【連載】高千穂峡のすみれ草 Ⅱ

万田 竜人(まんだ りゅうじん)

プロローグ

本稿の 「高千穂峡のすみれ草Ⅰ」 においては、当時、あたかも日本国における
二大政党による与野党の政権交替かと思われる政局の大変動があり、その行く末
にフォーカスするつもりで、当時の政局などについて大いに注目してきたが、結果、
就職における氷河期を作ってしまうなど、その政局は不発に終わった。

そして、本日 (2020年8月25日)、自民党の安倍総理による政権奪還後の真摯
な努力により、歴代政権最長:2799日が確認され、その行く末には、安倍総理の
健康状態も含めて、全国民から、固唾を呑んで注目が集まっている。

一方で世界も・日本国内も・新型コロナによる影響で、先の見通しが定め難い状況
にあり、東京五輪の開催なども2020年から2021年に繰り延べされた。

この状況を年代標記に焦点を合わせて標榜した時に、村上春樹氏が、長編小説の
世界でタイトルとした 「1Q84」にヒントがあるように考える。これをより、具体的に
表現するなら 「202Q年」として、1年単位での問題解決ではなく新型コロナ克服
までの複数年を、政局としても、俯瞰して行く必要があるのではないか?

その様な発想を根幹に置いた時に現在の新型コロナ禍による 「カオスの世界」 に
おいて複数の法則を見出す必要がある時に、一人の国民の目線として考えられる
ことを、新たな提言も含めて、深掘りしてみようと考えてみた。



001 202Q年としてカオスの世界を泳ぎ切るには

最初の段階で、発想を確かなものにするためには、歴代政権最長記録を確かなもの
にした安倍総理の 「四選を視野に入れて」 政局を組み建てる必要がある。

これによって 「目前の東京五輪を安倍政権の三選内である」 2021年に必ずしも
絞り込んで窮屈な思いをする必要はなくなってくる。

そして、その場合に IOCは 「2022年の五輪はあり得ない」 と明言を繰り返して
いるが、主催国の日本にとっては 安倍総理三選の任期を、縛りとした2021年の
拘りはなくなって来るので、フリーハンドの範囲は広がって来ると云える。

また、新型コロナ禍への対応で見えてきたことは先行きが不透明な渦中において、
云いかえれば 「カオスの世界」 においては、個々に・方向性や法則を定めて行く
必要があると云うことになる。

現状は 「冷房しながら暖房をする」「ブレーキを踏みながらアクセルを踏み込む」
などの表現が成されているが、これについて別な表現をすれば・・・

◇ 超マクロ的には 「緑の信号」 を出しながら

◇ マクロ的には  「黄色の信号」 が出ている

◇ そして、ミクロ的には 「赤信号」 が表示されている

即ち、信号は全標示であり、しかもそれぞれの信号の表示には、それなりの根拠が
あって、説得力もある。

この状況を合わせ見ていて、私は、高校二年の時に、期末試験の勉強をしている
ときに、夜中に、親父が虫垂炎を来して、街の製氷屋さんまで、自転車を走らせた
時に親父が出掛けの私に向かって・・・

「勉(つとむ)よ、この夜中の街の信号機は、赤の点滅を繰り返している筈だから、
その意味とする 『停止を原則とするも、安全確認が出来たら前進しても良い』 を
認識して注意深く信号と四囲の状況を見て渡るように」 といわれたが現在の日本
国内が置かれた状況は、この赤信号の点滅状態ではないか?

したがって、この状況では、個々人が四囲の状況を判断しながら、その時点・時点
での最適解を繰り返し見直し 「きめ細かく・判断しなさい」 ということになる。

これを現状に当て嵌めて、一つの事例で、考察すれば・・・

ゴーツートラベルにおいても、

「超マクロの政府レベルでは、ゴーサイン(緑の信号)」
「マクロの東京都のレベルでは、ストップのサイン(赤信号)」

そして、ミクロの個々人のレベルでは、各地方の信号も勘案して、赤の点滅状態を
渡る(または渡らない)。

このカオスの状況においては、答えは・・・

「線形でみる、一つの解答のみだはなく」
「複々線における、多数解がある」 ということになる。

また、このことを政局に当て嵌めて考えた時に202Q年においては新型コロナ禍が
沈静化するまでの複数年に渡っては・・・

◇ 日本全体の超マクロの統治に当たっては、安倍総理が統率する

◇ その下にマクロの統治機構として 「東京首都圏を安倍総理が統治しながら
ミクロの東京都の首長(都知事)との意見交流を頻繁化させて日常生活に反映」

◇ 東京以西の西ウイングを副総理がミクロの統治機能として、各地区の首長と
連携して行政に当たり、同様に東京から東北の東ウイングをもう一人の副総理
が各地区の首長と連携して統治する。

