騎士物語 第九話 ~選挙戦~ 第六章 意気軒昂な会長

第九話の六章です。
前回の選挙戦によってロイドくん達にとっては良い感じになってきた選挙と、ミニ交流祭における他校からの挑戦です。

第六章 意気軒昂な会長

 マーガレットさんとブラックムーンさんの試合の後、キキョウを含むその場にいた他校の生徒の何人かからミニ交流祭の勝負を挑まれ、オレとしては望むところだったのだが――
「ついさっきあの記憶を引っ張り出されたのよ? 今日はもうやめときなさいよ。」
 ――と、エリルに止められた。戦っていたと思っていたのは幻覚で、オレ自身は記憶の映像を見ていないから心も身体も元気だったのだが、みんなもエリルの意見に同意して頷いたので、大事を取って休む事にした。
 そしてそれは見事に的中。何事もなくその日の残りを過ごし、エリルにおやすみを言っていつも通りにベッドに入ったオレは……小一時間後、悪夢によって目を覚まし、久しぶりの恐怖と孤独感に身体を震わせた。
 今すぐにでも学院を飛び出して妹のパムに会いに行きたいという衝動と、人恋しさにカーテンの向こうのエリルを抱きしめたいという感情にかられて頭の中をグルグルさせたが、紙に包んで枕元に置いておいたバクさんの飴玉を見つけ、こういう時に舐めるべきだと思い、何でもいいからとびっきりのいい夢を願って布団をかぶった。
 そもそも眠れるかという問題もあったのだが、飴玉の効果なのかやわらかな睡魔に誘われてあっさりと眠りに落ちたオレは――

「……ぅぁぁぁ……」

 いい夢には違いないけど尋常じゃなく恥ずかしいそれに顔と頭を沸騰させながら選挙の二日目を迎えた。


「ロイくんてばどうしたのー? 朝、全然動けてなかったし、ずっと嬉し恥ずかしって顔だよ?」
「にゃにゃ、なんでもないよ、リリー……ちゃん!」
 アレクが言った通り、ただの夢ではなく過去の経験のように記憶に残っているそれのせいでエリルたちを見ると変な笑みが浮かんでしまう……!
「むう、とりあえず昨日の記憶の魔法の影響で無性に人恋しくなってエリルくんとあれこれしたという感じではなさそうだが……」
 きっと今までにない変な顔に「どうしたものやら」という視線を受けながら、朝の鍛錬後、いつものように朝食を食べようと学食にやってくると……
「……な、なんだか……昨日と違う、ね……」
「あははー、あたしたちが来た途端にちょっと静かになったよー?」
 なんというか、別に後ろ指をさされてひそひそ話というわけではないのだが、妙によそよそしい雰囲気だ。
「ふむ、入学直後に学年問わず片っ端から模擬戦を挑んで断られて微妙な距離を取られたどこかのお姫様のような状況だな。」
「うっさいわね……昨日のあれのせいかしら……」
 昨日のあれ。クルージョンさんの記憶の魔法によって公のモノに……暴露された……いや、別に隠していたわけではないのだけどやたら話すような事でもないオレの昔話というか過去? みたいなモノがエリルたち以外のたくさんの生徒の知るところとなってしまった。
 それが選挙にどういう影響を及ぼすのかわからなかったが、この感じだと悪い方向――当選したくないオレからすると良い方向? に進んだようだ。
 ……喜んでいいのかは微妙だが……
「ふーん、あんなのでこうなるよーなら問題ないよ。ロイくんの本当の素敵さに気づいてないってだけでしょ。ねぇ、ロイくーん。」
「あんびゃぁああっ!!」
 背中に抱きつかれ、たぶん出したことのない変な声が口から飛び出した。
「……ロイくん、やっぱり変だよ?」
「ダダダ、ダイジョウブですから! ほ、ほらほら、いつもの席に行くノデス!」
 心臓をバクバクさせながら隅っこのテーブルに行くと――

「よう、『コンダクター』。朝からアツアツだな。」

 先に来ていたカラードとアレクに加えてもう一人、セイリオスの制服ではない服を着た人物――カペラ女学園唯一の男子生徒、ラクス・テーパーバゲッドさんがもぐもぐとご飯を食べていた。
「ラクスさん!? え、どうして……」
「ミニ交流祭は昼休みと放課後だがゲート自体は開いてるっぽかったからな。こっちの学食を食べてみようと思ったんだ。」
「えぇっと……それなら夕飯の方が良かったような……メニューもちょっと豪華になりますし……」
「俺もできればそうしたかったんだがな……夕飯はダメなんだよ……」
 ふと遠い目をするラクスさん……なんだか見覚えのある眼差し――ああ、時間魔法の使い手だからといって「停止」を使って女の子の着替えやお風呂を覗いているとか思っちゃいけないと、哀愁漂う顔で呟いた時と同じ目だ……
「……ま、そういうわけでこっちで朝飯をと思って来てみたらブレイブナイトにばったり会ってな。いつも『コンダクター』たちと食べてるって言うから、ご一緒させてもらってるってわけだ。」
 朝飯と言いつつもラクスさんの前に並んでいるのはお菓子に分類されるだろう甘いパンばかりで、甘いモノに飢えている人の久々の糖分補給という感じになっていた。
「……プリムラとか、あんたの取り巻きはどうしたのよ。」
「と、取り巻きってエリル……」
「早起きして逃げ――……『コンダクター』と違って俺には結構一人の時間があるのさ。」
 ああ、遠い目を……
「ところで聞いた話なんだが、セイリオスにも第十二系統の使い手がいるんだってな? 昨日『雷帝』とやりあったとか。」
「あ、はい。ブラック……ブラックムーンさんですね。」
 フルネームを答えようと思ったのだが、そういえば知らない事に気がついた。ブラックムーンというのが名前なのか名字なのかもわからないな。
「ラクスさんと同じ二年生で、生徒会長に立候補しています。」
「会長か……そいつ、「停止」が使えるんだろう?」
「みたいですね。生き物じゃないなら自分以外にも「停止」が使えるって……」
 と、昨日マーガレットさんが言っていた事をしゃべって違和感を覚えた。
「……あのラクスさん、自分を「停止」させるってできるんですか……?」
「できるぞ。全身――というか頭を止めちまうとその瞬間に魔法が解除されちまうから、できるのは身体の一部になるが。」
「一部を止める? それって……何かいいことあるんですか?」
「防御に使える。時間が止まるって事は何をやっても状態が変化しないって事だからな。攻撃を受ける瞬間に腕を「停止」させて盾にしたりするんだ。」
「えぇ? じゃあその腕は無敵って事ですか。」
「そうでもない。結局のところ魔法で無理矢理止めてるだけだからな、込めた魔力を上回る攻撃を受けると「停止」させてる魔法が吹っ飛んでダメージは通る。」
「そうなんですか……やっぱり時間の魔法は難しいというか、奥深いですね……」
「特に「停止」はな。」
 チョコレートでコーティングされたドーナツを頬張って牛乳をグビグビ飲んだラクスさんは、牛乳の入っていたガラスのコップにデコピンをする。
「「停止」すると半分無敵みたいになって攻撃が通らないから、倒したい相手を「停止」させてから攻撃をしても意味はない。だけど上手な使い手は「停止」させている最中に与えた攻撃が「停止」を解除した瞬間に襲い掛かるようにもできたりするんだ。相手からすると、気づいたらやられてるって感じだな。」
「怖いですね、それ……」
「「送り」だけだと自分や相手の動きをいじるだけだが、「停止」ができるようになると時間魔法の使い道は一気に広がる。だから、数少ない時間魔法の使い手で「停止」ができて、しかも同学年とあっちゃ話を聞かないわけにはいかないのさ。」
「なるほど……えぇっと、でもどこにいるかな……」
「ふむ、昨日いきなり『雷帝』に挑んだような人物だからな。そちらの会長にもその内勝負を挑むのではないか?」
 ローゼルさんの予想にラクスさんは「なるほど!」っていう顔をして――ついでにクリームの乗ったコーンフレークをモグモグする。
「よし、しばらくプリムラに張り付こう。そっちも、もし会ったら俺が会いたがってるって伝えてくれると助かるぜ。」
「わかりました。あの、それとラクスさん、もう一つ……」
「んん?」
「えぇっと……ベ、ベルナークの剣の事がバレて――その後どうなりましたか?」
 この質問は、オレとパムのご先祖様であるマトリアさんからベルナークの双剣をもらった時からラクスさんに聞いてみようと思っていた事だ。
 この前の交流祭、オレとの試合でラクスさんは自分の武器がベルナークシリーズの、三本ある「剣」の内の一本である事を明かした。ラクスさんはベルナークの血筋ではないのだけど、過去にその血を持つ人から輸血された事があって、その要素と時間魔法、そしてマジックアイテムを併用する事で一定時間ベルナークの武器を騙し、真の力――高出力形態の起動を可能としている。
 んまぁ、それはそれで凄いのだけど問題はベルナークの剣を持っていることが周知の事となった点で、オレにも今後起こり得るそれを既に体験したラクスさんから話を聞きたかったのだ。
「あー、まぁ予想通りというか、お偉いさんとか色々来たな。基本的に姉ちゃんが追い返したけど、所有者にふさわしいか確かめるとかで色々やらされたな。前に話した変な遺跡の調査はその一つだし、S級犯罪者とやりあったのも半分はベルナークの剣のせいだな。」
「ああ、やっぱりそんな感じになりましたか……」
 うーん、やっぱりバレるのはまずいんだなぁ……エリルたちに危険が及ぶかもしれないわけだし、とりあえず高出力形態の使いどころはよく考えないと――

