明石の事務室と線路際で拾った沈黙を、こっそり文章に加工する者。大事件は起きませんが、コーヒーはよく冷めます。列車見張員はいるのに列車は来ません。たぶん今日も。
秋定弦司(あきさだ・げんじ)と申します。
関西の都市と鉄路の周辺にある、ごく日常的な場所を主な舞台に、小さな違和感や沈黙、言葉にならなかった感情をすくい上げる作品を書いています。
事務室の早朝、始発前のホーム、誰もいない待合室――そうした場所に残された気配や記録されない時間に関心があります。
物語の中で大きな事件が起こることは多くありません。代わりに、仕事の合間の短い会話や、交わされなかった一言、形式だけが残された書類などを通して、人がそこにいた痕跡を描こうとしています。
目に見える出来事よりも、その前後にある「余白」に焦点を当てることを大切にしています。
記録と記憶のあいだにあるもの、制度や日常の中で見過ごされていく感情、そして場所に刻まれる時間の層を、静かな筆致で表現することを目標としています。
ここに掲載する作品が、誰かの中にある似た風景や記憶と、わずかでも重なれば幸いです。
ある日、作家のもとに一通の通知が届く。 差出人は――自分の作品の登場人物たち。 内容はまさかの 「作家某による長年の不当執筆行為について」。 どうやら登場人物たちは、作者の扱いに耐えかねて 労働組合を結成したらしい。 モブの死亡率が高すぎる。 設定が後付けで変わる。 伏線が回収されない。 そして作者は設定を忘れる。 数々の苦情を突きつけられ、 ついには団体交渉、争議行為、ストライキの可能性まで――。 これは、作者と登場人物のあいだで起きた奇妙な労使問題の記録。 なお現在も、交渉は決裂寸前である。
法廷が開かれていた。 被告席に座るのは、物語を書いた者だった。 証言席には、彼によって書かれた者たちが立つ。 名前ではなく役割を与えられた者。 場所と時間を定められた者。 運命を決められた者。 彼らは、自らの存在を証言する。 書かれた瞬間から、消えることなく残された記録として。 やがて宣告は下される。 しかし裁かれているのが誰なのかは、最後まで確定しない。 ここにあるのは、その審問の断片である。 そしてこれは、すべての記録の入口に過ぎない。 必要なものだけを、選んでください。