国民の個々人としての行動は、面前の状況をつぶさに見て、独自に行動を重ね
首長の指針を鵜呑みにはしない。

昔、新潟方面に 「親知らず・子知らず」の峠があったと、子供の頃に、親父から
も良く聞かされたが、今はまさに 新型コロナ禍の峠を渡り切るまでは・・・

「親知らず・子知らずの時間をくぐり抜けざるを得ない」

東京五輪においても、複数の解について考察、フレキシブルな対応が必要である。

例えば、202Q年が2021年に限定された場合に・・・

◇ ベーシック・プランとしては無観客を前提にして徹底的な記録映画として芸術的
 なレベルまで高めた作品を創り上げ 「翌年の2022年に国立競技場」 において
 世界中から観客を集めてフェステバルとして楽しむ。

◇ その際に、各国の状況から 「コロナを制圧出来た国」 には、2021年に観客と
しての参加を呼びかける
(その際の参加承認は世界保健機構が任に当たる)。

◇ 2021年の大会に参加出来なかった国には、2022年のフェステバルに招待

ベーシックプランとしての 2021年の東京五輪の開催が、新型コロナ禍の影響で
開催出来ないときには、2022年または2024年への繰り下げを日本の政府から
IOCに求める行動は、賛意が得られるか・否かに関わらず一つのアクションプラン
としては価値ある行動であろう。

今回、24時間テレビにおいて 「チームQ」 が見せてくれたアクションも説得力の
ある行動であり、2021年の札幌マラソンに時刻を合わせて 「チームQ」が予め
準備していた 「東京マラソンのコースを走って見せる」 などのアトラクションなど
も東京五輪に華を添えることになるのではないだろうか?

いずれにせよ、今や 「ひとり・ひとりの国民」 からも 政府に向かって、リモートで
提言が出来る状況にあって、カオスの中でのアイデアを拾い上げることも、政局を
運営する国のトップ機関に求められていることではないだろうか?

この一文が、安倍総理に、拾い上げられ 「ちょい見」 でも、読んでいただければ
これ以上の幸せはない。



002 新型コロナ禍と日本における民主主義との闘い

今、202Q年における命題は 「新型コロナ禍と日本の民主主義との闘い」に
おいて、日本の民主主義の在り方を進化させることによって、新型コロナ禍に
よる影響を制御できる段階(レベル)まで高めて行くことにある。

この原点は、日本国憲法の在り方から、末端の細部の条例にいたるまでの
総見直し(トータル・ブラッシング)が必要であり、まさに安倍総理が目指して
いた根幹に遡る命題であり、本来は安倍総理の出番と云える。

しかしながら発達心理学が明示しているように、人間の活発な活動期および
寿命にも限りがあり、常に後継者の育成は不可欠である。

そのことを考えると、如何にスムーズな形でバトンを渡せるかも、大切な課題
である。

その点、唐突な印象は避けて通れないが、一方で、安倍総理(首相)の辞任
表明には、潔さと・共に・引き続き 「国民を守って行くという静かな闘志」 の
ようなものを感じ取ることが出来る。

良く云われる言葉として 「安倍一強」 があるが、これはかつて決められない
与党の時代があって、下野していた自民党は安倍首相が先陣をきって政権を
奪還、あらゆる面で 「俊敏な決定」 を心掛けて政策を推進してきた。

この時、与党の自民党や公明党は、再び 「決められない政権」 への回帰を
避けるために安倍総理の下に一丸となって集結して来た。この状況が、経年
変化を経て 「安倍一強」 という捉まえ方に変わってきた。

その様な捉まえ方をした時に202Q年の新型コロナ禍を克服するための複数
年の施策を実施して行く時に、安倍三選の任期の定めによる「2021年の秋」
の堰の様な存在は、多くの意思決定の障害になってくるので・・・

◇ 安倍総理が健在であれば、四選によって、この堰の存在を取っ払うことで
 シームレスな複数年の政策運営が出来るのでこの選択肢がベストであるが、

◇ 安倍総理が自ら語られた様に 「健康問題」が極めて深刻なものであれば、
 現時点で辞任されて、

◇ 現状の 「国会閉会時」 に、政権交代するという安倍総理の選択は、現状
 の自由度の高い環境からは、安倍総理にとっては次善の選択と云える。
 (国民目線からは安倍総理の続投を期待していただけにベターな選択)

新型コロナ禍による目に見える形での問題発生は 「中国の春節」 を機会と
した多くの旅行者の来日および大型客船の横浜寄港を機会に、2021年2月
頃から、われわれ国民の 「目に見える形」 になって露見してきた。

