瞬の隙に、神力が色濃く残る髪の毛を奪われた。
……私の力が……。
メグは力の入らない体を無理やり動かし、砂の山を這う。
……ツクヨミ様……。
メグは怒りに満ちた顔のツクヨミ神を思い出した。
……見ていてください。
……私はあの男には負けない。
メグが砂の山を這いながら進んでいると、無惨な姿のトケイを見つけた。完璧に気を失っている。
「……彼が元に戻らないと、こちらの未来がなくなる」
メグはもう動けない。
このままではトケイを救えない。
未来を戻すにはひとつしかない。
深呼吸をしたメグは覚悟を決めた。
それは、自己犠牲。
自分の力を彼に渡すのだ。
「トケイ……」
メグは手を伸ばす。
……トケイ、元に戻って。
私の……「K」の力をわける。

※※

更夜達は凍夜の世界へ向かっていた。
「……俺は一度、あの世界で死んでいる。同じ場所ならば俺は入れない」
更夜はネガフィルムが絡む宇宙を進みながら、そうつぶやいた。
更夜は以前、術に深くかかり、鈴を殴ろうとした。逢夜が止め、その場しのぎで更夜を殺したのだった。
「……ああ。私と狼夜でルル達の安否を確認する。だから、更夜と憐夜は凍夜が来ないかどうかを見ていてくれ。凍夜はまだ、あの世界にいるはずだ。Kの世界にな。まだ、凍夜にぶつかるには早い。時間を戻されるだけだ」
「……ですね。俺の刀だったちー坊は大丈夫なのか……」
狼夜はため息混じりに頷いた。
「……そろそろ着きます!」
憐夜が小さくハッキリと言ったので、一同は顔を引きしめた。
凍夜の世界はあちらこちらの世界を巻き込んで大きくなっていた。
世界が混ざり合い、更夜が支配されていた時の世界とは微妙に違うようだ。
「わずかだが違うな……。違う世界を取り込んだのか? 禍々しさも増えている……」
更夜は慎重に世界を分析していく。気配をうかがっていた時、更夜の眉が動いた。
「……静夜がいる。そして、聞き込みをしに行ったレジャー施設内で感じた気配がします」
「……とにかく行くか。更夜と憐夜は待っていろ。狼夜、行くぞ」
「はい」
千夜は覚悟を決め、狼夜と世界へ落ちていった。
二人はしばらく暗闇を進む。しばらく落下すると、世界が開けた。
夜の森が広がり、月明かりが照らしている。
「ここが、やつの世界か」
「……はい」
千夜が地面に足をつけた時、 狼夜が軽く震えているのが見えた。
「……狼夜、無理するな。戻るか?」
「いえ」
狼夜は短く言うと息を吐き、歩き始めた。千夜はとりあえず後に続く。
「気配を感じる。全く隠れていない気配だ」
千夜と狼夜は木に飛びうつると、木から木へ飛びはね、気配のする方へと高速で進んだ。
しばらく進むと声が聞こえた。静かな森の中で、声はよく通る。
「……お姉様が」
狼夜が息を飲む先で猫夜が荒々しい気配を見せていた。
しばらく上から観察する。
いるのは猫夜とルル、あと、男が二人と女が一人。
「……はっ」
千夜は銀髪の青年に目を向け、忍らしからぬ感情を表に出してしまった。一筋の涙がつたう。
それは後ろ姿だったが、千夜には誰だかわかった。
「……明……夜」
「お姉様、気配が漏れております。抑えてください」
「……すまぬ」
ふと明夜が何かを感じ、千夜達がいる木の上を振り返った。
「どこみてるの?」
猫夜は隙を見つけたと不気味に笑うと、三体の人形を明夜に向けて飛ばした。
気がついていない明夜にルルと俊也が同時に叫ぶ。
「危ない!」
その声に気がついた明夜は避けようとしたが、三人組の人形のが速かった。
それを見た千夜は咄嗟に飛び出し、怪力な人形三体の攻撃を小刀でなぎ払った。
完全には受け止めきれずに、千夜は体をあちらこちら切り刻まれ、膝をついた。
怪力な人形達はつま楊枝で攻撃をしてくる。つま楊枝がまるで刀のように、鋭いかまいたちを生み出していた。
狼夜も飛び出し、人形の二撃目の隙を付き、腹に打撃を入れた。
一瞬怯んだものの、人形達はまた、襲ってきた。
「……っ!」
突然現れた千夜と狼夜に、明夜達は驚いた。猫夜までもが一瞬だけ止まった。
襲いかかるはずの人形達は猫夜の集中が途切れたことで、糸が切れたように動かなくなった。
「……なるほど、ほぼ無理やり動かしていたと。猫夜、あなた『K』の力、もうほとんどないのでしょう?」
静夜が落ち着いた雰囲気で、ただの人形になりかけている三人組の人形を見た。
「……うるさい!」
「……かわいそうなお人形。私が『K』ならば……」
「あんたにっ! あんたに私の気持ちがわかるわけないのよ! 静夜、あんたはなんにも痛い目にあっていないのね。うらやましいこと」
猫夜の感情が再び揺れる。目の前の静夜を憎んでいた。平和に生きた人々を憎む考え方は、もうすでに「K」ではない考えだった。
「痛い目にあっていないわけではないです。お祖父様は恐怖でしかありませんから。私の粗相でお母様が目の前で殺されました。お母様はお祖父様の下人でしたからね。文字通りです。お母様は望月家ですらないです。お父様が……奴隷として痛めつけられるお母様を見て、関係を持った。望月家にしてしまえば、非道なことはなくなると。俺の妻にすると。だけれど、私が産まれてもお祖父様は私達を望月家にしなかった。母は私の粗相で殺され、私はそこからお祖父様に『飼われた』んです。そしてたくさん『しつけられ』ました」
「……あんた、望月ですらなかったのね。笑えるわ。あの更夜様がご乱心かしら? 正式に認められるわけないじゃないの。そんなの血族ではないわ」
猫夜は鼻で笑う。
一同は黙って二人の会話を聞いていた。誰も口を挟まなかった。
挟めなかった。
「お父様は……母が殺された日、私に隠れて泣いておられました。あの冷酷な父が、表情を出さない父が……。私の気配にすら気づかず。お父様がお母様に乱暴をしたから私が産まれたと勘違いしていた私は、戸惑いました」
「……やさしいのねぇ。更夜お兄様は」
「……お父様はお祖父様に『下人』としてしつけられている私を見て、武家の木暮家を騙し、望月の娘として私を嫁に出しました。八つでした。私には、助けてくれる人がいました。でも、猫夜は……」
「うるさいっ!」
静夜がそこまで言った刹那、猫夜が声を荒げながら叫んだ。
「……今、あなたを助けてくれる方が近くにいるのではありませんか? あなたは私のお父様のことを思い出しているようですが」
静夜が手を伸ばしたが、猫夜は静夜の手を凪ぎ払った。
乾いた音が響く。
……踏ん切りがつかぬなら待つ……。
……もう一度、幼いときからやり直せ……。
……俺達が大切に……
猫夜の頭に更夜の声が響く。
猫夜はひどい顔をしていた。
憎しみと後悔と憂いと絶望が混ざった表情。
「もうやめて!」
自然と涙がこぼれた。悔しいのか悲しいのか、苦しいのか諦めか、なんの涙かもうわからない。猫夜の心はもうすでに死んでいた。
「お姉様っ!」
狼夜が見かねて猫夜に駆け寄った。
「……狼夜ァ……」
猫夜は狼夜をそのひどい顔で見上げた。自分よりも小さかった少年はいつしか自分を追いこしていた。
「お姉様、俺はお姉様に守られていました」
「守れてない! あなたは四歳で死んでしまった! 私なんかが守れるわけないの。私はもう、歪んでいるのだから」
猫夜は吐き捨てるように言うと、世界から逃げようとした。
しかし
「っ!? 動けない!」
「当たり前だ。影ぬいだからな」
気がついた時には遅く、猫夜の後ろには千夜が立っていた。
「お前は今後の活動で邪魔だ。縛り上げる」
「……っ! 畜生!」
猫夜は叫ぶが状態は変わらない。
「叫ばれてはかなわん」
千夜は冷たい雰囲気で懐から手拭いを出すと、猫夜の口に噛ませた。さらに自身の羽織を引き裂き、その布で手足を縛った。
「ち、ちょっと……ひ、酷くないですか?」
状況がまるでわからない俊也は戸惑い、小さい声で千夜に言った。
「……俊也か」
「え? なんで僕の名前……」
「気にするな。猫夜は他人になりすませる。縛っておけば、わからなくならない」
先を続けようとする俊也を千夜は手で止めた。
「大丈夫だ。落ち着け」
「……」
俊也は口を閉ざした。千夜の声が優しかったからだ。
「千夜、そういえば、どうしてここに……? 逢夜は?」
次に声を上げたのはルルだった。
「逢夜は問題ない。ルルが無事で良かった……。後で逢夜に泣きつけ。あの男は甘い。怖かったとしっかり伝えれば、今後ルルから離れることはないだろう」
「そんな、みっともないこと……」
「あの男は、女を……妻を守りたいと考えている男だ。それが力になる。あいつは守ることでルルに許してもらおうとする。もう見えている」
千夜の言葉にルルは頷いた。
「確かに……そうなりそう」
ルルは軽く笑った。
「……」
一時だけ柔らかくなった雰囲気を感じながら、一人黙っていた明夜は千夜の小柄な背中をじっと見つめていた。
「お母様……」

三話

千夜は明夜の視線に気がつき、優しい顔を向けた。
「明夜……」
「……お母様」
「大きくなったな……」
千夜は涙ぐみながら、明夜に一言だけ言った。
「魂だけになった今でなければ、俺はお母様を一生わからなかったでしょう。今ならば深くわかりますよ」
明夜は照れた笑みを向けた後、俊也を手招いた。
「俊也! あんたの先祖だよ。望月の母だ」
「あ、先祖様!? あ、あの……。どこかで会いましたっけ? ま、まあ会ってるわけないですね……はは

俊也は苦笑いで千夜を見ていた。
「……まあ、よい。今はそれどころではないのだ」
千夜は簡単に今の状況を説明した。
「そ、それは確かになんとかしないとまずいですね」
明夜は額の汗を拭い、俊也を見る。俊也はサヨの状態を心配してか顔色が悪い。
「サヨは……大丈夫なの?」
ルルが代わりに聞くが、千夜は曇った顔のままだった。
「実はわからん。妹から聞いた話で実際には見ておらん。まあ、とりあえず、厄除けのルルを逢夜の世界へ連れていきたいのだが、どうするべきか」
この世界から出ることができるのは、弐の世界で生きる神、肉体から解放された霊魂、そして「K」だ。ルル、俊也は残念ながら凍夜の世界から離脱できない。
「……移動できるのは明夜と……」
そこで千夜は閃いた。
「猫夜を使う。猫夜は『K』であり、『K』ならば壱の魂も運べる。弐に入り込んだ迷える魂を壱に帰す役目がある『K』なのだから、できるだろう」
千夜は手足を縛られ転がされている猫夜の前にしゃがんだ。
「猫夜、頼みがある」
口にはめた手拭いの結びをゆるめて、会話ができるようにしたが、
「いや」
即答だった。
「……なんとかならんか?」
「いや」
猫夜は千夜を睨み付け、噛みつく勢いだった。
「彼女にはできないのですよ。千夜様」
黙って様子を見ていた静夜が猫夜をちらりと見つつ、そう言った。
「静夜、どういうことだ」
「ええ。彼女は『K』ではなくなりつつあります。……逆に、私ならばお連れできますが」
静夜の言葉に目を見開いたのは猫夜だった。
「どういうこと!? あんた、ただの霊じゃないの! 望月ですらないくせに!」
「私はこれからあなたの代わりに『K』になる予定ですから。あなたの姉様である憐夜様も『Kの使い』から『K』にそのうちなるでしょう。あなたには『平和を愛する心』がないのですよ。それはもう、『K』ではないのです」
「……」
猫夜は怒りを押し殺した顔で静夜を睨んだが、反論をしなかった。
「お父様……早く来てください。こいつを……早く殺し……」
猫夜の憎しみの感情が爆発しかけたその時、猫夜の体から黒い人影のようなものが多数揺れながら現れた。
「厄だ……」
「皆、さがって! 私がやるよ」
ルルが素早く前に出ると、ゆらゆらと揺れている黒い厄を分解し始めた。ルルが手を前にかざすと電子数字が飛び出し、厄の周りを回る。電子数字は何かの時を刻み、ゼロになった刹那、弾けて消えた。
「……これがルルの力か」
「うん!」
千夜が驚いてつぶやくと、ルルは力強く親指をたてた。
ルルの力はこれから、かなり重要になってきそうだ。
「こいつらを俺は、ちー坊で軽く斬っていたんだよ。ちー坊は今は凍夜の刀だ……」
狼夜は肩を落とした。
「狼夜が扱える剣神がいれば、厄も斬り捨てられた。だが、今はいない。助け出せば良いのだ。頑張ろう」
千夜の励ましに狼夜は軽く頷いた。
「では、静夜、よろしく頼む」
「わかりました。千夜様」
静夜は頭を下げると壱の世界の魂達をふわりと浮かせる。
「な! 浮いてる!」
戸惑っていたのは俊也だけだった。俊也はサヨよりも、こちらのことすべてがわからない。
「俊也、大丈夫だ。落ち着け」
千夜に優しくささやかれ、俊也は顔を赤くしてうつむいた。
明夜、狼夜は猫夜を連れ、先に世界から消えていた。弐の世界の魂はこちらのデータなため、世界からも簡単に離脱できる。
千夜も俊也が落ち着いたのを確認すると、もやのように消えていった。
静夜は俊也、ルルを連れ、満月が輝く夜空へと舞う。
俊也とルルもようやく世界から去ることができた。