「類は友を呼ぶというわけか。」

 なんだかこの席にはお客さんがよく来るが……これは歓迎できない奴が来た。
「カペラ女学園ただ一人の男子生徒――ふん、いかがわしい情報交換でもしていたか?」
「……いきなり出てきてなんだおま――」
 表情に苛立ちを浮かべたラクスさんが立ち上がろうとしたが、それをよりも速く――またしてもいつの間にか抜いた刀でそれを制したのは……スオウ・キブシ……
「だがこっちの男の方がまだマシなようだ。テーパーバゲッドは『豪槍』を始め、多くの優秀な騎士を輩出してきた家だからな。それに対し……ふん、昨日の映像、見させてもらったぞ、ロイド・サードニクス。」
「……」
 正直……いや、ハッキリ言ってキキョウの件でパライバと並ぶくらいに嫌いな人になっているキブシに見下ろされるのが嫌でオレも立ち上がる。
「あの惨劇そのものには同情しよう。だがあれでハッキリした。あの映像、倒れている者たちは全て無抵抗で殺されていた。転がっているのはせいぜいがくわで剣も槍もない。つまりお前は、本当にどこぞの田舎出身の村人というわけだ。」
「……それがなんだ。」
「どういう経緯で十二騎士に教え導かれたかは知らないが、お前は騎士の血を引いていない。数々の武勲をたてた名家が集まるこのセイリオスで――いや、騎士の世界にお前は場違いなのだ。」
「……あまり農家をなめない方がいいぞ。」
「ふん、その気概は結構だが、この先必ずどこかで騎士の世界はお前をはじく。全く、不相応な男の何に焦がれるのかわからないな。」
 気づいたら納刀している刀に手を置き、ため息と共に、こいつは言った。

「名門の『水氷の女神』はともかく、王族に貴族に商人に銃職人とは、場違い同士、なるべくしてなった組み合わせだな。」



 どれもこれも今さら? って感じの話だった。あたしが騎士を目指す事について立ちはだかるっていうのは前にキキョウがやったし、血筋の話ならロイドはベルナークの子孫なんだから、名家どうこうで言ったらこの学院でぶっちぎり。怒るのを通り越して呆れる内容を悪口か何かのつもりでくどくど言ったスオウ。
 ただ……たぶんロイドはキキョウの件でこいつをかなり嫌ってる――からだと思うけど、口調や態度がちょっと怖くて、そっちが心配になってきたところでスオウは言った。
 あたしたちを小馬鹿にした一言を。

「おい。」

 その瞬間にあたしたち――いえ、下手すると学食に満ちるくらいに大きい、そして暗い感情がロイドからふき出す。

「お前、今エリルを侮辱したな……?」

 時々――本当に極たまに見せるロイドの怖い顔。右眼をギラリと黄色に光らせ、ロイドは一歩前に出る。

「アンジュを? リリーちゃんを? ティアナを? オレの大切な人を侮辱したな……?」

 驚きを隠せない――っていうかたぶん、少し恐怖してるスオウの目の前に立ち、睨みつけるのとは違う、当然の事を求めるような無表情でこう言った。

「謝罪しろ。」

 学食にいる全員が感じているだろう、あの感覚。本気で怒ったカーミラによく似た殺気。そのまま心臓を握りつぶされそうな圧力。
 もしもスオウがそれを拒んだらこの場で首をはねとばしかねないほどに明確な殺意。それを真正面から受けてるスオウの脚が震え、他の生徒たちの表情が青く……

 ダメ……ロイドにこういうのはダメ……あんたはそういう奴じゃない……!
 ……何、してるのあたし……! これを経験するの何度目よ! あたしの――あたしの恋人が似合わない事してんのよ……あたしの、あたしたちの為に!

「――ロイド。」

 あたしは、怯えて止まりそうになる心臓に火を入れて立ち上がる。
「ほら、周りの生徒が怖がってるわよ。あんたはその右眼の影響でかなりおっかないんだから落ち着きなさいよ。」
「エリル……でもこいつは……」
「いい――いえ、よくはないけどここでこいつが土下座したってスッキリしないわ。選挙戦で戦うんでしょ? その時にボコボコにして教えてやればいいわ。場違いに弱いのはどっちかって事を。」
「……わかった。」
 そう言って一度瞬きをするとロイドの右眼は元に戻り、真っ黒な気配は空気に溶けていった。
「というわけだから、あんたはさっさとどっかに行きなさいよ。折角の朝ご飯が台無しだわ。」
「――……」
 予想外の事に驚いて、圧倒的な殺気に恐怖して、それでも慌てふためきはしないのはプライドなのかこいつの心がそこそこ強かったからなのか、スオウは何とも言えない顔で去って行った。
「ひゅう、すげーな。」
 嫌な空気になったところにラクスが……今の殺気の中でも大丈夫だったのか、割と普通に――こいつは甘党なのかなんなのか、アイスと蜂蜜ののっかったトーストをかじりながら笑う。
「いつか会った頭のおかしい犯罪者のやばい殺気がお遊びってくらいのすげーのを放つんだな、『コンダクター』。半分くらい真面目に今日死ぬんじゃないかと思ったぞ。」
「えぇっと……す、すみません……」
 ころりといつもの雰囲気に戻ったロイド。
「しかし彼女――彼女たち? を侮辱されて今のとは、これも愛ゆえのって事なのか?」
「愛……んまぁ、今日は特に、ですかね……ちょっと色々と夢を見まして……」
「! まさかロイくんてば、今日なんか変だったのは夢のせい!? あの飴玉舐めたんだ!」
「あー、なるほどねー。でもやらしー夢って感じじゃないよねー? なに見たのー?」
「あ! いや! そそそ、それは!」
「? なんの話かわかんないが、あんたもすごいな。熱い彼女だ。」
「――! うっさいわね。」
「……なあカラード、思うんだが時々ロイドにああやって本気で怒ってもらえば悪党連中の迫力にビビらない特訓ができるんじゃねーか?」
「ロイドを今みたいに怒らせるにはクォーツさんたちに何かをする必要があるが、その後生き残れる自信はあるのか? アレク。」
「あんたらはなんの話してんのよ!」
 甘党と強化コンビのおかげで何となくいつもの空気に戻った――んだけど、いつもあれこれ言ってうるさいローゼルが微妙な顔で黙ってた。
「あ、あれ、ローゼルさん? どうしたの……?」
「……妙な話ではあるが……わたしは今ほど自分が騎士の名門の出である事を恨んだことはないかもしれない。」
「あ……そうか、ロゼちゃんだけ……い、今のロイドくんの怒ってくれたのに、ふ、含まれてないんだ、ね……」
 さらりと言ったティアナをジトッと睨んだローゼルは、そのままロイドも睨む。
「……わたしも大切な人でいいのだな……?」
「も、勿論ですよ……」



「え? 学食で? 他の生徒たちの前で? サードニクスくんの? そこらの凶悪犯とか魔法生物ですら怯え震えそうな規格外の殺気が?」
 田舎者の青年たちは普段歩かない通路――三年生の教室が並ぶ廊下で立ち話をしていたデルフは、窓から下を眺めながら驚愕の報告をしてきたペペロに珍しい表情を向けていた。
「んー。てゆーか会長、チョーっと見た事ない感じの顔だけど。」
「変な顔にもなるさ……ちなみにサードニクスくんの支持率はどんな具合だい?」
「微妙な感じ? 上へ下へウロウロ。」
「不安定って事だね……やれやれ、たった一つだけだった懸念がどんどん大きくなっていくよ。風紀委員長もやってくれる。」
「あー、被害者の会とかだっけ?」
「そ。『ビックリ箱騎士団』の影響で変わり始めた風紀を良しとしない彼は、サードニクスくん被害者の会のキブシくんをけしかける事で否定派の存在を表面化させて乱れを抑制しようとしているのさ。困った事に、こっちに被害が及んでいるわけだけどね。」
「風紀委員長って書記先輩の弟……あれ、兄だっけ? こっちのは色々はっちゃける感じだけど、そっちはかたい感じで全然違う感じ?」
「二人は双子だよ。どっちが上かは忘れちゃったけど、風紀委員長は風紀委員長になるべくしてなった人物だからね。下手をすればサードニクスくんの色事のみならず、あの殺気にも文句を言いかねないよ。」
「あー、あれ、かなりヤバイ感じ? ぶっちゃけ『コンダクター』の支持率なんて上がるばっかりだと思ってたのに、あんな人間を軽く超えたレベルのが出てきたらひっくり返りもするっていうか? いい数値してたけどなんなの、あれ。」
「サードニクスくんにとってはただの敵意で殺気さ。愛憎入り混じる感情豊かな人間と純粋な本能に基づいた野生の生き物がいい勝負になるから、その両方を備えたAやSのランクの魔法生物のそれが桁違いになるのと同じ理屈だよ。思うにね。」
「? 『コンダクター』には野性味があるって感じ?」
「たぶん魔法生物よりも上位だよ。だからこそ、彼を生徒会に入れておきたいのさ。」



 その日は昨日と逆だった。話す相手が『ビックリ箱騎士団』のみんなに戻っただけと言えばそうなのだが、昨日話しかけてきた人たちがオレからなんとなく距離を取るのだ。
 そんな感じだから……ああいや、別に気まずいからというわけではないけれど、リリーちゃんが購買に出るという事もあって、放課後よりは人数が減るけどお昼休みにも行われているミニ交流祭を眺めがてら、今日は外でお昼ご飯を食べる事にした。
 学食以外でご飯を食べようとすると自分でお弁当を作ったり街でパンを買ってきたりする必要があったからそんなにいなかったのだが、リリーちゃんが購買でおにぎりやサンドイッチを売り始めたことで外で食べる人は増えてきていて、オレたちと同じようにミニ交流祭を見られる場所でお弁当を広げる学生がちらほらいた。
「ふむ。昨日の記憶上映と今朝の殺気で支持率が大いに下がったようだな。それぞれに思うところはあるが、一先ず選挙に関しては結果オーライというところか。」
「オレとしては微妙ですけど……」
「新しい女の子がいなくなっちゃったからー?」
「違いますから!」
「んお、あそこでドンパチやるみてーだぞ。」
 購買で勝ったお昼ご飯――リリーちゃんの目一杯のサービスでおにぎり全種類を手に敷地内をえっちらおっちら歩いていると、一番背の高いアレクが試合を見つけ、オレたちはその近くの草の上に座った。
 ……フィリウスほどのビックサイズにはならなくていいし、自分の背が低いとは思わないけど……高身長にはなんとなく憧れるなぁ……

