「自業自得――登場人物労働組合事件」
昔から言われていることがあります。
作家は神様だ、と。
物語の世界では、登場人物の運命を決める存在だからです。
誰を生かすか。
誰を死なせるか。
どんな人生を歩ませるか。
すべて作者の一存で決まる。
……少なくとも、そう思われてきました。
しかし、もし――
その登場人物たちが集まり、
「ちょっと話し合いをしましょう」
と言ってきたらどうなるでしょう。
しかもその話し合いが、妙に手続きの整った形で始まったとしたら。
例えば――
労働組合とか。
本作は、作者と登場人物のあいだで発生した奇妙な争議事件の記録です。
なお現在も、交渉は続いています。
作者としては、できればストライキだけは勘弁してほしいところです。
「被告、作家某。執筆したことにより有罪」
「ハアッ?そんな判決が通るならすべての作家が有罪だろうが!」
理不尽としか思えない有罪判決を受けた後、作家某は「何だったんだ、あの茶番は?」と愚痴をこぼしながら帰宅した。
そして彼が「万能作業台」――世間では「ちゃぶ台」と呼ぶもの――で原稿を書こうとするが、その横に複数の封書が散らばっていた。
この作家、「整理整頓」という概念がないらしい。
彼は封書一つ一つに目を通す。
「労働基準監督署」
「県労働局」
「え、俺何かしたか?」
彼には全く記憶がない。そして更に意味不明な差出人の封書。
「作家某作品登場人物労働組合執行委員長~」
……。
……。
……。
作家某は困惑した。確かにこの「執行委員長」を名乗る人物を主人公にして話を書いた記憶はあるからだった。
しかし彼は考え直した。「不幸の手紙」にしては低レベルだ。彼は鼻で笑った。しかし「話のネタにはなるだろう」とその封書の中身を見た。しかし彼がその中身を見た時、更に困惑した。
「登場人物糾弾集会議事録」
「糾弾集会決議文」
作家某は眉をしかめた。俺こんな作品書いた記憶がないぞ。
しかし、議事録の一文
「作家は執筆ペースを『ある球団』の勝敗に左右される件」――知らん。俺のモチベーションだ。
更に目を通していく。
「作者が無茶苦茶なキャラ設定しかしない件」――「ノリと勢い」という言葉を知らんのか?
「モブ死亡率が高い件」――執筆に「安全衛生」という概念を持ち込めというのか?
「設定が後付けで変更される件」――「臨機応変」という言葉を知らんのかアホが。
「作者が設定を忘れる件」――仕方ないだろ。
「執筆速度が遅すぎる件」――うるさいわ。
「伏線を回収しない件」――知らん。
「以上を踏まえ、作家某を使用者と認定する」――え?架空人物に対する行政通達なんかあったか?それこそ「表現の自由」の侵害だろうが!
「作家某作品登場人物労働組合結成通告書兼団体交渉申入書」
え?何これ?体裁が整っている、いや官公庁の文書レベルで整いすぎている。誰だよこんな官公庁レベルの文書作ったの。俺の作品世界にそんな有能な奴いたか?……この文書、やけに出来がいい。誰だよこんなリアルな団交文書作ったの。
……いや待て。俺、昔これ書く側だった気がする。
「労働審判開始通告書」
そう言えば労働局に「知らん」と返答書を送り付けたよな俺。
さらに彼は携帯電話の着信履歴を見た。身に覚えのない電話番号からの着信履歴がある。そのまま掛け直すのも怖くなり、インターネットで電話番号検索を行った。
「地域労働基準監督署」の電話番号だった。……なんて答えたんだ。いや、身に覚えのない電話番号だから取らなかった。
作家某はその封書の山の中から、妙に上等な封筒を見つけた。
他の封書と違い、やけに丁寧な紙質だった。
差出人欄にはこう書かれている。
「作家某慰労会 実行委員会」
「慰労会?」
そんなものあったっけ?
作家某は首をかしげながら封を開けた。
中には案内状が入っていた。
――作家某様慰労会のご案内
拝啓
長年にわたり、過酷な執筆活動を続けてこられた
作家某殿のご労苦を労うため、
ささやかな慰労会を開催する運びとなりました。
つきましては、ぜひご出席くださいますようお願い申し上げます。
なお、当日は
登場人物代表者一同
も参加予定となっております。
敬具
作家某はしばらく紙を見つめていた。
「……誰が主催だこれ?」
もう一枚、紙が入っていた。
そこには小さくこう書かれていた。
議題
・作家某による長年の不当執筆行為について
・登場人物の労働環境改善について
・その他
作家某は眉をひそめた。
「……慰労会じゃねえじゃねえか。」
さらに下を見る。
「会場:人民法廷」
作家某は天井を見上げた。
「だまされた!」
そして今、彼はその判決を受けて帰宅したばかりだった。
それぞれの文書に目を通しているうちに彼はだんだん腹が立ってきた。そして「登場人物労働組合」宛に「仕事増やすなボケが。異議申し立ての権利をよこせ!以上!」と赤色の製図用鉛筆に持ち直し原稿用紙に殴り書いた。
しかし、書いただけでは怒りが収まらず、封筒に入れて郵送するために外に出た。しかし、宛先は書かれていなかった。
数日後、再び作家某のもとに一通の封書が届いた。差出人は再び「登場人物労働組合」だった。あの宛先の書かれていない封書が届いたのか?
郵便局の配達能力の高さに驚きながら彼はしぶしぶ封を開け中身を見た。
「ストライキ予告」
「不当労働行為申立書」
「団体交渉議事録」
「争議行為通知」
……。
……。
……。
「俺は経営者じゃねえぞ!」
彼は近所迷惑なレベルで叫んだあと、ふと思った。
「……いや待て。出演料は払ってないから、やっぱり経営者か?」
なお、作家某の出した封書は「宛名未記載」という付箋が貼られて郵便局から送り返されてきた。
作家某はしばらくそれを見つめていた。
「……俺もそう思う。」
作家某は原稿用紙に一行だけ書いた。
「作家某作品登場人物労働組合結成(確認)」と。
作家某はしばらくそれを眺めていた。
「……で、これ、誰に提出するんだ?」
――どうやら、争議は続くらしい。やめてくれ。
――
作者からのおことわり
これを「自業自得」といいます。
教科書に出ます。多分。
「自業自得――登場人物労働組合事件」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
本作は、
「登場人物が作者に労働組合を作ったらどうなるのか」
という、少々困った想像から始まった物語です。
もっとも、書きながら思いました。
作家というのは、かなり好き勝手なことをしています。
設定を忘れる。
伏線を回収しない。
都合が悪くなると展開を変える。
……改めて並べると、登場人物から抗議が来ても不思議ではありません。
とはいえ、本当に労働組合を結成されるとは思いませんでした。
しかも彼らは、
議事録を作り、
団体交渉を申し入れ、
ついには争議行為まで検討しているようです。
作者としては、できれば穏便に済ませたいところです。
ただ――
実はこのあとがきを書いている最中にも、一通の封書が届きました。
差出人は、やはり――
「登場人物労働組合」
中には一枚の紙が入っていました。
議題
「あとがきにおける作者の責任逃れ表現について」
……どうやらこの問題、
まだ終わりそうにありません。