四話

 世界から静夜達が出た頃には千夜、明夜、狼夜は猫夜を連れて待っていた。ネガフィルムが絡む宇宙空間に浮き、こちらを見ている。
 「遅くなりました」
 静夜があやまると千夜は軽く微笑み、そっと横にずれた。千夜が横に移動すると、そこには更夜が戸惑いながら立っていた。
 「更夜様がまさかおられるとは。前に立ってしまいましたことをお許しください」
 静夜は顔を緊張させると深く頭を下げた。静夜は未だに下女を演じていた。実の父親でも更夜は望月。反対に静夜は隷属だ。
 この縛りはなかなか抜けられない。ただ、静夜は更夜がいなければ、更夜のことを「お父様」と呼んでいる。
 「静夜……なぜここにいる。凍夜の世界だぞ。おそらくあなたは狙われてる。わかっているだろう。危険なことはするなと言ったはずだが」
 更夜は静夜を心配しつつ、叱りつけた。
 「……申し訳ございません。もう二度といたしません……。お許しください」
 静夜は膝を折り、しっかりと正座をするとそのまま深く頭を下げた。
 「そのようなことをさせたかったわけではない……。気を付けろと言っただけだ……」
 更夜がため息混じりに言った時、呑気な声がした。
 「あのー……」
 困惑しつつこちらを見ていたのは俊也だ。俊也は何度も言うが何にもわかっていない。
 「その子……さっき……」
 俊也は更夜が抱いている鈴に目がいっていた。
 「あなたは俊也か……。ああ、この子は気を失っているだけだ」
 珍しく動揺している更夜を見つつ、千夜が口を開く。
 「その辺の事情は後回しだ。静夜は壱の世界の魂を運べる。故、ルルと俊也を運んでもらうことにした。更夜、猫夜は見えておるか? 捕まえた」
 「あ……申し訳ありません。見えておりませんでした。捕まえたのですか。一応安心ですね」
 更夜は気持ちを落ち着かせ、猫夜をいつもの表情で見据えた。
 「……生意気な静夜、進む間でお父様に捕まってしまえ。私はそれを見て笑ってやるわ……」
 冷笑を浮かべた猫夜に千夜は再び手拭いを口に噛ませる。
 「……猫夜、魂をきれいにする気にはなったか?」
 更夜は再び出会った猫夜にそう尋ねた。猫夜は首を横に振り、更夜を睨み付けた。いらついているのは静夜のせいか。
 「そうか」
 更夜は感情を入れずにつぶやくとルルと明夜に目を向けた。
 「ルル……無事でよかった。怖かっただろう。辛かっただろう。助けられず……すまない」
 「……あ、うん。更夜さんのが心配だけど……」
 ルルは表情の出やすくなった更夜を珍しそうに眺めながら、慌てて言葉を発した。
 「俺はもう平気だ。すまなかった。……それから……明夜様、お初にお目にかかります」
 更夜は明夜には丁寧に頭を下げた。
 「あ、あのー……いま、『お父様』の感覚的に俺……いや、私が頭ではないようで……その、俊也……えー、俊也様が……」
 明夜は慣れない言葉を話しながら上なのか下なのかわからない更夜を見た。
 「ああ、今は『俊也様』が望月の柱なのか。失礼いたしました。俊也様」
 「様!? 様は、い、いりません!」
 俊也は慌てて間に入った。俊也の感覚では先祖に「さま」付けをされることが意味不明だ。
 「……もうよい。更夜、皆困惑する」
 千夜に言われ、更夜は口を閉じた。
 「さて、今後を話すが、ルルは静夜と共に逢夜の元へ行ってくれ。その際に、静夜がいないと動けない俊也も連れていけ」
 「あ、はい」
 「わかりました」
 ルルと静夜は素直に慌てて返事をした。
 「ぼ、僕はついていけばいいんですかね?」
 俊也は怯えつつ千夜に尋ね、千夜はゆっくり頷いた。
 「そして、私と狼夜は凍夜の持つ刀を奪いに行く。大丈夫だ、心配するな更夜、完璧に奪える瞬間に動く故」
 心配そうな更夜を落ち着かせた千夜はさらに言葉を発する。
 「更夜は憐夜と鈴を連れ、どこかに拠点を作っておいてくれ。凍夜にバレにくいところがいい」
 「……わかりました」
 更夜の返答を聞いてから、千夜は最後に声を出す。
 「皆、負けるな! 行け!」
 千夜の合図で仲間は散り散りに目的のために去っていった。
 「……お姉様」
 「……ああ、行こう。狼夜」
 千夜と狼夜は頷き合い、どこかへと消えていった。
 
※※

 千夜の元から、いち早くいなくなった更夜と憐夜は鈴を抱えつつ、潜めそうな世界を探す。
 「……なんだか近くにやたらと眩しい世界があるな」
 「あ、本当ですね。入り込めるでしょうか? 光があれば厄はなかなか入れないはず」
 ネガフィルムが巻き付く世界のひとつに、心(しん)の強そうな世界を見つけた。人間の魂の世界ではなさそうだ。神のだろうか?
 「……太陽神のだな」
 「太陽神! 入り込めますかね?」
 近くに寄った更夜と憐夜は鈴を抱え直すと、入れるか試してみた。どうやらかなり開放的な世界の持ち主らしく、更夜と憐夜を追い出すことなく受け入れてくれた。
 「入れる」
 更夜と憐夜は太陽神の心の世界へと入り込んでいった。
 太陽のあたたかさに抱かれながら二人は進む。世界はやや深いようで橙色の空間のまま、しばらく落ちていた。
 「……こんなときに聞くのはあれなんですけど……」
 憐夜はオレンジの空間を落ちながら隣にいる更夜に尋ねた。
 「なんだ?」
 「あの……静夜さんのお母様って、何があって……あ、いえ、ごめんなさい。本当にごめんなさい」
 静夜は更夜の表情が酷く悲しげだったのを見て、必死にあやまった。
 「いや、いい。静夜がな、俺を凍夜の前で『お父様』と呼んだ。それだけだった。正当な望月を下女がそう呼んだ。自分がまるで望月になったかのような言い方が気に入らない、そして凍夜がすべての父だ。望月は子孫すべて彼が生きている間は『お父様』と呼んだ。そんな中、静夜は俺を『お父様』と言った。仕方がない。彼女はまだわずか……。俺は強制しなかったからな」
 更夜はやや声を詰まらせたが、息を吐いて自分を落ち着かせた。
 「それだけ……だったのですか……」
 「ああ、それだけだった。それだけで、子供を守ろうとした妻が責任をとると言い、凍夜に殴られ、蹴られ、打たれ、焼かれ、刀の試し斬りにされ死んだ。俺と静夜はそれを目の前で見させられたのだ」
 更夜は淡々と語るが、憐夜は涙が溢れた。
 「泣かせるつもりはなかった。すまぬ。これは鈴を殺したすぐ後のことだった。ああ、ある城の城主を殺す暗殺任務中に鈴とぶつかったんだ。鈴は俺を殺すことを目的に動いていたようで、俺も死ぬわけにはいかなくてな、仕方なく殺したんだ。殺し方が良くなかった。鈴が男を怖がるのは俺のせいなんだ」
 この件は「TOKIの世界書三部」に記載しているため、ここで説明はしない。
 「その後、俺は妻を凍夜に殺され、静夜を守るために、武田の配下の木暮を騙し、嫁に出した。そして、城主殺しの罪で俺を追っていた、壱の世界の時神過去神(かこしん)栄次(えいじ)とぶつかり、負けた」
 「そうでしたか……」
 「ああ、だからな、俺は静夜を幸せにできていないのだ。もちろん、妹の憐夜も。そして、妻も。もうひとりの娘の鈴も。だから、今、幸せにしたいのだ。見ろ」
 更夜の言葉に従い、憐夜は更夜から目線を外した。
 すると、目の前に大きな太陽が現れ、広い大地が現れた。
 「わあ! きれい」
 「……ここは、アマテラス大神の心の世界だったのか」
 更夜が静かにつぶやいたので、憐夜は偉い神様の世界だということに気がついた。
 二人はゆっくりと降り、広い草原に足をつけた。
 足を地に着けた刹那、二人の目の前に紫の髪をした美しい女性が現れた。幾何学的模様が入った独特の着物を纏っている。
 「いらっしゃいませ。お話は聞いております。オオマガツミが弐の世界に出現したとか。わたくしはアマテラス。あなた達が近くを通りましたので呼ばせていただきました」
 アマテラスは微笑み、頭を軽く下げた。
 「そうでしたか……。お顔を上げてください。中にいれてくださり、ありがとうございます」
 更夜もとりあえず丁寧に対応する。
 「ここには、あなたの妻も生活しておりますよ。会われますか? ああ、そうでした。現在、私の力をわけた大切な女神があなた達を助けようとしています。なので、あなた達はしばらくお休みください」
 「助けてくださるのですか。今までは私達でなんとかするつもりでしたが、そうも言ってられなくなりましたので、とても助かります」
 更夜は気を乱すことなく、冷静に頭を下げた。
 「お兄様……おくさまが……」
 憐夜は更夜が妻の単語にも顔色を変えないので、心配になってつぶやいた。
 「精神的にお強いのですね。オオマガツミを倒すため、ツクヨミにも声をかけなければならないので、しばらく『おはる』に付き添ってやってくださいませんか?」
 「……」
 アマテラスが妻の名前を出した刹那、更夜の目から涙が溢れた。
 「お兄様……」
 憐夜が更夜の腰辺りをそっと撫でる。
 「いまは……いまはここにいたのか。はる……」
 「こちらの現代神はわたくしが預かりましょう。厄のみならば、ここでなくすことができるかもしれません。彼女はだいぶん、障っているようですので」
 アマテラスは更夜の背から鈴をおろし、そっと抱き、微笑んだ。そして、後ろにいつの間にか出現した宮へと入っていった。
 宮は赤と金の高貴な装飾がされていて、下品な雰囲気はなく、美しい。
 「美しい宮だ……。以前、壱にいた時、憐夜は太陽の中を歩いてみたかったと言っていたな……。願いは叶うものだな……」
 「そうですね。壱の世界では遠かった太陽がこんなに近くに……」
 更夜は憐夜の肩を優しく押すと宮の中へ入っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 

