ツインテールと眼下の街

文学猿

ツインテールと眼下の街


だれも、だれひとり、この部屋で髪をツインテールに結っている女の子はいなかった。

広い模試会場だ。僕ら200人余りは到着するなりこの部屋に押し込められた。

オフィスビルの会議室か何かの一室で、窓からは街が延々と広がって見える。
幸運なことに、僕は試験番号か何やらの関係で窓際の一番後ろの席に座ることになった。

一科目である国語の試験を解答時間よりも25分早く解き終えてしまい暇になった僕は後ろから、女の子たちの頭を数え、眺めていた。
それは実に楽しい作業で、僕はこのために模試を受けていると言っても差し支えないほどであったが、その過程で僕は気が付いたのだ。
この部屋にはツインテールの女の子がいないと。

もちろん、それは当然のことなのかもしれない。誰が炭酸水の瓶で埋め尽くされた冷蔵庫のように夢のない模試会場にオシャレをしてこようか。
あるいは、彼女達の間では、もうツインテールという格好は時代遅れと見なされてしまっているのかもしれない。
どちらにせよ、繰り返すようだが、この部屋にツインテールの女の子はいなかった。

だれか、勘違いされている人もいるかもしれない。

なにも、僕はツインテールの女の子が猛烈に好きとかいう性癖を持っているという訳ではない。ただ気が付いたというだけである。
「あ、いないな」と。

髪をおさげにして肩の前に掛けている女の子はいた。僕から見て斜め右の席に座った彼女はミント色のカーディガンを羽織っていて、まだ懸命に問題と向き合っているように見えた。僕は彼女にあたう限り、応援団のようなエールを送った。
「ドンドンドン、ガンバレ、ガンバレー」
もちろん声には出していない。問題に行き詰ったのか、彼女が一度だけ髪をかき回した。

僕の隣の席には卵焼きみたいに、しろくて細い二の腕をした女の子が座っていた。セーラー服を着ていて、細身でなかなかに可愛かったように思う。

模試会場に着いた僕は、自分の受験番号が貼り付けられた机とその隣に座る彼女の姿を見比べて、小さく口笛を吹きそうになった。それから自分のTシャツについている“襟”を整えた。彼女はそのくらい可愛かった。

首を常識で許されている程度に横に捻ると彼女の姿が見えた。彼女の髪は肩に掛かるくらいの長さで、それをそのまま流していて、彼女がピンク色のシャープペンシルを動かし、記述問題のマスを埋めていく度に小刻みに揺れた。少しだけ茶髪が混じっている。彼女はセーラー服をキッチリと着こなし、真摯な顔をして問題に向かう。その姿はじつに女子高生的だった。

気が付くと試験時間は残り十数分になっていて、男子どもは机に突っ伏して居眠りをしはじめていた。後ろから見ると彼らの首はちょうど、彼ら自身の肩により死角になっていて、みんなして首を刈り取られたみたいにも見えた。

おさげの女の子も問題を解き終えており、それはもう熱心に見直しをしていた。そういう雰囲気が後ろ姿からでも感じられた。

僕は試験会場をぐるりと見渡すと、ツインテールの有無をもう一度だけ確認した。
確認し終えると、それだけで僕は何だか少し切なくなってしまって、窓の外を見渡した。

外は綺麗に晴れていて、窓からは街の様子がよく見えた。

ガラス張りのビル群は乾ききって凛と立ち、プレパラートを延々に分厚く重ねて、そこに光を通したような青で太陽の光を反射していた。
とにかくそれらは青い瞳の中の水晶体のようにテラテラと光っていて、街に垂直になってならんでいた。
その奥にはパッチワークのような緑の塊が何カ所かあり、そのさらに奥には低い建物が霞んでいた。その数は多く、ほとんど無限であるようにも思えた。
やっぱり、街は総体として美しい。何度見てもそうだ。

僕が試験場に視線を戻すと、ますます多くの受験生が試験を終えたといった様子だった。
「残り十分です」と張りつめた声で若い女の試験官が200人の受験生たちに言った。その発言を受けて、この集団が僅かだが膨張したという気がした。
身震いしたように膨れ上がったのだ。
その膨張のような集団的圧力が試験官を緊張させるのだろうか?後ろから見るとそう思えた。
まだ問題を解き終えていない者はペンを持ち直し、解き終えて机に突っ伏していた者はより深く腕に顔を沈めた。

その時、そんなことが全てどうでもよくなるような事件が起きる。

隣のセーラー服を着たクールで可愛い女の子が、スカートのポケットからヘアゴムを二つ取り出したのだ。その女の子は髪を後ろ手で二つに分けると、その半分をヘアゴムで束ね始めた。髪はしなやかな若い尻尾のような動きでヘアゴムを幾度となくくぐり、束ねられた。彼女は反対側も同じようにした。

そうしてしまうと、彼女は小さく伸びをしてから机に丸くなるようにして突っ伏した。
自分の頬を敷いた両腕にいかにも愛おしそうになすりつけ、納得いく位置取りを見つけると目を閉じ、彼女はピクリとも動かなくなった。

眠りに落ちたかは分からない。ただ、適度な頭脳の労働が、今の彼女にある種の快適さを与えているという事だけは確かそうだった。彼女の頭は小ぶりで、まんまるで、ほとんど手のひらに収まってしまいそうに見えた。

僕は彼女の腕から僅かにはみ出た彼女の答案用紙を遠目で眺めた。彼女のあの頭の中に入っている脳みそがこれを解いたんだと考えるとどこか不思議だった。彼女はそれを解き、その後で睡眠欲を感じ、突っ伏した。
 
再び外を見る。窓から眺める限り、眼下の街は現実とは一切無関係で、芸術作品のように自分にとっては愛すべき存在であるように思われた。

今や試験時間は残り数分かそこらで、会場には張りつめた空気が満ち満ちていた。試験官が「受験番号と記名の書き落としが無いように確認してください」と言うと、皆一斉に記名と受験番号の書き洩らしを確認し始めた。その気配と紙をめくる音がしばらく会場を満たし続けた。僕もチラリと自分のそれを見た。
 
それらが途絶えると、僕らは試験という名のもとに、ただ一様に静かだった。みんな試験官の声を待っていた。時々、鉛筆を走らせる音が聞こえる。
 
とにかく、あれから数分の時間が流れる。

試験官が切り立った声でしかるべき呼びかけをすると、沈黙はすぐに崩れ、あたりはウルサイばかりの音で埋まった。
 
そして、ツインテールの女の子も重たげに顔を上げる。
その綺麗な形をしたおでこには宿命的なあかいしるしがついていた。

 
 Fin.

ツインテールと眼下の街

ツインテールと眼下の街

試験中、後ろの席から女の子たちの頭を眺めるのは僕の大きな楽しみの一つだった。 けれども、だれも、だれひとり、この部屋で髪をツインテールに結っている女の子はいなかった。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-06-25

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted