移り気

そうげん

企画用に書きましたが、投稿できそうにないのでここに書きます。

 親愛なる莉奈さん

 あなたがくれた言葉を、いまも大切にしています。あなたの言葉を思い出すたび、かつての自分がなんて世間知らずで身勝手で人の心を意にも解さぬ人でなしだったかと思い知らされます。あなたはもう忘れているでしょうね。無理もありません。何気ない一言が他者の人生を決定するなんて、ざらにあります。あなたから与えられた言葉は星の数ほどありますが、中でも最大のものは『あなたの移り気にはついていけない』という言葉でした。ぐうの音も出ません。ここで白状したいのですが、確かにわたしは移り気でした。あなたに告白して、受け入れられ、付き合いはじめたというのに、本気になれないままに、どこかにもっとちゃんとした愛の宛先があるのではないかと他の女に目移りしていたのですから。
 一すじに信じぬくことの難しさを味わってました。一つに打ち込むことが、外(ほか)の無数の可能性を打ち消してしまうことになるのではないかという無用の危惧に苦しめられていました。だからあのころ大切だったはずの二人の時間を、何も生むことのない徒労な時間へと変質させてしまったのは、ひとえにわたしの至らなさに帰結するものでした。
 もう十年になりますね。あなたはほかにいい人を見つけて、無事結ばれ、出産もなされたと聞きます。あなたが子の母になったかと感慨もひとしおです。運命が別の未来に道を開いていれば、あなたと子供の側に立つのはわたしだったかもしれない。つくづく自分の至らなさが恨めしい。
 わたしはこの手紙にどんなメッセージを籠めたいのか。あなたとのデートは雨の日が多かったですね。付き合って初めての七夕の宵は、あいにく雨に降られました。互いにロマンチストだったわたしたちは、店で求めたささやかな竹枝に願い事を書いた和紙の短冊をつるしました。
 二人が何を書いたか、あなたは覚えてますか。
『来年もまた共に七夕を迎えよう』というわたしの短冊の言葉は、はや、つぎの年には破られました。莉奈の書いた『一緒に先の未来を見られますように。七夕の夜に』という言葉も、甲斐なきものとなりました。
 あなたとの未来を期待してました。でも、わたしはほかに物欲しげな視線を向けていました。いまが信じられなくて、なにが価値かもわからなくて、あなたといられることの幸せを信じ抜くことができなかった。
 その結果が、いまのわたしでしょう。あなたは幸福な家庭を手に入れました。わたしにはなにもない。目移りして、ここぞというときに一途に信じぬく能力がまったく磨かれなかった。どうしても、本気で打ち込めないのです。
 かつての同級生はすでに家庭を持ち、子供を作り、仕事に、趣味に、したいことに打ち込む、充実した人生を送っている。わたしはどうか。物事がレールに乗ったと感じられるやいなや、このままでいいのかという気持ちに揺さぶられて、レールを降りたくなる。なにをしても長続きしません。
 恋愛だけではありません。仕事だって、趣味だって、真剣に打ち込む自分の姿を想像するだけで、どこかばからしくなって、面倒くさくなって、途中で投げてしまいます。長続きしないのはなぜか。ダメなところはわかっているんです。
 これから先、素敵な人がわたしの前に現れたにしても、わたしはまたほかに目移りするでしょう。世間知らずで身勝手で人の心を意にも解さぬ人でなしであるわたしは変わりません。わたしは堅実に積み上げられない人間です。三途の渡し船を待つ間に、河原の石を積み上げる餓鬼の挿話が仏教にありますね。せっかく積み上げた小石も何者かが来てあっけなく崩されてしまうらしいけれど、わたしは積み上げることがバカらしくなって、自分が自分で積み上げた石塔を、がしゃんと崩してしまうのです。崩すことに快感を見出しています。自分で自分の人生を壊すことに喜びを覚えている。
 なにが問題でしょう。
 こんな裏の事情を書いては、この手紙はもう、あなたに出せませんね。自分の胸に秘めておくべき文言。自分が自分で掘削してはならない箇所まで行き着いて、そのうえさらにその奥底を暴き立てるような非行中の非行を実践しているように感じます。
 これ以上は書いてはいけないのかもしれません。でも非行を実践中のわたしは、その先までも行ってみます。書いてしまいます。
 わたしは自分が幸福にならなくてもいいと思ってます。ときには不幸に陥っても構わないとさえ思ってます。自分の価値を否定しているのかもしれません。そんな自分が、自分以外の誰かと想いを共にして、一緒に喜び、笑い、怒り、悲しむ――そんなことができるわけがないと思っています。わたしはだれか一人の側で同じ体験をして、同じ思いを味わい、同じ運命を共にするような資格を持つ人間とはとうてい思えないのです。
 わたしがほかの人に目移りしているように見えたのは、こんな救いようのない自分のはけ口を、遠くに見える景色の中にぼんやり溶かし込んでしまいたい、自分はどこに行きつかなくてもいいから、ずっと漂泊していられる時間と空間が欲しいものだと、そんな気持ちを胸に抱いていたからです。
 わたしにふさわしい人は誰かって?
 年がら年中移り気で、ただ年に一度、会えるか会えないかもわからぬあやふやさで、会えそうなら会おうというような緩い約束だけで済ませられる相手しかいない。会えるのは年に一度だからこそ、一年のうちの幾晩かは淋しさを思うし、切なさを募らせます。関係の希薄さが、かえって結びつきを強めるという逆説が働いています。わたしが打ち込みたいのはそういう恋愛なのでしょう。あなたとの関係が破綻しても、わたしは自分の性情、行状を改めることはムリだった。あなたはこの先の道を歩むでしょう。わたしはもう望めないだろう理想の相手を、この七月七日の一夜の夢に描きながら、寂しさを紛らせます。そんな人はいないとわかっていながら。それはまた夢の中のかつてのあなたでもあります。

 こんなことを書いてしまったのは、七夕の魔力のためでしょう。
 この夜に、あなたの幸せを願います。
 どうぞ、お元気で。

移り気

移り気

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-07-07

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