五話

 凍夜が現れてからずっと、「K」である「あや」が結界を張って攻撃に耐えていた。後ろにはアヤと怪我をしているミノさんがいる。
 凍夜は闇に落ちた刀神ちぃを的確に振るい、結界のほころびを見つけようとしていた。長くはもたなそうだった。
 「あや……」
 アヤはもうひとりのあやを心配そうに見つめる。アヤにはもうできることはなかった。
 太陽神のトップであるサキを必死で呼んだ。
 「お願い……サキ……助けて」
 アヤが何度目か呟くと、光が突き抜けた。
 「……!? な、なに?」
 あまりの眩しさに目を瞑った。   目を瞑った先で何かと斬り合う音が響いてきた。
 アヤは光が止んでから目をうっすらと開けた。
 「助けにきたよ! アヤ!」
 聞き覚えのある友神(ゆうじん)の声がする。アヤは目に涙を浮かべて彼女を見た。
 「サキ……来てくれたのね」
 「当たり前じゃないかい。友達だろ?」
 サキという黒髪の少女はアマテラスと同じような羽衣と着物を着て、頭に太陽の王冠をつけていた。
 彼女が現太陽神のトップだ。
 「凍夜は?」
 アヤは素早く感情をもとに戻すと、鋭く言った。黒い砂嵐で視界はあまりよくない。
 「あそこ。……強い……マガツミの力が強すぎるよ」
 サキは、一定距離をあけて佇(たたず)む凍夜を睨み付けた。
 「アヤ!」
 ふと、もうひとり、アヤを呼ぶ声がした。アヤが振り返ると、ドーム状の結界内にもうひとりの友神がミノさんを抱き起こしていた。金髪に金色の瞳、赤いベレー帽、ボーダーのシャツを着た少女。
 それを見た時、アヤの顔は少し緩んだ。
 「ライ……」
 芸術神ライ。彼女もアヤの古くからの友神だ。想像物が多い弐の世界で自由に創作ができる数少ない神である。
 「いったん、逃げようよ!」
 ライはミノさんの怪我の具合を見て泣きそうになっていた。
 「……逃げたいけれど、どうしたらいいのかわからないのよ」
 「弐の世界のものを自由に動かせる私なら、あの男を怯ませられるかも。でも、どうやって逃げる? 私達はこの本で……」
 ライは「弐の世界の時神について」と書かれた本を取り出す。
 「あ、それ……私が……」
 「そう。アヤが書いた本。天記神(あめのしるしのかみ)に頼んで貸してもらったの。これを使うと、私がいれば関連した世界に来れるみたいで……。これはアヤが書いたからアヤの元へ行けたの。後は、更夜様の記述のとこで、あの男と繋がったみたい。だから、入れたけど、この世界から出られないの」
 ライが早口で説明を入れていると、あやが咳払いをした。
 「わたし、『K』なんだけど」
 あやの言葉にアヤの目に光が入った。
 「あや、皆を連れて逃げるわよ。凍夜がいたら世界の修復なんてできないでしょう? ライ、あなたはこちらの世界の物を動かせる。この世界にあるものを使って、少しでも凍夜を邪魔できるかしら?」
 「できる!」
 ライは深く頷くとライの霊的武器「筆」を取り出した。
 彼女は絵括神(えくくりのかみ)。人間の脳内から絵方面のひらめきを引き出す神だ。
 「この世界を迷宮に、そして私達を幻影に!」
 ライは息を吐くと筆を動かし始めた。驚くことにライは空間に絵を描いている。絵はやがてこの世界全体を覆う迷路を作り、アヤ達が何人も描かれた。
 「すごい……」
 確かに世界を迷路にして、アヤ達を絵として産み出した。
 ただ、絵であるので、描かれたアヤ達は動かない。凍夜が気がつく前に去る必要があった。サキはライを見て頷くと、体から太陽神特有の炎を撒き散らし、凍夜の視界を奪う。
 ライとサキはあやに指で空を指した。声を出すと相手に気づかれて術が上手くいかなくなるからだ。あやは素早くアヤ達を浮かすと黒い砂嵐に隠れるように世界から離脱した。
 「うまくいった!」
 サキが小さく声を上げた刹那、人型をした黒い影が逃げるアヤ達の前を塞いだ。
 「うっ……」
 呻いたのはサキのみだ。気がつくとサキの肩あたりが焼けていた。サキは正反対な力を持っているため、厄に当てられると弱る。
 反対に黒い人型の厄はサキに触れ、白い煙を上げている。
 「サキ、凍夜には『ちぃ』っていう刀神がいて、厄に落ちてしまっているの」
 「なんだって!? ちぃちゃんが!?」
 サキとライが同時に声を上げた。
 「え……?」
 二人は刀神の事を知ってるようだ。
 「色々あってね、前一緒に行動したんだよ」
 「そうそう」
 これはTOKIの世界書二部「かわたれ時…」一話に載せている事件なため、ここでは省く。
 「しゃべらないで! まだ世界から出られてない! 凍夜が来ちゃった!」
 あやが必死な声を上げた。
 「なっ……」
 気がつくと目の前に刀を振りかぶった凍夜が黒い砂塵に紛れ、現れた。顔は微笑んでいるが目は笑っていない。
 言い様のない恐怖がアヤ達を襲う。
 「……あたしがやるよ!」
 サキは太陽神の力を引き出し、霊的武器「剣」に光を集めた。
 「ちぃちゃん! 目を覚ますんだよ!」
 サキは凍夜の刀に向かい、叫んだ。しかし、刀神は反応をしなかった。
 凍夜は厄神の荒れ狂う風にのり、サキに攻撃を仕掛けてきた。サキはあやの「K」の力で空中にいながら凍夜の刀を弾いた。
 サキの剣から炎が上がる。太陽の光を剣から発することで、厄が体に入るのを上手く防いだ。
 「うー……強い……」
 サキは痺れる手首を回すと、再び剣を握った。
 「サキが頼りだけど、サキは長く厄にあたってはいけないよ」
 あやが再び球体の結界を張った。
 「も、もう一回、逃げる技を考えてみる!」
 ライは怯えた顔のまま、恐る恐る筆を動かす。凍夜とサキが戦っている間にライは何人ものアヤ達を絵に描いた。パッと見て本物か区別がつかない。
 「影分身って感じで……」
 ライはさらにサキと凍夜の間に壁を作る。凍夜の視界を一瞬だけ奪うのが狙いだ。その間にサキはあや達の元へ戻り、あやは高速で世界から離脱した。
 壁がなくなった後、凍夜の前には無数のアヤ達がいた。
 凍夜は一気にすべてを破壊し、あやを追った。
 「……もうきた……」
 サキが唸り、アヤ達は顔を引き締める。もう世界からは出ている。しかし、凍夜はしつこく襲ってくる。顔が笑っているのがかなり不気味だ。
 「これ、逃げられるかな……」
 ライが小さくつぶやく横で、アヤが眉を寄せていた。
 「……アヤ、どうしたの?」
 ライに問われ、アヤは小さく答えた。
 「時神の力が凍夜の世界内からこちらへ近づいてくるわ。メグの……力のようなものも……」
 アヤはそこまでつぶやくと、目を見開いた。
 「そうだわ! メグをまだ見つけてない! ここにいるのよね?」
 アヤはあやに尋ねた。ミノさんは気を失っているようで先程から返事がない。アヤが頑張ってミノさんを背負っていた。
 「……今は助けられない。トケイがこちらに来るよ」
 「トケイ?」
 「うん」
 あやが答えた刹那、凍夜の後ろからトケイが現れた。
 ズボンに近未来的なウィングをつけた少年、トケイが凍夜を蹴りとばし、こちらに向かってきた。
 攻撃をしてくると思ったアヤ達は構えたが、トケイは正気を取り戻していた。
 「皆! はやく逃げよう!」
 トケイはKであるあやの手を掴むと、高速で進み始めた。Kをつれていけばアヤ達も強制的にKに引っ張られる。
 一時的だけアヤ達があやの一部になっているからだ。
 凍夜は体勢を直してアヤ達に向かい飛んでくるが、ライがトロンプルイユの絵を描き、凍夜を惑わした。
 「だまし絵……」
 凍夜からは全く違う方向に飛び去るアヤ達が映っている。その一瞬の隙にアヤ達は凍夜から離れ、近くの世界に隠れた。

六話

 一方で更夜の娘、静夜(せいや)は厄除けの神であるルルと、サヨの兄、俊也(しゅんや)を連れて禍々(まがまが)しい気配を追っていた。
 「ね、ねぇ……あの怖い先祖……えーと、凍夜(とうや)だっけ? だったらどうするの? あ、いや、どうするんですか?」
 俊也が心配そうに尋ねた。
 「大丈夫です。俊也様。逢夜(おうや)様の奥様が厄の色を見分けられます」
 静夜は丁寧に答える。俊也が現在、望月の柱であるからだ。
 「……う、うん……。あの、様ってやめてくれませんか……」
 「……あなたは望月の家長(かちょう)です。本来、私は木暮のものですが、現在望月の下女であるため、身分違いでございます。ご理解のほど、よろしくお願いいたします」
  戸惑う俊也に向かい、静夜は頭を下げた。
 身分違い、下女、木暮のもの、どれも俊也にはひっかかる。
 奴隷として、旦那に従う者として、刷り込まれた静夜が言う言葉全てが俊也には納得できない。
 男女は手を取り合って生きるはずで、そこに上下はなく、家族は共に笑い合うもので、そこに身分差はない。
 ……はずだ。
 もちろん、暴力や、女を蔑む言い方なども俊也の感覚的にはわけがわからない。
 だが、彼女はそれが当たり前であったかのような言い回しをする。静夜だけではない。憐夜(れんや)という女の子もそうだ。
 千夜は女性だがまるで男性のように振る舞う。男にさせられているのではないか。女では上にたてないから。
 それでも家長は男だ。
 千夜が一番年上なはずだが、家長は息子だった。その前は凍夜か。
 千夜もそれが当たり前になっている。
 「僕が知ってる望月は……もっと優しいんだ……。皆で仲良くごはん食べて、妹と喧嘩して、お父さんとゲームして……お母さんと進路の相談したり……さ。大黒柱に似合うのはサヨの方だ。僕じゃないよ。そもそも、安心できる家族内で一番を決めなきゃいけない理由ってなんですか?」
 俊也は悲しそうに下を向いた。
 「……家長は家の主です。主がいなければ、家は潰れます。大黒柱……それがなければ家は潰れてしまうのです」
 「そんなことないです。皆で支えれば家は倒れないです!」
 俊也が静夜を納得させようと声を荒げる。
 「……今はそういう考え……なのですか。男性からそのような言葉が出るとは……。良い時代になってきたのですね。あの赤子の魂を送り出して良かった」
 静夜が軽く微笑んだので、俊也はドキッとして頬を赤く染めた。
 赤子がサヨのことであることは、俊也は知らない。
 「……見つけた」
 ふと、集中していたルルから声が上がった。厄の種類を見極め、凍夜の気配がないオオマガツミを見つけたのだ。
 「どちらですか?」
 「あっち」
 ルルはネガフィルムが複数絡む方面を指差した。
 「行きましょう」
 静夜は頷くと、ルルが指示する方向へ飛んで行った。
 
※※

 黒い砂漠の世界でサヨは涙を流しながら、歴代の望月の負の感情をわめき散らしていた。
 「どうしてこんなっ! こんなことをしないとならないんだ!! ドウシテ……」
 サヨは誰かの叫びを代弁する。
 「ワタシハ、男ニナンカ、ナリタクナイ!」
 サヨは手で顔を覆って泣き叫ぶ。状態が次から次へと変わっていくが、どれも苦しい負の感情だ。
 「サヨ……」
 逢夜はなるべくサヨに寄り添い、ルルの力を呼ぶ。逢夜はルルと夫婦神になった時、厄除けの神力も少しだが分け与えられていた。
 記述は「視界の月夜」にある。
 今現在、サヨの狂いがここで止まっているのは、逢夜の厄除けの力がある程度効いているからだ。
 「狂わないでくれ……頼む!」
 逢夜はこの状況を繋ぎ止めるので精一杯だ。
 ……メグ、お前なら何か知ってんだろ? 助けてくれ……。
 今、何やってんだよ!
 憐夜は無事なのか?
 ルルは……
 逢夜は様々な事を思いながらサヨを支える。サヨの負の感情に負けてしまえば、逢夜共々狂う。
 「唯一の希望を殺してたまるか!」
 「ワタシハ、下女……。お父様をお父様ってヨンデハ、イケナイ。イタイ……タタカナイデ……。イタイ、イタイ、イタイ……コウヤサマ、タスケテ……」
 「……!?」
 サヨの言葉に、更夜の名前が出てきたので、逢夜は眉を寄せた。
 ……誰だ? こいつは……。
 誰の感情だ?
 「……私ですね」
 逢夜の後ろから声がかかった。
 逢夜はとりあえず、声が聞こえた方を睨む。
 「女か? はじめてみる顔だ」
 「静夜……と言います。彼らを連れてきたのです」
 静夜がルルと俊也を前に出す。
 逢夜はルルの顔を見て言葉を一瞬飲み込んだ。
 「るっ……ルル! 無事か!」
 「逢夜! とりあえず、今は助けにきたの! 私は平気で、憐夜さんは更夜さんと一緒にいる!」
 ルルは慌てて自分が平気なことを伝えた。
 「ね、ねぇ! 妹はっ! サヨはどうしたんだよ!」
 ルルの横で取り乱したのは俊也だ。俊也はサヨの状態がわからない。ただ、サヨが苦しんでいるのと、意味不明な発言をしているのを眺めながら、戸惑いの目をあちらこちらに向ける。
 「俊也様、彼女は厄に入り込まれています。ルル様に任せましょう」
 静夜は俊也を守るように立つと、厄からなるべく遠ざかった。
 「……サヨ……。かわいそうに。今から私が助ける!」
 ルルが逢夜の場所まで歩いていった。厄はルルに近づけず、ルルを中心に道を作るように避けている。海を縦に割ったかのようだ。
 「ルル……、ありがとうな。無理はするな。怪我は……」
 「今はそれどころじゃないよ。逢夜、厄を消すの」
 戸惑う逢夜にルルは厳しく言った。ルルの瞳に電子数字が多数流れていく。
 ルルは真剣な面持ちで、狂うサヨを見据える。 
 「逢夜、厄除けの縁結び夫婦神の力を見せよう。でも、相手はオオマガツミ。退けることくらいしかできなそう」
 ルルの横顔を眺めながら逢夜は驚いた。ルルの瞳が赤く光っていたからだ。ルルの覚悟を感じとり、逢夜も顔を引き締め、言った。
 「ああ、それでじゅうぶんだ……」
 

