騎士物語 第九話 ~選挙戦~ 第五章 庶務の覗き見

RANPO

第九話の五章です。
ついに始まる選挙と、早速迎えるロイドくんの選挙戦です。

第五章 庶務の覗き見

 選挙期間の初日。いつものように部室へ行き、『ビックリ箱騎士団』のみんなと鍛錬をする。話題となったのはオレの選挙よりも昨日バクさんがくれた飴玉で、すぐに使ってしまうのは勿体ないという事でオレも含めてみんな舐めなかったみたいなのだが、唯一アレクは使ったらしく――
「あー、ありゃ夢っつーよりは半分現実みてーなもんだな。《ジャニアリ》とか《オウガスト》みてーなすげー騎士になるって夢を見たんだが、その中で感じた今の俺には無いパワーとか、ヤバイ敵とのバトルとかを本当に経験したみてーに今でも思い出せるんだ。イメージトレーニングってのとはわけが違うぜ。」
 ――という体験談をオレたちに話してくれた。夢なのだから全ては本人の経験と想像が元になっていて、現実とは異なる部分も多いと思うのだが……頭の中にしかない空想を体験させてくれるとなると色々な事ができそうだ。
「ハッキリと記憶に残る夢……そ、それはなかなかではないか……ふ、ふふふ……」
「どど、どうしよう! すごい夢見ちゃったらそれがずっと頭に……でへへへ……」
 フィリウスを倒して《オウガスト》になる夢とか見たらどうなるんだろうかと少しワクワクしていると、何やらローゼルさんとリリーちゃんが似たような表情になって……オレはエリルに足を踏まれた。
 そんなこんなで朝の鍛錬を終え、朝食を食べる為に一度部屋に戻ってから学食で集合といういつもの流れに沿って強化コンビは男子寮に、オレたちは女子寮の方に向かったのだが……

「あ、ロイドくん! ちょうど良かったよ、はやく来て!」

 顔は見た事あるけど名前は知らない女子生徒がタタタと近づいてきてオレの手を掴み、女子寮の方へと引っ張って行った。チラッと見えた後ろのエリルたちの怖い顔にゾッとしつつ女子寮の建物前まで来ると、そこには人だかりができていた。
 ……? あれ、なんかこういうの前にもあったな……確かフィリウスがほぼ全裸で来たんだよな……もしかしてまた?

「サードニクスくんだ! よかったぁ、これで一安心だね。」
「ごめんなさいね、朝稽古の帰りなんでしょう?」

 人だかりを作っていた女子生徒たちから色々と声をかけられながら進むと……えぇっと、なんというか……黒焦げの誰かが倒れていた。

「くっそ、兄貴のやつ……変なのつけてきたと思ったらこういう事かよ……寝起きの着替えが一番無防備だっつーのに……!!」

 黒焦げながらもなんとなく見える容姿に声とセリフを組み合わせ、オレはこの人物がリゲル騎士学校のパライバ・ゴールドだと理解した。
「えぇっと……この人どうしたんでしょうか……」
 周りの女子生徒に尋ねると、一人がシュバッと手を挙げた。
「なんか、女子寮の方に近づいてきたと思ったら突然雷を受けたみたいになって、そこからちょっとでも進もうとする度にバチバチってなってたよ。」
 バチバチ……このパライバという人物がどういう性格なのかは知っているから女子寮に近づいた理由はわかる――というかさっき自分で言ってたし、となるとそんなパライバを……雷という事は先生が止めたのだろうか。
「おや、なんだこの消し炭は。誰かがここでバーベキューでもして後片付けを怠ったのか?」
 みんなが追い付いてきたかと思うと、ローゼルさんがさっきの怖い顔とは温度が違う嫌悪感マックスの表情でそう呟いた。
 交流祭の時、色々と嫌な事を言ってきたパライバをローゼルさんはボコボコにしたのだが……別にそれで気が済んだとかいう話でもなく、ローゼルさんの中でこの人物は……こう、最底辺の扱いのようだ。
 ……んまぁ、オレもこいつは嫌いだけど……
「うわー、真っ黒だねー。女子寮で変な事しよーとして何かの魔法をくらった感じかなー?」
「うん……どうも電撃でこうなったらしいから先生じゃないかと――」

「こうなってしまったか。」

 近くに先生がいるんじゃないかとキョロキョロしていると、こちらに向かって歩きながらそう言った人物――リゲル騎士学校の生徒会長、ベリル・ゴールドさんが見えた。
「あ、おい、兄貴! この首輪……」
「デルフに用意させた。許可の無い者が女子寮に近づくと激痛が走る首輪だ。見たところ、第二系統の魔法が発動するようだな。昨日は何もしなかったから杞憂だったかとも少し思ったのだが、お前はやはりこうなのだな。」
「まさか兄貴にハメられるとは……もう少しでここの女どもの裸を記録できたのに……」
「録画用のマジックアイテムでも使おうとしたのだろうが、そんなモノは無意味だぞ。この建物には尋常ではない量の魔力を使用した魔法がいくつもかかっている。遠方からの覗き見は勿論、録画なぞできるわけがないし、侵入などしようモノなら今以上の深手を負っていただろう。むしろその首輪に感謝するべきかもしれん。」
 自分の弟だろうに淡々とそう言ったゴールドさんは、相変わらずの無表情をオレたちの方に向けた。
「朝から失礼した。ここに住む『コンダクター』からすれば愚弟は処刑の対象にもなりかねんだろうが、ここは黒焦げの愚弟と自分に免じて許して欲しい。」
「え、あ、いえ……け、結果として何も起きてないですし……」
「そうか。」
 と、というかなんだ処刑って……確かに、エリルやみんなにこう……何かしたとかだったらオレも結構怒ると思うけど……
「ちょ、ちょっと待てよ兄貴……今このもやし男がここに住んでるって言わなかったか……?」
「知らないのか? 男子寮の定員と王族であるエリル・クォーツとの相部屋という諸事情により、『コンダクター』は女子寮で生活している。」
「んだとっ!?!?」
 何故にゴールドさんが諸事情の部分を知っているのかが気になるところだが、それを聞いたパライバは地面に転がった状態でオレを睨んだ。
「このクソが! お前みたいなもやし男が女どもをとっかえひっかえだと!? そういうこたぁもっといい男の役割なんだよふにゃちんやろ――」
 と、そこでパライバは氷漬けになった……
 ……し、しかしなんだ……一部否定しづらいところがあるのが我ながら……ああぁあぁ……
「気にするなロイドくん。そこのそれが言っている事とロイドくんの愛とでは雲泥の差なのだから。」
 二つ名である『水氷の女神』が『水氷の死神』になりそうなくらいに冷たい顔でそう言ったローゼルさん……
「またこの有様か。いよいよ学習しないな。」
 やれやれという感じの言葉なのだが口調も表情も変えずに氷の中の弟を見下ろしたゴールドさんは、ふとオレの事を見た。
「シリカ勲章を得たそうだな、ロイド・サードニクス。」
「へ、あ、はい……」
 突然の話題変更にビックリするが、ゴールドさんは淡々と続ける。
「この国の軍において、相応の実力を示したドルムは昇級してスローンの階級となり、B級犯罪者やBランクの魔法生物と戦う事になる。」
「?? は、はい……」
「更に昇級してセラームとなればA級犯罪者にAランクの魔法生物が相手となり、もしも十二騎士にまで至ったのなら、相手はS級犯罪者やSランクの魔法生物となる。ここで間違えてはいけない事は、階級や称号の持つ意味だ。」
 いきなり何の話なのか。理解できていないのはオレだけだろうかと周りを見たが、エリルたちも他の女子生徒たちも怪訝な顔をしている。
「十二騎士になったからS級犯罪者と戦うのではない。S級犯罪者と戦う使命を担った者に十二騎士という称号が与えられるのだ。これは、勲章に対しても言える事。」
「!」
「評価に値する功績に対して勲章が送られたのではない。それだけの事を成せた者なのだから相応の事を任せてよい――勲章は、それが持つ数々の特権と引き換えに一段階上の危機に対処するという義務の証明だ。」
 義務……義務か。そういう風に考えた事はなかったけど……そうか、例えばフィリウスなら、十二騎士として確かに色んな特権を持っているけど、『世界の悪』みたいな怪物たちがやってきたら最前線に出る事になる。本人は望んで走り出しそうだけど、十二騎士にはそういう事が求められるはずだ。
「シリカ勲章は誰でも貰えるモノではない。実力の高い事で有名な騎士団の中でもそこに至った団は一握り――それはそういうレベルの代物。理解しているか、ロイド・サードニクス。学生という未熟な身でその義務は、非情に身に余るモノだという事を。」
「……それは……その、そうじゃないかなと感じては……いました……」
「それだけでは認識不足。勿論、かかる義務も学生という身を考慮して選択されるだろうが、それでもお前は、学生の中では比類なく、現役の騎士たちと比べても圧倒的に、分不相応な者を相手にする確率が高くなっている。」
 分不相応――見方を変えればこの前のワルプルガも……滅多にお目にかかれない強い魔法生物たちとの戦いを経験したわけだが、シリカ勲章というモノがもたらした……身の丈以上の強者との戦いだったと言えなくも……ない……
「即ち、お前は他の誰よりも死ぬ確率が高くなっている。」
 心臓の音がドクンと大きくなる言葉。オレやエリルたち、他の女子生徒たちの間にピリッとした緊張が走る。
「まぁ、そう簡単にお前の事をお前の知り合いたちが死なせるわけはないのだろうが、確率を低くする為には認識を改め、知識を得る事が必要だ。」
 そう言いながらゴールドさんは――どこから出したのか、百科事典のような分厚い本をオレに渡してきた。
「お、重――あ、あの、これは……」
「お前に死なれると困るからな。デルフへの情報提供のついでに、シリカ勲章を得たお前が今後相手にする可能性のある者をまとめた。」
 分厚い本を頑張って開くと、そこには犯罪者や魔法生物についての情報がびっしりと書かれていいて――ってなんだこれ!? こんなのが全ページあるとしたらとんでもない情報量だぞ!
「相手の事を予め知っているのと知らないのとでは勝率――いや、生還率に大きな差が生じる。それを頭に入れる事で、お前はお前が思っている以上に生き残る確率を上げる事ができるだろう。」
「こ、こんなにわざわざ……あの、ありがとうございます……!」
「気にするな。自分の為でもある。」
 本当に何とも思っていないというような無表情でそう言ったゴールドさんがくるりと背を向けると、パライバを閉じ込めている氷の塊が何かに持ち上げられるようにふわりと浮き上がり、スタスタと去って行くゴールドさんの後ろについてふよふよと運ばれていった。
「……なにこれ、ちょっとひくほどびっしりじゃない……」
 オレが開いているページを覗き込んだエリルが「うわぁ……」という感じの顔をする。
「で、でもありがたいよ。ゴールドさんからしたら他校の下級生ってだけだろうに、勲章を得た事を逆に心配してくれるなんて……思ったよりいい人なのかもしれないなぁ。」
 初対面がサマーちゃんのコンサートをけなしてデルフさんと睨み合うという場面だったし弟がアレだからそれほどいい印象ではなかったのだけど、それこそ認識を改めないといけないな――と、オレが思っているとローゼルさんが……冷たい表情から今度は微妙な顔で呟く。
「いや……これはたぶんそういうのではないぞ……忘れたのかロイドくん。彼は……ロロ・オニキスに惚れているのだぞ……」
「!!」
 ロロ・オニキス。それはフィリウスとの旅の中、ある街に入る時に誕生したオレの……じょ、女装した時の名前だ。交流祭の時、各学校の出し物としてデルフさんとロロ・オニキスとでちょっとしたダンスを披露したのだが、それを観たゴールドさんが……あ、あろうことかロロ・オニキスに一目ぼれしたのだ。
 後々正体がオレだということは判明したのだが……「『ロロ・オニキス』という『女性』の可能性はゼロではない」という妙な言葉を残していって……
「えぇっと……じゃ、じゃあゴールドさんはオレというかロロ・オニキスを案じてこれを……?」
「可能性は高いと思うぞ……」
「えぇ……」
 どうすればいいのやらという感じにオレがゲンナリしていると、ツンツンと誰かが背中をつついた。
「えっと、ロイドくん、ありがとうね。」
 それはオレをここまで引っ張って来た人で、気づけば集まっていた女子生徒たちがオレの方を見ていた。
「えぇ、いや、オレ何もしてないですし、むしろローゼルさんが……」
「今回はそうかもだけど、あんまり見かけない寮長さんの代わりに女子寮じゃなんかあったらロイドくんにお願いしようって感じになってるからさ。頼りにしてるんだよ?」
「えぇ? いやぁ、でも頼むなら確実にオレガノさん――寮長さんの方がいいですよ? あの人すごい人ですから……」
「ふふふ、いたらね。それじゃあたしたちは学食行くから、またね。」
 話したこともあまりない人たちから妙な信頼がある事にビックリしながら学食に向かう彼女たちに手を振っててててて!
「なによ、仲良さそうじゃないのよ。」
「カルクくんの一件もあるし、これはわたしたちがいない時に何をしているかキッチリ聞いておかねばなるまいな。」
「ロイくんてば! もうロイくんてば!」
「まったくもーこれ以上増やす気なのー?」
「ロ、ロイドくんの……浮気者……」
「えっほ、ほへは! ひはいまふかは!」
 ほっぺをつねられたり足を踏まれたり小刻みなパンチを入れられるオレ。
 正直なところ、同じクラスの女子以外となるとたまに寮の入口ですれ違う程度で接点と言えるようなモノはほとんどないし、朝の鍛錬から始まって食事も授業も放課後もみんな……と、特にエリルとは寝る時も含めて四六時中……いっしょなわけで、他の女の子にオレガノさんみたいな凄い人の代わりに頼られるというのは個人的に妙な気分だ。
 んまぁ、ほとんどいないという事だから男手に目が行くのが仕方がないのかもだけど……さっきみたいなのは特殊な事例として、寮長さんに頼むような事ってなんだろうか。電球の交換?
「ロイドくんが的外れな事を考えていそうだが……やれやれ、とりあえず混む前に学食へ移動しよう。」


「わ……な、なんだかすごい事に、なってるね……」
 もらった百科事典を部屋に置き、シャワーを浴びて朝食を食べに学食へ行くと、そこにはいつもと違う光景が広がっていた。

「次期生徒会長はこの『ダークナイト』! 覚えておくといい!」
「次の図書委員長には私を! この馬鹿よりも私を!」
「なんですって!」

 学食の入口の前に名前の書いてあるのぼりがいくつも並んでいる。それは生徒会の各役職と各委員会の委員長に立候補している人たちで、演説のような事をしたりひたすら自分の名前を連呼したり対立候補者とケンカしたりしていた。
「生徒会役員も委員長も大きな価値を持つポジションだからな。その争奪戦が激しくなるのは当然だろう。」
 外ほどではないけど学食の中も結構賑やかで、あちこちの壁に貼られている立候補者のポスターの前でこの人はどうだあの人はああだという議論が行われていた。
 しかしそんな中でも……ありがたいというかなんというか、なんとなく我ら『ビックリ箱騎士団』の席という感じになりつつある隅っこの席はいつものように空いていて、合流した強化コンビといっしょに朝ご飯を食べる。
「んで、どーすんだよロイド。なーんもいいアイデア無しに選挙始まっちまったぞ?」
「そうなんだよなぁ……どうしよう……」
「ふむ。まぁ単純な方法としては、選挙戦もミニ交流祭もわざと負けるというのがある。勝敗が全てではないがそれなりの効果は期待できるだろう。」
「で、でもせっかくの試合だからちゃんとやりたいし……ポリアンサさんとかが相手だと手加減がばれて怒られそうだし……」
「……そもそもあんたはウソつくの下手なんだから無理よ……」
「う、そんなバッサリと……」
「あははー、ロイドはウソ下手でいーんだよー。」
「そ、そうかな……いや、うん、やっぱり正直者が――」
「新しい女の子ができちゃったとか誰とどこまでいったとかがわかるからねー。」
「そんな理由!?」
「恋仲の女性からしたら大事な点ではないか? それはそれとしてロイド、そもそもロイドの相手――対立候補者はどれくらいいるのだ?」
「お、おう、さらりと言ったところが気になるけど……そういえばそうだな。オレは選挙戦で何人と戦う事になるんだ?」
「あ、そ、それならさっき入口で……こんなの置いてあった、よ……」
「これは……立候補者の一覧か。ありがとう、ティアナ。」
「うん……」
「ぐぬ、ティアナめちゃっかりと――む? これはどういう事だ? 庶務に立候補しているのはロイドくんとあともう一人だけではないか。」
「……庶務って人気ないのかしら……」
「にゃあ、そんなことないよー。ロイドちゃんのせいでこうなっちゃっただけ。」
「えぇ? オレの――っていうかカルクさん!?」
 それぞれの朝ご飯をモグモグしながらみんなで一覧を覗き込んでいたら、いつの間にか一人増えていた。
「むむ! カルクくん、ロイドくんとはどんな感じなのだ! 部屋でイチャイチャしてはいないだろうな!」
「ローゼルさん!?」
「にゃあ、どうもないし何もしてないよー。ロイドちゃんの評判みたいなのを話しただけ。それに大丈夫、ロイドちゃんはあたしの好みとちょっと違うから。」
 ニッコリとそういったカルクさん……
 ……なんだろう、状況としてはホッと一安心というところだろうけど、なんとなくショックを受けているのは男の性なのか……
「何ガッカリって顔してんのよ……!」
「ぎゃあっ!」
 エリルにぐしゃりと足を踏まれる。
「ふむ、ではカルクくんはなぜここに?」
「にゃあ、あたしはともかくエルルクちゃん――ルームメイトの子はロイドちゃんのファンみたいでね。部屋に来たんだよって話したらずるいって怒られちゃったから、また遊びに来てねって言いに来たんだよ。」
「へー、ロイドー、ファンだってー。」
「は、はひ……」
 アンジュにほっぺをつねられる……
「それはそれで問題だが……とりあえずカルクくん、さっき言っていたロイドくんのせいというのはどういう意味なのだ?」
「にゃあ、別にそういう決まりがあるわけじゃないんだけど、生徒会の庶務ってだいたい一年生がやる感じになっててね。立候補しようとしてた一年生はいっぱいいたみたいなんだけど、そこにロイドちゃんが出てきちゃったでしょ? デルフ会長からの推薦の話とかシリカ勲章とか、どう考えたって勝てるわけないって事でみんな諦めちゃったんだよ。」
「なるほど……では一人残ったこの生徒は……」
「それは今の庶務。再選を狙ってるんだよ。」
「じゃ、じゃあ……いつも、なら、たくさんの立候補……が出てくる庶務の選挙を、きょ、去年勝ち抜いた人ってこと、だね……強そう……」
 今の庶務……あと数日の任期とは言え、現生徒会メンバーの一人。デルフさんやレイテッドさんと一年間生徒会をやってきた人なわけだから弱いわけはないだろうし……別にわざと負けるとか考えなくても普通にやられるんじゃあ……

