東京盆のころ

上松煌 作

「7月が一番暑いからね。朝の涼しいうちにすませよう」
そんな声が聞こえた。
自分に向けられたわけではない。
境内の陰の多い一角。
夏でも冷めた風の通るひそやかな隅に、今年もまこも棚が組まれるのだ。

 早朝のゆるく湿った露臭い香り。
気だるい一日を思わせる物憂い南風(はえ)。
そんな中に青竹のつやつやしい肌が混じる。
竹は棚の四隅をささえ、巡る新縄(しんなわ)は結界を形作る。

 麻ガラの足をつけた牛馬がそなえられ、
「東京から埼玉・群馬辺りまでは、きゅうりの馬は男が乗り、なすの牛には女性っていうんだよ」
さっきの声が話し出す。
みずみずしいほうづきを新縄に奇数だけ下げて、
「馬は速いけど荒っぽいからあぶない。牛はのろいけど穏やかだから、ま、女の人でも乗りこなせる」
茹でたそうめんをその間に垂らす。
「これが神奈川・千葉あたりになると、馬は速いからこの世の行きに、牛は遅いからあの世への帰りにって言う」
並べるのは白い枕団子と落雁の菓子。
「どちらが本当ってこともないけどね。まぁ、女の人の乗る牛がのろいったって、馬に三歩遅れるだけっていうんだから。女は男の後ろをついて行くっていう、昔の考え方の表れかもしれないね」
わずかな清水を入れたハス葉にミゾハギをそえ、小皿には洗い米となす、きゅうりをみじん切りにしたお散砂(さんご)が入る。  
 
 夏野菜と水菓子の供物に、夏アカネが来て止まり、かすかなそよぎに下げ提灯が揺れる。
白木の施餓鬼の文字に木漏れ日が焼きつき、セミの声がうだる昼日中(ひるひなか)を告げる。
日向臭い池の水に、アメンボの水輪。
三昧(さんまい=墓地)には人かげもなく。


     ◇ ◇ ◇   


 やがて傾く日差しにまつろう、そこここの竹ぼうきの音。
手桶とひしゃくの響きと線香のしめやかな香り。
墓石の向こうから、人影がやって来る。

 「今日は暑かったですね。季節がズレてきてるんだって。6月からカラ梅雨でカンカン照りだもの」
「まったくねぇ」老いた声が答える。「体に堪えるよ。この間のおジイさんの命日も暑かった。つれあいだから仕方ないけど、こんな暑いさなかに法要だ、墓参りだって、怨むよって拝んでやった」
「あはは、お義母(かあ)さん、お義父(じい)ちゃんは頑固だから、そんなこと言ったら怒られちゃうよ。来年からは命日のおまつり事はお盆にまとめましょうね」
「うん、うん、あんたの言うとおりだよ」
五色(いついろ)の煮しめを少し、器から移して棚に置く。
境内の熊笹がその受け皿。
「玉ちゃんが亡くなった日も暑かったですよね」
「そうだねぇ。利口な猫さんだった。あたしゃ、未だに忘れられない。だからね、お煮しめの鶏肉、やわらかいとこを選って持ってきたんだよ」
「あら、まあ。玉ちゃん、大喜びだわ」
「鶏肉は生臭ものには入らないからね」

 ひと組、また一組とやって来て、赤飯やボタ餅、生菓子を置いて行く。
酒や麦茶のペットボトルも混じる。
夕映えの照り返しに羽虫の羽音。
梢にはすでに、生ぬるい宵の気配。
庭下駄の音がして、朝と同じ声がする。
「ああ、甘い物が多いから、ハエやブヨだけじゃない。ハチも来てる。追うのに気をつけないと刺されるな。お、でっかいカナブンもいる。ほれ、飛んできな。なまんだ~ぶ、なまんだ~ぶ」
墓参の人々のささやかな供物と、野菜果物など、なま物の皿をそっと取りのける。
「去年はうっかり、おごり物(供え物)の野菜を終い忘れてさ、朝見たら穴だらけ。トマトなんかひと晩で腐るから、中にカブトムシのメスが入ってたよ。なまんだ~ぶ、なまんだ~ぶ、なまんだぁ~ぶ~」
下駄の音が遠ざかる。
薄闇の中、やがて本堂での読経が始まり、忍び足で寝苦しい夜がやって来る。


     ◇ ◇ ◇ 


 盆の中日はゆるゆると、とろけるような日差しの中に過ぎ。
雲ひとつない空に、雨雲を求める気持ちがわく。
「ああ、ひと雨来ないかなぁ。農家の多い都下のほうではね、昔から日照りが続くと奥多摩の大岳山に雨乞いに行く。平成になってからも一度か二度、そういうことがあったよ」
いつもの声が昔を語る。
「そういえば八王子の奥のほうに今熊山ってのがある。呼ばわり山って言って、子どもなんかが神隠しにあうと、組合で拝みに行く。山頂で名前を呼んで、返事があったら帰って来るって言ったなぁ」
気だるい午後を繰り返す、まったりとした時間。
宇久の時がつかの間、現世とあの世をつなぎ。
青竹の葉も枯れ果てたころ、盆送りの日になる。
黄昏より前、まだ明るいうちに盆提灯をともして、家族連れがやってくる。