横浜港における大型豪華客船への対応では、他国からの支援などはなく日本
が背負い込む形で対応に当たって来た。

また、安倍総理による新型コロナ禍への国内向けの対応に当たっては、初動
対応が俊敏に判断され、トップダウンによる学校関係の休校などによる新型
コロナからの感染拡大阻止など可及的速やかな措置が適切になされた。

大人社会であれば 「三密を避ける行動指針」 などは容易に理解されて行動
に移されるが、子供社会では、その理解が 「即、行動に移される」 とは期待
しにくいことであり、休校措置などは必須であったと云える。

これを、日本における大惨事であった 「原発事故への対応」 の俊敏さを欠い
た意思決定と、当時、米国の原発専門家からの支援を断った閉鎖的な対応等
を振り返ってみると、当時の政権の対応の在り方をあらためて振り返る必要性
を痛感する。

そこで、本稿では、当時の与野党が政権交代して、どのようなことがあったのか
「高千穂峡のすみれ草Ⅰ」の記事を再校することであたらめて書き起こしながら
今からの新しい総理の誕生を俯瞰して行きたいと考えている。

そこには、与党である自民党と公明党のトップの人材としての新しい総理大臣が
引き続き安倍総理に勝るとも劣らぬリーダーとして・・・

新型コロナ禍を制圧できる 「日本の民主主義を再構築できるのか?」比較検証
することにチャレンジしてみたいと考えている。

新しい総理大臣が、新型コロナ禍を制圧した時に・・・

「凡そ、7年8か月前の政権奪還が、本物であったか・否か?」の答えが出てくる
のではないだろうか? 

まさに、野球に例えれば・・・

◇土壇場の九回裏に登場するリリーフ投手が新型コロナ禍を制圧できなければ
 安倍総理も勝利投手にはなれない

◇ましてや、リリーフ投手が、次戦においてエースとして登場することも出来ない

のではないだろうか?

それだけに 「次の総理(総裁)選びは、極めて難しい」 と云える。



003 新型コロナ禍の燃え盛る焔に向かって

九月初頭にあっては激しい雨の襲来によって一気に涼感が訪れて、暑くなった
脳内も適度に冷やされて、救われる思いである。

「次の総理(総裁)選びが極めて難しい」状況にあって、望ましい人物像が急速
に、国民の眼の前に浮上して来た。

落ち着いて考えてみれば  「菅官房長官」 の総理(総裁)就任の方向性には、
必然性があるのかも知れない。

一方で、若手の有力議員と云われいる小泉環境大臣の言葉を借りれば緊急時
対応的な選挙ではなく、地方の意見も取り入れた 「総がかりでの選挙」が望ま
しいとしており・・・

安倍総理が引き続き政権運営に当たっているので、けっして緊急事態ではない
のではないかと云いきっている。

これに対して、私が思うことは・・・

◇目の前の燃え盛る 「新型コロナ禍」に向けて必死の覚悟で消火に当たって
いる安倍総理の病身をかばいながらの防戦を見る時に、けっして・緊急事態と
は云えない・と・云う見方は、セクシーな(今風の)見方とは思えない。

◇むしろ、現状におけるインド洋の海域における重油災害に向けて、緊急的な
政治姿勢として 「早急にインド洋の海域に向かうこと」 が、求められているの
ではないか?

・・・・・・・・・・・・

◇したがって、新しい総理(総裁)を早急に緊急体制的に選出して、安倍総理
から 「新型コロナ禍に向けた消火システムの運営」 を可及的速やかに引き
継ぐ必要があるのではないか?

ましてや、唐突な話題になるが、米国における大統領選は、目前(二か月前)
に迫っており、選挙後、トランプ氏・バイデン氏のいずれが勝っても・・・

それまでに、十分に静養した(元)安倍総理が、スーパー・ウルトラ(超)特使
として、渡米・米国の新政権との橋渡しをすることが重要課題として浮上して
くるのではないか?

安倍総理が、今までに地球儀的な俯瞰によって世界の首脳と交流して来た
知的財産はご本人の健康状態との相談にはなるが、外務大臣との連携に
おいて、かつての米国のキッシンジャー氏に勝るとも劣らないウルトラ議員
として日本国にとって切り札的な存在となってくるのではないだろうか。

それだけに今回の総理(総裁)選びは、緊急時体制としての対応が、天命
としても求められているのではないだろうか?

また、日本国において貴重な存在感を示して居る 「石破氏」 についても、
これからの東京五輪後の東京大改造や日本を縦断する各地の大掛かりな
復旧事業については大規模な資金の流通があり、政治の腐敗などによる
不正などが生じた時には、一気に政権交代を見据える構えも重要になって
くるのではないか?