「んだここ、随分と密集してんな。」

 カルクさんを加えて九人となったオレたちを見下ろすような位置から凄みのある声がして、見上げると怖い顔――不良な感じの選挙管理委員長のメンチ切りがあった。
「せ、選挙管理委員長さん……あの、な、何かご用でしょうか……」
 オレは選挙の立候補者なのだから、何かしらの用事があってここにこの人が来ることは不思議な事ではないのだが……あんまり目を合わせたくない外見のせいで「何か怒らせる事をしてしまったのではないか」という不安が真っ先に浮かんでしまう……ああ、怖い……
「ただの届けモンだ。選挙戦の場所と時間を知らせるモンと、デルフの馬鹿のイベントで使う腕輪だ。」
 そう言うと選挙管理委員長は……たぶんランク戦と同じように選挙戦に関する情報が浮かび上がるのだろうカードと、交流祭でも使った腕輪をくれた。
「ど、どうもです……でも委員長さんがわざわざ……」
「気にすんな、ついでだ。」
 なんとなくビクビクしているオレに、選挙管理委員長がふいに顔を近づけてきた。
「お前は何かと騒ぎの真ん中にいるからな。デルフのせいで既に滅茶苦茶な今回の選挙、お前は何も起こすんじゃねぇぞ?」
「は、はいっ!」
 さっきメンチを切っていると思っていた顔は普段の顔だったのか、今度こそ本気で睨まれたオレは反射的に背筋をピンとさせて返事をした。
「話はそんだけだ。今日の選挙戦、遅れるなよ。」
 更にギラリと目を光らせた睨みを放ち、選挙管理委員長は去って行った。
 ……ん? 今なんて?
「! ロイド、そのカードになんか出てるわよ。」
 エリルが今もらったカードを指差す。見ると、今日の日付、時間、場所と「ラドラ・クルージョン」という名前が表示されていた。
「うわー、早速今日から選挙戦やるんだー。この時間だと放課後すぐって感じだねー。このラドラってゆーのが今の庶務ってことかなー。」
「ラドラ……ふむ、聞いた事はない名前だな。ランク戦などで上位に入るような人物なら多少の聞き覚えはあっても良さそうなのだが……」
「にゃあ、アルクちゃんから聞いた話だと、結構強いんだけどカッコイイ二つ名がつくような派手さもないっていうかぶっちゃけ地味だから目立ちづらいんだって。」
「アルクさん……ああそうか、カルクさんも放送部か。」
 アルクさんは放送部の部長さんで、確か生徒会の広報を兼任しているとか。
「ほう、地味だが強いという事は、もしや何かしらの武術の達人なのではないか? 高度な技術は素人目には地味に見えるモノだ。」
 興味を抱いたカラードが目を輝かせたが、カルクさんは首を横に振る。
「にゃあ、そうじゃないの。ラドラ・クルージョンの得意な系統は第六系統の闇の魔法で……幻術の使い手なんだよ。」



「これは……」
 田舎者の青年含め多くの生徒が朝食をとっている頃、サンドイッチやおにぎりなどの作業しながら食べられるモノを片手に大量の書類を処理していく選挙管理委員たちを横目に、あと一週間で生徒会長ではなくなるデルフが、選挙管理委員会の部屋の壁に貼ってある選挙戦の対戦表を見て微妙な顔をしていた。
「んあ、デルフてめぇこの野郎! この忙しい時にここで何してんだゴラァッ!」
 用事から戻って来た選挙管理委員長は、全員が忙しくしている委員会の部屋の中で一人ぽつんと壁際に立っているデルフを見つけて怒声をあげる。
「選挙管理委員長、今日行われる庶務候補の選挙戦、どうにかならないかい?」
「……あ? なんだ、なんか問題があったか?」
 見た目や口調こそ不良生徒そのままだが、選挙管理委員会の長として責任を持って仕事をこなしている選挙管理委員長は、珍しい表情のデルフを見て真面目に質問する。
「うん……クルージョンくんって優秀なんだけどやる時にやらかすタイプだから、たぶんこの試合でサードニクスくん相手に「やっちゃう」と思うんだよ。しかも影響としてはサードニクスくんの評判が下がる方向にね。だから選挙管理委員長の権限でこの試合を無かったことに――っとと、ハサミは投げるモノじゃないよ?」
「真面目に聞いたオレの時間を返せ! んなことできるわけねぇだろうが!」
「いやぁ、でも……」
「駄々こねんな! 出てけ!」
 バシンッと部屋から追い出されたデルフは、厳しい表情で彼を待っていた副会長――ヴェロニカに困った顔を向ける。
「僕としたことが盲点だったよ。クルージョンくんが相手となる……どうしたものかな?」
「かな? じゃないです! この時期一番忙しいのは選挙管理委員会ですが、引き継ぎをひかえた生徒会もそれなりなんですよ! 他を邪魔していないでこっちの業務も進めて下さい!」
「ああ、心配だ……クルージョンくんのあっち系の技術はかなりのモノだからなぁ……下手するとトラウマものの事態に……」
 知る人から見ればいつものように、首根っこをつかまれて引きずられながら、デルフは現庶務と自分が推薦した次期庶務候補との選挙戦に不安を感じていた。



 今日はなんだかすごかった。休み時間や実技の授業の時に会話する相手と言えば『ビックリ箱騎士団』のみんななのだが、名前は知っているけどほとんどしゃべった事のないクラスメイトたちから随分と話しかけられ、昼休みに学食で並んでいたら完全に初対面な他のクラスの生徒や上級生たちから代わる代わる声をかけられたのだ。
 嬉しい事のような気はするのだが慣れない状況にため息をつきながら、今日の選挙戦に向けて気合を入れようとカツ丼を手にいつもの面々でホッとするお馴染みのテーブルに座ると、リリーちゃんがエリルみたいにムスッとしていた。
 ……かわいい。
「あーゆーのボク嫌いなんだよねー。一山当てた途端に顔も名前も知らない遠すぎる親せきがニコニコ顔で近づいてくる感じー。」
「ま、傍から見ればロイドくんの当選、即ち生徒会入りは確実だからな。仲良くしておいて損はないというやつだろう。状況としては『ビックリ箱騎士団』への入団希望殺到と似たような光景だが、強くなりたいという気持ちでやってくる彼らとは根本的に異なるからロイドくんも疲れただろう。この美人妻のひざを枕に休息してもいいのだぞ?」
「ヒ、ヒザ……マクラ……」
 その光景を想像し、その体勢だと上からの……圧倒的なあれがあれでドキドキしっぱなしだろうなぁなどという事を考えた瞬間――
「おや、ロイドくんはひざよりも胸に埋もれたいようだな。」
「想像してんじゃないわよ!」
 ――と、ほんのり赤くなってニンマリするローゼルさんとほっぺをつねってくるエリルの二人に心を読まれた……
「やれやれ、色々と顔に出るしウソは下手だし、ロイドくんは幻術にかかりやすいタイプだったかもしれないな。カーミラくん譲りなのはあれだが、吸血鬼性を得ている事で幻術が効かない身体になっていて良かったぞ。」
「え、幻術の魔法ってそういうのモノが関係するんですか……?」
「関係する――というよりは関係してしまうと言った方が正解だろうな。繊細な魔法というのもあって、対象の性格などに影響される力の弱い魔法なのだ。」
「弱い魔法? で、でもスピエルドルフで襲ってきたのは……」
 ミラちゃんに招待されて久しぶりにスピエルドルフを訪れたあの日、魔人族の力を得る為にオレを狙った『紅い蛇』の一人――ザビクの事を思い出しながらそう言うとローゼルさんは一瞬キョトンとし、その後ふふふと笑った。
「そうかそうか、ロイドくんには魔法についての知識が色々と足りないんだったな。」
「じゅ、授業で習っているし、今はそこそこ……幻術の魔法は相手の心を破壊したりできる恐ろしい魔法って先生も言っていたし……」
「それは術者が魔法生物の時の話さ。強力な幻術で戦闘不能にしてくる高ランクの魔法生物というのは結構いる。だが人間の使う幻術でそのレベルのパワーを出せるのは十二騎士や……あのS級犯罪者クラスだけだよ。」
「えぇ……? でも心にダメージを与えるって……こう、ひどい映像を見せるだけだろうし、パワーも何もないような……」
「それがあるのだ。ある人にとってトラウマものの映像があって、それを幻術で見せたとしても、その人自身が驚くくらいになんとも思わないのだそうだ。自分で思い出そうとすると嘔吐したりするのに、幻術だと「ああ、嫌な夢だった」程度の感覚になるらしい。」
「へぇ……不思議ですね……」
「学者に言わせると水や風を操る事に比べて、心に何かを作用させるという行為には大きなエネルギーが必要で、人間がやっても大した威力にはならないのだとか。」
「……大した威力にならないはずの魔法で……相手の命を奪うレベルのパワーを発揮していたのがあのザビクだったというわけか……」
「そういう事だ。まぁ、ああいう怪物クラスは例外として、幻術の使い手は大抵チームの援護役になる事が多く、一対一の戦闘には向かないとされているな。」
「えぇ? それじゃあ今日の選挙戦の相手は……」
「うむ……幻術が得意と言ってもそれは補助で、メインは副会長のように重力や召喚なのではないかな。」


