力関係

 力関係は物理の世界のみならず人間社会にもある。
我が家では亭主関白、カカア天下という類のものだが、私の発病前から少しずつ変化が見えてきた。それがよく現れたのは駅近くの料理店で友人のH氏(インターネット対局で私に碁を教えているアマチュア高段者)、妻、私の三人でのどぐろの焼き魚をつつきながら越乃寒梅を楽しんでいた時だ。
私「もう少し飲みたいな。お兄さん、もう一杯ください」
妻「これ以上は飲み過ぎよ。要らないわ」
・・・・・(妻は友人と談笑を続け、私はボケッとしてイタリア社員旅行を思い出して、当時は妻の規制なしに美味しいワインを十分飲めたのにとため息をついた)
私「酒はまだかな。時間かかるね」
友人「あのお兄さんは先生と奥さんの力関係をみているんですよ。ハハハ」
「力関係」という言葉が私の耳にユーモラスに聞こえた。しばらく待っていたが酒は遂に来なかった。どうやら私の力は妻より下と思われたようだ。私の零落ぶりが他人にも分かるのかと些か落胆した。
確かにこれ以上飲まない方がいい。酔い続けた場合、店のお兄さんに対して「どうして早く持ってきてくれないのか」と文句を言うか、妻に向かって「もう少し飲ませてくれてもいいじゃないか」と始まる。だんだん自分の話がしつこくなり、そのうち折角食べたうまいものも吐いたり下痢したりしてみっともない有様になる。
酒での失敗をこれまで何回か見ている妻は、一旦駄目と言ったらテコでも動かない力を身につけている。信念というか確信というか、そういったものだ。母親譲りの一流の頑固さとみる私は諦めて無駄な抵抗はしない。酒以外のことでも同じだ。私は在宅介護を受けている身だから、妻の助けなしには生きられない。力関係が逆転するのは当然のなりゆきだ。
今まで自分を支えた「力」が役に立たないと知って、僅かな自尊心だけを心に残してあとは手放すことにしてみた。自信過剰や自己顕示はむしろ邪魔なものだ。暴力となれば恥ずべき行為だ。では虚心坦懐な気持ちで謙虚に生き、妻に逆らわなければ楽な気持ちになれるだろうか。
いつも妻は強権を振り回すことなく、私の望む事、望まない事を尊重しながら介護してくれる。しかし時には、介護に疲れて怒りっぽくなったり、愚痴っぽくなったりする。人間だから仕方がないと思うが、そんな時も私の人格まで無視して意地悪を言うことはない。感謝に堪えないのだが、逆に妻の不機嫌に対して私が怒ってしまったら、小さなことも我慢できない狭量で我儘な人間となって自己嫌悪に陥るだろう。
結局我々の力関係はバランスがとれているようだ。しかし、それを言う前に、そもそも家庭は戦場ではないのだから力関係等というものは要らないと思う。思いやりの関係なら理想的だけれど、自分は王様だと言わんばかりに独善的、暴力的に押さえつけるなら暗く歪んだ家族関係が出来る。このような力関係は自分の家に必要かどうかよく考えて、意味がなければ断捨離した方がいい。
2020年4月28日

力関係