いずれも、国民の一人としては 末尾に 「?」 の付く提言となるが政府に
とって頭の片隅を掠めるだけでも幸甚であると考えている。


004 エベレスト登頂を標榜した時に

安倍総理の後継を選ぶに当たって、マスコミが第四の権力として、公平性と云う
命題の下に、今、論陣を張っているが、マスコミとしても・論調の振れ幅は大きく、
我々国民の一人一人としても、自らの感覚を研ぎ澄ましておく必要がある。

私は、問題の核心が見えにくくなっているときに 「極論を仮説の軸」 において
考察を深めることにしている。

そこで、私が考えた視座は、安倍総理と菅官房長官チームが、日本国における
選抜チームとして・・・
(ベースキャンプに麻生副総理・岸田政調会長・二階幹事長を残し)

いよいよ・クライマックスの頂上アタックの時に、安倍キャプテンが身体に変調を
来した、その時に、共に・頂上を目指していた菅官房長官は、キャプテンの異変
を感じ取って伴走の歩みを弛める。

その時・・・

安倍キャプテンは、山頂で山の神から 「新型コロナ用のワクチン」 を受け取り
無事に下山して、他の重要秘策と共に、器材類を日本に持ち帰らなければなら
ないという重要任務を抱えていた。

一方で、石破氏は来年の秋に、次の命題を背負ったエベレストへの登山計画が
あり、岸田氏や・豊富な人材を抱える他の自民党議員とキャプテンの座を競う
べく日本国内において、今までの安倍総理の登頂ルートに、誤りはなかったか
精査をっ重ねている。

この様な現況において・・・

安倍総理としては、的確にして・冷静な判断を得るためにベースキャンプに向けて
自分の身体状況や自分が置かれた状況から、自分としてベースキャンプまで自力
で下山するだけの体力は残されているが、この時点で 「誰が・頂上アタックする」
ことが適切か? 判断を求めてきた。

この時、安倍キャプテンの声を真摯に受け止めて適正な判断の舵取りを引き受け
たのは二階幹事長であった。

そして、一方で、安倍キャプテンに伴走しながら、熟慮に熟慮を重ねながら、単独
登坂の危険は伴うものの菅官房長官は 「目の前の手の届くところにワクチン」が
見え隠れしており、足元には、予想外の難所が予測されるものの危険を承知で、
ベースキャンプに向けて 「自分も登坂候補の一人として推挙して欲しい」 旨を
伝えることになる。

下山せざるを得ないと判断した、安倍総理にしても、伴走している菅官房長官に
「後を頼むとは云い難い」事情があるので、直接・頼むとは云えない・・・

それは 「どう考えても」 世に云われる 「貧乏くじ」であり困難の起伏は山積して
おり 「上手く行って当たり前」と国民の眼には映っている。野球に例えれば無事
にセーブできても、勝利投手は安倍総理ということになり旨みはまったくない。

そこで、現在の時点で総理(総裁)候補に手を挙げている個々人について足元を
冷静に観てみることにしよう・・・

◇菅官房長官・・・エベレスト頂上は見えており、山の神がワクチンを手にしている
 姿は見えるが、そこまでの登坂ルートは容易ではない、仮に頂上でワクチンと共
 にこれから先の秋までの解決のための三種の神器は、手にしても重荷であるが
 ゆえに無事に、日本まで持ち返れるか・否か・難所は無数にある。
 (遭難の危機が無数に待ち構えている)

◇岸田政調会長・・・ベースキャンプに控えては居るが現状で命綱をベースキャンプ
 から支えてくれる陣容に不足感はあるが、同時に、次の衆議院選挙後の総裁選び
 にも目配りして、今回は観測気球を上げ、この指とまれの票を読んでおきたい。

◇石破議員・・・日本国内に留まって、安倍総理の今までの軌跡を洗い出しており、
 エベレストまで行って、それからの登頂となるため来年秋までの緊急事態に向け
 急遽・登坂には間に合いそうもないが、次の衆議院後の総裁選に向けてこの指
 とまれの票数は読んでおきたい。

このように見て来ると、現状において 「本気で・貧乏くじを引く覚悟」 があるのは
菅官房長官のみとも観て取れる。

そして、この 「本気度」 を、ベースキャンプで見抜いたのは、二階幹事長であり、
間違いがあると困るので、人材の確かな自民党議員に、慎重を期して国会議員を
主体にした選挙を仕掛けたのではないだろうか?

ここまで記述してきて、ファンタジックな神話のようなストーリー仕立てとなったが、
極論に舞台を置いた時に、案外、見えて来るものがあるのではないだろうか?