 相変わらず色んな人から話しかけられる午後の授業を終えて迎えた放課後、オレはみんなと一緒に選挙管理委員長からもらったカードに表示された場所へ移動する。途中、他の候補者やミニ交流祭の為にやってきた他校の人たちが試合を始めようとしているのをチラホラみかけ、その周りにたくさんの生徒が集まっているのを見た。
 我ら『ビックリ箱騎士団』の今後に関わるからと、エリルたちはオレの試合を観に来てくれているわけなのだが……デルフさんが企画した豪華賞品付のゲームがあるとは言え、オレの試合にみんな以外のギャラリーはいるんだろうか?
「ははぁ、闘技場が試合場所とは、やっぱ注目してるやつが多いって事か?」
 オレの疑問に答えるかのような事を言うアレク。そう、何故か指定された場所はランク戦で使った闘技場なのだ。

「おお、来たかサードニクス。」

 ランク戦の時のように観客と闘技者は入口で自動的に分けられるらしく、気づくと一緒に来たエリルたちはいなくなり、オレは一人、闘技場の真ん中の丸い空間に出た。そこには先生が立っていて――って、なんだこの人の数は!?
「まるで会長候補同士の試合みてーな盛り上がりだな。要するに、お前はこんだけの人間に注目されてるってこったな、シリカ勲章の『コンダクター』よ。」
 全校生徒が入れる観客席が満席という事はないし、割合で言ったら四分の一も埋まっていない。だけど人数を考えたらここに来るまでに見たいくつかの試合のギャラリーの数十倍の人数がここに集まっていることになるのだ。
「こんなに……えぇっと、先生が審判なんですか?」
「まぁな。この時期は結構な教員が審判に駆り出されんだ。デルフのせいで更にって感じだが……ま、特別手当はつくし、場合によっちゃ面白れぇバトルが見れるから私はいいんだがよ。」
「面白く――なりますかね……だって先生、オレの動きとか授業で全部知っているじゃないですか……」
「確かに、折角ならミニ交流祭の会長同士のぶつかり合いを観たかったんだが……なんかデルフの奴が私はここでお願いしますって言ってきてな。」
「デルフさんが?」

「てゃ――対立候補者を前に世間話とは余裕だな。」

 広い闘技場の中央付近、先生がいたのでついついそっちと話してしまったが、ここにはもう一人が立っている。
 オレと同じ制服姿。特に改造もしていない普通の服装なのだが、頭の上には白い帽子が乗っかっている。紳士な人がかぶりそうなオシャレなやつなのだが、サイズが合っていないのかわざとそうしているのか、目よりも上の部分がすっぽりと隠れていて、ついでに影のせいで鼻より上も見えず、その奥でジロリとこっちを見ている両目だけが妙に光って見えていた。
「ふん、まじゅ――まずは自己紹介だ。俺はラドラ・クルージョン。二年生で現生徒会の庶務だ。」
「は、はい、えっと、オレは――」
「リョ――ロイド・サードニクス。一年生で部活動、『ビックリ箱騎士団』のリーダー。そっちの紹介はいらない。有名人だしな。」
「そ、そうですか。」
 な、なんだろう……そりゃまぁ今から戦うわけだし、対立候補なのだから当然かもしれないけど……こう、明らかな敵意みたいなのを感じる。
 も、もしや被害者の会の一員……!?
「うっし、時間だ。そろそろ始めんぞ。」
 パンパンと手を叩く先生。オレとクルージョンさんは互いに距離を取って向かい合った。
「んじゃ、「庶務」立候補者、二年ラドラ・クルージョンと一年ロイド・サードニクスの選挙戦を始める。試合――開始!」
 バッと振り下ろされた先生の手。それを合図に回転剣を展開して曲芸剣術の構えをとる。対してクルージョンさんは特に何もしない。見たところ武器はなさそうだし、これはローゼルさんの予想通りレイテッドさんのような魔法主体の人かもしれないな。
「それが曲芸剣術か……間近で見ると想像以上に見えないな。無理矢理止めるしかないか……」
 そう呟いたクルージョンさんの両手が紫色の光に覆われ、直後クルージョンさんを中心とした広範囲に高重力が発生した。幸い、レイテッドさんとの模擬戦の経験からこういう攻撃を予想していたオレはその一瞬前に風を使って闘技場の端の方へ移動していたので潰れる事はなかったが……あの地面のへこみ具合はレイテッドさんの重力魔法と同等の威力だ……!
「剣だけじゃなく本人も速いってか……そんじゃ――」
 クルージョンさんが両手を広げると左右の手の先に黒い剣が出現する。何か特殊な武器を召喚したのだろう、妙な雰囲気のそれを構えてクルージョンさんがググッと体勢を低くする。
「とりあえずは、そのスピードからなんとかするか!」
 重力魔法で自分自身を軽くしたのか、見た目と結果がちぐはぐな踏み込みで突っ込んでくるクルージョンさんに対し、オレは――



「……どういうことよ、これ……」
 先生が試合開始の合図を出してから数分後、闘技場の観客席はざわつき始めた。なぜなら試合が始まってるのに、ロイドとラドラがしゃべりも動きもしないからだ。
「達人同士の動きの読み合いのようなモノかと思ったが、それにしてはロイドが無防備すぎるな。」
「だな。もしかしてロイドの奴、相手の幻術をくらっちまったのか?」
「それはないはずだ……ロイドくんに幻術は効かないはず――」

「おや、サードニクスくんには幻術が効かないのかい?」

 ……毎回こいつはどっから湧いて出るのか、後ろの席からデルフが話に入って来た。
「あの片目だけの魔眼の力かな?」
「えぇ……まぁ、そんなところです。」
 吸血鬼性があるからとは言えないからローゼルが適当に濁すと、微妙な笑顔のまま数秒こっちを眺めたデルフは軽くため息をついた。
「ま、それはそれでいいとして、体質的に幻術が効かない人というのは稀にいるモノだけど、クルージョンくんの幻術が相手だとその体質も大抵は意味をなさないね。」
「どういう事よ……」
「クルージョンくんは幻術の使い手って事で知られているけど、実のところ彼の特技は相手の記憶にアクセスできる魔法でね。それを使って幻術を強化しているんだよ。」
「な……まさか記憶の魔法ですか? かなりの高等魔法な上、適性のようなモノがあって使える者はほとんどいないという……」
「さすがリシアンサスさん、よく知っているね。そう、クルージョンくんはその応用力の高さからどの分野からも引っ張りだこになる事間違いなしの記憶の魔法の使い手なのさ。伊達に僕の生徒会メンバーの一人じゃないってわけだね。」
 ふふーんって偉そうな顔をするデルフ……
「幻術の魔法は術者が思い描いた映像を相手に強制的に見せるモノだから、言ってしまえばかなり無理矢理な魔法でね。だから相手の様々な要素を影響として受けてしまう脆さがあるのだけど、クルージョンくんは相手の記憶にある映像に自分の幻術を重ねる事でそれを補強しているのさ。」
「記憶に重ねるって……なによ、それ。」
「サードニクスくんの記憶にある映像――例えばクォーツくんと会話している時の映像を引っ張り出してクォーツくんの姿を別の誰かで上書きするんだ。仮にその人物がサードニクスくんの知らない人物だったとしても、映像の元が実体験の記憶だから普通の幻術とは比較にならない強度を持つのさ。今ならたぶん、戦闘中の映像を見せているだろうから、最近模擬戦をしているレイテッドくんの映像に自分の姿を重ねたりしているんじゃないかな。得意な系統が同じだからサードニクスくんからしても違和感がないはずだ。」
「じゃあロイドは今……ラドラってのと戦ってるつもりで、実は頭の中にあるヴェロニカとの模擬戦の記憶を見せられてるってこと……?」
「おそらくね。僕らから見ると立っているだけだけど、本人は激闘の真っ最中なんじゃないかな。」

「――だはっ! にゃ、なんなんだこいつ……!」

 ロイドの現状が分かったところで、幻術をかけてる側――ラドラが帽子を押さえながら大きく息を吐いた。

「幻術を定着させるのにこんなに苦労したのは初めてだぞ……! 普通の幻術なら効かないだろ、こいつ……」

 一歩も動いてないのに肩で息をしてるのを見る感じ、ロイドに幻術をかけただけでかなり消耗したみたいだけど……結果としてロイドは完全に無防備……!