七話

七話

 サヨは発狂したり、泣いたり、怒ったり、様々な負の感情をさらけ出している。
 ルルはサヨの前に立つと、逢夜と手を握った。手を前にかざし、厄除けの神力を放出させた。
 「うっ……」
 サヨの動きが一瞬止まり、中から黒い塵のようなものが多数、サヨの体から外へと出てきた。
 実態はないが、黒い塵のようなものは見える。
 「オオマガツミだ。ルル」
 逢夜がルルを素早く見、ルルは冷や汗をかきながら頷いた。逢夜が無言でサヨを引っ張り、踵を返して走る。
 ルルも後に続き、叫んだ。
 「静夜さん! 逃げる!」
 ルルの言葉を聞き、静夜は慌てて俊也の手を掴んだ。
 「俊也様、ごめんなさい」
 「な、なに?」
 俊也が戸惑っている中、ルル達はさっさと世界から離脱した。
 「追ってくる! 見つからないところへ逃げないと!」
 「……?」
 ルルは俊也に手短に話した。
 「あのね、勝てないの。私は厄を一瞬だけ排除しただけだから。あれは神力が別次元。皆やられる」
 「静夜だったか? なんでもいい! 走れ!」
 逢夜に言われ、静夜はとりあえず、高速で動き始めた。静夜が動けば俊也やルルは勝手についてくる。逢夜は弱りきったサヨを抱え、静夜と並走する。
 世界から出ているので、進むのは変動し続けるネガフィルムが絡む宇宙世界。
 オオマガツミをまく事だけを考え、ただひたすらに逃げる。
 「くそっ! どこまでもついてきやがる。とりあえずサヨからは離せた。これができただけでも良しだ」
 「逢夜様、どうしますか?」
 静夜は右に左に高速で飛びながら逢夜を仰いだ。
 逢夜はそんな静夜を横目で見て、言った。
 「静夜はどうする? 考えはあるか?」
 逢夜は静夜が何か閃いている事に気がついていた。
 しかし……
 「いえ。わたくしは何も……頭が悪い故……」
 静夜は何も言わなかった。
 「あんたは賢いだろう? なぜ、隠す」
 「……賢く見えるだけでございます。生意気で申し訳ありません。バカなわたくしが助言などできませぬ故」
 静夜は目を伏せた。
 「……逢夜」
 ふと、ルルが小さく耳打ちした。
 「静夜さんは、逢夜と対等に話せると思ってない」
 ルルの言葉で逢夜は悲しそうな顔をした。
 「そうか。静夜、大丈夫だ。助けてくれないか。無策のまま、こうやって逃げているんだ」
 逢夜はなるべく優しく声をかけた。しかし、静夜は震えて声を発さない。
 いや、発せないのか?
 ……昔……
 逢夜は思う。
 ……昔、凍夜に助言をして酷い目にあったのか。
 ……そうだったな。女が男に意見をするのはいけないんだったか。
 俺は顔が怖ええし、更夜よりも年上だから萎縮したのか?
 「……ルル、聞いてくれ」
 「うん。静夜さん……」
 ルルが声をかけるが、静夜は黙ったままだ。血族に会った事で、昔の自分を思い出したのか?
 「静夜さん、逢夜は差別しないよ」
 ルルが再び静夜を説得しようとした時、俊也が会話に割り込んできた。
 「静夜さん、誰も責めませんから、策があるなら話してくれませんか? このままじゃ、いつ黒いのに追い付かれるかわからないです!」
 「……申し訳ありません。逢夜様の雰囲気が凍夜様に似ているので……言葉が出なくて……。以前、竹鞭でお尻百叩きの罰を受けさせられました。六歳でした。『下女の分際で男に意見をするな』と言われ……。凍夜様は……皮膚が破け、血が滲む私のお尻を見て『猿みたいだ』と笑いました。血族ではない他の望月家との会食時に真っ赤に腫れたお尻をさらしたまま、すみで立たされ、『猿だ、猿だ』と皆に笑われました。『人間様に猿が口答えをするからだ』と。お父様……更夜様を辱しめてしまい、申し訳なくて、唇を噛みしめ、泣きました。トラウマなのですよ……。望月に会ってから、思い出すことばかりで……。良い策かもわからないですし」
 「……相変わらず非道なやつだな……。そりゃあ、ひでぇ辱しめだ。更夜は関係ねぇ。静夜自身が辱しめにあったんだ。辛かったな。死にたくなっただろ。よくわかるぜ。痛みよりも惨めな気持ちになったんだよな?」
 逢夜が眉を寄せ、ルルがそっと背中をさする。俊也は凍夜の非道な振るまいに拳を握りしめた。
 「……声失症の影響かもしれません。あれから一言も話せなくなった時期がありまして、その影響か、男性に意見をしようとすると、たまに声が出なくなるのです。重要であればあるほど」
 静夜は巧みに黒い塵を避けながら、平然と言っている。
 だが、静夜の中では植え付けられた数々のトラウマが度々フラッシュバックしていた。
 あの時は自ら着物をめくる事を強要され、みみず腫れの尻を沢山の男の前でさらした。加虐心がすごかった異端望月家は凍夜望月だけではなく、残り二家あった。
 「尻が真っ赤だ。まるで猿だな。みっともない」
 「猿は撃ち殺せ」
 「猿は言葉が話せるのか」
 「下女のガキの分際で男に意見するからだ。布なぞ着せるな。仕置きがぬるいぞ」
 惨めで苦しくてせつなかった。
 ただ、仕事が間に合わないので、予定を組み直してほしいとお願いしただけだ。
 それだけなのに……。
 なんの涙かわからない涙を、唇を噛んで必死に耐えた。まくりあげている着物を、爪が食い込むまで握りしめた。
 お尻が痛くて泣いてるんじゃない。羞恥で顔が赤いのではない。
 怒りと憎悪だ。
 唇から血がしたたるくらい噛みしめた。
 性を意識する年齢ではなかったが、笑い者にされ、恥じらいを持ち始める時期に辱しめられた。
 恥ずかしい。死にたい。
 更夜様は同席していた。
 どんな気持ちで私をみていたのか。
 彼は一言も話さなかった。
 ……私は背を向けていたから、表情はわからない。
 凍夜はわざと更夜様を呼んだ。
 あいつはそういうやつだ。
 私を辱しめて、苦しませて、惨めにさせて、精神を壊してくる。
 許さない。憎い。
 なのに、私は逆らえない。
 意見をすることすら……できない。
 なぜだ。
 あいつはその後、笑いながらこう言った。
 ……なんだ、猿のくせに恥じらいがあるのか。顔まで猿になっているぞ。
 「はあ……はあ……」
 突然に猛烈な憎悪、怒り、悔恨などの感情が静夜を襲う。
 「静夜! 負の感情を呼ぶな! アイツが……オオマガツミがお前を壊しにきている!」
 「はっ……」
 静夜は余計な感情を呼んでいたことに気づいた。
 「お前は『K』の力がある! 平和を願い、未来を作れる! だから頼む。大事な子孫二人を背負っているんだ! お前は平和な未来を作る子孫を見殺しにすんのか!」
 「……なんでこんなこと、いまさら思い出してしまったのでしょう。なるほど、これがオオマガツミの力……」
 静夜は気持ちの整理をつける。
 ……良いことを思い出すのだ。
 あの後すぐ、私は更夜様に呼び出された。呼ばれた場所が仕置き部屋だったので、更夜様を辱しめた罰が来ると思った。
 だが、更夜様は一言だけ言い、去っていった。
 「よく耐えた」
 凍夜に見つからないようにここに呼び出したのだと気づいた時、胸が少しあたたかくなった。
 その後、私は泣いたのだ。
 情けなく声をあげて。
 嫁にいく時……光のない私の瞳に光を入れてくれたのは更夜様だった。
 『あなたは俺の自慢の娘だ。静夜、愛している』
 嬉しかった。
 その時も泣いてしまった。
 次は木暮家の皆。
 旦那様。
 『静夜は私の宝だ。私の側にずっといてくれ。愛している』
 私の胸には大切な言葉があった。忘れてはいけない。
 人は負の感情をよく思い出す。
 その裏にある、優しい気持ちを忘れてしまうのだ。
 「逢夜様、オオマガツミは……イザナギ様が黄泉でたまった穢れをみそぎでなくした時に産まれた神です。イザナミ様のまわりにいらっしゃる八雷神(やくさのいかずち)様に返しましょう」
 「悪い、意味がわからねぇ」
 わけのわからない単語を突然並べた静夜に逢夜は頭をかかえた。
 「ごめんなさい。はい、イザナギ様が黄泉にいるイザナミ様に会いに行った際、穢れを……厄をあびてしまい、川でみそぎをおこないました。そこから産まれた神がオオマガツミ。イザナギ様にオオマガツミを黄泉へと入れてもらい、弐の世界から離すのです」
 「待て、黄泉? 黄泉は別にあるのか? 弐とは別に?」
 「はい。イザナギ様、イザナミ様の子供、アマテラス様、ツクヨミ様、スサノオ様の誰かに会って事情を話すのが一番ではないかと」
 「どこにいるかわかるか?」
 逢夜の質問に静夜は頷いた。
 「はい。ツクヨミ様なら居場所がわかります」
 「よし、じゃあこのまま行くぜ。静夜、ありがとう。更夜にそっくりな受け答えだ。やっぱり親子だなあ。あんたは俺の自慢の『姪(めい)』だよ」
 逢夜が優しくそう言った。
 「……そんな。いえ、ありがとうございます」
 静夜は再び糧となる言葉をもらった。状況が状況なので、感情を出さずにお礼を言ってしまったが、本当は泣きたいくらいに嬉しかったのだ。

八話

 ツクヨミ神がいる場所まで行くことにした逢夜達がオオマガツミから逃げている最中、千夜、狼夜、猫夜、千夜の息子の明夜は最後に凍夜に会ったあの場所へ近づいていた。
 狼夜の刀を奪うためだ。
 行く場所は変わり果てた「K」の世界だ。
 「猫夜を使う」
 千夜は狼夜にそう言った。
 「お姉様を! 危険すぎます……」
 狼夜が叫ぶ中、猫夜は始終こちらを睨み付けている。
 「猫夜は私が守る。凍夜の意識を一瞬でもそらし、狼夜が刀を奪いやすくする。だが、無理はするな。無理ならば、私に指示を送れ。すぐさま逃げる」
 「し、しかし……」
 狼夜が渋っていると、猫夜が勝手に動き出した。
 「……?」
 猫夜はなぜ自分が勝手に動いているのかわからなかった。
 千夜が突然に手足の綱を切る。
 「傀儡(くぐつ)の術だ。油断したな、猫夜。とりあえず従ってもらうぞ」
 千夜は感情なく猫夜に言い放った。
 「ちっ。いつの間に……」
 意思とは反対に自ら噛まされていた手拭いを取る。
 「そうではないだろう」
 千夜が猫夜に触れると、猫夜は催眠術にかかったように表情を虚ろにした。
 「私と凍夜のところにいくのだ」
 「千夜お姉様、私とお父様の元へ帰ります」
 「そうだ」
 「はい」
 猫夜は千夜の言葉を復唱すると、素直に頷いた。
 「お、お姉様!?」
 「心配するな。催眠術だ。まあ、催眠がとけたら噛みつかれそうだがな」
 心配する狼夜に、千夜は苦笑しつつ答えた。
 「あ、あの……俺は……」
 明夜は特に何も言われず、ただ千夜の後をついてきただけだった。
 「明夜……明夜は安全な場所にいてくれ」
 「そんな……俺、役に立ちたいのに。お母様の」
 ストレートに言う明夜に、千夜はなんだか気恥ずかしかった。
 ……私は明夜を「産んだだけ」だ。育てていない……。どう対応すればいいのか。
 「お母様……」
 明夜はあきらかに落ち込んでいる。相手にされていないと思ったのか。
 「すまぬ。では、明夜は私達の退路を作ってくれ。なにかあった場合に完璧に逃げられるように」
 「わかりました!」
 明夜は役割が与えられた事に喜んでいた。
 ……ああ。
 千夜はしみじみ思う。
 泣いていた猿みたいな赤ん坊が、「あの人」と同じ顔で笑う。
 不思議なものだな。
 ……本当は、今の世の中のように夫と力を合わせて子を育ててみたかった。
 「明夜、頼んだぞ」
 「はい!」
 明夜の返事を聞きながら、千夜はふと思ったことを尋ねることにした。
 「明夜、一つ聞く」
 「はい?」
 「お前は生前何をしていた?」
 千夜の問いに明夜は柔和に笑う。
 「はい、俺は凍夜望月を中から変えました。望月家内で、拷問で傷ついた方、精神を病んでしまった方をなるべく介抱し、和気あいあいになるように努力しました。俺がまだ、十歳あたりで凍夜が死にましてね……。ああ、お婆様方……えーと、お母様のお母様達が凍夜を殺しまして……その……」
 「そうか。私は早々と死んでしまったから、凍夜の末路は知らなかった。ありがとう。明夜がやったことは大きいな。お前の子孫、俊也とサヨは幸せに生きているよ」
 「お母様……寂しかったですよ。でも、俺には本当のお父様がいましたからね。お母様が天から見ておられると、頑張りました」
 千夜はやや涙ぐんだが、気持ちをもとに戻した。
 「夢夜(ゆめや)様……旦那様を久々に思い出した。ちゃんと会いたいが、今はそれどころではないな」
 望月夢夜(ゆめや)、千夜の旦那だ。凍夜が連れてきた、別の異端望月家の次男だ。
 夢夜とは命令で結婚した。
 千夜は夢夜がどんな人物でも良かった。子を作る以外はどうでも良かったからだ。
 だが、夢夜は千夜に人間の心を取り戻すくらいに優しくしてくれた。初めて夢夜と共に寝る時、千夜は自分にある複数の傷跡を見られたくないと思った。女らしく恥じらい、幼い女の子のような雰囲気で、夢夜に泣きながらあやまった。
 「汚い体で申し訳ございません。夢夜様……嫌かと思いますので、早々と終わらせましょう」
 千夜はそう言った。
 夢夜は千夜に女性としての美しさや初恋の恥じらいなど、元々あった人間らしい感情を千夜の内部から引き出してしまった。
 凍夜から受けた仕置きや拷問による傷だらけの体を夢夜に見せて、嫌われるのを恐れていた。
 しかし、夢夜は苦笑いで千夜を見つつ、こう言った。
 「……嫌? そんなわけないではないか。かわいそうにな。あの男は酷すぎる。少女相手になぜ、ここまでの事ができるのか。辛さはよくわかる。俺にもわかる。俺も見せられる体ではない。こちらにおいで……俺は千夜を大切にしたい。千夜に酷いことはしないと約束する」
 初めて同情され、千夜は夜着を握りしめて泣いた。その後、千夜は幼い頃にできなかった親に甘えるという行為を夢夜にしてもらった。
 頭を撫でて、誉めてくれた。
 抱きしめて同情してくれた。
 子守唄を歌いながら一緒に寝てくれた。
 千夜は自分の精神が幼子であることに初めて気がついた。
 大人になっても奥底にある精神は変わらず、成長しない体は精神に釣り合っていたらしい。
 「あの、私……初経が……まだ……子供は作れぬかもしれませぬ」
 真っ赤になりながら十八の千夜は夢夜に申し訳なさそうに言った。
 「問題はない。今日は俺と話そうか。しかし、千夜は痩せすぎている。しっかり食べさせてやるから安心しろ。甘えてくるお前はかわいくて仕方がない。普段の雰囲気は威厳があるが」
 彼は別家系だが異端望月なのに、残虐な感情を持っていなかった。
 その後、夢夜からの食材の差し入れや、かわいがられることにより、精神がある程度安定し、子を身ごもれた。
 その夢夜の優しい思想が明夜に受け継がれているのだ。