     ◇ ◇ ◇ 


「つ~かまえたっ、ほら、赤トンボっ。ママ、手でつかまえたよっ。パパぁ」
甲高い声に、父親らしい声が答える。
「逃がしてあげなさい。お墓では虫とか取っちゃいけないんだ」
「ど~してぇ?」
「亡くなった人が生まれ変わっているかも知れないからだよ。淳(じゅん)だって、せっかく生まれ変わったのに、子供にすぐつかまえられちゃったら、いやだろ?」
「うん、ヤだ。コワイ」
「だろ」
「赤トンボもヤだ。ギンヤンマがいい。あ、深山クワガタに生まれたいっ。あっ、やっぱヘラクレスっ」
「はははっ、魚や鳥や動物にだって生まれ変われるんだよ。強いライオンとか。でも、人間が一番だな」
「ヤだっ、ヘラクレス・オオカブトっ。でっかくてつおい」
「う~ん、じゃ、淳の来世はカブト虫か。それもいいなぁ」
「やだぁ、パパったら。でも、わたしも思うの。お花だったらいいなって」
明るい笑いが、藍を深めはじめた木立に広がっていく。

 下げて来た盆提灯から火を移し、ところどころで送り火がたかれる。
少し区画の広い、昔ながらの一角でも人の気配がする。
「わたしが子どもだった昭和33年ごろまでは、川におごり物を流してよかったのよ、まこものゴザに包んで。七夕の竹飾りも同じ。とても風情があったわ。川や海は浄土に通じているんだなぁって、子ども心に思えたもの」
「うん。そうだ、そうだった。都内に人口が増えてきて、川が汚れるって禁止になったんだ。だけど金銀の盆花、これを墓地に挿しておくのだけは昔も今も変わらんなぁ。ま、こうして毎年、先祖を送れるのも、近所の寺に墓がある者の特権だよ」
「そうね。でも、来る人も減っちゃって。子供のころは町内会の行事みたいだったのに」
「移転して遠くなったり、先祖や目に見えないものを想う気持ちが薄れたんだろうな。日本人の気持ちが変わって来てるんだよ。残念なことだ」
ほうろくの送り火がうらうらと消えかけ、やがて家路に向かう姿。

 
   ◇ ◇ ◇ 


 薄靄が闇に変わるころ、一時(いっとき)華やいだ三昧場も、いつもの静かさに帰っていく。
ランタンを下げた庭下駄の音が、火の始末を見るために墓をめぐる。
秘めやかな線香の残り香がそここに、そっとたゆとう。
「やれやれ、今年も無事に終えたな」
安堵の声がまこもの棚を片づけにかかる。
「お盆様、良いお盆でしたかな?」
これは自分にかけられた言葉だ。 
うなづくと涼風(すずかぜ)がそよめいて抜ける。
「お~お、いい風、いい風」
うれし気なつぶやきに、蚊やりの煙が揺れ、除虫菊の匂いにつつまれる。
慣れた手際は、竹は竹、まこもはまこも、新縄は新縄とまとめていく。
「砂利をどけたから火をつけるよ。盆提灯はあとで針金と金具を取りのけないといけない。おお、よく燃える。今年は例年になく照りが多かったから。なまんだ~ぶ、なまんだ~ぶ、なまんだ~ぶ」
竹のはぜる音にもめげず、夏虫の音が聞こえる。
わずかな燃え残りに水をかけ、竹ぼうきでちり取りに納めた。
砂利を元通りに均して、慇懃に一礼する。
「では、これにて失礼致します。彼岸には本堂のほうにお越しください。なむあみだ~ぶつ~」
いつもより清らな闇の中を、庭下駄の音が穏やかに庫裡へと消えた。


    ◇ ◇ ◇ 


 物憂い夜の帳。
声なきさざめきが三々五々、盆棚の跡を離れていく。
人だけではない、供養に満ち足りたさまざまな無縁。
うたかたの魂は常寂光に包まれて再生を待つ。
もの柔らかな夜気が、過ぎて行くものにつれてゆらめく。
朧な後ろ影。
今宵、ここに佇めば、あるいは知ることができるだろう。
万霊供養塔に依り充つる敬虔な祈りのつぶやきを。
自分もその中にいる。

東京盆のころ

     

東京盆のころ

東京盆(7月盆)の情景です。寺の一角に設けられた『まこも棚(施餓鬼棚)』の、盆入りから盆明けまでの風情です。 もう、季違いですが、おれの希死念慮の発作はこうした寂光土に住したいがため、つまり、成仏したいがためのようです。 「死にたい病」全開作品ですが怖いものではなく、しっとりとした秘めやかなものに仕上がっています。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-08-26

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