「しゃ――さて、普通ならこうして隙だらけになったところをナイフでぶすっとしたり重力魔法で潰したりするんだが……これだけ幻術への体勢を持つ奴だからな。刃が肌に触れた瞬間、高重力がかかった瞬間に幻術から抜け出て超反応で回避されるって事もあり得る。そうなったら幻術への警戒を強めるだろうこいつに再度魔法をかけるのは難しい。有無を言わせない一撃必殺の技を持っていない俺には、ここまでやってようやくイチかバチかの状態ってわけだ。」

「……なんかあいつ、自分で自分の実況始めたわよ……」
「うむ……あまり思い出したくはないが、しゃべることで頭の中を整理するタイプなのかもしれないな。」
 ローゼルの言葉で随分前に襲ってきた奴を思い浮かべる。
 ……あの時は全然だったけど、今のあたしなら勝てるかしら……
「ふふふ、残念ながらそうじゃないよ。」
 変なタイミングで自分の成長について考えてたらデルフがニヤニヤした。
「クルージョンくんのあれは、今回の戦いに必要な行為なのさ。」

「しきゃ――しかし、これはランク戦じゃなく選挙戦。考えるべきは勝敗じゃなくて試合後のイメージだ。そしてこの観点で考えると、イチかバチかで勝ったとしても大したメリットはない。元々勲章やら何やらで人気のあるこいつに「幻術で動けなくして倒す」っていう地味な勝ち方をしたところで互いのイメージに大きな変化はないだろうし、むしろ俺の評判だけが下がりかねない。加えて……残念な事に今後、何をどうしても俺自身のイメージがこいつを上回るほど爆発的に高まる事はないだろう。」

「今クルージョンくんが言ったようにこれは選挙戦。自分の行動をマイナス方向に解釈されないように観客に――有権者にきちんと説明しているんだよ。」
「……めんどくさいわね、選挙戦……」
「ふふふ、それでも普通はあんな事しないよ。相手がサードニクスくんみたいな時の人だからこその慎重になるのさ。でも……」
「……?」

「イメージが何より大事なこの選挙戦。自分を上げる事ができないのなら、この状況で俺がするべき事は一つ――」

 ぶつぶつとしゃべり倒したラドラは、ぼーっとした顔で立ち尽くしてるロイドに両の手の平を向けてこう言った。

「こいつの――ロイド・サードニクスのイメージを下げる……!」

「……は? ロイドの……イメージを下げる? ……ってちょっと、あいつ何するつも――」
 ラドラについて色々詳しいデルフに聞こうと――したんだけど、デルフはいつもの飄々とした雰囲気とは違う深刻な表情をしてた。
「……予想はできた事だけど、それはミスだよ、クルージョンくん……」

「でゃ――誰にだって恥ずかしい過去、人に知られたくない思い出ってのがある。いい歳してやらかしたおねしょでも無謀な初恋でもなんでもいい、お前の秘密を引っ張り出し、ここに集まった生徒たちに見てもらう! 当然こんなことをする俺の評判が下がるだろうし、その秘密は大した事ないモノかもしれない。だがこの選挙でお前に勝つにはこれくらいの賭けが必要だ! せいぜい盛大な花火を見せてくれよ、『コンダクター』!」

 ラドラの言葉を合図にロイドの足元に魔法陣が出現する。そしてラドラがぶつぶつと呪文を唱え始めると、ロイドの頭のてっぺん辺りから雲みたいなモノがもくもく出てきて闘技場の空を覆っていった。
「ロ、ロイドくんの恥ずかしい過去とな!? き、気になるが……いやしかし、そういうのはわたしだけが知りたい……!」
「ロイくんの初恋――はきっとボクだよね! やん、ロイくんてば!」
 ……学院で再開した時に初めて顔を知ったような相手が初恋なわけないと思うけど……いえ、それよりも……なんか嫌な予感がするわ……記憶の魔法がどういう仕組みでどんな風に他人の記憶を引っ張り出すのか知らないけど……すごく、すごく嫌な予感が……

「んん? どょ――どうやら小さい頃の記憶だな。個人的にはそのたらしぶりで泣かせた女なんかの記憶があれば良かっ――」

『うわああああああああああああああああっ!!』

 突然響き渡ったのは叫び。小さな男の子の泣き声。期待した顔でニヤケてたラドラが固まり、空を覆う雲みたいなモノに映像が映し出される。
 それは画面のほとんどが真っ赤に染まった凄惨な光景。薄暗い部屋の中、血まみれで横たわる男の人と女の人。その傍で自分と同じ年くらいの女の子を抱きかかえて泣き叫ぶ男の子。

「――!?!? にゃ、なんだこれは――」

 きっと欠片も予想してなかった記憶に――その恐ろしい映像にラドラは顔をひきつらせ、観客席にいる生徒たちも息を飲む。
 話には聞いてたロイドの過去。フィリウスさんと会う前の……大切な家族を失った日の記憶……!

「――っ、おいクルージョン! 今すぐ魔法を止めろ!」
「へ――と、止め……魔法を、解除……」

 先生が割って入るけど完全にテンパって何もできないラドラを置いて記憶の再生が続く。
 場面が切り替わり、更に多くの人――何十人という人たちが真っ赤な血の池に倒れ、その中を……時々ノイズが入ったみたいに姿がかすれる女の子を抱きかかえて歩く男の子。
 そして男の子は女の子を……地面に掘った穴の中に埋め――

「サードニクスっ!」

 恐怖や絶望、あまりの光景に対する嫌悪がぐるぐるして喉の奥が熱くなったあたりでロイドに雷が落ちた。瞬間、闘技場を覆ってた雲みたいなモノが消え、ロイドがふらりと倒れ――るのを先生が受け止める。

「やり過ぎたクルージョン! どこまで深く潜った!」
「い、いやいや……そんなわけが……なんだ今のは……こんな過去がこいつに……? 現役の騎士ならともかく、俺たちはまだ学生……お、奥まで潜ったところであんなのが出るわけ……」

「やっちゃったね、クルージョンくん。」
 あたしたちが言葉を失っていると、後ろのデルフが無表情で呟いた。
「学院の生徒のほとんどは代々が騎士という家の出身で、英才教育によってそれなりの強さを持っている。だけどそれは肉体的な強さであって精神はまだまだ未熟――大抵は世の中の悪意に触れた事もない。きっと彼らにとっての人に知られたくない過去なんて恥ずかしい類のモノがほとんどだろうね。けれどサードニクスくんは十二騎士と共に世界を旅したのだから、ひどい光景の一つや二つを見ていてもおかしくない。クルージョンくんの認識は少し甘かったね。しかし……」
 ちらりと横を見たデルフにつられてそっちを見ると、他の生徒たちは青い顔で肩を震わせてた。
「聞いていた通りとはいえ実際に見ると悪意の大きさに吐き気のする光景だった。あんなものをいきなり見せられるというのはかなりのショックだろうね。」
 残念そうな顔でため息をついたデルフが席を立つのと同時に審判をしてた先生が試合の中止を宣言して……庶務立候補者の選挙戦は重たい空気の中で終わりを迎えた。