 ……私は彼を産み、やつに奪われた後、ある戦で子供をかばい、すぐに死んでしまった。
 知らない子をかばった理由は……産まれた息子が愛おしかったのだ。あいつに奪われたあと、虚しさを埋められなかった。

子供をみると、全部……
息子に見えたんだ。

 「お姉様?」
 狼夜に尋ねられ、千夜は一瞬ぼうっとしていたことに気がついた。
 「いや、優しい世界を作らねば」
 「はあ……」
 目を丸くしている狼夜に、千夜は何事もなかったかのように先の指示を始めた。
 「凍夜がいる。気配が冷たい。明夜、様子を見つつ退路を、私は猫夜を連れて油断させる、狼夜はいけそうならば刀を奪え」
 「わ、わかりました」
 「私は強い。問題はない。全員守れる」
 千夜は小さく呟き、そっと目を開く。
 「あ……」
 狼夜はなんだかゾクゾクした。
 千夜は自己暗示をかけている。
 本物の忍がおこなう技の一つだ。
 ……かっこいい。
 狼夜はそう思いながら、自分も気合いをいれた。

九話

 刀を奪う戦いが始まった。
 千夜は猫夜、狼夜、明夜を連れ、壊れた「K」の世界までたどり着いた。
 「凍夜の気配がない。もういないのか? キツネ耳とメグは無事か? やられたトケイの気配もないようだ」
 世界の外からうかがうが、すべての気配がない。
 「確かに凍夜様の気配はありませんが、妙な気配はします……。ワダツミのメグっぽいような」
 狼夜がつぶやき、千夜も頷いた。明夜は首を傾げていた。
 明夜は戦場を生きていないどころか、武術はまるでできない。
 「この気配……弱々しいな。行ってみるか。メグのみがいるのか?」
 千夜は凍夜が来た時のことを考え、明夜と猫夜を見守ることにし、狼夜に気配の特定に行かせることにした。
 気配が弱いことから、狼夜が行っても問題がなさそうだったからだ。
 「はい。では、いってきます」
 「まずそうならすぐに引き返すか、私を呼べ」
 「はい」
 狼夜は頭を下げると厄が渦巻く世界へと落ちていった。
 黒い砂漠の世界には何もなかったが、凍夜と争ったかのような形跡があちらこちらにあった。
 「……どうしてキツネ耳とメグがいない? トケイも……」
 結界の形跡の他、血のにおいが砂に染み付いている。
 あの二人の他に複数の人達がいたような感じだった。
 「……負けたのか?」
 歩いているとオレンジ色のぼろ切れを踏んだ。
 「……っ」
 ぼろ切れだと思ったのはよく見たらスカートだった。
 「服だ……」
 狼夜は蒼白で黒い砂をかき出す。
 「……っ」
 狼夜は掘り進めて絶句した。
 短い青い髪が覗き、ほぼ裸に近いくらいに服を切り刻まれ、血にまみれたメグが意識なく倒れていた。
 「……ひでぇな……長い髪まで持っていかれたのか。生きてるのか……」
 狼夜は戸惑いながら呼吸を確認する。
 「……っ。息……してねぇっ……」
 体が異様に冷たかった。
 「まさか……死っ……」
 そこまで考えて、狼夜は神が死んだら光の粒になって消えるというのを思い出した。
 「……まだ、生きてるっ!」
 狼夜は慌ててメグを担ぐと、世界から離脱した。
 焦った声ですぐに千夜を呼んだ。
 「お姉さまァ!」
 「……狼夜、どうした?……はっ!」
 千夜と明夜と猫夜は、狼夜が背負っている少女を見て絶句した。
 「メグ……」
 さすがの猫夜も目を見開く。
 「キツネ耳達はどこだ!?」
 「わかりません。いませんでしたっ!」
 狼夜は必死に声を上げた。
 「なんだ……どうなっている……」
 千夜はとりあえず、メグを治療することにした。
 「刀は後回しだ!」
 「これをやったのはアイツなのか……。凍夜……」
 明夜は怒りに震えていたが、千夜が止めた。
 「明夜、今はメグを」
 「……はい」
 「しかし、これからどこへ?」
 狼夜が尋ねた刹那、K のあやがアヤやミノさん達を連れて現れた。
 「……! 千夜さん達!」
 アヤが半泣きで叫び、見知らぬ女とライもこちらをみた。
 「……って、ライがなぜ……」
 千夜はライを知っている。
 妹の憐夜が悲劇的に死んだ後、昔話として祭られてできた神がライだったのだ。知るまで時間がかかったが、彼女とは顔見知りだった。
 詳しくは「TOKIの世界書」に記述している。
 「メグを見つけたんだ!」
 あやが声を上げた。
 「あや、キツネ耳は……」
 「怪我が酷くて意識がないの」
 「……やはり、負けたのだ。あの時に過去戻りがなければっ!」
 千夜は悔やんだが悔やんでもしかたない。
 「メグは……僕に力をくれたんだ……。僕は元に戻れたんだよ」
 あやの後ろにいたトケイがいつの間にか正気を取り戻し、千夜を見ていた。
 「トケイ! メグの力で戻ったのか……? いや、今はそれどころではない! メグが……」
 千夜がどうするか悩んでいると、見知らぬ女が口を開いた。
 千夜が見たことのない女だ。
 「……ふたりとも酷い怪我だねぇ……。アマテラス様んとこに帰るかい?」
 「アマテラス……。あなたは誰だ?」
 「あたしはサキ。太陽神のトップだよ」
 「サキ……」
 千夜がつぶやくと、アヤが続けた。
 「私の友達よ。彼女がいなければ全滅していたわ。本当はサキと凍夜は会ってはいけなかった。サキの世界に入られたら、まずいのよ」
 「あたし達の力は真逆。だから簡単には入れないはずだよ。とりあえず、アマテラス様のとこへ!」
 サキがしきり、千夜は頷いた。
 彼女は上に立つ者だと千夜はわかったからだ。
 「では、よろしく頼む……」
 「任せといてー!」
 こうしてアヤ達と合流した千夜はアマテラスの屋敷へと向かう。
 
 
 ※※

 一方、先にアマテラスの場所にいる更夜と憐夜は、太陽を模した飾りが沢山ある畳の部屋で座らされていた。
 「お兄様、はるさんはどういう方だったのですか?」
 「ああ、お前に似て強い女子だった」
 憐夜の質問にそわそわしながら答えた更夜に憐夜は軽く笑みをこぼす。
 「お兄様、はるさんが元気で良かったですね」
 「ああ……」
 更夜が一言答えた刹那、障子扉を静かに開けた者がいた。
 「失礼いたします」
 黒い髪に柔和な雰囲気、幼子のような笑顔を向ける少女だった。
 その少女を視界にいれた更夜が思わず立ち上がった。
 「はっ……はる!」
 「更夜様、お久しぶりでございます」
 「すまぬ!」
 更夜は突然はるを抱きしめ、涙ながらに謝罪をした。
 憐夜は目を丸くしたが、特に何も言わなかった。蹂躙の末、死んだとならば、まともな死に方ではない。きっと苦しくてせつない死に方だったはずだ。
 ……私よりもきっと辛かっただろう。
 憐夜はそう思い、何も言わないでおいたのだ。
 「すまぬ……っ」
 「更夜様、もう大丈夫ですから……ずいぶん昔のことでございます故」
 はるはそう言うが、更夜ははるを離さずに謝罪を繰り返す。
 「許してほしいわけではない……。俺にはもう、あやまることしかできぬ……。すまぬ……。俺がいながら、暴力を止められなかった!」
 「それは仕方ありません。お気になさらずに。それより、太陽の宮に負の感情を持ち込まぬよう……」
 はるに言われ、ようやく更夜ははるから離れた。
 「すまぬ。会いたかった。はる……」
 「ええ。私もです。静夜には会われましたか?」
 「ああ、会った。彼女は立派に生きたようだ」
 「そうでございますか」
 はるは心からの笑顔で更夜を見ていた。更夜も自然に微笑み、再び優しく抱き合った。
 「再会できで良かったですね」
 憐夜も笑顔になり、つかの間の幸せが訪れた。
 更夜は泣いていた。
 子供のように泣いていた。
 憐夜は、更夜が泣き虫だということを隠していたのだと、この時初めて知った。
 男が泣けない時代はもう、終わっている。
 「お兄様、沢山泣いてくださいね……」
 憐夜は優しく笑い、すみで大人しく座っていることにした。
 
 

