三度目ですが……(病欠の理由)

三度目ですが……(病欠の理由)

三度目ですが……(病欠の理由)

―夢―
「三度目ですが……」と僕は真っ白い部屋の中で明確な意思を持って相手に切り出した。
僕と相手は部屋の中に置かれた質素な一組の椅子に座って向かい合っていた。
この空間は自分の意志でほとんど物が自由に変わる。壁の色も、広さも、そこに置かれる家具も。
 けれども僕の発した「三度目ですが……」という言葉だけは宿命的に響かなかった。音が響くことを拒否しているのか、空間が響かせることを拒否しているのかは分からなかった。僕の声が響かないことで僕は自分がきちんと言葉を発しているのかも分からなかった。
 僕が自分の発した言葉の不備に気が付いて、何か他の気が利いた言葉を言おうとしてもそんな言葉が見つかることは無かった。そもそも他の気が利いた言葉ってなんだ?僕には見当がつかない。
とにかく、生まれたはずの僕の言葉は相手の耳に届くことなく僕の耳にすら届くことなく食いっぱぐれて死んでいった。後には椅子と沈黙だけが残った。

     ☟

朝、僕は目覚めるとしばらくの間、時計も確かめないでベットの中でじっとしていた。暖房の利きすぎた生温い部屋の中で頭が常温の桃の缶詰めの中身みたいにボンヤリとしていた。
何度甘やかされた布団の中で寝返りを打とうとも、ここが六畳一間(トイレ、洗面所付)のアパートの部屋であることは変わらなかった。
 カーテンも開いていない自信をもって朝だと言い切れないそんな薄暗い部屋の中で僕は粉砂糖をパンパンに詰め込んだみたいに重いボンヤリとした頭のまま起き上がり、朝食を作った。と言ってもパンをトーストして蜂蜜を塗っただけだ。パンの上のバターみたいに溶けてしまいそうな、何かやるには眠すぎる朝だった。自然保全をしている全人類に反抗するように暖房が暖気を吐き出し続けている。
 その日、霧雨が降っていることを発見したのは洗面所で歯を磨こうとした時だった。
なんとなく洗面所の曇り窓を開けて外に頭を出してみると、音も立てづに霧雨が降っていた。霧と言っても差し支えないくらいの弱雨だったがそのクセ降り止む素振りを一切見せなかった。霧に触れている空気は適度に冷たく、土の匂いがした。そんな空気を吸うと清涼飲料水みたいに頭が少しだけすっきりとした。
 僕の口がそれを言い出したのはそんな風に空気を吸いながら外の濡れ続ける電柱を眺めていた時だった。
 霧雨と電柱に向かって、
 「三度目ですが……」となぜか僕は確固とした口調でそう言った。誰もそれに答えず、黙殺するように変化も無く霧雨は降り続き、電柱は敬虔に直立し続けていた。
 僕の口は確かに確固とした口調で「三度目ですが……」と言った。けれどもその続きを言おうとするとどうしても何かを拒むように口が引き攣った。
一体何が三度目なんだ?僕は何が三度目なのかは見当もつかなかったが、その言葉にはきちんとした会話と文脈の中で誰かに対して言われたというような印象があった。どんな会話かも文脈かも思い出せなかったが、自分の言葉がどこにも行かずに死んでいくような感覚には身に覚えがあったような気がした。
 デジャヴ。
 洗面台の前に移動してから僕は試しに自分の意志で鏡に映った自分の目を見ながら
 「三度目ですが……」と言ってみた。その三度目はついさっき無意識に出た「三度目」とは全く違った響きを持つ異なる単語に聞こえた。
 何が違うのだろうか?もう一度試してみようか。
 「三度目で                            と言った時に、
     「世界のブルジョア達が日本を目指してやって来ます。日本政府は民間企業と協力して世界のブルジョア達のための価格帯のホテル、世界のブルジョア達の品位にあった世界のブルジョア達のためのレジャー施設を建設しています。世界のブルジョア達を迎え入れるこれらの一連の計画が成功すれば、日本は洗練された経済的に豊かな国だという事がより世界に周知されるでしょう。」とアナウンサーが言っているのが居間のTVから不思議な程はっきりと聞こえてきた。ので僕はTVニュースにより途中で途切れた「三度目……」の替わりに「世界のブルジョア達」と新しい靴を試し履きするみたいに口に出してみた。
 「世界のブルジョア達。」
 「世界のブルジョア達。」
 「世界のブルジョア達。」
 そう口にするたびに僕はその言葉が何だか薄く軽く馬鹿馬鹿しい物のように思えてきた。
 僕から見てその言葉にはリアリティーというものがまるで無いように思えた。
 「世界のブルジョア達」に対して自分一人だけがそういう負の感情を抱いているという孤独感。そして僕の抱いているその負の感情は多くの人から見たら多分間違ったモノなのだろう。
 だって事実、世界には沢山の世界のブルジョア達がいるのだろうし、TVニュースによれば彼らは何かを求めて確実に日本に向かってやって来るのだ。(世界のブルジョア達という音を聞いて僕は綺麗な茶瓶に入ったおいしそうな炭酸水を思い浮かべてしまった。地中海沿岸のレモンみたいな木にオシャレな茶瓶が実っていて、それを炭酸農家が収穫して箱詰めするのだ。そうしてその箱は日本へと送られ、日本のブルジョア達のための炭酸水となるのだ。)
 大量の世界のブルジョア達がやって来るこの場所で窓の外へ霧のように溶け出てしまった僕の「三度目」は存在するのだろうか?
 居間から聞こえるTVニュースは天気予報に変わっていた。雨は一日中降り続くらしい。僕はいつもこの天気予報に合わせて家を出ることにしているのだ。いつまでも洗面台の前で何かの三度目を探し続けている訳にはいかない。
 窓の外をもう一度見ると相変わらず霧雨が降っていた。傘を差しても際限なくその横から入り込んできては体全体を濡らすような雨だ。今日のようなきめ細かい霧のような霧雨は特に。
 そう思うと僕は学校に行くのが途方に暮れるくらい億劫な作業に思えてきた。
 僕にとって学校は世界のブルジョア達みたいなものなのかもしれない。振り返ってもう一度窓の外を見ると、霧雨の中で電柱は電線を支えながら雨に濡れたアスファルト特有の匂いを纏い、直立し続けていた。
 部屋に戻るとまだ自分の体温が微かに残っているベットと作られた温かい空気が僕を迎え入れてくれた。そこには霧雨も無かったし、世界のブルジョア達もいなかった。僕はそんな部屋の暖気の独特な匂いを嗅ぎながらベットに潜り込み至極幸せな気分になっていた。さっきまでのスッキリした清涼飲料のような頭はすぐにぬるくなり今では完全に呆けていた。
 そして、眠気。
 少しの間眠れば「三度目ですが……」の続きを思い出すかもしれない。なんて事を考えながら僕は眠りについた。そしてもちろんそのまま眠り続けた。
以上が今日僕が学校を病欠した理由だ。

 Fin.

三度目ですが……(病欠の理由)

三度目ですが……(病欠の理由)

学校を病欠した理由を書きました。保存用、特に面白くないと思います 「世界のブルジョア達」 イェーイ!

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-05-23

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