「エリルっ!」
「みゃあっ!?」
 さっきの先生の慌てた感じからして精神――心に何かダメージを負ったのかもとか考えて落ち着けずに出口で待ってたら、先生に担がれて出てくると思ってたロイドが一人で足早に出てきて、勢いそのままにあたしに抱きつい――!?!?
「ああー、エリル……ちゃんとここにいるよな……あぁエリル……」
「ちょ、ば、な、なにして――」
 振りほどいて殴ろうと思ったんだけど想像以上の力で抱きしめられてて――な、なんなのこれ!
「ロロロ、ロイドくん!? いきなり何を――」
「ローゼルさんっ!」
「ひゃぁっ!?」
 ひきつったローゼルが近づいてきた瞬間、あたしから離れたロイドはそのままローゼルを抱きしめ――ほんとに何してんのよこいつ!
「ロイくんてば! 抱きつくならボクに――」
「リリーちゃんっ!」
 ……そんな感じで数分間、急に抱きつき魔になってあたしたち全員――と、強化コンビにまで強烈なハグをお見舞いしたロイドは……なんか「安心した」って感じの顔になった。
「……はぁ……ああ、いきなりごめんね。なんかこう、無性にみんなの存在――みたいなモノを感じたくなって……えっと、それで試合ってどうなったんだ? クルージョンさんが召喚したデカイ悪魔のパンチをかわしたところまでは覚えているんだけど……」
「! あんたまさか、さっきのあれに気づいてないの!?」
「えぇ? な、なんか特殊な魔法がかかってたのか、あのパンチ……」
「ふ、ふむ、どうやらロイドくんは終始げ、幻術の中にいたようだな……」
 全力で抱きしめられて顔が赤くなってるローゼルがつっかえつっかえそう言った。
 ……お泊まりデートとかでこの馬鹿とあ、あんなあれとかそれをしたクセに今さら……
 …………まぁ、人のこと言えないけど……
「幻術……幻術!? え、オレ幻術をかけられてたのか!? いつから!?」
「実はな、ロイド――」
 内容的になんとなく話しにくいあれを、割とどんな時でも冷静なカラードが説明し、ロイドは目を丸くしてあたしたちを見た。
「……あれを……見たの……? みんな……?」
「ああ。おれたちだけでなく、あの場にいた生徒全員がな。」
「そ、そうか……な、なるほど、さっきの妙な不安はそのせいだったのか……い、いやぁ、悪いモノ見せ……ちゃったな……」
「確かに、他の生徒たちは顔面蒼白という感じだったが――」
 青い顔になるロイドの肩にポンと手を置いたカラードは、何でもないように爽やかに笑う。
「おれは、話でしか知らなかったロイドの過去をより深く知ることができた。他の生徒たちには悪いが、友人としては嬉しい事だ。あれを見たことで慰めや同情の念が否応にも出てしまうし、それがロイドに嫌な思いをさせるかもしれないが、見方を変えれば今よりももっと理解し合う為の試練――おれたちが更なる絆でつながる為のキッカケだ。そう悪い事じゃない。」
「カラード……」
 あれがロイドにとってすごく重たいモノで、恐怖で震えるところも見たことあるけど……それでもカラードの言葉に、ロイドはちょっと嬉しそうに笑った。
 ……もしかして今のこれ、こ、恋人のあたしが……やるべきたったんじゃ……
「うむ! わたしとロイドくんが更なる愛でつながる為の試練というわけだ!」
 暗い雰囲気をなんとかしようとしてか、それとも真面目に言ってるのか……いえ、たぶん大真面目にそう言ったローゼル……
「まーあれがロイドの、大切な人になったらすごく大切にしたいっていう浮気の言い訳みたいな性分のキッカケなわけだよねー。男二人にも抱きつくくらいだしー。」
「んおお、ビックリしたぜ、いきなり。」
「わ、悪かった……というかアンジュさん、あの、ウワキ――というかですね、オレがみ、みんなをあれなのはその……」
「ロイドくんの浮気に見えるそれは、周りに恋愛マスターの力によって引き寄せられた可能性の高い相性抜群の女の子が集まっていて、通常の「好き」を遥かに超える愛がわたしたちからロイドくんへ向くのと同じように、ロイドくんからわたしたち全員にも大きな愛が向くゆえに仕方のない状態――と、この正妻は一先ず理解しているから安心するといいが、ムキムキの男がいいとか言い出すのだけはやめて欲しいぞ。」
「だ、大丈夫ですから!」
「おお、頼むぜロイド。」
「頼まなくていいからっ!!」
 重たかった空気がいつのもうるさい感じに戻ったところで、ティアナが周り――遠巻きにあたしたちを見てる生徒を横目に呟く。
「あ、あたしたちの間は……変わんないけど、ほ、他の生徒たちには……さっきのあれ、ど、どんな風に影響、するのかな……」
「む? そうだな……ロイドくんにはあんな過去があったのか、へぇーという程度ですます者、あんな過去があっても立派な騎士を目指して頑張ってシリカ勲章なんだ、すごーいという感じにイメージアップする者、ああいう過去があるという事は心の中に計り知れない闇があるのでは? という風に悪く捉えてイメージダウンする者、そして単純にロイドくんとあの光景を結び付けてロイドくん自身になんとなくの恐怖を感じるようになる者……ざっと考えても色々なパターンがありそうだぞ。」
「影響は未知数って感じだねー。あたしたち的にはイメージダウンになるといーけどー。」
「あ、あんまり嬉しくないイメージダウンだな……んまぁ、フィリウスのせいでやったあれこれが出てこなくて良かったと思うべきなのか……」
「……何よそれ……」
「えぇ? あ! いや! 別にナンデモナイデス……」
「……あんた――」

 ――ォオンッ!!

 本当に隠してそうな何かを言いかけたロイドを殴って問いただそうと思った瞬間、夕方の今が急に昼間に戻ったんじゃないかってくらいに周りが一瞬明るくなって、遅れてやって来た轟音が空気をビリビリさせた。
「わ、わー、きっとすごい誰かがバトルしてるんだ! 行ってみよう!」
 いつものヘタクソな話のそらし方で光った方を指差したロイドだったけど、強化コンビが頷いて走り出したから……聞きそびれたままあたし――たちはしぶしぶ移動した。



「おのれ、これが『雷帝』の力か!」
 お昼の時とかに何人かの生徒がお弁当を広げたりするようなちょっとした広場に見慣れない柱が四本建っていて、その内側で真っ黒な剣を持った……えぇっと、確かブラックムーンさん――『ダークナイト』って呼ばれていたというか名乗っていた生徒会長立候補者の一人が、電気を帯びた小さな鉄球を周囲に展開させているマーガレットさんの前でひざをついていた。
 なんとなく予想はついていたけど、さっきの光は雷で放ったのはマーガレットさんだったわけだ。
「馬鹿ねぇブラックムーン、彼女はまだ『女帝』モードよ。」
「うるさいぞ『拷問姫』! 今から引っ張り出すのだ!」
 オレたちと同じようにさっきの雷でぞろぞろと人が集まる中、たぶん最初からいたのだろうレモンバームさんがブラックムーンさんを小馬鹿にしていた。
「あら、来たのね『コンダクター』。」
 特に話しかけようと思って近づいたわけでもない……というか位置的には死角にいたような気がするのだが、レモンバームさんはこっちを見ることなくそう言った。
「あ、えっと、こんにちはです……」
「……貴方自身は割と平気そうなのね。あんなトラウマを暴露されて。」
「! み、観ていたんですね……」
「応援演説を頼もうとしてる相手だもの、チェックはするわ。」
「そ、そうですか……いや、すみませんでした……あの、あんなもの……」
 なんとなくそう言ったオレに、レモンバームさんは手を伸ばして――ほっぺをつねった。
「あ、あほぅ……」
「よくこうされてるでしょ、貴方。」
 きっとすごいマヌケ顔になっているオレに、レモンバームさんは真剣な表情を向ける。
「あれを見ることになったのもあの惨劇そのものも貴方のせいじゃないんだから謝る必要はない。それにあれはあれで今の貴方を形作る要素の一つなのだから、「あんなもの」とか言うことないわ。まぁ、「いい経験でした」とか思わなくてもいいけどね。」
 手を離し、何でもないように試合の方に視線を戻すレモンバームさん。
 ……あれもまた、オレの一部……カラードもレモンバームさんも、あれをただの嫌な記憶、悲しい過去というだけのモノにしないで、別の見方で受け入れたらどうかと言っている。
 乗り越えるべきモノだと思って、頑張ってそうしたつもりでいたわけだけど結構脆くて……そうか、オレは乗り越え方を間違えていたのかもしれないな……
「……ありがとうございます。」
「あら、じゃあ私の応援演説してくれる?」
「えぇ……」
 冗談なのか真面目なのか微妙にわからない表情に困っていると、今のレモンバームさんの三倍くらい痛いほっぺつねりが左右から来た。
「何してんのよあんた……!」
「じじ、実のところ彼女に誘惑された時に何かあったのではなな、なかろうなロイドくん!」
「いはい! いはいへふ!」
「何もないわよ。する前に気絶したんだもの。」
 話の内容はかなり過激なアレだというのに、仕掛けた本人があっさりしているせいか、攻撃のほとんどはオレに――ああ、そのうちオレのほっぺは千切れるんじゃないか……
 ……んまぁ、自業自得と言えばそうなのだけど……
「一つ聞いてもいいでしょうか、レモンバーム先輩。」
 オレがみんなにボコボコにされている横で、カラードがたずねる。
「あら、何かしら?」
「ロイドとの会話を聞く限り、先の選挙戦を観ていたそうですが、それなのにこの試合を最前列で観ているという事は、もしや先輩は位置魔法を?」
 カラードの質問を聞いて確かにと思う。マーガレットさんの試合がいつ始まったのかがわからないから正確な事は言えないけど、闘技場からこの場所までは結構離れているからオレの試合が終わってから移動したとすると相当なスピードだ。
 位置魔法、もしくはオレのように風で飛んできたりしたのだろうか。
「仮に私が位置魔法の使い手だったら何かあるの?」
「トラピッチェさんとの模擬戦経験はありますが、使い手が変われば使い方も変わるでしょう。第十一系統の使い手は割合的に少ないですから、もしもそうなら一度手合わせをと。」
「貴方も真面目くんなのね……残念だけど、私の魔法はこれよ。」
 レモンバームさんがそう言うと、みんなに囲まれていたオレの身体がふわりと浮き上がった。見るといつの間にか両脇に鉄の棒のようなモノがあって、それがオレを持ち上げてふわふわとカラードの隣まで運んだ。
「これは電磁力ですか。」
「そ。そこの元生徒会長と同じよ。」
 無数の鉄球を自在に飛ばし、それをぶつけたり、そこから雷を放ったりという戦い方をするマーガレットさんは電磁力でそれらを操っている。レモンバームさんもこの鉄の棒を同じ方法で操っているというわけだ。
 ……ん? でもそれでどうして『拷問姫』なんていう怖い二つ名なんだ?
「細かい制御ならいい勝負ができそうだけど、彼女の雷はエネルギー量が桁外れなのよね。」
 その場からほとんど動かず、鉄球と雷の嵐でブラックムーンさんを圧倒しているマーガレットさんは、その壮絶な光景に反して余力充分という顔をして――いたのだが、ふいにオレと目が合うとニッと笑った。

「そういえば、あの状態で時間魔法を受けた事はまだなかった。見たところ、きみは非生物であれば自分以外も「停止」できるようだが?」

 攻撃の手を止めた――というか鉄球でブラックムーンさんを完全に包囲したマーガレットさんがそう言った。
 え、ていうか時間魔法? ブラックムーンさんは第十二系統の使い手なのか?