十話

 鈴は、見知らぬ天井が視界に入った所で目覚めた。
 「……」
 少し前の記憶がごっそり消えている。ただ、望月凍夜(とうや)から言いつけられた事は何一つできていないことは思い出した。
 頭を抱え怯えた。
 ここが、凍夜の屋敷なら次は何をされるだろうか。怖くてたまらなかった鈴は体を震わせながら場所を確かめる。
 部屋からこっそり出て、廊下を恐々渡った。少し離れた部屋の中で誰かの声がした。聞き覚えのある声。この声は。
 鈴は障子扉をわずかに開いた。
 更夜が見知らぬ女を抱きしめて泣いている。奥には憐夜がいた。
 「更夜……」
 鈴はうつむいた。
 鈴は更夜を気にしていた。
 好きだったのかもしれない。
 なんだかわからないが、落ち込んでいる自分がいたのだ。
 更夜に恋をしていたのか、恋とはなんなのか。
 自分よりも大切な女がいたことに、鈴は衝撃を受けたのだろうか。
 鈴はぼんやり立ち尽くしながら涙を流した。
 ……更夜は私を大切にしてくれた。でもそれは、あの人が優しいからだったんだ。
 鈴はむなしくなり、泣いた。
 その後に、憎しみが沸き起こった。厄に入り込まれている鈴は厄の浄化の途中でも、簡単に触れてしまう。
 ……許さない。あの男が私にしたことは、消えないんだ。
 鈴は変な方向に感情の針が振れてしまった。
 鈴のトラウマが増幅し、鮮明に映像になっていく。
 ……あの人は私にヒドイことをして、私を斬り殺したんだ。
 「私が……私が凍夜様の元へ帰ってヒドイ目にあったら、更夜はどうするんだろ。私が凍夜様に従って彼を苦しめたら、彼はどうなるんだろう」
 鈴が怒りにも似た感情を滲ませた事で、更夜が鈴に気がついた。
 「……! 鈴! 目が覚めたか!」
 「近寄るなっ!」
 鈴は憎しみ溢れた顔で更夜に怒鳴った。更夜はせつなげな顔で立ち止まる。
 「鈴……」
 「私は、凍夜様の元へ帰る! そして、あんたを傷つけてやる。あんたのまわりも全部……、壊してやる」
 鈴は反抗心で怒りをなぜか更夜にぶつけていた。更夜は悪くない。それはわかっていた。
 ……行き場のない怒りが心にもないことを口走る。
 更夜に抱きついて泣きたい。
 優しく撫でてほしい。
 心配してほしい。
 子供すぎる自分を受け入れてほしい。
 全部できなくなった。
 更夜は鈴を見ていない。
 それがたまらなく悔しい。
 張り裂けそうだ。
 だから、
 「全部壊してやる」
 「鈴、泣いているのは……辛いからなのか? こちらへ来なさい。優しい気持ちを持つのだ。凍夜には従うな。それは間違いだ」
 「うるさい!」
 泣きじゃくる鈴に、側にいた憐夜は優しく問いかけた。
 「鈴は、お兄様が好きなんでしょ? そうなんだよね? 鈴ちゃん、大丈夫だよ。お兄様は鈴ちゃんのことが大好きだよ」
 「失恋なのかな……。そうよ……失恋なんだ。惨めだね。惨めすぎるね。ずっと片想いだったんだ……。そうだよ。隠し子がいる段階で、更夜が独り身なわけない。氷の瞳で私を見ていた時期に妻がいたなんて……。そうね。私みたいなガキに好意を抱くわけないのよ。更夜は私に、生前の罪悪感だけで優しくしていたんだ。バカバカしい! 私……ただの被害者だ。凍夜様の件に巻き込まれただけなんだ」
 鈴は歯を食いしばって泣いた。
 「鈴……巻き込んでしまった事は本当に申し訳ない。そして……」
 更夜は言いにくそうに続ける。
 「好きだという気持ちはある。だが、それは……それは、俺が育てられなかった娘と重ねていたんだ。娘を育てている気持ちだったんだ。あなたを大切に思う気持ちは嘘ではないのだが」
 「……例の隠し子。望月静夜か」
 鈴は暗い声でつぶやいた。
 「鈴……」
 「じゃあ、これで良かったんだ。だって、この世界で隠し子と連絡取り合ってさ、今、奥さんに会えたわけだ。私、いらなくなったんだね」
 絞り出すように言葉を吐き出し、悔しさが全身を駆ける。
 「鈴……違う!」
 更夜は鋭く否定するが、鈴は耐えられずに走り出した。
 「待て!」
 更夜が追いかけようとした刹那、はるが止めた。
 「私がいきます」
 はるは静かにそういうと、鈴を追って部屋から出ていった。
 
※※

 はるは屋敷から出ようとしていた鈴を捕まえた。
 「待って!」
 「何よ! あんたはいいじゃない! 好きな男と結婚して、子供もいて、こっちで出会えて! 私はね、何にもない!」
 鈴からは明らかな負の感情が渦巻いていた。
 「聞いて! 落ち着いて、更夜様と話して。自分の気持ちを見失わずに、更夜様としっかり話すの! 更夜様はあなたをすごく気にかけてる。更夜様は生前に、あなたの墓をわざわざ作りに敵国に入り、あなたの墓を守って死んだのよ! 静夜と重ねていたのはそうかもしれない。更夜様は凍夜のせいで静夜と話すことすらできなかった。静夜が壊れていくのを見ていられなくて、泣きながら七歳の静夜を嫁に出した。私の旦那様は沢山……たくさん傷ついている。私だってね、旦那様と娘の目の前で凍夜に拷問されて死んだんです。旦那様は涙を堪えていました。あの人はね、昔の男の固定観念が抜けなくて、苦しくても泣けないの。
でも泣き虫。いつでも泣いている。私が殺された時だって、あなたを殺した時だって、あなたの墓を作っている時だって、花を……見つけた時だって……あの人はいつでも泣いていた!
 そんな彼をあなたはさらに苦しめるの? 苦しめてどうするの? 本心じゃないくせに、自分はその偽りの気持ちで苦しくないの?」
 「……あんたはさ、更夜の妻でしょ。私はさ、なんでもないんだ。考えた時、何にもないことに気づいた。彼と繋がる何かもない。私は弱いし、凍夜様の術にかかってる。たくさん鞭で叩かれたし、殴られた。戦おうとはしたんだ……。でも、逆にやられて、術にかかった。全部さ、更夜のためにやった。だからさ、更夜のこと、好きにならなければ、こんなことに巻き込まれなかったんだなって。自分の弱さもバカみたいにわかってさ、悔しくてさ……、さらに精神まで子供なことに気づかされてさ。私と更夜は四歳しか本当は違わない。でも、私は彼と離れるばかりなの」
 鈴は光のない瞳で自嘲気味に笑う。
 「……それを、更夜様に話しなさい。戦ってくれたこと、更夜様はよくわかっています。あなたが、その小さな少女の体で大人の男に牙を向くのは怖かったはず。あなたは、更夜様以外の男性が怖いんですね。彼はそれもよくわかっています。更夜様はね、あなたを助けるために、いままで力を使ってきました。あなたはずっと大切にされていたの」
 「……もう、私は壊れた。もう元には戻れない。凍夜様のとこに帰らなくちゃ……。私は、更夜を連れてこられなかった罰を受けるの。沢山鞭で叩かれれば、凍夜様は許してくださるかな。許してくださるといいな。あの人に逆らうと怖いの。ごめんなさい。許してください……凍夜さま」
 鈴は嗚咽を漏らしながら膝をついた。体を震わせ、謝罪を繰り返す。
 「……術が深くかかったのね。術を解くには、あなたの心にいる凍夜を倒さないといけない」
 「ひっ……そんなことっ……できるわけっ……従います! 従います! 凍夜さま! 私はあなたに従います! 反抗いたしません! ですから、もう殴らないでください……」
 鈴は体を震わせながら、祈るように天を仰ぐ。姿のない凍夜に過剰に怯えている。
 すると玄関先から突然、更夜が飛び出してきた。先ほどから話を聞いており、たまらなくなって出てきたようだ。
 「鈴! もう戦わなくていいんだ。生前、俺に殺されてから、あなたは男が怖くなった。知っている。俺が酷い殺し方をしたからだ。罪を償おうとしたのはその通りだ。しかしっ……それだけではないのだ」
 「そんなの、知らないよ」
 鈴は突然現れた更夜に驚きつつも、冷静に言い放つ。
 「あなたは俺の側にいてくれた。……栄次(えいじ)、現世の時神過去神(ときがみかこしん)が暴走した事件から共に生きて、俺はあなたのおかげで変わった。感情が出るようになったんだ。俺の側にあなたがいないことを不安に感じるのは、あなたが俺にとって、なくてはならない大切な人だからだ。守りたい人なんだ」
 更夜は鈴に近づき、優しく抱きしめた。呼吸をし、さらに続ける。
 「……だから、『私はいらなくなった』なんて言わないでくれ。『いらない』なんて……言わないでくれ! 俺が悪いのは知っているんだっ! 故に、罪滅ぼしの気持ちにもなる! あなたをずっと気にかけていた。俺が傷つけてしまった大切な人だ! ここまで俺はあなたを守ろうとしたのに、助けようとしたのに、『いらない』などとっ……! 『私はいらない』なんて言うな。痛かっただろ、辛かっただろ、一人で戦ってくれてありがとう。俺は嬉しいんだ。同時にあなたがまた傷ついて、俺はとても悲しいのだ」
 更夜は鈴を抱きしめたまま、大粒の涙をこぼした。
 「俺は感情を上手く表に出せないが、あなたのことは本当に大切に思っている。あなたのおかげで俺は感情を出せるようになったんだっ……」
 「でも、私にはっ……繋がりがない」
 鈴は嗚咽を漏らしながら更夜にすがる。
 「繋がりはある。家族だ。もう生前の家系など、関係ないところに俺達はいる。そもそも、俺達はアヤ達のおかげでこちらの世界の時神になったではないか。俺達は離れぬよう、お互い寄り添い合う事を決め、時神になった。そうではなかったのか……」
 「……」
 鈴の目が見開かれる。
 「鈴……それでは駄目なのか」
 「でも……恋にはならないんだね……。妻がいるからね」
 「はるは愛している。だが、あなたを愛してないわけではない」
 「やっぱりそうか」
 「娘のように思っていたことは申し訳ない。……あなたはこんなに、俺に恋心を抱いていたのか」
 更夜は弱々しく微笑んだ。
 「私は魂年齢を変えられる。大人の姿になれるわ。ただ、恋をする年齢になる前に死んだから、体は自由に成長させられても、実際に恋はわからない。今はなんとなく恋がわかるけど、それくらいなの。本当は。……きっとこの、好きって気持ちが恋なんだ」
 「ああ、ありがとう。恋心は、心が成長すればわかるようになる。俺達はもう魂ではなく、神だ。こちらの生は長い。あなたは俺と嫌になるくらい一緒だ。はるにはない気持ちなんだ。俺は」
 更夜ははるを見る。
 はるは微笑んでいた。
 「ええ。鈴はうらやましいですね」
 はるの言葉を聞いた鈴は更夜から離れ、せつなげに笑った。
 「あんたらは大人だ。私は……あんた達の間に入れるほど大人じゃない。魂を……成長させないと対等な場所に立てない。先は見えた。だけど、私には凍夜様の術は解けない」
 鈴は震えている。
 凍夜は恐ろしい存在にいつの間にかなっていた。絶対的な力を見せつけられ、勝てないことを悟らされた。
 「鈴、大丈夫だ。俺がいる。俺が守る。あなたは戦わなくていい。もうあなたには戦わせない。だから、俺から離れるな」
 「うん……ごめん。私はやっぱり戦えない。とても怖いの」
 鈴は素直に今の気持ちを吐いた。その時、いつの間にか憐夜が玄関先から顔を覗かせており、声をあげた。
 「鈴ちゃん……、ありがとう。戦ってくれて」
 「憐夜、ごめん。役に立つどころか、足手まといで」
 鈴は落ち込みながら言うが、憐夜は小さく首を振った。
 「足手まといなんかじゃなかったよ。心強かった。私は忍者じゃないから戦う力を持たない。だから、ここでお留守番するつもり。鈴ちゃんもここにいてよ。鈴ちゃんがいれば心強い。ね、はるさん」
 憐夜ははるに目を向け、微笑んだ。
 「うん。そうね!」
 はるは鈴を優しく撫でて、手を握った。
 「皆で、あの男に打ち勝つのよ」
 はるがそう言った刹那、アヤ、サキ、ライ、ミノさん、千夜、狼夜、明夜、拘束された猫夜、気を失っているメグを連れた一団が空を舞うのが見えた。
 よく見ると驚いたことに、トケイとあやもいた。
 彼らが太陽の宮に来たことに更夜達は驚いたのだった。
 皆が来る前に鈴は弱々しい顔で更夜の着物のそでを引っ張った。
 「どうした?」
 更夜は優しく鈴を撫でる。
 「抱きついて泣きたい……」
 鈴は目に涙を浮かべ、更夜を見上げた。更夜がいることに安心を覚えていた鈴だったが、仲間が来たことで強くありたい気持ちが強まり、皆が集まる前に更夜に甘えようと思ったのだ。
 「おいで」
 更夜はそれがわかり、鈴の高さまで腰を落とした。
 鈴は耐えきれなくなり、更夜に飛び込み泣いた。
 「怖かった! 痛かった! 怖かったよぅ……凍夜さまは私を拷問した……。今も怖い。終わらない罰が怖い。残虐性が増えていくお仕置きが怖い……。クナイをっ……クナイをね……あの人は笑いながら……」
 顔を歪ませて泣き叫ぶ鈴を、更夜はせつなげに止めた。
 「もう言わなくていい。全部知っている。鈴、頑張った。あなたはよく頑張った。もう大丈夫。大丈夫だ。戦ってくれてありがとう。あなたは強い女の子だ。だから、自分が弱いとは思わなくていいのだ」
 更夜は鈴を強く抱きしめた。
 もう離れてはいけないと誓い合うように。
 はると憐夜は、そんな鈴と更夜を優しく見守っていた。