005 アベスガノミクスとしての完遂

心理学の権威であるユング博士は、その解(答え)を見付けにくい時には、神話の
世界を訪れることも・時には・有効であると述べている。

自民党の菅官房長官が、自民党総裁選に立候補したことで、マスコミの世界では
第四の権力者として、彼らの見方を総動員して、その見解などを報じている。

そこで、私も第五の権力者と成り得る日本国民の一人として、ユング博士の言葉
を踏まえて、座右に神話的な世界をはべらせながら 「菅官房長官の人となり」に
敬意を評し・・・

鳥の眼的に、手を伸ばせば・届くような・近未来をファンタジーの世界をなぞる様
な手応えで俯瞰してみたいと云う 「小さな冒険心」 に駆られた。

ここで、菅官房長官の安倍総理と共に歩んできた、七年八か月を振り返った時に
私は神話的な人物として 「諸葛孔明」 「二宮金次郎」 「リンカーン」 に重なる
ものを 「人間学的な側面」 から感じ取った。

ここで、先ず 「一稿」 では諸葛孔明を神話的な側面から観察して菅官房長官
に通じるものと・相違がある側面に・フォーカスしてみたと云う衝動に駆られた。

多くの皆さんが、ご存知のように・・・

諸葛孔明は、時の劉備に 「三顧の礼」 をもって迎えられたと、云われているが、
孔明が劉備を訪ねたと云う説もあり、史実の実態は分からない。

日本にあって、三顧の礼は国民に向けてのものであり、安倍総理や菅官房長官
は自民党として、国民からの信を得て約8年間(三選)における長期政権の目標
完遂を目指して行動を重ねてきた。

しかし、三選の任期途中での新型コロナ禍の発生は 「起・承・転・結」で云えば
今まさに、三選目で 「転」 に到ってしまい、事態は、四選目まで・続投しないと
「結」としての満額回答に届かないのではないか? という事態に陥っている。

アベノミクスも三選目の途中までは 「雇用面での回復」 など、順調に進展して
来たが、中国からの春節を利用した観光客などにより、新型コロナ禍という惨事
を来してしまった。

サッカーに例えれば、これは約2年間を超える 「ロスタイム」であり、アベノミクス
の実行・実現にあっては、約2年間の 「プラスタイム」が必要になって来る。

ただし予想だにしていなかった新型コロナ禍に費やした安倍総理の心・身・両面
に渡る過負荷は過酷なものとなり、そのストレスは、元々の持病に予想を超えた
影響を及ぼしキャプテンの選手交代という選択肢を選ばざるを得なくなった。

ここで、鳥の眼的に、別の世界に視野を広げると・・・

パソコンなどには ”intel inside" というラベルがパソコンの前面に貼って
あり、パソコンなどは 「intel inside でないと動かないよ」ということを明示
している。

これは、他の例として、自動車の世界などでも ”densou inside"とは貼って
ないが電装などの他の機能がメカニズムとして、働かないと・自動車などは起動
も出来ないし、動き回ることも出来ない。

安倍政権においても ”suga inside" により、安倍総理・と・菅官房長官の
ダブルスによって政権の舵取りをしてきた。

ここで・また、鳥の眼的に、スポーツの世界に眼を転じると・・・

オリンピック競技において日本の選手がバドミントンの世界で初めて「金メダル」
を獲得した 「タカマツペア」 も、お二人あっての偉業達成である。

このように考えると、安倍総理の後継をめぐる 「自民党総裁選」において見事
に菅総裁・菅総理が誕生した時には、政治・経済の運営は 「アベスガノミクス」
の様なダブルス表示に改めて、菅総理の下で、三選目の残務整理を果たして、
次の 「結」 の道のりに向けて政権の舵取りをして行く必要がある。

ここで、中長期的な連続性を考えた時に、四選目に相当する 「結」 のフェーズ
については 「アベスガノミクス」として引き続き自民党に任せていただけるのか、
国民に信を問い・自民党内においても、新しく選ばれた・国会議員と・自民党員
の総選挙により 「総理・総裁に相応しい人物」 を選び直す必要がある。

そこで、あらためて・菅政権に未来を託す確認が果たせた時には・・・

堂々と 「アベスガノミクス」 に名称変更をすれば良いのではないか?

この評価は、今からの残された三選目の残された期間における 「結」に向けて
の政策立案の優劣や実行の可能性を国民がどのように評価するか・否かにより
自ずと決まって来るのではないか?