「……バレていたか……これほどの強敵、時間魔法の「停止」は最後の一撃の為にとっておきたかったのだが……」
「私の鉄球をたまに止めていたからな。きっと自身を加速させるだけでは回避が間に合わなかったゆえに仕方なくなのだろうが……確かに、隠し通せていればここぞという時に最高の不意打ちができただろう。」

「あれ……確かラクスさんが言うには大抵の時間魔法の使い手は加速――「送り」しか使えなくて、「停止」ができたらかなりすごいって……あの、レモンバームさん、もしかしてブラックムーンさんって物凄く強い人ですか……?」
「物凄く強かったらもうちょっと有名になってるわ。得意な系統が第十二系統で時間停止まで使えるんだからそれだけでも目立ちそうだけど、上に『神速』の生徒会長で下に貴方って事で全然注目されないのよ。根っこが馬鹿だからバトルもどっか抜けてて戦績も普通だし。」
「そ、そんなことあるんですか……」
「変に目立ちたがるというか、それでいて言ってる事は孤独の演出で……ま、あの変な性格と黒い服に色々と勘違いした女子からモテたりするんだけどね。」

「しかし狙っていた不意打ちはならず、こうして勝敗は決してしまった。だけどこれは交流祭、折角の相手なのだから相応の経験を持ち帰らなければ勿体ないだろう。」
「む……?」

 ブラックムーンさんが眉をひそめた瞬間、マーガレットさんの身体に特大の雷が――落ちたのか、逆に空に放たれたのか、閃光と轟音、大量の砂煙の後には――

「さあ、この状態の私に時間魔法はどう作用するのか。試してみないか?」

 ――マーガレットさんの形をした雷が立っていた。
 魔眼ユーレックによって自身の身体を雷そのものとした、あらゆる攻撃が効かず、ふれたら即黒焦げの無敵状態。
 交流祭で会った時は、自分を育てた環境や生まれ持った才能、魔眼などを「ずるい」と考えてほとんど使わなかったという事だったが……まさかこうもあっさりと『雷帝』モードになるとは……

「ロイドとの試合から、アフェランドラさんちょっと変わったんだよ。」

 そこに立っているだけで凄まじいエネルギーを放っているマーガレットさんに目を細めていると、スタスタとキキョウがやってきた。
「交流祭で言っていた、自分の境遇がずるいんじゃないかっていう考えがロイドと戦って吹っ切れたみたいでね。学校内の模擬戦とかでも普通に魔眼ユーレックの力を使ってくれるようになったんだよ。まぁ、ああなったらどんな相手にも一瞬で勝っちゃうんだけどね。」
「……んまぁ、滅多な事じゃ傷一つつかないだろうからなぁ……」
「それにすごいんだよ。ああやって魔眼をたくさん使うようになってから『雷帝』状態のパワーがドンドン上がってるんだって。先生たちが言うには、魔眼が更に身体に馴染んできてるんだろうって。」
 ああ、それはそうだろう。魔眼が暴走していたティアナにアドバイスしたように……いや、まぁ、旅の中で出会った魔眼の専門家が言っていた事を伝えただけだけど、魔眼というのは身体の一部だから必殺技みたいに温存して滅多に発動させないっていう使い方は良くないのだ。
 つまりずるいのではという考えから使う事を控えていたマーガレットさんも良くない状態だったという事で――って、待てよ……ということはなんだ、オレが交流祭で戦った時の『雷帝』はまだ未完成だったという事か……
 吸血鬼の力を全開にしてようやく引き分けたっていうのに、まだ上があるなんて……すごいな、マーガレットさん。

「あばっ!?!?」

 マーガレットさんの底知れ無さに驚いていると変な声が聞こえて、そっちを見ると……元々服装が黒いからわかりにくいのだが、黒焦げになったブラックムーンさんが『雷帝』状態のマーガレットさんの前で倒れていた。

「ふむ……雷とは言え、この身体は生物扱いなのか。」

 興味深そうにそう呟きながら、バチンッ! という大きな音をたてて元に戻ったマーガレットさんは……たぶん審判役なのだろう、オレには見覚えのない先生に軽く会釈した。そしてその先生が広場に建っていた柱に触れて何かを呟くと、黒焦げだったブラックムーンさんが元の黒焦げ――じゃなくて黒ずくめに戻った。
「まぁ、いきなり無謀よね。あんまりいい所も無かったし、これでブラックムーンのイメージが下がればいいけど。」
 あっさりとそう言ったレモンバームさん。ブラックムーンさんと仲が良いのかもと思ったけどそうでもないのかな……
「レモンバームさんはミニ交流祭で誰かと試合しないんですか?」
「微妙なところね。選挙戦以外でアピールできるチャンスではあるけど、他校の連中って手の内がわからないから負けのリスクが高いのよ。それに選挙戦と違ってゲリラ的に始まるからいい勝負をしたとしても見てくれる生徒が少ない場合もある。リターンとのバランスがあんまり良くないわね。」
 オレ自身は当選する気がないからあれだが、レモンバームさんはこの生徒会長選挙で勝つ為に色々と考えているようだ。
「レモンバームさんはどうして会長に? やっぱり色んな特権とか将来の為にですか?」
「あら、なんだか質問攻めね。」
「え、あ、すみません……」
「別にいいわ。私の事をちゃんと知らないと応援演説はできないって言ってたものね。確かにそういう特典は魅力的なんだけど……私が会長を目指すのは……」
 大きな目標や野望があるのだろうかとワクワクしていると、レモンバームさんは右目を隠している前髪をゆらしながら綺麗に微笑んだ。
「……追いかける相手がそっちに走っていったから、かしらね。」
「? それはどういう……」
「それよりも、貴方あんまり学習しないわね、『コンダクター』。」
 グニッとオレのほっぺを左右から引っ張った後、レモンバームさんはクールに去って行き……オレは背後に迫るエリルたちの圧にハッとした。



 田舎者の青年が毎度お馴染みのタコ殴りにされている頃、火の国ヴァルカノのヴィルード火山の中腹に建っている研究所にて、筋骨隆々とした男――フィリウスが目の前に立つ巨大な鎧――機動鎧装を見上げていた。
「こりゃすげぇ! こんなのが動いて魔法生物とドンパチやったってのか!? かー、大将の奴、羨ましいモン見てんなぁ!」
「あの戦いで大量の戦闘データがとれたから、他国に売り出すのも時間の問題! 活躍するところはこの先いくらでも見られると思うわ!」
 年齢で言えば結構なところまで行っているフィリウスが目を輝かせて機動鎧装を見上げる横では、ビキニにズボン上の海パンにビーチサンダルでその上に白衣を羽織っているオレンジ色のショートカットの女性――ロゼ・カンパニュラが自信満々に説明する。
「しかしいいのか? いくら俺様が十二騎士だからって、こんな国レベルの極秘プロジェクトを見せちまって。」
「いーのよー。だってあなたは現状ロイドくんの親代わりで、ロイドくんは私の娘の旦那様! いずれは家族だものねー。」
「だっはっは! その理屈でいくと今の大将の状況だけでも俺様は一体何か国の王族と家族になるんだか!」
「あら、それは心配ないわ。愛人は幾人かできそうだけど、ロイドくんはアンジュが勝ち取るもの!」
「その前に、我が家はまだ王族ではありませんよ。」
 テンションが高い、もしくは妙な勢いのある二人が笑い合っていると、フィリウスほどではないががっしりとした身体を豪華なアクセサリーで飾り、動きやすそうなズボンで歩いてきた男――カベルネ・カンパニュラがほほ笑みながら訂正した。
「だっはっは! 「まだ」ってことは予定があるんだろう!? 大将が卒業する頃には王族なんじゃないか!?」
「ふふふ、まさか。」
 ご冗談を、という顔で笑ったカベルネだったが――
「そんなにかかりませんよ。」
 その後にすぅっと浮かべた笑みに、フィリウスは凄腕の敵を相手にした時と似たプレッシャーを感じてニッと笑顔を返した。
「あら! それじゃああの話うまくいきそうなのね!」
「ああ、きみの研究のおかげさ。」
 心底嬉しそうに飛びついたロゼとそれを受け止めたカベルネは、数秒見つめ合った後に熱い口づけを交わした。
「ふふふ、ロイドくんが当主様に火をつけてからというもの、夫婦愛も更に燃え上がりましてね。アンジュに弟か妹ができるのではないかと思っているこの頃ですよ。」
 周りの目も気にせずに抱き合う二人をニヤニヤと眺めていたフィリウスの横に、水色の髪を揺らして黒いスポーツウェアのようなモノに身を包んだメガネの男――フェンネルがやれやれという顔をしながら並び立った。
「お、見た事ある顔だな! 確か赤の騎士団の『紅蓮脚』!」
「覚えてくれていたとは光栄ですね。フェンネル・ファイブロラです。先日はあなたの弟子のロイドくんに大変お世話になりました。」
「だっはっは! まさかワルプルガの裏に出てあんな大事件の真っただ中にいたとはビックリだったがな! ま、俺様的には大将にいい経験をありがとうって感じだ!」
「いえそんな……ところで僕はまだ状況を理解していないのですが――なぜ十二騎士の《オウガスト》がここに?」
「だっはっは! そこの美人博士にも言われたが俺様は大将の親代わり的な立ち位置で固定されつつあってな! 一応って事で教官からここで起きた事を聞かされたんだ! んで、どんな状況なのか見とこうと思って来たわけだ!」
「なるほど……いえ、しかし丁度良いタイミングだったかもしれませんね。是非団長と話を。」
「団長? もしかして赤の騎士団のか!? 最後に見たのはかなり前だが、背は伸びてんだろうな、あのチビっこは!」
「誰がチビだ殺すぞゴリラ!」
 常人より一回り大きな身体のフィリウスと高身長のフェンネルの足元で余計に小さく見えてしまっているだろう小さな男の子が、子供のそれとは思えない凄みのある顔でフィリウスを睨み上げた。
「お、これはこれは『灰燼帝』! あまりにちっこくて見えなかったぜ!」
「殺すっ!」