黄泉へ 一話

 アマテラスの世界へやってきたアヤ達は鈴の状態に息を飲み、震えた。
 現在太陽の宮に来たのは、アヤ、サキ、ライ、ミノさん、千夜、狼夜、猫夜、明夜、トケイ、メグ、あやだ。
 「鈴は大丈夫なの?」
 アヤが代表で言う。鈴はいつものようには振る舞えず、更夜にしがみつき、震えていた。
 「大丈夫ではないが、落ち着かせている」
 更夜が鈴の代わりに答える。
 「お姉様、トケイは元に戻っているのですか?」
 更夜は千夜に尋ねた。
 「自分で聞いてみろ」
 千夜はトケイを更夜の前に出した。
 「トケイ……、あの時別れてから心配したぞ……。大丈夫なのか?」
 「大丈夫じゃないよ……。あの女神のおかけで助かったんだ。見た? ひどい怪我をしてるんだ」
 トケイは暗い表情で後ろにいた狼夜を見る。狼夜は目を伏せ、抱いていたメグを見せた。
 「……っ」
 更夜と憐夜は息を飲む。
 メグは裸に近い格好であちらこちら血にまみれた酷い状態だった。
 「髪……」
 絶句した更夜に、明夜がさらに続けた。
 「髪を奪われました。あいつに。残忍すぎて、俺は震えてます」
 「はる、なんとかならんか?」
 更夜は震えが酷くなる鈴を優しく抱き寄せながら、はるに目を向けた。
 「アマテラス様の元へ運びます」
 「待っておくれ!」
 ふと、後ろの方にいたサキが前に出てきた。
 「輝照姫様! あ、彼女は現在、現世で太陽神の頭です」
 はるはすばやく、更夜に言った。
 「なんと……」
 更夜はメグを狼夜から受け取り、サキを見た。
 「あたしも行くよ。彼女を助けられるなら、力を尽くす」
 「……すまぬ」
 「もうひとり、酷い怪我をしてるんだ」
 サキはあやを見た。
 小さいあやは意識のないミノさんを「K」の力で浮かせながら連れてきた。その時に更夜が抱いていたメグも、あやの手により浮かされた。
 「彼は……私達を守った。守ってくれた」
 「……っ」
 更夜は同じく酷い怪我をしたミノさんを怯えた顔で見据えた。
 ……やはり、俺達を守ってくれた関係のない神が傷つく……。だがもう、どうにもならない。
 更夜はそう思いながら拳を握りしめた。
 「ちょっとアマテラス様のとこにいく」
 「私も手伝いますっ!」
 あや、サキ、はる、そして憐夜は慌てて二人を連れて部屋から出ていった。
 残ったのは更夜、鈴、明夜、千夜、狼夜、ライ、アヤ、トケイ、そして猫夜だ。
 「更夜様、鈴ちゃんは……」
 ライはまわりの雰囲気に怯えつつ、つぶやくように更夜に尋ねた。
 「……正直に言うとだな、鈴を元に戻すには……いや、術を解くには凍夜を倒し、自分の強さを再確認する必要がある。とりあえず、術を解くにはだ。……この子はずっと昔からこうなんだ。本当の心が凍夜により隠せなくなっただけだ。だから、この性格はこのままかもしれぬ」
 更夜が凍夜を倒すと言った刹那、鈴が過剰に震えた。
 「……わかるか? これがこの子の性格だ」
 一同は黙り込んで頷いた。
 「みんなが助けるよ。鈴ちゃん」
 ライは一度、鈴と共闘している。その時と今が違いすぎるため、戸惑ったが、頷いた。
 「それで、鈴は置いておいてこれからどうするのだ?」
 千夜はこれからの動きを考えた。
 「あなた達にはやってもらうことがあります」
 ふと、誰の声でもない女の声がした。
 「?」
 「ああ、アマテラスです。怪我をした神々は現在治療しております故、ご安心を」
 更夜達が何かを言う前にアマテラスは先に言った。
 「それで、やってほしいことなのですが、黄泉の門を開きますからイザナギ様、イザナミ様から桃、筍、ブドウのデータとイツノオハバリを借りてきてください。ただ……」
 質問を投げかけようとした一同にアマテラスは強引に続ける。
 「戦闘になります。腕のたつ者が行ってください。ちなみに、私達三貴神はこちらの世界に干渉はできません。あなた達のみでなんとかする必要があります。イザナミ様、イザナギ様、そしてワールドシステムであるアマノミナ(カ)ヌシは人間離れした感情をお持ちです。機械だと思ってください」
 「それはオオマガツミを排除するための準備、ということか?」
 千夜が尋ね、アマテラスが頷いた。
 「この宮もその間に襲われる可能性もあります。こちらを守る方にも力をさいていただきたいです。私達は戦闘ができません。私達の係累は争いなく、人々を守るデータがある神。サキは別ですが、他に守りがいないと困ります」
 「……わかった。では、私が残ろう。私は障らぬからな」
 千夜は真っ先に宮を守る方向へいった。
 「わ、私も残るよ。守る方ができそうだし」
 ライも小さく手を上げ、明夜も頷く。
 「俺も残る。戦闘はまるでできないんだ。足手まといになるなら、ここで微力に宮を守るぜぃ」
 「僕は行くよ。役に立ってないからさ」
 トケイは黄泉に入る方を選んだ。決められないのはアヤ、狼夜、更夜のみだ。
 猫夜、鈴の扱いも困る。
 「……猫夜、鈴はここにいた方がいい。猫夜は何をするかわからんから、ここで魂を浄化させとけ」
 「あたしは凍夜様をここに呼んでやるわよ」
 口に巻かれた手拭いをいつの間にかとっていた猫夜は、得意気にアマテラスを見た。
 「あなたはアマノミナ(カ)ヌシが許さないですわ。Kのデータは早々に持っていかれるでしょう。そして、望月静夜さん、憐夜さんに受け継がれます」
 「ふん……。いいのよ。私はお父様を助けたのだから」
 猫夜はアマテラスを睨み付け、ふてくされたように言った。
 「そうですか。それは良いのですが、あなたは、道を引き返した方が良いですわよ」
 「……お父様を呼んでやるわ。この善だと思いこんでいるあんた達に痛い目を見させてやる」
 猫夜は狂気的に笑っていた。
 猫夜の発言により、千夜達の顔が引き締まる。
 「……とりあえず、黄泉へ行く方を決めてください。猫夜さんがここにいる段階ですでに、オオマガツミが入り込んでいます。凍夜もいずれ、ここに来ます。急いでください」
 アマテラスは一同を仰ぎ、言った。
 「……狼夜は来てくれ。俺も行く」
 更夜は行く事に決め、狼夜をうかがった。
 「俺は……」
 「あなたは強い。相手が手強いのなら、強い者が多い方がいい。戦場に行くのはいつだって強い男だ。精神的な強さもそうだが、技術がある。共に戦ってほしい」
 「しかし……そうしたら守りが……」
 狼夜は守りが少ないことを心配していた。
 「心配するな。私がいる。それにサキという女もいる。彼女はおそらく、私達よりも強い」
 千夜が狼夜の肩を叩いた。
 「ですが……」
 「まずいときはおそらく……」
 更夜が続けようとした刹那、千夜が勝ち気な瞳で割り込んだ。
 「まずいときは、彼を呼ぶ。心配するな」
 「……彼? ですか?」
 「私の旦那様だ。望月夢夜(もちづきゆめや)様は私が呼べば、来てくださる。強い男だよ」
 千夜は狼夜に笑いかけた。
 「……そうですか」
 「だから、お前は自分で判断しろ。まだ刀を奪えていないからな、残って刀を奪う機会をうかがうのも良しだ。だが、お前はどうしたいか、もう決まっているのでは?」
 狼夜は千夜に言われてうつむいた。
 「役に立てるなら、お兄様と行きたいです。刀は心配ですし、守りも心配です」
 「……なら、行け。オオマガツミが消えれば、刀も奪いやすくなるだろう。正気を取り戻すかもしれん」
 千夜は、狼夜を更夜の方へ押しやった。
 「……誰か、刀をいただけますか」
 狼夜がそう言い、更夜が手から刀を出現させた。
 「俺が生前に使っていた刀だ。死んでから最初に握っていたものだった。今は時神になった故、霊的武器の刀を使っている。こちらはもう、必要ない」
 「……ありがとうございます」
 更夜から刀を受け取ると、腰の紐に差した。
 「アヤは……」
 「私は……どこにいても役に立たないわ」
 アヤは目を伏せて答えた。
 それを見たアマテラスはすぐに声を上げる。
 「そんなことありませんよ。あなたは、ワールドシステムに一度、入っています。アマノミナ(カ)ヌシに会っているのはあなたと壱の時神だけ。覚えていないでしょうけど、あなたは戦っていた」
 「……え?」
 アヤは目を丸くした。その記憶はまるでない。
 これは「TOKIの世界書」に記述している。しかし、アヤは記憶を消され、なかったことにされているので、本神は気づいていないのだ。
 「だから、あなたは重要なデータを持っています。皆さんの役に立つでしょう」
 「……行った方がいいの? 私は凍夜から逃げたし、ミノにも怪我をさせたわ。更夜さんの言葉を使うと、弱い女が戦場にいくという感じになるわ」
 アヤはそう言うが、更夜は決めていた。
 「あなたは俺達と来てほしい。あなたの力は使いようによっては最強だ。いままでの戦いで、あなたの力にはかなり助けられた。ただ、無理強いはしない」
 「時間を止める能力は神格が高すぎる神には通用しないはずよ」
 アヤがそう言うと、アマテラスがまた、口を挟んだ。
 「あなたがワールドシステムに入った時、時神三柱がいました。壱の世界の過去神、未来神、そしてあなたです。その時は、時間停止をうまく使ってました。そして今回は、こちら……弐(に)の世界の時神がいます。あなたはこちらの現代神鈴の代わりをするのです」
 「……よくわからないけれど……役に立つなら……行くわ。だけれど……足手まといになるかも……」
 アヤは目を伏せて、いままでを思い出した。
 戦ってほしいと言われたわけではなく、自分から足を突っ込んだのだ。
 それなのに、逃げ出したり、守られたり、勝手に泣いたり、今は足手まといを心配している。
 「あなたは俺達をずっと守ってくれた。最初からだ。壱の時神過去神、栄次が狂ったあの事件から、助けられている」
 アヤは「TOKIの世界書」にて、最初に更夜と鈴を救い、弐の時神未来神トケイを産んだ。
 「あれは、私だけの力ではないわ」
 「あなたは立派にやることをやったのだ。それだけは言う。決断は任せる」
 更夜はそれだけ言うと、アヤの返答を待った。
 「……そこまで言われたら、行くしかないじゃない。……わかったわ。行くわよ」
 「ありがとう」
 更夜は以前とだいぶん変わった。元々の顔が現れたのかもしれない。
 更夜、狼夜、トケイ、そしてアヤが黄泉に入ることになった。
 宮を守るのは、千夜、明夜、サキ、ライになりそうだ。
 憐夜、あやはメグとミノさんの救護を手伝う方向だ。
 「お姉様、ライ、明夜様……鈴と猫夜をよろしくお願いします」
 更夜が頭を下げ、猫夜が舌打ちをした。更夜がまるで子供を預けるかのように言ったからだ。
 反対に鈴は怯えたまま叫んでいた。
 「更夜……いかないでっ!……私を置いていかないでっ……私も一緒にっ……」
 いつも、鈴が更夜についていこうとするのは、「置いていかないで」という焦りからのようだ。
 鈴は今、なにもかもを隠せない。
 「鈴……大丈夫だ。俺と行くより、皆が守ってくれる」
 更夜がそう言うが、鈴は納得しない。
 「怖いぃ……凍夜さまが……くる……」
 鈴は更夜の着物の袖を引っ張り、泣き叫ぶ。
 「鈴……」
 皆が鈴をそれぞれ呼ぶ。鈴の心の傷の深さを知り、困惑した。
 「鈴ちゃん、大丈夫だよー。俺が鈴ちゃんを全力で守るからさ。一緒に逃げるし、離したりしない。俺が更夜様の代わりをする」
 ふと、明夜が鈴の前にやってきた。
 「……」
 鈴は明夜を黒い瞳で見据えた。
 「こう見えてもね、俺は妻も子供も最後まで守った男だ。壊れた望月を再生させた男でもある。俺は戦闘には参加しないが、君を守るよ。さっきは凍夜とあきらめずに戦ったしな」
 「明夜……」
 「だから、俺から離れるな。はぐれないように手をつなごう」
 明夜は戸惑う鈴の手を握った。
 刹那、鈴は更夜に似た、力強い力を明夜から感じた。鈴は気がつくと明夜に手をひかれ、知らずの内に更夜から離れていた。
 この人は私を最後まで守ってくれる……鈴はそう感じ、震えながらも更夜から離れたのだった。
 「さすがだ。傷ついた望月達を助けていただけある」
 千夜は自身の息子を感心して見ていた。
 「鈴ちゃん、離れないように皆と手を繋いでおく?」
 「……ううん。大丈夫。あんたがいるなら、怖くない……かも」
 鈴は明夜の、大きくてあたたかい手に安心し、頬を染めた。
 傷をつけられたのが男なら、守るのも男に合わせる。鈴を安心させられるのは、男であると気づいた明夜はすばやく、鈴を安心させにいったのだった。
 「……明夜様、ありがとうございます。鈴、俺達はすぐに帰ってくるから心配するな。これが終わればもう、離れることもない」
 更夜はそう言うと、鈴の頭を軽く撫でた。
 「ちゃんと帰ってきてね……」
 涙ながらに言う鈴に更夜は優しい笑みを向けた。その後、ライが鈴をそっと抱き寄せる。
 「大丈夫だよ。鈴ちゃん。私も鈴ちゃんを守るからね。前回は守られたけど」
 鈴はライを見て、さらに安心した顔をした。
 「じゃあ、行く?」
 アヤが言い、更夜、トケイ、狼夜が静かに頷いた。
 
