夜のコンビニ

加賀谷樹里 作

夜のコンビニ

「いらっしゃいませ」

 レジに並んで、俺と桃太くんは声をそろえた。

 このコンビニでアルバイトを始めてひと月。四月から大学に通うためにアパートを借り、一人暮らしにも大学にも慣れ、ようやく近所のコンビニでアルバイトを始めた。幹線道路から一本入った静かな住宅街ではあるが、近くには公園や体育館があり、それなりに客の入りはある。隣で目の無くなるほどに愛想良く笑っているのは、高校生の桃太くん。年下だけど、仕事では俺より先輩だ。

 若い女が雑誌コーナーへと歩いていく。

「あ、あの人。珍しいですね。こんな時間に来るなんて」

 そう桃太くんがこっそりと俺に耳打ちしたのは、いつもは昼休みに弁当を買いに来る女性のことだ。

 モデルのようなスタイルでスーツを着こなす吉〇羊似のクールビューティーだ。いつもはきっちりとまとめた髪を、今夜はおろしている。服はカジュアルだけど体にフィットした、膝上の赤いワンピース。その大きく開いた胸元からは歩くたびにぷるんと揺れる、揺れ……揺れるそれを……いや、その女性をチラチラと見ているのは、毎晩来ては漫画を立ち読みをしていく三十くらいの男。伸びた髪が顔を隠している。服はいつも無地のTシャツにグレーのスウェットにサンダルだ。

 コンビニの常連客は同じ時間にやって来る。

 イートインを賑わしているのは、可愛いショッキングピンクや、黄色や青のカラフルなジャージに身を包んで、スイーツを食べている四人組のおばちゃん。
 この辺りをウォーキングしているらしく、いつもジャージ姿で八時四十五分にこのコンビニにやってくる。そして同じ席で毎日日替わりのようにスイーツを食べながらおしゃべりをしていく。

 おばちゃんは何でも知っている。おばちゃんの会話を聞いていれば、この街の人間関係や店の情報、病院の情報、なんでもわかるようになる。おばちゃんの評価は辛口で的確だ。SNSの口コミよりもよほど信頼性が高い。

 この町で住み始めたばかりの俺には、何気に頼もしい存在だ。今夜は三人しかいない。

「どうしたんでしょうね」

 桃太くんがイートインに目をやりながら首をかしげる。桃太くんも気になっていたらしい。

 おばちゃんたちの会話が盛り上がっている頃(といってもおばちゃんの会話はいつも盛り上がっているが)
 やってくるのは二十代から四十代の男たち。彼らはこの近所の体育館で仕事帰りにフットサルで汗を流しているメンバーだ。その日によってメンバーは変わる。

「あら、今日はあのイケメンいないね」

 おばちゃんの一人が残念そうに言う。

「ニョロニョロ。頑張ってるねえ。続かないと思っていたのに」

 ニョロニョロ?

 おばちゃんの視線を追うと、そこには背の高い痩せた色白の男がいた。
 なるほど……。
 『ニョロニョロ』とは言い得て妙だ。上手いこと言う。

「ほんとほんと。ちょっとは筋肉ついてきたんじゃない」
「そういえば、シュワちゃん。最近来ないね」

 シュワちゃん? ああ、筋肉だからか。マッチョな男のことか……? おばちゃん同士の会話というのは、こうだ。男同士の会話では有り得ないほど会話が飛ぶ。慣れないとその飛躍についていけない。男からすれば、突然飛躍するように感じる会話も、きちんと繋がってるのだ。繋がるキーワードが存在する。今回でいえば『筋肉』だ。これを理解しないと女同士の会話にはついていけない。
 
 これが『ガールズトーク』だ。おばちゃんとはいえ、これはランドセルを背負った女の子も、女子高生も変わらない。おばちゃんもかつてはランドセルを背負い、初恋の男の子に頬を染めていたのだ。この辺を間違えて『別の生き物』と思ってはいけない。

「ああ、シュワちゃんなら今単身赴任で北海道に行っちゃってるわよ。それがね、向こうでね……」

 ──ん?

 声を落としたおばちゃんに、耳がダンボになる。
 聞こえない。

「ええー!! うそお」
「いやーん」

 そこだけ聞いているとおばちゃんの会話は女子高生のようだった。
 
 サンドイッチやおにぎりを持ってフットサルメンバーがレジに並んだ。注文を受けたチキンを袋に入れていると、誰かが言った。

「俺さ、ドラえもんが食べてるのにしようかな」

 ん? ドラえもん? どら焼きなら今、うちでは扱っていない。すると別の誰かが言った。

「俺はブルースリーがいいな」

 俺の頭の中でクエスチョンマークが大きく揺れている。
 どら焼きはないし、ブルースリーなどという商品はない。

「じゃあ、俺、パー子にしよう」

 パー子???

 いったい何の話だ?
 チキンを袋に入れて顔を上げると、フットサルメンバーの目線がイートインに注がれていた。つられて俺も目をやる。

「どっ……!」

 目を剥いて、開きかけた俺の口を桃太くんが慌てて押さえた。口を押さえられたまま桃太くんを振り返る。桃太くんは小さく首を横に振った。桃太くんの目は必死に訴えている。

 ──堪えて!