 その後、抱きしめ合う夫婦と割と本気で戦いを始める凄腕の騎士二人をフェンネルが困った笑顔で眺めること数分、集まって来た研究員たちに土下座の勢いでやめるようにお願いされ、夫婦はそれぞれの仕事に戻り、三人の騎士は研究所の外――特に何もない岩肌でそれぞれに腰かける場所をみつけて座った。

「だはーっ、あちぃあちぃ! 相変わらず強いな! トーナメントに出れば《エイプリル》の交代――アイリスとの勝負もどうなるかわからないな!」
「誰がメイドになんか負けるか! 出場すれば俺が《エイプリル》になるに決まってんだろ!」
「だっはっは! そんな事言って実はビビッてるから出ないんじゃねーのか!?」
「騎士団やってる方が性に合ってんだよ! 国の命令であっちこっちとばされてたまるか!」
「団長は愛国者ですからね。軍では対処できないミッションを受ける事で火の国を守りたいのですよ。」
「うるさいぞフェンネル! このすっぽんぽん野郎!」
 凄みのある顔ではなく、見た目相応の照れた子供のような顔でガーッと怒る『灰燼帝』を慣れた顔でなだめるフェンネル。
「だっはっは! 赤の騎士団が別名『灰燼帝』保護者の会ってのは相変わらずなんだな!」
「てめぇ、その呼び方を次したら灰にするからなっ!」
 ガルルと唸ると『灰燼帝』を横目に微笑みながら、フェンネルはフィリウスに真面目な顔を向けた。
「実は、フェルブランド王国を中心に活動しているフィリウスさんにお聞きしたい事がありまして。」
「おう? なんだ、言ってみろ!」
「てめぇのとこのテロ組織についてだ。」
 怒った顔を半分ほど残しながら『灰燼帝』がそう言うと、フィリウスもまた真剣な表情になった。
「お偉いさん達が必至で隠してるはずなんだがな。今その話題ってことは、あっちこっちの国にいきなり現れて暴れ出したテロ集団がオズマンドって事に気がついたか?」
「気づいたわけじゃねぇ。ムカツク白仮面がこぼしていっただけだ。くそ、間違ってくれてた方が良かったぜ。」
「オズマンドと言えばかなり昔からフェルブランド王国で活動している組織ですよね。しばらく動きが見られないと聞いていましたが……それがなぜ国外に?」
「悪いがそれは言えないな。俺様もそこそこに愛国者なんだ。」
「は、細かい事はどうでもいいんだよ。問題はてめぇの所で暴れててめぇらが片づけるべきだった連中が他の国にちょっかい出し始めたって事だ。騎士の世界をリードしてる国の信頼が揺らぐってのは良くねぇぞ。ツァラトゥストラの影響で悪党側に勢いがつき始めてる今は特にな。」
「だっはっは、秘密にしといてくれよ?」
「馬鹿が、こうやって俺たちも知ったんだ。時間の問題だぞ。」
「ああ、わかってる。全く、続くのは良い事だけでいいのにな。『紅い蛇』の連中も元気に動き回るし、おかげで俺様はあちこちからつつかれて困ってるぜ。」
「あぁん? なんでお前が……」
「……魔人族、ですね……」
 先日、田舎者の青年と共に現れたサソリの尻尾を持つ少女を思い出しながら呟いたフェンネルにフィリウスがやれやれというため息を返すと、『灰燼帝』は座っていた岩の上で立ち上がった。
「お前……化物の国とつながりがあるってのはマジだったのか!? マルフィの居場所も知ってんじゃねぇだろうな!」
 初めからずっとイライラしたような怒ったような顔をしていたが、『灰燼帝』がここで本気の怒りを含んだ表情を見せた。
「冗談抜きで殺されかねないから夜の国って呼んだ方がいいぞ。でもってマルフィはあっちでも指名手配して追いかけてる相手だ。俺様も居場所は知らん。」
「それでも同族! 連中の方が情報は持ってるだろうが! 俺を魔人族共に会わせろゴリラ!」
 とびかかって胸ぐらをつかみかねない勢いの『灰燼帝』に対し、フィリウスは再度やれやれというため息をつく。
「誰もかれもが勘違いしてるが、俺様は個人的にあいつらと仲良くしてるだけだ。土産を持ってきゃあっちの美味い飯を食わしてくれるし、頼めば模擬戦もしてくれる。だがあいつらの基本は「人間から距離を置く」だ。援軍要請だろうと情報の要求だろうと、それが友達同士のあれこれを超えた国やら組織やらが絡むモノになったら何もしないんだよ。早い話、マルフィの詳細を聞きたきゃあいつらと仲良くなって友達のよしみで教えてもらうしかない。」
 言い終わった後、胸の内で「ただ一人を除いて」という一言を加えたフィリウスに、『灰燼帝』はそれでも怒りの炎を向けている。
「そんな馬鹿みたいな話があるか! あれは――あの野郎は俺が消し炭にしなきゃなんねぇんだよ!」
「赤の騎士団団長――いや、旧赤の騎士団の元団長としてのお前の気持ちはわからんでもないが無理なモノは無理だ。」
「てめ――」
「お、落ち着いて下さい団長! あの仮面の男の話が本当なら、マルフィ――も動いているようですし、その時は遠くないですよ……!」
 いよいよ危険と判断したフェンネルが『灰燼帝』の両肩を抑える。誇張した表現をすれば鼻から荒い息をふき出しそうだった『灰燼帝』は、自分を止めている男が少し青い顔で笑っている事に気づき、大きく息を吐いた。
「……ちっ…………あー、悪かったな……変な奴がいきなりその名前を出すもんだから昔の感情に火がついちまった……」
「感情に火がついてるのはデフォルトだろう。ところでさっきから誰なんだ? 仮面の奴ってのは。」
「恐らく『罪人』のボスだ。この前のワルプルガで捕まった『罪人』のメンバーをそいつに奪われたんだが、その時に悪党連中の動向を話していきやがったんだ。自分たちへの興味を別に向ける為にな。」
「奪われた? おいおいあっさり言うが、天下の『灰燼帝』がか? そりゃそうとうマズイ相手だな。」
「うるせぇよ。」
「こちらの魔法を封じてきましたからね……それで、その者が言うには『ディザスター』とマルフィが動きを見せており、更に最近何件か報告されているS級殺しは『紅い蛇』のアルハグーエの仕業らしく、これを受けて『マダム』などの他のS級が行動を開始したとも言っていました。」
「ほー、悪党同士の潰し合いとはありがたいが、ちょい規模がデカくて巻き添えが起きそうだな。『マダム』とかには何もしないでゲテモノ料理食っといて欲しいもんだぜ。」
 その後も互いが持つ情報を交換し合う三人の騎士だったが、凄腕の彼らをもってしても――近くに岩の後ろに隠れて話を聞いていた者の存在には気がつかなかった。

「『罪人』が余計な事を言ったようだな……騎士に出張られては『マダム』の計画に支障が出る。対応せねばなるまい……ドロン。」

騎士物語 第九話 ~選挙戦~ 第五章 庶務の覗き見

現庶務の魔法によってロイドくんの一番暗い過去が映像となって知られる事となりました。
これが選挙にどう影響していくのか……デルフさんは心配していました、さてどうなりますかね。

ちなみにこの話で「生徒会」のメンバーがようやく明らかになりました。あれこれ動いてあれこれ巻き起こすのはほとんど会長だけだったのでここまでかかりましたが……すぐに交代ですね。

レモンバームさんを始め、たくさんの立候補者がいて、ついでに他校の生徒もわんさかなので今までで一番の大混戦のような気がしますが……ロイドくんの次の試練はこっちではなくあっちのアレになる予定です。

最後の一人(?)である彼女はどんなことを仕掛けるのでしょうね。

騎士物語 第九話 ~選挙戦~ 第五章 庶務の覗き見

これといった対策も立てられずに始まってしまう選挙。 立候補者やミニ交流祭の参加者で賑わう中、早速ロイドの選挙戦が始まる。 相手が使う魔法によってロイドは思いもよらない攻撃を受ける事になり――

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更新日
登録日 2020-07-16

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