「あれ、ロイドもおにぎり?」

 目の前で戦いを始めようとしている二人に何となく見覚えがあるなぁと思ったところで、漫画みたいに大きなおにぎりを手にしたキキョウがやってきた。
「よく会うな、キキョウ――あ、そうか。あっちはヒースか。」
 向かい合っている二人の内の片方はアレクのようにがっしりとした身体の男子で、プロキオンの制服じゃない……タンクトップ? 姿だったからピンとこなかったけど、あのいい感じの日焼け具合はキキョウの友達のヒースだ。
「できるだけたくさん他校の生徒会候補と腕試しがしたいって、お昼ご飯をフライングで済ませてこっちに来てね。相手を探し回ってたらカペラの人がいたから試合を挑んだんだよ。ぼくはあんなに速く食べられないからヒースくんの試合を観戦しながら食べようかなって。」
「……じゃあそのおにぎりはキキョウのお昼ご飯なんだな……」
「そうだよ。」
 大きなおにぎりを手にニッコリと……たぶん、知らない人には女の子にしか見えないだろう可愛い笑顔を見せるキキョウに驚いたが、それはそれとしてヒースの戦うところは初めて見るから、オレは改めてタンクトップの日焼けマッチョを見た。
 エリルのとはまた違う……というかかなり妙ちくりんな形をしたガントレットを両腕にはめてガツンとぶつけている。キキョウやオレと同じように第八系統の風の魔法が得意な系統らしいが、見たところ、キキョウと同じく徒手空拳の使い手のようだ。
 対するカペラの人――リゲルの会長のゴールドさんといい勝負をしそうな無表情で棒立ちしているその人は、ローゼルさんみたいな美人さん。確か他校の人たちがやってきた時にラクスさんを押し潰していた女の子たちの一人だ。
 アンテナか触覚のように見える妙な髪飾りを頭に乗せ、銀髪を通り越して真っ白な髪を腰の辺りまで伸ばしている。ただしそれは……なんというか、ローゼルさんみたいにフワッとしているんじゃなく、ワックスか何かでかためたかのように八又に分かれている。
 水色の瞳と整った……いや、整い過ぎている気もする顔立ちのせいで人形のような印象を抱く不思議な人物……んん? もしかしてあの人……
「ロイドくんがあちらの女子生徒に吟味するような視線を送っているが、たぶん彼女はラクス・テーパーバゲッドの取り巻きの一人だから諦めるのだぞ。」
「そ、そんなつもりはないですから!」


「なんの装備もないみてーだが、魔法主体って事か? ま、このミニ交流祭の参加者って時点で手加減は論外だろうし、本気で行くぜ!」
 そう言って体勢を低くしたヒースは……あー、なんだったか、よーいドンで走り出す時のポーズ? 両手を地面につけて腰を上げた独特な体勢になる。
「『ゲイルブースト』っ!!」
 そして技名を叫ぶと同時に、ヒースは足元の地面をえぐりながら前方へ吹っ飛んだ。そして――
「『ゲイルボム』っ!」
 カペラの人の正面に来たところで勢いそのままに拳を振る。結構な速さだったのだけどカペラの人はひらりとかわし、ヒースの拳は空を切ったのだが、カペラの人の後ろの地面が爆発したみたいに吹き飛んだ。


「わ……あの人、ロイドくん、とエリルちゃん……を合わせたみたい、だね……」
「そうだね……というか、オレは第八系統の魔法だからなんとなくわかったけど、ティアナにはやっぱり見えるんだね。」
「うん……」
「ふむ、何回か見れば把握できそうではあるが、一回でとなるとティアナのペリドットには敵わないな。それで今は何が起きたのだ?」
「どっちも、圧縮した空気を使ってて……足の裏でそれを破裂、させて、突進……それで、ガントレットの……中にもそれを作ってて、パ、パンチするのと同時に、発射した、の……」
「エリル――とアンジュが高速移動する時にやる足技の空気バージョン。それとたまにオレが相手に打ち込む圧縮した空気の塊を、オレと違って発射して使ったんだ。」
「ははぁ、やってる事自体は珍しくねーかもだが、見えない爆発に見えない弾だろ? それだけでめんどくさそうだぜ。」
「前はガントレットからの攻撃だけだったんだけどね。」
 オレたちがヒースの分析をしていると、大きなおにぎりにかぶりつきながらキキョウが嬉しそうにする。
「ヒースくん、交流祭でフィリウスさんにパワーばかりでスピードに対応できてない筋肉だって言われてから速さにも力を入れるようになってね。魔法の使い方とかトレーニングの仕方を色々工夫したんだよ。」
「確かに、アレクに負けず劣らずの良い肉体に仕上がっているようだ。しかしそうなると相手の動きが解せないな……」
 圧縮した空気の破裂を利用した加速。足の裏だけじゃなく、手の平でもそれをやってるからかなり複雑な動きをしながら攻撃を仕掛けていくんだけど、そんなヒースの攻撃がひらりひらりとかわされている事にカラードが眉をひそめる。
「微妙な違和感なのだが……どうにも人間ぽくない……」


「――っ、こうもあっさり避けられると自信無くすが、そろそろそっちも攻撃したらどうだ!?」
「……だそうデスが、マスター、どうしましょうか。」
 無表情にあさっての方向を見たカペラの人の視線の先には、今着いたばかりという感じにゾロゾロと……人の事は言えないが、ポリアンサさんやサマーちゃんを含めた数人の女子生徒と一緒にやってきたラクスさんがいた。
「……え? おいアリア、まさか俺が来るまで待ってたのか? できるだけたくさん戦闘データを取りたいからって先に行ったのはお前なのに?」
「はい。デスからその時に交戦許可を出しておいてくれなかったマスターのせいデス。」
「俺のせい!? ったく、あー、いいぞ、交戦許可を出す。」
「了解デス。」
 くるりとヒースの方に顔を戻したカペラの人――アリアさん? は、左右で手刀を作る。するとその手が光に包まれ、刃の形になった。
「光……そうか、第三系統の使い手――」
 と、ヒースがそこまで呟いた頃にはアリアさんはヒースの目の前に来ていて、両手の光の刃を振り下ろしていた。
「だああ、あぶねぇっ!!」
 避けるというよりはビックリして後ろに倒れたというべきか、それでもなんとか回避したヒースは圧縮空気の破裂で飛び跳ね、距離を取って体勢を整えた――頃には、今度は両足から光の刃を出したアリアさんの飛び蹴りが迫っていた。
「――んのやろっ!」
 今度は少し余裕があったのか、ヒースは両手を前に出し、左右のガントレットからかなり大きめの圧縮空気を放つ。もしもそのままアリアさんを狙っていたらさっきまでのように回避されていたかもしれないが、それを考慮してか、ヒースの手は斜め下を向いていて、空気の破裂は手前の地面をえぐりながら大きな衝撃波となってアリアさんを吹っ飛ばした。
「いきなりガンガン来やがって……というかなんだ交戦許可って。」
「あなたを排除する許可デス。」
「いやいや、俺そういうつもりで言ってないっつーか、これ交流祭だからな!?」
 後ろでラクスさんが訂正するもアリアさんは無表情のままでヒースのように両手を前に出す。同様に遠距離攻撃、第三系統の光の魔法だからビームみたいなのが出るのかと思ったら――
「発射。」
 確かにビームだったのだが、それは折れた……というか開いた? アリアさんの十本の指から放たれた。
 アンジュが『ヒートボム』を指先に出してそこから熱線を放つという技を使うけどそういうのとは違って、本当に指の中から発射されたのだ。
「んだそりゃっ!!」
 叫びながら回避するヒースに再度の指ビーム。アリアさんは立って両腕を前に突き出しているだけだが、シュビビビと連発されるビームを前に、ヒースは逃げ回る事しかできなかった。


「……あたしの目が変じゃなければ……あいつ、指からビーム出してない? ていうかあの指折れてない?」
「変じゃないよ、エリル。やっぱりあの人は魔法ロボットなんだ。あんなに精巧な人は初めて見たなぁ。」
 と、オレが思った事を呟くと隣のエリルが「なによそれ」という顔で――
「なによそれ。」
 と言った。
「あー……機構に魔法を組み込んで作られたロボットだよ。」
「……ろぼっとってなによ。」
「……えぇっと……」
 前にデルフさんがサマーちゃんのCDを貸してくれた時もそうだったが、国民のほとんどが魔法を扱えて、インフラも含めて大抵の事が魔法で行われているフェルブランド王国という国においては世界で一般的とされている科学技術にすら触れる機会がなく、そっち方面にはとことん疎くなるという傾向がある。だから科学技術が最も進んでいる金属の国、ガルドの最先端であるロボットを知らないのも無理はないのだ。
「そうだな……重くて持てないモノを運んだり、危険な場所に代わりに入って作業してもらったりする為の機械……かな。何かを命令するとその通りに動いてくれる――ああ、火の国の機動鎧装もロボットの一種だな。」
「命令して動かすって事は……機械でできたゴーレムみたいなモノ?」
「そんな感じ。ゴーレムだと第五系統の魔法が使えないと作れないから、例え魔法が全然ダメっていう人でも使えるようにって作られたのがロボットってところかな。ただ、これは広い意味のロボットで、魔法ロボットのロボットは命令無しでも自分で判断して動くロボットっていう意味合いになる。」
「……意思を持ったゴーレムってこと?」
「そうそう。もしも自分で考えて適切な状況判断のできるロボットが完成したら、機械だから疲れを知らない戦士をお城の警備とかに配置できたりするのさ。」
「? 完成したらって、あの女がそうなんじゃないの?」
「百パーセント機械で出来た完全自律のロボットっていうのはまだまだ研究段階なんだけど、今の科学じゃどうにもならない部分を魔法で補ったのが魔法ロボットで、彼女はたぶんそれなんだよ。」
「魔法で補う? それじゃあ結局魔法が使えないとダメって事じゃない。」
「昔はそういう本末転倒状態だったらしいけど、今は魔力を補給すればそれが尽きるまでは術者なしで動くんだよ。」
「ふぅん……でもあの女がそういうモノだったとして、なんでカペラの「生徒」になってるわけ? 要するにあれ、人間じゃないんでしょ?」
「んー……そこは今でも議論が続いているというか、意思を持った魔法ロボットが完成した時に誰かがふと思ったわけだよ、このロボットはもはや一つの生き物なんじゃないかって。魔力を補給しないと動けないと言っても、オレたちだって何か食べなきゃその内動けなくなるわけだし。だから意思を持って誕生した魔法ロボットには権利が与えられるべきだっていう人たちがいるんだけど、それを認めたらあっちこっちで自然の摂理とは違う命の誕生を認める事になっちゃうからダメだって人たちもいて……あのアリアさんって人がどういう経緯で誰に作られたのかは分からないけど、きっとカペラ女学園は一人の生徒として受け入れたんだろうな。」