したがって、当然、野党にも 「起死回生のチャンス」 はもたらされることになる。

・・・・・・・・・・・・・・・

これを諸葛孔明の神話的な話を 「思考の窓」 にして考察した時に、どのような
示唆が得られるのであろうか?・・・

諸葛孔明と云えば 「赤壁の戦い」 は映画化もされており、あまりにも有名な話
である。

歴史上において、その後、諸葛孔明は軍師将軍となり、ここに 「名参謀」が誕生
することになる。

その後においても、劉備が外征に出る際には、諸葛孔明が常に成都を守り兵站を
支え続けた。また蜀における法律を制定することにも積極的に加担している。

そして、後に、ライバル曹操の死去に伴い 「劉備は成都で漢帝を称して即位した」
時に、諸葛孔明は丞相に就任している。

さらに、その後、劉備が病気で亡くなるという事態にあっては・・・

劉備曰く 「もし我が子(劉禅)が補佐するに足りる人物であれば補佐して欲しい」
 そして 「もし我が子に才能がなければ、迷わずそなたが・国を治めてくれ」 と。

これに対して、諸葛孔明は涙を流して 「私は、思い切って・手足となって働きます」
と答え、あくまでも・補佐する姿勢を貫いた。

後に、劉禅が帝位につくと、諸葛孔明は、武郷候・開府治事となり、政権の全権を
担うことになる。さらに、その後も、諸葛孔明は益州南部四郡などをことごとく平定
して、税の運用などにも成功、この税収から、軍事費を調達するなど・蜀の財政は
大いに潤うことになる。

諸葛孔明の死後においては、蜀軍は総退却、敵軍は追撃を仕掛けたが、蜀軍が
反撃すると・敵軍はすぐに撤退、この時・・・

当地の民衆は 「死せる諸葛孔明が、生ける仲間を・無事に走らせたのだ」と死後
においても諸葛孔明を称賛したと云われている。

ここまで記述して来て、参謀役に徹してきた菅官房長官・と・諸葛孔明と対比させて
比較研究することは難しいが、安倍政権の7年8カ月の長期政権において、菅氏も
また 「名参謀」 であったことは間違いのない事実である。

ここで、明らかな違いは、諸葛孔明の場合は、長年に渡って支えて来た主君が死去
しており、菅官房長官の場合は、幸い・安倍総理の場合は持病の治療は続くものの
「一議員」 としての活動は、継続的に可能であるということを、安倍総理自身が自ら
明らかにしている。

・・・であれば、今 「転」 にあって、202Q年における 「完結」の目途を2025年に
設定、新型コロナ禍を収束させた次の展望に向けて 「どのような施策・展望」を・・・

国民に示して行くのか、まさに 「アベスガノミクス (アベノミクスⅡ)」 についての
ビジョンを示すために、(現)安倍総理も、一議員でなっても、ディシジョン・メンバー
として、菅総理と共に策定を続けて行くことが、今までの7年8カ月の経験を生かせ
ることに成るのではないか?

その時にあっては、まさに ”abe inside” と云える状況に、もっていけるのでは
ないだろうか?

これを、より・ドラスティックに、云い換ええれば・・・

安倍総理が無役に転じても、状況によっては 「三回目の総理復活もあり得る」 と
いう雰囲気で、ご意見番的に菅氏(総理候補)を支え続け、実質のダブルス陣形を
継続させる(菅氏にとっても、当面、無事に離陸するためには不可欠な状況)。

今、巷の噂では 「10月25日(大安)が次の衆議院投票日」 などと云われている
が、これから発足する新政権が 「アベスガノミクス(コロナ禍後のアベノミクス)」の
政策大綱(案)を示して行けるのであれば、10月25日(大安)に総選挙・そして・
それに、次ぐ・次期総裁選は、必然性を帯びてくるのかもしれない?

諸葛孔明が劉備に替わって 「成都で漢帝を称して即位」 いたら、どのような世界
になっていたのか? 

その時代に、タイムトリップ出来たらと想像すると、そこに、ファンタジックな思いが
浮遊するのは、私だけだろうか?
(諸葛孔明自身はその様なファンタジックな思いを描いたことはあるのだろうか?)

第二稿では 菅官房長官が総裁選立候補に当たって明言した「携帯料金の値下げ」
や 「官僚組織の横通しにより風通しを良くする」 とする施策について、二宮金次郎
の神話を踏まえて、ファンタジックな世界を標榜してみたいと考えている。




006 新型コロナ禍による街中の被害は目には見えない厄介さが伴う

心理学の権威であるユング博士が、難しい局面にあっては、時に神話に学ぶことで
新鮮な展望を見出せることを前述したが・・・

菅官房長官の自民党総裁選出馬に、当たって、その人となりから、諸葛孔明・二宮
金次郎(二宮尊徳)・リンカーンについて、直感的な印象から思いを馳せてみた。

第一稿では、諸葛孔明への思いから稿を走らせたが、第二稿では 「二宮尊徳」に
思いを馳せてみた。直感的なイメージとしては 「勤勉さと・真面目さ」 という印象
に同じ様な 「人間臭さ」 を感じとったのかもしれない。

二宮尊徳(二宮金次郎・金治郎という二つの標記がある)が薪を背負いながら書物
に目を通す姿は、小学生の頃から学校の校庭に置かれた銅像をして 「勤勉さ」の
象徴として目にしてきた。