 と。

 俺はあやうく『ドラえもん』と叫びそうになっていた。桃太くんのおかげで助かった。

 『ドラえもん』はいた。

 ドラえもんは青いジャージを着たおばちゃんだ。青いだけじゃない……。それは流石に俺の口からは言えない。──が、察してくれるだろう。ぷくぷくしたまんまるの手でロールケーキを食べている。そしてブルースリーはもうひとりの上下黄色に黒い線の入ったジャージを着た細身のおばちゃんだ。
 間違いない。
 パー子は……もうお分かりだろう。ショッキングピンクのジャージにクリクリパーマのおばちゃんだ。
 
 ──それにしても

 俺はもう一度イートインに目をやった。

「痛っ!」

 頬が緩み、桃太くんに足を踏まれた。
 桃太くんに睨まれながら清算を済ませると、後からレジにやってきたフットサルメンバーのひとりが口にした。

「あれ? 今日『リレメン』ひとりいなくね?」

 ん? リレメン? 誰のことだ? 俺は店の中を見渡した。

「あ、ほんとだ」
「昨日、マスクしてたから。風邪でもひいたのかな」
「ああ、そういえば」

 マスク? ああ、そうか。おばちゃんたちのことか。

 桃太くんがチラリと俺を見た。同じことを思ったのだろう。おばちゃんがひとりいないことを気にしていたのは自分たちだけではなかった。

「いらっしゃいませ」

 桃太くんが来客に気づいた。顔を向けると店に入ってきたのは栄養ドリンクのおじさんだった。
 毎日この時間に来ては栄養ドリンクを買っていく、仕事帰りの痩せたおじさん。桃太くんの笑顔にいつも疲れた顔で笑顔を返す。

「おい、今日はユン〇ルスターだぞ」

 フットサルメンバーが言った。桃太くんが目を丸くする。

「そうとう疲れてンな」
「ちゃんと食べてるのかな」
「栄養足りてなさそう」
「ドリンクばかりじゃなくて、たまにはサラダや総菜でも買ってけばいいのになあ」

 おばちゃんだけでない。侮れない。フットサルメンバーはおばちゃんがマスクをしていたことも、おじさんが毎日買っていく栄養ドリンクの銘柄までも見ていた。

 フットサルメンバーが店から出ていくと桃太くんが俺に話を振った。

「昨日、見ました? メドレー。凄かったですね! 僕、興奮しちゃいました」

 桃太くんが言ったのは、昨日の世界水泳選手権のことだ。

 あっ!

 桃太くんのその言葉で俺は気づいた。フットサルメンバーの言った「リレメン」は『リレーメンバー』のことだ。リレーは水泳も陸上競技も四人。つまりおばちゃん四人組をリレーのメンバー四人になぞらえてそう呼んでいたのだ。


 俺の胸のヒナがパタパタと羽ばたいた。
 何だろう……この充実した心地よさ。

 お互いに会話したこともない客同士の、なんていうか、その、連帯感? 絆のような……。

「どうしたんですか? 一ノ瀬さん」

 じん……とした胸に手を当てていた俺を桃太くんがのぞき込んだ。

「いや、なんか。いいな。コンビニのバイトって」

 そういって目を細めて天井を見上げる俺に、桃太くんは首をかしげていた。そして何かに気付いて「一ノ瀬さん、あれ」と小さな声で俺の腕を小さく叩いた。

 桃太くんの視線の先には、ユンケ〇スターを手にしたおじさんの腕に腕を絡ませる女性。あのクールビューティーだ。

「…………」

 想定外のものを目にしてふたりの目が釘付けになった。

「だってえ」

 女性が甘えた声を出しながら、ふたりは身体を密着させて歩いてくる。というか女性がおじさんの腕に豊満な胸を押し付けながら、上目遣いに見上げている。
 
 なんて羨ま──

 釣り銭のばら撒かれる音に、俺はハッとなった。
 桃太くん釣り銭を拾っていた。俺も手伝う。いつもテキパキと動く桃太くんの手はおぼつかない。
 おじさんがレジにユン〇ルスターを置いたそのとき、女性がさっと離れ、棚から商品を素早く取り、ユン〇ルスターの横に置いた。
 おじさんが「ばっ……!」と声を詰まらせると、女性は「うふっ」と肩をすぼめて真っ赤な唇の端を上げた。

 バーコードリーダーを打つ桃太くんの顔は真っ赤だった。桃太くんは顔を上げることができない。俯いて固まったまま「ありがとうございました」とたどたどしくお辞儀をする。俺も唖然とふたりを見送った。おじさんは嬉しそうに店を出て行った……。

 まさかあの栄養ドリンクがそんな意味を持っていたとは、フットサルメンバーもそこまでは知るまい。

 リレメンおばちゃんも頬杖をついて見ていた。


「今夜はいつもより気合が入ってるわね、あの花咲か爺さん。今度こそ枯れ木に花が咲くといいね」

 ──!!



 夜のコンビニには、不思議な連帯感が漂っている──

夜のコンビニ

夜のコンビニ

夜のコンビニには、不思議な連帯感が漂っている── 常連客は同じ時間にやってくる。夜な夜な繰り広げられる。とある町の小さなコンビニの小さなドラマ (ホラーではありません。ヒューマン……コメディ?)

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-01-10

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