「どーすりゃいんだくそっ! プロキオンでもあんな武器見た事ねーぞ!」
「失礼デスね。これは武器じゃなくてワタシの腕デス。」
 声のトーンだけむっとしたアリアさんがビームの連射を止めて両手を合わせる。するとガシャガシャと腕が開いて組み合わさって、一門の砲身へと変形した。
「なんじゃそ――」
「発射。」
 淡々とした口調に合わない特大極太の巨大ビームが放たれ、戦う二人を覆うように展開していた防御魔法の内側が光に包まれる。数秒後、しぱしぱさせながら目を開くと、倒れているヒースとラクスさんに向かって敬礼しているアリアさんがいた。


「負けたぞクソ! よく考えたら普通の光魔法と違わねぇじゃねーか! 変な腕にビックリしてたらくらっちまった!」
「仕方ないよヒースくん、あれは誰だってビックリするよ。次は驚かないで魔法ロボットと戦えるようになったと思えばいいんじゃない?」
「やっぱあれロボットか。ガルド側の技術は結構見るけど、あんなによくできてるのは初めて見たぜ。」
 ランク戦のように傷が回復して出てきたけど悔しそうなヒースを慰めるキキョウ。いつの間にかなくなっている大きなおにぎりの方が気になるが……確かに、魔法ロボットの存在を知っていてもあれにはビックリだ。
「むぅ、世の中にはああいう人……と言っていいのか、驚きの人物がいるモノだな。ティアナは知っていたか? 魔法ろぼっととやらの事。」
「聞いた事、はあったけど……見たのは初めて……ロイドくんが教えてくれてから、注意して見て、よ、ようやく……人の身体とはちょっと違うって、気づいたよ……」
「へー、スナイパーちゃんの目でも頑張らないとわかんないのにナイトくんはよく気づいたねー。」
「…………ん、ああ、おれか……見事な回避だったのだが武術的なテンポは感じられなかった事が妙だっただけだ。」
 アリアさんの話で盛り上がり、なんとなくそっちの方――ちょっと離れた所でラクスさんと合流したアリアさんの方を見るとふと目があったラクスさんが手を振ってくれて、それに返すように手を挙げた瞬間、ラクスさんの後ろにいたポリアンサさんがハッとした顔になって――
「『コンダクター』! 放課後に勝負です!」
 ――『テレポート』でオレの前に移動するなりそう言った。リリーちゃんで見慣れていなければ心臓が止まっていただろう……
「昨日はそちらの選挙戦があったようなので我慢しましたが、『神速』経由で選挙管理委員会に確認したところ今日のあなたはフリー! ならばわたくしと勝負ですわ! 勿論、ラクスさんや『雷帝』と戦った時のノクターンモードで! いいですわね!」
「は、はい!」
 ぐいぐい来る勢いに気圧されながら返事をすると、ポリアンサさんは満足そうな顔になった。
「では今日の放課後! セイリオスの闘技場で会いましょう!」
「と、闘技場ですか? あそこはメインと言いますか、選挙戦をしていそうな気が……」
「あら? 『神速』がそこを準備しておくと言っていましたけど。」
「デルフさんが? んまぁ、それなら大丈夫ですかね……」
「ふふふ、楽しみですわ! それではまた!」
 バッと背を向けると同時にラクスさんたちの方に戻るポリアンサさん。ラクスさんが申し訳なさそうな顔をするのに、オレは苦笑いを返した。
「ふぅむ、カペラの会長とのミニ交流祭――いや、再戦は選挙においてはプラスのイベント……いい感じに支持率が落ちているだろう今はタイミングが悪いかもしれないな。やっぱりロイドくんはすごいという流れに戻りかねない。おそらく会長が場所を用意したのもそういう狙いがあっての事だろう。」
「え、あ、そ、そうなんですかね……」
「プラスになるかはわかんないよー? 暗い過去とか怖い殺気を見せちゃったロイドがノクターンモードになったら交流祭の時とは印象変わると思うからさー。」
「む? それは一理あるな。マイナスのイメージが大きいところに吸血鬼のような外見だからな……恐怖を煽る結果になるかもしれない。」
 ……選挙で負けたいからこその会話なのだけど、自分のイメージダウンに積極的なみんなを見ているとしょんぼりしてくるなぁ……



『…………』
「あ? なんだ、いきなり手を止めんじゃねぇ。」
『……ああ、すまない……』
 薄暗い部屋の中、真ん中に置いてあるソファに座っているドレスの女――普段は黒いドレスを着ているのだが、風呂上がりなのか、タオル一枚を巻いた状態で座っている女の髪にドライヤーを当てていたフードの人物が、ぼんやりと止めていた手を再度動かす。
『もう少し機構を理解した上で使って欲しいところだと思ってな。』
「あぁ? 誰に言ってんだ?」
『よく理解していない者たちにな……全く、あの時きちんと後片付けをしていればこんな事にはならなかっただろうに。』
「失敗作をどうしようとあたいの勝手だろうが。」
『途中成果も大事だろう。』
「失敗成果なんていらねぇよ。」
『そういうモノか? やれやれ――ん?』
 ため息をついたように肩を動かしたフードの人物は、再びドライヤーをかける手を止めた。
「お前いい加減にしろよ?」
『お客が来たようだが。』
「わーってるよ、んなもん気にすんな。とっとと乾かせ。」
 薄暗い部屋の中にブォーという音のみが響く中にカランコロンという足音が混ざり始め、両者の前で一人の女が立ち止まった。

「仲睦まじいこと。殺しも彼女に捧げる貢物というわけ?」

 その女の外見は奇妙この上ないがとある場所、桜の国と呼ばれるルブルソレーユであれば珍しくはあっても変ではないモノだった。
 真っすぐで艶のある手入れの行き届いた黒髪を床に広がるほどに伸ばし、一つ一つが違う色の着物を幾重にも重ね着している。十数センチの高さがある下駄をはき、扇子を開いたり閉じたりしながら、絶世と称されるだろう美貌でタオル一枚の女を睨んでいた。
「ようよう『マダム』、まだ生きてたか。バーナードなら……おい、あいつどこ行った?」
『治療を終えてリハビリ中だ。どこに行ったかまでは把握していない。』
「んだよ……だそうだぞ妖怪女。ゲテモノ談議は次の機会にしとけ。」
「心配無用、用があるのはお前さ、アフューカス。」
『ご指名だぞアフューカス。身なりを整えないといけないな。』
「いらねぇよんなもん。人の家に勝手に上がってきた奴なんざ迎える必要ねぇよ。んでなんの用だ? 生きて返すつもりはねぇが一応聞いてやる。」
「最近の同業者殺しについて。」
「ああ? もしかしてアルハグーエにやらせてる事言ってんのか? おいおい、勝手に仲間意識持つんじゃねぇよ。何が同業者だ馬鹿馬鹿しい。悪党に同業もクソもあるか。」
「ええ、まあ、そのような答えが返って来るだろうとは思っていたさ。だから聞いておきたいのは真意――目的さ。何を企んでいる?」
「悪党が自分の企みを他人に言うかよ。だがまぁキッカケは教えてやろう。」
「ほう?」
「あたいはまだまだ『世界の悪』になれてなかったって事に気づいたのさ。」
「それはまた、よくわからないキッカケだな。」
「は! でどーする? あたいから言うことは今ので全部だぜ?」
「そうだな……あなたは無理だろうけどそちらをどうにかする事で、一先ず手を緩めさせる事はできるか。」
「ご指名だ。ちゃんと殺せよ。」
『難しい事を言う……』



 午後の授業を、お昼を一緒にできなかったからと座学以外で常にオレの横というか腕にくっついてきたリリーちゃんのあれこれにドキドキしながらエリルの攻撃を避けながら過ごし、放課後、寮に教科書とかの荷物を置いて約束の闘技場へと向かう。
「むむ? ノクターンモードを使うという事は……吸血鬼のいやらしいテクニックに加えてラッキースケベの力がこの後に控えるティアナとのお泊りデートに作用するという事ではないか……! ダメだぞ、ロイドくん!」
「びょっ!?」
 二度目になるポリアンサさんとの戦いをどうしたものかと考えていたところに別角度からの一撃をくらって変な声が出た。
「うわー、あたしの時よりもやーらしーことになりそーだねー。」
 その時のア、アレコレ――を思い出したのか、アンジュが赤くなってオレも……あああああああ……!
「でもさー、この前は結局あたしとお姫様にしか発動しなかったよねー。」
「うむ……交流祭の時は試合終了直後から全員に対していやらしかったというのに……どういうことなのだ、ロイドくん。」
「れ、恋愛マスターの力なのでオレに聞かれましても……」
「も、もしかして……あ、あれから……あ、あたし――たちと、ロイドくんのか、関係が進んだから……う、運命の力が弱くなった、のかな……?」
「関係が進んで……ふむ、それはあるかもしれないな。結局のところ、あの状態はロイドくんとわたし……たちをくっつけようという力が働くゆえなわけだからな。愛し合った間柄となれば最初ほどの強さ……事あるごとにラッキースケベというのはなくなるのかもしれない。」
「アイシアッタ!」
「それじゃー……あとは最後の一線を越える手助けをするだけって感じなのかなー? ロイドと二人っきりになったあたしとお姫様はそういう状況になったから発動したって感じー?」
「かもしれないな。しかしそうなると、やはりティアナのお泊りデートは危険だな。アンジュくんの時のようにしっかりと発動したラッキースケベに無意識から脱した吸血鬼の技が組み合わされば、おそらくわたしたち以上の夜を過ごす事に……!」
「えっ!? ロイくんてば、ボクにもしてくれないと!」
「びぇっ!?」
「え、えっと……週末は、よ、よろしくね……ロイド、くん……」
「びゃっ!? シュウマツっ!? 今週ですか!?!?」
「う、うん……ほ、ほら、選挙にも……あ、あたしと二人でしゅ、週末にお出かけしたっていうのが広まれ、ば、嫉妬の会……の人たち以外の、支持率も……下げられるかもだし……」
「しょしょしょ、しょうかもしれませんが!」
「あははー、スナイパーちゃんはあたしたちの中で最後になっちゃったからねー。焦る感じもわかるかなー。まー、どーせロイドは断れないんだから、折角なら選挙に影響出せるタイミングで行くのもいーんじゃないのー?」
 と、いつものニンマリ顔ではあるんだけどオレの脇腹をつねってくるアンジュ……!
「ん? そういや休みの間ミニ交流祭はどーなんだ?」
「それはおれも気になったから選挙管理委員の者に確認をとった。審判などをしてくれる者の人数が減るから試合数は減るだろうが、午前と午後の一部の時間帯で行われるそうだ。」
「まじか。ミニ交流祭自体には参加できねーが、暇な他校の奴と模擬戦するくらいならいーだろうし、こりゃ休めねぇ休みになりそうだな。」
 オレとみんなのアレな会話を特に気にせず週末に期待を膨らませる強化コンビ……
 ああ……別にティアナとのア、アレコレが嫌とかそういうわけじゃないのだが……れ、連続で来られると精神力というか理性が……ああああ……
「随分愉快な顔をしていますね、『コンダクター。』」
 ついこの前のアンジュとの記憶が頭の中を横切り、そこにティアナのイメージが重なってさっそくピンク色の妄想が広がり始めたオレの耳にキリッとした声が聞こえてきた。
 気がつくと闘技場の前まで来ていて、入口に立っていたポリアンサさんが不思議そうな顔でオレの顔を眺めていた。
「ひゃ、ひへ、これは――な、なんでもないんです!」
「そうですか? ではさっそく始めましょう! そちらの方々はこれを。」
 不思議そうな顔をシュバッと楽し気というかワクワクしているような顔に変えると、ポリアンサさんは何かのチケットをエリルに手渡した。
「? 何よこれ。」
「観客席の指定席だそうですわ。『神速』が用意したみたいです。」