「薪を背負いながら大学の書を懐にして、途中歩みながら是を唱し、少しも怠らず」
とする銅像の姿は、幸田露伴著「二宮尊徳翁」(1891年10月)に挿絵として登場、
その後、石材業者や石工らによって量産化され、学校の校庭に設置されて行った
と云われている。

一説によれば、この量産化された立像の大きさは 「1メートルに統一されて」おり
当時の子供たちに、1メートルの長さを実感させるのに、一役買ったともいわれて
いるが、量産によるもの以外は、1メートルには限られていないようである。

二宮尊徳自身が、幼年の頃の 二宮金次郎(金治郎)の生い立ちなどについては
多くを語っていないので、詳しいことは分からないとされているが・・・

生まれた頃には、小田原藩領において豊かな生活環境にあったと云われている。

しかし、父の散財癖や南関東を襲った台風により家計は貧することとなり、その後、
貧困暮らしの中で母親が亡くなり幾多の苦労を重ねた後に、本家に引き取られて、
祖父の家で農業に励み身を粉にして働くも、祖父:萬兵衛は極度のケチで・・・

金次郎が夜になって勉学のため読書を重ねると 「燈油の無駄使い」 として嫌い
しばし、口汚く罵られたため、そこで、金次郎は策を講じて、堤防にアブラナを植え
そこから採種油を取り出して 「燈油」 として灯りにしたと云われている。

・・・であれば、明るい日差しの下で、薪を背負いながらも大学の書に目を通すこと
にも 「なるほど」 と納得が行く。

この不屈の精神は、やがて 「20歳で生家の再興」 に着手することにつながり、
家を修復して田地を買い戻し田畑を小作に出すなどの施策によって収入の増加
と安定を図って行った。

生家の再興に成功した後は・・・

◇農園経営を行いながら、自身は、小田原に出て、武家の奉公人として働き、
やがて、小田原藩士の岩瀬佐兵衛や槙島総右衛門らに仕えた

◇その後、小田原藩の家老:服部十郎兵衛が親族の助言により、金次郎に
服部家の家政の建て直しを依頼、金次郎は 「5か年計画の節約」でこれを
救うことを約束、服部家の財務を整理し 「多額の負債を償却して」 余剰金
300両を贈ったが・・・

「自らは一銭の報酬も受け取らなかった」

この評判は、たちまちにして藩内に伝わり、小田原藩内において名前が知ら
れるようになった。

◇文政2年(1819年)に忠真公が 「民間からの建議」を求めた時に金次郎
は 「貢米領収桝の改正」 を建言、これが採用されて、斗量が改訂された。
また、小田原藩士のための低利助貸法も、定められることになった。

◇文政4年(1821年)には、藩主から、下野国芳賀郡桜町が荒廃している
ということで、再興救済を命じられ、桜町に移住して再建に着手している。

◇文政9年(1826年)には、金次郎は組頭格に昇進して桜町主席となった。
しかし、この時に金次郎は住民の抵抗にあって再興は難航、初めての挫折
を味わうことになる。

そして、この時、金次郎は 「成田山に引きこもり修行」を重ねる決心をする。
そこで、出会った老婆に教えられて 「小谷三志」 の存在を知り・出会う・・・

「農民や役人が自分に従わないと仕事を始められないと、思っておられる様
ですが、ここで一番たいせつなことは復興すること」 なのではと問われる。

金次郎は、この小谷三志の言葉に、目が覚めた思いで・・・

「まず役人と村民を改心させようとした、自分の完全主義に、無理があったと
悟り・説得よりも・先ずは復興作業そのものに取り掛かろう」 と決心して桜町
に帰った。

そして、村人たちには金次郎が 「成田山で断食修行していること」が伝わり
金次郎が、成田山での修行を終わって桜町に戻ると、村人たちの反感もなく
なっていたという。

◇金次郎の晩年には桜町から三里先の旗本:川副勝三郎から依頼を受けて
復興のためのノウハウを伝授、関東を襲った天保の大飢饉の際には、藩命を
受けて領民の救済に当たっている。

◇天保9年(1837年)には、重病の忠真公に呼ばれて、功績を賞されると、
同時に、飢餓状態にあった小田原の救済を命じられている。

この時、救済のための資金として金千両が与えられ、金次郎は小田原家臣
と協議して倉米を放出するなどの大胆な施策によって村々を救済した。

◇その後も、数々の救済の招きに応じて救済を成功させ、後に幕府によって
召し抱えられることになり、日光奉行の配下で仕法にも携わることになる。

(これら一連の記事はインターネット情報に助けられて要約している)

・・・・・・・・・・・・

さて、ここで、菅官房長官との関連であるが、私自身は菅官房長官のことは、
報道番組などを通じて存じ上げているのみで詳しいことは分からないが・・・

◇菅官房長官が実際に社会に出て働くと云うことを通じて、大学に学ぶこと
の重要性を感じ取り 「法政大学」で学び続けた思いは、二宮尊徳翁が若き
日に堤防にアブラナを植えてそこから燈油を採取して灯りとして学び続けた
「学びの精神や姿勢」 には、共通するものがあるように感じる。