 

 
 
 
 

二話

 一方、逃げ回るだけ逃げてから月の宮に到着した逢夜、ルル、サヨ、俊也、静夜は、辺りの雰囲気に飲まれていた。
 夕方なのか夜なのかわからない、赤い黒い空に真っ青な海が広がっている。神秘的な雰囲気だが、同時に静かすぎるという不気味さもある。
 「静夜……ここが……」
 逢夜が息を飲む。
 「そうです。月の宮です」
 「月の……静夜さんはなぜ、ツクヨミ様の場所を知っていたの?」
 ルルが寄せては返す波を見つつ、静夜に尋ねた。
 「理由は……私がこれからKになるからでしょう……。Kはワールドシステムを助ける存在ですから」
 「ケイ……」
 「それよりも、彼女を浄化することの方が大事です! マガツミがきますから!」
 静夜は気を失っているサヨを連れ、海へ飛び込んだ。
 「えっ!? ちょっとっ!」
 「……マガツミに追われてんだ。考える前に動こう!」
 逢夜はルルと俊也を引っ張り、海へ飛び込んでいった。
 深い静かな海の中には何もいなかった。ただ、澄んでいる海がどこまでも続くだけ。
 息は不思議とできる。
 「皆さん、急いでください」
 静夜は逢夜達を急かし、海の底へと潜っていく。海面の方では海底になにがあるかわからない。
 とりあえず、ついていくことにした。滑るように、落ちるように潜っていくと、朱色の天守閣が見えた。
 「城が……」
 「ツクヨミ様の城です」
 「なるほど」
 逢夜は軽く頷いたが、俊也は目を丸くしていた。
 「海の中にお城……」
 「俊也様には驚きでしょうが、こちらの世界ではそんなに珍しくはないのですよ」
 静夜に言われ、俊也はとりあえず、受け入れた。
 海の中にある月の宮に着いた。
 水の中にあるのに、ある一定を過ぎたら地面になった。普通に立てる。上を見ると、海底であるのに水面が見えた。
 よくわからない。
 「ツクヨミ様……お助けを……」
 静夜が声をかけると、紫の美しい長髪をした整った顔立ちの男が水干袴を着て現れた。
 「ああ……えーと、Kかな?」
 水干袴の男、ツクヨミはかなり砕けた雰囲気で尋ねてきた。
 「……まだKではないのですが……その……」
 静夜はまた突然、失声症が現れた。ツクヨミが格上の神力だからか。
 「静夜さん、大丈夫。私が説明するね」
 ルルが静夜の背中をさすり、ツクヨミを見据えた。
 「あの、オオマガツミに追われています。えーと、イザナミ様に……マガツミを返して……えーと」
 「……ああ、マガツミがこちらに出てきたのか」
 ツクヨミはため息混じりに答えた。
 「それと、子孫のサヨがマガツミに入られたんだ。なんとかならねぇか? 一応、マガツミから離したが……。こいつ、Kなんだよ」
 逢夜が必死に続けた。
 「……海神が禁忌を犯した娘か」
 「……?」
 逢夜は眉を寄せたが、静夜は頷いた。
 「なるほどね。いいよ。入って」
 ツクヨミが髪をなびかせ、城へと入っていったので、ルル達も後を追った。
 「望月俊也、望月サヨが目を覚ましたら、現実はここだと教えるんだよ」
 「え? あ、はい」
 俊也は全くわからないまま、ツクヨミに頷いた。
 「望月サヨは戻さねばならない。なぜならね、彼女はイツノオハバリを持てるからだ」
 「……?」
 ツクヨミの説明はよくわからなかったが、とにかくサヨを目覚めさせることにした。
 サヨは逢夜に抱えられ、畳の一室に敷いた布団に寝かせられた。
 「で、マガツミがここに来る可能性は?」
 逢夜が鋭くツクヨミに尋ねた。
 「あるよ。でも、僕は穢れを落とした時に産まれた神だから、ある程度、マガツミは防げるかな」
 「ある程度……」
 「後はKがそのつど『排除』を使えば」
 ツクヨミのこの発言に一同、口をつぐんだ。
 「Kか……」
 逢夜は頭を抱えた。静夜はKではまだないし、サヨは気を失っている。
 「サヨはダメだよ。彼女はイツノオハバリを持って戦ってもらうからね」
 ツクヨミの言葉に俊也が小さく声を上げた。
 「あ、あの……サヨをモノみたいに言わないでください」
 「君達はサヨがいなければ望月凍夜に勝てないことをどれだけ知ってる? 君達は一族で望月凍夜を抑えるつもりなんでしょ? それともなに? 僕が一瞬で倒せばいい? 満足するの? 僕はわざわざ、霊的月の月神達に手を出さないよう言ったんだけど、迷惑だった?」
 あまり感情の入らない声でこちらを見るツクヨミに一同は黙り込んだ。やがて重たい口を開いたのは逢夜だった。
 「……あんたの言った通りだ。俺達は望月だけであいつを倒すつもりだった。だから、俊也を持っていかれてしまい、サヨを『使った』。心優しい、関係のない子孫を俺達が巻き込んだ」
 逢夜はツクヨミと俊也を視界に入れてから、下を向いた。
 「サヨは僕の妹だけど、性格は真逆。よく無茶をして、勝手に動くやつなんです。だから、妹を使わないでほしい。さっき、すごく苦しんでいました。もう、見たくないんだ」
 俊也は千夜によく似た鋭い目付きをすると、逢夜を睨んだ。
 「すまねぇ。俺達は凍夜のまわりにいるマガツミに勝てないんだ。こんなに世界を巻き込む騒動になるとは思わなかったんだ。妹想いのいい兄ちゃんだな」
 「……僕達があちらこちらでモノみたいに扱われること、本当に不快です」
 逢夜を睨み付けながら俊也は厳しく言い放った。かなりの威圧がある。普段、俊也が抜けているように見えるのは、抜けていないと皆が怖がるからだ。
 「ああ……そうだよな。本来ならお前達は関係なかったんだ。望月凍夜を知らないだろう? 知る必要もなかった」
 「じゃあ、なんでサヨを巻き込んだんですか!」
 俊也はさらに声を荒げる。
 「……お前が望月凍夜に拐われたからだ。そしてサヨがお前を助けにこちらにきた。それからサヨに頼りきりだったんだ」
 逢夜は素直に、まっすぐ俊也を見据えた。
 「僕のせいだって言うんですか!?」
 「違う!」
 逢夜が俊也をさえぎって声を荒げた時、サヨが目覚めた。
 「うっさいな! あたしはね、あんたらを助けたかっただけ! みりゃあ、わかんでしょ! このポンコツ野郎ドモ」
 サヨはいらつきながら起き上がり、逢夜と俊也を睨み付けた。
 「サヨ! ここは現実だ! 現実だよ!」
 「はあ? わかってるっつーの」
 「あの……えっと、僕……だよ?」
 俊也はツクヨミから言われたことをそのまま言い、サヨは眉を寄せながら刺々しく俊也を睨んだ。
 俊也が隣にいることにまるで気がついていない。
 「あたしは……色々見ちゃったんだ。あの極悪非道な望月凍夜のすべてを見てしまった。だから、望月家を助ける。厄神が入り込んできた時さ、全部見えた。悲しかった。苦しかった。痛かった。加虐的、被虐的になった」
 「サヨ……」
 逢夜が心配そうにサヨを見る。
 サヨは息を吐くと、逢夜を仰いだ。
 「うちがあれで狂わなかったのは、あんたのおかげなんじゃね? 逢夜サン、あんたの優しさ、めっちゃ感じた。あんたさ、すごく優しいんだね。ジェントルマンかよ」
 サヨは頬を赤くしてそっぽを向いた。
 「……すまねぇ。本当は巻き込んではいけなかったんだと思う。俊也の言う通りだ。お姉様が守った大切な子を殺すところだったんだぜ」
 逢夜が落ち込んだ顔でサヨを見るので、サヨは逢夜を睨み付けて続けた。
 「なに、バカなこと言ってんの! あんたらが凍夜の呪縛を解けなかったから皆で頑張ってここまできたんでしょ? なめてんの? いままであたしが頑張ったことをさ、全部消すわけ? ありえないんですけど。あたしの頑張りを否定するなら、ぶん殴ってやる!」
 「さ、サヨ……落ち着いて……」
 俊也が咄嗟に止めに入った。
 「うるさい! おにぃは黙っててよ! ……って、おにぃ!?」
 サヨは今更ながら俊也がいることに驚いた。サヨは俊也がまだ捕まっていると思っていた。
 「あー……えっと、助けてもらったんだ」
 「おにぃ……無事で良かったね!」
 サヨは半分涙ぐみながら俊也に言った。
 「うん。なんとか。全然状態がわからないんだけどさ……」
 「……じゃあ帰ろうって言いたいとこだけど、うち、まだやることあるから」
 サヨは俊也に笑みを向けると、逢夜を睨んだ。
 「手伝う」
 サヨの一言と目つきに逢夜は姉を思い出していた。
 「……すまねぇ。助かる」
 「うん」
 「体は……大丈夫か?」
 「あんたが……苦しんでいた望月の先祖達ひとりひとりの気持ちと 向き合ってくれたから、あたしは無事なんだ。無事でいられた」
 サヨは先程の顔つきとは逆に震えながら泣き出し、逢夜に抱きついた。逢夜は震えるサヨの細い肩を抱きしめる。
 「お前は強かった。だが、強がることはないんだぜ。怖かったんだろ? 自分が自分ではなくなっていく感覚が。大丈夫。今度は俺が守る」
 「うえぇん……パパ……パパに会いたい……。パパ……」
 「……サヨ、ありがとう。俺達はお前の味方だよ」
 逢夜はサヨの頭を優しく撫でた。サヨは逢夜を父のようだと思った。包み込む優しさがサヨの父、望月深夜にそっくりなのだ。
 「パパ……優しく……抱きしめて……パパ、行かないで」
 サヨは父に甘えるように逢夜にすがっていた。
 「ああ、サヨ、どこにも行かないよ」
 逢夜は優しくサヨに言い、ふわりと抱きしめた。
 俊也はサヨの雰囲気に驚いていた。彼女のこんな姿を見たことはない。
 「俊也君……」
 隣にいたルルが俊也にささやいた。
 「あのね、サヨはね、さっきまで凍夜が『お父さん』だったんだよ。コロコロ性格が変わっていたのは、サヨがあの場にいた子孫達になっていたから」
 「……」
 俊也は黙って下を向いた。
 「現実と過去がごちゃ混ぜなんだろうね。今。逢夜もそれがわかっていて、望月深夜、彼女の父になりきってるの」
 「そっか……」
 「大丈夫。サヨは私も守るから。それから私達望月が迷惑をかけてごめんね」
 ルルは逢夜の妻として俊也に謝罪した。それを見た俊也はどうしたら良いかわからず、とりあえず頷いたのだった。
 「……逢夜……サン。さんきゅー。元に戻れた気がする」
 しばらくしてサヨが顔を真っ赤にして逢夜から離れた。高校生にもなって、父でもない男にすがり、幼子のように泣いたのだ。
 サヨは恥ずかしすぎて逢夜の顔すら見れなかった。
 ちらりと横目で逢夜を見たとき、逢夜はバカにするわけでも、嘲笑するわけでもなく、自分の子供を見るようにほほ笑んでいた。
 「バカにしないの? ガキだなって笑わないの?」
 「お前が無事で良かったぜ」
 「……っ」
 逢夜が発した一言に、サヨはやや驚いたが、やがて彼女らしい笑顔を見せた。
 それから照れを隠すように元気に言い放つ。
 「で? うちがやることは何よ? 秒でティーチャー!」

(2020年~連載中)本編TOKIの神秘録 最終部「望月と闇の物語4」(海神編)

(2020年~連載中)本編TOKIの神秘録 最終部「望月と闇の物語4」(海神編)

「TOKIの世界書」EX 幻想でSF、和風な神さま物語! こちらは前々から謎だった望月家についての掘り下げ! 忍、歴史、大好きです笑。 海神編四部スタート! そろそろ終わります!

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-09-13

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