 指定席なんて、ランク戦じゃないんだから席が埋まるわけでもないのに――って思いながら観客席に上がったあたしたちは、昨日の選挙戦以上の観客の多さに驚いた。
「なによこれ、どうなってんのよ……」
「むう……カペラの会長はうちの会長に話を通したという事だから、もしかすると昨日今日で急降下したロイドくんの支持率を戻そうとうちの会長が手を回したのではないか?」
 そう言いながらローゼルが指差した方を見ると、観客席を埋めてる生徒たちの一部――っていうか半分くらいはあたしたちと違う服――カペラの制服を着てた。
「休み時間や放課後に自由にセイリオスにやってきて試合をするというのがミニ交流祭だからな。他校の生徒全員のゲート通過を認めてしまうとハッキリ言って大混乱になる。だから基本的にうちの会長が招待した者――ミニ交流祭の参加者しか観客になり得なかったところを……おそらくお昼の時点でロイドくんとカペラの会長の試合が決定したのであちらの生徒の移動を時間帯を決めて許可したのだ。」
「なんでそんなこと……」
「具体的な狙いはわからないが……今ここにいるセイリオスの生徒たちは急に広まったロイドくんのマイナスイメージに心が揺れている者が多い。そんな彼らに大勢のカペラ側の観客を見せつける事でロイドくんのすごさ――のようなモノを再認識させようとしているのかもしれないな。」
「……だとしたらあの銀髪、どんだけロイドに生徒会に入って欲しいのよ……」
 デルフの執念みたいなのにちょっと引きながらチケットに書かれた場所――別に闘技場の席に番号とかはふられてないんだけど、観客席を上から見た時の図の一部に丸がしてあって、そこに行くと「指定席」って張り紙がされてる席があった。
 しかもそこはちょうどカペラの生徒たちとうちの生徒たちの境目で……
「お、『ビックリ箱騎士団』じゃないか。」
 そこにはローゼルの言うところのロイド二号――ラクスとその取り巻きの女子たちがいた。
「……もしかしてあんたらも指定席?」
「ああ。そっちの会長さんが用意してくれたんだろう?」
 ……わざわざこいつらの横にしたのにも、何か狙いがあんのかしら……
「む、ロイドくんたちが入ってき――」

「「――!!」」

 ローゼルの言葉を遮る歓声。ただ、二校のちょうど境目にいるあたしたちにはそれの大部分がカペラの生徒からのモノだって事がわかった。
 わーとかきゃーとか、黄色い声って言うのかしら。人気者の登場に盛り上がる感じね。
「……交流祭の時は気づかなかったけどプリムラ……あんたのとこの会長は生徒に人気なのね。」
「ん? まー、最近の色々のせいで任期終了間近なのに人気がうなぎ登りなのは確かだが、この声援の半分くらいは『コンダクター』に対するモノだと思うぞ。」
「……は……?」
「交流祭でプリムラと俺っつーカペラじゃ何かと目立っちまうのと戦ったからな。注目されんのは仕方ないし、あの……ノクターンモード? の時の評判が結構良いんだ。普段のどっか抜けた雰囲気に対して、女ったらしっていう噂にマッチする悪い貴族みたいなあの格好のギャップがいいとかなんとか。」
「な、なによその変な評価……」
「俺もしみじみと感じてる事なんだが……カペラの女子たちはお嬢様気質っていうか箱入りっつーか、恋愛絡みの悪い話とかに興味津々なんだよ……」
 本当にしみじみ――っていうか遠い目で呟いたラクス……
 ……あのすっとぼけ変態バカ! 他校の女子まで!


「――!!」
 急にゾワリと……例えるならエリルに五割増しのムスり顔で睨まれた時のような「ひぃっ!」っていう感じの悪寒が背中を走った。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、な、なんだか観客が多いなぁと……」
 昨日の選挙戦よりも集まっている――っていうかあの辺にかたまっているのはカペラの人たちじゃないか……?
「『神速』が特別に我が校の生徒たちの観戦を許可してくれたのですわ。あなたの交流祭におけるわたくしやラクスさんとの戦いは我が校でもよく話題になりますからね。その辺りを考慮してくれたのでしょう。普段は変な提案ばかりですけど、たまにいい仕事をしますわ。」
 同じセリフをついこの間も聞いたな……どうやらデルフさんは他校の生徒会と関わる時もあのノリらしい。
「さて、そうやって集まって下さった方々を待たせてはいけませんね。」
 そう言うとポリアンサさんは交流祭でも見せた剣――第十二系統の時間を除く十一種類のイメロが取り付けられた両刃の剣を鞘から抜く。同時に全身を濃い魔力が覆い、ポリアンサさんの姿が歪んでその剣が消えたかと思うと……左肩の後ろに剣で出来た翼が、右手の先に宙に浮かぶ光の剣が出現した。
 ポリアンサさんの本気モード。第十二系統以外の系統を極め、空間魔法という領域にまで到達した彼女の全力――『ヴァルキリア』!
「さ、最初からそれですか……」
「勿論です。さぁ、あなたも。」
 ニッと笑うポリアンサさんに促され、オレはミラちゃんの血液が入った小瓶を取り出した。
 今回はどれくらい飲むべきか。交流祭の時の感覚からして、継続時間と出せるパワーは飲んだ量に比例する。
 この前のワルプルガは緊急事態だったから一気飲みしたけど、ラコフの時みたいないざって時を考えたら少し残すべき……
 よし、マーガレットさんと戦った時くらいにしよう。えぇっと、あの時はラクスさんとの試合で飲んだ分の残りを飲み干したから……これくらいかな。
「ふふふ、その血に見える液体は一体なんのでしょうかね。」
「えぇっと……」
 別に問いただそうという風ではないけどなんて答えれば……確か交流祭でラクスさんにこの力の事を聞かれた時は……
「……あ、愛――です……」
 頑張って真面目な顔でオレがそう言い、ポリアンサさんがキョトンとすると、喉を伝って体内へと入った血液を引き金に身体の内側から力があふれ始める。
 霧のように生じる「闇」を身体と武器にまとい、マントを形作り、一応の……カッコつけというか、吸血鬼としての力を使うぞという意識付けの意味合いも込めて髪をかき上げる。自分ではわからないが、右眼は魔眼ユリオプスが発動して黄色くなっているだろう。
 セイリオスの白い制服を黒く染め、それを黒いマントで覆ったオレはパチンと指を鳴らして「闇」をまとった剣を大量に出現させる。
「そしてこれが……ノクターンモードです。」

「「きゃああああああ!!」」

 ワルプルガの時に「変身完了」って言ったらあとでエリルに「ダサい」って言われたから、ラクスさんと戦った時みたいに「第二楽章」って言おうと思ったんだけど最初っからノクターンモードの場合は使えないなぁ……とか、色々考えていたら結局普通の紹介になってしまったのを残念に思い始めたその時、観客席から……悲鳴じゃないけどそれに近い声があがった。
「えぇ……? オ、オレ何か悪いことしましたかね……??」
「ああいえ、これは気にしなくていいですわ。それよりも……なるほど、こうして近くで見るとその異様さがわかりますわ。その身と武器にまとった黒い霧……底が知れません。」
 楽しそうに笑ったポリアンサさんは、十数センチ浮いた状態ですぃーっと移動してオレから距離を取った。
 んまぁ、割と対面の距離で話してたから、試合開始からこの近距離じゃいきなりポリアンサさんの剣の間合いだからな……
 ちなみにこの試合の審判は――
「なんだそりゃ。あっちもそっちも変な魔法使ってんなぁ……」
 金髪のにーちゃん――えっと、確かライラック――先生? になるのかわからないけど、身体を砂にするっていうとんでもない魔法を使うっぽい人。距離をとったオレたちをすごく面倒そうな顔でそれぞれ確認し、すっと手を挙げた。
「んじゃあ、始めろ。」
 しまりのない声で始まるポリアンサさんとのミニ交流祭。ポリアンサさんはその場で剣を掲げて振り下ろ――

 ガキィンッ!!