そして、菅官房長官が、市政や・県政・そして国政における献身的な貢献に
おいて秘書共々に  「見返りを求めてこなかった」という政治姿勢には・・・

若き日の金次郎が 「服部家の財務を整理・多額の負債を償却して」余剰金
300両を贈ったが 「自らは一銭の報酬も受け取らなかった」 という姿勢に
共通するものがあるように感じる。

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そして、今、新型コロナ禍の中にあり、ソーシャル・ディスタンスが叫ばれて
いる状況にあって 「携帯電話の料金に関する大幅値下げ」を進展されよう
としている姿勢は 「人間同士のコニュニケーション」を携帯電話などで会話
として詰めておき、顔をみての交流においては、アイコンコンタクトだけでも
済ませることができる 「人間同士の交流関係」を考えた時に、老若男女を
問わず 「低額化された携帯料金」 で、日常生活が営めるようになるという
施策には大いに賛同出来る。

また、官僚組織の横通しをして、省庁間の風通しを良くするという業務革新
においても 「官僚の意識改革に・その答えを求める」よりも 「デジタル庁」
の創設により、自ずと・政府・官僚・国民がこぞって風通しをよくする環境を
バウンダリーの世界から整えると云う考え方は・・・

二宮金次郎が、成田山の山中で悟ることになった 「物事の革新の道」にも
通じるものを感じ取ることが出来る。

そして、デジタル庁が管轄することになるであろう 「データセンター」 構築
などにより日本国内の文書管理などを統一的に管理出来ることになり・・・

情報管理システムとして 「文書の改ざん」などは、自ずと出来なくなるので、
公文書の安全性と公平性は、自ずと、保証されて来る。

そして、今、菅氏と二宮尊徳翁に共通して見えて来る 「天命」 は荒廃した
地における 「復興」 という重要課題である。

ところで、今朝(2020年9月8日)の読売新聞の記事によれば・・・

「世界の債務残高は、最悪の事態に在り、IMFの見通しによれば、第二次
世界大戦後直後の水準を上回る最悪の事態となり、各国が景気を下支え
するための大規模な財政支出に踏み切っているためだ」 という。

しかし、ここで、日本政府としても 「新型コロナ禍への施策を明示」 して、
新型コロナ禍を克服した後の政策などを策定できても、第二次大戦直後
を上回る最悪の事態と云われる・・・

◇市中や街中に於ける 「現場」 において
◇現状が 「目に見える形」 で把握されていないため
◇どのような 「復興」 が待たれているのか・期待されているのか?

具体的には 「現地や現場の状況」 が目に見える形で把握されていない。

新型コロナ禍による被害や困窮の実情は・・・

◇第二次世界大戦後の様な 「瓦礫と化した姿」 を目の前に晒している
訳ではないので、市中や街中の被害状況は、聴いて回らないと把握不能
な状況にある

◇また風水害や大地震そして大火などの被害についても、目の前に被害
状況が晒されるので、大方の状況は把握出来るが・・・

新型コロナ禍による被害は、実際に聴いて回らないと仔細なことは分からな
いという側面がある。

その上、新型コロナ禍にあっては 「三密を避けること」 が求められている
ために市中や街中そして企業内・店内・家庭内における被害や困窮状況は、
現状で 「生の実態」 としては、把握出来ていない。

したがって、今回の 「新型コロナ禍からの復興」 に当たっては・・・

巷で噂されている 「参議院選挙戦(10月25日説や11月1日説など)」を
真っ向から受け止めて、新たに打ち出す 「新型コロナ禍後の施策・政策」
が的を得たものであるか・否か? を国会議員が個々に自分の脚を使って
聴いて廻ることで 「真の政策に焼き直す」 磁場を創りだすことが出来る。

しかし問題は新型コロナ禍にあって 「三密を避けることが叫ばれている」
最中で、国会議員自らが、国民に直接的に接して 「生の声を聴く」ことが
新型コロナ禍を拡散することになったら本末転倒なことになる。

であれば、菅氏が云われているように・・・

新型コロナ禍の収束が先であり 「フェース・ツー・フェース」な状況で眼を
見て 「生の声を聴く」場面が可能となるバウンダリーが整わないと決行
出来ないと云うことになり、まさに・その時の決断は 「総理の専決」 に
すべてが委ねられるという 「当たり前の処」 に、その結論は落ち着くの
かもしれない。

(続 く)

【連載】高千穂峡のすみれ草 Ⅱ

【連載】高千穂峡のすみれ草 Ⅱ

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-08-25

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