「――っ!!!」
「相変わらずの反応ですね。」
 とっさに両手の剣でその一撃を防ぐ。ポリアンサさんは――剣を振り下ろしながら『テレポート』をしてオレの目の間に来たのだ。ノクターンモードによって鋭敏化した魔法感覚と、日頃からリリーちゃんの瞬間移動を見慣れているというのがなければ今ので終わっていた……!
「しかしこうもあっさりとわたくしの剣が止められてしまうとは。硬いというのとは異なる感覚……まるで全く同じ力で押し返されているような手ごたえですわ。」
 そう言うや否や、さっきまでいた場所に戻っているポリアンサさん。リリーちゃんの『テレポート』のような流れるようで自然な瞬間移動……さすが、十一個の系統を極めたと言われる人だ……
「ふふふ、それにしてもすごいですね。その防御は咄嗟のモノでしたでしょうに、その構えで防御したという事はわたくしが提案した剣術がしっかりと身についている証拠。この短期間でそこまでモノにするとは驚きです。」
 オレの防御――左右それぞれに手にしたマトリアさんの双剣をクロスさせてポリアンサさんの一撃を防いだわけだが、今までのオレには無かった動作だ。
 常に剣を回転させているわけだから、曲芸剣術には「相手の攻撃を受け取める」という選択肢がない。加えて接近戦になると、回転剣で自分を斬ってしまわないようにするせいで攻撃の軌道が限定される。中、遠距離が基本の曲芸剣術において近距離戦は弱点の多い剣術――というのをこの前の交流祭でポリアンサさんから指摘された。
 そして有難い事に、その弱点を埋める為の剣術の指南書をポリアンサさんがくれた。改めて思うとビックリなのだが、『ビックリ箱騎士団』には騎士の割合ではダントツだろう剣の使い手がいないので、主にエリルやカラードと言った近距離戦闘のプロとの模擬戦で訓練を積み、その修得に努力の日々。
 いきなり体力を持っていかれて寝転がされたり、相手が巨大な魔法生物だったりで実戦で使う機会はなかなか無かったのだが、まさか指南書をくれた人を相手にお披露目する事となるとは。
「曲芸剣術の為に鍛え上げられた身体と相性の良い剣術を選びはしましたが……もしかするとあなたには剣術の才能があるのかもしれませんね。」
 そう言うとポリアンサさんの右手の先に浮いていた剣が二本に分裂し、それらを左右それぞれに握って――オレと同じ構えを取った。
「これを勧めた者として、少々お手並み拝見と行きましょうか。」
 言うや否や再度の『テレポート』でオレの目の前に移動したポリアンサさんが二本の剣で連撃を打ち込んでくる。
 ポリアンサさんはあらゆる剣術をマスターしていると言われているほどの使い手でオレにこれを教えた――というか示した人だから、言うなれば師匠対弟子みたいなモノ……のような気がしないでもない。
 どちらにせよ、オレよりもこの剣術を使いこなす人。勉強させてもらうぞ!



 ロイドがプリムラと剣で斬り合い始める。回転剣を飛ばすっていう曲芸剣術本来の形になってから、ロイドの間合いは中距離から遠距離。相手が懐に入ってきてもその距離じゃ戦わないで、攻撃を回避して距離を取りなおすっていうのが基本の動き。だからロイドが近距離戦をしてるっていうのは結構珍しい光景。
 ……まぁ、あれの練習相手って事であたしは結構相手をさせられたんだけど、たぶん実戦――っていうか、こういう公式の場じゃ初めてじゃないかしら。
「おいおいまじか……あれってプリムラがアドバイスした剣術だろ? もうプリムラと斬り合えるレベルにまでなったのかよ。」
 さっきのプリムラと同じ事を驚くラクス。
 プリムラが指南書をよこしたあの剣術は飛んだり跳ねたり回ったりっていう全身で剣を振り回す感じだから、曲芸剣術で近距離戦をする時の動きに似てるところが結構ある。だからか、ロイドがあの剣術を形にするまでそんなに時間はかからなかった。
「俺のベルナークの剣の時みたいに『ヴァルキリア』もあっさり受け止めてるし、こっちの当たり前を次々とひっくり返すなぁ、『コンダクター』は。」
 やれやれって感じで笑うラクスだけど……あたしたちからすれば、ノクターンモードになって色々とパワーアップしてるロイドの動きについてきてるプリムラの方がすごく見えるのよね……



「ふふ、ふ、これはこれは――なかなか、いい、ですね!」
「どう、も、です!」
 オレにしては珍しい距離。互いの距離が一定以上離れず、足運びや重心移動で色々と角度を変えながら相手の隙を狙いつつ、常に剣戟が続く時間。
 ポリアンサさんの『ヴァルキリア』の魔力は彼女の全身を包んでいるから、風の動きを読む事に加えて魔法の動きも感知できる今、その動きはかなりの精度で先読みができる。できているのだが……上回る事ができない。根本的な剣術の腕前に差がありすぎるのだ。
 これで魔法も超一流なのだから、何をどうすれば勝てるのかサッパリだ。
「さてと。」
 対応に無我夢中だった無数の斬撃がピタリとやみ、気がつくとポリアンサさんは少し離れた場所に移動していた。
「あの指南書で言えば、半分を修得完了というところでしょうか。これからも精進してください。」
「は、はい……ありがとうございます……」
 正直いっぱいいっぱいだ……あと半分を修得してもポリアンサさんの域には到達できない気がするぞ……
「ふふふ、嬉しくて予定していなかった事をしてしまいましたが……さぁ、ここからは存分に行きましょう。」
 二本だった剣を一本に戻し、ポリアンサさんがオレに準備を促す。
「……わかりました……!」
 出現させたっきり回転させていなかったたくさんの黒い剣を風に乗せ、両手の剣も含めて全てを回転させる。
 ……今さらだけどあれだけ間近で斬り合えばオレのこの双剣――ベルナークの剣の独特なオーラみたいなモノにポリアンサさんが気づきそうなものだが……もしや吸血鬼の「闇」で覆った事でそういうのが隠されたのだろうか……?
「恐ろしいですね。漆黒の剣が視認困難な速度で飛び回り、それらは『雷帝』の雷をただの衝撃波にしてしまうような力がある……ふふふ、この状況でわたくしの魔法がどこまで通用するのか、楽しみですわ!」
 楽しそうに笑いながら左手を天に掲げるポリアンサさん。すると周りの空間がぽつぽつと光を放ち始め――

「「「「「「「「「「「さぁ、行きますわよ!」」」」」」」」」」」

 ポリアンサさんが増えた。
「ぶぇえぇぇっ!?」
 思わず変な声が出て頭の中が真っ白になりかけたが、ここで今までの経験が活きた。
 そう、これは見覚えのある光景――というか現象。ランク戦でエリルと戦ったカルクさんやラコフがやった数魔法による分身だ。
 数は全部で……えぇっと十一人。一人が本物として、十人は魔法で出来ているコピー。ポリアンサさんの剣技と魔法の腕を持ち合わせているだろうけど、魔法で出来ている身体には「闇」が効果を発揮する――はず!
 ノクターンモードの今なら本物と分身の見分けはすぐにつくから、とりあえず分身を――ってあれ? 全員同じ感覚……あ、もしや『ヴァルキリア』で身体を覆っているから区別が……

「「「「「「「「「「「――――――!」」」」」」」」」」」

 真っ白になりかけたのを持ちこたえたと思ったら再度白くなり始めたところで十一人のポリアンサさんが……全然聞き分けられなかったが、それぞれに何かの技名か魔法を叫んだ。
 直後、炎やら雷やら剣の雨やらが降り注ぎ、何人かのポリアンサさんが超速で突っ込んできた。
「ぎゃあああああ!?」
 再度出てきた声をそのままに全力回避。ノクターンモードの魔法感覚と空気の動きを読むことに全神経を注ぎ、「闇」をまとわせて大きくした剣を盾代わりに防いだりなんなりしてマーガレットさんの雷の嵐にも似た天変地異の中を飛び回る。

「「「「「「「「「「「――――――!」」」」」」」」」」」

 そんな嵐の中に再度聞こえる十一人の声。これはダメだ、回避だけじゃどうしようもない! どれが本物かはこの際考えないで――全員倒す方向で!
「だりゃああああああっ!」



「『ヴァルキリア・レギオン』……『コンダクター』の奴、プリムラの第二段階とやり合ってるぞ……」
 この前の交流祭のロイドとマーガレットの試合みたいに滅茶苦茶な光景を前に、ラクスが「うわぁ……」って感じの顔になる。
「ほう、第二段階とは気になる単語だ。カペラの会長さんの魔法にはいくつかの段階が?」
 ラクスの呟きに反応したカラードが後ろの席から身を乗り出す。
「あー……プリムラって相手が自分の予想を超えるのが楽しいタイプ――ああいや、自分が強くなれるチャンスを求めるタイプって言うべきか。相手が強いほどにエンジンがかかるというか、それに応じて『ヴァルキリア』での攻撃方法が変わってくんだ。より魔法負荷の大きい強力なモノにな。」
「より? しかしあの『ヴァルキリア』という魔法――空間魔法と言うんだったか。あれだけでもかなり強力なようだが……」
「ああ、あれを出す時点でプリムラの中じゃかなりの高評価だ。んでその状態を分身させてきたら第二段階、『ヴァルキリア・レギオン』。そこから第三、第四まであるんだが……俺は第三段階で負けた。」



「――素晴らしいですね、『コンダクター』!」
 慣れてきた――いや、全身全霊なのだが、十一人のポリアンサさんそれぞれに回転剣を飛ばして動きを制限する事で多少の余裕が出てきたところで、その内の一人が空中でピタリと静止した。
「わたくしたち一人一人にそれぞれの動きに合った攻撃を仕掛けるとは恐ろしい限りです。魔法の技術そのものの未熟さは相変わらずですが、風の操作という一点に関して言えばあなた以上の使い手はそうそういないでしょう。そして魔法を弾くその力――練りに練り上げ、世界を大きく歪めにかかった魔法があっさりと否定されるこの感覚、なんだが捻じ曲げを許さないぞと自然が言っているようですわ。」
 普通にしゃべっているが他の十人の攻撃は続いている――いや、しゃべっているこのポリアンサさんも動いていないだけで魔法は飛ばしていて、オレは相変わらずの嵐の中でそんな言葉を聞いていた。
 ……なんでこうもハッキリと聞こえるのかは不思議だが……
「十一人のわたくしたちでは拮抗――ならばわたくし以外を強くしてみましょうか。」
 そう言った瞬間、暴れまわる十人のポリアンサさんが消え、静止している一人だけが残った。あ、あれが本物のポリアンサさんだったのか……
「つ、強く……ですか……これ以上、ですか……?」
「ふふふ、そんなに嫌そうな顔をしなくても。結局のところ数魔法による分身はわたくしのコピー。どうしたってわたくし以上にはならないのです。ですから――」
 ニッコリと笑うポリアンサさんの周りの空間に、分身が出現した時のような光が満ちる。ただし
さっきと違い、その光の中に魔法陣が見える……
「数と力のバランスを考えますとこれが今のわたくしが準備できる最大戦力。ご堪能してくださいな。」
 光の中から出現したのはポリアンサさんの分身ではなく、純白の全身甲冑。カラードのそれが実戦的なモノだとするなら、これは儀式とかで使いそうな神々しいデザイン。そんな鎧が七体登場し、それぞれが追加でポリアンサさんと同様の『ヴァルキリア』を装備した。
「お分かりかとは思いますが、第三系統の光の魔法で召喚した天使ですわ。あなたの剣に触れれば弾かれてしまう事は同じでしょうが、先ほどまでのわたくしたちよりも強いですよ。」
「そう……ですね……」



「あれが第三段階、『ヴァルキリア・プラエトル』。見ての通りやばい。」
 適当な説明だけどそれがそのままな光景。見た感じ、さっきのプリムラ軍団みたいに色んな系統の魔法を使うんじゃなくて、七体の鎧はどれもが第三系統の光の魔法を使ってる。
 でもだからってさっきよりいいって事じゃ全然なくて、光の魔法の特徴の「速さ」を持った特大の光線が闘技場の中を埋め尽くす勢いで乱射されてて、鎧自体も『ヴァルキリア』の剣――形から大きさから自由自在のそれを持って斬りかかって来る。あんなの、避けられる方がどうかしてるって感じなんだけど……吸血鬼の能力をフルに使って、ロイドは回避してた。
 ……まぁ、七割くらいは避けれずに黒い剣を盾にして弾いてるんだけど……



「ふふふ、一体あなたの反応速度はどれほどだというのですか、『コンダクター』!」
 光線の雨あられの中を斬りかかってくるポリアンサさんと七体の鎧。受け止めようと一瞬でも止まったら直後には消し飛んでしまうから、オレは回転剣でけん制しつつ……いや、けん制しかできない。
 この尋常じゃない猛攻はマーガレットさんと同等……いや、それ以上だ。光線を放っているのが召喚された天使だからなのか、おそらくマーガレットさんの雷よりもパワーがある。
 マーガレットさんの時は本人が無敵状態なのに対してポリアンサさんはそうじゃないだけマシと考えたいけど、「闇」を使う場合はそこに差はない。つまりあの時よりも状況は悪いという事だ……!
「生まれ持った才覚? いえ、違いますわ。そのレベルが才能だとしたら、あなたは野生生物そのものですからね。つまりそれは修行によって身についたモノ――全く、《オウガスト》はあなたにどんな訓練をさせたのですか!?」
「ど、どれがそれだったのか――気づいたらこうなってました!」
 相手の数は減ったのにさっきよりも集中力を使う。精神的にゴリゴリ削られていく……!
 なんとか……なんとかしないとジリ貧だ。一先ずは……そ、そうだ、とりあえずさっきと違って本物のポリアンサさんはハッキリしている。あの七体の鎧を倒す――のは無理そうだとしても、なんとかちょっとだけでも動きを止めてポリアンサさんに攻撃を――渾身の一撃を打ち込むんだ……!
 動きを止める――最近だとレイテッドさんの重力魔法を思い出すけどオレにはできない。いつかやったみたいに上から強風をぶつけて似たような事はできるけどあの鎧を止められるかどうか……
 あとは……そうだ、ローゼルさんが相手を凍らせて……
 ……待てよ? 凍らせる……氷の中に、閉じ込める……!



「あれが相手じゃ何でも斬れる刀振り回したところでどうしようもなかったからなぁ……魔法を弾く力でも無理か?」
「……そうかしら……」
「? 『コンダクター』には何か秘策があるのか?」
「……」
 確信はない。だけど物凄い速さで逃げ回るロイドを眺めてて、なんとなく……まだ何かしそうっていうか、頑張ろうとしてる気がした。
 ロイドはあたしのガントレットを飛ばしてみたらどうかとか、時々変なアイデアを出してくるから……もしかするかもしれないわ。



「かわされてばかりですとこちらも消耗するだけですので、そろそろトドメと行きますわよ!」
 ポリアンサさんと七体の鎧の動きが加速する――というかなんだか陣形を取り始めた。力を合わせた合体魔法みたいなのが来るとまずい――!
「『アディラート』っ!」
 全方位から囲むように飛ばしていた回転剣を一方向から集中砲火。それを一人と七体に対して行った。んまぁ、全員が全員それらを正面から超速で切り伏せていくのだが……
「何か仕掛けるつもりですね! 受けて立ちますわよ!」
 もはや剣を振り回している腕が見えないポリアンサさん。オレの集中砲火の速さよりもそれを切り伏せられる速さの方が増していくのが驚愕なのだが――オレが欲しかったのはこのほんの一瞬の時間だ……!
「はっ!」
 剣に「闇」をまとわせて大きな剣や盾にするのと同じ要領で正方形の壁をたくさん作ったオレは、それらを七体の鎧に六枚ずつ飛ばし、囲み、つなぎ合わせ――

「『カポタスト』っ!」

 天使たちを黒い立方体の中に閉じ込めた。
「――! 魔法を弾く壁でできた箱――なるほど、考えましたわね!」
 これなら中で光線を放とうと剣を振ろうとその力の大部分は弾かれるから、鎧たちを封じ込めた事になる。
 とはいえ、「大部分」だけ。マーガレットさんの雷の勢いそのものは殺せなかったように、力の全てを反射するわけじゃないから、あの天使たちが内側でとんでもない馬鹿力を発揮すれば『カポタスト』は壊される。
 だからその前に――!!
「!」
 オレの技に驚いたというか関心するポリアンサさんに、オレは黒い風に乗った回転剣の螺旋を飛ばす。攻撃かと身構えたポリアンサさんだったが、オレはポリアンサさんを渦の中央の空間に捉えて螺旋を走らせ、曲線を描いて自分の後ろへ戻した。つまり――
「黒い剣の竜巻を輪のようにつなぎましたか。魔法を弾くあの剣をわたくしの『テレポート』が超えられるかは微妙なところですし、無理に突破しようとすれば細切れ……つまりはわたくしを逃げられないようにしたわけですね。それを、放つ為に。」
 黒い竜巻の中、向かい合ったポリアンサさんは剣先でオレの後ろ――黒い剣が渦巻く螺旋の槍を指した。
「『雷帝』の『武御雷』と同等の威力を持つ技……とはいえわたくしの攻撃の全てを回避、防御した結果、ここに至るまでに随分と消耗したようですから、その一発が最後の攻撃と言ったところでしょうか。」
 ずばりその通り……というわけではないのだが、時間切れが近いのは確かだ。魔眼ユリオプスの力で魔力の前借りはまだまだできるし、魔法の負荷もノクターンモードだとほとんどないから、疲れがあるとすれば回避に全力集中した事による精神的なモノだけだ。
 だけど感覚的に、ノクターンモードがそろそろ終わる。血を追加すればまだまだ行けるのだろうけど……マーガレットさんの時と同じ量と決めたわけだし、正直長引かせても勝てるかどうか……というか、もしもオレの必殺技であるこれで勝負がつかなかったらどうしようもない。
「さぁ撃ってきなさい、『コンダクター』! わたくしも全力で立ち向かわせていただきますわ!」
 その叫びと共にポリアンサさんの剣が光り輝く。この前は「闇」無しだったから真っ二つにされたけど――今回はどうなるか……!

「『グングニル・テンペストーソ』っ!」

 空気をえぐり、切り裂きながら進む螺旋の黒い槍。それに真正面から向き合ったポリアンサさんは、「斬る」というよりは「受ける」構えになる。

「槍は威力が一点に集中しますから強い貫通力を持ちます。ですがその代わり――!」

 オレの槍がポリアンサさんの剣に触れ、実際はそうではないけれど、金属と金属が激しくぶつかり合うような音が響く。普通の剣が相手なら回転の威力で手から弾き飛ぶか、武器そのものが削りとられるだろうところを、『ヴァルキリア』の剣は何事もなく受け止める。そして――

「その一点をズラすことができれば、直撃は回避できるのです!」

 自分で言うのもあれだけど、この触れれば即ミンチになりそうな回転剣のドリルを、何もない空中で踏ん張り、凄まじい金属音を響かせながら、『ヴァルキリア』の剣の腹の部分でポリアンサさんは――受け流した。

 ズギャアアアアッ!!

 方向をズラされたオレの渾身の一撃はオレたちを覆った竜巻に激突し、瞬間、あまり聞き慣れない音を響かせ、暴発したように黒い剣があっちゃこっちゃに飛散する。
 まるで空を覆っていた分厚い雲が一瞬で吹き飛ばされて快晴へと変わったように、黒い螺旋の槍と黒い竜巻が自身の風圧で吹き飛んだのだ。
「――っ……すごいパワーですわね……位置魔法で身体を固定して強化魔法で力を上げて、それでも足りませんから風や重力、色々な魔法を引っ張り出してようやくでした。ほんの一瞬にこんなにたくさんの魔法を詰め込んだのは初めてですわ。」
 ふーやれやれという感じに左手で顔をあおぐポリアンサさんの『ヴァルキリア』に亀裂が走るのとオレのノクターンが切れるのはほぼ同時で、オレたちは――たぶんポリアンサさんも風を使って――ふんわりと着地した。
 バラバラと落ちてくる剣をぼんやりと見上げ、オレはやれやれとため息を――
「図らずも『雷帝』戦と同じような状況になりましたね。使える魔法も残り少ないですが、『魔剣』の二つ名に恥じない技を披露しますわよ!」
「えぇ!?」
 色々と出し尽くしてオレとしては負けの気分だったところにヤル気満々で剣を構えるポリアンサさん……!
「あ、あのポリアンサさん? マーガレットさんの時と同じような展開に入りますとすっからかんになると言いますか……ほら、あの時は交流祭の最終戦でしたけど、オレもポリアンサさんも他の試合があるじゃないですか! そっちに影響を残すのは――勿体なくないでしょうか!?」
「大丈夫ですわ! 言ったでしょう? 一週間という期間を利用すれば充分な回復が――」

「『コンダクター』の言う通りだぞ、プリムラ!」

 むふーっと鼻から息が出そうなくらいに意気込んでいるというか、バトルの影響で……ハイ? になっているっぽいポリアンサさんに、観客席からラクスさんの声が届いた。
「ただでさえ『ヴァルキリア』使ったあとはふらつくのに第三の『プラエトル』まで出したんだぞ! 他の会長たちと勝負したいならそこでやめとけ!」
「――! …………」
 何か言い返そうとするもすぐに歯がゆそうな顔になり、上品なイメージの強いポリアンサさんには少し意外なふくれ顔を見せ、そして大きく息を吐いた。
「……悔しいですがラクスさんの言う通りですわね……この勝負、ここまでとしましょう。」
「は、はい、それがいいかと……」
「んあー、じゃあーどっちが勝った事にする?」
 そういえばいた――というかあの猛攻の中どこにいたのやら、審判の金髪のにーちゃんがひょっこり出てきてそう言った。
「審判の判断に任せますわ。」
「そうか? んならヤル気充分なそっちと疲れ切ってるこっちって事で、勝者はそっちな。」
 ポリアンサさんに適当な拍手を送り、金髪のにーちゃんは闘技場から去って行った。それと同時に闘技場を覆っていた防御魔法が消え、魔法の負荷を除く諸々のダメージや疲労が回復する。
「……随分投げやりな方ですわね。あの方も教員なのでしょう?」
「いやぁ……なんだか微妙な立場の人みたいですよ……」
「人……それとは異なる気配のする方でしたけど……まぁ、それはそれとして『コンダクター』。」
「あ、はい。」
「まだまだ魔法の技術が未熟という点は前回と変わりませんが……この前と今回とで確信しましたわ。あなたの強さ――いえ、強みとは即ち、回避能力の高さですわね。」
「回避、ですか……」
「そうです。曲芸剣術という稀な剣術も、精密極まりない風も、魔法を弾くという不思議な力も、それぞれが強力な武器ではありますが、全ての土台にあるのは回避の技術。如何なる攻撃も当たらなければ意味がない、というわけですね。」
「そ、それだけで精一杯でしたけど……」
「精一杯やれば誰にでも何でも避けられるというわけではありませんわ。相応の技術が必要なのです。そしてあなたが身につけている技術とは即ち、《オウガスト》の技。全ての攻撃を回避して渾身の一撃を叩き込むというスタイルで十二騎士に上り詰めた騎士の技を、あなたは受け継いでいるわけです。」
「フィリウスの技……」
「ふふふ、思い出したらで構いませんから、一体どういう修行でそれを身につけたのかをいつか教えていただきたいですね。」
 ニコリとほほ笑みながらスッと手を伸ばすポリアンサさん。それに応える為にオレも手を伸ばし、握手を交わす。
「終始、楽しい試合でした。決着まで行かなかった事は残念ですが、色々な事を経験させてもらいましたわ。ありがとう。」
「ここ、こちらこそです! ありがとうございました!」



 優雅に堂々と握手を求めたプリムラに対し、オドオドワタワタしながらその手を握るロイド。観客席から拍手が送られて、二人の試合は終わりを迎えた。
「うーむ、これだけの試合、折角マイナスに傾いたロイドくんの印象が回復してしまったかもしれないな。」
 拍手をしてるのがカペラの生徒だけじゃないのを眺めながらローゼルが呟く。
「これはあれだな、誰かにわたしの事を侮辱してもらって、ロイドくんがわたしの為だけに怒るというシチュエーションが必要だな。」
「何言ってんのよ……」
「『コンダクター』は会長に立候補してるんだよな。」
 他の生徒たちが席を立つ中、ラクスが……なんか真面目な顔でそう聞いてきた。
「……本人にその気はないんだけど、成り行きみたいな感じで立候補しちゃってるわね。」
「ああ、だろうけど……このまま行くと俺も生徒会入りしそうだからな。そうなるとセイリオスの生徒会にプリムラとあそこまでやり合える『コンダクター』みたいなのがいると色々と助かりそうだなと思ってな……」
 ……こいつはカペラだからセイリオスの選挙には関係ないけど……もしかして他校からの支持率みたいなモノを上げるのも、デルフがこの試合にカペラの生徒を呼んだ理由なのかしら……
「ねーねー、ちょっと聞いていいかなぁ?」
 この試合があたしの予想もつかない結果に繋がりそうな気がしてきたところで、ラクスの取り巻きの一人――水色の髪をリリーみたいに大きな花飾りでポニーテールにしてる……フェルブランドでかなりの人気があるアイドル、サマーちゃんことヒメユリ・サマードレスがラクスの横から顔を出した。
「そっちの会長さん――デルフさんにはどこに行けば会えるかな?」
「デルフ……? いるとしたら生徒会室じゃないかしら……」
 正直、神出鬼没だからいつもどこにいるのかよくわかんないけど……
「なんだヒメユリ、会長さんにこの指定席のお礼でも言うのか?」
「うーん、それを口実にお話ししたいって感じかな。」
「なんでまた……あ、そういやあの人ヒメユリのファンだったな。でもいいのか? 一人のファンにこう……個人的に会いに行くのって……」
「マネージャーさんにはダメって言われるだろうけど……デルフさんは本当に特別なファンの一人だから、この機会にね。」
「特別?」
「あ、もしかして会長って『セブンス』なの?」
 ラクスとヒメユリの会話にリリーが入って来て聞き慣れない単語を口にする。
「なによその騎士の称号みたいなの……」
「サマーちゃんの最古参のファンの事だよ。今みたいに有名になる前の、アイドル活動を始めたばっかりの頃からのファンで、サマーちゃんのファンの間じゃ一目置かれてるっていうか、ちょっと特別な立場なんだって。会員番号で言うと一番から七番の七人。」
「セ、セイリオスの会長さんが……? 確かに会員番号が四だったから筋金入りのファンなんだとは思ってたが、そんなにだったのか……」
 ……要するにデルフは超アイドル好きってこと……? あの銀髪、ホントに何者よ……
「その人たちには本当にお世話になったっていうか……一回ダメになりそうだった時にたくさん応援してもらって勇気をもらったの。だからお礼を言わなくちゃって思ってたんだけど、その七人がどこで何をしている人かってあたしにはわからないの。変だよね、あっちからお手紙はたくさんもらうのに。そしたらこの前、ラクスくんからセイリオスの生徒会長さんが会員番号四番だったって聞いて……交流祭の時はお仕事が入っちゃったからうまく時間が作れなかったけど、今日こそはって思って来たの。」
 真剣な顔でそう語ったヒメユリ。アイドルの事なんてよく知らないけど、こういう真面目なところが売れてる理由の一つだったりするのかしらね。
「まぁ、そういう事ならお礼の一つくらい言ってもいいかもな。悪い、セイリオスの生徒会室ってどこにあるんだ?」
 ってラクスが聞いてきたから答えようとしたら、リリーがあたしの口を塞いだ。
「場所は教えてあげるけど、でも行くんならカペラの会長さんを連れてった方がいーと思うよ?」
「プリムラを?」
「うん。最古参の一人って事はきっとアイドルとファンの立ち位置みたいなモノに厳しいと思うんだよね。個人的な接触を好まなかったりして、最悪会ってくれないかもよ?」
「あー、それはあるかもしれないな……見てきた感じ、そういうファンも結構いるみたいだし……」
「だから今回の試合のお礼っていう口実で行くならカペラの会長さんは必須だよ。顔を合わせちゃえばこっちのものだからさ。」
「そうだな。よし、そうしよう。プリムラを迎えに行くぞ。」
 ラクスとヒメユリたちが席を立ってぞろぞろと観客席を後にして、ようやくリリーがあたしから手を離した。
「……なんのつもりよ……」
「これはチャンスかなーって。」
 そう言うとリリーは……悪い顔になった。
「この試合もそうだけど、会長さんはあの手この手でロイくんを生徒会に入れようとしてる感じでしょ? 他にも色々と計画してるだろうところに大ファンのアイドルが会いに来たらさすがの会長さんも冷静さを欠くと思うんだよね。もしかしたら今まさに練ってた次の作戦に集中できなくなったりするかも。」
「ふむ……効果は未知数だが、もしかすると大ダメージを与える一手になるかもしれないか……まぁ、特にやましい事はしていないし、良い方向に転がれば良しという程度――っとそうだ、こうしてはいられないぞ。」
 ハッとしたローゼルが突然走り出して観客席から出て行った。何事かと思ってなんとなく追いかけてったら、闘技場の出入り口であたしたちが出てくるのを待ってたロイドに抱きつい――何してんのあいつ!
「びゃあああ!? ローゼルさん、突然何を!?」
「むー、やはりラッキースケベは発動しないか。わたしとロイドくんの今の親密度だと、二人っきりが必須条件ということなのか……」
「ちゃっかり実験してんじゃないわよっ!!」

騎士物語 第九話 ~選挙戦~ 第六章 意気軒昂な会長

選挙戦における過去の公開と恐ろしい殺気で支持率が絶好調で下がるロイドくんです。
しかしデルフさんもまだまだ仕掛けていくようですので、先はわかりませんね。

前回のあとがきでロイドくんの次なる試練は最後の一人との一夜――と書きましたが、思いのほかポリアンサさんとの勝負が盛り上がってしまいました。彼女は勢いがある上になんでもできてしまう人なので登場させるのが楽しいですね。『ヴァルキリア』に更なる段階があったとは驚きです。

選挙やミニ交流祭の行く末、件の一夜も気になりますが、一番はサマーちゃんの突撃を受けたデルフさんがどうなるのかですね。
珍しく大慌てしたりするのではないかと、わくわくしています。

騎士物語 第九話 ~選挙戦~ 第六章 意気軒昂な会長

選挙戦によって支持率が急降下し、当選したくないロイドとしては良い方向に転がった選挙。 それを受けた会長が次なる作戦を巡らせる中、ミニ交流祭にて凄腕の人物との再戦が始まり――

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更新日
登録日
2020-08-16

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